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特許7479166高強度複相ステンレス鋼およびその製造方法
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  • 特許-高強度複相ステンレス鋼およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-25
(45)【発行日】2024-05-08
(54)【発明の名称】高強度複相ステンレス鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240426BHJP
   C22C 38/42 20060101ALI20240426BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/42
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020035303
(22)【出願日】2020-03-02
(65)【公開番号】P2021138980
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-11-02
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】広田 龍二
(72)【発明者】
【氏名】花田 雅弘
(72)【発明者】
【氏名】山中 秀造
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-135571(JP,A)
【文献】特開2002-105601(JP,A)
【文献】特開2001-271140(JP,A)
【文献】特開平06-264194(JP,A)
【文献】特開平05-287456(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/00-11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.09質量%以上0.15質量%以下Ni:1.5質量%以上3.0質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:1.0質量%以下、Cu:1.0質量%以下、Al:0.5質量%以下、N:0.03質量%以下、P:0.05質量%以下およびS:0.03質量%以下を含み、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、
下記(1)式で表されるγmaxの値が85.0以上98.0以下であり、
前記γmaxの値が85.0以上91.0未満の場合には、Cr:15.0質量%以上16.5質量%以下をさらに含み、
前記γmaxの値が91.0以上98.0以下の場合には、Cr:15.0質量%以上18.0質量%以下をさらに含み、
85体積%以上98体積%以下のマルテンサイト相を含み、残部にフェライト相を含む複相組織を有する、高強度複相ステンレス鋼;
γmax=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr+9Cu-52Al+470N+189 (1)
ここで、前記(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入され、無添加の元素については0が代入される。
【請求項2】
C:0.09質量%以上0.15質量%以下、Ni:1.5質量%以上3.0質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:1.0質量%以下、Cu:1.0質量%以下、Al:0.5質量%以下、N:0.03質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.03質量%以下およびCrを含み、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、85体積%以上98体積%以下のマルテンサイト相を含み、残部にフェライト相を含む複相組織を有する高強度複相ステンレス鋼の製造方法であって、
Cr:15.0質量%以上16.5質量%未満の場合には、下記(1)式で表されるγmaxの値が85.0以上98.0以下となるように、Cr:16.5質量%以上18.0質量%以下の場合には、前記γmaxの値が91.0以上98.0以下となるように、前記高強度複相ステンレス鋼に含まれる各成分元素の添加量を調整する工程を含む、高強度複相ステンレス鋼の製造方法;
γmax=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr+9Cu-52Al+470N+189 (1)
ここで、前記(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入され、無添加の元素については0が代入される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度複相ステンレス鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多層プリント配線基板等の製造に必要となる高強度の鋼板材料として、高強度のステンレス鋼が用いられる場合がある。プレスプレートとは、銅箔、接着用樹脂および基板等を積層した多層積層体を熱プレス成形する場合に、熱プレス装置と多層積層体との間および多層積層体の各層同士の間に挟まれて配置される、厚さ数mm程度の平板状治具である。プレスプレートの材料となる鋼板は、その用途特性から一般的には、ビッカース硬さがおよそ390HV以上となるような高い強度が求められている。
