(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】摺動部品
(51)【国際特許分類】
F16J 15/34 20060101AFI20240430BHJP
F16C 33/24 20060101ALI20240430BHJP
【FI】
F16J15/34 G
F16J15/34 K
F16C33/24 A
(21)【出願番号】P 2022512533
(86)(22)【出願日】2021-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2021013524
(87)【国際公開番号】W WO2021200938
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-09-19
(31)【優先権主張番号】P 2020062821
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100206911
【氏名又は名称】大久保 岳彦
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】井村 忠継
(72)【発明者】
【氏名】王 岩
(72)【発明者】
【氏名】福田 翔悟
(72)【発明者】
【氏名】内田 健太
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】中国実用新案第207740464(CN,U)
【文献】中国特許出願公開第107906206(CN,A)
【文献】中国実用新案第206802309(CN,U)
【文献】中国特許出願公開第110925426(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34-15/38
F16C 33/00-33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、外部空間に連通する導通溝と、前記導通溝に連通し周方向に延び、閉塞された終端部を有する動圧発生溝と、が備えられており、
前記導通溝の底部は少なくとも一部に径方向に傾斜する傾斜面を有して
おり、
前記導通溝は、前記外部空間側の径方向端部が前記外部空間とは径方向反対側の端部よりも周方向に幅広となっている摺動部品。
【請求項2】
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、外部空間に連通する導通溝と、前記導通溝に連通し周方向に延び、閉塞された終端部を有する動圧発生溝と、が備えられており、
前記導通溝の底部は少なくとも一部に径方向に傾斜する傾斜面を有しており、
前記動圧発生溝は全体が前記傾斜面よりも浅い部分で連通している摺動部品。
【請求項3】
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、外部空間に連通する導通溝と、前記導通溝に連通し周方向に延び、閉塞された終端部を有する動圧発生溝と、が備えられており、
前記導通溝の底部は少なくとも一部に径方向に傾斜する傾斜面を有しており、
前記傾斜面は、前記摺動面に連続している摺動部品。
【請求項4】
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、外部空間に連通する導通溝と、前記導通溝に連通し周方向に延び、閉塞された終端部を有する動圧発生溝と、が備えられており、
前記導通溝の底部は少なくとも一部に径方向に傾斜する傾斜面を有しており、
前記導通溝の径方向端部は、前記動圧発生溝よりも前記外部空間に対する反対側に配置されている摺動部品。
【請求項5】
前記傾斜面は、前記導通溝の底部に径方向の全域に亘って形成されている請求項1
ないし4のいずれかに記載の摺動部品。
【請求項6】
前記導通溝の側壁部は、軸方向から見て円弧状をなしている請求項1ないし5のいずれかに記載の摺動部品。
【請求項7】
前記動圧発生溝は、前記外部空間に連通していている請求項1ないし6のいずれかに記載の摺動部品。
【請求項8】
前記動圧発生溝と前記外部空間とは、ランド部により区画されている請求項1ないし6のいずれかに記載の摺動部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対回転する摺動部品に関し、例えば自動車、一般産業機械、あるいはその他のシール分野の回転機械の回転軸を軸封する軸封装置に用いられる摺動部品、または自動車、一般産業機械、あるいはその他の軸受分野の機械の軸受に用いられる摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
