(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-24
(45)【発行日】2024-05-07
(54)【発明の名称】磁気メモリ素子
(51)【国際特許分類】
H10B 61/00 20230101AFI20240425BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
H10B61/00
H01L29/82 Z
(21)【出願番号】P 2020123981
(22)【出願日】2020-07-20
【審査請求日】2023-06-01
(31)【優先権主張番号】P 2019182912
(32)【優先日】2019-10-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小野 輝男
【審査官】脇水 佳弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-059594(JP,A)
【文献】国際公開第2018/155077(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0080738(US,A1)
【文献】特許第6539008(JP,B1)
【文献】国際公開第2015/174240(WO,A1)
【文献】特開2019-016673(JP,A)
【文献】特開2018-182256(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 50/00
H10N 52/00
H10N 59/00
H10B 61/00
H01L 29/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 磁性体を有する記録層と、
b) 前記記録層に接して又は所定の介在層を介して設けられ、互いに異なる物質から成る3層のスピンホール効果層を有するユニットが厚さ方向に複数組配置された、厚さ方向に非対称である書き込み制御部と
を備える磁気メモリ素子。
【請求項2】
前記ユニットの各々が、互いに異なる物質から成る第1スピンホール効果層、第2スピンホール効果層及び第3スピンホール効果層がこの順で積層されて成る積層順特定ユニットであることを特徴とする請求項1に記載の磁気メモリ素子。
【請求項3】
前記書き込み制御部が前記複数組の前記積層順特定ユニットから成ることを特徴とする請求項2に記載の磁気メモリ素子。
【請求項4】
前記3層のスピンホール効果層のうち少なくとも1層の物質が、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Auのうちのいずれかである、請求項1~3のいずれか1項に記載の磁気メモリ素子。
【請求項5】
前記3層のスピンホール効果層のうち少なくとも1層における厚さが0.1~2nmである、請求項1~4のいずれか1項に記載の磁気メモリ素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体に情報を記録する磁気メモリ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報量の飛躍的な増加に伴って、高密度で情報を記録することができるメモリが必要とされている。そのようなメモリとして、現在、フラッシュメモリが広く用いられている。しかし、フラッシュメモリは、動作原理上、電子が酸化膜を通過するため、酸化膜の劣化により書き込み可能回数が限られるうえに、情報の書き込みを繰り返す間に書き込み速度が遅くなる、という欠点を有する。
【0003】
このような欠点を克服する次世代のメモリとして、磁気メモリ素子が提案されている。磁気メモリ素子では一般に、記録部に強磁性体や反強磁性体等の磁性体を用い、磁性体を特定の方向に磁化させることによりデータを書き込む。磁気メモリ素子は、このような動作原理によってフラッシュメモリよりも劣化が生じ難いため、書き込み可能回数を多くすることができると共に、情報の書き込みを繰り返しても書き込み速度の低下が生じ難い、という特長を有する。
【0004】
