(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-24
(45)【発行日】2024-05-07
(54)【発明の名称】電気化学反応で生成するイオン空孔を利用する発熱方法及び装置
(51)【国際特許分類】
F24V 30/00 20180101AFI20240425BHJP
C25C 7/06 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
F24V30/00
C25C7/06 301Z
(21)【出願番号】P 2020534686
(86)(22)【出願日】2019-07-31
(86)【国際出願番号】 JP2019029923
(87)【国際公開番号】W WO2020027168
(87)【国際公開日】2020-02-06
【審査請求日】2022-06-29
(31)【優先権主張番号】P 2018144621
(32)【優先日】2018-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591236921
【氏名又は名称】青柿 良一
(72)【発明者】
【氏名】青柿 良一
(72)【発明者】
【氏名】三浦 誠
(72)【発明者】
【氏名】杉山 敦史
【審査官】中村 泰三
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-506403(JP,A)
【文献】SUGIYAMA, A. ET AL.,Lifetime of Ionic Vacancy Created in Redox Electrode Reaction Measured by Cyclotron MHD Electrode,SCI. REP.,2016年01月21日,pages 1 - 11,XP055681098, DOI: 10.1038/srep19795
【文献】OSHIKIRI, Y. et al.,Microbubble Formation from Ionic Vacancies in Copper Anodic Dissolution under a High Magnetic Field,Electrochemistry,2015年07月05日,volume 83, issue 7,549-553,https://doi.org/10.5796/electrochemistry.83.549
【文献】AOGAKI, R. ET AL.,Origin of Nanobubble - Formation of Stable Vacancy in Electrolyte Solution,ESC TRANS.,2009年,vol. 16, no. 25,pages 181 - 189,XP055681107, DOI: 10.1149/1.3115538
【文献】OSHIKIRI, Y. ET AL.,Buoyancy Effect of Ionic Vacancy on the Change of the Partial Molar Volume in Ferricyanide-Ferrocyanide Redox Reaction under a Vertical Gravity Field,INTERNATIONAL JOURNAL OF ELECTROCHEMISTRY,2013年,vol. 2013, no. 6,pages 1 - 12,XP055681111, DOI: 10.1155/2013/610310
【文献】AOGAKI, RYOICHI ET AL.,Theory of Stable Formation of Ionic Vacancy in a Liquid Solution,ELECTROCHEMISTRY,2008年,vol. 76, no. 7,pages 458 - 465,XP055681121
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 19/00、08
C25B 1/00-15/08
C25C 1/00-7/08
C25D 1/00-21/22
F24V 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解セル内で進行する電気化学反応において、アノードで生成される正電荷を持つイオン空孔と、カソードで生成される負電荷を持つイオン空孔と
の衝突の頻度を向上させること、及び、前記衝突により生じた熱を回収することを含むことを特徴とする発熱方法
であって、
前記イオン空孔は、正電荷または負電荷に分極した液体分子からなる外核に取り囲まれた直径0.1nm程度の真空部分(真空核)からなり、その外側が反対電荷をもったイオンの雲に覆われた構造を有するものである、発熱方法。
【請求項2】
前記の衝突頻度を向上させることが、電解液を強制的に流動させることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記の衝突頻度を向上させることが、アノードとカソードとの間隔の狭小化することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
アノード及びカソードを備えた電解セル、当該電解セル内に収容された電解液を具備し、前記アノード及びカソードを介して前記電解セル内で電気化学反応を進行させることにより生成
する異符号のイオン空孔の
