(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】抗炎症M2表現型ミクログリアへの極性転換促進剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/12 20060101AFI20240430BHJP
C07K 7/56 20060101ALI20240430BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240430BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240430BHJP
【FI】
A61K38/12
C07K7/56 ZNA
A61P25/00
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2020026373
(22)【出願日】2020-02-19
【審査請求日】2023-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2019102983
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501474081
【氏名又は名称】株式会社バイオコクーン研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003395
【氏名又は名称】弁理士法人蔦田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 幸一
(72)【発明者】
【氏名】武 洲
(72)【発明者】
【氏名】石黒 慎一
(72)【発明者】
【氏名】苅間澤 真弓
(72)【発明者】
【氏名】シラパコング・ピヤマース
(72)【発明者】
【氏名】江幡 真規子
(72)【発明者】
【氏名】石黒 裕美
【審査官】伊藤 良子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/047638(WO,A1)
【文献】特開2015-044785(JP,A)
【文献】特開2013-184923(JP,A)
【文献】PLoS ONE,2021年,Vol.16, No.1:e0245235,pp.1-26
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される環状ペプチド誘導体を含む、
ミクログリアの抗炎症M2表現
型への極性転換促進剤。
【化1】
式(1)中、mは0~3、n≧1であり、R
1~R
6はそれぞれ独立に水素原子または炭化水素基であり、R
7およびR
8はそれぞれ独立にカルボキシ基もしくはその塩、またはアルコキシカルボニル基であり、R
9は炭化水素基、ヒドロキシ基、アルコキシ基またはアルキルカルボニルオキシ基であり、R
10およびR
11はそれぞれ独立に水素原子、炭化水素基またはアルキルカルボニルオキシ基であり、R
12~R
16はそれぞれ独立に水素原子または炭化水素基である。
【請求項2】
前記一般式(1)において、R
1、R
2、R
3およびR
4はそれぞれ独立にアルキル基であり、n=2~4であり、R
5およびR
6はそれぞれ水素原子であり、R
7およびR
8はそれぞれ独立にカルボキシ基またはその塩である、請求項1に記載の
ミクログリアの抗炎症M2表現
型への極性転換促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミクログリアの抗炎症M2表現型への極性転換を促進することができる極性転換促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
グリア細胞の1種であるミクログリアは、中胚葉由来の卵黄嚢から分化した細胞と考えられている。ミクログリアは、損傷を受けた細胞の除去やシナプスの保守点検など、脳内外の環境を調整する免疫細胞としての役割を持つことがわかってきた。例えば、外傷性脳損傷から脳を保護する場合、ミクログリアが活性化して炎症性サイトカインを放出することでアストロサイトを反応性アストロサイトに変化し、脳の保護に作用する。また、活性化したミクログリアは脳炎症を誘発し、神経変性疾患を促進することが知られている。