特許文献1には、記録部として磁性体であるNi(ニッケル)とFe(鉄)の合金から成るNiFe層を用い、それに接して、スピンホール効果を有する物質であるPt(白金)層を備える磁気メモリ素子が記載されている。ここでスピンホール効果とは、金属又は半導体等の自由電子を有する物質から成る物体中に電流を流したときに、スピン軌道相互作用の1つであるラシュバ相互作用によって、上向きスピンを有する電子と下向きスピンを有する電子が該電流に垂直な方向に分離される現象をいう。以下、白金層を書き込み制御部と呼ぶ。この磁気メモリ素子では、書き込み制御部に、記録部との界面に平行な1方向の電流を流すことにより、特定の一方向のスピン(上向きスピン及び下向きスピンのうちのいずれか一方)を有する電子が該界面付近に集まる。この電子のスピンにより、記録部内の磁性体の磁化を回転させるトルクが生じ、該磁化が所定の方向を向く。そして、前記1方向とは異なる方向の電流を書き込み制御部に流すと、記録部内の磁性体の磁化の向きが変化する。このように、書き込み制御部に流す電流の向きを2方向のいずれかにすることにより記録部内の磁性体の磁化を互いに異なる2方向のいずれかとすることができ、2値の情報を記録部に書き込むことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Masamitsu Hayashi 他3名、"Quantitative characterization of the spin-orbit torque using harmonic Hall voltage measurements"、Phisical Review B、(米国)、米国物理学会発行、2014年4月29日、第89巻、144425
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ラシュバ相互作用は、電流が流れる方向に垂直な方向に関して、該電流が流れる物体の空間対称性が破れている場合に生じる。特許文献1に記載の磁気メモリ素子は、書き込み制御部であるPt層において空間対称性が破れているのが厚さ方向の両側の界面付近のみであるため、ラシュバ相互作用を十分に大きくすることができない。そのため、書き込み制御部内の記録部との界面付近に集まる特定の一方向のスピンを有する電子の数を十分に多くすることができない。その結果、記録部内の磁性体の磁化を回転させるトルクが小さくなり、磁化を回転させるのに要する時間が長くなるため、書き込み速度が遅くなる。書き込み制御部に流す電流を大きくすれば、ある程度は磁性体の磁化を回転させるトルクを大きくすることができるものの、消費電力が大きくなってしまう。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、消費電力を抑えつつ書き込み速度を速くすることができる磁気メモリ素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る磁気メモリ素子の第1の態様のものは、
a) 磁性体を有する記録層と、
b) 前記記録層に接して又は所定の介在層を介して設けられ、互いに異なる物質から成る3層のスピンホール効果層を有するユニットが厚さ方向に複数組配置された、厚さ方向に非対称である書き込み制御部と
を備える。
【0010】
スピンホール効果層は、電流を流したときにスピンホール効果、すなわち上向きスピンを有する電子と下向きスピンを有する電子が該電流に垂直な方向に分離される効果を奏する層をいう。
【0011】
前記ユニットは、互いに異なる物質から成る3層のスピンホール効果層を有する。それら3層を、第1の物質から成る第1スピンホール効果層(以下、表示の簡略化の必要性に応じて「A層」と略記する)、第2の物質から成る第2スピンホール効果層(同・B層)、第3の物質から成る第3スピンホール効果層(同・C層)とすると、前記ユニット内ではこれら3層は、「A層、B層、C層」、「A層、C層、B層」、「B層、A層、C層」、「B層、C層、A層」、「C層、A層、B層」、「C層、B層、A層」のように、複数種の配置順を取り得る。
【0012】
書き込み制御部が有する複数組のユニットは、ユニット毎に各層が異なる配置順を有する(例えば「A層、B層、C層」の順で配置されたユニットと、「A層、C層、B層」の順で配置されているユニットを含む)ものであってもよい。また、書き込み制御部は、このようなユニットを複数層有してさえいれば、ユニットに属さない他のスピンホール効果層を有していてもよい。例えば、「A層、B層、C層、D層、A層、B層、C層」(D層は、第4の物質から成るスピンホール効果層)から成る書き込み制御部は、「A層、B層、C層」から成る2つのユニットと、ユニットに属さないD層を備える。また、「A層、B層、C層、A層、B層、A層、B層、C層」から成る書き込み制御部は、「A層、B層、C層」から成る2つのユニットと、ユニットに属さない「A層、B層」を備える。
【0013】
