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特許7479719哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法
(51)【国際特許分類】
   A23K 50/10 20160101AFI20240430BHJP
   A23K 20/174 20160101ALI20240430BHJP
   A23K 50/60 20160101ALI20240430BHJP
【FI】
A23K50/10
A23K20/174
A23K50/60
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022165737
(22)【出願日】2022-10-14
(65)【公開番号】P2024058398
(43)【公開日】2024-04-25
【審査請求日】2022-10-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000201641
【氏名又は名称】全国農業協同組合連合会
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武本 智嗣
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 哲誠
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-049410(JP,A)
【文献】特開2001-008637(JP,A)
【文献】特開2022-187676(JP,A)
【文献】水溶性ビタミンについて,酪農・豆知識,2018年01月,インターネット<URL:http://www.nissangosei.co.jp/nissan/m117.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 50/10
A23K 20/174
A23K 50/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳期~離乳期の子牛に1日当たり0.5 g~10 gのナイアシンを少なくとも離乳前3週間~離乳後2週間の期間給与することを含む、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法。
【請求項2】
前記症状又は状態の改善が、離乳期の増体の向上、哺乳期及び離乳期の飼料効率の向上、離乳期のタンパク質代謝の向上、離乳期の肝臓機能の向上、離乳期の白血球数変化の軽減及びN:L比上昇の抑制、並びに哺乳期の治療日数の低減から選択される少なくとも1種である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ナイアシンの給与量が1日当たり1.0 g~10 gである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
1日当たり0.5 g~10 gのナイアシンを哺乳期~離乳期の子牛に少なくとも離乳前3週間~離乳後2週間の期間補給することにより、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善するための、ナイアシンを含む哺乳期~離乳期の子牛用のサプリメントの使用。
【請求項5】
前記症状又は状態の改善が、離乳期の増体の向上、哺乳期及び離乳期の飼料効率の向上、離乳期のタンパク質代謝の向上、離乳期の肝臓機能の向上、離乳期の白血球数変化の軽減及びN:L比上昇の抑制、並びに哺乳期の治療日数の低減から選択される少なくとも1種である、請求項記載の使用。
【請求項6】
ナイアシンの補給量が1日当たり1.0 g~10 gである、請求項4又は5記載の使用。
【請求項7】
ナイアシンを含む哺乳期~離乳期子牛用サプリメントを、少なくとも離乳前3週間~離乳後2週間の期間、哺乳期~離乳期の子牛に給与することを含む、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法であって、サプリメントから前記子牛に補給されるナイアシンの量が1日当たり0.5 g~10 gである、方法。
【請求項8】
前記サプリメントから前記子牛に補給されるナイアシンの量が1日当たり1.0 g~10 gである、請求項7記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
家畜における過度のストレスはアニマルウェルフェア上の問題となるだけでなく、生産性の低下や畜産物の品質の悪化を引き起こす。子牛の場合には、母牛からの分離、離乳、飼料の変化、飼育環境の変化など、様々な社会的・環境的ストレスの負荷を強いられ、体重の減耗や免疫力低下など健康上の問題を生じることが知られている。離乳に伴う生理的反応として、血漿中コルチゾール濃度の増加(非特許文献1)、好中球とリンパ球の比率(N/L比)の増加(非特許文献2)などが知られている。
【0003】
育成牛の輸送ストレスに関しては、例えば、長距離輸送による体重増加抑制及び血清中肝臓機能指標の異常がバイパス加工されたナイアシンの補給により軽減することが知られている(非特許文献3~5)。また、ルーメン機能が未発達な子牛に対し1日当り10~15 mgのナイアシンを摂取させることにより、急激な食欲低下、重篤な下痢、運動失調、脱水症等を防止できることが知られている(非特許文献6)。なお、NRC乳牛飼養標準2001年版(NRC2001)によると、水溶性ビタミンに関しては、子牛が離乳して乾燥飼料を摂取すれば、消化管内に常在する微生物が子牛の必要に見合う量を合成するので、飼料に添加する必要はなく、ビタミンB類は代用乳飼料のみに必要とされ、ナイアシンの場合の要求濃度は10 mg/DM kgである(非特許文献7)。また、DSM Animal Nutrition & HealthのVitamin Supplementation Guidelines, 2022 for Animal Nutrition(非特許文献8)によると、子牛用飼料へのナイアシン補充は代用乳に対して9~18 mg/日の量である。一般的な代用乳給与体系では、代用乳の給与量は1日概ね0.3 kg~0.9 kg程度であり、強化哺育として知られる給与体系では代用乳の給与量は1日0.6 kg~1.2 kgであるから(非特許文献9)、NRC2001の要求濃度およびDSM Animal Nutrition & HealthのVitamin Supplementation Guidelines, 2022 for Animal Nutritionを鑑みてナイアシンを含有する代用乳を用いた場合、公知の給与体系において子牛が代用乳から摂取するナイアシンは1日3 mg~18 mgということになる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Lay et al. Applied Animal Behaviour Science, 56 (1998), pp. 109-119
【文献】Hickey et al., J Anim Sci, 81: 2847-2855 (2003).
