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特許7479782TiAlN-ZrNコーティングを有する固体炭化物エンドミリングカッター
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  • 特許-TiAlN-ZrNコーティングを有する固体炭化物エンドミリングカッター 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】TiAlN-ZrNコーティングを有する固体炭化物エンドミリングカッター
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240430BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20240430BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240430BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C14/06 A
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2017541802
(86)(22)【出願日】2016-02-11
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2018-04-12
(86)【国際出願番号】 EP2016052891
(87)【国際公開番号】W WO2016128504
(87)【国際公開日】2016-08-18
【審査請求日】2018-12-21
【審判番号】
【審判請求日】2022-03-31
(31)【優先権主張番号】15155026.6
(32)【優先日】2015-02-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】シーア, ファイト
(72)【発明者】
【氏名】エンゲルハート, ヴォルフガング
【合議体】
【審判長】刈間 宏信
【審判官】鈴木 貴雄
【審判官】菊地 牧子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/019897(WO,A1)
【文献】特表2010-529295(JP,A)
【文献】Tetsuhide Shimizu et al.,HIPIMIS deposition of TiAlN films on inner wall of micro-dies and its applicability in micro-sheet metal forming,Surface & Coatings Technology,ELSEVIER,2014年7月15日,Volume 250,Pages44~51,http://dx.doi.org/10.1016/j.surfcoat.2014.02.008
【文献】清水徹英ほか,HIPIMS法によるTiAlN薄膜形成とそのトライボロジー特性評価,日本機械学会年次大会講演論文集,日本,一般社団法人 日本機械学会,2013年9月8日,2013巻,J212016,https://doi.org/10.1299/jsmemecj.2013._J212016-1
【文献】Luca Meister,“Die glatte Revolution eingelaeutet:BALIQ und S3p”,[online],2013年11月11日,[令和6年3月5日検索],インターネット(ドイツ語),https://www.maschinenmarkt.ch/die-glatte-revolution-eingelaeutet-baliq-und-s3p-a-424263/
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23C 5/16
B23B 27/14
C23C 14/00 - 14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質金属の基材と、少なくともフライス加工の間に被加工物と接触する表面領域に対してPVD法で塗布される多層コーティングとを有する固体炭化物ミリングカッター(SCミリングカッター)であって、多層コーティングが、基材表面上に直接堆積された単層又は多層の機能層と、機能層の上に堆積された単層又は多層の被覆層とを含み、
機能層は、TiAl1-xN(0.3≦x≦0.55)の一又は複数の層からなって、1μmから15μmの全厚を有し、
被覆層は、ZrNの一又は複数の層からなって、50nmから1μmの全厚を有し、
機能層と被覆層とが、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)によって堆積され、
