IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ クラレノリタケデンタル株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-25
(45)【発行日】2024-05-08
(54)【発明の名称】ジルコニア用着色溶液
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/87 20060101AFI20240426BHJP
   A61C 5/77 20170101ALI20240426BHJP
   A61C 13/083 20060101ALI20240426BHJP
   C04B 35/486 20060101ALI20240426BHJP
【FI】
C04B41/87 A
A61C5/77
A61C13/083
C04B35/486
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020563342
(86)(22)【出願日】2019-12-25
(86)【国際出願番号】 JP2019050814
(87)【国際公開番号】W WO2020138163
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2021-06-21
【審判番号】
【審判請求日】2022-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2018243476
(32)【優先日】2018-12-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301069384
【氏名又は名称】クラレノリタケデンタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004314
【氏名又は名称】弁理士法人青藍国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(72)【発明者】
【氏名】田嶋 祐大
【合議体】
【審判長】日比野 隆治
【審判官】宮澤 尚之
【審判官】後藤 政博
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-536280(JP,A)
【文献】特開2017-193492(JP,A)
【文献】特表2015-536904(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B41/87
A61C5/77,13/083
C09B11/12,29/18,29/46,61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニアの焼成後に脱色する着色剤(A)、及び金属イオン溶液(B)を含むジルコニア用着色溶液であって、該ジルコニア用着色溶液を用いてジルコニアを着色し、焼成した場合の焼成前後の色差について、ΔL*≦5.8、Δa*≦2.4、かつΔb*≦4.3であり、2.45≦ΔE*ab<6.5であり、
前記着色剤(A)が、発色団を有し、かつ金属イオン溶液(B)に溶解する有機色素であり、
前記着色剤(A)の含有量が、金属イオン溶液(B)に対して、質量比で、(B):(A)=100:0.1~100:3.0である、ジルコニア仮焼体用着色溶液。
【請求項2】
前記有機色素が、芳香族系有機色素である、請求項1に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液。
【請求項3】
前記有機色素が、食用色素である、請求項2に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液。
【請求項4】
前記食用色素が、芳香族基を2個以上含有し、ケチミド基又はアゾ基を有する有機色素を含む、請求項3に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液。
【請求項5】
前記金属イオン溶液(B)が、1又は複数の着色性のカチオンを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液。
【請求項6】
前記着色性のカチオンが、Al、K、Cr、Fe、Na、V、Y、Gd、La、Yb、Tm、Ni、Mn、Co、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンである、請求項5に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液。
【請求項7】
前記着色性のカチオンが、Al、K、Cr、Fe、Na、V、Ni、Mn、Co、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンである、請求項5又は6に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液。
【請求項8】
前記金属イオン溶液(B)が、Al、Fe、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンを含む、請求項1~7のいずれか1項に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液で着色されてなり、イットリアを含有し、イットリアの含有率が、ジルコニアとイットリアの合計100モル%において、4~8モル%である、着色ジルコニア仮焼体。
【請求項10】
請求項1~8のいずれか1項に記載のジルコニア仮焼体用着色溶液で切削加工後のジルコニア仮焼体を着色する工程を含む、着色ジルコニア仮焼体の製造方法。
【請求項11】
