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特許7481131リチウム一次電池の放電深度推定方法、及び放電深度推定装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】リチウム一次電池の放電深度推定方法、及び放電深度推定装置
(51)【国際特許分類】
   H01M 6/50 20060101AFI20240501BHJP
   H02J 7/00 20060101ALI20240501BHJP
【FI】
H01M6/50
H02J7/00 X
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020040096
(22)【出願日】2020-03-09
(65)【公開番号】P2021141027
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2023-02-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000237721
【氏名又は名称】FDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002664
【氏名又は名称】弁理士法人相原国際知財事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 洋一
(72)【発明者】
【氏名】米澤 正彦
【審査官】小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-141665(JP,A)
【文献】特開2004-245627(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M6/00-52
H02J7/00
G01R31/36-396
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム一次電池の放電電流と端子電圧とを入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧と内部抵抗とを推定パラメータとするパラメータ推定手法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から放電深度を推定するリチウム一次電池の放電深度推定方法であって、
前記パラメータ推定手法における前記内部抵抗の初期値は、予め放電開始時の前記放電深度及び前記放電電流ごとに取得された前記内部抵抗の事前データに基づいて設定され、
前記放電電流が所定の第1閾値よりも小さい場合に、前記放電深度の推定開始を所定の待機時間に亘り保留する、リチウム一次電池の放電深度推定方法。
【請求項2】
前記第1閾値は、前記事前データにおける電流依存性に基づいて設定される、請求項1に記載のリチウム一次電池の放電深度推定方法。
【請求項3】
前記放電電流が前記第1閾値よりも小さく、且つ放電開始時からの前記放電電流の積分値に基づいて簡易的に算出される放電深度変化量が所定の第2閾値より低い場合に、前記放電深度の推定開始を保留する、請求項1又は2に記載のリチウム一次電池の放電深度推定方法。
【請求項4】
前記第2閾値は、前記事前データにおける前記内部抵抗の初期急変領域に基づいて設定される、請求項3に記載のリチウム一次電池の放電深度推定方法。
【請求項5】
前記第2閾値は、前記初期急変領域のピーク値に対応する前記放電深度として設定される、請求項4に記載のリチウム一次電池の放電深度推定方法。
【請求項6】
前記待機時間は、予め前記放電深度及び前記放電電流ごとに取得された過電圧の平衡到達時間に対する近似式により設定される、請求項1乃至5のいずれかに記載のリチウム一次電池の放電深度推定方法。
【請求項7】
リチウム一次電池の放電電流を測定する電流計と、
前記リチウム一次電池の端子電圧を測定する電圧計と、
前記放電電流及び前記端子電圧が入力される制御部と、を備え、
前記制御部は、前記放電電流及び前記端子電圧を入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧及び内部抵抗を推定パラメータとするパラメータ推定手法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から前記リチウム一次電池の放電深度を推定する放電深度推定部と、
予め放電開始時の前記放電深度及び前記放電電流ごとに取得された前記内部抵抗の事前データに基づいて、前記パラメータ推定手法における前記内部抵抗の初期値を設定する初期値設定部と、を含み、
前記放電電流が所定の第1閾値よりも小さい場合に、前記放電深度の推定開始を所定の待機時間に亘り保留する、リチウム一次電池の放電深度推定装置。
【請求項8】
前記第1閾値は、前記事前データにおける電流依存性に基づいて設定される、請求項7に記載のリチウム一次電池の放電深度推定装置。
【請求項9】
前記制御部は、前記放電電流が前記第1閾値よりも小さく、且つ前記放電電流の積分値から簡易的に算出される放電深度変化量が所定の第2閾値より低い場合に、前記放電深度の推定開始を保留する、請求項7又は8に記載のリチウム一次電池の放電深度推定装置。
【請求項10】
前記第2閾値は、前記事前データにおける前記内部抵抗の初期急変領域に基づいて設定される、請求項9に記載のリチウム一次電池の放電深度推定装置。
【請求項11】
前記第2閾値は、前記初期急変領域のピーク値に対応する前記放電深度として設定される、請求項10に記載のリチウム一次電池の放電深度推定装置。
【請求項12】
前記待機時間は、予め前記放電深度及び前記放電電流ごとに取得された過電圧の平衡到達時間に対する近似式により設定される、請求項7乃至11のいずれかに記載のリチウム一次電池の放電深度推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム一次電池の放電深度推定方法、及び放電深度推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
負極に金属リチウムを使用するリチウム電池は、他の電池と比較して小型で出力電圧が高いため、特に小型の電子機器の電力源として広く利用されている。このようなリチウム電池は、二次電池として構成されている場合には充放電の管理のために、一次電池として構成されている場合には交換時期の管理のために、電池残量を把握することが求められる。
【0003】