【文献】日本畜産学会第122回大会講演要旨集、第120頁、講演番号I29-21、2017年3月28日発行
【文献】武本 智嗣、栄養生理研究会報、2019年、63巻1号、p.33-42
【文献】Takemoto S, Funaba M, Matsui T. Anim Sci J. 2018 Oct;89(10):1442-1450
【文献】S. Panda et al., Asian J. Dairy & Food Res, 36(2) 2017 : 93-99
【文献】NRC乳牛飼養標準2001年版 第7版、デーリィ・ジャパン社、2002年2月1日発行、p.208-227、「10 若齢子牛の養分要求量」
【文献】DSM Vitamin Supplementation Guidelines, 2022 for Animal Nutrition, Ruminants, [2022年8月30日検索]、インターネット<URL: https://www.dsm.com/anh/en_NA/products-and-services/products/vitamins/ovn/ruminants.html>
【文献】齋藤 昭、The Journal of Farm Animal in Infectious Disease、Vol.1、No.2、2012、p.37-47
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、哺乳期間中の子牛に発生しやすい症状や、離乳ストレスによる症状、健康状態への悪影響の軽減に有用な新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、所定量のナイアシン補給によって哺乳期~離乳期の子牛における上記の課題を解決できることを見出し、本願発明を完成した。すなわち、本発明は、哺乳期~離乳期の子牛に所定量のナイアシンを給与することを含む、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法、及びそのためのサプリメントであり、以下の態様を包含する。
【0007】
[1] 哺乳期~離乳期の子牛に1日当たり0.5 g~10 gのナイアシンを少なくとも離乳前3週間~離乳後2週間の期間給与することを含む、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法。
[2] 前記症状又は状態の改善が、離乳期の増体の向上、哺乳期及び離乳期の飼料効率の向上、離乳期のタンパク質代謝の向上、離乳期の肝臓機能の向上、離乳期の白血球数変化の軽減及びN:L比上昇の抑制、並びに哺乳期の治療日数の低減から選択される少なくとも1種である、[1]の方法。
[3] ナイアシンの給与量が1日当たり1.0 g~10 gである、[1]又は[2]記載の方法。
[4] 1日当たり0.5 g~10 gのナイアシンを哺乳期~離乳期の子牛に少なくとも離乳前3週間~離乳後2週間の期間補給することにより、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善するための、ナイアシンを含む哺乳期~離乳期の子牛用のサプリメントの使用。
[5] 前記症状又は状態の改善が、離乳期の増体の向上、哺乳期及び離乳期の飼料効率の向上、離乳期のタンパク質代謝の向上、離乳期の肝臓機能の向上、離乳期の白血球数変化の軽減及びN:L比上昇の抑制、並びに哺乳期の治療日数の低減から選択される少なくとも1種である、[4]記載の使用。
[6] ナイアシンの補給量が1日当たり1.0 g~10 gである、[4]又は[5]記載の使用。
[7] ナイアシンを含む哺乳期~離乳期子牛用サプリメントを、少なくとも離乳前3週間~離乳後2週間の期間、哺乳期~離乳期の子牛に給与することを含む、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法であって、サプリメントから前記子牛に補給されるナイアシンの量が1日当たり0.5 g~10 gである、方法。