被密封流体の漏れを防止する軸封装置として例えばメカニカルシールは相対回転し摺動面同士が摺動する一対の環状の摺動部品を備えている。このようなメカニカルシールにおいて、近年においては環境対策等のために摺動により失われるエネルギーの低減が望まれている。
【0003】
例えば、特許文献1に示されるメカニカルシールは、一方の摺動部品の摺動面に動圧発生機構が設けられている。この動圧発生機構は、被密封流体が存在する外空間に連通し径方向に延びる導通溝と、導通溝から周方向に延び終端が閉塞された動圧発生溝と、を有し、導通溝は動圧発生溝に比べて深く形成されている。これによれば、摺動部品の相対回転時には、外空間から導通溝を介して動圧発生溝に被密封流体が導入され、該被密封流体が動圧発生溝の終端に向かって移動するようになっており、動圧発生溝の終端に正圧が発生して摺動面同士が離間し、摺動面間に被密封流体が介在することで潤滑性が向上するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2012/046749号(第17頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1のような摺動部品にあっては、導通溝に流体が満たされていることから、摺動部品の相対回転時には、導通溝から動圧発生溝に確実に流体が供給されるようになっているものの、導通溝は動圧発生溝に比べ深く多くの流体によって満たされており導通溝内にコンタミが溜ってしまい、コンタミを摺動面間に噛み込んでアブレッシブ摩耗を引き起こす虞があった。
【0006】
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、導通溝内にコンタミが溜まることを抑制できる摺動部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明の摺動部品は、
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、外部空間に連通する導通溝と、前記導通溝に連通し周方向に延び、閉塞された終端部を有する動圧発生溝と、が備えられており、
前記導通溝の底部は少なくとも一部に径方向に傾斜する傾斜面を有している。
これによれば、摺動部品の相対回転時には、主に導通溝上面側の流体がせん断力を受け、導通溝内で径方向を中心とする渦状の流れが生じ、この渦状の流れは傾斜面の影響を受けて傾斜面に沿うように傾斜し、導通溝内の流体に径方向に流れる成分が生じる。このようにして導通溝内において径方向に往来する流体の流れを誘起して導通溝内に流入したコンタミを導通溝外に排出させて、導通溝内にコンタミが溜まることを抑制できる。
【0008】
前記傾斜面は、前記導通溝の底部に径方向の全域に亘って形成されていてもよい。
これによれば、導通溝内において流体が径方向に円滑に流れる。
【0009】
前記導通溝は、前記外部空間側の径方向端部が前記外部空間とは径方向反対側の端部よりも周方向に幅広となっていてもよい。
これによれば、摺動部品の径方向外部空間側の周面と、導通溝の側壁面と、が周方向に沿う角度に言い換えると鈍角に形成され易く、流体がその粘性により摺動部品の径方向外部空間側の周面と導通溝の側壁面に沿って移動し易いため、外部空間の流体を導通溝内に取り込みやすく、且つ導通溝内の流体を外部空間に排出しやすい。
【0010】
前記動圧発生溝は全体が前記傾斜面よりも浅い部分で連通していてもよい。
これによれば、動圧発生溝と導通溝との連通領域を大きく確保できるとともに、導通溝と動圧発生溝との間に段差が形成されるので、導通溝に存在するコンタミが動圧発生溝内に進入し難い。
【0011】
前記傾斜面は、前記摺動面に連続していてもよい。
これによれば、導通溝と摺動面間との間で流体が排出されやすい。
【0012】
前記導通溝の側壁部は、軸方向から見て円弧状をなしていてもよい。
これによれば、側壁部に沿って導通溝内の流体が径方向に円滑に流れる。
【0013】
前記動圧発生溝は、前記外部空間に連通していてもよい。
これによれば、動圧発生溝にコンタミが流入しても該コンタミを外部空間に排出しやすい。
【0014】
前記動圧発生溝と前記外部空間とは、ランド部により区画されていてもよい。
これによれば、動圧発生溝内の流体が外部空間に漏れることを抑制できるので、動圧発生溝で高い動圧として正圧、負圧を発生させることができる。
