(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20240501BHJP
B60W 30/02 20120101ALI20240501BHJP
【FI】
B60L15/20 S
B60W30/02
(21)【出願番号】P 2020165171
(22)【出願日】2020-09-30
【審査請求日】2023-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【氏名又は名称】諏訪 華子
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【氏名又は名称】真田 有
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 亮太
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 直樹
【審査官】岩田 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-118735(JP,A)
【文献】特開2013-230069(JP,A)
【文献】特開平06-098418(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 15/20
B60W 30/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右輪を駆動する一対の電動機と前記左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置であって、
前記左右輪のうち車輪速の大きい一方の要求トルクから、路面から受ける路面反力トルクを減じたトルクである移動トルクを算出する算出部と、
前記左右輪の目標回転速度差と実回転速度差との偏差がある場合に、前記左右輪のうち車輪速の大きい一方を主に駆動する電動機から車輪速の小さい他方を主に駆動する電動機へと前記移動トルクに対応する駆動トルクを移動させる制御を実施する制御部と、
を備え
、
前記路面反力トルクは、前記左右輪の実トルクからイナーシャトルクを減じた大きさを持つ
ことを特徴とする、車両の制御装置。
【請求項2】
前記イナーシャトルクは、前記電動機の一方及びこれに駆動される前記左右輪の一方におけるイナーシャの合計と角加速度との積である
ことを特徴とする、請求項
1記載の車両の制御装置。
【請求項3】
前記算出部が、前記偏差の絶対値に応じた移動ゲインを算出し、
前記制御部が、前記移動トルクと前記移動ゲインとの積に対応する大きさの前記駆動トルクを移動させる
ことを特徴とする、請求項
1または2記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記移動ゲインは、前記偏差の絶対値が所定値未満であれば0であり、前記偏差の絶対値が前記所定値以上であればその値が大きいほど1に近づく特性を持つ
ことを特徴とする、請求項
3記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記目標回転速度差は、前記車両の車速及び操舵角に基づいて算出される
ことを特徴とする、請求項1~
4のいずれか1項に記載の車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、左右輪を駆動する一対の電動機とその左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の左右輪を電動機(電動モータ)で駆動する制御装置において、左右輪がスリップしたときのトルク差が小さくなるように電動機の出力を制御するものが知られている。このような制御により、左右輪のトルク差に起因するスリップ量が小さくなり、車両の操縦性や車体姿勢の安定性が向上しうる(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
左右輪の片側がスリップした後に再びグリップした場合、左右輪のイナーシャトルクによって車軸上に過大なトルク差が発生する。このトルク差の大きさは、スリップ量が大きくグリップが強いほど増大し、ハードウェアの許容量を超えるおそれがある。このような課題に対して特許文献1に記載されたような技術を適用し、スリップ時における左右輪のトルク差を小さくすれば、過大なトルク差は抑制されうる。しかしながら、車輪がスリップしてからグリップするまでの時間が短時間であれば、左右輪のトルク差を十分に低減させることが難しく、ハードウェアの保護性が低下してしまう。
