(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-01
(45)【発行日】2024-05-13
(54)【発明の名称】真空チャック、真空チャックの表面改質方法、および真空チャックの製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 21/683 20060101AFI20240502BHJP
【FI】
H01L21/68 N
(21)【出願番号】P 2020044559
(22)【出願日】2020-03-13
【審査請求日】2023-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114258
【氏名又は名称】福地 武雄
(74)【代理人】
【識別番号】100125391
【氏名又は名称】白川 洋一
(74)【代理人】
【識別番号】100208605
【氏名又は名称】早川 龍一
(72)【発明者】
【氏名】手島 貴志
【審査官】境 周一
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-004892(JP,A)
【文献】特開2013-230948(JP,A)
【文献】特開2009-289895(JP,A)
【文献】特開2008-004726(JP,A)
【文献】特開昭61-209975(JP,A)
【文献】米国特許第04774103(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/683
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiCセラミックスにより形成された真空チャックであって、
基材と、
前記基材の少なくとも一方の主面に形成された複数の凸部と、を備え、
前記凸部の表面からの距離が0.1μmの位置における窒素原子の濃度である表面濃度が、1×10
17atoms/cm
3以上であり、
前記凸部の表面からの距離が1.0μmの位置における窒素原子の濃度が、前記表面濃度よりも小さいことを特徴とする真空チャック。
【請求項2】
SiCセラミックスにより形成された真空チャックの表面改質方法であって、
SiCセラミックスにより形成され、少なくとも一方の主面に複数の凸部を備える真空チャックを準備する工程と、
前記凸部を備える真空チャックの主面に窒素イオンを注入し、前記凸部からの距離が1.0μm未満の領域に、窒素原子の濃度が1×10
17atoms/cm
3以上存在する領域を形成する工程と、を含むことを特徴とする表面改質方法。
【請求項3】
前記窒素イオンを注入する工程は、1秒以上900秒以下行なうことを特徴とする請求項2に記載の表面改質方法。
【請求項4】
請求項1に記載の真空チャックの製造方法であって、
SiCセラミックス焼結体またはCVDによって作製されたSiCバルク体により形成されたSiC基材を準備する工程と、
前記SiC基材の少なくとも一方の主面に窒素イオンを注入する工程と、を含むことを特徴とする真空チャックの製造方法。
【請求項5】
前記窒素イオンを注入する工程のあとに、前記窒素イオンが注入された前記SiC基材の主面に複数の凸部を形成する凸部加工工程をさらに含むことを特徴とする請求項4に記載の真空チャックの製造方法。
【請求項6】
前記SiC基材を準備する工程と前記窒素イオンを注入する工程との間に、前記窒素イオンを注入する前記SiC基材の主面に複数の凸部を形成する凸部加工工程をさらに含むことを特徴とする請求項4に記載の真空チャックの製造方法。
【請求項7】
前記窒素イオンを注入する工程は、1秒以上900秒以下行なうことを特徴とする請求項4から請求項6の何れかに記載の真空チャックの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空チャック、真空チャックの表面改質方法、および真空チャックの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、半導体製造装置等において、基板を吸着する真空チャックの材料として炭化珪素(SiC)が用いられている。SiCは耐摩耗性に優れる材料であるが、SiCからなる真空チャックであっても使用による摩耗は避けられない。近年、基板の平面度をより高く制御することが求められているため、これまでよりも摩耗による製品寿命が短くなっている。
【0003】
特許文献1は、セラミックス焼結体を構成するセラミックス粒子の方位を特定方向に配向制御したセラミックス焼結体において、表面にイオン注入することにより、高硬度、耐摩耗性(比摩耗量:通常の10-8mm2/Nに対して10-10mm2/N台)を実現し、無潤滑乾燥摩擦下においても通常の0.8-1.0に対し0.3以下の低摩擦係数を有するセラミックス摺動材料を製造する方法、その製品及びセラミックスの表面改質方法が開示されている。
【0004】
また、特許文献2は、炭化珪素(SiC)質焼結体の表面の少なくとも一部にイオン注入処理による軟化層を形成し、相手部材との摩擦・摩耗特性を向上させた炭化珪素質焼結体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2003-212675号公報