【0015】
尚、本発明に係る外部空間というのは、摺動部品の外径側に存在する外空間であってもよいし、摺動部品の内径側に存在する内空間であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施例1におけるメカニカルシールの一例を示す縦断面図である。
【
図2】静止密封環の摺動面を軸方向から見た図である。
【
図5】相対回転時における導通溝及び動圧発生溝内の流体の流れを示す概略図である。
【
図6】相対回転時における導通溝内の流体の流れを示す概略図である。
【
図7】実施例1の静止密封環の変形例1を示す説明図である。
【
図8】実施例1の静止密封環の変形例2を示す説明図である。
【
図9】実施例1の静止密封環の変形例3を示す説明図である。
【
図10】実施例1の静止密封環の変形例4を示す説明図である。
【
図11】実施例1の静止密封環の変形例5を示す説明図である。
【
図12】実施例1の静止密封環の変形例6を示す説明図である。
【
図13】本発明の実施例2における動圧発生溝及び導通溝を示す説明図である。
【
図14】実施例1及び実施例2の静止密封環の変形例7を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係る摺動部品を実施するための形態を実施例に基づいて以下に説明する。
【実施例1】
【0018】
実施例1に係る摺動部品につき、
図1から
図6を参照して説明する。尚、本実施例においては、摺動部品がメカニカルシールである形態を例に挙げ説明する。また、メカニカルシールの内径側の外部空間としての内空間S1に被密封流体Fが存在し、外径側の外部空間としての外空間S2に大気Aが存在している形態を例示して説明する。また、説明の便宜上、図面において、摺動面に形成される溝等にドットを付すこともある。
【0019】
図1に示される一般産業機械用のメカニカルシールは、摺動面の内径側から外径側に向かって漏れようとする被密封流体Fを密封するアウトサイド形のものである。尚、本実施例では、被密封流体Fが高圧の液体であり、大気Aが被密封流体Fよりも低圧の気体である形態を例示する。
【0020】
メカニカルシールは、回転軸1にスリーブ2を介して回転軸1と共に回転可能な状態で設けられた円環状の他の摺動部品としての回転密封環20と、被取付機器のハウジング4に固定されたケース5と、ケース5に対して非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた摺動部品としての円環状の静止密封環10と、ケース5と静止密封環10との間を径方向に密封する二次シール9と、ケース5と静止密封環10との間に配置される付勢手段7と、から主に構成され、付勢手段7によって静止密封環10が軸方向に付勢されることにより、静止密封環10の摺動面11と回転密封環20の摺動面21とが互いに密接摺動するようになっている。尚、回転密封環20の摺動面21は平坦面となっており、この平坦面には溝等の凹み部が設けられていない。
【0021】
静止密封環10及び回転密封環20は、代表的にはSiC(硬質材料)同士またはSiC(硬質材料)とカーボン(軟質材料)の組み合わせで形成されるが、これに限らず、摺動材料はメカニカルシール用摺動材料として使用されているものであれば適用可能である。尚、SiCとしては、ボロン、アルミニウム、カーボン等を焼結助剤とした焼結体をはじめ、成分、組成の異なる2種類以上の相からなる材料、例えば、黒鉛粒子の分散したSiC、SiCとSiからなる反応焼結SiC、SiC-TiC、SiC-TiN等があり、カーボンとしては、炭素質と黒鉛質の混合したカーボンをはじめ、樹脂成形カーボン、焼結カーボン等が利用できる。また、上記摺動材料以外では、金属材料、樹脂材料、表面改質材料(コーティング材料)、複合材料等も適用可能である。
【0022】
図2に示されるように、静止密封環10に対して回転密封環20が矢印で示すように半時計周りに相対摺動するようになっている。静止密封環10の摺動面11には、内径側に複数(実施例1では8個)の動圧発生機構14が周方向に均等に配設されている。尚、摺動面11の動圧発生機構14以外の部分は上部が平端面を成すランド12となっている。また、摺動面11の外径側には、例えば、ディンプル等の正圧発生機構が形成されていてもよい。
【0023】
次に、動圧発生機構14の概略について
図2~
図4に基づいて説明する。尚、以下、説明の便宜上、流体誘導溝15を実際よりも浅く図示している。
【0024】
