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特許7478040Aβペプチドの測定方法及びその方法に用いられる試薬組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-23
(45)【発行日】2024-05-02
(54)【発明の名称】Aβペプチドの測定方法及びその方法に用いられる試薬組成物
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240424BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240424BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20240424BHJP
   C07K 14/435 20060101ALN20240424BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N27/62 V
C12N15/12 ZNA
C07K14/435
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020109825
(22)【出願日】2020-06-25
(65)【公開番号】P2022022524
(43)【公開日】2022-02-07
【審査請求日】2023-05-24
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】飯野 琢也
(72)【発明者】
【氏名】渡部 俊介
(72)【発明者】
【氏名】須藤 浩三
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-507909(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0266596(US,A1)
【文献】特開2017-020980(JP,A)
【文献】特開2018-194374(JP,A)
【文献】Naoki KANEKO,Identification and Quantification of Amyloid Beta-Related Peptides in Human Plasma Using Matrix-Assisted Laser desorption/Ionization Time-of-Flight Mass Spectrometry,Proceedings of the Japan Academy, Series B,2014年,Vol.90, No.3,pp.104-117,DOI: 10.2183/pjab.90.104
【文献】Mary E. Lame,Quantitation of Amyloid Beta Peptides Ab1-38, Ab1-40, and Ab1-42 in Human Cerebrospinal Fluid by Ultra-Performance Liquid Chromatography-Tandem Mass Spectrometry,Analytical Biochemistry,2011年,Vol.419,pp.133-139,DOI: 10.1016/j.ab.2011.08.010
【文献】Thanh Duc Mai,In-capillary Immuno-Preconcentration with Circulating Bio-Functionalized Magnetic Beads for Capillary Electrophoresis,Analytica Chimica Acta,2019年,Vol.1062,pp.156-164,DOI: 10.1016/j.aca.2019.02.006
【文献】Romain Verpillot,Analysis of Amyloid-β Peptides in Cerebrospinal Fluid Samples by Capillary Electrophoresis Coupled with LIF Detection,Anal. Chem.,2011年,83,pp.1696-1703,dx.doi.org/10.1021/ac102828f
【文献】Pauline Bros,Quantitative Detection of Amyloid-β Peptides by Mass Spectrometry: State of the Art and Clinical Applications,Clinical Chemistry and Laboratory Medicine,2015年,Vol.53, No.10,pp.1483-1493,DOI: 10.1515/cclm-2014-1048
【文献】Erin E. Chambers,前臨床またはバイオマーカー探索のための脳髄液中アミロイドβベブチドSPE/LC/MS/MS多成分同時定量法の改善,Waters [Application note],2011年08月,pp.1-6
【文献】Timothy M. Ryan,Ammonium hydroxide treatment of Aβ produces an aggregate free solution suitable for biophysical and cell culture characterization,PeerJ,2013年,pp.1-20,DOI 10.7717/peerj.73
【文献】Akinori Nakamura,High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer’s disease,Nature.,2018年02月08日,554(7691),pp.249-254,doi: 10.1038/nature25456
【文献】Thomas J. Esparza,Soluble Amyloid-beta Aggregates from Human Alzheimer’s Disease Brains,Sci Rep.,2016年12月05日,6:38187,pp.:1-16,doi: 10.1038/srep38187
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48~33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Aβペプチドを含む血液試料と、前記Aβペプチドに特異的に結合する抗体とを混合して、前記Aβペプチドと前記抗体との複合体を形成する工程と、
有機溶媒を含む塩基性溶液により、前記複合体からAβペプチドを遊離する工程と、
質量分析法により、前記遊離されたAβペプチドを測定する工程と
を含む、Aβペプチドの測定方法。
【請求項2】
