IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人物質・材料研究機構の特許一覧

特許7477932熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス
<>
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図1
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図2
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図3
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図4
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図5
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図6
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図7
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図8
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図9
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図10
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図11
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図12
  • 特許-熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-23
(45)【発行日】2024-05-02
(54)【発明の名称】熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイス
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/00 20060101AFI20240424BHJP
   A61B 5/01 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
A61B5/00 N
A61B5/00 102A
A61B5/01 100
A61B5/01 350
【請求項の数】 25
(21)【出願番号】P 2023507076
(86)(22)【出願日】2022-03-14
(86)【国際出願番号】 JP2022011159
(87)【国際公開番号】W WO2022196600
(87)【国際公開日】2022-09-22
【審査請求日】2023-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2021045311
(32)【優先日】2021-03-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】川喜多 仁
【審査官】▲高▼原 悠佑
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0325008(US,A1)
【文献】国際公開第2018/150903(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/100778(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/044640(WO,A1)
【文献】特表2020-522698(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第3756544(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2002/0137992(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00 -5/01
A61B 5/053-5/0538
(57)【特許請求の範囲】
【請求項6】

前記蒸散速度計測手段は、第1の金属の細線と、前記第1の金属とは異なる第2の金属の細線とが絶縁性基板上に並置される微小液滴検出部と、前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線の間に流れるガルバニー電流を測定する測定部を備える、請求項1から5の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
【請求項7】

前記蒸散速度計測手段は、
少なくとも前記手の一部を収める検体部を有し、
前記検体部には、第1の金属の細線と、前記第1の金属とは異なる第2の金属の細線とが絶縁性基板上に並置される微小液滴検出部が配置され、
さらに前記検体部の内部、外部、あるいは内部と外部の両方に跨って置かれ、前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線の間に流れるガルバニー電流を測定する測定部を有する、請求項1から6の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
【請求項18】

少なくとも手の一部が収まる検体部を有し、
前記検体部には、第1の金属の細線と、前記第1の金属とは異なる第2の金属の細線とが絶縁性基板上に並置される微小液滴検出部が配置され、
前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線の上面には、前記手と前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線との接触を防止する保護キャップが形成され、
前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線と、前記手との間には気体を透過する開口が形成された保護メッシュが配置され、
前記検体部内部、外部、あるいは内部と外部の両方に跨って置かれ、前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線の間に流れるガルバニー電流を測定する測定部を有する、蒸散速度計測用デバイス。
