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特許7479027電気防食用電極並びにマンガン酸化物及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-25
(45)【発行日】2024-05-08
(54)【発明の名称】電気防食用電極並びにマンガン酸化物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23F 13/00 20060101AFI20240426BHJP
   C01G 45/02 20060101ALI20240426BHJP
   C25B 11/077 20210101ALI20240426BHJP
   C25B 1/21 20060101ALI20240426BHJP
【FI】
C23F13/00 Z
C01G45/02
C25B11/077
C25B1/21
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019239403
(22)【出願日】2019-12-27
(65)【公開番号】P2021107307
(43)【公開日】2021-07-29
【審査請求日】2022-10-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000211891
【氏名又は名称】株式会社ナカボーテック
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 雅晴
(72)【発明者】
【氏名】岡田 拓弥
(72)【発明者】
【氏名】阿部 光
(72)【発明者】
【氏名】若林 徹
【審査官】青木 千歌子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-162805(JP,A)
【文献】特開2011-207725(JP,A)
【文献】NAM, K.W. et al.,Critical Role of Crystal Water for a Layered Cathode Material in Sodium Ion Batteries,Chemistry of Materials,2015年,vol.27,pp.3721-3725,s1-s12
【文献】MELDER, J. et al.,Carbon fibre paper coated by a layered manganese oxide: a nano-structured ectrocatalyst for water-oxidation with high activity over a very wide pH range,Journal of Materials Chemistry A,2019年10月15日,vol.7,pp.25333-25346, ESI pp.1-20
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 45/02
C25B 11/04
C25B 1/21
C23F 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基材の表面にマンガン酸化物が固着した酸素発生型の電気防食用電極であって、
前記マンガン酸化物は、層状マンガン酸化物の加熱物であり、且つ水分子を有さず且つ非晶質構造を有し、
前記層状マンガン酸化物が、マンガン酸化物の層が複数積層され且つ該マンガン酸化物の層どうしの間にマンガンイオン以外のカチオン及び水分子が存在する、バーネサイト型層状マンガン酸化物である電気防食用電極
【請求項2】
前記カチオンがナトリウムイオンである、請求項1に記載の電気防食用電極
【請求項3】
請求項1又は2に記載の電気防食用電極に用いるマンガン酸化物の製造方法であって、
マンガンイオン以外のカチオンの存在下で2価のマンガン化合物を電気化学的に酸化するか、又はマンガンイオン以外のカチオンの存在下で過マンガン酸イオンを電気化学的に還元し、層状マンガン酸化物を得る第1の工程と、
前記層状マンガン酸化物を300~500℃で1~5時間加熱する第2の工程とを有し、