[8] 前記サプリメントから前記子牛に補給されるナイアシンの量が1日当たり1.0 g~10 gである、[7]記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、哺乳期間中の子牛に発生しやすい症状や、離乳ストレスによる症状、健康状態への悪影響を軽減し、哺乳期~離乳期の子牛の健康状態を改善ないし向上できる。一般的な代用乳には要求量10 mg/DM kgを満たす濃度でナイアシンが添加されており、また、ルーメンがある程度発達する離乳期以後はルーメン微生物によって粗飼料から子牛の必要に見合う量の水溶性ビタミンが合成されることから(非特許文献7)、子牛飼養の分野では哺乳期~離乳期の子牛にナイアシンを追加補給する必要はないと認識されており、ナイアシンを追加補給する技術はこれまでに報告されていない。非特許文献6に開示される子牛のナイアシン摂取量も、要求量を満たす濃度でナイアシンが添加された一般的な代用乳を公知の給与体系で用いた場合に達成される摂取量である。本発明は、当該分野のこれまでの技術常識を覆す発明である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】試験に供試した子牛への代用乳給与体系。
図2-1】ナイアシン(NA)区及び対照区の子牛の体重。
図2-2】NA区及び対照区の一日平均増体量。
図2-3】NA区及び対照区のステージ別一日平均増体量。
図3-1】NA区及び対照区の人工乳摂取量。*: P<0.05
図3-2】NA区及び対照区のステージ別総人工乳摂取量。*:P<0.05
図3-3】NA区及び対照区の粗飼料摂取量。
図3-4】NA区及び対照区のステージ別総粗飼料摂取量。
図4-1】NA区及び対照区の飼料効率。†:P<0.10、*:P<0.05
図4-2】NA区及び対照区のステージ別飼料効率。*:P<0.05、**:P<0.01
図5】NA区及び対照区のステージ別治療日数。†:P<0.10
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の方法は、哺乳期~離乳期の子牛に1日当たり0.02 g~10 gのナイアシンを給与することを含む、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善する方法である。また、本発明のサプリメントは、ナイアシンを含む、哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態を改善するための哺乳期~離乳期の子牛用のサプリメントであって、1日当たり0.02 g~10 gのナイアシンを前記子牛に補給するために用いられる。
【0011】
本発明が対象とする子牛は哺乳期~離乳期の子牛であり、ホルスタイン種やジャージー種等の乳生産用の品種(乳牛)の子牛、及び黒毛和種等の食肉用の品種(肉牛)の子牛が包含される。分娩及び初乳摂取後早期に母子分離し、代用乳(液状飼料)及び人工乳(固形飼料、スターターとも呼ばれる)を用いて哺育する早期母子分離による人工哺育管理を受けている子牛でもよいし、離乳まで母子分離せず、母牛からの授乳により哺育する自然哺乳の子牛でもよく、母子の同居時間の制限や母子を柵で仕切る等の手段により母牛からの授乳の時間ないし回数を制限する哺育管理下の子牛でもよい。子牛は単飼育でも群飼育でもよく、代用乳の自動哺乳機の利用の有無も問わない。酪農現場では早期母子分離による人工哺育が主流であり、畜産現場でも人工哺育管理が増えてきている。
【0012】
哺乳期とは、離乳前の代用乳又は母乳などの液状飼料を給与されている期間であり、0週齢~離乳までの期間である。この期間は液状飼料だけでなく、固形飼料として人工乳及び粗飼料も給与されている。離乳期とは、離乳後の、人工乳及び粗飼料を給与されている期間であり、一般に離乳~離乳後10週間程度の期間である。離乳の時期は哺育管理の方式に応じて農場ごとに適宜設定されているが、早期母子分離による人工哺育管理では6~12週齢で離乳することが一般的である。肉牛の自然哺育では、一般に離乳時期は3ヶ月齢程度である。
