(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-24
(45)【発行日】2024-05-07
(54)【発明の名称】建物の健全性モニタリングシステム、建物の最大変形角を算出する方法
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20240425BHJP
G01H 1/00 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G01H1/00 E
(21)【出願番号】P 2021037022
(22)【出願日】2021-03-09
【審査請求日】2023-05-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】欄木 龍大
(72)【発明者】
【氏名】廣石 恒二
【審査官】岡村 典子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-158731(JP,A)
【文献】特開2020-106524(JP,A)
【文献】特開2012-168008(JP,A)
【文献】特開2017-198610(JP,A)
【文献】特開2016-065743(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第03001225(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0324356(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 99/00
G01H 1/00-17/00
G01V 1/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
地震発生後の建物の健全性を把握する、建物の健全性モニタリングシステムであって、
前記建物の基礎部と上部とにそれぞれ設置された地震センサと、
前記地震センサから、前記基礎部と前記上部における加速度波形データをそれぞれ取得する地震情報取得部と、
前記基礎部での加速度波形データのフーリエスペクトルに対する前記上部での加速度波形データのフーリエスペクトルの振幅比であるフーリエ振幅比のピーク振動数を算出し、前記ピーク振動数から前記建物の1次固有周期を算出し、前記1次固有周期を基に、前記建物を模擬した1質点系振動モデルを構築して、前記上部から前記基礎部への第1伝達関数式を立式し、前記上部での加速度波形データから前記上部での変位波形データを生成し、前記上部での変位波形データと、前記第1伝達関数式を基に、前記基礎部での変位波形データを算出する、変位波形算出部と、
前記上部での変位波形データから前記基礎部の変位波形データを減算して、前記基礎部に対する前記上部の相対変位波形データを算出し、前記相対変位波形データの最大値を、前記上部に設けられた前記地震センサの設置高さで除して、前記建物の最大変形角を算出する、変形角推定部と、
前記最大変形角と、判定閾値とを比較して、地震後の前記建物の被災度を推定する構造性能指標推定部と、
を含
み、
前記地震センサの各々により地震情報が取得されたか否かを判別する地震情報取得判別部を更に備え、
前記上部のみ、前記地震情報が取得された場合には、前記変位波形算出部は、予め記録されている既定の1次固有周期を基に、前記1質点系振動モデルを構築して、前記第1伝達関数式を立式し、前記上部での加速度波形データから前記上部での変位波形データを生成し、前記上部での変位波形データと、前記第1伝達関数式を基に、前記基礎部での変位波形データを推定し、
前記基礎部のみ、前記地震情報が取得された場合には、前記変位波形算出部は、前記既定の1次固有周期を基に、前記1質点系振動モデルを構築して、前記基礎部から前記上部への第2伝達関数式を立式し、前記基礎部での加速度波形データから前記基礎部での変位波形データを生成し、前記基礎部での変位波形データと、前記第2伝達関数式を基に、前記上部での変位波形データを算出し、前記変形角推定部は、前記上部での変位波形データの最大値を、前記上部に設けられた前記地震センサの設置高さで除して、前記建物の最大変形角を算出する
ことを特徴とする建物の健全性モニタリングシステム。
【請求項2】
地震発生後の建物の健全性を把握するために、建物の最大変形角を算出する方法であって、
前記建物の基礎部と上部とにそれぞれ設置された地震センサから、前記基礎部と前記上部における加速度波形データをそれぞれ取得する工程と、
前記基礎部での加速度波形データのフーリエスペクトルに対する前記上部での加速度波形データのフーリエスペクトルの振幅比であるフーリエ振幅比のピーク振動数を算出し、前記ピーク振動数から前記建物の1次固有周期を算出し、前記1次固有周期を基に、前記建物を模擬した1質点系振動モデルを構築して、前記上部から前記基礎部への第1伝達関数式を立式し、前記上部での加速度波形データから前記上部での変位波形データを生成し、前記上部での変位波形データと、前記第1伝達関数式を基に、前記基礎部での変位波形データを算出する工程と、
前記上部での変位波形データから前記基礎部の変位波形データを減算して、前記基礎部に対する前記上部の相対変位波形データを算出し、前記相対変位波形データの最大値を、前記上部に設けられた前記地震センサの設置高さで除して、前記建物の最大変形角を算出する工程と、
を含
み、
前記地震センサの各々により地震情報が取得されたか否かを判別する
ことを更に含み、
前記上部のみ、前記地震情報が取得された場合には、前記基礎部での変位波形データを算出する工程では、予め記録されている既定の1次固有周期を基に、前記1質点系振動モデルを構築して、前記第1伝達関数式を立式し、前記上部での加速度波形データから前記上部での変位波形データを生成し、前記上部での変位波形データと、前記第1伝達関数式を基に、前記基礎部での変位波形データを推定し、
前記基礎部のみ、前記地震情報が取得された場合には、前記基礎部での変位波形データを算出する工程では、前記既定の1次固有周期を基に、前記1質点系振動モデルを構築して、前記基礎部から前記上部への第2伝達関数式を立式し、前記基礎部での加速度波形データから前記基礎部での変位波形データを生成し、前記基礎部での変位波形データと、前記第2伝達関数式を基に、前記上部での変位波形データを算出し、前記建物の最大変形角を算出する工程では、前記上部での変位波形データの最大値を、前記上部に設けられた前記地震センサの設置高さで除して、前記建物の最大変形角を算出する
