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特許7479667スルホニルアニリン骨格を有する化合物若しくはその塩、又はそれらを有する有機蛍光材料
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  • 特許-スルホニルアニリン骨格を有する化合物若しくはその塩、又はそれらを有する有機蛍光材料 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】スルホニルアニリン骨格を有する化合物若しくはその塩、又はそれらを有する有機蛍光材料
(51)【国際特許分類】
   C09B 57/00 20060101AFI20240430BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20240430BHJP
   C07D 207/40 20060101ALN20240430BHJP
【FI】
C09B57/00 Z CSP
C09K11/06
C07D207/40
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020021477
(22)【出願日】2020-02-12
(65)【公開番号】P2021127305
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2023-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】片桐 洋史
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 亜紀
(72)【発明者】
【氏名】望月 太貴
【審査官】伊佐地 公美
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-054937(JP,A)
【文献】特表2011-506673(JP,A)
【文献】国際公開第2010/093726(WO,A2)
【文献】Angewandte Chemie International Edition,2015年,Vol. 54,pp. 7332-7335
【文献】Zhang, Lei 他,Talanta,2019年,Vol. 198,pp. 472-479
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
C09K
C09B
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)若しくは(2)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩。
【化1】
(一般式(1)及び(2)中、R1及びR2は、それぞれ独立に、アルキル基、フルオロアルキル基、フェニル基、ハロゲン原子で置換されたフェニル基、アミノ基で置換されたフェニル基、アルコキシ基で置換されたフェニル基、ナフチル基、チエニル基、ハロゲン原子で置換されたチエニル基、チアゾリル基、ハロゲン原子で置換されたチアゾリル基、ピリジル基、又は、ハロゲン原子で置換されたピリジル基であり、S1は下記一般式(10)で表される置換基(一般式(10)中、Rは鎖中に一以上の酸素原子を含んでもよい、炭素原子数1~18の直鎖状、分岐状又は環状のアルキレン基である。)である。)
【化2】
【請求項2】
下記一般式(6)若しくは(7)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩。
【化3】
(一般式(6)及び(7)中、R1及びR2は、それぞれ独立に、アルキル基、フルオロアルキル基、フェニル基、ハロゲン原子で置換されたフェニル基、アミノ基で置換されたフェニル基、アルコキシ基で置換されたフェニル基、ナフチル基、チエニル基、ハロゲン原子で置換されたチエニル基、チアゾリル基、ハロゲン原子で置換されたチアゾリル基、ピリジル基、又は、ハロゲン原子で置換されたピリジル基であり、S2は下記一般式(11)で表される置換基(一般式(11)中、Rは鎖中に一以上の酸素原子を含んでもよい、炭素原子数1~18の直鎖状、分岐状又は環状のアルキレン基である。)である。)
【化4】
【請求項3】
請求項1又は2に記載のスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩からなる有機蛍光材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スルホニルアニリン骨格を有する有機蛍光材料に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光色素を用いて目的のタンパク質や分子を可視化し、生命現象の空間や時間を捉える蛍光イメージングは、生化学・生物学だけでなく医学の分野も含めたライフサイエンスにおける重要技術である。生体機能や疾病メカニズムの解明につながることから、予防・診断・治療といった医療技術への糸口となることが期待されている。特に近年、蛍光標識糖鎖・蛍光標識ペプチドは、蛍光プローブの開発や蛍光イメージングといったライフサイエンス研究を支える重要な基幹ツールとして顧客ニーズが多様化している。
【0003】
しかしながら、GFP(緑色蛍光タンパク質)に代表される蛍光タンパク質はもちろんのこと、しばしばフルオレセインやローダミンといった低分子系の汎用性蛍光色素であっても、分子サイズが大きく、複雑なターゲットの機能を阻害し、ターゲットへの導入が困難な場合がある。また、励起光と発光との差(ストークスシフト)が小さく、多数の発光シグナルを同時に可視化するマルチカラーイメージングに向かないという大きな課題がある。
【0004】
ストークスシフトの大きな標識剤は、ストークスシフトの小さな多くの従来型蛍光標識剤に比べて、励起光の検出波長領域への重なりを抑えることができ、高感度化や高精度化にとっても大きな利点がある。そのため、小さな分子構造と大きなストークスシフトを持つ蛍光色素が必要である。
【0005】
優れた蛍光特性の発現には拡張されたπ共役系が有利なことから、芳香族骨格を拡張した分子設計が広く用いられてきた。しかし、そのような分子設計による材料の多くは高い平面性と剛直な骨格とを持つことから、分子サイズが大きく、安定性が低く、水溶性が低く、ストークスシフトが小さく、さらには強い分子間相互作用が濃度消光を引き起こすという問題があった。
【0006】
本発明者らは、1つのベンゼン環に複数のアミノ基とスルホニル基とを有するスルホニルアニリン系色素が、(1)分子サイズが極めて小さい、(2)Push-Pull効果により吸収波長が長波長化する、(3)スルホニル基が持つ折れ曲がり構造により高い溶解性を示すため、分子が会合し、固体や凝集状態で発光する固体蛍光性を示す、(4)アミノ基‐スルホニル基間の水素結合がアミノ基の自由回転を抑制し、蛍光量子効率や安定性が向上する等、従来の有機蛍光材料よりも優れた特性を示すことを報告した(非特許文献1、特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Single Benzene Green Fluorophore:Solid-State Emissive, Water-Soluble, and Solvent- and pH-IndependentFluorescence with Large Stokes Shifts., Teruo Beppu, Kosuke Tomiguchi, AkitoMasuhara, Yong-Jin Pu, and Hiroshi Katagiri., Angewandte Chemie InternationalEdition, 54 (2015) 7332-7335.
