(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】アーク溶接ロボットシステム
(51)【国際特許分類】
B25J 13/00 20060101AFI20240501BHJP
B23K 9/12 20060101ALI20240501BHJP
【FI】
B25J13/00 Z
B23K9/12 331S
(21)【出願番号】P 2022556941
(86)(22)【出願日】2021-10-08
(86)【国際出願番号】 JP2021037452
(87)【国際公開番号】W WO2022080279
(87)【国際公開日】2022-04-21
【審査請求日】2023-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2020172450
(32)【優先日】2020-10-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390008235
【氏名又は名称】ファナック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100112357
【氏名又は名称】廣瀬 繁樹
(74)【代理人】
【識別番号】100169856
【氏名又は名称】尾山 栄啓
(72)【発明者】
【氏名】吉田 茂夫
【審査官】神山 貴行
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-188544(JP,A)
【文献】特開平10-244483(JP,A)
【文献】特開2005-246425(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B25J 1/00-21/02
B23K 9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチを搭載したロボットと、
前記ロボットを制御するロボット制御装置と、を備え、
前記ロボット制御装置は、
アーク溶接プログラムに基づいて溶接電源に対する指令を出力する溶接指令部と、
前記アーク溶接プログラムにおける溶接開始命令にしたがって前記溶接指令部が溶接起動指令を前記溶接電源に送ってから、アークの発生を示す通知信号が前記溶接電源から戻ってくるまでの時間を溶接箇所ごとに複数回計測する計測部と、
前記計測部による前記溶接箇所毎の複数回分の計測値を記憶する記憶部と、
前記記憶部に記憶された前記溶接箇所毎の複数の前記計測値に基づいて、前記溶接トーチが前記溶接起動指令に対応する溶接開始点に到達するタイミングに先行して前記溶接起動指令を出力するための先行時間を前記溶接箇所ごとに決定する先行時間決定部と、を備え、
前記先行時間決定部は、前記溶接箇所の各々について記憶された前記複数の計測値のうちの最短値を、前記溶接箇所の各々についての前記先行時間として決定する、
アーク溶接ロボットシステム。
【請求項2】
前記先行時間決定部は、前記アークが発生してから前記溶接電源が前記アークの発生を認識して前記通知信号を出力し前記ロボット制御装置において当該通知信号を認識するまでの時間に相当する所定の固定時間を、前記計測値から減算した上で、前記先行時間を決定するための前記計測値として用いる、請求項1に記載のアーク溶接ロボットシステム。
【請求項3】
溶接トーチを搭載したロボットを制御するロボット制御装置であって、
アーク溶接プログラムに基づいて溶接電源に対する指令を出力する溶接指令部と、
前記アーク溶接プログラムにおける溶接開始命令にしたがって前記溶接指令部が溶接起動指令を前記溶接電源に送ってから、アークの発生を示す通知信号が前記溶接電源から戻ってくるまでの時間を溶接箇所ごとに複数回計測する計測部と、
前記計測部による前記溶接箇所毎の複数回分の計測値を記憶する記憶部と、
前記記憶部に記憶された前記溶接箇所毎の複数の前記計測値に基づいて、前記溶接トーチが前記溶接起動指令に対応する溶接開始点に到達するタイミングに先行して前記溶接起動指令を出力するための先行時間を前記溶接箇所ごとに決定する先行時間決定部と、を備え、
前記先行時間決定部は、前記溶接箇所の各々について記憶された前記複数の計測値のうちの最短値を、前記溶接箇所の各々についての前記先行時間として決定する、
ロボット制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接ロボットシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
