(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-25
(45)【発行日】2024-05-08
(54)【発明の名称】Prox1移動抑制剤を有効成分として含む網膜神経退行性疾患の予防又は治療用薬学的組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20240426BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20240426BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20240426BHJP
A61K 31/7105 20060101ALN20240426BHJP
A61K 31/7088 20060101ALN20240426BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20240426BHJP
【FI】
A61K39/395 N ZNA
A61P27/02
A61K9/08
A61K31/7105
A61K31/7088
C12N15/113 Z
(21)【出願番号】P 2022537771
(86)(22)【出願日】2021-06-25
(86)【国際出願番号】 KR2021008044
(87)【国際公開番号】W WO2021261965
(87)【国際公開日】2021-12-30
【審査請求日】2022-06-17
(31)【優先権主張番号】10-2020-0078016
(32)【優先日】2020-06-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(31)【優先権主張番号】10-2021-0077060
(32)【優先日】2021-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592127149
【氏名又は名称】韓国科学技術院
【氏名又は名称原語表記】KOREA ADVANCED INSTITUTE OF SCIENCE AND TECHNOLOGY
【住所又は居所原語表記】291,Daehak-ro Yuseong-gu,Daejeon 34141,Republic of Korea
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ジン・ウ・キム
(72)【発明者】
【氏名】ウン・ジュン・イ
【審査官】深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2003/0224516(US,A1)
【文献】Neurorehabilitation and Neural Repair,2009年,Vol.23, No.9,p.960 O-9
【文献】Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2012年,Vol.109, No.12,pp.4657-4662
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00
A61K 31/00-31/80
A61K 39/00-39/44
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Prox1(prospero homeobox 1)抑制剤を有効成分として含む
、網膜内の神経細胞からミュラーグリア(Muller glia)へのProx1タンパク質移動を抑制するための薬学的組成物であって、前記抑制剤は、Prox1タンパク質に特異的に結合するかProx1とミュラーグリア細胞膜との結合を競争的に阻害する抗
体であることを特徴とする、薬学的組成物。
【請求項2】
前記Prox1タンパク質は、配列番号2のアミノ酸配列からなることを特徴とする、請求項
1に記載の薬学的組成物。
【請求項3】
前記組成物は、食細胞作用及び炎症反応を誘導するミクログリア(microglia)の増殖を抑制して網膜神経細胞の再生を促進することを特徴とする、請求項1に記載の薬学的組成物。
【請求項4】
前記組成物は、神経細胞の分化を促進する製剤と併用投与されることを特徴とする、請求項1に記載の薬学的組成物。
【請求項5】
請求項1に記載の組成物を含む、網膜神経退行性疾患の予防又は治療用薬学製剤。
【請求項6】
前記薬学製剤は、注射剤形、注入剤形、噴霧剤形又は液状剤形であることを特徴とする、請求項
5に記載の薬学製剤。
【請求項7】
前記薬学製剤は、眼球局所投与用であることを特徴とする、請求項
5に記載の薬学製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類の網膜で網膜神経の再生を通じて網膜神経退行性疾患を治療し得る技術に関し、より具体的には、Prox1の発現又は移動抑制剤を有効成分として含む網膜神経退行性疾患の予防又は治療用薬学的組成物及び前記組成物を含む薬学製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
網膜(retina)とは、眼球の最も内側を覆っている透明な神経組織であって、眼球内に入った光は、網膜の内層を経て網膜の視細胞に感知される。視細胞は、光情報を再び電気的情報に転換し、この情報は、網膜内層の神経細胞と視神経を経て脳に伝達され、このような過程を通じて事物を見ることが可能になる。眼球の最も外側は、無血管性繊維層(角膜、強膜)、中問層は、血管性組織であるブドウ膜(虹彩、毛様体、脈絡膜)であって、中問層である脈絡膜の内側を覆っている透明な神経組織が網膜である。網膜は、厚さが異なる薄く透明な膜で、位置によって網膜の中心部は、中心窩、中心窩付近、中心窩周囲に分けられる。中心窩は、臨床的に黄斑と呼ばれる。
【0003】