前記塩基性溶液のpHが、11.4以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記塩基性溶液が、アンモニウムイオンを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記有機溶媒が、アセトニトリル、アセトン、1-プロパノール、2-プロパノール、ヘキサン、エタノール、ジメチルスルホキシド及びメタノールからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記Aβペプチドに特異的に結合する抗体が、Aβ40及びAβ42の一方又は両方に結合する抗体であり、前記遊離工程において複合体から遊離されるAβペプチドが、Aβ40及びAβ42の少なくとも1つであり、前記測定工程において、Aβ40及びAβ42の少なくとも1つの測定値を取得する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記Aβペプチドに結合する抗体が、Aβ40及びAβ42の両方に結合する抗体であり、前記測定工程において、Aβ40及びAβ42のそれぞれの測定値を取得する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記Aβペプチドに特異的に結合する抗体が固相に固定されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記質量分析法が、液体クロマトグラフィー質量分析法である、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記液体クロマトグラフィー質量分析法において逆相カラムを用いる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記血液試料と、標識された内部標準物質とを混合し、前記測定工程において、前記内部標準物質の測定値に基づいて前記Aβペプチドの測定値を取得する、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記内部標準物質が、安定同位体で標識されたAβペプチドである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
有機溶媒を含む塩基性溶液である、請求項1~11のいずれか1項に記載の方法に用いられる試薬組成物。
【請求項13】
pHが、11.4以上である、請求項12に記載の試薬組成物。
【請求項14】
前記塩基性溶液が、アンモニウムイオンを含む、請求項12又は13に記載の試薬組成物。
【請求項15】
前記有機溶媒が、アセトニトリル、アセトン、1-プロパノール、2-プロパノール、ヘキサン、エタノール、ジメチルスルホキシド及びメタノールからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項12~14のいずれか1項に記載の試薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミロイドβ(Aβ)ペプチドの測定方法に関する。本発明は、この測定方法に用いられる試薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
被検者から採取した生体試料中のAβペプチドは、アルツハイマー病のバイオマーカーとなることが知られている。生体試料の中でも、脳脊髄液(CSF)はAβペプチドを比較的多く含むことから、CSF中のAβペプチドを定量的に測定する方法が確立されている。例えば、非特許文献1には、CSF中のAβペプチドを液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)により測定することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Leinenbach A.ら,Mass Spectrometry-Based Candidate Reference Measurement Procedure for Quantification of Amyloid-β in Cerebrospinal Fluid. Clinical Chemistry 60:7 987-994 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
CSFの採取は侵襲的であるので、被検者への負担が大きい。そのため、近年、採取の負担が少ない血液を生体試料に用いるAβペプチドの測定方法が開発されている。しかし、CSFに比べて血液に含まれるAβペプチドは少ないことから、精度よくAβペプチドを測定する方法が求められている。本発明は、血液中のAβペプチドを精度よく測定することを可能にする手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、Aβペプチドを含む血液試料と、Aβペプチドに特異的に結合する抗体とを混合して、Aβペプチドと前記抗体との複合体を形成する工程と、有機溶媒を含む塩基性溶液により、複合体からAβペプチドを遊離する工程と、質量分析法により、遊離されたAβペプチドを測定する工程とを含む、Aβペプチドの測定方法を提供する。また、本発明は、有機溶媒を含む塩基性溶液である、上記方法に用いられる試薬組成物を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、血液中のAβペプチドを精度よく測定することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】試薬組成物を収容した容器の一例を示す図である。
図2】LC-MS/MSを用いてAβペプチドを測定した結果を示す図である。
図3A】各検体の血漿中のAβ40ペプチドの濃度を示す図である。
図3B】各検体の血漿中のAβ42ペプチドの濃度を示す図である。
図4A】濃度既知のAβ40ペプチドを用いて検出された測定値を基にして作成した検量線を示す図である。
図4B】濃度既知のAβ42ペプチドを用いて検出された測定値を基にして作成した検量線を示す図である。
図5】遊離試薬の組成の違いによるAβペプチドの溶出効率の違いを示す図である。
図6A】遊離試薬の有機溶媒の違いによるAβ40ペプチドの溶出効率の違いを示す図である。
図6B】遊離試薬の有機溶媒の違いによるAβ42ペプチドの溶出効率の違いを示す図でる。
図7】遊離試薬の組成の違いによるキャリーオーバー量の違いを示す図である。
図8A】190 pg/ml Aβ40ペプチド溶液を、塩基性溶液を用いて溶出した場合のAβ40ペプチドの量を示す図である。
図8B】190 pg/ml Aβ40ペプチド溶液を、酸性溶液を用いて溶出した場合のAβ40ペプチドの量を示す図である。
図8C】103 pg/ml Aβ42ペプチド溶液を、塩基性溶液を用いて溶出した場合のAβ42ペプチドの量を示す図である。
図8D】103 pg/ml Aβ42ペプチド溶液を、酸性溶液を用いて溶出した場合のAβ42ペプチドの量を示す図である。
図9A】50 pg/ml Aβ40ペプチド溶液を、塩基性溶液を用いて溶出した場合のAβ40ペプチドの量を示す図である。
図9B】50 pg/ml Aβ40ペプチド溶液を、酸性溶液を用いて溶出した場合のAβ40ペプチドの量を示す図である。
図9C】26 pg/ml Aβ42ペプチド溶液を、塩基性溶液を用いて溶出した場合のAβ42ペプチドの量を示す図である。
図9D】26 pg/ml Aβ42ペプチド溶液を、酸性溶液を用いて溶出した場合のAβ42ペプチドの量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本実施形態のAβペプチドの測定方法は、抗体で捕捉したAβペプチドを質量分析法により測定する方法である(以下、「測定方法」とも呼ぶ)。この測定方法は、有機溶媒を含む塩基性溶液により、Aβペプチドと抗体との複合体からAβペプチドを遊離し、遊離したAβペプチドを質量分析法により測定することを特徴とする。
