(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-23
(45)【発行日】2024-05-02
(54)【発明の名称】電流発生菌の活性調整剤および微生物燃料電池システムの出力調整方法
(51)【国際特許分類】
C12N 7/00 20060101AFI20240424BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20240424BHJP
C12Q 1/70 20060101ALI20240424BHJP
G01N 27/327 20060101ALI20240424BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20240424BHJP
H01M 8/04858 20160101ALI20240424BHJP
H01M 8/08 20160101ALI20240424BHJP
H01M 8/16 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
C12N7/00
C12N1/20 Z
C12Q1/70
G01N27/327 355
H01M4/90 Y
H01M8/04858
H01M8/08
H01M8/16
(21)【出願番号】P 2018140039
(22)【出願日】2018-07-26
【審査請求日】2021-03-22
【審判番号】
【審判請求日】2022-08-19
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼北海道大学工学部 環境社会工学科 衛生環境工学コース 平成29年度卒業論文発表会要旨集において発表 ▲2▼北海道大学工学部 環境社会工学科 衛生環境工学コース 平成29年度卒業論文発表会において発表 ▲3▼第52回 日本水環境学会年会講演集において発表 ▲4▼第52回 日本水環境学会年会において発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業、「発現マッピング法による細菌叢電気相互作用の追跡と制御基盤の構築」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD NITEP-02753
【微生物の受託番号】NPMD NITEP-02754
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】岡本 章玄
(72)【発明者】
【氏名】北島 正章
(72)【発明者】
【氏名】石原 令梧
(72)【発明者】
【氏名】岡部 聡
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】上條 肇
【審判官】松本 淳
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-521407(JP,A)
【文献】特表2011-517559(JP,A)
【文献】特表2015-527056(JP,A)
【文献】Bioresource Technology,2013,Vol.147,p.654-657
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 7/00 - 7/08
C12N 1/00 - 1/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAPlus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電流発生菌シュワネラ・オネイデンシス MR-1が用いられている微生物燃料電池システムの出力調整に用いられる、受領番号NITE AP-02754で寄託されたポドウイルス科(Podoviridae)のs32株である
バクテリオファージ。
【請求項2】
電流発生菌シュワネラ・オネイデンシス MR-1が用いられている微生物燃料電池システムの出力調整に用いられる、受領番号NITE AP-02753で寄託されたマイオウイルス科(Myoviridae)のm41株である
バクテリオファージ。
【請求項3】
電流発生菌を宿主とするバクテリオファージが添加された、該電流発生菌が用いられている微生物燃料電池システム用
の電解液。
【請求項4】
電流発生菌を宿主とするバクテリオファージが添加された、該電流発生菌が用いられている微生物燃料電池システム用
の電極。
【請求項5】
請求項
3に記載の微生物燃料電池システム用
の電解液および請求項
4に記載の微生物燃料電池システム用
の電極のいずれか一方、または両方を備える、微生物燃料電池システム。
【請求項6】