書き込み制御部の典型例として、複数組のユニットの各々においてA層、B層、C層がこの順(同じ順)で積層されて成るもの(以下、「積層順特定ユニット」と呼ぶ)を用いることができる。この場合においてさらに、書き込み制御部が前記複数組の前記積層順特定ユニット(のみ)から成る(具体的には、「A層、B層、C層、A層、B層、C層、…A層、B層、C層」という構造を有する)ものが典型的である。
【0014】
「厚さ方向に非対称」とは、前記積層体を厚さ方向に反転した場合に、物質及び厚さを加味した構成において同一とならないことをいう。例えば、A層とB層とC層を積層したユニットが厚さ方向に2組(「A層、B層、C層、A層、B層、C層」の順で)配置されて成る書き込み制御部は、厚さ方向に反転すると各層の配置順(「C層、B層、A層、C層、B層、A層」の順)が反転前と異なることとなるため、厚さ方向に非対称である。また、物質Aから成るA1層、物質Aから成りA1層とは厚さが異なるA2層、B層、C層及びD層を「A1層、B層、C層、D層、C層、B層、A2層」の順で積層した書き込み制御部は、厚さ方向に反転すると、最も上側の層と最も下側の層の厚さが反転前と異なることとなるため、厚さ方向に非対称である。
【0015】
第1の態様の磁気メモリ素子では、書き込み制御部が厚さ方向に非対称であることにより、書き込み制御部の全体に亘って厚さ方向の空間対称性が破れ、ラシュバ相互作用が大きくなる。これにより、各スピンホール効果層に平行な方向の電流を積層体に流したときに積層体内の記録層側に集まる特定の一方向のスピンを有する電子を多くすることができる。そのため、書き込み制御部に流す電流を大きくすることなく、記録層の磁性体が有する磁化を回転させるトルクを大きくすることができるため、消費電力を抑えつつ書き込み速度を速くすることができる。
【0016】
各スピンホール効果層を構成する物質は、スピンホール効果を有していさえすれば、特に問わない。該物質は単体であってもよいし、合金や化合物であってもよい。
【0017】
前記介在層は、積層体内の記録層側に集まる特定の一方向の電子スピンによるトルクを記録層の磁化に(多少は弱まるとしても)与えることを妨げない層をいう。
【0018】
前記3層のスピンホール効果層のうちの少なくとも1層の物質は、スピンホール効果が大きい物質である、Hf(ハフニウム)、Ta(タンタル)、W(タングステン)、Re(レニウム)、Os(オスニウム)、Ir(イリジウム)、Pt(白金)、Au(金)のうちのいずれかであることが望ましい。
【0019】
ラシュバ相互作用を大きくするために、前記3層のスピンホール効果層のうちの少なくとも1層における厚さは小さい方が望ましく、例えば0.1~2nm(1~20Å)であることが好ましい。
【0020】
本発明に係る磁気メモリ素子の第2の態様のものは、
a) 磁性体を有する記録層と、
b) 前記記録層に接して又は所定の介在層を介して設けられた、隣接した層間で互いに異なる物質から成るスピンホール効果層が3層以上、厚さ方向に非対称に積層されて成る積層体である書き込み制御部と
を備える。
【0021】
第2の態様の磁気メモリ素子では、書き込み制御部が、隣接した層間で互いに異なる物質から成るスピンホール効果層が3層以上、厚さ方向に非対称に積層されている積層体であることにより、積層体の全体に亘って厚さ方向の空間対称性が破れ、ラシュバ相互作用が大きくなる。これにより、各スピンホール効果層に平行な方向の電流を積層体に流したときに積層体内の記録層側に集まる特定の一方向のスピンを有する電子を多くすることができる。そのため、書き込み制御部に流す電流を大きくすることなく、記録層の磁性体が有する磁化を回転させるトルクを大きくすることができるため、消費電力を抑えつつ書き込み速度を速くすることができる。
【0022】
第2の態様においても第1の態様と同様に、各スピンホール効果層を構成する物質は、スピンホール効果を有していさえすれば、特に問わない。該物質は単体であってもよいし、合金や化合物であってもよい。また、第2の態様における積層体は、隣接した層間で互いに異なる物質から成る3層以上のスピンホール効果層さえ有してさえいれば、互いに同一の物質から成るスピンホール効果層を有していてもよい。また、第2の態様における前記介在層は第1の態様と同様に、積層体内の記録層側に集まる特定の一方向の電子スピンによるトルクを記録層の磁化に(多少は弱まるとしても)与えることを妨げない層をいう。
【0023】
第2の態様において、前記3層以上のスピンホール効果層のうちの少なくとも1層の物質が、スピンホール効果が大きい物質である、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Auのうちのいずれかであることが望ましい。
【0024】