【文献】特開昭63-85073号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、半導体製造装置に使用される真空チャックは、基板載置面の平面度が10nm程度悪くなると製品寿命とされ交換される。したがって、真空チャックの製品寿命を向上させるためには、耐摩耗性を向上させると共に、平面度をナノメートルオーダーで制御する必要がある。
【0007】
しかしながら、特許文献1は、窒化珪素(Si3N4)焼結体にB+,N+,Si+,Ti+などをイオン注入して、耐摩耗性を改善する技術が開示され、イオン種によって、摩擦係数や硬度が改善されることが記載されているものの、SiCに対してイオン注入した場合の効果は検証されていない。また、イオン注入によって平面度が維持されるかどうかには注目していない。
【0008】
また、特許文献2は、エンジンピストンやベアリングなどの自動車部品に用いられるSiCに、NやCrをイオン注入することで、アモルファス化して軟化させる技術が開示され、表面に軟化層を形成し軟らかくすることで、SiCに対し摺動する相手部材の摩耗を低減させているが、SiCの耐摩耗性が向上しているかはわからない。また、イオン注入によって平面度が維持されるかどうかには注目していない。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、イオン注入によって耐摩耗性が向上されると共に、イオン注入によっても平面度が維持される真空チャック、真空チャックの表面改質方法、および真空チャックの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)上記の目的を達成するため、本発明の真空チャックは、SiCセラミックスにより形成された真空チャックであって、基材と、前記基材の少なくとも一方の主面に形成された複数の凸部と、を備え、前記凸部の表面からの距離が0.1μmの位置における窒素原子の濃度である表面濃度が、1×1017atoms/cm3以上であり、前記凸部の表面からの距離が1.0μmの位置における窒素原子の濃度が、前記表面濃度よりも小さいことを特徴としている。
【0011】
このように、SiCセラミックスにより形成された真空チャックの凸部の表面からごく浅い領域に存在する窒素原子が所定の値以上であり、それより深い領域に存在する窒素原子が別の所定の値未満であるように形成することで、凸部表面の硬度の改善による耐摩耗性の向上と平面度の維持の両立を図ることができる。
【0012】
(2)また、本発明の真空チャックの表面改質方法は、SiCセラミックスにより形成された真空チャックの表面改質方法であって、SiCセラミックスにより形成され、少なくとも一方の主面に複数の凸部を備える真空チャックを準備する工程と、前記凸部を備える真空チャックの主面に窒素イオンを注入し、前記凸部からの距離が1.0μm未満の領域に、窒素原子の濃度が1×1017atoms/cm3以上存在する領域を形成する工程と、を含むことを特徴としている。これにより、SiCセラミックスにより形成された真空チャックの凸部の表面の硬度を改善することができ、凸部の耐摩耗性を向上することができる。
【0013】
(3)また、本発明の真空チャックの表面改質方法において、前記窒素イオンを注入する工程は、1秒以上900秒以下行なうことを特徴としている。窒素イオンを注入する時間をこのような範囲に限定することで、SiCセラミックスにより形成された真空チャックの凸部の表面からごく浅い領域に存在する窒素原子の量を十分に多くできると共に、それより深い領域に存在する窒素原子の量を少なくすることができ、基材または凸部の表面の硬度の改善による耐摩耗性の向上と平面度の維持の両立を図ることができる。
【0014】
(4)また、本発明の真空チャックの製造方法は、上記(1)に記載の真空チャックの製造方法であって、SiCセラミックス焼結体またはCVDによって作製されたSiCバルク体により形成されたSiC基材を準備する工程と、前記SiC基材の少なくとも一方の主面に窒素イオンを注入する工程と、を含むことを特徴としている。これにより、SiC基材のイオン注入した主面の表面の硬度を改善することができる。
【0015】
(5)また、本発明の真空チャックの製造方法は、前記窒素イオンを注入する工程のあとに、前記窒素イオンが注入された前記SiC基材の主面に複数の凸部を形成する凸部加工工程をさらに含むことを特徴としている。このように、SiC基材のイオン注入された表層を凸部として残しそれ以外を削ることにより、SiC基材全体の圧縮応力を抑制できる。そのため、SiC基材の平面精度を損なわずにイオン注入された凸部を備える真空チャックを製造することができる。
【0016】
(6)また、本発明の真空チャックの製造方法は、前記SiC基材を準備する工程と前記窒素イオンを注入する工程との間に、前記窒素イオンを注入する前記SiC基材の主面に複数の凸部を形成する凸部加工工程をさらに含むことを特徴としている。このように、SiC基材の表面を予め高精度に加工して、その後にSiCセラミックスにイオン注入することにより、SiC基材の平面精度を損なわずにイオン注入された凸部を備える真空チャックを製造することができる。
【0017】
