IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ シャープ株式会社の特許一覧 ▶ 学校法人中部大学の特許一覧

<>
  • 特許-発酵管理方法 図1
  • 特許-発酵管理方法 図2
  • 特許-発酵管理方法 図3
  • 特許-発酵管理方法 図4
  • 特許-発酵管理方法 図5
  • 特許-発酵管理方法 図6
  • 特許-発酵管理方法 図7
  • 特許-発酵管理方法 図8
  • 特許-発酵管理方法 図9
  • 特許-発酵管理方法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】発酵管理方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/622 20210101AFI20240430BHJP
【FI】
G01N27/622
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020142692
(22)【出願日】2020-08-26
(65)【公開番号】P2022038278
(43)【公開日】2022-03-10
【審査請求日】2023-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】500433225
【氏名又は名称】学校法人中部大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(72)【発明者】
【氏名】鴻丸 翔平
(72)【発明者】
【氏名】松尾 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】森谷 正三
(72)【発明者】
【氏名】新川 幸治
(72)【発明者】
【氏名】岩松 正
(72)【発明者】
【氏名】根岸 晴夫
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-186190(JP,A)
【文献】特表平10-510623(JP,A)
【文献】実開昭60-179956(JP,U)
【文献】特表平05-505879(JP,A)
【文献】特開昭63-279555(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵食品の発酵に伴い産生される有機酸を含む気体をサンプリングするサンプリングステップと、
イオン移動度分析によりサンプリングした気体を分析する分析ステップと、
前記分析ステップで得られたIMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積及びピーク出現のうち少なくとも1つに基づき発酵の調整、発酵の停止、発酵物の混ぜ合わせ、発酵物への材料もしくは添加物の添加、発酵物の温度調節、発酵物の攪拌調節、発酵物への火入れ、澱引き及び発酵物のろ過のうち少なくとも1つを行う操作ステップとを含み、
前記分析ステップは、電子放出素子から放出される電子を利用して、発酵に伴い産生される有機酸をイオン化して分析するステップであり、
前記操作ステップは、前記分析ステップで得られたIMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積又はピーク出現を、発酵物の発酵状態とIMSスペクトルとの関係に関する予め計測した計測データと比較して操作タイミングを決めるステップを含み、
前記計測データは、IMSスペクトルの有機酸のピーク強度の変化と、発酵食品の発酵に伴うpHの変化との相関関係を示すデータであることを特徴とする発酵食品の発酵管理方法。
【請求項2】
前記発酵食品は、乳酸菌飲料、ヨーグルト(発酵乳)、チーズ、醤油又は納豆である請求項1に記載の発酵管理方法。
【請求項3】
前記発酵は、嫌気性発酵を含む請求項1又は2に記載の発酵管理方法。
【請求項4】
前記サンプリングステップは、発酵物用容器中の気体をサンプリングするステップである請求項1~3のいずれか1つに記載の発酵管理方法。
【請求項5】
前記発酵物用容器中の発酵物を除去し前記発酵物用容器中に洗浄用液体を入れるステップと、前記洗浄用液体を入れた前記発酵物用容器のヘッドスペースの気体を前記イオン移動度分析のための分析装置内に流すステップとを含む請求項4に記載の発酵管理方法。
【請求項6】
前記発酵物用容器中の発酵物を除去し前記発酵物用容器を洗浄する洗浄ステップと、前記洗浄ステップ後に行う洗浄バリデーションステップとを含み、
前記洗浄バリデーションステップは、洗浄後の前記発酵物用容器の内部の気体をイオン移動度分析により分析し残留発酵物に起因するピーク強度若しくはピーク面積又は残留洗浄剤に起因するピーク強度若しくはピーク面積が残留許容値以下であることを確認するステップである請求項4又は5に記載の発酵管理方法。
【請求項7】
前記電子放出素子は、下部電極、表面電極及び前記下部電極と前記表面電極との間に配置された中間層を有し、かつ、前記下部電極と前記表面電極との間に電圧を印加することにより電子を放出するように設けられた請求項1~6のいずれか1つに記載の発酵管理方法。
【請求項8】
前記中間層の厚さは、0.5μm以上2μm以下であり、
前記分析ステップにおいて前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧は8V以上16V以下である請求項7に記載の発酵管理方法。
【請求項9】
前記分析ステップにおいてIMSスペクトルに基づき前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧を調節する請求項7又は8に記載の発酵管理方法。
【請求項10】
加湿空気を分析することにより得られるIMSスペクトルに基づき前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧を調節するステップをさらに含む請求項7~9のいずれか1つに記載の発酵管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵管理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌飲料、ヨーグルト、チーズ、酒、醤油、納豆など様々な食品が発酵を利用して作られている。発酵では、微生物がうま味成分、酸味成分、甘味成分、香り成分などを産生する。従って、発酵食品の品質のバラツキを少なくするためには、発酵状態を適切に見極め、適切な発酵管理を行う必要がある。具体的には、温度調節、発酵の停止のタイミング、材料投入のタイミング、添加物投入のタイミング、攪拌調節、火入れのタイミング、澱引きのタイミングなどが重要である。