請求項9に記載の着色ジルコニア仮焼体を焼成する工程を含む、ジルコニア焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工歯等の補綴修復に使用され、歯科技工士による手作業によるジルコニア着色時において、焼成後の色調を把握できるジルコニア用着色溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、歯科用製品(例えば、代表的な被覆冠、歯冠、クラウン、差し歯等の補綴物や歯列矯正用製品、歯科インプラント用製品)としては、金属がよく用いられていた。しかしながら、金属は天然歯と色が明確に異なり、審美性に欠けるという欠点を有すると共に、金属の溶出によるアレルギーを発症することもあった。そこで、金属の使用に伴う問題を解決するため、金属の代替材料として、酸化アルミニウム(アルミナ)や酸化ジルコニウム(ジルコニア)等のセラミックス材料が歯科用製品に用いられてきている。特に、ジルコニアは、強度において優れ、審美性も比較的優れるため、特に近年の低価格化も相まって需要が高まっている。
【0003】
一方、口腔内の審美性をより高めるためには、歯科用製品の外観を天然歯の外観に似せる必要がある。しかしながら、ジルコニア(焼結体)自体で、天然歯と同様の外観を再現することは困難である。そこで、仮焼体のジルコニアを着色溶液で着色し、焼成することにより、天然歯の外観に似せる技術が知られている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2015-532629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、ジルコニア用着色溶液中に有機マーカ物質を添加することで、着色溶液の視認性を向上させる方法が開示されている。しかしながら、この方法はあくまで視認性を向上させることを目的とするため、ジルコニアの焼成前後の色差については記載も示唆もなく、特許文献1の方法ではジルコニア焼成前後での着色部位に大きな色差を生じ、焼成後の色調が予測できないという課題があった。
【0006】
ジルコニア仮焼体を着色する際に直面する大きな問題は、着色溶液の色調がジルコニア仮焼体への着色時(焼成前)と焼成後で相違するため、焼成後の色調を予測し、着色溶液の色調を調整しなければならない点にある。この作業は、熟練技術が必要となっている。
【0007】
以上のことから、本発明は、焼成前のジルコニア(ジルコニア仮焼体)に用いることで、焼成前後での色差が小さくなり、焼成後の色調を正確に予測できるようにする、ジルコニア用着色溶液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は鋭意検討した結果、ジルコニアを着色した場合の焼成前後の色差についてΔL*、Δa*及びΔb*を特定の範囲に制御できるジルコニア用着色溶液とすることによって、上記課題を解決できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
[1]ジルコニアの焼成後に脱色する着色剤(A)、及び金属イオン溶液(B)を含むジルコニア用着色溶液であって、該ジルコニア用着色溶液を用いてジルコニアを着色し、焼成した場合の焼成前後の色差について、ΔL*≦5.8、Δa*≦2.4、かつΔb*≦4.3である、ジルコニア用着色溶液。
[2]前記焼成前後の色差について、ΔE*ab<6.5である、[1]に記載のジルコニア用着色溶液。
[3]前記着色剤(A)が、有機色素である、[1]又は[2]に記載のジルコニア用着色溶液。
[4]前記有機色素が、食用色素である、[3]に記載のジルコニア用着色溶液。
[5]前記食用色素が、芳香族基を2個以上含有し、ケチミド基又はアゾ基を有する有機色素を含む、[4]に記載のジルコニア用着色溶液。
[6]前記金属イオン溶液(B)が、1又は複数の着色性のカチオンを含む、[1]~[5]のいずれかに記載のジルコニア用着色溶液。
[7]前記着色性のカチオンが、Al、K、Cr、Fe、Na、V、Y、Gd、La、Yb、Tm、Ni、Mn、Co、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンである、[6]に記載のジルコニア用着色溶液。
[8]前記着色性のカチオンが、Al、K、Cr、Fe、Na、V、Ni、Mn、Co、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンである、[6]又は[7]に記載のジルコニア用着色溶液。
[9]前記金属イオン溶液(B)が、Al、Fe、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンを含む、[1]~[8]のいずれかに記載のジルコニア用着色溶液。
[10][1]~[9]のいずれかに記載のジルコニア用着色溶液で着色されてなる、着色ジルコニア仮焼体。
[11][10]に記載の着色ジルコニア仮焼体からなる、ジルコニア焼結体。
[12][11]に記載のジルコニア焼結体からなる、歯科用製品。
[13]歯科用補綴物、歯列矯正用製品、又は歯科インプラント用製品である、[12]に記載の歯科用製品。
[14][1]~[9]のいずれかに記載のジルコニア用着色溶液で切削加工後のジルコニア仮焼体を着色する工程を含む、着色ジルコニア仮焼体の製造方法。
[15][10]に記載の着色ジルコニア仮焼体を焼成する工程を含む、ジルコニア焼結体の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のジルコニア用着色溶液は、焼成後に有機物が残留せず変色することがないため、焼成後の色調を把握でき、着色溶液による着色時(焼成前)においても焼成後の色調を正確に調整することが可能になる。これによって、熟練技術に頼らなくてもジルコニア製歯科用製品の色調の調整が容易である。また、本発明のジルコニア用着色溶液を用いることにより、着色時に未着色部との判別が容易になる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のジルコニア用着色溶液は、ジルコニアの焼成後に脱色する着色剤(A)(以下、単に、「着色剤(A)」ともいう)、及び金属イオン溶液(B)を含み、該ジルコニア用着色溶液を用いてジルコニアを着色し、焼成した場合の焼成前後の色差について、ΔL*≦5.8、Δa*≦2.4、かつΔb*≦4.3であることが重要である。以下、詳細を説明する。