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第6249210号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明では、前記スルホニルアニリン系色素をさらに改良するとともに、これらに生体分子結合基を導入することにより、蛍光標識薬に好適な材料を開発することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下の事項からなる。
本発明は、下記一般式(1)~(5)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩にある。
【化1】
【0011】
ここで、一般式(1)~(5)中、R1及びR2は、それぞれ独立に、アルキル基、フルオロアルキル基、フェニル基、ハロゲン原子で置換されたフェニル基、アミノ基で置換されたフェニル基、アルコキシ基で置換されたフェニル基、ナフチル基、チエニル基、ハロゲン原子で置換されたチエニル基、チアゾリル基、ハロゲン原子で置換されたチアゾリル基、ピリジル基、又は、ハロゲン原子で置換されたピリジル基であり、S1は下記一般式(10)で表される置換基である。
【0012】
【化2】
【0013】
一般式(10)中、Rは鎖中に一以上の酸素原子を含んでもよい、炭素原子数1~18の直鎖状、分岐状又は環状のアルキレン基である。
【0014】
本発明は、下記一般式(6)~(9)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩にある。
【化3】
【0015】
ここで、一般式(6)~(9)中、R1及びR2は、それぞれ独立に、アルキル基、フルオロアルキル基、フェニル基、ハロゲン原子で置換されたフェニル基、アミノ基で置換されたフェニル基、アルコキシ基で置換されたフェニル基、ナフチル基、チエニル基、ハロゲン原子で置換されたチエニル基、チアゾリル基、ハロゲン原子で置換されたチアゾリル基、ピリジル基、又は、ハロゲン原子で置換されたピリジル基であり、S2は下記一般式(11)で表される置換基である。
【0016】
【化4】
一般式(11)中、Rは鎖中に一以上の酸素原子を含んでもよい、炭素原子数1~18の直鎖状、分岐状又は環状のアルキレン基である。
【0017】
本発明の有機蛍光材料は、前記スルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明のスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩は、最も小さな汎用性色素のBODIPY(登録商標)と同等の分子サイズを持ち、また、大きなストークスシフト、高い安定性、高い量子効率、及び水溶性を持つ。また、前記スルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩からなる有機蛍光材料は、従来の蛍光試薬とは大きく異なり、濃度消光を示すことがなく、pHや極性といった周囲の環境に依存しない安定な発光特性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、2,5-BMeS-p-A-NHS-ester、2,6-BMeS-p-A-NHS-ester、BDP FLNHS Ester、及びフルオレセイン-NHS-esterをそれぞれ(pH=7、リン酸緩衝液)に溶解させて1.0×10-6M溶液を調製した直後に蛍光スペクトルを測定し(t=0分)、前記溶液にキセノンランプで白色光を照射しながら経時的(t=1分、3分、5分、10分、15分、30分、45分)に蛍光スペクトルを測定した際の蛍光強度をプロットしたグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について、詳細に説明する。
[スルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩]
本発明は、一般式(1)~(5)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩にある。
【化5】
【0021】
一般式(1)~(5)中、R1及びR2は、それぞれ独立に、アルキル基、フルオロアルキル基、フェニル基、ハロゲン原子で置換されたフェニル基、アミノ基で置換されたフェニル基、アルコキシ基で置換されたフェニル基、ナフチル基、チエニル基、ハロゲン原子で置換されたチエニル基、チアゾリル基、ハロゲン原子で置換されたチアゾリル基、ピリジル基、又は、ハロゲン原子で置換されたピリジル基であり、S1は下記一般式(10)で表される置換基である。
【0022】
【化6】
一般式(10)中、Rは鎖中に一以上の酸素原子を含んでもよい、炭素原子数1~18の直鎖状、分岐状又は環状のアルキレン基である。なお、*は結合手の位置を表す。
【0023】
アルキル基及びフルオロアルキル基を構成するアルキル基は、具体的には、炭素原子数1~18、好ましくは炭素原子数1~12、より好ましくは炭素原子数1~6の直鎖又は分岐を有していてもよいアルキル基である。
ハロゲン原子で置換されたフェニル基とは、フェニル基の水素原子の一部又は全部がハロゲン原子(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)で置換された基をいう。
