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特許7480943グラフェンナノリボン及びその製造方法、グラフェンナノリボン前駆体、並びに半導体装置
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  • 特許-グラフェンナノリボン及びその製造方法、グラフェンナノリボン前駆体、並びに半導体装置 図1A
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】グラフェンナノリボン及びその製造方法、グラフェンナノリボン前駆体、並びに半導体装置
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/182 20170101AFI20240501BHJP
   C07D 495/04 20060101ALI20240501BHJP
   C08G 61/12 20060101ALI20240501BHJP
   H01L 29/165 20060101ALI20240501BHJP
   H01L 21/336 20060101ALI20240501BHJP
   H01L 29/786 20060101ALI20240501BHJP
   H01L 29/872 20060101ALI20240501BHJP
   H10K 10/50 20230101ALI20240501BHJP
   H10K 85/20 20230101ALI20240501BHJP
【FI】
C01B32/182
C07D495/04 101
C08G61/12
H01L29/165
H01L29/78 618A
H01L29/78 618B
H01L29/86 301D
H10K10/50
H10K85/20
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020189592
(22)【出願日】2020-11-13
(65)【公開番号】P2022078718
(43)【公開日】2022-05-25
【審査請求日】2023-06-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「グラフェンナノリボンの合成・評価とシミュレーション」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】大伴 真名歩
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 信太郎
(72)【発明者】
【氏名】林 宏暢
(72)【発明者】
【氏名】山田 容子
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-534535(JP,A)
【文献】特開2014-218386(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00 - 32/991
C07D 495/04
C08G 61/12
H01L 29/165
H01L 21/336
H01L 29/786
H01L 29/872
H10K 10/50
H10K 85/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造式(1)又は構造式(2)で表されることを特徴とするグラフェンナノリボン。
【化1】
【化2】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
【請求項2】
構造式(3)又は構造式(4)で表されることを特徴とするグラフェンナノリボン前駆体。
【化3】
【化4】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
【請求項3】
構造式(3)又は構造式(4)で表されるグラフェンナノリボン前駆体を重合させることを特徴とするグラフェンナノリボンの製造方法。
【化5】
【化6】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
【請求項4】
構造式(1)又は構造式(2)で表されるグラフェンナノリボンを有することを特徴とする半導体装置。
【化7】
【化8】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェンナノリボン及びその製造方法、グラフェンナノリボン前駆体、並びに半導体装置に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンはC原子が蜂の巣格子状に互いに強固に共有結合した二次元のシート構造の材料である。グラフェンをナノメートル程度の幅を持つリボン形状のグラフェン、所謂、グラフェンナノリボン(GNR)に加工すると、幅と大よそ逆比例する大きさのバンドギャップを持つようになることが知られている。
【0003】
これを利用して、グラフェンを電子ビームリソグラフィ等のトップダウン手法で加工し、トランジスタ等のデバイスを作成する試みが行われている。しかし、必要なバンドギャップを実現するには、1nm前後という極めて狭い幅が必要になるため、トップダウン手法で再現性良く実現することは極めて難しい。
【0004】