発酵乳や乳酸菌飲料などの発酵食品のインラインにおける発酵管理方法としては、pH電極による水素イオン濃度測定が知られている(例えば、特許文献1参照)。
また、放射性イオン源を利用したイオン移動度分析により発酵物を測定する方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平11-341947号公報
【文献】特表平10-510623号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
pH電極による水素イオン濃度測定による発酵管理は、pH電極の破損リスクがある他、較正が困難といった課題がある。また、水素イオン濃度測定では、様々な酸から解離した水素イオンの合計しかわからない。また、放射性イオン源を利用したイオン移動度分析は、放射線源の管理の煩雑さやイオン量の少なさが課題である。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、発酵物の品質のバラツキを少なくすることができる発酵管理方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、発酵に伴い産生される物質を含む気体をサンプリングするサンプリングステップと、イオン移動度分析(Ion Mobility Spectrometry、IMS)によりサンプリングした気体を分析する分析ステップと、前記分析ステップで得られたIMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積及びピーク出現のうち少なくとも1つに基づき発酵の調整、発酵の停止、発酵物の混ぜ合わせ、発酵物への材料もしくは添加物の添加、発酵物の温度調節、発酵物の攪拌調節、発酵物への火入れ、澱引き及び発酵物のろ過のうち少なくとも1つを行う操作ステップとを含み、前記分析ステップは、電子放出素子から放出される電子を利用して、発酵に伴い産生される物質をイオン化して分析するステップであることを特徴とする発酵管理方法を提供する。
【発明の効果】
【0006】
サンプリングステップでは、発酵に伴い産生される物質を含む気体をサンプリングする。このため、発酵物用容器のヘッドスペースの気体などの分析結果を利用して発酵を管理することができ、発酵管理を迅速かつ簡単に行うことができる。また、液状の発酵物であってもペースト状の発酵物であっても固体状の発酵物であっても発酵管理を行うことができる。また、発酵物中に異物が混入するリスクを低減することができる。
分析ステップでは、電子放出素子を利用したイオン移動度分析によりサンプリングした気体を分析する。このため、発酵に伴い産生される物質を含む気体を簡単かつ連続的に分析することが可能になり、IMSスペクトルのピーク強度又はピーク面積の変化をモニタリングすることにより発酵に伴い産生される物質の量の変化を知ることができる。また、発酵に伴い産生される物質の単体での量の変化を測定することが可能になる。具体的には、分析ステップでは、発酵に伴い産生されるそれぞれの酸の量の変化を測定することができる。また、ジアセチルやアセトアルデヒドなどの味に関与する香気成分の量の変化も測定可能である。また、電子放出素子を用いることにより分析装置内のイオン量を増やすことができ、IMSの検出感度を向上させることができる。
操作ステップでは、IMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積又はピーク出現に基づき発酵の調整、発酵の停止などを行う。このため、発酵の調整、発酵の停止などを適切なタイミングで迅速に行うことができ、発酵物の品質のバラツキを少なくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の一実施形態の発酵管理方法に用いる発酵物用容器及びイオン移動度分析装置の概略断面図である。
図2】電子放出素子及び対向電極の概略断面図である。
図3】加湿空気を分析することにより得られたIMSスペクトルである。
図4】ヨーグルトの発酵に伴い産生される物質を含む気体を分析することにより得られたIMSスペクトルである。
図5】ロットA、ロットB又は調合したものの産生物質を含む気体を分析することにより得られたIMSスペクトルである。
図6】通常時及び異常時のIMSスペクトルである。
図7】発酵開始後1時間、2時間、3時間におけるIMSスペクトルである。
図8】発酵中におけるヨーグルトのpHの変化と有機酸のピークのIMS強度の変化とを示すグラフである。
図9】素子駆動電圧と、電子放出素子から電子が放出されることにより流れる電流との関係を示すグラフである。
図10】加湿空気を分析することにより得られるIMSスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の発酵管理方法は、発酵に伴い産生される物質を含む気体をサンプリングするサンプリングステップと、イオン移動度分析によりサンプリングした気体を分析する分析ステップと、前記分析ステップで得られたIMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積及びピーク出現のうち少なくとも1つに基づき発酵の調整、発酵の停止、発酵物の混ぜ合わせ、発酵物への材料もしくは添加物の添加、発酵物の温度調節、発酵物の攪拌調節、発酵物への火入れ、澱引き及び発酵物のろ過のうち少なくとも1つを行う操作ステップとを含み、前記分析ステップは、電子放出素子から放出される電子を利用して、発酵に伴い産生される物質をイオン化して分析するステップであることを特徴とする。
【0009】
前記操作ステップは、前記分析ステップで得られたIMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積又はピーク出現を、発酵物の発酵状態とIMSスペクトルとの関係に関する予め計測した計測データと比較して操作タイミングを決めるステップを含むことが好ましい。このことにより、適切なタイミングで処理を行うことができ発酵物を適切に管理することができる。