動圧発生機構14は、内空間S1に連通する導通溝としての流体誘導溝15と、流体誘導溝15から反時計回りに周方向に延びる正圧発生用の第1動圧発生溝16と、流体誘導溝15から時計回りに周方向に延びる負圧発生用の第2動圧発生溝17と、を備えている。
【0025】
流体誘導溝15は、軸方向から見て外径側に凸を有する半円状を成す底部としての底面15aと、底面15aの円弧状を成す側縁に沿ってランド12の平坦面に向けて垂直に延びる側壁部15bと、から構成されている。このように、流体誘導溝15における内空間S1に連通する連通部15c(すなわち外部空間側の径方向端部)は、流体誘導溝15の外径側の頂部側の部位、すなわち最外径部15dよりも周方向に幅広に形成されている。
【0026】
また、底面15aは内径側から外径側に向けて径方向に漸次浅くなる平面からなる傾斜面15aであり、底面15aの最外径部15d(すなわち外部空間とは径方向反対側の端部)はランド12の平坦面まで延びている。つまり、底面15aの径方向の全域に亘って傾斜する面が形成されている。また、流体誘導溝15は、最外径部15dに径方向の最大の幅W1を有している。
【0027】
また、流体誘導溝15の最内径部、すなわち連通部15cが最も深い深さD1を有している。本実施例の深さD1は、100μmである。尚、流体誘導溝15の最も深い深さD1は自由に変更できる。
【0028】
また、流体誘導溝15は、径方向に延びる仮想線LN(
図5参照)を基準として周方向に対称形状を成している。
【0029】
第1動圧発生溝16は、相対回転の始端部16Aが流体誘導溝15に連通しており、相対回転の終端部16Bが閉塞されている。具体的には、第1動圧発生溝16は、始端部16Aから終端部16Bに亘って平坦かつランド12の平坦面に平行な底面16aと、底面16aの終端部16Bの端縁からランド12の平坦面に向けて垂直に延びる壁部16bと、底面16aの外径側の側縁からランド12の平坦面に向けて垂直に延びる側壁部16cとから構成されており、底面16aの内径側の側縁は内空間S1に連通している。
【0030】
この第1動圧発生溝16は、径方向の幅W2が周方向に亘って一定であり、幅W2は、幅W1よりも小さい(W1>W2)。
【0031】
また、第1動圧発生溝16は始端部16Aから終端部16Bに亘って一定の深さD2を有している。本実施例の深さD2は、10μmである。尚、第1動圧発生溝16の深さD2は自由に変更できるが、好ましくは深さD2は深さD1の1/10倍以下であるのがよい。
【0032】
第2動圧発生溝17は、相対回転の始端部17Aが閉塞されており、相対回転の終端部17Bが流体誘導溝15に連通している。具体的には、第2動圧発生溝17は、始端部17Aから終端部17Bに亘って平坦かつランド12の平坦面に平行な底面17aと、底面17aの終端部17Bの端縁からランド12の平坦面に向けて垂直に延びる壁部17bと、底面17aの外径側の側縁からランド12の平坦面に向けて垂直に延びる側壁部17cとから構成されており、底面17aの内径側の側縁は内空間S1に連通している。
【0033】
この第2動圧発生溝17は、径方向の幅W3が周方向に亘って一定であり、幅W3は、幅W1よりも小さい(W3>W1)。また、幅W3は、幅W2と同一寸法である(W2=W3)。尚、幅W2と幅W3は異なる寸法であってもよい。
【0034】
また、第2動圧発生溝17は始端部17Aから終端部17Bに亘って一定の深さD3を有している。本実施例の深さD3は、10μmである(D1=D2)。尚、第1動圧発生溝16の深さD2と第2動圧発生溝17の深さD3とが異なる寸法であってもよい。また、第2動圧発生溝17の深さD3は自由に変更できるが、好ましくは深さD3は深さD1の1/10倍以下であるのがよい。
【0035】
これら第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17は、径方向に延びる仮想線LNを基準として周方向に対称形状を成している。
【0036】
また、第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17は、流体誘導溝15の底面15aよりも浅い領域で連通している。すなわち、流体誘導溝15の底面15aと第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17との間に介在する側壁部15bにより段差が形成されている。
【0037】
次いで、静止密封環10と回転密封環20との相対回転時における被密封流体Fの流れについて
