(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】バンコマイシンの骨形成阻害作用を緩和した感染症治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/14 20060101AFI20240430BHJP
A61K 31/593 20060101ALI20240430BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20240430BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20240430BHJP
A61P 31/02 20060101ALI20240430BHJP
A61P 19/08 20060101ALI20240430BHJP
【FI】
A61K38/14
A61K31/593
A61K9/14
A61P31/04
A61P31/02
A61P19/08
(21)【出願番号】P 2021526872
(86)(22)【出願日】2020-06-18
(86)【国際出願番号】 JP2020023936
(87)【国際公開番号】W WO2020256060
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2023-01-13
(31)【優先権主張番号】P 2019113407
(32)【優先日】2019-06-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】599055382
【氏名又は名称】学校法人東邦大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辻 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】木村 聡一郎
(72)【発明者】
【氏名】舘田 一博
(72)【発明者】
【氏名】高橋 寛
【審査官】池上 文緒
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/087517(WO,A1)
【文献】特表2009-544411(JP,A)
【文献】SHEKHAR C,The International Journal of Lower Extremity Wounds,2019年05月08日,Vol.18, No.2,p.153-160
【文献】EDER C et al.,EUROPEAN SPINE JOURNAL,2016年,Vol.25, No.4,p.1021-1028
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/14
A61K 31/593
A61P 31/04
A61P 19/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バンコマイシンおよび、
カルシドール、カルシトリオール、エルデカルシトール、アルファカルシドールまたはファレカルシトリオールを含む感染症治療剤であって、バンコマイシン10gに対して、カルシドール、カルシトリオール、エルデカルシトール、アルファカルシドールまたは
ファレカルシトリオールを
4~417ng含有することを特徴とする感染症治療剤。
【請求項2】
剤型がパウダー製剤であることを特徴とする請求項1記載の感染症治療剤。
【請求項3】
手術中の感染を予防するために使用することを特徴とする請求項1または2記載の感染症治療剤。
【請求項4】
バンコマイシンによる骨形成阻害が抑制されることを特徴とする請求項
3に記載の感染症治療剤。
【請求項5】
バンコマイシンを10g以上使用する際に生じる骨形成阻害を抑制することを特徴とする請求項
4に記載の感染症治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はバンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは、活性型ビタミンD誘導体を含有した感染症治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脊椎手術後の感染を防ぐために、予防抗菌薬の投与は有用である。一般的には、黄色ぶどう球菌による感染を予防するためにセファゾリンを使用する。しかし、難治性の手術部位感染では、メシチリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)の発生が多く、その予防抗菌薬としてはバンコマイシンが使用されている。しかし、一般的に使われているバンコマイシンの全身投与では、腎障害やアナフィラキシー等の副作用が発生することが報告がされている(非特許文献1)。全身投与により副作用が生じる問題を解決するために、近年バンコマイシンパウダーの使用が脊椎手術後に行われている。バンコマイシンパウダーを創内に局所投与することによって高濃度のバンコマイシンを投与することができ、感染予防につながること、また全身投与での副作用を防ぐことができると報告されている(非特許文献2、非特許文献3)。また、バンコマイシンの外用パウダー製剤も知られている(特許文献1)。
【0003】
しかし、バンコマイシンパウダー治療は、高濃度の抗菌剤を直接骨に散布することから骨形成阻害が生じる可能性がある。実際にインビトロの実験では、バンコマイシンが骨形成を阻害するとの報告がされている(非特許文献4)。
