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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-25
(45)【発行日】2024-05-08
(54)【発明の名称】液圧モータシステム
(51)【国際特許分類】
   F15B 21/06 20060101AFI20240426BHJP
【FI】
F15B21/06
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2023060735
(22)【出願日】2023-04-04
(62)【分割の表示】P 2018187371の分割
【原出願日】2018-10-02
(65)【公開番号】P2023076592
(43)【公開日】2023-06-01
【審査請求日】2023-04-04
(73)【特許権者】
【識別番号】500408854
【氏名又は名称】株式会社ユーテック
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100112911
【弁理士】
【氏名又は名称】中野 晴夫
(74)【代理人】
【識別番号】100100479
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 三喜夫
(72)【発明者】
【氏名】上▲西▼ 幸雄
【審査官】所村 陽一
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-307624(JP,A)
【文献】特開2014-116512(JP,A)
【文献】特開2018-044058(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F15B 21/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
河川の堤防又は港湾の開口部に配設された引戸式開閉装置の扉体を水平方向に移動させる液圧モータシステムであって、
該液圧モータシステムは、加圧された水系作動液を動力源とする液圧モータと、前記液圧モータに対して水系作動液を給排する作動液給排装置とを備えており、
前記作動液給排装置は、
・水系作動液を貯留する作動液貯槽と、
・前記作動液貯槽に貯留された水系作動液を前記液圧モータに供給するとともに、前記液圧モータから排出された水系作動液を前記作動液貯槽に還流させる作動液給排通路と、
・前記作動液給排通路の一部をなす作動液供給通路に介設され、前記作動液貯槽に貯留されている水系作動液を吸入・加圧して吐出する作動液供給ポンプと、
・前記液圧モータと前記作動液供給ポンプの間において前記作動液給排通路に介設され、前記作動液給排通路における水系作動液の流れる方向を順方向及び逆方向に切り換える通路切換弁とを有し、
水系作動液は、水とポリアクリル酸ナトリウムとを含み、該水系作動液における水に対するポリアクリル酸ナトリウムの量を0.3~1.5質量パーセントの範囲とすることにより、該水系作動液の25℃における粘度が10~50mPa・sに調整されるとともに、互いに摺接する平滑面間に該水系作動液が注入されたときの平滑面間の動摩擦係数が0.011~0.022に調整され
水系作動液の水素指数がpH9~pH11の範囲内に調整されていることを特徴とする液圧モータシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加圧された水系作動液を動力源とする液圧モータと、該記液圧モータに対して水系作動液を給排する作動液給排装置とを備えている液圧モータシステムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
加圧された作動液の液圧によって駆動軸を回転させ、駆動軸のトルクで種々の機器を駆動するようにした液圧モータはよく知られている。このような液圧モータの作動液としては、従来、適切な粘性を有し、かつ摺動摩擦低減効果が高いことから、鉱物油等を原料とする作動油が広く用いられている(例えば、特許文献1、2参照)。