(7)また、本発明の真空チャックの製造方法において、前記窒素イオンを注入する工程は、1秒以上900秒以下行なうことを特徴としている。SiCセラミックスにイオン注入する領域が凸部のみに限定され、よりSiC基材の平面精度を損なわずにイオン注入された凸部を備える真空チャックを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態に係る真空チャックの上面の一例を示した模式図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る真空チャックの一例を示した模式的な断面図である。
【
図3】(a)~(c)、それぞれ本発明の真空チャックの製造方法の一例を示した模式図である。
【
図4】(a)~(c)、それぞれ本発明の真空チャックの製造方法の一例を示した模式図である。
【
図5】耐摩耗性試験の試験片の条件、および評価を示した表である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。なお、構成図において、各構成要素の大きさは概念的に表したものであり、必ずしも実際の寸法比率を表すものではない。
【0020】
[実施形態]
(真空チャックの構成)
本発明の実施形態に係る真空チャックについて
図1および
図2を参照して説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る真空チャックの上面の一例を示した模式図である。また、
図2は、本発明の実施形態に係る真空チャックの一例を示した模式的な断面図である。真空チャック100は、SiCセラミックスにより形成された真空チャックであって、基材10と、複数の凸部20と、を備えている。基材10は、SiCセラミックスにより略平板状に形成されている。基材10は略円板状のほか、多角形板状又は楕円板状などのさまざまな形状であってもよい。基材10を形成するSiCセラミックスは、SiCセラミックス焼結体またはCVDによって作製されたSiCバルク体であることが好ましい。
【0021】
凸部20は、基材10の少なくとも一方の主面15に複数形成されている。凸部20が、一方の主面15のみに形成されている場合、凸部20が形成された主面15が、基板Wの載置面となる。凸部20は、基材10の両方の主面15、16に形成されていてもよい。凸部20は、基材10と同様にSiCセラミックスにより形成されている。
【0022】
複数の凸部20の上端面21(頂上の面)は、略面一に形成される。これにより、複数の凸部の上端面21と基板Wとが当接し、基板Wが支持される。凸部20の形状は、円柱形、角柱形、円錐台形、角錐台形などであってもよいし、下部よりも上部の断面積が小さくなるような段差付き形状となっていてもよい。凸部20は、例えば、底角45度程度と大きな円錐台形でもよいので、ブラスト加工で形成することができる。また、凸部20は、高アスペクト比の急峻な円錐台形状であってもよい。複数の凸部の上端面21は、複数の凸部の上端面21に載置される基板Wの平面度が所定の精度となるように形成されることが好ましい。その場合、複数の凸部の上端面21に載置される基板Wの平面度は、真空吸引した基板Wを複数の□20mm(1辺20mmの正方形)領域に分割したすべての個所において□20mm当たりのローカルフラットネス(LF)で50nm以下であることが好ましい。複数の凸部20を形成する前または形成した後に、基材10の表面を十分な精度で研磨加工することでこのような上端面を形成できる。なお、□20mm当たりのローカルフラットネス(LF)はZYGO社のレーザ干渉計(GPI Hs)で測定される。
【0023】
凸部20の配置は、三角格子上、正方格子状、同心円状など規則的な配置のほか、局部的に疎密が生じているような不規則的な配置であってもよい。凸部20の高さは、50μm以上200μm以下であることが好ましい。なお、凸部20の高さとは、上面の主面15から凸部の上端面21までの距離をいう。また、凸部の上端面21の最大径は、500μm以下であることが好ましい。隣接する凸部20の間隔は、中心間の距離が8mm以下であることが好ましい。
【0024】
基材10には、凸部20を取り囲む外周凸部27が、基材10の凸部20が形成された側の主面15から突出して形成される。
図1、
図2では、外周凸部27は、基材10の外側周面から少し中心側に寄って、上方から見たとき円環状に連続して形成される。外周凸部27の上端面28は、凸部の上端面21と略面一であってもよいし、凸部の上端面21よりも基材10の上面の主面15に近い位置に形成されてもよい。すなわち、外周凸部27の高さは、凸部20の高さと同一であってもよいし、凸部20の高さより低くてもよい。
図2では、外周凸部27の高さは、凸部20の高さより低く形成されている。外周凸部27の高さが凸部20の高さと同一である場合、基板を強固に吸着できる。外周凸部27の高さが凸部20の高さより低い場合、設置するステージとの接触面積が低減し、パーティクルによる面精度の悪化を低減できる。また、基板外縁部に生じる基板の反り上がりを抑制し、基板全体の平面度を高く維持することができる。外周凸部27の高さが凸部20の高さより低い場合、外周凸部27の高さは、凸部20の高さより1~5μm低いことが好ましい。外周凸部27の外側に一部の凸部20が配置されてもよい。