【0005】
本件の目的の一つは、上記のような課題に照らして創案されたものであり、ハードウェアの保護性を改善できるようにした車両の制御装置を提供することである。なお、この目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用効果であって、従来の技術では得られない作用効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けることができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
開示の車両の制御装置は、左右輪を駆動する一対の電動機と左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置であって、左右輪のうち車輪速の大きい一方の要求トルクから、路面から受ける路面反力トルクを減じたトルクである移動トルクを算出する算出部と、左右輪の目標回転速度差と実回転速度差との偏差がある場合に、左右輪のうち車輪速の大きい一方を主に駆動する電動機から車輪速の小さい他方を主に駆動する電動機へと移動トルクに対応する駆動トルクを移動させる制御を実施する制御部と、を備える。前記路面反力トルクは、前記左右輪の実トルクからイナーシャトルクを減じた大きさを持つ。
【発明の効果】
【0007】
開示の車両の制御装置によれば、ハードウェアの保護性を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例としての制御装置が適用された車両の模式図である。
【
図2】
図1に示す車両の差動装置の構造を説明するための模式図である。
【
図3】
図1に示す左輪の路面反力トルクを説明するための模式図である。
【
図4】
図1に示す左右輪の目標回転速度差及び実回転速度差の偏差と移動ゲインとの関係を例示するグラフである。
【
図5】
図1に示す制御装置での処理内容を説明するためのブロック図である。
【
図6】
図1に示す制御装置で実行される制御の手順を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[1.装置構成]
図1~
図6を参照して、実施例としての車両の制御装置10について説明する。この制御装置10が適用される車両には、左右輪5(ここでは後輪)を駆動する一対の電動機1(電動モータ)とその左右輪5にトルク差を付与する差動機構3とが搭載される。この実施例で数字符号に付加されるRやLなどの接尾符号は、当該符号にかかる要素の配設位置(車両の右側や左側にあること)を表す。例えば、5Rは左右輪5のうち車両の右側(Right)に位置する一方(すなわち右輪)を表し、5Lは左側(Left)に位置する他方(すなわち左輪)を表す。
【0010】
一対の電動機1は、車両の前輪または後輪の少なくともいずれかを駆動する機能を持つものであり、四輪すべてを駆動する機能を持ちうる。一対の電動機1のうち右側に配置される一方は右電動機1R(右モータ)とも呼ばれ、左側に配置される他方は左電動機1L(左モータ)とも呼ばれる。右電動機1R及び左電動機1Lは、互いに独立して作動し、互いに異なる大きさの駆動力を個別に出力しうる。これらの電動機1は、互いに別設された一対の減速機構2を介して差動機構3に接続される。本実施例の右電動機1R及び左電動機1Lは、定格出力が同一である。
【0011】
本実施例では、右電動機1Rが主に右輪5Rを駆動する電動機1であり、左電動機1Lが主に左輪5Lを駆動する電動機1である。ここでいう「主に」との表現は、共線図上で右輪5Rよりも左輪5Lに近い位置に配置される電動機1が左電動機1Lであり、共線図上で左輪5Lよりも右輪5Rに近い位置に配置される電動機1が右電動機1Rであることが意図された表現である。本実施例の車両においては、一対の電動機1及び左右輪5の角速度が共線図上で直線状に配置される関係を持つ。各電動機1の駆動力は、左右輪5の各々に反映されるものの、右電動機1Rの駆動力は右輪5Rの回転状態に反映されやすく、左電動機1Lの駆動力は左輪5Lの回転状態に反映されやすい。
【0012】
また、上記の「主に」との表現は、右輪5Rが左輪5Lよりも右電動機1Rに近い角速度(少なくとも左輪5Lと同一以上の角速度)で回転し、左輪5Lが右輪5Rよりも左電動機1Lに近い角速度(少なくとも右輪5Rと同一以上の角速度)で回転することが意図された表現であるともいえる。右電動機1Rの駆動力は、少なくとも右輪5Rへと伝達され、これに加えて左輪5Lへも伝達されうる。同じく、左電動機1Lの駆動力は、少なくとも左輪5Lへと伝達され、これに加えて右輪5Rへも伝達されうる。このような意味で、本実施例の一対の電動機1と左右輪5との関係は、例えばインホイールモータによって左右輪が個別に駆動される電動車両におけるモータと駆動輪との関係と相違する。