ことを特徴とする建物の最大変形角を算出する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物の健全性モニタリングシステム、建物の最大変形角を算出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地震発生後に、建物を直接目視しなくとも、建物の被災度合い等の、建物の構造性能すなわち健全性を把握することができる建物の健全性モニタリングシステムが、種々提案されている。
例えば特許文献1には、地震によって構造物に生じる加速度を検出し、検出された加速度に基づいて構造物の層間変形角を計算し、得られた層間変形角に基づいて、構造物の構造性能を診断する構成が開示されている。
特許文献1に開示されたような構成では、構造物に生じる加速度の絶対値を検出している。建物の健全性を正確に評価するには、建物が地震によりどの程度の変形を生じたのかを、より高精度に把握することが望まれる。
【0003】
健全性の診断精度を高めるために、一つの建物に対し、センサを複数設けることが考えられる。
例えば、特許文献2には、建物の観測層に配置され、地震の震度や地震により地盤から建物に印加される振動の加速度を検出する第1センサと、第1センサで得られた応答情報に基づき、建物の固有周期に対応する必要せん断力係数を求め、建物の健全性の判定を行う健全性判定部と、を備え、その判定結果を示す情報を、ユーザの端末に送信する構成が開示されている。特許文献2には、建物の異なる場所に、第2、第3センサが設けられた構成が開示されている。
また、特許文献3には、構造物が地震などで振動するときの加速度および構造物の傾き等を検出する複数のセンサ装置が構造物に設置され、各センサ装置で検出された加速度データに基づいて、各センサ装置が設けられた階層の変位を算出し、構造物の構造性能を診断する構成が開示されている。
特許文献2、3に開示されたような構成においては、複数のセンサ装置を設けるため、複数のセンサ間で同期を図る必要がある。複数のセンサ間で同期を図るに際し、複数のセンサ同士を有線で接続する場合には、建物全体での配線工事が必要となる。複数のセンサ同士を無線で接続する場合には、複数のセンサ間での通信の信頼性を確保するため、多数の無線中継器を設置する必要があり、システム構成が複雑となる。
【0004】
他方、センサを1つのみ用いた構成で、精度を向上しようとすると、一つのセンサの測定結果から、建物の、センサが設けられた部分とは異なる部分における測定結果を、推定することが考えられる。例えば、センサを建物上部のみに設置し、上部の加速度波形の最大値以降の揺れの周期を用いて建物の固有周期を評価し、この固有周期を有する建物の1質点系振動モデルの逆理論伝達関数(建物上部から基礎部への伝達関数)を用いて、上部の加速度波形から地面の揺れを評価し、地面の揺れを考慮して建物自体の最大変形角を推定することが考えられる。
しかし、この手法では、建物上部の加速度波形の、最大値以降の波形データ部分にも、依然として地盤の揺れが含まれているため、地盤と建物が連成された周期が評価される。すなわち、建物自体の揺れに加えて地盤の揺れも含んだ、地盤と建物が連成された周期の1質点系振動モデルが作成されるため、実際の建物自体とは違う周期帯(建物+地盤の周期)での地震入力波形を推定してしまう。
したがって、このような、建物の上部にセンサを1台のみ設けた構成では、精度の向上に限界がある。特に、このような構成は、建物周期に比べて地面周期が短く連成の影響が少ない、硬質地盤上に設けられた建物に適用できたとしても、建物周期に比べて地面周期が長く連成の影響が大きい、平野部等の軟弱地盤上に設けられた建物に適用することが難しい。
また、建物の上部にセンサを1台のみ設けた構成では、センサ故障等に対するロバスト性が低くなる。
そこで、複数のセンサを用いた、センサ間の同期が不要で構成が簡潔な、かつ、軟弱地盤に設けられた建物に対しても適用可能なシステムが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-59718号公報
【文献】特開2016-75583号公報
【文献】特開2017-167883号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、複数のセンサを用いた、センサ間の同期が不要で構成が簡潔な、かつ、軟弱地盤に設けられた建物に対しても適用可能な、建物の健全性モニタリングシステム、及び建物の最大変形角を算出する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を採用する。
すなわち、本発明の建物の健全性モニタリングシステムは、地震発生後の建物の健全性を把握する、建物の健全性モニタリングシステムであって、前記建物の基礎部と上部とにそれぞれ設置された地震センサと、前記地震センサから、前記基礎部と前記上部における加速度波形データをそれぞれ取得する地震情報取得部と、前記基礎部での加速度波形データのフーリエスペクトルに対する前記上部での加速度波形データのフーリエスペクトルの振幅比であるフーリエ振幅比のピーク振動数を算出し、前記ピーク振動数から前記建物の1次固有周期を算出し、前記1次固有周期を基に、前記建物を模擬した1質点系振動モデルを構築して、前記上部から前記基礎部への第1伝達関数式を立式し、前記上部での加速度波形データから前記上部での変位波形データを生成し、前記上部での変位波形データと、前記第1伝達関数式を基に、前記基礎部での変位波形データを算出する、変位波形算出部と、前記上部での変位波形データから前記基礎部の変位波形データを減算して、前記基礎部に対する前記上部の相対変位波形データを算出し、前記相対変位波形データの最大値を、前記上部に設けられた前記地震センサの設置高さで除して、前記建物の最大変形角を算出する、変形角推定部と、前記最大変形角と、判定閾値とを比較して、地震後の前記建物の被災度を推定する構造性能指標推定部と、を含むことを特徴とする。