【0012】
前述したように、従来の金属イオン溶液のみを含む着色溶液を用いた場合、金属イオンは焼成後に発色することから、ジルコニア仮焼体を前記着色溶液で処理(例えばコーティング等)する際には焼成後の目的とする色若しくはそれに近い色に着色されていることを視認できず、使用者の長年の勘と経験に基づいて焼成後の色調を予測しながらジルコニア仮焼体を処理(例えばコーティング等)しなければならなかった。これに対して、本発明のジルコニア用着色溶液は、金属イオン溶液(B)に着色剤(A)を併用することによって、ジルコニアの焼成前後の色差について、変化を顕著に抑えることができる。その結果、焼成後の色調の正確な予測が可能になり、着色溶液で着色する際の色調の調整が容易になり、着色溶液の使用者が初心者であっても使用できる。該焼成前後の色差としては、ΔL*≦5.8、Δa*≦2.4、かつΔb*≦4.3であることが重要であり、ΔL*≦5.7、Δa*≦2.0、かつΔb*≦3.5であることが好ましい。ΔL*、Δa*、Δb*の下限は、0以上であってもよい(0を除いてもよい)。また、ΔE*ab<6.5であることが好ましく、ΔE*ab<6.0であることがより好ましく、ΔE*ab<5.0であることがさらに好ましく、ΔE*ab<3.2であることが特に好ましい。ΔE*abの下限は、0以上であってもよい(0を除いてもよい)。後述する着色剤(A)及び金属イオン溶液(B)それぞれの種類と含有量等を調整することによって、該焼成前後の色差を上記範囲に制御するジルコニア用着色溶液とすることができる。また、前述したように、従来の金属イオン溶液のみを含む着色溶液でジルコニアを処理(例えばコーティング等)しても色を視認することができないが、本発明のジルコニア用着色溶液は、金属イオン溶液(B)に着色剤(A)が溶解することで液成分が発色しているため、ジルコニアの焼成前に、着色溶液で着色していない部分(未着色部)と着色した部分(着色部)との判別が容易になるという効果も兼ね備える。なお、該焼成前後の色差に関するΔL*、Δa*、Δb*及びΔE*abの測定方法は後述の実施例に詳細を記載する。
【0013】
本発明のジルコニア用着色溶液は、焼成後の審美性が良好であり、焼成することで燃え抜けの状態になる。詳細には、(1)焼成後の色調が、残留カーボンによって黒ずんでいない、(2)焼成後に大きな気泡を含んでいない、等の状態になる。
【0014】
〔ジルコニアの焼成後に脱色する着色剤(A)〕
本発明に用いる着色剤(A)について説明する。着色剤(A)はジルコニアの焼成後に脱色することが重要であり、これにより、焼成後に得られるジルコニア仮焼体又は焼結体の色に影響を与えることなく、ジルコニアの焼成前に液成分を発色させることができる。「焼成後に脱色する」とは、金属イオン溶液(B)を単独で含む着色溶液(I)と、着色剤(A)と該金属イオン溶液(B)とを含む着色溶液(II)について、着色溶液(I)、(II)をそれぞれ用いて同一の白色のジルコニア仮焼体に着色し、1350℃以上で焼成することでジルコニア焼結体のサンプルを作製し、着色溶液(I)を用いた場合の発色の色差ΔE*ab(I)と着色溶液(II)を用いた場合の発色の色差ΔE*ab(II)を測定し、ΔE*ab(I)-ΔE*ab(II)の絶対値が0.20未満となることを指し、該絶対値が0であることが好ましい。
【0015】
本発明に用いる着色剤(A)としては、ジルコニアの焼成後に脱色され、かつ前記焼成前後の色差を満たすことのできるものであれば限定されないが、金属イオン溶液(B)に溶解し、かつジルコニアの焼成後に焼損され、ジルコニアの結晶構造に組み込まれない観点から、有機色素を含むことが好ましい。本発明に用いる着色剤(A)は、ジルコニア仮焼体を着色する際の取り扱い性の点から、金属イオン溶液(B)に溶解するもの、すなわち、液成分の発色に必要とされる量を金属イオン溶液(B)に添加した際に、溶け残りがないものが好ましい。
【0016】
該有機色素としては、発色団を有し、かつ金属イオン溶液(B)に溶解する有機色素である限り特に限定されないが、芳香族系有機色素、すなわち置換されていてもよい芳香族基を1個以上含有する有機色素が好ましく、発色団に加えて、助色団を有する芳香族系有機色素がより好ましい。該発色団としては、芳香環に結合して発色の原因となる原子団であれば、特に限定されず、ニトロ基、アゾ基、ケチミド基(>C=N-)、カルボニル基、炭素-炭素二重結合、炭素-炭素三重結合、炭素-窒素多重結合、チオカルボニル基、ニトロソ基、アゾキシ基等が挙げられる。該有機色素は、これらの原子団を1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて含んでいてもよい。また、該助色団としては、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、スルホン基、ハロゲン原子等が挙げられる。該有機色素は、これらの助色団を1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて含んでいてもよい。
【0017】
また、着色剤(A)としては、人体に対して有害、有毒なものは使用できないため、該有機色素としては食用色素が好ましく、金属イオン溶液(B)に溶解する食用色素がより好ましい。このような食用色素の具体例としては、黄色4号(タートラジン)、黄色5号(サンセットイエローFCF)、赤色2号(アマランス)、赤色102号(ニューコクシン)、青色1号(ブリリアントブルーFCF)、青色2号(インジゴカルミン)、緑色3号(ファストグリーンFCF)、赤色102号(ニューコクシン)等の芳香族基を2個以上含有する有機色素;アシッドレッド289、ブロモピロガロールレッド、ローダミンB、ローダミン6G、ローダミン6GP、ローダミン3GO、ローダミン123、エオシン(エオシンB、エオシンY)、フルオレセイン、フルオレセインイソチオシアネート等のキサンテンを母核とする縮合芳香族基を含有する有機色素(キサンテン系色素);コチニール色素(カルミン酸色素);ビートレッド(主成分:イソベタニン及びベタニン)、ベタニン、イソベタニン、プロベタニン、ネオベタニン等のベタレイン系色素等が挙げられ、黄色4号(タートラジン)、黄色5号(サンセットイエローFCF)、赤色2号(アマランス)、赤色102号(ニューコクシン)、青色1号(ブリリアントブルーFCF)、緑色3号(ファストグリーンFCF)、イソベタニン等の芳香族基を2個以上含有し、発色団としてケチミド基又はアゾ基を有する有機色素が好ましい。