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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-24
(45)【発行日】2024-05-07
(54)【発明の名称】溶接棒用線材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240425BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20240425BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240425BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20240425BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20240425BHJP
   B23K 35/40 20060101ALI20240425BHJP
   B23K 9/18 20060101ALI20240425BHJP
   B23K 9/14 20060101ALI20240425BHJP
   B23K 9/167 20060101ALI20240425BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
C22C38/00 302A
C22C38/04
C22C38/58
C21D8/06 B
B23K35/30 320A
B23K35/40 330
B23K9/18 Z
B23K9/14 Z
B23K9/167 A
B23K9/173 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022522588
(86)(22)【出願日】2020-10-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-12-15
(86)【国際出願番号】 KR2020013581
(87)【国際公開番号】W WO2021075777
(87)【国際公開日】2021-04-22
【審査請求日】2022-05-25
(31)【優先権主張番号】10-2019-0128586
(32)【優先日】2019-10-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イ,ボン‐クン
(72)【発明者】
【氏名】ジョン,ソン‐フン
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2018-0074860(KR,A)
【文献】国際公開第2020/203334(WO,A1)
【文献】特開昭56-059597(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0078621(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/04
C22C 38/58
C21D 8/06
B23K 35/30
B23K 35/40
B23K 9/18
B23K 9/14
B23K 9/167
B23K 9/173
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接棒用線材であって、
質量%で、炭素(C):0.05~0.8%、マンガン(Mn):18~31%、シリコン(Si):0.05~0.7%、窒素(N):0.15%以下、リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下を含み、ニッケル(Ni):8%以下、クロム(Cr):3.5%以下、モリブデン(Mo):3.5%以下、及びバナジウム(V):0.3%以下からなる群から選択された1種以上をさらに含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、
下記関係式1及び関係式2を満たし、
前記溶接棒用線材を用いる溶接は、サブマージアーク溶接(SAW)、手動溶接(SMAW)、及びガスメタルアーク溶接(GMAW)のいずれか一つであることを特徴とする溶接棒用線材。
[関係式1]Mn+1.6Ni+15(C+N)≧24
[関係式2]10(C+N)+1.5Cr+2Mo+1.5V-0.1Mn-0.16Ni≧0
(関係式1及び2において、各元素は質量含有量を意味する。)
【請求項2】
前記線材の微細組織は、オーステナイト単相組織であることを特徴とする請求項1に記載の溶接棒用線材。
【請求項3】
前記線材は、常温引張強度が850MPa以下であることを特徴とする請求項1に記載の溶接棒用線材。
【請求項4】
