(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-25
(45)【発行日】2024-05-08
(54)【発明の名称】タングステン線、ソーワイヤー及びスクリーン印刷用タングステン線
(51)【国際特許分類】
C22C 27/04 20060101AFI20240426BHJP
C22F 1/18 20060101ALN20240426BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240426BHJP
【FI】
C22C27/04 101
C22F1/18 B
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 631B
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2020106591
(22)【出願日】2020-06-19
【審査請求日】2023-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【氏名又は名称】新居 広守
(74)【代理人】
【識別番号】100137235
【氏名又は名称】寺谷 英作
(74)【代理人】
【識別番号】100131417
【氏名又は名称】道坂 伸一
(72)【発明者】
【氏名】金沢 友博
(72)【発明者】
【氏名】神山 直樹
(72)【発明者】
【氏名】辻 健史
(72)【発明者】
【氏名】井口 敬寛
(72)【発明者】
【氏名】仲井 唯
(72)【発明者】
【氏名】中畔 哲也
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-131841(JP,A)
【文献】特開2018-167558(JP,A)
【文献】特開昭57-039152(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 27/04
C22F 1/18
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン又はタングステン合金からなるタングステン線であって、
前記タングステン線におけるタングステンの含有率は、99mass%以上であり、
前記タングステン線の線軸に垂直な方向における表面結晶粒の幅の平均値は、98nm以下であり、
前記タングステン線の引張強度は、3900MPa以上であり、
前記タングステン線の線径は、100μmより大きく225μm以下である、
タングステン線。
【請求項2】
タングステン又はタングステン合金からなるタングステン線であって、
前記タングステン線におけるタングステンの含有率は、99mass%以上であり、
前記タングステン線の線軸に垂直な方向における表面結晶粒の幅の平均値は、98nm以下であり、
前記タングステン線の引張強度は、3900MPa以上であり、
前記タングステン線の線径は、18μm以上225μm以下であり、
前記引張強度をT[MPa]とし、前記線径をD[mm]とした場合、
T≧4758×D
2-7258.3×D+5275.5
が成立する、
タングステン線。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載のタングステン線を備えるソーワイヤー。
【請求項4】
請求項1
又は2に記載のタングステン線を備えるスクリーン印刷用タングステン線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タングステン線、ソーワイヤー及びスクリーン印刷用タングステン線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、タングステンに対する合金比率を上げた高い引張強度を有するタングステン合金線からなる医療用針が知られている(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1には、線径が0.10mmのタングステン合金線で、引張強度が最大で4459.0N/mm2(=MPa)になることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
医療用針に限らず、様々な分野での有効活用のためには、従来よりも引張強度が高いタングステン線が求められている。金属線として最大強度を持つピアノ線よりも、化学的に安定であり、かつ、高い弾性率及び高い融点を有するタングステンには工業的な期待が大きい。
【0005】