一般に、シリンダ内に摺動可能に嵌挿されたピストンが、ポンプから吐出された作動液の圧力によりシリンダ内で往復運動をする液圧シリンダは、種々の機械装置や土木建設用車両などのアクチュエータとして広く用いられている。従来、液圧シリンダの作動液としては、適切な粘性を有し、かつ摺動摩擦低減効果が高いことから、鉱物油等を原料とする作動油が広く用いられている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
作動液として作動油を用いる液圧モータ、すなわち油圧モータには、通常、油圧ポンプから吐出された作動油を油圧モータに対して給排するための作動油給排装置が設けられる。そして、作動油給排装置には、作動油タンクと油圧モータとの間に配設される複数の油路と、これらの油路に介設される油圧ポンプ、油路切換弁、流量調整弁、リリーフ弁、逆止弁等の種々の油圧機器とが設けられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-108919号公報
【文献】特開2017-002518号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
油圧モータ及び作動油給排装置は、これらを構成する多数の部材が接続ないしは連結された構造物であるので、例えばある部材と他の部材の接続部等で作動油が漏れることがある。そして、このような油圧モータが、例えば河川や港湾などに配設された引戸式の開閉ゲート等を駆動するためのものである場合、油圧モータないしは作動油給排装置から作動油が漏れると、この作動油が河川や港湾の水に混入し、重大な環境汚染が生じるといった課題がある。
【0006】
また、作動油は可燃物であるので、延焼、事故等により油圧モータ及び作動油給排装置に火災が発生するおそれがあるといった課題がある。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、液圧モータを円滑に動作させることができ、作動液の漏れによる環境汚染を防止することができ、かつ火災の発生を防止することができる液圧モータシステム提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するためになされた本発明は、河川の堤防又は港湾の開口部に配設された引戸式開閉装置の扉体を水平方向に移動させる液圧モータシステムであって、
該液圧モータシステムは、加圧された水系作動液を動力源とする液圧モータと、前記液圧モータに対して水系作動液を給排する作動液給排装置とを備えており、
前記作動液給排装置は、
・水系作動液を貯留する作動液貯槽と、
・前記作動液貯槽に貯留された水系作動液を前記液圧モータに供給するとともに、前記液圧モータから排出された水系作動液を前記作動液貯槽に還流させる作動液給排通路と、
・前記作動液給排通路の一部をなす作動液供給通路に介設され、前記作動液貯槽に貯留されている水系作動液を吸入・加圧して吐出する作動液供給ポンプと、
・前記液圧モータと前記作動液供給ポンプの間において前記作動液給排通路に介設され、前記作動液給排通路における水系作動液の流れる方向を順方向及び逆方向に切り換える通路切換弁とを有し、
水系作動液は、水とポリアクリル酸ナトリウムとを含み、該水系作動液における水に対するポリアクリル酸ナトリウムの量を0.3~1.5質量パーセント(好ましくは0.4~1.35質量パーセント)の範囲とすることにより、該水系作動液の25℃における粘度が10~50mPa・sに調整されるとともに、互いに摺接する平滑面間に該水系作動液が注入されたときの平滑面間の動摩擦係数が0.011~0.022に調整され
水系作動液の水素指数がpH9~pH11の範囲内に調整されている。
【0009】
本発明に係る液圧モータシステムにおいて、水系作動液の水素指数が、水酸化ナトリウムを添加することによりpH9~pH11の範囲内に調整されていることが好ましい。
【0010】
本発明に係る液圧モータシステムにおいて、水系作動液がプロピレングリコールを含み、該水系作動液における水に対するプロピレングリコール添加量が、0℃より低温側でありかつプロピレングリコールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定されたシステム使用下限温度を凝固点とするプロピレングリコール水溶液における水に対するプロピレングリコール添加量と同量であるか又はこれより多いことが好ましい。
【0011】
