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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】コラーゲンキセロゲル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08H 1/00 20060101AFI20240430BHJP
   C07K 14/78 20060101ALN20240430BHJP
【FI】
C08H1/00
C07K14/78
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019225120
(22)【出願日】2019-12-13
(65)【公開番号】P2021095429
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-11-15
(73)【特許権者】
【識別番号】390000929
【氏名又は名称】祐徳薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000590
【氏名又は名称】弁理士法人 小野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮内 翔平
(72)【発明者】
【氏名】西村 彩子
【審査官】久保 道弘
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/064807(WO,A1)
【文献】特開2017-149814(JP,A)
【文献】特開2019-123845(JP,A)
【文献】国際公開第2005/079879(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08H 1/00-1/06
C07K 14/00-14/825
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲン溶液を鋳型に充填した後、鋳型全体を無機塩化合物水溶液中に浸漬し、コラーゲンゲルを得る工程を含み、コラーゲンがブタ皮膚由来アテロコラーゲンであるコラーゲンキセロゲルの製造方法。
【請求項2】
コラーゲン溶液中のコラーゲン濃度が1~8w/v%である請求項1記載のコラーゲンキセロゲルの製造方法。
【請求項3】
無機塩化合物が、無機炭酸塩類である1種以上の化合物と、無機塩化物及び無機リン酸塩類よりなる群から選ばれる1種以上の化合物である請求項1または2に記載のコラーゲンキセロゲルの製造方法。
【請求項4】
無機塩化合物水溶液の25℃におけるpHが、7.4~11.0である、請求項1~3のいずれかの項記載のコラーゲンキセロゲルの製造方法。
【請求項5】
無機塩化合物水溶液に含まれるイオン種A、B、C...それぞれのモル濃度(mol/L)をm 、m 、m ...、それぞれの電荷数をZ 、Z 、Z ...としたときに以下の式で算出されるイオン強度が0.07~0.75である、請求項1~4のいずれかの項記載のコラーゲンキセロゲルの製造方法。
[式1]
【請求項6】
請求項1~5のいずれかの項に記載の製造方法によって得られたコラーゲンキセロゲル。
【請求項7】
膜状としたときの波長400nmの可視光の透過率が41%以上である請求項6に記載のコラーゲンキセロゲル。
【請求項8】
膜状としたときの湾曲部分の断面の曲率半径が1.50mm以上である請求項または記載のコラーゲンキセロゲル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コラーゲンキセロゲル及びその製造方法に関する。さらに詳しくは、コラーゲンを線維化して成る実験用細胞培養担体、医療用生体移植材料等に利用可能なコラーゲンキセロゲル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲンは生体内に存在するタンパク質のひとつである。ヒトにおいては全身のタンパク質の約30%を占め、特に皮膚、骨、軟骨、腱及び血管壁に多く存在する。コラーゲンの分子量は約30万であり、分子量約10万のポリペプチド鎖3本から成る三重らせん構造を形成している。コラーゲンはその由来となる動物及びその組織によってアミノ酸配列順序及びアミノ酸組成比が異なる多数の分子種が存在する。
【0003】
コラーゲンは生体内で細胞外マトリックスとして細胞の足場としての役割を果たすと同時に、増殖、分化及び形態形成に影響を与えることが知られており、古くより細胞培養担体として利用され、近年では生体移植材料としても応用されている。
【0004】