前記発酵には、嫌気性発酵が含まれており、このことにより、嫌気性発酵を適切に管理することができる。
前記サンプリングステップは、発酵物用容器中の気体をサンプリングするステップであることが好ましい。このことにより、発酵に伴い産生される物質を容易にサンプリングすることができる。
【0010】
本発明の発酵管理方法は、発酵物用容器中の発酵物を除去し発酵物用容器中に洗浄用液体を入れるステップと、洗浄用液体を入れた発酵物用容器のヘッドスペースの気体をイオン移動度分析のための分析装置内に流すステップとを含むことが好ましい。このことにより、配管、電子放出素子、反応室に吸着したガスを除去することができ、イオン移動度分析の分析精度を向上させることができる。
本発明の発酵管理方法は、発酵物用容器中の発酵物を除去し発酵物用容器を洗浄する洗浄ステップと、洗浄ステップ後に行う洗浄バリデーションステップとを含むことが好ましい。洗浄バリデーションステップは、洗浄後の発酵物用容器の内部の気体をイオン移動度分析により分析し残留発酵物に起因するピーク強度若しくはピーク面積又は残留洗浄剤に起因するピーク強度若しくはピーク面積が残留許容値以下であることを確認するステップである。このことにより、発酵物用容器に残留した発酵物や洗浄剤が製品の品質に影響を与えることを抑制することができる。
【0011】
前記電子放出素子は、下部電極、表面電極及び下部電極と表面電極との間に配置された中間層を有し、かつ、下部電極と表面電極との間に電圧を印加することにより電子を放出するように設けられることが好ましい。このことにより、イオン移動度分析装置の反応室において生成するイオンの量を増やすことができ、分析精度を向上させることができる。
前記中間層の厚さは、0.5μm以上2μm以下であることが好ましく、前記分析ステップにおいて下部電極と表面電極との間に印加する電圧は8V以上16V以下であることが好ましい。このことにより、イオン移動度分析の分析精度を向上させることができる。
【0012】
前記分析ステップにおいてIMSスペクトルに基づき下部電極と表面電極との間に印加する電圧を調節することが好ましい。このようなフィードバック制御で電子放出素子から放出される電子によって生成されるイオン量を一定に保つことができ、定量的な測定を行うことができる。
本発明の発酵管理方法は、加湿空気を分析することにより得られるIMSスペクトルに基づき下部電極と表面電極との間に印加する電圧を調節するステップを含むことが好ましい。このことにより、電子放出素子から放出される電子によって生成されるイオン量を一定に保つことができる。
【0013】
以下、複数の実施形態を参照して本発明をより詳細に説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0014】
第1実施形態
図1は、本実施形態の発酵管理方法に用いる発酵物用容器及びイオン移動度分析装置の概略断面図である。
本実施形態の発酵管理方法は、発酵に伴い産生される物質を含む気体をサンプリングするサンプリングステップと、イオン移動度分析によりサンプリングした気体を分析する分析ステップと、前記分析ステップで得られたIMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積及びピーク出現のうち少なくとも1つに基づき発酵の調整、発酵の停止、発酵物3の混ぜ合わせ、発酵物3への材料もしくは添加物の添加、発酵物3の温度調節、発酵物3の攪拌調節、発酵物3への火入れ、澱引き及び発酵物3のろ過のうち少なくとも1つを行う操作ステップとを含み、前記分析ステップは、電子放出素子4から放出される電子を利用して、発酵に伴い産生される物質をイオン化して分析するステップであることを特徴とする。
【0015】
本実施形態の発酵管理方法は、発酵物3の生産又は発酵法において、発酵の調整、発酵の停止、発酵物3の混ぜ合わせ、発酵物3への材料もしくは添加物の添加、発酵物3の温度調節、発酵物3の攪拌調節、発酵物3への火入れ、澱引き又は発酵物3のろ過を適切なタイミングで行うための方法である。発酵管理方法は、嫌気性発酵を管理する方法であってもよく、好気性発酵を管理する方法であってもよい。
発酵物3は、例えば、乳酸菌飲料、ヨーグルト(発酵乳)、チーズ、酒、醤油、納豆などの発酵食品などである。また、発酵法は、例えば、アミノ酸、ビタミン、抗生物質、酵素、バイオエタノールなどの生産で用いられている。
【0016】
発酵では、微生物がうま味成分、酸味成分、甘味成分、香り成分、有益物質などを産生する。これらの産生物質(有機物質)の一部は蒸発又は揮発し、気体として発酵物3から放出される。産生物質の量や種類は発酵物3の発酵状態によって変化するため、気体として放出された産生物質を分析することにより発酵物3の発酵状態を調べることができる。
【0017】
サンプリングステップでは、発酵に伴い産生される物質(産生物質)を含む気体をサンプリングする。発酵物3から放出された産生物質は、通常、発酵物用容器2のヘッドスペース9に溜まるため、サンプリングステップでは、発酵物用容器2のヘッドスペース9の気体をサンプリングすることができる。発酵物用容器2は、例えば、発酵物用タンク、発酵物用樽などである。発酵物用タンクは、密閉構造を有するタンクであってもよく、蓋で覆われたタンクであってもよい。また、サンプリングステップでは、納豆やチーズなどの発酵室中の気体をサンプリングするステップであってもよい。また、サンプリングステップは、発酵に伴い産生される物質を含む気体(試料ガス)を連続的にサンプリングしてイオン移動度分析装置30に供給するステップであってもよく、発酵に伴い産生される物質を含む気体を測定間隔を空けて(例えば、3分ごと)サンプリングしてイオン移動度分析装置30に供給するステップであってもよい。
【0018】
発酵物用容器2が密閉構造を有する場合、例えば、発酵物用容器2のヘッドスペース9にキャリアガスが流入する流入口と、ヘッドスペース9からキャリアガスと産生物質が流出する流出口とを設けることができる。サンプリングステップでは、この流出口から流出した気体(キャリアガス+産生物質)をイオン移動度分析装置30に供給することができる。このことにより、ヘッドスペース9の産生物質をサンプリングしてイオン移動度分析装置30で繰り返し分析することができる。キャリアガスは、空気、又はフィルターを通した清純な空気であることが好ましい。