機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、機能層の堆積の間、≧1A/cm、好ましくは≧3A/cmのパルスの放電電流密度を有しており、機能層の堆積の間、≧500W/cmのパルスの最大電力密度を上回る量のエネルギーを、スパッタリングターゲットへ伝達する、固体炭化物ミリングカッター。
【請求項2】
機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、≧1000W/cmのパルスの最大電力密度を上回る量のエネルギーを、スパッタリングターゲットへ伝達することを特徴とする、請求項1に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項3】
単層又は多層の機能層が、1μmから10μm、好ましくは1.5μmから5μm、特に好ましくは2μmから3.5μmの全厚を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項4】
単層又は多層の被覆層が、50nmから500nm、好ましくは70nmから250nm、特に好ましくは80nmから150nmの全厚を有することを特徴とする、請求項1から3のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項5】
機能層が、TiAl1-xN(0.35≦x≦0.45)の単層又は複数層からなり、好ましくはxは約0.4であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項6】
多層コーティングが、4.8mmの長さにわたって測定された、≦0.12μm、好ましくは≦0.06μmの平均表面粗さRaを有することを特徴とする、請求項1から5のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項7】
機能層が、2500HVから4500HVの範囲、好ましくは3000HVから4000HVの範囲のビッカース硬さを有することを特徴とする、請求項1から6のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項8】
機能層が、350GPaから550GPaの範囲、好ましくは400GPaから500GPaの範囲の弾性係数(係数E)を有することを特徴とする、請求項1から7のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項9】
多層コーティングが、4.8mmの長さにわたって測定された、≦0.12μmの平均表面粗さRaを有し、
機能層が、2500HVから4500HVの範囲のビッカース硬さを有し、
機能層が、350GPaから550GPaの範囲の弾性係数(係数E)を有することを特徴とする、請求項1に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項10】
硬質金属の基材が、9から14wt-%、好ましくは10から13wt-%、特に好ましくは11.5から12.5wt-%のCoと、0から1.5wt-%、好ましくは0から1.0wt-%、特に好ましくは0から0.5wt-%の、TiC、TaC及びNbCから選択される立方晶カーバイドと、残部のWCとを有する組成を有することを特徴とする、請求項1から9のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項11】
硬質金属基材中のWCが、0.5から5μm、好ましくは1.0から3.0μm、特に好ましくは1.0から2.0μmの平均粒径を有することを特徴とする、請求項1から10のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項12】
エンドミリングカッター、特に好ましくは正面ミリングカッターとして設計されていることを特徴とする、請求項1から11のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッター。
【請求項13】
コーティングされた請求項1から12のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッターの製造のための方法であって:
少なくともフライス加工の間に被加工物と接触する表面領域に対する多層コーティングを有する硬質金属の基材を提供する工程であって、多層コーティングが、基材表面上に直接堆積された単層又は多層の機能層と、上に堆積された単層又は多層の被覆層とを含む工程を含み、
全厚が1μmから15μmである、TiAl1-xN(0.3≦x≦0.55)の一又は複数の層の機能層が、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)によって堆積され、
全厚が50nmから1μmである、ZrNの一又は複数の層からなる被覆層が、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)によって堆積され、