第2の態様において、前記3層以上のスピンホール効果層のうちの少なくとも1層における厚さは小さい方が望ましく、例えば0.1~2nm(1~20Å)であることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る磁気メモリ素子によれば、消費電力を抑えつつ書き込み速度を速くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明に係る磁気メモリ素子の一実施形態を示す縦断面図(a)及び下面図(b)。
【
図2】本実施形態の磁気メモリ素子の動作を示す縦断面図であって、(a)「0」の書き込み、(b)「1」の書き込み、(c)「0」の読み出し、及び(d)「1」の読み出しを示す図。
【
図3】本実施形態の磁気メモリ素子における書き込み制御部において、第3スピンホール効果層(W層)の厚さが異なる複数の場合につき、ホール角ζを測定した結果を示すグラフ。
【
図4】本実施形態の磁気メモリ素子における書き込み制御部において、第1スピンホール効果層(Pt層)の厚さが異なる複数の場合につき、ホール角ζを測定した結果を示す別のグラフ。
【
図5】本実施形態の磁気メモリ素子における書き込み制御部において、積層順特定ユニットの個数が異なる複数の場合につき、ホール角ζを測定した結果を示すさらに別のグラフ。
【
図6】本実施形態の磁気メモリ素子の変形例を示す縦断面図。
【
図7】本実施形態の磁気メモリ素子の他の変形例を示す縦断面図。
【
図8】本実施形態の磁気メモリ素子の他の変形例を示す縦断面図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
図1~
図8を用いて、本発明に係る磁気メモリ素子の実施形態を説明する。
【0028】
(1) 本実施形態の磁気メモリ素子の構成
本実施形態の磁気メモリ素子10の構成を説明する。この磁気メモリ素子10は、上記第1の態様の磁気メモリ素子の構成要件と、前記第2の態様の磁気メモリ素子の構成要件の双方を満たすものである。磁気メモリ素子10は、記録層11と書き込み制御部12とを有する。
【0029】
記録層11は、磁性体を有する層状の部材である。記録層11の材料には、FeやNi、あるいはそれらの合金等から成る強磁性体を用いることができる。強磁性体の代わりに、反強磁性体、フェリ磁性体、弱強磁性体等の磁性体を用いてもよい。本実施形態では、後述のように記録層11の磁化の方向を測定するために導電性を有する磁性体を用いるが、磁化の方向の測定方法によっては、導電性を有しない磁性体を用いてもよい。
【0030】
書き込み制御部12は、層状の記録層11に平行に、記録層11から近い順に第1スピンホール効果層121、第2スピンホール効果層122及び第3スピンホール効果層123の順に積層したもの(積層順特定ユニット120)を1組として、それらを複数組(例えば10組)繰り返し積層した積層体である。第1スピンホール効果層121、第2スピンホール効果層122及び第3スピンホール効果層123は、スピンホール効果を有し互いに異なる物質から成る。本実施形態では、第1スピンホール効果層121にはPtを、第2スピンホール効果層122にはCoを、第3スピンホール効果層123にはWを、それぞれ用いている。以下では、個々のスピンホール効果層(第1スピンホール効果層121、第2スピンホール効果層122及び第3スピンホール効果層123)を総称して「スピンホール効果層12X」と記載する。
【0031】
この書き込み制御部12の積層体は、厚さ方向に反転すると、各スピンホール効果層12Xの積層順が第1スピンホール効果層121、第2スピンホール効果層122、第3スピンホール効果層123の順から、第3スピンホール効果層123、第2スピンホール効果層122、第1スピンホール効果層121の順に変わるため、厚さ方向に非対称である。従って、この積層体は、空間対称性が厚さ方向に関して破れている。
【0032】
本実施形態では、各スピンホール効果層120は、ラシュバ相互作用を大きくするために、1層当たりの厚さが原子10個分以下となるように、0.1~2nm(1~20Å)としている。本実施形態では前述のように各スピンホール効果層120の物質の相違によって書き込み制御部12の積層体を厚さ方向に非対称にすることができるため、各スピンホール効果層120の厚さは同じとしてもよい。また、スピンホール効果層120毎に異なる厚さとしてもよい。
【0033】
書き込み制御部12には、情報書き込み部13が接続されている。情報書き込み部13は、各スピンホール効果層120に平行な1方向(