衝突の頻度を向上させる手段、及び、前記衝突により発生する熱の回収手段を更に備えることを特徴とする発熱装置
であって、
前記イオン空孔は、正電荷または負電荷に分極した液体分子からなる外核に取り囲まれた直径0.1nm程度の真空部分(真空核)からなり、その外側が反対電荷をもったイオンの雲に覆われた構造を有するものである、発熱装置。
【請求項5】
前記衝突頻度を向上させる手段が、電解液を強制的に流動させる電解液駆動手段である、
請求項4に記載の発熱装置。
【請求項6】
前記電解液駆動手段が、電圧印加による電磁気力により電解液を流動させる手段である、
請求項5に記載の発熱装置。
【請求項7】
前記電解液駆動手段が、力学的圧力をかけて電解液を流動させる手段である、
請求項5に記載の発熱装置。
【請求項8】
前記電解液駆動手段が、電解液に乱流を生じさせる手段を更に含む、
請求項5から7のいずれか一項に記載の発熱装置。
【請求項9】
前記衝突頻度を向上させる手段が、アノードとカソードとの間隔の狭小化である、
請求項4に記載の発熱装置。
【請求項10】
アノードとカソードとの間隔が0.1mm以下である、
請求項9に記載の発熱装置。
【請求項11】
電解液がペースト状電解質である、
請求項9又は10に記載の発熱装置。
【請求項12】
電解液が固体電解質である、
請求項9又は10に記載の発熱装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電解反応または電池反応等の電気化学反応で生成するイオン空孔の反応熱を利用した発熱装置に関する。より詳細には、特にカソード(電解反応では陰極、電池反応では正極)とアノード(電解反応では陽極、電池反応では負極)で生成するイオン空孔を含む溶液の混合効果を大きくして発熱効率を向上させた反応熱発生方法及び装置に関する。本発明の方法及び装置は、さらに溶液の再循環中に生成および蓄積した反応熱の高い効率の回収等を可能にした。
【背景技術】
【0002】
電気料金の増加に伴って、エネルギー利用効率を向上すべく、銅精錬、水電解などの電解工業およびロードレベリング用のレドックス電池開発における排熱の有効利用は従来から重要な課題となっている。これらの排熱は、カソード(電解反応では陰極、電池反応では正極)とアノード(電解反応では陽極、電池反応では負極)の反応に伴い電解電流が流れることによる電力消費、または、充電時あるいは放電時の電力消費から生じるジュール熱と、電気化学反応(電解反応や電池反応)の反応熱からなっており、特に電解工業では回収された排熱は原料の加熱や電解槽の保温に利用され、製造コスト低減に寄与している(例えば、非特許文献1)。
【0003】
一方、固体結晶中に正負の電荷を持った孔(イオン空孔)が存在することが知られている。イオン空孔とは、一般には固体結晶中に発生する欠陥構造を意味し、その実態は結晶配列の乱れにより生じる電荷をもった原子サイズの孔と解され、溶液中にイオン空孔が存在するとは従来考えられていなかった。しかしながら近年、磁場中で電気化学反応を行う磁気電気化学において、イオン空孔による微小バブルの発生が確認され(非特許文献2~4)、理論的にもイオン空孔は電気化学反応時の電子移動に伴う運動量と電荷の保存則を満たすために溶液中に生み出されることが明らかになった (非特許文献5)。
【0004】
図1に模式的に示すように、溶液中のイオン空孔1の構造は、カソード又はアノード反応により異なる符号(
図1ではカソード反応により負をとる)に分極した液体分子からなる外核3に取り囲まれた直径0.1nm程度の真空部分(真空核)2からなり、その外側は反対電荷をもったイオンの雲4が覆うようになっていると考えられており、その寿命は約1秒であることが実験により明らかになった(非特許文献2)。
【0005】
また、イオン空孔の化学的・物理的性質は水素イオンに類似し、水素イオンから生成する水素分子の代わりにイオン空孔から生成するナノバブルが金属樹枝状結晶(デンドライト)の成長を促すことができること(磁気デンドライト効果)(非特許文献6)、同符号のイオン空孔同士は電気的反発をするが、衝突により合体してナノバブルを生成することができること(非特許文献7)、さらには、ナノバブル同士がさらに衝突合体することで光学顕微鏡レベルで観察可能なマイクロバブルが現れること等が知られるようになった。
【0006】
このように、溶液中のイオン空孔の興味深い性質や挙動は解明されつつあるが、それを産業に利用した例は無い。例えば、上述した従来の熱回収装置はイオン空孔を利用する仕組みを持たないので、回収できる熱エネルギーはジュール熱と電気化学反応の反応熱に限られていた(例えば、特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2010-216705号公報
【文献】特開2017-050418号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】池内晴彦、他、軽金属、vol. 30、No.2、p.111、(1980)
【文献】A. Sugiyama, et al, Sci. Rep., 6, 19795 (2016)
【文献】M. Miura, et al, Electrochemistry, 82, 654 (2014)
【文献】Y. Oshikiri, et al, Electrochemistry, 83, 549 (2015)
【文献】R. Aogaki, et al, Sci. Rep., 6, 28927 (2016)
