(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-23
(45)【発行日】2024-05-02
(54)【発明の名称】核酸アプタマー
(51)【国際特許分類】
C12N 15/115 20100101AFI20240424BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20240424BHJP
C12Q 1/6811 20180101ALI20240424BHJP
【FI】
C12N15/115 Z ZNA
A61K31/7088
C12Q1/6811 Z
(21)【出願番号】P 2021520845
(86)(22)【出願日】2020-05-21
(86)【国際出願番号】 JP2020020119
(87)【国際公開番号】W WO2020235635
(87)【国際公開日】2020-11-26
【審査請求日】2023-02-17
(31)【優先権主張番号】P 2019096035
(32)【優先日】2019-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(72)【発明者】
【氏名】中馬 吉郎
(72)【発明者】
【氏名】金子 敦巳
(72)【発明者】
【氏名】亘 美佑
【審査官】大西 隆史
(56)【参考文献】
【文献】GROVES, Patrick and DA SILVA, Mateus Webba,Chemistry A European Journal,2010年06月11日,Vol. 16, Issue 22,pp. 6451-6453,DOI: 10.1002/chem.200901248
【文献】金子 敦巳 他,細胞,2019年03月20日,第51巻、第3号,pp. 43-45
【文献】KANEKO, Atsushi et al.,Peptide Science 2018 Proceedings of the 10th International Peptide Symposium/ the 55th Japanese Peptide Symposium,2019年03月,p. 100
【文献】HU, Jia et al.,ChemBioChem,2011年02月11日,Vol. 12, Issue 3,pp. 424-430,DOI: 10.1002/cbic.201000470
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
A61K 31/00-33/44
C12Q 1/00- 3/00
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、核酸アプタマーであって、グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、を有し、前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、陽イオン存在下で標的分子への特異的な結合能を有し、配列番号5~7のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、核酸アプタマー。
【請求項2】
前記陽イオンが特定の種類の陽イオンである、請求項1に記載
の核酸アプタマー。
【請求項3】
前記第4領域の下流に、3’末端付加配列を更に有し、
前記3’末端付加配列は、配列番号3に示される塩基配列からなる、請求項1又は2に記載の
核酸アプタマー。
【請求項4】
配列番号4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の
核酸アプタマー。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の核酸アプタマーを含む、医薬。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の核酸アプタマーを含む、治療薬。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか1項に記載の核酸アプタマーを含む、核酸アプタマー薬剤。
【請求項8】
陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、刺激応答性アプタマーをデザインする方法であって、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、を有し、
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、陽イオン存在下で標的分子への特異的な結合能を有するものから選択する、刺激応答性アプタマーをデザインする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸アプタマーに関する。本願は、2019年5月22日に、日本に出願された特願2019-096035号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、がん治療薬として抗体医薬が隆盛を極めているが、その高い薬価に加え、対応可能な疾患関連タンパク質の種類が頭打ちの状態であり、抗体医薬の限界も見えてきている。そのため、抗体とは異なる母体構造を有するポスト抗体医薬の開発が強く望まれている。一本鎖DNAやRNAから形成され、タンパク質を含む生体分子に対して高い結合能と選択性を有するDNA/RNAアプタマーは、安価に合成可能であり抗原性も低いことから、抗体に替わる標的認識分子として注目されている。これまでに認可されたアプタマー薬剤としては、加齢黄斑変性症治療薬であるpegaptanib(商品名「Macugen」、2004年米国承認、2008年日本承認)が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、これまで認可されている抗体医薬や核酸アプタマー薬剤は、細胞膜を透過できないことから、標的が細胞外に限定されている。そのため、抗体や核酸アプタマーが有する高い分子認識能や結合能を維持しつつ、細胞膜を透過可能な分子標的薬の開発が望まれている。
【0004】
また、これまで、抗体等のタンパク質の細胞内への導入法として、膜透過型ペプチドとの融合や混合による細胞内への取り込みを利用した方法や、リポソーム等による細胞内導入法が知られているが、標的分子の凝集や、特定の分子のみを細胞内へ導入することが困難であることから実用化までは至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、細胞内の任意の標的分子に対する結合能及び細胞膜透過能を時空間的に制御可能である核酸アプタマーを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、グアニンリッチなDNA分子が陽イオンに応答し四重鎖構造を形成することに着目し、細胞内の任意の標的分子に対して高い特異性及び選択性を有し、且つ陽イオン刺激により細胞内の任意の標的分子への結合能及び細胞膜透過能を時空間的に制御できる核酸アプタマーを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
本発明の第1態様に係る方法は、陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、核酸アプタマーを、陽イオン存在下で、導入剤を使用せずに細胞と接触させることを含む、前記核酸アプタマーの細胞膜透過方法であって、
前記核酸アプタマーが、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、を有し、
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、陽イオン存在下で標的分子への特異的な結合能を有する。
前記陽イオンが特定の種類の陽イオンであってもよい。
上記第1態様に係る方法において、前記核酸アプタマーは、前記第4領域の下流に、3’末端付加配列を更に有し、前記3’末端付加配列は、配列番号3に示される塩基配列か
らなってもよい。
上記第1態様に係る方法において、前記核酸アプタマーは、配列番号4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含んでもよい。
上記第1態様に係る方法において、前記核酸アプタマーは、配列番号5~7のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含んでもよい。
本発明の第2態様に係る核酸アプタマーは、陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、核酸アプタマーであって、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、を有し、
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、陽イオン存在下で標的分子への特異的な結合能を有し、
配列番号5~7のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む。
【発明の効果】
【0009】
上記態様の核酸アプタマーによれば、細胞内の任意の標的分子に対する結合能及び細胞膜透過能を時空間的に制御可能である核酸アプタマーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】グアニン四重鎖構造の分類型を示す図である。
【
図2A】本発明の一実施形態に係る核酸アプタマーを模式的に示す図である。
【
図2B】本発明の他の実施形態に係る核酸アプタマーを模式的に示す図である。
【
図3】実施例1における各DNAアプタマーの塩基配列を模式的に示す図である。
【
図4】実施例1における各DNAアプタマーによるPPM1Dの阻害曲線を示すグラフである。
【
図5】実施例1における異なる濃度のカリウムイオン存在下での各DNAアプタマーの円偏光二色性(Circular Dichroism;CD)スペクトルを示すグラフである。
【
図6】
図5に示すCDスペクトルにおけるピーク波長(M1D-Q5F:267nm、M1D-Q5M及びM1D-Q5:265nm)でのカリウムイオンの濃度の違いによる変化を解析したグラフである。
【
図7】実施例1におけるM1D-Q5F又はM1D-Q5MをAuto-penetration法で投与したMCF7細胞でのp53及びβ-アクチンのタンパク質発現量をウエスタンブロッティング法で解析した結果を示す画像である。
【
図8】
図7に示すバンドのシグナルを定量化したグラフである。
【
図9】実施例1における異なる濃度のM1D-Q5F又はM1D-Q5MをAuto-penetration法で投与したMCF7細胞の細胞増殖率の変化を示すグラフである。
【
図10】実施例1におけるCy3標識したM1D-Q5M又は5’primerをAuto-penetration法で投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図11】
図10に示すCy3標識したM1D-Q5MをAuto-penetration法で投与したMCF7細胞の蛍光染色像をX軸、Y軸でスライスして解析した染色像である。
【
図12】実施例1におけるCy3標識したM1D-Q5F、M1D-Q5M又は5’primerをAuto-penetration法で投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図13】実施例2における陽イオン(塩化ナトリウム若しくは塩化カリウム)存在下又は非存在下のM1D-Q5M又はM1D-Q5M ScrambledのDNase Iに対する分解耐性をポリアクリルアミドゲル電気泳動で解析した結果を示す画像である。
【
図14】
図13に示すバンドのシグナルを定量化したグラフである。
【
図15】実施例2における陽イオン(塩化ナトリウム及び塩化カリウム)存在下のM1D-Q5M又はM1D-Q5M Scrambledの血清に対する安定性をポリアクリルアミドゲル電気泳動で解析した結果を示す画像である。
【
図16】
図15に示すバンドのシグナルを定量化したグラフである。
【
図17】参考例1におけるM1D-Q5Mをリポフェクション法により導入したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図18】実施例3におけるM1D-Q5を投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図19】実施例4におけるCy3標識されたM1D-Q5Mを投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図20】実施例4におけるTAMRA標識されたM1D-Q5Mを投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図21】実施例4におけるM1D-Q5Mを投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図22】実施例5におけるG4CAA1を投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図23】実施例5におけるG4CAA2を投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図24】実施例6におけるPPM1A、PPM1D、hScp1、hScp3、Fcp1 full-M/H、及びFcp1 Δins.に対するSp1-G4-6の結合量を示すグラフである。
【
図25】実施例6における各DNAアプタマーによるScp1とビオチン化Sp1-G4-6の結合に対する競合試験を示すグラフである。