図1(a)の紙面に垂直な方向。(b)の横方向。)に電流を流し、且つ、該電流の向きを反転させる機構を有するものである。
図1では(a)の手前から奥((b)の上から下)に向かう電流を「+I」、
図1(a)の奥から手前((b)の下から上)に向かう電流を「-I」と表記している。
【0034】
記録層11には、情報読み出し部14が接続されている。情報読み出し部14は、後述のように記録層11に記録された情報を、情報書き込み部13が書き込み制御部12に流す電流に平行な方向に関する電気抵抗を測定することによって読み出すものである。
【0035】
(2) 本実施形態の磁気メモリ素子の動作
図2の縦断面図を用いて、本実施形態の磁気メモリ素子10の動作を説明する。
図2に示した例では、磁気メモリ素子10は、記録層11の磁性体の磁化Mが
図2の左方向を向いている場合(
図2(a), (c)参照)と、右方向を向いている場合(同(b), (d)参照)により、異なる2値を記録する。ここでは磁化Mが
図2の左方向を向いている場合を「0」、右方向を向いている場合を「1」と規定する。
【0036】
(2-1) 「0」の書き込み(
図2(a))
記録層11に「0」を書き込むときには、情報書き込み部13によって書き込み制御部12に、
図2の奥から手前に向かう電流「-I」を流す。これにより、書き込み制御部12ではスピンホール効果によって、
図2の左方向を向いたスピンSを有する電子が記録層11側の界面付近に偏在し、それとは逆方向のスピンS'を有する電子が記録層11とは反対側の界面付近に偏在する。すると、記録層11の磁性体の磁化Mは、書き込み制御部12の記録層11側の界面付近に偏在する電子のスピンSからトルクを受け、
図2の左方向を向く。こうして、「0」を示す情報が記録層11に書き込まれる。
【0037】
(2-2) 「1」の書き込み(
図2(b))
記録層11に「1」を書き込むときには、情報書き込み部13によって書き込み制御部12に、、
図2の手前から奥に向かう電流「+I」を流す。これにより、書き込み制御部12ではスピンホール効果によって、
図2の右方向を向いたスピンSを有する電子が記録層11側の界面付近に偏在し、それとは逆方向のスピンS'を有する電子が記録層11とは反対側の界面付近に偏在する。すると、記録層11の磁性体の磁化Mは、書き込み制御部12の記録層11側の界面付近に偏在する電子のスピンSからトルクを受け、
図2の右方向を向く。こうして、「1」を示す情報が記録層11に書き込まれる。
【0038】
(2-3) 情報の読み出し(
図2(c), (d))
記録層11に記録されている情報を読み出す際には、情報読み出し部14により、
図2の左右方向に関する記録層11の電気抵抗を測定する。電気抵抗は、
図2の左右方向に電流(この電流を「抵抗測定電流」と呼ぶ)I
rを流しながら記録層11の両端の電圧を電圧計で測定し、電圧値を電流値で除することにより得ることができる。記録層11に記録されている情報が「0」のときには、記録層11の磁化Mが抵抗測定電流I
rと逆方向(
図2(c))であるのに対して、記録層11に記録されている情報が「1」のときには、記録層11の磁化Mが抵抗測定電流I
rと同方向(
図2(d))である。そのため、情報が「0」のときと「1」のときでは、磁化Mを形成する記録層11内の電子のスピンから抵抗測定電流I
rの電子が受ける散乱の大きさが相違し、情報読み出し部14で測定される電気抵抗も相違する。この電気抵抗の相違により、記録層11に記録されている情報が「0」であるか、「1」であるかを読み出すことができる。
【0039】
(3) 本実施形態の磁気メモリ素子における書き込み制御部の特性の確認実験
以下、書き込み制御部12の特性を確認するために、書き込み制御部12を構成する積層体における、電流とスピン流(電荷とは独立に移動するスピンの流れ)の変換効率を示すパラメータであるスピンホール角ζを非特許文献1に記載の方法によって測定した。
【0040】
積層順特定ユニット120の個数が12であって、第1スピンホール効果層(Pt層)121の厚さが1.0nm、第2スピンホール効果層(Co層)122の厚さが0.6nmであり、第3スピンホール効果層(W層)123の厚さが0.2~1.0nmの範囲内で異なる複数の試料につき、それぞれスピンホール角ζの値を求めた結果を
図3に示す。また、第2スピンホール効果層(Co層)122の厚さが0.6nm、第3スピンホール効果層(W層)123の厚さが0.6nmであって、第1スピンホール効果層(Pt層)121の厚さが1.0~4.0nmの範囲内で異なる複数の試料につき、それぞれスピンホール角ζの値を求めた結果を
図4に示す。なお、
