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特許7479665二酸化チタン皮膜を有するNiTi合金の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】二酸化チタン皮膜を有するNiTi合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/34 20060101AFI20240430BHJP
   C25D 11/26 20060101ALI20240430BHJP
   C23F 1/26 20060101ALI20240430BHJP
【FI】
C25D11/34 D
C25D11/26 302
C23F1/26
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020002959
(22)【出願日】2020-01-10
(65)【公開番号】P2021110006
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100202913
【弁理士】
【氏名又は名称】武山 敦史
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(72)【発明者】
【氏名】大津 直史
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 華子
(72)【発明者】
【氏名】谷保 大樹
(72)【発明者】
【氏名】駒井 しおり
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-133101(JP,A)
【文献】特開平02-298293(JP,A)
【文献】特表2015-511666(JP,A)
【文献】特表2005-516121(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/34
C25D 11/26
C23F 1/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
NiTi合金の表面からNiを溶出させることが可能な電解液中にNiTi合金を浸漬させる浸漬工程と、
前記浸漬工程で電解液中に浸漬されたNiTi合金に対して矩形波形のパルス電圧を周期的に印加することで、NiTi合金に電圧を印加することによる陽極酸化と電圧を印加しないことによるNiTi合金からのNiの溶出とを繰り返し、NiTi合金の表面にTiO皮膜を形成する陽極酸化処理を行う陽極酸化工程と、
を含み、
前記パルス電圧のパルス幅は、100ms~1sの範囲内であり、前記パルス電圧の周期に対する前記パルス幅の比であるデューティ比は、25%~50%の範囲内であり、前記パルス電圧の最大電圧は、10V~100Vの範囲内である、
NiTi合金の製造方法。
【請求項2】
前記浸漬工程における電解液は、硝酸若しくは硝酸塩を含む水溶液、又はリン酸若しくはリン酸塩を含む水溶液である、
請求項1に記載のNiTi合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化チタン皮膜を有するNiTi合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
NiTi(ニッケル-チタン)合金は、形状記憶合金の一種として知られており、例えば、血管ステント、歯科矯正ワイヤ、ガイドワイヤ等の医療器具の材料として用いられている。NiTi合金は、強度や耐食性等に優れているが、Niイオンが表面から溶出することがある。Niイオンは生体内で細胞毒性を示したりアレルギーを誘発したりすることがあるため、NiTi合金の表層におけるNi含有量を低下させ、Niイオンの溶出を抑制する試みがなされている。例えば、特許文献1には、NiTi合金の表層におけるNi含有量を低下させるために、NiTi合金の表面にTiO(二酸化チタン)皮膜を形成する表面処理方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-133101号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の方法では、硝酸又は硝酸塩を含む水溶液中でNiTi合金に対して陽極酸化処理を行うことで、NiTi合金の表面にTiO皮膜を形成する。