このうち、細胞培養担体としてはコラーゲンコートが施された各種培養シャーレやフラスコが市販されており、またコラーゲンゲル中に細胞を分散させて培養する包埋培養法が知られている。生体移植材料としては細胞を担持したコラーゲンゲル材料、溶液状態で移植し生体内でゲル化させるインジェクタブルゲル、コラーゲンゲルを乾燥して膜状あるいはスポンジ状に加工した材料などが存在する。
【0005】
また、コラーゲンから成る生体移植材料として、非特許文献1には軟骨移植用材料、特許文献1には生体内注入用ゲル化材料、特許文献2には人工皮膚材料などが開示されている。このようにコラーゲンから成る生体移植材の形状はさまざまであるが、コラーゲンゲルを応用して加工、成形された材料が多い。
【0006】
生体移植材料としての応用が期待される新規なコラーゲン材料として、「コラーゲンビトリゲル」がある。「ビトリゲル(Vitrigel)(登録第5602094号商標)」は竹澤らにより命名された新しい学術用語で、従来の細胞外マトリックス等のハイドロゲルをガラス化(vitrification)した後に再水和して得られる安定した状態にあるゲルと定義されている(非特許文献2)。細胞外マトリックスの一つであるコラーゲンから形成されるコラーゲンビトリゲルは、高密度のコラーゲン線維から成るものである。
【0007】
このコラーゲンビトリゲルの薄膜は、従来の板状のコラーゲンゲル材料に比して薄く、強度が高い特徴を持ち、生体移植材料としての応用が期待されている。例えば、非特許文献3には、ブタ皮膚由来アテロコラーゲンを原料としたコラーゲンビトリゲル薄膜から成る軟骨移植用材料が開示されている。また、ウシ皮膚由来ネイティブコラーゲンを原料としたコラーゲンビトリゲルの乾燥体(コラーゲンキセロゲル)はすでに細胞培養用基材として製品化されている(関東化学(株)#ad-MEDビトリゲル(登録商標))。
【0008】
このような膜状のコラーゲンキセロゲルの厚さ及び膜強度は、その用途に応じて設定されるが、例えば生体移植材料用途としても、鼓膜、角膜、皮膚、気管、軟骨など目的とする組織に応じて、適した膜厚と強度の範囲は異なる。
【0009】
従来、コラーゲンキセロゲルの調製方法として、ゲル化剤溶液とコラーゲン溶液を混合してコラーゲンゾルとし、これを培養シャーレ等の鋳型の中に所定の液面の高さまで注いだ後ゲル化させ膜状のコラーゲンゲルとして、さらにそれを乾燥しガラス化する方法が採用されてきた。この方法では、コラーゲン溶液またはゲル化剤溶液の粘度が高いと、これらを均一に混合することが困難になり、不均一なゲルを形成しやすいため、それぞれの粘度を一定範囲以下にする必要があった。特にコラーゲン溶液は粘度が高く、コラーゲン濃度を1w/v%よりも高くするとゲル化剤溶液との均一混合が困難となる。そのため、単位面積あたりのコラーゲン量を増加させようとすると、コラーゲン溶液のコラーゲン濃度ではなく、コラーゲンゾルを鋳型に注入した際の液面の高さを調整して、コラーゲンゲルの厚さを厚くする必要があった。例えば、コラーゲンゾル中のコラーゲン濃度が0.5w/v%の場合、単位面積あたりのコラーゲン量が5mg/cmでコラーゲンゲルの厚さは10mmになる。コラーゲンゲルの厚さが厚くなるほどその自重でゲルが崩壊しやすくなるため、コラーゲンゲルの厚さを厚くして単位面積あたりのコラーゲン量を増やすには限界があった。
【0010】
さらに、この方法では、コラーゲン溶液とゲル化剤溶液を混合してコラーゲンゾルを調製するため、コラーゲンゾル中に水が多く含まれる。単位面積あたりのコラーゲン量を増加させる(コラーゲンゲルの厚さを厚くする)ほど、またサイズ(面積)を大きくするほど、コラーゲンゲル中の総水分含有量はさらに増加し、コラーゲンゲルを均一に乾燥することが困難になるため、結果的に得られるコラーゲンキセロゲルはしわ、反り及びうねり等が生じやすく、透明性も低くなる傾向にあった。例えば、コラーゲンビトリゲル薄膜及びその乾燥体であるコラーゲンキセロゲルは単位面積あたりのコラーゲン量が0.55~10.0mg/cmの範囲で製造が可能であることが報告されているが(非特許文献4)、実際には、単位面積あたりのコラーゲン量が2.5mg/cm以上、25cm以上のサイズで製造した場合には、しわ、反り及びうねりが生じやすく、均質で透明性の高いコラーゲンキセロゲルを得ることは難しかった。
【0011】
また、コラーゲン溶液とゲル化剤溶液を混合すると比較的速やかにゲル化が起こるため、コラーゲン溶液とゲル化剤溶液の混合と、鋳型へのコラーゲンゾルの充填までの処理を短時間で行わなければ、部分的なコラーゲンのゲル化が起こり、最終的に得られるコラーゲンキセロゲルも不均一となってしまうが、短時間で、一度に大量のコラーゲン溶液とゲル化剤を混合し、鋳型への充填まで行うことは困難であり、工業的、機械的製造上生産効率が低いものであった。