また、本発明のジルコニア用着色溶液を適用するジルコニア仮焼体の安定化剤の含有量に応じて、着色剤(A)も変更し得るため、ある好適な実施形態では、着色剤(A)が、芳香族基を2個以上含有し、発色団としてケチミド基又はアゾ基を有し、助色団としてスルホン基を含有する有機色素であるジルコニア用着色溶液が挙げられる。本明細書において「芳香族基」は、環構造が炭素原子のみで構成された芳香族基、環構造が炭素以外の元素(酸素、窒素等)を含む複素芳香族基を含む。これらの着色剤(A)は、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。また、これらの着色剤(A)は、ジルコニア用着色溶液のpHによって発色強度が異なり、pHによっては化合物の構造が異なる場合があるが、本発明の効果を奏する限り、ジルコニア用着色溶液のpHは特に限定されず、着色剤(A)の種類に応じて、適切な発色強度を示すpHを採用して使用することができる。
【0018】
本発明に用いる着色剤(A)の含有量は、金属イオン溶液(B)に溶解して液成分が発色できる限り特に限定されないが、金属イオン溶液(B)に対して、質量比で、(B):(A)=100:0.01~100:3.0程度が好ましく、100:0.1~100:1.7程度がより好ましく、100:0.2~100:1.4程度がさらに好ましく、100:0.25~100:1.2程度が特に好ましい。また、本発明のジルコニア用着色溶液における着色剤(A)の含有量としては、液成分が発色できる限り特に限定されないが、ジルコニア用着色溶液全体の質量に対して、0.009~3.0質量%が好ましく、0.09~1.6質量%がより好ましく、0.2~1.4質量%がさらに好ましく、0.25~1.2質量%が特に好ましい。
【0019】
〔金属イオン溶液(B)〕
本発明に用いる金属イオン溶液(B)について説明する。金属イオン溶液(B)は、1又は複数の着色性のカチオンを含む。「着色性」とは、人間の目に可視のスペクトル(例えば、波長380~790nmの範囲)で有意な吸収を有することを意味する。本発明における着色性のカチオンは、焼成後に発色する。金属イオン溶液(B)は、ジルコニア仮焼体をジルコニア用着色溶液で塗工するために、着色剤(A)を溶解させることができ、かつ焼成後にジルコニア仮焼体を着色できるものである。
【0020】
該着色性のカチオンとしては、Al、K、Cr、Fe、Na、V、Y、Gd、La、Yb、Tm、Ni、Mn、Co、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンが好ましく、Al、K、Cr、Fe、Na、V、Ni、Mn、Co、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンがより好ましく、Al、K、Cr、Fe、Na、V、Ni、Mn、Co、及びErからなる群より選択された少なくとも3つの元素のイオンがさらに好ましい。また、ある好適な実施形態では、金属イオン溶液(B)はAl、Fe、及びErからなる群より選択された少なくとも1つの元素のイオンを含むことが好ましい。金属イオン溶液(B)は、該カチオンの1つだけを含有してもよく、2種以上のカチオンを組み合わせて含有してもよい。
【0021】
該着色性のカチオンは、該カチオン及びアニオンを含む塩として後述の溶媒に添加されてもよい。該アニオンとしては、例えば、NO 、NO 、CO 2-、HCO 、ONC、ハロゲンアニオン(フッ化物、塩化物、臭化物)、アセテート及びこれらの混合物からなる群から選択される。
【0022】
金属イオン溶液(B)は、さらに溶媒を含む。該溶媒としては、着色性のカチオンを溶解することができる任意の溶媒であればよく、例えば、水、アルコール、及びケトンが挙げられる。より具体的には、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n-プロパノール、ブタノール、アセトンが挙げられる。該溶媒は1種類のみを使用してもよく、2種以上の溶媒の混合物を使用してもよい。
【0023】
金属イオン溶液(B)における溶媒の含有量は、20~98質量%であることが好ましく、30~90質量%であることがより好ましく、35~85質量%であることがさらに好ましい。
【0024】
金属イオン溶液(B)は、錯化剤を含有していてもよい。錯化剤を含有することにより、前記着色性のカチオンを含めるために前記溶媒に添加される塩類の溶解プロセスを加速させることができる。
【0025】
該錯化剤の例としては、アセチルアセトネート、クラウンエーテル、クリプタンド、エチレンジアミントリアセテート及びその塩、エチレンジアミンテトラアセテート及びその塩、ニトリロトリアセテート及びその塩、クエン酸及びその塩、トリエチレンテトラアミン、ポルフィン、ポリアクリレート、ポリアスパラゲート、酸性ペプチド、フタロシアニン、サリチレート、グリシネート、ラクテート、プロピレンジアミン、アスコルベート、シュウ酸及びその塩、並びにこれらの混合物が挙げられる。錯化剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0026】
また、該錯化剤としては、錯化配位子としてアニオン性基を有するものが好ましい。例えば、純粋なアミン(例えば、pH値8~14のエチレンジアミン)のような非電荷錯化配位子(及び/又はカチオン性配位子)のみを有する錯化剤を用いた場合は、十分に安定な溶液を生じない場合がある。
【0027】