本発明に係る液圧モータシステムにおいて、水系作動液がエタノールを含み、該水系作動液における水に対するエタノール添加量が、0℃より低温側でありかつエタノールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定されたシステム使用下限温度を凝固点とするエタノール水溶液における水に対するエタノール添加量と同量であるか又はこれより多いことが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る液圧モータシステムによれば、動力源として作動油ではなく水系作動液を用いるので、液圧モータ又は作動液給排装置で作動液の漏れが発生しても、油圧アクチュエータの場合のような環境の油汚染ないしは製品の油汚染は生じない。このため、液圧モータシステムは、作動液による汚染が問題となる設備、例えば水路の開閉装置や、食品、化粧品、薬品などの製造設備に有効に用いることができる。また、水系作動液は不燃性であり、水系作動液を用いる液圧モータシステムに火災が発生する可能性はなく、防火の点で極めて有利である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係る液圧モータシステムの一例を示す構成図である。
図2】動摩擦係数測定装置の構成図である。
図3】ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の粘度と濃度の関係を示すグラフである。
図4】ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の粘度と温度の関係を示すグラフである。
図5】ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の動摩擦係数と濃度の関係を示すグラフである。
図6】エタノール水溶液およびプロピレングリコール水溶液について凝固点と濃度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付の図面を参照しつつ、本発明の実施形態を具体的に説明する。なお、この実施形態では、加圧された水系作動液を動力伝達媒体とする液圧アクチュエータとして液圧モータを使用する液圧モータシステムについて説明するが、本発明は、液圧モータ以外のもの(例えば、液圧シリンダ、液圧ポンプ等)を用いた液圧駆動システムにも同様に応用することができる。
【0015】
<液圧モータシステムの概要>
図1は、河川の堤防等の開口部(横断通路等)を開閉する引戸式開閉装置の扉体を駆動する、本発明に係る液圧モータシステムの一例を示す構成図である。
【0016】
引戸式開閉装置の扉体51を駆動する液圧モータシステムMSには、液圧モータ52が設けられている。液圧モータ52は、減速機53と、スプロケット54(例えば、チェーンスプロケット)と、スプロケット54と噛み合うラック55とを介して、扉体51を水平方向に移動させる。
【0017】
液圧モータシステムMSは、液圧モータ52に対して水系作動液を給排する作動液給排装置56と、液圧モータシステムMSを制御又は操作するための制御盤57(操作盤)と、扉体51の移動を所定の位置で停止させるための1対のリミットスイッチ58とを備えている。制御盤57へは、電源59から3相交流電力が供給される。作動液給排装置56及び制御盤57は、作業者が昇降することができる架台(図示せず)の上に配置され、作業者が容易に操作することができる。
【0018】
液圧モータ52に対して水系作動液を給排する作動液給排装置56は、制御盤57から電力が供給されるモータ60によって駆動されるポンプ61と、それぞれ液圧モータ52に接続され作動液貯槽62内に貯留されている水系作動液を液圧モータ52に対して給排する第1通路63及び第2通路64と、第1通路63及び第2通路64を流れる水系作動液の方向を順方向と逆方向に切り換える通路切換弁65とを備えている。ポンプ61は第1通路63に介設されている。
【0019】
通路切換弁65は、制御盤57を操作することにより、ポンプ61から吐出された水系作動液を、第1通路63を介して液圧モータ52に供給する第1の状態と、第2通路64を介して液圧モータ52に供給する第2の状態と、液圧モータ52には供給せず作動液貯槽62に還流させる第3の状態のいずれかにセットすることができる。液圧モータ52は、第1通路63を介して水系作動液が順方向に供給されたときには正回転して扉体51を閉方向に移動させ、第2通路64を介して水系作動液が逆方向に供給されたときには逆回転して扉体51を開方向に移動させる。