TiO皮膜は生体親和性を有するため、TiO皮膜を有するNiTi合金は医療器具の材料として好適である。また、この方法は、熱処理が不要であるため、NiTi合金の組織や構造等が変化せず、超弾性、形状記憶等の重要な特性が損なわれることがない。とはいえ、特許文献1の方法では、TiO皮膜に形成された微細な孔からごく微量のNiイオンが溶出することがあり、Niイオンの溶出を抑制する点でさらなる改善の余地がある。
【0005】
本発明は、このような背景に基づいてなされたものであり、Niイオンの溶出を十分に抑制することが可能なTiO皮膜を有するNiTi合金の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明に係るTiO皮膜を有するNiTi合金の製造方法は、
NiTi合金の表面からNiを溶出させることが可能な電解液中にNiTi合金を浸漬させる浸漬工程と、
前記浸漬工程で電解液中に浸漬されたNiTi合金に対して矩形波形のパルス電圧を周期的に印加することで、NiTi合金に電圧を印加することによる陽極酸化と電圧を印加しないことによるNiTi合金からのNiの溶出とを繰り返し、NiTi合金の表面にTiO皮膜を形成する陽極酸化処理を行う陽極酸化工程と、
を含み、
前記パルス電圧のパルス幅は、100ms~1sの範囲内であり、前記パルス電圧の周期に対する前記パルス幅の比であるデューティ比は、25%~50%の範囲内であり、前記パルス電圧の最大電圧は、10V~100Vの範囲内である
【0010】
前記浸漬工程における電解液は、硝酸若しくは硝酸塩を含む水溶液、又はリン酸若しくはリン酸塩を含む水溶液であってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、Niイオンの溶出を十分に抑制することが可能なTiO皮膜を有するNiTi合金の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施の形態に係るNiTi合金の表面処理装置の構成を示す断面図である。
図2】本発明の実施の形態に係るNiTi合金に印加されるパルス電圧の波形の一例を示すグラフである。
図3】(a)~(d)は、実施例1における陽極酸化処理が施されたNiTi合金を撮影したFE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)画像である。
図4】(a)は、実施例2における陽極酸化処理が施されたNiTi合金からのNiイオン溶出量の平均値を示すグラフであり、(b)は、実施例2における陽極酸化処理が施されたNiTi合金からのNiイオン溶出量の測定値を示す図である。
図5】(a)~(f)は、実施例3における陽極酸化処理が施されたNiTi合金を撮影した画像である。
図6】実施例3における最大電圧5Vで陽極酸化処理が施されたNiTi合金を電解液に浸漬した場合のNiイオンの吸光度を示すグラフである。
図7】実施例4におけるNiTi合金からのNiイオン溶出量を示すグラフである。
図8】実施例5における電解液に3日間浸漬したNiTi合金からのNiイオン溶出量を示すグラフである。
図9】実施例5における骨芽細胞様細胞を7日間培養したNiTi合金表面の比生細胞数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るTiO皮膜を有するNiTi合金の製造方法の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0014】
図1は、実施の形態に係る表面処理装置1の構成を示す断面図である。表面処理装置1は、NiTi合金に含まれるNiイオンを溶出させることが可能な電解液2中で陽極酸化処理を行うことで、表面にTiO皮膜を有するNiTi合金を製造する装置である。表面処理装置1は、容器11と、アノード12と、カソード13と、パルス電源14と、を備える。各部は、電線15等を介して電気的に接続されている。
