(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】分娩後の雌牛の健康状態を向上させる方法
(51)【国際特許分類】
A23K 20/174 20160101AFI20240430BHJP
A23K 50/10 20160101ALI20240430BHJP
A23K 40/35 20160101ALI20240430BHJP
【FI】
A23K20/174
A23K50/10
A23K40/35
(21)【出願番号】P 2022165747
(22)【出願日】2022-10-14
【審査請求日】2022-10-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000201641
【氏名又は名称】全国農業協同組合連合会
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武本 智嗣
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 哲誠
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-145962(JP,A)
【文献】特開2001-008637(JP,A)
【文献】特開平05-091842(JP,A)
【文献】特開昭64-010947(JP,A)
【文献】国際公開第2018/030476(WO,A1)
【文献】特開2022-187676(JP,A)
【文献】暑熱期の乳牛におけるバイパスナイアシン給与効果,埼玉県調査研究成績報告書,2018年,https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/60178/r01-09.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 20/174
A23K 50/10
A23K 40/35
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイパス加工されたナイアシンを
、少なくとも分娩前
3週間から分娩後3週間までの期間に雌牛に給与することを含む、
該雌牛の初乳質を向上させ、分娩後の乳成分を増加させ、又は分娩後に発生する疾病の治療日数を低減させる方法であって、前記ナイアシンの給与量がナイアシン換算で1日当り
12 g~60 gである、方法。
【請求項2】
分娩後に発生する疾病の治療日数の低減が、分娩後の臨床型乳房炎発症の低減である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ナイアシンの給与量がナイアシン換算で1日当り15 g~60 gである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
少なくとも分娩前4週間から分娩後4週間までの期間に前記ナイアシンを給与する、請求項
1~3
のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
ナイアシン換算で1日当り
12 g~60 gのバイパス加工されたナイアシンを少なくとも分娩前
3週間から分娩後3週間までの期間に雌牛に補給することにより、
該雌牛の初乳質を向上させ、分娩後の乳成分を増加させ、又は分娩後に発生する疾病の治療日数を低減させるための、バイパス加工されたナイアシンを含む雌牛用サプリメントの使用。
【請求項6】
分娩後に発生する疾病の治療日数の低減が、分娩後の臨床型乳房炎発症の低減である、請求項
5記載の使用。
【請求項7】
前記ナイアシンの補給量がナイアシン換算で1日当り15 g~60 gである、請求項
5又は
6記載の使用。
【請求項8】
前記雌牛への補給が、少なくとも分娩前4週間から分娩後4週間までの期間における補給である、請求項
5~7のいずれか1項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分娩後の雌牛の健康状態を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
家畜における過度のストレスはアニマルウェルフェア上の問題となるだけでなく、生産性の低下や畜産物の品質の悪化を引き起こす。実際にウシはライフサイクルの中で分娩、母子分離、離乳、削蹄、群移動、輸送、去勢、除角など多種多様なストレス負荷を強いられ、体重の減耗や免疫力低下など生産性への悪影響を招くことが知られている。分娩ストレスは、分娩後の雌牛の健康状態を低下させ、初乳量や初乳質の低下による産仔への悪影響、乳量の低下による乳牛の乳生産性の低下などの問題を生じる。
【0003】