図3におけるW層の厚さが0.6nmの試料と、
図4におけるPt層の厚さが1.0nmの試料は、同一の試料である。これら
図3及び
図4には、それぞれ"FL"及び"DL"と記載した2つのデータを示している。"FL"は"Field Like"の略であり、得られたスピン流によってスピンを歳差運動させる磁界に平行な方向のトルクが該スピンに付与される場合を示す。"DL"は"Damping Like"の略であり、得られたスピン流によってスピンを歳差運動させる磁界及びスピンに垂直な方向(該磁界と該スピンの外積の方向)のトルクが該スピンに付与される場合を示す。
【0041】
第1スピンホール効果層(Pt層)121の厚さが1.0nm、第2スピンホール効果層(Co層)122の厚さが0.6nm、第3スピンホール効果層(W層)123の厚さが0.6nmであって、積層順特定ユニット120の個数が6~15個の範囲内で異なる複数の試料につき、それぞれスピンホール角ζの値を求めた結果を
図5に示す。なお、積層順特定ユニット120の個数が12個である試料は、
図3におけるW層123の厚さが0.6nmの試料(
図4におけるPt層の厚さが1.0nmの試料)と同じウエハから作製した別の試料である。積層順特定ユニット120が15個である場合を除いて、積層順特定ユニット120の個数を多くするほど、スピンホール角は大きくなる。なお、積層順特定ユニット120が15個である場合にスピンホール角が低下しているのは、試料の作製の精度に起因していると考えられる。
【0042】
従来の磁気メモリ素子における書き込み制御部である単一のスピンホール効果層では、スピンホール角ζの値は、例えばスピンホール効果が大きい物質として知られるタングステンの場合において、通常は0.1、最大で0.3程度である。それに対して本実施形態では、積層順特定ユニット120の個数が12、第1スピンホール効果層(Pt層)121の厚さが1.0nm、第2及び第3スピンホール効果層(Co層、W層)122、123の厚さが0.6nmのとき、スピンホール角ζは最大値として0.4(DLの場合)及び0.6(FLの場合)という、単一のスピンホール効果層にはない高い値が得られた。この0.6というスピンホール角ζの値は、本実施形態の磁気メモリ素子における書き込み制御部では従来の単一のスピンホール効果層から成る書き込み制御部の5倍~10倍大きいスピン流が得られることを意味している。従って、本実施形態の磁気メモリ素子10によれば、書き込み制御部12に流す電流を大きくすることなく、記録層11の磁性体が有する磁化を回転させるトルクを大きくすることができるため、消費電力を抑えつつ書き込み速度を速くすることができる。
【0043】
なお、本実施形態における書き込み制御部12では、積層順特定ユニット120の個数や第1~第3スピンホール効果層121~123の厚さに依っては、タングステンから成る単一のスピンホール効果層を用いた書き込み制御部(「タングステン単一書き込み制御部」とする)と同程度のスピンホール角ζを有するものもある。例えば積層順特定ユニット120の個数が6、第1スピンホール効果層(Pt層)121の厚さが1.0nm、第2及び第3スピンホール効果層(Co層、W層)122、123の厚さが0.6nmのときスピンホール角ζは0.1程度(DL, FL共に)となる。そのような場合でも、以下に述べるように、本実施形態における書き込み制御部は、タングステン単一書き込み制御部よりも電気抵抗を小さくすることができるという特長を有する。すなわち、タングステン単一書き込み制御部は、電気抵抗率が100~300μΩ・cmであって、さらに0.1~0.3というスピンホール角ζを有するためには本実施形態におけるスピンホール効果層の1層分程度の厚さとしなければならない。それに対して本実施形態における書き込み制御部12では、80~100μΩ・cmという、タングステン単一書き込み制御部よりも低い電気抵抗率が得られる。さらに、この書き込み制御部12は、複数層のスピンホール効果層が積層しており、タングステン単一書き込み制御部よりも厚い。そのため、本実施形態における書き込み制御部12の電気抵抗は、タングステン単一書き込み制御部の電気抵抗よりも低くすることができる。
【0044】
本発明は上記実施形態には限定されず、種々の変形が可能である。
【0045】