【0009】
従来、抗体で捕捉された被検物質(すなわち、抗体と被検物質との複合体)から被検物質を遊離する場合は、酸性溶液が用いられる。これは、酸性溶液が一般に、被検物質と抗体との結合を解離する作用に優れるからである。例えば特開2018-194374号公報では、有機溶媒を含んでもよいpH1~4の酸性水溶液により複合体からAβペプチドを遊離することが記載されている。しかし、後述の実施例に示されるように、本発明者らは、遊離したAβペプチドを含む酸性溶液は、液体クロマトグラフィーと組み合わせた質量分析には適さないことを見出した。具体的には、遊離したAβペプチドを含む該酸性溶液をそのまま液体クロマトグラフィーに用いると、投入されたAβペプチドの一部が液体クロマトグラフィー装置の流路及びカラムに残存し、残存したAβペプチドが次のサンプルの測定に持ち越される現象(キャリーオーバーと呼ぶ)が生じた。キャリーオーバーが生じると、Aβペプチドの正確な測定ができない。キャリーオーバーを低減するためには、酸性溶液でAβペプチドを遊離した後、塩基性溶液で溶媒交換することが考えられる。しかし、この方法ではキャリーオーバーを低減できたとしても溶媒交換によってAβペプチドが損失するため、感度よく測定することが困難な場合がある。これに対して、有機溶媒を含む塩基性溶液を用いる本実施形態の測定方法では、キャリーオーバーするAβペプチドの量が顕著に低減される。よって、遊離したAβペプチドを含む塩基性溶液をそのまま液体クロマトグラフィーに用いても、Aβペプチドの正確な測定が可能であり、溶媒交換も不要である。上記のとおり、血液試料はCSFに比べてAβペプチドの含量が少ないので、本実施形態の測定方法は、血液試料中のAβペプチドの定量的測定に適している。
【0010】
本実施形態の測定方法では、まず、Aβペプチドを含む血液試料にAβペプチドに特異的に結合する抗体を混合して、Aβペプチドと抗体との複合体を形成する。Aβペプチドと抗体との複合体は、Aβペプチドを含む血液試料と、Aβペプチドに特異的に結合する抗体とを混合することにより形成できる。
【0011】
本明細書において「Aβペプチドを含む血液試料」との用語は、Aβペプチドを含むことが疑われる血液試料も包含する。血液試料は、例えば血液(全血)、血漿、血清などが挙げられる。これらの中でも、血漿及び血清が好ましい。血液試料は、必要に応じて適切な水性媒体で希釈してもよい。そのような水性媒体は、後述の測定を妨げないかぎり特に限定されず、例えば水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。緩衝液は、中性付近のpH(例えば6以上8以下のpH)で緩衝作用を有する緩衝液が好ましい。そのような緩衝液は、例えばHEPES、MES、PIPESなどのグッド緩衝液、トリス緩衝生理食塩水(TBS)、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。
【0012】
血液試料の由来は特に限定されず、例えば、被検者から採取した血液及びそれから調製した血漿又は血清であってもよい。また、市販のプール血漿、健常者血漿などを用いてもよい。必要に応じて、血液試料に、内部標準物質としての標識Aβペプチドを添加してもよい。被検者は特に限定されず、例えば、健常者、認知機能に異常がある者及びその異常の疑いがある者などが挙げられる。認知機能の異常は、例えば、軽度認知機能異常(MCI)、アルツハイマー型認知症などが挙げられる。
【0013】
Aβペプチドは、アミロイドβ前駆体タンパク(APP)がβセクレターゼ及びγセクレターゼによる処理を受けることで産生されるポリペプチドである。Aβペプチドは、特に言及しない限り、いずれの長さのポリペプチドも含むが、通常39~43のアミノ酸からなるポリペプチドである。Aβペプチドとしては、40アミノ酸残基からなるAβ40(DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVV : 配列番号1)及び42アミノ酸残基からなるAβ42(DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVVIA : 配列番号2)が好ましい。
【0014】
Aβペプチドは、単量体であってもよいし、多量体の形態であってもよい。多量体は、重合体とも呼ばれ、複数の単量体のAβペプチドが物理的又は化学的に重合あるいは凝集して形成される。多量体は、単量体のAβペプチドが複数含まれていればよく、その他の分子が含まれていてもよい。多量体において、単量体のAβペプチド同士は共有結合などによって強固に結合している必要はない。多量体には、より緩やかな結合によって複数の単量体のAβペプチドが集合した凝集体も含まれる。Aβペプチドの多量体としては、例えばAβオリゴマーなどが挙げられる。
【0015】
本明細書において「抗体」との用語は、全長の抗体及びそのフラグメントを包含する。抗体のフラグメントとしては、例えばFab、Fab'、F(ab')2、Fd、Fd'、Fv、軽鎖、重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)、還元型IgG(rIgG)、一本鎖抗体(scFv)などが挙げられる。Aβペプチドに特異的に結合する抗体は、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれであってもよいが、好ましくはモノクローナル抗体である。
【0016】
Aβペプチドと特異的に結合できるモノクローナル抗体自体は公知であり、例えば、AβペプチドのN末端のアミノ酸残基から数えて1~16番目の領域をエピトープとして認識するクローン82E1の抗体(82E1抗体と呼ぶ)、3~8番目の領域をエピトープとして認識するクローン6E10の抗体(6E10抗体と呼ぶ)、4~10番目の領域をエピトープとして認識するクローンWO-2の抗体(WO-2抗体と呼ぶ)、1~8番目の領域をエピトープとして認識するクローン2H4の抗体(2H4抗体と呼ぶ)、36~42番目の領域をエピトープとして認識するクローンH31L21の抗体(H31L21抗体と呼ぶ)、33~42番目の領域をエピトープとして認識とするクローンG2-11の抗体(G2-11抗体と呼ぶ)、33~42番目の領域をエピトープとして認識とするクローン16C11の抗体(16C11抗体と呼ぶ)、34~42番目の領域をエピトープとして認識とするクローン21F12の抗体(21F12抗体と呼ぶ)、35~40番目の領域をエピトープとして認識とするクローン1A10の抗体(1A10抗体と呼ぶ)などが挙げられる。これらのモノクローナル抗体は市販されている。
【0017】
本実施形態では、Aβペプチドに特異的に結合する抗体として、Aβ40及びAβ42の一方又は両方に結合する抗体を用いることが好ましい。Aβ40に特異的に結合する抗体としては、例えばクローン1A10の抗体が挙げられる。Aβ42に特異的に結合する抗体としては、例えばクローンH31L21、G2-11、16C11及び21F12の抗体が挙げられる。Aβ40及びAβ42の両方に結合する抗体としては、例えばクローン82E1、6E10、WO-2及び2H4の抗体が挙げられる。これらの抗体を用いることにより、血液試料中のAβペプチドのうち、Aβ40及び/又はAβ42を選択的に捕捉できる。この場合、本実施形態の測定方法の遊離工程において、Aβ40及びAβ42の少なくとも1つを遊離することができ、測定工程において、Aβ40及びAβ42の少なくとも1つの測定値を取得できる。