【文献】M. Miura, et al, Sci. Rep., 7, 45511 (2017)
【文献】R. Aogaki, et al, ECS Transaction, 16, 181 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、溶液中のイオン空孔の挙動を更に詳細に検討することにより、イオン空孔の産業上の利用を最初に提案する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、溶液中のイオン空孔の挙動を鋭意研究した結果、反対電荷を有するイオン空孔同士を衝突させると発熱現象が起こることを初めて見出し、本発明を完成した。
すなわち本発明は、電解セル内で進行する電気化学反応において、カソードで生成される負電荷を持つイオン空孔と、アノードで生成される正電荷を持つイオン空孔とを衝突させることを含むことを特徴とする発熱方法及び当該方法を実施するための発熱装置を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の発熱方法及び装置は、従来の熱回収において無駄に捨てられていた電解液に内在するエネルギー保持体、すなわちイオン空孔を、新しい原理に基づく熱源として利用することができる。
本発明では、全ての電気化学反応に伴って生成される異符号のイオン空孔を衝突させるだけで効率的に発熱することができる。使用し得る電気化学反応は何ら制限されず、電解液を流動させる等の簡便な手段で実施できるため、電気化学反応を使用するあらゆる産業に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】溶液中の負電荷をもつイオン空孔を示す模式図である。
【
図2】本発明の発熱装置(反応熱発生装置)の一態様(ローレンツ力による電解液駆動)の構造を示す模式図である。
【
図3】電解液駆動にローレンツ力を用いる本発明の装置の別の例を示す模式図である。
【
図4】電解液駆動に循環ポンプを用いた本発明の装置の一態様を示す模式図である。
【
図5】複数の板状電極を用いた電極部分の変形例を示す模式図である。
【
図6】(A)網目(メッシュ)状電極、及び(B)焼結体多孔質電極を用いた電極部分の変形例を示す模式図である。
【
図7】本発明の装置の変形例を示す模式図である。(A)流路拡張部からなる熱回収手段を備えた例;(B)熱回収手段に多層平行板を設置した例。
【
図8】本発明の装置の変形例を示す模式図である。(A)蛇行した管状の熱回収手段を備えた例;(B)スパイラル状の熱回収手段を備えた例。
【
図9】本発明の装置の一態様(電極間距離の狭小化)を示す模式図である。
【
図10】
図9に示した態様の装置の変形例を示す模式図である。(A)電極積層化の例;(B)フレキシブル電極の例;(C)フレキシブル電極の例を巻き込んだ状態を示す例。
【
図11】フォトリソグラフィーを用いた微細加工技術で製造される本発明の発熱装置の一例を示す模式図である。
【
図12】実施例1で使用した試作装置の電解セルを示す写真(A)、及び試作装置の構造を示す断面模式図(B)である。
【
図13】実施例1の電解セルの内部を示す写真である。(A)は電解前、(B)は電解中を示す。
【
図14】実施例1の試作装置において、磁束密度10Tの外部磁場の下での電解電流値に対する温度変化を示すグラフである。(a)実線は電解液の温度変化(K)を示し、(b)破線はジュール熱による温度変化示す。
【
図15】実施例1において、磁束密度を変化させたときの発生熱量を示すグラフである。
【
図16】実施例2で使用した3枚の積層電極を用いた試作装置の概略構造を示す模式図である。
【
図17】実施例2で測定した電極構造と発熱量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
図1に示すのは、カソード(陰極)近傍で生成される負電荷を持つイオン空孔とそれを取り囲む正電荷をもつイオンの雲(以下「負のイオン空孔」という)を表す模式図である。アノード(陽極)近傍では、反対(正)の電荷を持つイオン空孔(以下、「正のイオン空孔」という)が生成される。正のイオン空孔は、
図1に示した電荷の符号が逆になった構造を有すると考えられる。
【0014】
本発明者等は、負のイオン空孔と正のイオン空孔とが衝突・反応すると、両者が持つ電荷が中和されてイオン空孔は消滅するが、その際に各イオン空孔が保有していた空孔形成による力学エネルギーが熱として溶液中に放出される、すなわち発熱することを実験的に確認した。
【0015】
本発明の発熱方法は、前記のメカニズムを利用する方法であって、溶液(電解液)中において正のイオン空孔と負のイオン空孔との衝突により生じる熱を利用する発熱方法である。
【0016】
イオン空孔は電解等の電気化学的反応に伴って電極近傍に生成されるものであるが、従来は溶液中での存在が知られていなかったために考慮されることがなかった。しかも、背景技術において述べたような金属精錬や水電解に用いられている電解槽は大型でカソードとアノードとが離間しているので、イオン空孔の寿命が約1秒ということに鑑みると、負のイオン空孔と正のイオン空孔とが衝突する可能性はゼロに近く、従来の電解装置システムでは、イオン空孔由来の熱は偶発的にも利用されてこなかった。
【0017】