図5を用いて概略的に説明する。尚、
図5の被密封流体Fの流れについては、回転密封環20の相対回転速度を特定せずに概略的に示している。
【0038】
まず、回転密封環20が回転していない一般産業機械の非稼動時には、付勢手段7によって静止密封環10が回転密封環20側に付勢されているので摺動面11,21同士は接触状態となっており、第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17内の被密封流体Fが摺動面11,21間から外空間S2に漏れ出す量はほぼない。
【0039】
図5に示されるように、回転密封環20が静止密封環10に対して相対回転すると、流体誘導溝15、第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17内の被密封流体Fが摺動面21との摩擦により回転密封環20の回転方向に追随移動する。
【0040】
具体的には、矢印L1に示されるように、第1動圧発生溝16内の被密封流体Fが始端部16Aから終端部16Bに向かって移動するとともに、これに伴って矢印L3に示されるように、流体誘導溝15内の被密封流体Fが第1動圧発生溝16内に流入する。
【0041】
終端部16Bに向かって移動した第1動圧発生溝16内の被密封流体Fは、壁部16b及びその近傍で圧力が高められる。すなわち壁部16b及びその近傍で正圧が発生する。
【0042】
また、第1動圧発生溝16は、内空間S1に連通しているので、矢印L1’に示されるように、内空間S1内の被密封流体Fが第1動圧発生溝16内に一部流入するとともに、矢印L1’’に示されるように、第1動圧発生溝16内の被密封流体Fが内空間S1に一部流出する。
【0043】
また、矢印L2に示されるように、第2動圧発生溝17内の被密封流体Fが始端部17Aから終端部17Bに向かって移動し、流体誘導溝15内に流出する。
【0044】
終端部17Bに向かって被密封流体Fが移動した第2動圧発生溝17内では負圧が発生する。第2動圧発生溝17内では終端部17Bの圧力よりも始端部17Aの圧力が低くなっている。
【0045】
また、第2動圧発生溝17は、内空間S1に連通しているので、矢印L2’に示されるように、内空間S1内の被密封流体Fが第2動圧発生溝17内に一部流入するとともに、矢印L2’’に示されるように、第2動圧発生溝17内の被密封流体Fが内空間S1に一部流出する。
【0046】
また、矢印L3に示されるように、流体誘導溝15内の被密封流体F、特に流体誘導溝15内上方の被密封流体Fが第2動圧発生溝17側から第1動圧発生溝16側に向けて周方向に移動する。
【0047】
流体誘導溝15は、内空間S1に連通しているので、矢印L4に示されるように、内空間S1内の被密封流体Fが流体誘導溝15内に一部流入するとともに、矢印L5に示されるように、流体誘導溝15内の被密封流体Fが内空間S1に一部流出する。
【0048】
また、静止密封環10と回転密封環20との相対回転速度が一定以上になると、第1動圧発生溝16の壁部16b及びその近傍で正圧が大きくなり、矢印L6に示されるように、第1動圧発生溝16の被密封流体Fが終端部16Bから摺動面11,21間に流出する。これにより摺動面11,21間が離間される。第1動圧発生溝16の被密封流体Fは、壁部16bと側壁部16cとで構成される角部から外径方向に向けて摺動面11,21間に流出する。
【0049】
一方、第2動圧発生溝17では、始端部17Aで発生する負圧が大きくなり、始端部17Aの近傍に存在する摺動面11,21間の被密封流体Fを第2動圧発生溝17内に引き込むことができ、流体誘導溝15内に戻すことができるので、摺動面11,21間の被密封流体Fが外空間S2に漏れることを抑制できる。
【0050】
また、流体誘導溝15の側壁部15bにおける第1動圧発生溝16側の部位では、せん断力により流体誘導溝15内の被密封流体Fの圧力が高められ正圧が発生し、これにより矢印L7に示されるように、流体誘導溝15内の被密封流体Fが僅かに摺動面11,21間に流出する。
【0051】
次いで、流体誘導溝15内の被密封流体Fの流れについて
図6を用いて説明する。
【0052】
図6に示されるように、静止密封環10と回転密封環20との相対回転時には、流体誘導溝15内の被密封流体F、特に流体誘導溝15内上方の被密封流体Fが回転密封環20の摺動面21からせん断力を受ける。流体誘導溝15の底面15aは内径側から外径側に傾斜していることから、流体誘導溝15内では、径方向かつ底面15aの傾斜に沿った方向を略旋回中心とする渦状の流れ渦状流F1(すなわち、径方向に流れる成分と、周方向に旋回する成分と、を有する渦状流F1)が生じる。