【0003】
一方、ミクログリアを標的とした神経変性疾患の治療方法が開示されている。例えば、グリチルレチン酸誘導体の一種でありギャップ結合阻害剤を用いる方法(非特許文献1、特許文献1)、イソα酸を用いる方法(非特許文献2)などが提案されている。
【0004】
ミクログリアには、2つの活性化タイプがあることが知られている(非特許文献3)。すなわち、
図1に示すように、炎症促進M1表現型ミクログリアと、抗炎症M2表現型ミクログリアがある。炎症促進M1表現型ミクログリアは、インターロイキン-1β(IL-1β)、腫瘍壊死因子(TNF-α)、誘導型一酸化炭素合成酵素(iNOS)等を産生する。IL-1βはエフェクタであり、IL-1βの存在下でミクログリアが脳内炎症を起こし、ラジカル活性酸素等のフリーラジカルが放出される。また、IL-1βを産生するミクログリアにおいては、老化した(壊れた)細胞などの老廃物を貪食する能力が低下する。そのため、炎症促進M1表現型ミクログリアは、神経細胞傷害的に作用する。一方、抗炎症M2表現型ミクログリアは、アルギナーゼ-1(ARG1)、インターロイキン-10(IL-10)、インターロイキン-4(IL-4)、トランスフォーミング成長因子(TGF)-β1等を産生する。ARG1はエフェクタであり、これを放出することで神経細胞の保護に働く。抗炎症M2表現型ミクログリアは、脳内炎症を抑えると同時に、老化した細胞などの老廃物を貪食する能力が高く、そのため抗炎症、即ち神経細胞保護的に作用する。
【0005】
ところで、本発明者らは、特許文献2において新規な環状ペプチド誘導体を提供している。この環状ペプチド誘導体は、冬虫夏草の一種であるハナサナギタケから採取されたものであり、アストロサイトに対して増殖活性を有することが示されているが、ミクログリアに作用して抗炎症M2表現型ミクログリアへの極性転換を促進することは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開2007/088712号
【文献】国際公開2016/047638号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Takeuchi, H., Mizoguchi, H., Doi, Y., Jin,S., Noda, M., Liang, J., Li,H., Zhou, Y., Mori, R., Yasuka, S., Li, E.,Parajuli, B., Kawanokuchi, J.,Sonobe, Y., Sato, J., Yamanaka, K. and Sobue G.(2011) Blockade of gap junctionhemichannel suppresses disease progression inmouse models of amyotrophiclateral sclerosis and Alzheimer’s disease. ProsOne, 6(6), e21108.
【文献】Ano, Y., Dohata, A., Taniguchi, Y., Hoshi,A., Uchida, K.,Takashima, A. and Nakayama, H. (2017) Iso-α-acids, bittercomponents of beer, prevent inflammation and cognitivedecline induced in amouse model of Alzheimer’s disease.Journal of Biological Chemistry, 292, 3720-3728.
【文献】Ni J, Wu Z, Peters C, Yamamoto K, Qing H,Nakanishi H. (2015): The Critical Role of Proteolytic Relay throughCathepsins Band E in the Phenotypic Change of Microglia/Macrophage. J Neurosci. 35(36):12488-501.