また、サンプリングステップでは、サンプリングポンプやファンを用いて発酵物用容器2中又は発酵室中の気体を吸引してイオン移動度分析装置30に供給してもよい。
また、イオン移動度分析装置30に供給する気体の湿度は5%以上が好ましい。このことによりイオン移動度分析装置30の反応室21の湿度を5%以上とすることができ、イオン源である電子放出素子4の電子放出量を多くすることができる。
【0019】
分析ステップでは、イオン移動度分析装置30を用いて、サンプリングステップでサンプリングした産生物質を分析する。分析ステップで用いるイオン移動度分析装置30は、ドリフトチューブ方式IMSで分析する装置であってもよく、フィールド非対称方式IMS(FAIMS)で分析する装置であってもよい。本実施形態では、ドリフトチューブ方式IMSで分析する装置について説明する。
イオン移動度分析装置30はイオン源として電子放出素子4を有し、イオン移動度分析では、電子放出素子4から放出される電子を利用してサンプリングした産生物質をイオン化する。また、イオン移動度分析装置30は、制御部25により制御される。また、制御部25は、バルブ17aやサンプリングポンプなどを制御し、サンプリングステップで気体をサンプリングするタイミングを制御してもよい。制御部25は、例えば、CPU、メモリ、タイマー、入出力ポートなどを有するマイクロコントローラを含むことができる。また、制御部25は、電源部26、報知部27などを含むことができる。また、制御部25は、電子放出素子4の電子放出及びゲート電極13の電気的な開閉を制御するように設けられる。
【0020】
イオン移動度分析装置30は、サンプリングステップでサンプリングした産生物質をイオン化するための反応室21(電子放出素子4とゲート電極13との間)と、反応室21で生成されたイオン(負イオン)をイオン検出器16に向けて移動させ分離するためのドリフト領域22(ゲート電極13とイオン検出器16との間)とを有する。ドリフト領域22は複数の環状の分離電極14a~14hにより電位勾配(電場)が形成される領域であり、イオンはこの電位勾配によりゲート電極13からイオン検出器16に向けて移動する。
反応室21とドリフト領域22とは、ゲート電極13(格子電極)により仕切られる。また、反応室21のゲート電極13と逆の端には、表面電極7が反応室21側となるように電子放出素子4が配置される。このため、ゲート電極13は、電子放出素子4の対向電極8として機能する。また、ドリフト領域22のゲート電極13と逆の端には、イオン検出器16が配置される。
【0021】
サンプリングステップでサンプリングした産生物質が試料入口からキャリアガスともに反応室21に入ると、産生物質は、電子放出素子4とゲート電極13との間の反応室21を通り、電子放出素子4から放出された電子に起因する電荷によりイオン化される。キャリアガスとイオン化されていないガス等はドリフトガスとともに反応室21の側面に配置されている排気口を通って排気される。
また、イオン検出器16側のドリフトガス入口から、乾燥ガス等の不純物を取り除いたドリフトガスがイオン移動度分析装置30の筐体12内に導入され、ドリフト領域22をイオン検出器16側からゲート電極13側に向かって流れ、反応室21に流入しキャリアガスともに排気口から排気される。ドリフトガスは乾燥窒素、あるいは、乾燥剤を通した空気であることが好ましい。また、ドリフトガスの不純物を削減するために、ドリフトガスを導入前にフィルターを通すことが好ましい。
【0022】
電子放出素子4は、表面電極7から電子を放出するように設けられた素子であり、大気中で放出された電子により直接的又は間接的に、産生物質をイオン化しイオンを生成するための素子である。
電子放出素子4は、下部電極5と、表面電極7と、下部電極5と表面電極7との間に配置された中間層6とを有する。
【0023】
表面電極7は、電子放出素子4の表面に位置する電極である。表面電極7は、好ましくは10nm以上100nm以下の厚さを有することができる。また、表面電極7の材質は、例えば、金又は白金である。また、表面電極7は、複数の金属層から構成されてもよい。
下部電極5は、中間層6を介して表面電極7と対向する電極である。下部電極5は、金属板であってもよく、絶縁性基板上もしくはフィルム上に形成した金属層又は導電体層であってもよい。また、下部電極5が金属板からなる場合、この金属板は電子放出素子4の基板であってもよい。下部電極5の材質は、例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケルなどである。下部電極5の厚さは、例えば200μm以上1mm以下である。
【0024】
中間層6は、表面電極7と下部電極5とに電圧を印加することにより形成される電界により電子が流れる層である。中間層6は、半導電性を有することができる。中間層6は、絶縁性樹脂、絶縁性微粒子、金属酸化物のうち少なくとも1つを含むことができる。また、中間層6は銀微粒子などの金属微粒子を含むことが好ましい。中間層6の厚さは、例えば、0.5μm以上2.0μm以下とすることができる。
【0025】
表面電極7及び下部電極5はそれぞれ制御部25と電気的に接続することができる。制御部25の電源部26を用いて下部電極5と表面電極7との間に電圧を印加することにより、中間層6に電流が流れ、中間層6を流れた電子が表面電極7を通過し反応室21へ放出される。電子放出素子4から電子を放出させるために下部電極5と表面電極7との間に印加する電圧は、例えば8V以上16V以下とすることができる。
【0026】
電子放出素子4から大気圧の反応室21へ放出された電子は、電子付着によりガス分子(例えば、酸素分子、水分子、産生物質など)を負イオン化する。反応室21中(空気+産生物質)に微量の産生物質が存在する場合、産生物質が直接イオン化されることは稀であり、ほとんどの産生物質は空気のイオン(例えば、酸素分子、水分子など)を介して間接的にイオン化される。生成された負イオンは、表面電極7よりも高い電圧に設定されたゲート電極13(対向電極8)に向かって誘導される。空気中で負イオンを生成する場合、数eVのエネルギーを持った電子を放出することで電子付着が起こり、負イオンを生成することができる。
例えば、制御部25は、図2のように、下部電極5、表面電極7及び対向電極8(ゲート電極13)に電圧を印加することができる。
【0027】