金属イオン溶液(B)における錯化剤の含有量としては、本発明の効果を奏する限り特に限定されず、例えば、溶液中の着色性のカチオンを溶解するために、又はこれらカチオンの沈殿を防止するために十分な量を含有することが好ましい。具体的には、金属イオン溶液(B)において、1質量%以上が好ましく、5質量%以上がより好ましく、10質量%以上がさらに好ましい。また、該含有量について特定の上限はないが、50質量%以下が好ましく、40質量%以下がより好ましく、30質量%以下がさらに好ましい。
【0028】
本発明に用いる金属イオン溶液(B)のpHは、0~9が好ましく、1~7がより好ましく、2~6がさらに好ましい。該pHが上記範囲外にある場合、着色性のカチオンが溶液から沈殿し始める場合がある。例えば、金属イオン溶液(B)が水溶液の場合、0~9のpHが好ましい。また、金属イオン溶液(B)が錯化剤を含まない場合、0~6のpHが好ましく、錯化剤を含む場合、3~9のpHが好ましい。本明細書において、pHは公知の測定装置を用いて測定できる。測定装置としては、例えば、株式会社堀場製作所製「LAQUAtwin」が挙げられる。
【0029】
本発明のジルコニア用着色溶液における金属イオン溶液(B)の含有量としては、液成分が発色できる限り特に限定されないが、着色溶液全体の質量に対して、98.4~99.9質量%が好ましく、98.6~99.8質量%がより好ましく、98.9~99.8質量%がさらに好ましい。
【0030】
本発明のジルコニア用着色溶液は、必要量の溶液がジルコニア表面をコーティングするだけでなく、ジルコニア未焼成体の細孔内に移動することができるように適切な粘度を有することが好ましい。該適切な粘度としては、例えば、25℃において1~10000mPaが好ましく、100~6000mPaがより好ましく、500~3000mPaがさらに好ましい。該粘度が高すぎる場合、ジルコニア未焼成体、及びジルコニア仮焼体の細孔内に着色溶液が移動できないおそれがある。
【0031】
本発明のジルコニア用着色溶液は、適切な粘度とすることを目的として、増粘剤を含有してもよい。増粘剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0032】
該増粘剤としては、1又は複数のポリオール(ポリビニルアルコールを含む)、1又は複数のグリコールエーテル(例えば、PEG 200、PEG 400、PEG 600等のポリエチレングリコール、ジエチレングリコールメチルエーテル、ジエチレングリコールエチルエーテル)、1又は複数のジアルコール及びポリアルコール(1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール、グリセロールを含む)、グリセロールエーテル、1又は複数の多糖類(セルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、デンプン、アルギン酸、アルギン酸塩、カラギーナン、グアーガム、キタンサンガム、セルロースガム、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸塩、ペクチン、ペクチン塩、キチン、キトサン等)、並びにこれらの混合物が挙げられる。
【0033】
該ポリエチレングリコールとしては、下記式(1)を満たすものが好ましい。
O-(CH-CH-O)-R (1)
但し、Rは、水素原子、アシル基、アルキル基、アリール基、アルキルアリール基、ポリプロピルグリコール、ポリテトラヒドロフラン(ポリTHF)であり、好ましくは水素原子、アセチル基、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ヘキシル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ラウリル基、トリデシル基、ミリスチル基、パルミチル基、ステアリル基、オレイル基、アリル基、フェニル基、p-アルキルフェニル基、ポリプロピレングリコール、ポリTHFである。mは、2~100であり、好ましくは2~20であり、より好ましくは2~5である。2つのRは同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0034】
該ポリエチレングリコールの重量平均分子量(Mw)としては、100~5,000の範囲とすることができ、好ましくは100~1,000の範囲であり、より好ましくは100~300の範囲である。なお、該Mwはゲル浸透クロマトグラフ法(GPC法)により測定することができる。
【0035】
本発明のジルコニア用着色溶液における該増粘剤の含有量は、0.01~10質量%であることが好ましく、0.1~8質量%であることがより好ましく、0.2~5質量%であることがさらに好ましい。
【0036】
本発明のジルコニア用着色溶液は、本発明の損なわない限り、その他の添加剤を含有してもよい。
【0037】
該添加剤としては、安定化剤(例えば、メトキシフェノールハイドロキノン、トパノールA、及びこれらの混合物など)、緩衝剤(例えば、酢酸塩又はアミノ緩衝剤及びこれらの混合物など)、防腐剤(例えば、ソルビン酸又は安息香酸及びこれらの混合物など)、並びにこれらの混合物が挙げられる。
【0038】
本発明のジルコニア用着色溶液における該添加剤の含有量は、例えば、0.01~10質量%とすることができ、0.05~5質量%であってもよく、0.1~3質量%であってもよい。
【0039】
本発明のジルコニア用着色溶液を用いることで、ジルコニアの焼成前後の色差の変化を抑えることができる。本発明のジルコニア用着色溶液により着色されるジルコニアとは、焼結前のものであれば、未焼成体であっても仮焼体であってもよいが、ジルコニア用着色溶液の浸透の観点からジルコニア仮焼体であることが好ましい。
【0040】