【文献】Wu Z, Sun L, Hashioka S, Yu S, Schwab C,Okada R, Hayashi Y,McGeerPL, Nakanishi H. (2013) Differential pathways forinterleukin-1β production activated by chromogranin Aand amyloid β in microglia. NeurobiologyAging.34(12):2715-25.
【文献】1582087454977_0.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=8864135&query_hl=131&itool=pubmed_docsum (1996) Regulation ofmicroglial activation by TGF-β, IL-10, and CSF-1. J. Leukoc Biol. 60, 502-508.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、神経細胞保護的に作用する抗炎症M2表現型ミクログリアへの新規な極性転換促進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施形態に係る抗炎症M2表現型ミクログリアへの極性転換促進剤は、下記一般式(1)で表される環状ペプチド誘導体を含むものである。
【化1】
式(1)中、mは0~3、n≧1であり、R
1~R
6はそれぞれ独立に水素原子または炭化水素基であり、R
7およびR
8はそれぞれ独立にカルボキシ基もしくはその塩、またはアルコキシカルボニル基であり、R
9は炭化水素基、ヒドロキシ基、アルコキシ基またはアルキルカルボニルオキシ基であり、R
10およびR
11はそれぞれ独立に水素原子、炭化水素基またはアルキルカルボニルオキシ基であり、R
12~R
16はそれぞれ独立に水素原子または炭化水素基である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態によれば、神経細胞保護的に作用する抗炎症M2表現型ミクログリアへの極性転換促進剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】ミクログリアの活性化メカニズムを説明するための図である。
【
図2】MG6ミクログリアについて環状ペプチド誘導体の濃度と細胞生存率との関係を示すグラフである。
【
図3】実施例におけるMG6ミクログリアの分極化試験結果を示すグラフであり、CGA単独で処理したMG6ミクログリアと、CGA存在下において環状ペプチド誘導体で処理したMG6ミクログリアが、それぞれ産生するIL-1βとARG1の遺伝子発現量を示すグラフである。
【
図4】環状ペプチド誘導体の安全性試験結果を示すグラフである。
【
図5】初代ミクログリアについて環状ペプチド誘導体の濃度と細胞生存率との関係を示すグラフである。
【
図6】初代ミクログリアについての分極化試験結果を示すグラフである。無刺激のコントロール、環状ペプチド誘導体単独処理、CGA単独処理、及びCGAと環状ペプチド誘導体との組合せ処理による初代ミクログリアが産生するサイトカインの遺伝子発現量を示すグラフであり、(a)は処理24時間後のTGF-1βの遺伝子発現量、(b)は処理72時間後のTGF-1βの遺伝子発現量、(c)は処理24時間後のIL-1βの遺伝子発現量、(d)は処理72時間後のIL-1βの遺伝子発現量を示す。なお、IL-1βは神経細胞障害で、TGF-β1は神経細胞保護である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本実施形態に係る抗炎症M2表現型ミクログリアへの極性転換促進剤(以下、単に「極性転換促進剤」ともいう。)は、次の一般式(1)で表される環状ペプチド誘導体を有効成分として含有する。
【0013】
【0014】
式中、mは0~3の整数であり、nは1以上の整数である。R1~R6は、それぞれ独立に水素原子または炭化水素基である。R7およびR8は、それぞれ独立にカルボキシ基もしくはその塩、またはアルコキシカルボニル基である。R9は、炭化水素基、ヒドロキシ基、アルコキシ基またはアルキルカルボニルオキシ基である。R10およびR11は、それぞれ独立に水素原子、炭化水素基またはアルキルカルボニルオキシ基である。R12~R16は、それぞれ独立に水素原子または炭化水素基である。