【0020】
通路切換弁65と液圧モータ52の間において、第1通路63に第1ストップ弁66が設けられる一方、第2通路64に第2ストップ弁67が設けられている。第1ストップ弁66は、液圧モータ側で第1通路63に接続された第1外部接続ポート66aと、通路切換弁側で第1通路63に接続された第2外部接続ポート66bとを備えている。また、第2ストップ弁67は、液圧モータ側で第2通路64に接続された第1外部接続ポート67aと、通路切換弁側で第2通路64に接続された第2外部接続ポート67bとを備えている。各外部接続ポート66a、66b、67a、67bの先端には、それぞれ、外部の管路や圧力計などとの接続のための、逆止弁を備えた接続具が装着されている。
【0021】
液圧モータシステムSないしは引戸式開閉装置の扉体51は、例えば以下のような手順で操作することができる。
【0022】
扉体51を閉方向に移動させるときには、オペレータが操作盤57を操作することにより、モータ60でポンプ61を駆動し、通路切換弁65を第1又は第2の状態にセットする。これにより、ポンプ61から吐出された水系作動液が第1通路63又は第2通路64を介して液圧モータ62に供給される。液圧モータ62の回転子が回転し、この回転が減速機53によって所定の減速比で減速されてスプロケット54に伝達される。その結果、スプロケット54が回転し、これに伴ってスプロケット54と噛み合っているラック55ひいては扉体51が水平方向に移動し、堤防の開口部が閉じられ又は開かれる。
【0023】
<水系作動液について>
1.水系作動液とは
油圧シリンダ、油圧モータ等の油圧装置は、一般に、動力伝達媒体として鉱物油からなる作動油を用いているが、鉱物油は可燃性であるので、延焼、事故等により油圧装置に火災を発生させるおそれがある。また、油圧装置が河川の水門等に用いられた場合、震災時等における作動油の大量漏出により下流側の広い水域にわたって水環境が損なわれるおそれがある。そこで本発明は、作動油に代わる作動液として、火災を発生させるおそれがなく、かつ河川等に漏出した場合でも水環境を損なわない新規な水系作動液を提案するものである。
【0024】
2.水系作動液の開発において考慮した事項
本発明者は、新規な水系作動液を開発する際に下記の事項について検討した。
(1)粘度(動粘度)が作動油と同等であること
(2)粘度の温度変化が小さいこと
(3)摺動部間の動摩擦係数が作動油を用いる場合と同等であること
(4)生体に対する毒性がないこと
(5)漏出・排出による環境汚染性が低いこと
(6)火災の可能性がないこと
(7)寒冷地では低温時に凍結しないこと
(8)酸化による劣化がほとんどないこと
(9)ゴムパッキンに対する腐食性が低いこと
(10)アルミ系材料及び鉄系材料に対する金属腐食性が低いこと
(11)空気中の水蒸気の混入による弊害がないこと
(12)液貯槽内での気泡分離性が良好なこと
(13)生物的劣化(腐敗)がほとんどないこと
【0025】
3.水系作動液の主成分の一例
(1)純水(蒸留水)
(2)増粘剤兼摺動摩擦低減剤(例えば、ポリアクリル酸ナトリウム(PANa)、ポリアクリル酸)
(3)凍結防止剤(例えば、エタノール、プロピレングリコール)
(4)pH調整剤(例えば、水酸化ナトリウム)
(5)水系作動液のpH:9~11
【0026】
4.ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の粘度の測定
(1)オストワルド粘度計を用いて、純水に対するポリアクリル酸ナトリウム水溶液の相対粘度を測定し、この相対粘度と純水の粘度(周知)とから、ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の粘度を算出した。
【0027】
(2)測定結果
図3は、ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の粘度と濃度の関係を示すグラフである。このグラフから、粘度と濃度はほぼ正比例の関係にあることが判る。また、その比例係数(勾配)は温度に応じて変化すると考えられる。