質量%で、炭素(C):0.05~0.8%、マンガン(Mn):18~31%、シリコン(Si):0.05~0.7%、窒素(N):0.15%以下、リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下を含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、下記関係式1を満たす鋼片またはインゴットを用意する段階、
前記鋼片またはインゴットを800~1250℃の温度範囲で熱処理した後、ビレットを製造する段階、及び
前記ビレットを800~1250℃の温度範囲で線材圧延して線材を製造する段階を含むことを特徴とする溶接棒用線材の製造方法。
[関係式1]Mn+1.6Ni+15(C+N)≧24
(関係式1において、各元素は重量含有量を意味する。)
【請求項5】
前記鋼片またはインゴットは、質量%で、ニッケル(Ni):8%以下、クロム(Cr):3.5%以下、モリブデン(Mo):3.5%以下、及びバナジウム(V):0.3%以下からなる群から選択された1種以上をさらに含み、下記関係式2を満たすことを特徴とする請求項に記載の溶接棒用線材の製造方法。
[関係式2]10(C+N)+1.5Cr+2Mo+1.5V-0.1Mn-0.16Ni≧0
(関係式2において、各元素は質量含有量を意味する。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接棒用素材及びその製造方法に係り、より詳しくは、常温強度及び引き抜き特性に優れた溶接棒用線材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、溶接材料である溶接棒は、その素材として線材を主に用い、このような線材は熱間圧延した後、常温で引き抜く過程を経て製造される。このとき、特定の直径に引き抜かれてサブマージアーク溶接、被覆アーク溶接、ガスメタルアーク溶接、ガスタングステンアーク溶接用などの素材として生産され、使用される。
このような溶接棒用線材を用いて、当該溶接方法で母材の溶接を行うことによって形成された溶接部は、構造物の安定性などの理由から高い衝撃靭性、常温強度などが求められる。
一例として、極低温用素材(母材)の場合、溶接した溶接部における衝撃靭性の保証値は-196℃で27Jを満たし、常温強度400MPa、引張強度660MPaを満たす必要がある。これは、現在広く用いられている素材の規格値であり、上記規格値を満たすと、より高い温度領域の-100℃、-80℃などの素材にも適用できる。
【0003】
従来の溶接材料用素材は、ニッケル(Ni)を50重量%以上含有し、強度向上のためにクロム(Cr)及びモリブデン(Mo)を合計で30重量%以上含む線材が適用されてきた。代表的な例としては、インコネル及びハステロイ素材がある。
これらの素材は現在、極低温環境で広く通用され、用いられているが、価格的に高価なNi、Cr、Moなどの合金元素が多量使用された高価な製品であるため、産業現場での施工費上昇の原因となっている。
このため、母材溶接部の物性値を満たすことができ、常温で引き抜き特性に優れ、経済的にも有利な溶接材料用素材の開発が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】韓国公開特許第10-2015-0039225号公報
【文献】韓国公開特許第10-2013-0052523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的とするところは、溶接材料用素材、特に、溶接棒に適した線材として、引き抜き特性に優れ、溶接後の溶接部の常温引張強度が高く、極低温の衝撃靭性に優れた溶接棒用線材を提供することにある。
本発明の課題は、上記の内容に限定されない。本発明の課題は、本明細書の全般的な内容から理解することができ、本発明が属する技術分野における通常の知識を有する者であれば、本発明のさらなる課題を理解するのに何ら困難がない。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の溶接棒用線材は、重量%で、炭素(C):0.05~0.8%、マンガン(Mn):18~31%、シリコン(Si):0.05~0.7%、窒素(N):0.15%以下、リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下、残部Fe及び不可避不純物からなり、下記関係式1を満たすことを特徴とする。
[関係式1] Mn+1.6Ni+15(C+N)≧24
(関係式1において、各元素は重量含有量を意味する。)
【0007】
本発明の溶接棒用線材の製造方法は、上記の合金組成及び関係式1を満たす鋼片またはインゴットを用意する段階、前記鋼片またはインゴットを800~1250℃の温度範囲で熱処理した後、ビレットを製造する段階、及び前記ビレットを800~1250℃の温度範囲で線材圧延して線材を製造する段階を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、安価で溶接棒用素材として要求される物性を有する線材を提供することができる。
