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特許7480507アクチュエータ用繊維、並びにそれを用いたアクチュエータおよび繊維製品
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  • 特許-アクチュエータ用繊維、並びにそれを用いたアクチュエータおよび繊維製品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】アクチュエータ用繊維、並びにそれを用いたアクチュエータおよび繊維製品
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/00 20060101AFI20240501BHJP
   D01F 6/60 20060101ALI20240501BHJP
   B25J 19/00 20060101ALI20240501BHJP
   F03G 7/06 20060101ALI20240501BHJP
【FI】
D01F6/00 A
D01F6/60 351C
B25J19/00 A
F03G7/06 G
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019569862
(86)(22)【出願日】2019-09-06
(86)【国際出願番号】 JP2019035266
(87)【国際公開番号】W WO2020054633
(87)【国際公開日】2020-03-19
【審査請求日】2022-07-14
(31)【優先権主張番号】P 2018168810
(32)【優先日】2018-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】山中 博文
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴大
(72)【発明者】
【氏名】鹿野 秀和
【審査官】印出 亮太
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-533521(JP,A)
【文献】特表2010-512957(JP,A)
【文献】特開平07-156606(JP,A)
【文献】特開昭56-131332(JP,A)
【文献】特開昭61-055418(JP,A)
【文献】特開2018-083275(JP,A)
【文献】国際公開第2017/022146(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0314539(US,A1)
【文献】HAINES, C. et al.,Artificial Muscles from Fishing Line and Sewing Thread,Science,2014年02月21日,Vol. 343, No. 6173,pp. 868-872
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00 - 6/96
D01F 9/00 - 9/04
B25J 19/00
F03G 7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂からなる繊維であって、コイルばね形状を有し、コイル部の平均直径をD、繊維直径をdとしたとき、ばね指数D/dが1.7以上であり、
前記熱可塑性樹脂がナイロン6,10、ナイロン6,12、ナイロン10,10およびそれらの組み合わせから成る群から選択されるアクチュエータ用繊維。
【請求項2】
示差走査熱量計により測定したガラス転移点が150℃以下である請求項1に記載のアクチュエータ用繊維。
【請求項3】
示差走査熱量計により測定した融解熱量から算出した結晶化度が5~95%の範囲にある請求項1または2に記載のアクチュエータ用繊維。
【請求項4】
複屈折Δnの絶対値が1.0×10-3~5.0×10-1の範囲にある請求項1~3のいずれか一項に記載のアクチュエータ用繊維。
【請求項5】
請求項1~のいずれか一項に記載のアクチュエータ用繊維が少なくとも一部を構成するアクチュエータ。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一項に記載のアクチュエータ用繊維が少なくとも一部を構成する繊維製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱冷却により伸縮動作可能なコイルばね形状を有するアクチュエータ用繊維、およびそれを用いたアクチュエータならびに繊維製品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アクチュエータは、物理化学的エネルギーを機械的な変位、または力に変える変換装置のことであり、従来から種々の機械を作動させる駆動源として、広く利用されている。特に、電気や磁力、気体の膨張、油圧、空気圧等を駆動のためのエネルギーとして利用するモーターやエンジン、シリンダー等が、非常に大きな変位や力を得られることから、機械の駆動源として大きく発展してきた。
【0003】
近年の動向として、電子情報産業やロボット産業、医薬・バイオ関連産業等の発展により、半導体製造やモジュール組立、医薬品製造、微生物培養等、多様な分野で精密に駆動するアクチュエータが要求されている。また、生産性向上や生活の質の向上に対する意識が世界的に高まっており、人間が着用することで、歩行や作業時に必要な力を支援するロボット・装置等の開発も進んでいる。特にアシストスーツに代表される支援ロボット・装置では、着用する人間への負荷を極力低減することが必要なため、アクチュエータの小型化・軽量化が強く求められている。こうしたアクチュエータへの要求に対して、主にモーターやシリンダー等の小型・微細化により対応がなされてきた。しかしながら、アクチュエータのさらなる精密・小型・軽量化は、従来技術の延長だけでは限界を迎える可能性があり、従来とは異なる次世代型のアクチュエータ材料が求められている。
【0004】