前記層状マンガン酸化物が、マンガン酸化物の層が複数積層され且つ該マンガン酸化物の層どうしの間にマンガンイオン以外のカチオン及び水分子が存在する、バーネサイト型層状マンガン酸化物である、マンガン酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記第1の工程が、2価のマンガンイオン又は過マンガン酸イオンと前記カチオンとを含む電解液中に導電性基材を浸漬し、該導電性基材へ通電することにより、該導電性基材の表面に前記層状マンガン酸化物を含む析出層を形成する電析工程である、請求項に記載のマンガン酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記カチオンがナトリウムイオンである、請求項又はに記載のマンガン酸化物の製造方法。
【請求項6】
層状マンガン酸化物を300℃で1~2時間加熱してなり、且つ水分子を有さず且つ非晶質構造を有し、
前記層状マンガン酸化物が、マンガン酸化物の層が複数積層され且つ該マンガン酸化物の層どうしの間にマンガンイオン以外のカチオン及び水分子が存在する、バーネサイト型層状マンガン酸化物である、マンガン酸化物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なマンガン酸化物に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化マンガン(MnO)をはじめとするマンガン酸化物は様々な結晶構造を有し、電子・カチオンの注入によって複数の酸化状態を取り得るため、アルカリ乾電池やリチウムイオン二次電池の正極材料をはじめ、種々の用途に利用されている。
【0003】
また近年、マンガン酸化物を電解用金属陽極の触媒として使用する試みがなされている。例えば、海水に代表される塩素イオン含有水溶液の電解用電極や電気防食用の不溶性電極としては従来、チタンなどの耐食性に優れた導電性基材の表面を貴金属又はその酸化物からなる触媒層で被覆したものが汎用されているが、該触媒層の材料(電極活物質)として、貴金属よりも安価なマンガン酸化物を使用することが提案されている(特許文献1~3)。
【0004】
貴金属を含む従来の電解用電極を用いた海水電解では、陰極で水素及び水酸化ナトリウムが発生し、陽極で塩素が発生するところ、水素の製造のみを目的とし、塩素(塩素及び水酸化ナトリウムから生成される次亜塩素酸ナトリウム)の製造を目的としていない場合は、塩素の発生が問題となり得る。塩素は毒性を有するため、海水電解が実施され塩素が発生する環境によっては、生態系への悪影響、当該電極を含む設備への悪影響が懸念されるためである。また同様の悪影響は外部電源方式の電気防食においても懸念される。この点、特許文献1~3に記載のマンガン酸化物電極は、海水電解において塩素が発生せずに酸素が発生する酸素発生型電極であり、斯かる懸念を払拭し得るものである。特許文献1~3に記載のマンガン酸化物電極は、電極活物質としてトンネル構造のγ(ガンマ)型二酸化マンガン(γ-MnO)を含むもので、典型的には、チタン製基材、白金族を含む中間層、γ型二酸化マンガンを含む触媒層を順次積層してなる構成を有する。
【0005】
マンガン酸化物電極の製造方法としては従来、チタン等の導電性基材を陽極とし、マンガンイオンを含む電解液(酸性水溶液)を電解することにより、該陽極の表面に二酸化マンガンを析出させる「電析法」(電着法)と、チタン等の導電性基材上で硝酸マンガン水溶液を加熱分解することにより二酸化マンガンの薄層を形成する「熱分解法」とが知られている。電析法で得られる二酸化マンガンの結晶構造はγ型、熱分解法で得られるそれはβ(ベータ)型である。特許文献1~3に記載のマンガン酸化物電極は電析法によって製造されるところ、この従来の電析法は、導電性基材が浸漬される電解液を強酸性且つ90℃以上の高温に保つ必要があるため、作業の安全性、設備の保全性等の点で問題があった。また従来の電析法には、二酸化マンガンの析出時に酸素発生を伴うことに起因して、電流効率が低いという問題があり、電流効率が10%未満という報告もある。そのため従来の電析法では、基材の表面に形成される二酸化マンガンの層の厚みを制御することが困難であった。
【0006】