そこで、本発明は、ピアノ線の一般的な引張強度よりも高い引張強度を有するタングステン線、ソーワイヤー及びスクリーン印刷用タングステン線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係るタングステン線は、タングステン又はタングステン合金からなるタングステン線であって、前記タングステン線の線軸に垂直な方向における表面結晶粒の幅の平均値は、98nm以下であり、前記タングステン線の引張強度は、3900MPa以上であり、前記タングステン線の線径は、100μmより大きく225μm以下である。
【0007】
また、本発明の一態様に係るタングステン線は、タングステン又はタングステン合金からなるタングステン線であって、前記タングステン線の線軸に垂直な方向における表面結晶粒の幅の平均値は、98nm以下であり、前記タングステン線の引張強度は、3900MPa以上であり、前記タングステン線の線径は、18μm以上225μm以下であり、前記引張強度をT[MPa]とし、前記線径をD[mm]とした場合、T≧4758×D2-7258.3×D+5275.5が成立する。
【0008】
本発明の一態様に係るソーワイヤーは、前記タングステン線を備える。
【0009】
本発明の一態様に係るスクリーン印刷用タングステン線は、前記タングステン線を備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ピアノ線の一般的な引張強度よりも高い引張強度を有するタングステン線などを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施の形態に係るタングステン線の模式的な斜視図である。
【
図2A】
図2Aは、実施例1に係るタングステン線の表面を拡大して示す図である。
【
図2B】
図2Bは、実施例2に係るタングステン線の表面を拡大して示す図である。
【
図2C】
図2Cは、実施例3に係るタングステン線の表面を拡大して示す図である。
【
図2D】
図2Dは、実施例4に係るタングステン線の表面を拡大して示す図である。
【
図2E】
図2Eは、実施例5に係るタングステン線の表面を拡大して示す図である。
【
図3】
図3は、表面結晶粒の幅の平均値と引張強度との関係を示す図である。
【
図4】
図4は、線径と引張強度との関係を示す図である。
【
図5】
図5は、実施の形態に係るタングステン線の製造方法を示すフローチャートである。
【
図6】
図6は、実施の形態に係る切断装置を示す斜視図である。
【
図7】
図7は、実施の形態に係るスクリーンメッシュを示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下では、本発明の実施の形態に係るタングステン線、ソーワイヤー及びスクリーン印刷用タングステン線について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示すものである。したがって、以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置及び接続形態、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、本発明を限定する趣旨ではない。よって、以下の実施の形態における構成要素のうち、独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0013】
また、各図は、模式図であり、必ずしも厳密に図示されたものではない。したがって、例えば、各図において縮尺などは必ずしも一致しない。また、各図において、実質的に同一の構成については同一の符号を付しており、重複する説明は省略又は簡略化する。
【0014】
また、本明細書において、垂直又は一致などの要素間の関係性を示す用語、及び、円形又は長方形などの要素の形状を示す用語、並びに、数値範囲は、厳格な意味のみを表す表現ではなく、実質的に同等な範囲、例えば数%程度の差異をも含むことを意味する表現である。
【0015】
(実施の形態)
[タングステン線]
まず、実施の形態に係るタングステン線の構成について説明する。
【0016】
図1は、本実施の形態に係るタングステン線10の模式的な斜視図である。
図1では、タングステン線10が巻取り用の芯材に巻き付けられている例を示しており、さらに、タングステン線10の一部を拡大して模式的に示している。
【0017】
本実施の形態に係るタングステン線10は、タングステン(W)又はタングステン合金からなる。タングステン線10におけるタングステンの含有率は、例えば99mass%以上である。タングステンの含有率は、99.5mass%以上でもよく、99.9mass%以上でもよく、99.99mass%以上でもよい。なお、タングステンの含有率は、タングステン線10の重さに対するタングステンの重さの割合である。後述するレニウム(Re)及びカリウム(K)などの他の金属元素などの含有率についても同様である。