【0015】
ここで、炭化水素基としては、例えば脂肪族炭化水素基、即ち、直鎖状もしくは分枝鎖状の飽和もしくは不飽和の炭化水素基、または脂環式の炭化水素基が挙げられる。炭化水素基の炭素数は特に限定しないが、好ましくは炭素数1~6、より好ましくは炭素数1~4である。アルコキシ基、アルコキシカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基における炭化水素部分も同様である。好ましい例としては、炭化水素基および炭化水素部分は、それぞれ炭素数1~4のアルキル基である。
【0016】
R7およびR8について、カルボキシ基の塩としては、例えば、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等の金属塩や、酢酸アンモニウム塩などのアンモニウム塩、ジエチルアミン塩などのアミン塩等が例示される。
【0017】
式(1)においては、例えば、R1、R2、R3およびR4がそれぞれ独立にアルキル基であり、n=2~4であり、R5およびR6がそれぞれ水素原子であり、R7およびR8がそれぞれ独立にカルボキシ基またはその塩であってもよい。
【0018】
式(1)においては、例えば、R1、R2、R3およびR4がそれぞれ独立にアルキル基、特に好ましくはメチル基およびエチル基のいずれかであり、n=2~4であり、R5およびR6がそれぞれ水素原子であり、R7およびR8がそれぞれ独立にカルボキシ基またはその塩であり、m=0であり、R10およびR11がそれぞれ水素原子であり、R12およびR13がそれぞれ水素原子であり、R14およびR15がそれぞれ独立に水素原子またはアルキル基(特に好ましくはメチル基)のいずれかであり、R16が水素原子であるものが挙げられる。
【0019】
一実施形態において、式(1)で表される環状ペプチド誘導体としては、下記式(2)で表される化合物又はその塩でもよい。
【化3】
この式(2)で表される化合物は、N-メチル-β-ヒドロキシドーパ、バリン、β-ヒドロキシロイシン、グルタミン酸の4種のアミノ酸からなるペプチドが環状構造をとったものである。
【0020】
式(1)で表される環状ペプチド誘導体の製造方法は、特に限定されず、例えば、特許文献2(WO2016/047638)に記載の通り、ハナサナギタケから各種の抽出、分離方法を用いて採取してもよく、ペプチド合成等の各種の公知の化学合成方法を組み合わせることによって製造してもよい。
【0021】
式(1)で表される環状ペプチド誘導体は、ミクログリアを炎症促進M1表現型から抗炎症M2表現型に極性転換させることを促進する作用を有することから、抗炎症M2表現型ミクログリアへの極性変換促進剤として用いることができる。すなわち、式(1)で表される環状ペプチド誘導体をグリア細胞の一種であるミクログリアに作用させることにより、ミクログリアを抗炎症性のM2表現型に極性転換(極化)させることができ、M2表現型となることでミクログリアを神経細胞保護的に作用させることができる。そのため、本実施形態に係る極性変換促進剤は、脳疾患や老化に伴う神経細胞傷害の治療や予防のための医薬品や食品に利用することができる。
【0022】
一実施形態において、上記極性変換促進剤は、医薬組成物または食品組成物の有効成分としてそれらに配合してもよく、抗炎症M2表現型ミクログリアへの極性転換を促進するための医薬組成物または食品組成物を提供することができる。これらの医薬組成物または食品組成物は、例えば、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物(実験動物、ペット等)に対して用いることができる。
【0023】
医薬組成物は、上記極性変換促進剤と、医薬品として許容される種々の添加剤等やその他の成分とを混合するなど、公知の技術を用いて製造することができる。医薬組成物は、経口投与または非経口投与が可能であり、その形態としては、経口投与用であれば、例えば、錠剤、丸剤、粉剤、顆粒剤、カプセル剤、液状製剤(エリキシル剤、シロップ剤、懸濁剤、溶液剤を含む。)などが挙げられ、非経口投与用であれば、例えば、注射剤、点滴剤などが挙げられ、脳内への直接投与でもよい。
【0024】