特許文献4には、特許文献1~3に記載の電析法に比べて穏やかな条件で二酸化マンガンを析出し得る電析法が記載されている。特許文献4に記載の電析法は、具体的には、電解液として、2価のマンガン塩水溶液に有機第4アンモニウムイオンを共存させたものを用い、所定の電圧により陽極の表面に二酸化マンガンを析出させるというものであり、これによって得られる二酸化マンガンは、マンガン酸化物の薄層間に有機第4アンモニウムイオンをインターカレートさせた構成を有するδ(デルタ)型二酸化マンガン(δ-MnO)である。δ型二酸化マンガンは層状構造を有し、電子移行のための連続的な酸化物層とイオン移動のための連続的な空間とを併せ持ち、斯かる特有の層状構造に起因する特異的なイオン交換特性や電気化学特性を有するため、様々な分野で注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平9-256181号公報
【文献】特開2003-129267号公報
【文献】特開2010-59524号公報
【文献】特開2006-76865号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献4に記載の電析法は、陽極としての導電性基材が浸漬される電解液が中性で室温と同程度の温度であればよく、しかも電流効率が比較的高いため、δ型二酸化マンガンの工業的な製造方法として有用である。しかしながら、この電析法で得られたδ型二酸化マンガンは、電極活物質としての性能の点で改善の余地があった。
【0009】
本発明の課題は、前述した従来技術が有する欠点を解消し得る技術を提供することであり、詳細には、電極活物質として有用なマンガン酸化物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、マンガン酸化物の層が複数積層され、該マンガン酸化物の層どうしの間に、マンガンイオン以外のカチオン及び水分子が存在する層状マンガン酸化物を加熱してなり、該水分子が除去された、マンガン酸化物である。
【0011】
また本発明は、導電性基材の表面に、前記の本発明のマンガン酸化物を含む層が固着した電極である。
【0012】
また本発明は、マンガンイオン以外のカチオンの存在下で2価のマンガン化合物を電気化学的に酸化するか、又はマンガンイオン以外のカチオンの存在下で過マンガン酸イオンを電気化学的に還元し、層状マンガン酸化物を得る第1の工程と、前記層状マンガン酸化物を300℃以上で加熱する第2の工程とを有する、マンガン酸化物の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、電極活物質として有用なマンガン酸化物、及び該マンガン酸化物を製造し得る方法が提供される。本発明のマンガン酸化物を用いた本発明の電極は、酸素発生型電極として機能するため、従来の塩素発生型電極に比べて環境に対する負荷が低減されており、塩素発生型電極を使用できない環境でも使用可能であり、電気防食用電極をはじめとする広範な用途に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1(a)~図1(f)は、それぞれ、製造例で製造した析出層付き電極における該析出層のX線回折(XRD)による解析パターンである。
図2図2(a)~図2(f)は、それぞれ、製造例で製造した析出層付き電極における該析出層のX線光電子分光法(XPS)によるNa 1sスペクトルである。
図3図3(a)~図3(f)は、それぞれ、製造例で製造した析出層付き電極における該析出層のX線光電子分光法(XPS)によるO 1sスペクトルである。
図4図4(a)~図4(f)は、それぞれ、製造例で製造した析出層付き電極における該析出層の表面の走査型電子顕微鏡画像である。
図5図5(a)~図5(f)は、それぞれ、製造例で製造した析出層付き電極の塩化ナトリウム水溶液又は過塩素酸ナトリウム水溶液中でのアノード分極曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のマンガン酸化物は、層状マンガン酸化物を加熱してなるものであり、層状マンガン酸化物の加熱物である。以下ではまず、本発明のマンガン酸化物の前駆体とも言うべき、本発明に係る層状マンガン酸化物について説明する。
【0016】
層状マンガン酸化物は、マンガン酸化物の層が複数積層された層状構造を有する。層状マンガン酸化物は、基本構造として、マンガン酸化物の層どうしの間に間隙が存在する層状構造、すなわち固相(マンガン酸化物)と空間(間隙)とが交互に配置された構造を有するものであればよく、例えば、バーネサイト型層状マンガン酸化物を例示できる。なお、後述するように、層状マンガン酸化物の層状構造における空間(層と層との間隙)には、マンガンイオン以外のカチオンが存在する。バーネサイト型層状マンガン酸化物は、マンガンを中心とし頂点に6つの酸素を配置したMnOで示される八面体構造が、互いに頂点と稜を共有して広がったマンガン酸化物の層(MnOシート)を複数有し、その複数のマンガン酸化物の層が積み重なって層状構造を形成したもので、Mn3+/Mn4+の混合原子価をもつマンガン酸化物(MnO)である。