受領番号NITE AP-02754で寄託されたポドウイルス科(Podoviridae)のs32株であり、宿主であるシュワネラ属細菌に感染し、前記シュワネラ属細菌の溶菌が生じる条件下で前記シュワネラ属細菌の細胞外電子伝達機構を制御し、前記シュワネラ属細菌の細胞外電子伝達による電流値を上昇させる、単離されたバクテリオファージ。
【請求項7】
受領番号NITE AP-02753で寄託されたマイオウイルス科(Myoviridae)のm41株であり、宿主であるシュワネラ属細菌に感染し、前記シュワネラ属細菌の溶菌が生じる条件下で前記シュワネラ属細菌の細胞外電子伝達機構を制御し、前記シュワネラ属細菌の細胞外電子伝達による電流値を上昇させる、単離されたバクテリオファージ。
【請求項8】
電流発生菌が用いられている微生物燃料電池システムの出力調整方法であって、
電流発生菌を宿主とするバクテリオファージを前記電流発生菌に感染させ、前記電流発生菌の溶菌が生じる条件下で前記電流発生菌の細胞外電子伝達機構を制御し、微生物燃料電池システムの出力電流を調整する工程を含む、微生物燃料電池システムの出力調整方法。
【請求項9】
電流発生菌が用いられている微生物燃料電池システムの出力調整に用いられる、電流発生菌を宿主とするバクテリオファージの選定方法であって、
対象の電流発生菌を宿主とするバクテリオファージを単離する工程、
前記単離されたバクテリオファージから前記電流発生菌の細胞外電子伝達機構の制御能を有するバクテリオファージを選定する工程
、
を含み、
前記電流発生菌は、代謝によって発生した電子を菌体外の電子受容体に伝達する細胞外電子伝達能を有し、
前記選定されたバクテリオファージは、前記電流発生菌に感染し、前記電流発生菌の溶菌が生じる条件下で前記電流発生菌の細胞外電子伝達機構を制御し、前記電流発生菌の細胞外電子伝達による電流値を上昇させる、
電流発生菌を宿主とするバクテリオファージの選定方法。
【請求項10】
微生物燃料電池システムの電極に付着した菌から前記電流発生菌を取得する工程をさらに含む、請求項
9に記載の
電流発生菌を宿主とするバクテリオファージの選定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電流発生菌の活性調整剤および微生物燃料電池システムの出力調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、持続可能なエネルギー生産技術として、バイオマス等を利用して発電をする微生物燃料電池が注目されている。微生物燃料電池の代表的な適用例としては、生活廃水や工場廃水に含まれる有機物の化学エネルギーを電気エネルギーに変換しつつ、その有機物を酸化分解して処理する廃水処理装置が挙げられる。
【0003】
従来、微生物燃料電池の発電量(出力エネルギー)を増大させるために、電子を伝達する化合物(メディエータ)を用いることが検討されている。電解液中にメディエータを添加することにより、メディエータが代謝の最終電子受容体として作用し、電子供与体から受け取った電子を負極(アノード)へと受け渡す。その結果、電解液における有機物等の酸化分解速度を高めることが可能になる。このようなメディエータとしては、例えば、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン(HNQ)、ニュートラルレッド、アントラキノン-2,6-ジスルホン酸(AQDS)、チオニン等が知られている。また、特許文献1では、光の無い環境下で使用できるメディエータが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-218690号公報
【文献】特許第5622237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のようなメディエータは、微生物による分解等によって消失するため、人為的に継続して添加する必要があり、実用面においてコストが高くなるという問題があった。また、メディエータの種類によっては、それ自体が高価であるものや、環境負荷が高いものがあるという問題もあった。
【0006】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、メディエータを用いることなく、微生物燃料電池の発電量を向上させることを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
メディエータを使用せずに微生物燃料電池の電流密度を増加させる従来の試みとしては、例えば、特許文献2が挙げられる。特許文献2では、導電性微粒子と微生物を溶液中で凝集させ、導電性微粒子によるネットワークが微生物から電極へ電子を伝達させることによって、電極から離れて浮遊した微生物からも電極へ電子を伝達させることが提案されている。つまり、特許文献2は、微生物から電極への電子移動に関与する微生物の数を増やすことに焦点を置いている。