溶接トーチを搭載したアーク溶接ロボットを動作させてアーク溶接を行うアーク溶接ロボットシステムが広く使用されている(例えば、特許文献1)。このようなアーク溶接ロボットシステムでは、溶接品質に係わる性能に加え、生産性の観点からタクトタイムの短縮化も求められる。特許文献2は、「溶接作業用ロボットに把持された溶接トーチが溶接開始点に到達するよりも、ロボット制御装置から溶接機に対して溶接起動指令が出力されてから溶接機が実際に溶接起動を行うまでの無駄時間分だけ先行して溶接起動指令を出力し、溶接トーチが溶接終了点に達するよりロボット制御装置から溶接機に対して溶接停止指令が出力されてから溶接機が実際に溶接停止を行うまでの無駄時間だけ先行して溶接停止指令を出力するようにしたロボット制御方法」を記載する(要約書)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-245558号公報
【文献】特開平10-244483号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、特許文献2で述べられているような無駄時間には、以下のような不確定要素が含まれると考えられる。
A.アーク開始位置の教示箇所により、溶接チップと溶接ワークの距離が若干異なる(溶接ワーク設置のずれによっても異なる)。
B.直前の溶接箇所でのアーク終了時のワイヤ燃え上がり量は場所ごとに異なる。
C.溶接電源によっては、ワイヤ送給を開始してからアークが発生するまでのワイヤ送給速度を溶接箇所ごとに指定できるため、その速度指定に依存して無断時間が溶接箇所毎に異なる場合がある。
上記要因のうち特に要因A,Bは、予測することは困難である。このように無駄時間の予測が困難という状況においても、溶接トーチが溶接開始点に到達する前に先行して溶接起動指令を発するための先行時間を最適化することのできるアーク溶接ロボットシステムが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様は、溶接トーチを搭載したロボットと、該ロボットを制御するロボット制御装置と、を備え、前記ロボット制御装置は、アーク溶接プログラムに基づいて溶接電源に対する指令を出力する溶接指令部と、前記アーク溶接プログラムにおける溶接開始命令にしたがって前記溶接指令部が溶接起動指令を前記溶接電源に送ってから、アークの発生を示す通知信号が前記溶接電源から戻ってくるまでの時間を溶接箇所ごとに複数回計測する計測部と、前記計測部による前記溶接箇所毎の複数回分の計測値を記憶する記憶部と、前記記憶部に記憶された前記溶接箇所毎の複数の前記計測値に基づいて、前記溶接トーチが前記溶接起動指令に対応する溶接開始点に到達するタイミングに先行して前記溶接起動指令を出力するための先行時間を前記溶接箇所ごとに決定する先行時間決定部と、を備え、前記先行時間決定部は、前記溶接箇所の各々について記憶された前記複数の計測値のうちの最短値を、前記溶接箇所の各々についての前記先行時間として決定する、アーク溶接ロボットシステムである。
【発明の効果】
【0006】
上記構成によれば、溶接トーチが溶接起動指令に対応する溶接開始点に到達するタイミングに先行して溶接起動指令を出力するための先行時間を最適化することができる。
【0007】
添付図面に示される本発明の典型的な実施形態の詳細な説明から、本発明のこれらの目的、特徴および利点ならびに他の目的、特徴および利点がさらに明確になるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】は一実施形態に係るアーク溶接ロボットシステムの機器構成を表す図である。
【
図2】ロボット制御装置のハードウェア構成を表す図である。
【
図4】先行時間を決定するための処理の流れを表すフローチャートである。
【
図6】アーク溶接プログラムを実行した場合におけるロボットの溶接動作を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
次に、本開示の実施形態について図面を参照して説明する。参照する図面において、同様の構成部分または機能部分には同様の参照符号が付けられている。理解を容易にするために、これらの図面は縮尺を適宜変更している。また、図面に示される形態は本発明を実施するための一つの例であり、本発明は図示された形態に限定されるものではない。
【0010】
図1は一実施形態に係るアーク溶接ロボットシステム100の機器構成を表す図である。
図1に示されるように、アーク溶接ロボットシステム100は、アーム先端に溶接トーチ11を搭載したアーク溶接ロボット10(以下、単にロボット10と記載する)と、ロボット10の動作を制御するロボット制御装置30と、溶接電源20とを備える。ロボット制御装置30には、更に、教示操作盤40が接続されていても良い。この場合、操作者は、教示操作盤40を操作してロボット10に対する教示を行う。
【0011】