【0013】
本発明において、ナイアシンを子牛に給与する期間は、少なくとも離乳前3週間~離乳後2週間の期間であればよく、例えば、離乳前25日~離乳後2週間を含む期間、離乳前25日~離乳後18日を含む期間、離乳前4週間~離乳後2週間を含む期間、離乳前4週間~離乳後18日を含む期間、又は離乳前4週間~離乳後3週間を含む期間であってよい。
【0014】
離乳期の子牛はルーメンがある程度発達しており、ナイアシンを子牛に吸収させたい場合にはルーメンで分解されないようにバイパス加工されたナイアシンを用いる必要があるが、本願では離乳期におけるナイアシンはルーメン微生物への栄養源として給与することから、離乳期の子牛に対してもバイパス加工されていないナイアシンを使用する。従って、本発明のサプリメントは、バイパス加工されていない形態でナイアシンを含有する。本発明のサプリメントは、実質的にナイアシンのみからなっていてもよいし、ルーメンバイパス効果のない添加剤等をさらに含んでいてもよい。
【0015】
本発明における子牛へのナイアシンの給与量は1日当たり0.02 g~10 gであり、例えば、0.03 g~10 g、0.04 g~10 g、0.05 g~10 g、0.06 g~10 g、0.07 g~10 g、0.08 g~10 g、0.09 g~10 g、0.1 g~10 g、0.2 g~10 g、0.3 g~10 g、0.4 g~10 g、0.5 g~10 g、0.6 g~10 g、0.7 g~10 g、0.8 g~10 g、0.9 g~10 g、1 g~10 g、1.1 g~10 g、1.2 g~10 g、1.3 g~10 g、1.4 g~10 g、1.5 g~10 g、1.6 g~10 g、1.7 g~10 g、1.8 g~10 g、又は1.9 g~10 gであってよい。上限値は9 g、8 g、7 g、6 g、又は5 gであってもよい。上記の量のナイアシンを、上記した給与期間中に毎日給与することが好ましい。上記した1日当たりの量を複数回に分けて給与してもよいが、1回で給与することが簡便で好ましい。一般的な代用乳には、ナイアシンが要求濃度10 mg/DM kgを満たす濃度で、あるいは1日のナイアシン摂取量が9~18 mgとなる濃度で添加されている。本発明において、哺乳期の子牛にナイアシンを給与する場合、かかる濃度でナイアシンを含有する代用乳を給与されている子牛に対し、上記した量のナイアシンを追加補給してもよいし、代用乳から摂取するナイアシンを合計した量が上記の給与量であってもよい。
【0016】
本発明による哺乳期間中の又は離乳に伴う子牛の症状又は状態の改善は、例えば、離乳期の増体(例えば、一日増体量又は一日平均増体量)の向上、哺乳期及び離乳期の飼料効率の向上、離乳期のタンパク質代謝の向上、離乳期の肝臓機能の向上、離乳期の白血球数変化(例えば、リンパ球数の増加、好中球数の低下)の軽減及びN:L比上昇の抑制、並びに哺乳期の治療日数の低減から選択される少なくとも1種である。
【0017】
本発明におけるナイアシンないし本発明のサプリメントは、代用乳や人工乳等の飼料に添加して給与してもよいし、飼料に添加せず直接又は飲料水に溶解させて経口補給させてもよい。また、本発明のサプリメントは、代用乳や人工乳等の、哺乳期~離乳期の子牛用の飼料に添加された形態で提供することも可能である。
【実施例
【0018】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0019】
実施例:ナイアシン補給が哺乳期~離乳期の子牛に及ぼす影響
1.材料及び方法
(ア) 試験期間:令和2年10月~令和3年1月
(イ) 試験場所:笠間乳肉牛研究室 哺育舎
(ウ) 供試動物:4週齢のホルスタイン種雌子牛20頭(生後1時間以内に母牛から分離)
(エ) 試験区分;以下の2区を設けた(各区n=10)。