【0013】
減速機構2は、電動機1から出力される駆動力を減速することでトルクを増大させる機構である。減速機構2の減速比Gは、電動機1の出力特性や性能に応じて適宜設定される。一対の減速機構2のうち右側に配置される一方は右減速機構2Rとも呼ばれ、左側に配置される他方は左減速機構2Lとも呼ばれる。本実施例の右減速機構2R及び左減速機構2Lは、減速比Gが同一である。電動機1のトルク性能が十分に高い場合には、減速機構2を省略してもよい。
【0014】
差動機構3は、ヨーコントロール機能(AYC機能)を持ったディファレンシャル機構であり、右輪5Rに連結される車輪軸4(右車輪軸4R)と左輪5Lに連結される車輪軸4(左車輪軸4L)との間に介装される。ヨーコントロール機能とは、左右輪の駆動力(駆動トルク)の分担割合を積極的に制御することでヨーモーメントを調節し、車両の姿勢を安定させる機能である。差動機構3の内部には、遊星歯車機構や差動歯車機構などのギヤ列が内蔵される。一対の電動機1から伝達される駆動力は、これらのギヤ列を介して左右輪5の各々に分配される。なお、一対の電動機1と差動機構3とを含む車両駆動装置は、DM-AYC(Dual-Motor Active Yaw Control)装置とも呼ばれる。
【0015】
図2は、減速機構2及び差動機構3の構造を例示する概略図である。減速機構2の減速比Gは、電動機1から減速機構2に伝達される回転角速度と、減速機構2から差動機構3に伝達される回転角速度の比(あるいはギヤの歯数の比)として表すことができる。また、差動機構3の内部において、左電動機1Lの駆動力が右輪5Rに伝達される経路のギヤ比をb
1と表現し、右電動機1Rの駆動力が左輪5Lに伝達される経路のギヤ比をb
2と表現し、左右の電動機1の回転角速度をモータ角速度ω
Lm,ω
Rmとおき、左右輪5の回転角速度をそれぞれ車輪速ω
Lw,ω
Rwとおけば、本実施例では以下の式1~式2が成立する。
【0016】
【0017】
電動機1は、インバータ6を介してバッテリ7に電気的に接続される。インバータ6は、バッテリ7側の直流回路の電力(直流電力)と電動機1側の交流回路の電力(交流電力)とを相互に変換する変換器(DC-ACインバーター)である。また、バッテリ7は、例えばリチウムイオン電池やニッケル水素電池であり、数百ボルトの高電圧直流電流を供給しうる二次電池である。電動機1の力行時には、直流電力がインバータ6で交流電力に変換されて電動機1に供給される。電動機1の発電時には、発電電力がインバータ6で直流電力に変換されてバッテリ7に充電される。インバータ6の作動状態は、制御装置10によって制御される。
【0018】
制御装置10は、インバータ6の作動状態を管理することで電動機1の出力を制御するコンピュータ(電子制御装置)である。制御装置10の内部には、図示しないプロセッサ(中央処理装置),メモリ(メインメモリ),記憶装置(ストレージ),インタフェース装置などが内蔵され、内部バスを介してこれらが互いに通信可能に接続される。本実施例の制御装置10は、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差を常に算出し、左右輪5のうち車輪速の大きい一方を主に駆動する電動機1から車輪速の小さい他方を主に駆動する電動機1へと駆動トルクを移動させる制御を実施する。
【0019】
制御装置10には、
図1に示すように、アクセルセンサ13,ブレーキセンサ14,舵角センサ15,車速センサ16,モータ回転速度センサ18,車輪速センサ19が接続される。アクセルセンサ13はアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)やその踏み込み速度を検出するセンサである。ブレーキセンサ14は、ブレーキペダルの踏み込み量(ブレーキペダルストローク)やその踏み込み速度を検出するセンサである。舵角センサ15は、左右輪5の舵角(実舵角またはステアリングの操舵角)を検出するセンサであり、車速センサ16は、車速(走行速度)を検出するセンサである。
【0020】
モータ回転速度センサ18は、電動機1の回転角速度(モータ角速度ωLm,ωRm)を検出するセンサであり、各電動機1に個別に設けられる。同様に、車輪速センサ19は、左右輪5(または車輪軸4)の回転角速度(車輪速ωLw,ωRw)を検出するセンサであり、左輪5Lの近傍及び右輪5Rの近傍のそれぞれに個別に設けられる。制御装置10は、これらのセンサ13~16,18~19で検出された情報に基づいてインバータ6の作動状態を制御することで、一対の電動機1の出力を制御する。