【0008】
本発明者らは、微生物燃料電池に用いられる微生物(電流発生菌)の活性を増大させることによって、微生物燃料電池システム全体の出力エネルギーを向上させることを目的とし、そのための手段として、電流発生菌を宿主とするバクテリオファージを用いることを着想した。
【0009】
バクテリオファージは、自己増殖能を有し、宿主菌が存在すれば増殖するため、従来のメディエータのように継続的な添加を要せずに、連続的に効果が発揮され得るという利点がある。また、バクテリオファージは、宿主特異性が高く、宿主菌以外には感染しないため、メディエータよりも環境への負荷は低く、ほぼ無害であるという利点もある。
【0010】
一方、バクテリオファージが有する宿主菌に対する溶菌作用は、例えば宿主菌が微生物腐食の原因菌(例えば、硫酸塩還元細菌や鉄酸化細菌)である場合には、金属の微生物腐食を抑制すること等への応用が期待されるが、宿主菌が電流発生菌である場合には、バクテリオファージによって電流発生菌が死滅するため、微生物燃料電池の発電量向上には何ら貢献し得ないと考えられていた。
【0011】
しかしながら、本発明者らは、微生物腐食の抑制に向けたバクテリオファージによる宿主菌の増殖抑制能の研究を進める中で、形態分類上、同一の科に属する株であっても、宿主菌の増殖に対する作用が異なることを知見した。
【0012】
そこで、本発明者らはさらに研究を重ね、特定の電流発生菌を宿主とするバクテリオファージの中でも、宿主菌の増殖に対する作用が異なるのと同様に、電流発生菌の活性に対する作用が異なることを見出し、本発明を完成させるに至ったものである。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の態様を包含する。
(1)対象の電流発生菌を宿主とするバクテリオファージを有効成分とする、電流発生菌の活性調整剤。
(2)前記電流発生菌が鉄還元菌である、(1)に記載の電流発生菌の活性調整剤。
(3)前記鉄還元菌がシュワネラ属細菌である、(2)に記載の電流発生菌の活性調整剤。
(4)前記バクテリオファージが、受領番号NITE AP-02754で寄託されたポドウイルス科(Podoviridae)のs32株である、(3)に記載の電流発生菌の活性調整剤。
(5)
前記バクテリオファージが、受領番号NITE AP-02753で寄託されたマイオウイルス科(Myoviridae)のm41株である、(3)に記載の電流発生菌の活性調整剤。
(6)(1)~(5)のいずれか一項に記載の電流発生菌の活性調整剤を含有する、微生物燃料電池システム用電流調整剤。
(7)(1)~(5)のいずれか一項に記載の電流発生菌の活性調整剤を含有する、微生物燃料電池システム用電解液。
(8)(1)~(5)のいずれか一項に記載の電流発生菌の活性調整剤が担持された、微生物燃料電池システム用電極。
(9)(7)に記載の微生物燃料電池システム用電解液および(8)に記載の微生物燃料電池システム用電極のいずれか一方、または両方を備える、微生物燃料電池システム。
(10)受領番号NITE AP-02754で寄託されたポドウイルス科(Podoviridae)のs32株である、単離されたバクテリオファージ。
(11)受領番号NITE AP-02753で寄託されたマイオウイルス科(Myoviridae)のm41株である、単離されたバクテリオファージ。
(12)(1)~(5)のいずれか一項に記載の電流発生菌の活性調整剤を使用して微生物燃料電池システムの出力電流を調整する工程を含む、微生物燃料電池システムの出力調整方法。
(13)対象の電流発生菌を宿主とするバクテリオファージを単離する工程、
前記単離されたバクテリオファージから前記電流発生菌の細胞外電子伝達機構の制御能を有するバクテリオファージを選定する工程、
前記選定されたバクテリオファージを有効成分として含有する剤を調製する工程
を含む、電流発生菌の活性調整剤の製造方法。
(14)微生物燃料電池システムの電極に付着した菌から前記電流発生菌を取得する工程をさらに含む、(13)に記載の電流発生菌の活性調整剤の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、対象の電流発生菌を宿主とするバクテリオファージにより細胞外電子伝達機構を制御し、当該電流発生菌の活性を調整することによって、メディエータを用いることなく、微生物燃料電池の発電量を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】単離されたバクテリオファージ m41株の透過型電子顕微鏡(TEM)画像。
【
図2】単離されたバクテリオファージ s32株の透過型電子顕微鏡(TEM)画像。
【
図3】単離された15株のバクテリオファージについて、MR-1に対する溶菌作用を解析した結果。