このような背景の下、様々な分野で、次世代型アクチュエータ材料の研究開発が精力的に進められており、中でも、人工筋肉と呼ばれるアクチュエータ材料が注目されている。人工筋肉とは、生体の筋肉のようにエネルギーを消費して、材料の状態変化が生じることで、機械的な動力を得るアクチュエータ材料である。ゴムチューブに空気圧を与えて動作するマッキベン型材料、加熱冷却による収縮伸長する形状記憶合金材料、電圧印加・放電により伸縮動作する高分子ゲル材料、この他にも電気・磁性粘性流体を利用した材料や圧電材料などの人工筋肉が研究開発されている。
【0005】
特に、アクチュエータの小型・軽量化に有利な高分子を用いた材料が注目されているが、発生する変位や力が小さいといった問題や、アクチュエータ材料として研究開発されている高分子ゲル材料の多くは、駆動に電解液が必要となるため、電解液供給槽が必要となり、小型化に制約が生じるという問題があった。
【0006】
こうした高分子アクチュエータ材料の問題を解決するための様々な取り組みが推進されており、例えば、特許文献1では、ポリマーファイバーに撚りおよびコイル形状を付与することで、熱エネルギーによって、可逆的なねじりおよび引張作動を発生させており、電解質やカウンター電極および特別なパッケージ化が不要な高分子アクチュエータが提案されている。
【0007】
また、特許文献2では、円筒状のコイルの形状を有するように折りたたまれた繊維の材質を直鎖状低密度ポリエチレンとし、コイルの平均直径を繊維径よりも小さくすることにより、高い変位率を有するアクチュエータが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2014/022667号
【文献】国際公開第2017/022146号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1においては、研究レベルでの実証に留まっており、衣服等の繊維製品に組み込んでの実使用に耐えうるレベルには至っていないという課題があった。
【0010】
また、特許文献2では、コイル平均直径を繊維径よりも小さくすることにより、硬いばねとなるため、衣服等の繊維製品に組み込むには、柔軟性が乏しいという課題があった。
【0011】
そこで、本発明の課題は、上記した従来技術の問題点を解決するものであり、衣服等の繊維製品に組み込むことができる柔軟なソフトアクチュエータに適したアクチュエータ用繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的は以下の手段により達成される。すなわち、本発明は、下記(1)~(8)のいずれかの構成を備える。
(1)熱可塑性樹脂からなる繊維であって、コイルばね形状を有し、コイル部の平均直径をD、繊維直径をdとしたとき、ばね指数D/dが1.7以上であるアクチュエータ用繊維。
(2)示差走査熱量計により測定したガラス転移点が150℃以下である前記(1)に記載のアクチュエータ用繊維。
(3)示差走査熱量計により測定した融解熱量から算出した結晶化度が5~95%の範囲にある前記(1)または(2)に記載のアクチュエータ用繊維。
(4)複屈折Δnの絶対値が1.0×10-3~5.0×10-1の範囲にある前記(1)~(3)のいずれか一つに記載のアクチュエータ用繊維。
(5)前記熱可塑性樹脂がポリエステル、ナイロン6,10、ナイロン6,12、ナイロン10,10、ポリプロピレン、エチレンテトラフルオロエチレン、パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリオキシメチレン、ポリウレタン、およびそれらの組み合わせから成る群から選択される前記(1)~(4)のいずれか一つに記載のアクチュエータ用繊維。
(6)熱可塑性樹脂がナイロン6,10、ナイロン6,12、ナイロン10,10およびそれらの組み合わせから成る群から選択される前記(1)~(5)のいずれか一つに記載のアクチュエータ用繊維。
(7)前記(1)~(6)のいずれか一つに記載のアクチュエータ用繊維が少なくとも一部を構成するアクチュエータ。
(8)前記(1)~(6)のいずれか一つに記載のアクチュエータ用繊維が少なくとも一部を構成する繊維製品。
【発明の効果】
【0013】
本発明のアクチュエータ用繊維は、ばね指数が大きく、柔軟性を有しているため、ソフトアクチュエータに適した部材とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は本発明のコイルばね形状を有するアクチュエータ用繊維の模式図である。
図2図2は撚りの入った繊維(撚り繊維)の模式図である。
図3図3は撚りの入っていない繊維の模式図である。
図4図4は撚りの入っていない繊維内部における結晶部および非晶部を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を望ましい実施形態とともに詳述する。
【0016】
本発明のアクチュエータ用繊維は、熱可塑性樹脂から構成されていることが必要である。本発明のアクチュエータ用繊維の伸縮動作の機構については後述するが、その動作の駆動源として、熱可塑性樹脂の非晶部における分子鎖が加熱によって配向緩和する際に発生する力を利用する。
【0017】
本発明のアクチュエータ用繊維は、繊維がらせん状に成形されたコイル部を含む、コイルばね形状を有することが必要である。ここで言うコイルばね形状とは、JIS B 0103:2012(ばね用語)で定義されるコイルばねと同様の形状のことである。アクチュエータ用繊維がコイルばね形状を有することによって、アクチュエータ用繊維の伸縮動作を発生させることが可能となる。本発明のアクチュエータ用繊維は、図1に示すように、繊維がらせん状に成形されたコイル部2およびらせん状ではない端部3から構成される引張コイルばね形状であることが好ましい。
【0018】
アクチュエータ用繊維1におけるコイル部2は、図2に示すように、撚りの入った繊維4(以下、撚り繊維4)から構成されていることが好ましい。熱可塑性樹脂からなる繊維(図3に示すように撚りの入っていない繊維5)は、図4に示すように繊維内部で分子鎖が結晶部6および非晶部7の領域を形成して存在しており、一般的に加熱することで、主に非晶部7における分子鎖の配向緩和が進行することにより、繊維軸方向に収縮する。この撚りの入っていない繊維に撚りを加えていくと、元の繊維の軸方向は撚り繊維のねじれ角に沿ったらせん状の方向となる。この時、加熱により非晶部における分子鎖の配向緩和が進行すると、撚りによって生じたねじれを解消する方向、すなわち解撚方向に力が働く。