【0012】
このように、従来のコラーゲンキセロゲルの製造方法は、製造サイズ、単位面積あたりのコラーゲン量等において制約が大きく、工業的、機械的生産に適したものとは言い難い。これに対して、コラーゲン溶液中のコラーゲン濃度を高めることで、コラーゲンゲルの厚さを厚くすることなく、単位面積あたりのコラーゲン量を増加させことができ、さらにサイズ(面積)を大きくしても均質で透明性の高いコラーゲンキセロゲルを得ることができれば、裁断の仕方による形状の設計自由度が高まり、生体移植材料としての対象も拡大して、コラーゲンキセロゲル及びその水和体であるコラーゲンビトリゲルの材料としての応用範囲が広がるとともに、生産効率が向上し、工業的な大量生産が実現され得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特許第6071468号公報
【文献】特許第4674211号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】菅原桂、“培養軟骨による軟骨欠損治療の最近の進歩”、人工臓器、日本人工臓器学会、2013年、42巻、3号、p.198‐200
【文献】Toshiaki Takezawa,”Collagen Vitrigel:A Novulel Scaffold That Can Facilitate a Three-Dimensional Caluture for Reconstructiong Organoids”,Cell transplantation,2004年,Vol13,p.463‐473
【文献】Hideaki Maruki,”Effects of a sell-free method using kollagen vulitrigel incorporating TGF-be-ta1 on articular cartilage repair in a rabbit osteochondral defect model”,Journal of Biomedical Materials Research B,2016年
【文献】“医薬品作物、医療用素材等の開発 研究成果第561集”、農林水産省農林水産技術会議事務局、2016年、P.315‐322
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の課題は単位面積あたりのコラーゲン量を高めた場合や、製造サイズを大きくした場合でも、均質で透明性が高いコラーゲンキセロゲルを得ることができる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、コラーゲン溶液を無機塩化合物水溶液中に浸漬することによって、コラーゲンゲルを調製することが可能であり、この方法では、コラーゲン溶液とゲル化剤溶液の混合を行わないことから、コラーゲン溶液中のコラーゲン濃度を高めることで単位面積あたりのコラーゲン量を増加でき、また不均一な部分的ゲル化が生じないためコラーゲンゲルの均一性が高くなることに加え、コラーゲンゲル中の水分含量を抑えることができ、均一な乾燥が可能になるため、コラーゲンゲルを乾燥して得られるコラーゲンキセロゲルも、しわ、反り、うねりが抑制され、均質で透明性が高いものとなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明はコラーゲン溶液を無機塩化合物水溶液に浸漬し、コラーゲンゲルを得る工程を含むことを特徴とするコラーゲンキセロゲルの製造方法である。
【0018】
また本発明は、上記製造方法によって得られ、所定の膜厚における波長400nmの可視光の透過率が41%以上、または湾曲部分の断面の曲率半径が1.50mm以上であるコラーゲンキセロゲルである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、単位面積あたりのコラーゲン量を増加させた場合や、製造サイズを大きくした場合でも、しわ、反り及びうねりが抑制され、均質で透明性が高いコラーゲンキセロゲルが得られる。
【0020】
