(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-23
(45)【発行日】2024-05-02
(54)【発明の名称】潜堤及び波向き制御方法
(51)【国際特許分類】
E02B 3/04 20060101AFI20240424BHJP
【FI】
E02B3/04
(21)【出願番号】P 2020082345
(22)【出願日】2020-05-08
【審査請求日】2023-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】柿沼 太郎
(72)【発明者】
【氏名】鶴留 悠暉
【審査官】松本 泰典
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-013604(JP,A)
【文献】実開昭64-031124(JP,U)
【文献】米国特許第05393169(US,A)
【文献】特開平04-085407(JP,A)
【文献】特開2012-92643(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02B 3/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
進行方向を制御する対象である対象波浪が入射する位置に設置される潜堤であって、
鉛直方向の一端に位置する頂部と、
前記鉛直方向と、前記対象波浪の前記潜堤への入射方向と、に垂直な左右方向の一端に位置する第1端部と、
前記頂部と前記第1端部とをつないでおり、前記頂部から前記第1端部に向かうに従って下方に傾斜している第1傾斜面と、
前記左右方向の他端に位置する第2端部と、
前記頂部と前記第2端部とをつないでおり、前記頂部から前記第2端部に向かうに従って下方に傾斜している第2傾斜面と、
を備え、
前記鉛直方向と前記左右方向とに平行な断面において、前記第1傾斜面の勾配が、前記第2傾斜面の勾配よりも小さく、かつ前記第1傾斜面の前記左右方向の長さが、前記第2傾斜面の前記左右方向の長さよりも長
く、
前記第1傾斜面の前記左右方向の最大長さ/前記第2傾斜面の前記左右方向の最大長さ、で定義される非対称度が、3以上である、
潜堤。
【請求項2】
進行方向を制御する対象である対象波浪が入射する位置に設置される潜堤であって、
鉛直方向の一端に位置する頂部と、
前記鉛直方向と、前記対象波浪の前記潜堤への入射方向と、に垂直な左右方向の一端に位置する第1端部と、
前記頂部と前記第1端部とをつないでおり、前記頂部から前記第1端部に向かうに従って下方に傾斜している第1傾斜面と、
前記左右方向の他端に位置する第2端部と、
前記頂部と前記第2端部とをつないでおり、前記頂部から前記第2端部に向かうに従って下方に傾斜している第2傾斜面と、
を備え、
前記鉛直方向と前記左右方向とに平行な断面において、前記第1傾斜面の勾配が、前記第2傾斜面の勾配よりも小さく、かつ前記第1傾斜面の前記左右方向の長さが、前記第2傾斜面の前記左右方向の長さよりも長
く、
前記第1傾斜面の勾配が、0.02未満である、
潜堤。
【請求項3】
進行方向を制御する対象である対象波浪が入射する位置に設置される潜堤であって、
鉛直方向の一端に位置する頂部と、
前記鉛直方向と、前記対象波浪の前記潜堤への入射方向と、に垂直な左右方向の一端に位置する第1端部と、
前記頂部と前記第1端部とをつないでおり、前記頂部から前記第1端部に向かうに従って下方に傾斜している第1傾斜面と、
前記左右方向の他端に位置する第2端部と、
前記頂部と前記第2端部とをつないでおり、前記頂部から前記第2端部に向かうに従って下方に傾斜している第2傾斜面と、
を備え、
前記鉛直方向と前記左右方向とに平行な断面において、前記第1傾斜面の勾配が、前記第2傾斜面の勾配よりも小さく、かつ前記第1傾斜面の前記左右方向の長さが、前記第2傾斜面の前記左右方向の長さよりも長
く、
前記鉛直方向に垂直な仮想水平面に前記第1傾斜面を投影した投影領域の面積の、前記仮想水平面に前記潜堤を投影した投影領域の面積に対する割合が、50%以上である、
潜堤。
【請求項4】
前記鉛直方向及び前記左右方向に垂直な前後方向に関して、前記対象波浪が入射する方の端部に位置する第3端部と、
前記頂部と前記第3端部とをつないでおり、前記頂部から前記第3端部に向かうに従って下方に傾斜している第3傾斜面と、
をさらに備える、請求項1から
3のいずれか1項に記載の潜堤。
【請求項5】
前記前後方向に関して、前記第3端部とは反対側の端部に位置する第4端部と、