【0017】
層状マンガン酸化物の層状構造を構成する「1つのマンガン酸化物の層の厚み」と「該1つのマンガン酸化物の層とこれに最も近接する他の1つのマンガン酸化物の層との間隔」との合計(以下、「層間距離」ともいう。)は、層状マンガン酸化物の物理化学的安定性や機械的安定性に少なからず影響を及ぼす。この点を考慮して、層状マンガン酸化物の層間距離は、好ましくは0.4~5nm、より好ましくは0.5~3nm、更に好ましくは0.7~1.5nmである。層間距離は、Bragg式(2dsinθ=nλ)から001面の格子定数(d001)を求めることで測定することができる。
【0018】
層状マンガン酸化物において、マンガン酸化物の層どうしの間には、マンガンイオン以外のカチオン(以下、「非マンガンカチオン」ともいう。)及び水分子が存在する。典型的には、層状マンガン酸化物におけるマンガン酸化物の層どうしの間には、マンガン酸化物の層間に水和した非マンガンカチオンがインターカレートされている。
【0019】
層状マンガン酸化物は、マンガンイオン以外のカチオンの存在下で2価のマンガン化合物を電気化学的に酸化して得られたものであり得る。また、層状マンガン酸化物は、マンガンイオン以外のカチオンの存在下で過マンガン酸イオンを電気化学的に還元して得られたものであり得る。
【0020】
本発明のマンガン酸化物は、該マンガン酸化物の前駆体である層状マンガン酸化物から、水分子が除去されている点で特徴付けられる。本発明者らは、特許文献4に記載の方法で製造された層状マンガン酸化物について種々検討した結果、該層状マンガン酸化物におけるマンガン酸化物の層どうしの間には水分子が存在すること、この層間に存在する水分子を、層状マンガン酸化物の加熱により除去することで、該マンガン酸化物の触媒活性が大幅に向上することを知見した。本発明のマンガン酸化物は斯かる知見に基づきなされたものであり、特許文献4に記載の方法で製造された層状マンガン酸化物に比べて触媒活性が高く、電極材料として高性能である。マンガン酸化物におけるマンガン酸化物の層どうしの間に水分子が存在しないことは、X線光電子分光法(XPS)を用い、水分子(HO)に由来するピークが得られるか否かによって確認することができる。
【0021】
本発明のマンガン酸化物は、前駆体である層状マンガン酸化物と比較して、水分子が除去されているだけでなく、典型的には、分子構造が変化している。すなわち本発明のマンガン酸化物の一実施形態として、水分子を有さず且つ非晶質構造を有するものが挙げられる。ここでいう「非晶質構造」には、1)結晶構造を完全に持たないもの、2)光学的には結晶構造が見られないが、X線解析では弱い回折を示す潜晶質、3)結晶層の積層に規則性の無い乱層構造、などが含まれる。非晶質構造を有するマンガン酸化物は、層状マンガン酸化物の如き結晶構造を有するものと比べて、比表面積が増大しており、そのため、電極材料として高性能である。
【0022】
本発明のマンガン酸化物は、典型的には、非マンガンカチオンを含有する。この非マンガンカチオンは、少なくともマンガン酸化物の製造直後、通常は該マンガン酸化物を電極触媒として使用する前までは、該マンガン酸化物の前駆体である層状マンガン酸化物に存在していたものと同じであり結晶化していないが、該マンガン酸化物を電極触媒として使用した場合には、該マンガン酸化物の周辺に存在する他のカチオンとイオン交換することにより、該マンガン酸化物から脱離し得る。本発明者らの知見によれば、このようにイオン交換によって非マンガンカチオンが脱離すると、マンガン酸化物の構造(非晶質構造)が変化し、マンガン酸化物の性能低下に繋がるおそれがある。
【0023】
そこで、非マンガンカチオンとしては、マンガン酸化物の使用環境中に存在するカチオンを用いることが好ましい。そうすることにより、例えばマンガン酸化物を電極触媒として使用した場合に、マンガン酸化物中の非マンガンカチオンがイオン交換によって脱離しても、該マンガン酸化物の周辺に存在する、脱離した非マンガンカチオンと同種のカチオンが、脱離した非マンガンカチオンと入れ替わってマンガン酸化物中に存在するため、実質的に該マンガン酸化物中に非マンガンカチオンが常時存在することとなる。その結果、マンガン酸化物における構造(非晶質構造)の安定性が向上し、該マンガン酸化物の所定の性能が長期にわたって安定的に発揮され得る。