リチウム電池は、内部起電力としての開放電圧(OCV:Open Circuit Voltage)と充電状態(SOC:State Of Charge)との関係である所謂SOC-OCV特性が、電池の使用状況や温度等によって変化しにくいことが知られており、開放電圧を用いることにより電池残量としての充電状態を推定することができる。ただし、開放電圧は、リチウム電池の充放電時においては直接測定することができない。そのため、例えば特許文献1の従来技術では、電池の等価回路モデルに基づいて開放電圧を含む関係式を形成し、測定可能な充放電電流及び端子電圧を用いた逐次最小二乗法により開放電圧を推定し、リチウム電池の電池残量を算出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-156771号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の従来技術は、リチウムイオン二次電池に対する充電状態を推定するものであるため、充電ができないリチウム一次電池には適用することができず放電深度(DOD:Depth Of Discharge)を推定することができない。また、リチウム一次電池は、特に放電深度の初期や放電電流が微弱な場合に、放電開始直後における内部抵抗の急激な変動が生じ、放電深度推定の精度が大幅に低下するだけでなく、予測値と実測値との大幅な乖離に基づく計算エラーの発生により放電深度推定が異常停止してしまう虞が生じる。
【0006】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、リチウム一次電池の放電深度推定における計算エラーの発生を抑制することができるリチウム一次電池の放電深度推定方法、及び放電深度推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
<本発明の第1の態様>
本発明の第1の態様は、リチウム一次電池の放電電流と端子電圧とを入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧と内部抵抗とを推定パラメータとするパラメータ推定手法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から放電深度を推定するリチウム一次電池の放電深度推定方法であって、前記パラメータ推定手法における前記内部抵抗の初期値は、予め放電開始時の前記放電深度及び前記放電電流ごとに取得された前記内部抵抗の事前データに基づいて設定され、前記放電電流が所定の第1閾値よりも小さい場合に、前記放電深度の推定開始を所定の待機時間に亘り保留する、リチウム一次電池の放電深度推定方法である。
【0008】
<本発明の第2の態様>
本発明の第2の態様は、上記した本発明の第1の態様において、前記第1閾値は、前記事前データにおける電流依存性に基づいて設定される、リチウム一次電池の放電深度推定方法である。
【0009】
<本発明の第3の態様>
本発明の第3の態様は、上記した本発明の第1又は2の態様において、前記放電電流が前記第1閾値よりも小さく、且つ放電開始時からの前記放電電流の積分値に基づいて簡易的に算出される放電深度変化量が所定の第2閾値より低い場合に、前記放電深度の推定開始を保留する、リチウム一次電池の放電深度推定方法である。
【0010】
<本発明の第4の態様>
本発明の第4の態様は、上記した本発明の第3の態様において、前記第2閾値は、前記事前データにおける前記内部抵抗の初期急変領域に基づいて設定される、リチウム一次電池の放電深度推定方法である。
【0011】
<本発明の第5の態様>
本発明の第5の態様は、上記した本発明の第4の態様において、前記第2閾値は、前記初期急変領域のピーク値に対応する前記放電深度として設定される、リチウム一次電池の放電深度推定方法である。
【0012】
<本発明の第6の態様>
本発明の第6の態様は、上記した本発明の第1乃至5のいずれかに記載の態様において、前記待機時間は、予め前記放電深度及び前記放電電流ごとに取得された過電圧の平衡到達時間に対する近似式により設定される、リチウム一次電池の放電深度推定方法である。
【0013】
<本発明の第7の態様>
本発明の第7の態様は、リチウム一次電池の放電電流を測定する電流計と、前記リチウム一次電池の端子電圧を測定する電圧計と、前記放電電流及び前記端子電圧が入力される制御部と、を備え、前記制御部は、前記放電電流及び前記端子電圧を入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧及び内部抵抗を推定パラメータとするパラメータ推定手法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から前記リチウム一次電池の放電深度を推定する放電深度推定部と、予め放電開始時の前記放電深度及び前記放電電流ごとに取得された前記内部抵抗の事前データに基づいて、前記パラメータ推定手法における前記内部抵抗の初期値を設定する初期値設定部と、を含み、前記放電電流が所定の第1閾値よりも小さい場合に、前記放電深度の推定開始を所定の待機時間に亘り保留する、リチウム一次電池の放電深度推定装置である。
【0014】
<本発明の第8の態様>
本発明の第8の態様は、上記した本発明の第7の態様において、前記第1閾値は、前記事前データにおける電流依存性に基づいて設定される、リチウム一次電池の放電深度推定装置である。
【0015】
<本発明の第9の態様>
本発明の第9の態様は、上記した本発明の第7又は8の態様において、前記制御部は、前記放電電流が前記第1閾値よりも小さく、且つ前記放電電流の積分値から簡易的に算出される放電深度変化量が所定の第2閾値より低い場合に、前記放電深度の推定開始を保留する、リチウム一次電池の放電深度推定装置である。
【0016】
<本発明の第10の態様>
本発明の第10の態様は、上記した本発明の第9の態様において、前記第2閾値は、前記事前データにおける前記内部抵抗の初期急変領域に基づいて設定される、リチウム一次電池の放電深度推定装置である。
【0017】
<本発明の第11の態様>
本発明の第11の態様は、上記した本発明の第10の態様において、前記第2閾値は、前記初期急変領域のピーク値に対応する前記放電深度として設定される、リチウム一次電池の放電深度推定装置である。
【0018】
<本発明の第12の態様>
本発明の第12の態様は、上記した本発明の第7乃至11のいずれかに記載の態様において、前記待機時間は、予め前記放電深度及び前記放電電流ごとに取得された過電圧の平衡到達時間に対する近似式により設定される、リチウム一次電池の放電深度推定装置である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、リチウム一次電池の放電深度推定における計算エラーの発生を抑制することができるリチウム一次電池の放電深度推定方法、及び放電深度推定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】リチウム一次電池の内部抵抗を測定する測定系の回路図である。
図2】内部抵抗近似方法の手順を示すフローチャートである。
図3】リチウム一次電池のOCV-DOD特性を測定する手順を模式的に表す図である。
図4】リチウム一次電池の放電深度DODに対する平衡到達時間の一例である。
図5】リチウム一次電池の測定されたV-DOD特性を表す図である。
図6】放電電流によるV-DOD特性の形状の違いを模式的に示す図である。