一方、網膜が先天的又は後天的に損傷されるか高血圧、糖尿病のような慢性疾患の合併症により網膜神経退行性疾患が発生し得る。具体的に、暗いところでものが見えにくい夜盲症を初期症状とする網膜色素変性症(Retinitis Pigmentosa)と遺伝性網膜異常症であるレーバー先天性黒内障(Leber Congenital Amaurosis(LCA))のような先天性網膜退化疾患、網膜の裂傷や剥離が生じる網膜剥離(Retinal Detachment)、黄斑変性、糖尿により発生する糖尿網膜症、中心性網膜症、老人性網膜退化などがある。このような疾患により視力減少、視野障害及び夜盲症、色弱、色盲、光視症(視野の一部に光が見えたり光の点滅を感じたりする症状)、飛蚊症(目の前に糸くずやアメーバのような浮遊物が見える症状)、変形視(物体が変形して見える)、中心暗点(視野中心が真黒く見える)などの症状が現われる。しかし、網膜神経細胞の再生が可能な下等脊椎動物とは異なり、哺乳動物では網膜神経細胞の再生が起きず、移植も不可能な神経組織であるので、網膜は、一度損傷が発生すれば回復されないため、結果的に失明に至ることがある。
【0004】
このような網膜神経退化疾患は、発生率が急激に増加しているにもかかわらず、現在効果的な治療剤や治療法がほとんどないのが実情である。最近、網膜細胞の代替と保護のために多様な幹細胞を用いた細胞治療剤の研究が進行されているが、いまだ臨床適用は行われておらず(大韓民国登録特許10-1268741)、網膜色素上皮細胞を標的としたスターガルト病の遺伝子治療が臨床に適用されたが、これは、一部の遺伝子変異が起きた患者にのみ制限されるものであって、退化した網膜を再生して視覚機能を復旧し得る技術は現在全くない状態である。
【0005】
したがって、根源的に網膜神経の再生が不可能なヒトを含めた哺乳類で網膜退化による多様な疾患に幅広く適用できると共に安全で且つ経済的な治療剤の開発が至急となっているのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、前記のような背景下で網膜神経の再生を誘導し得る技術を開発するために研究努力した結果、哺乳動物で網膜内神経細胞から発現するProx1タンパク質が網膜損傷以後にミュラーグリアに移動する機序を最初に発見し、これを基盤に網膜でProx1の発現又はミュラーグリア への移動を抑制して網膜神経再生の初段階であるミュラーグリア の細胞分裂を誘導し得ることを確認し、それを基礎として本発明を完成するに至った。
【0008】
したがって、本発明は、Prox1(prospero homeobox 1)抑制剤を有効成分として含む網膜神経退行性疾患の予防又は治療用薬学的組成物を提供することを目的とする。
【0009】
また、本発明は、前記組成物を含む網膜神経退行性疾患の予防又は治療用薬学製剤を提供することを他の目的とする。
【0010】
しかし、本発明が達成しようとする技術的課題は、以上で言及した課題に制限されず、言及しなかったまた他の課題は、下の記載から当業者に明確に理解されるべきである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記のような目的を達成するために、本発明は、Prox1(prospero homeobox 1)抑制剤を有効成分として含む網膜神経退行性疾患の予防又は治療用薬学的組成物を提供する。
【0012】
本発明の一具現例で、前記抑制剤は、網膜内の神経細胞でProx1遺伝子の発現を抑制するものであってもよい。
【0013】
本発明の他の具現例で、前記抑制剤は、網膜内の神経細胞でミュラーグリア (Muller glia)へのProx1タンパク質の移動を抑制するものであってもよい。
【0014】
本発明のまた他の具現例で、前記Prox1遺伝子は、配列番号1の塩基配列からなるものであってもよい。
【0015】
本発明のまた他の具現例で、前記Prox1遺伝子は、配列番号2のアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0016】
本発明のまた他の具現例で、前記Prox1遺伝子の発現を抑制する抑制剤は、Prox1遺伝子のmRNAに相補的に結合するアンチセンスヌクレオチド、短い干渉RNA(small interfering RNA;siRNA)、短いヘアピンRNA(short hairpin RNA;shRNA)、リボザイム(ribozyme)及びCRISPR/Cas9で構成された群から選択されるいずれか一つであってもよい。
【0017】
本発明のまた他の具現例で、前記Prox1タンパク質の移動を抑制する抑制剤は、Prox1タンパク質に特異的に結合するかProx1とミュラーグリア 細胞膜との結合を競争的に阻害する抗体、ペプチド、ペプチド類似体、アプタマー及び化合物で構成された群から選択されるいずれか一つであってもよい。
【0018】
本発明のまた他の具現例で、前記網膜神経退行性疾患は、網膜色素変性症(Retinitis Pigmentosa)、レーバー先天性黒内障(Leber Congenital Amaurosis;LCA)、網膜剥離(Retinal Detachment)、黄斑変性(macular degeneration)、糖尿網膜症(diabetic retinopathy)、緑内障、中心性網膜症及び老人性網膜退化で構成された群から選択されるいずれか一つであってもよい。
【0019】
本発明のまた他の具現例で、前記組成物は、食細胞作用及び炎症反応を誘導するミクログリア(microglia)の増殖を抑制して網膜神経細胞の再生を促進するものであってもよい。
【0020】
本発明のまた他の具現例で、前記組成物は、神経細胞の分化を促進する製剤と併用投与され得る。
【0021】
また、本発明は、前記組成物を含む網膜神経退行性疾患の予防又は治療用薬学製剤を提供する。
【0022】
本発明の一具現例で、前記薬学製剤は、注射剤形、注入剤形、噴霧剤形又は液状剤形であってもよい。
【0023】
本発明の他の具現例で、前記薬学製剤は、眼球局所投与用であってもよい。