a. 対照区;農場の慣行に従い管理した(代用乳は図1の通りに給与、固形飼料(人工乳及び粗飼料)は全期間で給与)。0~3週(4~7週齢)を哺乳期、4~6週(8~10週齢)を離乳期として、合計6週間を試験期間とした。
b. ナイアシン(NA)区;対照区の管理に加えて、ナイアシン(製品名ACIPPEX 990、Impextraco社製、主成分ナイアシン(含有割合99%))を原物2 g/頭/日(ナイアシン換算で1.98 g/頭/日)を試験期間中経口補給した。ナイアシンの給与量は予備検討し、血液中ナイアシン濃度が増加した量として原物2 g/頭/日に設定した。なお、使用した代用乳はNRC2001(非特許文献7)に準拠して製造されたものであり、図1の給与体系では、哺乳期の子牛は代用乳から1日当たり3.5 mg~8 mgのナイアシンを摂取したことになる。
(オ) 飼養管理;飼料は1日2回給与とし、自由飲水とした。治療、ワクチンおよび除角などの管理は農場の規則に則り行った。
【0020】
(カ) 調査項目:
a. 飼料摂取量;毎日
b. 体重;毎週
c. 生化学検査;体重測定に併せて採血し、遠心分離後の血清を用いてTP、Alb、AST、γ-GTP、BUN、Tcho、Glu、コルチゾール、白血球数、白血球分画、遊離アミノ酸濃度を測定した。
【0021】
(キ) 統計解析:全てのデータは、JMP Ver.15のモデルあてはめにより処理および時間を要因とした二元配置反復測定分散分析を行った。有意差(P<0.05)が認められた場合、Student t検定を実施した。体重を基に算出した一日平均増体量(ADG)、飼料摂取量、飼料効率、白血球数および白血球分画については、哺乳期、離乳期、全期に区分けしてその期間中の平均を算出し、区間差をStudent t検定した。
【0022】
2.結果及び考察
(ア) 体重(図2-1~図2-3)
体重や区間一日増体量(DG)にナイアシン給与の効果はなかった。一方、離乳期のADGはNA区で高く、試験期間中のADGも高い傾向を示した。これらのデータは、子牛に対するナイアシン補給が離乳期のADGを高めることを示唆している。
【0023】
(イ) 飼料摂取量(図3-1~図3-4)
試験開始3週間のNA区の人工乳摂取量は対照区に比べ低かったが、残り3週間の人工乳摂取量はナイアシン給与の影響を受けなかった。すなわち、哺乳期の人工乳摂取量は対照区に比べてナイアシン摂取量が増加したことにより抑制されたが、離乳期の人工乳摂取量はナイアシン摂取量増加の影響を受けなかった。一方、ナイアシン給与は粗飼料摂取量に影響しなかった。これらのデータは、子牛に対するナイアシン補給が哺乳期の人工乳摂取量を低下させることを示唆している。
【0024】
(ウ) 飼料効率(図4-1~図4-2)
試験開始3週間のNA区の飼料効率は対照区と差はなかったが、残り3週間の飼料効率はNA区で対照区に比べ高かった。一方、ステージ別に取りまとめると、離乳期同様、哺乳期においても、NA区の飼料効率は対照区の飼料効率より高かった。これらのデータは、子牛に対するナイアシン補給が哺育期の飼料効率を改善することを示唆している。子牛に関する報告はないが、肥育牛に対するナイアシン補給はADGを増加させ、飼料要求率を低下させることが報告されていることから(Dan et al., Ital J Anim Sci, 18: 57 62 (2019).)、子牛においてもナイアシン補給は飼料要求率を低下させる(飼料効率を高める)と推察される。
(エ) 血液成分(生化学検査)(表1)
試験開始3週間の血清生化学検査値に区間差は確認されなかった。試験4~6週のNA区のTP、Tcho、Glu濃度は対照区に比べ高く、BUN濃度は対照区に比べ低下した。試験開始3週間は哺乳期に該当する。この期間のNA区の人工乳摂取量は対照区に比べ低かった。すなわち、NA区では、穀類摂取量やタンパク質摂取量が対照区より少なかった。一方、試験4~6週(離乳期に該当)のNA区の飼料摂取量は対照区と変わらなかった。TPやBUNはタンパク質代謝の指標として用いられる。