本発明の発熱方法は、電解セル内で進行する電気化学反応において、アノードで生成される正電荷を持つイオン空孔(正のイオン空孔)と、カソードで生成される負電荷をもつイオン空孔(負のイオン空孔)とを衝突させることを含む。
【0018】
本明細書において「衝突させる」とは、イオン空孔同士が相互作用を及ぼし合う程度まで接近させることをいう。正のイオン空孔と負のイオン空孔とは反対の電荷を有するので、互いの静電的引力が及ぶ距離まで接近すれば衝突して対消滅すると同時に熱を発生する。
【0019】
例えば、銅の酸化還元反応における正と負の2価のイオン空孔の生成は、下記の式によって表される。
【数1】
(V
2-及びV
2+は負及び正の2価のイオン空孔を示す。)
一方、フェリシアン化物イオン/フェロシアン化物イオンの酸化還元反応における1価のイオン空孔の生成は、下記の式で表される。
【数2】
(V
-及びV
+は負及び正の1価のイオン空孔を示す。)
【0020】
そして、n価の正負イオン空孔は衝突して対消滅し熱を生成する(下記式(3))。
【数3】
(V
n+及びV
n-は正及び負のn価のイオン空孔を表し、γ
colは衝突効率を表し、Q
annはモル発熱量表し、その値は溶媒和エネルギーに等しい。)
【0021】
従って、本発明の方法を実施するに当たっては、イオン空孔の衝突効率を向上させる、及び/又は、電極反応によって生成されるイオン空孔の数を増やすことにより、得られる発熱量を増大させることができる。さらには、イオン空孔が取り込む溶媒和エネルギーを増大させることでも発熱量を増加させることができる。イオン空孔の溶媒和エネルギーを増大させる方法としては、できるだけ多数のイオンを含む錯塩を支持塩とする、(2)支持塩を高濃度にする、等が可能である。あるいは、圧力を高めて溶媒の沸点を上昇させることにより熱交換器の効率を向上させて、結果的に大きな発熱量を得ることも可能である。
【0022】
衝突頻度を向上させる方法としては、(i)溶液(電解液)を流動させて、カソード近傍の負のイオン空孔とアノード近傍の正のイオン空孔とを混合する方法、あるいは(ii)アノードとカソードとの距離(間隔)を短くする方法等が挙げられる。
【0023】
前記(i)の混合方法において、電解液を流動させるための駆動力としては、例えば、磁場印加により生じるローレンツ力、又は機械的(力学的)圧力等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0024】
ローレンツ力を駆動力とする場合は、例えば、電磁流体力学(MHD)電極(R. Aogaki, et al, DENKI KAGAKU, 44(2), 89 (1976)参照)を用いることができる。機械的(力学的)圧力を駆動力とする場合は、例えば、電解セルに接続したポンプ等により電解液を強制的に流動させる。
【0025】
なお、前記したような駆動力に生じさせる電解液の流動は乱流を含むのが好ましい。乱流とは、流動速度が空間的及び時間的に不規則に変化する流れであり、種々の大きさの渦を含んでいる。
本発明の発熱方法においては、例えば、前記したような駆動力によって電解液を一定方向に流動させ、当該電解液の流路(電解セルの形状等)に様々な工夫を施すことによって電解液の乱流を生じさせることができる。例示すれば、電解液流路に屈曲部を設けて電解液の流れを屈曲部の壁面に衝突させることにより乱流を生じさせること、電解液流路の断面積(すなわち流路径)を変化させ、流路が縮径する部分あるいは拡径する部分において乱流を生じさせること、電解液の流路に網目状部材を設置して乱流を生じさせること等である。
【0026】
前記(ii)アノードとカソードとの距離(間隔)を短くする方法は、電極間の間隔を単純に狭くすれば実施できる。電極間が狭くなることにより、アノード及びカソードで生成されたイオン空孔の近傍に反対電荷を持つイオン空孔が存在するため、イオン空孔自身の分子運動により衝突が起こり、前記(i)で述べたような電解液の強制的流動は必ずしも必要ではない。ただし、(ii)電極間距離の狭小化と(i)電解液の強制的流動とを同時に実施しても構わない。
【0027】
(ii)電極間距離は、イオン空孔の分子運動で反対電荷のイオン空孔との衝突が起こる距離であれば特に限定されないが、好ましくは10mm以下、より好ましくは1mm以下、さらに好ましくは0.1mm以下である。さらに、アノードとカソードの電極間距離を、例えば、100μm、80μm、60μm、50μm、40μmあるいはこれらの値以下とすることができる。電極間距離の下限値は、アノードとカソードにおける電気化学反応が適切に進行する距離であれば特に限定されないが、通常は5μm以上あるいは10nm以上である。
【0028】
(ii)電極間距離の狭小化によってイオン空孔の衝突頻度を増大させる態様では、電解液を流動させることは必ずしも必要ではないため、電解液としてペースト状または固体状のものを使用することができ、電解セル全体を実質的に固体化することが可能である。
マイクロメートルオーダーの電極間距離を持つ電解セルは、例えば、フォトリソグラフィを用いた微細加工技術を用いて製造することができる。
【0029】
イオン空孔の数を増やす方法としては、(I)電極面積を大きくして生成するイオン空孔の量を増加させる、(II)電気化学反応に関わる溶液内のイオン濃度を大きくして生成するイオン空孔の量を増加させる、(III)生成した負のイオン空孔と正のイオン空孔とが衝突し得る場の容積を増大させる等が挙げられる。
【0030】