【0028】
【表1】
【0029】
(3)粘度の温度依存性
図4は、ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の粘度と温度の関係を示すグラフである。このグラフから、ポリアクリル酸ナトリウム水溶液(1wt%)は、0℃~50℃の温度範囲に渡って温度が高いほど、粘度は小さくなり、逆に温度が低いほど、粘度は大きくなることが判る。一方、作動油は、ポリアクリル酸ナトリウム水溶液よりも温度依存性が大きく、許容温度範囲もより狭いことが判る。
【0030】
5.ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の動摩擦係数の測定
(1)図2に示す動摩擦係数測定装置を用いて、ポリアクリル酸ナトリウム(PANa)水溶液を用いたときの摺動部間の動摩擦係数を測定した。この動摩擦係数測定装置は、テーブルと、テーブルの上を自由に走行する台車と、台車のフロント部に糸を介して接続された重りと、糸を案内する滑車と、台車のリア部にナイロンラインを介して接続された可動物体と、可動物体が摺動するチャンネルと、ナイロンラインの張力を測定するテンションゲージなどを備える。
【0031】
(2)チャンネルの仕様
内周面を平滑面としたステンレススチール製の「コ」の字型チャンネル
幅50mm 高さ25mm 長さ1500mm
【0032】
(3)可動物体の仕様
チャンネルの溝部内に収容され、チャンネル長手方向に摺動可能な、外周面が平滑面であるステンレススチール製の「コ」の字型チャンネル
幅40mm 高さ30mm 長さ100mm 質量92g
【0033】
(4)動摩擦係数の測定方法
チャンネルの両端を閉止し、チャンネルの溝部内に水系作動液を注入して可動物体を入れ、台車で可動物体をチャンネル長手方向に一定の速度で引っ張り、テンションゲージで張力を測定し、張力の測定値を可動物体の質量(重量)で除算して動摩擦係数を算出した。
【0034】
(5)台車及び可動物体の移動速度の調整
台車に積載する重りの質量を増減することにより、台車及び可動物体の移動速度を一定にした。台車及び可動物体の移動速度は、可動物体に対する水系作動液の流動抵抗を実質的に無視しうるレベルまで低減できるよう非常に小さくした(2cm/秒以下)。
【0035】
(6)測定結果
図5は、ポリアクリル酸ナトリウム水溶液の動摩擦係数と濃度の関係を示すグラフである。下記の表2は、測定データを示す。このグラフから、濃度PANa量:0.75wt%~1.0wt%において動摩擦係数は最小値0.011になり、これは作動油の動摩擦係数に匹敵するレベルである。そこから濃度が増加または減少するほど、動摩擦係数は増加するが、せいぜい0.022程度に収まり、充分に実用レベルであることが判る。
【0036】
【表2】
【0037】
6.適切なポリアクリル酸ナトリウムの濃度
ポリアクリル酸ナトリウム濃度と粘度の関係およびその温度依存性は、図3図4に示される。また、ポリアクリル酸ナトリウム濃度と摺動摩擦係数の関係は、図5に示される。そこで、a)適切な粘度を10~50mPa・sに設定した場合、図3のグラフを参照して、対応するポリアクリル酸ナトリウム濃度は0.3~1.5wt%となる。また、b)適切な摺動摩擦係数を0.02以下に設定した場合、図5のグラフを参照して、対応するポリアクリル酸ナトリウム濃度は0.2~1.5wt%となる。その結果、両方の条件a),b)を満たす濃度は、0.3~1.5wt%となる。
また、c)適切な摺動摩擦係数をより好ましく0.015以下に設定した場合、図5のグラフを参照して、対応するポリアクリル酸ナトリウム濃度は0.4~1.35wt%となる。その結果、両方の条件a),c)を満たす濃度は、0.4~1.35wt%となる。
【0038】
7.低温時の凍結防止
(1)ポリアクリル酸ナトリウム水溶液に、凍結防止剤としてエタノール又はプロピレングリコールを添加することが好ましい。ただし、プロピレングリコールの添加量が多い場合は、低温時に粘度が急増することがある。なお、エタノールを添加した場合は、低温時でも粘度はさほど上昇しないことが判明している。
【0039】
(2)凍結防止剤の添加量