【
図4】バクテリオファージによる電流発生菌の細胞外電子伝達機構の制御能の測定装置の模式図。
【
図5】単離されたバクテリオファージ s32株およびm41株について、MR-1の細胞外電子伝達機構の制御能をクロノアンペロメトリー法により測定した結果。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、具体的な形態は以下の実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計の変更等があっても本発明に含まれる。
【0017】
本発明の一実施形態に係る電流発生菌の活性調整剤は、対象の電流発生菌を宿主とするバクテリオファージを有効成分とする。
【0018】
<電流発生菌>
本明細書において、「電流発生菌」とは、菌体内での電子供与体(有機物)の分解(代謝)によって発生した電子を菌体外の電子受容体(金属等)に伝達する能力、すなわち、細胞外電子移動(EET:Extracellular Electron Transport)を行う能力(細胞外電子伝達能)を有する菌をいう。一般に、嫌気条件下で電流発生菌が電子を伝達する電子受容体としては、例えば、硫黄、硫酸、硝酸、酸化鉄等が挙げられるが、本発明では、電子受容体の種類を問わず、種々の電流発生菌を活性調整の対象とすることができる。
【0019】
本発明の代表的な実施形態では、対象の電流発生菌は、鉄還元菌である。鉄還元菌は、その細胞外電子伝達機構によって細胞外の電極物質(導電性物質)に電子を伝達することができるため、近年、微生物燃料電池システムへの応用が盛んに研究されている。そのため、鉄還元菌の活性を調整することによって、微生物燃料電池システム全体の活性を向上させることができる。しかしながら、一般に、バクテリオファージは宿主菌を溶菌させることが知られているため、従来、バクテリオファージを用いて宿主菌が有する機能を向上させることはおよそ不可能であると考えられていた。特に、電流発生菌について、バクテリオファージを用いてその細胞外電子伝達機構を制御することや、それによって微生物燃料電池システム全体の活性を向上させることに関する報告例は、本発明者らが知り得る限りにおいて存在しない。
【0020】
鉄還元菌としては、具体的には、シュワネラ(Shewanella)属細菌、ジオバクター(Geobacter)属細菌等が挙げられる。
シュワネラ属細菌の種としては、シュワネラ・オネイデンシス(S. oneidensis)、シュワネラ・ロイヒカ(S. loihica)、シュワネラ・プトレファシエンス(S. putrefaciens)、シュワネラ・アルガ(S. algae)等が挙げられる。
ジオバクター属細菌の種としては、ジオバクター・サルフレドゥセンス(G. sulfurreducens)、ジオバクター・メタリレドゥセンス(G. metallireducens)等が挙げられる。
【0021】
本発明において、活性調整の対象とする電流発生菌は、既知のものであってもよく、未知のものであってもよい。例えば、EETのモデル細菌として利用されている電流発生菌としては、シュワネラ属細菌のシュワネラ・オネイデンシス、ジオバクター属細菌のジオバクター・サルフレドゥセンス等が挙げられる。また、微生物燃料電池システムの電極に付着した菌を取得し、必要に応じて電流発生菌を同定し、当該電流発生菌を活性調整の対象とすることができる。
【0022】
<バクテリオファージの単離>
日本の北海道苫小牧市の苫小牧港において、海水を約500mLずつサンプリングし、計8種類の海水サンプル(s1~s8)を取得した。
【0023】
また、微生物燃料電池システムにおいて使用されたアノード電極に付着したバイオフィルムサンプル(約50mLのバイオフィルム懸濁液)4種類(m1~m4)を得た。
【0024】
各サンプル液をスポットテストに供し、シュワネラ・オネイデンシス(S. oneidensis MR-1)(以下、単に「MR-1」とも表記する。)を宿主菌とするバクテリオファージの存在を確認した。
具体的には、各サンプル液のMR-1との共培養液を遠心分離し、上澄みを膜ろ過して得たろ過液を、MR-1を含むLB寒天培地上に滴下し、24時間培養した。
その結果、3つの海水サンプル(s2、s3、s7)および3つのアノード電極バイオフィルムサンプル(m1、m3、m4)について、バクテリオファージによるMR-1の死滅に伴うスポットの形成が確認された。
【0025】
スポットの形成が確認されたサンプル(s2、s3、s7の海水サンプル、およびm1、m3、m4のアノード電極バイオフィルムサンプル)について、寒天培地からスポットを切り出し、LB培地中で破砕して懸濁後、ろ過液(ファージ液)を得た。このファージ液を、MR-1を含むLB寒天培地上に散布し、24時間の培養およびプラークの採取を計3回繰り返した。これにより、計15株のバクテリオファージを単離した。