【0015】
容器11は、所定濃度のNiTi合金に含まれるNiイオンを溶出させる電解液2中でNiTi合金を浸漬させる容器である。NiTi合金に含まれるNiイオンを溶出させる電解液2は、例えば、硝酸又は硝酸塩を含む水溶液、リン酸又はリン酸塩を含む水溶液等であるが、好ましくは硝酸又は硝酸塩を含む水溶液である。硝酸イオン及びリン酸イオンは、強い酸化力を有するため、硝酸又は硝酸塩、リン酸又はリン酸塩を含む水溶液中でNiTi合金の表面からNiイオンを溶出させる。
【0016】
硝酸塩は、例えば、硝酸アンモニウム、硝酸カルシウム、Na、K等のアルカリ金属と硝酸との塩等である。リン酸塩は、例えば、リン酸アンモニウム、リン酸カルシウム、Na、K等のアルカリ金属とリン酸との塩等である。
【0017】
硝酸又は硝酸塩、リン酸又はリン酸塩を含む水溶液の濃度及び温度は、NiTi合金の表層におけるNiの溶出速度等を考慮して設定される。硝酸又は硝酸塩、リン酸又はリン酸塩を含む水溶液の濃度は、例えば、0.03M~0.3Mの範囲内であり、好ましくは0.05M~0.2Mの範囲内であり、さらに好ましくは0.1Mである。硝酸又は硝酸塩、リン酸又はリン酸塩を含む水溶液の温度は、例えば、10℃~30℃の範囲内であり、好ましくは20℃~30℃の範囲内であり、さらに好ましくは25℃である。
【0018】
アノード12は、TiO皮膜を形成する対象物であるNiTi合金がその役割を果たし、TiO皮膜の形成前に電線15に取り付けられ、TiO皮膜の形成後に電線15から取り外される。TiO皮膜を形成するNiTi合金は、いかなる形状であってもよく、例えば、板状、円柱状、ワイヤ状、球状、メッシュ状等であってもよい。NiTi合金は、超弾性、形状記憶等の特性を損なわない範囲で、Ni及びTi以外の金属元素を含んでもよい。
【0019】
アノード12は、電線15に対して着脱自在に接続される。例えば、アノード12側の電線15の端部に通電可能なクリップを設けておき、クリップでアノード12を挟むことでアノード12と電線15とを電気的に接続してもよい。
【0020】
カソード13は、化学的に安定している金属材料、例えば、白金で形成されている。カソード13は、電解液2に電子を供給可能であれば、いかなる形状であってもよい。カソード13は、例えばハンダ等により電線15の端部に接続されてもよい。
【0021】
パルス電源14は、アノード12とカソード13との間に電線15を介して接続され、同一形状の波形、例えば、矩形状の波形を有するパルス電圧を周期的に通電する。パルス電源14は、パルス電圧のパラメータを調整するための操作部を有し、操作部がユーザの操作を受け付けることで、パルス電圧のパルス幅、デューティ比及び最大電圧等を個別に調整できる。
【0022】
図2は、実施の形態に係るNiTi合金に印加されるパルス電圧の波形の一例を示すグラフである。パルス電圧は、所定の周期Tで印加される矩形状の波形を有するため、パルス幅tp、デューティ比及び最大電圧Vo’pの各パラメータにより特性を特定できる。デューティ比は、周期Tに対するパルス幅tpの比tp/Tで表すことができる。これらのパラメータは、NiTi合金の表面に形成されるTiO皮膜に、NiTi合金からのNiイオン溶出の要因となり得る微細な孔が形成されないように設定される。なお、NiTi合金にはパルス電圧が印加されるため、NiTi合金に印加される電流はパルス電流である。
【0023】
パルス電圧のパルス幅tpは、例えば、100ms~1sの範囲内であり、好ましくは100ms~0.5sの範囲内であり、さらに好ましくは100ms~250msの範囲内である。
【0024】
パルス電圧のデューティ比tp/Tは、百分率で表すと、例えば、25%~75%の範囲内であり、好ましくは25%~50%の範囲内である、さらに好ましくは25%である。
【0025】
パルス電圧の最大電圧Vo’pは、例えば、10V~100Vの範囲内であり、好ましくは10V~50Vの範囲内であり、さらに好ましくは10V~20Vの範囲内であり、より好ましくは10Vである。
【0026】
陽極酸化処理に要する時間(処理時間)は、TiO皮膜の膜厚等を考慮して設定される。処理時間は、例えば、30分間~20時間の範囲内であり、好ましくは30分間~1時間の範囲内である。