アミノ基で置換されたフェニル基とは、フェニル基の水素原子の一部又は全部が、1級アミノ基又は2級アミノ基で置換された基をいう。
アルコキシ基で置換されたフェニル基を構成するアルコキシ基は、具体的には、炭素原子数1~18、好ましくは炭素原子数1~12、より好ましくは炭素原子数1~6の直鎖又は分岐を有していてもよいアルコキシ基である。
ハロゲン原子で置換されたチエニル基とは、チエニル基の水素原子の一部又は全部がハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)原子で置換された基をいう。
ハロゲン原子で置換されたチアゾリル基は、チアゾリル基の水素原子の一部又は全部がハロゲン原子(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)で置換された基をいう。
ハロゲン原子で置換されたピリジル基は、ピリジル基の水素原子の一部又は全部がハロゲン原子(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)で置換された基をいう。
【0024】
一般式(10)中、Rは鎖中に一以上の酸素原子を含んでもよい、炭素原子数1~18の直鎖状、分岐状又は環状のアルキレン基である。鎖中に一以上の酸素原子を含むアルキレン基の例としては、オキシエチレン基(-OCH2CH2-又は-CH2CH2O-)が挙げられる。
一般式(10)で表される置換基は、蛍光標識のための反応性基である。反応性基には、下記構造式に示すように、スクシミジルエステル体、マレイミド体、イソチオシアネート体、テトラフルオロフェニル(TFP)エステル体、及びヨードアセトアミド体のほか、アルキン部位を持つ基であって、生体分子に組み込まれたアジド基と、アルキンとを結合させ、炭素-ヘテロ原子結合を形成するクリック反応を利用した反応性基が挙げられる。
これらのうち、化合物の安定性と操作の簡便性の点から、スクシミジルエステル体及びマレイミド体が好ましい。
【0025】
【化7】
【0026】
また、一般式(6)~(9)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩も、本発明の実施形態に含まれる。
【化8】
【化9】
【0027】
一般式(6)~(9)中、R1及びR2は、それぞれ独立に、アルキル基、フルオロアルキル基、フェニル基、ハロゲン原子で置換されたフェニル基、アミノ基で置換されたフェニル基、アルコキシ基で置換されたフェニル基、ナフチル基、チエニル基、ハロゲン原子で置換されたチエニル基、チアゾリル基、ハロゲン原子で置換されたチアゾリル基、ピリジル基、又は、ハロゲン原子で置換されたピリジル基であり、S2は下記一般式(11)で表される置換基である。
【化10】
1及びR2は、一般式(1)~(5)中のR1及びR2と同じである。
一般式(11)中、Rは鎖中に一以上の酸素原子を含んでもよい、炭素原子数1~18の直鎖状、分岐状又は環状のアルキレン基であり、好ましくは-CH2CH2-である。
【0028】
なお、一般式(6)~(9)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物は、前記一般式(1)及び(2)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物のうち、反応性基がスクシミジルエステル体であるものを合成する際の中間生成物である。
【0029】
一般式(1)~(9)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物は、そのイオン性親水性基(例えば、アミノ基)が塩酸塩又は硫酸塩などの塩を形成していてもよい。
【0030】
一般式(1)~(9)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩は、下記構造式を有する化合物(2,5-BMeS-p-A-NHS-ester、2,6-BMeS-p-A-NHS-ester、2,5-BMeS-p-A-COOH、及び2,6-BMeS-p-A-COOH)であることが特に好ましい。
【化11】
【0031】
本発明のスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩は、以下に示すように、ラクトンの開環反応を用いて、カルボン酸を有する中間生成物を経由することにより合成することができる。これまで、ラクトンの少なくとも一部が、スルホニルアニリン骨格を有する化合物にある2箇所のアミノ基と反応するために、副生成物が生成し、目的物が高い収率で得られなかった。本発明では、反応温度及び濃度を最適化するとともに、縮合剤としてジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)を選択することで、4位のアミノ基に高選択的にラクトンが反応することを見出し、目的物の収率の改善に成功した。
【0032】
一例として、2,5-BMeS-p-A-NHS-esterの合成方法を示す。
【化12】
【0033】
2,5-MBeS-p-Aにβ-プロピオラクトンを添加し、アセトニトリル中で4日間、加熱還流して、中間生成物である2,5-BMeS-p-A-COOHを収率40%で得る。