【0019】
本発明のアクチュエータ用繊維はコイル部を有しているので、コイル部が同一のねじれ方向をもった撚り繊維から構成されていると、アクチュエータ用繊維を加熱することで非晶部における分子鎖の配向緩和が生じて、コイル部を構成する撚り繊維には解撚方向の力が働く。これにより、コイルピッチを縮める力が発生して、アクチュエータ用繊維の軸方向に引張力が発生する。こうした機構から、本発明のアクチュエータ用繊維の軸方向の引張力を発生させるためには、コイル部の互いに隣り合う巻線が非接触の状態にある必要がある。特に、アクチュエータ用繊維が初期状態で互いに隣り合う巻線が接触している引張コイルばね形状である場合には、互いに隣り合う巻線の接触が解消し始める荷重(初張力)よりも大きな荷重を、繊維の一端にかけて、巻線同士を非接触状態にする必要がある。このアクチュエータ用繊維を加熱して、引張力を発生させた後に冷却すると、引張力の発生が止まり、再び加熱前の状態に戻る。この加熱冷却を繰り返すことで、本発明のアクチュエータ繊維は伸縮動作を発現する。
【0020】
本発明のアクチュエータ用繊維は、ばね指数D/dが1.7以上であることが必要である。本発明におけるばね指数とは、本発明のアクチュエータ用繊維を構成する繊維の繊維直径dとコイル部の平均直径Dとの比率であり、D/dによって表される指数である。繊維直径dは、例えば、アクチュエータ用繊維の側面をデジタルマイクロスコープにて300倍の倍率で撮影した画像において、無作為に抽出したコイル部の10箇所について、図1中のdで示される撚り繊維の幅の長さを測定し、その平均値として求めることができ、コイル部2の平均直径Dは、同じく撮影された画像において、無作為に抽出したコイル部の10箇所について、コイル部外径を測定し、その平均値を求め、その平均コイル部外径の値から繊維直径dの値を差し引くことにより求めることができる。
【0021】
一般的に、ばね指数が大きいほど、柔軟なばねとなり、荷重に対して、コイル部は伸びやすくなる。すなわち、コイル軸方向に沿ってコイル部に印加される荷重が一定である場合、ばね指数が大きいほどコイル部のたわみ量は大きくなる。また、ばねが柔軟となることでコイル軸方向の引張や圧縮、曲げ等から受ける外力を分散することができ、ばねの長寿命化にもつながる。一方、ばね指数が小さいほど硬いばねとなり、荷重に対してコイル部は伸びにくくなる。すなわち、コイル軸方向に沿って、コイル部に印加される荷重が一定である場合、ばね指数が小さいほどコイル部のたわみ量は小さくなる。また、ばねが硬くなることでより大きな荷重に対して適用することが可能となるが、外力を受けた場合に応力集中が起きやすく、寿命が短くなる傾向にある。こうした特性を考慮して、金属からなるコイルばねを設計する場合、ばね指数は4.0~22.0の範囲に設定されることが一般的である。
【0022】
しかし、本発明のアクチュエータ用繊維は、材質が熱可塑性樹脂であるため、ばね指数の設計範囲は金属からなるコイルばねとは異なる。本発明者らは、鋭意検討した結果、熱可塑性樹脂からなるアクチュエータ用繊維においては、ばね指数D/dを1.7以上とすることで、柔軟性に富み、衣服等の繊維製品に組み込んだ際に着心地を損なわずに、アクチュエータ機能を発揮させることを見出した。また、衣服等の繊維製品に組み込んだ場合に、体の動きへの追従性を高める観点から、ばね指数D/dは2.5以上であることが好ましい。さらに、着用時の体の圧迫感を抑制する観点から、ばね指数D/dは4.0以上であることがより好ましい。なお、ばね指数D/dが大きくなりすぎると、本発明のアクチュエータ用繊維の形態が不安定となるため、伸縮動作を安定的に発生させる観点から、ばね指数D/dの実質的な上限は20.0である。
【0023】
本発明のアクチュエータ用繊維は、示差走査熱量計(以下、DSC)による測定から得られるガラス転移温度(以下、Tg)が150℃以下であることが好ましい。本発明におけるTgとは、DSCを用いて、10℃/分の昇温条件で20℃から融解ピーク(発熱ピーク)終了時より約30℃高い温度の範囲で測定し、解析ソフトを用いて計算された値を指す。
【0024】
本発明のアクチュエータ繊維の収縮動作の駆動源は、前記のとおり、熱による非晶部における分子鎖の配向緩和に由来する。そのため、加熱によりアクチュエータ用繊維の温度がTgを超えることで配向緩和が急速に進み、瞬時に収縮動作を起こすこととなる。すなわち、アクチュエータ用繊維のTgは収縮動作可能な温度を意味し、Tgが高いほどアクチュエータ用繊維の収縮動作にはより多くの加熱を必要とし、Tgが低いほどより少ない加熱で収縮動作が可能となる。収縮動作に必要な加熱エネルギーを抑制する観点から、Tgは120℃以下であることがより好ましい。本発明のアクチュエータ用繊維を衣服等の繊維製品に組み込む場合、組み合わされる素材の熱による寸法安定性を考慮して、より低温で伸縮動作を発現することが望ましい。加えて、Tgが低いほどアクチュエータ用繊維は柔軟性に富み、アクチュエータ用繊維を衣服等の繊維製品に組み込んだ際に着心地を損なわないことも可能となる。こうした観点から、Tgは80℃以下であることがさらに好ましく、特に好ましくは60℃以下である。また、アクチュエータ用繊維のTgが低いほど、少ない加熱で収縮動作が可能となり、柔軟性に富むため、アクチュエータ用繊維のTgの下限は特に設けないが、アクチュエータ用繊維の加熱冷却による伸縮動作を繰り返し発現させた際のアクチュエータ用繊維の形態が安定しないと、安定した伸縮動作が得られない。このため、加熱冷却時の形態安定性を高める観点から、Tgは0℃以上がより好ましく、さらに好ましくは20℃以上である。
【0025】
本発明のアクチュエータ用繊維は、DSC測定によって得られる融解熱量から算出した結晶化度が5~95%の範囲にあることが好ましい。結晶化度は、DSCによる測定から得られたDSCサーモグラムに基づき、低温結晶化ピーク(吸熱ピーク)から求めた熱量を結晶化熱量(J/g)とし、融解ピーク(発熱ピーク)から求めた熱量を融解熱量(J/g)として、以下の式より算出することができる。