【請求項25】
前記温度計測用の電極は、前記第1の金属の細線または前記第2の金属の細線と共用されている、請求項24に記載の蒸散速度計測用デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱中症、脱水症予兆警告システムおよび蒸散速度計測用デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、特に夏場において、熱中症、脱水症の増加と、死にも至る重症化が問題になっている。
熱中症、脱水症はごく初期段階に十分に水分を補給したり、冷房などにより冷所で休んだりすれば重症化しにくい。しかしながら、人は、加齢とともに暑さや喉の渇きといった自覚症状を感じにくくなるため、高齢者などで手遅れになる例が頻発して社会問題化している。例えば、2020年の夏において日本では1週間で約13000人が熱中症、脱水症で救急搬送されている。この数は全体の救急搬送の約1割である。なお、13000人の約8割が在宅の高齢者となってる。
【0003】
したがって、熱中症、脱水症の予兆を掴んで早めに警告を発することが重要になっており、特に高齢者に使い勝手の良い警告システムを提供することが強く求められている。
【0004】
熱中症、脱水症の予防は、気温の高い日は水分を多めにとったり、屋外ではなるべく陽に当たらないようにして例えば木陰に退避したり、室内ではエアコンを稼働させたりするが、その判断は基本的に個人の感覚に委ねられている。
【0005】
老人介護施設などでの予防は、通常、体重、体温、血圧、脈拍など、一般的な体調管理のデータと外気温、湿度、日差しなどを基に、経験や予め作成しておいた基準に照らして行われていて、個々人の熱中症、脱水症に直結する予兆状況に応じて警告を発するものではなかった。しかも、これらの評価項目は脱水状態を直接ではなく間接的に反映したものであるため、従来の方法は、熱中症や脱水症の予兆を必ずしもタイムリーに警告するものではなく、簡便性やコストの面でも必ずしも満足がいくものではなかった。
なお、従来の熱中症の警告装置の例としては、特許文献1を挙げることができる。この文献の装置では、温湿度センサを備えており、発汗量をモニターできるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-90894号公報
【文献】国際公開WO2016/013544A1
【文献】特開2019-52893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、熱中症、脱水症の予兆を低コスト、簡便かつタイムリーに警告するシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明の構成を以下に示す。
(構成1)
被験者の手からの蒸散水の蒸散速度を計測する蒸散速度計測手段と、前記蒸散速度を予め定めた基準値と比較する比較手段と、警告を発する警告手段を有し、
前記蒸散速度計測手段により計測された計測蒸散速度を前記比較手段により前記基準値と比較し、前記計測蒸散速度が前記基準値を下回ったとき前記警告手段により警告を発する、熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成2)
前記基準値は、0.006mg/(cm・min)以上600mg/(cm・min)以下である、構成1記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成3)
前記基準値は、前記蒸散速度計測手段により予め前記蒸散速度の計測を複数回実施し、前記被験者の体重変化を伴わなかった計測蒸散速度の平均値の1/4とする、構成1記載
の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成4)
手の温度を計測する手温度計測手段と、手の温度に基づいて前記基準値を校正する基準値校正手段をさらに備え、
前記計測蒸散速度の計測と同時に前記手温度計測手段により前記被験者の手の温度を計測し、前記基準値校正手段による基準値Aと前記計測蒸散速度の計測値を前記比較手段により比較し、前記計測蒸散速度が前記基準値Aを下回ったとき前記警告手段により警告を発する、構成1から3の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成5)
タッチスイッチを備えるホーム家電のある施設で使用され、
前記蒸散速度計測手段が前記タッチスイッチを収めるボックス内に配置されている、構成1から4の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成6)
前記蒸散速度計測手段は、第1の金属の細線と、前記第1の金属とは異なる第2の金属の細線とが絶縁性基板上に並置される微小液滴検出部と、前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線の間に流れるガルバニー電流を測定する測定部を備える、構成1から5の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成7)
前記蒸散速度計測手段は、
少なくとも前記手の一部を収める検体部を有し、
前記検体部には、第1の金属の細線と、前記第1の金属とは異なる第2の金属の細線とが絶縁性基板上に並置される微小液滴検出部が配置され、
さらに前記検体部の内部、外部、あるいは内部と外部の両方に跨って置かれ、前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線の間に流れるガルバニー電流を測定する測定部を有する、構成1から6の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成8)
前記第1の金属は金、白金、銀、チタンおよびこれらの合金、並びに炭素からなる群から選択される、構成7に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成9)
前記第2の金属は銀、銅、鉄、亜鉛、ニッケル、コバルト、アルミニウム、スズ、クロム、モリブデン、マンガン、マグネシウムおよびこれらの合金からなる群から選択される、構成7または8に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成10)