その一方で、前駆体分子の表面重合によって、1nm以下の幅を実現する手法が報告されている(例えば、非特許文献1参照)。前記前駆体分子としては、臭素化芳香族化合物が用いられ、これを加熱した金基板上でウルマン反応を起こさせ、重合させる。GNRの幅は、前駆体分子の設計次第で制御が可能である。このようなボトムアップ手法で作製されたGNRは、高周波デバイスなどとしての応用が期待されている。
【0005】
またPN接合を形成して、例えばトンネル電界効果型トランジスタ(トンネルFET)を作製すると、シリコンのMOSFETを上回る特性が可能であることを示唆するシミュレーション結果も得られている(例えば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Nature 466, 470 (2010)
【文献】IEEE Electron Device Letters 29, 1344-1346 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
トンネルFETをはじめとした電子デバイスを作製するには、GNRのヘテロ接合(バンドギャップを生じるGNRの構造)を形成する。ヘテロ接合を実現するためにGNRの電子状態を制御する手法の一つとして、GNRのエッジを修飾する手法が考えられる。
【0008】
しかし、合成済みGNRのエッジに修飾基を付与する方法は収率が低いという問題がある。また、前駆体のエッジに、例えば、フッ素を付与した場合には、リボン化の過程でエッジのフッ素原子が脱離してしまうという問題がある。
また、グラフェンナノリボンの前駆体として知られる化合物では、実現できるバンドギャップ幅が限られており、半導体装置ごとに異なる好適なバンドギャップ幅を有するGNRを合成することができないという問題がある。
【0009】
本発明は、半導体装置に好適なグラフェンナノリボン及びその製造方法、グラフェンナノリボン前駆体、並びに半導体装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
1つの態様では、本件で開示するグラフェンナノリボンは、構造式(1)又は構造式(2)で表される。
【化1】
【化2】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
【0011】
1つの態様では、本件で開示するグラフェンナノリボン前駆体は、構造式(3)又は構造式(4)で表される。
【化3】
【化4】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
【0012】
1つの態様では、本件で開示するグラフェンナノリボンの製造方法は、構造式(3)又は構造式(4)で表されるグラフェンナノリボン前駆体を重合させる。
【化5】
【化6】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
【0013】
1つの態様では、本件で開示する半導体装置は、構造式(1)又は構造式(2)で表されるグラフェンナノリボンを有する。
【化7】
【化8】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
【発明の効果】
【0014】
1つの側面として、半導体装置に好適なグラフェンナノリボン及びその製造方法、グラフェンナノリボン前駆体、並びに半導体装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A図1Aは、7-AGNRの一般式において、リボン幅方向のC-Cダイマーラインを示した図である。
図1B図1Bは、7-AGNRのエッジ(中央のアントラセン部分の両端)に様々な修飾基を付けた化合物について、第1原理シミュレーションにより価電子帯の最上位(VB top)と伝導体の最下位(CB bottom)の位置を求めた結果を示す図である。
図2図2は、構造式(4)において、X=Brであるグラフェンナノリボン前駆体を合成する方法を示す図である。
図3図3は、開示のグラフェンナノリボン前駆体の重合の一例を示す図である。
図4図4は、実施例1で得られた化合物8のH-NMRスペクトルを示す図である。
図5A図5Aは、実施例2で得られたアントラセンポリマーの走査トンネル顕微鏡(STM)像を示す図である。
図5B図5Bは、前記STM像の拡大図にTersoff-Hamann法によるSTMシミュレーション像を組み込んだ図である。
図5C図5Cは、前記STM像の断面プロファイルの測定位置を示した図である。
図5D図5Dは、図5Cの断面プロファイルの測定位置における断面プロファイルの結果を示す図である。
図6A図6Aは、実施例2で得られたグラフェンナノリボンのSTM像を示す図である。
図6B図6Bは、前記グラフェンナノリボンのSTM像の断面プロファイルの測定位置を示した図である。
図6C図6Cは、図6Bの断面プロファイルの測定位置における断面プロファイルの結果を示す図である。
図7図7は、開示の半導体装置の一例(トップゲート型電界効果型トランジスタ)を示す図である。
図8図8は、開示の半導体装置の一例(ショットキーバリアダイオード)を示す図である。
図9図9は、開示の半導体装置の一例(ショットキーバリアダイオード)であって、開示のグラフェンナノリボンにおけるエッジのチオフェン環が開裂して、金電極と結合する様子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