特に、本発明は、従来主に溶接棒用線材製作のために主に使用されてきた高価な元素を大幅に減らしても、溶接後の溶接部の常温強度及び極低温の衝撃靭性に優れ、常温で線材の引張強度が850MPa以下、伸び率が30%以上を有し、引き抜き特性に優れた線材を提供することができる。これによって、本発明の線材は溶接棒用線材として有利に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】シェフラー線図(Schaeffler Diagram、出典published in 1948(A.L.Schaeffler、Iron Age 162、72(1948)))を示した図面である。
図2】本発明の一実施例による発明例及び比較例の溶接部の微細組織の写真であリ、(a)は発明例7、(b)は比較例1を示す。
図3】本発明の一実施例による[関係式1]と溶接部の極低温の衝撃靭性との関係を示すグラフである。
図4】本発明の一実施例による[関係式2]と溶接部の常温靭性との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、溶接棒として用いられる従来の素材の限界を確認し、安価でも溶接部に要求される物性値を確保でき、引き抜き特性に優れた素材を開発するために鋭意研究を重ねた。
その結果、従来溶接棒用素材を製作するために使用してきた高価な元素の代わりに、低原価の元素を活用することで、製造費用は大きく低減させながらも、従来素材に対して溶接時に同等以上の物性を有する溶接部を形成することができる線材を開発し、本発明を完成するに至った。
【0011】
特に、溶接棒用線材は熱間圧延して得た線材を常温で引き抜いて製作するため、優れた常温加工性が求められるが、このために本発明では常温で安定する元素を適切に活用して成分系を最適化することに技術的意義がある。
具体的には、本発明は、常温加工性の場合、合金元素のオーステナイト安定度及び引き抜き時の加工類型によって 左右されることを確認し、それに適した元素として炭素(C)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、窒素(N)などを適正な含量に制御すると同時に、これら元素の間の含量関係を提示することに務めた。
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の一側面による溶接棒用線材は、重量%で、炭素(C):0.05~0.8%、マンガン(Mn):18~31%、シリコン(Si):0.05~0.7%、窒素(N):0.15%以下、リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下を含むことがよい。
【0013】
以下では、本発明で提供する溶接棒用線材の合金組成を上記のように制限する理由について詳細に説明する。
なお、本発明で特に断りのない限り、各元素の含有量は重量を基準とし、組織の割合は面積を基準とする。
【0014】
炭素(C):0.05~0.8%
炭素(C)は、オーステナイト形成元素であり、極低温環境における溶接部の衝撃靭性の向上及び常温強度を向上させるのに有利である。
このCの含有量が0.05%未満であると、目標とする常温強度の確保が難しく、一方、その含有量が0.8%を超えると、溶接中に高温割れ、溶接フューム(fume)、及びスパッタ(spatter)の発生を助長するという問題がある。
このため、Cは0.05~0.8%含まれることが好ましく、より有利には0.78%以下含まれることがよい。
【0015】
マンガン(Mn):18~31%
マンガン(Mn)は、Cと同様にオーステナイトを形成する元素であり、極低温における衝撃靭性を向上させるのに有利な元素である。
このMnの含有量が18%未満であると、極低温における応力誘起変態などによって衝撃靭性が劣化する問題があり、一方、その含有量が31%を超えると、強度が低下し、多量のフューム(fume)を誘発するようになる。
このため、Mnは18~31%含むことがよい。
【0016】
シリコン(Si):0.05~0.7%
シリコン(Si)は、溶接時の溶接材料の流動性の向上のために添加される元素であり、脱酸効果にも有利である。上記の効果を十分に得るためには、Siを0.05%以上含むことが好ましい。但し、その含有量が0.7%を超えると 共晶化合物が過度に析出して耐割れ性が低下する虞がある。
このため、Siは0.05~0.7%含むことがよい。
【0017】
窒素(N):0.15%以下
窒素(N)は、上記Cと同様にオーステナイト形成元素であり、極低温環境で溶接部の衝撃靭性の向上及び常温強度を向上させるのに効果がある。それ故に、本発明では、上記Cによる強度向上効果をさらに図るために、Nをさらに添加することができる。