本発明の製造方法は、ゲル化剤溶液とコラーゲン溶液の混合工程が不要であるため、そのための設備及び工程を省略することができる。また従来の製法は、コラーゲン溶液のコラーゲン濃度に制約があり、十分なコラーゲンゲルの強度が得られなかったため、洗浄(脱塩)処理を行う場合には、コラーゲンゲルをガラス化してコラーゲンキセロゲルとしてその強度を高めたうえで、洗浄(脱塩)処理を施す必要があったが、本発明ではより高濃度のコラーゲン溶液を使用することができるため、ガラス化することなく、コラーゲンゲルをそのまま洗浄(脱塩)処理することができる。したがって、コラーゲンゲルから、コラーゲンビトリゲルを経由することなく、直接コラーゲンキセロゲルを製造することができ、全体の工程を短縮・簡略化することが可能となる。さらにコラーゲンゲルの水分含量を低くすることが可能であるため、乾燥を短時間で効率よく行うことができ、生産効率を向上し得る。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】比較例1のコラーゲンキセロゲルの写真である。
図2】実施例1のコラーゲンキセロゲルの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本明細書において、コラーゲンキセロゲルとは、コラーゲンゲルを乾燥してガラス化したものである。コラーゲンキセロゲルを水和するとコラーゲンビトリゲルが得られるが、さらにコラーゲンビトリゲルを乾燥したコラーゲンビトリゲル乾燥体は、実質的にコラーゲンキセロゲルと同等のものであるため、本明細書において、コラーゲンキセロゲルには、コラーゲンゲルを乾燥したもののほか、コラーゲンビトリゲル乾燥体が含まれる。このように、コラーゲンキセロゲルとコラーゲンビトリゲルは、水和と乾燥(ガラス化)により可逆的に調製され得るものである。
【0023】
本発明のコラーゲンキセロゲルの製造方法は、コラーゲン溶液を無機塩化合物水溶液に浸漬し、コラーゲンゲルを得る工程を含むことを特徴とする。
【0024】
本発明に用いられるコラーゲンは、その由来となる動物種について特に限定されるものではなく、種々のものを使用できる。例えば、哺乳類由来コラーゲン(例えば、ウシ由来コラーゲン、ブタ由来コラーゲン、ヤギ由来コラーゲン、ヒツジ由来コラーゲン、又はサル由来コラーゲン)、鳥類由来コラーゲン(例えば、ニワトリ由来コラーゲン、ガチョウ由来コラーゲン、アヒル由来コラーゲン、又はダチョウ由来コラーゲン)、魚類由来コラーゲン(例えば、サケ由来コラーゲン、タイ由来コラーゲン、マグロ由来コラーゲン、テラピア由来コラーゲン、又はサメ由来コラーゲン)、爬虫類由来コラーゲン(例えば、ワニ由来コラーゲン)、両生類由来コラーゲン(例えば、カエル由来コラーゲン)、無脊椎動物由来コラーゲン(例えば、クラゲ由来コラーゲン)を利用することができる。また前記コラーゲンの由来となる部位についても特に限定されるものではなく、例えば、皮膚、骨、軟骨、筋肉、又は鱗を挙げることができる。
【0025】
本発明において、好ましく用いられるコラーゲンは、ヒトの生体温度である37℃以下で変性せず安定なコラーゲンである。コラーゲンの変性温度はその由来となる生物の生息域に関係し、魚類等水生生物のコラーゲンはヒトのそれと比べて低温域に変性温度がある。したがって、コラーゲンの変性温度がヒトに近い陸生生物由来コラーゲンが好ましく、工業的な安定供給の面から畜産動物からコラーゲンを得ることが好ましい。畜産動物としては、ウシやブタが挙げられるが、ウシはBSE(牛海綿状脳症)等の病原体を保有する危険性があるため好ましくなく、ブタが好ましい。
【0026】
さらに本発明に用いられるコラーゲンは、線維性コラーゲンであればその分子構造について限定されるものではなく、分子種(型)としては、例えば、I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、又はV型コラーゲンが挙げられる。特にI型コラーゲンあるいはIII型コラーゲンを主成分として構成されるコラーゲンは工業的に収量が多く比較的安価で安定的に供給可能である点から好ましい。また、コラーゲン分子の末端に存在する非らせん構造領域(テロペプチド)は抗原性を有するため、このテロペプチドを酵素処理により除去(アテロ化)したアテロコラーゲンを用いることが好ましい。
【0027】
このコラーゲンは、ゲル化にあたっては水等の溶媒に溶解した溶液の状態で使用することが好ましく、pH2.0~6.0の酸可溶化コラーゲン溶液であることが好ましい。pHが2.0よりも低い場合、コラーゲン分子の加水分解の可能性があり、pHが6.0よりも高い場合はコラーゲンが十分に可溶化されない可能性があり、共に好ましくない。
【0028】