グラフェンナノリボンには、長さ方向に沿った両端のエッジ構造がアームチェア型であるアームチェアエッジ、及び長さ方向に沿った両端のエッジ構造がジグザク型であるジグザグエッジの2種類が存在する。前記アームチェアエッジを有するアームチェアエッジGNR(AGNR)は、量子閉じ込め効果及びエッジ効果によって有限のバンドギャップが開き、AGNRは半導体的な性質を示す。一方、前記ジグザクエッジを有するジグザグエッジGNR(ZGNR)は、磁性や金属的な性質を示す。
【0017】
リボン幅方向に存在するC-Cダイマーラインの数が「N」であるAGNRは「N-AGNR」と呼ばれる。例えば、リボン幅方向に六員環が3つ配列したアントラセンを基本ユニットとし、前記基本ユニットがリボン長さ方向に縮合しているAGNRは7-AGNRと呼ばれる。図1Aに、7-AGNRの一般式を示す。図1A中、太線で示した結合が、リボン幅方向のC-Cダイマーラインである。アントラセンを形成するC-C結合のうち、リボン幅方向に伸びたC-C結合は、「4つ」あり、また、隣接するアントラセンどうしを繋ぐリボン幅方向のC-C結合が「3つ」あり、これらを足すと「7」となる。
【0018】
図1Aに示す7-AGNRのエッジ(中央のアントラセン部分の両端)に様々な修飾基を付けた化合物について、第1原理シミュレーションにより価電子帯の最上位(VB top)と伝導体の最下位(CB bottom)の位置を求めた結果を図1Bに示す。
【0019】
水素で終端化した場合との組み合わせとして、フッ素(F)終端GNRはN型、例えばチオフェン環(Thiophone)を付与した場合はP型のGNRを得ることが出来ることがわかる。
【0020】
本発明者らが鋭意検討を行ったところ、従来のボトムアップ手法によるGNRの作成において、前駆体分子にエッジの修飾を施したとしても、リボン化の過程で修飾基の脱離が生じ、設計したGNRが得られないという問題がある。
また、グラフェンナノリボンの前駆体として知られるこれまでの化合物では、その構造上、半導体装置に適したバンドギャップ幅を有するグラフェンナノリボンを合成することができないという問題がある。
これに対し、前記構造式(1)及び(2)で表されるグラフェンナノリボンは、7-AGNRのエッジにチオフェン環を導入することで、GNRの電子状態を制御でき、半導体装置に好適なGNRを得られることを見出し、開示の技術の完成に至った。
【0021】
(グラフェンナノリボン)
開示のグラフェンナノリボンは、構造式(1)又は構造式(2)で表される。
【化9】
【化10】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
【0022】
前記構造式(1)又は(2)で表されるグラフェンナノリボンは、7-AGNRのエッジ(中央のアントラセン部分の両端)に、チオフェン環が修飾している構造を有する。前記構造式(1)及び(2)は、構造異性体である。前記構造式(1)においては、リボンの長さ方向に対してチオフェン環のSが非対称に配置している。一方、前記構造式(2)においては、リボンの長さ方向に対してチオフェン環のSが対称に配置している。
【0023】
前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。前記nとしては、前記構造式(1)及び(2)で表されるグラフェンナノリボンを半導体装置にしたときにヘテロ接合ができるようなサイズであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0024】
(グラフェンナノリボン前駆体)
開示のグラフェンナノリボン前駆体は、構造式(3)又は構造式(4)で表される。
【化11】
【化12】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
【0025】
開示のグラフェンナノリボン前駆体は、構造式(5)又は構造式(6)で表されるグラフェンナノリボン前駆体が好ましい。
【化13】
【化14】
ただし、前記構造式(5)及び(6)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表す。
【0026】
前記構造式(3)又は(4)で表されるグラフェンナノリボン前駆体は、両端にチオフェン環を有するアントラセンの9位と10位でそれぞれ他のアントラセンと結合している構造を有する。そして、両側のアントラセンには、9位又は10位にXとしてヨウ素又は臭素が結合し、1位から8位にYとして水素又はハロゲン原子が結合している。前記構造式(3)及び(4)は、構造異性体である。前記構造式(3)においては、アントラセンどうしを繋ぐ結合の方向に対してチオフェン環のSが非対称に配置している。一方、前記構造式(4)においては、アントラセンどうしを繋ぐ結合の方向に対してチオフェン環のSが対称に配置している。
【0027】
前記構造式(3)又は(4)で表されるグラフェンナノリボン前駆体は、前記Xの脱離による前記構造式(3)又は(4)で表される化合物どうしの重合反応(ポリマー化)が起き、次いで、前記構造式(3)又は(4)で表される化合物間の芳香環化が起き、GNRが合成される。
【0028】