【0018】
好ましい実施形態では、Aβ40及びAβ42の両方に結合する抗体を用いる。この場合、本実施形態の測定方法の遊離工程において、Aβ40及びAβ42を遊離することができ、測定工程において、Aβ40の測定値及びAβ42の測定値を取得できる。
【0019】
本実施形態の測定方法では、抗体により捕捉されたAβペプチドを選択的に取得するために、Aβペプチドと抗体との複合体を固相上に形成することが好ましい。複合体を含む溶液と、抗体を固定できる固相とを接触させることにより、複合体を固相上に形成できる。あるいは、Aβペプチドに特異的に結合する抗体をあらかじめ固相に固定して用いてもよい。固相に固定された抗体を用いることで、固相上に複合体を形成できる。具体的には、Aβペプチドに特異的に結合する抗体が固定された固相と、血液試料とを混合することにより、複合体が固相上に形成される。そして、未反応の成分と固相とを分離し、固相を回収することにより、複合体を選択的に取得できる。
【0020】
固相は、抗体を固定可能な不溶性の担体であればよい。抗体の固相への固定の態様は、特に限定されない。例えば、抗体と固相とを直接結合させてもよいし、抗体と固相とを別の物質を介して間接的に結合させてもよい。直接の結合としては、例えば物理的吸着などが挙げられる。間接的な結合としては、例えば、抗体と特異的に結合する分子を固相上に固定化し、該分子と抗体との結合を介して、抗体を固相上に固定することが挙げられる。抗体と特異的に結合する分子としては、プロテインA又はG、抗体を特異的に認識する抗体(二次抗体)などが挙げられる。また、抗体と固相との間を介在する物質の組み合わせを用いて、抗体を固相上に固定することもできる。そのような物質の組み合わせとしては、ビオチン類とアビジン類、ハプテンと抗ハプテン抗体などの組み合わせが挙げられる。ビオチン類とは、ビオチン、並びにデスチオビオチン及びオキシビオチンなどのビオチン類縁体を含む。アビジン類とは、アビジン、並びにストレプトアビジン及びタマビジン(登録商標)などのアビジン類縁体を含む。ハプテンと抗ハプテン抗体の組み合わせとしては、2, 4-ジニトロフェニル(DNP)基を有する化合物と抗DNP抗体との組み合わせが挙げられる。例えば、あらかじめビオチン類(又はDNP基を有する化合物)で修飾した抗体と、あらかじめアビジン類(又は抗DNP抗体)を結合した固相とを用いることにより、ビオチン類とアビジン類との結合(又はDNP基と抗DNP抗体との結合)を介して、抗体を固相上に固定できる。
【0021】
固相の素材は特に限定されず、例えば、有機高分子化合物、無機化合物、生体高分子などから選択できる。有機高分子化合物としては、ラテックス、ポリスチレン、ポリプロピレン、スチレン-メタクリル酸共重合体、スチレン-グリシジル(メタ)アクリレート共重合体、スチレン-スチレンスルホン酸塩共重合体、メタクリル酸重合体、アクリル酸重合体、アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合体、塩化ビニル-アクリル酸エステル共重合体、ポリ酢酸ビニルアクリレートなどが挙げられる。無機化合物としては、磁性体(酸化鉄、酸化クロム、コバルト及びフェライトなど)、シリカ、アルミナ、ガラスなどが挙げられる。生体高分子としては、不溶性アガロース、不溶性デキストラン、ゼラチン、セルロースなどが挙げられる。これらのうちの2種以上を組み合わせて用いてもよい。固相の形状は特に限定されず、例えば粒子、マイクロプレート、マイクロチューブ、試験管などが挙げられる。それらの中でも粒子が好ましく、磁性粒子が特に好ましい。固相として粒子を用いる場合、本実施形態の測定方法における複合体の形成工程は、一般的な免疫沈降法に相当する。
【0022】
次いで、本実施形態の測定方法では、有機溶媒を含む塩基性溶液(以下、「遊離試薬」とも呼ぶ)により複合体からAβペプチドを遊離する。遊離試薬は、抗体とAβペプチドとの結合を解離する作用を有すると考えられる。好ましい実施形態では、固相上に形成された複合体を含む溶液と、遊離試薬とを混合する。これにより、複合体からAβペプチドが遊離し、混合液中には、遊離したAβペプチドと、抗体が固定された固相とが存在する。例えば固相が磁性粒子である場合、遠心分離又は磁気分離により、抗体が固定された固相と、Aβペプチドを含む溶液とを分離することで、Aβペプチドを含む溶液を回収できる。
【0023】
複合体と遊離試薬との接触の条件は特に限定されず、例えば、4℃以上42℃以下の温度の遊離試薬と、複合体とを接触させ、1分以上10分以下の時間で静置又は撹拌すればよい。遊離試薬の使用量は特に限定されず、例えば、1サンプル当たり10μL以上50μL以下の範囲から適宜決定できる。
【0024】
遊離試薬は、塩基性溶液と有機溶媒とを混合するか、又は、水と塩基性物質と有機溶媒とを混合することにより得ることができる。塩基性溶液は、水と塩基性物質とを混合することにより得ることができる。アンモニア水などの市販の塩基性溶液を用いてもよい。塩基性物質としては、例えば、アンモニウムイオンを供与する物質などが挙げられる。アンモニウムイオンを供与する物質としては、例えばアンモニア、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウムなどが挙げられる。遊離試薬中の塩基性物質は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。
【0025】
有機溶媒としては、例えば、アセトニトリル、アセトン、1-プロパノール、2-プロパノール、ヘキサン、エタノール、ジメチルスルホキシド又はメタノールなどが挙げられる。遊離試薬中の有機溶媒は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。本実施形態では、遊離試薬は、有機溶媒として少なくともアセトニトリルを含むことが好ましく、有機溶媒としてアセトニトリルのみを含むことがより好ましい。
【0026】
溶出試薬中の有機溶媒の濃度は特に限定されないが、20%以上、30%以上又は40%以上であることが好ましい。また、65%以下、60%以下又は55%以下であることが好ましい。なお、本明細書において有機溶媒の濃度「%」はすべて体積/体積%(v/v%)である。
【0027】
遊離試薬のpHは、当業者が塩基性であると認識するpHであれば特に限定されない。遊離試薬のpHは、10.85以上、10.9以上、10.95以上、11.0以上、11.05以上、11.1以上、11.15以上、11.2以上、11.25以上、11.3以上、11.35以上又は11.4以上であることが好ましい。最も好ましいのは、遊離試薬のpHが11.4以上である。これにより、複合体からAβペプチドを特に効率よく遊離できる。また、遊離試薬のpHは、14.0以下、13.5以下、13.0以下、12.5以下、12.4以下、12.35以下、12.3以下、12.25以下、12.2以下、12.15以下、12.1以下、12.05以下又は12.0以下であることが好ましい。
【0028】