図6においては、説明の便宜上、径方向に複数の渦状流を例示的に示している。
【0053】
この渦状流F1は、流体誘導溝15を内空間S1側から径方向に見て、回転密封環20の摺動面21、側壁部15bにおける第1動圧発生溝16側の部位、底面15a、側壁部15bにおける第2動圧発生溝17側の部位の順で旋回している。
【0054】
また、流体誘導溝15の底面15aは、外径側に向けて漸次浅くなるように径方向に傾斜していることから、流体誘導溝15の径方向位置により流れることが可能な流体の体積が異なり、それにより、径方向位置により速度の違いが生じ、渦状流F1は径方向に流れる成分を有する。また、底面15aが傾斜していることから流体が径方向に円滑に流れる。
【0055】
このように、静止密封環10と回転密封環20との相対回転時には、径方向に流れる成分を有する渦状流F1が生じることから、矢印L4に示されるように内空間S1の被密封流体Fの一部が流体誘導溝15内に流入するとともに、矢印L5に示されるように流体誘導溝15内の被密封流体Fの一部が内空間S1に流出する。
【0056】
特に、流体誘導溝15は最外径部15d側が浅くなっているため、静止密封環10と回転密封環20との相対回転速度が一定以上になったときには、流体誘導溝15内の被密封流体Fの圧力が連通部15c側に比べて最外径部15d側が高くなるので、矢印L4に示される内空間S1の被密封流体Fは、流体誘導溝15の最外径部15dまで流れ難く、例えば、矢印L4の被密封流体Fの大部分は、流体誘導溝15の径方向中央部まで流れ、そこから内空間S1に向けて折り返すように流れる(すなわち、矢印L5の流れ)。
【0057】
以上説明したように、静止密封環10と回転密封環20との相対回転時には、流体誘導溝15内の被密封流体Fが傾斜する底面15aの影響を受けて径方向に傾斜するように渦状流F1が発生する。したがって、流体誘導溝15内の被密封流体Fに径方向に流れる成分が生じるので、流体誘導溝15内に流入したコンタミを流体誘導溝15外に排出でき、流体誘導溝15内にコンタミが溜まることを抑制できる。さらに、流体誘導溝15内の被密封流体Fの一部は、側壁部15bにおける第1動圧発生溝16側の部位で圧力が高められ摺動面11,21間に流出するため、流体誘導溝15内の被密封流体Fの径方向への流れが促進される(
図5及び
図6の矢印L7参照)。
【0058】
具体的には、流体誘導溝15内に流入したコンタミは、主に流体誘導溝15から内空間S1に流出する被密封流体Fの流れとともに内空間S1に排出される(
図5及び
図6の矢印L5参照)。また、コンタミの一部は、流体誘導溝15から摺動面11,21間に流出する被密封流体Fの流れとともに摺動面11,21間に排出される(
図5及び
図6の矢印L7参照)。尚、摺動面11,21間に排出されるコンタミの量は、内空間S1に排出されるコンタミの量に比べて僅かである。
【0059】
また、流体誘導溝15内に生じる渦状流F1により、流体誘導溝15の底面15aに溜まるコンタミを巻き上げて被密封流体Fとともに径方向に移動させることができるので、コンタミを流体誘導溝15外に排出しやすい。
【0060】
また、流体誘導溝15の底面15aは、連通部15cから底面15aの最外径部15dまで傾斜して延びる平坦面である。すなわち、流体誘導溝15の被密封流体Fが径方向に円滑に流れる。なお、平坦面とは、被密封流体Fが径方向に流れればよく、径方向の流れを阻害しない段部や製造上不可避の凹凸が形成されていてもよい。
【0061】
また、流体誘導溝15における内空間S1に連通する連通部15cは、流体誘導溝15の外径側の頂部側の部位よりも周方向に幅広に形成されているので、静止密封環10の内周面と、流体誘導溝15の側壁部15bと、が周方向に沿う角度(鈍角)に形成され、流体がその粘性により静止密封環10の内周面と、流体誘導溝15の側壁部15bと、に沿って移動し易いため、内空間S1の被密封流体Fを流体誘導溝15内に取り込みやすく、且つ流体誘導溝15内の被密封流体Fを内空間S1に排出しやすい。
【0062】