前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線の少なくとも一方は複数本設けられ、前記第1の金属の細線と前記2の金属の細線とは互いに対向する方向から相手側に向かって伸びることにより、互いに平行に併走する、構成7から9の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成11)
前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線との間隔は、1.0μmを超えて10μm未満である、構成7から10の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成12)
前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線の上面には、前記手と前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線との接触を防止する保護キャップが形成されている、構成7から11の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成13)
前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線と、前記手との間には気体を透過する開口が形成された保護メッシュが配置されている、構成7から12の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成14)
前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線は、前記手に対して上方または側方に前記手とは接触しない間隔を置いて配置されている、構成7から13の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成15)
前記検体部の容量は0.05cm以上2.5cm以下である、構成7から14の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成16)
前記検体部内にはさらに温度により電気抵抗が変化する温度計測用の電極が配置されている、構成7から15の何れか1項に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成17)
前記温度計測用の電極は、前記第1の金属の細線または前記第2の金属の細線と共用されている、構成16に記載の熱中症、脱水症予兆警告システム。
(構成18)
少なくとも手の一部が収まる検体部を有し、
前記検体部には、第1の金属の細線と、前記第1の金属とは異なる第2の金属の細線とが絶縁性基板上に並置される微小液滴検出部が配置され、
前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線の上面には、前記手と前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線との接触を防止する保護キャップが形成され、
前記第1の金属の細線および前記第2の金属の細線と、前記手との間には気体を透過する開口が形成された保護メッシュが配置され、
前記検体部内部、外部、あるいは内部と外部の両方に跨って置かれ、前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線の間に流れるガルバニー電流を測定する測定部を有する、蒸散速度計測用デバイス。
(構成19)
前記第1の金属は金、白金、銀、チタンおよびこれらの合金、並びに炭素からなる群から選択される、構成18に記載の蒸散速度計測用デバイス。
(構成20)
前記第2の金属は銀、銅、鉄、亜鉛、ニッケル、コバルト、アルミニウム、スズ、クロム、モリブデン、マンガン、マグネシウムおよびこれらの合金からなる群から選択される、構成18または19に記載の蒸散速度計測用デバイス。
(構成21)
前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線の少なくとも一方は複数本設けられ、前記第1の金属の細線と前記2の金属の細線とは互いに対向する方向から相手側に向かって伸びることにより、互いに平行に併走する、構成18から20の何れか1項に記載の蒸散速度計測用デバイス。
(構成22)
前記第1の金属の細線と前記第2の金属の細線との間隔は、1.0μmを超えて10μm未満である、構成18から21の何れか1項に記載の蒸散速度計測用デバイス。
(構成23)
前記検体部の容量は0.05cm以上2.5cm以下である、構成18から22の何れか1項に記載の蒸散速度計測用デバイス。
(構成24)
前記検体部内にはさらに温度により電気抵抗が変化する温度計測用の電極が配置されている、構成18から23の何れか1項に記載の蒸散速度計測用デバイス。
(構成25)
前記温度計測用の電極は、前記第1の金属の細線または前記第2の金属の細線と共用されている、構成24に記載の蒸散速度計測用デバイス。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、熱中症、脱水症の予兆を低コスト、簡便かつタイムリーに警告するシステムおよびそのシステムでコアとして使用される蒸散速度計測用デバイスが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の熱中症、脱水症予兆警告システムの構成を示す説明図である。
図2】本発明のシステムの蒸散速度計測手段の構成を示す説明図である。
図3】本発明のシステムの微小液滴検出部の構成とその動作原理を説明する説明図である。
図4】本発明のシステムの微小液滴検出部の特徴を説明する説明図で、(a)は物理吸着検出方式(物理吸着センサ)であり、(b)は一般的な湿度センサに使用される化学吸着検出方式(化学吸着センサ)である。
図5】本発明のシステムの微小液滴検出部の構造を示す要部断面図である。
図6】本発明のシステムの微小液滴検出部の構造を示す要部断面図である。
図7】本発明のシステムの検体部の構造を示す要部断面図である。
図8】脱水症の症状と体重の減少率の関係の一例を示した説明図である。
図9】実施例で試作した蒸散速度計測用デバイスを示す写真で、(a)はデバイス単体であり、(b)はデバイスの器に指を置いた状態である。
図10】実施例で用いたデバイスの微小液滴検出部を上面から撮影した光学写真である。
図11】出力電流の時間変化を示す特性図で、(a)はランニング前、(b)はランニング後、そして(c)は水分補給後である。