【0024】
また、本発明は、Prox1(prospero homeobox 1)抑制剤を有効成分として含む薬学的組成物を個体に投与する段階を含む網膜神経退行性疾患の予防又は治療方法を提供する。
【0025】
また、本発明は、前記薬学的組成物の網膜神経退行性疾患の予防又は治療用途を提供する。
【発明の効果】
【0026】
本発明者らは、網膜損傷時のミュラーグリア へのProx1タンパク質の移動を最初に発見し、これを基盤にProx1の発現又は移動抑制を通じてミュラーグリア の分裂が可能であることを確認した。ミュラーグリア の分裂が網膜再生の先行過程であり、哺乳類の網膜ではミュラーグリア の分裂が抑制されているところ、このような側面で、本発明によるProx1の抑制剤を含む薬学的組成物は、哺乳動物で損傷された網膜の再生を誘導することができるので、従来の効果的な治療法がなく視覚喪失をもたらす多様な網膜神経退行性疾患の治療に共通的に適用でき、さらに、選択的網膜神経分化方法などと接木する場合、退化する特定の網膜神経細胞のみを選択的に再生できる画期的網膜再生法の開発に用いられ得るものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1a】
図1の(a)の左側列に示す結果は、Prox1遺伝子部位にEGFP遺伝子が挿入されたベクターを用いて製作された形質転換マウスの網膜でEGFP、Prox1タンパク質の発現を示す結果であり、
図1の(a)の右側列に示す結果は、in situ RNA hybridization(ISH)と免疫蛍光染色でProx1 mRNAとProx1タンパク質を同時に検出した結果であって、理論上、Prox1タンパク質は、Prox1 mRNAの翻訳(translation)を通じて生成されるので、Prox1 mRNAなしにProx1タンパク質のみがある細胞は、外部からProx1タンパク質が流入した可能性を示唆するものである。
【
図1b】
図1の(b)は、Cre-loxPシステムを用いてマウスのミュラーグリア で特異的にProx1遺伝子が除去される代わりにEGFPが発現された結果であって、R26-tdTomato形質転換マウスを用いて遺伝子組換えが起きた細胞でR26-tdTomato赤色蛍光タンパク質が発現するようにすることによって、R26-tdTomatoで標識されたミュラーグリア は、Prox1遺伝子が除去されたことを意味し、この細胞で見られるProx1タンパク質は、外部由来のものであることを確認した結果である。
【
図2a】
図2の(a)は、MNU(N-methyl-N-nitrosourea)を用いてマウス網膜損傷を誘導した後、7日後までTUNEL染色法により検出された死滅細胞とEdUで標識された新規生成細胞を確認した結果である。
【
図2b】
図2の(b)は、MNUにより損傷されたマウス網膜内のIba1で標識されるミクログリアの分布を示す結果である。
【
図2c】
図2の(c)は、
図2の(a)と同一な条件で網膜損傷実験を進行した後、Sox2で標識されるミュラーグリア とProx1が存在する細胞を免疫蛍光染色で比較した結果である。
【
図2d】
図2の(d)は、MNU投与を含む各網膜損傷条件で網膜を構成するミュラーグリア (MG)、双極細胞(BP)及びアマクリン細胞(AC)内のProx1タンパク質の量を比較した結果である。
【
図2e】
図2の(e)は、ゼブラフィッシュにMNUを投与して網膜損傷を誘導した後、Gfap-EGFP形質転換遺伝子で標識されるミュラーグリア とProx1の分布を確認した結果である。
【
図2f】
図2の(f)は、NMDA(N-Methyl-D-aspartic acid)を処理して網膜損傷を誘導した後、Sox2で標識されるミュラーグリア とProx1が存在する細胞を免疫蛍光染色で比較した結果である。
【
図2g】
図2の(g)は、強い光に1時間露出させて網膜損傷を誘導した後、ミュラーグリア 細胞内のProx1の分布を確認した結果である。
【
図2h】
図2の(h)は、先天的網膜退行性疾患モデルであるRd10マウスのミュラーグリア 細胞内のProx1の分布を確認した結果である。
【
図2i】
図2の(i)は、先天的網膜退行性疾患モデルであるRd1マウスのミュラーグリア 細胞内のProx1の分布を確認した結果である。
【
図3a】
図3の(a)は、損傷されたマウスの網膜で外部Prox1減少によるミュラーグリア の細胞分裂促進効果を確認した結果であって、それぞれ網膜が損傷されたProx1(fg/fg)正常マウス及び双極細胞特異的にProx1が除去されてEGFPが代替発現されたProx1(fg/fg);Chx10-CreERマウスの網膜組織でEGFP、Sox2を発現するミュラーグリア 及びProx1タンパク質の分布を同時に示す結果である。
【
図3b】
図3の(b)は、前記
図3の(a)と同一な各マウスの網膜組織中心部(Central)及び周辺部(Peripheral)でEGFP、ミュラーグリア (Sox2)及び新生細胞(EdU)を示す結果である。
【
図3c】
図3の(c)は、
図3の(b)と同一な各マウス網膜内のIba1で標識されるミクログリアの分布を示す結果である。
【
図4】
図4は、マウスにMNUを注入して網膜を損傷させた後、それぞれ非免疫マウス抗体又はProx1中和マウス単一クローン抗体を硝子体内(intravitreal)投与した眼球組織のミュラーグリア でProx1タンパク質のレベルを示す結果である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明者らは、哺乳動物で網膜の損傷又は退化による疾患を治療し得る標的としてミュラーグリア 内の外来Prox1を発見し、それの流入抑制を通じた治療可能性を確認したところ、これに基づいて本発明を完成した。
【0029】
したがって、本発明は、Prox1(prospero homeobox 1)抑制剤を有効成分として含む網膜神経退行性疾患予防又は治療用薬学的組成物を提供する。