前記構造式(3)及び(4)中、Xはヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。Xにヨウ素又は臭素以外のハロゲンを用いると、前記ポリマー化が起きない場合がある。例えば、塩素を用いる場合、ヨウ素の結合は100℃程度、臭素の結合は200℃弱で切れて脱離するが、塩素はさらに高い温度が必要になる。そのような温度であると、ボトムアップ手法において基板からの分子の再蒸発が始まってしまうため、GNRの合成が難しくなるという問題がある。
【0029】
<グラフェンナノリボン前駆体の合成>
前記構造式(4)において、X=Brであり、Y=Hであるグラフェンナノリボン前駆体を合成する方法を図2に示す。
詳細な手順は、後述する実施例で説明するが、先ず、1,4-シクロヘキサンジオールを出発物質として化合物3を得て、次いで化合物5と化合物3とから化合物7を得て、化合物7と、9,10-ジブロモアントラセンがリチオ化されたアントラセンと、から化合物8を得る。
【0030】
(グラフェンナノリボンの製造方法)
開示のグラフェンナノリボンの製造方法は、構造式(3)又は構造式(4)で表されるグラフェンナノリボン前駆体を重合させる。グラフェンナノリボン前駆体の重合について、図3を用いて説明する。
【化15】
【化16】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
【0031】
重合とは、ボトムアップ手法でGNRを作製することを意味する。具体的には、先ず、超高真空中で清浄化した触媒金属基板を200℃程度に保持し、上記の合成方法により作製したGNR前駆体(a)を真空蒸着する。このときの蒸着量は、1分子層程度になるように調節することが望ましい。触媒金属基板上では、GNR前駆体(a)中のBrが脱離してウルマン反応が起き、分子どうしの重合反応(ポリマー化)が起き、アントラセンポリマー(b)が生成する(図3中のI)。さらに、真空中で350℃~450℃の基板加熱により、芳香環化反応が起きて、アントラセンどうしを繋ぐ結合が形成され、エッジにチオフェン環が修飾されたGNR(c)が合成される(図3中のII)。
【0032】
前記触媒金属基板としては、例えば、金、銀、銅等の(111)面が挙げられる。その他に、(110)面や(788)面などの高指数面も用いることができる。これらの中でも、金の(111)面が好ましい。
【0033】
(半導体装置)
開示の半導体装置は、構造式(1)又は構造式(2)で表されるグラフェンナノリボンを有する。
【化17】
【化18】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
前記構造式(1)又は構造式(2)で表されるグラフェンナノリボンは、上述したグラフェンナノリボンと同様のものを用いることができる。
【0034】
前記構造式(1)又は構造式(2)で表されるグラフェンナノリボンを有する半導体装置としては、例えば、前記グラフェンナノリボンをチャネルとして用いたトップゲート型電界効果型トランジスタ(FET)、支持基板上に前記グラフェンナノリボンと、電極とを有するショットキーバリアダイオード等が挙げられる。
【実施例
【0035】
以下、開示の技術の実施例を説明するが、開示の技術は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0036】
(実施例1)
<グラフェンナノリボン前駆体の合成>
次亜塩素酸カルシウム(9.3g,65mmol)の懸濁水溶液(200ml)を、1,4-シクロヘキサンジオール(15g,129.0mmol)の酢酸溶液(150ml,数個の臭化カリウム結晶を含む)に0℃で滴下した。その後、反応混合物を0℃で3時間撹拌した。次に、反応溶液を炭酸カリウム水溶液で中和し、酢酸エチル(500mlx6)で抽出した。さらに硫酸ナトリウムで乾燥した後、有機溶媒を真空下で濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン=7/3)で精製し、溶液を真空下で濃縮することで、化合物1(8.9g,60%)を淡黄色のオイルとして得た。
得られた化合物1のH-NMRデータを以下に示す。
H-NMR(400MHz,CDCl):4.23-4.18(m,1H),2.73-2.58(m,2H),2.35-2.28(m,2H),2.11-1.80(m,5H).
【化19】
【0037】
化合物1(5.0g,43.8mmol)のメタノール溶液(100ml)に濃硫酸(6.0ml)を0℃で滴下した。モレキュラーシーブス3A(粉末,30g)を0℃でその溶液に加え、次に反応混合物を室温で2日間撹拌した。その後、-78℃に冷却し、トリエチルアミン(120ml)を滴下した後、室温まで温めた。濾過によりモレキュラーシーブを除去し、反応混合物を真空下で濃縮して溶媒を除去した。残渣をカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン=7/3)により精製し、溶媒を真空下で濃縮することで化合物2(5.2g,75%)を淡黄色のオイルとして得た。
得られた化合物2のH-NMRデータを以下に示す。
H-NMR(400MHz,DMSO-d):4.46(d,J=4.0Hz,1H),3.55-3.50(m,1H),3.05(s,6H),1.80-1.29(m,8H).