遊離試薬のpHは、塩基性物質の添加量(又は濃度)によって調整できる。塩基性物質としてアンモニア又はその塩を用いる場合、遊離試薬中のアンモニウムイオンのモル濃度は、5.29mM以上、10.57mM以上、26.43mM以上、52.85mM以上、105.71mM以上、又は132.14mM以上であることが好ましい。また、当該モル濃度は、1586mM以下、1533mM以下、又は1480mM以下であることが好ましい。例えば、塩基性物質がアンモニアである場合、遊離試薬中のアンモニアの濃度は、0.01%以上、0.02% 以上、0.05% 以上、0.1% 以上、0.2% 以上又は0.25%以上であることが好ましい。また、当該濃度は、3%以下、2.9% 以下又は2.8%以下であることが好ましい。なお、本明細書においてアンモニアの濃度「%」は全て重量/重量%(w/w%)である。
【0029】
本実施形態の測定方法は、複合体形成工程と、遊離工程との間に、複合体を形成していない未反応の遊離成分を除去する洗浄工程を含んでもよい。この洗浄工程は、B/F(Bound/Free)分離を含む。未反応の遊離成分とは、複合体を構成しない成分であり、例えば、Aβペプチドと結合しなかった抗体が挙げられる。洗浄方法は特に限定されないが、例えば、複合体を固相上に形成させている場合、固相が粒子であれば、遠心分離や磁気分離により粒子を回収し、上清を除去することにより、複合体と、未反応の遊離成分とを分離できる。固相がマイクロプレートやマイクロチューブなどの容器であれば、未反応の遊離成分を含む液を除去することにより、複合体と、未反応の遊離成分とを分離できる。未反応の遊離成分を除去した後、複合体を捕捉した固相をPBSなどの適切な水性媒体で洗浄してもよい。
【0030】
そして、本実施形態の測定方法では、遊離されたAβペプチドを質量分析法により測定する。質量分析法は、遊離されたAβペプチドが測定できれば特に限定されず、Aβペプチドを測定できる公知のイオン化法を用いることができる。そのようなイオン化法としては、例えばエレクトロスプレーイオン化(ESI)法、大気圧化学イオン化(APCI)法又はマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法などが挙げられる。これらのうち、ESI法が特に好ましい。
【0031】
質量分析法に用いられる質量分析計は特に限定されず、公知の質量分析計から適宜選択できる。例えば、四重極(Q)型質量分析計、イオントラップ型(IT)型質量分析計、飛行時間(TOF)型質量分析計、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)型質量分析計、IT-TOF型質量分析計、Q-TOF型質量分析計、及びトリプル四重極(QqQ)型質量分析計などが挙げられる。これらのうち、MS/MS測定が可能な質量分析計を用いて測定することが好ましく、トリプル四重極型質量分析計を用いて測定することがより好ましい。
【0032】
質量分析法では、質量分析計と液体クロマトグラフィー装置が組み合わされた液体クロマトグラフィー-質量分析(Liquid Chromatography-Mass Spectrometry : LC-MS)が用いられることが好ましく、液体クロマトグラフィーと、MS/MS測定が可能な質量分析計とを組み合わせたLC-MS/MSが用いられることがより好ましい。
【0033】
液体クロマトグラフィー装置としては、質量分析計に接続できる限り特に限定されず、市販のHPLC(高速液体クロマトグラフィー : High Performance Liquid Chromatography)装置を用いることができる。液体クロマトグラフィー装置に接続するカラムは特に限定されず、市販のHPLC用カラムを用いることができる。本実施形態では、遊離試薬中に遊離したAβペプチドを液体クロマトグラフィー装置に供することができる。そのため、溶媒交換などのような測定前の処理が不要である。
【0034】
カラムは特に限定されないが、例えば、逆相カラムを用いることができる。逆相カラムの充填材としては、例えば、シリカ系の充填材、ポリマー系の充填材などが挙げられる。それらの中でも、シリカ系の充填材が好ましい。シリカ系の充填材を有する逆相カラムとしては、耐塩基性のODSカラムがより好ましい。
【0035】
液体クロマトグラフィーに用いる溶媒(移動相)としては、遊離試薬と同じ組成の溶液、又は遊離試薬に用いられる塩基性溶液を用いることができる。移動相中の有機溶媒の濃度は、特に限定されず、測定条件に応じて適宜設定できる。液体クロマトグラフィーは、単一濃度の移動相を用いたイソクラティック法を用いて行ってもよいし、組成の異なる複数種の移動相を組み合わせて用いるステップワイズ法又はグラジエント法を用いて行ってもよい。
【0036】
測定における移動相の流速は、装置及びカラムの材質、耐圧性などの性質に応じて適宜設定できる。移動相の流速は、質量分析が適切に行われる流速に設定されることが好ましい。また、カラム温度や測定装置への試料の導入量なども、測定装置及びカラムにあわせて適宜設定できる。
【0037】
本実施形態では、液体クロマトグラフィー装置でも測定を行い、試料に関する情報を取得してもよい。測定を行う検出器としては、例えば、UV検出器、蛍光検出器、示唆屈折率検出器、電気伝導度検出器又は電気化学検出器などが挙げられる。
【0038】
質量分析法でのAβペプチドの測定は、用いるイオン化法及び質量分析計に合わせて公知の技術から適切に設定できる。このうち、トリプル四重極型質量分析計を用いる場合、Aβペプチドが、測定モードをポジティブイオン測定モードにした多重反応モニタリング(MRM)測定によって測定されることが好ましい。
【0039】
トリプル四重極型質量分析計はコリジョンセル(Q2)を挟んでその前後に第1の四重極(Q1)及び第3の四重極(Q3)を備えている。測定対象物は、イオン源でイオン化されてプレカーサイオンとなり、Q1にて設定された特定の質量電荷比(m/z)を有するイオンのみがフィルターを通過してQ2に導入される。Q2に導入された特定の質量電荷比を有するプレカーサイオンは、不活性ガスと衝突して開裂し、プロダクトイオンとなる。Q2からQ3に送られたプロダクトイオンは、Q3で再びフィルターにかけられ、特定の質量を有するイオンのみがフィルターを通過してQ3から検出器へと送られ、シグナルが検出される。これにより、特定のプレカーサイオンに対する特定のプロダクトイオンが検出器で検出される。ここで、Q1にて設定される特定の質量電荷比と、Q3にて設定される特定の質量電荷比との組み合わせをMRMトランジションと呼ぶ。MRM測定では、このMRMトランジションを複数設定することで、同時に複数のプロダクトイオンを検出できる。これにより、測定対象物中に含まれる複数の物質を同時に測定できる。例えば、Aβ40及びAβ42を含む試料に対して、それぞれのMRMトランンジションを設定することで2種のAβペプチドを同時に測定しそれぞれの測定値を取得できる。
【0040】
MRM測定において、測定モードは特に限定されないが、質量分析計をポジティブイオン測定モードで用いることが好ましい。また、MRM測定におけるコーン電圧及びコリジョンエネルギーも特に限定されず、当業者によって適宜適切な条件に設定できる。
【0041】