【
図26】実施例6における全長Scp1及びScp1のN末端領域の76アミノ酸残基の欠損体に対するSp1-G4-6の結合量を示すグラフである。
【
図27】実施例6におけるカリウムイオン存在下でのSp1-G4-6のCDスペクトルを示すグラフである。
【
図28】
図27に示すCDスペクトルにおけるSp1-G4-6の265.5nmでの極大値のカリウムイオンの濃度の違いによる変化を解析したグラフである。
【
図29】実施例6における塩化カリウム存在下又は非存在下のSp1-G4-6のDNase Iに対する分解耐性を示すグラフである。
【
図30】実施例6における塩化カリウム存在下又は非存在下のSp1-G4-6の血清に対する安定性を示すグラフである。
【
図31】実施例6におけるTAMRA標識されたSp1-G4-6を投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【
図32】実施例7におけるマンガンイオン存在下でのMnG4C1のCDスペクトルを示すグラフである。
【
図33】実施例7におけるFAM及びTAMRAで標識されたMnG4C1を用いてマンガンイオン応答性を測定した結果を示すグラフである。
【
図34】実施例7におけるチオフラビンTを用いてMnG4C1の構造変化を検出した結果を示すグラフである。
【
図35】実施例7におけるFAM及びTAMRAで標識されたMnG4C1を投与したMCF7細胞の蛍光染色像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<グアニン四重鎖構造>
グアニン四重鎖(「G-quadruplex」、「G4」、「Gカルテット」とも呼ばれる)構造は、DNAの高次構造の一つであり、4組のグアニン配列により形成される特定の立体構造である。グアニンリッチなDNA分子では陽イオンに応答し、グアニン四重鎖構造を形成する。このことに着目し、発明者らは、2.8×1011種の多様性を有し、陽イオン刺激により立体構造が変化しグアニン四重鎖構造を形成する骨格を母体としたDNAアプタマー(以下、「イオン刺激応答性DNAアプタマー(Ion-Responsive DNA Aptamer;IRDAptamer)」と称する場合がある)のライブラリを独自にデザインした。当該ライブラリの中から、細胞内の任意の標的分子に対する結合能及び細胞膜透過能を時空間的に制御可能である核酸アプタマーをスクリーニングし、同定した。
【0012】
本実施形態の核酸アプタマーは、後述する実施例に示すように、陽イオンの濃度が5mM未満程度の低濃度の環境下では、グアニン四重鎖構造を形成せず細胞内の標的分子に対する結合能及び細胞膜透過能が低いが、陽イオンの濃度が5mM以上140mM以下程度の生体内濃度変化域下では、立体構造が変化し、グアニン四重鎖構造を形成することで、細胞膜を透過することができる。さらに、細胞膜の透過後、細胞内の任意の標的分子に対して特異的に結合することができる。なお、グアニン四重鎖構造を形成する陽イオン濃度は、核酸アプタマーの種類や陽イオンの種類等によって異なり、上記濃度範囲に限定されない。具体的には、本実施形態の核酸アプタマーが、生体内に比較的豊富に存在するナトリウムイオンやカリウムイオン、カルシウムイオンへの応答性を有する場合には、上記生体内濃度変化域において、グアニン四重鎖構造を形成することができる。一方で、本実施形態の核酸アプタマーが、生体内に極少量存在する金属イオン(例えば、亜鉛イオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、マンガンイオン、鉄イオン等の酵素活性に必須の補因子等)への応答性を有する場合には、上記濃度範囲よりも低い濃度(5mM未満等)において、グアニン四重鎖構造を形成することができる。
【0013】
グアニン四重鎖構造は、そのトポロジーから、プロペラ型、バスケット型、プロペラ型とバスケット型を組み合わせたハイブリット型に分類される(
図1参照)(参考文献1:Zhou J et al., “The NEIL glycosylases remove oxidized guanine lesions from telomeric and promoter quadruplex DNA structures.”, Nucleic Acids Res., Vol. 43, No. 8, p4039-4054, 2015.)。
本実施形態の核酸アプタマーは、後述する実施例に示すように、プロペラ型のグアニン四重鎖構造を形成する。
【0014】
なお、本実施形態の核酸アプタマーがグアニン四重鎖構造を形成しているか否かについては、公知の方法を用いて確認することができる。プロペラ型のグアニン四重鎖構造の存在は、例えば、円偏光二色性(Circular Dichroism;CD)スペクトル測定によって、245nm付近の負のピークと、265nm付近の正のピークとを検出することにより確認することができる。また、グアニン四重鎖構造は陽イオンの存在下で形成されるため、後述する実施例に示すように、例えば、カリウムイオン、ナトリウムイオン等の陽イオンを含む溶液中の核酸アプタマーのCDスペクトルと、陽イオンを含まない溶液中の核酸アプタマーのCDスペクトルとを比較することで、グアニン四重鎖構造の存在をより高い信頼性で確認することができる。
【0015】
グアニン四重鎖構造の形成に用いられる陽イオンとしては、生体に存在する陽イオンであれば、特に限定されず、例えば、ナトリウムイオン、カリウムイオン等の一価の陽イオンであってもよく、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン等の二価の陽イオンであってもよく、三価以上の陽イオンであってもよい。また、本実施形態の核酸アプタマーは、特定の種類の陽イオン存在下では、グアニン四重鎖構造を形成し、それ以外の陽イオン存在下では、グアニン四重鎖構造を形成しないものであってもよい。この場合、本実施形態の核酸アプタマーは、当該特定の種類の陽イオン検出用核酸アプタマーとして活用することができる。
【0016】
<核酸アプタマー>
アプタマーとは、一般に、標的分子に特異的に結合する分子であり、核酸アプタマーやペプチドアプタマーが知られている。
【0017】
本実施形態の核酸アプタマーは、陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する核酸アプタマーであり、具体的には、陽イオンが生体内に比較的豊富に存在するナトリウムイオンやカリウムイオン、カルシウムイオンである場合には、陽イオンの濃度が5mM未満程度の低濃度ではグアニン四重鎖構造を形成せず、一方で、陽イオンの濃度が5mM以上140mM以下程度の生体内濃度変化域下では、立体構造が変化し、グアニン四重鎖構造を形成することで、細胞膜を透過することができるものである。そのため、陽イオン刺激を与える場所及び時間を制御することで、本実施形態の核酸アプタマーの細胞膜透過能を時空間的に制御することができる。さらに、本実施形態の核酸アプタマーにおいて、細胞内の任意の標的分子に対する結合能を陽イオン存在下で発現させることができる。例えば、がん細胞内で過剰発現している分子を標的とした場合に、当該がん細胞が存在する部位においてのみ陽イオン刺激を与えることで、正常細胞に影響を与えずに、がん細胞に特異的に抗がん活性を発揮する核酸アプタマーとして利用することができる。
【0018】
本明細書において、核酸は、DNAやRNA等の天然の核酸であってもよく、LNA(locked nucleic acid)やBNA(bridged nucleic acid)等の人工核酸であってもよく、核酸と同様の機能を有するものであれば、PNA(peptide nucleic acid)等のペプチド核酸のような核酸誘導体であってもよい。本実施形態のアプタマーを構成する核酸は、例えば、DNAとLNAとの組み合わせ等、2種以上の核酸を組み合わせることができる。
【0019】
図2Aは、本発明の一実施形態に係る核酸アプタマーを模式的に示す図である。なお、
図2Aに示す陽イオン4は「M
+」で表され、一価の陽イオンを例示しているが、二価の陽イオンであってもよく、その価数は限定されない。
核酸アプタマー10は、グアニン四重鎖構造を形成する第1領域1a、第2領域1b、第3領域1c及び第4領域1dを有する。第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなる。第2領域、第3領域及び第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなる。これら第1領域1a、第2領域1b、第3領域1c及び第4領域1dは、陽イオン4存在下で、
図2Aに示すようにグアニン四重鎖構造を形成する。
近年、臨床試験のPh.2レベルにあるグアニン四重鎖構造を有するDNAアプタマー薬剤AS1411は、細胞膜に局在するタンパク質ヌクレオリンと結合し、細胞内に移行することが知られている(参考文献1:「Cheng Y et al., “AS1411-Induced Growth Inhibition of Glioma Cells by Up-Regulation of p53 and Down-Regulation of Bcl-2 and Akt1 via Nucleolin.”, PLoS One, Vol. 11, No. 12, e0167094, 2016.」。)
しかしながら、グアニン四重鎖構造を形成している核酸アプタマー10が、細胞膜を透過することができることは、今回発明者らが初めて見出したものである。
【0020】
核酸アプタマー10は、さらに、第1領域1a、第2領域1b、第3領域1c及び第4領域1dのそれぞれの間に連結領域A(2a)、連結領域B(2b)及び連結領域C(2c)を有する。連結領域A(2a)、連結領域B(2b)及び連結領域C(2c)からなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、陽イオン4存在下で標的分子への特異的な結合能を有し、これらのうち2つの領域が陽イオン4存在下で標的分子への特異的な結合能を有してもよく、或いはこれら3つの領域全てが陽イオン4存在下で標的分子への特異的な結合能を有してもよい。標的分子への特異的な結合能をより安定的且つ強固なものにできることから、連結領域A(2a)、連結領域B(2b)及び連結領域C(2c)の全てが陽イオン4存在下で標的分子への特異的な結合能を有することが好ましい。各領域において、標的分子への特異的な結合能を有する部位は、領域の一部であってもよく、全部であってもよい。これらの領域の塩基配列は標的分子の種類に応じて適宜選択することができる。
【0021】
図2Bは、本発明の他の実施形態に係る核酸アプタマーを模式的に示す図である。
核酸アプタマー20は、さらに、第4領域1dの下流に、3’末端付加配列3を有する点で、
図2Aに示す核酸アプタマー10と相違するが、その他の点は、核酸アプタマー10と同じである。よって、核酸アプタマー10と同じ点については同じ符号を付し、その説明を省略する。
【0022】
3’末端付加配列3は、配列番号3に示される塩基配列からなる。本実施形態の核酸アプタマーは、グアニン四重鎖構造を形成することに加えて、配列番号3に示される塩基配列からなる配列を有することで、後述する実施例に示すように、陽イオン存在下でより優れた細胞膜透過能を発揮することができる。
【0023】
本実施形態の核酸アプタマーとして具体的には、例えば、配列番号4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーが挙げられる。本実施形態の核酸アプタマーは、配列番号4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドのみからなるものであってもよい。なお、以下の塩基配列において、「-」はヌクレオチド結合であり、以降の塩基配列においても同様である。
【0024】
5’-N-RGG-NNNNNN-TTAGGG-NNNNNN-TTAGGG-NNNNNN-TTAGGG-3’(配列番号4)
【0025】
配列番号4に示される塩基配列において、「RGG」(配列番号1;RはA又はGである)及び3つの「TTAGGG」(配列番号2)からなる4組のグアニンを含む配列(それぞれ上記第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域にあたる)を有することにより、陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成することができる。これにより、陽イオン存在下で優れた細胞膜透過能を発揮することができる。
また、配列番号4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーは、配列番号4からなるポリヌクレオチドの3’末端に10塩基からなる領域「TCAGACTGTG」(配列番号3)(上記3’末端付加配列にあたる)を更に有してもよい。
【0026】
なお、本明細書において「細胞膜透過能」とは細胞の外部と内部を隔てる脂質の膜を透過する能力を示す。核酸が細胞膜透過能を有するかどうかは、当該核酸に蛍光物質を連結した核酸を細胞に添加し、共焦点レーザー顕微鏡等で観察し、細胞内部に蛍光物質が検出できるかどうかで確認することができる。また、蛍光物質を連結した当該核酸を取り込ませた細胞を破砕し、破砕液について分光光度計を用いて蛍光強度を測定することで定量的に細胞膜透過能を確認することができる。
【0027】
また、配列番号4に示される塩基配列において、Nは任意の塩基であり、アデニン、グアニン、シトシン又はチミンのいずれかの塩基である。配列番号4に示される塩基配列中の任意の塩基(N)からなる領域(上記連結領域A、連結領域B及び連結領域Cにあたる)を標的分子の種類に応じて適宜選択することで、細胞内の任意の標的分子に対する結合能を発揮させることができる。