図12】出力電流と金属細線に跨る液滴のボリュームとの関係を示す特性図である。
図13】蒸汗レートと体重変化率との関係、および、体重の減少率と脱水症の症状の関係をリンクさせて得られた蒸汗レートと熱中症リスクとの関係を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。
【0012】
(実施の形態1)
実施の形態1では、本発明の熱中症、脱水症予兆警告システムおよびそこで用いられる蒸散速度計測用デバイスについて説明する。
【0013】
<システム概要>
本発明の熱中症、脱水症予兆警告システム101は、図1に示されるように、蒸散速度計測手段11、比較手段12および警告手段13を有する。
【0014】
<蒸散速度計測手段>
蒸散速度計測手段11は、被験者の手からの蒸散水の蒸散速度を計測する手段であって、平面視図である図2に示すように、検体部21と測定部22を備える。
検体部21は、被験者の手の少なくとも一部を収める器と、直径換算の大きさが100nm以上20μm以下の微小液滴を検出する微小液滴検出部21aを備える。
【0015】
手は、指、掌および手首の各部を意味し、何れか1以上の部位からの蒸散水の蒸散速度を蒸散速度計測手段11により計測する。したがって、指単体、掌単体、手首単体、指と掌、掌と手首、指と掌と手首の何れかからの蒸散水の蒸散速度を計測してよい。
ここで、指(より具体的には指先)での計測は、使用するデバイス(蒸散速度計測用デバイス)の小型化を図りやすく、簡便で取り扱い性に優れ、かつ低コスト化を図りやすいという特徴がある。
掌での計測は、その部位からの発汗量が多いことから、蒸汗(蒸散する汗)を検知しやすく、蒸汗レート(蒸汗の速度)を精度よく容易に計測できるという特徴がある。
手首での計測は、体幹部に近く、発汗現象と熱中症や脱水症との相関性が高いので、他の要因の影響の少ない計測が可能になる。
当然、指と掌のような複数部位を使っての計測では、個々の部位の特徴を兼ね備えた計測が可能になる。
なお、本明細書において、蒸散水の蒸散速度とは、手から蒸散する水分について、その蒸散が生じる(蒸散が起こる)速度を意味し、当該蒸散する水分(蒸散水)として特に汗(蒸汗)に着目する場合に、蒸汗レートとの用語を用いる。また、蒸散水生成速度という場合には、手を含む肌から水分の蒸散が生じる(蒸散が起こる)速度を意図するものとする。
【0016】
器は、計測する手の部位を収めるか、計測する手の部位と密着あるいは近接させたときに手の計測部位からの蒸散水(蒸汗)を逃しにくい構造とし、例えば、手の挿入口が形成された箱状にしたり、指等の計測部位を蓋代わりに置けるカップ状にする。
また、器は、計測対象となる手が微小液滴検出部21aに触れない範囲で蒸汗レートを短時間で計測可能なように、計測時のキャビティ(空間容量)が小さいものとする。
このため、計測時に器にできる空間である検体部の容量は、0.05cm以上2.5cm以下が好ましい。
【0017】
微小液滴検出部21aは、蒸汗によるモイスチャーを微小液滴として検出するもの、すなわち、蒸汗検知部である。微小液滴検出部21aの構成としては、液滴センサや湿度センサのセンサ部の構成を採用することができる。微小液滴検出部21aは、後述する測定部22と電気的に繋がれており、微小液滴検出部21aで検出される微小液滴の成長速度を計測することで、被験者の手からの蒸散水の蒸散速度を計測可能に構成されている。
液滴センサや湿度センサは種々の原理のものがあるが、本発明においては、微小な間隔dを隔てて絶縁性基板上に並置された第1の金属の細線(第1の金属細線)23と、前記第1の金属とは異なる第2の金属の細線(第2の金属細線)25とを備え、第1の金属細線23と第2の金属細線25間に流れるガルバニー電流を測定するガルバニー電流測定方式が特に好ましい。ここで、第1の金属細線23は集電極である第1の電極24に、第2の金属細線25は集電極である第2の電極26に電気的に繋がれて束ねられる。
【0018】
ガルバニー電流測定方式の微小液滴検出部21aで微小液滴が検出できる原理を図3に示す。なお、この原理は特許文献2にも記載がある。
蒸散水の湿気(蒸汗によるモイスチャー)が微小な液滴となって空気中を漂い、吸着/凝縮現象により、金属Aからなる第1の金属細線23と金属Bからなる第2の金属細線25に跨るように液滴(汗からの不純物イオンを含む水滴)が形成され、金属間の電気化学ポテンシャル差により、ガルバニー電流が流れる。このガルバニー電流の大きさは、液滴の数や大きさと相関があるので、ガルバニー電流の変化速度は微小液滴形成速度、すなわち蒸汗レートに呼応する。この呼応関係は、予め検量線を作成しておけば定量的にわかる。したがって、ガルバニー電流の変化速度をモニターすることによって蒸汗レートがわかる。
ガルバニー電流の変化速度としては、ガルバニー出力電流の1次微分や、一定の基準で設定したガルバニー出力電流値に至るまでの立ち上がり時間の逆数などを用いることができる。立ち上がり時間を使用する方法は、短時間でタイムリーに警報を発するのに適するため、実用的に好ましい。熱中症や脱水症は命にかかわることなので、速さは特に重要である。
【0019】
この蒸汗レートの計測方式は物理吸着検出方式であり、一般的な湿度センサに使用されている化学吸着検出方式とは異なる。
上記物理吸着検出方式、すなわち微小な間隔dを隔てて絶縁性基板上に並置された第1の金属細線23と、第2の金属細線25とを備えた検出部において蒸汗によるモイスチャーを検出する方式は、図4の(a)に示すようにセンサ面(微小液滴検出面)に液滴が積層で吸着可能なため、高湿度下でもモイスチャーの量に応じて正確な応答が得られるという特徴を有する。一方、化学吸着検出方式は、図4の(b)に示すように単分子層吸着で吸着容量が限られるため、発汗量、すなわち発汗による液滴の量が多くなると吸着飽和が起こって測定精度が低下する。なお、化学吸着検出方式で発汗量を測る感湿シート、感湿システムの例としては、特許文献3を挙げることができる。
【0020】
第1の金属細線23と第2の金属細線25は、図2に示すように、その少なくとも一方を複数本設け、第1の金属細線23と第2の金属細線25とは互いに対向する方向から相手側に向かって伸びるようにして互いに平行に併走させ、かつ電極の幅が狭い電極、すなわち細線にすることにより、微小液滴検出部(蒸汗検知部)21aの専有面積を抑えた上で、両電極が近接して対向している部分を長くすることができる。そして、このことにより電池容量の増大、すなわち取り出すことができるガルバニー電流を増大させることができる。ガルバニー電流が増大すると、蒸汗レートの計測におけるS/Nが向上するので好ましい。