アーク溶接ロボットシステム100は、ロボット10を用いて溶接トーチ11を移動させ対象物に対しアーク溶接を行うシステムである。以下で詳細に説明するように、本実施形態に係るロボット制御装置30は、アーク溶接プログラムの実行時のタクトタイムを短縮化するため、溶接トーチ11が対象物上の溶接開始点に到達する前に先行して溶接起動指令を発するための先行時間を最適化する機能を備える。
【0012】
溶接電源20は、通信ケーブルを介してロボット制御装置30に接続されており、ロボット制御装置30からの指令に従って溶接動作の制御を行う。溶接電源20は、給電ケーブルを介して溶接トーチ11へ給電を行う機能、ロボット10の前腕に搭載された溶接ワイヤ送給機12を介してワイヤ供給源(不図示)から溶接トーチ11へワイヤの送給を行う機能、及び、アシストガス供給源(不図示)から溶接トーチ11へのアシストガスの供給路に配置される電磁弁(不図示)の開閉制御を行う機能を有する。なお、溶接電源20は、これらの機能の実行を司るコントローラを備える。
【0013】
ロボット10は、本実施形態では垂直多関節ロボットであるが、他のタイプのロボットが用いられても良い。
【0014】
図2は、ロボット制御装置30のハードウェア構成を表すと共に、ロボット制御装置30とロボット10及び溶接電源20との接続関係を表している。
図2に示すように、ロボット制御装置30はメインCPU31に対して、メモリ32、サーボ制御器33、教示操作盤インタフェース34、外部装置用インタフェース35、及び溶接電源用インタフェース36がバス39を介して接続された構成となっている。メモリ32は、例えば、ROM32a、RAM32b、及び不揮発性メモリ32cを含む。溶接電源用インタフェース36としては一般的な通信インタフェースが用いられても良い。このような構成のロボット制御装置30において、メモリ32に格納されたアーク溶接プログラムをメインCPU31が実行することで、サーボ制御器33を介してロボット10の動作が制御され、また、溶接電源20に対する制御が行われる。
【0015】
図3は、ロボット制御装置30に実現される機能構成を表す機能ブロック図である。
図3に示すように、ロボット制御装置30は、プログラム解釈部131と、動作計画部132と、動作指令算出部133と、サーボ制御部134と、溶接指令部138とを備える。さらに、ロボット制御装置30は、溶接トーチ11が対象物上の溶接開始点に到達する前に先行して溶接起動指令を発するための先行時間を決定する機能要素として、計測部135と、計測値記憶部136と、先行時間決定部137とを備える。なお、
図3に示す機能ブロックは、ロボット制御装置30のメインCPU31が、メモリ32に格納された各種ソフトウェアを実行することで実現されても良く、或いは、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)その他のハードウェアを主体とした構成により実現されても良い。
【0016】
プログラム解釈部131は、アーク溶接プログラム130を先読みして解釈し、動作計画部132に動作計画を生成させる。動作計画部132は、プログラム解釈部131がアーク溶接プログラム130を先読みして解釈した結果に基づいて、ロボット10による溶接動作の動作シーケンスを生成する。動作計画部132は、ロボット10の動作に関しては、動作指令算出部133に動作指令の生成を行わせる。また、動作計画部132は、動作シーケンスからロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置等に到達するタイミングを把握し、溶接指令部138に溶接電源20に対する指令を行わせる。
【0017】
動作指令算出部133は、動作計画部132により生成された動作シーケンスにしたがって、各関節軸に対する制御指令を算出し、サーボ制御部134に提供する。サーボ制御部134は、制御指令に従って各関節軸のサーボ制御(ロボット10の位置制御)を実行する。
【0018】
ロボット制御装置30によるタクトタイムの短縮化(先行時間の最適化)の機能を説明するに当たり、理解の便宜のため、
図6を参照し、一般的なアーク溶接作業を実行する場合の動作手順を説明する。なお、
図6では、溶接対象のワークWと溶接トーチ11の一部のみを図示している。
1.アーク溶接開始位置へ移動する(符号A1)。
2.溶接電源に溶接起動指令を行い、溶接電源からアーク発生の通知が来るまで待機する(符号A2)。
3.アーク発生を維持しながらアーク溶接終了位置まで移動する(符号A3)。
4.溶接起動指令をOFFし、溶接終了用処理を溶接電源に指令する(符号A4)。
5.アーク溶接終了位置から離れた位置に移動する(符号A5)。
【0019】