一方、Nの含有量が0.15%を超えると、溶接中の高温割れ及び気孔の発生を助長する問題があるため、これを考慮して、Nは0.15%以下含むことがよい。但し、Nの含量は0%であっても構わない。
【0018】
リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下
リン(P)及び硫黄(S)は、微量の添加によっても低融点化合物を容易に生成して材料の融点を低下させることで、高温割れ感受性を高める虞がある。それ故に、上記P及びSは、可能な限りその含有量を最小化することが好ましい。
上記P及びSは、製造過程中に不可避に添加されることがあり、その含有量がそれぞれ0.02%以下、0.01%以下である場合、線材の物性に影響を及ぼさないため、それぞれの含有量をこのように制限する。
【0019】
本発明の線材は、上記の合金組成以外に、組織構成及び物性確保に有利な元素をさらに含むことができる。
具体的には、本発明の線材は後述するニッケル(Ni)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びバナジウム(V)のうち1種以上をさらに含むことができる。但し、これらの元素を含有しなくても、本発明の組織構成及び物性確保は無理なく実現できる。
【0020】
ニッケル(Ni):8%以下
ニッケル(Ni)は、オーステナイト形成元素であり、線材の組織を全べてオーステナイト組織で形成して極低温靭性を確保するために添加することができる。
このようなNiは、その含有量が8%を超える場合、常温強度低下を引き起こすため、好ましくない。したがって、上記Niは8%以下含むことがよい。
一方、本発明では、上記したC、Mn、Nなどを十分に含有することで、線材の組織が全べてオーステナイトで形成され得る場合であれば、上記Niは含有しなくともよい。
【0021】
クロム(Cr):3.5%以下
クロム(Cr)は、フェライト形成元素であり、フェライトの生成を促進させてオーステナイト領域を拡張する役割を果たす(図1を参照)。それ故に、上記Crの含有量が高いほど常温強度を向上させるのに有利であるが、一定以上に添加すると、Cと結合して炭化物を生成させて極低温の衝撃靭性を低下させる虞がある。
よって、上記Crの添加は、常温における強度向上及びオーステナイト安定度の向上のために最大3.5%含有することがよい。
【0022】
モリブデン(Mo):3.5%以下
モリブデン(Mo)は、上記Crに比べて常温強度向上の効果に優れ、Cとの結合力がCrに比べて低いため、添加時のCrに比べて極低温の衝撃靭性の低下が少ない利点がある。但し、Moは高価な元素であるため一定量以上を添加する場合、製造費用が大巾に上昇し、また、極低温の衝撃靭性の低下も引き起こすことになる。
このため、上記Moの添加時の製造費用及び強度向上を考慮して最大3.5%含有することがよい。
【0023】
バナジウム(V):0.3%以下
バナジウム(V)は、上記Cr及びMoに比べて常温強度向上の効果に優れる。但し、上記Vの価格は、Crに比べて10倍以上、Moに比べて4倍以上高いため、低費用素材を得るのに限界がある。
それ故に、上記Vの添加時の製造費用を考慮して最大0.3%含有することがよい。
【0024】
本発明の残りの成分は鉄(Fe)である。但し、通常の製造過程では、原料または周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入され得るため、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の製造過程の技術者であれば、誰もが分かることであるため、その内容について特に本明細書では言及しない。
【0025】
上記の合金組成を有する本発明の線材は、その含有量の範囲内で次の成分関係式を満たすことが好ましい。
第1に、本発明はオーステナイト形成に有利な元素の関係を下記[関係式1]とし、その値は24以上であることが好ましい。
第2に、本発明はオーステナイト組織を示し、目標レベル以上の強度を有することができる元素の関係を下記[関係式2]とし、その値は0以上であることが好ましい。
[関係式1]Mn+1.6Ni+15(C+N)≧24
[関係式2]10(C+N)+1.5Cr+2Mo+1.5V-0.1Mn-0.16Ni≧0
(関係式1及び2において、各元素は重量含有量を意味する。)
【0026】
一般的に、鋼のオーステナイト安定度は、Schaeffler Diagramによって計算され、このとき、Ni当量及びCr当量という値で計算される。上記Ni当量及びCr当量については、それぞれその数式が[Ni+0.5Mn+30(C+N)]及び[Cr+2.5Si+1.8Mo]であることが知られている。
これに対し、本発明の線材は、従来Ni、Crなどを多量に含む素材とは全く相違し、新規な成分組成から構成されるため、合金元素間の関係を新たに究明する必要があった。