前記(I)及び(II)は生成されるイオン空孔の絶対量を増やす方法であり、前記(i)電解液の強制的流動又は(ii)電極間距離の狭小化あるいはそれらの両方と組み合わせることができる。前記(III)は、生成されたイオン空孔を迅速に送り込んで収容する場を設け、その容積を増やすことで当該場におけるイオン空孔の衝突を促す方法であって、前記(i)電解液の強制的流動と組み合わせて実施するのが好ましい。
【0031】
すなわち、本発明の発熱方法は、電解セル内で進行する電気化学反応において、カソードで生成される負電荷を持つイオン空孔と、アノードで生成される正電荷を持つイオン空孔とを衝突させることを必須の工程として含み、前記イオン空孔の衝突頻度を向上させる工程(上記(i)又は(ii)等)を更に含むのが好ましい。衝突頻度を向上させる工程は、その内容に応じて、電気化学反応を開始する前に実施される(電解セルの設計及び製造)、又は電気化学反応の進行中に実施される(電解液への外力の付加)、あるいはそれらの両方である。
【0032】
本発明は、前記の発熱方法を実施するための発熱装置も提供する。
本発明の発熱装置は、アノード及びカソードを備えた電解セル、当該電解セル内に収容された電解液を具備する。前記アノード及びカソードは外部電源に接続され、当該外部電源から電極(アノード及びカソード)に電力を供給することにより電解セル内における電気化学的反応を進行させる。本発明の発熱装置は、アノード及びカソードで生成されたイオン空孔の衝突頻度を向上させる手段を更に備える。
【0033】
イオン空孔の衝突頻度を向上させる手段として、電解液を強制的に流動させる手段を用いる場合は、本発明の発熱装置は、電解液の流動を起こすための駆動力を供給する電解液駆動手段、負のイオン空孔と正のイオン空孔とを混合する空間を供給する電解液混合手段を更に備えているのが好ましい。電解液駆動手段としては、磁場印加によりローレンツ力を発生する電磁流体力学(MHD)電極、機械的(力学的)圧力により電解液を循環させるポンプ等が例示される。また、電解液駆動手段は、電解液の流動に乱流を生じさせる手段を含むのが好ましい。乱流を生じさせる手段としては、屈曲した流路、縮径及び/又は拡径する流路、流路内に設けられ電解液の流れを撹乱させる部材(網目状部材等のディフューザー)などが例示される。
【0034】
また、本発明の発熱装置は、電解セル内のイオン空孔の衝突によって生じた熱を回収する熱回収手段(熱交換器など)を更に備えるのが好ましい。
【0035】
以下に、いくつかの具体例を挙げて本発明の発熱装置を説明するが、本発明は、これらの具体例に限定されるものではない。本発明は、負のイオン空孔と正のイオン空孔との衝突による発熱を利用するという技術的思想を具現化する装置であれば、以下に記載する具体例に任意の修正又は改変を施した装置も本発明の範囲に含まれる。また、各以下の具体例に別々に記載された特徴を任意に組み合わせて具備する装置も本発明に包含される。
【0036】
図2は、電解液駆動手段として電磁気力(ローレンツ力)を利用する発熱装置の一例を示す。この発熱装置5は、カソード6及びアノード7を備えた電解セル10内に電解液58を収容しており、電源(図示せず)からカソード6及びアノード7に電圧を印加して電気化学反応を進行させる。
図2の装置は、
図2の裏面から表面に向けた方向に外部磁場Bを与える磁場発生装置も具備しており、電解セル10に磁場を与えることによって、矢印8(
図2の左から右)の方向にローレンツ力が発生して電解液が移動(流動)する。この電解液の流動に伴ってイオン空孔9も流動し、電解セル10内壁近傍(流路の屈曲部:衝突頻度を向上させる手段)で乱流が生じ、負のイオン空孔と正のイオン空孔とが高頻度で衝突・反応して発熱する。
【0037】
図3は、電磁気力(ローレンツ力)を利用する発熱装置の変形例である。この例では、外部磁場B中で作動する電極として、サイクロトロンMHD電極(M. Miura, et al, Sci. Rep., 7, 45511 (2017)参照)の電極配置を変更した偏心型サイクロトロンMHD電極と呼ばれる電極を用いている。
図3(A)に示すように、MHD電極では、2つの電極(14及び15)が径の異なる円筒状であり、一方の電極14が他方の電極15の内側に挿入されて配置されている。外側の電極15の外壁は絶縁され、内壁が導通面の電気化学反応面になっている。一方、内側の電極14は、電極の外側面が電気化学反応面になっている。
図3に示す偏心型サイクロトロンMHD電極では、内部に収容された電極14の中心軸が外側の電極15の中心軸から偏心した位置に配置されている(これに対して、外側の電極15と内側の電極14の中心軸が一致するように配置されたものが従来のサイクロトロンMHD電極である)。両電極の間は電解液58で満たされている。
【0038】
図3(B)の断面図に示すように、外部磁場B(裏面から表面に向けた方向の磁場)の下で両電極14及び15の間に電解電流を流すと、発生したローレンツ力により電解液は電極14の周囲を反時計回りの方向8に回転しながら流動する。そして、電解液が両電極14及び15の間隔が狭くなった部分(
図3(B)における電極14の左側:衝突頻度を向上させる手段)を通過するときに乱流が生じ、イオン空孔が密に混合されて高頻度に衝突・反応して反応熱を生じる。
【0039】
図2及び