【化20】
【0038】
重クロム酸ピリジニウム(3.5g,9.36mmol)及びモレキュラーシーブ3A(粉末,5g)を化合物2(500mg,3.12mmol)のジクロロメタン溶液に加えた。次に、反応混合物を室温で一晩撹拌した。セライト濾過後、濾液を真空下で濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン=1/1)により精製し、溶媒を真空下で濃縮することで化合物3(353mg,72%)を無色のオイルとして得た。
得られた化合物3のH-NMRデータを以下に示す。
H-NMR(400MHz,CDCl):3.27(s,6H),2.40(t,J=8.0Hz,4H),2.04(t,J=8.0Hz,4H).
【化21】
【0039】
チオフェン-3-カルボキシアルデヒド(10ml,110mmol)のトルエン溶液(300mL)に、エチレングリコール(50ml)とp-トルエンスルホン酸一水和物(1.4g,8.0mmol)を加えた。Dean-Starkトラップで生成してくる水をトラップしながら、この溶液を5時間撹拌還流した。反応混合物を室温に冷却し、10%炭酸水素ナトリウム水溶液(300mL)に注いだ。この溶液を酢酸エチルで抽出し、硫酸ナトリウムで乾燥させ、真空下で濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン=1/4)で精製し、溶液を真空下で濃縮することで化合物4(16.6g,5%出発原料を含む)を黄色のオイルとして得た。
得られた化合物4のH-NMRデータを以下に示す。
H-NMR(400MHz,CDCl):7.42(d,J=4.0Hz,1H),7.32(t,J=4.0Hz,1H),7.16(d,J=8.0Hz,1H),5.91(s,1H),4.15-3.98(m,4H).
【化22】
【0040】
アルゴン雰囲気下、n-ブチルリチウムヘキサン溶液(2.6M,25ml,65mmol)を化合物4(9.2g,50mmol)のテトラヒドロフラン(100ml)溶液に-78℃で滴下し、反応混合物を-78℃で30分間撹拌した。ジメチルホルムアミド(4.9ml,63mmol)を反応混合物に-78℃で滴下した。その後、反応混合物を室温まで温め、室温で一晩撹拌した。次に、水でクエンチした後、セライトろ過を行い、酢酸エチルで残渣を洗い流した。次に、残留物を酢酸エチルで抽出した後、硫酸ナトリウムで乾燥し、真空下で濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン=1/4)により精製し、溶液を濃縮することで化合物5(8.2g,89%)をオレンジ色のオイルとして得た。
得られた化合物5のH-NMRデータを以下に示す。
H-NMR(400MHz,CDCl):10.24(s,1H),7.65(d,J=4.0Hz,1H),7.26(d,J=4.0Hz,1H),6.24(s,1H),4.17-4.05(m,4H).
【化23】
【0041】
化合物5(807mg,4.38mmol)および化合物3(346mg,2.19mmol)のテトラヒドロフラン(5ml)とエタノール(15ml)の混合溶液に、10%水酸化カリウム水溶液(0.2ml)を加えた。次に、反応混合物を室温で一晩撹拌した。有機溶媒を真空下で濃縮した後、粗固体をジクロロメタン/メタノールで再沈殿させて、化合物6(870mg,81%)を黄色の結晶として得た。
得られた化合物6のH-NMRデータを以下に示す。
H-NMR(400MHz,CDCl):8.27(s,2H),7.48(d,J=8.0Hz,2H),7.29(d,J=8.0Hz,2H),6.12(s,2H),4.20-4.04(m,8H),3.23(s,6H),3.18(s,4H).