食品組成物は、上記極性変換促進剤と、食品として許容される種々の添加剤等やその他の成分とを混合するなど、公知の技術を用いて製造することができる。食品組成物としては、保健機能食品(栄養機能食品、特定保健用食品および機能性表示食品)、サプリメントなどが挙げられる。食品組成物の形態の例としては、経口投与用の医薬組成物と同様の形態が挙げられ、また飲料や菓子等の形態でもよい。
【0025】
医薬組成物または食品組成物に配合することのできる添加剤としては、例えば、賦形剤、酸化防止剤、香料、調味料、甘味料、着色料、増粘安定剤、発色剤、漂白剤、ガムベース、乳化剤、結合剤、希釈剤、防腐剤、安定化剤、凝固剤などが挙げられる。
【0026】
医薬組成物の一投与または一日あたりの有効成分量、及び、食品組成物の一食分または一日あたりの有効成分量は、投与または摂取対象の年齢、体重、性別や、適用される疾患または状態などに応じて、また非臨床的または臨床的な試験結果等に基づいて、適宜設定することができる。特に限定しないが、上記極性転換促進剤の経口摂取量としては、式(1)の環状ペプチド誘導体の量として、例えば、ヒトを含む哺乳動物に対し、1日あたり0.1μg/kg以上50μg/kg以下でもよく、1μg/kg以上25μg/kg以下でもよい。
【0027】
また、上記極性転換促進剤は、in vitroの実験系において低濃度でも効果が得られる。in vitroの実験系における上記極性転換促進剤の濃度は、特に限定されず、式(1)の環状ペプチド誘導体の濃度として、例えば、0.01μM以上5μM以下(即ち、1×10-8~5×10-6mol/L)でもよく、0.01μM以上1μM以下でもよく、0.03μM以上0.3μM以下でもよい。
【実施例】
【0028】
1.MG6ミクログリア細胞培養
MG6ミクログリア細胞株(Riken Cell Bank)を用いた以下の試験において、MG6ミクログリア細胞の培養は、Dulbecco's Modified Eagle Medium(DMEM,Thermo Fisher Scientific)培地を用いて行った。DMEM中に100μMのβ-メルカプトエタノール、10μg/mlのインスリン、10%ウシ胎仔血清(Gibco)、ペニシリン-ストレプトマイシン(Gibco)、450mg/mlグルコース(Gibco)を含む。
【0029】
2.MG6ミクログリア細胞生存率の測定
MG6ミクログリア細胞を96ウェルプレート中で37℃にて24時間(5×103細胞/ウェル)培養し、次いで、様々な濃度の環状ペプチド誘導体と共に37℃にて48時間インキュベートした。環状ペプチド誘導体としては、特許文献2の実施例に記載の方法により得られた上記式(2)で表される化合物のジエチルアミン塩を用いた(以下の各試験において同じ)。環状ペプチド誘導体の濃度としては、培養液中の濃度が0μM、0.01μM、0.03μM、0.1μM、0.3μM、1μMとなるように調整した。
【0030】
細胞生存率の評価は、Cell-Counting Kit-8(CCK-8;Dojindo、Kumamoto、Japan)を使用して以下のように製造業者の指示に従い行った。すなわち、環状ペプチド誘導体で処理した後、10μLのCCK-8を96ウェルプレートに移し、次いで37℃で2時間インキュベートした。この指示に従って、マイクロプレートリーダーを用いて光学濃度を波長450nmで読み取った。細胞生存率は、以下の式を用いて計算した。細胞生存率=(処置群の光学濃度/対照群の光学濃度)×100%
【0031】
環状ペプチド誘導体の投与48時間後、ミクログリアの生存率を検討した結果、
図2に示したように環状ペプチド誘導体の濃度が0.01~1μMの範囲内においてミクログリアの増殖は認められず、また生存が抑制されることもなかった。そこで、以後の実験では環状ペプチド誘導体の最適濃度を1μMと設定して機能性解析に使用した。なお、
図2における「ns」は非有意であることを意味する。
【0032】
3.MG6ミクログリアの分極化試験
アツルハイマー認知症の脳における老人班の成分であるクロモグラニンA(Chromogranin A,CGA)はアミロイドβよりも神経毒性が強い。また、CGAの蓄積した老人斑は周囲にミクログリアが数多く認められ、ミクログリアの活性化起因であると考えられている(非特許文献4)。そこで、脳内環境に近い条件としてCGAが存在する病態条件下において、環状ペプチド誘導体によるミクログリアの分極化試験を行った。