コラーゲン溶液中のコラーゲン濃度は特に限定されるものではないが、無機塩化合物水溶液に浸漬した際に、無機塩化合物水溶液中に拡散・混合しないよう一定の粘度を有することが好ましい。例えば、コラーゲン濃度が1.0w/v%~8.0w/v%の範囲であることが好ましく、さらに好ましくは2.0w/v%~4.0w/v%の範囲である。このような範囲とすることで、コラーゲン溶液が無機塩化合物水溶液に拡散・混合することなく、コラーゲン溶液中に無機塩化合物水溶液が徐々に浸透していき、それに伴ってゲル化が緩やかに進行するため、均質なゲルが形成されるとともに、十分なゲル強度を備えたものとなる。そのため、洗浄(脱塩)処理を行う場合には、ガラス化のための乾燥工程を経ることなく、コラーゲンゲルをそのまま洗浄(脱塩)処理に付すことが可能となる。
【0029】
無機塩化合物水溶液に含まれる無機塩化合物としては、無機炭酸塩類(無機炭酸塩、無機炭酸水素塩)、無機塩化物及び無機リン酸塩類(無機リン酸塩、無機リン酸水素塩)等が挙げられる。無機炭酸塩類、無機塩化物及び無機リン酸塩類は、水に対して易溶性なものであればその分子構造について限定されるものではなく、無機炭酸塩類としては、例えば、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の無機炭酸塩や、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等の無機炭酸水素塩を利用することができる。また無機塩化物としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム等の無機塩化物が挙げられ、無機リン酸塩類としては、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム等の無機リン酸塩や、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素カルシウム等の無機リン酸水素塩を利用することができる。これらのうち、コラーゲンの線維化(自己組織化)の惹起及び均質なゲル形成等の観点から、無機炭酸塩類である1種以上の化合物と、無機塩化物及び無機リン酸塩類から選ばれる1種以上の化合物を組み合わせることが好ましく、例えば、無機炭酸水素塩である炭酸水素ナトリウムと、無機塩化物である塩化ナトリウムとの組み合わせ、無機炭酸塩である炭酸ナトリウム、無機塩化物である塩化ナトリウムと、無機リン酸水素塩であるリン酸水素二ナトリウムの組み合わせ等が例示できる。
【0030】
無機塩化合物水溶液中の無機塩化合物のイオン強度は、特に制限されるものではないが、コラーゲンゲルの均質性等の観点から、0.07~0.75が好ましく、0.10~0.6がより好ましく、特に0.14~0.44が好ましい。また,pHは7.4~11.0が好ましく、8.0~10.8がより好ましく、特に8.2~10.6が好ましい。コラーゲン溶液を無機塩化合物水溶液中に浸漬するにあたって、コラーゲン溶液に対する無機塩化合物水溶液の量は、コラーゲン溶液全体が無機塩化合物水溶液中に浸漬する量が好ましく、具体的には、コラーゲン溶液に対し、5~20容量倍が好ましく、10~15容量倍がより好ましい。また膜状とする場合、コラーゲンキセロゲルの均質性等の観点から、コラーゲン溶液の少なくとも一方の表面の全部が無機塩化合物水溶液と接触するように浸漬することが好ましい。好ましい一態様として、例えば、コラーゲン溶液を升型など任意の形状の鋳型に充填して膜状に成形した後、コラーゲン溶液を含む鋳型全体を無機塩化合物水溶液中に浸漬する方法を示すことができる。
【0031】
浸漬処理の温度は使用するコラーゲンの変性温度を基準にして決定することが好ましい。コラーゲンの線維化はコラーゲンの変性温度付近で惹起され、変性温度を大きく下回る温度では線維化が惹起されない。すなわち、変性温度に対して-20℃以上であり、変性温度以下の範囲であることが好ましい。例えば、ブタ由来コラーゲンの変性温度は41℃であるため、21℃~41℃の範囲が好ましい。また浸漬処理の時間は1~8時間が好ましく、2~4時間がより好ましい。このように浸漬処理することにより、コラーゲンが線維化され、コラーゲンゲルが形成される。
【0032】
上記のようにして得られるコラーゲンゲルの厚みは、その用途等に応じて適宜設定されるが、しわ、反り、うねりの抑制等の観点から、5mm以下であることが好ましく、3mm以下がより好ましい。
【0033】
またコラーゲンゲルの製造サイズ(面積)も特に限定されるものではないが、しわ、反り、うねりの抑制等の観点から、4cm~2500cmであることが好ましく、25cm~900cmであることがより好ましい。
【0034】
コラーゲンゲルは次いで乾燥処理に付され、ガラス化されることによって本発明のコラーゲンキセロゲルが得られる。この「ガラス化(vitrification)」とは、例えば、鶏卵のタンパク質(白身)等の熱変性タンパク質のハイドロゲルを乾燥し、水分を十分に除去することで、硬質で透明度の高いガラス様の物質に変化する現象を意味する(Takushi Eisei、“Edible eyeballs from fish”、Nature、1990年、Vol345、p.298‐299)。