Aβ40に対するMRMトランジションとしては、例えばプレカーサイオン/プロダクトイオン=1083/1953.6とすることができ、Aβ42に対するMRMトランジシションとしては、プレカーサイオン/プロダクトイオン=1129/1078.5とすることができる。このようにMRMトランジションを設定することで、Aβペプチドを高感度に検出できる。
【0042】
本実施形態の測定方法では、血液試料と、標識された内部標準物質とを混合し、内部標準物質の測定値に基づいてAβペプチドの測定値を取得してもよい。内部標準物質としては、Aβペプチドの定量が可能な物質であれば特に限定されないが、安定同位体で標識されたAβペプチドであることが好ましい。安定同位体で標識されたAβペプチドとしては、例えば、N15安定同位体で標識したAβ40及びAβ42が挙げられる。内部標準物質の添加量は、測定装置が測定可能な濃度であれば特に限定されず、測定装置の分析能力に合わせて適宜設定できる。
【0043】
Aβペプチドを検出するためのMRMトランジションとともに、内部標準として安定同位体で標識したAβペプチドに対してもMRMトランジションを設定して測定し、測定値を取得できる。N15安定同位体で標識したAβ40に対するMRMトランジシションとしては、プレカーサイオン/プロダクトイオン=1096/1066.5とすることができ、N15安定同位体で標識したAβ42に対するMRMトランジシションとしてはプレカーサイオン/プロダクトイオン=1142.5/1091.5とすることができる。
【0044】
さらなる実施形態は、本実施形態の測定方法に用いられる試薬組成物である。この試薬組成物は、有機溶媒を含む塩基性溶液である。有機溶媒を含む塩基性溶液については、上述のとおりである。試薬組成物を用いることで、AβペプチドとAβペプチドに特異的に結合する抗体との複合体から高効率にAβペプチドを遊離できる。
【0045】
試薬組成物のpHは、当業者が塩基性であると認識するpHであれば特に限定されない。試薬組成物のpHは、10.85以上、10.9以上、10.95以上、11.0以上、11.05以上、11.1以上、11.15以上、11.2以上、11.25以上、11.3以上、11.35以上又は11.4以上であることが好ましい。最も好ましいのは、試薬組成物のpHが11.4以上である。これにより、複合体からAβペプチドを特に効率よく遊離できる。また、試薬組成物のpHは、14.0以下、13.5以下、13.0以下、12.5以下、12.4以下、12.35以下、12.3以下、12.25以下、12.2以下、12.15以下、12.1以下、12.05以下又は12.0以下であることが好ましい。
【0046】
試薬組成物は、複合体からのAβペプチドの遊離、及び質量分析法によるAβペプチドの測定に影響しない程度に安定化剤などの添加物が含まれていてもよい。添加物としては、牛血清アルブミン(BSA)、ヒトアルブミン、卵白アルブミン、グルコース等の単糖類、マルトース等の二糖類、マンニトール、ソルビトール等の糖アルコール、又はグリシンなどのアミノ酸等が挙げられる。添加物は、1種でもよいし、2種以上でもよい。添加物は、有機溶媒を含む塩基性溶液100重量部に対して、0重量部以上20重量部以下の範囲で含まれているのが好ましい。また、試薬組成物は、試薬組成物の組成に影響を与えない適切な容器に収容されてもよい。図1は、当該試薬組成物を収容した容器151の一例を示す図である。
【0047】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明する。
【実施例
【0048】
実施例1:有機溶媒を含む塩基性溶液を用いる免疫沈降と、質量分析法とを組み合わせて用いる血漿Aβペプチドの測定
有機溶媒を含む塩基性溶液を用いて、Aβペプチドと、Aβペプチドに特異的に結合する抗体との複合体からAβペプチドを遊離し、質量分析法を用いてAβペプチドを測定した。
【0049】
(1) 免疫沈降を用いるAβペプチドの捕捉・遊離
(1.1) 血液試料
Aβペプチドを含む血液試料として、ロットの異なる5種の市販の血漿試料(ProMedeX社)を用いた。
【0050】
(1.2) Aβペプチドに特異的に結合する抗体
Aβペプチドに特異的に結合する抗体としては、市販のマウスモノクローナル抗Aβ抗体である6E10抗体(BioLegend社)を用いた。6E10抗体を、慣用の手法により、磁性粒子(M-270 Epoxy-activated Dynabeads : Thermo Fisher Scientific社)に固定化した。
【0051】
(1.3) Aβペプチド
検量線の作成のため、Aβ40ペプチド及びAβ42ペプチドをAnaSpec社より購入した。内部標準物質として、安定同位体15Nで標識したAβ40ペプチド及びAβ42ペプチドである15N-Aβ40及び15N-Aβ42(rPeptide社)を用いた。Aβ40ペプチドについては、3%BSAを含むPBS溶液中に、それぞれ終濃度が10.8 pg/ml、21.7 pg/ml、43.3pg/ml、86.6 pg/ml、173.2 pg/ml、346.4 pg/ml及び692.8 pg/mlになるように懸濁した。Aβ42ペプチドについては、3%BSAを含むPBS溶液中に、それぞれ終濃度が2.8 pg/ml、5.6 pg/ml、11.3 pg/ml、22.6 pg/ml、45.2 pg/ml、90.3 pg/ml及び180.6 pg/mLになるように懸濁した。15N-Aβ40及び15N-Aβ42については、3%BSAを含むPBS溶液中に、それぞれ500 pg/mlになるように同一溶液中に懸濁した。
【0052】
(1.4) 有機溶媒を含む塩基性溶液の調製
有機溶媒を含む塩基性溶液(遊離試薬)として、純水12.8mlに28%濃アンモニア水(ナカライテスク社)1.2mlと、アセトニトリル(関東化学社)6.0mlを加えて混合し、1.68%アンモニア/30%アセトニトリル溶液を調製した。
【0053】
(1.5) 免疫沈降
1.5 mlのサンプルチューブ(Eppendorf社)に250μlの血漿試料又は上記(1.3)で調製した各Aβ40ペプチド溶液若しくはAβ42ペプチド溶液を加えた。上記溶液を含む各サンプルチューブに、上記(1.3)で調製した15N-Aβ40及び15N-Aβ42を含む溶液250μlを加え、室温にて30分静置した。静置後、各試料溶液に上記(1.2)で調製した6E10抗体を固定化した磁性粒子(4μg抗体/0.4mg磁性粒子)懸濁液40μlを加え、室温でローテーターを用い1時間転倒混和し、Aβペプチドと抗体との複合体を形成した。これらの溶液を、磁気スタンドを用いて集磁して上清を除いた。
【0054】
(1.6) 洗浄工程
上清を除いた後、サンプルチューブに残った磁性粒子に、1mLの3% BSAを含むPBS溶液を加え混和後、再び集磁して上清を除いた。この操作を、1mLの3% BSAを含むPBS溶液で2回、1 mLの50 mM 酢酸アンモニウム溶液で2回、1mLの超純水で1回続けて行い、磁性粒子を洗浄した。
【0055】
(1.7) 複合体からのAβペプチドの遊離
上記(1.6)での磁性粒子の洗浄後、洗浄液を除去して残った磁性粒子に、上記(1.4)で調製した遊離試薬25μL添加して混合し、1分間静置した。磁性粒子を再び集磁し、上清を溶出液として回収した。
【0056】
(2) 質量分析法