上記手順2において比較的多く無駄時間が発生する。このときに生じる無駄時間分先行して溶接起動を行うことで、タクトタイムを短縮できる。しかしながら、この無駄時間は、上述の不確定要素A,B,Cを含む。不確定要素A,B,Cをここに再掲する。
A.アーク開始位置の教示箇所により、溶接チップと溶接ワークの距離が若干異なる(溶接ワーク設置のずれによっても異なる)。
B.直前の溶接箇所でのアーク終了時のワイヤ燃え上がり量は場所ごとに異なる。
C.溶接電源によっては、ワイヤ送給を開始してからアークが発生するまでのワイヤ送給速度を溶接箇所ごとに指定できるため、その速度指定に依存して無断時間が溶接箇所毎に異なる場合がある。
【0020】
上記要因のうち特に要因A,Bは、予測することは難しく、よって、無駄時間を予め見積もることは困難である。このような事情に鑑み、本実施形態に係るロボット制御装置30は、計測部135において、アーク溶接プログラムにおける溶接開始命令にしたがって溶接指令部138が溶接開始の溶接起動指令を溶接電源20に送ってから、アークの発生を示す通知信号が溶接電源20から戻ってくるまでの時間(無駄時間)を溶接箇所ごとに複数回計測し、溶接箇所毎に複数回分計測された計測値を計測値記憶部136に記憶する。そして、先行時間決定部137が、溶接箇所ごとに複数記憶された計測値に基づいて、溶接トーチ11が溶接起動指令に対応する溶接開始点に到達するタイミングに先行して溶接起動指令を出力するための先行時間を溶接箇所ごとに決定する。溶接箇所毎に複数の計測値を取得することで、溶接箇所毎に、最小値、平均値、中央値その他の統計量に基づいて先行時間を決定することが可能となる。なお、計測値記憶部136は、ロボット制御装置30のメモリ32により構成されても良く、或いは、一時的なバッファ、ハードディスクその他の各種記憶装置により構成されても良い。
【0021】
図4は、上述の先行時間を決定するための処理(以下、先行時間決定処理とも記載する)の流れを表すフローチャートである。先行時間決定処理は、ロボット制御装置30のメインCPU31の制御の下で実行される。先行時間決定処理は、代表的には、アーク溶接プログラムの実稼働前の段階で、アーク溶接プログラムをテスト運転することで実行されるが、アーク溶接プログラムの実稼働段階で作業者からの起動指示により、或いは定期的に実行されても良い。
【0022】
はじめに、アーク溶接プログラムをテスト運転することで、アーク溶接プログラムにおける溶接開始命令にしたがって溶接指令部138が溶接開始の溶接起動指令を溶接電源20に送ってから、アークの発生を示す通知信号が溶接電源20から戻ってくるまでの時間(無駄時間)を溶接箇所ごとに計測し記憶する(ステップS1)。アーク溶接プログラムが
図5に示したような内容であるとする。この場合の計測は、
図5に例示したようなアーク溶接プログラム130において、溶接起動指令(3行目の命令‘ヨウセツカイシ[1,1])の開始と共に内部タイマによるカウントを開始し、溶接電源20からアーク放電開始の通知が戻るまでの時間を計測することで実現することができる。
【0023】
ステップS1の計測・記憶は、各溶接箇所についての計測値の数が所定個数に達するまで実行される(S2:NO、S1)。ここで、所定個数は、例えば、平均値を求めるのに十分な数としても良い。所定個数の計測値が溶接箇所毎に取得されると(S2:YES)、処理はステップS3に進む。ステップS1,S2の処理は計測部135により行われる。ステップS3では、先行時間決定部137により、溶接箇所毎に取得された複数の計測値に基づき、溶接箇所毎に先行時間が算出される。
【0024】
アーク溶接プログラムにおける溶接開始命令にしたがって溶接指令部138が溶接開始の溶接起動指令を溶接電源20に送ってから、アーク発生の通知が溶接電源20から戻ってくるまでの時間として計測される無駄時間には、
(T1)溶接電源20に対して溶接起動指令を発してから実際にアークが発生するまでの時間と、
(T2)アークが発生してから溶接電源20がそれを認識しロボット制御装置30に通知信号を送出し、ロボット制御装置30(計測部135)がそれを認識するまでの時間と、が含まれる。前者の時間(T1)が、上述の変動要因A,Bにより変動する時間である。以下、前者の時間(T1)を変動時間とも記載する。後者の時間(T2)は、主として溶接電源20の内部処理に係わる時間であり、要因A,Bには依存しない固定の時間である。以下、後者の時間(T2)を固定時間とも記載する。
【0025】