【0030】
本発明で、前記Prox1の遺伝子により暗号化されるProx1タンパク質は、ホメオタンパク質の一種であって、DNA及びRNAに結合する60-アミノ酸ヘリックスターンヘリックス(helix-turn-helix)構造で構成されたホメオボックスドメインを含む。前記タンパク質は、脊椎動物で保存されており、肝臓や網膜、リンパ系などの発生において多様な役目をすると知られている。特に、細胞の増殖を調節し、細胞が適切な位置に移動するようにし、その細胞が独特な機能を有するように分化させる機能を全て有していることが報告されている。また、結腸、脳、血液、乳房、膵臓、肝臓及び食道のような組織から発生する癌で前記タンパク質のレベル変化が報告されている。哺乳類の網膜でProx1タンパク質は、網膜内の神経細胞で発現され、ミュラーグリア でProx1は、非常に少ない量が存在することが知られている。
【0031】
本発明において、前記Prox1遺伝子は、配列番号1又は配列番号3で表示される塩基配列からなるものであってもよい。このとき、前記配列番号1又は配列番号3で表示される塩基配列と70%以上、好ましくは、80%以上、より好ましくは、90%以上、最も好ましくは、95、96、97、98、99%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むことができる。
【0032】
本発明において、前記Prox1タンパク質は、配列番号2又は配列番号4で表示されるアミノ酸配列からなるProx1タンパク質及び前記タンパク質の機能的同等物を含む。「機能的同等物」とは、アミノ酸の付加、置換又は結実の結果、前記配列番号2又は配列番号4で表示されるアミノ酸配列と少なくとも70%以上、好ましくは、80%以上、より好ましくは、90%以上、最も好ましくは、95、96、97、98、99%以上の配列相同性を有するものであって、配列番号2又は配列番号4で表示されるタンパク質と実質的に同質の生理活性を示すタンパク質を言う。「実質的に同質の生理活性」とは、哺乳動物網膜での活性を意味する。
【0033】
本発明で、前記ミュラーグリア (Muller glia))は、Heinrich Mullerにより初めて発見された網膜膠細胞の一種であって、他の神経膠細胞のようにニューロンの支持細胞として脊椎動物の網膜で最も一般的な類型の膠細胞である。ミュラーグリア の細胞体は、網膜の内部核層に位置するが、全体網膜にわたっている。ミュラーグリア は、網膜細胞の構造的及び機能的安定性を維持するが、具体的に、神経伝達物質の吸収、細胞残骸除去、K+レベル調節、グリコーゲンの貯蔵、受容体及び網膜神経の機械的支持などの役目を行うことが知られている。ゼブラフィッシュのような魚類、両生類、逝虫類のような下等脊椎動物では、網膜が損傷される場合、同一網膜内のミュラーグリア が網膜神経前駆細胞に転換されながら新しい網膜細胞に増殖及び分化して損傷された網膜神経細胞を再生し得ると知られている。しかし、哺乳動物の網膜ではミュラーグリア の細胞分裂が抑制されているので、網膜神経細胞の再生が起きないことが知られている。
【0034】
しかし、本発明者らは、以下具体的な実施例を通じて哺乳動物の網膜で網膜損傷時にミュラーグリア へのProx1移動及び蓄積を抑制する場合、ミュラーグリア の分裂が促進されることによって網膜神経細胞の再生過程が誘導され得ることを確認した。また、ミュラーグリア へのProx1移動及び蓄積を抑制する場合、食細胞作用及び炎症反応を誘導するミクログリアの増殖を抑制して効果を示し得ることを確認した。
【0035】
具体的に、本発明の一実施例では、網膜でProx1タンパク質の発現様相を分析した結果、Prox1タンパク質は、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞及びミュラーグリア に存在することを確認し、特に、ミュラーグリア 内のProx1タンパク質は、ミュラーグリア 内部で発現するものではなく、外部から流入したものであることを最初に確認した(実施例1参照)。
【0036】
本発明の他の実施例では、哺乳類で様々な原因により網膜が損傷されるとき、網膜内のProx1タンパク質のレベルに変化が起きるかを分析した結果、水平細胞、双極細胞及びアマクリン細胞では変化せず、ミュラーグリア でのみProx1タンパク質の急激な増加が観察された(実施例2-1及び2-2参照)。
【0037】
本発明のまた他の実施例では、ミュラーグリア と隣接した網膜神経細胞である双極細胞で選択的にProx1遺伝子の発現を除去した結果、損傷された網膜内のミュラーグリア でProx1タンパク質のレベルが減少したことを確認したところ、ミュラーグリア 内のProx1が双極細胞を含んだ網膜内の神経細胞で発現されて流入したものであることをもう一度確認することができた。また、このような場合、損傷された網膜でミュラーグリア の細胞分裂が促進されることが現われた。これを通じて、ミュラーグリア 内のProx1タンパク質の相当部分が双極細胞に由来し、双極細胞でProx1遺伝子の発現を低下させると、ミュラーグリア 内のProx1の減少とそれによるProx1の分泌量減少、ミュラーグリア に移動したProx1減少につながる一連の過程を通じて網膜損傷時にミュラーグリア の分裂が誘導されることが分かった。また、同一条件で食細胞作用及び炎症反応を誘導するミクログリアの増殖が抑制されることを確認した。したがって、ミュラーグリア 内のProx1が網膜内のミクログリアの増殖を促進する役目もすることが分かった(実施例3参照)。
【0038】
本発明のまた他の実施例では、網膜損傷以後にミュラーグリア へのProx1の移動を抑制するためにProx1中和抗体を投与した結果、ミュラーグリア 内のProx1レベルが増加しないことを確認した。これを通じて、眼球内のProx1中和抗体の注入を通じてミュラーグリア へのProx1タンパク質の移動を抑制すると、ミュラーグリア の分裂が誘導されてその後ミュラーグリア の網膜神経細胞への分化を通じた神経再生が誘導される可能性があることを確認した(実施例4参照)。