【0018】
タングステン合金は、例えば、レニウムとタングステンとの合金(ReW合金)である。レニウムの含有率が高い程、タングステン線10の引張強度を高めることができる。なお、レニウムの含有率が高すぎる場合、例えばレニウムの含有率が9mass%を超える場合には、タングステン線10の引張強度を高く保ったまま、タングステン線の細線化を行うと、断線が発生し、長尺での線引きが難しくなる。
【0019】
本実施の形態では、タングステン線10におけるレニウムの含有率は、0.1mass%以上1mass%以下である。例えば、レニウムの含有率は、0.5mass%以上であってもよい。
【0020】
なお、タングステン線10には、製造上避けられない不可避的な不純物が含まれていてもよい。また、タングステンの含有率は、99mass%未満であってもよい。レニウムの含有率は、1mass%より大きくてもよい。
【0021】
タングステン線10の線径は、225μm以下である。例えば、タングステン線10の線径は、100μmより大きく、225μm以下である。なお、タングステン線10の線径は、100μm以下であってもよい。タングステン線10の線径は、18μm以上225μm以下であってもよい。
【0022】
本実施の形態では、タングステン線10の線径は、均一である。なお、完全に均一でなくてもよく、線軸方向に辿った場合に部位によって例えば1%などの数%程度の差が含まれていてもよい。タングステン線10は、
図1に示されるように、例えば、線軸Pに直交する断面における断面形状が円形である。断面形状は、正方形、長方形又は楕円形などであってもよい。
【0023】
また、タングステン線10の弾性率は、350GPa以上450GPa以下である。ここで、弾性率は、縦弾性係数である。なお、ピアノ線の弾性率は、一般的に150GPaから250GPaの範囲である。つまり、タングステン線10は、ピアノ線の約2倍の弾性率を有する。弾性率が約2倍であるということは、同線径でタングステン線のたわみ量はピアノ線の約1/2となる。なお、たわみ量は、タングステン線又はピアノ線を両端で支持したときにたわむ量であり、各線を“梁(はり)”として近似することで求められる。たわみ量が同じとすると、タングステン線10の線径は、ピアノ線の線径を100%としたときに、約84%になり、約16%細くすることができる。ソーワイヤーとして利用する場合には、切り代を削減することができる。
【0024】
弾性率が350GPa以上であることで、タングステン線10が変形しにくくなる。すなわち、タングステン線10が伸びにくくなる。一方で、弾性率が450GPa以下であることで、弾性率が高くても、引張強度(応力)が十分に高いと弾性域の伸び(歪)が大きくなるのでタングステン線10を変形させることが可能になる。具体的には、タングステン線10を屈曲させることができるので、例えば、ソーワイヤーとして利用する場合にガイドローラーなどへの巻き付けを容易に行うことができる。
【0025】
タングステン又はタングステン合金からなるタングステン線10の引張強度は、3900MPa以上である。また、タングステン線10の引張強度は、5000MPa以上であってもよく、5300MPa以上であってもよい。タングステン線10の引張強度は、タングステン線10におけるレニウムの含有率、線径及び表面結晶粒の幅の平均値の各々に対して所定の相関関係を有する。このため、タングステン線10の引張強度は、レニウムの含有率、線径、及び、表面結晶粒の幅の平均値の少なくとも1つを適宜調整することで、所望の値にすることができる。例えば、約5500MPaを超える高い引張強度を有するタングステン線10を実現することができる。以下では、引張強度と各種パラメータとの関係について説明する。
【0026】
[表面結晶粒の幅の平均値]
まず、タングステン線の引張強度と表面結晶粒の幅の平均値との関係について説明する。
【0027】
表面結晶粒は、タングステン線の表面におけるタングステン又はタングステン合金の結晶粒である。本実施の形態に係るタングステン線では、線軸Pに直交する方向における表面結晶粒の幅の平均値が98nm以下である。線軸Pに直交する方向における表面結晶粒の幅とは、線軸Pに直交する方向に沿った表面結晶粒の長さである。
【0028】
以下では、発明者らが製造した複数のタングステン線のサンプルの引張強度と表面結晶粒の幅との関係について説明する。
【0029】
図2A~
図2Eはそれぞれ、実施例1~5に係るタングステン線の表面を拡大して示す図である。各図は、タングステン線の表面のSEM(Scanning Electron Microscope)像を示している。各図が示す範囲は、例えば、