前記頂部と前記第4端部とをつないでおり、前記頂部から前記第4端部に向かうに従って下方に傾斜している第4傾斜面と、
をさらに備える、請求項
4に記載の潜堤。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の潜堤を用いる波向き制御方法であって、
前記潜堤に対して前記対象波浪を前記入射方向に入射させることにより、前記潜堤によって、前記対象波浪の前記進行方向を、前記
左右方向に関して前記第1端部から前記第2端部に向かう向きに曲げる、
波向き制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潜堤と、潜堤を用いる波向き制御方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1に開示されているように、水面を伝播する波浪の進行方向を、潜堤を用いて制御する波向き制御方法が提案されている。この方法では、側面が鉛直に切り立っており、かつ上面が水平な三角柱状の外形を有する潜堤が用いられる。
【0003】
波浪の進行速度は、水深が浅いほど小さい。従って、上記潜堤の真上の領域では、他の領域よりも波浪の進行速度が小さい。そこで、平面視において、上記潜堤の上面を表す三角形の一辺が、進行方向を制御する対象である対象波浪の波峰線と斜めに交差する向きに上記潜堤を設置することで、上記潜堤によって対象波浪を屈折させることができる。
【0004】
上記潜堤は、例えば、海岸の侵食の抑制に役立てることができる。具体的には、海岸に向かう波浪の進行方向を、上記潜堤によって、汀線に対して垂直な方向に近づける。これにより、汀線に沿う沿岸流の形成が抑えられるので、沿岸流による砂礫の輸送が生じにくくなる。この結果、海岸の侵食が抑制される。また、上記潜堤は、海面下に沈められた状態に設置されるので、景観を損ねることがない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】武若 聡、入江 功、黒田 寛、「テーパー型潜堤による波向き制御」、海岸工学論文集、土木学会、1994年、第41巻、pp.726-730
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、新規な構成によって対象波浪の進行方向を曲げることができる潜堤及び波向き制御方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の観点に係る潜堤は、
進行方向を制御する対象である対象波浪が入射する位置に設置される潜堤であって、
鉛直方向の一端に位置する頂部と、
前記鉛直方向と、前記対象波浪の前記潜堤への入射方向と、に垂直な左右方向の一端に位置する第1端部と、
前記頂部と前記第1端部とをつないでおり、前記頂部から前記第1端部に向かうに従って下方に傾斜している第1傾斜面と、
前記左右方向の他端に位置する第2端部と、
前記頂部と前記第2端部とをつないでおり、前記頂部から前記第2端部に向かうに従って下方に傾斜している第2傾斜面と、
を備え、
前記鉛直方向と前記左右方向とに平行な断面において、前記第1傾斜面の勾配が、前記第2傾斜面の勾配よりも小さく、かつ前記第1傾斜面の前記左右方向の長さが、前記第2傾斜面の前記左右方向の長さよりも長く、
前記第1傾斜面の前記左右方向の最大長さ/前記第2傾斜面の前記左右方向の最大長さ、で定義される非対称度が、3以上である。
【0009】
本発明の第2の観点に係る潜堤は、
進行方向を制御する対象である対象波浪が入射する位置に設置される潜堤であって、
鉛直方向の一端に位置する頂部と、
前記鉛直方向と、前記対象波浪の前記潜堤への入射方向と、に垂直な左右方向の一端に位置する第1端部と、
前記頂部と前記第1端部とをつないでおり、前記頂部から前記第1端部に向かうに従って下方に傾斜している第1傾斜面と、
前記左右方向の他端に位置する第2端部と、
前記頂部と前記第2端部とをつないでおり、前記頂部から前記第2端部に向かうに従って下方に傾斜している第2傾斜面と、
を備え、
前記鉛直方向と前記左右方向とに平行な断面において、前記第1傾斜面の勾配が、前記第2傾斜面の勾配よりも小さく、かつ前記第1傾斜面の前記左右方向の長さが、前記第2傾斜面の前記左右方向の長さよりも長く、
前記第1傾斜面の勾配が、0.02未満である。
【0010】
本発明の第3の観点に係る潜堤は、
進行方向を制御する対象である対象波浪が入射する位置に設置される潜堤であって、