【0021】
このような金属細線同士を平行に配置することで、金属細線間の近接部分の長さ(以下、併走距離と称する)を増大させる構成としては、例えば、櫛形構造や、二重渦巻き構造を挙げることができる。一定の平面領域内で2つの金属細線の併走距離をできるだけ長くするための構造自体は半導体素子分野等でよく知られているので、そのような構造も必要に応じて採用してもよい。なお、本発明において、「金属細線を基板上に並置する」とは、基板上に置かれる複数の金属細線の相互の向きを特定するものではなく、金属細線を基板の同一平面上に離間させて配置することをいう。
【0022】
第1の金属細線23の材料としては、第1の金属細線23をカソードとする場合、例えば、金(Au)、白金(Pt)、銀(Ag)、チタン(Ti)およびこれらの合金、並びに炭素(C)の群から選ばれる材料を挙げることができる。
第2の金属細線25の材料としては、第2の金属細線25をアノードとする場合、例えば、銀(Ag)、銅(Cu)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、アルミニウム(Al)、スズ(Sn)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、マンガン(Mn)、マグネシウム(Mg)およびこれらの合金の群から選ばれる材料を挙げることができる。ただし、第1の金属細線23として銀またはその合金を用いる場合には、第2の金属細線25の材料としては銀およびその合金以外を用いる。
【0023】
当然ながら、出力(電流)は金属細線の材料の組み合わせに依存する。例えば銀/鉄と金/銀とでは、銀/鉄の組み合わせの方が同じ面積当たりの腐食速度が大きいため、得られる電流値が大きくなる。一方で、金/銀の方は、電極の消耗が少ないため長寿命になる。ここで、銀は水滴を検出する場所にカビが発生するのを防ぐ効果があるので、第1の金属細線23または第2の金属細線25として用いることが好ましい。
なお、第1の電極24は第1の金属細線23と、第2の電極26は第2の金属細線25と同じ材料とすると、蒸散速度計測用デバイスの製造工程が簡単化されるので好ましい。
【0024】
第1の金属細線23と第2の金属細線25との間隔dは、1.0μmを超えて10μm未満が好ましく、1.5μm以上5μm以下がより好ましく、1.5μm以上3μm以下がさらにいっそう好ましい。間隔dがこの範囲にあると、蒸汗レートの分解能や計測再現性が高いことを発明者は多大な実験データの積み上げから見出した。
【0025】
第1の金属細線23および第2の金属細線25の厚さは、10nm以上300nm以下が好ましい。第1の金属細線23および第2の金属細線25の厚さが10nmを下回ると、電気抵抗が大きくなりすぎて出力を取り出しにくくなり、また出力の経時変化も大きくなりやすいという問題が生じる。一方、第1の金属細線23および第2の金属細線25の厚さが300nmを上回っても特段の効果は認められず、材料の浪費になる。
【0026】
なお、第1の金属細線23および第2の金属細線25間において繰り返しガルバニー電流が流れると、アノード側の金属細線の金属がイオン化することでアノード側の金属細線が次第に消耗する。特に、金属細線の敷設密度を高くするために金属細線を細くした場合、このアノード側の金属細線の消耗によって金属細線間距離が次第に大きくなりやすく、また金属細線が断線しやすくなる。
【0027】
金属細線の敷設密度を維持したままでこの問題に対処するには、例えばアノード側の金属細線を厚くしたり、あるいはアノード側の金属細線の幅を広くし、その代わりにカソード側の金属細線の幅を狭くする等すればよい。
【0028】
第1の金属細線23および第2の金属細線25は、手と触れたり、直接手から滴り落ちる汗に触れると蒸汗レートの計測精度が落ちるため、検体部102の構造を説明する図5に示すように、器31に配置された第1の金属細線23および第2の金属細線25の上面に保護キャップ32を形成しておくことが好ましい。ここで、保護キャップ32は、不要な汗からの保護性を高めるため、第1の金属細線23および第2の金属細線25に対する庇を有するいわゆるオーバーハング形状になっていることが好ましい。また、計測する手の部位を器に収めたとき、あるいは、計測する手の部位と器とを密着あるいは近接させたときに、手が保護キャップ32に触れるあるいは近接することで手(例えば指先)から体内静電気が放電され、意図しない電流値が計測される場合がある。そのため、保護キャップ32の材料の一部あるいは全部を導電性とすることで、手が保護キャップ32に触れた際あるいは近接した際に体内静電気を逃がすことができるようにすることも好ましい。但し、この場合には、保護キャップ32と第1の金属細線23および第2の金属細線25とは、電気的に絶縁された構成とする。
【0029】
保護キャップ32に用いられる膜としては、例えばSiO、SiON、SiO、SiN、Si、HfO、Al、ポリイミド、アクリル、ポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート(PC)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、および、銅、アルミニウム、ニッケル、亜鉛およびそれらの合金、および、ステンレス鋼からなる群より選ばれる単層膜、あるいはその群より選ばれる1以上からなる積層膜を挙げることができる。
【0030】
また、別の検体部103の構造を説明する図6に示すように、第1の金属細線23および第2の金属細線25や保護キャップ32の上方に、気体が透過する開口が形成された保護メッシュ41を設けておくのが好ましい。保護メッシュ41の開口により、発汗によるモイスチャーは保護メッシュ41を通り抜けることができる。一方で、保護メッシュ41が設けられていることにより、手が第1の金属細線23および第2の金属細線25に触れることを防止できる。
保護メッシュ41としては、例えば、メッシュ板やメッシュフィルムなどのメッシュ部材、織布、不織布などが挙げられるが、これらに限定されない。保護メッシュ41の材料は、特に限定はなく、金属、酸化物、窒化物、酸窒化物、シリコン、有機物などを用いることができる。保護メッシュ41の開口は、保護メッシュ材に形成された孔や溝、保護メッシュ材に布を用いたときの繊維の空間部など、気体透過のパスが確保されたものとすることができる。