【0021】
制御装置10は、車両に搭載される電子制御装置(ECU,Electronic Control Unit)の一つであり、プロセッサとメモリとを搭載した電子デバイスである。プロセッサは、例えばCPU(Central Processing Unit),MPU(Micro Processing Unit)などのマイクロプロセッサであり、メモリは、例えばROM(Read Only Memory),RAM(Random Access Memory),不揮発メモリなどである。制御装置10実施される制御の内容は、ファームウェアやアプリケーションプログラムとしてメモリに記録,保存されており、プログラムの実行時にはプログラムの内容がメモリ空間内に展開されて、プロセッサによって実行される。
【0022】
[2.制御]
図1に示すように、制御装置10の内部には、少なくとも算出部11と制御部12とが設けられる。これらの要素は、制御装置10の機能を便宜的に分類して示したものである。これらの要素は、独立したプログラムとして各々を記述することができるとともに、複数の要素を合体させた複合プログラムとして記述することもできる。各要素に相当するプログラムは、制御装置10のメモリや記憶装置に記憶され、プロセッサで実行される。
【0023】
算出部11は、一方の電動機1から他方の電動機1へと移動させる移動トルクTLAYC,TRAYCを算出するものである。移動トルクTLAYC,TRAYCとは、左右輪5のうち車輪速の大きい一方の要求トルクTLreq,TRreqから、路面から受ける路面反力トルクTLroad,TRroadを減じたトルクである。例えば、右輪5Rよりも左輪5Lの方が車輪速の大きい状況では、左輪5Lの要求トルクである左車軸要求トルクTLreqから左輪5Lの路面反力トルクTLroadを減じたものが移動トルクTLAYCとなり、この移動トルクTLAYCが左電動機1Lから右電動機1Rへと移送される。
【0024】
トルクの移送方向は、左右輪5のうち車輪速が大きい一方を主に駆動する電動機1から車輪速の小さい他方を主に駆動する電動機1への方向である。このように、スリップの発生に先行して電動機1のトルクを移動させることで、スリップ時における左右輪5のトルク差が小さくなり、過大なトルク差の発生が抑制されうる。
【0025】
左右輪5の要求トルクT
Lreq,T
Rreqは、例えばアクセル開度やブレーキペダルストローク,舵角,車速などに基づいて個別に算出される。左右輪5の路面反力トルクT
Lroad,T
Rroadは、左右輪5の実トルクT
Lds,T
RdsからイナーシャトルクT
L,T
Rを減算することで求められる。例えば
図3に示すように、左輪5Lの路面反力トルクT
Lroad(ハッチング矢印)は、左輪5Lの車軸実トルクT
Lds(黒矢印)から左輪5LのイナーシャトルクT
L(白矢印)を減じたものに相当する。イナーシャトルクT
Lは、左輪5L及び左電動機1Lのイナーシャ(慣性モーメント)の合計I
dsと左輪5Lにおける車輪速ω
Lwの時間微分値(角加速度)との積で表される。
【0026】
本実施例の制御装置10は、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差に応じた大きさの移動ゲインKL1,KR1を用いてトルクの移動量を調節する機能を持つ。移動ゲインKL1,KR1は、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に応じて設定される。移動ゲインKL1,KR1の値は、例えば偏差の絶対値|DVRERR|が大きいほど大きな値に設定される。目標回転速度差は、例えば車両の車速及び操舵角に基づいて算出される。また、実回転速度差は、左右輪5の車輪速ωLw,ωRwに基づいて算出される。
【0027】
具体例を挙げると、左右輪5の実回転速度差が目標回転速度差から大きく離れれば、偏差の絶対値|DVRERR|が大きくなり、移動ゲインKL1,KR1が大きい値(例えば1)に設定される。反対に、実回転速度差が目標回転速度差に近づけば、偏差の絶対値|DVRERR|が小さくなり、移動ゲインKL1,KR1が小さい値(例えば0)に設定される。なお、車両旋回時には旋回内輪の回転速度が旋回外輪の回転速度よりも低速になり、実回転速度差が大きくなることがある。しかし、このような状況では目標回転速度差も大きくなるため、スリップが発生していない限り、偏差の絶対値|DVRERR|は比較的小さい値となる。