このような構成によれば、建物の1質点系振動モデルを構築する際に基づく建物の1次固有周期を、建物の基礎部で観測された加速度波形データのフーリエスペクトルと、建物の上部で観測された加速度波形データのフーリエスペクトルとから算出された、双方の振幅比(建物上部のフーリエスペクトル/建物基礎部のフーリエスペクトル)であるフーリエ振幅比の、ピーク振動数を基に算出している。このため、建物の1次固有周期は、地盤周期の影響が適切に除去された、建物自体の1次固有周期となる。これにより、軟弱地盤上の建物であっても、建物の被災度を精度良く推定できる。
また、上記のように、ピーク振動数は、建物の基礎部で観測された加速度波形データのフーリエスペクトルと、建物の上部で観測された加速度波形データのフーリエスペクトルとから算出される。すなわち、演算が時間領域ではなく周波数領域において行われるために、建物の基礎部に設置された地震センサと、建物の上部に設置された地震センサとの間で、時間的に同期させる必要がない。
したがって、複数のセンサを用いた、センサ間の同期が不要で構成が簡潔な、かつ、軟弱地盤に設けられた建物に対しても適用可能な、建物の健全性モニタリングシステムを提供することが可能となる。
【0008】
本発明の一態様においては、本発明の建物の健全性モニタリングシステムは、前記地震センサの各々により地震情報が取得されたか否かを判別する地震情報取得判別部を更に備え、前記上部のみ、前記地震情報が取得された場合には、前記変位波形算出部は、予め記録されている既定の1次固有周期を基に、前記1質点系振動モデルを構築して、前記第1伝達関数式を立式し、前記上部での加速度波形データから前記上部での変位波形データを生成し、前記上部での変位波形データと、前記第1伝達関数式を基に、前記基礎部での変位波形データを推定し、前記基礎部のみ、前記地震情報が取得された場合には、前記変位波形算出部は、前記既定の1次固有周期を基に、前記1質点系振動モデルを構築して、前記基礎部から前記上部への第2伝達関数式を立式し、前記基礎部での加速度波形データから前記基礎部での変位波形データを生成し、前記基礎部での変位波形データと、前記第2伝達関数式を基に、前記上部での変位波形データを算出し、前記変形角推定部は、前記上部での変位波形データの最大値を、前記上部に設けられた前記地震センサの設置高さで除して、前記建物の最大変形角を算出する。
このような構成によれば、建物基礎部、及び建物上部に設置される地震センサの双方で地震情報が得られず、いずれか一方のみの地震センサでしか、地震情報が得られなかった場合であっても、基礎部、または建物上部で限られた加速度波形データから変位波形データを生成し、予め記録されている規定の1次固有周期を用いて1質点系振動モデルにおける建物上部と基礎部との間の伝達関数モデルを構築し、これを基に立式した伝達関数式により、地震情報を取得することができなかった建物上部、建物基礎部での変位波形データを推定する。これにより、建物基礎部、建物上部のいずれか一方のみの地震センサでしか地震情報が得られなかった場合であっても、地盤周期の影響を除去した建物周期から建物の最大変形角を推定し、地震発生後に、建物の被災度を推定することが可能となる。
【0009】
また、本発明の建物の最大変形角を算出する方法は、地震発生後の建物の健全性を把握するために、建物の最大変形角を算出する方法であって、前記建物の基礎部と上部とにそれぞれ設置された地震センサから、前記基礎部と前記上部における加速度波形データをそれぞれ取得する工程と、前記基礎部での加速度波形データのフーリエスペクトルに対する前記上部での加速度波形データのフーリエスペクトルの振幅比であるフーリエ振幅比のピーク振動数を算出し、前記ピーク振動数から前記建物の1次固有周期を算出し、前記1次固有周期を基に、前記建物を模擬した1質点系振動モデルを構築して、前記上部から前記基礎部への第1伝達関数式を立式し、前記上部での加速度波形データから前記上部での変位波形データを生成し、前記上部での変位波形データと、前記第1伝達関数式を基に、前記基礎部での変位波形データを算出する工程と、前記上部での変位波形データから前記基礎部の変位波形データを減算して、前記基礎部に対する前記上部の相対変位波形データを算出し、前記相対変位波形データの最大値を、前記上部に設けられた前記地震センサの設置高さで除して、前記建物の最大変形角を算出する工程と、を含むことを特徴とする。
このような構成によれば、建物の1質点系振動モデルを構築する際に基づく建物の1次固有周期を、建物の基礎部で観測された加速度波形データのフーリエスペクトルと、建物の上部で観測された加速度波形データのフーリエスペクトルとから算出された、双方の振幅比(建物上部のフーリエスペクトル/建物基礎部のフーリエスペクトル)であるフーリエ振幅比の、ピーク振動数を基に算出している。このため、建物の1次固有周期は、地盤周期の影響が適切に除去された、建物自体の1次固有周期となる。これにより、軟弱地盤上の建物であっても、建物の被災度を精度良く推定できる。
また、上記のように、ピーク振動数は、建物の基礎部で観測された加速度波形データのフーリエスペクトルと、建物の上部で観測された加速度波形データのフーリエスペクトルとから算出される。すなわち、演算が時間領域ではなく周波数領域において行われるために、建物の基礎部に設置された地震センサと、建物の上部に設置された地震センサとの間で、時間的に同期させる必要がない。
したがって、上記のような建物の最大変形角を算出する方法を適用することで、複数のセンサを用いた、センサ間の同期が不要で構成が簡潔な、かつ、軟弱地盤に設けられた建物に対しても適用可能な、建物の健全性モニタリングシステムを提供することが可能となる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、複数のセンサを用いた、センサ間の同期が不要で構成が簡潔な、かつ、軟弱地盤に設けられた建物に対しても適用可能な、建物の健全性モニタリングシステム、及び建物の最大変形角を算出する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係る建物の健全性モニタリングシステムの概略構成を示す図である。
【
図2】建物の健全性モニタリングシステムが設定された建物の概略構成を示す図である。
【
図3】建物を模擬した1質点系振動モデルの模式図である。
【
図4】建物の健全性モニタリングシステムを構成するユーザの端末の表示部を示す図である。
【
図5】建物の健全性モニタリングシステムを構成するモニタリング装置における、建物の健全性モニタリング方法の流れを示すフローチャートである。
【
図6】(a)は、建物の上部での加速度波形データの一例を示す図であり、(b)は建物の基礎部での加速度波形データの一例を示す図である。