上記(1.7)で調製した溶出液をLC-MS/MSに供してMRM測定を行い、Aβペプチドを測定した。LC-MS/MSの液体クロマトグラフィー部分にはACQUITY(登録商標) UPLC(登録商標) H-クラス バイオ システム(Waters社:以下UPLCとも呼称する)を用いた。カラムとしては、逆相カラムであるACQUITY(登録商標) UPLC(登録商標)ペプチド BEH C18 カラム(Waters社)を用いた。質量分析計としては、Xevo(登録商標) TQ-XSトリプル四重極型質量分析計(Waters社:以下TQ-XS質量分析計とも呼称する)を用いた。
【0057】
各溶出液をUPLCのオートサンプラーに置き、溶出液10μlをUPLCに導入しグラジエントにかけ分画した。グラジエントの条件は以下のように行った。
【0058】
【表1】
【0059】
グラジエントに供されてカラムから溶出した溶離液はそのままUPLCに接続されたTQ-XS質量分析計に供された。TQ-XS質量分析計は、エレクトロスプレーイオン化法を用い、ポジティブイオンモードで測定した。MRM測定の条件は以下の表2のように設定した。
【0060】
【表2】
【0061】
(3) 測定結果
LC-MS/MSを用いた測定結果を図2図3A及び図3Bに示した。図2にはAβ40ペプチド、Aβ42ペプチド、15N-Aβ40及び15N-Aβ42に対するMRM測定の結果を、図3A及び図3Bには測定した血漿検体中のAβ40ペプチド及びAβ42ペプチド濃度を示す。これらの結果より、有機溶媒を含む塩基性溶液を用いて、複合体からAβペプチドを遊離させ、質量分析法を用いてAβペプチドを測定できることが示された。
【0062】
図4A及び図4Bに、上記(1.3)で調製した濃度既知のAβペプチドを用いて検出された測定値を基にして検量線を作成した結果を記載する。図4A及び図4Bのように、Aβ40ペプチド及びAβ42ペプチドのいずれにおいても、R2が0.999以上となる検量線を作成することができた。また、100 pg/ml以下の低濃度のAβペプチドも検出可能であった。このことから、有機溶媒を含む塩基性溶液と、質量分析法とを組み合わせた上記測定方法が、高感度にAβペプチドを測定可能であり、また、優れた定量性を有していることが示された。
【0063】
実施例2:溶出効率の比較
遊離試薬の組成を変更し、遊離試薬の組成の違いによる複合体からのAβペプチドの溶出効率を、以下の計算式に基づいて算出して比較した。
【0064】
[溶出効率(%)] = [試料CのAβペプチド濃度] / ([試料AのAβペプチド濃度] - [試料BのAβペプチド濃度]) × 100
【0065】
(1) 遊離試薬中の塩基性物質についての比較
(1.1) 遊離試薬の調製
純水に、以下の表3の組成になるようにDDM(n-ドデシル-β-D-マルトシド、Sigma-Aldrich社)、アセトニトリル及び/又は28%濃アンモニア水を適宜選択して混合し、様々な遊離試薬を調製した。ここでは、塩基性物質又は有機溶媒を含まない溶液も便宜上、遊離試薬と呼称した。調製後、塩基性物質を含む溶液のpHを、pHメーター(株式会社堀場製作所)を用いて測定した。
【0066】
【表3】
【0067】
(1.2) 試料調製
実施例1の(1.3)で用いたAβ40ペプチドを、1000 pg/mlになるように3%BSAを含むPBS溶液中に懸濁して、試料Aを調製した。試料AのAβペプチド濃度は、Aβ40ペプチドの初濃度に該当する。
【0068】
(1.3) 免疫沈降
上記(1.2)で調製した試料Aに対して、実施例1の(1.5)と同様に免疫沈降を行い、磁性粒子を回収した。この際、集磁後の上清を回収し、試料Bとして保存した。試料BのAβペプチド濃度は、Aβペプチドに特異的に結合する抗体で捕捉しきれなかったAβペプチドの濃度に該当する。
【0069】
(1.4) 洗浄・溶出
上記(1.3) で回収した磁性粒子に対して、実施例1の(1.6)と同様に洗浄操作を行い、洗浄液を除去した。洗浄後の磁性粒子に対して、上記(1.1)で調製した各遊離試薬15μlを添加し、1分間静置し、Aβペプチドを遊離させた。静置後、磁性粒子を集磁し、上清を回収した。回収した上清に300mM Tris、300mM NaClを含むpH中和液(pH 7.4)を混合して、試料Cを得た。試料CのAβペプチド濃度は、免疫沈降によって捕捉後遊離したAβペプチドの濃度に該当する。
【0070】
(2) イムノアッセイによる測定
上記の試料A、B及びCについて、全自動免疫測定装置HISCL(登録商標)-5000(シスメックス株式会社)を用いるイムノアッセイにより各試料中のAβペプチド濃度を測定した。R1試薬(捕捉用抗体試薬)は、82E1抗体を、慣用の手法によりビオチンで標識して、pH7.5の1%BSA、0.1M Tris-HCl、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含むバッファーに溶解して調製した。R2試薬(固相)として、ストレプトアビジン結合磁性粒子を含むHISCL(登録商標) R2試薬(シスメックス株式会社)を用いた。R3試薬(検出用抗体試薬)は、1A10抗体を慣用の手法によりアルカリホスファターゼ(ALP)で標識して、pH7.5の1%BSA、0.1M Tris-HCl、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含むバッファーに溶解して調製した。R4試薬(測定用緩衝液)として、HISCL(登録商標) R4試薬(シスメックス株式会社)を用いた。R5試薬(ALP基質溶液)として、HISCL(登録商標) R5試薬(シスメックス株式会社)を用いた。
【0071】
HISCL(登録商標)-5000による測定手順は、次のとおりであった。試料A、B又はC(30μL)と、R1試薬(110μL)とを混合し、4分間42℃で反応させた。反応後、R2試薬(30μL)を添加し、3分間42℃で反応させた。得られた混合液中の磁性粒子を集磁して上清を除き、HISCL(登録商標)洗浄液(300μL)を加えて磁性粒子を洗浄した。上清を除き、磁性粒子にR3試薬(100μL)を添加して混合し、5分間42℃で反応させた。得られた混合液中の磁性粒子を集磁して上清を除き、HISCL(登録商標)洗浄液(300μL)を再び加えて磁性粒子を洗浄した。上清を除き、磁性粒子にR4試薬(50μL)及びR5試薬(100μL)を添加して、化学発光強度を測定した。キャリブレータ(検量線作成用抗原)として、Aβ40ペプチドを、それぞれ0 pg/ml、8.6 pg/ml、33.3 pg/ml、99.2pg/ml、319.1 pg/ml及び1188.1 pg/mlになるように0.1% BSA、0.14M トリエタノールアミン、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含むpH7.0の溶液に懸濁して調製した各溶液を用い、同様に測定して検量線を作成した。測定で得られた化学発光強度を検量線に当てはめて、Aβ40ペプチドの濃度を決定した。
【0072】
(3) 測定結果
表3の比較試薬1~3及び試薬1~9についての溶出効率の測定結果を図5に示した。図5に示されたように、有機溶媒のみ、又は塩基性溶液のみの遊離試薬では溶出効率が低く、Aβペプチドの遊離試薬として有機溶媒及び塩基性物質を含む遊離試薬を用いると、高い溶出効率が得られることが示された。特に、pHが11.4以上12.0以下の試薬は70%を越える高い溶出効率が得られることが示された。
【0073】
(4) 遊離試薬の有機溶媒についての比較