結晶化度(%)={(融解熱量-結晶化熱量)/完全結晶融解熱量}×100
【0026】
本発明のアクチュエータ用繊維の収縮動作の主な駆動源は、熱による非晶部における分子鎖の配向緩和に由来するため、存在する非晶量が多いほど加熱した際のアクチュエータ用繊維の収縮力が大きくなる。一方、結晶部を持たない非晶性ポリマーの場合、繊維中に非晶部の分子鎖をつなぎとめる領域が存在しないことになり、加熱冷却時にアクチュエータ用繊維の形態が安定しないため、安定した伸縮動作が得られない。このため、本発明のアクチュエータ用繊維は、形態安定性の観点から結晶部を有することが好ましい。こうした観点を推し進めて、加熱冷却時の形態安定性を高める観点から、結晶化度は10%以上であることがより好ましい。より高頻度の加熱冷却が繰り返される用途においては、形態安定性を一層高めることが求められ、結晶化度は15%以上であることがさらに好ましい。一方、加熱時の収縮力を高める観点から、結晶化度は80%以下であることがより好ましい。また、アシストスーツ等の駆動源として用いる場合には、より大きな収縮力が必要とされ、結晶化度は60%以下であることがさらに好ましい。
【0027】
本発明のアクチュエータ用繊維の複屈折Δnの絶対値は、1.0×10-3~5.0×10-1の範囲にあることが好ましい。複屈折Δnは、ベレック式コンペンセーターを装着した偏光顕微鏡を使用し、レターデーションと繊維直径の値から、以下の式より算出されるものである。
複屈折Δn=(レターデーション/繊維直径)×10-3
【0028】
本発明において、複屈折Δnは、n数を5として繊維の複屈折を測定し、その平均値を有効数字2桁となるように、3桁目を四捨五入して算出する。繊維の複屈折Δnは、熱可塑性樹脂の種類によって、正または負の符号を有するが、その絶対値が大きいほど、分子鎖の繊維軸方向における配向度が高いことを意味する。本発明のアクチュエータ用繊維の引張力の主な駆動源は、非晶部における分子鎖の熱による配向緩和に由来するため、分子鎖の配向度が高いほど、すなわちΔnの値が大きいほど、発生する引張力は大きいものとなる。こうした観点から、加熱時の引張力を大きくするためには、Δnは5.0×10-3以上であることがより好ましい。また、本発明のアクチュエータ用繊維をアシストスーツ等の繊維製品に組み込む場合には、より一層大きい引張力が求められるため、Δnは1.0×10-2以上であることがさらに好ましい。なお、熱可塑性樹脂からなる一般的な繊維において、Δnの実質的な上限は5.0×10-1程度である。一方、繊維軸方向の分子鎖の配向度が高くなるほど、摩擦によって繊維軸方向に裂けやすくなる。すなわち、Δnが高いほど、擦過等によってフィブリル化しやすくなり、耐摩耗性が低下してしまうため、本発明のアクチュエータ用繊維の耐摩耗性を向上させるためには、分子鎖の配向度を適正な範囲で低下させるとよい。こうした観点から、高い耐摩耗性を得るためには、Δnは3.0×10-1以下であることがより好ましい。また、本発明のアクチュエータ用繊維を衣服等の繊維製品に組み込む際には、着用時の摩擦や擦過等が高頻度で生じるため、より一層高い耐摩耗性が求められ、Δnは1.0×10-1以下であることがさらに好ましい。
【0029】
本発明のアクチュエータ用繊維を構成する熱可塑性樹脂は、アクチュエータ用繊維のTgを150℃以下とすることが好ましいことからTgが150℃以下の熱可塑性樹脂が好ましい。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエステル、ナイロン6,10、ナイロン6,12、ナイロン10,10、ポリプロピレン、エチレンテトラフルオロエチレン、パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリオキシメチレン、ポリウレタンから選択されることが好ましい。
【0030】
ポリエステルの具体例として、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリヘキサメチレンテレフタレートなどの芳香族ポリエステル、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリエチレンアジペート、ポリプロピレンアジペート、ポリブチレンアジペート、ポリエチレンサクシネート、ポリプロピレンサクシネート、ポリブチレンサクシネート、ポリエチレンセバケート、ポリプロピレンセバケート、ポリブチレンセバケート、ポリカプロラクトンなどの脂肪族ポリエステル、これらのポリエステルへ共重合成分を共重合させた共重合ポリエステルなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0031】
ポリエステルの共重合成分の具体例として、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、1,5-ナフタレンジカルボン酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、2,2’-ビフェニルジカルボン酸、3,3’-ビフェニルジカルボン酸、4,4’-ビフェニルジカルボン酸、アントラセンジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸、マロン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、イタコン酸、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、1,11-ウンデカンジカルボン酸、1,12-ドデカンジカルボン酸、1,14-テトラデカンジカルボン酸、1,18-オクタデカンジカルボン酸、1,2-シクロヘキサンジカルボン酸、1,3-シクロヘキサンジカルボン酸、1,4-シクロヘキサンジカルボン酸、ダイマー酸などの脂肪族ジカルボン酸、カテコール、ナフタレンジオール、ビスフェノールなどの芳香族ジオール、エチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、シクロヘキサンジメタノールなどの脂肪族ジオールなどが挙げられるが、これらに限定されない。これらの共重合成分は1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0032】