【0035】
本発明において、コラーゲンゲルをガラス化するための乾燥方法としては、風乾を用いることが好ましく、また、その温度としてはコラーゲンの変性温度以下であることが好ましい。より具体的には、風乾に恒温恒湿機を用い、例えば、温湿度条件25℃、40%RH程度の条件下にコラーゲンゲルを12~24時間静置させて、コラーゲンゲルのガラス化を行うことが好ましい。
【0036】
このようにして得られたコラーゲンキセロゲルは、再水和することでコラーゲンビトリゲルとすることができる。コラーゲンキセロゲルの再水和に用いる溶液は、緩衝域が中性域にある緩衝液又は滅菌水を用いることができ、緩衝域が中性域(例えば、pH6.0~8.0程度)にある緩衝液としては、例えば、生理食塩水、リン酸緩衝液を挙げることができる。上記再水和にあたっては、コラーゲンキセロゲル10mgあたり1.0mL以上のD‐PBS(-)に30分以上浸漬して水和させることが好ましい。水和に用いる滅菌水または水溶液の温度は、使用するコラーゲンの変性温度を大きく下回る温度であることが好ましく、変性温度に対して-20℃以下が好ましい。以上のようにして、水和物としてコラーゲンビトリゲルが調製される。このコラーゲンビトリゲルは、それ自体の強度が高く、工業的、機械的に製造、加工が容易であり、取扱いやすいものである。そして、このコラーゲンビトリゲルは、その製造工程で使用するゲル化剤、再水和剤の成分として無機炭酸塩類、無機塩化物、無機リン酸塩類等の無機化合物しか使用せず、従来使用されていた培地成分や有機物は使用しないため、例えば、生体的に安全性の高い医療用コラーゲンビトリゲルとして利用可能である。
【0037】
上記コラーゲンビトリゲルは、更に乾燥(ガラス化)させることで再びコラーゲンキセロゲルとすることができる。乾燥条件等は、上記したコラーゲンゲルを乾燥してコラーゲンキセロゲルとする場合と同様にすればよい。
【0038】
コラーゲンキセロゲルを製造するにあたって、ゲル化、水和のために使用される無機化合物が乾燥により濃縮され結晶として析出することがあり、このような結晶はコラーゲンキセロゲルの表面に不均一に析出するため、見た目を損なうとともに、製品の均一性に問題を生じるおそれがある。そのため、コラーゲンゲルまたはコラーゲンビトリゲルの状態において、洗浄(脱塩)処理を行うことが好ましい。洗浄(脱塩)処理は、コラーゲンゲルまたはコラーゲンビトリゲルを、滅菌水またはpHが中性域(例えば、pH6.0~8.0程度)にある水溶液に浸漬することにより行われる。滅菌水または水溶液の温度は、使用するコラーゲンの変性温度を大きく下回る温度であることが好ましく、変性温度に対して-20℃以下が好ましい。コラーゲンゲルを洗浄(脱塩)処理すれば、コラーゲンビトリゲルを経由することなく、洗浄処理後乾燥することで直接コラーゲンキセロゲルが得られ、全体の工程を短縮・簡略化することができる。
【0039】
以上のようにして得られる本発明のコラーゲンキセロゲルの厚さは特に制限されるものではなく、用途に応じて適宜設定されるが、例えば10~100μmが好ましく、30~50μmがより好ましい。膜厚はダイヤルゲージPEACOCK No.5((株)尾崎製作所)によって測定される。
【0040】
またコラーゲンキセロゲルは透明性が高いものであり、例えば、その透過率が41%以上であることが好ましく、70%以上がより好ましい。本明細書において、コラーゲンキセロゲルの透過率は、膜状としたときの波長400nmにおける可視光の透過率を意味し、例えば、厚さ30~50μmの薄膜状としたときの波長400nmにおける可視光の透過率であり、試験例2に記載の方法によって測定することができる。
【0041】
またコラーゲンキセロゲルは、しわ、反り、うねり等が抑制されたものであり、例えば、その湾曲部分の断面の曲率半径が1.50mm以上であることが好ましく、2.50mm以上であることがより好ましい。本明細書において、コラーゲンキセロゲルの湾曲部分の断面の曲率半径とは、膜状としたときの膜の側面(周縁部ないし辺縁部断面)のうち最も大きく湾曲した部分の曲率半径をいい、例えば、厚さ30~50μmの薄膜状としたときの薄膜の側面(周縁部ないし辺縁部断面)のうち最も大きく湾曲した部分の曲率半径であり、試験例1に記載の方法によって測定することができる。
【0042】