機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、機能層の堆積の間、≧1A/cm、好ましくは≧3A/cmのパルスの放電電流密度を有しており、機能層の堆積の間、≧500W/cmのパルスの最大電力密度を上回る量のエネルギーを、スパッタリングターゲットへ伝達する、方法。
【請求項14】
機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、≧1000W/cmのパルスの最大電力密度を上回る量のエネルギーを、スパッタリングターゲットへ伝達することを特徴とする、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
エンドミリング加工、好ましくは鋼製被加工物の正面フライス加工、特に好ましくは、ISO 513被加工物(非合金又は合金鋼、鋳鋼、ステンレスフェライト又はマルテンサイト鋼、ロングチッピング可鍛鉄)及びISO M被加工物(ステンレス鋼、鋳鋼、マンガン鋼、合金鼠鉄、ステンレスオーステナイト鋼、鋳鍛鉄、快削鉄)に準拠することを特徴とするISO P被加工物、並びにISO S被加工物のエンドミリング加工又は正面フライス加工のための、コーティングされた請求項1から12のいずれか一項に記載の固体炭化物ミリングカッターの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質金属の基材と、少なくともフライス加工の間に被加工物と接触する表面領域に対してPVD法で堆積される多層コーティングとを有する固体炭化物ミリングカッター(SCミリングカッター)であって、多層コーティングが、基材表面上に直接堆積された単層又は多層の機能層と、機能層の上に堆積された単層又は多層の被覆層とを含む、SCミリングカッターに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば屑取金属加工に使用されるものなどの切削工具は、一般に、CVD法(化学蒸着)又はPVD法(物理蒸着)により堆積された硬質の金属物質からなる耐摩耗性の単層又は多層コーティングをその上に有する、硬質合金、サーメット、スチール又は高速度鋼の基材(基体)からなる。PVD法の中で、例えば陰極スパッタリング(スパッタリング蒸着)、陰極真空アーク蒸着(アークPVD)、イオンめっき、電子ビーム蒸着及びレーザーアブレーションなどの異なる変形法が区別される。マグネトロンスパッタリング、反応性マグネトロンスパッタリング及び高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)といった陰極スパッタリングとアーク蒸着とは、切削工具のコーティングに最も頻繁に使用されるPVD法に属する。
【0003】
コーティングされた固体炭化物ミリングカッターを用いたフライス加工、特に鋼の被加工物の正面フライス加工の場合、良好なフライス加工の結果と長い耐用年数を得るために、コーティングが高い付着力と低い表面粗さを有することが重要である。組成を別とするコーティングの品質は、中でも、使用されるコーティング方法に極めて強く依存し、これら方法の大部分は、工具の種類、基材の材料、及び用途の分野に応じて異なる程度に影響する利点と欠点を有する。
【0004】
陰極真空アーク蒸着(アークPVD)において、ターゲット材を溶解及び蒸発させるアークがチャンバとターゲットの間で燃焼している。この方法では、蒸発した材料の大部分はイオン化されて、基材、負の電位(バイアス電位)を有する基材に向かって加速し、基材表面に堆積される。陰極真空アーク蒸着(アークPVD)は、高い堆積速度、蒸発した材料の高いイオン化による密な層構造、並びに方法の安定性によって特徴づけられる。金属の高度なイオン化に起因して、陰極真空アーク蒸着(アークPVD)を用いることにより、下の物質に対する堆積層の良好な結合又は付着が得られる。しかしながら、実質的欠点は、小さな金属飛沫の放出により生じるミクロ粒子(ドロップレット)の方法依存性の堆積であり、これを回避することは極めて複雑である。ドロップレットは、堆積された層の不要に高い表面粗さに繋がる。いくつかの用途では、これは次に、被加工物に対する工具表面の付着力の上昇、摩擦力の上昇、及びそれによる切削力の上昇に起因して、工具の摩耗を早めることになる。
【0005】
陰極スパッター法(スパッタリング)では、エネルギーに富むイオンの衝撃により、原子又は分子がターゲットから除去されて気相に移され、そこから直接又は反応ガスとの反応後に、基材の上に堆積される。マグネトロン援用陰極スパッタリングは、二の主な変形法、即ち従来のDCマグネトロンスパッタリング(DC-MS)とHIPIMS法を含む。マグネトロンスパッタリングの場合、陰極真空アーク蒸着(アークPVD)におけるドロップレットの望ましくない形成は起こらない。しかしながら、従来のDC-MSでは、陰極真空アーク蒸着(アークPVD)と比較して堆積速度は比較的低く、このことはこの方法が長時間を要し、ゆえに経済的に不利であることを意味する。