【0033】
MG6ミクログリア細胞を96ウェルプレート中で37℃にて24時間(5×103細胞/ウェル)培養し、次いで、CGA(Peptide Institute, Osaka)を濃度が10nMとなるように添加するとともに、環状ペプチド誘導体を濃度が1μMとなるように添加して37℃でインキュベートした。環状ペプチド誘導体を添加せずにCGAを添加したもの、および、環状ペプチド誘導体とCGAをともに添加していないもの(コントロール)についても、同様にインキュベートした。
【0034】
添加処理24時間後と72時間後にリアルタイム定量PCR(RT-PCR)分析および統計分析を行い、インターロイキン-1β(IL-1β)とアルギナーゼ-1(ARG1)の遺伝子発現量を求めた。刺激を受けたミクログリアは、産生するファクターによって、神経細胞傷害的に働くM1表現型と神経細胞保護的に働くM2表現型に分極化され、M1表現型ミクログリアはIL-1βを産生し、M2表現型ミクログリアはARG1を産生することが知られている(非特許文献3)。そこで、M1表現型であることをIL-1βの遺伝子発現により、また、M2表現型であることをARG1の遺伝子発現により特定した。リアルタイム定量PCR(RT-PCR)分析および統計分析の方法は以下の通りである。
【0035】
[リアルタイム定量PCR(RT-PCR)分析]
環状ペプチド誘導体による処理後のMG6ミクログリア細胞株からmRNAを単離し、全RNAをRNAiso Plus(Takara、Japan)を用いて製造者の指示に従って抽出した。QuantiTect ReverseTranscription Kit(Qiagen、Japan)を用いて、合計800ngの抽出されたRNAをcDNAに逆転写した。95℃で5分間の最初の変性工程の後、温度サイクリングを開始した。各サイクルは、95℃で5秒間の変性、60℃で10秒間のアニーリング、および30秒間の伸長からなる。合計で40回のサイクルを行った。Corbett Rotor-Gene RG-3000AReal-Time PCR Systemを用いたRotor-Gene SYBR Green RT-PCRキット(Qiagen、Japan)を使用して、cDNAを2連で増幅した。データは、RG-3000Aソフトウェアプログラム(バージョンRotor-Gene6.1.93、Corbett)を用いて評価した。プライマー対(Invitrogen社製, カスタムプライマー)の配列を以下に記載する。
IL-1β:5'-CAACCAACAAGTGATATTCTCCATG-3'(配列番号1)、
および、5'-GATCCACACTCTCCAGCTGCA-3'(配列番号2)
ARG:5'-CGCCTTTCTCAAAAGGACAG-3'(配列番号3)、
および、5'-CCAGCTCTTCATTGGCTTTC-3'(配列番号4)
データの正規化のために、内在性対照(アクチン)をcDNAの入力を制御するために評価し、相対単位を比較Ct法により計算した。全てのリアルタイムRT-PCR実験を3回繰り返し、結果を平均±SEMとして示した。
【0036】
[統計分析]
データは平均±SEMとして表される。統計分析は、GraphPadPrismソフトウェアパッケ
ージを使用したポストホックTukey検定を用いた一元または二元ANOVAによって行った。p<0.05の値は、統計的有意性を示すと考えられる(GraphPadSoftware)。
【0037】
結果は、CGA及び環状ペプチド誘導体を添加したもの(実施例)と、CGAのみ添加したもの(比較例)について、コントロール(環状ペプチド誘導体とCGAをともに添加していないもの)に対するmRNAの相対発現量として
図3に示した。
【0038】
CGAとともに環状ペプチド誘導体で処理した場合、添加処理24時間後には、IL-1βの遺伝子発現がARG1の遺伝子発現よりも約5倍高く、ミクログリアが炎症促進M1表現型に極化されたが、72時間後には逆転してARG1の遺伝子発現がIL-1βの遺伝子発現よりも約9倍高くなった。この結果は、ミクログリアの分極化として、環状ペプチド誘導体の長期時間処理によって抗炎症M2表現型に極化し、神経細胞保護的に作用することを示している。また、一旦炎症促進M1表現型に極化することにより、短時間でミクログリアの活力を高め、効率よくかつ速やかに抗炎症M2表現型に極化できると考えられる。