【0031】
また、第1の金属細線23および第2の金属細線25が配置されている微小液滴検出部21aは、図7に示すように、手(図の場合は指51)に対して上方または側方に前記手とは接触しない間隔を置いて配置されているのが好ましい。このようにすることにより、空間61(検体部の容量)をコンパクトにしながら直接手から滴り落ちる汗が第1の金属細線23および第2の金属細線25に触れるのを防ぐことができ、蒸汗レートの計測精度や計測信頼性が向上する。なお、上述のように、空間61は、蒸汗レートの短時間計測を行う上で、可能な限り小さくしておくことが好ましい。
【0032】
測定部22には、第1の金属電極24および第2の金属電極26に配線27を介して電気的に繋がれた電流計28が備えられていて、第1の金属細線23と第2の金属細線25とによって発生したガルバニー電流を測定することができるようになっている。そして、その電流値や電流値の時間変化の測定データは、信号パス29によって比較手段12に送られる。信号パス29は、電気配線でも、無線配信でも、電子媒体でもよいが、即応性からは電気配線か無線配信が好ましい。
【0033】
ここで、測定部22は、検体部21を構成する器31の内部に置かれていても、外部に置かれていても、内部と外部に跨って置かれていてもよい。器の内部に置かれると、デバイスをコンパクトにすることができる。器の外部に置かれると、(1)メンテナンス性が向上する、(2)器内部より比較的湿度の低い環境に測定部22を置くことができるので故障率が下がる、(3)機器からの発熱の影響が器内部に影響を与えにくいので蒸汗レートの計測精度や計測信頼性が向上するという効果が得られる。また、内部と外部に跨って置かれると、内部に置かれる場合と外部に置かれる場合の中庸の効果が得られる。
【0034】
<比較手段>
比較手段12は、測定部22から送られてくる電流値や電流値の時間変化の測定データと、基準として保有している判定データあるいは過去のデータから演算した判定データとを比較し、前記測定データが判定データを下回るときに警告手段13にその情報を伝える。
【0035】
ここで、判定データは蒸散水生成速度とし、それを予め作成した検量線により、ガルバニー電流の変化速度に対応させ、測定データからの蒸散水の蒸散速度(計測蒸散速度)を判定データからの基準値と比較して判定を行う。
【0036】
実施例の項で実験例を挙げるが、発明者は、蒸汗レートと体重変化率の相関を調べ、さらに体重の減少率と脱水症の症状の関係をリンクさせて、蒸汗レートと熱中症リスクの関係を求めた。ここで、脱水症の症状と体重の減少率の関係の一例を図8に示す。
出典:教えて!「かくれ脱水」委員会
https://www.kakuredassui.jp/stop/knowledge/whatis/whatis03-2
さらに、発明者は、蒸汗レート(蒸散速度)計測部位は、脇、首、胸、腹などの体幹部でなくとも、末端部で気温、風や日照等の環境の影響を受けやすいと考えられる手でも十分熱中症、脱水症の予兆を捉え、警告を与えられることを見出した。対象部位を手とすることで、計測時の取り扱いが大幅に容易になり、高齢者を日常的に管理するのに好適になる。
【0037】
検討の結果得られた蒸汗レートの判定値(基準値)は、0.006mg/(cm・min)以上600mg/(cm・min)以下であった。
【0038】
また、熱中症や脱水症の発現には個人差があり、また、被験者が置かれている環境にも依存する。例えば、高齢者で、大半の時間を決まった住まいで生活している者は、その住居環境に依存する。
そこで、発明者は、実験を行うにあたり、予め被験者の平常時の蒸汗レートを計測し、その値よりどれだけ蒸汗レートが低いと熱中症や脱水症の予兆になるかを調べた結果、被験者の体重変化を伴わなかったときの計測蒸散速度の平均値の1/4を判定基準(基準値
)とすればよいことがわかった。すなわち、比較手段による判定の基準値は、蒸散速度計測手段11により予め被験者の手からの蒸散水の蒸散速度の計測を複数回実施し、被験者の体重変化を伴わなかった計測蒸散速度の平均値の1/4にすればよいことがわかった。
【0039】
<警告手段>
警告手段13は、比較手段12から、計測蒸散速度が基準値(判定値)を下回ったことを伝える情報を受け取ったとき、熱中症、脱水症の恐れ、予兆ありとして警告を発する。警告は、被験者への視覚的な通知(文字や画像での表示)や、聴覚的な通知(音声での注意喚起)、およびリモートで被験者の健康管理を行っているところ(医療機関、介護施設など)への情報伝達、メッセージ連絡などを挙げることができる。また、警告に加え、水分補給、エアコンの稼働などの熱中症、脱水症予防への処置を伴うことも好ましい。
【0040】
<温度補正>
上記システムは、警告精度を高めるため、手の温度を計測する手温度計測手段と、手の温度に基づいて前記基準値を校正する基準値校正手段をさらに備えることが好ましい。
この態様では、蒸散速度計測手段11による蒸散速度の計測と同時に手温度計測手段により被験者の手の温度を計測し、基準値校正手段により求めた、手の温度を反映した基準値Aと、蒸散速度の計測値(計測蒸散速度)を比較手段12により比較し、計測蒸散速度が基準値Aを下回ったとき警告手段13により警告を発する。
ここで、手温度計測手段としては、検体部21内に備えられる、温度により電気抵抗が変化する温度計測用の電極を挙げることができる。また、第1の金属細線23または第2の金属細線25の何れかを体温付近で抵抗温度係数の高い材料にすると、温度計測用の電極をその金属細線の一部と共用することが可能になり、コストを下げることが可能になる。このような材料としては、例えば白金やチタンを挙げることができる。
なお、手温度計測手段として赤外線温度計なども用いることができる。
【0041】
以上により、熱中症、脱水症の予兆を低コスト、簡便かつタイムリーに警告するシステムが提供される。
【0042】
また、上述の蒸散速度計測手段11は、計測時間が短く、感度、精度も優れる蒸散速度計測用デバイスになっている。
蒸散速度計測手段11からなる蒸散速度計測用デバイスは、計測対象となる手が微小液滴検出部21aに触れない非接触式であり、計測後の微小液滴検出部21aの乾燥も速く、繰り返し使用が可能である。また、デバイスの構成上、液滴1個でもガルバニー電流の測定が可能なため、蒸散水測定(蒸散速度計測)分解能としては0.0001mg/(cm・min)の能力をもち、実験例では0.001mg/(cm・min)を確認している。デバイスの大きさは、例えば指用として試作したもので50mm×65mm×25mmで、計測時間は10秒から30秒と短い。