【
図7】(a)は、建物の上部でのフーリエ振幅スペクトルの一例を示す図であり、(b)は建物の基礎部でのフーリエ振幅スペクトルの一例を示す図である。
【
図8】建物の基礎部に対する上部のフーリエ振幅比の一例を示す図である。
【
図9】5層の建物と地盤を模擬した質点系解析モデルである。
【
図10】硬質地盤において、既手法と、本手法による建物周期の推定値とを、設計値と比較した結果を示す図である。
【
図11】軟弱地盤において、既手法と、本手法による建物周期の推定値とを、設計値と比較した結果を示す図である。
【
図12】埋立軟弱地盤において、既手法と、本手法による建物周期の推定値とを、設計値と比較した結果を示す図である。
【
図13】硬質地盤において、既手法と、本手法による建物変形角の推定結果とを、正解値と比較した結果を示す図である。
【
図14】軟弱地盤において、既手法と、本手法による建物変形角の推定結果とを、正解値と比較した結果を示す図である。
【
図15】埋立軟弱地盤において、既手法と、本手法による建物変形角の推定結果とを、正解値と比較した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、建物の基礎部と上部に設置した地震センサで取得された加速度波形データの各フーリエスペクトルに対するフーリエ振幅比のピーク振動数から建物の1次固有周期を算出して、建物の最大変形角を算出する方法、及びその最大変形角の算出方法を使用した建物の健全性モニタリングシステムである。
以下、添付図面を参照して、本発明による建物の健全性モニタリングシステム、建物の最大変形角を算出する方法を実施するための形態について、図面に基づいて説明する。
本実施形態における建物の健全性モニタリングシステムの概略構成を
図1に示す。
図2は、建物の健全性モニタリングシステムが設定された建物の概略構成を示す図である。
【0013】
図1に示されるように、建物の健全性モニタリングシステム1は、建物10と、モニタリング装置20と、ユーザの端末30と、を備えている。建物の健全性モニタリングシステム1は、地震発生後の建物10の健全性を把握(評価)する。
図2に示されるように、建物10は、地盤G上に構築され、上下方向に複数の階層11を有している。ここで、建物10は、階層数や、構造(鉄筋コンクリート造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造等)について何ら限定するものではない。
建物10には、地震センサ12A、12Bが設けられている。地震センサ12Aは、建物10の基礎部10bに設置されている。地震センサ12Bは、建物10の上部10tに設置されている。地震センサ12Aは、地震発生時に予め設定された閾値を超える揺れを検知すると、建物10の基礎部10bにおける加速度波形データを検出する。地震センサ12Bは、地震発生時に予め設定された閾値を超える揺れを検知すると、建物10の上部10tにおける加速度波形データを検出する。
地震センサ12A、12Bは、それぞれメモリ(図示無し)と、通信部14A、14Bと、を備えている。地震センサ12A、12Bは、それぞれ、検出した加速度波形データを、地震情報としてメモリ(図示無し)に保存する。地震センサ12A、12Bは、地震終了後、メモリに保存した加速度波形データを、通信部14A、14Bから外部のネットワーク100を介してモニタリング装置20に転送する。
ここで、外部のネットワーク100とは、例えば、通信部14A、14Bと無線による通信を行うことのできる公衆無線網等である。通信部14A、14Bは、地震センサ12A、12Bで検出された地震情報を、
図1に示すように外部のネットワーク100を介してモニタリング装置20に送信する。
【0014】
図1に示されるように、モニタリング装置20は、無線又は有線により、外部のネットワーク100に接続されている。モニタリング装置20は、地震センサ12A、12Bで検出した地震情報を基に、建物10の地面に対する変形角を推定することで、建物10の健全性を評価する。モニタリング装置20は、地震情報取得部21と、地震情報取得判別部22と、変位波形算出部23と、変形角推定部24と、構造性能指標推定部25と、表示処理部26と、データベース27と、を主に備えている。
データベース27には、建物10の構造や階層数等の建物情報、建物10における地震センサ12A、12Bの設置高さ等の情報が格納されている。また、データベース27には、地震情報取得部21、地震情報取得判別部22、変位波形算出部23、変形角推定部24、構造性能指標推定部25等で処理を行う際に用いられる各種の設定パラメータ値、閾値、係数等が格納されている。また、データベース27には、過去の大きな地震の際に得られた建物10の1次固有周期(以下、これを「既定の1次固有周期」と称する)が記録されている。
【0015】
地震情報取得部21は、外部のネットワーク100を介して建物10の地震センサ12A、12Bの通信部14A、14Bから送信される地震情報を取得(受信)する。地震情報取得部21は、地震センサ12Aで検出された建物10の基礎部10bにおける加速度波形データと、地震センサ12Bで検出された建物10の上部10tにおける加速度波形データと、を取得する。
地震情報取得判別部22は、地震情報取得部21で取得した地震情報に基づき、地震センサ12A、12Bの各々により地震情報が取得されたか否かを判別する。具体的には、地震情報取得判別部22は、地震センサ12A及び12Bの双方から地震情報を取得した場合と、建物10の上部10tに設けられた地震センサ12Bのみから地震情報を取得した場合と、建物10の基礎部10bに設けられた地震センサ12Aのみから地震情報を取得した場合との、3通りのパターンのいずれであるかを判別する。
【0016】
変位波形算出部23は、地震センサ12A、12Bから取得した地震情報に基づいた演算を行うことにより、基礎部10bに対する上部10tの相対変位波形データを算出する。変位波形算出部23は、地震センサ12A及び12Bの双方から地震情報を取得した場合と、地震センサ12Bのみから地震情報を取得した場合と、地震センサ12Aのみから地震情報を取得した場合とで、それぞれ異なる演算を行う。