【0039】
また、CGAのみで処理した場合と比較すると、CGAとともに環状ペプチド誘導体で処理した場合、添加処理24時間後では、IL-1βの遺伝子発現量が約4倍と大きく炎症促進M1表現型の活性化効果が高いが、添加処理72時間後には、CGAのみで処理した場合と有意差がない程度まで炎症促進M1表現型の活性が低下していた。一方、ARG1の遺伝子発現量については、CGAとともに環状ペプチド誘導体で処理した場合、CGAのみで処理した場合と比較して、添加処理24時間後に約4倍大きく、添加処理72時間後にも2倍以上の高い活性化効果を示した。このことから、脳内環境に近いCGAが存在する環境(即ち、ミクログリアが活性化される病態条件下)において、環状ペプチド誘導体を長期間処理することにより、神経細胞保護的に作用する抗炎症M2表現型ミクログリアへの極性転換が促進されることがわかった。
【0040】
ミクログリアは脳内環境と脳炎症を制御する脳内免疫第一線に位置する細胞である。M2表現型ミクログリアは脳内に死んだ神経細胞や脳内に蓄積したアミロイド蛋白質など老廃物を取り入れ脳外に排出する能力をもつ。さらに、脳炎症の際にM2表現型ミクログリアが脳炎症を速やかに収束し、神経細胞を保護する。そのため、環状ペプチド誘導体は、抗炎症M2表現型へのミクログリアの極性転換を促進することで、脳老化を遅らせ、また外傷性脳損傷、脳卒中や認知症など急性・慢性脳炎症関連性疾患の予防や病態回復に役立つと考えられる。さらには自閉症やうつ病も含めた精神疾患などの予防や病態回復に役立つと考えられる。
【0041】
4.環状ペプチド誘導体の安全性試験
MG6ミクログリア細胞を96ウェルプレート中で37℃にて24時間(5×103細胞/ウェル)培養し、次いで、環状ペプチド誘導体を濃度が1μMとなるように添加して37℃でインキュベートした。添加処理24時間後と72時間後に、上記と同様のリアルタイム定量PCR(RT-PCR)分析および統計分析を行い、インターロイキン-1β(IL-1β)とアルギナーゼ-1(ARG1)の遺伝子発現量を求めた。
【0042】
結果は
図4に示すとおりであり、環状ペプチド誘導体の単独投与では24時間後においても72時間後においてミクログリアは活性化されず、炎症促進M1表現型にも抗炎症M2表現型にも分極化されなかった。このことから、環状ペプチド誘導体は、ミクログリアに異物として認識されず、非病態条件ではミクログリアを活性化しないことから、ミクログリアに対する環状ペプチド誘導体の安全性が確認された。
【0043】
5.初代ミクログリア培養
初代ミクログリア細胞であるCD11b+細胞を、磁気細胞選別MACS法により、成体マウスの脳(8週齢、雄、日本エスエルシー、浜松、日本)から分離した。詳細には、脳を小片に切断し、得られた細胞懸濁液を、Neural Tissue Dissociation Kit(MiltenyiBiotec)を用いた酵素消化とともにgentle MACS Dissociator(Milteny Biotec)を用いて機械的に解離させ、更に30mmの細胞ストレーナーに移して単細胞懸濁液を得た。CD11b MicroBeads(Miltenyi Biotec)で磁気標識した後、細胞懸濁液を磁気分離器(Milteny Biotec)に設置した磁気(MACS)カラムに注入した。MACSカラムをリン酸緩衝生理食塩水(PBS)ですすいだ後、CD11b陽性画分を非特許文献4に記載の方法に従って収集した。初代ミクログリア細胞を用いた以下の試験において、初代ミクログリア細胞の培養は、Eagle’s MEM(Nissui Pharmaceutical Co., Ltd.)培地を用いて行った。
【0044】
6.初代ミクログリア細胞生存率の測定
初代ミクログリア細胞を96ウェルプレートに撒き(104細胞/ウェル)、様々な濃度の環状ペプチド誘導体と共に37℃で24時間、72時間培養した。環状ペプチド誘導体の濃度としては、培養液中の濃度が0μM、0.01μM、0.1μM、1μM、5μMとなるように調整した。細胞生存率の評価(24時間、72時間)は、上記2.のMG6ミクログリア細胞生存率の測定に記載した通りである。