ポリプロピレンは、単独重合体であっても、共重合成分との共重合体であってもよく、共重合体の形式として、ブロック共重合体やグラフト共重合体などが挙げられるが、これらに限定されない。共重合成分としては、染料と親和性の高い極性官能基を含む不飽和化合物を好適に採用でき、カルボン酸基、カルボン酸無水物基、カルボン酸塩基、カルボン酸エステル基、カルボン酸アミド基などが挙げられる。また、共重合成分の具体例として、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、アクリル酸、メタクリル酸などの不飽和カルボン酸、無水マレイン酸、無水イタコン酸などの不飽和カルボン酸無水物、メタクリル酸ナトリウム、アクリル酸ナトリウムなどの不飽和カルボン酸塩、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、メタクリル酸メチル、マレイン酸モノエチルエステルなどの不飽和カルボン酸エステル、アクリルアミド、マレイン酸モノアミドなどの不飽和カルボン酸アミドなどが挙げられるが、これらに限定されない。これらの共重合成分は1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0033】
ポリウレタンとして、ジイソシアネート、ポリオール、鎖伸長剤の3成分の反応によって得られる高分子化合物が挙げられる。
【0034】
ジイソシアネートの具体例として、トリメチレンジイソシアネート、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、1,3-ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサン、1,4-ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサン、1,3-シクロヘキサンジイソシアネート、1,4-シクロヘキサンジイソシアネート、2,2’-ジフェニルメタンジイソシアネート、2,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート、1,5-ナフタレンジイソシアネート、2,4-トルエンジイソシアネート、2,6-トルエンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネートなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
ポリオールとして、ポリエーテルポリオール、ポリエステルポリオール、ポリカプロラクトンポリオール、ポリカーボネートポリオールなどが挙げられるが、これらに限定されない。ポリエーテルポリオールは、低分子量ポリオールや低分子量ポリアミンとアルキレンオキサイドとの開環付加重合により得られる。ポリエステルポリオールは、低分子量ポリオールと多価カルボン酸、多価カルボン酸エステル、多価カルボン酸無水物、多価カルボン酸ハライドとの縮合反応もしくはエステル交換反応により得られる。ポリカプロラクトンポリオールは、低分子量ポリオールとカプロラクトンとの開環重合により得られる。ポリカーボネートポリオールは、低分子量ポリオールとカーボネートとの付加重合により得られる。
【0036】
低分子量ポリオールの具体例として、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、シクロヘキサンジオール、シクロヘキサンジメタノール、ビスフェノール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ジグリセリン、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、ジペンタエリスリトールショ糖などが挙げられるが、これらに限定されない。低分子量ポリアミンの具体例として、エチレンジアミン、1,3-プロパンジアミン、1,4-ブタンジアミン、1,6-ヘキサメチレンジアミン、1,4-シクロヘキサンジアミン、ヒドラジンなどが挙げられるが、これらに限定されない。アルキレンオキサイドの具体例として、エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド、ブチレンオキサイド、テトラヒドロフランなどが挙げられるが、これらに限定されない。多価カルボン酸の具体例として、シュウ酸、マロン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、イタコン酸、アジピン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、ダイマー酸などが挙げられるが、これらに限定されない。多価カルボン酸エステルの具体例として、多価カルボン酸のメチルエステル、エチルエステルなどが挙げられるが、これらに限定されない。多価カルボン酸無水物の具体例として、無水シュウ酸、無水コハク酸、無水マレイン酸、無水フタル酸、無水トリメリット酸などが挙げられるが、これらに限定されない。多価カルボン酸ハライドの具体例として、シュウ酸ジクロライド、アジピン酸ジクロライドなどが挙げられるが、これらに限定されない。カプロラクトンの具体例として、ε-カプロラクトンが挙げられるが、これに限定されない。カーボネートの具体例として、エチレンカーボネート、ジメチルカーボネートなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0037】
鎖伸長剤の具体例として、エタンジオール、1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコールなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0038】