【化24】
【0042】
アルゴン雰囲気下で、脱水アセトン(15ml)中に懸濁させた化合物6(500mg,1.02mmol)に、トリフルオロメタンスルホン酸インジウム(III)塩(143mg,0.25mmol)を加えた。その後、反応混合物を一晩還流させた。反応溶液を室温に冷却後、混合物を濾過し、得られた固体をアセトン、ジクロロメタンの順番で洗浄することで化合物7(193mg,59%)を赤褐色固体として得た。
得られた化合物7のH-NMRデータを以下に示す。
H-NMR(400MHz,CDCl):8.92(s,2H),8.84(s,2H),7.79(d,J=5.6Hz,2H),7.61(d,J=5.6Hz,2H).
【化25】
【0043】
アルゴン雰囲気下の9,10-ジブロモアントラセン(1.0g,3mmol)の脱水エーテル溶液(24ml)に、n-ブチルリチウムヘキサン溶液(1.6M,1.92ml,3mmol)を-15℃でゆっくり滴下した。その後、反応溶液を0℃までゆっくり昇温し、30分間撹拌させることで、リチオ化されたアントラセンを得た。別の反応容器に、化合物7(50mg,0.16mmol)と脱水エーテル(6ml)をアルゴン雰囲気下で加えた。次に、得られた化合物7の懸濁液を、上記で調整したリチオ化されたアントラセンエーテル溶液に0℃でゆっくり加えた。0℃で2時間撹拌した後、室温に昇温し、さらに12時間撹拌した。メタノールを入れて反応をクエンチした後、残渣をカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン=1/4)により精製し、溶液を濃縮することで化合物8のジオール体を得た。その後、化合物8のジオール体とヨウ化ナトリウム(0.99g,6.6mmol)とホスフィン酸ナトリウム一水和物(0.85g,8.0mmol)を酢酸(50ml)中に懸濁させ、2時間還流させた。室温に冷却後、水を加え、得られた沈殿物を濾過し、メタノールおよびヘキサンで洗浄した。最後に、クロロホルムとメタノールで再沈殿させることで、目的の化合物8(10mg,8%)をオレンジ色の固体として得た。
得られた化合物8のH-NMRデータを以下に示す。また、H-NMRスペクトルを図4に示す。
H-NMR(600MHz,CDCl):8.83(d,J=8.4Hz,2H),7.71(s,2H),7.69-7.66(m,6H), 7.31-7.30(m,8H),7.21(d,J=5.4Hz,2H),6.92(d,J=5.4Hz,2H).
【化26】
【0044】
(実施例2)
<グラフェンナノリボンの製造>
実施例1で得られたグラフェンナノリボン前駆体を用いて、ボトムアップ手法によりグラフェンナノリボンを合成した。ボトムアップ手法では、グラフェンナノリボン前駆体を真空中で触媒金属基板に真空蒸着する。
【0045】
先ず、触媒金属基板として、マイカ基板にAu(111)蒸着膜(PHASIS社製)を有する基板を5mm×10mmに用意した。前記基板を4端子走査トンネル顕微鏡装置(株式会社ユニソク製)に導入し、付属の基板準備室でArスパッタ及び450℃のアニールをすることで前記基板を清浄化した。Arイオンの加速電圧は0.7kVであり、イオン電流は0.4~0.6μAであった。
【0046】
清浄化した基板のAu(111)面を200℃に保持し、実施例1で合成したグラフェンナノリボン前駆体を真空蒸着した。蒸着には、有機蒸着源(KOD-CELL、北野精機製)を用いて、膜厚レートモニタ(インフィコン社製)で蒸着レートを決定した。このときの蒸着量は、1分子層程度になるように調節することが望ましい。本実施例2では、膜厚計の値で3nm程度の量を蒸着したところ、基板から再蒸発して1層程度が残留することが明らかになった。
【0047】
Au(111)面上では、前記グラフェンナノリボン前駆体中のBrが脱離してウルマン反応が起き、分子どうしの重合反応(ポリマー化)が起き、アントラセンポリマーが生成する。さらに、真空中で350℃~450℃の基板加熱により、芳香環化反応が起きて、アントラセンどうしを繋ぐ結合が形成されることで、エッジにチオフェン環が修飾されたグラフェンナノリボンが得られる。
【0048】
図5Aは、200℃に保持したAu(111)面上で生成した前記アントラセンポリマーの走査トンネル顕微鏡(STM)像を示す図である。図5Bは、前記STM像の拡大図にTersoff-Hamann法によるSTMシミュレーション像を組み込んだ図である。