また、本発明は前記ジルコニア用着色溶液で着色されてなる着色ジルコニア仮焼体、すなわち、前記ジルコニア用着色溶液で着色されたジルコニア仮焼体(「着色ジルコニア仮焼体」という。)を包含する。該ジルコニア用着色溶液の含有量としては、本発明の効果を奏する限り特に限定されず、焼結後の発色の強弱に応じて適宜調整することができる。なお、本発明において、ジルコニア用着色溶液で着色される前の仮焼体を単に「ジルコニア仮焼体」、ジルコニア用着色溶液で着色後の仮焼体を「着色ジルコニア仮焼体」と表現して区別する。なお、本発明のジルコニア用着色溶液は、ジルコニア未焼成体を着色するために用いることもでき、その場合には、仮焼体を経ずにジルコニア焼結体が製造される。そのような焼結体を想定した場合、該ジルコニア未焼成体の好適な実施形態としては、以降のジルコニア仮焼体に関する説明における各条件を同様に適用することができる。
【0041】
本発明におけるジルコニア仮焼体について説明する。該ジルコニア仮焼体はジルコニア(ZrO;酸化ジルコニウム)を主成分とし、目的とする歯科用製品に応じて成形し、ジルコニアを仮焼させたものを指す。例えば歯科用補綴物や歯科インプラント用製品であれば、ジルコニア粉末を公知の技術をもってプレス成形をして得られたディスクやブロックなどから、該ジルコニア仮焼体を作製することができる。
【0042】
本発明におけるジルコニア仮焼体は、安定化剤を含むことが好ましい。例えば、仮焼前のジルコニアに安定化剤を含ませることが好ましい。
【0043】
安定化剤としては、例えば、酸化イットリウム(Y)(以下、「イットリア」という。)が好ましく、酸化カルシウム(カルシア;CaO)、酸化マグネシウム(マグネシア;MgO)、酸化セリウム(セリア;CeO)、酸化スカンジウム(Sc)、酸化ニオブ(Nb)、酸化ランタン(La)、酸化エルビウム(Er)、酸化プラセオジム(Pr11)、酸化サマリウム(Sm)、酸化ユウロピウム(Eu)及び酸化ツリウム(Tm)からなる群から選ばれた酸化物の少なくとも1種であることが好ましい。安定化剤としてイットリアが特に好ましい。安定化剤は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0044】
安定化剤がイットリアを含有する場合、イットリアの含有率は、ジルコニアとイットリアの合計100モル%において、2~8モル%であると好ましく、3~6モル%であるとより好ましい。この含有率によれば、単斜晶への相転移を抑制すると共に、ジルコニア焼結体の透明性を高めることができる。
【0045】
ジルコニアが酸化カルシウムを含有する場合、酸化カルシウムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、15モル%以下であると好ましく、12モル%以下であるとより好ましい。
【0046】
ジルコニアが酸化マグネシウムを含有する場合、酸化マグネシウムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、12モル%以下であると好ましく、10モル%以下であるとより好ましい。
【0047】
ジルコニアが酸化セリウムを含有する場合、酸化セリウムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、18モル%以下であると好ましく、12モル%以下であるとより好ましい。
【0048】
ジルコニアが酸化スカンジウムを含有する場合、酸化スカンジウムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、1モル%以下であると好ましく、0.3モル%以下であるとより好ましい。
【0049】
ジルコニアが酸化ニオブを含有する場合、酸化ニオブの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、10モル%以下であると好ましく、7モル%以下であるとより好ましい。
【0050】
ジルコニアが酸化ランタンを含有する場合、酸化ランタンの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、10モル%以下であると好ましく、7モル%以下であるとより好ましい。
【0051】
ジルコニアが酸化エルビウムを含有する場合、酸化エルビウムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、1モル%以下であると好ましく、0.3モル%以下であるとより好ましい。
【0052】
ジルコニアが酸化プラセオジムを含有する場合、酸化プラセオジムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、1モル%以下であると好ましく、0.3モル%以下であるとより好ましい。
【0053】
ジルコニアが酸化サマリウムを含有する場合、酸化サマリウムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、1モル%以下であると好ましく、0.3モル%以下であるとより好ましい。
【0054】
ジルコニアが酸化ユウロピウムを含有する場合、酸化ユウロピウムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、1モル%以下であると好ましく、0.3モル%以下であるとより好ましい。
【0055】
ジルコニアが酸化ツリウムを含有する場合、酸化ツリウムの含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計100モル%において、1モル%以下であると好ましく、0.3モル%以下であるとより好ましい。
【0056】
本発明のジルコニア仮焼体は、着色剤(A)及び金属イオン溶液(B)以外の着色成分として顔料を含んでいてもよい。ジルコニア仮焼体が顔料を含む場合であっても、本発明のジルコニア用着色溶液を用いることで、焼成前後での色差が小さくなり、焼成後の色調を正確に予測できるようになる。該顔料としては、本発明の効果を奏する限り限定されず、例えば、酸化クロム(Cr)、酸化鉄(Fe)等が挙げられる。これらの顔料を複合的に用いてもよい。また、ある好適な実施形態としては、着色成分が実質的に着色剤(A)及び金属イオン溶液(B)から構成され、ジルコニアを着色し、焼成した場合の焼成前後の色差が、ΔE*ab<6.5である、ジルコニア用着色溶液が挙げられる。着色成分が実質的に着色剤(A)及び金属イオン溶液(B)から構成されるとは、他の着色成分の含有量が、0.001質量%未満であり、0.0001質量%未満であることが好ましく、0.00001質量%未満であることがより好ましい。