【0006】
高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)では、マグネトロンはパルスモードにおいて高い電流密度で操作され、その結果、特にスパッタリングされた材料のイオン化が向上することに起因して層構造が向上してさらに密な層となる。HIPIMS法においてターゲットにおける電流密度は、典型的には従来のDC-MSの電流密度を上回る。材料によっては、HIPIMSにより、スパッタリングされる微粒子の最大100%のイオン化が達成されうる。同時に、それぞれターゲットに作用する短期高電力及び放電電流密度によりイオン化の度合いが上昇し、これは成長のメカニズム及び下の材料に対する層の結合を変性させることがあので、層の特性に影響を有する。
【0007】
DC-MS及びHIPIMSにより堆積された層は、多くの場合顕著な構造差を呈する。DC-MS層は通常、下の材料の上で柱状構造に成長する。一方、HIPIMS法では、微細な結晶並びに粒状の結晶層構造を得ることができ、この構造は、DC-MSと比較した場合の、それに関連した摩耗挙動の改善及び耐用年数の延長によって特徴づけられる。HIPIMS層は、通常DC-MS層より硬度が高いが、下の多くの材料に対する付着力に関する利点も示す。
【0008】
従来のHIPIMS法における典型的なピーク電力密度は、20W/cmの範囲内である。特定のターゲット冷却デバイスを用いることにより、最大50W/cmを達成することができる。それにより、対応する放電電流密度は最大0.2A/cmの範囲内である。理論的には、電力密度、及びしたがって遥かに高まった放電電流密度が可能であり、しかしながら、スパッタリングターゲットに印加される平均電力は、ターゲットを冷却する能力が制限されることにより制限される。したがって、スパッタリング電力はパルス形態で印加され、このパルス継続時間は、ターゲットに作用する平均電力に起因して温度超過が発生しない程度に短く選択され、ゆえにターゲット温度及び可能な最大ターゲット温度は、ターゲット材料及びその熱伝導性及び機械特性に極めて強く依存する。このような側面の欠点は、時間と空間を要するスパッター電力パルスに電力を分割することのできる発電機が不可欠であるために、パルス技術に高度な技術機器が必要となることである。これは、従来の発電機の技術によっては達成できない。従来技術では、この問題に対する別の解決法は、例えば米国特許第6413382号及び国際公開第03/006703号において提供されているが、これらには欠点がある。
【0009】
国際公開第2012/143087号には、HIPIMS法は、スパッタリングされた材料が高い割合でイオン化形態で利用可能であるように、ターゲット表面から材料をスパッタリングすることができるとの記載がある。これは、その電力が複数のマグネトロンスパッタリング源に時間間隔を空けて分配される単純な発電機によって達成される。即ち一の時間間隔においてスパッタリング源に最大電力が供給され、それに続く時間間隔の間に次のスパッタリング源に最大電力が供給される。このようにして、高い放電電流密度が実現される。パルス電力は、一時的にのみ個々の陰極に供給されるため、その間に陰極は冷却され、よって温度制限を上回ることがない。
【0010】
国際公開第2013/068080号には、HIPIMSによる層系の生成方法の記載があり、この方法では、長いパルス継続時間と短いパルス継続時間を交互に用いることで、微細な粒度と粗い粒度を交互に有するHIPIMS層が堆積される。交互層を有するこのような層系は、良好な摩耗特性を有すると考えられる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、従来技術と比較して高いコーティング付着力と、低い表面粗さと、高い耐摩耗性を有し、したがって長い耐用年数を有する、特にエンドミリング加工のための、コーティングされた固体炭化物ミリングカッターを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的は、本発明により、硬質金属の基材と、少なくともフライス加工の間に被加工物と接触する表面領域に対してPVD法において塗布される多層コーティングとを有する固体炭化物ミリングカッター(SCミリングカッター)であって、多層コーティングが、基材表面上に直接堆積された単層又は多層の機能層と、機能層の上に堆積された単層又は多層の被覆層とを含み、
機能層が、TiAl1-xN(0.3≦x≦0.55)の一又は複数の層からなって、1μmから15μmの全厚を有し、
被覆層が、ZrNの一又は複数の層からなって、50nmから1μmの全厚を有し、
機能層と被覆層とが、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)によって堆積され、