単離されたバクテリオファージ株は、それぞれ、s21、s22、s31、s32、s33、s72、s73、m11、m12、m13、m31、m32、m33、m41、m43と命名された。
【0026】
<バクテリオファージの形態分類>
単離された15株のバクテリオファージを、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察し、形態学的に分類した。
【0027】
その結果、s21、s22、s31、m11、m12、m13、m31、m32、m33、m41、m43株は、収縮性の長い尾部を有しており、マイオウイルス科(Myoviridae)に属すると判断された。
図1は、単離されたバクテリオファージ m41株の透過型電子顕微鏡(TEM)画像である。
【0028】
また、s32、s33、s72、s73株は、非収縮性の短い尾部を有しており、ポドウイルス科(Podoviridae)に属すると判断された。
図2は、単離されたバクテリオファージ s32株の透過型電子顕微鏡(TEM)画像である。
【0029】
<宿主菌に対するバクテリオファージの溶菌作用の分析>
単離された15株のバクテリオファージについて、MR-1に対する溶菌作用を解析した。
【0030】
LB培地20mLに、MR-1の前培養液を波長600nmにおける吸光度(OD600)が0.1になるように植種し、バクテリオファージの各株を、感染多重度(MOI)が1.0となるように添加した。その後、好気条件下で培養液のOD600の経時変化を24時間まで測定した。また、対照として、バクテリオファージを添加しなかったこと以外は同様の条件で培養したMR-1の培養液のOD600の経時変化を測定した。
【0031】
結果を
図3に示す。
図3において、24時間後のOD
600値を基準とした場合、値が高い方から順に、バクテリオファージ添加なし(no phage)、s32株、s22株、m43株、m32株、s72株、m13株、m33株、m12株、s73株、s31株、m31株、s33株、s21株、s22株、m41株の結果であった。
【0032】
いずれの株も、添加後1時間まではOD600値の変化に目立った特徴は見られず、対照(no phage)と同様の傾向であった。
【0033】
s32株(
図3(1))は、添加後約4時間までほぼ一定の割合でOD
600値が上昇し、その後、より高い割合での上昇を経て、24時間後には、対照(no phage)(
図3(16))におけるOD
600値に近い値が得られた。また、s32株におけるOD
600の経時変化のグラフは、対照(no phage)におけるグラフと類似していた。このように、s32株は、全体的に、他の株と比較して宿主菌に対する溶菌作用が低い傾向が確認された。
【0034】
一方、m41株(
図3(15))は、添加後約4時間までの間にOD
600値の上昇と下降が見られた後、約4時間から約18時間までの間、OD
600値は低く保たれ、また、24時間後のOD
600値は最も低かった。このように、m41株は、全体的に、他の株と比較して宿主菌に対する溶菌作用が高い傾向が確認された。
【0035】
また、
図3の(2)~(12)で示される株(s22株、m43株、m32株、s72株、m13株、m33株、m12株、s73株、s31株、m31株、s33株)は、添加後約10時間から24時間にかけて、OD
600値が上昇する傾向が見られた。
【0036】
s21株およびs22株(
図3(13)および(14))は、添加後18時間までは、OD
600の経時変化がm41株(
図3(15))と同様であったが、18時間から24時間にかけて見られるOD
600値の上昇の程度は、各々の株で異なっていた。
【0037】
これらの結果から、同一の菌を宿主とするバクテリオファージであっても、宿主菌に対する溶菌作用は異なっていることが確認された。このことは、バクテリオファージが、宿主菌を溶菌して死滅させるという機能以外に、宿主菌に対して何らかの機能・作用を発揮し得ること、また、その機能や作用は、宿主菌の種類以外の要素によって分類され得ることを示唆している。
【0038】
単離されたバクテリオファージ s32株およびm41株は、s32およびm41として、製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センターへ2018年7月24日に寄託され、それぞれ、受領番号NITE AP-02754および受領番号NITE AP-02753で受領された。
【0039】
<バクテリオファージによる電流発生菌の細胞外電子伝達機構の制御能の測定>
単離された15株のバクテリオファージのうち、s32株およびm41株を用いて、MR-1の細胞外電子伝達機構に対する影響を、作用極、参照極、対極で構成される3電極システムを用いるクロノアンペロメトリー法により測定した。