上記(1.1)において、表3の遊離試薬の代わりに以下の表4の遊離試薬を用いて溶出効率を測定した。比較試薬5及び試料17~23では、試料としてAβ40ペプチドの代わりにAβ42ペプチドを用いた。Aβ42ペプチドを用いた際は、検出抗体として1A10抗体に代えてH31L21抗体を用い、キャリブレータとしては、Aβ42ペプチドをそれぞれ0 pg/ml、0.5 pg/ml、6.1 pg/ml、65.2 pg/ml及び804.5 pg/mlになるように0.1% BSA、0.14M トリエタノールアミン、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含むpH7.0の溶液に懸濁して調製した各溶液を用いた。上記以外は(1)及び(2)と同様の操作を行い、各遊離試薬についての溶出効率を測定した。
【0074】
【表4】
【0075】
比較試薬4及び試料10~16についての測定結果を図6Aに、比較試薬5及び試料17~23についての測定結果を図6Bに示した。図6A及び図6Bより、有機溶媒を含まない比較試薬4及び5よりも、試料10~16及び17~23の方が優れた溶出効率を示すことが分かり、遊離試薬が塩基性物質及び有機溶媒を含むことによって、優れた溶出効率が得られることが示された。
【0076】
実施例3:キャリーオーバー測定
従来、抗体で捕捉されたAβペプチドと抗体との複合体からAβペプチドを遊離する際には、酸性溶液が用いられる。ここでは、複合体を溶出させる遊離試薬の酸性・塩基性条件による、液体クロマトグラフィー装置へのAβペプチドのキャリーオーバーについて測定した。
【0077】
(1) 試料調製
酸性の遊離試薬として、純水にギ酸(富士フイルム和光純薬株式会社)及びアセトニトリルを混合し、0.1%ギ酸、50%アセトニトリルの組成を有する酸性の遊離試薬を調製した(ここでは、酸性の溶液も便宜上、遊離試薬と呼称する)。また、実施例1の(1.4)と同様にして遊離試薬(1.68% アンモニア、50%アセトニトリル)を調製した。これらの遊離試薬に、実施例1の(1.3)と同じAβ40ペプチドを100 fmol/ulの終濃度となるように添加した(Aβ40ペプチド含有溶液)。また、酸性の遊離試薬、塩基性の遊離試薬それぞれに、Aβ40ペプチドを含まない溶液(Aβ40ペプチド未含有溶液)も用意した。
【0078】
(2) 試料の液体クロマトグラフィーへの導入
上記(1)で調製した4種の溶液をLC-MS/MSに供した。LC-MS/MSの装置及び用いたカラムは実施例1の(2)の質量分析法に記載のものを用いた。各溶液を、UPLCのオートサンプラーに置き、各溶液10μlをUPLCに導入し分画した。UPLCの分析条件は以下の表5のように行った。質量分析法におけるMRM測定の条件は実施例1の表2のとおりである。
【0079】
【表5】
【0080】
UPLCに、上記(1)で調製した2種のAβ40ペプチド含有溶液及びそれらに対応するAβ40未含有溶液を、Aβ40ペプチド未含有溶液(バックグラウンド)、Aβ40ペプチド含有溶液、Aβ40ペプチド未含有溶液(キャリーオーバー測定)の順番で供し、その際に得られたシグナル強度を比較した結果を図7に示した。図7より、酸性の遊離試薬を用いた場合、塩基性の遊離試薬を用いた場合に比べ多量のキャリーオーバーが発生していることがわかった。一方、塩基性の遊離試薬をAβペプチドの遊離試薬とすれば、キャリーオーバーを顕著に抑えることができた。よって、質量分析法を用いるAβペプチドの連続した分析には、塩基性の遊離試薬を用いることが適切であることが示された。
【0081】
実施例4:遊離試薬の酸性・塩基性についての比較
上記実施例3のように、酸性の遊離試薬を用いて遊離したAβペプチドをLC-MS/MSで測定するとキャリーオーバーが発生した。ここでは、複合体からのAβペプチドの遊離時に、塩基性の遊離試薬を用いる場合と、遊離時には酸性の遊離試薬を用いるが、その後塩基性の遊離試薬に置換してLC-MS/MSに供した場合とで検出されるAβペプチド量の違いについて比較した。
【0082】
(1) 試料調製
Aβペプチド試料としては、実施例1の(1.3)と同じAβ40ペプチド及びAβ42ペプチドを用い、3%BSA溶液中にAβ40ペプチドが50 pg/ml若しくは190 pg/mlになるように調製した溶液、又は3%BSA溶液中にAβ42ペプチドが26 pg/ml若しくは103 pg/mlになるように調製した溶液をそれぞれ準備して用いた。酸性の遊離試薬として、純水に、トリフルオロ酢酸(TFA、富士フイルム和光純薬株式会社社)及びアセトニトリルを混合して、0.1%TFA、30%アセトニトリルの組成を有する酸性溶液を調製した。塩基性の遊離試薬として、実施例1の(1.4)と同様にして1.68% アンモニア、50%アセトニトリル溶液を調製した。
【0083】
(2) 測定
(2.1) 免疫沈降
上記(1)で調製した各試料に対して、実施例1の(1.5)と同様にして内部標準を加え、6E10抗体を固定化した磁性粒子を加え、複合体を形成した。
【0084】
(2.2) Aβペプチドの溶出
上記(2.1)で調製した各複合体に対して、実施例1の(1.6)と同様の洗浄工程を行った後、上記(1.1)で調製した25μLの酸性の遊離試薬又は塩基性の遊離試薬を添加して混合し、1分間静置した。磁性粒子を再び集磁し、上清を溶出液として回収した。
【0085】
(2.3) 溶媒交換
上記(2.2)で回収した各溶出液のうち、酸性の遊離試薬を用いて得られた溶出液に対して、スピンドライヤースタンダード VC-96R(タイテック株式会社)を用いて、SpinDryerモードで、回転数:1500 r/min、温度:55℃の条件で1時間減圧乾燥を行い、溶媒を揮発させた。減圧乾燥後の残留物に対して、上記(1)で調製した25μLの塩基性の遊離試薬を添加して残留物を再懸濁した。
【0086】
(2.4) 質量分析法
上記(2.2)で回収した、各塩基性の遊離試薬を用いて得られた溶出液(溶液Xとする)及び上記(2.3)で再懸濁した溶液(溶液Yとする) を実施例1の(2)と同様にしてLC-MS/MSに供し、MRM測定を行った。
【0087】
(3) 測定結果
溶液A及び溶液Bの測定結果を図8A図9Dにそれぞれ示す。図8Aが190 pg/mlのAβペプチド40を用いた溶液X、図8Bが190 pg/mlのAβ40ペプチドを用いた溶液Y、図8Cが103 pg/mlのAβ42ペプチドを用いた溶液X、図8Dが103 pg/mlのAβ42ペプチドを用いた溶液Y、図9Aが50 pg/mlのAβ40ペプチドを用いた溶液X、図9Bが50 pg/mlのAβ40ペプチドを用いた溶液Y、図9Cが26 pg/mlのAβ42ペプチドを用いた溶液X及び図9Dが26 pg/mlのAβ42を用いた溶液Yの測定結果を示す。これらの結果より、全ての濃度のAβペプチドの例において、溶液Yを用いる場合よりも、溶液Xを用いた場合の方が、面積値が大きかった。試料処理において、上記(2.3)のようなプロセスを用いると、Aβペプチドの損失が発生していることが示唆された。
【符号の説明】
【0088】
151:試薬容器
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6A
図6B
図7
図8A
図8B
図8C
図8D
図9A
図9B
図9C
図9D
【配列表】
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