【0027】
連続通電を用いてNiTi合金に対して陽極酸化処理を施すと、電解液によりNiイオンが溶出する化学作用に比べて、通電によりTiとOとが結合する電気化学作用が優勢となる。このため、NiTi合金から十分にNiイオンが溶出しない状態で表面にTiO皮膜が形成され、結果としてTiO皮膜に多数の微細な孔が形成されると推察される。
【0028】
他方、実施の形態に係る表面処理装置1は、上記の構成を備えるため、NiTi合金に対してパルス電圧が間欠的に印加される。最大電圧が印加されるON時間では、NiTi合金に対して陽極酸化が強く作用し、NiTi合金のTiとOが結合し、TiO皮膜の形成が促進される。また、パルス電圧がゼロであるOFF時間では、NiTi合金に電圧が作用しないため、NiTi合金からのNiの溶出が促進される。OFF時間で表面からNiが溶出されたNiTi合金に対してON時間で陽極酸化処理を施すことで、TiO皮膜においてNiに由来する微細な孔の形成を抑制でき、結果としてTiO皮膜の微細な孔からのNiイオンの溶出を防止できる。
【0029】
次に、実施の形態に係る表面処理装置1を用いて実行されるNiTi合金の表面処理方法の流れを説明する。以下、カソード13は、電線15に予め接続されているものとする。
【0030】
まず、Niイオンを溶出可能な電解液2、例えば、所定濃度の硝酸又は硝酸塩を含む水溶液を容器11内に投入する。
【0031】
次に、陽極酸化処理を施す対象物であるNiTi合金をアノード12として電線15に接続し、容器11に貯留された硝酸又は硝酸塩を含む水溶液中に完全に浸す(浸漬工程)。
【0032】
次に、パルス電源14を起動し、アノード12とカソード13との間にパルス電圧を周期的に印加することで、NiTi合金に対して陽極酸化処理を実行する(陽極酸化工程)。パルス電源14は、所定のパルス幅、デューティ比及び最大電圧を供給するように設定されている。
【0033】
陽極酸化処理の開始から所定の処理時間が経過した後、パルス電源14の動作を停止させ、アノード12を電線から取り外す。そして、取り外したアノード12を水、エタノール等で洗浄し、処理を終了する。上記の処理によりNiTi合金には、電解液2と接触していた表面部分にNiイオンの溶出を促進する微細な孔を有さない平滑なTiO皮膜が形成される。
以上が、TiO皮膜を有するNiTi合金の表面処理方法の流れである。
【0034】
以上説明したように、実施の形態に係るNiTi合金の製造方法は、NiTi合金の表面からNiを溶出させることが可能な電解液2、例えば、硝酸又は硝酸塩を含む水溶液中にNiTi合金を浸漬させる浸漬工程と、浸漬工程で電解液2中に浸漬されたNiTi合金に対してパルス電圧を周期的に印加することで陽極酸化処理を行う陽極酸化工程と、を含む。このため、NiTi合金の表面に形成されたTiO皮膜にはNiイオンの溶出を促進する多数の微細な孔が形成されず、TiO皮膜からのNiイオンの溶出を抑制できる。
【0035】
本発明は上記実施の形態に限られず、以下に述べる変形も可能である。
【0036】
(変形例)
上記実施の形態では、Niイオンを溶出可能な電解液2を容器11内に投入してから、TiO皮膜を形成する対象物であるNiTi合金をアノード12として電線15に接続していたが、本発明はこれに限られない。例えば、TiO皮膜を形成する対象物であるNiTi合金をアノード12として電線15に接続し、容器11内に配置してから、Niイオンを溶出可能な電解液2を容器11内に投入してもよい。
【0037】
上記実施の形態では、NiTi合金に印加するパルス電圧の波形が矩形状であったが、本発明はこれに限られない。パルス電圧の波形は、NiTi合金に対してパルス電圧を間欠的に通電できればいかなる形状であってもよく、例えば、三角波パルス、正弦波パルスであってもよい。
【0038】
上記実施の形態では、NiTi合金に印加するパルス電圧は、同一形状の波形を繰り返したものであったが、本発明はこれに限られない。NiTi合金の表面のTiO皮膜に多数の微細な孔が形成されることを防止するには、パルス電圧をNiTi合金に間欠的に印加できさえすればよく、例えば、パルス電圧の波形の周期、パルス幅、最大電圧等を時間が経過するにつれて変化させてもよい。