【0024】
このように、非マンガンカチオンとしては、マンガン酸化物の使用環境中に存在するカチオンが好ましく、マンガン酸化物が使用される環境を考慮して適宜選択すればよい。非マンガンカチオンの好ましい具体例として、ナトリウムイオン(Na)を例示できる。本発明のマンガン酸化物の主な用途として、「鉄筋コンクリート構造物における鉄筋の電気防食」、「海水の如き塩素イオン含有水溶液の電解」が挙げられるところ、これらの用途でマンガン酸化物を使用した場合には通常、該マンガン酸化物の周辺にはナトリウムイオンが豊富に存在する。ナトリウムイオン以外には、例えば、K、Mg2+、Ca2+、Al3+、Fe2+、Cr2+、Co2+、Ni2+、Cu2+、Zn2+、Sn2+が挙げられ、本発明では非マンガンカチオンとして、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0025】
本発明のマンガン酸化物は、層状マンガン酸化物を加熱することで得られる。加熱条件(層状マンガン酸化物の加熱温度、加熱時間)は、層状マンガン酸化物中に存在する水分子が除去され得る条件であればよく、特に制限されない。本発明のマンガン酸化物の製造方法の好ましい一例として、後述する本発明のマンガン酸化物の製造方法が挙げられる。
【0026】
本発明には、導電性基材の表面に、前述の本発明のマンガン酸化物を含む層(以下、「無水MnO層」ともいう。)が固着した電極が包含される。無水MnO層は、典型的には、本発明のマンガン酸化物からなり、非晶質構造であり得る。
【0027】
導電性基材としては、導電性を有し且つマンガン酸化物を含む層が固着可能な物であればよく、導電性基材の形状及び材質は、電極の用途等に応じて適宜選択することができる。導電性基材の形状は、平板状、曲板状、棒状、ラス状等である。導電性基材の材質としては、例えば、チタン、ジルコニウム、タングステン等のバルブ金属;導電性ガラス(FTOガラス);炭素繊維、グラファイト、人造黒鉛等の炭素系電極を例示できる。
【0028】
本発明の電極において、無水MnO層は導電性基材の表面の全体又は一部に固着している。無水MnO層の固着パターン及び坪量(単位面積当たりの質量)は特に制限されず、電極の用途等に応じて適宜設定し得る。例えば電気防食用電極として使用する場合、無水MnO層の坪量は、好ましくは0.1~1000mg/cm、より好ましくは0.1~10mg/cmである。
【0029】
本発明の電極は、種々の用途に適用することができ、具体的な用途として、電気防食用電極(電気防食システムの陽極)、塩素イオン含有水溶液の電解用電極(水素生成を目的とした電解システムの陽極)を例示できる。本発明の電極は、電気防食システムや電解システムにおいて酸素発生型電極として機能し、塩素を発生させないので、塩素発生が原因で従来の塩素発生型電極を使用できなかった環境でも使用することができ、環境にやさしい電気防食システム、電解システムを提供し得る。
【0030】
本発明の電極は、例えば、外部電源方式の電気防食における電気防食用電極として好適である。外部電源方式は、コンクリート構造物の表面などに電気防食用電極を設置し、コンクリート構造物中の鋼材(鉄筋など)を陰極として、直流電源装置を用いて該電気防食用電極から該陰極に直流電流を供給することにより、該陰極の電位を卑方向に変化させて該鋼材(陰極)を防食する方式である。
【0031】
次に、本発明のマンガン酸化物の製造方法について説明する。本発明のマンガン酸化物の製造方法は、非マンガンカチオンの存在下で2価のマンガン化合物を電気化学的に酸化するか、又は非マンガンカチオンの存在下で過マンガン酸イオンを電気化学的に還元し、マンガン酸化物を得る第1の工程と、該マンガン酸化物を300℃以上で加熱する第2の工程とを有する。
なお、本発明のマンガン酸化物の製造方法について特に説明しない点は、前述した本発明のマンガン酸化物及び電極についての説明が適宜適用される。
【0032】
第1の工程は、典型的には、2価のマンガンイオン又は過マンガン酸イオンと非マンガンカチオンとを含む電解液中に導電性基材を浸漬し、該導電性基材へ通電することにより、該導電性基材の表面にマンガン酸化物を含む析出層(δ-MnO層)を形成する電析工程である。導電性基材(析出層が形成される基材)については前述したとおりである。対極は特に限定されず、例えば、鉄、銅、ニッケル、白金等からなる電極を用いることができる。電解液が収容される電解槽は、バッチ式でも流通式でもよいが、連続運転が可能であり、しかも電解酸化・還元反応中、液濃度を一定に保つ観点から、循環式電解槽が好ましい。