【0004】
ビタミンD、活性型ビタミンDおよび活性型ビタミンD誘導体は骨芽細胞において骨形成作用を示すことが知られており、カルシトリオール等の活性型ビタミンD3誘導体は骨粗鬆治療剤として臨床で用いられている(非特許文献5、非特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】クリストファー ジェイ ペイン(Christopher J Payne)他7名、ジャーナル オブ アンティミクロバイアル ケモセラピー(Journal of Antimicrobial Chemotherapy)、2011年、第66巻、2624-2627頁
【文献】ルセル ジー ストーム(Russell G Strom)他3名、スピン(Spine)、2013年、第38巻、第12号、991-994頁
【文献】フレッド エイ スウィート(Fred A Sweet)他2名、スピン(Spine)、2011年、第36巻、第24号、2084-2088頁
【文献】クラウディア エーデル(Claudia Eder)他6名、ヨーロピアン スピン ジャーナル(European Spine Journal)、2016年、第25巻、1021-1028頁
【文献】内田 悠志、歯科学報、2014年、114巻、第3号、95頁
【文献】竹内靖博、メディシナル(MEDICINAL)、2012年、8月号、第2巻、87-88頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
バンコマイシンパウダーを用いた脊椎手術閉創時は、高濃度のバンコマイシンを感染予防のために直接、骨に散布することから骨形成阻害が生じる可能性がある。その一方で骨形成阻害を考慮してバンコマイシンの濃度を下げてしまうと、十分な感染予防にはならない。
【0008】
高濃度のバンコマイシン濃度を維持しながら骨形成阻害が生じない方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、
〔1〕バンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有することを特徴とする感染症治療剤、
〔2〕剤型がパウダー製剤であることを特徴とする〔1〕記載の感染症治療剤、
〔3〕バンコマイシンを3g以上含むことを特徴とする〔1〕または〔2〕記載の感染症治療剤、
〔4〕活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を4ng以上含むことを特徴とする〔1〕から〔3〕いずれかひとつに記載の感染症治療剤、
〔5〕バンコマイシンを3~6g含むことを特徴とする〔1〕から〔4〕のいずれかひとつに記載の感染症治療剤、
〔6〕バンコマイシンを10g以上含むことを特徴とする〔1〕から〔4〕のいずれかひとつに記載の感染症治療剤、
〔7〕活性型ビタミンD誘導体が、カルシトリオールであることを特徴とする〔1〕から〔6〕いずれかひとつに記載の感染症治療剤、
〔8〕バンコマイシンを10g以上およびカルシトリオール、エルデカルシトール、アルファカルシドールまたはファレカルシトリオールを4ng以上配合することを特徴とする感染症治療剤、
〔9〕剤型がパウダー製剤であることを特徴とする〔8〕記載の感染症治療剤に関する。
本発明はまた、
〔10〕バンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有するパウダー製剤を、患部に直接塗布または噴霧することを特徴とする感染症の治療方法、
〔11〕手術中の感染を予防するために、バンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有するパウダー製剤を、患部に直接塗布または噴霧することを特徴とする手術方法、
〔12〕バンコマイシン3g~10gおよび活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を4ng~417ng投与することを特徴とする〔10〕記載の感染症の予防および治療方法、および
〔13〕バンコマイシン3g~10gおよび活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を4ng~417ng使用することを特徴とする〔11〕記載の感染症の手術方法に関する。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2019-113407号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、手術中に感染の恐れが無く、かつ骨形成に副作用の無い感染症治療剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、骨芽細胞を培養〔1日目(
図1A)、3日目(
図1B)、7日目(
図1C)〕した場合にバンコマイシン、ビタミンD3およびバンコマイシン+ビタミンD3の添加が骨芽細胞数に与える影響を示した結果である。
【
図2】
図2は、骨芽細胞を培養(1日目、3日目、7日目)した場合にバンコマイシン、ビタミンD3およびバンコマイシン+ビタミンD3の添加が骨芽細胞の形態に与える影響を示した結果である。なお、バンコマイシンは2500μg/ml、5000μg/ml、7500μg/ml、10000μg/mlの4種類の濃度で試験した。