他の発汗センサと比較すると、その仕様は、例えばSKW-1000(スキノス製)の場合、蒸散水測定分解能は0.1mg/(cm・min)、計測時間30秒であり、発汗センサ(ライフケア製)の場合、蒸散水測定分解能は1.1mg/(cm・min)、計測時間60秒であり、そして汗センサ(UCバークレー)の場合、蒸散水測定分解能は3~4mg/(cm・min)、計測時間60秒である。しかも上記発汗センサや汗センサは繰り返し使用ができない。以上から、本発明の蒸散速度計測用デバイスは高い性能を有していることがわかる。
【0043】
なお、体水分の損失レベルを正確に判定できる技術は、まだ他に実用化されたものはない。また、市販の体組成計などでは体水分率を表示する機能を有しているが、激しい運動など、確実に脱水状態を引き起こす過程の前後を比較した際、運動後の方が、高い体水分率を示すなど、体水分の損失レベルとの相関は必ずしも正確に得られていない。さらに、医療機関においても、水分蒸発量は「体重(kg)×15+200×(体温-36.8)」なる計算式で求められており、体温が36.8℃を下回った場合には、水分蒸発量がマイナスの値になるなど、簡便な発汗計測技術が強く求められているのが現状である。本発明の蒸散速度計測用デバイスはこの要求に応えるものになっている。
【0044】
なお、上記では、微小液滴検出部21aとしてガルバニー電流測定方式を用いた場合について説明した。一方、液滴を化学吸着させて静電容量の変化を測定したり、電圧や抵抗の変化を測定する他の測定方式を用いる場合は、測定部22には電流計28に置き換わって、測定対象に応じて、インピーダンス測定装置、電圧計、抵抗測定装置などが設けられる。その場合、比較手段12における比較対象は、それらによって測定されるもの、すなわちインピーダンスや電圧や抵抗などになる。
【0045】
(実施の形態2)
実施の形態2では、実施の形態1で説明した熱中症、脱水症予兆警告システム、および、蒸散速度計測用デバイスの効果的な運用について述べる。
【0046】
指先等の手から蒸散する汗(蒸汗)の速度(蒸汗レート)を計測して、体水分の損失を警告し、水分補給を促して熱中症、脱水症を予防することが、本発明の熱中症、脱水症予兆警告システム、および、蒸散速度計測用デバイスの第1の用途である。
ターゲットの主な対象者は、在宅の高齢者である。在宅の高齢者は、大部分の時間を外部環境の変化が少ないところで過ごしているので、指、掌および手首のような末端部でも体幹部での計測と同様に対象部位の蒸汗レートを計測することにより、高い精度をもって熱中症、脱水症の予兆をモニターすることができる。
また、本発明の蒸散速度計測用デバイスは、繰り返し利用が可能であることに加え、熱中症、脱水症の予兆を警告する上で十分な感度を有する。
【0047】
また、医療や介護の効率化を図り、社会負担を軽減するために、病気の可能性を早期に見つけ重症化を防ぐスクリーニングを行うことや、一人一人が自己の健康管理であるセルフチェックを常日頃行っておくことが望まれている。
一般的なセルフチェックの項目としては、体温、血圧、脈拍および体重などがあるが、これらは脱水に起因する症状(脱水系症状)に対しては間接的である。本発明のシステムは、より直接的に脱水系症状を把握することができるので、脱水系症状のセルフチェックのシステムとしても活用できる。
【0048】
本発明の蒸散速度計測用デバイスを、ホーム家電やインターホン型の見守りサービスで使用するボタン、例えばタッチスイッチに組み込み、あるいはタッチスイッチを収めるボックス内に配置し、本発明の熱中症、脱水症予兆警告システムに繋げることによって、より使いやすく熱中症、脱水症の予防や健康管理を行うことができる。すなわち、本発明のシステムは、ホーム家電やインターホン型の見守りサービスとの融合も可能であり、タッチスイッチを備えるホーム家電のある施設で使用することができる。
このようなボタンは、日常使用するボタンであるため、違和感なく経時的、日常的に被験者(使用者)の発汗状況をモニターして、健康管理が行えるようになる。
【実施例
【0049】
(実施例1)
実施例1では、2種類の金属からなる金属細線を有する電極を櫛形に配置した微小液滴検出部が収められた蒸散速度計測手段である蒸散速度計測用デバイスを用いた実施例について説明する。当然ながら、本発明はこのような特定の形式に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲により規定されるものである。
【0050】
試作した蒸散速度計測用デバイスを図9および図10に示す。
図9の(a)はデバイス単体の写真で、(b)はそのデバイスの器に指を置いた写真である。ここで、微小液滴検出部を備える検体部の器は、平面視略矩形のカップ状であり、上方が開口しており、図9の(b)に示すように被験者が指を置く(被せる)ことで当該指が蓋代わりとなる。
図10はデバイスの微小液滴検出部の写真で、左側は、シリコンチップ(絶縁性基板)201上に櫛形に配置された金属細線(ガルバニーアレー)を、スケール204と一緒に撮影した像であり、右側には、第1の金属細線202と第2の金属細線203を上面から拡大観察した像も併せて載せてある。
このデバイスは、図9の(b)のように器に指を置くと指(指先)から蒸散する汗の速度(蒸汗レート)を計測し、ワイヤレスでサーバーに計測データを送ることができる構成になっている。ここで、第1の金属細線にはアルミニウムを、第2の金属細線には金を用い、両金属細線の間隔dは、0.5μm、1μm、5μmおよび10μmの4通りとした。指を置いたときに形成される器内の空間容積は1cmである。以下に示す測定例の測定時の気温は25℃であった。
このデバイスは半導体加工技術を用いて安価で大量生産できるとともに、A/D変換回路は世の中に普及している電子部品を用いて信号の取り出しができることから、低コストに作製が可能である。
【0051】
このデバイスを用いたガルバニー出力電流の測定結果の一例を図11に示す。図11の(a)は被験者がランニングを行う前(ランニング前)、(b)はランニングを行い、心拍数が平常に戻った後(ランニング後)、そして(c)は水分を補給した10分後(水分補給後)の測定データで、デバイスの器に被験者が指を置いた直後から測定している。なお、被験者は年齢50歳の男性であり、ランニングは時速約10kmで約1時間行った。ガルバニー出力電流の測定では、被験者がデバイスの器に指を置いてから30秒後に器から指を離した。