【0033】
電解液は、典型的には、2価のマンガンイオン又は過マンガン酸イオンと、非マンガンカチオンと、水とを含む、弱酸性~中性~弱アルカリ性の水性液である。電解液の液温25℃におけるpHは、好ましくは3~10、より好ましくは4~7である。電解液は、2価のマンガンイオン又は過マンガン酸イオンの供給源と非マンガンカチオンの供給源とを水に溶解させることで調製できる。
【0034】
2価のマンガンイオンの供給源となるマンガン化合物としては、水に可溶な2価のマンガン化合物であれば特に限定されず、例えば、硫酸マンガン、塩化マンガン、硝酸マンガン、炭酸マンガン等の無機酸の塩;シュウ酸マンガンアンモニウム、シュウ酸マンガンカリウム等の有機マンガン化合物等が挙げられる。これらの中でも電気分解による層状マンガン酸化物の析出のしやすさ、入手の容易性等の観点から、硫酸マンガン(MnSO)が好ましい。
【0035】
過マンガン酸イオンの供給源となるマンガン化合物としては、水に可溶な過マンガン酸化合物であれば特に限定されず、例えば、過マンガン酸塩を挙げることができ、該過マンガン酸塩としては、例えば、過マンガン酸のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等を挙げることができる。これらの中でも電気分解による層状マンガン酸化物の析出のしやすさ、入手の容易性等の観点から、ナトリウム塩又はカリウム塩が好ましい。
【0036】
非マンガンカチオンとしてナトリウムイオンを用いる場合は、ナトリウムイオンの供給源となるナトリウム化合物であれば特に限定されず、例えば、塩化ナトリウム、硝酸ナトリウム、硫酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム等を用いることができる。
【0037】
電解液における2価のマンガンイオンの濃度は、マンガン酸化物の用途等に応じて適宜設定すればよく特に制限されないが、好ましくは0.1~1000mM、より好ましくは1~500mMである。電解液における過マンガン酸イオンの濃度は、2価のマンガンイオンの濃度と同程度に設定することができる。斯かるイオン濃度が低すぎると、電解液の電気抵抗が増大し、他の成分、例えば水の電解を生ずるなど、好ましくない現象が発生するおそれがあり、逆に高すぎると、導電性基材の表面でのマンガン酸化物の析出が均一性を欠くおそれがある。同様の観点から、電解液におけるナトリウムイオン等の非マンガンカチオンの濃度は、好ましくは1~1000mM、より好ましくは1~100mMである。
【0038】
電解液の液温は90℃近い高温、例えば60~80℃程度に設定することもできるが、より低い温度、例えば室温程度に設定することもできる。前述したように、特許文献1~3に記載の如き従来の電析法は、電解液が強酸性且つ90℃以上の高温であることを要するため、作業の安全性、設備の保全性等の点で問題があったが、本発明に係る電析工程では、電解液は中性であり且つその液温は室温程度でよいため、安全且つ効率的に層状マンガン酸化物を製造することができる。電解液の液温は、好ましくは20~40℃、より好ましくは25~40℃である。電解液の液温が高すぎると、析出速度が大きくなる反面、析出するマンガン酸化物の析出面が粗化する傾向があり、作業の安全性の点だけでなく、層状マンガン酸化物の品質の点でも好ましくない。
【0039】
電析工程(第1の工程)において、電解時の電圧は、均一なマンガン酸化物の析出を得る観点から、銀/塩化銀参照電極に対して、好ましくは0.8~1.2ボルト、より好ましくは0.8~1.05ボルトの電圧を保つよう定電圧制御を行うことが好ましい。
【0040】
電析工程(第1の工程)における電解時間(通電時間)に関し、一般に、導電性基材に析出するマンガン酸化物の層数は電解時間に比例するので、電解時間を長くとることで該層数を多くすることが可能であるが、電解時間が長すぎると、析出するマンガン酸化物の厚みが大きくなりすぎてしまい、しかも層状構造が乱れる傾向がある。これらの点を考慮すると、電析工程における電解時間は、好ましくは10~300分、より好ましくは20~120分である。
【0041】