【0003】
そのため、従来は析出硬化系ステンレス鋼であるSUS630および複相組織からなる高強度複相ステンレス鋼等が、プレスプレート等の高い強度の鋼板が求められる場合に用いられてきた。例えば特許文献1~3では、フェライト+マルテンサイトの複相組織からなる高強度複相ステンレス鋼が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開1995-316740号公報
【文献】特開1996-319519号公報
【文献】特開1991-56621号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、プレスプレート用の高強度ステンレス鋼として用いられているSUS630はNiを相当量含有しており、製造コストが高いという問題がある。さらに、SUS630は固溶化熱処理後に、強度を高めるために析出硬化熱処理を施す必要がある。この析出硬化熱処理は、例えば加工業者において鋼板材料が製品形状に成型加工された後に施されるため、加工業者での負担が増加し、最終製品の価格が高くなってしまう。
【0006】
一方、高強度複相ステンレス鋼は析出硬化熱処理を必要とせず、SUS630よりも価格が安くなる。さらに高強度複相ステンレス鋼は、強度および延性のバランスが良好であり、高強度の鋼板材料として十分な特性を有している。しかしながら、特許文献1~3で提案されている高強度複相ステンレス鋼の成分系によっては、ビッカース硬さが390HVに達するステンレス鋼板を安定して得ることが困難な場合がある。
【0007】
本発明の一態様は、安価かつ安定的に390HV以上のビッカース硬さを有する高強度複相ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る高強度複相ステンレス鋼は、C:0.09質量%以上0.15質量%以下およびNi:1.5質量%以上3.0質量%以下を含み、下記(1)式で表されるγmaxの値が85.0以上98.0以下であり、前記γmaxの値が85.0以上91.0未満の場合には、Cr:15.0質量%以上16.5質量%以下をさらに含み、前記γmaxの値が91.0以上98.0以下の場合には、Cr:15.0質量%以上18.0質量%以下をさらに含む。
【0009】
γmax=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr+9Cu-52Al+470N+189 (1)
ここで、前記(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入され、無添加の元素については0が代入される。
【0010】
本発明の一態様に係る高強度複相ステンレス鋼は、85体積%以上98体積%以下のマルテンサイト相を含み、残部にフェライト相を含む複相組織を有していてもよい。
【0011】
本発明の一態様に係る高強度複相ステンレス鋼は、Si:1.0質量%以下、Mn:1.0質量%以下、Cu:1.0質量%以下、Al:0.5質量%以下およびN:0.03質量%以下の少なくとも何れか1つの条件を満たしていてもよい。
【0012】
本発明の一態様に係る高強度複相ステンレス鋼は、B:0.01質量%以下およびV:0.2質量%以下の少なくとも何れか1つの条件を満たしていてもよい。
【0013】
本発明の一態様に係る高強度複相ステンレス鋼の製造方法は、C:0.09質量%以上0.15質量%以下およびNi:1.5質量%以上3.0質量%以下を含み、Cr:15.0質量%以上16.5質量%未満の場合には、下記(1)式で表されるγmaxの値が85.0以上98.0以下となるように、Cr:16.5質量%以上18.0質量%以下の場合には、前記γmaxの値が91.0以上98.0以下となるように、前記高強度複相ステンレス鋼に含まれる各成分元素の添加量を調整する工程を含む。
【0014】
γmax=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr+9Cu-52Al+470N+189 (1)
ここで、前記(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入され、無添加の元素については0が代入される。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一態様によれば、安価かつ安定的に390HV以上のビッカース硬さを有する高強度複相ステンレス鋼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明例および比較例に係るステンレス鋼板のCr含有量とγmaxとの値の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をより良く理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。また、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上B以下」を意味する。