次いで、2,5-BMeS-p-A-COOHに、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)及びDCCを添加し、ジクロロメタン中で室温下に20時間、攪拌することにより、2,5-BMeS-p-A-NHS-esterを収率80%で得る。
ただし、本発明のスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩は、前記した方法に限られず、種々の公知の方法で製造することができる。
【0034】
本発明の有機蛍光材料は、一般式(1)~(9)で表されるスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩からなる。
前記スルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩のクロロホルム溶液の励起/蛍光スペクトルを測定結果から、大きなストークスシフトを示すことがわかる。発光のエネルギーは吸収のエネルギーよりも低く、発光スペクトルは吸収スペクトルより長波長になる。ストークスシフトはこの吸収及び波長スペクトルの極大波長の差をいう。前記スルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩において、大きなストークスシフトは光励起による基底状態の構造と励起状態の構造が大きく異なることに起因して起こると考えられる。
本発明のスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩は、大きなストークスシフトを示すため、複数の観測対象分子を同時にモニタリングできる蛍光プローブ等への応用が期待できる。
【0035】
前記スルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩について、量子化学計算によって最適化構造を求めると、分子サイズは250~300Å3(例えば、2,5-BMeS-p-A-NHS-esterでは279Å3であり、2,6-BMeS-p-A-NHS-esterでは288Å3である。)、最も分子サイズが小さいBODIPY(登録商標、ボロンジピロメテン)と同等の分子サイズである。したがって、本発明のスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩は、複雑構造を持つ糖鎖やペプチド、あるいはタンパク質などの生体高分子を標識する際に立体障害が小さいこと、また、ターゲット分子の機能を阻害しないという利点がある。
【0036】
前記スルホニルアニリン骨格を有する化合物は、NHSエステル結合を有するため、極性が高く、高い水溶性を持つ。また、イオン性官能基を持たないため、環境(pH、極性又は紫外線など)によって蛍光強度や波長が変化することがなく、安定な発光特性を示す。
【0037】
さらに、従来の汎用色素のほとんどは、その構造中に剛直な拡張π共役系を持つため、色素が集積してある濃度になると発光強度が低下する濃度消光の問題があった。一方、本発明のスルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩は、スルホニル基の折れ曲がり構造に起因して、全く濃度消光を示さない。
【0038】
前記スルホニルアニリン骨格を有する化合物又はその塩は、その構造中で、生体分子との結合基となるNHSエステルを形成している。NHSエステルは有機カルボン酸の活性エステルであり、生体分子のアミノ基と速やかにかつ選択的に反応して安定的なアミド結合を形成する。そのため、糖鎖やペプチド類の標識に広く用いられる。例えば、2,6-BMeS-p-A(青色)又は2,5-BMeS-p-A(緑色)にNHSを導入した2,6-BMeS-p-A-NHS-ester及び2,5-BMeS-p-A-NHS-esterは、青色及び緑色の蛍光標識試薬となる。
【実施例
【0039】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
[スルホニルアニリン骨格を有する化合物の合成]
【0040】
[実施例1]
〔2,5-BMeS-p-A-NHS-esterの合成〕
(i)2,5-BMeS-p-A-COOHの合成
【化13】
【0041】
100mL三口フラスコと滴下ロートを窒素置換し、滴下ロートに乾燥アセトニトリルを10mLとβ-プロピオラクトン1.3mL(19.7mmol)を添加、三口フラスコに乾燥アセトニトリルを90mLとBMeS-p-A510.3mg(1.93mmol)を加えて還流するまで攪拌した。還流後、撹拌速度を素早くし、β-プロピオラクトンをゆっくりと滴下した。
4日後、アセトニトリルを濃縮して黄色固体と茶色油状物を1.79g得た。そこに、2Mの水酸化ナトリウム水溶液を100mL加え、35℃で24時間撹拌した。それを一度吸引ろ過し、ろ液を酢酸エチルで分液した。水層を6M塩酸でpH4付近になるように調整し、酢酸エチル100mLで3回抽出した。得られた有機層を飽和食塩水80mLで洗浄、濃縮を行い、黄色固体を379.1mg得た。最後に、中性シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン:メタノール=10:1)で精製し、黄色固体を259.7mg(0.772mmol)得た(収率40%)。
1HNMR及び13CNMRの測定結果を示す。