【0057】
本発明のジルコニア仮焼体の一般的な製造方法を説明する。
【0058】
まず、安定化剤を含むジルコニア原料顆粒を用意し、これをブロックやディスクなどの形状にプレス成形する。次に、必要に応じてその成形体にCIP(Cold Isostatic Pressing;冷間静水等方圧プレス)処理を施す。この際の加圧力は、例えば50~500MPaである。次いで、これに仮焼処理を施す。仮焼は、室温から緩やかに800~1200℃まで昇温し、1~6時間程度係留することでジルコニア仮焼体を得ることができる。得られたジルコニア仮焼体は、最終的な歯科用製品に応じ、従来公知の装置を用いて切削加工される。例えば、歯科用製品が歯科用補綴物である場合、CAD/CAM等を用いて歯冠形状に切削加工される。
【0059】
本発明の着色ジルコニア仮焼体の製造方法は、前記ジルコニア用着色溶液で切削加工後のジルコニア仮焼体を着色する工程を含む。前記ジルコニア用着色溶液で着色する方法としては、例えば、筆等を用いてジルコニア仮焼体に塗布したり、着色溶液を入れた容器にジルコニア仮焼体を浸漬したり、スプレー等を用いてジルコニア仮焼体に噴霧したりする方法等の種々のコーティング方法が挙げられ、従来公知の器具、装置を用いることができる。上述のように、前記ジルコニア用着色溶液は、ジルコニア仮焼体の細孔内に浸透してもよいため、本発明の着色ジルコニア仮焼体の製造方法としては、ジルコニア仮焼体の細孔内にも前記着色溶液が浸透する方法も特に限定されず、使用できる。なお、仮焼工程を含まずに、未焼成体から直接にジルコニア焼結体を製造する場合には、前記ジルコニア用着色溶液によって、切削加工後のジルコニア未焼成体を着色してもよい。
【0060】
本発明はさらに、前記着色ジルコニア仮焼体からなるジルコニア焼結体を包含する。該ジルコニア焼結体の製造方法は、前記着色ジルコニア仮焼体を焼成する工程を含む。焼成温度(焼成最高温度)は、ジルコニアの種類に応じて適宜変更でき、着色剤(A)が脱色され、かつ金属イオン溶液(B)が発色する限り特に限定されないが、1350℃以上が好ましく、1450℃以上がより好ましく、1500℃以上がさらに好ましい。焼成温度の上限は、特に限定されないが、例えば1600℃以下が好ましい。なお、本発明のジルコニア焼結体には、成形したジルコニア粒子を常圧下ないし非加圧下において焼結させた焼結体のみならず、HIP(Hot Isostatic Pressing;熱間静水等方圧プレス)処理等の高温加圧処理によって緻密化させた焼結体も含まれる。
【0061】
本発明のジルコニア焼結体中の安定化剤の含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析、蛍光X線分析等によって測定することができる。
【0062】
本発明のジルコニア焼結体は、好ましくは、部分安定化ジルコニア及び完全安定化ジルコニアの少なくとも一方をマトリックス相として有する。ジルコニア焼結体において、ジルコニアの主たる結晶相は正方晶及び立方晶の少なくとも一方である。ジルコニア焼結体は、正方晶及び立方晶の両方を含有してもよい。ジルコニア焼結体は単斜晶を実質的に含有しないと好ましい。なお、安定化剤を添加して部分的に安定化させたジルコニアは、部分安定化ジルコニア(PSZ;Partially Stabilized Zirconia)と呼ばれ、完全に安定化させたジルコニアは完全安定化ジルコニアと呼ばれている。
【0063】
本発明は、前記ジルコニア焼結体からなる歯科用製品を包含する。該歯科用製品としては、歯科用補綴物、歯列矯正用製品、又は歯科インプラント用製品等が挙げられる。該歯科用補綴物としては、例えばジルコニア製のインレー、アンレー、ラミネートベニア、及びクラウン等に用いることができる。
【0064】
上記の実施形態において、各成分の種類、含有量等を適宜変更でき、任意の成分について、追加、削除等の変更をすることができる。また、上記の実施形態において、ジルコニア用着色溶液の組成と特性(着色ジルコニア仮焼体の焼成前後の色差等)の値を適宜変更して組み合わせることもできる。
【0065】
本発明は、本発明の効果を奏する限り、本発明の技術的思想の範囲内において、上記の構成を種々組み合わせた実施形態を含む。
【実施例
【0066】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではなく、多くの変形が本発明の技術的思想の範囲内で当分野において通常の知識を有する者により可能である。
【0067】
[着色ジルコニア仮焼体の焼成前後の色差評価]
歯科用測色装置(オリンパス株式会社製、クリスタルアイ)を用いて、各実施例及び比較例のジルコニア用着色溶液を用いて着色した焼成前のジルコニア仮焼体と焼成後のジルコニア焼結体をそれぞれサンプルとして、CIE 1976表色系(L*a*b*表色系)での色度(L*、a*、b*)を測定し、下式から、焼成前後の色調差として色差ΔE*abを算出した。
ΔE*ab={(ΔL*)+(Δa*)+(Δb*)1/2
なお、ΔL*は焼成前後の明度指数L*の差、Δa*は焼成前後の色座標a*の差、Δb*は焼成前後の色座標b*の差であり、JIS Z 8781-4:2013で規定される方法から求めた。
【0068】
前記色差ΔE*abは小さいほど良く、焼成後の色差ΔE*abに対して、JIS規格や各種工業界では以下のように色の許容差の事例が挙げられている。
0≦ΔE*ab<0.2:特別に調整された測色機械でも誤差の範囲にあり、人が識別不可能(評価不能領域)。
0.2≦ΔE*ab<0.4:十分に調整された測色機械の再現精度の範囲で、訓練を積んだ人が再現性をもって識別できる限界(識別限界)。
0.4≦ΔE*ab<0.8:目視判定の再現性からみて、厳格な許容色差の規格を設定できる限界(AAA級許容差)。
0.8≦ΔE*ab<1.6:色の隣接比較で、わずかに色差が感じられるレベル。一般の測色機械間の器差を含む許容色差の範囲(AA級許容差)。