【0028】
図4は、偏差の絶対値|D
VRERR|と左右輪5の移動ゲインK
L1,K
R1との関係を例示するグラフである。この例では、偏差の絶対値|D
VRERR|が不感帯として設けられる所定値未満のときには移動ゲインK
L1,K
R1が0に設定されている。偏差の絶対値|D
VRERR|が0から所定値までの領域は、実質的にトルクの移動量が0になる領域である。また、偏差の絶対値|D
VRERR|が所定値以上のときには、その値が大きいほど移動ゲインK
L1,K
R1が大きく設定されている。移動ゲインK
L1,K
R1は、偏差の絶対値|D
VRERR|が大きいほど1に近づく特性を持つ。この設定により、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差が大きいほど、より多くのトルクが車輪速の大きい側から車輪速の小さい側へと移動することになる。なお、移動ゲインK
L1,K
R1の上限値は1である。これにより、トルク移動量が過剰に増加するような事態が防止されている。
【0029】
制御部12は、算出部11で算出された移動トルクTLAYC,TRAYCに基づき、一方の電動機1から他方の電動機1へと駆動トルクを移動させる制御を実施するものである。駆動トルクは、左右輪5のうち車輪速の大きい一方を駆動する電動機1から車輪速の小さい他方を駆動する電動機1へと移送される。例えば、右輪5Rよりも左輪5Lの方が車輪速の大きい状況では、駆動トルクが左電動機1Lから右電動機1Rへと移送される。移送されるトルクの大きさは、少なくとも算出部11で算出された移動トルクTLAYC,TRAYCに対応する大きさに設定される。本実施例の制御部12は、移動トルクTLAYC,TRAYCと移動ゲインKL1,KR1との積に対応する大きさの駆動トルクを移動させる機能を持つ。
【0030】
図5は、算出部11の処理内容を説明するためのブロック図である。この算出部11には、車軸要求トルク算出部21,車軸実トルク算出部22,車軸角速度算出部23,イナーシャ推定部24,イナーシャトルク算出部25,路面反力トルク算出部26,移動トルク算出部27,移動ゲイン算出部28,乗算部29が設けられる。これらの要素は、算出部11の機能を便宜的に分類して示したものである。
【0031】
車軸要求トルク算出部21は、左右輪5のそれぞれについての要求トルクTLreq,TRreqを算出するものである。ここでは、例えば各種センサ13~16で検出されたアクセル開度,ブレーキペダルストローク,舵角,車速に基づき、左車軸要求トルクTLreqと右車軸要求トルクTRreqとが個別に算出される。これらの算出に際し、車両の横加速度や前後加速度,ヨーレート,路面勾配などを考慮してもよい。ここで算出された要求トルクTLreq,TRreqの情報は、移動トルク算出部27に伝達される。
【0032】
車軸実トルク算出部22は、左右輪5のそれぞれについての車軸実トルクTLds,TRdsを算出するものである。ここでは、例えば各電動機1が出力しているトルク(モータトルク)の大きさに基づき、左車軸実トルクTLdsと右車軸実トルクTRdsとが個別に算出される。モータトルクの大きさは、例えばモータ出力(消費電力)とモータ角速度ωLm,ωRmとに基づいて算出される。ここで算出された車軸実トルクTLds,TRdsの情報は、路面反力トルク算出部26に伝達される。
【0033】
車軸角速度算出部23は、左右輪5のそれぞれについての車輪速ωLw,ωRw(車軸角速度)を算出するものである。ここでは、例えば上記の式1,式2に示すように、モータ角速度ωLm,ωRmと減速比Gとギヤ比b1,b2とに基づき、左車輪速ωLwと右車輪速ωRwとが個別に算出される。ここで算出された車輪速ωLw,ωRwの情報は、イナーシャ推定部24とイナーシャトルク算出部25とに伝達される。
【0034】
イナーシャ推定部24は、左右の電動機1から左右輪5までの各経路についてのイナーシャJML,JMR(慣性モーメント)を推定するものである。ここでは、例えば車輪速ωLw,ωRwの時間微分値,モータイナーシャIm,減速比G,ギヤ比b1,b2などに基づき、左経路イナーシャJMLと右経路イナーシャJMRとが個別に算出される。ここで算出されたイナーシャJML,JMRの情報は、イナーシャトルク算出部25に伝達される。なお、イナーシャJML,JMRの大きさは、車輪速ωLw,ωRwの時間微分値の比率に応じて変化する。イナーシャJML,JMRの算定式を以下の式3,式4に例示する。
【0035】
【0036】