ゲート電極13は、反応室21とドリフト領域22とを仕切る電極であり、反応室21において生成した負イオンのドリフト領域22への注入を負イオンとゲート電極13との静電相互作用を利用して制御する電極である。また、ゲート電極13は、電子放出素子4の対向電極8(誘導電極)としても機能する。
ゲート電極13は、リング状電極であってもよく、グリッド電極であってもよく、リング状電極の開口にグリッド電極を設けた電極であってもよい。ゲート電極13は、好ましくはグリッド電極である。ゲート電極13は、ドリフト領域22に電位勾配(電場)を形成する複数の環状の分離電極14a~14hと共に一列に並べて配置することができる。ゲート電極13は制御部25と電気的に接続することができ、制御部25は、ゲート電極13の電位を変化させてゲート電極13のオープン状態とクローズ状態とを切り替えることができるようにゲート電極13の電位を制御する。
【0028】
例えば、ゲート電極13の電位が小さい場合、反応室21の負イオンは、静電相互作用によりゲート電極13に近づくことができず(負イオンにはゲート電極13から反発する向きの力が働く)、ゲート電極13を通過することはできない。このため、ゲート電極13はクローズ(低電位側クローズ)となる。
例えば、ゲート電極13の電位が大きい場合、反応室21の負イオンは、ゲート電極13に吸い寄せられるように移動し接触することで、負イオンの電荷がゲート電極13へと移動し負イオンが中性化する。このため、負イオンはゲート電極13を通過することができず、ゲート電極13はクローズ(高電位側クローズ)となる。
例えば、ゲート電極13の電位が低電位側クローズと高電位側クローズの中間である場合、反応室21の負イオンはゲート電極13を通過することができ、ゲート電極13はオープンとなる。
【0029】
制御部25を用いて、ゲート電極13が高電位側クローズ→オープン→低電位側クローズと瞬間的に変化するように、又はゲート電極13が低電位側クローズ→オープン→高電位側クローズと瞬間的に変化するように、ゲート電極13の電位を変化させると、ゲート電極13をごく短い時間だけオープンとすることができ、反応室21の負イオンをこの短い時間にだけドリフト領域22に注入することができる。従って、反応室21の負イオンを単発パルス状にドリフト領域22に注入することができる。
【0030】
ゲート電極13によりドリフト領域22に注入された負イオンは、分離電極14a~14hにより形成される電位勾配によりドリフト領域22をイオン検出器16へと向かって移動し、イオン検出器16へ到達する。なお、分離電極14a~14hの電位は制御部25により制御される。
イオン検出器16へ到達した負イオンは、イオン検出器16に電荷を受け渡し中性化する。また、イオン検出器16及び制御部25は、イオン検出器16が電荷を受け取ることにより生じる電流を測定し、IMSスペクトルとして出力する。具体的には、ゲート電極13を瞬間的にオープンにしてからイオンがイオン検出器16に到達するまでのイオンの飛行時間を横軸に、信号強度(電流量)を縦軸にプロットすることによりイオン移動度スペクトル(IMSスペクトル)が得られる。
【0031】
ドリフト領域22においてイオン検出器16からゲート電極13に向かって流れるドリフトガスは、ゲート電極13からイオン検出器16へと向かって移動する負イオンの抵抗となる。この抵抗の大きさ(イオンの移動度)はイオン種により異なる。一般的に移動度はイオンの衝突断面積に反比例するため、イオンの衝突断面積が大きいほどイオンがイオン検出器16に到達するためにかかる時間が長くなる。従って、ゲート電極13によりドリフト領域22に注入されてからイオン検出器16へと到達するまでの時間(移動時間、ピーク位置)が負イオンのイオン種により異なる。このため、ゲート電極13からドリフト領域22に注入された複数種の負イオンは、ドリフト領域22を移動する間に分離され、時間差でイオン検出器16へ到達する。
【0032】
IMSスペクトルはイオン検出器16に到達したイオン量に対応するため、IMSスペクトルには、各種負イオンに対応するピークが現われる。そして、ピーク位置(移動時間)に基づき、負イオン(産生物質)を特定することが可能になる。また、測定を繰り返すことにより、負イオン(産生物質)の量の変化をモニタリングすることができる。また、IMSスペクトルに現れるピークのピーク強度(ピーク高さ)又はピーク面積がその産生物質の量に対応する。なお、IMSスペクトルには、キャリアガスである空気から生成したイオンのピークも現れる。
【0033】
例えば、発酵物がヨーグルト(ビフィズス菌発酵)である場合、種菌であるビフィズス菌を入れた牛乳を発酵物用タンク内において24時間~48時間程度発酵温度(例えば、40℃前後)で維持する。このことにより発酵が進み、ビフィズス菌は牛乳に含まれる糖から乳酸、酢酸などを産生する。また、発酵に伴い香気成分など他の物質も産生する。サンプリングステップにおいて発酵物用タンクのヘッドスペースの気体をサンプリングし、分析ステップにおいて分析を行いIMSスペクトルを得ると、IMSスペクトルには、キャリアガス成分(酸素分子、水分子など)のピーク、乳酸のピーク、酢酸のピーク、香気成分のピークなどが現われる。
発酵が進むと発酵物3中の産生物質(乳酸、酢酸、香気成分など)の量が増えていくため、発酵中において繰り返しIMSスペクトルを得ると、産生物質のピーク強度(ピーク高さ)やピーク面積が徐々に大きくなっていく。また、発酵が進行するとIMSスペクトルに新たなピークが現われる場合がある。
【0034】
操作ステップでは、分析ステップで得られたIMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積又はピーク出現に基づき発酵の調整、発酵の停止、発酵物3の混ぜ合わせ、発酵物3への材料もしくは添加物の添加、発酵物3の温度調節、発酵物3の攪拌調節、発酵物3への火入れ、澱引き又は発酵物3のろ過を行う。操作ステップで行う操作は、発酵物3の種類や分析ステップで得られたIMSスペクトルにより異なる。操作ステップは、IMSスペクトルのピーク強度、ピーク面積又はピーク出現に基づき制御部25が報知部27を用いて作業者に報知し、作業者が作業することにより行うことができる。また、発酵物3の製造が自動化されている場合、又は発酵物3の製造が部分的に自動化されている場合、制御部25が製造装置を制御し操作ステップが行われてもよい。
【0035】