上述した通り、先行時間とは、溶接トーチ11が溶接開始位置に到達する時点に先だって溶接電源20に対して溶接起動指令を発するための時間である。すなわち、先行時間とは、溶接トーチ11が溶接開始位置に到達するのに先行して溶接起動指令を発することで、溶接トーチ11が溶接開始位置に到達した時点でアークが実際に発生していることを保証する時間である。したがって、先行時間は、ロボット制御装置30が溶接起動指令を発してから実際にアークが発生するまでの時間として決定されることが望ましい。すなわち、先行時間は、無駄時間として計測された時間のうち、固定時間(T2)を除いた変動時間(T1)から求められるのが望ましい。そこで、先行時間決定部137は、計測値から上記固定時間(T2)を減算した値を計測値として用いて先行時間を決定するようにしても良い。ここで、固定時間は、溶接電源20やロボット制御装置30における命令処理、通信処理に関する実測値、経験値、或いは理論値から決定しても良い。
【0026】
先行時間決定部137により求められる先行時間の例を以下に記載する。
例1)複数の計測値のうちの最短値を先行時間とする。
ある溶接箇所について計測された複数の計測値のうち、最短値をその溶接箇所についての先行時間として決定する。先行時間は、長いほどタクトタイムの短縮の効果は大きくなるが、ロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置に到達する前にアークが発生する現象が生じる可能性は大きくなる。本例の様に、計測された複数の計測値のうち最短値を先行時間として決定することで、ロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置に到達する前にアークが発生する現象を確実に回避しつつタクトタイムの短縮化を図ることができる。本例の先行時間は、この観点で最適な先行時間の例である。
【0027】
例2)複数の計測値の平均値を先行時間とする。
この例の場合、上記例1の場合と比較して、タクトタイム短縮化の効果を増加させることができる一方で、先行時間が長くなるためロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置に到達する前にアークが発生する現象が生じる可能性は増加することとなる。したがって、この例2は、タクトタイム短縮化のメリットと、ロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置到達前にアークが発生する可能性の増加のデメリットとのバランスを図ることができる例である。
【0028】
例3)複数の計測値の平均値を固定時間分短くした値を先行時間とする。
この場合、上記例1の場合よりもタクトタイム短縮化の効果を増加させつつ、ロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置に到達する前にアークが発生する可能性を上記例2の場合よりも低減することができる。
【0029】
例4)なお、上記例2、例3において平均値を算出する場合には、ノイズデータ(すなわち、平均値から特異的に外れた値)を除外するようにしても良い。ノイズデータ排除の一例として「スミルノフ・グラブス検定」を用いても良い。「スミルノフ・グラブス検定」は、集団に属するデータにおいて、値の極端に大きい(小さい)データがあるときに、このデータを「外れ値」として除外する検定であり、データが正規分布に従うときに用いられる。なお、ノイズデータ排除の例は「スミルノフ・グラブス検定」に限られるものではない。
【0030】
このように複数の計測値に基づいて先行時間を決定する構成とすることで、見積もることが困難な先行時間について最適化を行うことが可能となる。
【0031】
なお、先行時間決定部137は、計測された計測値に基づいて算出した上記例1から例4の先行時間を、教示操作盤40の表示部に表示させ、教示操作盤40の操作部を介して例1から例4のうちのいずれかをユーザが選択する操作を受け付けるように構成されていても良い。
【0032】
以上のように先行時間決定部137により決定された先行時間は、動作計画部132に設定される。以下、動作計画部132に先行時間が設定されている場合におけるアーク溶接プログラムの実行について説明する。ここでは、動作計画部132に先行時間が設定されている場合に、
図5に示すアーク溶接プログラム130を実行する場合の動作について説明する。この場合のロボット10(溶接トーチ11)の動作については
図6を参照する。なお、先行時間決定部137により決定された先行時間は、アーク溶接プログラム130に記憶させるようにしても良い。この場合、動作計画部132は、アーク溶接プログラム130から先行時間を抽出することで、溶接トーチ11が溶接開始点に到達する前に先行して溶接起動指令を発する動作に反映することができる。
【0033】
アーク溶接プログラム130が開始されると、プログラム解釈部131によりアーク溶接プログラム130が先読みされて解釈され、動作計画部132にて動作計画が立てられる。このとき、動作計画部132は、ロボット10(溶接トーチ11)の動作軌道やタイミング等を含む動作シーケンスを動作計画として生成する。