図5Aから、得られたアントラセンポリマーは、100nmを超えるほどの長さを有することがわかった。また、図5Bから、前記STM像とシミュレーション像はよく一致することがわかった。
【0049】
次に、前記STM像の断面プロファイルを測定した。測定は、図5Cに示すA-A’間で行った。図5Dに示す断面プロファイルの結果から、得られたアントラセンポリマーは、およそ0.4nmの高さを有することがわかった。
【0050】
図6Aは、前記アントラセンポリマーを、さらに真空中で350℃~450℃の基板加熱により得られたグラフェンナノリボンのSTM像を示す図である。図5Aに示したアントラセンポリマーのSTM像とは異なり、得られたグラフェンナノリボンについては、平板なリボン形状が観測された。例えば、図6Aの中心にあるグラフェンナノリボンにおいて、前記構造式(1)又は(2)中のnの数は、10である。
【0051】
次に、得られたグラフェンナノリボンのSTM像の断面プロファイルを測定した。測定は、図6Bに示すB-B’間で行った。図6Cに示す断面プロファイルの結果から、得られたグラフェンナノリボンは、およそ0.2nmの高さを有することがわかった。
【0052】
図5D及び図6Cに示した断面プロファイルの結果から、グラフェンナノリボンはアントラセンポリマーより高さが低くなっており、これは、アントラセンポリマーがグラフェンナノリボン化した1つの証拠でもあることがわかる。
【0053】
得られたグラフェンナノリボンについて、X線光電子分光(XPS)法による測定を行った。
XPSスペクトルにおいては、163.6eV付近にチオフェン環のSの2p3/2の特徴的なピークが現れることが知られている(Chem. Sci., 2019, 10, 5167-5175)。本実施例で測定したXPSスペクトルにも、163.6eVにピークが現れており、得られたグラフェンナノリボンがチオフェン環を含むことが確認された。
【0054】
(実施例3)
<トップゲート型電界効果型トランジスタ(FET)>
一例として、開示のグラフェンナノリボンをトランジスタのチャネルに用いた例を、図7に示す。
図7に示す半導体装置600は、トップゲート型FETの一例である。半導体装置600は、支持基板610、グラフェンナノリボン620、電極630a、電極630b、ゲート絶縁膜640、及びゲート電極650を有する。
【0055】
支持基板610には、各種基板を用いることができ、少なくとも表層に無機系又は有機系の絶縁材料、例えば、酸化シリコン(SiO)が設けられた各種基板を用いる。このような支持基板610の上に、グラフェンナノリボン620を設ける。
【0056】
グラフェンナノリボン620には、実施例1及び2で得られたグラフェンナノリボンを用いる。グラフェンナノリボン620は、例えば、ボトムアップ手法で得られたものを、支持基板610の上に転写することで設けることができる。
【0057】
支持基板610の上に設けたグラフェンナノリボン620の両端部上にそれぞれ、電極630a及び電極630bを設ける。電極630a及び電極630bには、Au、Ti、Cr、Co、Ni、Pd、Pt、Al、Cu、及びAg等の金属が用いられる。
【0058】
このような電極630aと電極630bとの間のグラフェンナノリボン620上に、ゲート絶縁膜640を介してゲート電極650を設ける。ゲート絶縁膜640には、SiO等の各種絶縁材料を用いる。ゲート電極650には、ポリシリコンや金属等の各種導体材料を用いる。
【0059】
トップゲート型FETとして用いられる半導体装置600では、グラフェンナノリボン620がチャネルとして用いられる。ゲート電極650の電位が制御されることで、電極630aと電極630bとの間を繋ぐグラフェンナノリボン620、即ちチャネルのオン、オフの状態が制御される。グラフェンナノリボン620の高いキャリア移動度を活かした、高速のFETが実現される。
【0060】
(実施例4)
<ショットキーバリアダイオード>
一例として、開示のグラフェンナノリボンをショットキーバリアダイオードに用いた例を、図8に示す。
図8に示す半導体装置700は、ショットキーバリアダイオードの一例である。半導体装置700は、支持基板710、グラフェンナノリボン720、電極730、及び電極740を有する。
【0061】
支持基板710には、各種基板を用いることができ、少なくとも表層に無機系又は有機系の絶縁材料、例えば、酸化シリコン(SiO)や六方晶窒化ホウ素(h-BN)が設けられた各種基板を用いる。このような支持基板710の上に、グラフェンナノリボン720を設ける。