本発明のマンガン酸化物の製造方法においては、第1の工程(電析工程)の後、第2の工程の前に、第1の工程で得られた層状マンガン酸化物(導電性基材の表面に析出したマンガン酸化物を含む析出層)を乾燥してもよい。斯かる乾燥処理は、主として、マンガン酸化物の表面に付着した電解液を蒸発させることを目的とするものであり、その目的が達成される範囲でマンガン酸化物を乾燥すればよい。乾燥方法は特に限定されず、真空乾燥、熱風乾燥、空気乾燥等の公知の乾燥方法を採用できる。
【0042】
第2の工程では、第1の工程で得られた層状マンガン酸化物を300℃以上で加熱する。すなわち層状マンガン酸化物の温度が300℃以上となる条件で該層状マンガン酸化物を加熱する。第1の工程が前述の電析工程である場合、導電性基材の表面に析出した層状マンガン酸化物を含む析出層を、該導電性基材ごと加熱する。斯かる加熱処理により、マンガン酸化物が有する層状構造における層間に存在する水分子が除去され、製造目的物である本発明のマンガン酸化物が得られる。こうして得られたマンガン酸化物は、前述したとおり、水分子を有さず且つ非マンガンカチオンを有し、更に典型的には、非晶質構造を有する。
【0043】
第2の工程におけるマンガン酸化物の加熱温度は、好ましくは300~600℃、より好ましくは300~400℃である。また、加熱時間(マンガン酸化物の温度300℃以上が維持される時間)は、好ましくは1~5時間、より好ましくは1~2時間である。マンガン酸化物の加熱温度が高すぎる、あるいは加熱時間が長すぎると、マンガン酸化物と導電性基材との密着性が低下するおそれがある。マンガン酸化物の加熱処理は、電気炉等の公知の加熱手段を用いて常法に従って行うことができる。
【0044】
〔製造例〕
塩化ナトリウム(NaCl)50mMと硫酸マンガン(MnSO)2mMとを溶解した水溶液50mLをビーカー型電解セルに入れて電解液とした。電解液は窒素ガスをバブリングすることによって窒素雰囲気とした。電解液は液温が25℃、pHが6であった。平面視長方形形状のFTOガラス電極(長手方向長さ40mm、幅方向長さ10mm、厚み2mm)と、該ガラスと同形状同寸法の白金めっきチタン対極と飽和KCl銀-塩化銀照合電極(SSE)とを電解液中に浸漬した。これらの電極は、電解液中に浸漬する前に脱脂処理した。電解液中に電極を浸漬した状態で10分間静置した後、ガラス電極に+1.0V(SSEに対する電位)の電位を印加し、該ガラス電極の表面にマンガン酸化物を含む析出層が形成された析出層付き電極を得た(第1の工程:電析工程)。電位の印加は、積算電気量が200mC/cmに達するまで行った。次に、こうして得られた複数の析出層付き電極をデシケータ内で30分以上真空乾燥させた後、その複数のうちの一部を、炉内温度が所定温度(100℃、200℃、300℃、400℃又は500℃)に設定された電気炉に該ガラス電極を入れ、2時間加熱処理した(第2の工程)。こうして、加熱処理無しの析出層付き電極と、所定温度で加熱処理が施された5種類の析出層付き電極とを製造した。
【0045】
前記〔製造例〕で製造した6種類の析出層付き電極における該析出層(マンガン酸化物)について、X線回折(XRD)及びX線光電子分光法(XPS)による解析を行うとともに、該析出層を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。図1は析出層のXRDパターン、図2は析出層のXPSによるNa 1sスペクトル、図3は析出層のXPSによるO 1sスペクトル、図4は析出層の表面のSEM画像である。図1図4において、(a)は加熱処理無し、(b)は加熱温度100℃、(c)は加熱温度200℃、(d)は加熱温度300℃、(e)は加熱温度400℃、(f)は加熱温度500℃のものである。
【0046】
図1(a)を参照して、12.1°及び24.4°に、層状マンガン酸化物に特有な回折ピーク(等間隔なピーク)が観察される。Braggの式より、層間距離は0.73nmと計算された。また、図2(a)から、層状マンガン酸化物におけるマンガン酸化物の層(MnOシート)間にナトリウムイオンが存在することが確認され、図3(a)から、該層間に水分子が存在することが確認される。以上より、前記〔製造例〕における第1の工程(電析工程)によって、ナトリウムイオン(非マンガンカチオン)及び水分子を層間に取り込んだ層状マンガン酸化物が、析出層として導電性基材(FTOガラス電極)の表面に形成されたことが明白である。また、層間距離の特徴から、析出層をなす層状マンガン酸化物は、バーネサイト型層状マンガン酸化物であると推定される。