イナーシャトルク算出部25は、左右の電動機1から左右輪5までの各経路についてのイナーシャトルクTL,TRを算出するものである。ここでは、左電動機1Lから左輪5Lまでの経路に作用するイナーシャトルクである左経路イナーシャトルクTLと、右電動機1Rから右輪5Rまでの経路に作用するイナーシャトルクである右経路イナーシャトルクTRとが個別に算出される。
【0037】
左経路イナーシャトルクTLは、左経路イナーシャJMLと車輪イナーシャIwheelとの和に左輪5Lの角加速度を乗じることで算出される。同様に、右経路イナーシャトルクTRは、右経路イナーシャJMRと車輪イナーシャIwheelとの和に右輪5Rの角加速度を乗じることで算出される。ここで算出されたイナーシャトルクTL,TRの情報は、路面反力トルク算出部26に伝達される。イナーシャトルクTL,TRの算定式を以下の式5,式6に例示する。
【0038】
【0039】
路面反力トルク算出部26は、左右輪5の路面反力トルクTLroad,TRroadを算出するものである。ここでは、車軸実トルク算出部22で算出された車軸実トルクTLds,TRdsとイナーシャトルク算出部25で算出されたイナーシャトルクTL,TRとに基づき、左右輪5の路面反力トルクTLroad,TRroadが個別に算出される。ここで算出された路面反力トルクTLroad,TRroadの情報は、移動トルク算出部27に伝達される。路面反力トルクTLroad,TRroadの算定式を以下の式7,式8に例示する。
【0040】
【0041】
移動トルク算出部27は、左右輪5の要求トルクTLreq,TRreqの一部である移動トルクTLAYC,TRAYCを算出するものである。移動トルクTLAYC,TRAYCとは、要求トルクTLreq,TRreqから、路面から受ける路面反力トルクTLroad,TRroadを減じたトルクである。例えば、左輪5Lの移動トルクTLAYCは左車軸要求トルクTLreqから左輪5Lの路面反力トルクTLroadを減じた大きさとなり、右輪5Rの移動トルクTRAYCは右車軸要求トルクTRreqから右輪5Rの路面反力トルクTRroadを減じた大きさとなる。ここで算出された移動トルクTLAYC,TRAYCの情報は、乗算部29に伝達される。移動トルクTLAYC,TRAYCの算定式を以下の式9,式10に例示する。
【0042】
【0043】
移動ゲイン算出部28は、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差に基づき、移動ゲインK
L1,K
R1を算出するものである。移動ゲインK
L1,K
R1の値は、左右輪5のうち車輪速の大きい片方のみについて算出され、他方の値は0とされる。例えば、右輪5Rよりも左輪5Lの車輪速が大きい場合には、右移動ゲインK
R1の値が0とされ、目標回転速度差と実回転速度差との偏差に基づいて左移動ゲインK
L1の値が算出される。また、本実施例の移動ゲイン算出部28は、
図4に示す関係に則り、目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|D
VRERR|に基づいて移動ゲインK
L1,K
R1の値を算出する。ここで算出された移動ゲインK
L1,K
R1の情報は、乗算部29に伝達される。
【0044】
乗算部29は、移動トルク算出部27で算出された移動トルクTLAYC,TRAYCに移動ゲインKL1,KR1の値を乗じたトルク移動量を算出するものである。トルク移動量は、左右輪5のうち車輪速の大きい片方のみについて算出される。ここで算出されたトルク移動量の情報は、制御部12に伝達される。制御部12では、トルク移動量に対応する大きさのトルクが車輪速の大きい側の電動機1の駆動トルクから減算されるとともに、車輪速の小さい側の電動機1の駆動トルクに加算される。
【0045】
[3.フローチャート]
図6は、制御装置10で実行される制御の手順を説明するためのフローチャートである。この制御では、左右輪5のうち車輪速の大きい一方を駆動する電動機1から車輪速の小さい他方を駆動する電動機1へと常に駆動トルクが移送される。つまり、トータルの駆動トルクが保持されたまま、左右輪5のうち車輪速の大きい車輪の駆動トルクの上昇が抑制されることになる。したがって、仮にその車輪がスリップしたとしても、イナーシャトルクT
L,T
Rに由来する過大なトルク差が発生しにくくなり、車輪軸4や差動機構3といった左右輪5まわりのハードウェアの保護性が向上する。
【0046】