地震センサ12A及び12Bの双方から地震情報を取得した場合、変位波形算出部23は、まず、基礎部10bでの加速度波形データのフーリエスペクトルに対する上部10tでの加速度波形データのフーリエスペクトルの振幅比であるフーリエ振幅比のピーク振動数を取得する。変位波形算出部23は、取得されたピーク振動数から建物10の1次固有周期を算出する。変位波形算出部23は、算出された建物10の1次固有周期を基に、建物10を模擬した1質点系振動モデルを構築する。
図3は、構築する1質点系振動モデルMの一例を示す図である。変位波形算出部23は、上部10tから基礎部10bへの伝達関数である、第1伝達関数式(後述)を立式する。変位波形算出部23は、上部10tでの加速度波形データから上部10tでの変位波形データを生成し、生成した上部10tでの変位波形データと、第1伝達関数式を基に、基礎部10bでの変位波形データを算出する。
この場合、変形角推定部24は、上部10tでの変位波形データから基礎部10bの変位波形データを減算して、基礎部10bに対する上部10tの相対変位波形データを算出する。変形角推定部24は、算出された相対変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する。
【0017】
また、建物10の上部10tに設けられた地震センサ12Bのみから地震情報を取得した場合、変位波形算出部23は、予めデータベース27に記録されている建物10の既定の1次固有周期を基に、基礎部10bでの変位波形データを推定する。これには、変位波形算出部23は、予めデータベース27に記録されている既定の1次固有周期を基に、1質点系振動モデルMを構築する。変位波形算出部23は、構築された1質点系振動モデルMに基づいて、第1伝達関数式を立式する。また、変位波形算出部23は、建物10の上部10tでの加速度波形データから、上部10tでの変位波形データを生成し、生成した上部10tでの変位波形データと、第1伝達関数式を基に、基礎部10bでの変位波形データを推定する。
この場合、変形角推定部24は、上部10tでの変位波形データから、推定した基礎部10bの変位波形データを減算して、基礎部10bに対する上部10tの相対変位波形データを算出する。変形角推定部24は、算出された相対変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する。
【0018】
また、建物10の基礎部10bに設けられた地震センサ12Aのみから地震情報を取得した場合、変位波形算出部23は、予めデータベース27に記録されている建物10の既定の1次固有周期を基に、1質点系振動モデルMを構築する。変位波形算出部23は、構築した1質点系振動モデルMを基に、基礎部10bから上部10tへの伝達関数である、第2伝達関数式(後述)を立式する。また、変位波形算出部23は、地震センサ12Aで取得した基礎部10bでの加速度波形データから、基礎部10bでの変位波形データを生成し、基礎部10bでの変位波形データと、第2伝達関数式を基に、上部10tでの変位波形データを推定(算出)する。
この場合、変形角推定部24は、推定した上部10tでの変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する。
【0019】
構造性能指標推定部25は、変形角推定部24で算出した建物10の最大変形角θと、予め設定した所定の判定閾値とを比較して、建物10の地震後の被災度を、より詳細には被災度の度合いを示す構造性能指標を推定する。建物10の地震後の被災度合いを示す構造性能指標としては、例えば、建物の被災度を「安全」、「要点検」、「危険」といった複数段階の評価を示すものがある。
表示処理部26は、構造性能指標推定部25で推定された、建物10の構造性能指標を含む推定結果を、ユーザの端末30で表示させるため、推定結果を含む評価リストのデータを生成する。表示処理部26で生成された評価リストのデータは、外部のネットワーク100を介し、モニタリング装置20からユーザの端末30に送信される。
【0020】
ユーザの端末30は、パーソナルコンピュータ、タブレット装置、スマートフォン、携帯電話等であり、無線又は有線により、外部のネットワーク100に接続可能となっている。ユーザの端末30は、建物10の構造性能指標を表示する表示部31を有する。ユーザの端末30は、外部ネットワークを介して評価リストのデータを受信すると、受信されたデータに基づく評価リスト33を表示部31に表示する。
図4に示すように、この評価リスト33には、例えば、建物10において所定の期間(例えば直近1日)内にモニタリング装置20で計測された地震の記録日時情報33b、構造性能指標推定部25で推定された建物10の状態を示す構造性能指標情報33c等が含まれている。
なおここで、
図4に示した評価リスト33は一例に過ぎず、評価リスト33に含まれる情報は、適宜変更可能である。
【0021】
(健全性モニタリング方法)
図5は、建物の健全性モニタリングシステムを構成するモニタリング装置における、建物の健全性モニタリング方法の流れを示すフローチャートである。
モニタリング装置20で建物10の健全性モニタリングを行うには、まず、地震発生後に、モニタリング装置20が、建物10に設けられた地震センサ12A、12Bで検出された地震情報を、外部のネットワーク100から取得する(ステップS1)。
次いで、地震情報取得判別部22が、地震情報取得部21で取得した地震情報を判別する(ステップS2)。地震情報取得判別部22は、地震センサ12A、12Bの各々により地震情報が取得されたか否かを判別する。具体的には、地震情報取得判別部22は、地震センサ12A及び12Bの双方から地震情報を取得した場合と、建物10の上部10tに設けられた地震センサ12Bのみから地震情報を取得した場合と、建物10の基礎部10bに設けられた地震センサ12Aのみから地震情報を取得した場合との、3通りのパターンのいずれであるかを判別する。その結果、地震センサ12A及び12Bの双方から地震情報を取得した場合、ステップS3Aに進む。建物10の上部10tに設けられた地震センサ12Bのみから地震情報を取得した場合、ステップS3Bに進む。建物10の基礎部10bに設けられた地震センサ12Aのみから地震情報を取得した場合、ステップS3Cに進む。
なお、地震情報取得判別部22は、地震センサ12A及び12Bの双方から地震情報を取得した場合においては、実際には、これら双方の地震情報の波形のトリガー時刻情報を比較して、双方の地震情報が所定の時間、例えば1分以内における記録であるか否かを判定する。地震情報取得判別部22は、双方の地震情報が所定の時間内における記録である場合に、地震センサ12A及び12Bの双方が検出した地震情報が同一の地震に関するものであるものとして、ステップS3A以降の処理を続行する。