【0018】
〔化学組成〕
以下、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼等のステンレス鋼について、化学組成に関する「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0019】
Cは、オーステナイト相を生成しやすくする、オーステナイト生成元素である。Cはオーステナイト組織を安定化させると共に、焼鈍および/または冷却過程で生成するマルテンサイトの強度を向上させる。C含有量が高くなると、Cがマルテンサイト相の体積率を増加させ、Cがマルテンサイト中に固溶するため、ステンレス鋼の強度が向上する。そのため、Cはステンレス鋼の強度を確保するうえで重要な元素である。ただし、ステンレス鋼のC含有量が高くなりすぎると、マルテンサイト相のみからなるステンレス鋼になってしまい、複相組織が得られない。また、C含有量が高くなりすぎると、靭性および耐食性を低下させ、加工性が低下する。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は0.09~0.15%のC含有量を有する。
【0020】
Niは、オーステナイト生成元素であり、マルテンサイト相を生成させるのに必要な元素である。さらに、ステンレス鋼の靱性および耐食性の向上にも有効である。しかし、Ni含有量が高くなりすぎると、マルテンサイト相のみからなるステンレス鋼になってしまい、複相組織が得られない。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は1.5~3.0%のNi含有量を有する。
【0021】
Crは、ステンレス鋼の耐食性を高めるのに有効な成分である。しかし、Crはフェライト相を生成しやすくする、フェライト生成元素であるため、ステンレス鋼のCr含有量が高くなりすぎると、マルテンサイト相の体積率を低下させる。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は15.0~18.0%のCr含有量を有する。なお、適切なCr含有量は後述するγmaxの値によっても異なる。γmaxの値とCr含有量との関係については後述する。
【0022】
Siは、ステンレス鋼の脱酸作用を有する元素であるが、ステンレス鋼はSiを多量に含有すると加工性および靱性が低下する。一方、過度の低Si化は精錬コストの増大に繋がる。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼では1.0%以下のSi含有量が望ましい。
【0023】
Mnは、オーステナイト生成元素であり、ステンレス鋼の溶製時に脱酸作用を有する。しかし、多量のMn含有はステンレス鋼の加工性および耐食性の低下を招く。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼では1.0%以下のMn含有量が望ましい。
【0024】
Cuは、オーステナイト生成元素であり、ステンレス鋼のマルテンサイト相の体積率増加に寄与する元素である。ただし、過剰のCu含有は耐食性および熱間加工性の低下を招く。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼では0.5%以下のCu含有量が望ましい。
【0025】
Alは、ステンレス鋼溶製時の脱酸に有効な元素である。また、AlはNを固定する作用を有しており、高純度化にも寄与し、加工性を向上させる。ただし、Alは強力なフェライト生成元素であり、過剰の添加は高温でのオーステナイト生成量を必要以上に低下させ、マルテンサイト相の体積率を低下させる要因となる。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼では0.5%以下のAl含有量が望ましい。
【0026】
Nは、マルテンサイト相の体積率を増加させて、ステンレス鋼の強度向上に寄与する元素である。またNは、マルテンサイト中に固溶することによっても、ステンレス鋼の強度を向上させる。ただし、N含有量が多くなると耐食性および靱性が低下しやすい。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼では0.03%以下のN含有量が望ましい。
【0027】
Bは、熱間加工性の向上に寄与する元素である。ただし、過剰のB含有はステンレス鋼の靭性の低下を招く。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼では0.01%以下のB含有量が望ましい。
【0028】
Vは、脱酸作用を有する元素であるが、多量に含有するとステンレス鋼の耐食性および靱性が低下する。よって、検討の結果、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼では0.2%以下のV含有量が望ましい。
【0029】
本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼の残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物として混入するP、Sについては、従来の一般的なフェライト系ステンレス鋼と同様、P:0.05%以下、S:0.03%以下の含有量範囲であれば問題ない。
【0030】
(γmaxの値)