【
図3】
図3は、骨芽細胞を培養(1日目、3日目、7日目)した場合にバンコマイシン、およびバンコマイシン+ビタミンD3の添加が骨芽細胞のALP分布に与える影響を示した染色写真である。アルカリフォスファターゼ(ALP)は肉眼(
図3A)および顕微鏡下(
図3B)で観察した。
【
図4】
図4、骨芽細胞を培養7日目にバンコマイシン、およびバンコマイシン+ビタミンD3の添加が骨芽細胞のアルカリフォスファターゼ(ALP)活性へ与える影響を測定したものである。
【
図5】
図5は、骨芽細胞培養28日目に、バンコマイシン、バンコマイシン+ビタミンD3の添加が細胞の石灰化に与える影響を確認するためのアリザリンレッドS染色の写真である。骨芽細胞の石灰化は肉眼(
図5A)および顕微鏡下(
図5B)で観察した。
【
図6】
図6は、骨芽細胞を7日間培養した場合に、ビタミンD0.01nM、1nM、100nMの3種濃度およびバンコマイシン7500μg/mlとともにビタミンD0.01nM、1nM、100nMの3種濃度を加えた場合に、ビタミンDの濃度およびバンコマイシンとビタミンD各濃度の組み合わせが与える影響を示した結果である。
【
図7】
図7は、骨芽細胞を培養(7日目)した場合にバンコマイシン、ビタミンD3およびバンコマイシン+ビタミンD3の添加が骨芽細胞の形態に与える影響を示した結果である。なお、バンコマイシンは7500μg/mlの濃度で、ビタミンDは、0.01nM、1nM、100nMで試験した。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明におけるバンコマイシンとは、医薬品一般名称をバンコマイシン・塩酸塩とするアミノグリコシド系抗生物質を意味する。本発明に用いるバンコマイシンはどのような製法で得られたものであっても良いが、医薬品または医薬原薬としての規格と純度を満たすことが好ましい。
【0013】
本発明における活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体とは、ビタミンD3(コレカルシフェロール)の構造類似体であって、骨形成作用を持つ化合物であればどのようなものでも良いが、具体的には、活性型ビタミンD3として知れるカルシドール(25水酸化活性型ビタミンD3)、カルシトリオール(1、25水酸化活性型ビタミンD3)、エルデカルシトール、アルファカルシドール、ファレカルシトリオール等が挙げられる。本発明において、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体はこれらの中から単独または一つ以上組み合わせて用いることができる。
【0014】
本発明において、バンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有するとは、前記バンコマイシンと前記活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体の少なくとも1種が、製剤の中に混合されていることを示す。
【0015】
前記バンコマイシンと活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体の少なくとも1種とが、本発明の製剤の中に混合されている場合にその割合は、バンコマイシン3g~10gに対して、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体4ng~417ngの配合割合である。本発明はバンコマイシンを10g以上使用する際に、バンコマイシンによる骨形成阻害の抑制効果が生じるので、本発明の組成物は10gに対して活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を4ng~417ng、好ましくは4ng~8ng配合することが好ましい。なお、前記バンコマイシンおよび活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体の数値範囲は1回の使用時に用いる用量を基準としており、本発明の感染症治療剤を複数回使用するために大量に製造しておく場合も、バンコマイシンと活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体の少なくとも1種との配合割合が前記に規定した混合割合と同じ範囲内であれば、本発明に含まれる。
【0016】
本発明のバンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有することを特徴とする感染症治療剤における製剤組成物は、固形状で手術に使用する際に均一に塗布または噴霧できることが必要で、好ましくはパウダー状のものが良い。パウダーとしては乾燥粉末であることが好ましい。乾燥とは、粒子が容易に分散するように、組成物の含水量を調節することを意味する。いくつかの実施形態では、この含水量は、約10重量%未満の水分量、約7重量%未満の水分量、約5重量%未満の水分量、または約3重量%未満の水分量である。また、粉末とは微細分散固体粒子からなる組成物を意味する。
【0017】