図1に示されるように、タングステン線10の表面20の破線で囲まれた矩形の範囲に相当する。各図において、同一の濃さ(色)の範囲が1つの結晶粒を示している。各図の紙面左右方向が線軸Pに平行な方向である。結晶粒は、線軸Pに沿った方向に長尺に延びている。
【0030】
各図において、中央付近に引かれた実線Lは、線軸Pに垂直な方向に延びる直線である。表面結晶粒の幅の平均値は、各図に示される範囲内において、実線Lに沿って結晶粒と結晶粒との境界(すなわち、粒界)の数を計数することで算出される。具体的には、計数範囲における実線Lの長さを「粒界数+1」で割ることにより、表面結晶粒の幅の平均値が算出される。なお、各図において、実線Lに直交する短い複数の線分がそれぞれ、粒界を表している。
【0031】
粒界数の計数結果に基づいて算出された表面結晶粒の幅の平均値と引張強度との関係を表1に表す。
【0032】
【0033】
なお、表1に示される実施例1~5は、99.5mass%のタングステン線である。表1における加工率は、常温線引きの加工率である。加工率の詳細については、タングステン線の製造方法とともに後で説明する。
【0034】
図3は、表面結晶粒の幅の平均値と引張強度との関係を示す図である。
図3において、横軸は表面結晶粒の幅の平均値[nm]を表し、縦軸は引張強度[MPa]を表している。また、
図3の各プロットの傍に記載した1~8の数値は、各プロットが実施例1~8の各々の測定結果であることを意味している。
【0035】
表1及び
図3に示されるように、表面結晶粒の幅の平均値と引張強度とには負の相関関係が存在する。つまり、表面結晶粒の幅の平均値が小さい程、引張強度は高くなる。特に、実施例2と実施例3とを比較して分かるように、線径が同じ32μmであり、タングステンの含有率が同じ99.5
mass%であっても、表面結晶粒の幅の平均値が異なることで、引張強度を異ならせることができる。なお、表面結晶粒の幅の平均値は、常温線引きの加工率を異ならせることで調整される。具体的には、常温線引きの加工率が高くなる程、表面結晶粒の幅の平均値を小さくすることができ、引張強度を高めることができる。
【0036】
図3には、線径が50μmの複数のサンプル(実施例6~8)も丸印のプロットで表している。実施例6~8の各々の表面結晶粒の幅の平均値と引張強度との関係を表2に表す。
【0037】
【0038】
実施例6~8に係るサンプルの引張強度と表面結晶粒の幅の平均値との関係について、多項式近似により求めると、引張強度をT[MPa]とし、表面結晶粒の幅の平均値をW[nm]とした場合、以下の式(1)が成立する。
【0039】
(1) T=0.3088×W2-72.798×W+8516.8
【0040】
なお、タングステン線の線径が異なると式(1)の係数も変化するが、引張強度Tと表面結晶粒の幅の平均値Wとに負の相関関係が有することには変わりない。また、線径が大きく異なるような場合であっても、
図3に示されるように、引張強度Tと表面結晶粒の幅の平均値Wとは、おおよそ式(1)で示される曲線を基準として-500MPaから+200MPaの範囲に含まれる関係を有する。つまり、線径によらず、引張強度Tと表面結晶粒の幅の平均値Wとは、以下の式(2)の不等式で表される関係を満たしている。
【0041】
(2) 0.3088×W2-72.798×W+8016.8≦T≦0.3088×W2-72.798×W+8716.8
【0042】
以上のように、表面結晶粒の幅の平均値を小さくすることにより、高い引張強度を有するタングステン線を実現することができる。
【0043】
[線径]
次に、タングステン線の引張強度と線径との関係について説明する。
【0044】
図4は、線径と引張強度との関係を示す図である。
図4において、横軸はタングステン線の線径[μm]を表し、縦軸はタングステン線の引張強度[MPa]を表している。
図4の各プロットの傍に記載した1~5、9~11の数値は、各プロットが実施例1~5、9~11の各々の測定結果であることを意味している。
【0045】
図4に示されるように、線径と引張強度とには負の相関関係が存在する。つまり、線径が小さい程、引張強度が高くなり、線径が大きい程、引張強度が低くなる。
【0046】
本実施の形態に係るタングステン線では、線径をD[mm]とした場合、以下の式(3)の範囲が満たされる。
【0047】
(3) 4758×D2-7258.3×D+5275.5≦T≦4758×D2-7258.3×D+6100
【0048】
式(3)の不等式の左側の二次関数は、
図4の実線で表される。
図4の実線は、常温線引きの加工率が70%のプロット(丸印で示される5つのプロット)を用いて多項式近似によって求めたものである。丸印の5つのプロットは、表1に示される実施例1、3~5と表3に示される実施例9とに対応している。