【0028】
標的分子としては細胞内に存在する分子であれば特別な限定はないが、各種疾患(例えば、がん)の発症に起因して発現する分子、或いは、各種疾患を発症している場合に過剰に発現する分子を標的分子とすることが好ましい。
【0029】
例えば、脱リン酸化酵素であるProtein phosphatase magnesium-dependent 1 Delta(PPM1D)を標的分子とする場合には、配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドがPPM1Dに対する結合能及び細胞膜透過能を時空間的に制御可能な核酸アプタマーとして好ましく例示される。
【0030】
5’-G-AGG-TAATTG-TTAGGG-GCGTTG-TTAGGG-TGGGAC-TTAGGG-TCAGACTGTG-3’(配列番号5)
5’-G-AGG-TAATTG-TTAGGG-GCGTTG-TTAGGG-TGGGAC-TTAGGG-3’(配列番号10)
5’-C-AGG-GGTGGG-TTAGGG-AGGGGT-TTAGGG-TGACTG-TTAGGG-3’(配列番号16)
5’-T-AGG-GGGGGT-TTAGGG-GGGGGC-TTAGGG-CTGCTT-TTAGGG-3’(配列番号17)
【0031】
<PPM1D>
PPM1Dは、605アミノ酸残基からなり、PPMファミリーに分類されるPP2C型Ser/Thrホスファターゼである。PPM1Dは乳がんや卵巣がん等の様々ながん細胞において、その遺伝子の増幅や過剰発現が報告されており、抗がん剤の標的として注目されている。PPM1Dの構造の特徴点としては、塩基性アミノ酸残基を豊富に含むループ構造の領域(Basic-residue-rich loop;B-loop)を有し、当該B-loopは酵素の活性中心近傍に位置している。B-loopのアミノ酸配列は「VWKRPRLTHNGPVRRSTVIDQIPF」(配列番号8)である。このB-loopは他のPPMファミリーに分類されるホスファターゼ(例えば、PPM1A等)には存在せず、B-loopはPPM1Dの基質認識や細胞内局在に寄与していると考えられている。これらのことから、後述する実施例に示すように、PPM1DのB-loopを標的としたDNAアプタマーの探索を行うことで、PPM1Dに特異的に結合する核酸アプタマーを開発することができる。なお、ここでいう「PPM1DのB-loopに特異的に結合する」とは、PPM1D以外のホスファターゼに結合せず、さらに、PPM1DのB-loop以外の部位にも結合せず、PPM1DのB-loopにのみ結合することを意味する。配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、酵素選択性を有し、PPM1DのB-loopを標的とし、且つ細胞膜透過能を有するPPM1D特異的阻害剤である。
【0032】
また、ヒトPPM1D遺伝子の塩基配列及びPPM1Dのアミノ酸配列の情報は、Genbank等のデータベースから入手できる。ヒトPPM1Dのアミノ酸配列は、例えば、Genbankのアクセッション番号NP_003611として開示されている。
【0033】
配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、後述する実施例に示すように、陽イオンの濃度が5mM未満程度の低濃度の環境下では、グアニン四重鎖構造を形成せずPPM1Dに対する阻害活性が低いが、陽イオンの濃度が5mM以上140mM以下程度の生体内濃度変化域下では、立体構造が変化し、グアニン四重鎖構造を形成することで、細胞膜を透過し、PPM1DのB-loopに特異的に結合することができる。なお、ここでいう「PPM1Dに対する阻害活性」とは、PPM1Dの酵素活性を阻害する活性を意味する。PPM1Dの酵素活性は、後述する実施例に示すように、基質に対するPPM1Dの脱リン酸化活性を解析することで確認することができる。核酸アプタマーがPPM1Dに対する阻害活性を有することは、例えば、核酸アプタマー非存在下でのPPM1Dの酵素活性と、核酸アプタマー存在下でのPPM1Dの酵素活性を比較し、核酸アプタマー非存在下でのPPM1Dの酵素活性よりも核酸アプタマー存在下でのPPM1Dの酵素活性のほうが低い場合に、当該核酸アプタマーはPPM1Dに対する阻害活性を有すると判断することができる。また、PPM1Dに対する阻害活性は、以下の式により、定量化することができる。
【0034】
(PPM1Dに対する阻害活性)
=(核酸アプタマー存在下でのPPM1Dの酵素活性)/(核酸アプタマー非存在下でのPPM1Dの酵素活性)×100
【0035】
配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドのPPM1Dに対する結合能は、公知の結合測定法を用いて確認することができる。例えば、標識された核酸アプタマーを含む試料溶液を固相に固定化されたPPM1Dと接触させる。一定時間の接触後、洗浄等により試料溶液を固相上から除去し、固相上でのアプタマーの存在を示す標識を検出することで確認することができる。標識が検出された場合には、核酸アプタマーはPPM1Dと結合しており、当該核酸アプタマーはPPM1Dに対する結合能を有すると判断することができる。
また、核酸アプタマーのPPM1DのB-loopに対する結合能は、野生型のPPM1DとPPM1DのB-loop欠損体とを用いて、上記測定方法を行うことで確認することができる。具体的には、標識の検出時に、野生型のPPM1Dでは標識が検出され、一方で、PPM1DのB-loop欠損体では標識が検出されなかった場合には、核酸アプタマーはPPM1DのB-loopに結合しており、当該核酸アプタマーはPPM1DのB-loopに対する結合能を有すると判断することができる。
【0036】
また、例えば、脱リン酸化酵素であるSmall CTD phosphatase 1(Scp1)を標的分子とする場合には、配列番号6に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドがScp1に対する結合能及び細胞膜透過能を時空間的に制御可能な核酸アプタマーとして好ましく例示される。
【0037】
5’-T-AGG-GGGGTA-TTAGGG-AGGGTC-TTAGGG-GTGGGC-TTAGGG-3’(配列番号6)
【0038】
<Scp1>
Scp1は、261アミノ酸残基からなり、small C-terminal domain phosphatase (SCP)ファミリーに分類されるFCP/SCP型Ser/Thrホスファターゼである。Scp1は腎臓がんや肝臓がんの腫瘍抑制に関与することが報告されており、抗がん剤の標的として注目されている。後述する実施例に示すように、Scp1を標的としたDNAアプタマーの探索を行うことで、Scp1に特異的に結合する核酸アプタマーを開発することができる。なお、ここでいう「Scp1に特異的に結合する」とは、Scp1以外のホスファターゼに結合せず、Scp1にのみ結合することを意味する。配列番号6に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、後述する実施例に示すように、酵素選択性を有し、Scp1を標的とし、且つ細胞膜透過能を有するScp1特異的核酸アプタマーである。
【0039】
また、ヒトScp1遺伝子の塩基配列及びScp1のアミノ酸配列の情報は、Genbank等のデータベースから入手できる。ヒトScp1のアミノ酸配列は、例えば、Genbankのアクセッション番号NP_001193807.1、NP_067021.1、NP_872580.1、XP_011509871.1、XP_011509872.1、XP_016860104.1、XP_016860105.1、XP_016860106.1、XP_016860107.1として開示されている。
【0040】
配列番号6に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、後述する実施例に示すように、陽イオンの濃度が5mM以上140mM以下程度の生体内濃度変化域下では、立体構造が変化し、グアニン四重鎖構造を形成することで、細胞膜を透過し、Scp1(特に、Scp1のN末端領域の76アミノ酸残基)に特異的に結合することができる。
【0041】
配列番号6に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドのScp1に対する結合能は、公知の結合測定法を用いて確認することができる。例えば、標識された核酸アプタマーを含む試料溶液を固相に固定化されたScp1と接触させる。一定時間の接触後、洗浄等により試料溶液を固相上から除去し、固相上でのアプタマーの存在を示す標識を検出することで確認することができる。標識が検出された場合には、核酸アプタマーはScp1と結合しており、当該核酸アプタマーはScp1に対する結合能を有すると判断することができる。
【0042】
また、例えば、生体内の特定の陽イオン、具体的には、マンガンイオン(Mn2+)を標的分子とする場合には、配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドがMn2+に対する認識能及び細胞膜透過能を時空間的に制御可能な核酸アプタマーとして好ましく例示される。
【0043】
5’-A-GGG-GGGGAG-TTAGGG-CGCACG-TTAGGG-GTGCTA-TTAGGG-3’(配列番号7)
【0044】
<マンガンイオン(Mn2+)>
マンガンイオン(Mn2+)は、多くの酵素活性に対して特異的、非特異的に影響を与えることが知られている。後述する実施例に示すように、Mn2+を標的としたDNAアプタマーの探索を行うことで、Mn2+の濃度に応じて構造変化する核酸アプタマーを開発することができる。なお、ここでいう「Mn2+の濃度に応じて構造変化する」とは、Mn2+以外の陽イオンの存在下ではグアニン四重鎖構造を形成せず、Mn2+存在下ではグアニン四重鎖構造を形成することを意味する。配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、後述する実施例に示すように、Mn2+選択性を有し、且つ細胞膜透過能を有するMn2+検出用核酸アプタマーである。
【0045】
配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、後述する実施例に示すように、Mn2+の濃度が0.05mM未満程度の低濃度の環境下では、グアニン四重鎖構造を形成せずMn2+に対する認識能が低いが、Mn2+の濃度が0.05mM以上1mM以下程度の生体内濃度変化域下では、立体構造が変化し、グアニン四重鎖構造を形成することで、細胞膜を透過し、Mn2+を選択的に検出することができる。
なお、これまで、K+イオン等はDNAの酸素と静電相互作用していることが報告されていること(参考文献2:「Bhattacharyya D et al., “Metal Cations in G-Quadruplex Folding and Stability.”, Front Chem., Vol. 4, Issue 38, doi: 10.3389/fchem.2016.00038, 2016.」)や、後述する実施例に示すCDスペクトルのデータによる構造変化から、Mn2+は、配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドの負電荷と相互作用して、グアニン四重鎖構造の中心にMn2+が配位したパラレル型グアニン四重鎖構造を形成していると考えられる。
【0046】
配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドのMn2+に対する認識能は、例えば、以下に示す方法を用いて確認することができる。まず、標識された核酸アプタマーを含む試料溶液にMn2+を含む溶液を添加して、標識された核酸アプタマーとMn2+とを接触させる。このとき、核酸アプタマーの5’末端と3’末端に、FRET(蛍光共鳴エネルギー移動;Fluorescence(Foerster) Resonance Energy Transfer)が起こり得る組合せの標識物質を予め結合させて標識しておくことが好ましい。FRETが起こりうる標識物質の組合せとしては、例えば、励起波長が490nm付近の蛍光色素(例えば、FAM、FITC、ローダミングリーン、Alexa(登録商標)fluor 488、BODIPY FL等)と励起波長が540nm付近の蛍光色素(例えば、TAMRA、テトラメチルローダミン、Cy3)、又は、励起波長が540nm付近の蛍光色素(上記と同じものが例示される)と励起波長が630nm付近の蛍光色素(例えば、Cy5等)の組合せ等が挙げられる。これにより、Mn2+の存在下でグアニン四重鎖構造を形成した際に、核酸アプタマーの5’末端と3’末端に結合されている標識物質同士の距離が近づくことで、FRETが起こり、蛍光が検出される。よって、当該蛍光が検出された場合には、核酸アプタマーはグアニン四重鎖構造を形成しており、当該核酸アプタマーはMn2+に対する認識能を有すると判断することができる。
【0047】
また、例えば、核酸アプタマーを含む試料溶液にMn2+を含む溶液を添加して、核酸アプタマーとMn2+とを接触させる。このとき、当該接触と同時、又は接触後に、チオフラビンTを添加する。チオフラビンTはグアニン四重鎖構造を形成したDNAに結合し、蛍光を発することが報告されている。そのため、チオフラビンTの蛍光が検出された場合には、核酸アプタマーはグアニン四重鎖構造を形成しており、当該核酸アプタマーはMn2+に対する認識能を有すると判断することができる。
【0048】