図3に示したような電解液駆動力としてローレンツ力を用いる発熱装置において、ローレンツ力を発生させる外部磁場は可能な限り強力な磁場とすることが好ましい。本発明における外部磁場の磁束密度は、好ましくは0.01T(Tはテスラ)以上、より好ましくは0.1T以上、最も好ましくは0.5T以上である。磁束密度が0.01T未満であると、電解液の混合効果が不十分になる場合がある。また、磁場は必ずしも均一である必要はなく、位置的に不均一な磁場や時間変動磁場を用いることができる。強磁性体を磁場中に置くことにより、外部磁場に不均一性を与えたり、磁場を強めたりすることができる。
【0040】
図4は、電解液駆動部として機械式循環装置(循環ポンプP)21を用いる例を示す。この装置は、2つの電極6及び7を備える電解セル10を備え、当該電解セル10は、2つの開口部を備え、各開口部が流路22を介して循環ポンプ21に連結されている。電解セル10及び流路22の内部は電解液58で満たされている。
【0041】
図4の装置においては、電極6及び7の間に電圧を印加あるいは電流を流して電気化学的反応を進行させることによりイオン空孔を生成させるとともに、循環ポンプ21を作動させることにより、装置内の電解液58を(例えば、
図4の矢印8の方向に)循環(流動)させることにより、電極で生成したイオン空孔も矢印8の方向に流動し、電解セル10の開口部から電解液流路22への入り口付近(流路径が縮小する部分:衝突頻度を向上させる手段)で生じる乱流で混合され、異符号のイオン空孔が衝突・反応して発熱する。
【0042】
図2及び
図4では、2枚の相対する平板電極(アノード及びカソード)を備える装置を例示したが、
図5に示すように複数枚の電極を積層させてもよい。
図5の例では、複数枚の電極の中の最も外側に配置した2枚の電極(32a、32e)に電圧を印加すれば、電解液を介して隣接する2枚の電極間(例えば32aと32bとの間、32bと32cとの間など)で各々電気化学反応が進行し、多量のイオン空孔を生成させることができる。電極間で生成されたイオン空孔は、電解液の流動に伴って
図5の矢印8の方向に流動する。電極部の出口付近に、乱流を生じさせる手段(例えば網目状部材)を設置しておくことにより、多量に生成されたイオン空孔が衝突・反応して発熱する。
【0043】
本発明において、対象となる電気化学反応は種類、すなわち、電極材料、電解液組成、電解電位等は特に制限されない。電子移動を伴う以上、いかなる電気化学反応においてもイオン空孔が生成するからである。従って、銅、アルミニウム等の電解精錬といった大規模な電解セル(電解槽)を用いる設備に導入することも可能であるし、適切な電気化学反応を選択することにより、装置全体を一体化かつ小型化した発熱装置(例えば、携帯用発熱装置)とすることも可能である。なお、イオン空孔の大きさ及び溶媒和エネルギーは、その価数に応じて増大する傾向があるため、1対のイオン空孔当たりの衝突頻度及び対消滅による発熱量を大きくするという観点からは、価数の大きなイオン空孔が生成される電極反応を選択するのが好ましい場合がある。
【0044】
図6は、電極部の別の変形例を示す。
図6(A)は、隙間を持つ金属網目状電極27を用いた例であり、
図6(B)は、焼結体多孔質電極30を用いた例である。これらの電極を備えた電解セルにおいて、各電極面に垂直な方向(
図6における矢印8の方向)に電解液を流動させると、網目や多孔質の孔を通過する際に電解液の乱流が生じ、電極で生成されたイオン空孔の衝突頻度が向上する。すなわち、
図6(A)及び(B)に示す例では、電極構造がイオン空孔の衝突頻度を向上させる手段(乱流を生じさせる手段)を兼ねている。これらの例においても、
図5に示すように、網目状電極27や多孔質電極30を複数枚積層させて発熱効率を更に向上させてもよい。また、電極形状は平板上に限られず、曲面状や円筒状であってもよいことは言うまでもない。
【0045】
電解セルにおける電気化学反応の反応生成物としては、銅の電解精錬のように溶液中に沈殿する不純物スライムを除いて溶液中に存在しない場合もあり、水電解のように水素および酸素が発生するような場合もある。気体の反応生成物が発生するような場合には、発生した気体を回収するための生成物回収部を設けることができる。
また、電気化学反応を継続するために連続的に電解液に反応物を供給する必要がある場合(電気化学反応によって反応物が消費されてしまう場合)には、当該反応物を供給するための反応物供給部を電解セルに設けることができる。
【0046】
図7及び8は、熱回収手段を備えた装置を例示する。いずれの例においても、一対の電極34及び35に面した電解セルおいて電気化学反応が進行しており、電解液は図における右側(矢印37)の方向に流動している。
【0047】
図7(A)では、電解液流路が、電解セルの出口(流路縮小部)38で急激に狭くなり、次いで流路の径が拡張された後、再度狭められ、さらに先の流路よりさらに拡大した流路39に至る。このように流路の断面積を急激に拡大縮小させることにより電解液に乱流を生じさせ、イオン空孔の衝突頻度を向上させて発熱効率を上げることができる。そして、流路拡張部39には、イオン空孔の衝突により発生した熱を含む電解液が流入するため、流路拡張部39を熱伝導率の高い材料で形成しておくことにより、流路拡張部39が熱回収手段(熱交換器)の役割を果たし、発生した熱を効率的に取り出して利用することができる。
【0048】
図7(B)は、
図7(A)の例における流路拡張部39内に熱伝導性の高い材料からなる複数の板材を流路に平行かつ任意の間隔を設けて配置したものである。電解液が平行板の間を通過する際に、発生した熱を板材に伝達し、熱交換を更に有利に行うことができる。