【0040】
図4は、測定に用いた装置の模式図である。本実施形態では、作用極としてITO、参照極としてAg/AgCl、対極としてPtを用いたが、作用極、参照極、対極の構成はこれらに限定されない。
電解液としては、最小培地4mLに、MR-1の前培養液を波長600nmにおける吸光度(OD
600)が0.01になるよう植種し、バクテリオファージ s32株またはm41株を、感染多重度(MOI)が1.0となるように添加したものを用いた。
この測定装置を用いて、嫌気条件下で0.2Vの電圧を印加し、バクテリオファージ添加後の作用極と対極間の酸化還元反応の電流の時間変化を18時間まで測定した。また、対照として、バクテリオファージを添加しなかったこと以外は同様の条件とした装置を用いて、作用極と対極間の酸化還元反応の電流の時間変化を測定した。
【0041】
結果を
図5に示す。
図5において、s32株を添加した場合は、バクテリオファージ添加なし(no phage)と比較して全体的に高い電流値が得られていることが分かる。
また、m41株を添加した場合は、添加後約0.5時間から電流値が上昇し、約3時間後には、s32株を添加した場合よりも2倍程度高い電流値を示した。その後、約9時間を過ぎると、電流値はほぼゼロに収束した。
【0042】
バクテリオファージ添加後15時間の電流値を比較すると、対照(no phage)では、培養15時間後に約0.34μA/cm2であったのに対して、s32株では約0.48μA/cm2であり、m41株では約0.007μA/cm2であった。
【0043】
これらの結果から、宿主菌に対する溶菌作用の異なるバクテリオファージが、宿主菌の機能に対して異なる作用を有することが確認された。より具体的には、電流発生菌を宿主とするバクテリオファージが、電流発生菌の活性を調整し得ること、さらには、溶菌作用の異なるバクテリオファージは、電流発生菌の活性を異なる様式で調整し得ることが明らかになった。
【0044】
すなわち、対象の電流発生菌を宿主とするバクテリオファージについて、当該電流発生菌の細胞外電子伝達機構の制御能を有するバクテリオファージを選定し、当該選定されたバクテリオファージを有効成分として含有する剤を調製することによって、電流発生菌の活性を調整することができることが、本発明者らによって初めて見出された。
【0045】
<電流発生菌の活性調整剤>
上述したようにして選定された、対象の電流発生菌の細胞外電子伝達機構の制御能を有するバクテリオファージを用いて、当該バクテリオファージを有効成分として含有する剤を製造する方法は特に限定されず、当該分野において公知の方法を採用することができる。
【0046】
本実施形態に係る電流発生菌の活性調整剤は、代表的には、微生物燃料電池システム用途に好適である。例えば、一態様では、本実施形態に係る電流発生菌の活性調整剤を使用して微生物燃料電池システムの出力電流を調整する工程を含む、微生物燃料電池システムの出力調整方法が提供され得る。
【0047】
別の態様では、本実施形態に係る電流発生菌の活性調整剤を含有する微生物燃料電池システム用電流調整剤が調製され得る。
【0048】
別の態様では、本実施形態に係る電流発生菌の活性調整剤を含有する微生物燃料電池システム用電解液が調製され得る。
【0049】
別の態様では、本実施形態に係る電流発生菌の活性調整剤が担持された微生物燃料電池システム用電極が作製され得る。
【0050】
別の態様では、前記微生物燃料電池用電解液および前記微生物燃料電池システム用電極のいずれか一方、または両方を備える微生物燃料電池システムが製造され得る。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明者らは、微生物燃料電池システムへの応用研究が進んでいる鉄還元菌を対象として、環境中から当該鉄還元菌の活性を調整し得るバクテリオファージの単離に成功した。当然ながら、鉄還元菌の用途は微生物燃料電池システムに限定されず、目的の用途に応じて鉄還元菌の活性を調整するバクテリオファージを選択することによって、電流発生菌を利用した環境・エネルギー分野をはじめとする様々な分野でのさらなる応用が期待される。
【0052】
例えば、放射性物質であるウランを不溶化するような反応が鉄還元菌によって媒介されることが知られているが、選定したバクテリオファージを添加することでこのバイオリミディエーションを加速させることが可能になると考えられる。
【0053】
また、対象の電流発生菌は鉄還元菌に限定されず、上述した鉄還元菌を宿主とするバクテリオファージの単離、形態分類、溶菌作用の分析、宿主菌の細胞外電子伝達機構の制御能の測定手法は、鉄還元菌以外の電流発生菌に対しても適用可能であり、必要に応じて種々の改変がなされ得ることが理解される。