本発明のバンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有することを特徴とする感染症治療剤における製剤組成物は、一つの態様としてバンコマイシンの粉体にビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を固形物として配合し、混合、撹拌して製造したものであっても良いが、配合組成比としてバンコマイシンの方が多いため、配合量が多いバンコマイシンの乾燥粉末を用いこれに活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を均一に混合させる方法で調製させても良い。
【0018】
本発明においては、バンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体に加えて、製剤組成物にさらに1つまたは複数の添加剤を含んでいてもよい。適切な添加剤の一例には、疎水性アミノ酸が挙げられる。そのような疎水性アミノ酸としては、例えばトリプトファン、チロシン、ロイシン、イソロイシンおよびフェニルアラニンが挙げられるが、これらに限定されない。疎水性アミノ酸は、組成物の物理的安定性および/または分散性を改善し、バンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体の配合物を安定化させる。
【0019】
本発明のバンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有する組成物は、更に炭水化物増量剤や中鎖脂肪酸トリグリセリド等の増量剤を含んでいても良い。炭水化物増量剤としては、ラクトース、マンニトール、トレハロース、ラフィノース、およびマルトデキストリンが挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
本発明においては、バンコマイシンに比べて活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体の配合量が少ないため、均一な配合を目的とするために活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体に増量剤を加えて増量してから配合しても良い。なお、本発明の感染症治療剤は手術時に外用剤として用いるため、炭水化物増量剤は体内でも安全で、かつ水または体液に溶解するものでなくてはならない。
【0021】
上記の添加剤は、組成物の約50重量%以下、組成物の30重量%以下、または10重量%以下の量で含まれてもよい。本発明の感染症治療剤は手術時に外用剤として使用するため、添加剤の量は少ない方が好ましい。更に本発明の組成物は、例えば、酢酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウムなどのpH調整剤、緩衝剤または張度調整剤の少なくとも1種を含んでいても良い。また、手術時に用いる外用剤として薬学的に許容される補助物質または補助剤を含むことができる。
【0022】
本発明における感染症治療剤とはバンコマイシンが効能を有する治療剤であればどのようなものでも良く、その適応菌種および適応症はバンコマイシンの適応症と同義であり、適応菌種がバンコマイシンに感性のMRSAの場合は、敗血症、感染性心内膜炎、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、骨髄炎、関節炎、肺炎、肺膿瘍、膿胸、腹膜炎、化膿性髄膜炎等の適応症の予防および治療が、バンコマイシンに感性のメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS)が適応菌種の場合は、敗血症、感染性心内膜炎、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、骨髄炎、関節炎、腹膜炎、化膿性髄膜炎等の適応症の予防および治療が、適応菌種がバンコマイシンに感性のペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)の場合は、敗血症、肺炎、化膿性髄膜炎等の適応症の予防および治療が可能となるが、本発明における好ましい用途は手術創等の二次感染の予防および治療である。
【0023】
本発明のバンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有する感染症治療剤は、例えばバンコマイシン原料と活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を秤量の上、ミキサーにて混合することにより製造することができる。バンコマイシン原料の粒子径等が大きい場合は、必要により粉砕機で粉砕後、ミキサーで混合しても良い。
【0024】
本発明の製剤組成物は、外科手術中患部に塗布や噴霧するのに適した乾燥粉末組成物を提供することもできる。この場合、バンコマイシンおよび活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を、スプレードライ法により調製することができる。具体的にスプレードライ法は、バンコマイシンおよび活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体の水溶液を作成し、スプレードライヤーを常法により用いて均質の造粒物を得ることができる。上記方法を用いることにより直径1~5μmの粒子を有する微細な乾燥粉末を製造することもできる。
【0025】
製剤例1
バンコマイシン塩酸塩10gとカルシトリオール4.167ngを配合し、手術時に用いるバンコマイシンおよびカルシトリオールを含む感染症治療剤を製造する。