【0039】
上記実施の形態は例示であり、本発明はこれらに限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した発明の趣旨を逸脱しない範囲でさまざまな実施の形態が可能である。各実施の形態や変形例で記載した構成要素は自由に組み合わせることが可能である。また、特許請求の範囲に記載した発明と均等な発明も本発明に含まれる。
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)
実施例1では、パルス電圧のパルス幅を変化させてNiTi合金に陽極酸化処理を施した実験とその結果を示す。陽極酸化処理で用いたパルス電圧のパルス幅は、10ms、100msである。デューティ比を50%としたため、パルス電圧の周期は、それぞれ20ms、200msである。パルス電圧の最大電圧は10Vであり、処理時間は120分である。電解液は、0.1MのHNO(硝酸)水溶液であり、その温度は、25℃である。
【0042】
まず、パルス幅10ms、100msのパルス電圧で陽極酸化処理を施したNiTi合金をFE-SEMで撮影し、表面状態を観察した。比較のため、連続通電により陽極酸化処理を施したNiTi合金及び未処理のNiTi合金も同様にFE-SEMで撮影し、表面状態を観察した。
【0043】
図3(a)~図3(d)は、連続通電、パルス幅10ms、パルス幅100ms及び未通電の各条件におけるNiTi合金を撮影したFE-SEM画像である。NiTi合金に対して連続通電を行った場合には、TiO皮膜の表面に多数の微細な孔が形成された。他方、パルス幅10ms、100msのパルス電圧を印加した場合には、平滑な表面を有するTiO皮膜が形成された。
【0044】
(実施例2)
実施例2では、パルス幅10ms、100msのパルス電圧で陽極酸化処理を施したNiTi合金を電解液に24時間浸漬し、NiTi合金表面からのNiイオン溶出量を測定した。その他の条件は実施例1の場合と同一である。比較のため、連続通電(デューティ比100%)を用いて陽極酸化処理を施したNiTi合金、及び未処理のNiTi合金についても同様に電解液に浸漬し、NiTi合金表面からのNiイオン溶出量を測定した。なお、各条件における標本数nは3である(n=3)。
【0045】
図4(a)は、各通電条件におけるNiTi合金表面からのNiイオン溶出量の平均値を示すグラフであり、図4(b)は、各通電条件におけるNiTi合金表面からのNiイオン溶出量を示す図である。連続通電の場合、Niイオン溶出量の測定の便宜上、電解液の濃度を5倍に希釈した上でNiイオン溶出量を測定した。図4(a)の連続通電のNiイオン溶出量は、図4(b)の連続通電のNiイオン溶出量を5倍した値である。
【0046】
連続通電(ON時間100%)の場合、Niイオン溶出量の平均値は、264μg/Lであった。これは、図3(a)に示すようにTiO皮膜に多数の微細な孔が形成され、これらの孔からNiイオンが溶出したためである。他方、パルス幅が10ms、100msの場合、Niイオン溶出量の平均値は、それぞれ13.1μg/L、2.4μg/Lであり、連続通電を行ったNiTi合金に比べてNiイオン溶出量を大幅に抑制されている。これは、図3(b)及び図3(c)に示すように、NiTi合金の表面に平滑なTiO皮膜が形成されたためである。未処理のNiTi合金の場合におけるNiイオン溶出量の平均値が5.1μg/Lであるため、パルス幅100msのパルス電圧で陽極酸化処理を施されたNiTi合金は、未処理のNiTi合金よりもNiイオン溶出量を抑制できることが理解できる。
【0047】
(実施例3)
実施例3では、パルス電圧の最大電圧を5VとしてNiTi合金に陽極酸化処理を施した実験とその結果を示す。その他の条件は実施例1の実験と同一である。
【0048】
図5(a)~図5(f)は、それぞれパルス電圧のパルス幅を1ms、10ms、100ms、250ms、0.5s、1sとして陽極酸化処理を施したNiTi合金を撮影した画像である。図5(a)~図5(f)から理解できるように、最大電圧を5Vに低下させると、パルス幅がどの条件であってもNiTi合金の表面にTiO皮膜を形成できなかった。電解液中のNiイオンの吸光度から検量線を作成できなかったため、以下に電解液中のNiイオンの吸光度を示す。