【0049】
図8は、
図7における流路拡張部39の変形例であり、管状の電解液流路を屈曲(蛇行)状にした例(
図8(A))及びスパイラル状にした例(
図8(B))である。いずれの場合も、熱回収手段である管状流路を任意の形状とすることにより、装置全体のサイズは小型のままで、熱回収手段の形状を変化させることにより、様々な用途に適応させることができることを示している。
【0050】
図9~
図11は、イオン空孔の衝突頻度を向上させる手段として、電極間距離の狭小化を用いた装置を例示する。
電極表面で生成されるイオン空孔は、電極に接した電解液中に厚さ1μm程度のイオン空孔層を形成する。したがって、カソードとアノードとの間隔を当該イオン空孔層の厚みと同程度まで接近させれば、上記した電解液流動手段を用いなくてもイオン空孔の衝突頻度を向上させることができる。従って、本発明の装置における電極間隔の下限値は、短絡が起こらない限り近くするのが好ましいが、正及び負のイオン空孔層の厚みの和(約2μm程度)を下限値とするのが好ましい。電極間隔の上限値は、電解液を流動させなくても正負のイオン空孔の衝突が起こる距離であればよく、例えば、10mm以下、好ましくは1mm以下、より好ましくは0.1mm以下に設計するのが望ましい。
【0051】
図9に示した例では、カソードとアノードとの間隔を0.1mm以下(約50nm)に接近させている。よって、一対の平板電極6、7に電位を印加して電気化学反応を進行させることによって、一方の電極近傍で生成されたイオン空孔9は、自身の分子運動によって他方の電極近傍で生成された反対電荷のイオン空孔と衝突・反応することができ、その結果発熱を生じる。この態様の発熱装置は、例えば、電解セル内の電解液としてペースト状または固体状の電解質50を使用することで、装置全体を一体かつ小型化することが可能である。電極(平板上電子伝導体)の間には、短絡防止用スペーサー(多孔質)を挟んでもよい。
【0052】
図10は、
図9に示した発熱装置の変形例である。
図10(A)は、電極面積を大きくして発熱量を大きくするために、電極間に複数の平板状電子伝導体46を挿入した例である。
図10(B)は、電解質50及び多孔質スペーサー48を介して0.1mm以下の間隔で相対する一対のフレキシブル電極47を示す。この電極は、電極自体を巻物のように巻き込んだ電解コンデンサー型に実装することもできる(
図10(C))。さらにはメソ孔(孔径2nm~50nm程度の穴)など、微細な凹凸を有する電極を併用することもできる。
【0053】
図11は、フォトリソグラフィーを用いた微細加工技術で製造される本発明の発熱装置の一例を示す模式図である。
例えば、シリコン基板の表面に形成した金属薄膜を有する電極70の表面に、絶縁膜(例えば窒化ケイ素膜)を形成し、フォトリソグラフィーを利用して前記窒化ケイ素膜の一部を除去して開口部73を設ける。一方、相対する電極71は、シリコン基板表面(
図11における下面)に金属薄膜を形成したものである。
前記開口部73に、液状、ペースト状、又は固体状の電解質を充填し、2枚の電極70及び71を積層すれば、本発明の発熱装置を製造することができる。
【実施例】
【0054】
以下に実施例を用いて本発明の一態様を更に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
図12(A)は、本発明の一実施態様として試作した発熱装置の電解セルの写真であり、(B)は当該試作装置の概略構造を示す断面図である。
本実施例(
図12(A))の電解セルは、5mmの間隔で互いに正対した一対の平板電極(図中、W.E.及びC.E.で示す;横幅22mmのアクリル板に埋め込んだ、縦幅10mm、横幅20mm、厚さ1mmの銅板電極)と、当該電極の上面及び下面に接着された透明アクリル板からなる壁面を備え、電極及び壁面で囲まれた矩形空間(高さ10mm、幅5mm、長さ22m)が電解セルを構成する。当該電解セルは、内径25cmのアクリル製円筒容器内部に収容され、円筒容器内は電解液で満たされている。なお、各電極に接続されたリード線は円筒容器の外部まで延設され、電源(図示せず)に接続可能とされている。また、電位を測定するための基準電極(図中、R.E.で示す)が電解液に接している。
【0056】
本実施例で用いた電解液は、硫酸(0.5 mol/dm3)と硫酸銅(0.3 mol/dm3)混合溶液である。本実施例は、外部磁場Bの下で電気化学反応を行って電磁気力(ローレンツ力)により電解液を駆動させる並行平板型のMHD電極であり、ローレンツ力による電解液の流動が正負のイオン空孔の衝突を促進させる。
【0057】
図13は、外部磁場として10T印加の下で、電流を流す前(A)及び電解電流(0.24A)を流した際の電解セル内の状態を示す写真である。
図13(B)では、磁場及び電流に垂直な方向(
図13における矢印方向)に流速10cm/s程度で移動する電解液中にマイクロバブルが発生することが確認できた。作用電極(陰極として使用)(W.E.)及び対抗電極(陽極として使用)(C.E.)のいずれも水素発生電位及び酸素発生電位に達していなかったことから、観察されたマイクロバブルはイオン空孔由来のものであると判断された。
【0058】