製剤例2
バンコマイシン塩酸塩100gとカルシトリオール41.67ngを配合し、手術時に用いるバンコマイシンおよびカルシトリオールを含む感染症治療剤(手術10回用)を製造する。
【0026】
本発明のバンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を含有する感染症治療剤は、脊椎手術閉創時にMRSA等による二次感染を予防するために使用される。具体的には予め製造された製剤を用いて、バンコマイシン3g~10g、好ましくは3g~6gの使用が必要な場合は、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を4ng~417ng、バンコマイシンを10g以上使用する場合は、バンコマイシン10gと活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を4ng~417ng、好ましくは4ng~8ng、一回の手術に対応した外用感染症治療剤として使用する。バンコマイシンの骨形成阻害作用は10g以上で出現するため、バンコマイシン10gを使用する場合は、活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体がバンコマイシンの骨形成阻害作用を抑止するために使用できる。また、バンコマイシン量がそれ未満の場合も手術後の治癒促進効果を目的として活性型ビタミンDまたは活性型ビタミンD誘導体を使用することができる。
【0027】
本発明のバンコマイシンおよび、活性型ビタミンDまたは活性型活性型ビタミンD誘導体を含有する感染症治療剤の使用方法は、脊椎手術固定術の手術中に本発明の感染症治療剤約3~10g、好ましくは約10gを手術した患部に塗布または噴霧し、その後傷口を縫合する。
【0028】
かかる本発明の感染症治療剤の使用により、MRSA等による術後感染を防ぐとともに、骨形成が阻害されることなく、創傷治癒が円滑に行われ患者の術後の容態が良好に経過する。
【実施例】
【0029】
以下に本発明の実施例を記載する。なお、以下の全ての実施例には活性型ビタミンDとしてカルシトリオールを用いた。以下の実施例(図面の説明も含む)に記載するカルシトリオールはビタミンD3と記載する。
〔実施例1〕
バンコマイシン各種濃度の骨芽細胞培養液におけるビタミンD3添加による細胞保護効果の確認
(1)試験用骨芽細胞の培養
骨芽細胞MC3T3-E1cell(国立研究開発法人理化学研究所より購入)は、細胞増殖率、細胞分化、石灰化がヒト骨芽細胞と類似しているため同細胞を評価試験に用いる細胞として選択した。
【0030】
MC3T3-E1細胞は、10%FBS(ウシ胎児血清)と1%抗生剤(100U/mlペニシリン+100μg/mlのストレプトマイシン)を含んだα-MEM 培地(ナカライテスク社より購入)で37℃、5%CO2の環境下で培養した。70%コンフルエントの状態になるまで培養を行い(約3日間)、PBSで洗浄した後、トリプシン-EDTA(0.05% トリプシン、EDTA-4Na、サーモフィッシャーサイエンス社から購入)を使って37℃、5%CO2の環境下で細胞を剥がし、継代培養を行った。
(2)バンコマイシンの調製
バンコマイシンを創内に2g散布した時、約1500μg/mlのドレーン排液量となることから、ドレーンの排液量からバンコマイシン濃度を換算した。
【0031】
この実験で使用したバンコマイシンは、塩野義製薬(株)から購入し、各試験の濃度は各2500μg/ml、5000μg/ml、7500μg/mlに設定した。
【0032】
ちなみに臨床での創内散布の報告は、0.5gから6gまで報告されているので、上記の比の計算から2500μg/mlから7500μg/mlが適正であると計算した。
(3)ビタミンD3 (カルシトリオール) の調製
ビタミンD3は、カイマンケミカル社から購入した。
濃度は、予備試験で各0.01nM、1nM、100nMの3種濃度で細胞数と細胞形態を検討したが、100nMで細胞毒性が生じたため0.01nMの濃度で試験を行うこととした。
(4)バンコマイシン単独群とバンコマイシン+ビタミンD3併用群との細胞数と細胞形態の比較
(1)で調整したMC3T3-E1cellを、24ウェルプレートを用いて1ウェルあたり1×104cellsになるようにプレートに播種した。5%FBSと1%抗生剤を含んだα-MEMの培養液を用いて、約3日間、37℃、5%CO2で培養した。70%コンフルエント後に、バンコマイシンおよび/またはビタミンD3を同時に投与した。バンコマイシンの終濃度は、2500μg/ml、5000μg/ml、7500μg/mlの3種類の濃度を用い、ビタミンD3の濃度は前記のように0.01nMになるよう添加した。その後、24時間インキュベートした後、培養液を取り除き、バンコマイシン単独群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン2500μg/ml、バンコマイシン5000μg/mlまたはバンコマイシン7500μg/mlを、バンコマイシンとビタミンD3の併用群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン2500μg/ml+ビタミンD3 0.01nM、バンコマイシン5000μg/ml+ビタミンD3 0.01nMまたはバンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 0.01nMを添加し、培養した。培養1日目、3日目、7日目に各群における細胞数を観察した。