図11の(a)から(c)に示す結果から、出力電流の信号は、直線に近い形で立ち上がった後、揺らぎはあるものの一定の値に落ち着く傾向が読み取れる。
【0052】
本発明で重要なことは、ガルバニー出力電流と、発汗による脱水レベル(体水分の損失レベル)との相関であることに鑑み、第1と第2の金属細線の間隔dと蒸汗の相関を調べるこの第1の評価では、基準として定めた出力電流値をその電流値に達するまでに要した時間(s)で除して蒸汗レートを評価した。ここでは、その基準出力電流値を1×10 11A(10pA)と定めた。したがって、この段階の蒸汗レートの単位はpA/sである。そして、蒸汗レートは、図12に示すように、出力電流(A)と金属細線に跨る液滴のボリューム(μm)の関係を示す検量線を作成することで、デバイスに依存する値ではない物理的に意味のあるmg/(cm・min)単位に変換することができる。
【0053】
図11から、金属細線間隔dが5μmの場合は、ランニング後の脱水状態では出力電流は基準値に届かず(図11の(b))、ランニング前では約15秒(図11の(a))、水分補給後では約35秒後に基準値に達し(図11の(c))、ガルバニー出力電流と発汗による脱水レベルとの相関が取れ、脱水状態を検知するセンサ(脱水センサ)として十分機能することが実証された。
一方、金属細線間隔dが、0.5μmと1μmの場合は、ランニング前、ランニング後、水分補給後の何れにおいても蒸汗レートに有意の差は認められず、10μmの場合は、ランニング前、ランニング後、水分補給後の何れにおいても出力電流値の上昇が僅かに留まっていることがわかる。
これは、金属細線間隔dが、0.5μmと1μmの場合は、僅かな水分でも金属細線の狭い間隔を埋め尽くし、10μmの場合は、金属細線の間隔に水滴が溜まるのに時間が足りなかったためと考えられる。
環境条件などを振って同様の手法の実験を行って測定データを蓄積したところ、第1と第2の金属細線の間隔dが、1μmを超え10μm未満で蒸汗レートと脱水レベルとの相関が得られた。特に、金属細線間隔dが1.5μm以上3μm以下で相関性が高まり、2μmで相関が極大になった。
【0054】
水分補給せずに発汗が続くと、人は脱水症になる。図8からわかるように、脱水による水分減少が、体重に占める割合として1~2%に留まっていれば、脱水症の症状としては軽度であるが、この割合が3~9%になると危険な状態(中等度の脱水症)になり、10%以上になると高度の脱水症で重篤な症状を示し、死に至ることがある。そのため、体重に対する水分減少の割合が1~2%程度の状態を簡便に検知して、水分を補給すれば脱水症を防げる。なお、「~」は、その前後の数値を含む範囲を表す。
【0055】
第2の実験では、運動前後および水分補給後のガルバニー出力電流を上記蒸散速度計測用デバイスで被験者の指から測定した直後に、体重計を用いて被験者の体重も測定した。
その結果、蒸汗レートと体水分変化量(体重増減量)との間には図13に示す関係が得られた。ここで、第2の実験においては、蒸汗レートは、S/N比10に達したガルバニー出力電流値(pA)を、器の開口部に指を置いてからその電流値に至るまでの時間(s)で除して求めた。丸、下向き三角、上向き三角のプロットはそれぞれ、運動前、運動後、水分補給後の値を示している。
【0056】
図13において、熱中症リスク中と表示された領域では、蒸汗レートが低く、体重が減少(=体水分が損失)すると、その傾向は顕著となる。他方、熱中症リスク低と表示された領域では、蒸汗レートは熱中症リスク中の領域と比較すると3倍以上となっており、運動前や水分補給後に限られる。この結果における判別精度は87.5%となり、本デバイスを用いて計測した指先から蒸散する汗の蒸散速度と体水分の損失レベルの間には、強い相関が存在し、熱中症や脱水症の予兆を検知できることが実証された。
【0057】
本実施例の蒸散速度計測用デバイスでは、金属細線間隔dを0.1μmまで狭くすることで、最小0.1plの水滴を最短20msでS/N比2桁以上のガルバニー出力電流信号として検出した。
このデバイスの微小液滴検出部上の液滴の量(体積)はガルバニー出力電流値に比例する。このため、蒸散した蒸散水を微小液滴検出部上で液滴として検出し、それによって得られるガルバニー出力電流の時間変化を測定する場合、ある時点の電流値はその時までに蒸散した蒸散水の総量に相当し、電流値の傾きは蒸散速度に相当する。したがって、蒸汗レートは電流値の傾きで評価することもできる。
【0058】
なお、蒸汗レートを直接測定できる本実施例の蒸散速度計測用デバイスは、体温が上昇しているのに発汗が機能しなくなる熱中症の予兆を直接検知できることも確認している。
また、上述したように、本実施例の蒸散速度計測用デバイスは、蒸汗レートの計測値をワイヤレスでクラウドサーバーに送信することができる構成であるので、一定の基準値を定めて脱水症や熱中症のリスクを判定して、被験者本人やその介助者に警告を発することが可能な機能を付加した別の実験も行った。そして、その機能が作動することも確認した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の熱中症、脱水症予兆警告システムは、上記説明のように、熱中症、脱水症の予兆を低コスト、簡便かつタイムリーに警告できる。このため、このシステムは、熱中症、脱水症発生の抑制、および重症化防止に寄与することができると考えられる。熱中症、脱水症は、地球温暖化や高齢化の進行とともに社会問題にもなってきているので、本システムが社会に与えるインパクトは大きい。
また、本発明の蒸散速度計測用デバイスは、上記熱中症、脱水症予兆警告システムのタイムリー測定、低コスト化、高感度化に寄与するコアデバイスであり、一般社会のみならず産業としても大いに使用される可能性が高い。
【符号の説明】
【0060】
11:蒸散速度計測手段(蒸散速度計測用デバイス)
12:比較手段
13:警告手段
21:検体部
21a:微小液滴検出部(蒸汗検知部)
22:測定部
23:第1の金属細線
24:第1の金属電極
25:第2の金属細線
26:第2の金属電極
27:配線
28:電流計
29:信号パス
31:器
32:保護キャップ
41:保護メッシュ
51:指
61:空間
101:熱中症、脱水症予兆警告システム
102:検体部
103:検体部
201:シリコンチップ(ガルバニーアレー)
202:第1の金属細線(アルミニウム)
203:第2の金属細線(金)
204:スケール
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13