【0027】
このため、本発明では、上記の[関係式1]及び[関係式2]を特定し、これを満たす線材を提供することで、線材状態で常温引張強度がやや低く、優れた引き抜き特性を有し、溶接後には常温引張強度が目標レベル以上でありながら、極低温環境で要求される物性を有する溶接部を形成することができる溶接棒用線材を完成することができた。
特に、本発明で提案する合金成分系において、[関係式1]の値を満たすことにより製造される線材の組織は安定したオーステナイトを形成することができる。これによって強度は850MPa以下であり、伸び率が30%以上を示すことで、引き抜き特性に優れ、溶接後の溶接部でも安定してオーステナイトを確保することができる。すなわち、本発明では、線材の組織及び上記線材を用いた溶接後の溶接継ぎ部の組織がオーステナイト組織を同時に有する線材を提供することができる。
【0028】
これにより、本発明は、溶接時に形成された溶接部の極低温(-197℃)の衝撃靭性を27J以上に確保することができる。
さらに、本発明は、線材の常温強度を十分に向上させるためにNi、Cr、Mo、Vの限られた含有量内で[関係式2]を満たすことによって溶接後に組織的にオーステナイト相を維持しながら、常温強度を確保することができる。
【0029】
すなわち、本発明は、提示した合金成分と関係式1及び2を満たすことで、溶接後に溶接部の微細組織がオーステナイト単相組織で形成され、極低温靭性に優れると同時に、常温強度特性に優れた線材を提供することができる。
さらに、本発明の線材は、常温でオーステナイト組織を有しながら、引張強度が850MPa以下であり、伸び率が30%以上を示し、これは溶接棒で製作するための引き抜き加工が可能な機械的物性にであるため、常温加工に有利な効果がある。
【0030】
以下、本発明の溶接棒用線材を製造する方法について詳細に説明する。
まず、上記の合金組成及び成分関係式(関係式1及び2)を満たす鋼片またはインゴット(ingot)を用意した後、これを800~1250℃の温度範囲で熱処理することで、ビレット(billet)を製造する。
上記熱処理時の温度が800℃未満であると、熱間変形抵抗が増加して生産性の低下をもたらす虞がある。一方、その温度が1250℃を超えると、結晶粒が粗大化して靭性が低下する虞がある。
【0031】
上記熱処理されたビレットを線材圧延して線材を得ることができる。
このとき、上記線材圧延は熱間圧延を行い、800~1250℃の温度範囲で行うことが好ましい。上記熱間圧延時の温度が800℃未満であると、圧延中に負荷が大きくなり、変形抵抗が大きくなる虞があり、一方、その温度が1250℃を超えると、結晶粒が過度に粗大化して靭性が低下する虞がある。
【0032】
上記のとおり、熱間圧延を行った後、常温まで冷却して目標とする微細組織と機械的物性を有する線材を得ることができる。
このとき、上記冷却は通常の線材製造工程時に適用される条件で行うことができるため、本発明では特に限定せず、通常の技術者であれば誰でも容易に行うことができる。但し、一例として、上記冷却は水冷で行うことができ、このとき、5℃/s以上の冷却速度で行うことがよい。
【0033】
本発明で提案する合金組成及び製造条件によって製造される最終線材は、微細組織として高い安定性のオーステナイト相を有するようになり、これによって引き抜きが可能な常温強度及び伸び率を有するため、引き抜き加工に有利である。さらに、溶接時に極低温の衝撃靭性及び常温引張特性に優れた溶接部を形成する特性を有することができる。
このとき、上記溶接は具体的に限定しないが、サブマージアーク溶接(SAW)、手動溶接(SMAW)、タングステンアーク溶接(GTAW)及びガスメタルアーク溶接(GMAW)のいずれか一つであることが好ましい。
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。但し、下記実施例は、本発明をより詳細に説明するためのものであり、本発明の権利範囲を限定するためのものではない点に留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項と、それから合理的に類推できる事項によって決定される。
【実施例
【0035】
(実施例)
下記表1に示した合金組成を有するインゴットを用意した後、これを1250℃に加熱してビレットを製造した。上記加熱直後に、ビレットを800~1250℃で直径5.5mmに熱間圧延した後、5℃/s以上の冷却速度で水冷して直径5.5mmの線材を製造した。
【0036】
上記によって製造された線材の引張特性を確認するために、JIS5号の規格によって引張試験片を製作した後、引張試験機(ツビック/ローエル社)を用いて常温(約25~30℃)で40mm/minの速度で降伏強度(YS)及び引張強度(TS)を測定し、その結果を下記表2に示した。