【0039】
本発明において、前記抑制剤は、網膜内の神経細胞でProx1遺伝子の発現を抑制する抑制剤及び網膜内の神経細胞でミュラーグリア (Muller glia)へのProx1タンパク質の移動を抑制する抑制剤を全て含む。
【0040】
本発明において、前記Prox1遺伝子の発現を抑制する発現抑制剤は、標的遺伝子のタンパク質への発現低下を引き起こすことを意味する。本発明において、前記発現抑制剤は、ミュラーグリア 周辺の網膜神経細胞、好ましくは、双極細胞でのProx1タンパク質の発現を抑制するものを含み、具体的に、Prox1遺伝子のmRNAに相補的に結合するアンチセンスヌクレオチド、短い干渉RNA(small interfering RNA;siRNA)、短いヘアピンRNA(short hairpin RNA;shRNA)、リボザイム(ribozyme)及びCRISPR/Cas9で構成された群から選択されるいずれか一つであってもよいが、これに制限されるものではない。
【0041】
本発明において、前記Prox1タンパク質の移動を抑制する抑制剤は、具体的に、Prox1タンパク質に特異的に結合するかProx1とミュラーグリア 細胞膜との結合を競争的に阻害する抗体、ペプチド、ペプチド類似体、アプタマー及び化合物で構成された群から選択されるいずれか一つであってもよく、好ましくは、抗体であってもよいが、これに制限されるものではない。
【0042】
本発明において、抗体は、これに制限されるものではないが、通常的に、相異するエピトープ(抗原決定基)に対して指示される相異する抗体を含む多クローン抗体又は抗原上の単一決定基に対して指示される単一クローン抗体であってもよく、より具体的に、Millipore社の多クローン抗体(Rabbit polyclonal antibody(Cat#ABN278))又はSantacruz社の単一クローン抗体(Mouse monoclonal antibody(Cat#SC81983))であってもよい。
【0043】
本発明で用いられる用語「予防」とは、本発明による薬学的組成物の投与によって網膜神経退行性疾患を抑制するか発病を遅延させるすべての行為を意味する。
【0044】
本発明で用いられる用語「治療」とは、本発明による薬学的組成物の投与によって網膜神経退行性疾患に対する病症が好転するか有利に変更されるすべての行為を意味する。
【0045】
本発明において、前記網膜神経退行性疾患は、網膜神経の損傷又は退化によって誘発され、網膜神経の再生によって治療され得る関連疾患を含む。好ましくは、網膜色素変性症(Retinitis Pigmentosa)、レーバー先天性黒内障(Leber Congenital Amaurosis;LCA)、網膜剥離(Retinal Detachment)、黄斑変性(macular degeneration)、糖尿網膜症(diabetic retinopathy)、緑内障、中心性網膜症及び老人性網膜退化で構成された群から選択されるいずれか一つであってもよいが、これに制限されるものではない。
【0046】
本発明による薬学的組成物は、網膜神経退行性疾患の治療のために単独で、又は手術、放射線治療、化学治療及び生物学的反応調節剤を併用して用いることができ、好ましくは、神経細胞の分化を促進する薬物と併用して用いることができる。
【0047】
また、本発明は、前記薬学的組成物を含む網膜神経退行性疾患の予防又は治療用薬学製剤を提供する。
【0048】
本発明による前記薬学的組成物は、Prox1移動抑制剤を有効成分として含み、薬学的に許容可能な担体をさらに含むことができる。前記薬学的に許容可能な担体は、製剤時に通常的に用いられるものであって、食塩水、滅菌水、リンゲル液、緩衝食塩水、シクロデキストリン、デキストロース溶液、マルトデキストリン溶液、グリセロール、エタノール、リポソームなどを含むが、これに限定されず、必要に応じて、抗酸化剤、緩衝液など他の通常の添加剤をさらに含むことができる。また、希釈剤、分散剤、界面活性剤、結合剤、潤滑剤などを付加的に添加して水溶液、懸濁液、乳濁液などのような注射用の剤形、注入バックのような注入剤、エアロゾール製剤のような噴霧剤、丸薬、カプセル、顆粒又は錠剤で製剤化することができる。適合する薬学的に許容される担体及び製剤化に関しては、レミントンの文献に開示されている方法を用いて、各成分に基づいて、好ましく製剤化することができる。本発明の薬学的組成物は、製剤に特別な制限はないが、注射剤、注入剤、噴霧剤形、液状剤形又は皮膚外用剤などに製剤化することができる。
【0049】
本発明の薬学的組成物は、目的とする方法によって経口投与するか非経口投与(例えば、静脈内、皮下、腹腔内又は眼球を含む局所に適用)でき、投与量は、患者の状態及び体重、疾病の程度、薬物形態、投与経路及び時間によって異なるが、当業者により適切に選択され得る。
【0050】
本発明の薬学的組成物は、薬学的に有効な量で投与する。本発明において「薬学的に有効な量」は、医学的治療又は診断に適用可能な合理的な受恵/危険の割合で疾患を治療又は診断するに十分な量を意味し、有効用量レベルは、患者の疾患種類、重度、薬物の活性、薬物に対する敏感度、投与時間、投与経路及び排出割合、治療期間、同時に用いられる薬物を含む要素及びその他医学分野によく知られた要素によって決定され得る。本発明による薬学的組成物は、個別治療剤で投与するか他の治療剤と併用して投与してもよく、従来の治療剤とは順次又は同時に投与してもよく、単一又は多重投与してもよい。上記した要素を全て考慮して副作用なしに最小限の量で最大効果が得られる量を投与することが重要であり、これは当業者により容易に決定され得る。
【0051】