図7】内部抵抗算出工程において算出されたR-DOD特性の図である。
図8】複数のV-DOD特性から算出された疑似内部抵抗R´の図である。
図9】リチウム一次電池の放電初期抵抗ΔRを表す図である。
図10】放電電流に対するパラメータaの変化を表す図である。
図11】放電電流に対するパラメータbの変化を表す図である。
図12】放電電流に対するパラメータcの変化を表す図である。
図13】放電電流に対するパラメータdの変化を表す図である。
図14】リチウム一次電池の内部抵抗の実測値及び近似曲線を放電電流ごとに表す図である。
図15】リチウム一次電池の温度に対する内部抵抗を表す図である。
図16】放電深度に対する定数パラメータA及びBを表すグラフである。
図17】リチウム一次電池の電力で動作する電子機器の回路図である。
図18】制御部の内部構成を模式的に表す構成図である。
図19】リチウム一次電池を断続的に放電させた場合の端子電圧Vの変化の一例を表すグラフである。
図20】放電開始時点の放電深度DODが40%以下である場合の、放電深度変化量ΔDODに対する内部抵抗Rの変化の一例を表すグラフである。
図21】放電開始時点の放電深度DODが40%以上である場合の、放電深度変化量ΔDODに対する内部抵抗Rの変化の一例を表すグラフである。
図22】放電電流ごとの放電深度変化量ΔDODに対する内部抵抗の変化の一例を表すグラフである。
図23】放電開始時における過電圧の平衡到達までの所要時間ts、及び内部抵抗の値の放電電流依存性を表すグラフである。
図24】初期急変領域において内部抵抗がピーク値を迎えるときの放電深度変化量ΔDODの放電電流依存性を表すグラフである。
図25】放電深度変化量ΔDODが1%である場合の内部抵抗及びピーク到達までの所要時間tsの放電電流依存性を表すグラフである。
図26】本発明に係る放電深度推定方法を表すフローチャートである。
図27】パラメータ推定手法の保留を行わなかった場合の放電深度推定結果を示すグラフである。
図28】パラメータ推定手法の保留を行なった場合の放電深度推定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下に説明する内容に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において任意に変更して実施することが可能である。また、実施の形態の説明に用いる図面は、いずれも構成部材を模式的に示すものであって、理解を深めるべく部分的な強調、拡大、縮小、または省略などを行っており、構成部材の縮尺や形状等を正確に表すものとはなっていない場合がある。
【0022】
また、一般的に電池残量を表す表記としては二次電池における充電状態SOC(State Of Charge)が使用されるが、本発明が対象とする電池がリチウム一次電池であることから、100[%]-SOCと同等の意味である放電深度DOD(Depth Of Discharge)との表現を使用する。
【0023】
そして、後述するように、リチウム一次電池1が使用される電子機器において逐次最小二乗法に代表されるパラメータ推定手法を利用した放電深度推定ができるよう、予めリチウム一次電池1の内部抵抗Rに関するシステム同定を行い、内部抵抗Rの挙動をモデル化する近似式を生成する。ここでは、まず、対象とする型式のリチウム一次電池1について、実験データに基づく内部抵抗Rの同定方法について説明する。
【0024】
<内部抵抗同定方法>
図1は、リチウム一次電池1の内部抵抗Rを測定する測定系2の回路図である。図1において、測定系2は、接続されたリチウム一次電池1に対し、放電制御を行いながら電池状態を測定することにより、内部抵抗Rを算出すると共に当該内部抵抗Rの近似式を生成するための回路構成である。本実施形態においては、測定系2は、負荷3、電圧計4、電流計5、温度計6、及び制御部7を備える。
【0025】
リチウム一次電池1は、二酸化マンガン(MnO)からなる正極と、リチウムからなる負極とがセパレータを介して配置され、有機溶媒に塩類を溶解した電解液が含浸されてなり、例えばコイン形やボタン型、円筒形に生成された一次電池である。より具体的には、リチウム一次電池1は、例えば放電容量が170mAh、低格電流が0.2mA、定格電圧が3VのCR2025規格の電池を用いることができる。内部抵抗Rの同定においては、後述するように、放電深度推定対象と同じ型式のリチウム一次電池1が複数準備される。
【0026】
また、リチウム一次電池1は、本発明においては、端子間が開放状態のときの開放電圧OCV(Open Circuit Voltage)を内部起電力として出力すると共に、放電時に電圧降下をもたらす内部抵抗Rを有する等価回路としてモデル化することができる。このため、リチウム一次電池1の端子電圧Vは、放電電流Iを用いて下記の式(1)で表される。
=OCV-I×R・・・(1)
【0027】
負荷3は、リチウム一次電池1を放電させる場合に、放電電力を消費するための抵抗器である。電圧計4は、リチウム一次電池1の端子間に並列に接続され、リチウム一次電池1の端子電圧Vを測定する。電流計5は、リチウム一次電池1と負荷3の間に直列に接続され、リチウム一次電池1の放電電流Iを測定する。温度計6は、リチウム一次電池1に接触するように配置され、リチウム一次電池1の電池温度Tを測定する。
【0028】
制御部7は、リチウム一次電池1から負荷3への放電を制御しつつ、リチウム一次電池1の端子電圧V、放電電流I、及び電池温度Tを測定し、入力されるこれらの測定データに基づいてOCV-DOD特性、及び内部抵抗Rの近似式を生成する。
【0029】
続いて、内部抵抗Rの近似式を生成する内部抵抗同定方法の具体的な手順について説明する。本実施形態においては、対象とするリチウム一次電池1と同じ型式の電池を測定用電池B0、B1、・・・、Bnとしてn+1個準備し、以下に示す手順で放電深度DODが100%になるまで放電させながら測定データを取得する。
【0030】
図2は、内部抵抗同定方法の手順を示すフローチャートである。制御部7は、リチウム一次電池1として測定系2に接続される測定用電池B0を放電させながら、リチウム一次電池1の開放電圧特性、すなわちOCV-DOD特性を取得する(ステップS1)。
【0031】
図3は、リチウム一次電池1のOCV-DOD特性を測定する手順を模式的に表す図である。開放電圧測定工程では、測定用電池B0の端子電圧Vを測定する電圧測定と、測定用電池B0をパルス放電させつつ放電深度DODを算出する放電深度監視と、測定用電池B0の開放状態を維持した待機とを繰り返すことにより、図3に示されるOCV-DOD特性の曲線が取得される。
【0032】