一方、反すう動物のルーメン内微生物に分解されないように、ルーメンをバイパスする加工(バイパス加工)を施した飼料添加物が種々利用されており(例えば特許文献1)、ナイアシンをバイパス加工したもの(以下、バイパスナイアシンということがある)も牛の飼料添加物として公知である。
【0004】
雌牛の分娩ストレスとナイアシン補給に関する報告として、例えば、非特許文献1には、乳牛に対し分娩21日前~分娩21日後の期間にバイパスナイアシンを12 g/日(ナイアシン換算で7.8 g/日)給与した結果、乳汁中脂肪割合が低下し、泌乳1週目のECM及びFCMが減少したこと、すなわち、バイパスナイアシン補給が分娩ストレスによる乳生産低下を改善できなかったことが記載されている。非特許文献2には、暑熱期の60日間を試験期間とし、分娩後の乳牛(泌乳牛)を2群にわけ、試験期間のうち前半30日間(Period 1)にナイアシン含量65%の封入化ナイアシン(バイパスナイアシンに相当)を給与した場合と、後半30日間(Period 2)に封入化ナイアシンを給与した場合とで、乳生産量及び乳成分を比較した結果が示されている。封入化ナイアシンの給与量は12 g/日、ナイアシン換算で7.8 g/日であり、Yuan et alと同じ給与量である。Period 1給与で向上する項目、Period 1給与で低下する項目、Period 2給与で向上する項目、及びPeriod 2給与で低下する項目があり、ナイアシン給与による効果は一貫していない。非特許文献3には、バイパス加工されていないナイアシンを乾乳牛に給与すると初乳中IgG濃度が増加したことが記載されている。バイパス加工されていないナイアシンを給与した場合、ほとんど全てのナイアシンがルーメン内微生物により利用され、微生物態タンパク質が合成され、これが乳牛にとっての栄養となる。非特許文献3に記載された技術は、乳牛自体にナイアシンを補給する技術ではない。適温期において分娩後の乳牛の乳量や乳成分がナイアシン補給により改善するという報告はこれまでにない。また、分娩後の乳牛における乳房炎等の疾病の発症や、初乳の量及び成分に対するナイアシン補給の効果についての報告も知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Yuan et al., J Dairy Sci, 95: 2673-2679 (2012)
【文献】Zimbelman et al., Anim feed sci technol, 180: 26-33 (2013)
【文献】Aragona et al., Journal of Dairy Science, 99: 3529-3538 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、季節を問わず、分娩ストレスが分娩後の雌牛に及ぼす健康状態への悪影響の軽減に有用な新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、妊娠雌牛に分娩前より所定量のバイパスナイアシンを給与することにより上記の課題を解決できることを見出し、本願発明を完成した。すなわち、本発明は、ナイアシン換算で1日当り8 g~60 gの量のバイパスナイアシンを少なくとも分娩前の期間に妊娠雌牛に給与することにより、分娩後の雌牛の健康状態を向上させる発明であり、以下の態様を包含する。
【0009】
[1] バイパス加工されたナイアシンを、少なくとも分娩前3週間から分娩後3週間までの期間に雌牛に給与することを含む、該雌牛の初乳質を向上させ、分娩後の乳成分を増加させ、又は分娩後に発生する疾病の治療日数を低減させる方法であって、前記ナイアシンの給与量がナイアシン換算で1日当り12 g~60 gである、方法。
[2] 分娩後に発生する疾病の治療日数の低減が、分娩後の臨床型乳房炎発症の低減である、[1]記載の方法。
[3] 前記ナイアシンの給与量がナイアシン換算で1日当り15 g~60 gである、[1]又は[2]記載の方法。
[4] 少なくとも分娩前4週間から分娩後4週間までの期間に前記ナイアシンを給与する、[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法。
[5] ナイアシン換算で1日当り12 g~60 gのバイパス加工されたナイアシンを少なくとも分娩前3週間から分娩後3週間までの期間に雌牛に補給することにより、該雌牛の初乳質を向上させ、分娩後の乳成分を増加させ、又は分娩後に発生する疾病の治療日数を低減させるための、バイパス加工されたナイアシンを含む雌牛用サプリメントの使用。
[6] 分娩後に発生する疾病の治療日数の低減が、分娩後の臨床型乳房炎発症の低減である、[5]記載の使用。
[7] 前記ナイアシンの補給量がナイアシン換算で1日当り15 g~60 gである、[5]又は[6]記載の使用。