【0022】
図6(a)は、建物の上部での加速度波形データの一例を示す図であり、(b)は建物の基礎部での加速度波形データの一例を示す図である。
図7(a)は、建物の上部でのフーリエ振幅スペクトルの一例を示す図であり、(b)は建物の基礎部でのフーリエ振幅スペクトルの一例を示す図である。
図8は、建物の基礎部に対する上部のフーリエ振幅比の一例を示す図である。
ステップS3Aでは、変位波形算出部23は、建物10の1次固有周期を算出する。これにはまず、
図6(a)に示すような、上部10tでの加速度波形データと、
図6(b)に示すような基礎部10bでの加速度波形データとを、それぞれフーリエ変換し、
図7(a)に示すような上部10tでのフーリエ振幅スペクトルG(ω)と、
図7(b)に示すような基礎部10bでのフーリエ振幅スペクトルF(ω)を得る。
次いで、基礎部10bでの加速度波形データのフーリエ振幅スペクトルF(ω)を入力とし、上部10tでの加速度波形データのフーリエスペクトルG(ω)を出力とする、次の伝達関数Z(ω)を算出する。
Z(ω)=G(ω)/F(ω)
この伝達関数Z(ω)は、
図8に示すような、基礎部10bでのフーリエ振幅スペクトルに対する上部10tでのフーリエ振幅スペクトルの振幅比であるフーリエ振幅比であるということができる。変位波形算出部23は、この図に示すようなフーリエ振幅比から、ピーク振動数を取得する。これは、変位波形算出部23が、フーリエ振幅比のピーク振動数の中で、最も低い振動数f(1次振動数)を算出することにより行われる。
【0023】
次いで、変位波形算出部23は、取得されたピーク振動数f(Hz)から建物10の1次固有周期Tdを算出する。1次固有周期Tdは、ピーク振動数f(Hz)の逆数(Td=1/f)である。
このように、フーリエ振幅比を用いることで、時間の同期の取れていない基礎部10bと上部10tの加速度波形データ同士であっても、建物10の1次固有振動数Tdを適切に算出することができる。
【0024】
次に、変位波形算出部23は、算出された建物10の1次固有周期Tdを持つ1質点系振動モデルMを構築する(ステップS4A)。
図3は、構築した1質点系振動モデルMの一例を示す。この図に示すような、建物10を模擬した1質点系振動モデルMの上部10tを入力、基礎部10bを出力とする伝達関数(基礎部10bを入力とし上部10tを出力とする伝達関数の逆伝達関数)を、上部10tから基礎部10bへの第1伝達関数式として、下式(1)のように立式する。
【数1】
上式(1)において、hは、建物10の減衰定数、pは入力振動数(Hz)、ω
d(=2π/Td)は、建物10の固有振動数(Hz)である。ここで、減衰定数hは、例えば、建物10が鉄骨造である場合は、h=0.02、鉄筋コンクリート造である場合には、h=0.03等と設定することができる。また、減衰定数hは、地震センサ12A、12Bにおける常時微動測定結果から同定してもよい。
【0025】
次いで、変位波形算出部23は、上部10tでの変位波形データを生成し、これと、第1伝達関数式(1)を基に、基礎部10bでの変位波形データを算出する(ステップS5A)。
より詳細には、変位波形算出部23は、上部10tの加速度波形データを2回積分し、上部10tの絶対変位波形を計算する。次に、変位波形算出部23は、絶対変位波形をフーリエ変換して周波数領域に変換し、第1伝達関数式(1)を掛けて、地動変位波形のフーリエスペクトルを計算する。最後に、変位波形算出部23は、地動変位波形のフーリエスペクトルに対してフーリエ逆変換を行い、時刻歴波形に戻して、基礎部10bの変位波形を算出する。
その後、変形角推定部24は、建物10の最大変形角θを算出する(ステップS6A)。これには、変形角推定部24は、上部10tでの変位波形データから基礎部10bの変位波形データを減算して、基礎部10bに対する上部10tの相対変位波形データを算出する。変形角推定部24は、算出された相対変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する。
【0026】
建物10の上部10tに設けられた地震センサ12Bのみから地震情報を取得した場合、ステップS3Bでは、変位波形算出部23は、予めデータベース27に記録されている、過去の大きな地震時に得られた建物10の既定の1次固有周期Tdを取得する。
変位波形算出部23は、この建物10の既定の1次固有周期Tdを用いて、既に説明したステップS4A及びステップS5Aを実行する。すなわち、変位波形算出部23は、1次固有周期Tdを基に、基礎部10bでの変位波形データを推定する。
より詳細には、変位波形算出部23は、過去の大きな地震時に得られた既定の1次固有周期Tdを持つ1質点系振動モデルMを構築する(ステップS4A)。変位波形算出部23は、建物10を模擬した1質点系振動モデルMの上部10tを入力、基礎部10bを出力とする逆伝達関数を、上部10tから基礎部10bへの第1伝達関数式(1)として立式する。
【0027】
次いで、前記ステップS5Aに進み、変位波形算出部23は、上部10tでの変位波形データを生成し、これと、第1伝達関数式(1)を基に、基礎部10bでの変位波形データを算出する。
より詳細には、変位波形算出部23は、上部10tの加速度波形データを2回積分し、上部10tの絶対変位波形を計算する。次に、変位波形算出部23は、絶対変位波形をフーリエ変換して周波数領域に変換し、第1伝達関数式(1)を掛けて、地動変位波形のフーリエスペクトルを計算する。最後に、変位波形算出部23は、地動変位波形のフーリエスペクトルに対してフーリエ逆変換を行い、時刻歴波形に戻して、基礎部10bの変位波形を算出する。
その後、変形角推定部24は、建物10の最大変形角θを算出する(ステップS6A)。これには、変形角推定部24は、上部10tでの変位波形データから基礎部10bの変位波形データを減算して、基礎部10bに対する上部10tの相対変位波形データを算出する。変形角推定部24は、算出された相対変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する。
【0028】