上記実施形態では3種類のスピンホール効果層の各々の材料である物質としてPt、Co、Wを用いたが、それらの物質には限定されず、スピンホール効果を有する任意の物質を用いることができる。また、各スピンホール効果層の材料は、単体の元素から成るものであってもよいし、合金や化合物であってもよい。各スピンホール効果層の材料は、スピンホール効果が大きいという点で、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au)のうちのいずれかであることが好ましい。一方、これらの材料以外(例えば上記実施形態のCo)を用いても、互いに異なる材料(物質)から成るスピンホール効果層を適宜組み合わせることによって十分なスピンホール効果を得ることができるため、各層の材料はコスト等も勘案して定めればよい。
【0046】
第1スピンホール効果層121、第2スピンホール効果層122及び第3スピンホール効果層123の積層順は上述の例には限られず、任意に変更することが可能である。また、第2の態様ではこれら3種類の層をランダムに積層してもよい。
【0047】
図6に示した変形例の磁気メモリ素子10Aは、第1スピンホール効果層121、第2スピンホール効果層122及び第3スピンホール効果層123の積層順が異なる複数種のユニット120A、120B、120C…が厚さ方向に配置された書き込み制御部12Aを備える。ユニット120Aは、記録層11から近い順に第1スピンホール効果層121、第2スピンホール効果層122、第3スピンホール効果層123が積層されている。ユニット120Bは、各スピンホール効果層が上側から順に第2スピンホール効果層122、第1スピンホール効果層121、第3スピンホール効果層123の順で積層されている。ユニット120Cは、各スピンホール効果層が上側から順に、第1スピンホール効果層121、第3スピンホール効果層123、第2スピンホール効果層122の順で積層されている。書き込み制御部12Aの全体では、厚さ方向に非対称になっている。なお、
図6では3種類のユニット120A、120B、120Cを示したが、書き込み制御部がそれら以外のスピンホール効果層の積層順を有するユニットを備えていてもよい。
【0048】
図7に示した変形例の磁気メモリ素子10Bは、第1スピンホール効果層121、第2スピンホール効果層122、第3スピンホール効果層123、及びこれら3層とは異なる物質から成る第4スピンホール効果層124がこの順で繰り返し積層した構成を有する書き込み制御部12Bを備える。この構成は、上記の磁気メモリ素子10における積層順特定ユニット120に第4スピンホール効果層124を付加したものに相当する。書き込み制御部12Bの全体では、厚さ方向に非対称になっている。
【0049】
図8に示した変形例の磁気メモリ素子10Cは、上記の磁気メモリ素子10から、複数の第3スピンホール効果層123のうちの1層を省略した構成を有する。磁気メモリ素子10Cにおける書き込み制御部12Cは、1層の第3スピンホール効果層123が省略されたことで残った1層の第1スピンホール効果層121A及び1層の第2スピンホール効果層122Aと共に、複数組の積層順特定ユニット120を有する。書き込み制御部12Cの全体では、厚さ方向に非対称になっている。
【0050】
本実施形態では、書き込み制御部12は記録層11と接するように設けたが、記録層11と書き込み制御部12の間に、例えば導電性を有する部材等、積層体内の記録層11側に集まる特定の一方向の電子スピンによるトルクを記録層11の磁化に(多少は弱まるとしても)与えることを妨げない介在層を設けてもよい。
【0051】
上記実施形態では、記録層11に情報を書き込むための構成として、各スピンホール効果層120に平行な1方向に電流を流し、且つ、該電流の向きを反転させる機構を有するものを用いたが、その代わりに、各スピンホール効果層120に平行な1方向と、スピンホール効果層120に平行かつ該1方向に垂直な方向に電流を流すものを用いてもよい。この場合、電流の向きの相違によって記録層11の磁化を互いに90°異なる方向のいずれかに向けることで2値の情報を記録することができ、この磁化の向きの相違により書き込み制御部12に生じる電気抵抗の相違によって情報を読み出すことができる。このような記録層11の磁化を互いに90°異なる方向のいずれかに向ける構成は、特に、記録層11が反強磁性体を有する場合に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0052】
10…磁気メモリ素子
11…記録層
12…書き込み制御部
120…積層順特定ユニット
120A、120B、120C…(3層のスピンホール効果層を有する)ユニット
12X…スピンホール効果層
121、121A…第1スピンホール効果層
122、122A…第2スピンホール効果層
123…第3スピンホール効果層
124…第4スピンホール効果層
13…情報書き込み部
14…情報読み出し部