【0034】
アーク溶接プログラム130の1行目の命令‘カクジク イチ[1] 100% ナメラカ100’は、ロボット10(溶接トーチ11)を位置[1](位置[]は位置を設定した変数を表す)に設定された初期位置に各軸動作で移動させる命令である。アーク溶接プログラム130の2行目の‘チョクセン イチ[2] 100mm/sec ナメラカ100’は、ロボット10(溶接トーチ11)を位置[2]に設定されたアプローチ位置に移動させる命令である。次に、3行目の命令‘チョクセン イチ[3] 100mm/sec イチギメ’により、ロボット10(溶接トーチ11)は位置[3]に設定されている溶接開始位置(
図6の符号A2の位置)に移動する。
【0035】
動作計画部132は、動作計画に基づいて、ロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置(
図6の符号A2の位置)に到達するタイミングを予測する。動作計画部132は、溶接指令部138に対して、先行時間分だけ先行したタイミングで3行目の動作命令に付加されている命令‘ヨウセツカイシ[1,1]’を実行させる。これにより、ロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置に到達するよりも先行時間分だけ先行したタイミングで溶接電源20に対して溶接開始の指令がなされるため、ロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置に到達するとほぼ同時にアークが発生することとなる。よって、動作計画部132は、ロボット10(溶接トーチ11)が溶接開始位置に到達すると、溶接電源20からアーク発生の通知が返って来るのを待つことなく次の命令‘チョクセン イチ[4] 60cm/min イチギメ’を実行する。これにより溶接トーチ11は、溶接しながら位置[4]で指定された位置まで移動する(
図6の符号A3の動作)。次に、溶接終了位置(
図6の符号A4の位置)にて、溶接の停止を指令する命令‘ヨウセツオワリ[1,2]’が実行される。これにより、溶接トーチ11はアーク放電を停止する。
【0036】
次に、命令‘チョクセン イチ[5] 100mm/sec ナメラカ100’が実行されることにより、ロボット10(溶接トーチ11)は、位置[5]で指定された退避位置まで移動する(符号A5の動作)。次に、カクジク イチ[1] 100% イチギメ’が実行されることにより、ロボット10(溶接トーチ11)は、位置[1]に指定されている初期位置に戻る。
【0037】
以上の動作により、ロボット制御装置30が溶接電源20に対して溶接開始を指令してから溶接開始の通知が戻ってくるまでの待ち時間を低減乃至は解消しアーク溶接プログラムの実行時間(タクトタイム)を短縮することができる。
【0038】
以上説明したように、本実施形態によれば、溶接トーチ11が溶接開始点に到達するタイミングに先行して溶接起動指令を出力するための先行時間を最適化することができる。
【0039】
以上、典型的な実施形態を用いて本発明を説明したが、当業者であれば、本発明の範囲から逸脱することなしに、上述の各実施形態に変更及び種々の他の変更、省略、追加を行うことができるのを理解できるであろう。
【0040】
図3に示したロボット制御装置30の機能ブロック図は例示であり、機能ブロックの配置はこのような例に限られるものではない。例えば、
図3に示した機能の一部を、教示操作盤40側に配置する構成例も有り得る。この場合、教示操作盤40とロボット制御装置30とが全体として、アーク溶接ロボットの制御装置として機能する。
【0041】
上述した実施形態における先行時間決定処理等の各種の処理を実行するプログラムは、コンピュータに読み取り可能な各種記録媒体(例えば、ROM、EEPROM、フラッシュメモリ等の半導体メモリ、磁気記録媒体、CD-ROM、DVD-ROM等の光ディスク)に記録することができる。
【符号の説明】
【0042】
10 ロボット
11 溶接トーチ
12 溶接ワイヤ送給機
20 溶接電源
30 ロボット制御装置
31 メインCPU
32 メモリ
32a ROM
32b RAM
32c 不揮発性メモリ
33 サーボ制御器
34 教示操作盤インタフェース
35 外部装置用インタフェース
36 溶接電源用インタフェース
40 教示操作盤
100 アーク溶接ロボットシステム
130 アーク溶接プログラム
131 プログラム解釈部
132 動作計画部
133 動作指令算出部
134 サーボ制御部
135 計測部
136 計測値記憶部
137 先行時間決定部
138 溶接指令部