【0049】
【0050】
式(3)の不等式の右側の二次関数は、
図4の破線で表される。
図4の破線は、
図4の実線を平行移動した線であり、かつ、実施例2(常温線引きの加工率が90%)に相当する三角印のプロットを通る線である。つまり、同じ線径であっても、常温線引きの加工率を高めることで、引張強度を高めることができる。
【0051】
なお、
図4には、特許文献1に開示された従来の線径と引張強度との関係を満たす範囲を点線で表している。本実施の形態によれば、常温線引きの加工率を70%以上にし、表面結晶粒の幅の平均値を調整することにより、従来よりも高い引張強度のタングステン線を実現することができる。
【0052】
[レニウムの含有率]
次に、タングステン線におけるレニウムの含有率と線径との関係について説明する。
【0053】
図4には、
図3に示される実施例10及び11を四角印のプロットで表している。
図4から明らかなように、同じ線径であっても、レニウムの含有率を高めることで、レニウムタングステン合金の結晶粒が小さくなりやすい。これにより、タングステン線の引張強度を高めることができる。
【0054】
なお、上述したように、レニウムの含有率が高くなりすぎた場合には、引張強度を高く保ったまま、タングステン線の細線化を行うと、断線が発生し、長尺での線引きが難しい。従来は、タングステン線の引張強度を高めるために、レニウムを10mass%以上含んでいる。このようにレニウムを多く含む場合には、100μm未満の線径のタングステン線を実現することが困難である。また、本実施の形態によれば、たかだか0.5mass%又は1mass%程度のレニウムの含有率でも、また99.5mass%以上のタングステン線でも、従来よりも高い引張強度が実現できていることが分かる。
【0055】
[タングステン線の製造方法]
続いて、本実施の形態に係るタングステン線10の製造方法について、
図5を用いて説明する。
図5は、本実施の形態に係るタングステン線10の製造方法を示すフローチャートである。
【0056】
図5に示されるように、まず、タングステンインゴットを準備する(S10)。具体的には、タングステン粉末の集合物を準備し、準備した集合物に対してプレス及び焼結(シンター)を行うことで、タングステンインゴットを作製する。
【0057】
なお、タングステン合金からなるタングステン線10を製造する場合には、タングステン粉末と金属粉末(例えば、レニウム粉末)とを所定の割合で混合した混合物を、タングステン粉末の集合物の代わりに準備する。タングステン粉末及びレニウム粉末の平均粒径は、例えば3μm以上4μm以下の範囲であるが、これに限らない。
【0058】
次に、作製したタングステンインゴットに対してスエージング加工を行う(S12)。具体的には、タングステンインゴットを周囲から鍛造圧縮して伸展させることで、ワイヤー状のタングステン線に成形する。スエージング加工の代わりに圧延加工でもよい。
【0059】
例えば、スエージング加工を繰り返し行うことで、直径が約15mm以上約25mm以下のタングステンインゴットを、線径が約3mmのタングステン線に成形する。スエージング加工の途中の工程においてアニール処理を実施することにより、以降の処理における加工性を確保する。例えば、径が8mm以上10mm以下の範囲で、2400℃のアニール処理を実施する。ただし、結晶粒微細化による引張強度の確保のため、径が8mm未満のスエージング工程では、アニール処理を実施しない。
【0060】
次に、加熱線引きの前にタングステン線を900℃で加熱する(S14)。具体的には、バーナーなどで直接的にタングステン線を加熱する。タングステン線を加熱することで、以降の加熱線引きで加工中に断線しないようにタングステン線の表面に酸化物層を形成する。
【0061】
次に、加熱線引きを行う(S16)。具体的には、1つ以上の伸線ダイスを用いてタングステン線の線引き、すなわち、タングステン線の伸線(細線化)を加熱しながら行う。加熱温度は、例えば1000℃である。なお、加熱温度が高い程、タングステン線の加工性が高められるので、容易に線引きを行うことができる。加熱線引きは、伸線ダイスを交換しながら繰り返し行われる。1つの伸線ダイスを用いた1回の線引きによるタングステン線の断面減少率は、例えば10%以上40%以下である。加熱線引き工程において、黒鉛を水に分散させた潤滑剤を用いてもよい。
【0062】
所望の線径のタングステン線が得られるまで(S18でNo)、加熱線引き(S16)が繰り返される。ここでの所望の線径は、最後の線引き工程(S20)を行う直前の段階の線径であり、例えば約712μm以下である。
【0063】