図6は、エタノール水溶液およびプロピレングリコール水溶液について凝固点と濃度の関係を示すグラフである。このグラフから、両方の水溶液とも濃度0wt%(即ち、水)で凝固点は0℃であり、そこから濃度が増加するほど、凝固点が低下することが判る。従って、ポリアクリル酸ナトリウムを含む水系作動液においても、水に対する凍結防止剤添加量は、0℃~凍結防止剤凝固点の温度範囲内で予め設定されたシステム使用下限温度を凝固点とする凍結防止剤水溶液における水に対する凍結防止剤添加量と同量か、又はこれより多くすることが好ましい。
【0040】
8.水系作動液と作動油の比較
(1)圧縮性
液圧モータの作動液は非圧縮性であることが必須であるが、水系作動液も作動油も非圧縮性である。
【0041】
(2)粘度(動粘度)
作動液の粘度(動粘度)は、液圧モータにおける摺動部での液漏れ防止の観点からは高いのが好ましいが、作動液通路における圧力損失低減の観点からは低いのが好ましい。両者を両立させるため、一般に、作動液の常温での粘度は10~50mPa・s程度に設定される。
【0042】
水系作動液の場合、ポリアクリル酸ナトリウム濃度を0.3~1.5wt%にすれば、常温(25℃)での粘度を10~50mPa・sとすることができる。ポリアクリル酸ナトリウムの量を増減することにより、作動液の粘度を10~50mPa・sの範囲内で調整することができる。
【0043】
作動油の場合、粘度は、用いる鉱物油の種類ないしは配合を変えることにより調整する。
【0044】
作動液は、粘度の温度変化が小さい方が好ましい。水系作動液の粘度は、ポリアクリル酸ナトリウムと水との間の水素結合、イオン結合、疎水結合などの相互作用によって生じるが、このような結合力の温度依存性は比較的小さい。このため、水系作動液の粘度の温度変化は、作動油に比べて非常に小さい。
【0045】
(3)摺動摩擦係数
液圧モータにおける摺動部、あるいは作動液給排系統のギヤポンプの歯車噛合部での摩耗を低減するために、摺動部での摺動摩擦係数は小さければ小さい方が好ましい。この点については、水系作動液は作動油と同等である。
【0046】
(4)酸化による劣化
作動液は、酸化反応(とくに高温時)による劣化が生じにくいことが必須である。水系作動液は、基本的には水とポリアクリル酸ナトリウムとからなるが、ポリアクリル酸ナトリウムはその燃焼温度(数百℃)未満では酸素と化合しないので、水系作動液に酸化による劣化は生じない。他方、鉱物油からなる作動油は、必然的に酸化により劣化し、劣化速度は温度が高いほど大きくなる。
【0047】
(5)パッキンとの適合性
一般に、油圧モータのパッキンの材料はニトリルゴムであるが、ポリアクリル酸ナトリウムはニトリルゴムを劣化させることはないので、ニトリルゴム製のパッキンを用いることができる。
【0048】
(6)金属腐食性
液圧モータ及び作動液給排装置は、一般にアルミニウム合金又は鉄合金で作成されるが、アルミニウム合金以外の液圧装置の金属材料は、pH9以上では酸(水素イオンH+)による腐食は起こらず、またアルカリ(水酸化物イオンOH)による腐食も起こらない。アルミニウム合金は、pH11を超えるとアルカリ(水酸化物イオンOH)による腐食が生じる可能性がある。水系作動液のpHが9~11の範囲では、たとえ液圧モータ又は作動液給排装置にアルミニウム合金製の部品が使用されても、ほとんど腐食が起こることはない。そこで、水系作動液のpHを9~11に調整することが好ましい。なお、作動油は、硫黄分が入っていない限り、金属腐食性は比較的低い。
【0049】
(7)水蒸気の混入の影響
液圧装置は、おおむね閉鎖系であり、外部から土塵や埃等の異物が侵入しない構造となっているが、完全な密閉系ではないので、大気中からの水蒸気の侵入は防ぐことができない。このため、油圧装置では、大気中から作動油に水蒸気が混入し、作動油の劣化や白濁が生じる。水系作動液は大半が水であるので、大気中からの水蒸気の侵入は、とくには不具合を生じさせない。
【0050】
(8)火災の可能性
水系作動液は大半が水であるので不燃性であり、水系作動液を用いる液圧モータシステムに火災が発生する可能性はなく、防火の点で極めて有利である。一方、鉱物油からなる作動油は可燃性であるので、延焼、事故等により油圧モータシステムに火災が発生する可能性がある。
【0051】
(9)毒性・環境汚染性
ポリアクリル酸ナトリウムないしはポリアクリル酸は、食品や化粧品の製造分野で増粘剤として用いられているものであり、生体に対する毒性は極めて低いものである。したがって、水系作動液の生体に対する毒性は極めて低いものであり、たとえ河川等に流出しても水中の生態系に悪影響を及ぼすものではない。