鉛直方向の一端に位置する頂部と、
前記鉛直方向と、前記対象波浪の前記潜堤への入射方向と、に垂直な左右方向の一端に位置する第1端部と、
前記頂部と前記第1端部とをつないでおり、前記頂部から前記第1端部に向かうに従って下方に傾斜している第1傾斜面と、
前記左右方向の他端に位置する第2端部と、
前記頂部と前記第2端部とをつないでおり、前記頂部から前記第2端部に向かうに従って下方に傾斜している第2傾斜面と、
を備え、
前記鉛直方向と前記左右方向とに平行な断面において、前記第1傾斜面の勾配が、前記第2傾斜面の勾配よりも小さく、かつ前記第1傾斜面の前記左右方向の長さが、前記第2傾斜面の前記左右方向の長さよりも長く、
前記鉛直方向に垂直な仮想水平面に前記第1傾斜面を投影した投影領域の面積の、前記仮想水平面に前記潜堤を投影した投影領域の面積に対する割合が、50%以上である。
【0011】
本発明の第4の観点に係る潜堤は、本発明の第1から第3のいずれかの観点に係る潜堤において、
前記鉛直方向及び前記左右方向に垂直な前後方向に関して、前記対象波浪が入射する方の端部に位置する第3端部と、
前記頂部と前記第3端部とをつないでおり、前記頂部から前記第3端部に向かうに従って下方に傾斜している第3傾斜面と、
をさらに備える。
【0012】
本発明の第5の観点に係る潜堤は、本発明の第4の観点に係る潜堤において、
前記前後方向に関して、前記第3端部とは反対側の端部に位置する第4端部と、
前記頂部と前記第4端部とをつないでおり、前記頂部から前記第4端部に向かうに従って下方に傾斜している第4傾斜面と、
をさらに備える。
【0013】
本発明の第6の観点に係る波向き制御方法は、
本発明の第1から第5のいずれかの観点に係る潜堤を用いる波向き制御方法であって、
前記潜堤に対して前記対象波浪を前記入射方向に入射させることにより、前記潜堤によって、前記対象波浪の前記進行方向を、前記左右方向に関して前記第1端部から前記第2端部に向かう向きに曲げる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の第1から第5の観点に係る潜堤及び本発明の第6の観点に係る波向き制御方法によれば、第1傾斜面の勾配が第2傾斜面の勾配よりも小さく、第1傾斜面の長さが第2傾斜面の長さよりも長いという潜堤の新規な構成によって、対象波浪の進行方向を、左右方向に関して第1端部から第2端部に向かう向きに曲げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】(A):実施形態1に係る潜堤の平面図。(B):同潜堤の側面図。
【
図2】実施形態1に係る潜堤の設置の態様を例示する平面図。
【
図3】実験例1に係る通過波浪の波峰線を示す水位の分布図。
【
図4】(A):実験例2に係る通過波浪の波峰線を示す水位の分布図、(B):実験例1に係る通過波浪の波峰線を示す水位の分布図。
【
図5】(A):実験例3に係る通過波浪の波峰線を示す水位の分布図、(B):実験例1に係る通過波浪の波峰線を示す水位の分布図。
【
図6】(A):実験例4に係る通過波浪の波峰線を示す水位の分布図、(B):実験例1に係る通過波浪の波峰線を示す水位の分布図。
【
図7】(A):実施形態2に係る潜堤の斜視図。(B)同潜堤の平面図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照し、実施形態1及び2に係る潜堤について説明する。図中、同一又は対応する部分に同一の符号を付す。
【0017】
[実施形態1]
図1に、本実施形態に係る潜堤100を示す。以下の説明の容易化のために、潜堤100の高さ方向をZ軸方向とし、かつその高さ方向に関して上方をZ軸のプラス方向とする右手系のXYZ直交座標系を定義する。XYZ直交座標系は、潜堤100に対して固定されているものとする。
【0018】
図1(B)に示すように、潜堤100は、Z軸方向の一端に位置する天端である頂部11と、頂部11とZ軸方向に対面する位置にある底面12とを有する。
【0019】
図1(A)に示すように、潜堤100は、平面視で四角形に形成されている。つまり、
図1(B)に示す底面12は、平面視で四角形に形成されている。底面12が構成する四角形は、各々X軸に平行な2つの辺と、各々Y軸に平行な2つの辺とを有する。
【0020】
図1(A)に示すように、頂部11も、平面視で四角形の面状に形成されている。頂部11が構成する四角形も、各々X軸に平行な2つの辺と、各々Y軸に平行な2つの辺とを有する。具体的には、頂部11は、X軸方向を長手方向とする長方形に形成されている。頂部11の面積は、底面12の面積よりも小さい。