ここでは、発酵物3がヨーグルト(ビフィズス菌発酵)であり、操作ステップにおいて発酵の停止を行う場合について説明する。ヨーグルトの発酵ではビフィズス菌が乳酸や酢酸などの有機酸を産生するため、発酵の進行に伴い酸味が徐々に強くなっていく。程よい酸味を有するヨーグルトを作るには、発酵を適切なタイミングで停止させることが重要である。例えば、ヨーグルトを10℃以下に冷却することにより発酵を停止することができる。
【0036】
発酵の進行に伴い、ヨーグルト中の乳酸の量や酢酸の量が増えていくと、ヨーグルトのpHは徐々に小さくなっていく。このため、pH電極を用いてヨーグルトの発酵状態をモニタリングすることができ、pHに基づいて発酵停止のタイミングを決めることが可能である。しかし、pH電極は割れやすいため、pH電極の破損によりヨーグルト中に異物が混入するリスクがある。また、pH電極の較正が困難である。
また、発酵の進行に伴い、ヨーグルト中の乳酸の量や酢酸の量が増えていくと、分析ステップで得られるIMSスペクトルの乳酸のピーク強度や酢酸のピーク強度は徐々に大きくなっていく。
従って、分析ステップで得られるIMSスペクトルの乳酸や酢酸などの有機酸のピーク強度とヨーグルトのpHとの間には相関関係がある。このため、予めこの相関関係を計測した計測データを用いることにより、IMSスペクトルの乳酸や酢酸などの有機酸のピーク強度からヨーグルトのpHを算出することが可能である。
【0037】
操作ステップでは、分析ステップで得られたIMSスペクトルのピーク強度又はピーク面積を、発酵物の発酵状態とIMSスペクトルとの関係に関する予め計測した計測データと比較して操作タイミングを決めることができる。
例えば、ヨーグルトの発酵における分析ステップで得られるIMSスペクトルの乳酸(基準物質)のピーク強度の変化と、pH電極を用いて測定されるヨーグルトのpHの変化との相関関係を示す計測データを予め計測してもおく。そして、ヨーグルトのpHが4.6のときに発酵を停止させたいとき、計測データからpH4.6に対応する乳酸のピーク強度を算出する。この乳酸のピーク強度(回収電流)が530pAである場合、ヨーグルトの発酵中において、分析ステップのIMSスペクトルを繰り返し測定すると、乳酸のピーク強度は徐々に大きくなっていき、乳酸のピーク強度が530pAに達したときにヨーグルトの発酵を停止させる。
また、発酵が良好に進んでいない場合は、発酵時間に対するIMSスペクトルのピーク強度の割合が変わるため、ピーク強度の推移をモニタリングすることで、早期に発酵の良し悪しを判断することができる。
【0038】
このように、発酵に伴い産生される物質を含む気体を分析することにより得られるIMSスペクトルのピーク強度に基づき操作タイミングを決定することにより、発酵の停止などを適切なタイミングで迅速に行うことができ、発酵食品の品質のバラツキを少なくすることができる。また、発酵物3を直接サンプリングすることや、発酵物3中に測定器を挿入することがないため、発酵物3に異物が混入することを抑制することができる。
ここでは、IMSスペクトルのピーク強度を用いて説明したが、IMSスペクトルのピーク面積を用いても同様に操作タイミングを決めることができる。
また、ここでは、乳酸のピーク強度を用いて操作タイミングを決定したが、酢酸のピーク強度を用いて操作タイミングを決定してもよい。また、乳酸のピーク強度と酢酸のピーク強度の両方を用いて操作タイミングを決定してもよい。
また、IMSは移動度を測定原理とするため、異なる物質でも同一の移動度となりピークが重なる場合がある。このような複数の物質が複合したピークであっても、発酵状態との相関が予め確認できておれば、この複合ピークを用いて発酵停止などの操作タイミングを決めることができる。
【0039】
第2実施形態
第2実施形態の発酵管理方法は、発酵物用容器2中の発酵物3を除去し発酵物用容器2中に洗浄用液体を入れるステップと、洗浄用液体を入れた発酵物用容器2のヘッドスペース9の気体をイオン移動度分析装置30内に流すステップとを含む。これらのステップのように発酵物3の替わりに洗浄用液体を容器に入れてヘッドスペースの気体を分析装置30内に流すことにより、配管、電子放出素子4、反応室21に吸着したガスを除去することができる。この結果、イオン移動度分析の分析精度を向上させることができる。
洗浄用液体は、例えば、純水やエタノールなどの吸着物質を溶かしやすい洗浄用の物質である。
【0040】
洗浄用液体を入れた発酵物用容器2のヘッドスペース9の気体をイオン移動度分析装置30内に流すステップ中において、制御部25は、下部電極5と表面電極7との間への電圧印加を停止することが好ましい。電子放出素子4は雰囲気のガス種によって下部電極5と表面電極7との間の電流量(素子内電流)が変わるため、過電流が流れることがある。電圧印加を停止することにより、電子放出素子4に過電流が流れることを抑制することができる。
【0041】
本実施形態の発酵管理方法は、洗浄用液体を入れた発酵物用容器2のヘッドスペース9の気体をイオン移動度分析装置30内に流すステップの後、発酵物用容器2内の洗浄用液体を取り除くステップと、キャリアガスのみをイオン移動度分析装置30内に流すステップとを含むことが好ましい。キャリアガスのみを流すことにより、素子表面の洗浄用液体を除去することができる。このことにより、電子放出素子4の表面に吸着した洗浄用液体に起因して、素子駆動電圧の印可時に過電流が流れることを抑制することができる。
その他の構成は第1実施形態と同様である。また、第1実施形態についての記載は矛盾がない限り第2実施形態についても当てはまる。
【0042】
第3実施形態
第3実施形態の発酵管理方法は、イオン移動度分析により加湿空気を分析することにより得られるIMSスペクトルに基づき下部電極5と表面電極7との間に印加する電圧を調節するステップを含む。
同じ電圧印加条件で電子放出素子4の下部電極5と表面電極7との間に電圧(素子駆動電圧)を印加した場合でも、電子放出素子4から放出される電子によって生成される空気イオンの量は、気温、湿度などの環境条件や素子の寿命特性によって変動する。このため、環境条件や寿命特性などによりイオン移動度分析装置30のイオン化能力が変動し分析結果が安定しない。そこで、加湿空気測定時のIMSスペクトルをもとに、素子駆動電圧を調節することで、電子放出素子4から放出される電子によって生成されるイオン量を一定に保つことができる。
【0043】