下記(1)式により定まるγmaxの値は、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼の製造過程において、ステンレス鋼を1100℃で等温保持し平衡状態に至った場合のオーステナイト量(体積%)について、成分組成から推定する指標である。
【0031】
γmax=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr+9Cu-52Al+470N+189 …(1)
ここで、(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入され、無添加の元素については0が代入される。
【0032】
オーステナイトは、冷却する過程においてマルテンサイトに変態する。そのため、γmaxの値はステンレス鋼におけるマルテンサイト相の生成のしやすさを表す指標でもある。つまりγmaxの値は、成分組成からマルテンサイト量を推定する指標となる。γmaxの値が100以上である場合は、そのステンレス鋼の最大マルテンサイト量は100%であると推定される。
【0033】
本実施形態では、γmaxの値が85.0以上98.0以下の範囲に入るように、ステンレス鋼における各成分元素の含有量を調整する。さらに、Cr含有量が15.0%以上16.5%未満の場合には、γmaxの値が85.0以上98.0以下となるように調整し、Cr含有量が16.5%以上18.0%以下の場合には、γmaxの値が91.0以上98.0以下となるように調整する。
【0034】
これまでステンレス鋼の強度は、C含有量およびマルテンサイト量(γmax)を調整することによって安定して得られると考えられてきた。しかし、実際にはC含有量およびマルテンサイト量を調整しても、ビッカース硬さが390HV以上とならないステンレス鋼もあった。
【0035】
しかしながら、発明者らの研究によれば、Cr含有量がステンレス鋼の強度に大きく影響していることが分かった。本発明は特定の理論に制限されるものではないが、ステンレス鋼におけるCr含有量が多い場合、Cr炭化物が生成されやすくなる。そのため、マルテンサイト中に固溶化するCの量が減少し、ステンレス鋼の強度も減少すると発明者らは考えている。以上の知見から、発明者らは、γmaxとCr含有量を調整することで、ビッカース硬さが安定して390HV以上となる高強度のステンレス鋼が得られることを見出した。ビッカース硬さは、JIS Z2244準拠のビッカース硬さ試験方法に基づいて測定できる。
【0036】
また、フェライトとマルテンサイトとの複相組織であることで、高強度、プレス成型性、加工性および延性に優れた高強度複相ステンレス鋼となる。そのため、本実施形態では、前記のγmaxの値とも関連するが、85体積%以上98体積%以下のマルテンサイト相を含み、残部にフェライト相を含む複相組織を有している。マルテンサイト相の体積率については、JIS G0555準拠の点算法によって求めることができる。
【0037】
以上をまとめると、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は、C:0.09質量%以上0.15質量%以下およびNi:1.5質量%以上3.0質量%以下を含み、γmaxの値が85.0以上98.0以下である。そして、γmaxの値が85.0以上91.0未満の場合には、Cr:15.0質量%以上16.5質量%以下をさらに含み、γmaxの値が91.0以上98.0以下の場合には、Cr:15.0質量%以上18.0質量%以下をさらに含む。
【0038】
また本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は、85体積%以上98体積%以下のマルテンサイト相を含み、残部にフェライト相を含む複相組織を有することが好ましい。
【0039】
さらに、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は、Si:1.0質量%以下、Mn:1.0質量%以下、Cu:1.0質量%以下、Al:0.5質量%以下およびN:0.03質量%以下の少なくとも何れか1つの条件を満たすことが好ましい。
【0040】
また本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は、B:0.01質量%以下およびV:0.2質量%以下の少なくとも何れか1つの条件を満たすことがさらに好ましい。
【0041】
〔製造方法〕
本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は、一般的なステンレス鋼の製造工程に、Crの含有量に基づいてγmaxの値が所定の範囲内となるように、各成分元素の添加量を調整する工程を含んでいる。一般的なステンレス鋼の製造工程とは、例えば、溶解、鋳造、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍および酸洗等を含む工程であってよい。
【0042】
γmaxの値を調整する工程は、例えば溶解工程における二次精錬で行われる。γmaxの値の調整は、C、Si、Mn、Ni、Al、Nの各成分元素の添加量を調整することで行われる。この二次精錬において、Cr含有量に基づいてγmaxの値を調整することが好ましい。Cr含有量が15.0質量%以上16.5質量%未満の場合には、γmaxの値が85.0以上98.0以下となるように、またCr含有量が16.5質量%以上18.0質量%以下の場合には、γmaxの値が91.0以上98.0以下となるように、高強度複相ステンレス鋼に添加する各成分元素の添加量を調整する。