【0021】
また、平面視において、頂部11は、底面12の端縁よりも内方に位置する。つまり、頂部11を垂直投影した投影領域は、底面12と重なる。
【0022】
そして、潜堤100は、底面12から頂部11に向かって、XY平面に平行な断面の面積が次第に減少する先細りの形状、具体的には錐台の形状を有する。以下、潜堤100の形状を具体的に説明する。
【0023】
図1(B)に示すように、潜堤100は、Y軸方向の一端に位置する第1端部21と、Y軸方向の他端に位置する第2端部22とを有する。第1端部21及び第2端部22は、底面12の端縁を構成している。
図1(A)に示すように、第1端部21と第2端部22の各々は、X軸方向に延在している。第1端部21から第2端部22に向かう方向を、Y軸のプラス方向と定義する。
【0024】
また、潜堤100は、頂部11と第1端部21とをつないでいる第1傾斜面31と、頂部11と第2端部22とをつないでいる第2傾斜面32とを有する。
図1(B)に示すように、第1傾斜面31は、頂部11から第1端部21に向かうに従って底面12に近づくように下方に傾斜している。第2傾斜面32も同様に、頂部11から第2端部22に向かうに従って底面12に近づくように下方に傾斜している。
【0025】
また、
図1(A)に示すように、潜堤100は、X軸方向の一端に位置する第3端部41と、X軸方向の他端に位置する第4端部42とを有する。第3端部41と第4端部42の各々は、Y軸方向に延在している。第3端部41及び第4端部42も、第1端部21及び第2端部22と同様に、
図1(B)に示す底面12の端縁を構成している。第3端部41から第4端部42に向かう方向が、X軸のプラス方向である。
【0026】
また、潜堤100は、頂部11と第3端部41とをつないでいる第3傾斜面51と、頂部11と第4端部42とをつないでいる第4傾斜面52とを有する。第3傾斜面51は、頂部11から第3端部41に向かうに従って底面12に近づくように下方に傾斜している。第4傾斜面52も同様に、頂部11から第4端部42に向かうに従って底面12に近づくように下方に傾斜している。
【0027】
図2は、上述した潜堤100の、海底への設置の態様を例示する平面図である。本実施形態において潜堤100は、砂浜SBに向かう波浪W1を減衰させる本来の目的に加え、波浪W1の進行方向A1を制御する目的で設置される。なお、
図2では、波浪W1を、その波峰線で示している。
【0028】
波浪W1の進行方向A1を制御する理由は、波浪W1の進行方向A1が、砂浜SBの汀線SLに対して傾斜しているためである。つまり、仮に、波浪W1が進行方向A1を維持したまま砂浜SBに入射すると、汀線SLに沿う沿岸流が形成され、その沿岸流によって砂浜SBが侵食されることとなる。
【0029】
そこで、本実施形態では、砂浜SBが侵食されにくい向きへと波浪W1の進行方向A1を制御するために、波浪W1が入射する位置に潜堤100を設置する。以下では、進行方向を制御する対象である波浪W1を、対象波浪W1と呼ぶことにする。
【0030】
潜堤100は、Z軸方向が鉛直方向と一致し、かつX軸プラス方向が、対象波浪W1の進行方向A1、即ち対象波浪W1の潜堤100への入射方向と一致する向きに設置される。なお、この場合、対象波浪W1の潜堤100への入射方向にみて、X軸方向は前後方向に相当し、Y軸方向は左右方向に相当する。
【0031】
これにより、潜堤100は、対象波浪W1をY軸プラス方向に屈折させる機能(以下、波向き制御機能と記す。)を発揮する。そして、
図2に示す状況下においては、対象波浪W1をY軸プラス方向に屈折させることは、対象波浪W1の進行方向A1を、汀線SLに対して垂直な方向に近づけることに相当する。
【0032】
つまり、潜堤100を通過した通過波浪W2の進行方向A2は、対象波浪W1の進行方向A1よりもY軸プラス方向に傾けられており、通過波浪W2は、汀線SLに対して垂直に近づけられた角度で、砂浜SBに入射する。なお、
図2では、通過波浪W2を、その波峰線で示している。
【0033】
通過波浪W2の砂浜SBへの入射方向が、汀線SLに対して垂直に近づけられているので、汀線SLに沿う沿岸流の形成が抑えられる。従って、沿岸流によって砂浜SBの砂礫が輸送される現象が生じにくくなる。このため、砂浜SBの侵食を抑制できる。また、潜堤100は、海面下に沈められた状態に設置されるので、景観を損ねることがない。
【0034】