また、第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17は、流体誘導溝15の底面15aよりも浅い領域で連通している。これによれば、第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17と流体誘導溝15との連通領域を大きく確保できるとともに、流体誘導溝15の底面15aと第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17との間に側壁部15bにより段差が形成されているので、流体誘導溝15に存在するコンタミが第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17内に進入し難い。さらに、側壁部15bの高さを確保できるため、渦状流F1を径方向に亘って形成しやすい。
【0063】
また、流体誘導溝15の底面15aの最外径部15dはランド12の平坦面まで延びて連続しているので、流体誘導溝15と摺動面11,21間との間で流体の排出を行うことができ、流体誘導溝15内の被密封流体Fの径方向の流れを促進できる。
【0064】
また、流体誘導溝15の側壁部15bは、軸方向から見て円弧状をなしている。これによれば、側壁部15bに角部が形成されないので、流体誘導溝15内の被密封流体Fを滞留させることなく、側壁部15bに沿って径方向に円滑に流れる。
【0065】
また、流体誘導溝15は、径方向に延びる仮想線LN(
図5参照)を基準として周方向に対称形状を成しているので、流体誘導溝15内の被密封流体Fが側壁部15bに沿ってバランスよく流れる。
【0066】
また、第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17は内空間S1に連通しているので、コンタミが第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17に流入しても矢印L1’’及び矢印L2’’とともに内空間S1に排出することができ、第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17にコンタミが溜まることを抑制できる。
【0067】
また、前記実施例では、流体誘導溝15の側壁部15bが軸方向から見て円弧状を成す形態を例示したが、これに限られず、例えば、
図7に示されるように、流体誘導溝151は、軸方向から見て略長方形、詳しくは内空間S1側は円弧、外空間S2側は直線および径方向両側はそれぞれ外空間S2側の直線に直交する直線によって囲まれた形を成していてもよい。
【0068】
また、
図8に示されるように、流体誘導溝152は、軸方向から見て内空間S1側が幅広となる略台形、詳しくは内空間S1側は円弧、外空間S2側は直線および径方向両側はそれぞれ外空間S2側の直線に鈍角に連なる直線によって囲まれた形を成していてもよい。
【0069】
また、前記実施例では、流体誘導溝15が径方向に延びる仮想線LNを基準として周方向に対称形状を成している形態を例示したが、例えば、
図9に示されるように、流体誘導溝153は、径方向に延びる仮想線LNを基準として周方向に非対称形状を成す楕円形状を成していてもよい。尚、流体誘導溝153は、仮想線LNを基準として周方向に非対称形状を成す矩形状やその他の多角形状を成していてもよい。
【0070】
また、前記実施例では、第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17の内空間S1側の端部が流体誘導溝15の周方向端部よりも周方向に離れた位置に設けられる形態を例示したが、
図10に示されるように、第1動圧発生溝161及び第2動圧発生溝171の内空間S1側の端部161a及び端部171aが流体誘導溝15の周方向端部と周方向の同じ位置に設けられていてもよい。
【0071】
また、前記実施例では、流体誘導溝15の周方向両側に第1動圧発生溝16及び第2動圧発生溝17が延設される形態を例示したが、
図11に示されるように、流体誘導溝15に対して第1動圧発生溝162(すなわち、正圧発生溝)のみが周方向に延設されていてもよい。
【0072】
また、
図12に示されるように、流体誘導溝15に対して第2動圧発生溝172(すなわち、負圧発生溝)のみが周方向に延設されていてもよい。
【実施例2】
【0073】
次に、実施例2に係る摺動部品につき、
図13を参照して説明する。尚、前記実施例と同一構成で重複する構成の説明を省略する。
【0074】
図13に示されるように、静止密封環100の摺動面110には、流体誘導溝15と、第1動圧発生溝163と、第2動圧発生溝173と、が形成されている。第1動圧発生溝163及び第2動圧発生溝173と内空間S1とは、ランド120により区画されている。
【0075】