具体的に、本発明の薬学的組成物の有効量は、患者の年齢、性別、状態、体重、体内に活性成分の吸収度、不活性率及び排泄速度、疾病種類、併用される薬物によって変わることができ、一般的には、体重1kg当たり0.001~150mg、好ましくは、0.01~100mgを毎日又は隔日投与するか、1日1回~3回に分けて投与することができる。しかし、投与経路、肥満の重度、性別、体重、年齢などによって増減され得るので、前記投与量がどのような方法でも本発明の範囲を限定するものではない。
【0052】
本発明の他の様態として、本発明は、前記薬学的組成物を個体に投与する段階を含む網膜神経退行性疾患予防又は治療方法を提供する。
【0053】
本発明で「個体」とは、疾病の治療を必要とする対象を意味し、より具体的には、ヒト又は非ヒトである霊長類、マウス(mouse)、ラット(rat)、イヌ、ネコ、ウマ及びウシなどの哺乳類を意味する。
【0054】
また、本発明は、前記薬学的組成物の網膜神経退行性疾患予防又は治療用途を提供する。
【0055】
以下、本発明の理解を助けるために好ましい実施例を提示する。しかし、下記の実施例は、本発明をより容易に理解するために提供されるものに過ぎず、実施例によって本発明の内容が限定されるものではない。
【0056】
<実施例>
【0057】
実験例1:実験材料及び実験方法
【0058】
1-1.形質転換マウスの製作
【0059】
Prox1::EGFP BAC TGマウス、STOCK Tg(Prox1-EGFP)KY221Gsat/Mmucd(Prox1::EGFP)は、MMRRCから得た。
【0060】
Prox1fg、Chx10-CreERt2及びGlast-CreERt2マウスは、RIKEN CDB(Prox1fg)、RIKEN BRC(Chx10-CreERt2)、Johns Hopkins大学(Glast-CreERt2)からそれぞれ得た。これらマウスは、特定病原体がいないマウス施設で維持及び飼育された。ミュラーグリア (MGs)又は双極細胞(BPs)でProx1が欠損されたマウスを得るために、Prox1fgマウスをMG細胞特異的Glast-CreERt2マウス又はBP細胞特異的Chx10-CreERt2マウスと交配した。これらマウスで、タモキシフェン(tamoxifen;Tam)(75mg/kg)の反復的な腹腔内投与は、Glast-陽性MG又はChx10-陽性BPでCreERt2組換え酵素(recombinase)を活性化させ、引き続き、MG細胞特異的又はBP細胞特異的Prox1の結実及び相補的なEGFPの発現を誘導する。
【0061】
一方、本実施例で行われたすべての動物実験は、韓国科学技術院(KAIST)の動物実験倫理委員会(IACUC)で承認されたプロトコルによって行われた。
【0062】
1-2.免疫組織化学染色法(Immunohistochemistry)
【0063】
凍結されたマウスの眼球組織切片(20μm)を室温で1時間の間ブロッキング溶液(10%ロバ血清及び0.1% Triton X-100を含むPBS)で培養した。次に、前記組織切片にTriton X-100が添加されず1次抗体が含まれたブロッキング溶液を処理して4℃で16時間の間培養した。その後、蛍光団(fluorophore)が接合された2次抗体を処理した後に培養し、Olympus FV1000共焦点顕微鏡で組織切片の蛍光信号を観察及び分析した。
【0064】
1-3.In situ hybridization
【0065】
pGEM-TベクターでマウスProx1の全長cDNAを用いてT7及びSP6 RNA重合酵素を通じてセンス及びアンチセンスRNAプローブをそれぞれ製造した。マウスの網膜組織切片でProx1 mRNAのISHをジゴキシゲニン(digoxigenin;DIG)が標識されたRNAプローブで行った。その後、組織切片をウサギ抗-Prox1抗体及びDIG-標識されたプローブを検出するアルカリホスファターゼ(AP)が接合された抗-DIG Fab断片(Roche)で共同染色した。DIG-標識されたRNAプローブに結合された抗-DIG Fab断片は、抗-Prox1抗体を検出する蛍光団が標識された二次抗体で染色した後、HNPP蛍光検出断片(Roche)で可視化した。その後、オリンパスFV1000共焦点顕微鏡を通じてISH信号の蛍光イメージを得た。
【0066】
実施例1.ミュラーグリア 内の外来Prox1タンパク質存在の確認
【0067】
本発明者らは、マウスの網膜でProx1遺伝子の発現様相を調査しようとした。そのために、
図1の(a)に示したように、Prox1遺伝子部位に緑色蛍光タンパク質(enhanced green fluorescent protein;EGFP)が挿入された形質転換マウスを用いた。これを通じて、免疫蛍光染色でEGFP蛍光を観察し、それと同時に、Prox1遺伝子の発現により生成されるProx1タンパク質の分布を確認することができる。それによって、網膜に存在する細胞でProx1タンパク質の発現様相を調査した結果、
図1の(a)に示したように、理論的にはProx1タンパク質(赤色で表示)がEGFP蛍光が観察される細胞、すなわち、水平細胞(horizontal cell;HZ)及び双極細胞(bipolar cell;BP)でのみ検出されなければならないが、EGFP蛍光が観察されない細胞、すなわち、アマクリン細胞(amacrine cell;AC)及びミュラーグリア (Muller glia;MG)でも観察される特異な現象が現われた。
【0068】
したがって、本発明者らは、ミュラーグリア 細胞でEGFP蛍光が観察されなかったにもかかわらずProx1タンパク質が観察されたことに対して調べるために、
図1の(b)に示したように、Cre-loxPシステムを用いてミュラーグリア で選択的にProx1遺伝子を破壊する遺伝子操作法を行った。具体的に、Prox1遺伝子が消えた部位でEGFPが代わりに発現されるように前記実験例1-1に記載した方法によって形質転換したマウスを製造した。このとき、エストロゲン類似体であるタモキシフェン(tamoxifen;Tam)により活性を示すGlast-CreERの作用によってミュラーグリア から選択的にProx1が除去されるので、ミュラーグリア でのみEGFP蛍光が現われることになる。また、EGFP蛍光標識と共にCre組換え酵素により遺伝子組換えが起きた細胞では、R26-tdTomato赤色蛍光タンパク質でも標識してProx1遺伝子部位で遺伝子の発現有無は緑色蛍光で確認し、Prox1遺伝子の除去有無は赤色蛍光で確認できることにした。すなわち、