コラーゲンキセロゲルは、それ自体が十分な強度があり、安全性が高いものであるため、特に医療用の、再生医療用細胞担体、創傷被覆材、人工皮膚等各組織の生体移植材料、癒着防止材等のデバイスとして利用可能である。またその形状は、用途に応じてさらに任意の形状に加工することができ、例えば、板状、膜状、棒状、糸状、筒状、管状、又は袋状に加工することができる。
【0043】
以下、実施例等を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
【実施例
【0044】
実施例1
(コラーゲン溶液の調製)
ブタ皮膚由来アテロコラーゲン(日本ハム(株)#NMPコラーゲンPS)4gを滅菌水200mLに溶解し、2w/v%コラーゲン溶液(pH2.5~3.5)を調製した。
【0045】
(無機塩化合物水溶液の調製)
塩化ナトリウム(和光純薬工業(株)#191‐01665)3.21g、炭酸水素ナトリウム(和光純薬工業(株)#191‐01305)0.46gを採り、滅菌水500mLに溶解し、無機塩化合物水溶液を調製した(イオン強度0.144、pH8.5)。イオン強度は、無機塩化合物水溶液に含まれる化合物のイオン種A、B、C...それぞれのモル濃度(mol/L)をm 、m 、m ...、それぞれの電荷数をZ 、Z 、Z ...とするとき下式により算出される。
[式2]
上記無機塩化合物水溶液に含まれるイオン種をA=Na 、B=Cl 、C=H 、D=CO 2- とし、NaClの分子量を58g/mol、NaHCO の分子量を84g/molとしたとき、
イオン種のモル濃度m 、m 、m 、m はそれぞれ、
=[3.21(g)/58(g/mol)+0.46(g)/84(g/mol)]×1/0.5(L)
=0.122mol/L
=3.21(g)/58(g/mol)×1/0.5(L)
=0.111mol/L
=0.46(g)/84(g/mol)×1/0.5(L)
=0.0110mol/L
=0.46(g)/84(g/mol)×1/0.5(L)
=0.0110mol/L
となり、イオン種の電荷数Z ,Z ,Z ,Z はそれぞれ
=1、Z =1、Z =1、Z =2
であるから、
イオン強度I
=1/2×(m ×Z +m ×Z +m ×Z +m ×Z
=1/2×(0.122×1 +0.111×1 +0.011×1 +0.011×2
=0.144
である
【0046】
(コラーゲン溶液の充填)
脱気した2w/v%コラーゲン溶液36mLを内寸120mm×120mmのシリコン樹脂製の升型の鋳型に入れ、高さ2.5mmとなるよう表面を均した。
【0047】
(コラーゲンゲルの調製)
2w/v%コラーゲン溶液を充填したシリコン樹脂製鋳型を37℃に加温した上記無機塩化合物水溶液500mLに浸漬した。37℃で4時間静置してコラーゲンを線維化させ、コラーゲンゲルを得た。
【0048】
(コラーゲンゲルの脱塩)
このコラーゲンゲルをシリコン樹脂製鋳型から取り出し、滅菌水に浸漬して脱塩した後、恒温恒湿機(25℃、40%RH)で18時間乾燥し、ガラス化させてコラーゲンキセロゲルを得た(図2)。コラーゲンキセロゲルの膜厚は40.8±4.2μm、単位面積あたりのコラーゲン量は5.0mg/cmであった。
【0049】
上記の操作を繰り返し、コラーゲンキセロゲルを3枚製造した。
【0050】
比較例1
(コラーゲン溶液の調製)
ブタ皮膚由来アテロコラーゲン2gを滅菌水200mLに溶解し、1w/v%コラーゲン溶液を調製した。
【0051】
(ゲル化剤溶液の調製)
ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM;Thermo Fisher Scientific#11885-084)490mLに1mol/L HEPES(4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸;Thermo Fisher Scientific#15630‐080)10mLを加え、均一に混和し、これをゲル化剤溶液とした。
【0052】
(コラーゲンビトリゲル及びコラーゲンキセロゲルの対応物の調製)
200mL容量のガラス瓶に上記ゲル化剤溶液と1w/v%コラーゲン溶液をそれぞれ55mL採り、均一に混和し、これをコラーゲンゾルとした。コラーゲンゾルの調製は氷冷下で行った。次いでポリスチレン製の角型シャーレ(245mm×245mm;Thermo Fisher Scientific#166508)にアクリル製の枠型の鋳型((株)コスモスビード、内寸100mm×100mm×高さ30mm)を置き、この鋳型内にコラーゲンゾル100mLを充填した。37℃の炭酸ガスインキュベーター(CO 5%)内に2時間静置してコラーゲンを線維化させ、コラーゲンゲルを得た。
【0053】