本実施形態の核酸アプタマーは、標的分子に対する結合能及び細胞膜透過能を損なわない範囲内で、上記ポリヌクレオチドの5’末端及び3’末端の少なくともいずれか一方に、タンパク質、脂質、糖鎖、低分子化合物、ポリエチレングリコール鎖、蛍光分子等が付加されていてもよい。
【0049】
また、本実施形態の核酸アプタマーは、陽イオン刺激により、細胞膜透過能及び標的分子に対する結合能が時空間的に制御されていることから、陽イオンチャネル作用剤と組み合わせて、使用することが好ましい。なお、ここでいう「陽イオンチャネル作用剤」とは、細胞内のナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン及びマグネシウムイオンからなる群より選ばれる少なくとも1種類の陽イオン濃度を上昇させるように構成されている作用剤である。例えば、当該作用剤により細胞内のカリウムイオンが上昇した場合に、ナトリウムイオン等の他の陽イオン濃度も共に上昇してもよく、低下してもよく、変化しなくともよい。具体的な陽イオンチャネル作用剤としては、例えば、ウアバイン、テトラエチルアンモニウム等が挙げられる。また、核酸アプタマー及び陽イオンチャネル作用剤は、同一の投与経路で投与してもよいし、別々の投与経路で投与してもよい。更に、核酸アプタマー及び陽イオンチャネル作用剤は、同時に投与してもよいし、逐次的に投与してもよいし、一定の時間乃至期間を空けて別々に投与してもよい。一実施態様において、上記核酸アプタマーと陽イオンチャネル作用剤とは、これらを包含するキットとしてもよい。
【0050】
≪核酸アプタマーの製造方法≫
本実施形態の核酸アプタマーは、例えば、以下の方法を用いて製造することができる。
細胞内の特定の分子を標的とする細胞透過型核酸アプタマーを設計する場合には、まず、以下に示すような、上記配列番号4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドにおいて、任意の塩基(N)からなる領域(上記連結領域A、連結領域B及び連結領域Cにあたる)が異なり、5’末端及び3’末端に核酸アプタマー増幅用の共通のプライマー配列を有する複数の核酸アプタマーからなるライブラリを構築する。
【0051】
5’-(primer seq. 1)-N-RGG-N6-TTAGGG-N6-TTAGGG-N6-TTAGGG-(primer seq. 2)-3’
【0052】
次いで、構築された核酸アプタマーのライブラリを用いて、陽イオン存在下で、SELEX法により、標的分子に特異的に結合する核酸アプタマーをスクリーニングする。スクリーニング後、当該核酸アプタマーをPCR法等によりクローニングし、シーケンシングを行うことで配列を同定することができる。
【0053】
細胞内の特定の種類の陽イオンを認識可能な細胞透過型核酸アプタマーを設計する場合には、上記と同様の方法により構築された核酸アプタマーのライブラリを用いて、特定の種類の陽イオン存在下で、グアニン四重鎖構造を形成する核酸アプタマーをスクリーニングする。スクリーニングされた核酸アプタマーについて、その他陽イオン存在下では、グアニン四重鎖構造を形成しないことも確認する。グアニン四重鎖構造を形成しているか否かを確認する方法としては、上記「Mn2+に対する認識能」を確認する方法において例示された方法と同様の方法を用いることができる。スクリーニング後、当該核酸アプタマーをPCR法等によりクローニングし、シーケンシングを行うことで配列を同定することができる。
【0054】
≪抗がん剤≫
本実施形態の核酸アプタマーの標的分子が、がん細胞内においてがんの発症に起因して発現する分子、或いは、がんを発症している場合に過剰に発現する分子である場合には、抗がん剤として有用である。すなわち、一実施形態において、本発明は、上記核酸アプタマーを有効成分として含有する抗がん剤を提供する。中でも、核酸アプタマーとしては、上記配列番号5、6、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含むものであることが好ましく、上記配列番号5、6、10、16、17に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドのみからなるものがより好ましい。
【0055】
上記核酸アプタマーを生体に投与することにより、陽イオン刺激の制御下において、がん細胞に特異的に発現する標的分子の活性を制御することができる。その結果、当該標的分子を過剰に発現しているがん細胞の細胞増殖を抑制することができる。すなわち、上記核酸アプタマーによれば、がんを治療又は予防することができる。
【0056】
本実施形態の抗がん剤は、単独で生体に投与されてもよく、或いは、薬学的に許容可能な担体と混合して、がんの治療又は予防用の医薬組成物として投与されてもよい。
【0057】
医薬組成物は、経口的に使用される剤型であってもよく、非経口的に使用される剤型であってもよいが、非経口的に使用される剤型が好ましい。経口的に使用される剤型としては、例えば錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤等が挙げられる。非経口的に使用される剤型としては、例えば注射剤、吸入剤、坐剤、貼付剤等が挙げられる。
【0058】
薬学的に許容される担体としては、通常医薬組成物の製剤に用いられるものを特に制限なく用いることができる。より具体的には、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤;デンプン、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤;水、エタノール、グリセリン等の注射剤用溶剤等が挙げられる。
【0059】
医薬組成物は添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン、マルチトール等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノール等の安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤等が挙げられる。
【0060】
医薬組成物は、上記抗がん剤と、上記薬学的に許容される担体及び添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0061】
医薬組成物は、上記抗がん剤以外の抗がん作用を有する治療薬及び他の疾患の治療薬からなる群より選択される少なくとも1つと組合せて、使用してもよい。上記抗がん剤と他の薬剤とは、同一の製剤にしてもよいし、別々の製剤にしてもよい。また、各製剤は、同一の投与経路で投与してもよいし、別々の投与経路で投与してもよい。更に、各製剤は、同時に投与してもよいし、逐次的に投与してもよいし、一定の時間乃至期間を空けて別々に投与してもよい。一実施態様において、上記抗がん剤と他の薬剤とは、これらを包含するキットとしてもよい。
【0062】
医薬組成物を投与する対象としては、限定されるものではないが、例えば、ヒト、サル、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、及びそれらの細胞等が挙げられる。中でも、哺乳動物又は哺乳動物細胞が好ましく、ヒト又はヒト細胞が特に好ましい。
【0063】
患者又は患畜への投与は、例えば、髄腔内注射、腹腔内注射、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射等のほか、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、又は経口的に当業者に公知の方法により行うことができる。
【0064】
医薬組成物の投与量は、患者又は患畜の症状、体重、年齢、性別等によって異なり、一概には決定できないが、経口投与の場合には、例えば、投与単位形態あたり0.1mg/kg体重以上10mg/kg体重以下の有効成分(核酸アプタマー)を投与すればよい。また、注射剤の場合には、例えば、投与単位形態あたり0.01mg/kg体重以上10mg/kg体重以下の有効成分(核酸アプタマー)を投与すればよい。
【0065】
また、医薬組成物の1日あたりの投与量は、患者又は患畜の症状、体重、年齢、性別等によって異なり、一概には決定できないが、例えば、成人1日あたり0.1mg/kg体重以上10mg/kg体重以下の有効成分を1日1回又は2回以上4回以下程度に分けて投与すればよい。
【0066】
<他の実施形態>
最近、PPM1DのC末端欠損体(酵素活性は維持)が神経発達障害を引き起こし、知的障害症候群(intellecutual Disability: ID)を発症する可能性が報告されている(参考文献3:「Jansen S et al., “De Novo Truncating Mutations in the Last and Penultimate Exons of PPM1D Cause an Intellectual Disability Syndrome.”, Am J Hum Genet., Vol. 100, Issue 4, p650-658, 2017.」)。よって、PPM1Dを標的分子とする場合には、本実施形態の核酸アプタマーは、神経発達障害の治療剤として展開できる可能性がある。
すなわち、一実施形態において、本発明は、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーを有効成分として含有する神経発達障害の治療剤を提供する。
当該神経発達障害の治療剤は、神経発達障害の治療又は予防用の医薬組成物とすることもできる。当該医薬組成物の形態、組成、投与方法等については、上記抗がん剤において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0067】
また、本実施形態の核酸アプタマーは、公知の方法により標識タグが付加されていてもよい。標識された核酸アプタマーにおいて、がん細胞内においてがんの発症に起因して発現する分子、或いは、がんを発症している場合に過剰に発現する分子である場合には、発がんリスクの検出センサーとして応用できる可能性があり、PPM1Dを標的分子とする場合には、発がんや神経発達障害の発症リスク検出センサーとして応用できる可能性があり、Scp1を標的分子とする場合には、発がんの発症リスク検出センサーとして応用できる可能性がある。
すなわち、一実施形態において、本発明は、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーと、前記核酸アプタマーに結合した標識タグと、を備える発がん又は神経発達障害の発症リスク検出センサーを提供する。
また、一実施形態において、本発明は、上記配列番号6に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーと、前記核酸アプタマーに結合した標識タグと、を備える発がんの発症リスク検出センサーを提供する。
標識タグとしては、例えば、蛍光物質、ビオチン等が挙げられる。蛍光物質としては、例えば、Qdot(登録商標)ナノクリスタル、Cy色素(Cy3、Cy5、Cy5.5、Cy7、Cy7.5、Sulfo-Cy5等)、Alexa Fluor(登録商標)405、同488、同555、同568、同594、同647、同680、同750、同790、FAM、TAMRA等が挙げられる。
【0068】
一実施形態において、本発明は、上記核酸アプタマーの有効量を、治療を必要とする患者又は患畜に投与する、がんの治療方法又は予防方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、がんの治療又は予防のための、上記核酸アプタマーを提供する。
一実施形態において、がんの治療又は予防用の医薬組成物を製造するための、上記核酸アプタマーの使用を提供する。
【0069】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号5、6、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーの有効量を、治療を必要とする患者又は患畜に投与する、がんの治療方法又は予防方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、がんの治療又は予防のための、上記配列番号5、6、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマー提供する。
一実施形態において、がんの治療又は予防用の医薬組成物を製造するための、上記配列番号5、6、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーの使用を提供する。
【0070】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーの有効量を、治療を必要とする患者又は患畜に投与する、神経発達障害の治療方法又は予防方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、神経発達障害の治療又は予防のための、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーを提供する。
一実施形態において、神経発達障害の治療又は予防用の医薬組成物を製造するための、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーの使用を提供する。