【0033】
図1にバンコマイシンおよびそれにビタミンD3を加えた各サンプルの1日目(
図1A)、3日目(
図1B)、7日目(
図1B)における細胞数の変化を示した。
【0034】
図1によればビタミンD3をバンコマイシンに加えて添加した群に関しては、2500μg/ml、5000μg/ml、7500μg/mlの各バンコマイシン濃度とも1日目、3日目、7日目においてバンコマイシンにビタミンD3を併用して添加した群はバンコマイシン単独添加群よりも骨芽細胞数は増加していた。とりわけ7500μg/mlのバンコマイシン単独添加群では著しく骨芽細胞数はコントロールより減少するが、培養7日目の試験結果ではビタミンD3併用により細胞数が顕著に回復していた。
【0035】
次に、フラスコを用いて、1フラスコあたり1×104cellになるように骨芽細胞をフラスコに播種した。前記のウェルにおける試験と同様に何も加えないコントロール群、ビタミンD3単独投与群、バンコマイシン単独添加群 (バンコマイシン各2500μg/ml、5000μg/ml、7500μg/ml、10000μg/ml)、バンコマイシン+ビタミンD3併用添加群(バンコマイシン2500μg/ml+ビタミンD3 0.01nM, バンコマイシン 5000μg/ml+ビタミンD3 0.01nM, バンコマイシン 7500μg/ml+ビタミンD3 0.01nM、バンコマイシン10000μg/ml+ビタミンD3 0.01nM)に関して、培養を行い、1日目、3日目、7日目に細胞増殖・形態の変化について観察した。
【0036】
図2に骨芽細胞の形態変化の状態を示す写真を示した。
【0037】
図2によればビタミンD3を添加すると、骨芽細胞を7日間培養すると骨芽細胞は増殖し、高濃度バンコマイシンの細胞障害性は緩和された。
〔実施例2〕
バンコマイシン含有骨芽細胞培養におけるビタミンDの効果の確認
最もビタミンD3併用により効果が認められた濃度(バンコマイシン7500μg/ml)について、分化・成熟に必要なアルカリフォスファターゼの活性について染色法を用いて肉眼的観察および顕微鏡下での観察を行い、活性能力を数値化、また、石灰化を評価するために染色を行なった。
【0038】
アルカリフォスファターゼの染色(ALP染色)とアルカリフォスファターゼ活性(ALP活性)は、骨芽細胞成熟を評価するために実行した。また、併せてアリザリンレッドS染色も行った。
【0039】
ALP染色キットはコスモバイオ(株)から、ALP活性キットは和光純薬工業(株)から購入して使用した。
(1)ALP染色
MC3T3-E1cellは、24ウェルプレートを用いて1ウェルあたり1×10
4cellsになるようにプレートに播種した。プレコンフになったところでバンコマイシン単独群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン7500μg/mlを、バンコマイシンとビタミンD3の併用群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 0.01nMを添加した。添加後更に24時間培養を行い、コントロール群とバンコマイシン単独投与群には、5%FBS入りα-MEMを添加した。バンコマイシン+ビタミンD3併用群では、ビタミンD3 0.01nMを投与した。7日後にALP染色を行った。培養液を除去後、1ウェルあたりPBS1mlで3回洗浄した。次に、固定液(10%中性緩衝ホルマリン液)を250μl/ウェル加え、室温で20分間固定した。固定液を除去し、1ウェルあたり蒸留水2/mlで3回洗浄した。発色基質1本に対して基質緩衝液5mlを加え溶解し、これを200μl/ウェル加えた。37℃、20分間加湿した。ALP活性がある場所は青く染色されるため、十分に発色したら、蒸留水でウェル内を洗浄し、反応を止めた。
その結果を
図3に示した。
【0040】
図3によれば、バンコマイシン添加で著しく低下した青い染色部分がビタミンD3添加群では、回復しており、細胞分化能力の減少が抑制されていることが判明した。
(2)ALP活性
MC3T3-E1cellは、96ウェルプレートを用いて1ウェルあたり10×10
4cellsになるようにプレートに播種した。プレコンフになったところでバンコマイシン単独群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン7500μg/mlを、バンコマイシンとビタミンD3の併用群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 0.01nMを添加した。添加後24時間培養した段階で、コントロール群とバンコマイシン単独投与群には5%FBS入りα-MEMを投与した。バンコマイシン+ビタミンD3併用群では、ビタミンD3 0.01nMを投与した。7日後にALP活性を測定した。ALP活性は1ウェルあたり基質緩衝液を100μlと検体を20μl加え、プレートミキサーで1分間攪拌後、37℃、15分間インキュベートした。反応停止液を80μl/ウェル加えた。プレートミキサーで1分間攪拌後、405nMの吸光度をマイクロプレートリーダーで吸光度を測定した。
【0041】
【0042】
図4によればビタミンD3添加により、バンコマイシン添加で減少したALP活性が増加した。
(3)アリザリンレッド染色