これによれば、第1動圧発生溝163及び第2動圧発生溝173の被密封流体Fが内空間S1に漏れることを抑制できるので、第1動圧発生溝163及び第2動圧発生溝173内で確実に動圧を発生させることができるとともに、内空間S1から第1動圧発生溝163及び第2動圧発生溝173内にコンタミが流入することを抑制できる。
【0076】
尚、本実施例2の摺動部品にも前述した変形例1~6の形状を適用してもよい。
【0077】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0078】
例えば、前記実施例1,2及び変形例1~6では、導通溝の底部が径方向に亘って傾斜し摺動面まで延びている形態を例示したが、これに限られず、導通溝の底部の少なくとも一部に径方向に傾斜する傾斜面を有していればよい。例えば、
図14に示されるように、流体誘導溝154の底部154eは、内径側の端部から外径側に向けてランド12の平坦面と平行に延びる平坦面154fと、平坦面154fの外径側端部からランド12の平坦面に向けて傾斜する傾斜面154gと、から構成されていてもよい。
【0079】
また、前記実施例1,2及び変形例1~6では、導通溝の底部が平坦な傾斜面である形態を例示したが、例えば、底部は断面視で曲面状を成す傾斜面を有していてもよい。
【0080】
また、前記実施例1,2及び変形例1~6では、導通溝の底部が内径側、すなわち外部空間に連通する側から外空間側、すなわち導通溝の径方向閉塞側に向けて浅くなるように傾斜している形態を例示したが、これに限られず、例えば、径方向閉塞側から外部空間に連通する側に向けて浅くなるような傾斜面であってもよい。
【0081】
また、前記実施例1,2及び変形例1~6では、動圧発生溝の全部が導通溝の底面よりも浅い領域のみで連通している形態を例示したが、これに限られず、例えば、動圧発生溝の一部が導通溝と同じ深さの領域で導通溝と連通していてもよい。
【0082】
また、前記実施例において、被密封流体は高圧の液体と説明したが、これに限らず気体または低圧の液体であってもよいし、液体と気体が混合したミスト状であってもよい。
【0083】
また、前記実施例において、漏れ側の流体は低圧の気体である大気Aであると説明したが、これに限らず液体または高圧の気体であってもよいし、液体と気体が混合したミスト状であってもよい。
【0084】
また、被密封流体側を高圧側、漏れ側を低圧側として説明してきたが、被密封流体側が低圧側、漏れ側が高圧側となっていてもよいし、被密封流体側と漏れ側とは略同じ圧力であってもよい。
【0085】
また、前記実施例では、摺動面の内径側から外径側に向かって漏れようとする被密封流体Fを密封するアウトサイド形のものである形態を例示したが、これに限られず、摺動面の外径側から内径側に向かって漏れようとする被密封流体Fを密封するインサイド形のものであってもよい。
【0086】
また、前記実施例では、摺動部品として、一般産業機械用のメカニカルシールを例に説明したが、自動車やウォータポンプ用等の他のメカニカルシールであってもよい。また、メカニカルシールに限られず、すべり軸受などメカニカルシール以外の摺動部品であってもよい。
【0087】
また、前記実施例では、導通溝及び動圧発生溝を静止密封環に設ける例について説明したが、導通溝及び動圧発生溝を回転密封環に設けてもよい。
【0088】
また、前記実施例では、導通溝及び動圧発生溝を有する動圧発生機構は、摺動面に8つ設けられる形態を例示したが、その数量は自由に変更してもよい。また、導通溝及び動圧発生溝の形状も自由に変更してもよい。
【0089】
また、前記実施例では、導通溝の傾斜面は径方向に傾斜する形態を例示したが、これに限られず、傾斜面は、径方向に傾斜する成分に加え、周方向に傾斜する成分を有していてもよい。
【符号の説明】
【0090】
10 静止密封環(摺動部品)
11 摺動面
12 ランド(ランド部)
14 動圧発生機構
15 流体誘導溝(導通溝)
15a 底面(底部)
15b 側壁部
15c 連通部(外部空間側の径方向端部)
15d 最外径部(外部空間とは反対側の径方向端部)
16 第1動圧発生溝(動圧発生溝)
17 第2動圧発生溝(動圧発生溝)
20 回転密封環(他の摺動部品)
21 摺動面
100 静止密封環(摺動部品)
110 摺動面
120 ランド
151~153 流体誘導溝(導通溝)
161~163 第1動圧発生溝(動圧発生溝)
171~173 第2動圧発生溝(動圧発生溝)
A 大気
F 被密封流体
F1 渦状流
S1 内空間(外部空間)
S2 外空間(外部空間)