より具体的には、制御部7は、図3のP1で示されるように、まず測定用電池B0を放電させない開放状態において端子電圧Vを測定する。次に、制御部7は、図3のP2で示されるように、測定用電池B0を例えば放電電流I=10mAで10秒間放電させつつ、この期間の放電電流Iの時間積分により放電深度DODの増加を監視する。このとき、端子電圧Vは、内部抵抗Rに伴う過電圧により、測定対象の開放電圧OCVから低下することになる。そして、制御部7は、図3のP3で示されるように、測定用電池B0の放電を停止した後、測定用電池B0が過電圧状態から平衡状態に到達するまでの平衡到達時間に亘り開放状態を維持することで、開放電圧OCVを測定できるよう待機する。そして、これらの手順を繰り返すことにより、放電深度DODに対する開放電圧OCVの変化を測定することができる。
【0033】
ここで、平衡状態に到達するまでの平衡到達時間について詳しく説明する。図4は、リチウム一次電池1の放電深度DODに対する平衡到達時間の一例である。ここで、平衡到達時間とは、放置試験により得られた開放電圧OCVの97%まで電圧が復帰する時間として算出した。図4に見られるように、リチウム一次電池1の平衡到達時間は、放電深度DODが低いほど平衡状態に到達するまでに時間を要し、例えば放電深度DODが0%の状態においては26.9H、放電深度DODが20%の状態においては18minである。すなわち、開放電圧測定工程においては、図3のP3で示される待機時間は、少なくとも放電深度DODの初期において1日以上の時間が必要となることがわかる。尚、図4のような平衡到達時間が事前に把握できる場合には、放電深度DODに応じた平衡到達時間を参考に放置時間を設定することができる。
【0034】
図2のフローチャートに戻り、ステップS1においてOCV-DOD特性を取得すると、制御部7は、測定用電池B1、・・・、Bnを用いて複数の放電電流Iに対するリチウム一次電池1の端子電圧特性、すなわちV-DOD特性を取得する(ステップS2)。
【0035】
より具体的には、制御部7は、例えば測定用電池B1に対して放電電流Iを0.1mAとする定電流放電を行い、そのときの端子電圧Vを電圧計4で測定すると共に、上記したOCV-DOD特性の取得と同様に放電深度DODを算出することで、放電深度DODに対する端子電圧Vの変化を取得する。また、同様に、制御部7は、例えば測定用電池B2~Bnに対して、例えば放電電流Iをそれぞれ0.2mA、0.5mA、1.0mA、2.0mA、3.0mA、4.0mA、5.0mAとして、互いに異なる放電電流Iで定電流放電させた場合の放電深度DODに対する端子電圧Vの変化を取得する。
【0036】
図5は、リチウム一次電池1の測定されたV-DOD特性を表す図である。図5においては、放電電流Iが0.1mA、0.2mA、・・・、5.0mAである場合のV-DOD特性をそれぞれC1、C2、・・・C8の曲線で表していることに加え、ステップS1で取得されたOCV-DOD特性も併せて示している。図5に見られるように、V-DOD特性は、巨視的な傾向として、放電電流Iが大きいほど電圧降下も大きくなることから、当然ながら放電電流Iの大きさに応じてOCV-DOD特性から低下することになる。
【0037】
一方、微視的な傾向として、放電電流Iが異なる複数のV-DOD特性は、放電深度DODが低い領域において特性曲線の形状に相違が見られる。この点について、模式図を参照しながら詳しく説明する。図6は、放電電流IによるV-DOD特性の形状の違いを模式的に示す図である。より具体的には、図6においては、横軸で放電深度DODを表し、縦軸で端子電圧Vを表した場合に、放電電流Iが比較的大きい場合のV-DOD特性であるV(high)、及び放電電流Iが比較的小さい場合のV-DOD特性であるV(low)のそれぞれの形状を模式的に表している。
【0038】
図6に見られるように、放電電流Iが比較的大きい場合のV(high)は、OCV-DOD特性に対しておおむね相似な形状である。これに対して、放電電流Iが比較的小さい場合のV(low)は、図中の破線楕円DEで示すように、放電深度DODが低い放電初期において端子電圧Vが低下しており、OCV-DOD特性に対する相似形状から外れた変化を示す。そして、当該傾向は、図5における放電初期に見られるように、放電電流Iが小さくなるに従って顕著に表れる。本発明においては、特異的な内部抵抗の上昇を表す当該傾向を後述するように近似式によってモデル化することにより、放電深度DODの推定精度の低下を抑制する。
【0039】
続いて、制御部7は、ステップS1で取得したOCV-DOD特性、及びステップS2で取得したV-DOD特性に基づいて、リチウム一次電池1の放電深度DODに対する内部抵抗特性、すなわちR-DOD特性を算出する(ステップS3)。より具体的には、制御部7は、放電電流IごとにOCV-DOD特性とV-DOD特性との差分を算出し、当該差分をそれぞれの放電電流Iで除することにより、放電電流IごとにR-DOD特性を算出することができる。
【0040】
図7は、内部抵抗算出工程において算出されたR-DOD特性の図である。図7において、放電電流Iが0.2mA、0.5mA、・・・、5.0mAである場合のR-DOD特性をそれぞれD2、D3、・・・、D8の曲線で表している。図7に見られるように、リチウム一次電池1のR-DOD特性は、放電電流Iが小さいほど放電深度DODの初期において内部抵抗Rが高い値から低下し、放電深度DODの後期において内部抵抗Rが指数関数的に上昇することが確認できる。
【0041】
そして、放電初期における微弱な放電電流Iでの抵抗成分が、リチウム一次電池1の残量推定精度を低下させる一因となる。そのため、制御部7は、内部抵抗算出工程に引き続き、ステップS2で取得したV-DOD特性に基づいて、リチウム一次電池1の放電深度DODに対する疑似内部抵抗としてのR´-DOD特性を算出する(ステップS4)。より具体的には、まず、複数のV-DOD特性のうち、放電電流Iが最小の端子電圧特性、すなわち本実施形態においては放電電流I=0.1mAのときのV-DOD特性(図5のC1)をOCV´-DOD特性(疑似開放電圧特性)と定義する。また、制御部7は、OCV´-DOD特性と他のV-DOD特性(図5のC2~C8)との差分を算出し、当該差分をそれぞれの放電電流Iで除することにより、放電電流IごとにR´-DOD特性(以下、疑似内部抵抗R´と称する)を算出することができる。
【0042】
図8は、複数のV-DOD特性から算出された疑似内部抵抗R´の図である。図8において、放電電流Iが0.5mA、1.0mA、・・・、5.0mAである場合のR´-DOD特性をそれぞれE3、E4、・・・、E8の曲線で表している。図8に見られるように、リチウム一次電池1の疑似内部抵抗R´は、図7のR-DOD特性と同様に放電深度DODの後期においては抵抗値が指数関数的に上昇するが、微弱な放電電流IによるOCV´-DOD特性を基準としていることにより、放電深度DODの初期においても疑似内部抵抗R´はほぼ単調増加することが確認できる。
【0043】
次いで、制御部7は、内部抵抗算出工程で算出した内部抵抗特性R-DOD特性(図7)と算出した疑似内部抵抗R´-DOD特性(図8)との差分である放電初期抵抗ΔRを算出する(ステップS5)。図9は、リチウム一次電池1の放電初期抵抗ΔRを表す図である。図9において、放電電流Iが0.5mA、1.0mA、・・・、5.0mAである場合の放電初期抵抗ΔRをそれぞれF3、F4、・・・、F8の曲線で表している。