イオン移動度分析により加湿空気を分析することにより得られる3つのIMSスペクトルを図3に示す。3つのIMSスペクトルは、素子駆動電圧を変えたこと以外は同じ条件で測定することにより得ている。3つのIMSスペクトルの10.6ミリ秒付近のピークはイオン化した空気(例えば、酸素分子イオン)のピークである。このピークの高さ(ピーク強度)又はピーク面積はイオン検出器16に到達したイオン化した空気の量(電子放出素子4から放出される電子によって生成されるイオン量に対応する)を表し、素子駆動電圧を調節するための指標となる。
図3に示した3つのIMSスペクトルのように、素子駆動電圧を変えると、イオン化した空気のピークのピーク強度及びピーク面積は大きく変化する。
【0044】
素子駆動電圧の調節は、発酵の産生物質をサンプリングするサンプリングステップの前において、湿度一定の空気についての測定を素子駆動電圧を変えて繰り返し、イオン化した空気のピークの高さまたはピーク面積が目標範囲内となるように素子駆動電圧を調節する。具体的には、ピーク高さ又はピーク面積が目標範囲の下限よりも小さい場合は素子駆動電圧を上げ、ピーク高さ又はピーク面積が目標範囲の上限よりも高い場合は素子駆動電圧を下げる。
【0045】
下部電極5と表面電極7との間に印加する電圧の調節のために分析する加湿空気は、分析ステップで分析する気体と同じ湿度であることが好ましい。イオン移動度分析装置への空気の導入方法としては、発酵物用容器2に水を入れることで気化した水蒸気をキャリアガスと共にイオン移動度分析装置に導入してもいいし、図1のバルブ17bを開いてサンプルガスラインの途中から加湿空気を導入してもよい。
その他の構成は第1又は第2実施形態と同様である。また、第1又は第2実施形態についての記載は矛盾がない限り第3実施形態についても当てはまる。
【0046】
第4実施形態
第3実施形態では、発酵の産生物質をサンプリングするサンプリングステップの前に下部電極5と表面電極7との間に印加する電圧を調節したが、第4実施形態の発酵管理方法では、発酵の産生物質を分析する分析ステップにおいてIMSスペクトルに基づき下部電極5と表面電極7との間に印加する電圧を調節する(フィードバック制御を行う)。
ヨーグルトの発酵に伴い産生される物質を含む気体をイオン移動度分析により分析することにより得られる3つのIMSスペクトルを図4に示す。3つのIMSスペクトルは、素子駆動電圧を変えたこと以外は同じ条件で測定することにより得ている。3つのIMSスペクトルでは5つのピーク(微小ピークを除く)が現れている。これらの5つのピークを素子駆動電圧を調節するための指標とすることができる。図4に示した3つのIMSスペクトルのように、素子駆動電圧を変えると、5つのピークのピーク強度及びピーク面積は大きく変化する。
【0047】
本実施形態では、分析ステップにおいて、産生物質の分析の繰り返しにより得られるIMSスペクトルに現れるピークの総ピーク面積がほぼ一定となる(目標範囲内となる)ように、素子駆動電圧を調節しながら産生物質の分析を繰り返す。
具体的には、IMSスペクトルに現れるピークの総ピーク面積が目標範囲の下限よりも小さい場合、総ピーク面積が目標範囲内となるように、素子駆動電圧を上げることで、電子放出素子4から放出される電子により生成するイオンの量を一定に保つ。
IMSスペクトルに現れるピークの総ピーク面積が目標範囲の上限よりも大きい場合、総ピーク面積が目標範囲内となるように、素子駆動電圧を下げることで、電子放出素子4から放出される電子により生成するイオンの量を一定に保つ。このように、分析ステップにおいて、IMSスペクトルに現れるピークの総ピーク面積をもとにして素子駆動電圧を調整するフィードバック制御を行う。このことにより、総ピーク面積を一定に保ち続けるように分析装置を動作させることができ、定量的な測定を行うことができる。
その他の構成は第1~第3実施形態と同様である。また、第1~第3実施形態についての記載は矛盾がない限り第4実施形態についても当てはまる。
【0048】
第5実施形態
第5実施形態の発酵管理方法では、操作ステップは、発酵の産生物質を分析する分析ステップで得られたIMSスペクトルにおける香気成分のピーク強度又はピーク面積に基づき発酵物3の混ぜ合わせを行うステップである。例えば、同じ発酵食品を複数のロットで製造する場合、各ロットの製造装置においてサンプリングステップ及び分析ステップを行い、IMSスペクトルを得る。そして、得られたIMSスペクトルにおける香気成分のピーク強度又はピーク面積に基づいて複数のロットの混ぜ合わせを行う。このことにより、発酵食品の品質を安定して保つことができる。また、IMSスペクトルにより定量した香気成分のデータを用いることで、精確な調合を行うことができる。
【0049】
例えば、図5のように14ミリ秒のピーク強度がロットAとロットBで異なる場合、14ミリ秒に検出されている香気成分の濃度を定量し、適切な割合でロットAとロットBを混ぜ合わせることで、14ミリ秒の香気成分の濃度を調整する。
その他の構成は第1~第4実施形態と同様である。また、第1~第4実施形態についての記載は矛盾がない限り第5実施形態についても当てはまる。
【0050】
第6実施形態
第6実施形態の発酵管理方法では、操作ステップにおいて、発酵の産生物質を分析すること(分析ステップ)により得られたIMSスペクトルの異常ピーク出現、ピーク強度比の異常に基づき発酵の停止又は発酵の調整を行う。
発酵物3が正常に発酵したときの発酵過程における、IMSスペクトルのピーク出現時間、ピーク強度の増加の仕方、ピーク位置(到達時間)、複数の主なピークのピーク強度比などの正常時情報を制御部25の記憶部に記憶しておく。
【0051】
分析ステップにおいてIMSスペクトルが得られると、得られたIMSスペクトルを記憶部の正常時情報と比較する。そして、制御部25は、発酵に異常が生じたと判断した場合に、報知部27を用いて作業者に異常が生じたことを報知し、作業者が発酵の停止又は発酵の調整を行う。また、制御部25は、発酵に異常が生じたと判断した場合に、自動的に発酵の停止又は発酵の調整をさせてもよい。これにより、発酵中止又は発酵調整の判断が容易になり、異物・オフフレーバー検知が可能になる。発酵は、例えば、発酵物の混ぜ合わせ、発酵物への材料もしくは添加物の添加、発酵物の温度調節、発酵物の攪拌調節などにより調整することができる。
【0052】
制御部25は、例えば、IMSスペクトルに正常時情報にないピークが出現した場合、ピーク強度の増加の仕方が正常時情報と著しく異なる場合、ピーク強度比が正常時情報と著しく異なる場合などを発酵異常と判断することができる。