また、上記引張試験片と同一の試験片について微細組織を測定し、イメージ分析器(image analyzer、オリンパス社)で測定して相(phase)の種類を確認した。
【0037】
この後、各線材を直径4mmとなるように引き抜き加工を行った。このとき、800~1250℃で熱処理する工程を伴い、必要に応じて水素が含有された還元性雰囲気の環境下で引き抜きを行った。
上記引き抜きを完了した線材を溶接棒として、高マンガン鋼(被溶接材、重量%0.4%C-24%Mn-0.3%Si-残部Fe及び不可避不純物を含有)を3.0kJ/mmの入熱量でサブマージアーク溶接を行い、溶着金属の物性を評価した。
【0038】
溶着金属の強度特性は、溶接線方向に中心部に沿って棒状に引張試験片を採取した後、引張試験機(ツビック/ローエル社)を用いて常温(約25~30℃)で40mm/minの速度で降伏強度(YS)及び引張強度(TS)を測定した。
また、上記引張試験片と同一の試験片について微細組織を測定し、イメージ分析器(image analyzer、オリンパス社)で測定して相(phase)の種類を確認した。
そして、溶着金属の衝撃特性は、溶接線方向の垂直に溶着金属の中心部で標準試験片(KS B0809Vノッチ試験片)で採取した後、シャルピー衝撃試験機を用いて-196℃で測定した。
各測定結果は、下記表2に示した。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
(表2において、α’はアルファプライムマルテンサイト、γはオーステナイト相を意味する。)
【0041】
上記表1及び2に示したとおり、本発明で提案する合金成分系内において、[関係式1]及び[関係式2]を満たす発明例1~14は、線材だけでなく、溶接後の溶接部の組織がいずれもオーステナイト単相組織で形成され、引き抜き加工に有利なレベルの強度(引張強度850MPa以下)を示すことが確認できる。また、表に記載してはいないが、本発明の線材(発明例1~14)はいずれも30%以上の伸び率を有する。
さらに、このような線材を引き抜いた後、溶接棒として用いて溶接した場合、極低温の衝撃靭性及び常温強度に優れた溶接部の特性が得られることが確認できた。
但し、他の発明例に比べてMn含有量が比較的少なく、C含有量が多い発明例4の場合には、溶接部の衝撃靭性が30Jと多少低く表れたが、要求される物性を上回るレベルであることが確認できる。これは、炭素(C)がマンガン(Mn)に固溶されるところ、線材内のマンガン(Mn)含有量が少ないため、Cの全量をMnが固溶しきれず、一部炭化物として存在することに起因するものと推定された。
【0042】
一方、マンガン(Mn)の含有量が18%未満であり、[関係式1]の値が24未満である比較例1~8は、[関係式2]の値が0以上であっても組織的に一部マルテンサイト相が形成されたことを確認することができる。これにより、溶接時の極低温の衝撃靭性が27J未満であり、目標とする常温強度も満たさない溶接部が形成された。これは、常温引張試験時のマルテンサイト組織が優先的に破断して強度が劣化した結果である。
一方、マンガン(Mn)を18%以上含有する比較例9~12は、組織的にオーステナイト単相組織が形成されることによって、極低温の衝撃靭性が27J以上である溶接部が得られた。しかし、いずれも本発明で提案する[関係式2]の値が0未満であって、溶接部の常温強度が劣っていた。
【0043】
図2は、発明例7と比較例1に該当する線材を用いて溶接した後に形成された溶接部の微細組織の写真であり、(b)の比較例1は、オーステナイト相とマルテンサイト相が混合して形成されたのに対し、(a)の発明例7は、オーステナイト単相組織が形成されたことを確認することができる。図2の黒い点は、溶接時に生成された酸化物である。
【0044】
図3は、本発明が提案する[関係式1]と溶接部の極低温の衝撃靭性との関係を示すグラフである。
図3に示したとおり、本発明で特定された合金成分の合計で上記[関係式1]の値が25以上である場合にのみ、-196℃で極低温の衝撃靭性が27J以上である溶接部が得られることが分かる。
【0045】
図4は、本発明が提案する[関係式2]と溶接部の常温強度との関係を示すグラフである。
図4に示したとおり、本発明で特定した合金成分の合計で上記[関係式2]の値が0以上である場合にのみ、降伏強度が400MPa以上であり、引張強度が660MPa以上である溶接部が得られることが分かる。
【0046】
これによって、本発明で制限する合金成分系、すなわち、一定量の炭素、マンガンなどを含有する線材を溶接棒用に好適に適用するためには、本発明に係る[関係式1]、さらに[関係式2]を満たす必要があることが分かる。
さらに、従来の溶接棒用線材製作のために使用してきた高価な元素を大巾に減らすことで、安価で溶接棒用素材として要求される物性を有する線材を提供することができる。
図1
図2
図3
図4