以下、
図1(B)に戻り、上述した波向き制御機能を発揮するための潜堤100の構成について具体的に説明する。
【0035】
図1(B)に示すように、潜堤100は、第1傾斜面31及び第2傾斜面32を有する。第1傾斜面31及び第2傾斜面32の各々は下方に向かって傾斜しており、かつ波浪の進行速度は水深が深いほど速い。
【0036】
このため、第1傾斜面31を海面に垂直投影した投影領域内においては、X軸プラス方向に入射した対象波浪W1のうち、Y軸マイナス方向の端部に近い位置を通る成分ほど、速く進行する。それゆえ、第1傾斜面31は、対象波浪W1をY軸プラス方向に曲げる作用をもつ。
【0037】
また、第2傾斜面32を海面に垂直投影した投影領域内においては、X軸プラス方向に入射した対象波浪W1のうち、Y軸プラス方向の端部に近い位置を通る成分ほど、速く進行する。それゆえ、第2傾斜面32は、対象波浪W1をY軸マイナス方向に曲げる作用をもつ。
【0038】
但し、本実施形態に係る潜堤100の、Y軸方向及びZ軸方向に平行な断面(以下、YZ断面と記す。)は、頂部11を通りZ軸に平行な仮想直線VLに対して、左右非対称な形状を有する。
【0039】
具体的には、第1傾斜面31のY軸方向の長さLY1が、第2傾斜面32のY軸方向の長さLY2よりも長い。
【0040】
また、潜堤100のYZ断面において、第1傾斜面31の勾配が、第2傾斜面32の勾配よりも小さい。なお、本明細書において“第1傾斜面31の勾配”とは、第1傾斜面31の、仮想水平面であるXY平面に対する勾配、具体的には、第1傾斜面31とXY平面との挟む角の絶対値をαとしたとき、tan(α)を意味するものとする。同様に“第2傾斜面32の勾配”とは、第2傾斜面32とXY平面との挟む角の絶対値をβとしたとき、tan(β)を意味するものとする。
【0041】
このため、第1傾斜面31の、対象波浪W1をY軸プラス方向に曲げる作用が、第2傾斜面32の、対象波浪W1をY軸マイナス方向に曲げる作用に勝る。この結果、潜堤100によって対象波浪W1が、全体としてY軸プラス方向に曲げられる。
【0042】
つまり、
図2を参照して説明したように、対象波浪W1の進行方向A1を、汀線SLに対して垂直に近づけられた向きへと制御することができる。
【0043】
なお、
図2には、潜堤100のX軸方向を、対象波浪W1の進行方向A1と一致させた状況を示したが、対象波浪W1の進行方向A1がX軸方向から多少変化することはあり得る。但し、第1傾斜面31がY軸方向に幅をもって延在しているため、対象波浪W1の進行方向A1が多少変化しても、第1傾斜面31が対象波浪W1の進行方向A1を汀線SLに対して垂直に近づける機能を維持できることは当業者に理解できるであろう。
【0044】
以下、潜堤100の形状に関する好ましい条件について述べる。
【0045】
上述のように、波向き制御機能は、主として第1傾斜面31によって発揮される。そして、第1傾斜面31のY軸方向の長さLY1が長いほど、通過波浪W2のY軸プラス方向成分の強度の、対象波浪W1の強度に対する割合を高めることができる。また、第1傾斜面31のY軸方向の長さLY1が長いと、対象波浪W1の進行方向A1がX軸方向から多少変化した場合でも波向き制御機能が維持される。
【0046】
そこで、第1傾斜面31のY軸方向の長さLY1を第2傾斜面32のY軸方向の長さLY2で割った値として定義される非対称度LY1/LY2は、1.5以上であることが好ましく、3以上であることがより好ましく、12以上であることがより好ましい。
【0047】
また、第1傾斜面31の勾配tan(α)が小さいほど、第1傾斜面31のY軸方向の長さLY1が長いと言えるので、第1傾斜面31の勾配tan(α)は小さいほど好ましい。具体的には、第1傾斜面31の勾配tan(α)は、0.02未満であることが好ましく、0.01以下であることがより好ましい。
【0048】
また、通過波浪W2のY軸マイナス方向成分の強度の、対象波浪W1の強度に対する割合を小さく抑えるという観点からは、第2傾斜面32の勾配tan(β)は大きい方が好ましい。具体的には、第2傾斜面32の勾配tan(β)は、0.03以上であることが好ましく、0.11以上であることがより好ましい。また、第2傾斜面32は、一般的な法面であってもよい。一般的な法面の勾配は、例えば0.3以上である。
【0049】