1H NMR(DMSO-d6,500MHz):δ=12.32(br s,1H -O),7.42(s,1H,Ar-),7.06(s,1H,Ar-),5.64(s,2H,-N 2),5.49(t,J=5.6Hz,1H,-N),3.48(dt,J=6.1Hz,2H,-C 2),3.18(s,3H,-C 3),3.17(s,3H,-C 3),2.58(t,J=6.5Hz,2H,-C 2
13C NMR(DMSO-d6,125MHz):δ=173.11,137.58,136.12,129.64,126.90,118.68,112.12,41.22,41.20,39.06,33.23
【0042】
(ii)2,5-BMeS-p-A-NHS-esterの合成
【化14】
100mL三口フラスコと滴下ロートを窒素置換し、滴下ロートにジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC) 68.9mg(327.2μmol)と乾燥ジクロロメタンを1mL添加、三口フラスコに2,5-BMeS-p-A-COOH104.3mg(310.0μmol)とN-ヒドロキシコハク酸イミド 40.1mg(341.4μmol)と乾燥CH2Cl2(100mL)を加え30分撹拌した。その後、溶解したDCCを滴下し、20時間撹拌した。
20時間後、0℃に冷却し吸引ろ過を行った。ろ液のジクロロメタンの一部を留去し吸引ろ過する作業を2回行い、ジクロロメタンを完全に留去することで黄色固体を133.2mg得た。得られた固体を中性シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン:メタノール=10:1)で精製し、濃縮、エタノール洗浄することで黄色固体107.5mg(0.248mmol)を得た(収率80%)。
1HNMR及び13CNMRの測定結果を示す。
1H NMR(DMSO-d6,500MHz):δ=7.44(s,1H,Ar-),7.08(s,1H,Ar-),5.69(s,2H,-N 2),5.36(t,J=5.9Hz,1H,-N),3.48(dt,J=6.2Hz,2H,-C 2),3.19(s,3H,-C 3),3.16(s,3H,-C 3),3.07(t,J=6.3Hz,2H,-C 2),2.81(s,4H,-C 2
13C NMR(DMSO-d6,125MHz):δ=170.00,167.80,138.03,135.55,130.13,126.66,118.77,112.30,41.27,41.25,38.71,30.37,25.36
【0043】
〔標識試薬の作製〕
標識試薬としての機能を確認するため、以下の構造式で表される2,5-BMeS-p-A-Phe-OMeを作製した。
【化15】
【0044】
炭酸水素ナトリウム840.1mg(0.1mol)を量り取り、純水100mLに溶解させ、pH8.3の0.1M炭酸水素ナトリウム緩衝液を調製した。
試験管1にPhe-OMe・HCl10.2mg(47.1μmol)を量り取り、1mLの0.1M炭酸水素ナトリウム緩衝液を加え溶解させた。
試験管2に2,5-BMeS-p-A-NHS-ester10.3mg(23.7μmol)を量り取り、1mLの乾燥DMSOを加え溶解させた。
試験管1中の炭酸水素ナトリウム水溶液を撹拌しながら、ガラスシリンジを用いて、試験管2のDMSO溶液を試験管1中に1滴ずつゆっくりと滴下した。
撹拌しながら、1時間反応させた。
ジクロロメタンを用いて抽出作業を行った。反応は定量的に進行し、黄色油状物を収率100%で得た。
1HNMRの測定結果を示す。
1H NMR(500MHz,DMSO-d6,25℃):δ=8.41-8.43(d,H,-N),7.41(s,1H,Ar),7.15-7.28(m,5H,Ar),7.02(s,1H,Ar),5.62(s,2H,N ),5.42(t,1H,N),4.45-4.51(m,1H,-C),3.58(s,3H,C 3),3.18(s,3H,C 3),3.09(s,3H,C 3),2.75-3.03(m,4H,C 2),1.49(t,2H,C 2
【0045】
[実施例2]
[2,6-BMeS-p-A-NHS-esterの合成]
(i)化合物13の合成
【化16】
【0046】
窒素置換した10mLナシフラスコに2,6-BMeS-p-A 361.5mg(1.37mmol)及び3-ブロモプロピオン酸メチル(スキーム中、12と表示)290μL(2.66mmol)、N,N-ジメチルホルムアミド7.5mLを加え、室温で6日間攪拌した。その後、反応溶液を分液ロートに移し,酢酸エチル50mLと精製水50mLを加えて有機層と水層を分離した。この水層を酢酸エチル50mLにより6回抽出し,先の有機層と合一した。この有機層を精製水により洗浄、無水硫酸ナトリウム乾燥,濃縮及び真空乾燥を行い、褐色油状物を649.5mg得た。続いて、中性シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン:メタノール=10:1)を行い、化合物13を黄色固体として204.3mg得た(収率43%)。
1HNMRの測定結果を示す。
1H NMR(500MHz,CDCl3,25℃):δ=7.37(s,2H,phenyl),5.92(s,2H,-N 2),3.72(s,3H,-C 3),3.42(t,J=6.5,2H,-C 2),3.10(s,6H,-C 3),2.63(t,J=6.5,2H,-C 2).