図14は、印加外部磁場10Tの下で電解電流をゼロから掃引速度0.2mA/sで時間とともに増加させた場合の電流(A)と電解液の温度変化(K)との関係を示すグラフである(実線)。求めた温度変化には容器からの散逸熱の補正をした。比較のため、電流値と測定電圧から算出されるジュール熱による温度変化を破線で示す。
【0059】
本実施例の電気化学反応では、銅の溶解が陽極で起こり銅の析出が陰極で起こるため、電気化学反応自体から生成される反応熱はゼロであり、電極と電解セル外部とはリード線のみで接続されているので熱損失は無視できる。すなわち、イオン空孔の衝突以外に、電解セルで生じる熱は電解電流に起因するジュール熱のみである。
【0060】
次に、外部磁場の磁束密度を変化させて同様の測定を行い、各磁束密度に対して測定された電解液の温度変化からジュール熱による温度変化分を差し引いた値から求められる熱量(イオン空孔衝突による発熱量)をプロットしたのが
図15である。横軸は印加した磁場の磁束密度(T、テスラ)、縦軸は1モルのイオン空孔同士をこの発熱装置で反応させた場合の発熱量(kJ/mol)とした。
【0061】
図14から明らかなように、イオン空孔の衝突による発熱量に起因して、実測の発熱量は同じ電流で発生するジュール熱の量を大きく上回っていた。
なお、発熱量は、電極側面に設置した温度計による測定値及び電流値を、外界と電解液との温度差ΔTを表す以下の三次方程式(4):
【数4】
にあてはめて、係数A
0、A
1、及びA
3を求めることにより決定した。この方法によって求まる発熱量がイオン空孔の衝突に基づく発熱量を正確に表していることは実証済みである。
【0062】
また、
図15では、磁束密度ゼロでは溶液流動が無いのでイオン空孔の衝突が生じず発熱量はゼロになり、磁束密度が大きく溶液流動が大きくなるにつれて発熱量も増大するが、その値はやがてプラトーとなりばらつきも大きくなった。
図13に示したように、磁束密度が大きくなるに従い、電極上の同符号イオン空孔の衝突による活発なナノバブルの生成、さらにナノバブルからのマイクロバブル生成が活発化し、その結果として異符号イオン空孔の衝突が阻害されるために発熱量が頭打ちになるとともに大きくばらつくようになったと考えられる。
【0063】
しかしながら、
図15に示すように、本実施例の装置で15Tの磁場で発生した平均熱量は、水素の燃焼熱(285.84kJ/mol)の1.5倍にあたる420kJ/mol程度であった。中には、水素の燃焼熱の3倍程度の最大800kJ/molに達する発熱も観察された。
【0064】
磁場による物質の励起エネルギーは10Tにおいても数J/mol程度であり、本実施例で観察された発熱に対して磁場エネルギーは直接寄与しない。従って、本実施例の発熱量は異符号イオン空孔の衝突効率に依存していることは明らかである。
【0065】
(実施例2)
上記実施例1(
図12)で使用した1対の2枚の電極を用いた場合と、
図16に示すような3枚の積層電極を使用した場合で、得られる発熱量(イオン空孔衝突による発熱量)を比較した。実験条件(電極形状、材質、電解条件等)及び測定方法は実施例1と同一である。なお、各実験で得られた発熱量は、磁束密度10Tで得られた発熱量の平均値とした。結果を
図17のグラフに示す。
【0066】
理論的には、3枚の積層電極(
図16(A))を用いた場合は電極面積が2倍になるので、その発熱量は、
図12に示した2枚の電極(1対の電極)で得られた発熱量の2倍になると考えられる。しかしながら、実際に測定された発熱量は1対の電極の発熱量(約420kJ/mol)の2倍には達しなかった(
図17、(1)1対の電極と(2)積層電極との比較)。しかしながら、積層電極の電極間から電解液が流出する部分に網目状部材(開口径3mm、繊維の太さ0.2mmのネット)を配置して(
図16(B))同様の測定を実施したところ、1対の電極での発熱量の2倍の発熱が観察された(
図17、(3)積層電極+ネット)。すなわち、イオン空孔の衝突頻度を向上させる手段(網目状部材)を設置したことにより乱流(カルマン渦)を生じてイオン空孔の衝突効率が上がり、発熱効率を向上させることができた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、従来全く利用されていなかった電解溶液中のイオン空孔を初めて利用した発熱方法及び発熱装置である。本発明の方法及び装置は、従来から実施されている電気化学反応を用いる産業に容易に利用でき、低コストで効率的な発熱を得ることができる。また、本発明の装置を小型化することにより、携帯用あるいは他の様々な用途に適用可能な小型発熱装置を提供できる。
【符号の説明】
【0068】
1:負のイオン空孔模式図、2:イオン空孔の真空部分(真空核)、3:イオン空孔の電荷を持つ外核、4:反対電荷のイオンの雲、5:発熱装置、6及び7:平板電極、8:流動方向、9:イオン空孔、10:電解セル(容器)、14及び15:円筒電極、21:機械式循環装置(循環ポンプ)、22:電解液流路、27:網目状電極、30:焼結体または多孔質電極、32a~32e:電極、34及び35:電極、36:電解セル、37:流動方向、38:流路縮小部、39:流路拡張部、41:多層平行板、43:蛇行した流路、45:スパイラル状の流路、46:平板状電子伝導体、47:フレキシブル電極、48:電極短絡防止用スペーサー、50:電解質、58:電解液、61:マイクロバブル、62:電流、63:乱流、64:中間平板電極、65:網目状部材(ネット)、66:カルマン渦、70及び71:電極、72:絶縁膜:73:開口部。