アリザリンレッド染色は、骨芽細胞の石灰化を評価するために行った。石灰化染色キットは、シグマアルドリッチ社から購入し、使用した。
【0043】
MC3T3-E1cellを、12ウェルプレートを用いて1ウェルあたり2.0×104cellsになるようにプレートに播種した。プレコンフになったところでバンコマイシン単独群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン7500μg/mlを、バンコマイシンとビタミンD3の併用群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 0.01nMを添加した。添加後も24時間培養を行った後、コントロール群とバンコマイシン単独投与群には、5%FBS入りα-MEMを添加した。バンコマイシン+ビタミンD3併用群では、ビタミンD3 0.01nMを投与した。21日培養した後に、染色方法は過去の実験を参考に行った。3日に一回、培養液は交換した。3週間培養後、はじめに5分間PBS1mlで3回洗浄した。次に、室温にて4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液(富士フィルム 和光純製株式会社)で20分間固定を行った。10分間3回蒸留水で洗浄した。蒸留水に溶かした2%アリザリンレッドSを使用し、10分間室温で染色した。最後にPBS1mlで洗浄し、肉眼的観察および顕微鏡下での観察を行った。
【0044】
結果を
図5に示した。骨芽細胞の石灰化は、VCM単独群では、染色がほとんど見られなかったのに対し、活性型ビタミンD3を追加すると石灰化を示す染色は回復した。石灰化は骨芽細胞の成熟過程で見られる現象であることからも、ビタミンD3の添加によりバンコマイシンによる細胞障害性が回復していることが判明した。
〔実施例3〕
実施例1(1)記載の方法と同様の方法で調整したMC3T3-E1cellを、24ウェルプレートを用いて1ウェルあたり1×10
4cellsになるようにプレートに播種した。5%FBSと1%抗生剤を含んだα-MEMの培養液を用いて、約3日間、37℃、5%CO
2で培養した。70%コンフルエント後に、実施例1の(2)の記載で調整したバンコマイシン(終濃度7500μg/ml)またはコントロールとしての5%FBS入りα―MEM培養液を加え、これに実施例1の(3)に記載の方法で調整した上記3種類の濃度のビタミンD(終濃度、0.01nM,1nM、100nM)を同時に添加した。
【0045】
従って、試験区としてコントロール、バンコマイシン7500μg/ml単独群、ビタミンD3 0.01nM単独群、ビタミンD3 1nM単独群、ビタミンD3 100nM単独群、バンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 0.01n群、バンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 1nM群およびバンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 100nM群の8区の試験区を作成した。
【0046】
薬剤添加後、24時間インキュベートした後、培養液を取り除き、バンコマイシン単独群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン7500μg/mlを、バンコマイシンとビタミンD3の併用群は5%FBS含有α-MEM培養液中に、バンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 0.01nM、バンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 1nMまたはバンコマイシン7500μg/ml+ビタミンD3 100nMを添加し、培養した。培養7日目に各群における細胞数および細胞の形態を観察した。
【0047】
図6に各試験区における培養7日目の細胞数の変化を示した。
【0048】
図6によれば、ビタミンD3は、0.01nM、1nMにおいてコントロールより細胞数を増加させたが、100nM投与では減少傾向が見られた。バンコマイシン7500μg/ml投与による細胞数の減少に関しては、ビタミンD3は0.01nM投与群、1nM投与群、100nM投与群においてバンコマイシン投与による細胞数の減少を防いだが、ビタミンD3 1nM投与群が最も高い回復を示した。
【0049】
各試験区における細胞形態の変化の結果を
図7に示した。骨芽細胞は、ビタミンD3単独の場合は100nMで形態変化が見られたが、バンコマイシン7500μg/ml存在下で変化した細胞の形態をビタミンD3 0.01nM投与、ビタミンD1 1nM投与は抑止していた。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明により、術後感染症予防のための感染症治療剤が提供される。
【符号の説明】
【0051】
VCM:バンコマイシン
VD3:ビタミンD3
day1:培養1日目
day2:培養2日目
day3:培養3日目
VCM7500:バンコマイシン7500μg/ml
VD 0.01:ビタミンD3 0.01nM
VD1 :ビタミンD3 1nM
VD100 :ビタミンD3 100nM
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