また、潜堤100の体積をできるだけ小さく抑えるために、第1傾斜面31をZ軸に垂直な仮想水平面に投影した投影領域の面積の、その仮想水平面に潜堤100を投影した投影領域の面積に対する割合(以下、占有面積率と記す。)は、大きいほど好ましい。具体的には、占有面積率は、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、65%以上であることがより好ましい。
【0050】
[実験例1]
潜堤100の波向き制御機能を確認するために数値解析を行った。以下、数値解析の条件について説明する。
【0051】
潜堤100は、静水深がhの水域に設置されているものとする。
図1(B)において、潜堤100の高さLZは0.8h、第1傾斜面31のY軸方向の長さLY1は84h、第2傾斜面32のY軸方向の長さLY2は28hとした。つまり、第1傾斜面31の勾配tan(α)は0.8/84≒0.01であり、第2傾斜面32の勾配tan(β)は0.8/28≒0.03である。また、非対称度LY1/LY2は、84/28=3である。
【0052】
また、頂部11のY軸方向の長さLY3は4hとした。また、
図1(A)において、第3傾斜面51のX軸方向の長さLX1は28h、第4傾斜面52のX軸方向の長さLX2は28hとした。また、頂部11のX軸方向の長さLX3は60hとした。
【0053】
対象波浪W1は、波高が0.085hで波長が20hの正弦波形の孤立波とした。この孤立波を1波、潜堤100へとX軸方向に入射させた場合の、通過波浪W2が形成する水位分布を数値解析により求めた。
【0054】
図3に、数値解析の結果に得られた水位分布を示す。
図3に示す分布図では、輝度が高い領域ほど水位が高いことを表す。また、
図3には、通過波浪W2との位置関係を示すために潜堤100も付記した。
【0055】
図3に示すように、Y軸プラス方向に屈折された通過波浪W2の波峰線WCL1が明確に確認された。通過波浪W2の、Y軸マイナス方向に向かう成分の波峰線WCL2も微かにみられるが、Y軸プラス方向に向かう成分の波峰線WCL1が支配的である。
【0056】
これは、
図1(B)を参照して説明したように、主として、第1傾斜面31のY軸方向の長さLY1を、第2傾斜面32のY軸方向の長さLY2よりも長く構成したことによる。以上のように、潜堤100の、対象波浪W1の殆どの成分をY軸プラス方向に屈折させる波向き制御機能を確認することができた。
【0057】
[実験例2]
図1(A)に示す第3傾斜面51及び第4傾斜面52の、波向き制御機能に与える影響を調べるために、第3傾斜面51のX軸方向の長さLX1を7hへと短縮し、かつ第4傾斜面52のX軸方向の長さLX2も7hへと短縮した。これにより、第3傾斜面51及び第4傾斜面52の勾配を、実験例1の場合よりも大きくした。
【0058】
なお、本明細書において“第3傾斜面51の勾配”とは、第3傾斜面51とXY平面とで挟む角をθとしたとき、tan(θ)を意味するものとする。また“第4傾斜面52の勾配”とは、第4傾斜面52とXY平面とで挟む角をφとしたとき、tan(φ)を意味するものとする。
【0059】
つまり、既述の実験例1では、第3傾斜面51及び第4傾斜面52の勾配は、0.8/28≒0.03であった。本実験例2では、第3傾斜面51及び第4傾斜面52の勾配を、0.8/7≒0.11へと大きくした。他は実験例1と同じ条件で数値解析を行った。
【0060】
図4(A)に、本実験例2に係る数値解析の結果を示す。また、比較のために、
図4(B)に、既述の実験例1の解析結果を再掲する。
【0061】
これらの解析結果によれば、特に領域R1においては、
図4(A)に示す通過波浪W2よりも、
図4(B)に示す通過波浪W2の方が、高い峰が長く延在している。従って、第3傾斜面51及び第4傾斜面52も、第1傾斜面31及び第2傾斜面32と同様に、対象波浪W1をY軸プラス方向に屈折させる波向き制御機能に寄与していると言える。
【0062】
このため、第3傾斜面51及び第4傾斜面52は、一般的な法面よりも小さな勾配でX軸方向に長く形成することが好ましいと考えられる。また、第3傾斜面51の勾配が小さいほど、潜堤100が対象波浪W1から大きな衝撃を受けにくくなるため、潜堤100の長寿命化が図られる。また、第4傾斜面52の勾配が小さいほど、渦流が形成されにくいと考えられる。
【0063】
そこで、第3傾斜面51及び第4傾斜面52の勾配は、例えば、0.11未満であることが好ましく、0.03以下であることがより好ましい。
【0064】
[実験例3]