1.6≦ΔE*ab<3.2:色の離間比較では、ほとんど気付かれない色差レベル。一般的には同じ色だと思われているレベル(A級許容差)。
3.2≦ΔE*ab<6.5:印象レベルでは同じ色として扱える範囲。塗料業界やプラスチック業界では色違いでクレームになることがある(B級許容差)。
6.5≦ΔE*ab<13.0:JIS標準色票、マンセル色票などの1歩程度に相当する色差(C級許容差)。
13.0≦ΔE*ab<25.0:細分化された系統色名で区別ができる程度の色の差。なお、この上限を超えると別の色名のイメージになる(D級許容差)。
【0069】
[ジルコニア仮焼体の製造方法]
後述の実施例及び比較例において、ジルコニア用着色溶液により着色したジルコニア仮焼体の製造方法について説明する。
【0070】
まず、水中でジルコニア粉末と安定化剤であるイットリアを、イットリアの含有量が特定の量となるように湿式混合してスラリーを形成した。得られたスラリーを乾燥させて造粒し得られた造粒物を仮焼して、1次粉末を作製した。次に、得られた1次粉末を用いてプレス成形して、ジルコニア未焼成体としての成形物を作製した。その後、得られた成形物を800℃~1200℃で焼成して、ジルコニア仮焼体を作製した。このようにして得られたジルコニア仮焼体(製造例1~3)を、後述の実施例及び比較例に用いるために、平板状(縦:約20mm、横:約20mm、厚さ:約1.5mm)に切り出した。なお、各ジルコニア仮焼体のイットリアの含有量は、製造例1:6モル%、製造例2:5.5モル%、製造例3:4モル%とした。
【0071】
なお、ジルコニア仮焼体に顔料を含ませる場合には、前記した1次粉末の段階で顔料を添加すればよい。顔料を添加した1次粉末に対して、水中で所望の粒径になるまでジルコニアを粉砕混合してジルコニアスラリーを形成し、得られたスラリーを乾燥させて造粒し、得られた造粒物を仮焼して2次粉末とし、上述のプレス成形に用いればよい。また、ジルコニア仮焼体に酸化アルミニウム、酸化チタン、バインダ等の添加剤を添加する場合には、1次粉末の作製時に添加してもよいし、2次粉末の作製時に添加してもよい。
【0072】
後述の実施例及び比較例で使用した着色剤(A)、金属イオン溶液(B)は以下の通りである。
[着色剤(A)]
食用赤色102号(共立食品株式会社製)
食用青色1号(共立食品株式会社製)
食用黄色4号(共立食品株式会社製)
ビートレッド(株式会社私の台所製)
[金属イオン溶液(B)]
(B-1)CopraSupreme Color IncisalDark(WhitePeaks Dental Solutions社製)(Al、K、Co、Erのカチオンを含む)
(B-2)CopraSupreme Color OcclusalPink(WhitePeaks Dental Solutions社製)(Fe、Ni、Erのカチオンを含む)
(B-3)CopraSupreme Color BodyA3(WhitePeaks Dental Solutions社製)(Al、Cr、Mn、Fe、Erのカチオンを含む)
(B-4)CopraSupreme Color OcclusalYellow(WhitePeaks Dental Solutions社製)(Na、Al、K、Ca、V、Cr、Mn、Feのカチオンを含む)
【0073】
(実施例1)
金属イオン溶液(B)であるCopraSupreme Color IncisalDark2.0g中に、着色剤(A)である食用赤色102号0.0221gと食用青色1号0.0102gとを加え、混合することで、ジルコニア用着色溶液を得た。得られた着色溶液を適量用いて、製造例1で得られたジルコニア仮焼体に塗布して着色し、その後、1560℃で30分間係留して焼成することでジルコニア焼結体を得た。焼成前後の色差ΔE*abの評価結果を表1に示す。
【0074】
(実施例2~7)
使用する着色剤(A)、金属イオン溶液(B)の種類と量を表1に記載の通りに変更した以外は実施例1と同様にして、それぞれジルコニア用着色溶液を得た。得られたジルコニア用着色溶液を適量用い、使用するジルコニア仮焼体、焼成温度及び係留時間を表1に記載の通りに変更した以外は実施例1と同様にして、それぞれジルコニア焼結体を得た。焼成前後の色差ΔE*abの評価結果を表1に示す。
【0075】
(比較例1)
金属イオン溶液(B)であるCopraSupreme Color IncisalDarkのみをジルコニア用着色溶液として適量用い、製造例1で得られたジルコニア仮焼体に塗布して着色し、その後、1560℃で30分間係留して焼成することでジルコニア焼結体を得た。焼成前後の色差ΔE*abの評価結果を表1に示す。
【0076】
(比較例2~12)
使用する金属イオン溶液(B)の種類を表1に記載の通りに変更してジルコニア用着色溶液とし、使用するジルコニア仮焼体、焼成温度及び係留時間を表1に記載の通りに変更した以外は比較例1と同様にして、それぞれジルコニア焼結体を得た。焼成前後の色差ΔE*abの評価結果を表1に示す。
【0077】
【表1】
【0078】
表1に示したように、実施例1~7のΔE*abはいずれも6.5未満であり、焼成前後の色差についてB級許容差以上の結果となった。一方、着色剤(A)を用いない比較例1~12のΔE*abはいずれも6.5を大きく超える値となる結果となった。従って、本発明のジルコニア用着色溶液は、ジルコニア仮焼体の焼成前後の色差を顕著に抑制することができることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明のジルコニア用着色溶液は、液成分に着色剤を加えることによって、着色剤が金属イオン溶液に室温(1~30℃)で溶解し、液成分が着色されるため、前記着色溶液によって前記焼成前のジルコニアを着色しておくことで、焼成前後での色差が小さくなり、焼成後の色調を焼成前に正確に予測できる。将来的に、オールセラミック歯冠の需要が益々増大することに伴い、着色溶液の使用頻度が増えることが予想されるため、歯科用製品としてオールセラミック歯冠を製造する際に、本発明のジルコニア用着色溶液は特に有用である。