[8] 前記雌牛への補給が、少なくとも分娩前4週間から分娩後4週間までの期間における補給である、[5]~[7]のいずれか1項に記載の使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、季節(暑熱期か適温期か)を問わず、分娩ストレスによる悪影響を軽減し、分娩後の雌牛の健康状態を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例で行なったバイパスナイアシン補給試験の試験スケジュールである。
【
図2】分娩後8週間において臨床症状を示した疾病の治療日数。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明では、バイパス加工したナイアシン(バイパスナイアシン)を用いる。ルーメンをバイパスするバイパス加工自体は、この分野において周知である。例えば、バイパス加工は、硬化油などのバイパス加工に使用される原料を加工する原料に対してスプレーコーティングやパンコーティングをすることにより行うことができる。バイパスナイアシンは市販されているので、市販品を用いて本発明を実施することができる。
【0013】
本発明の方法は、ナイアシン換算で1日当り8 g~60 gの量のバイパスナイアシンを分娩前の雌牛に給与することを含む、分娩後の該雌牛の健康状態を向上させる方法である。また、本発明のサプリメントは、分娩後の雌牛の健康状態を向上させるための雌牛用サプリメントであり、ナイアシン換算で1日当り8 g~60 gの量のバイパスナイアシンを少なくとも分娩前の期間に雌牛に補給するために用いられる。
【0014】
本発明が対象とする雌牛は、黒毛和種等の食肉用の品種(肉牛)でもよいし、ホルスタイン種、ジャージー種等の乳生産用の品種(乳牛)でもよい。下記実施例では乳牛を用いて試験を行なっているが、肉牛の繁殖用雌牛にも本発明を適用可能である。雌牛の繁殖回数にも制限はなく、初産牛でもよいし、経産牛でもよい。
【0015】
本発明では、分娩前の妊娠雌牛に、乳牛においては乾乳期の雌牛に、バイパスナイアシンを給与する。乾乳期とは、妊娠中の乳牛が分娩に備えて搾乳を休む期間である。一般的な乳牛飼育管理では、分娩後およそ280日~330日の期間搾乳し(搾乳期間を泌乳期という)、30~90日間程度の乾乳期に入る。本発明におけるバイパスナイアシンの給与期間は、例えば、少なくとも分娩前3週間の期間であり、少なくとも分娩前25日間、又は少なくとも分娩前4週間であってよい。分娩後にも引き続きバイパスナイアシンを給与してよく、例えば、少なくとも分娩後3週間まで、少なくとも分娩後25日まで、又は少なくとも分娩後4週間まで、バイパスナイアシンを給与してよい。下記実施例には、分娩後4週間でバイパスナイアシンの給与を終了した後にも、バイパスナイアシンによる乳量や乳質の向上効果が持続することが示されている。
【0016】
酪農現場では、分娩及び初乳給与後早期に母子分離し、代用乳(液状飼料)及び人工乳(固形飼料、スターターとも呼ばれる)を用いて哺育する早期母子分離による人工哺育管理が主流となっている。畜産現場では、離乳まで母子分離せず、母牛が授乳して子牛を哺育する自然哺乳管理が一般的ではあるが、人工哺育管理も増えてきている。自然哺育管理においては、出産後の母牛の健康状態(初乳を含む乳の質及び量、乳房炎等の疾病の発症頻度など)が産仔の育成に大きく影響するのはいうまでもなく、早期母子分離による人工哺育管理においても初乳の質及び量が産仔のその後の健全な育成に影響する。従って、本発明は、産仔の哺育管理方式や肉牛か乳牛かを問わず、妊娠・出産を行なう雌牛全般を対象としてその効果を発揮する発明である。
【0017】
バイパスナイアシンの給与量は、ナイアシンに換算した1日当りの量として8 g~60 gであればよく、例えば、10 g~60 g、12 g~60 g、15 g~60 g、17 g~60 g、18 g~60 g、19 g~60 g、又は20 g~60 gであってよい。上限値は、55 g、50 g、45 g、40 g、35 g、30 g、又は25 gであってもよい。1日当りの量を複数回に分けて給与してもよいが、1回で給与することが簡便で好ましい。
【0018】
健康状態の向上は、例えば、初乳量の増大、初乳質の向上(例えば、IgG生産量の増大)、分娩後の乳量の増大、分娩後の乳成分(脂肪、無脂固形、蛋白)の増加、及び分娩後の治療日数の低減(例えば、分娩後の臨床型乳房炎発症の低減)から選択される少なくとも1種である。
【0019】
本発明のサプリメントは、実質的にバイパスナイアシンのみからなっていてもよいし、ルーメンバイパス効果を損なわない添加剤等をさらに含んでいてもよい。