機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、≧500W/cmのパルスの最大電力密度を上回る量のエネルギーを、スパッタリングターゲットへ伝達する、SCミリングカッターによって解決される。
【0013】
本発明の好ましい一実施態様では、機能層と被覆層は、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)によって堆積され、この場合、機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、≧1000W/cmのパルスの最大電力密度を上回る量のエネルギーを、スパッタリングターゲットへ伝達する。
【0014】
本発明のさらなる好ましい実施態様では、機能層と被覆層は、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)によって堆積され、この場合、機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、この電力パルスは、≧1A/cm、好ましくは≧3A/cmのパルスの放電電流密度を有する。
【0015】
本発明の意味における用語「単層又は多層」の機能層とは、機能層が、TiAl1-xN(0.3≦x≦0.55)の、単層又は互いに重なり合う複数の層からなることを意味する。機能層が互いに重なり合うTiAl1-xNの複数層からなる場合、これらは好ましくは、互いに重なり合う複数の層が同じTiAl1-xNのストイキオメトリーを有するように、同じ組成を有する一又は複数のターゲット、例えば組成Ti40Al60を有するターゲットから堆積される。機能層が異なる堆積パラメータを有するHIPIMS法の複数の工程で堆積される場合、本発明の意味におけるこのような機能層は多層である。しかしながら、本発明の意味における多層の機能層は、異なるストイキオメトリーを有する、互いに重なり合う複数のTiAl1-xN層を含んでもよい。
【0016】
本発明の意味における用語「単層又は多層」の被覆層とは、被覆層が、ZrNの、単層又は互いに重なり合う複数層からなりうることを意味する。しかしながら、被覆層が互いに重なり合うZrNの複数層からなる場合、これらは、異なる堆積パラメータを有するHIPIMS法の複数の工程において、一又は複数のZr-ターゲットから堆積される。
【0017】
本発明によりHIPIMS法を用いて堆積されたコーティングは、固体炭化物金属カッターの既知のコーティングと比較して、それに関する工具の、特に高い付着力(基材に対する層の結合)、低い表面粗さ、及び高い耐摩耗性と、長い耐用年数を有することを特徴とする。基材に対するコーティングの特に高い付着力は、機能層の堆積の間のHIPIMSコーティング法の開始時点で既に、それぞれ特に高いエネルギーで基材表面上に衝突する原子及びイオンに起因していると考えられる。コーティングは、微細な層構造、並びに高い硬度と高い弾性係数(係数E)を有する。高い硬度及び高い弾性係数は、多くの金属加工法において好ましい。HIPIMS法において堆積される層の硬度は、堆積パラメータにより、特にバイアス電位及びパルスの種類を調節することにより、影響されうる。高いバイアス電位は一般に硬度を上昇させる。
【0018】
本発明のさらなる実施態様では、多層コーティングは、4.8mmの長さにわたって測定された、≦0.12μm、好ましくは≦0.06μmの平均表面粗さRaを有する。表面粗さは、評価ソフトウエアTURBO WAVE V7.32を用い、ISO 11562によりウエビネスを決定する、製造元JENOPTIK Industrial Metrology Germany GmbH(旧Hommel-Etamic GmbH)の粗さ測定装置P800型測定システム、TKU300センシング装置、及び走査長4.8mmのKE590GD試験チップを用いて測定され、0.5mm/秒の速度で測定される。
【0019】
本発明の一実施態様では、機能層は、2500HVから4500HVの範囲、好ましくは3000HVから4000HVの範囲のビッカース硬さを有する。硬度の測定は、15mNの最大負荷でビッカースピラミッドを用いる、Helmut Fischer GmbH、Sindelfingen-Maichingen(ドイツ国)の硬度測定装置PICODENTOR(登録商標)HM500により、20秒のローディング期間及びアンローディング期間と5秒の負荷保持期間を用いて実施された。測定値の評価はOliver-Pharr法により実施された。
【0020】
本発明のさらなる実施態様では、機能層は、350GPaから550GPa、好ましくは400GPaから500GPaの範囲の弾性係数(係数E)を有する。係数Eとして、本明細書では、それぞれ低い係数E及び弾性押し込み係数EIT/(1-v)が示される。
【0021】