ステップA1では、路面反力トルク算出部26において、左右輪5の路面反力トルクTLroad,TRroadが算出される。路面反力トルクTLroad,TRroadは、例えば車軸実トルクTLds,TRdsとイナーシャトルクTL,TRとに基づいて算出される。続くステップA2では、移動トルク算出部27において、移動トルクTLAYC,TRAYCが算出される。移動トルクTLAYC,TRAYCは、例えば要求トルクTLreq,TRreqと路面反力トルクTLroad,TRroadとに基づいて算出される。
【0047】
ステップA3では、左右輪5の各々について、要求トルクTLreq,TRreqが路面反力トルクTLroad,TRroadを超えているか否かが判定される。例えば、左輪5Lに関する左車軸要求トルクTLreqが路面反力トルクTLroadを超えているか否かが判定されるとともに、右輪5Rに関する右車軸要求トルクTRreqが路面反力トルクTRroadを超えているか否かが判定される。ここでTLreq>TLroadである場合には、左輪5Lに関する処理がステップA8に進み、少なくとも左輪5Lから右輪5Rへのトルク移動が禁止される。また、TRreq>TRroadである場合には、右輪5Rに関する処理がステップA8に進み、少なくとも右輪5Rから左輪5Lへのトルク移動が禁止される。
【0048】
左右輪5のいずれかについて要求トルクTLreq,TRreqが路面反力トルクTLroad,TRroadを超えている場合にはステップA4に進み、その車輪が車輪速の大きい側であるか否かが判定される。ここで、車輪速の大きい側でない場合にはステップA8に進み、トルク移動が禁止される。一方、車輪速の大きい側である場合には、ステップA5に進む。ステップA5では、移動ゲイン算出部28において車輪速の大きい側の移動ゲインKL1,KR1が算出される。例えば、左輪5Lが車輪速の大きい車輪であってTLreq≦TLroadである場合には、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に基づいて、左輪5Lの移動ゲインKL1の値が算出される。このとき、右輪5Rの移動ゲインKR1の値は、0とされる。
【0049】
ステップA6では、乗算部29において、車輪速の大きい片方の車輪についてのトルク移動量が算出される。例えば、左輪5Lの移動トルクTLAYCに移動ゲインKL1の値を乗じたトルク移動量が算出される。続くステップA7では、前ステップで算出されたトルク移動量を車輪速の大きい側から車輪速の小さい側へと移動させる制御が実施される。すなわち、車輪速の大きい側の電動機1の駆動トルクからトルク移動量に相当するトルクが減算されるとともに、車輪速の小さい側の電動機1の駆動トルクにそれが加算される。
【0050】
[4.作用と効果]
(1)上記の実施例では、左右輪5の要求トルクTLreq,TRreqから路面反力トルクTLroad,TRroadを減じたトルクである移動トルクTLAYC,TRAYCが常に算出される。また、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差がある場合に、移動トルクTLAYC,TRAYCに対応する駆動トルクを一方の電動機1から他方の電動機1へと移動させる制御が実施される。このように、スリップの発生に先行して電動機1のトルクを常に移動させておくことで、スリップ時における左右輪5のトルク差を減少させることができ、過大なトルク差の発生を抑制することができる。したがって、車輪軸4や差動機構3など、左右輪5まわりのハードウェアの保護性を改善できる。
【0051】
(2)上記の路面反力トルクTLroad,TRroadは、左右輪5の実トルクTLds,TRdsからイナーシャトルクTL,TRを減じた大きさを持つ。このような演算により、路面反力トルクTLroad,TRroadを精度よく把握することができ、電動機1の駆動トルクを適切に移動させることができる。したがって、過大なトルク差の発生を抑制することができ、ハードウェアの保護性をさらに改善できる。
【0052】
(3)上記のイナーシャトルクTL,TRは、電動機1の一方及びこれに駆動される左右輪5の一方におけるイナーシャの合計Idsと角加速度(車輪速ωLw,ωRwの時間微分値)との積である。このような演算により、左右輪5のイナーシャトルクTL,TRを精度よく把握することができ、電動機1の駆動トルクを適切に移動させることができる。したがって、過大なトルク差の発生を抑制することができ、ハードウェアの保護性をさらに改善できる。
【0053】