図1(A)に示す第2傾斜面32の波向き制御機能に与える影響を調べるために、第2傾斜面32のY軸方向の長さLY2を7hへと短縮した。つまり、第2傾斜面32の勾配tan(β)を0.8/7≒0.11とした。また、非対称度LY1/LY2は、84/7=12である。他は実験例1と同じ条件で数値解析を行った。
【0065】
図5(A)に、本実験例3に係る数値解析の結果を示す。また、比較のために、
図5(B)に、既述の実験例1の解析結果を再掲する。これらの解析結果によれば、特に領域R2においては、
図5(A)に示す通過波浪W2のY軸マイナス方向成分の方が、
図5(B)に示す通過波浪W2のY軸マイナス方向成分よりも、峰が低い。
【0066】
従って、対象波浪W1の大部分をY軸プラス方向に屈折させるという観点からは、第2傾斜面32は、一般的な法面又はそれに近い急な勾配でY軸方向に短く形成することが好ましいと言える。また、第2傾斜面32のY軸方向の長さLY2が短いほど、潜堤100を構成するための材料が少なくて済むので経済的である。
【0067】
[実験例4]
図1(B)に示す頂部11の波向き制御機能に与える影響を調べるために、頂部11のY軸方向の長さLY3を24hに広げた。他は実験例1と同じ条件で数値解析を行った。
【0068】
図6(A)に、本実験例4に係る数値解析の結果を示す。また、比較のために、
図6(B)に、既述の実験例1の解析結果を再掲する。
【0069】
図6(A)に示す通過波浪W2の波峰線WCL1と、
図6(B)に示す通過波浪W2の波峰線WCL1とで、形状及び長さが殆ど同じである。このため、頂部11のY軸方向の長さLY3は短くても差し支えないと言える。頂部11のY軸方向の長さLY3が短いほど、潜堤100を構成するための材料が少なくて済むので経済的である。
【0070】
但し、
図6(A)に示す波峰線WCL1における最大波高は0.128hであり、
図6(B)に示す波峰線WCL1における最大波高は0.108hであった。このことから、頂部11のY軸方向の長さLY3は、僅かながら上記波向き制御機能に寄与していると考えられる。
【0071】
[実施形態2]
図1には、第1傾斜面31、第2傾斜面32、第3傾斜面51、及び第4傾斜面52の各々が平面に形成された潜堤100を例示したが、第1傾斜面31、第2傾斜面32、第3傾斜面51、及び第4傾斜面52は曲面であってもよい。以下、その具体例について述べる。
【0072】
図7(A)及び(B)に示すように、本実施形態に係る潜堤200は、平面視で楕円形をなす先細りの形状、具体的には楕円錐台の形状を有する。
【0073】
潜堤200が、鉛直方向の一端に位置する頂部11と、左右方向の一端に位置する第1端部21と、左右方向の他端に位置する第2端部22と、前後方向の一端に位置する第3端部41と、前後方向の他端に位置する第4端部42と、頂部11と第1端部21とをつなぐ第1傾斜面31と、頂部11と第2端部22とをつなぐ第2傾斜面32と、頂部11と第3端部41とをつなぐ第3傾斜面51と、頂部11と第4端部42とをつなぐ第4傾斜面52と、を備える点は、実施形態1と同じである。
【0074】
一方、第1傾斜面31、第2傾斜面32、第3傾斜面51、及び第4傾斜面52のいずれもが曲面である点が、実施形態1と相違する。また、これら第1傾斜面31、第2傾斜面32、第3傾斜面51、及び第4傾斜面52は、滑らかに連続している。
【0075】
但し、第1傾斜面31及び第2傾斜面32が下方に傾斜し、かつ第1傾斜面31の左右方向の長さLY1が、第2傾斜面32の左右方向の長さLY2よりも長いので、本実施形態に係る潜堤200によっても、対象波浪W1の進行方向を、左右方向に関して第1端部21から第2端部22に向かう向きに曲げることができる。
【0076】
なお、本実施形態のように、第1傾斜面31、第2傾斜面32、第3傾斜面51、及び第4傾斜面52が滑らかに連続している場合は、頂部11の左右方向の一端部を通り、かつ平面視で前後方向に延びる仮想境界線BL1によって、第1傾斜面31と、第3傾斜面51及び第4傾斜面52との境界を定義するものとする。また、頂部11の左右方向の他端部を通り、かつ平面視で前後方向に延びる仮想境界線BL2によって、第2傾斜面32と、第3傾斜面51及び第4傾斜面52との境界を定義するものとする。
【0077】
本実施形態においても、より良好な波向き制御機能を発揮するために、第1傾斜面31を仮想水平面に投影した投影領域の面積の、その仮想水平面に潜堤200を投影した投影領域の面積に対する割合である既述の占有面積率は、大きいほど好ましい。
【0078】