【0044】
ここで、放電初期抵抗ΔRは、放電深度DODの初期において微弱な放電電流Iで見られる内部抵抗Rの抵抗成分が抽出されたものである。換言すると、リチウム一次電池1の内部抵抗Rは、放電初期抵抗ΔRと上記の疑似内部抵抗R´との和としてモデル化することができる。そこで、制御部7は、測定データから算出された放電初期抵抗ΔR及び疑似内部抵抗R´にフィッティングする近似式をそれぞれ生成し、両者の和をリチウム一次電池1の内部抵抗Rについての近似式としてモデリングする(ステップS6)。
【0045】
本実施形態においては、制御部7は、図9で示される放電初期抵抗ΔRについて、放電深度DOD及び放電電流Iを含む近似式にフィッティングさせる。例えば、放電初期抵抗ΔRは、0.5mA≦I≦2.5mAの範囲においては、係数Aを放電深度DODの多項式とし、係数Bを定数として、ΔR=A×(I)-Bのように近似式を生成した場合、A≒-0.0001(1-DOD)4 +0.05(1-DOD)3 -5(1-DOD)2 +500(1-DOD)-5000、B≒1として表される。尚、放電初期抵抗ΔRの近似式は、放電電流Iに対する累乗関数に限られるものではなく、ΔR=A×e-BIで表される指数関数や、ΔR=-A×LN(I)+Bで表される対数関数であってもよく、さらには放電電流Iの区分ごとに場合分けしてもよい。
【0046】
また、制御部7は、図8で示される疑似内部抵抗R´についても、放電深度DOD及び放電電流Iを含む近似式にフィッティングさせる。ここでは、放電電流Iを独立変数とする4つのパラメータa、b、c、及びdを従属変数として含む近似式を用いて、疑似内部抵抗R´を放電深度DODに関する以下の式(2)によりモデル化を行う。そして、制御部7は、放電電流Iに対する図8の疑似内部抵抗R´の曲線を式(2)にフィッティングするように、最小二乗法により4つのパラメータa、b、c、及びdを放電電流Iで表現する。
R´=a+b×DOD+c×exp [-d×(1-DOD)]・・・(2)
【0047】
図10は、放電電流Iに対するパラメータaの変化を表す図である。当該波形を用いて、パラメータaは、例えば次のように表現することができる。
I≦2.5mAにおいて、a≒100×exp[-0.5×I]
2.5mA<I≦4.5mAにおいて、a≒-10×LN(I)+50
4.5mA<I≦10mAにおいて、a=-0.38×I+29.6
10mA<Iにおいて、a≒50
【0048】
図11は、放電電流Iに対するパラメータbの変化を表す図である。当該波形を用いて、パラメータbは、例えば次のように表現することができる。
I≦2.5mAにおいて、b≒-0.5×I+0.05
2.5mA<Iにおいて、b≒1
【0049】
図12は、放電電流Iに対するパラメータcの変化を表す図である。当該波形を用いて、パラメータcは、例えば次のように表現することができる。
I≦2.5mAにおいて、c≒100×LN(I)+500
2.5mA<I≦10mAにおいて、c≒0.001×I10
10mA<Iにおいて、c≒50000×exp[I]
【0050】
図13は、放電電流Iに対するパラメータdの変化を表す図である。当該波形を用いて、パラメータdは、例えば次のように表現することができる。
I≦2.5mAにおいて、d≒0.05×LN(I)+0.1
2.5mA<Iにおいて、d≒0.01×I+0.1
【0051】
そして、制御部7は、放電電流I及び放電深度DODを含む放電初期抵抗ΔR及び疑似内部抵抗R´の近似式を足し合わせることにより、リチウム一次電池1の内部抵抗Rを放電電流I及び放電深度DODの関数f(I,DOD)として近似する(ステップS7)。
【0052】
これにより、制御部7は、ステップS4からステップS7までのモデリング工程を通じて、リチウム一次電池1の内部抵抗Rに対し、放電初期において微小な放電電流Iで生じる放電初期抵抗ΔRと、その他の抵抗成分としての疑似内部抵抗R´とを分離してモデリングすることができる。
【0053】
図14は、リチウム一次電池1の内部抵抗Rの実測値及び近似曲線を放電電流Iごとに表す図である。図14に見られるように、リチウム一次電池1の内部抵抗Rは、いずれの放電電流Iにおいてもおおむね実測値と近似曲線とが重り、上記の内部抵抗同定方法により生成された近似式で適切に近似されていることが確認できる。そして、リチウム一次電池1の内部抵抗Rは、特に、比較的小さい放電電流Iにおける放電初期の傾向に対しても実測値に追従した近似を行うことができる。
【0054】
次に、内部抵抗Rの上記の近似式に対して、温度特性を考慮して補正する方法について説明する。内部抵抗Rの近似式に温度特性を付加する場合には、放電電流Iを固定した上で、複数のリチウム一次電池1を互いに異なる温度環境下において上記したステップS3と同様の工程によりR-DOD特性を取得する。
【0055】
より具体的には、本実施形態においては、上記の測定用電池を5個準備し、それぞれの測定用電池の温度をT=-20℃、0℃、25℃、45℃、60℃に制御した状態で放電電流I=10mAで放電させたときのR-DOD特性を取得する。
【0056】
図15は、リチウム一次電池1の温度Tに対する内部抵抗Rを表す図である。より具体的には、図15は、放電させた測定用電池の温度Tと内部抵抗Rとの対応関係を、放電深度DODごとにプロットした図である。図15に見られるように、リチウム一次電池1の内部抵抗Rは、いずれの放電深度DODに対してもおおむね減衰曲線に沿うことが確認できる。そこで、内部抵抗Rを定数パラメータA及びBを用いてR=A×exp(-B×T)の減衰曲線に近似し、そのときの定数パラメータA及びBを算出する。
【0057】
図16は、例えば、放電深度DODに対する定数パラメータA及びBを表すグラフである。ここで、図16は、横軸を放電深度DODとし、左側の縦軸で定数パラメータAの値を表し、右側の縦軸で定数パラメータBの値を表している。図16に見られるように、定数パラメータBについては、放電深度DODに対してほぼ一定(約0.05)であることが確認できる。すなわち、リチウム一次電池1の内部抵抗Rは、温度Tに対して一定の増減率(ここでは減衰率)を持つことになる。
【0058】
そのため、所定の基準温度Tにおいて生成された内部抵抗Rの上記の近似式f(I、DOD)に対して、基準温度Tとの温度差ΔTを用いた補正係数exp(-0.05×ΔT)をかけることにより、温度特性を考慮した内部抵抗Rの近似式f(I、DOD、ΔT)を形成することができる。すなわち、f(I、DOD、ΔT)=f(I、DOD)×exp(-0.05×ΔT)により、リチウム一次電池1の内部抵抗Rを温度Tに対応した近似式でモデリングすることができる。
【0059】
<パラメータ推定手法>
続いて、上記のようにモデル化された内部抵抗Rの近似式を用いて、リチウム一次電池1の運用時における放電深度DODを推定する方法について説明する。図17は、リチウム一次電池1の電力で動作する電子機器10の回路図である。
【0060】