ルーメンの微生物によるタンパク質合成はナイアシン給与によって促進されることが報告されている(Flachowsky, Arch Tierernahr, 43:195 213 (1993).)。さらに尿素添加飼料にナイアシンを混合して給与することで、子羊と雄牛の生体重増加が改善されることが報告されている(Horner et al., J Dairy Sci, 71: 3334 3344 (1988).)。著者らは、ナイアシン存在下では、ルーメン微生物が尿素を体内のタンパク質合成に効率よく利用し、その結果、下部消化管での微生物タンパク質の利用率が高くなったため子羊と雄牛の生体重が増加したと考察している。また、TchoやGluは肝臓機能の指標として用いられている。ナイアシンはルーメン発酵を促進し、ルーメン液中プロピオン酸生成を高めることが知られている。プロピオン酸は糖新生に利用される。したがって、試験期間を通して、NA区では、対照区に比べて、飼料の利用性が高まった結果、総タンパク質の増加およびBUNの低下、肝臓におけるコレステロール合成やグルコース合成の促進が生じたと推察される。
【0025】
コルチゾール濃度については区間差も時間の影響も確認されなかった。ナイアシン給与はコルチゾール濃度に影響しなかった。このことから離乳ストレスによるコルチゾール濃度変化に対してナイアシンは影響しないことが考えられた。
【0026】
【表1】
【0027】
(オ) 血液成分(白血球分画)(表2)
離乳は子牛の血中リンパ球数を低下させ、好中球数を増加させ、N:L比を増加させることが知られている(Hickey et al., J Anim Sci, 81: 2847-2855 (2003).)。白血球分画をステージ別に区切り比較したところ、対照区に比べ、離乳期のNA区のリンパ球数は高い傾向があり、好中球数は低く、結果的にN:L比が低値を示しており、離乳期の白血球数の変化が軽減されていた。哺乳期は差がなかった。
【0028】
【表2】
【0029】
(カ) 血液成分(遊離アミノ酸)(表3)
NA区の血中グルタミン濃度は試験4および6週目で高かった。NA区の血中アルギニン濃度とヒスチジン濃度は試験2週目以降高かった。また、NA区の血中βアラニン、1メチルヒスチジン、アンセリン、カルノシン濃度は試験1週目以降高かった。カルノシンは内因性のジペプチドであり、ヒスチジンとβアラニンから合成される。カルノシンには、抗酸化作用やフリーラジカル消去作用があることが知られている。また、カルノシンは、ヒト好中球の免疫反応を調節し、腹膜マクロファージの貪食活性を高めることが報告されている(20)。亜鉛カルノシンはRAW264.7細胞において、Nrf2/HO-1の活性化または核内因子κBのシグナル伝達経路の阻害を介して、LPSによる炎症を抑制することが報告されている(21, 22)。以上のことから、本試験では分析していないが、ナイアシン補給は、カルノシンの体内利用性を高めて、マクロファージの貪食活性の増加や炎症抑制を生じさせたのかもしれない。
【0030】
【表3】
【0031】
(キ)治療日数(図5
対照区の治療内容は血便、下痢、発熱、発咳であり、列挙した順に多かった。NA区の治療内容は血便、食欲不振、下痢、発咳であり、列挙した順に多かった。哺乳期の治療日数はNA区のほうが対照区に比べ少ない傾向を示した。離乳期の治療日数に区間差は確認されなかったものの、試験期間中の治療日数は哺乳期の影響を受けてNA区のほうが対照区に比べ少ない傾向を示した。NA区では離乳期にリンパ球数の増加や好中球数の低下、N:L比の低下が確認されたが、このことは治療日数に影響しなかった。おそらく、離乳期に発生した治療がそもそも少なかったことにより、明瞭な差が確認されなかったと推察される。
【0032】
3.結論
ナイアシン補給により、子牛の離乳期のADG、全期間の飼料効率、離乳期のタンパク質代謝、肝臓機能が改善し、離乳期のリンパ球数の増加、好中球数の低下、N:L比の低下が生じ、哺乳期の治療日数が減少した。
図1
図2-1】
図2-2】
図2-3】
図3-1】
図3-2】
図3-3】
図3-4】
図4-1】
図4-2】
図5