図6に通常時と異常時のIMSスペクトルを示す。異常時のIMSスペクトルには、通常時には見られないピークがある。このようなピークが検出された場合は、発酵の失敗や異物の混入が疑われるため、制御部25は、報知部27を用いて異常があることを作業者に知らせる。
その他の構成は第1~第5実施形態と同様である。また、第1~第5実施形態についての記載は矛盾がない限り第6実施形態についても当てはまる。
【0053】
第7実施形態
第7実施形態の発酵管理方法は、発酵物用容器2中の発酵物3を除去し発酵物用容器2を洗浄する洗浄ステップと、洗浄ステップ後に行う洗浄バリデーションステップとを含む。洗浄バリデーションステップは、洗浄後の発酵物用容器2の内部の気体をイオン移動度分析により分析し残留発酵物に起因するピーク強度若しくはピーク面積又は残留洗浄剤に起因するピーク強度若しくはピーク面積が残留許容値以下であることを確認するステップである。
【0054】
発酵物用タンクを洗浄して異なる製品を作る際に、発酵物用タンクに残留した発酵物3や残留した洗浄剤が製品の品質に影響を与える可能性がある。そこで、洗浄した空の発酵物用タンク中の空気をキャリアガスとともにイオン移動度分析装置に試料ガスとして供給し、イオン移動度分析を行う。そして得られたIMSスペクトルに、残留した発酵物3に起因するピークのIMS強度や残留した洗浄剤に起因するピークのIMS強度が残留許容値以下であることを確認する。キャリアガスは湿度5%以上の空気が好ましい。
その他の構成は第1~第6実施形態と同様である。また、第1~第6実施形態についての記載は矛盾がない限り第7実施形態についても当てはまる。
【0055】
ヨーグルトの発酵により産生される物質の測定
図1に示したような発酵物用容器を用いて牛乳を発酵させヨーグルトを製造した。また、発酵期間中において発酵物用容器のヘッドスペースの気体(相対湿度40%程度)をイオン移動度分析装置を用いて繰り返し分析し、分析ごとにIMSスペクトルを得た。また、pH電極を用いてヨーグルトのpHを測定した。
【0056】
発酵開始から1時間後、2時間後、及び3時間後に得られたIMSスペクトルを図7に示す。得られたIMSスペクトルには、約10.2ミリ秒、約11ミリ秒、約12.5ミリ秒、約14ミリ秒、約15.3ミリ秒にそれぞれ主なピークが現れた。10.2ミリ秒の大きなピークは、キャリアガスである空気がイオン化したイオンのピークである。その他の4つのピークは、ヨーグルトの発酵に伴い産生した物質のピークであり、11ミリ秒のピークは乳酸のピークであると考えられる(このピークは乳酸とその他の混合物の複合ピークである可能性がある)。図7に示したIMSスペクトルのように、ヨーグルトの発酵に伴い産生した物質のピークの高さは、発酵時間が長くなるほど高くなった。従って、これらのピーク高さ又はピーク面積を発酵進行の指標として使用できることがわかった。
【0057】
図8は、発酵中における、基準物質とした有機酸のピーク(約11ミリ秒のピーク)のIMS強度(ピーク高さ)の変化と、pH電極を用いて測定したヨーグルトのpHの変化とを示すグラフである。発酵が進むと、pHは徐々に小さくなり、IMS強度は徐々に上昇した。従って、有機酸のピークのIMS強度とpHとの間には相関関係があることがわかった。
ヨーグルトはpHを測定しモニタリングすることによって発酵管理が可能であることが知られている。従って、図8のグラフのような相関関係を用いることにより、IMS強度をモニタリングすることでもヨーグルトの発酵を管理することができる。
【0058】
例えば、ヨーグルトの発酵をpH4.6で終了する場合は、図8のようにIMS強度(回収電流)が530pAとなる発酵時間で発酵を終了する。発酵が良好に進んでいない場合は、発酵時間に対するIMS強度の割合が変わるため、IMS強度の推移をモニタリングすることで、早期に発酵の良し悪しを判断することができる。
なお、図8の事例ではpH4.6のときのIMS強度(回収電流)は530pAであったが、電子放出素子の出力やIMSの電位設定および検出電流の演算方法等によってIMS強度は変わるため、測定時の適正なIMS強度の値で発酵を制御すればよい。
【0059】
電子放出素子作製
図2に示したような電子放出素子を作製した。下部電極にはアルミニウム板を用い、中間層には、銀微粒子を含むシリコーン樹脂を用い、表面電極は金電極とした。また、中間層の厚さは1.0μmとした。作製した電子放出素子を用いて図2に示したような電気回路を作製し、下部電極と表面電極との間に印加する電圧(素子駆動電圧)を徐々に増加させて、対向電極からグラウンドに流れる回収電流(電子放出素子から電子が放出されることにより流れる電流)を測定した。
大気中での測定結果を図9に示す。この結果から、下部電極と表面電極との間には8V以上の電圧を印加することにより、電子放出素子から放出される電子の量を多くすることができることがわかった。
【0060】
作製した電子放出素子を図1に示したようなイオン移動度分析装置に組み込み、加湿空気を試料ガスとしてイオン移動度分析を行った。
素子駆動電圧を17V以上にすると、図10のようにIMSスペクトルに第一の空気イオンのピークに加えて第二の空気イオンのピークが出現した。このように空気のイオンが複数になると、空気のイオンと試料物質との反応が複雑になり、試料ピークの強度が変動することがある。そのため、素子駆動電圧は16V以下が好ましい。
第二の空気イオンがIMSの定量性に影響を及ぼさない場合は、電子放出素子の破壊が起こる60Vまで素子駆動電圧をかけることができる。ただし、電子放出素子の厚み、材質、材料混合比、駆動方法、動作環境によって、電子放出素子から放出される電子の量やエネルギー、素子の耐電圧が変わるため、素子駆動電圧の最大の範囲は6-60Vとする。
【符号の説明】
【0061】
2:発酵物用容器 3:発酵物 4:電子放出素子 5:下部電極 6:中間層 7:表面電極 8:対向電極 9:ヘッドスペース 12:筐体 13:ゲート電極 14a~14h:分離電極 15:アパーチャグリッド 16:イオン検出器 17a、17b:バルブ 21:反応室 22:ドリフト領域 25:制御部 26:電源部 27:報知部 30: イオン移動度分析装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10