加熱線引きの繰り返しにおいては、直前の線引きで用いた伸線ダイスよりも孔径が小さい伸線ダイスが用いられる。また、加熱線引きの繰り返しにおいて、直前の線引き時の加熱温度よりも低い加熱温度でタングステン線は加熱される。例えば、最後の線引き工程の直前の線引き工程での加熱温度は、それまでの加熱温度より低く、例えば400℃であり、結晶粒の微細化に寄与させる。
【0064】
所望の線径のタングステン線が得られ、次の線引き工程が最後である場合(S18でYes)、加工率70%以上で常温線引きを行う(S20)。つまり、加熱をせずにタングステン線の線引きを行うことで、さらなる結晶粒の微細化を実現する。また、常温線引きにより結晶方位を加工軸方向(具体的には、線軸Pに平行な方向)に揃える効果もある。常温とは、例えば0℃以上50℃以下の範囲の温度であり、一例として30℃である。具体的には、孔径が異なる複数の伸線ダイスを用いてタングステン線の線引きを行う。常温線引きでは、水溶性などの液体潤滑剤を用いる。常温線引きでは加熱を行わないため、液体の蒸発が抑制される。したがって、液体潤滑剤として十分な機能を発揮させることができる。従来の伝統的なタングステン線の加工方法である600℃以上の加熱線引きに対し、タングステン線への加熱を行わず、また、液体潤滑剤で冷却しながら加工することで、動的回復及び動的再結晶を抑制し、断線することなく、結晶粒の微細化に寄与させ、高い引張強度を得ることができる。
【0065】
加工率は、常温線引き直前の線径Dbと常温線引き直後の線径Daとを用いて、以下の式(4)で表される。
【0066】
(4) 加工率={1-(Da/Db)2}×100
【0067】
式(4)から分かるように、常温線引きによって線径が大きく減る程、その加工率が大きな値になる。例えば、常温線引き直前の線径Dbが同じであっても、加工率が大きい程、常温線引き直後の線径Daが小さくなる。加工率を大きくすることで、常温線引きによるタングステン線の細線化の程度が大きくなる、つまり、より細いタングステン線が得られる。常温線引きの加工率は、70%以上であるが、80%以上であってもよく、90%以上であってもよく、95%以上であってもよい。
【0068】
常温線引き直後の線径が100μmよりも大きいタングステン線を得るには、常温線引き直前の線径を大きくすればよい。例えば、常温線引きの加工率が70%で線径がほぼ100μmのタングステン線を得るためには、式(4)より約183μmの線径のタングステン線に対して常温線引きを開始すればよい。
【0069】
常温線引きの加工率は、線引きに利用するダイスの形状及び個数を調整することによって変更可能である。なお、使用する伸線ダイスとしては、例えば、線径0.38mmまでは超硬ダイス、線径0.38mmから0.18mmの範囲は焼結ダイヤモンドダイス、線径0.18mmから0.018mmの範囲では単結晶ダイヤモンドダイスを用いる。
【0070】
最後に、常温線引きを行うことで形成された所望の線径のタングステン線に対して、直径を微調整するために、電解研磨を行う(S22)。電解研磨は、例えば、水酸化ナトリウム水溶液などの電解液に、タングステン線と対向電極とを浸した状態で、タングステン線と対向電極との間に電位差が生じることで電解研磨が行われる。
【0071】
以上の工程を経て、本実施の形態に係るタングステン線10が製造される。上記製造工程を経ることで製造直後のタングステン線10の長さは、例えば50km以上の長さであり工業的に利用できる。タングステン線10は、使用される態様に応じて適切な長さに切断され、針又は棒の形状として使用することもできる。このように、本実施の形態では、タングステン線10の工業的に大量生産が可能であり、医療用針、ソーワイヤー、スクリーン印刷用メッシュなどの各種分野に利用することが可能になる。
【0072】
上述した実施例1~11に係るタングステン線10は、以上の工程を経て製造したタングステン線である。レニウムの含有率、常温線引きの加工率及び線径を適宜調整することにより、各実施例に係るタングステン線が製造可能である。
【0073】
また、タングステン線10の製造方法に示される各工程は、例えばインラインで行われる。具体的には、ステップS16で使用される複数の伸線ダイスは、生産ライン上で孔径が小さくなる順で配置される。また、各伸線ダイス間にはバーナーなどの加熱装置が配置されている。また、各伸線ダイス間には電解研磨装置が配置されていてもよい。ステップS16で使用される伸線ダイスの下流側(後工程側)に、ステップS20で使用される複数の伸線ダイスが、孔径が小さくなる順で配置され、最も孔径が小さい伸線ダイスの下流側に電解研磨装置が配置される。なお、各工程は、個別に行われてもよい。
【0074】
[ソーワイヤー]
本実施の形態に係るタングステン線10は、例えば、