【0049】
図6は、最大電圧を5Vとした場合の電解液中のNiイオンの吸光度を示すグラフである。吸光度は、強度Iの入射光を物質に照射し、その透過後の光の強度をIとすると、-log(I/I)で表現される。吸光度は、光を吸収する物質の存在量に比例するため、吸光度が大きいほどNiイオン溶出量が多いと推定される。最大電圧5Vで陽極酸化処理を施されたNiTi合金では、パルス幅がどの条件であっても、未処理のNiTi合金よりもNi溶出量が増加した。以上から、最大電圧5Vのパルス電圧を用いた陽極酸化処理では、アノードとカソードとの間の距離、周期、デューティ比等の条件によっては、NiTi合金の表面にTiO皮膜を形成できず、NiTi合金からのNiイオン溶出も抑制できない場合があることが理解できる。
【0050】
(実施例4)
実施例4では、パルス電圧のデューティ比を変化させてNiTi合金に対して陽極酸化処理を施した実験とその結果を示す。デューティ比は、0%、25%、50%、75%、100%である。デューティ比0%は、未通電であることを示し、デューティ比100%は、連続通電であることを示す。パルス幅は、いずれの条件でも100msである。その他の条件は実施例1の場合と同様である。
【0051】
図7は、パルス電圧のデューティ比を変化させた場合のNiイオンの溶出量を示すグラフである。デューティ比100%の場合、Niイオン溶出量の測定の便宜上、電解液の濃度を5倍に希釈した上でNiイオン溶出量を測定した。デューティ比100%の場合、Niイオン溶出量は5倍希釈で60μg/L程度であったが、デューティ比が75%、50%、25%、0%と低下するにつれてNiイオン溶出量は減少した。
【0052】
(実施例5)
実施例5では、3日間電解液に浸漬した場合のNiイオン溶出量を測定する実験とその結果を示す。まず、実施例1~4の実験結果を踏まえ、パルス幅100ms、デューティ比50%、最大電圧10V、処理時間120分の条件で陽極酸化処理を施すことで、TiO皮膜を有するNiTi合金を作製した。陽極酸化処理では、電解液を0.1MのHNO水溶液とし、その温度を25℃とした。陽極酸化処理でTiO皮膜が形成されたNiTi合金の表面を#800のやすりで研磨し、3日間0.1MのHNO水溶液に浸漬し、Niイオン溶出量を測定した。比較のために、未処理のNiTi合金についても同様の方法でNiイオン溶出量を測定した。
【0053】
図8は、3日間浸漬したNiTi合金からのNiイオン溶出量を示すグラフである。未処理のNiTi合金におけるNiイオン溶出量は、5.6μg/Lであった。他方、陽極酸化処理が施されたNiイオン溶出量は、3.7μg/Lまで抑制された。以上から、NiTi合金に対する陽極酸化処理で用いるパルス電圧の条件を最適化することで、未処理のNiTi合金に比べてNiイオンの溶出を抑制できるTiO皮膜を形成できることが理解できる。
【0054】
実施例5では、NiTi合金表面に骨芽細胞様細胞(MC3T3-E1)を播種した後、7日間培養させ、7日目時点における比生細胞数を測定した。比較のために、未処理のNiTi合金についても同様の方法で比生細胞数を測定した。比生細胞数は、播種細胞数に対する生細胞数の比であり、この数値が高いほど生細胞数が多いことになり、生体安全性が高いと判断できる。
【0055】
図9は、骨芽細胞様細胞を7日間培養したNiTi合金表面の比生細胞数を示すグラフである。未処理のNiTi合金では、比生細胞数が15以下であったのに対し、陽極酸化処理を施したNiTi合金では、比生細胞数が25以上であった。以上から、本実施の形態の方法で陽極酸化処理を施したNiTi合金は未処理のNiTi合金と比較して生体安全性が高いことが理解できる。
【符号の説明】
【0056】
1 表面処理装置
2 電解液
11 容器
12 アノード
13 カソード
14 パルス電源
15 電線
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9