【0052】
ポリアクリル酸ナトリウムないしはポリアクリル酸は、生体に対する毒性は極めて低く、かつ窒素化合物、リン化合物等の養分が十分に存在する自然環境下では、微生物によって生物分解され、最終的には二酸化炭素と水になるものである。水系作動液は水溶液であり、河川等に漏出した場合、河川等の水と即時に混和し、水底に沈殿したり、水面に浮遊したりすることはない。したがって、水系作動液は、液圧モータシステムから河川、湖沼等に漏出した場合でも、自然界の自浄作用により分解されるものであり、環境汚染性は非常に低い。
【0053】
作動油は、生体に対して毒性があり、また河川、湖沼等に漏出した場合、水面に浮遊して水環境を非常に悪化させる。
【0054】
(10)気泡の挙動
一般に、液圧モータシステムの作動液は、作動液貯槽内で常時空気と接触しているので、ほぼ飽和溶解度まで空気が溶解している。空気飽和溶解度は、おおむね作動液の圧力に比例して変化する。このため、作動液の循環回路内で作動液が減圧状態(大気圧未満)になるところ(例えば、ポンプ吸込口)では、作動液中に溶解していた空気の一部が溶解できなくなり微小な気泡が発生する。これらの気泡は、作動液の圧力が再び上昇したときに作動液に溶解することになるが、気泡が作動液に完全に溶解するには、ある程度の時間を必要とする。このため、残留している気泡によって、ポンプのキャビテーションや部品のエロージョンが発生することがある。
【0055】
大気圧下では、鉱物油からなる作動油の常温での空気飽和溶解度は体積基準で9%程度であるが、水系作動液の場合は体積基準で2%程度である。このように、水系作動液の空気飽和溶解度は作動油に比べて小さいので、気泡の発生量が少なくなり、ポンプのキャビテーションや部品のエロージョンの発生が低減される。
【0056】
作動液中に気泡が存在する場合、気泡は圧縮性であるので、加圧された作動液によって駆動される液圧モータの動作に不具合が生じるおそれがある。また、作動液の加圧により気泡が断熱圧縮された場合、気泡外への熱放散が悪いと気泡は高温となる(例えば、10MPaで約800℃)。このため、作動液として作動油を用いた場合、気泡外への熱放散が悪いので、気泡と隣接する作動油が高温となって熱劣化ないしは酸化が起こる可能性がある。
【0057】
水系作動液では、作動油に比べて気泡の発生量が少ないので、気泡による液圧装置の動作の不具合は低減される。また、水系作動液は熱伝導率が高く(作動油の約5倍)、かつ熱容量が大きいので、断熱圧縮により気泡に発生した熱は、迅速に気泡外に放散され、気泡はさほど高温とはならない。このため、気泡に隣接する水系作動液が高温となることない。なお、水系駆動液は、たとえその沸点まで温度が上昇しても酸化又は熱劣化することはない。
【0058】
また、一般に、液圧モータシステムでは、作動液貯槽に気泡浮上分離装置が付設されるが、作動液の密度が高ければ高いほど気泡の浮力が大きく、気泡の分離効率は良くなる。
【0059】
鉱物油からなる作動油の密度は0.85g/cm程度であるが、水系作動液の密度は1g/cm程度である。したがって、水系作動液を用いる場合は作動油を用いる場合に比べて、気泡浮上分離装置における気泡の浮力が大きくなり、気泡の除去がより容易かつ迅速となる。
【0060】
(11)生物的劣化(腐敗)
水系作動液の主原料であるポリアクリル酸ナトリウムないしはポリアクリル酸は炭素、水素あるいは酸素を含む有機化合物であり、基本的には微生物の栄養源となりうるものである。したがって、微生物の増殖に必要な窒素化合物、リン化合物等が十分に供給された場合は、水系作動液は微生物によって生物分解される(腐敗する)可能性はある。
【0061】
しかし、ほぼ閉鎖系である液圧モータシステムには、微生物の増殖に必須である窒素化合物、リン化合物等が侵入する可能性はないので、水系作動液中で通常の微生物が増殖する可能性はなく、水系作動液の生物的劣化(腐敗)は生じない。なお、水系作動液が河川、湖沼等に排出された場合、外界には窒素化合物、リン化合物等が大量に存在するので、水系作動液は生物分解される。
【0062】
(12)不凍性