【0045】
結果は
図5に示す通りであり、環状ペプチド誘導体の濃度が0.01~5μMの範囲内において初代ミクログリア細胞の増殖は認められず、また生存が抑制されることもほぼなかった。なお、「*」はP<0.05であることを示す。
【0046】
7.初代ミクログリア細胞の分極化試験
脳の常在免疫細胞であるミクログリアは、炎症促進性サイトカインおよび抗炎症性サイトカインを調節することにより、アルツハイマー病を含む神経変性疾患の神経炎症に重要な役割を果たす。インターロイキン-1β(IL-1β)が主要な炎症性サイトカインであり、トランスフォーミング成長因子(TGF)-β1が重要な抗炎症性サイトカインであることが知られている(非特許文献5)。上記のように、神経分泌酸性糖タンパク質であるクロモグラニンA(CGA)は、ミクログリアの活性化候補因子としてアルツハイマー病の老人斑に見出されている。そこで、初代ミクログリア細胞とマーカーとしてIL-1βおよびTGF-β1を使用して、環状ペプチド誘導体及びCGAが炎症または抗炎症に及ぼす影響を調べた。
【0047】
初代ミクログリア細胞を96ウェルプレート中で37℃にて24時間(104細胞/ウェル)培養し、次いで、CGA(American Peptide Company、Anaspec)を濃度が10nMとなるように添加するとともに、環状ペプチド誘導体を濃度が1μMとなるように添加して37℃でインキュベートした。環状ペプチド誘導体を添加せずにCGAを添加したもの、CGAを添加せずに環状ペプチド誘導体を添加したもの、および、環状ペプチド誘導体とCGAをともに添加していないもの(コントロール)についても、同様にインキュベートした。
【0048】
添加処理24時間後と72時間後にリアルタイム定量PCR(RT-PCR)分析および統計分析を行い、TGF-β1とIL-1βの遺伝子発現量を求めた。リアルタイム定量PCR(RT-PCR)分析および統計分析の方法は、上記3.のMG6ミクログリアの分極化試験に記載した通りである。但し、TGF-β1のプライマー対(Invitrogen社製, カスタムプライマー)は以下の配列とした。
TGF-β1:5'-TCAGACATTCGGGAAGCAGTG-3'(配列番号5)、
および、5'-ATTCCGTCTCCTTGGTTCAGC-3'(配列番号6)
【0049】
結果は、
図6に示す通りである。なお、
図6における「*」はP<0.05であることを示し、「##」はP<0.01であることを示し、「###」はP<0.001であることを示す。また、「con」はコントロール、「ペプチド」は環状ペプチド誘導体単独処理、「CGA」はCGA単独処理、「ペプチド+CGA」は環状ペプチド誘導体とCGAとの組合せ処理を示す。
【0050】
図6(a)及び(b)に示すように、初代ミクログリアにおいてコントロールに比較してCGA単独処理は、24時間及び72時間で、TGF-β1の発現を多少増加させた。CGA処理と環状ペプチド誘導体の組合せ処理では、24時間と72時間でTGF-β1の発現を大幅に増加させた(平均3倍程度)。なお、コントロールに比較して、環状ペプチド誘導体単独処理は、TGF-β1の発現に影響しなかった。
【0051】
一方、IL-1βの発現については、
図6(c)及び(d)に示すように、CGA単独処理で顕著に増加し、CGA処理と環状ペプチド誘導体の組合せ処理では、IL-1βの発現がコントロールと同等以下と小さく、TGF-β1の発現とは傾向が逆転していた。なお、コントロールに比較して、環状ペプチド誘導体単独処理は、IL-1βの発現に影響しなかった。
【0052】
この結果は、環状ペプチド誘導体がTGF-β1を増加させ、IL-1βを抑制することにより、CGAで活性化されたミクログリア(炎症促進表現型M1)を抗炎症表現型M2にシフト、即ち極性転換させることを意味する。環状ペプチド誘導体自体が初代ミクログリア細胞におけるTGF-β1またはIL-1βの発現に影響を与えないことを考慮すると、初代ミクログリアを用いた本試験によっても、ミクログリアに対する環状ペプチド誘導体の安全性が確認されする共に、環状ペプチド誘導体が神経変性疾患を改善するために有効であろうことが理解できる。
【配列表】