【0071】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーと前記核酸アプタマーに結合した標識タグと、を備える発がん又は神経発達障害の発症リスク検出センサーを用いる、発がん又は神経発達障害の発症リスクの検出方法を提供する。標識タグとしては、上記において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0072】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号6に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーと前記核酸アプタマーに結合した標識タグと、を備える発がん発症リスク検出センサーを用いる、発がんの発症リスクの検出方法を提供する。標識タグとしては、上記において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0073】
また、本実施形態の核酸アプタマーは、特定の種類の陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成する場合、当該特定の種類の陽イオン検出用核酸アプタマーとして使用することができる。
【0074】
すなわち、一実施形態において、本発明は、特定の種類の陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、標識された核酸アプタマーであって、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、
を有し
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、前記特定の種類の陽イオンへの特異的な結合能を有し、
前記核酸アプタマーの5’末端及び3’末端にそれぞれ標識物質が結合しており、
5’末端の標識物質及び3’末端の標識物質は、FRETが起こりうる標識物質の組合せである、特定の種類の陽イオン検出用核酸アプタマーを提供する。
【0075】
また、一実施形態において、本発明は、特定の種類の陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、核酸アプタマーと、
チオフラビンTと、
を備える、特定の種類の陽イオン検出キットであって、
前記核酸アプタマーは、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、
を有し
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、前記特定の種類の陽イオンへの特異的な結合能を有する、キットを提供する。
【0076】
また、一実施形態において、本発明は、上記配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、標識された核酸アプタマーであって、
前記核酸アプタマーの5’末端及び3’末端にそれぞれ標識物質が結合しており、
5’末端の標識物質及び3’末端の標識物質は、FRETが起こりうる標識物質の組合せである、マンガンイオン検出用核酸アプタマーを提供する。
【0077】
また、一実施形態において、本発明は、上記配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、核酸アプタマーと、
チオフラビンTと、
を備える、マンガンイオン検出キットを提供する。
【0078】
また、一実施形態において、本発明は、特定の種類の陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、標識された核酸アプタマーを用いる、特定の種類の陽イオンの検出方法であって、
試料溶液と、前記標識された核酸アプタマーと、を接触させることと、
接触後の試料溶液中の蛍光を測定することと、
を含み、
前記核酸アプタマーは、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、
を有し
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、前記特定の種類の陽イオンへの特異的な結合能を有し、
前記核酸アプタマーの5’末端及び3’末端にそれぞれ標識物質が結合しており、
5’末端の標識物質及び3’末端の標識物質は、FRETが起こりうる標識物質の組合せである、検出方法を提供する。
【0079】
また、一実施形態において、本発明は、特定の種類の陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、核酸アプタマーを用いる、特定の種類の陽イオンの検出方法であって、
試料溶液と、前記核酸アプタマーと、を接触させることと、
接触後の試料溶液に、チオフラビンTを添加して、蛍光を測定することと、
を含み、
前記核酸アプタマーは、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、
を有し
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、前記特定の種類の陽イオンへの特異的な結合能を有する、検出方法を提供する。
【0080】
また、一実施形態において、本発明は、上記配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、標識された核酸アプタマーを用いる、マンガンイオンの検出方法であって、
試料溶液と、前記標識された核酸アプタマーと、を接触させることと、
接触後の試料溶液中の蛍光を測定することと、
を含み、
前記核酸アプタマーの5’末端及び3’末端にそれぞれ標識物質が結合しており、
5’末端の標識物質及び3’末端の標識物質は、FRETが起こりうる標識物質の組合せである、マンガンイオン検出用核酸アプタマーを提供する。
【0081】
また、一実施形態において、本発明は、上記配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、核酸アプタマーを用いる、マンガンイオンの検出方法であって、
試料溶液と、前記核酸アプタマーと、を接触させることと、
接触後の試料溶液に、チオフラビンTを添加して、蛍光を測定することと、
を含む、検出方法を提供する。
【0082】
また、一実施形態において、本発明は、特定の種類の陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、標識された核酸アプタマーを用いる、生体内での特定の種類の陽イオンの検出方法であって、
被験動物(好ましくは、非ヒト哺乳動物)の体内に前記標識された核酸アプタマーを導入することと、
前記導入後の被験動物の体内の蛍光を測定することと、
を含み、
前記核酸アプタマーは、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、
を有し
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、前記特定の種類の陽イオンへの特異的な結合能を有し、
前記核酸アプタマーの5’末端及び3’末端にそれぞれ標識物質が結合しており、
5’末端の標識物質及び3’末端の標識物質は、FRETが起こりうる標識物質の組合せである、検出方法を提供する。
【0083】
また、一実施形態において、本発明は、特定の種類の陽イオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、細胞膜透過能を有する、核酸アプタマーを用いる、生体内での特定の種類の陽イオンの検出方法であって、
被験動物(好ましくは、非ヒト哺乳動物)の体内に前記標識された核酸アプタマー及びチオフラビンTを導入することと、
前記導入後の被験動物の体内の前記チオフラビンTの蛍光を測定することと、
を含み、
前記核酸アプタマーは、
グアニン四重鎖構造を形成する第1領域、第2領域、第3領域及び第4領域と、
前記第1領域、前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域のそれぞれの間に連結領域A、連結領域B及び連結領域Cと、
を有し
前記第1領域は配列番号1に示される塩基配列からなり、
前記第2領域、前記第3領域及び前記第4領域はそれぞれ配列番号2に示される塩基配列からなり、
前記連結領域A、前記連結領域B及び前記連結領域Cからなる群より選ばれる少なくとも1つの領域は、前記特定の種類の陽イオンへの特異的な結合能を有する、検出方法を提供する。
【0084】
また、一実施形態において、本発明は、上記配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、標識された核酸アプタマーを用いる、生体内でのマンガンイオンの検出方法であって、
被験動物(好ましくは、非ヒト哺乳動物)の体内に前記標識された核酸アプタマーを導入することと、
前記導入後の被験動物の体内の蛍光を測定することと、
を含み、
前記核酸アプタマーの5’末端及び3’末端にそれぞれ標識物質が結合しており、
5’末端の標識物質及び3’末端の標識物質は、FRETが起こりうる標識物質の組合せである、マンガンイオン検出用核酸アプタマーを提供する。
【0085】
また、一実施形態において、本発明は、上記配列番号7に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、核酸アプタマーを用いる、生体内でのマンガンイオンの検出方法であって、
被験動物(好ましくは、非ヒト哺乳動物)の体内に前記標識された核酸アプタマー及びチオフラビンTを導入することと、
前記導入後の被験動物の体内の前記チオフラビンTの蛍光を測定することと、
を含む、検出方法を提供する。
【0086】
FRETが起こりうる標識物質の組合せとしては、上記「マンガンイオン(Mn2+)」において例示されたものと同様の物が挙げられる。
【0087】
グアニン四重鎖構造を形成しているか否かを確認する方法としては、上記「Mn2+に対する認識能」を確認する方法において例示された方法と同様の方法を用いることができる。
【0088】
蛍光の検出は、標識物質の種類に応じて、公知の検出器を用いて行なうことができる。例えば、チオフラビンTの場合には、励起波長385nm以上450nm以下、蛍光波長445nm以上492nm以下であることから、分光光度計等を用いて、上記波長範囲内の励起光を照射した際の蛍光強度を測定することで、蛍光を検出することができる。
【0089】
試料溶液としては、特別な限定はなく、例えば、動物から摘出された組織若しくは培養組織由来の組織抽出液、培養細胞由来の細胞抽出液又は体液等が挙げられる。体液としては、例えば、血液、血清、血漿、尿(例えば、原尿、蓄尿等)、バフィーコート、唾液、胆汁、脳脊髄液、涙液、痰、粘液、汗、膀胱洗浄液等が挙げられ、これらに限定されない。
【0090】
被験動物としては、非ヒト哺乳動物が好ましい。非ヒト哺乳動物として具体的には、例えば、サル、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター等が挙げられる。
【0091】
核酸アプタマーの被験動物の体内への導入方法(投与形態)としては、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射、鼻腔内的、腹腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、又は、経口的に当業者に公知の方法が挙げられ、静脈内注射又は腹腔内的投与が好ましい。
【0092】
一実施形態において、上記核酸アプタマーを含有する、細胞培養用組成物を提供する。上記核酸アプタマーを含有する培地(細胞培養用組成物)で標的分子を過剰に発現する細胞を培養することで、核酸アプタマーを当該細胞内に導入し、標的分子に結合させることができる。
【0093】
細胞培養用組成物は、上記核酸アプタマーのみからなるものであってもよく、上記核酸アプタマーと公知の希釈剤とが混合された組成物であってもよい。希釈剤としては、例えば、水、バッファー、各種培地等が挙げられる。
【0094】
細胞培養用組成物中の上記核酸アプタマーの濃度としては、例えば、10nM以上100μM以下とすることができ、1μM以上が好ましい。
【0095】
一実施形態において、本発明は、上記核酸アプタマーを含む培地で、標的分子を発現している細胞を培養する、核酸アプタマーの細胞内への導入方法を提供する。
細胞の培養には、上記細胞培養用組成物を用いることができる。
【0096】
一実施形態において、本発明は、上記核酸アプタマーを含む培地で、標的分子を発現しているがん細胞を培養する、細胞培養方法を提供する。
細胞の培養には、上記細胞培養用組成物を用いることができる。
【0097】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーを、PPM1Dを発現しているがん細胞に接触させる、PPM1Dと前記PPM1Dの基質との結合阻害方法を提供する。
核酸アプタマーによるPPM1DとPPM1Dの基質(例えば、p53等)との結合阻害を確認する方法としては、例えば、核酸アプタマーを接触させた細胞と、核酸アプタマーを接触させていない細胞とを比較し、接触させた細胞のほうが、PPM1Dの酵素活性が低下している又はPPM1Dによって脱リン酸化された基質の割合が低下している場合に、核酸アプタマーがPPM1DとPPM1Dの基質との結合を阻害していると判断することができる。
【0098】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーを、PPM1Dを発現しているがん細胞に接触させる、細胞の増殖抑制方法を提供する。
核酸アプタマーによる細胞増殖抑制を確認する方法としては、例えば、核酸アプタマーを接触させた細胞と、核酸アプタマーを接触させていない細胞とを比較し、接触させた細胞のほうが、細胞増殖率が低い場合に、核酸アプタマーが細胞の増殖を抑制していると判断することができる。
【0099】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号5、10、16、17のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーを、PPM1Dを発現しているがん細胞に接触させる、p53の活性化方法を提供する。