本発明のアクチュエータ用繊維をアシストスーツや一般的な衣服等の繊維製品に組み込む観点において、柔軟性に富み、衣服等の繊維製品に組み込んだ際に着心地を損なうことがなく、衣服の機械的強度にも優れることから、上記の熱可塑性樹脂の内、ナイロン6,10、ナイロン6,12、ナイロン10,10から選択されることが特に好ましい。
【0039】
本発明のアクチュエータ用繊維は、熱可塑性樹脂からなる繊維が1種のみで構成されていてもよく、熱可塑性樹脂からなる繊維が2種以上で構成されていてもよい。
【0040】
本発明のアクチュエータ用繊維の引張力を発生させるための加熱方法は、特に限定されないが、熱風や蒸気、各種高温ガス等の熱源や、電気エネルギーを熱エネルギーに変換する各種抵抗発熱体、太陽光、赤外線、紫外線、レーザー、電磁波等の光エネルギーを利用した発熱等を使用することができる。アクチュエータ用繊維の伸縮動作を精密に制御する観点からは、電気信号により加熱が可能な抵抗発熱体を用いることが好ましい。また、伸縮動作のサイクルを速めるためには、アクチュエータ用繊維の温度をできるだけ速く下げて、初期状態に戻すことが要求される。こうした観点から、通気ファン等を利用した空冷、水等の各種冷媒を利用した液冷やペルチェ素子等の冷却装置を組み合わせて、冷却効率を高めることも好適である。
【0041】
本発明のアクチュエータ用繊維の伸縮動作を電気的に制御し、電気信号入力に対する伸縮動作の応答速度を高めるため、電気エネルギーを熱エネルギーへ高効率で変換する観点から、抵抗発熱体と組合せてもよい。この抵抗発熱体は、電気抵抗により発熱する材料であれば、特に限定されないが、カーボンブラックやカーボンナノチューブ、炭素繊維等の炭素系材料、金や銀、銅をはじめとした金属粒子、ポリアセチレン、ポリアニリン、ポリチオフェン、ポリピロール系に代表される導電性高分子等が好適である。これらは予め各種熱可塑性樹脂に練り込まれて、繊維内部に含有されていてもよく、また、これら抵抗発熱体を本発明のアクチュエータ用繊維の表面にコーティングや化学結合等の手法により、複合・固定化してもよい。これら抵抗発熱体自体をフィルムや繊維、電線をはじめとした成形体に加工したもの、もしくは、汎用の成形体と複合化したものを、本発明のアクチュエータ用繊維に、撚り合わせる等、接触させるような形態で組み込んでもよい。
【0042】
本発明のアクチュエータ用繊維の繊維直径dは、特に限定されるものではないが、アクチュエータとして実用的な伸縮動作を発生させる観点から、1~10000μmの範囲にあることが好ましい。衣服等の繊維製品に組み込み、着用時に体の動きへの高い追従性が要求される用途においては、アクチュエータ用繊維の柔軟性をより高める観点から、繊維直径dは1~1000μmの範囲にあることがより好ましい。
【0043】
本発明のアクチュエータ用繊維の特徴である柔軟性を活かしながら、より大きな荷重に対して適用可能とする目的で、複数のアクチュエータ用繊維を並列または直列に接続して利用することも好適である。
【0044】
本発明のアクチュエータ用繊維の製造方法は、特に限定されないが、以下に製造方法の一例を記載する。熱可塑性樹脂からなる繊維(モノフィラメントまたはマルチフィラメント)を所望の長さに切り出し、回転モーターを備えた撹拌機の軸に繊維の上端を結び付ける等して固定する。次いで、繊維の下端におもりを取り付けて、撹拌機の回転モーターを作動させる。モーターの回転方向は、繊維軸と垂直な方向と同一とし、撹拌機の軸と錘によって、両端が固定された繊維に撚りが加わる。そのままモーターの回転を続け、撚りを加え続けると、一重撚りの限界を超え、撚りの入った繊維が回転しながら折りたたまれ、コイリングし始める。ここでいうコイリングとは、撚りの入った繊維がコイル状に成形されることを意味する。このコイリング開始点から、繊維全体にわたってコイリングが進行し、最終的にコイルばね形状を有したアクチュエータ用繊維が得られる。このように製造したコイルばね形状を有したアクチュエータ用繊維は互いに隣り合う巻線が密着した状態であるが、製造後に部分的に解撚させることで互いに隣り合う巻線が分離して、非接触の状態に調整することも可能である。繊維に形成されるコイル部の回転方向は、撹拌機モーターの回転方向と一致しており、モーターの回転方向を調整することで、右回転あるいは左回転方向のコイルばね形状を有したアクチュエータ用繊維を作り分けることができる。
【0045】
また、繊維の下端に取り付ける錘の荷重もコイリングに影響を与え、荷重が不十分な場合、撚りを加えている間に繊維がもつれてしまい、逆に荷重が過剰であると、撚りを加えている間に繊維が破断してしまう。このような繊維のもつれおよび破断を生じない適正範囲での荷重選択が必要となり、この適正範囲内において、繊維直径dが同一の繊維を使用する場合、荷重が大きいほど形成するコイル部の平均直径Dが小さくなって、ばね指数D/dが小さくなる傾向にあり、荷重が小さいほどコイル部の平均直径Dが大きくなって、ばね指数D/dが大きくなる傾向にある。また、アクチュエータ用繊維のばね指数D/dを大きくする、すなわちコイル部の平均直径Dを大きくするために、心棒の周りに繊維を巻き付けながら、コイル部を形成させることも可能である。
【0046】
得られたコイルばね形状を有するアクチュエータ用繊維は、製造中に加えられた過剰な撚りによって塑性変形して、形態が固定化されている場合がある。また、アクチュエータ用繊維の形態を安定化させる目的で、通常の熱可塑性樹脂からなる繊維と同様に、熱セットしてもよい。
【0047】
本発明のアクチュエータ用繊維は、アクチュエータとして使用した場合に、加熱冷却によって可逆的な伸縮動作を発現するため、ロボットや電子情報関連やバイオ・医療関連で用いられる精密機器や微小機械に好適に採用できるものである。また、本発明のアクチュエータ用繊維は柔軟性に富むことから、歩行や作業時に必要な力を補助するアシストスーツ等の支援ロボット・装置、衣服や繊維製品として好適に用いることができるものである。
【実施例
【0048】
以下実施例を挙げて、本発明のアクチュエータ用繊維について、具体的に説明する。実施例および比較例については、下記の評価を行った。
【0049】
A.繊維直径d