図1の(b)の模式図から分かるように、Prox1遺伝子の除去後に該当部位で発現が起きると、該当細胞は緑色と赤色が全て発現されて黄色蛍光を帯びることになり、Prox1遺伝子部位で発現が起きずProx1遺伝子の除去のみ起きる場合には、赤色蛍光を示すことになる。
【0069】
実験結果、ミュラーグリア では赤色蛍光のみが観察された。これを通じて、ミュラーグリア はProx1遺伝子部位の発現なしにProx1タンパク質を発現していることが分かった。言い換えれば、ミュラーグリア 内に存在するProx1タンパク質は、ミュラーグリア 内で発現されたものではなく外部から流入したものであることを確認した。
【0070】
実施例2.損傷されたマウス網膜のミュラーグリア でProx1タンパク質の蓄積確認
【0071】
2-1.MNU処理によるProxタンパク質の蓄積確認
【0072】
本発明者らは、前記実施例1の結果を土台に、網膜が損傷される場合、ミュラーグリア でProx1タンパク質のレベルに変化が誘導されるかを調べるための実験を進行した。具体的に、
図2の(a)に示したように、マウスにビークル(0.05%酢酸が含有されたPBS)又はDNA損傷因子であるN-Methyl-N-nitrosourea(MNU)(ビークルに60mg/kg)を注射して成体マウスの網膜で光受容体細胞(photoreceptor cells;PRs)を選択的に退化させ、注射後に7日目まで毎日マウスの眼球組織切片を用いて前記実験例1-2の方法で免疫組織化学染色を行って分析を実施した。このとき、死滅した細胞は、TUNELで標識し、新規に生成された細胞は、EdUで標識した。
【0073】
分析結果、
図2の(b)に示したように、前記新規生成細胞は、哺乳類でよく知られているように死滅細胞を除去するために眼球外部から流入したミクログリアであることが判明した。また、
図2の(c)に示したように、MNUに露出した後に退化中のマウスの網膜内のSox2タンパク質の発現で表示されたミュラーグリア (Sox2+)でProx1タンパク質の発現量が増加することを確認した。また、このような結果は、
図2の(d)から分かるように、Prox1の増加が網膜内の他の細胞、すなわち、双極細胞(BP)及びアマクリン細胞(AC)では変化せずにミュラーグリア でのみ集中して現われることが分かった。これに反して、
図2の(e)に示したように、網膜損傷時に神経再生が可能なゼブラフィッシュの網膜は、MNUによる光受容細胞の退化以後にもGfap-EGFPで表示されたミュラーグリア 内のProx1タンパク質の量に変化が観察されなかった。
【0074】
すなわち、前記結果を通じて、哺乳動物の網膜でミュラーグリア 内のProx1は、ミュラーグリア の分裂を抑制してミクログリア細胞の増殖を誘導して網膜神経の再生が起こらないようにする役目を行うことが予測された。したがって、本発明者らは、ゼブラフィッシュの場合のように、ミュラーグリア でProx1タンパク質の蓄積が起きなければ、ミュラーグリア が細胞分裂後に神経細胞に分化して神経の再生が可能であるものと予想した。
【0075】
2-2.NMDA、Light処理及び網膜退行性疾患モデルマウスでProx1タンパク質の蓄積確認
【0076】
前記実施例2-1でProx1タンパク質の蓄積を確認した方法と同一の方法を用い、多くの要因により損傷された網膜でProx1タンパク質の蓄積を確認した。
【0077】
(1)マウスの眼球にビークル(PBS)又はN-Methyl-D-aspartic acid(NMDA)を注射して網膜の神経節細胞(ganglion cells;GCs)とアマクリン細胞(amacrine cells;ACs)の死滅を誘導した。NMDAは、滅菌したPBSに20mM濃度で希釈した後、NMDA/PBS溶液1μlをブラント33-ゲージ針が装着されたハミルトン注射器にローディングし、マウスの眼の硝子体(vitreal)空間に注射した。7日後、マウス眼球を摘出してSox2で標識されたミュラーグリア 細胞内のProx1レベルを免疫組織化学染色法で調査した。その結果、
図2の(f)に示したように、Sox2タンパク質の発現により表示されたミュラーグリア (Sox2+)でProx1タンパク質の発現量が増加することを確認した。また、Prox1の増加が網膜内の他の細胞、すなわち、双極細胞(BP)及びアマクリン細胞(AC)では変化せずにミュラーグリア でのみ集中して現われることが分かった。
【0078】
(2)マウスを100,000Luxの非常に強い光に1時間露出させて飼育することで網膜光受容体細胞(photoreceptor cells;PRs)の損傷を誘導した。7日後、マウス眼球を摘出してSox2で標識されたミュラーグリア 細胞内のProx1レベルを免疫組織化学染色法で調査した。その結果、
図2の(g)に示したように、Sox2タンパク質の発現により表示されたミュラーグリア (Sox2+)でProx1タンパク質の発現量が増加することを確認した。また、Prox1の増加が網膜内の他の細胞、すなわち、双極細胞(BP)及びアマクリン細胞(AC)では変化せずにミュラーグリア でのみ集中して現われることが分かった。
【0079】
(3)先天的に光受容体細胞(photoreceptor cells;PRs)の退化が起きる網膜退行性疾患の動物モデルであるrd10マウスの眼球を生後14日、生後21日、そして光受容体細胞が完全に損傷されたと思われる生後30日に摘出し、Sox2で標識されたミュラーグリア 細胞内のProx1レベルを免疫組織化学染色法で調査した。その結果、