【0047】
(ii)2,6-BMeS-p-A-COOHの合成
【化17】
【0048】
窒素置換した50mL三口フラスコに化合物13を96.4mg(0.28mmol)、メタノール28mL及び40%水酸化ナトリウム水溶液7mLを入れ、室温で3時間撹拌した。その後メタノールを除去し、そこに飽和硫酸水素カリウム水溶液をpH=3になるように加えた。この溶液を分液ロートに移し、酢酸エチル50mLと精製水50mLを加えて有機層と水層を分離した。この水層を酢酸エチル50mLにより6回抽出し、先の有機層と合一した。得られた有機層を無水硫酸ナトリウム乾燥及び濃縮、真空乾燥し、茶色固体を95.7mg得た。最後に、中性シリカゲルカラムクロマトグラフィー(THF:酢酸エチル=1:20+酢酸1vol%)を行い、2,6-BMeS-p-A-COOHを黄色固体として60.9mg得た(収率66%)。
1HNMRの測定結果を示す。
1H NMR(500MHz,CDCl3,25℃):δ=7.37(s,2H,phenyl),5.93(s,2H,-N 2),3.45(t,J=6.0,2H,-C 2 ),3.11(s,6H,-C 3),2.68(t,J=6.0,2H,-C 2).
【0049】
(iii)2,6-BMeS-p-A-NHS-esterの合成
【化18】
200mL三口フラスコと滴下ロートを窒素置換し、滴下ロートにN,N-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)136.0mg(0.64mmol)と乾燥ジクロロメタンを10mL添加、三口フラスコに2,6-BMeS-p-A-COOH209.1mg(0.60mmol)とN-ヒドロキシコハク酸イミド 79.8mg(0.68mmol)と乾燥ジクロロメタン(130mL)を加え30分撹拌した。その後、溶解したDCCを滴下し、20時間撹拌した。20時間後、反応溶液を濃縮及び真空乾燥し、黄色固体を429.2mg得た。続いて、中性シリカゲルカラムクロマトグラフィー(THF:酢酸エチル=1:20)を行い、濃縮、エタノール洗浄することで黄色固体を208.06mg(0.48mmol)得た(収率80%)。
1HNMRの測定結果を示す。
1H NMR(500MHz,CDCl3,25℃):δ=7.29(s,2H,phenyl),6.01(t,J=6.0,H,-N),5.01(s,2H,-N 2),3.23(s,6H,-C 3),2.95(t,J=6.5,2H,-C 2),2.82(s,4H,C 2).
【0050】
[標識試薬の作製]
標識試薬としての機能を確認するため、以下の構造式で表される2,6-BMeS-p-A-Phe-OMeを作製した。
【化19】
【0051】
炭酸水素ナトリウム840.1mg(10.0mmol)を量り取り、純水に溶解させ、pH8.3の0.1M炭酸水素ナトリウム緩衝液を調製した。次に、試験管1にPhe-OMe・HCl 21.5mg(99.7μmol)を量り取り、1mLの0.1M炭酸水素ナトリウム緩衝液を加え溶解させた。
試験管2に2,6-BMeS-p-A-NHS-ester21.1mg(48.7μmol)を量り取り、1mLの乾燥DMSOを加え溶解させた。
試験管1の炭酸水素ナトリウム水溶液を撹拌しながら、ガラスシリンジを用いて、試験管2のDMSO溶液を試験管1中に1滴ずつゆっくりと滴下した。
撹拌しながら、1時間反応させた後、ジクロロメタンを用いて抽出作業を行い、黄色油状物を得た。中性シリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル)を行い、黄色油状物を収率100%で得た。反応は定量的に進行した。
1HNMRの結果を示す。
1H NMR(500MHz,DMSO-d6,25℃):δ=8.41-8.43(d,H,-N),7.19-7.28(m,7H,phenyl),5.76-5.79(m,3H,-N,-N 2),4.46-4.51(m,H,-C),3.59(s,3H,C 3),3.21(s,6H,C 3),3.09-3.13(q,2H,-C 2),2.86-2.91,3.00-3.03(q,2H,C 2),2.34-2.37(t,2H,C 2).