また、本実施形態においても、より良好な波向き制御機能を発揮するために、既述の非対称度LY1/LY2は大きいほど好ましい。なお、本実施形態のように、第1傾斜面31の端縁が湾曲している場合、“第1傾斜面31の左右方向の長さLY1”とは、第1傾斜面31の左右方向の長さの最大値を指すものとする。“第2傾斜面32の左右方向の長さLY2”の定義も同様とする。
【0079】
また、本実施形態においても、より良好な波向き制御機能を発揮するために、第1傾斜面31の勾配は小さいほど好ましく、第2傾斜面32の勾配は大きいほど好ましい。なお、本実施形態のように、第1傾斜面31の端縁が湾曲している場合、“第1傾斜面31の勾配”とは、鉛直方向と左右方向とに平行でかつ第1端部21を通る断面内における勾配を指すものとする。また、“第2傾斜面32の勾配”とは、鉛直方向と左右方向とに平行でかつ第2端部22を通る断面内における勾配を指すものとする。
【0080】
また、“第3傾斜面51の勾配”とは、鉛直方向と前後方向とに平行で、かつ頂部11の、前後方向に関して第3傾斜面51とつながっている方の端部を通る断面内における勾配を指すものとする。また、“第4傾斜面52の勾配”とは、鉛直方向と前後方向とに平行で、かつ頂部11の、前後方向に関して第4傾斜面52とつながっている方の端部を通る断面内における勾配を指すものとする。
【0081】
以上、実施形態1及び2について説明した。以下に述べる変形も可能である。
【0082】
図1(A)には、Z軸方向に平行な視線でみた場合の形状(以下、平面形状と記す。)が四角形の潜堤100を例示したが、潜堤100の平面形状は、特に限定されない。潜堤100の平面形状は、五角形以上の多角形であってもよい。
図7(B)には、平面形状が楕円形の潜堤200を例示したが、潜堤200の平面形状は円形であってもよい。
【0083】
図1(A)及び
図7(B)には、頂部11がXY平面に平行な面状に形成されている構成を例示したが、頂部11は、必ずしも面状に広がってなくてもよい。即ち、頂部11は平面視で、線状又は点状に形成されていてもよい。
【0084】
本明細書において“潜堤”とは、一部が水面上に突出した態様で使用される構造物をも含む概念とする。即ち、潜堤100又は200において、頂部11は水面上に突出していてもよい。
【0085】
非特許文献1に係る従来の潜堤は、その上面が水面から突出した際には、波浪を屈折させる能力を失う。これに対し、本実施形態に係る潜堤100及び200は、先細りの形状を有するので、たとえ頂部11が水面上に突出しても、第1傾斜面31及び第2傾斜面32の各々の少なくとも一部が水面下に沈んでいれば、波向き制御機能は失われない。このように、本実施形態に係る潜堤100及び200は、水面の上下変動に柔軟に対応できる。但し、景観の維持という観点からは、頂部11は水面下に沈んでいた方が好ましい。
【0086】
本実施形態に係る潜堤100及び200を構築する材料は特に限定されない。本実施形態に係る潜堤100及び200は、例えば、被覆された盛土や捨石、又はケーソン等により構築することができる。また、潜堤100又は200の外形を有する部分が残されるように水底を掘削した後、その部分をコンクリート等で被覆することにより潜堤100及び200となす工法を採ってもよい。
【0087】
また、本実施形態に係る潜堤100及び200は、消波ブロックの積み上げによっても構築できる。従って、本明細書において“面”の概念には、コンクリート等で均された滑らかな領域のみならず、消波ブロック等を組み込んで形成される、凹凸のある領域も含まれる。
【0088】
また、本実施形態に係る潜堤100又は200は、1個のみを単独で設置する態様で使用してもよいし、複数個を並べて設置する態様で使用してもよい。潜堤100又は200を汀線SLに沿って複数個並べることにより、砂浜SBの広範囲にわたる領域の侵食を抑制することができる。また、複数個の潜堤100又は200を、平面視で互いのX軸が非平行となるように角度を付けて組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0089】
11…頂部、
12…底面、
21…第1端部、
22…第2端部、
31…第1傾斜面、
32…第2傾斜面、
41…第3端部、
42…第4端部、
51…第3傾斜面、
52…第4傾斜面、
100,200…潜堤、
A1…対象波浪の進行方向、
A2…通過波浪の進行方向、
BL1,BL2…仮想境界線、
R1,R2…領域、
SB…砂浜、
SL…汀線、
VL…仮想直線、
W1…対象波浪、
W2…通過波浪、
WCL1,WCL2…波峰線。