【0020】
本発明におけるバイパスナイアシン、ないし本発明のサプリメントは、飼料に添加して給与してもよいし、飼料に添加せずに直接又は飲料水に溶解させて経口給与してもよい。また、本発明のサプリメントは、分娩前の妊娠雌牛に給与する飼料(乳牛の場合には、乾乳期乳牛用の飼料)や、分娩前後の雌牛に給与する飼料(乳牛の場合には、乾乳期~泌乳期乳牛用の飼料)に添加された形態で提供することも可能である。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0022】
実施例:バイパスナイアシン補給が雌牛の分娩ストレス軽減に及ぼす影響
1.材料および方法
(ア) 試験期間:適温期の試験は令和2年10月~令和3年6月、暑熱期の試験は令和2年5月~令和2年10月に実施した。
(イ) 試験場所:笠間乳肉牛研究室 乳牛舎
(ウ) 供試動物:約1.8産のホルスタイン種乾乳牛計46頭
(エ) 試験区分(表1、
図1):下記表1の通り、適温期対照区、適温期ナイアシン(NA)区、暑熱期対照区、暑熱期NA区の4区を設けた。
対照区は、農場の慣行に従い管理した。分娩予定8週間前に乾乳を行い、乾乳牛房に移動後、乾乳用TMRを給与した。乾乳房で分娩させた後、速やかに搾乳牛房に移動させて、搾乳用TMRを給与した。-4~-1週を乾乳期、1~8週を泌乳期として、合計12週間を試験期間とした。
NA区は、対照区の管理に加えて、バイパスナイアシン(Bioscreen Technologies Srl製「ニコスプレイ」、主成分ナイアシン、含有割合40%、バイパス率80%)を原物50 g/頭/日(ナイアシンとして20 g/頭/日)を-4~4週まで経口補給した。バイパスナイアシンの給与量は予備検討し、血液中ナイアシン濃度が増加した量として上記の通りに設定した。
【0023】
【0024】
(オ) 飼養管理;飼料は1日2回給与とし、自由飲水とした。治療、ワクチンなどの管理は農場の規則に則り行った。
(カ) 調査項目:
a. 乳量;分娩後試験期間中毎日測定した。
b. 乳成分;0、1、2、3、4、8週に採取し、乳脂肪率、乳蛋白率、無脂固形分率、体細胞数および乳中尿素態窒素(MUN)を分析した。0週の初乳について、IgG濃度も分析した。
c. 子牛;生時体重を測定した。
(キ) 統計解析:子牛の生時体重、臨床型乳房炎の発症リスクを除いた全てのデータは、JMP Ver.15のモデルあてはめにより処理および季節を要因とした二元配置分散分析を行った。子牛の生時体重は処理、性別および季節を要因とした三元配置分散分析を行った。ナイアシン補給の有無、季節に対する臨床型乳房炎の発症リスクについて、オッズ比と95%信頼区間をロジスティック回帰分析により求めた。
【0025】
2.結果および考察
(ア) 初乳量・成分(表2)
IgG、脂肪、無脂固形、蛋白は、処理間で濃度に有意差はなかったが、NA区では濃度を維持したまま初乳の生産量が大幅に増大しており、結果として各成分の生産量もNA区で大幅に増大していた。
【0026】
【0027】
(イ) 子牛の生時体重(表3)
子牛の生時体重において、性の効果が認められ、雄子牛のほうが雌子牛より生時体重は大きかった。生時体重には区間差はなく、乾乳牛に対するナイアシン補給は子牛の生時体重に影響を及ぼさなかった。
【0028】
【0029】
(ウ) 乳量・乳成分(表4)
脂肪、無脂固形、蛋白の濃度にはナイアシン補給の有無で有意差はなかったが、NA区ではこれらの濃度を維持したまま乳量の生産量が大幅に増大しており、結果として各成分の生産量もNA区で大幅に増大していた。
【0030】
【0031】
(エ) 治療日数(表5、表6、
図2)
分娩後8週間において臨床症状を示した疾病の治療日数を表5、
図2に示した。治療の内訳は、乳房炎、蹄病、ケトーシス、第四胃左方変位の順に多かった。NA区の治療日数は対照区よりも少なかった。
【0032】
【0033】
本試験において分娩後に最も多く発生した臨床型乳房炎について、発症リスクを比較した結果を表6に示す。臨床型乳房炎を発症した個体の比率は、ナイアシン補給区の方が有意に低かった。この結果は、乾乳牛におけるナイアシン補給が分娩後の臨床型乳房炎発症を低減することを示唆している。
【0034】
【0035】
(オ) 分娩後の乳量(表7)
分娩後の乳量は、ナイアシン補給期間(1~4週)のみならず、ナイアシン補給終了後の無補給期間(5~8週)においてもNA区で乳量が増大しており、分娩後の全期間(1~8週)でみても乳量の増大は有意であった。
【0036】
【0037】
3.結論
分娩前の乾乳牛に対するナイアシン補給は、初乳量及び初乳質の改善、分娩後の乳量及び乳成分の増加を促進した。乾乳牛へのナイアシン補給による乳量増大の効果は、ナイアシン補給終了後も持続した。