【0052】
[実施例3]
実施例1の2,5-BMeS-p-A-NHS-esterを合成する際の中間生成物である2,5-BMeS-p-A-COOHを使用した。
【化20】
【0053】
[実施例4]
[2,6-BMeS-p-A-COOHの合成]
【化21】
100mL三口フラスコと滴下ロートを窒素置換し、滴下ロートに乾燥アセトニトリルを10mLとβ-プロピオラクトン0.43mL(6.57mmol)を添加、三口フラスコに乾燥アセトニトリルを90mLと2,6-BMeS-p-A 500.5mg(1.89mmol)を加えて還流するまで撹拌した。還流後、撹拌速度を素早くしβ-プロピオラクトンをゆっくりと滴下した。
2日後、アセトニトリルを濃縮して黄色固体と茶色油状物を1.23g得た。そこに、2Mの水酸化ナトリウム水溶液を100mL加え35℃で24時間撹拌した。それを一度吸引ろ過し、ろ液を酢酸エチルで分液した。水層を6M塩酸でpH4付近になるように調整し、酢酸エチル100mLで3回抽出した。得られた有機層を飽和食塩水80mLで洗浄、濃縮を行い、黄色固体を330.6mg得た。最後に、中性シリカゲルカラムクロマトグラフィー(THF:酢酸エチル=1:20+酢酸1vol%)で精製し、黄色固体を127.8 mg(0.38 mmol)得た(収率20%)。
1HNMRの結果を示す。
1H NMR(500MHz,CDCl3,25℃):δ=7.37(s,2H,phenyl),5.93(s,2H,-N 2),3.45(t,J=6.0,2H,-C 2),3.11(s,6H,-C 3),2.68(t,J=6.0,2H,-C 2).
【0054】
なお、2,6-BMeS-p-A-COOHは、実施例2の「(ii)2,6-BMeS-p-A-COOHの合成」に記載された方法によって合成してもよい。
【0055】
[比較例1]フルオレセイン-NHS-ester
東京化成工業(株)からの市販品を用いた。
【化22】
【0056】
[比較例2]BODIPY-NHS-ester
東京化成工業(株)からの市販品を用いた。
【化23】
【0057】
[有機蛍光材料としての評価]
以下の項目について、実施例1、2で得られたスルホニルアニリン系色素と、比較例1、2の汎用色素との比較を行った。
〔光学特性〕
実施例1、2のスルホニルアニリン系色素の光学特性を調査するために、細胞イメージングを考慮して水を用いた吸収スペクトル((株)日立ハイテクサイエンス製ダブルビーム分光光度計 U-2810)及び励起/蛍光スペクトル((株)島津製作所製 分光蛍光光度計 RF-6000)を測定した。
励起/発光波長は蛍光分光光度計を用いて測定した。
量子効率(水溶液)は、蛍光分光光度計を用いて、2,5-BMeS-p-AのDMSO溶液(1.0×10-5M;φ=0.78)を標準試料としたときの相対量子効率である。一方、量子効率(固体)は、積分球内に試料を置いて測定した絶対発光量子効率である。
ストークスシフトは、励起/蛍光スペクトルのピークの位置の差から求めた。
【0058】
〔光安定性〕
各試料とも空気中で調製した。2,5-BMeS-p-A-NHS-ester、2,6-BMeS-p-A-NHS-ester、BDPFL NHS Ester(BODIPY FL色素)、及びフルオレセイン-NHS-esterをそれぞれ(pH=7、リン酸緩衝溶液)に溶解させた1.0×10-6M溶液を調製した。図1に各化合物の構造式を示す。
各試料とも調製直後に蛍光スペクトルを測定し(t=0分)、この溶液の入った石英セルに対して10cmの距離から150Wのキセノンランプからの白色光を照射した。なお、熱の発生を抑制するために、ランプと石英セルの間に水を置いた。この状態で45分間照射し、一定時間ごとに蛍光スペクトルを測定した(t=1分、3分、5分、10分、15分、30分、45分)。
耐光性試験の結果を図1に示す。表1中、30分経過しても、蛍光強度が50%以上である場合を◎、20~50%となる場合を〇、10分程度経過すると大きく減衰し始める場合を△とした。また、蛍光強度の時間による減衰を測定することで濃度消光の有無を判定した。表1中、50%減衰以上の場合を「有」、50%減衰未満の場合を「無」とした。
【0059】
〔濃度消光〕
実施例1、2のスルホニルアニリン系色素と比較例1、2の汎用色素のそれぞれの固体蛍光を測定して、蛍光量子効率が0.2以上のものを濃度消光(無)とした。
〔分子サイズ〕
量子化学計算Gaussian09(B3LYP/6-31g(d))によって最適化した分子体積(Å3)を求めた。
〔環境依存性〕
吸収/蛍光スペクトルの波長や蛍光強度がpHや溶媒の極性などの因子によって変化するかどうかを観察した。pKaの変動幅が10nm以上の場合を「有」、10nm未満の場合を「無」とした。
結果を表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
(1)励起/発光波長