(4)上記の実施例では、算出部11が、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に応じた移動ゲインKL1,KR1を算出している。また、制御部12は、移動トルクTLAYC,TRAYCと移動ゲインKL1,KR1との積に対応する大きさの駆動トルクを移動させる制御を実施している。このような制御により、例えば左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差が比較的小さい状況ではトルク移動量を減少させ、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差が大きいほどトルク移動量を増加させることが容易となる。つまり、車両の走行状態に応じてトルク移動量を適切に制御することができ、車体の姿勢安定性を維持しつつスリップ時に発生しうるトルク差を減少させることができる。したがって、ハードウェアの保護性をさらに改善できる。
【0054】
(5)
図4に例示する移動ゲインK
L1,K
R1は、偏差の絶対値|D
VRERR|が所定値未満であれば0であり、偏差の絶対値|D
VRERR|が所定値以上であればその値が大きいほど1に近づく特性を持つ。このような設定により、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差が大きいほど、より多くのトルクを車輪速の大きい側から車輪速の小さい側へと移動させることができ、トルク差を減少させることができる。
【0055】
また、偏差の絶対値|DVRERR|が所定値未満の領域は、実質的にトルク移動量が0となる領域である。このように、目標回転速度差と実回転速度差との偏差が小さい場合には、トルク移動を停止させることができ、車体の姿勢安定性を向上させることができる。さらに、移動ゲインKL1,KR1の上限値を1にすることで、トルク移動量が過剰に増加するような事態を防止できる。ただし、トルク移動量を増加させたい場合には、移動ゲインKL1,KR1の上限値を1よりも大きく(例えば、1.1~2.0の範囲内で)設定してもよい。
【0056】
(6)上記の目標回転速度差は、車両の車速及び操舵角に基づいて算出され、上記の実回転速度差は、左右輪5の車輪速ωLw,ωRwに基づいて算出される。このような演算により、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差を精度よく把握することができ、電動機1の駆動トルクを適切に移動させることができる。したがって、過大なトルク差の発生を抑制することができ、ハードウェアの保護性をさらに改善できる。
【0057】
[5.変形例]
上記の実施例はあくまでも例示に過ぎず、本実施例で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施例の各構成は、その趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施できる。また、本実施例の各構成は、必要に応じて取捨選択でき、あるいは適宜組み合わせることができる。
【0058】
例えば、上記の実施例では車両の後輪に適用された制御装置10を例示したが、前輪に同様の制御装置10を適用することは可能であり、前後輪の両方に同様の制御装置10を適用することも可能である。また、電動機1及び内燃機関を駆動源としたハイブリッド車両に制御装置10を適用することも可能である。少なくとも、上記の実施例における算出部11及び制御部12と同様の機能を制御装置10に実装することで、上記の実施例と同様の効果を獲得することができる。
【0059】
また、上記の実施例では、移動ゲインK
L1,K
R1の値を移動トルクT
LAYC,T
RAYCに乗算することでトルク移動量を算出しているが、移動ゲインK
L1,K
R1が乗算されるパラメータを変更して、トルクの減少分を算出するような演算構成にしてもよい。この場合、移動ゲインK
L1,K
R1と偏差の絶対値|D
VRERR|との関係は、
図4のグラフを水平方向に左右反転させた形状となる。したがって、ゲインの特性は
図4に示すような特性に限定されない。
【符号の説明】
【0060】
1 電動機
1L 左電動機
1R 右電動機
2 減速機構
2L 左減速機構
2R 右減速機構
3 差動機構
4 車輪軸
4L 左車輪軸
4R 右車輪軸
5 左右輪
5L 左輪
5R 右輪
6 インバータ
7 バッテリ
10 制御装置
11 算出部
12 制御部
13 アクセルセンサ
14 ブレーキセンサ
15 舵角センサ
16 車速センサ
18 モータ回転速度センサ
19 車輪速センサ
21 車軸要求トルク算出部
22 車軸実トルク算出部
23 車軸角速度算出部
24 イナーシャ推定部
25 イナーシャトルク算出部
26 路面反力トルク算出部
27 移動トルク算出部
28 移動ゲイン算出部
29 乗算部