このコラーゲンゲルを恒温恒湿機(10℃、40%RH)で4日間乾燥し、ガラス化させ、さらにこれを、10mgあたり1.0mLのリン酸緩衝生理食塩水(D‐PBS(-);和光純薬工業(株)#045-29795)に浸漬して水和させ、コラーゲンビトリゲルを得た。コラーゲンビトリゲルをD‐PBS(-)で2回洗浄することで過剰な塩や他の成分を除去し、コラーゲンビトリゲル内をD‐PBS(-)に平衡化した後、再度乾燥し、ガラス化させ、コラーゲンキセロゲルの対応物を得た(図1)。単位面積あたりのコラーゲン量は5.0mg/cmであった。
【0054】
上記の操作を繰り返し、コラーゲンキセロゲルの対応物を3枚製造した。
【0055】
試験例1
(曲率半径測定)
実施例1のコラーゲンキセロゲル及び比較例1のコラーゲンキセロゲルの対応物について、その断面の曲率半径を測定した。曲率半径はデジタルマイクロスコープVHX-1000((株)キーエンス)で観察した断面像を画像解析し測定した。試験台に設置した100mm四方の試験片について、その一辺の最も湾曲した箇所について円周の1mm以上が試料と接するように円を描いた場合の曲率半径(mm)を測定した。この操作をそれぞれ3つの試験片について行った。結果を表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
試験例2
(透過率)
実施例1のコラーゲンキセロゲル及び比較例1のコラーゲンキセロゲルの対応物について、その吸光度を測定した。吸光度は紫外可視分光光度計V-550(日本分光(株))により測定した。測定は波長400.0nm、スペクトルバンド幅2.0nmの条件で行った。実施例1のコラーゲンキセロゲル又は比較例1のコラーゲンキセロゲルの対応物1枚から試験片(1.0cm×1.5cm)を3枚裁断し、試験片1枚につき3回測定を行い、3回の測定の平均をその試験片の吸光度とした。この操作をそれぞれ3つに試験片について行い、3つの吸光度から透過率を算出し、その平均値を求めた。透過率T[%]は下式より求めた。結果を表2に示す。
[式1]
【0058】
【表2】
【0059】
表1~2及び図1~2から明らかなように、実施例1のコラーゲンキセロゲルは、比較例1のコラーゲンキセロゲルの対応物と比較して、しわ、そり、うねりが抑制された均一で平滑なものであった。また透明性が高いものであり、そのばらつきも小さく均質であった。
【0060】
実施例2
無機塩化合物水溶液の調製において、炭酸水素ナトリウムの量を0.92gに変更した以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを製造したところ(無機塩化合物水溶液のイオン強度0.233、pH8.4)、実施例1と同等の曲率半径及び透明性のコラーゲンキセロゲルが得られた。
【0061】
実施例3
無機塩化合物水溶液の調製において、炭酸水素ナトリウムの量を1.38gに変更した以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを製造したところ(無機塩化合物水溶液のイオン強度0.322、pH8.2)、実施例1と同等の曲率半径及び透明性のコラーゲンキセロゲルが得られた。
【0062】
実施例4
無機塩化合物水溶液の調製において、塩化ナトリウムの量を9.63g、炭酸水素ナトリウムの量を1.38gに変更した以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを製造したところ(無機塩化合物水溶液のイオン強度0.432、pH8.3)、実施例1と同等の曲率半径及び透明性のコラーゲンキセロゲルが得られた。
【0063】
実施例5
無機塩化合物水溶液の調製において、塩化ナトリウムの量を16.05g、炭酸水素ナトリウムの量を2.31gに変更した以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを製造したところ(無機塩化合物水溶液のイオン強度0.720、pH8.2)、実施例1と同等の曲率半径及び透明性のコラーゲンキセロゲルが得られた。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上のように、本発明により、単位面積あたりのコラーゲン量を高めた場合や、製造サイズを大きくした場合でも、均質で透明性が高いコラーゲンキセロゲルを得ることができるため、裁断の仕方による形状の設計自由度が高まり、様々な生体組織の形状および物性が再現可能である。したがって、実験材料としての細胞培養担体、あるいは生体移植材料としての再生医療用細胞担体、創傷被覆材、人工皮膚、又は癒着防止材として有用である。
図1
図2