【0043】
二次精錬にて精錬された溶鋼は連続鋳造設備に送られ、溶鋼が所望の大きさの鋼片に成形される。得られた鋼片は、熱間圧延工程、冷間圧延工程、焼鈍、および酸洗等の工程を経て鋼材製品となる。
【0044】
熱間圧延工程は、例えば粗圧延機および仕上圧延機等を用いて行うことができる。なお、本実施形態において、圧延されたステンレス鋼帯の端が割れてしまうのを防ぐ観点から、仕上圧延機はステッケル熱延機を用いるのが好ましい。
【0045】
また、本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼を得るためには、加熱して複相化処理を行い、その後冷間圧延工程を行うことで安定して強度を確保する。この冷間圧延工程の圧延率を調整し、390HV以上のビッカース硬さの高強度複相ステンレス鋼を製造する。
【0046】
例えば、高強度複相ステンレス鋼をプレスプレートとして用いる場合、ビッカース硬さは390HV以上となるのが望ましい。一般にプレスプレートは、その消耗を低減するため高強度が求められる、実用上はビッカース硬さが390HV以上であることが好ましい。本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼は390HV以上のビッカース硬さを備えることから、プレスプレートとして好適に用いることができる。
【0047】
本実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼の用途はプレスプレートに限られない。プレスプレート以外にも、スチールベルト、金具、フレーム、または工具等の一般的な高強度部材として用いることができる。
【実施例
【0048】
以下に、本発明の実施例(本発明例)および比較例に係るステンレス鋼板を評価した結果について説明する。
【0049】
下記表1に示す化学組成を有するステンレス鋼を用いて、厚さ1.7mm以下のステンレス鋼板を製造した。これにより得られた各ステンレス鋼板のマルテンサイト相の体積率(体積%)およびビッカース硬さ(HV)を表2に示す。なお、表1において下線が付された項目は、本発明の一実施形態に係る高強度複相ステンレス鋼の化学組成の範囲から外れた項目である。
【0050】
【表1】
【0051】
(マルテンサイト相の体積率)
各ステンレス鋼板のマルテンサイト相の体積率を測定した。各ステンレス鋼板を光学顕微鏡によって観察を行い、点算法(JIS G0555)によってマルテンサイト相の体積率を求めた。評価結果について表2の「マルテンサイト量(体積%)」に示した。
【0052】
(ビッカース硬さ)
各ステンレス鋼板のビッカース硬さを測定した。各ステンレス鋼板をビッカース硬さ試験機によって、ビッカース硬さ試験(JIS Z2244)を行い、ビッカース硬さを測定した。評価結果について表2の「硬さ(HV)」に示した。
【0053】
【表2】
【0054】
(評価結果)
表2に示すように、ステンレス鋼板の化学組成について、いずれか一つでも本発明の一実施形態に係る範囲から外れた場合、当該ステンレス鋼板はビッカース硬さが390HV以下となった(鋼No.8~17を参照)。一方、本発明の一実施形態に係る化学組成を満たすステンレス鋼板は、いずれもビッカース硬さが390HV以上となった(鋼No.1~7を参照)。
【0055】
さらに、マルテンサイト相の体積率はγmaxの値と相関があることが示された。よって、ビッカース硬さが390HV以上となる高強度複相ステンレス鋼から得られたステンレス鋼板のマルテンサイト相の体積率はいずれも、85体積%以上98体積%以下となることが示された(鋼No.1~7を参照)。
【0056】
図1は、本発明例および比較例に係るステンレス鋼板のCr含有量とγmaxとの値の関係を示す図である。図1のグラフ中における黒点が本発明例、白点が比較例のCr含有量とγmaxの値との関係を、それぞれ示している。図1で示すように、一点鎖線で囲まれた領域に含まれるようなCr含有量およびγmaxの値を持つステンレス鋼板は、いずれも390HV以上のビッカース硬さを持つことが示された。これにより、ステンレス鋼板の強度にはCr含有量が密接に関係しており、Cr含有量によってγmaxの値を調整することで、390HV以上のビッカース硬さを有するステンレス鋼板を安定して得られることが示された。
【0057】
さらに、γmaxの値が85.0~91.0の場合、Cr含有量が多すぎると、390HV以上のビッカース硬さが得られないことが示された。比較例である鋼No.14~16のステンレス鋼板は、γmaxの値が85.0~91.0であり、Cr含有量以外の化学組成は本発明の一実施形態に係る範囲から外れていない。しかし、これらのステンレス鋼板のビッカース硬さは390HV以下となっており、Cr含有量がステンレス鋼板のビッカース硬さに関係していることが示された。
【0058】
以上より、Cr含有量によってγmaxの値を調整することで、ビッカース硬さが390HV以上の高強度複相ステンレス鋼板を安定して得られることが示された。
【0059】
〔付記事項〕
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
図1