実施例1、2のスルホニルアニリン系色素は、環状構造がベンゼン環1つであるにもかかわらず、緑色蛍光を示した。これは分子内水素結合及びPush-Pull構造に起因するものと考えられる。また、従来の色素と異なり、置換基の配置で発光波長が異なるために分子サイズが変化しないことも要因といえる。
【0062】
(2)分子サイズ
実施例1、2のスルホニルアニリン系色素は、従来の小分子蛍光色素と比較して小さな分子サイズを持ち、その体積は、最も小さい分子サイズを持つ比較例2のBODIPYの体積に匹敵する。したがって、本発明のスルホニルアニリン系色素は、複雑構造を持つ糖鎖やペプチド、あるいはタンパク質などの生体高分子を標識する際に立体障害が小さいという優位性を持つといえる。また、分子サイズが小さいため、ターゲット分子の機能を阻害しないという点においても優れている。
【0063】
(3)ストークスシフト
実施例1、2のスルホニルアニリン系色素では130nmを超える極めて大きなストークスシフトが確認され、有機系低分子でありながら、量子ドットに匹敵する大きなストークスシフトを示した。これは、前記スルホニルアニリン系色素は、比較例1、2の汎用性色素のような従来の色素と比較して、剛直でないために、励起状態と基底状態では構造が異なることに起因する。比較例1のフルオレセイン-NHS-ester(27nm)や比較例2のBODIPY-NHS-ester(6nm)と比較すると、明らかな優位性が認められた。
【0064】
(4)量子効率
相対法で求めた量子効率(水溶液)は、実施例1では0.69、実施例2では0.46と高い数値を示した。この数値は、比較例1、2の汎用性色素と比較すると、0.1~0.2程度低いが、汎用性色素は、環境によって量子効率が変化するため、測定条件に依存する。これに対し、本発明のスルホニルアニリン系色素は安定した量子効率を示しており、十分に実用的な量子効率であるといえる。
また、固体状態でも蛍光を示したことから、濃度消光の影響が極めて小さいといえる。
【0065】
(5)モル吸光係数
実施例1、2のスルホニルアニリン系色素とも、比較例1、2の汎用性色素と比べて、モル吸光係数は小さかった。
モル吸光係数が小さければ、蛍光の輝度も小さくなる。しかしながら、本発明の場合、大きなストークスシフトが可能にする大きな吸収領域での励起がこの欠点を十分に克服している。
【0066】
(6)耐光性
実施例1、2のスルホニルアニリン系色素とも、比較例1のフルオレセイン-NHS-esterの50倍、比較例2のBODIPY-NHS-esterの10倍の高い耐光性が認められた。
実施例1、2のスルホニルアニリン系色素の構造において、ベンゼン環をより安定な骨格であるナフタレン環に替えた場合、さらに耐光性が向上すると予測される。
【0067】
(7)濃度消光
比較例1、2の汎用色素を含めて、ほとんどの汎用性色素は、剛直な共役系を持つため、濃度消光を示す。一方、実施例1、2のスルホニルアニリン系色素は、従来の拡張π共役系とは全く異なる独創的な分子構造を持つため、濃度消光を全く示さないどころか、固体蛍光性を示す。本性質はスルホニル基の折れ曲がり構造に起因する。
【0068】
(8)環境依存性
比較例1のフルオレセイン-NHS-esterのpKaは6.4であった。pH5~9ではその蛍光強度にpH依存性がある。比較例2のBODIPY-NHS-esterも若干のスペクトル変化を伴っていた。一方、実施例1、2のスルホニルアニリン系色素はpHや極性によって蛍光強度と波長が変化しなかった。これは、イオン性官能基を持たないこと、励起状態と基底状態の双極子モーメントの差がゼロであることに起因する。このような色素は極めて珍しく、スルホニルアニリン系色素の優位な点である。
【0069】
[標識試薬としての機能評価]
アミノ酸であるフェニルアラニンのカルボン酸を保護したフェニルアラニンメチルエステル塩酸塩(Phe-OMe・HCl)を用いて、実施例1、2のスルホニルアニリン系色素のアミンとの反応性を調査した。
たんぱく質とのコンジュゲートに推奨される溶媒及び手順を参考にして、下記スキームに示すように、反応緩衝液にはpH8.3の0.1M炭酸水素ナトリウム緩衝液、溶媒にはDMSOを用いて、室温下で作用させた。
【化24】
【0070】
その結果、2,5-BMeS-p-A-Phe-OMe及び2,6-BMeS-p-A-Phe-OMeを得ることに成功した。これにより、2,5-BMeS-p-A-Phe-OMeと2,6-BMeS-p-A-Phe-OMeは脂肪族アミノ基と選択的に反応を起こし、結合を形成することが明らかとなった。また、コンジュゲート後も、消光することなく蛍光特性を有していた。以上の結果から、BMeS-p-A-NHS-esterの蛍光標識試薬としての機能が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の有機蛍光材料は、糖鎖やペプチド鎖などの複雑構造を標識するのに好適な蛍光プローブとなりうる。それゆえ、マルチカラーイメージングや高精度イメージングを可能にすることから、新薬開発、臨床検査又はライフサイエンス研究など広範囲な領域への貢献が期待できる。
図1