電子機器10は、リチウム一次電池1、放電深度推定装置12、負荷13を備える。また、放電深度推定装置12は、電圧計14、電流計15、温度計16、及び制御部17を備える。ここで、電子機器10は、例えば小型センサを搭載するセンサモジュールとして構成されており、搭載されるリチウム一次電池1を電力源としてセンシング動作を行う。そして、電子機器10は、リチウム一次電池1の放電に伴う残量低下を把握するために、制御部17においてリチウム一次電池1の放電深度DODが推定される。
【0061】
ここで、負荷13は、本実施形態においては、リチウム一次電池1の電力を消費するセンサモジュールのセンサ部に相当する。ここで、電圧計14、電流計15、及び温度計16についても、それぞれ上記した電圧計4、電流計5、及び温度計6と同様の機能を有するため詳細な説明を省略する。
【0062】
制御部17は、リチウム一次電池1から負荷13への放電を制御しつつ、放電中におけるリチウム一次電池1の端子電圧Vを電圧計14で測定すると共に、放電電流Iを電流計15で測定する。また、制御部17は、放電深度推定において温度特性を考慮する場合には、リチウム一次電池1の電池温度Tを温度計16で測定する。そして、制御部17は、上記の内部抵抗同定方法で予め得られたリチウム一次電池1の開放電圧特性(OCV-DOD特性)を記憶しており、運用段階で得られる測定データに基づくパラメータ推定手法によりリチウム一次電池1の放電深度DODを推定する。パラメータ推定手法は、逐次最小二乗法やカルマンフィルタ推定法等の公知の手法を採用することができる。
【0063】
より具体的には、本発明における逐次最小二乗法では、リチウム一次電池1の等価回路モデルによる上記した式(1)を、データ取得のサンプリング時刻kを用いたベクトル形式で表現する。すなわち、上記の式(1)のダイナミクスに対し、回帰パラメータを下記の式(3)で表し、推定パラメータを下記の式(4)で表した場合、観測方程式は、下記の式(5)で表される。ここで、wは、端子電圧Vの測定値に対するノイズ項である。ただし、当該ノイズは正規分布に従うことにより、積分によってゼロとなる。
【数1】
【数2】
【数3】
【0064】
また、本実施形態における放電深度推定では、下記の式(6)で表される忘却係数λを設けたいわゆる忘却係数付き逐次最小二乗法とした。ここで、τは、EXP関数の減衰率を調整する項である。
【数4】
【0065】
上記の各式に基づき、制御部17は、観測可能なリチウム一次電池1の放電電流I(k)及び端子電圧V(k)を入力パラメータとして忘却係数付き逐次最小二乗法により回帰的に計算することで、開放電圧OCVと内部抵抗Rとを式(4)で表される未知の推定パラメータとして逐次算出する。そして、制御部17は、算出された開放電圧OCVとリチウム一次電池1のOCV-DOD特性とに基づいて、リチウム一次電池1の放電深度DODを逐次推定する。尚、忘却係数付き逐次最小二乗法は、それ自体は公知の手法であるため、詳細な説明を省略する。
【0066】
上記のような放電深度推定によれば、疑似内部抵抗R´の近似式が上記の式(2)により表されていることにより、放電深度DODに対するEXP関数の項で拡散分極を表現し、定数項及び比例項により純粋な抵抗成分を表現するモデリングがなされている。これにより、リチウム一次電池1の内部抵抗Rの挙動に対応して実測データを精度良く近似できるほか、計算が比較的簡単かつ少ない項の線形和として表現されているため、計算負荷が軽く演算処理を高速化することができる。
【0067】
また、上記のような放電深度推定によれば、リチウム一次電池1の内部抵抗Rの近似式を電池の温度Tに基づいて補正することができるため、内部抵抗Rの近似精度を向上させることができる。更に、上記の式(2)で疑似内部抵抗R´を精度良く近似する近似式に含まれるパラメータは、放電電流Iを独立変数とした場合の従属変数となっている。これにより、放電深度推定における放電電流Iの値を予め特定しておく必要がなく、そのときの放電電流Iに対応した推定を行うことができるほか、内部抵抗Rの近似式が放電電流Iの大きさに対応して調整されるため、近似精度を向上させることができる。
【0068】
ところで、上記のようなリチウム一次電池1は、有機溶媒に塩類を溶解した電解液が用いられることから、未使用又は開放期間が長い電池においては、リチウムからなる負極の表面に炭酸リチウム被膜、すなわちSEI被膜(Solid Elecrolyte Interphase)が形成されることがある。SEI被膜は、放電電流Iが比較的大きい場合には容易に破壊されるため、放電電流Iに伴う電圧降下にそれほど影響を与えない。
【0069】
一方、放電電流Iが微弱である場合には、リチウム一次電池1は、放電によるSEI被膜の破壊が鈍速であり、放電時におけるSEI被膜を介したイオン伝導度の低下に伴い内部抵抗Rが増加することになる。すなわち、放電初期において微弱な放電電流Iで顕著に見られる上記の放電初期抵抗ΔRは、当該SEI被膜によるものであると考えられる。このため、上記のようにリチウム一次電池1の内部抵抗Rの近似式において放電初期抵抗ΔRを考慮することにより、放電初期における挙動に対応した放電深度推定が可能になる。
【0070】
しかしながら、リチウム一次電池1は、放電初期のなかでも特に放電開始直後、すなわち放電深度が約0~2%の期間においては、後述するように内部抵抗Rが短時間のうちに急増及び急減して上記の放電初期抵抗ΔRに至るため、上記の近似式であっても追従しきれず、予測値と実測値との大幅な乖離に基づく計算エラーの発生により放電深度推定が異常停止してしまう虞が生じる。そこで、本発明における放電深度推定方法では、以下に説明する手順により放電深度推定における異常停止の虞を低減している。
【0071】
図18は、制御部17の内部構成を模式的に表す構成図である。本実施形態における制御部17は、測定値入力部20、放電深度推定部21、初期値設定部22、及び記憶部23を含む。
【0072】
測定値入力部20は、上記した電圧計14、電流計15、温度計16のそれぞれから、電子機器10の運用時におけるリチウム一次電池1の電圧、電流、温度をそれぞれ取得する。放電深度推定部21は、測定値入力部20を介して入力されたセンサ情報に基づいて、上記したパラメータ推定手法によりリチウム一次電池1の放電深度DODを推定する。初期値設定部22は、上記のパラメータ推定手法を開始するときの内部抵抗Rの初期値R0を設定する。記憶部23は、放電深度推定部21において放電深度推定方法を実行するためのプログラム、及び初期値設定部22において初期値R0を設定するための後述する近似式等を記憶する。
【0073】
<事前データ>
本発明に係る放電深度推定方法においては、放電深度推定における異常停止を抑制するための準備として、放電深度DODの推定対象となるリチウム一次電池1の関する事前データを予め取得しておく。ここでは、当該事前データの取得手順について説明する。
【0074】