建物10の基礎部10bに設けられた地震センサ12Aのみから地震情報を取得した場合、ステップS3Cでは、予めデータベース27に記録されている、過去の大きな地震時に得られた建物10の既定の1次固有周期Tdを取得する。
次いで、変位波形算出部23は、過去の大きな地震時に得られた既定の1次固有周期Tdを持つ1質点系振動モデルMを構築する(ステップS4C)。建物10を模擬した1質点系振動モデルMの基礎部10bを入力、上部10tを出力とする伝達関数として、次式(2)で表される基礎部10bから上部10tへの第2伝達関数式を立式する。
【数2】
【0029】
次に、変位波形算出部23は、基礎部10bでの変位波形データを生成し、これと、第2伝達関数式(2)を基に、上部10tでの変位波形データを算出する(ステップS5C)。
より詳細には、変位波形算出部23は、基礎部10bの加速度波形データを2回積分し、基礎部10bの変位波形を計算する。次に、変位波形算出部23は、基礎部10bの変位波をフーリエ変換して周波数領域に変換し、第2伝達関数式(2)を掛けて、建物10の上部10tの変位波形のフーリエスペクトルを計算する。最後に、変位波形算出部23は、建物10の上部10tの変位波形のフーリエスペクトルに対してフーリエ逆変換を行い、時刻歴波形に戻すことで、建物10の上部10tの変位波形を推定する。
ここで、基礎部10bの加速度波形データの変位応答スペクトルを算出し、固有周期Tdの変位応答値から建物10の変位を推定してもよい。
このようにして、変位波形算出部23は、第2伝達関数式(2)により、建物10の上部10tでの変位波形データを推定する。
その後、変形角推定部24は、建物10の最大変形角θを算出する(ステップS6C)。これには、変形角推定部24は、上部10tでの変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する。
【0030】
上記のステップS6A、ステップS6Cを終えた後、構造性能指標推定部25で、建物10の地震後の被災度合いを示す構造性能指標を推定する(ステップS7)。これには、ステップS6A、6Cで算出(推定)した、建物10の最大変形角θと、予め設定した所定の判定閾値とを比較し、その比較結果に応じ、建物10の地震後の被災度合いを示す構造性能指標として、例えば、建物の被災度を「安全」、「要点検」、「危険」といった複数段階の推定情報として出力する。
この後、表示処理部26では、ステップS7で推定された建物10の構造性能指標を、
図4に例示したような評価リスト33を表示するためのデータを生成する。
このようにして生成された推定結果のデータは、モニタリング装置20から外部のネットワーク100を介し、ユーザの端末30に送信される(ステップS8)。
【0031】
(健全性モニタリング方法による推定精度の検証)
ここでは、本発明の建物の健全性モニタリングシステムでの推定精度の検証を行った。
検証対象は、
図9に示す5層の建物と地盤を模擬した質点系解析モデルである。建物の固有周期は1秒、地盤周期は0.4秒(硬質地盤)、0.8秒(軟弱地盤)、1.2秒(埋立軟弱地盤)の3ケースを想定した。
表1に、検討モデルの建物周期と地盤周期、および建物-地盤連成周期(全体系周期)を示す。0.4秒の硬質地盤では、建物周期(1秒)に対して全体系周期が1割程度のズレ(1.08秒)に留まっており、地盤の影響は少ない。しかし、0.8秒の軟弱地盤では、全体系周期は4割(1.38秒)、1.2秒の埋立軟弱地盤では、全体系周期は8割(1.84秒)長くなっており、地盤の影響を大きく受けている。
【表1】
【0032】
図9に示すとおり、地震センサ12A、12Bは、建物10の上部10tの4階と基礎部10bの1階に設置している。地震センサ12A、12Bは、それぞれ独立してモニタリング装置20に接続した非同期型である。
入力地震動として、ElCentro波、八戸波、Taft波の観測波3波と模擬地震動3波を用いた。入力の大きさは3段階に調整した。
図10~
図12に、既手法(上部センサで得られた加速度波形の最大値以降の波形データ部分を使って建物の固有周期を評価)と、本手法による建物周期の推定値を設計値(周期1秒)と比較して示す。既手法では、建物-地盤連成系の周期を推定してしまうため、
図12に示すように、連成の影響が大きな軟弱地盤では、建物周期の設計値(1秒)とのズレが大きくなっている。一方、本手法では、軟弱地盤においても建物周期を適切に推定している。
図13~
図15に本手法と既手法による建物変形角の推定結果を正解値と比較して示す。硬質地盤(0.4秒)では手法による差は小さく、どちらの手法も良好に予測できているが、軟弱地盤(0.8秒、1.2秒)では既手法が建物変形角を過大に評価していることがわかる。一方、本手法は軟弱地盤においても精度良く建物変形角を推定できている。
【0033】
(作用効果)
上述したような建物の健全性モニタリングシステム1によれば、地震発生後の建物10の健全性を把握する、建物10の健全性モニタリングシステム1であって、建物10の基礎部10bと上部10tとにそれぞれ設置された地震センサ12A、12Bと、地震センサ12A、12Bから、基礎部10bと上部10tにおける加速度波形データをそれぞれ取得する地震情報取得部21と、基礎部10bでの加速度波形データのフーリエスペクトルに対する上部10tでの加速度波形データのフーリエスペクトルの振幅比であるフーリエ振幅比のピーク振動数を算出し、ピーク振動数から建物10の1次固有周期を算出し、1次固有周期を基に、建物10を模擬した1質点系振動モデルMを構築して、上部10tから基礎部10bへの第1伝達関数式(上記式(1))を立式し、上部10tでの加速度波形データから上部10tでの変位波形データを生成し、上部10tでの変位波形データと、第1伝達関数式を基に、基礎部10bでの変位波形データを算出する、変位波形算出部23と、上部10tでの変位波形データから基礎部10bの変位波形データを減算して、基礎部10bに対する上部10tの相対変位波形データを算出し、相対変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する、変形角推定部24と、最大変形角θと、判定閾値とを比較して、地震後の建物10の被災度を推定する構造性能指標推定部25と、を含む。