【0047】
図1を参照して、析出層(バーネサイト型層状マンガン酸化物)を200℃で加熱処理すると、ピークが高角度側にシフトし、層間距離が加熱処理前の0.73nmから0.67nmに減少した(図1(c)参照)。これは層間の水分子が除去されたためと推察される。このピークは、300℃の加熱処理で著しく減少し(図1(d)参照)、400℃以上の加熱処理で完全に消失した(図1(e)及び図1(f)参照)。一方で、マンガン酸化物の他の結晶相による回折ピークが現れていないことから、少なくとも300℃以上の加熱処理によって、マンガン酸化物の層状構造が、非晶質構造に変化したと推察される。
【0048】
図2を参照して、図2(a)~図2(f)の全てにNa 1sのピークが観察されたことから、前記〔製造例〕における第2の工程(析出層の加熱処理)を経ても、マンガン酸化物にはナトリウムイオン(非マンガンカチオン)が存在することが確認される。
【0049】
図3を参照して、加熱処理前(図3(a))及び100℃での加熱処理後(図3(b))には、水分子由来のピークが観察されたが、200℃以上での加熱処理後(図3(c)~図3(f))には、水分子由来のピークが完全に消失したことから、少なくとも300℃以上の加熱処理によって、層状マンガン酸化物における層間から水分子が除去されたことが確認される。また、200℃以上での加熱処理において、水分子由来のピークの減少・消失と並行して、金属-水酸化物結合(M-OH)に由来するピークが新たに出現していることから、斯かる加熱処理によってMnOOHが形成されたことが示唆される。
【0050】
図4を参照して、加熱処理前の析出層の表面状態(図4(a))は、加熱処理後も基本的に変化が見られない(図4(b)~図4(f))ことから、少なくとも500℃までの加熱処理によっては、マンガン酸化物の非晶質構造は実質的に変化せず、維持されると考えられる。
【0051】
前記〔製造例〕で製造した6種類の析出層付き電極について、アノード分極曲線の測定を行った。アノード分極曲線の測定は1mV/sの自動分極法にて実施した。また、300℃以上での加熱処理が施された析出層付き電極について、酸素発生効率を測定した。具体的には、ヨウ素滴定法による塩素発生量の定量を実施し、その定量値から電気量に占める塩素発生量を定量し、酸素発生効率を算出した。
【0052】
図5には、6種類の析出層付き電極の塩化ナトリウム(NaCl)水溶液又は過塩素酸ナトリウム(NaClO)水溶液中でのアノード分極曲線が示されている。ここで使用した塩化ナトリウム水溶液における塩化ナトリウム濃度、過塩素酸ナトリウム水溶液における過塩素酸ナトリウム濃度は、それぞれ0.5Mであった。過塩素酸ナトリウム水溶液中では酸素発生電流のみが観測され、塩化ナトリウム水溶液中では酸素発生電流及び塩素発生電流の双方が観測される。したがって、両電解液中のアノード分極曲線を比較することで、酸素発生型電極としての特性を定性的に評価できる。
【0053】
加熱処理前では、酸素発生(2HO→O+4H+4e)及び塩素発生(2Cl→Cl+2e)に対して不活性であり、電流が全く流れなかった(図5(a))。これに対し、100℃又は200℃での加熱処理後は、Clイオン存在下での電流がわずかに増大した(図5(b)及び図5(c))。300℃以上の加熱処理後は、Clイオン存在下及び非存在下での電流の双方が著しく増大し、且つ両電解液中での電流の差異がほとんど見られなかった(図5(d)~図5(f))。このことから、少なくとも300℃以上の加熱処理によって、酸素発生型電極として機能し得るマンガン酸化物が得られると解される。
【0054】
下記表1には、300℃以上で加熱処理された析出層(無水MnO層)付き電極の塩素発生効率及び酸素発生効率が示されている。下記表1には、比較として、塩素発生型電極である金属酸化物被覆チタン(MMO)電極の塩素発生効率及び酸素発生効率も示されている。MMO電極の酸素発生効率は17%であるのに対し、300℃以上で加熱処理された析出層付き電極、すなわち本発明のマンガン酸化物を用いた電極の酸素発生効率は80%以上であり、MMO電極とは全く逆の特性を有することが確認された。このことから、本発明のマンガン酸化物を用いた電極は、酸素発生型電極として機能することが明白である。
【0055】
【表1】
図1
図2
図3
図4
図5