HIPIMSにより堆積される本発明によるコーティングは、例えばアークPVDにより堆積されたコーティングよりも、有意に滑らかな表面を有する。これは、大きな利点を有し、特に被加工物に対する工具表面の付着力の低下、摩擦力の低下及びそれによる切削力の低下、さらには屑取りの改善を有する。
【0022】
本発明のさらなる実施態様では、単層又は多層の機能層は、1μmから10μm、好ましくは1.5μmから5μm、特に好ましくは2μmから3.5μmの全厚を有する。機能層が薄すぎる場合、層の所望の効果、即ち特に摩耗保護は達成されない。機能層が厚すぎる場合、縁の領域内で剥離の起こる頻度が上昇することとなり、これは工具の耐用年数に悪影響を与える。
【0023】
本発明のさらなる実施態様では、単層又は多層の被覆層は、50nmから500nm、好ましくは70nmから250nm、特に好ましくは80nmから150nmの全厚を有する。
【0024】
被覆層は、装飾機能を有するだけでなく、摩耗検出としても機能し、即ちそれぞれの摩耗によって工具が既に使用されているかどうか、及び使用されたときの摩耗度を示す。被覆層の上に配置された層がそれ以上ない場合、ZrN被覆層は工具に山吹色を付与し、この色はHIPIMS法のパラメータを調節することにより異なる色合いの間で変化させることができる。例えば、それぞれHIPIMS法の窒素分圧を調節することにより、山吹色の色合いの輝度を変化させることができる。HIPIMS法での被覆層の堆積は、TiAlN層同様、被覆層に対する機能層の堆積に基づくプロセス制御の点で利点を有する。しかしながら、本質的なさらなる利点は、上記利点にそれぞれ関連付けられる、被覆層の低い表面粗さと特に滑らかな表面である。さらに、ZrN被覆層の提供は、例えば航空宇宙産業において使用されている特にチタン合金の機械加工及びステンレス鋼の機械加工において、トライボケミカルな利点を有する。被覆層の堆積のために、本発明によれば、被覆層のために堆積される材料からなるスパッタリングターゲットに対し、パルスの最大電力密度が≧500W/cmである、機能層の堆積のために必要な高エネルギー量を印加する必要がない。
【0025】
本発明による機能層は、TiAl1-xN(0.3≦x≦0.55)の、単層又は互いに重なり合う複数層からなる。本発明のさらなる実施態様では、0.35≦x≦0.45であり、特に好ましくはxは約0.4である。
【0026】
本発明のさらなる実施態様では、硬質金属の基材は、9から14wt-%、好ましくは10から13wt-%、特に好ましくは11.5から12.5wt-%のCoと、0から1.5wt-%、好ましくは0から1.0wt-%、特に好ましくは0から0.5wt-%の、TiC、TaC及びNbCから選択される立方晶カーバイドと、残部のWCとを有する組成を有する。
【0027】
本発明によれば、さらに、硬質金属基材中のWCが、0.5から5μm、好ましくは1.0から3.0μm、特に好ましくは1.0から2.0μmの平均粒径を有することが有利である。上記範囲のWCの粒径を有するカーバイドは、細粒グレードとも呼ばれる。上述のような高いCo含有量と組み合わされたこのような細粒グレードは、工具に高い硬度及び靱性を付与し、これは、ISO 513被加工物(非合金及び合金鋼、鋳鋼、ステンレスフェライト及びマルテンサイト鋼、ロングチッピング化鍛鉄)、及びISO M被加工物(ステンレス鋼、鋳鋼、マンガン鋼、合金鼠鉄、ステンレスオーステナイト鋼、鋳鍛鉄、快削鉄)に準拠することを特徴とするISO P被加工物のエンドミリング加工にとって特に有利である。
【0028】
本発明の好ましい一実施態様では、固体炭化物ミリングカッターは、エンドミリングカッターとして、特に好ましくは正面ミリングカッターとして設計される。エンドミリング加工、特に正面フライス加工では、本発明によるコーティングは特に有利である。これら用途は、工具の低い表面粗さ及び高い層結合の点で特に要件が高く、本発明による工具はそのような要件を満たすものである。
【0029】
本発明は、本明細書に記載されるコーティングされた固体炭化物ミリングカッターの製造のための方法も包含し、この方法は:
少なくともフライス加工の間に被加工物と接触する表面領域に対する多層コーティングを有する硬質金属の基材を提供する工程であって、多層コーティングが、基材表面上に直接堆積された単層又は多層の機能層と、上に堆積された単層又は多層の被覆層とを含み、
全厚が1μmから15μmである、TiAl1-xN(0.3≦x≦0.55)の一又は複数の層の機能層が、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)によって堆積される工程を含み、
全厚が50nmから1μmである、ZrNの一又は複数の層からなる被覆層が、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)によって堆積され、