アクチュエータ用繊維の側面をキーエンス社製デジタルマイクロスコープVHX2000にて300倍の倍率で撮影した画像において、無作為に抽出したコイル部の10箇所について、図1中のdで示される撚り繊維4の幅の長さを測定し、その平均の小数点第2位を四捨五入して小数点第1位まで求めた値を繊維直径d(μm)とした。
【0050】
B.コイル部の平均直径D
アクチュエータ用繊維の側面をキーエンス社製デジタルマイクロスコープVHX2000にて300倍の倍率で撮影した画像において、無作為に抽出したコイル部の10箇所について、コイル部外径(μm)を測定し、その平均の小数点第2位を四捨五入して小数点第1位まで求めた値を平均コイル部外径D’(μm)とした。次いで、以下の式
コイル部の平均直径D(μm)=平均コイル部外径D’-繊維直径d
の通り、得られた平均コイル部外径D’の値から繊維直径dの値を差し引いた値をコイル部の平均直径D(μm)とした。
【0051】
C.ばね指数D/d
繊維直径dおよびコイル部の平均直径Dを用いて、以下の式
ばね指数D/d=コイル部の平均直径D/繊維直径d
より算出し、小数点第2位を四捨五入して、小数点第1位まで求めた値をばね指数D/dとした。
【0052】
D.Tgおよび結晶化度(DSC測定)
TA Instruments社製DSC2000を用いて、10℃/分の昇温条件で、20℃から融解ピーク(発熱ピーク)の終了時より約30℃高い温度の範囲で、アクチュエータ用繊維の示差走査熱量測定を行った。解析ソフトとして、TA Instruments製ユニバーサルアナリシス2000を使用して、測定で得られたDSCサーモグラムにおいて、Tg(℃)を求めた。
また、吸熱ピークから求めた熱量を結晶化熱量(J/g)とし、発熱ピークから求めた熱量を融解熱量(J/g)として、以下の式
結晶化度(%)={(融解熱量-結晶化熱量)/完全結晶融解熱量}×100
により、算出した値の小数点第1位を四捨五入して、整数とした値を結晶化度とした。なお、各種熱可塑性樹脂の完全結晶融解熱量(J/g)は、各実施例中に記載した値を用いた。
【0053】
E.複屈折Δn
アクチュエータ用繊維のコイル部を切り出して、ベレック式コンペンセーターを備えたOLYMPUS BH-2偏光顕微鏡により、レターデーション(nm)を測定し、上記A項で求めた繊維直径d(μm)を用いて、以下の式
複屈折Δn=(レターデーション/繊維直径d)×10-3
により、複屈折Δnを求めた。コイル部の任意の5箇所について、測定を行い、その平均値を有効数字2桁となるように、3桁目を四捨五入して算出した値を複屈折Δnとした。
【0054】
F.伸縮動作率
温度25.0℃、湿度60.0%RHに保たれた恒温恒湿室内にて、アクチュエータ用繊維を、その上端を固定した状態で吊るし、互いに隣り合う巻線が非接触の状態で、20MPaの張力がかかるように、以下の式
張力(MPa)=荷重×0.0098/繊維断面積
から算出した荷重(g)のおもりを、アクチュエータ用繊維の下端にかけた。なお、繊維断面積(mm)は、繊維直径d(μm)を用いて算出した値である。
【0055】
なお、アクチュエータ用繊維が無荷重時において、互いに隣り合う巻線が接触している場合には、初張力の影響を除外する目的で、以下の方法により、算出した初張力に相当する初荷重Pi(g)を加えた上で、20MPaの張力をかけた。
【0056】
すなわち、温度25.0℃、湿度60.0%RHに保たれた恒温恒湿室内にて、互いに隣り合う巻線が接触しているアクチュエータ用繊維を、その上端を固定した状態で吊るし、下端にフォースゲージを取り付けて、コイル軸方向に引っ張り、隣り合う巻線間が非接触の状態となり、アクチュエータ用繊維のコイル部の長さが1.1倍となった時の荷重P1(g)を読み取った。引き続き、コイル軸方向に引っ張って、コイル部の長さが1.2倍となった時の荷重P2(g)を読み取り、下式
Pi(g)=2P1-P2
から初荷重Piを算出した。
【0057】
この状態を初期状態とし、ヒートガンを用いて、アクチュエータ用繊維のTg+70℃の熱風で加熱し、収縮させ、収縮が完了した時点で加熱を止めて、初期状態に戻るまで放冷した。加熱前の繊維長をL1(mm)、加熱収縮時の繊維長をL2(mm)として、以下の式
伸縮動作率(%)={(L1-L2)/L1}×100
より伸縮動作率を算出した。
【0058】
ここで、L1-L2は、加熱前後での繊維長差、すなわち加熱収縮による変位を表しており、伸縮動作率は、加熱前の繊維長に対する変位率のことである。同一サンプルにて、加熱放冷のサイクルを5回繰り返して求めた伸縮動作率の平均値の小数点第2位を四捨五入し、小数点第1位まで求めた値を、アクチュエータ用繊維の伸縮動作率とした。
なお、アクチュエータ用繊維のTgが25℃未満の場合には、ヒートガンを用いて、95℃の熱風で加熱し、伸縮動作率を評価した。
【0059】
G.伸縮動作時の初期長変化率
前記F項に記載の方法で張力をかけたアクチュエータ繊維用の初期状態における繊維長L3(mm)を測定した。その後、前記F項に記載の方法で加熱放冷のサイクルを50回繰り返し、50回目の放冷が完了したときのサンプルの繊維長L4(mm)を測定した。これらの測定値を用い、以下の式
初期長変化率(%)=(|L3-L4|/L3)×100
より小数点第2位を四捨五入し、小数点第1位まで求めて初期長変化率を算出した。ここで、|L3-L4|は、加熱放冷50サイクル前の初期状態における繊維長と50サイクル後の初期状態における繊維長の差の絶対値を表している。算出した初期長変化率が5.0%未満の場合、合格とした。ちなみに、初期長変化率は小さければ小さいほど優れており、最小値は0.0%である。
【0060】
H.アクチュエータ用繊維を組み込んだ繊維製品の着用試験
実施例によって得られたアクチュエータ用繊維を、綿の平織物(英式綿番手40S:紡績糸、経・緯の織密度:各50本/インチ(2.54cm))の経糸10本に対して1本の割合で経糸として組み込み、縦・横が各10cmの平織物を作製した。続いて、綿製長袖ワイシャツの左右の袖の上腕部分を一周取り囲むように、得られた平織物を縫い付けた。平織物を縫い付ける際には、袖の向きとアクチュエータ用繊維の向きを一致させた。5年以上の着用試験評価の経験を有する被験者20名に対し、作製したワイシャツを着用させ、10分間歩行後に、柔軟性、追従性、圧迫感を下記のとおり評価した。