核酸アプタマーによるp53の活性化を確認する方法としては、例えば、核酸アプタマーを接触させた細胞と、核酸アプタマーを接触させていない細胞とを比較し、接触させた細胞のほうが、p53の発現量が増加している場合に、核酸アプタマーがp53を活性化していると判断することができる。
【0100】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号6に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーを、Scp1を発現しているがん細胞に接触させる、Scp1と前記Scp1の基質との結合阻害方法を提供する。
核酸アプタマーによるScp1とScp1の基質(例えば、リン酸化されたRNAポリメラーゼII(RNA pol II)、Twist、c-Myc、RE1-silencing transcription factor (REST)等)との結合阻害を確認する方法としては、例えば、核酸アプタマーを接触させた細胞と、核酸アプタマーを接触させていない細胞とを比較し、接触させた細胞のほうが、Scp1の酵素活性が低下している又はScp1によって脱リン酸化された基質の割合が低下している場合に、核酸アプタマーがScp1とScp1の基質との結合を阻害していると判断することができる。
【0101】
一実施形態において、本発明は、上記配列番号6に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む核酸アプタマーを、Scp1を発現しているがん細胞に接触させる、細胞の増殖抑制方法を提供する。
核酸アプタマーによる細胞増殖抑制を確認する方法としては、例えば、核酸アプタマーを接触させた細胞と、核酸アプタマーを接触させていない細胞とを比較し、接触させた細胞のほうが、細胞増殖率が低い場合に、核酸アプタマーが細胞の増殖を抑制していると判断することができる。
【実施例】
【0102】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0103】
[実施例1]
1.SELEX法を用いたPPM1D結合DNAアプタマーのスクリーニング
陽イオン刺激により立体構造が変化しグアニン四重鎖構造を形成するDNAアプタマー(以下、「イオン刺激応答性DNAアプタマー(Ion-Responsive DNA Aptamer;IRDAptamer)」と称する場合がある)のライブラリを独自に開発し、SELEX法を用いて陽イオン存在下でPPM1DのB-loopに特異的に結合するDNAアプタマーをスクリーニングした。イオン刺激応答性DNAアプタマーは下記一般式(I)に示される塩基配列からなる。なお、一般式(I)中、Nは任意の塩基であり、アデニン、グアニン、シトシン又はチミンのいずれかの塩基である。「common seq.」は、common sequence(共通配列)の略記であり、DNAアプタマーの増幅のために用いられたプライマー配列である。また、一般式(I)において「AGG」及び3つの「TTAGGG」からなる4組のグアニンを含む配列によりグアニン四重鎖構造が形成される。なお、「common seq.」以外の部分の塩基配列を配列番号21に示す。
【0104】
5’-(common seq.)-NAGG-N6-TTAGGG-N6-TTAGGG-N6-TTAGGG-(common seq.)-3’ (I)
【0105】
また、1回目、4回目、8回目及び12回目のSELEXプロセスの前処理として、PPM1DのB-loop欠損体(以下、「PPM1DSubB」と略記する場合がある)を用いてDepletion法を行った。PPM1DSubBでは、N末端から245番目から268番目までのB-loopの領域(配列番号8)が、PPM1A相当配列であるNGSからなるペプチド残基に置換されている。具体的には、PPM1DのB-loop欠損体が固定化されたカラムにDNAアプタマーを含む溶液を送液して、PPM1DのB-loop以外の部位に吸着するDNAアプタマーを取り除いた後、フロースルーをPPM1Dの野生型が固定化されたカラムに送液してPPM1DのB-loopに特異的に結合するDNAアプタマーを結合させた。その後、溶出溶液を用いて、PPM1DのB-loopに特異的に結合するDNAアプタマーを溶出させた。なお、カラムにDNAアプタマーをアプライする際に用いられる溶液の組成は、1×PBS(リン酸緩衝食塩水)、0.05% Tween、1μg/mL BSA(ウシ血清アルブミン)である。また、溶出溶液の組成は、0.5M imidazole-HCl(pH7.4)である。
【0106】
上記に示す処理を12ラウンド繰り返し、得られたDNAアプタマーをクローニングし、シーケンシングを行って、配列を同定した。同定されたDNAアプタマーのうち、PPM1Dに対する阻害活性解析から、優れたPPM1D結合能を有するDNAアプタマーとして以下の表1に示すM1D-Q5Fを選択した。次いで、M1D-Q5Fの共通配列の一部又は全部を削除したM1D-Q5M及びM1D-Q5を設計し、以降の検討を行なった。
【0107】
【0108】
2.同定されたDNAアプタマーのPPM1Dに対する阻害活性解析
図3は、各DNAアプタマーの塩基配列を模式的に示した図である。「M1D-Q5F Scrambled」とは、M1D-Q5Fの配列をランダム化したDNAアプタマーである。
PPM1Dに対する阻害活性解析には、p53(15P)を基質として用いた。p53(15P)のアミノ酸配列は、「Ac-VEPPLXQETFSDLW-NH
2」(配列番号11)である。「Ac」はアセチル基を示し、Xはリン酸化されたセリン残基である。p53(15P)(10μM)、PPM1D(4nM)、及び各DNAアプタマー(10μM)を緩衝液に添加し、混合溶液を調製し、10分間静置した。混合溶液の調製に用いられた緩衝液の組成は、50mM Tris-HCl(pH7.5)、0.02% β-mercaptoethanol、0.1mM EGTA(グリコールエーテルジアミン四酢酸)、30mM MgCl
2、100mM NaClである。その後に、遊離リン酸検出試薬Biomol Green (Enzo Life Sciences,Inc.社製、型番:BML-AK111-1000)を用いて、脱リン酸化されたp53(15P)の量を算出することにより、PPM1Dの酵素活性を定量し、各DNAアプタマーによるPPM1Dの阻害効果を確認した。結果を
図4に示す。また、
図4に示す阻害曲線から算出した50%阻害濃度(IC
50)を以下の表2に示す。
【0109】
【0110】
図4及び表2から、M1D-Q5Fに比べ、30塩基を欠損したM1D-Q5Mが強力な阻害効果を示すことが明らかとなった。
【0111】
3.M1D-Q5Fの円偏光二色性(Circular Dichroism;CD)スペクトル
円偏光二色性分光計(日本分光社製、型番:JASCO CD J-720WI)を用いて、各濃度のカリウムイオン存在下でのM1D-Q5F、M1D-Q5M、及びM1D-Q5のCDスペクトルを得た。結果を
図5に示す。
【0112】
図5から、3種のDNAアプタマーがカリウムイオンに応答しプロペラ型のG-quadruplex構造への変化を示したため、母体構造であるM1D-Q5の部分がイオン応答性を担っていることが明らかとなった。
【0113】
次いで、
図5に示すグラフから、CDスペクトルにおけるピーク波長(M1D-Q5F:267nm、M1D-Q5M及びM1D-Q5:265nm)におけるカリウムイオンの濃度の違いによる変化を解析したグラフを
図6に示す。
図6では、カリウムイオン非存在下のモル楕円率を0%、ピーク波長における最もモル楕円率が高い点を100%とした際に、どの程度のイオン濃度のレンジでアプタマーの構造が変化しているかを示している。また、カリウムイオンとアプタマーの構造変化から算出した見かけの解離定数(K
D
obs)を以下の表3に示す。なお、フィッティングから50%構造変化した点を見かけの解離定数とした。
【0114】
【0115】
図6及び表3から、3種のDNAアプタマーが同程度のカリウムイオン応答性を示すことが明らかになった。
【0116】
4.各DNAアプタマーによるヒト乳がん由来MCF7細胞増殖抑制効果
PPM1Dが過剰発現していることが知られているヒト乳がん由来MCF7細胞(2.5×10
4cells/well)に1,3,10μMのM1D-Q5F又はM1D-Q5Mを培養液中に添加して、2日間培養し、MCF7細胞内に導入した(以下、導入剤不使用である当該方法による導入を「Auto-penetration法」と称する場合がある)。細胞を回収して、ウエスタンブロッティング法により、p53のタンパク質発現量を検出した。コントロールとしてアクチンのタンパク質も検出した。結果を
図7に示す。
図7において、「Ctl」とは、DNAアプタマーを添加していない細胞である。また、
図8は、
図7のp53のバンド強度をActinのバンド強度で割り、アプタマーを投与していないものに比べどの程度p53の発現量が増加したかをアプタマーの濃度ごとに定量化したグラフである。
【0117】
図7及び
図8から、M1D-Q5F及びM1D-Q5Mの両方で濃度依存的にp53の発現量増加が見られた。アプタマー間で比較すると、M1D-Q5Mのほうがより強くp53の発現量を増加させていた。PPM1Dに対する阻害効果と相関して、M1D-Q5Mがより強い抗がん活性を示すことが示唆された。
【0118】
次いで、0、1、5μMと濃度をふってM1D-Q5F, M1D-Q5MをAuto-penetration法で投与したMCF7細胞(2×10
3cells/well)を3日間培養し、MTTアッセイで細胞増殖率を確認した。また、アプタマーを投与していない細胞群をコントロール群として、コントロール群での細胞数に対するアプタマー投与群での細胞数を細胞増殖率として算出した。結果を
図9に示す。
【0119】
図9から、M1D-Q5MがM1D-Q5Fよりも強い細胞増殖抑制効果を示したことから、Auto-penetration法でM1D-Q5Mが高い抗がん活性を示すことが明らかとなった。
【0120】
5.各DNAアプタマーの細胞内局在
Cy3標識したM1D-Q5M、及び5’Primer(各3μM)をMCF7細胞に添加し、48時間培養した(Auto-penetration法)。培養後、p53認識抗体、Alexa488標識抗マウス抗体及び核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を用いた蛍光染色を行い、細胞を共焦点顕微鏡(Zeiss、LSM800、63倍)で観察した。また、X軸、Y軸で切断した断面をZeiss ZEN 2.6(Blue Edition)ソフトウェアで解析した。結果を
図10に示す。なお、5’Primerの塩基配列は「5’-ATGACCATGACCCTCCACAC-3’」(配列番号12)である。
【0121】
図10から、Cy3-5’Primerは細胞にほとんど導入されていない一方、M1D-Q5Mは核内に強く導入されていた。また、M1D-Q5M投与を行った細胞において、核内でp53の発現量増加が見られた。
【0122】
また、
図10に示したCy3標識したM1D-Q5MをAuto-penetration法で投与したMCF7細胞の蛍光染色像をX軸、Y軸でスライスして解析した染色像を
図11に示す。
図11において、左はアプタマーの局在のみを解析した染色像であり、右はp53とアプタマーの局在を重ね合わせたものである。
【0123】
図11から、核内に導入されたM1D-Q5Mが核内に発現しているp53と共局在していることが観察された。スライス画像を見ると、核内全体にアプタマーは局在しており、DNA濃度の濃い部分に局在していた。
【0124】
6.各DNAアプタマーの細胞内局在2
Cy3標識したM1D-Q5F、M1D-Q5M、及び5’Primer(各3μM)をMCF7細胞に添加し、48時間培養した(Auto-penetration法)。培養後、マウス抗p53抗体、Alexa488標識抗マウス抗体及び核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を用いた蛍光染色を行い、細胞を共焦点顕微鏡(Zeiss、LSM800、63倍)で観察した。また、X軸、Y軸で切断した断面をZeiss ZEN 2.6(Blue Edition)ソフトウェアで解析した。結果を
図12に示す。
【0125】
図12から、5’Primerはほとんど細胞内に導入されていない一方、M1D-Q5F及びM1D-Q5Mは細胞の核内に局在していることが明らかとなった。M1D-Q5FとM1D-Q5Mを比較すると、M1D-Q5Mの方が核に強く局在しており、核内への導入効率が高いことが明らかとなった。さらに、M1D-Q5F及びM1D-Q5M投与時に核内でp53の発現量増加が見られ、M1D-Q5F及びM1D-Q5Mが核内でPPM1D阻害剤として機能していることが示唆された。
【0126】
[実施例2]
1.M1D-Q5Mのヌクレアーゼ耐性
陽イオン(140mMの塩化ナトリウム若しくは塩化カリウム)存在下又は非存在下のM1D-Q5M又はM1D-Q5M Scrambled(各1μM)に10μg/mLのDNase Iを添加し、添加から0、10、20、30及び60分後にサンプルを回収して、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を用いてヌクレアーゼ耐性を確認した。なお、「M1D-Q5M Scrambled」とは、M1D-Q5Mの配列をランダム化したDNAアプタマーであり、以下に示す配列からなるDNAアプタマーである。
【0127】