図2の(h)に示したように、Sox2タンパク質の発現により表示されたミュラーグリア (Sox2+)でProx1タンパク質の発現量が増加することを確認した。また、Prox1の増加が網膜内の他の細胞、すなわち、双極細胞(BP)及びアマクリン細胞(AC)では変化せずにミュラーグリア でのみ集中して現われることが分かった。
【0080】
(4)先天的な光受容体細胞(photoreceptor cells;PRs)退化の進行が前記rd10マウスより速く起きるrd1マウスの眼球を生後14日と光受容体細胞が完全に損傷されたと思われる生後21日に摘出し、Sox2で標識されたミュラーグリア 細胞内のProx1レベルを免疫組織化学染色法で調査した。その結果、
図2の(i)に示したように、Sox2タンパク質の発現により表示されたミュラーグリア (Sox2+)でProx1タンパク質の発現量が増加することを確認した。また、Prox1の増加が網膜内の他の細胞、すなわち、双極細胞(BP)及びアマクリン細胞(AC)では変化せずにミュラーグリア でのみ集中して現われることが分かった。
【0081】
実施例3.損傷されたマウス網膜で外部Prox1の減少によるミュラーグリア の細胞分裂促進の確認
【0082】
本発明者らは、前記実施例2-1及び2-2で、ミュラーグリア 内のProx1は、外部から流入したものであることを確認したところ、ミュラーグリア 内外部のProx1は、ミュラーグリア と隣接した網膜神経細胞に由来するものと予測した。したがって、これを実験的に確認するために、
図3の(a)に示したように、Chx10-CreERを用いて双極細胞から選択的にProx1遺伝子を除去し、Prox1が除去された細胞は、代わりにEGFPが発現されるように遺伝子を変形させた。その結果、網膜を損傷させたProx1(fg/fg)正常マウスとは異なり、Prox1が除去されてEGFPが代替発現した双極細胞だけではなくEGFPがないミュラーグリア でもProx1の量が減少した。このような結果は、ミュラーグリア 内のProx1の相当部分が双極細胞に由来したことを意味する。
【0083】
また、
図3の(b)及び
図3の(c)に示したように、正常マウスの損傷された網膜では、細胞分裂を示すEdUがSox2dで標識されたミュラーグリア に現われず、Iba1で標識されるミクログリア(microglia)に現われた一方、Prox1遺伝子を除去して発現が減少されたProx1(fg/fg);Chx10-CreERマウスの網膜では、EdUで標識された新生細胞がSox2で標識されるミュラーグリア であると判明した。このような結果は、網膜損傷時にミュラーグリア 内のProx1の減少によってミュラーグリア が分裂することを意味するものであり、ミュラーグリア 内のProx1は、網膜内のミクログリアの増殖を促進する役目をしていることを意味する。
【0084】
実施例4.中和抗体を用いたProx1移動抑制の確認
【0085】
本発明者らは、前記実施例の結果に根拠して、マウスの眼球で実質的にミュラーグリア へのProx1移動を抑制するためにProx1に対する中和抗体を用いた。実験のためのProx1中和抗体として、市販の抗体2種(Cat#ABN278 Rabbit polyclonal antibody(Millipore)及びCat#SC81983 Mouse monoclonal antibody(Santacruz))を用いた。
【0086】
より具体的に、マウスにMNUを注射して網膜を損傷させ、1日後にマウス眼球に非免疫マウス抗体(mIgG、50NG)又はProx1中和抗体(α-Prox1、50ng)を注入した。このとき、抗体は、滅菌したPBSに希釈した後、1μl(50ng)の抗体/PBS溶液をブランド33-ゲージ針が装着されたハミルトン注射器にローディングしてマウス眼球の硝子体(vitreal)空間に注射した。3日後にマウス眼球を摘出し、tdTomatoで標識されたミュラーグリア 又はミュラーグリア 由来細胞内のProx1レベルを免疫組織化学染色で調査した。
【0087】
その結果、
図4に示したように、Prox1中和抗体を注射した眼球のミュラーグリア 由来細胞では、MNUによる損傷にもProx1レベルが増加しなかった。これは、眼球内にProx1中和抗体を注入することによってミュラーグリア へのProx1タンパク質の移動を抑制し得ることを意味するものである。また、前記実施例3で確認したように、ミュラーグリア 内のProx1の量が減るとミュラーグリア の分裂が誘導されることに根拠して、Prox1中和抗体を損傷された哺乳類網膜でミュラーグリア の分裂を誘導することに利用できるという根拠を用意した。さらに、Prox1中和抗体と共に多様な神経細胞の分化促進薬物を同時に注入する場合、損傷された網膜神経細胞を代替する新生網膜神経細胞の再生を誘導することができる。
【0088】
上述した本発明の説明は例示のためのもので、本発明が属する技術分野において通常の知識を有した者は、本発明の技術的思想や必須的な特徴を変更しなくても他の具体的な形態に容易に変形が可能であることが理解できる。したがって、以上で記述した実施例は、全ての面で例示的なものであり、限定的ではないものとして理解すべきである。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、従来効果的な治療法がないため視覚喪失をもたらす多様な網膜神経退行性疾患の治療用薬学的組成物に関するもので、具体的に、発明者らは、本発明の薬学的組成物が網膜の損傷時に発生するミュラーグリア へのProx1タンパク質の蓄積を抑制すると、ミュラーグリア の分裂が可能であることを確認した。このような側面で、本発明によるProx1の移動抑制剤を含む薬学的組成物は、哺乳動物で損傷された網膜の再生を誘導できるので、従来効果的な治療法がないため視覚喪失をもたらす多様な網膜神経退行性疾患の治療分野及び特定網膜再生法の開発に広く活用され得るものと期待される。
【配列表】