図6に示されるように、シリコンインゴット又はコンクリートなどの物体を切断する切断装置1のソーワイヤー2として利用することができる。
図6は、本実施の形態に係る切断装置1を示す斜視図である。
【0075】
図6に示されるように、切断装置1は、ソーワイヤー2を備えるマルチワイヤーソーである。切断装置1は、例えば、インゴット30を薄板状に切断することで、ウェハを製造する。インゴット30は、例えば、単結晶シリコンから構成されるシリコンインゴットである。具体的には、切断装置1は、複数のソーワイヤー2によってインゴット30をスライスすることで、複数のシリコンウェハを同時に製造する。
【0076】
なお、インゴット30は、シリコンインゴットに限らず、シリコンカーバイド又はサファイアなどの他のインゴットでもよい。あるいは、切断装置1による切断対象物は、コンクリート又はガラスなどでもよい。
【0077】
本実施の形態では、ソーワイヤー2は、タングステン線10を備える。具体的には、ソーワイヤー2は、本実施の形態に係るタングステン線10そのものである。あるいは、ソーワイヤー2は、タングステン線10と、タングステン線10の表面に付着された複数の砥粒とを備えてもよい。
【0078】
図6に示されるように、切断装置1は、さらに、2つのガイドローラー3と、支持部4と、張力緩和装置5とを備える。
【0079】
2つのガイドローラー3には、1本のソーワイヤー2が複数回、巻きつけられている。ここでは、説明の都合上、ソーワイヤー2の1周分を1つのソーワイヤー2とみなして、複数のソーワイヤー2が2つのガイドローラー3に巻きつけられているものとして説明する。つまり、以下の説明において、複数のソーワイヤー2は、1本の連続するソーワイヤー2を形成している。なお、複数のソーワイヤー2は、個々に分離した複数のソーワイヤーであってもよい。
【0080】
2つのガイドローラー3は、複数のソーワイヤー2を所定の張力でまっすぐに張った状態で、各々が回転することで、複数のソーワイヤー2を所定の速度で回転させる。複数のソーワイヤー2は、互いに平行で、かつ、等間隔で配置されている。具体的には、2つのガイドローラー3にはそれぞれ、ソーワイヤー2が入れられる溝が所定のピッチで複数設けられている。溝のピッチは、切り出したいウェハの厚みに応じて決定される。溝の幅は、ソーワイヤー2の線径と略同じである。
【0081】
なお、切断装置1は、3つ以上のガイドローラー3を備えてもよい。3つ以上のガイドローラー3の周りに複数のソーワイヤー2が巻きつけられていてもよい。
【0082】
支持部4は、切断対象物であるインゴット30を支持する。支持部4は、インゴット30を複数のソーワイヤー2に向けて押し出すことにより、インゴット30が複数のソーワイヤー2によってスライスされる。
【0083】
張力緩和装置5は、ソーワイヤー2にかかる張力を緩和する装置である。例えば、張力緩和装置5は、つるまきバネ又は板バネなどの弾性体である。
図6に示されるように、例えばつるまきバネである張力緩和装置5は、一端がガイドローラー3に接続され、他端が所定の壁面に固定されている。張力緩和装置5がガイドローラー3の位置を調整することで、ソーワイヤー2にかかる張力を緩和することができる。
【0084】
なお、図示しないが、切断装置1は、遊離砥粒方式の切断装置であって、ソーワイヤー2にスラリーを供給する供給装置を備えていてもよい。スラリーは、クーラントなどの切削液に砥粒が分散されたものである。スラリーに含まれる砥粒がソーワイヤー2に付着することで、インゴット30の切断を容易に行うことができる。
【0085】
引張強度が高いタングステン線10を備えるソーワイヤー2は、ガイドローラー3に強い張力で張ることができる。これにより、インゴット30の切断時のソーワイヤー2の振動が抑制されるので、インゴット30のロスを少なくすることができる。
【0086】
[スクリーンメッシュ]
また、本実施の形態に係るタングステン線10は、スクリーン印刷用タングステン線として利用することができる。具体的には、
図7に示されるように、スクリーン印刷に用いられるスクリーンメッシュ40などの金属製のメッシュの線材として利用することもできる。
【0087】
図7は、スクリーンメッシュ40を示す図である。
図7では、スクリーンメッシュ40の一部のみに網目を模式的に図示しているが、スクリーンメッシュ40の全体が網目状になっている。例えば、スクリーンメッシュ40は、タテ糸及びヨコ糸として製織された複数のタングステン線10を備える。
【0088】
スクリーンメッシュ40は、複数の開口42を有する。開口42は、スクリーン印刷においてインクが通過する部分である。開口42の一部を乳剤又は樹脂(例えばポリイミド)などによって塞ぐことにより、インクが通過できない非通過部が形成される。非通過部の形状を任意の形状にパターニングすることにより、所望の形状でスクリーン印刷が可能になる。