このような構成によれば、建物10の1質点系振動モデルMを構築する際に基づく建物10の1次固有周期を、建物10の基礎部10bで観測された加速度波形データのフーリエスペクトルと、建物10の上部10tで観測された加速度波形データのフーリエスペクトルとから算出された、双方の振幅比(建物10の上部10tのフーリエスペクトル/建物10の基礎部10bのフーリエスペクトル)であるフーリエ振幅比の、ピーク振動数を基に算出している。このため、建物10の1次固有周期は、地盤周期の影響が適切に除去された、建物10自体の1次固有周期となる。これにより、軟弱地盤上の建物10であっても、建物10の被災度を精度良く推定できる。
また、上記のように、ピーク振動数は、建物10の基礎部10bで観測された加速度波形データのフーリエスペクトルと、建物10の上部10tで観測された加速度波形データのフーリエスペクトルとから算出される。すなわち、演算が時間領域ではなく周波数領域において行われるために、建物10の基礎部10bに設置された地震センサ12Aと、建物10の上部10tに設置された地震センサ10tとの間で、時間的に同期させる必要がない。
したがって、複数のセンサを用いた、センサ間の同期が不要で構成が簡潔な、かつ、軟弱地盤に設けられた建物10に対しても適用可能な、建物10の健全性モニタリングシステム1を提供することが可能となる。
【0034】
また、健全性モニタリングシステム1は、地震センサ12A、12Bの各々により地震情報が取得されたか否かを判別する地震情報取得判別部22を更に備え、上部10tのみ、地震情報が取得された場合には、変位波形算出部23は、予め記録されている既定の1次固有周期を基に、1質点系振動モデルMを構築して、第1伝達関数式を立式し、上部10tでの加速度波形データから上部10tでの変位波形データを生成し、上部10tでの変位波形データと、第1伝達関数式を基に、基礎部10bでの変位波形データを推定し、基礎部10bのみ、地震情報が取得された場合には、変位波形算出部23は、既定の1次固有周期を基に、1質点系振動モデルMを構築して、基礎部10bから上部10tへの第2伝達関数式(上記式(2))を立式し、基礎部10bでの加速度波形データから基礎部10bでの変位波形データを生成し、基礎部10bでの変位波形データと、第2伝達関数式を基に、上部10tでの変位波形データを算出し、変形角推定部24は、上部10tでの変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する。
このような構成によれば、建物10の基礎部10b、及び建物10の上部10tに設置される地震センサ12A、12Bの双方で地震情報が得られず、いずれか一方のみの地震センサ12A、12Bでしか、地震情報が得られなかった場合であっても、基礎部10b、または建物10の上部10tで限られた加速度波形データから変位波形データを生成し、予め記録されている規定の1次固有周期を用いて1質点系振動モデルMにおける建物10の上部10tと基礎部10bとの間の伝達関数モデルMを構築し、これを基に立式した伝達関数式により、地震情報を取得することができなかった建物10の上部10t、建物10の基礎部10bでの変位波形データを推定する。これにより、建物10の基礎部10b、建物10の上部10tのいずれか一方のみの地震センサ12A、12Bでしか地震情報が得られなかった場合であっても、地盤周期の影響を除去した建物10周期から建物10の最大変形角θを推定し、地震発生後に、建物10の被災度を推定することが可能となる。
【0035】
また、上述したような建物10の最大変形角θを算出する方法は、地震発生後の建物10の健全性を把握するために、建物10の最大変形角θを算出する方法であって、建物10の基礎部10bと上部10tとにそれぞれ設置された地震センサ12A、12Bから、基礎部10bと上部10tにおける加速度波形データをそれぞれ取得する工程(ステップS1)と、基礎部10bでの加速度波形データのフーリエスペクトルに対する上部10tでの加速度波形データのフーリエスペクトルの振幅比であるフーリエ振幅比のピーク振動数を算出し、ピーク振動数から建物10の1次固有周期を算出し、1次固有周期を基に、建物10を模擬した1質点系振動モデルMを構築して、上部10tから基礎部10bへの第1伝達関数式(上記式(1))を立式し、上部10tでの加速度波形データから上部10tでの変位波形データを生成し、上部10tでの変位波形データと、第1伝達関数式を基に、基礎部10bでの変位波形データを算出する工程(ステップS3A、S4A、S5A)と、上部10tでの変位波形データから基礎部10bの変位波形データを減算して、基礎部10bに対する上部10tの相対変位波形データを算出し、相対変位波形データの最大値を、上部10tに設けられた地震センサ12A、12Bの設置高さHで除して、建物10の最大変形角θを算出する工程(ステップS6A)と、を含む。
このような構成によれば、建物10の1質点系振動モデルMを構築する際に基づく建物10の1次固有周期を、建物10の基礎部10bで観測された加速度波形データのフーリエスペクトルと、建物10の上部10tで観測された加速度波形データのフーリエスペクトルとから算出された、双方の振幅比(建物10の上部10tのフーリエスペクトル/建物10の基礎部10bのフーリエスペクトル)であるフーリエ振幅比の、ピーク振動数を基に算出している。このため、建物10の1次固有周期は、地盤周期の影響が適切に除去された、建物10自体の1次固有周期となる。これにより、軟弱地盤上の建物10であっても、建物10の被災度を精度良く推定できる。
また、上記のように、ピーク振動数は、建物10の基礎部10bで観測された加速度波形データのフーリエスペクトルと、建物10の上部10tで観測された加速度波形データのフーリエスペクトルとから算出される。すなわち、演算が時間領域ではなく周波数領域において行われるために、建物10の基礎部10bに設置された地震センサ12Aと、建物10の上部10tに設置された地震センサ10tとの間で、時間的に同期させる必要がない。
したがって、上記のような建物10の最大変形角を算出する方法を適用することで、複数のセンサを用いた、センサ間の同期が不要で構成が簡潔な、かつ、軟弱地盤に設けられた建物10に対しても適用可能な、建物10の健全性モニタリングシステム1を提供することが可能となる。
【符号の説明】
【0036】
1 健全性モニタリングシステム 22 地震情報取得判別部
10 建物 23 変位波形算出部
10b 基礎部 24 変形角推定部
10t 上部 25 構造性能指標推定部
12A、12B 地震センサ Td 1次固有周期
21 地震情報取得部 f ピーク振動数