【0062】
支持基板710の上に設けられたグラフェンナノリボン720の一方の端部上に電極730を設け、グラフェンナノリボン720の他方の端部上に電極740を設ける。一方の電極730には、グラフェンナノリボン720とオーミック接続する金電極を用いる。図9に示すように、金電極直下でグラフェンナノリボンのエッジのチオフェン環が開裂し、金電極と結合する。そのため、金電極側はオーミック接続とすることができる。他方の電極740には、グラフェンナノリボン720とショットキー接続するAl等の金属を用いる。
【0063】
半導体装置700では、グラフェンナノリボン720を用い、一方の端部側で電極730とのオーミック接続が実現され、他方の端部側で電極740とのショットキー接続が実現される。これにより、優れたダイオード特性を有するショットキーバリアダイオードが実現される。
【0064】
更に以下の付記を開示する。
(付記1)
構造式(1)又は構造式(2)で表されることを特徴とするグラフェンナノリボン。
【化27】
【化28】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
(付記2)
2位及び3位に第1チオフェン環を結合させ、7位及び8位に第2チオフェン環を結合させた第1アントラセンと、
前記第1アントラセンの9位と結合する10位を有する第2アントラセンと、
前記第1アントラセンの10位と結合する9位を有する第3アントラセンと
を有することを特徴とするグラフェンナノリボン前駆体。
(付記3)
構造式(3)又は構造式(4)で表されることを特徴とする付記2に記載のグラフェンナノリボン前駆体。
【化29】
【化30】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
(付記4)
2位及び3位に第1チオフェン環を結合させ、7位及び8位に第2チオフェン環を結合させた第1アントラセンと、前記第1アントラセンの9位と結合する10位を有する第2アントラセンと、前記第1アントラセンの10位と結合する9位を有する第3アントラセンとを有するグラフェンナノリボン前駆体を重合させることを特徴とするグラフェンナノリボンの製造方法。
(付記5)
前記グラフェンナノリボン前駆体は、構造式(3)又は構造式(4)で表されることを特徴とする付記4に記載のグラフェンナノリボンの製造方法。
【化31】
【化32】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
(付記6)
構造式(1)又は構造式(2)で表されるグラフェンナノリボンと、前記グラフェンナノリボンと接続された2つの電極を有することを特徴とする半導体装置。
【化33】
【化34】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
(付記7)
前記2つの電極のうち一方は、前記グラフェンナノリボンとオーミック接続することを特徴とする付記4に記載の半導体装置。
(付記8)
2位及び3位に第1チオフェン環を結合させ、7位及び8位に第2チオフェン環を結合させた第1アントラセンと、
前記第1アントラセンの9位と結合する10位を有する第2アントラセンと、
前記第1アントラセンの10位と結合する9位を有する第3アントラセンと
を有することを特徴とするグラフェンナノリボン化合物。
(付記9)
構造式(3)又は構造式(4)で表されることを特徴とする付記8に記載の化合物。
【化35】
【化36】
ただし、前記構造式(3)及び(4)中、Xは、ヨウ素又は臭素を表し、Yは、水素又はハロゲン原子を表す。
(付記10)
構造式(1)又は構造式(2)で表されるグラフェンナノリボンに、一対の電極を接触させて形成する工程を含むことを特徴とする半導体装置の製造方法。
【化37】
【化38】
ただし、前記構造式(1)及び(2)中、nは整数を表す。
【産業上の利用可能性】
【0065】
開示の技術は、グラフェンナノリボンを含む半導体装置及びその製造方法に関する産業に好適である。
【符号の説明】
【0066】
600 半導体装置
610 支持基板
620 グラフェンナノリボン
630a 電極
630b 電極
640 ゲート絶縁膜
650 ゲート電極
700 半導体装置
710 支持基板
720 グラフェンナノリボン
730 電極
740 電極

図1A
図1B
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図6A
図6B
図6C
図7
図8
図9