機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、≧500W/cmのパルスの最大電力密度を上回る量のエネルギーを、スパッタリングターゲットへ伝達する、SCミリングカッターによって解決される。
【0030】
本発明による方法の好ましい一実施態様では、機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、≧1000W/cmの最大電力密度を上回る量のエネルギーを、スパッタリングターゲットへ伝達する。
【0031】
本発明による方法のさらなる好ましい実施態様では、機能層の堆積の間に、コーティングチャンバ内で、堆積される材料からなる各スパッタリングターゲットに電力パルスが印加され、前記電力パルスは、≧1A/cm、好ましくは≧3A/cmの放電電流密度を有する。
【0032】
さらに、本発明は、エンドミリング加工、好ましくは鋼製被加工物の正面フライス加工、特に好ましくは、ISO 513被加工物(非合金又は合金鋼、鋳鋼、ステンレスフェライト又はマルテンサイト鋼、ロングチッピング可鍛鉄)及びISO M被加工物(ステンレス鋼、鋳鋼、マンガン鋼、合金鼠鉄、ステンレスオーステナイト鋼、鋳鍛鉄、快削鉄)に準拠することを特徴とするISO P被加工物、並びにISO S被加工物の、エンドミリング加工又は正面フライス加工のための、本明細書及び特許請求の範囲に規定される、本発明によるコーティングされた固体炭化物ミリングカッターの使用を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】実験室解析用の基材上のコーティングの断面の走査電子顕微鏡写真を示している。
【実施例
【0034】
実施例1-本発明による固体炭化物ミリングカッターの製造
本発明による固体炭化物ミリングカッターの製造のために、12wt-%のCoを有し、ミリングカッターの各ジオメトリ(直径:10mm、歯の数:4;工具全体(補助器具及び工具)の長さ:124.3mm、工具の突出長:32mm)を有するWCの細粒グレードの硬質金属基材を、HIPIMS法において、多層TiAlN-機能層及び多層ZrN被覆層でコーティングした。
【0035】
コーティングは、6フランジPVD設備INGENIA S3p(Oerlikon Balzers Coating AG、Balzers、Liechtenstein)内で製造された。基材は回転板上で回転させた。Oerlikon Balzers社の特殊なプラズマ発生器をHIPIMS法に使用して複数の異なる陰極にパルス電力を連続的に印加した。各760gの重量を有するTi40Al60ターゲットを反応器位置4、5、及び6において使用し、各1400gの重量を有するZrターゲットを反応器位置1、2、及び3において使用した。N分圧を、ターゲットの重量による作用点に合わせた。コーティングパラメータを以下の表1に示す。本発明による多層TiAlN機能層は、2.5μmの全層厚を有し、多層ZrNコーティング層は0.3μmの全層厚を有していた。
【0036】
TiAlN機能層について、3500HVのビッカース硬さ及び450GPaの係数Eが測定された。
【0037】
図1は、実験室解析用の基材上のコーティングの断面の走査電子顕微鏡写真を示している。
【0038】
【0039】
基材プレートが移動する間にプラズマ条件は常に変化するため、示される値は平均値である。
【0040】
比較実施例1-単層のアークPVDコーティングを有する固体炭化物ミリングカッターの製造
実施例1と同じ固体炭化物ミリングカッター用の硬質金属基材において行われたこの比較実施例では、2.5μmの厚さを有する単層のTiAlN層を、PVD装置INNOVA(Oerlikon Balzers Coating AG、Balzers、Liechtenstein)でのアークPVDによって堆積させた。これに関し、以下の反応パラメータが使用された:
【0041】
アークPVDコーティングは、基材に対する良好な結合を有していたが、しかしながら、比較的高い表面粗さも有していた。
【0042】
比較実施例2-単層のHIPIMSコーティングを有する固体炭化物ミリングカッターの製造
実施例1と同じ固体炭化物金属カッター用の硬質金属基材において行われたこの比較実施例では、2.5μmの厚さを有する単層のTiAlN層を、PVD装置HTC100(Hauzer、Venlo、Netherlands)でのHIPIMSによって堆積させた。これに関し、以下の反応パラメータが使用された:
【0043】
HIPIMSコーティングは、極めて滑らか(表面粗さが低い)であったが、しかしながら、基材に対する結合は比較的弱かった。
【0044】
切削試験:
本発明の実施例1により製造された固体炭化物ミリングカッターを、切削試験において、比較実施例1及び2による固体炭化物ミリングカッターと比較した。
【0045】
【0046】
切削試験終了の基準は、0.2mmを超える工具のフランク摩耗であった。切削試験の結果を、ミリング距離(m)として以下の表2に示す。
【0047】
図1