事前データの取得においては、まず、対象とするリチウム一次電池1に対し、複数の放電電流Iごとに断続的に放電させたときの端子電圧Vを測定する。図19は、リチウム一次電池1を断続的に放電させた場合の端子電圧Vの変化の一例を表すグラフである。より具体的には、図19は、放電電流IをCC0.2mAとして放電させた場合のリチウム一次電池1の端子電圧Vについて、放電電流Iの積分値に基づくいわゆるクーロンカウンターにより算出された放電深度DODを横軸として表している。
【0075】
図19の測定データに係るリチウム一次電池1は、クーロンカウンターによる放電深度DODが20%となるまで放電された後、過電圧が解消されるまで半日程度の期間に亘り開放状態で放置され、放電を再開して放電深度DODが40%に達すると再び開放状態で放置される。以降も同様に、リチウム一次電池1の放電と放置とを繰り返しつつ端子電圧Vを計測することにより、図19のようなグラフが得られる。尚、放電期間の間隔は、放電深度DODとして20%分~5%分のように任意に変更してもよい。また、図19では、放電電流IがCC0.2mAであるグラフのみを例示しているが、例えばCC0.5mA、CC1.0mA、CC2.0mA、…、CC20mAと、他の放電電流Iでのデータについても同様の手順により取得する。
【0076】
更に、放電開始直後における内部抵抗Rの変化をより詳しく把握するために、上記の図19における電深度DODが0%~20%の範囲については、放電を再開するときの放電深度DODをより細かい刻みで測定し、補完データとして追加している。
【0077】
次に、上記の測定により得られた放電電流I及び放電開始時の放電深度DODごとの端子電圧Vに対し、それぞれの放電電流Iで除することにより内部抵抗Rに変換すると共に、放電開始時点からの放電深度DODの変化量である放電深度変化量ΔDODを横軸にとるグラフを生成する。
【0078】
図20は、放電開始時点の放電深度DODが40%以下である場合の、放電深度変化量ΔDODに対する内部抵抗Rの変化の一例を表すグラフである。また、図21は、放電開始時点の放電深度DODが40%以上である場合の、放電深度変化量ΔDODに対する内部抵抗Rの変化の一例を表すグラフである。
【0079】
図20に見られるように、放電開始後の内部抵抗Rは、放電開始と共に増加し、放電深度変化量ΔDODが約1%~2%においてピークを有し、放電深度DODの進行と共に低下していく。このとき、放電開始時点の放電深度DODが40%であるグラフにおいては、放電深度DODの進行に伴う内部抵抗Rの変化が比較的小さいことから、当該内部抵抗Rの値が純粋な過放電、すなわちIRドロップであると考えられる。
【0080】
また、放電開始時点の放電深度DODが3%~40%であるグラフにおいては、放電深度DODの進行に伴い内部抵抗Rが減少していることから、上記の放電初期抵抗ΔRに相当する抵抗成分であると考えられる。
【0081】
一方、放電開始時点の放電深度DODが0%~2%であるグラフにおいては、破線楕円で示すように、放電深度変化量ΔDODが約2%までの期間において、内部抵抗Rのオーバーシュートが見られる。このような内部抵抗Rの初期急変領域は、内部抵抗Rのモデリングによる近似式からの予測値では追従が困難と挙動となるため、放電深度推定の計算エラーを招来する可能性が生じる。
【0082】
当該初期急変領域は、放電開始時の放電深度DODが約2%以下の場合に見られるものの、以降に放電が再開される場合には、その影響を無視することができる。例えば、図21に見られるように、放電開始時の放電深度DODが40%以上である場合には、初期急変領域だけでなく放電初期抵抗ΔRも見られないことから、初期急変領域に対してはリチウム一次電池1がほぼ未使用である場合の放電開始時に対応すればよいことがわかる。
【0083】
次に、放電深度変化量ΔDODに対する内部抵抗Rの電流依存性について検討する。図22は、放電電流Iごとの放電深度変化量ΔDODに対する内部抵抗Rの変化の一例を表すグラフである。より具体的には、図22は、放電深度DODが0%の複数のリチウム一次電池1を放電電流Iごとに放電させた場合の端子電圧Vのデータに基づいて算出された内部抵抗Rのグラフである。
【0084】
図22に見られるように、初期急変領域における内部抵抗Rは、放電電流Iが小さいほどピーク値が大きく、予測による追従が困難になる。一方で、内部抵抗Rがピーク値をとる放電深度変化量ΔDODは、複数の放電電流Iに亘り共通し、おおよそ1%であることが分かる。すなわち、初期急変領域における内部抵抗Rは、ピーク値及び当該ピーク値を迎える放電開始からの時間を放電電流Iの値に依存する近似式で表すことができることになる。
【0085】
図23は、放電開始時における過電圧の平衡到達までの所要時間ts、及び内部抵抗Rの値の放電電流依存性を表すグラフである。より具体的には、図23の所要時間ts及び内部抵抗Rは、複数の放電深度DODと複数の放電電流Iとの組み合わせによる各条件で放電を開始した場合の端子電圧Vの変化を取得し、上記したOCV-DOD特性に対する差分から過電圧の時間特性及びそのときの内部抵抗Rとして算出される。この場合、それぞれのグラフは、次のような近似式で表される。
所要時間:ts≒100×I-1
内部抵抗:R≒500×I-1
【0086】
また、図24は、初期急変領域において内部抵抗Rがピーク値を迎えるときの放電深度変化量ΔDODの放電電流依存性を表すグラフである。図24に見られるように、内部抵抗Rがピークに達する放電深度変化量ΔDODは、放電電流Iに拘らず0.5%~1%である。
【0087】
そして、図25は、放電深度変化量ΔDODが1%である場合の内部抵抗R及びピーク到達までの所要時間tsの放電電流依存性を表すグラフである。この場合、それぞれのグラフは、次のような近似式で表される。
所要時間:ts≒100/I・・・(7)
内部抵抗:R≒100×I-0.5・・・(8)
【0088】
つまり、上記の手順により、リチウム一次電池1についての事前データを予め取得しておき、内部抵抗Rがピーク値を迎える放電深度変化量ΔDODを確認すると共に、その放電深度変化量ΔDODにおける内部抵抗R及びピーク到達までの所要時間tsを取得することにより、上記の式(7)及び(8)に係る近似式を算出することができる。そして当該近似式を制御部17における記憶部23に記憶させておくことにより、放電深度推定に支障をきたす条件の下では放電深度DODの推定を保留して計算エラーに伴う異常停止を回避することができる。
【0089】
図26は、本発明に係る放電深度推定方法を表すフローチャートである。より具体的には、図26は、電子機器10の運用時にリチウム一次電池1の電力が消費されるタイミングで制御部17が実行する放電深度推定制御の手順を表している。すなわち、制御部17は、電子機器10に新品のリチウム一次電池1がセットされることにより、電子機器10の動作に必要な電力要求に応じてリチウム一次電池1を放電させつつ、放電深度推定制御の当該手順を開始する。尚、リチウム一次電池1の放電期間中は、放電電流Iの積分値が算出されているものとする。
【0090】