5’-(GTGCGTGTGGATGAGAAGTGTGAGTCAGGTGATGTGTGTGTCAGACTGTG)-3’ (配列番号13)
【0128】
結果を
図13に示す。また、
図13に示すバンドのシグナルを定量化したグラフを
図14に示す。
図14において、各条件下の0分でのバンドのシグナルを100%としたときの相対値で表している。
【0129】
図13及び
図14から、カリウムイオン又はナトリウムイオン存在下のM1D-Q5Mは、ヌクレアーゼ耐性を有することが明らかとなった。また、カリウムイオン存在下のM1D-Q5Mの方が、ナトリウムイオン存在下のM1D-Q5Mよりも、ヌクレアーゼ耐性がより優れる傾向がみられた。
このことから、グアニン四重鎖構造の形成により、M1D-Q5Mのヌクレアーゼ耐性が上昇することが示唆された。
【0130】
2.M1D-Q5Mの血清安定性
M1D-Q5M(3μM)又はM1D-Q5M Scrambled(3μM)を、10%のウシ胎児血清(FBS)、110mMの塩化ナトリウム及び5mMの塩化カリウムを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)に添加し、0、1、2、6及び12時間インキュベートした。各時間経過後にサンプルを回収して、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を用いてM1D-Q5Mの血清存在下での安定性を確認した。結果を
図15に示す。また、
図15に示すバンドのシグナルを定量化したグラフを
図16に示す。
図16において、各条件下の0時間後(インキュベート開始時)でのバンドのシグナルを100%としたときの相対値で表している。
【0131】
図15及び
図16から、M1D-Q5MはM1D-Q5M Scrambledよりも高い血清安定性を有することが確かめられた。
以上のことから、グアニン四重鎖構造の形成により、インビボ系においてM1D-Q5Mは高い安定性を有することが示唆された。
【0132】
[参考例1]
(リポフェクション法を用いた場合のM1D-Q5Mの細胞内局在)
MCF7細胞(2×10
5cells/well)にCy3標識したM1D-Q5M(50nM)及び未標識のM1D-Q5F(2.95μM)、又は、Cy3標識した5’Primer(以下、「Cy3-Pri」と略記する場合がある。上記実施例1の「5.」で使用したものと同じものである。)(50nM)及び未標識のM1D-Q5F(2.95μM)をリポフェクション試薬を用いてMCF7細胞に添加し、48時間培養した(リポフェクション法)。培養後、核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)、マウス抗p53抗体、Alexa488標識抗マウス抗体を用いた蛍光染色を行い、細胞をスピニングディスク型共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス製、型番:BX50)、倍率:(全体像)40倍で観察した。結果を
図17に示す。
図17において、一番下の蛍光像は、中段の蛍光像(50nM Cy3-Q5M+2.95μM Q5M)において四角で囲まれた部分を拡大した像(180倍)である。
【0133】
図17から、M1D-Q5Mは、細胞核周辺にドット状に存在し、核内への導入がほとんど見られなかった。導入剤不使用のAuto-penetration法とは明らかに細胞内局在が異なることが確かめられた。
【0134】
[実施例3]
(M1D-Q5の細胞膜透過性)
TAMRA標識したM1D-Q5(3μM)をMCF7細胞に添加し、48時間培養した(Auto-penetration法)。培養後、核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を用いた蛍光染色を行い、細胞を以下に示す2種類の共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0135】
分光型共焦点レーザー走査顕微鏡(オリンパス製、型番:FV1700)、倍率:(全体像)100倍
スピニングディスク型共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス製、型番:SpinSR10)、倍率:(全体像)100倍
【0136】
結果を
図18に示す。
図18において、上段は、FV1200での観察像である。下段は、SpinSR10での観察像である。上段における「DIC」は、Differential interference contrastの略であり、微分干渉観察像を示す。また、一番右の蛍光像(Z-Stack)は、右から2番目の蛍光像(Merge)において、DAPIの染色像内部におけるM1D-Q5の局在点を中心に、X軸(横軸)、Y軸(縦軸)で切断した断面をオリンパスFV31S-SWソフトウェアで解析した。その結果をそれぞれ下側(X軸)及び右側(Y軸)に示している。
【0137】
図18から、3’末端付加配列を有しないM1D-Q5においても、M1D-Q5Mと同様に、グアニン四重鎖構造を形成することで、導入剤不使用のAuto-penetration法により細胞膜を透過することが確かめられた。
【0138】
[実施例4]
1.M1D-Q5Mの細胞膜透過の経時変化
Cy3標識したM1D-Q5M又はTAMRA標識したM1D-Q5M(各3μM)をMCF7細胞に添加し、10分間、30分間、2時間又は24時間培養した(Auto-penetration法)。培養後、核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を用いた蛍光染色を行い、細胞を分光型共焦点レーザー走査顕微鏡(オリンパス製、型番:FV1200)、倍率:(全体像)20倍で観察した。結果を
図19(Cy3標識したM1D-Q5M)及び
図20(TAMRA標識したM1D-Q5M)に示す。
図19及び
図20において、「No treatment」とは、Cy3標識したM1D-Q5M又はTAMRA標識したM1D-Q5Mを導入していない細胞を意味する。
【0139】
図19及び
図20から、M1D-Q5Mの投与から30分後には、細胞内への導入(透過)が始まり、24時間後には核内に存在することが明らかとなった。
【0140】
2.細胞膜透過後のM1D-Q5Mの局在
Cy3標識したM1D-Q5M(3μM)をMCF7細胞に添加し、48時間培養した(Auto-penetration法)。培養後、核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を用いた蛍光染色を行い、細胞を分光型共焦点レーザー走査顕微鏡(Zeiss製、型番:LSM800)、倍率:(全体像)63倍で観察した。結果を
図21に示す。
図21において、一番下の蛍光像は、一番右の蛍光像(M1D-Q5M)において、DAPIの染色像内部におけるM1D-Q5Mの局在点を中心に、X軸(横軸)、Y軸(縦軸)で切断した断面をZeiss ZEN 2.6 (Blue Edition)ソフトウェアで解析した。その結果をそれぞれ上側(X軸)及び右側(Y軸)に示している。
【0141】
図21及びこれまでに知られているPPM1Dの細胞内での局在から、M1D-Q5Mの局在は、PPM1Dの局在と一致しており、いずれも核内に局在していることが明らかとなった。
【0142】
[実施例5]
1.SELEX法を用いたPPM1D結合DNAアプタマーのスクリーニング
実施例1の「1.」と同様の方法(1回目、4回目及び8回目のSELEXプロセスの前処理として、PPM1DSubBを用いてDepletion法も実施)を用いて、10 mM HEPES-KOH、140 mM KCl、0.05%Tween、及び1 μg/mL BSA (pH 7.5)溶液のカリウムイオン存在下で、PPM1Dに結合するDNAアプタマーをスクリーニングした。なお、実施例1の「1.」で用いたライブラリと比べて、Common sequenceが異なるライブラリを用いた。5’末端のプライマー配列を配列番号14に示し、3’末端のプライマー配列を配列番号15に示す。
【0143】
その結果、得られた2種類のDNAアプタマーをクローニングし、シーケンシングを行って、配列を同定した。各配列を以下の表4に示す。これら同定されたDNAアプタマーをカリウムイオン応答性のPPM1D結合DNAアプタマー候補とした。
【0144】
【0145】
2.各DNAアプタマーの細胞内局在
TAMRA標識したG4CAA1、又はTAMRA標識したG4CAA2(各3μM)をMCF7細胞に添加し、48時間培養した(Auto-penetration法)。培養後、核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を用いた蛍光染色を行った。TAMRA標識したG4CAA2を投与した細胞については、マウス抗Nucleolin抗体及びAlexa488標識抗マウス抗体を用いた蛍光染色も行った。蛍光染色後の細胞を、G4CAA1を投与した細胞に関しては、スピニングディスク型共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス製。型番:SpinSR10)、倍率:(全体像) 100倍で観察した。G4CAA2を投与した細胞に関しては、分光型共焦点レーザー走査顕微鏡(オリンパス製、型番:FV1700)、倍率:(全体像)100倍で観察した。結果を
図22(TAMRA標識したG4CAA1)及び
図23(TAMRA標識したG4CAA2)に示す。
図23において、「Nucleolin (Enhanced)」とは画像の明るさ及びコントラストをともに増加させたものである。
【0146】
図22及び
図23から、G4CAA1及びG4CAA2のいずれもM1D-Q5Mと同様に、グアニン四重鎖構造を形成することで、導入剤不使用のAuto-penetration法により細胞膜を透過することが確かめられた。
また、
図23から、G4CAA2がNucleolinと核内及び細胞膜上で共局在していることが明らかとなった。このことから、G4CAA2等の細胞膜透過型核酸アプタマーは、Nucleolinの細胞表面-細胞質-核内間シャトル機構によって細胞内及び核内に取り込まれる可能性が示唆された。
【0147】
[実施例6]
1.SELEX法を用いたScp1結合DNAアプタマーのスクリーニング
独自に開発したイオン刺激応答性DNAアプタマーのライブラリについて、SELEX法を用いて陽イオン存在下でScp1に特異的に結合するDNAアプタマーをスクリーニングした。イオン刺激応答性DNAアプタマーは下記一般式(I)に示される塩基配列からなる。なお、一般式(I)中、Nは任意の塩基であり、アデニン、グアニン、シトシン又はチミンのいずれかの塩基である。「common seq.」は、common sequence(共通配列)の略記であり、DNAアプタマーの増幅のために用いられたプライマー配列である。また、一般式(I)において「AGG」及び3つの「TTAGGG」からなる4組のグアニンを含む配列によりグアニン四重鎖構造が形成される。なお、「common seq.」以外の部分の塩基配列を配列番号21に示す。
【0148】
5’-(common seq.)-NAGG-N6-TTAGGG-N6-TTAGGG-N6-TTAGGG-(common seq.)-3’ (I)
【0149】
具体的には、Scp1が固定化されたカラムにDNAアプタマーを含む溶液を送液して、Scp1に特異的に結合するDNAアプタマーを結合させた。その後、溶出溶液を用いて、Scp1に特異的に結合するDNAアプタマーを溶出させた。なお、カラムにDNAアプタマーをアプライする際に用いられる溶液の組成は、maleate buffer(pH 5.5、10 mM maleate-KOH、140 mM KCl、0.05% Tween、及び1 μg/mL BSA)である。また、溶出溶液の組成は、0.5M imidazole-HCl(pH7.4)である。
【0150】
上記に示す処理を8ラウンド繰り返し、得られたDNAアプタマーをクローニングし、シーケンシングを行って、配列を同定した。同定されたDNAアプタマーのうち、Scp1に対する阻害活性解析から、優れたScp1結合能を有するDNAアプタマーとして以下に示すSp1-G4-6を選択した。
【0151】
Sp1-G4-6 : 5’-T-AGG-GGGGTA-TTAGGG-AGGGTC-TTAGGG-GTGGGC-TTAGGG-3’(配列番号6)
【0152】
2.Sp1-G4-6のScp1特異性
Sp1-G4-6がScp1特異的に結合することを確認するために、ヒトScp1、ヒトScp3、PPM1A、PPM1D、Fcp1(以下、「Fcp1full-M/H」と称する場合がある)、又はFcp1の部分欠損体(以下、「Fcp1Δins.」と称する場合がある)とSp1-G4-6との結合試験を行った。25ngのヒトScp1、ヒトScp3、PPM1A、PPM1D、Fcp1full-M/H、又はFcp1Δins.をそれぞれ基板上にコーティングした。次いで、基板上に10 nMの5'末端にビオチンを付加したSp1-G4-6及びM1D-Q5Fそれぞれを含むmaleate buffer(pH 5.5、10 mM maleate-KOH、及び140 mM KCl)溶液を滴下し、120分間静置した後に、基板を洗浄した。次いで、ストレプトアビジン結合西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を加えて、60分間静置した後に、基板を洗浄した。次いで、2,2'-アジノ-ビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホネート)(ABTS)基質を添加した。この基質はHRPによって酸化されて青緑色を生ずる。基質添加後の溶液について、プレートリーダーを用いて405nmにおける吸光度(OD405)を測定した。結果を
図24に示す。