【0061】
柔軟性については、「柔軟性を極めて強く感じる」を5点、「柔軟性を強く感じる」を4点、「柔軟性を感じる」を3点、「柔軟性をほとんど感じない」を2点、「柔軟性を全く感じない」を1点とし、被験者20名が各々付けた点数の平均点を算出し、平均点が3.0点以上を合格とした。
【0062】
追従性については、「追従性を極めて強く感じる」を5点、「追従性を強く感じる」を4点、「追従性を感じる」を3点、「追従性をほとんど感じない」を2点、「追従性を全く感じない」を1点とし、被験者20名が各々付けた点数の平均点を算出し、平均点が3.0点以上を合格とした。
【0063】
圧迫感については、「圧迫感を全く感じない」を5点、「圧迫感をほとんど感じない」を4点、「圧迫感をわずかに感じる」を3点、「圧迫感を感じる」を2点、「圧迫感を強く感じる」を1点とし、被験者20名が各々付けた点数の平均点を算出し、平均点が3.0点以上を合格とした。
【0064】
実施例1
ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂(東レ株式会社製 T755M)を1軸型エクストルーダーに連続供給し、温度280℃で溶融押出した。押出された溶融ポリマーをギアポンプで計量して、紡糸パックへ送り込み、丸断面用紡糸口金から紡出した後、延伸することにより直径130.5μmのポリエチレンテレフタレート製モノフィラメントを作製した。
【0065】
回転モーターを備えた撹拌機の軸に、作製したポリエチレンテレフタレート製モノフィラメントの上端を結び付けて固定した後、モノフィラメントの下端に27gのおもりを取り付けることで、コイリング時の張力として20MPaの張力をかけた。続いて、撹拌機の回転モーターを200rpmで作動させて、アクチュエータ用繊維を作製した。得られたアクチュエータ用繊維と着用試験の評価結果を表1に示す。なお、ポリエチレンテレフタレートの完全結晶融解熱量は、140.1J/gとした。
【0066】
実施例2~10
実施例1において熱可塑性樹脂を、実施例2ではナイロン6樹脂(東レ株式会社製“アミラン”ポリアミドCM1017、溶融押出温度:260℃)、実施例3ではナイロン6,6樹脂(東レ株式会社製“アミラン”ポリアミドCM3001-N、溶融押出温度:290℃)、実施例4ではナイロン6,10樹脂(東レ株式会社製“ アミラン”ポリアミドCM2001、溶融押出温度:270℃)、実施例5ではナイロン6,12樹脂(ダイセル・エボニック製“ベスタミド”D18、溶融押出温度:215℃)、実施例6ではナイロン10,10樹脂(ダイセル・エボニック製“ベスタミド”テラDS、溶融押出温度:250℃)、実施例7では高密度ポリエチレン(HDPE)樹脂(株式会社プライムポリマー製ハイゼックス5000SR、溶融押出温度:180℃)、実施例8では直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)樹脂(株式会社プライムポリマー製ネオゼックス2015M、溶融押出温度:170℃)、実施例9ではポリプロピレン(PP)樹脂(日本ポリプロ株式会社製FY5、溶融押出温度:230℃)、実施例10ではポリフッ化ビニリデン(PVDF)樹脂(株式会社クレハ製KFポリマー#1100、溶融押出温度:230℃)に変更したこと以外は、実施例1に従い実施した。得られたアクチュエータ用繊維と着用試験の評価結果を表1に示す。なお、各実施例の熱可塑性樹脂における完全結晶融解熱量は、ナイロン6が229.8J/g、ナイロン6,6が255.4J/g、ナイロン6,10が253.9J/g、ナイロン6,12が258.0J/g、ナイロン10,10が244.0J/g、高密度ポリエチレンおよび直鎖状低密度ポリエチレンが286.7J/g、ポリプロピレンが209.0J/g、ポリフッ化ビニリデンが105.0J/gとした。
【0067】
【表1】
【0068】
実施例11、12、比較例1、2
実施例1において、繊維直径dを表2に示すとおり変更したこと以外は、実施例1に従い実施した。得られたアクチュエータ用繊維と着用試験の評価結果を表2に示す。
比較例1、2では、ばね指数D/dが小さいため、アクチュエータ用繊維は硬いばねとなり、伸縮動作率も低い結果であった。着用試験においても、柔軟性、追従性、圧迫感のいずれも評価が低く、着用感に劣るものであった。
【0069】
【表2】
【0070】
実施例13、14、比較例3、4
実施例4において、コイリング時の張力を表3に示すとおり変更したこと以外は、実施例4に従い実施した。得られたアクチュエータ用繊維と着用試験の評価結果を表3に示す。
比較例3、4では、ばね指数D/dが小さいため、アクチュエータ用繊維は硬いばねとなり、伸縮動作率も低い結果であった。着用試験においても、柔軟性、追従性、圧迫感のいずれも評価が低く、着用感に劣るものであった。
【0071】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明のアクチュエータ用繊維により、加熱冷却によって、可逆的に伸縮動作を発生するアクチュエータが得られ、ロボットや電子情報関連やバイオ・医療関連で用いられる精密機器や微小機械、また、柔軟性に富むことから、歩行や作業時に必要な力を補助するアシストスーツ等の支援ロボット・装置、衣服や繊維製品として、好適に用いることができるものである。
【0073】
本発明を詳細にまた特定の実施形態を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。本出願は、2018年9月10日出願の日本特許出願(特願2018-168810)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【符号の説明】
【0074】
1 アクチュエータ用繊維
2 コイル部
3 端部
D コイル部の平均直径
D’ 平均コイル部外径
d 繊維直径
4 撚りの入った繊維(撚り繊維)
d’ 撚りの入った繊維の直径
5 撚りの入っていない繊維
d’’ 撚りの入っていない繊維の直径
6 結晶部
7 非晶部
図1
図2
図3
図4