液圧モータシステムが寒冷地に設置される場合、作動液は冬季に凍結しないことが必須である。この場合、水系作動液に、凍結防止剤としてエタノール又はプロピレングリコールを添加して凍結を防止することが好ましい。エタノール又はプロピレングリコールの添加量は、使用温度に応じて調整する。
【0063】
【表3】
【0064】
<水系作動液についての法的規制>
1.水系作動液の原料の特性
(1)ポリアクリル酸ナトリウム又はポリアクリル酸
合成系の薬剤であるが、生体に対する毒性ないしは有害性は極めて低く、品質が食品添加レベルのポリアクリル酸ナトリウム又はポリアクリル酸は、食品分野で増粘剤として使用されている。ポリアクリル酸ナトリウム又はポリアクリル酸の使用が、生体の保護の観点から法的に規制されることはない。
【0065】
(2)エタノール
エタノールは、医薬品や飲料として用いられているものであり、生体に対する毒性ないしは有害性は極めて低いものである。
【0066】
(3)プロピレングリコール
プロピレングリコールは、医薬品や、化粧品や、麺や米飯などの食品に品質改善剤として用いられているものであり、生体に対する毒性ないしは有害性は極めて低いものである。なお、プロピレングリコールは、可燃性であることから消防法では危険物第4類に分類されているが、加工水のプロピレングリコール濃度は可燃限界濃度よりはるかに低い。よって、加工水が、プロピレングリコールを含むことに起因して消防法による規制を受けることはない。
【0067】
(4)水酸化ナトリウム
水酸化ナトリウムは、水中ではナトリウムイオン(Na+)と水酸化物イオン(OH)とに電離しており、水中の水酸化物イオン濃度が高いとアルカリ性は強くなるものの、両イオンとも元々生体内に存在するイオンであり、物質としては生体にとって有毒ないしは有害なものではない。よって、アルカリ性ないしはpHに基づく規制を受けることはさておき、水酸化ナトリウムの使用自体が、生体の保護の観点から法的に規制されることはない。
【0068】
2.水系作動液に対する規制
水系作動液は、耐用年数の経過後に水域に排出され又は廃棄されるものであるが、公共用水域(河川、湖沼、海)に排出される場合は水質汚濁防止法ないしはその上乗せ条例によって規制される可能性があり、公共下水道に排出される場合は下水道法ないしはその上乗せ条例によって規制される可能性がある。水質汚濁防止法又は下水道法ないしはその上乗せ条例は、事業場等から排出される排出水又は汚水が、健康項目に係る所定の有害物質(28種類)を含む場合は、排出量の大小にかかわらず、排出水又は汚水の有害物質の濃度が排出基準以下となるように規制している。
【0069】
一方、生体に対して直接的な毒性又は有害性のない、生活環境項目に係る排出水又は汚水の水質については、水質汚濁防止法又は下水道法では、排出水又は汚水の1日の平均排出量が50m未満の事業所等については、その排出を何ら規制していない。なお、上乗せ条例により、排出水又は汚水の1日の平均排出量が10m以上の場合は、その排出を規制している各都道府県もある。
【0070】
水系作動液は、水質汚濁防止法又は下水道法に規定された健康項目に係る有害物質は何も含んでいない。また、水系作動液を用いる液圧モータシステムでは、水系作動液は循環使用され、耐用年数の経過後に、おおむね500~1000リットル程度の水系作動液が公共用水域又は公共下水道に排出されるだけである。したがって、最も厳しい上乗せ基準が適用される都道府県においても、水系作動液を用いる液圧モータシステムから、1日平均で10m以上の排出水又は汚水が公共用水域又は公共下水道に排出される可能性は皆無である。よって、水系作動液を用いる液圧モータシステムにおいて、水系作動液を公共用水域又は公共下水道に排出する際に、水質汚濁防止法もしくは下水道法又はその上乗せ条例による規制を受けることはない。
【符号の説明】
【0071】
MS 液圧モータシステム、 51 扉体、 52 液圧モータ、 53 減速機、
54 スプロケット、 55 ラック、 56 作動液給排装置、 57 制御盤、
58 リミットスイッチ、 59 電源、 60 モータ、 61 ポンプ、
62 作動液貯槽、 63 第1通路、 64 第2通路、 65 通路切換弁、
66 第1ストップ弁、 66a 第1外部接続ポート、
66b 第2外部接続ポート、 67 第2ストップ弁、
67a 第1外部接続ポート、 67b 第2外部接続ポート。
図1
図2
図3
図4
図5
図6