【0153】
図24から、Sp1-G4-6がScp1特異的に結合することが確認された。
【0154】
3.Sp1-G4-6のScp1に対する結合試験
Sp1-G4-6のScp1に対する結合能が配列特異的なものであることを確認するために、Sp1-G4-6及び以下の表5に示すDNAアプタマーを用いて、ELISA解析を行なった。
【0155】
【0156】
具体的には、以下に示す手順に従い、行った。25 ngのヒトScp1をそれぞれ基板上にコーティングした。次いで、基板上に10 nMの5’末端にビオチンを付加したSp1-G4-6、並びに、0、0.1、1、5、10、50、100 nMの非ビオチン化アプタマー(Sp1-G4-6、Sp1-G4-6A、Sp1-G4-7、M1D-Q4)を含むmaleate buffer(pH 5.5、10 mM maleate-KOH、140 mM KCl、及び0.05% Tween)を滴下し、120分間静置した後に、基板を洗浄した。次いで、ストレプトアビジン結合西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を加えて、60分間静置した後に基盤を洗浄した。次いで、2,2’-アジノ-ビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホネート)(ABTS)基質を添加した。この基質はHRPによって酸化されて青緑色を生ずる。基質添加後の溶液について、プレートリーダーを用いて405 nmにおける吸光度(OD405)を測定した。測定した結果を
図25に示す。
【0157】
図25から、Sp1-G4-6のScp1に対する結合は、配列特異的であることが確かめられた。
【0158】
4.Sp1-G4-6のScp1に対する結合部位の特定
Sp1-G4-6のScp1に対する結合部位を特定するために、全長ヒトScp1(以下、「hScp1 full」と称する場合がある)及びヒトScp1のN末端領域の76アミノ酸残基の欠損体(以下、「hScp1 ΔN」と称する場合がある)とSp1-G4-6との結合試験を行った。25ngのhScp1 full及びhScp1 ΔNを基板上にコーティングし、10 nMの5'末端にビオチンを付加したSp1-G4-6を含むmaleate buffer(pH 5.5、10 mM maleate-KOH、及び140 mM KCl)溶液を滴下し、120分間静置した後に、基板を洗浄した。次いで、ストレプトアビジン結合西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を加えて、60分間静置した後に、基板を洗浄した。次いで、2,2'-アジノ-ビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホネート)(ABTS)基質を添加した。この基質はHRPによって酸化されて青緑色を生ずる。基質添加後の溶液について、プレートリーダーを用いて405nmにおける吸光度(OD405)を測定した。結果を
図26に示す。
【0159】
図26から、Sp1-G4-6がScp1のN末端領域の76アミノ酸残基に結合及び認識としていることが明らかとなった。
【0160】
5.Sp1-G4-6のCDスペクトル
円偏光二色性分光計(日本分光社製、型番:JASCO CD J-720WI)を用いて、各濃度のカリウムイオン存在下でのSp1-G4-6のCDスペクトルを得た。結果を
図27に示す。
【0161】
図27から、Sp1-G4-6がカリウムイオンに応答しプロペラ型のG-quadruplex構造への変化を示すことが明らかとなった。
【0162】
次いで、
図27に示すグラフから、CDスペクトルにおけるピーク波長(M1D-Q5F:267nm、G4CAA1及びG4CAA2:267nm、Sp1-G4-6:265.5nm)におけるカリウムイオンの濃度の違いによる変化を解析したグラフを
図28に示す。
図28では、カリウムイオン非存在下のモル楕円率を0%、ピーク波長における最もモル楕円率が高い点を100%とした際に、どの程度のイオン濃度のレンジでアプタマーの構造が変化しているかを示している。
【0163】
図28から、Sp1-G4-6のグアニン四重鎖構造の誘起が、M1D-Q5Fと比べて低濃度のカリウムイオン濃度であって、G4CAA1及びG4CAA2よりも高濃度のカリウムイオン濃度で引き起こされることが明らかとなった。
【0164】
6.Sp1-G4-6のヌクレアーゼ耐性
75mMの塩化カリウム存在下又は非存在下のSp1-G4-6(3μM:蛍光標識0.5 μM及び蛍光非標識2.5 μM)に10μg/mLのDNase Iを添加し、添加から0、10、20、30及び60分後にサンプルを回収して、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を用いてヌクレアーゼ耐性を確認した。
【0165】
ポリアクリルアミドゲル電気泳動のバンドのシグナルを定量化したグラフを
図29に示す。
図29において、各条件下の0分でのバンドのシグナルを100%としたときの相対値で表している。
【0166】
図29から、カリウムイオン存在下のSp1-G4-6は、ヌクレアーゼ耐性を有することが明らかとなった。
このことから、グアニン四重鎖構造の形成により、Sp1-G4-6のヌクレアーゼ耐性が上昇することが示唆された。
【0167】
7.Sp1-G4-6の血清安定性
Sp1-G4-6(3μM:蛍光標識0.5 μM及び蛍光非標識2.5 μM)を、10%のウシ胎児血清(FBS)、110mMの塩化ナトリウム及び5mMの塩化カリウムを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)に添加し、0、1、2、3、5日間インキュベートした。各時間経過後にサンプルを回収して、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を用いてSp1-G4-6の血清存在下での安定性を確認した。ポリアクリルアミドゲル電気泳動のバンドのシグナルを定量化したグラフを
図30に示す。
図30において、各条件下の0時間後(インキュベート開始時)でのバンドのシグナルを100%としたときの相対値で表している。
【0168】
図30から、Sp1-G4-6はカリウムイオン存在下で血清安定性を有することが確かめられた。
以上のことから、グアニン四重鎖構造の形成により、インビボ系においてSp1-G4-6は高い安定性を有することが示唆された。
【0169】
8.Sp1-G4-6の細胞膜透過性
TAMRA標識したSp1-G4-6(3μM)をMCF7細胞に添加し、48時間培養した(Auto-penetration法)。培養後、核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を用いた蛍光染色を行い、細胞を分光型共焦点レーザー走査顕微鏡(オリンパス製、型番:FV1200)、倍率:(全体像)40倍で観察した。結果を
図31に示す。
図31において、上段、中段及び下段は、いずれもFV1200での観察像であり、同じサンプルの異なる視野での観察像である。「DIC」は、Differential interference contrastの略であり、微分干渉観察像を示す。また、一番右の蛍光像(Z-Stack)は、右から2番目の蛍光像(Merge)において、DAPIの染色像内部におけるSp1-G4-6の局在点を中心に、X軸(横軸)、Y軸(縦軸)で切断した断面をオリンパスFV31S-SWソフトウェアで解析した。その結果をそれぞれ下側(X軸)及び右側(Y軸)に示している。
【0170】
図31から、Sp1-G4-6は、グアニン四重鎖構造を形成することで、導入剤不使用のAuto-penetration法により細胞膜を透過することが確かめられた。また、細胞内に導入されたSp1-G4-6は、核内、核膜周辺の細胞質にドット状に局在し、細胞膜にも局在することが明らかとなった。
Scp1は、細胞内において、核内と細胞質(特に、ゴルジ体)にドット状に局在し、パルミトイル化により細胞質にも局在することが報告されている。よって、Sp1-G4-6は、Scp1と同様の局在を示すことが確かめられた。
【0171】
[実施例7]
1.SELEX法を用いたマンガンイオン結合DNAアプタマーのスクリーニング
独自に開発したイオン刺激応答性DNAアプタマーのライブラリについて、SELEX法を用いてマンガンイオン存在下でグアニン四重鎖構造を形成し、マンガンイオンに特異的に結合するDNAアプタマーをスクリーニングした。イオン刺激応答性DNAアプタマーは下記一般式(II)に示される塩基配列からなる。なお、一般式(II)中、Nは任意の塩基であり、アデニン、グアニン、シトシン又はチミンのいずれかの塩基である。「common seq.」は、common sequence(共通配列)の略記であり、DNAアプタマーの増幅のために用いられたプライマー配列である。また、一般式(I)において「AGGG」及び3つの「TTAGGG」からなる4組のグアニンを含む配列によりグアニン四重鎖構造が形成される。なお、「common seq.」以外の部分の塩基配列を配列番号22に示す。
【0172】
5’-(common seq.)-AGGG-N6-TTAGGG-N6-TTAGGG-N6-TTAGGG-(common seq.)-3’ (II)
【0173】
上記IRDAptamerライブラリ5 μM、Mn2+ 10 mM の条件下で10分間インキュベートし、遠心分離によりMn2+とIRDAptamerの沈殿を回収した。10 mM Mn2+溶液で2回洗浄し、非特異的に結合する分子を除いた後、沈殿にH2O 50 μL加え、95℃で10分間溶解させた。
【0174】
上記に示す処理を8ラウンド繰り返し、得られたDNAアプタマーをクローニングし、シーケンシングを行って、配列を同定した。同定されたDNAアプタマーのうち、マンガンイオン応答性DNAアプタマーとして以下に示すMnG4C1を選択した。
【0175】
MnG4C1 : 5’-A-GGG-GGGGAG-TTAGGG-CGCACG-TTAGGG-GTGCTA-TTAGGG-3’(配列番号7)
【0176】
2.MnG4C1のCDスペクトル
円偏光二色性分光計(日本分光社製、型番:JASCO CD J-720WI)を用いて、各濃度(0(H
2O)、0.05、0.1、0.5、1、及び10mM)のマンガンイオン存在下でのMnG4C1のCDスペクトルを得た。結果を
図32に示す。
【0177】
図32から、MnG4C1がマンガンイオンに応答し、濃度依存的に構造変化することが明らかとなった。また、
図32から、MnG4C1がマンガンイオンに応答しプロペラ型のG-quadruplex様構造への変化を示すことが明らかとなった。
【0178】
3.MnG4C1を用いたマンガンイオン濃度の検出
MnG4C1の5’末端にFAMを、3’末端にTAMRAを結合し標識した。FAM及びTAMRAは、FRETを起こし得る組み合わせの標識物質であり、MnG4C1がグアニン四重鎖構造を形成することで、それら標識物質の距離が近づきFRETを起こすことで蛍光を発する。FAM及びTAMRAで標識されたMnG4C1(0.2μM)を、各濃度(0、0.1、0.25、0.5、0.75、1、2、3、5、10、20 μM)のマンガンイオンを含む溶液に添加した。分光光度計を用いて蛍光スペクトルを測定した。結果を
図33に示す。
【0179】
図33から、FRETを起こし得る標識物質を用いてMnG4C1の5’末端及び3’末端を標識することで、マンガンイオン濃度を観測できることが確かめられた。
【0180】
4.チオフラビンTを用いたMnG4C1のグアニン四重鎖構造の検出
MnG4C1 1 μMと3 μM チオフラビンTを含む50 mM Tris-HCl(pH 7.5)溶液に、マンガンイオン(0、0.1、1、10、100 μM)を添加した。分光光度計を用いて蛍光スペクトルを測定した。結果を
図34に示す。
【0181】
図34から、MnG4C1の構造変化は、グアニン四重鎖構造への結合能を有する蛍光分子であるチオフラビンTを用いることで観察できることが確かめられた。
【0182】
5.MnG4C1の細胞膜透過性
FAM及びTAMRAで標識されたMnG4C1(3μM)をMCF7細胞に添加し、48時間培養した(Auto-penetration法)。培養後、核染色用のDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を用いた蛍光染色を行った。蛍光染色後の細胞を蛍光染色後の細胞をスピニングディスク型共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス製、型番:SpinSR10)、倍率:(全体像)100倍で観察した。結果を
図35に示す。
【0183】
図35から、MnG4C1は、M1D-Q5M、G4CAA1及びG4CAA2と同様に、グアニン四重鎖構造を形成することで、導入剤不使用のAuto-penetration法により細胞膜を透過することが確かめられた。
【0184】
以上のことから、以下の配列番号4に示される塩基配列からなる構造を有するDNAアプタマーは、陽イオン存在下で細胞膜透過能を発揮できることが明らかとなった。
【0185】
5’-N-RGG-NNNNNN-TTAGGG-NNNNNN-TTAGGG-NNNNNN-TTAGGG-3’(配列番号4)
【産業上の利用可能性】
【0186】
本実施形態の核酸アプタマーによれば、細胞内の任意の標的分子に対する結合能及び細胞膜透過能を時空間的に制御可能である核酸アプタマーを提供することができる。
【符号の説明】
【0187】
1a:第1領域
1b:第2領域
1c:第3領域
1d:第4領域
2a:連結領域A
2b:連結領域B
2c:連結領域C
3:3’末端付加配列
4:陽イオン(M+)
10,20:核酸アプタマー
【配列表】