放電深度推定制御が開始されると、制御部17は、測定値入力部20を介して、リチウム一次電池1の放電電流Iを取得し、放電電流Iを所定の第1閾値TH1と比較する(ステップS10)。ここで、所定の第1閾値TH1とは、内部抵抗Rの上記した初期急変領域が表れるか否かを判定するために予め事前データに基づいて設定される放電電流Iの閾値であり、本実施形態においては例えば図22からTH1=1mAと設定される。
【0091】
また、制御部17は、放電電流Iが第1閾値TH1よりも小さいと判断した場合には(ステップS10でNo)、放電開始時からの放電電流Iの積分値により簡易的に算出される放電深度変化量ΔDODを算出して所定の第2閾値TH2と比較する(ステップS11)。ここで、所定の第2閾値TH2とは、内部抵抗Rの上記した初期急変領域が表れるか否かを判定するために予め設定される放電深度変化量ΔDODの閾値である。第2閾値TH2は、本実施形態においては、例えば図20における初期急変領域を含む範囲としてΔDOD=2%と設定されてもよく、又は図24における初期急変領域のピーク値としてΔDOD=1%と設定されてもよい。
【0092】
ステップS10又はステップS11で内部抵抗Rの初期急変領域が顕著に表れないと判断された場合には(ステップS10又はステップS11でYes)、制御部17の初期値設定部22は、上記したパラメータ推定手法のための内部抵抗Rの初期値R0を任意に設定する(ステップS12)。この場合、初期値R0は、例えば上記の事前データ及び図8のデータから、内部抵抗Rが急激に増減しない2%<DOD<80%の範囲に対応するRの値として設定するのが好ましい。尚、初期値R0は、固定値として記憶部23で記憶しておくことにより、ステップS12においては特に計算を行う必要はない。
【0093】
そして、初期値R0が設定されると、制御部17の放電深度推定部21は、測定値入力部20から入力された測定データに基づいて上記のパラメータ推定手法を実行することにより放電深度DODの推定を開始する(ステップS13)。
【0094】
また、制御部17は、リチウム一次電池1の放電が終了したか否かを判定し(ステップS14)、放電が継続している期間においてはパラメータ推定手法を継続し(ステップS14でNo)、放電が終了した場合には放電深度推定制御の当該手順を終了する(ステップS14でYes)。このとき、制御部17は、最後に推定された内部抵抗R及び放電深度DODを記憶部23に記憶させることにより、次回のパラメータ推定手法の実行時における初期値として利用することができる。
【0095】
これに対し、ステップS10及びステップS11で内部抵抗Rの初期急変領域が顕著に表れる可能性があると判断された場合には(ステップS10及びステップS11でNo)、制御部17は、当該初期急変領域の期間における放電深度推定の開始を保留するため、必要な待機時間を設定する(ステップS15)。
【0096】
より具体的には、制御部17は、初期急変領域のピーク値までの期間を待機期間として設定する場合には、図20及び図22等の事前データに基づいてΔDOD=1%に達するまでの所要時間を算出する。このとき、当該所要時間は、図25に示す事前データから準備された上記の式(7)により算出される。尚、初期急変領域の全ての期間を待機期間として設定する場合には、図25と同様のΔDOD=2%に相当する事前データ及び所要時間の近似式を準備しておくことになる。
【0097】
ステップS15で待機時間が設定されると、制御部17は、放電深度推定の待機を開始し、待機時間が経過したか否かを監視すると共に(ステップS16)、当該待機時間が経過する前に放電が終了したか否かを判定する(ステップS17)。すなわち、制御部17は、放電が終了した場合には放電深度推定制御の当該手順を終了し(ステップS17でYes)、放電が終了するまでは待機時間が経過するまで待機を継続する(ステップS16及びステップS17でNo)。
【0098】
そして、制御部17は、待機時間が経過したと判定した場合には(ステップS16でYes)、初期値設定部22において上記した事前データに基づいてパラメータ推定手法のための初期値R0を設定する(ステップS18)。ここで、初期値R0は、初期急変領域のピーク値までの期間を待機期間として設定した場合には、ΔDOD=1%に対応する内部抵抗Rとして上記の式(8)により算出することができる。
【0099】
そして、制御部17は、ステップS18において初期値R0が設定されることにより、上記と同様にパラメータ推定手法を実行して放電深度DODの推定を開始することができる(ステップS13)。
【0100】
以上のような一連の手順により、制御部17は、計算エラーに伴う異常停止が生じやすい状況を判定してパラメータ推定手法の実行を保留することで、比較的正確な放電深度DODの推定を行うことができる。
【0101】
続いて、パラメータ推定手法の保留の有無による推定精度への影響について説明する。図27は、パラメータ推定手法の保留を行わなかった場合の放電深度推定結果を示すグラフである。また、図28は、パラメータ推定手法の保留を行なった場合の放電深度推定結果を示すグラフである。図28においては、電流積算により真と仮定した放電深度DODを横軸で表し、パラメータ推定手法に基づき推定された放電深度DODを縦軸で表している。すなわち、推定結果が正確であるほど、データ点が破線で示す直線上の付近にプロットされることになる。
【0102】
ここで、それぞれのグラフは、放電深度DODが50%となるまで消費した同一のリチウム一次電池1に対し、しばらくの期間に亘り開放状態で放置し、図17と同様の電子機器10にセットして放電させつつ放電深度DODを推定した場合に実験データである。また、電子機器10の負荷13は、抵抗値を1000Ωとした。尚、リチウム一次電池1の放電再開時の端子電圧Vは約2.8Vであったため、放電電流Iは約2.8mAとなる。
【0103】
放電の開始と共に放電深度推定を開始した場合、図27に見られるように、計算の発散は回避されたものの、推定開始時の推定誤差が約15%であり、推定終了時の推定誤差も約15%であった。
【0104】
これに対し、放電開始後、上記の式(7)に基づいて36秒間待機した後、放電深度推定を開始した場合、図28に見られるように、推定誤差が終始約5%以内に収まり、図27の結果と比較して推定精度が改善されていることが分かる。
【0105】
以上のように、本実施形態に係るリチウム一次電池の放電深度推定方法によれば、放電電流Iが所定の第1閾値TH1よりも小さい場合に、内部抵抗Rの初期急変領域に基づく所定の期間に亘り放電深度DODの推定を保留することにより、放電深度推定の精度を改善することができ、計算エラーの発生により放電深度推定が異常停止してしまう虞を低減することができる。
【符号の説明】
【0106】
1 リチウム一次電池
2 測定系
3、13 負荷
4、14 電圧計
5、15 電流計
6、16 温度計
7、17 制御部
10 電子機器
21 放電深度推定部
22 初期値設定部
23 記憶部
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