【0089】
なお、スクリーン印刷用タングステン線は、タングステン線10と、タングステン線10の表面を被覆する被覆層とを備えてもよい。被覆層は、例えば乳剤などの保持力を高めるために設けられる。
【0090】
[効果など]
以上のように、本実施の形態に係るタングステン線10は、タングステン又はタングステン合金からなる。タングステン線10の線軸Pに垂直な方向における表面結晶粒の幅の平均値は、98nm以下である。タングステン線10の引張強度は、3900MPa以上である。タングステン線10の線径は、100μmより大きく225μm以下である。
【0091】
これにより、線径が100μmよりも大きいタングステン線においても、ピアノ線の一般的な引張強度よりも高い引張強度を実現することができる。
【0092】
また、例えば、本実施の形態に係るタングステン線10では、タングステン線10の線径は、18μm以上225μm以下であり、引張強度をT[MPa]とし、線径をD[mm]とした場合、T≧4758×D2-7258.3×D+5275.5が成立する。
【0093】
従来も線径が小さくなるにつれて引張強度を高めることができるが、本実施の形態によれば、各線径において従来の引張強度よりも高い引張強度を実現することができる。
【0094】
また、例えば、タングステン線10におけるタングステンの含有率は、99mass%以上である。
【0095】
これにより、合金化する場合においてもレニウムなどの合金材料の含有率を1%以下にすることができる。例えば、レニウムの含有率が少なくなることにより、強度を保ったままの細線化を容易に行うことができるので、従来よりも細くて高い引張強度のタングステン線を実現することができる。
【0096】
なお、タングステン線10は、ソーワイヤー2又はスクリーンメッシュ40だけでなく、医療用針又は検査用のプローブ針に利用することもできる。また、タングステン線10は、例えば、タイヤ、コンベアベルト又はカテーテルなどの弾性部材の補強用のワイヤーとして利用することもできる。例えば、タイヤは、層状に束ねられた複数のタングステン線10をベルト又はカーカスプライとして備える。
【0097】
(その他)
以上、本発明に係るタングステン線、ソーワイヤー及びスクリーン印刷用タングステン線について、上記の実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではない。
【0098】
例えば、タングステン合金に含まれる金属は、レニウムでなくてもよい。つまり、タングステン合金は、タングステンと、タングステンとは異なる1種類以上の金属との合金であってもよい。タングステンとは異なる金属は、例えば遷移金属であり、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)又はオスミウム(Os)などである。これらの金属の含有率は、例えば、0.1mass%以上1mass%以下であるが、これに限らない。例えば、タングステンとは異なる金属の含有率も0.1mass%より小さくてもよく、1mass%より大きくてもよい。レニウムについても同様である。
【0099】
また、例えば、タングステン線10は、カリウム(K)がドープされたタングステンからなってもよい。ドープされたカリウムは、タングステンの結晶粒界に存在する。粒界に分散したカリウム(K)が、高温加熱時及び加熱線引きの加工時に結晶粗大化を抑制するが、常温線引きでは、加工時の結晶粗大化が発生しないため、カリウム(K)量は、例えば0.005mass%以上0.01mass%以下の範囲のいずれでもよい。カリウムドープタングステン線でも、タングステン合金線の場合と同様に、ピアノ線の一般的な引張強度よりも高い引張強度を有するタングステン線を実現することができる。
【0100】
カリウムドープタングステン線は、タングステン粉末の代わりに、カリウムがドープされたドープタングステン粉末を利用することで、実施の形態と同様の製造方法により製造することができる。
【0101】
また、例えば、タングステン線10の表面には、酸化膜又は窒化膜などが被覆されていてもよい。
【0102】
その他、各実施の形態に対して当業者が思いつく各種変形を施して得られる形態や、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で各実施の形態における構成要素及び機能を任意に組み合わせることで実現される形態も本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0103】
2 ソーワイヤー
10 タングステン線
40 スクリーンメッシュ