【0025】
なお、基材10の両方の主面15、16に凸部が形成される場合、下面の主面16に形成される凸部および外周凸部の形状、大きさ、配置等は、上記の説明と同様であってよい。下面の主面16に形成される凸部は、ステージと当接する。
【0026】
基材10には、上面の主面15に開口している1または複数の通気孔18が形成される。通気孔18は基材10の内部を通る通気路を介して連通してもよい。通気孔18は、図示しない真空吸引装置に接続される。
【0027】
凸部20の表面(凸部の上端面21)からの距離が0.1μmの位置における窒素原子の濃度である表面濃度は、1×1017atoms/cm3以上であり、凸部20の表面からの距離が1.0μmの位置における窒素原子の濃度は、表面濃度よりも小さい。このように、SiCセラミックスにより形成された真空チャックの凸部の表面からごく浅い領域に存在する窒素原子が所定の値以上であり、それより深い領域に存在する窒素原子が別の所定の値未満であるように形成することで、凸部表面の硬度の改善による耐摩耗性の向上と平面度の維持の両立を図ることができる。
【0028】
複数の凸部の全個数の50%以上の凸部が上記条件を満たすことが好ましく、80%以上の凸部が上記条件を満たすことがより好ましく、全ての凸部が上記条件を満たすことが最も好ましい。複数の凸部のうち、一部上記条件を満たさない凸部があったとしても、そのような凸部の周りの凸部の配置等によって、耐摩耗性の向上と平面度の維持を両立する効果が得られるためである。なお、外周凸部が複数の凸部と略面一で形成される場合、外周凸部も、当該条件を満たすことが好ましい。
【0029】
また、凸部20の表面からの距離が0.05μmの位置における窒素原子の濃度が、1×1017atoms/cm3以上であることが好ましく、凸部20の表面からの距離が0.02μmの位置における窒素原子の濃度が、1×1017atoms/cm3以上であることが好ましく、凸部20の表面からの距離が0.1μm未満の領域において、窒素原子の濃度は、1×1017atoms/cm3以上であることが好ましい。また、凸部20の表面からの距離が1.0μmの位置における窒素原子の濃度は、1×1017atoms/cm3未満であることが好ましい。
【0030】
所定の深さにおける窒素原子の濃度は、SIMS(2次イオン質量分析法)によって測定することができる。SIMSは、電流密度の高いダイナミックモードを使用し、10μA/cm2以上、10KeV程度の加速電圧を用いることが望ましい。
【0031】
(真空チャックの表面改質方法)
次に、本発明の真空チャックの表面改質方法を説明する。まず、SiCセラミックスにより形成され、少なくとも一方の主面に複数の凸部を備える真空チャックを準備する。準備する真空チャックは、SiCセラミックス焼結体またはCVDによって作製されたSiCバルク体により形成された真空チャックであることが好ましいが、そのほかの方法で作製されたSiCセラミックスにより形成された真空チャックであってもよい。
【0032】
真空チャックの形状は、平板状の円板形状、多角形形状、楕円形状など、どんな形状でもよい。また、複数の凸部の形状、大きさ、配置等も、どのようなものであってもよい。また、両方の主面に複数の凸部を備えていてもよい。本発明の真空チャックの表面改質方法は、真空チャックの凸部表面の硬度の改善による耐摩耗性の向上と平面度の維持の両立を図ることが目的であるからである。一方、真空チャックの複数の凸部の上端面からなる平面の平面度は、□20mm当たりのローカルフラットネス(LF)で50nm以下であることが好ましい。
【0033】
次に、準備した真空チャックの凸部を備える主面に窒素イオンを注入し、凸部からの距離が1.0μm未満の領域に、窒素原子の濃度が1×1017atoms/cm3以上存在する領域を形成する。このとき、準備した真空チャックは、凸部の表面からの距離が0.1μmより深い領域に存在する窒素原子の濃度が1×1017atoms/cm3未満であることが好ましい。これは、イオン注入をしていない真空チャックであれば、通常満たしているため確かめなくてもよいが、真空チャックの凸部の表面からの距離が0.1μmの位置における窒素原子の濃度が1×1017atoms/cm3未満であることを確かめてもよい。
【0034】
また、準備した真空チャックの凸部を備える主面への窒素イオンの注入は、凸部の表面からの距離が0.1μmの位置における窒素原子の濃度である表面濃度が、1×1017atoms/cm3以上となり、凸部の表面からの距離が1.0μmの位置における窒素原子の濃度が、表面濃度よりも小さくなるように制御して行なうこととしてもよい。このとき、凸部の表面からの距離が0.05μmの位置における窒素原子の濃度が、1×1017atoms/cm3以上であることが好ましく、凸部の表面からの距離が0.02μmの位置における窒素原子の濃度が、1×1017atoms/cm3以上であることが好ましく、凸部の表面からの距離が0.1μm未満の領域において、窒素原子の濃度は、1×1017atoms/cm3以上であることが好ましい。また、凸部の表面からの距離が1.0μmの位置における窒素原子の濃度は、1×1017atoms/cm3未満であることが好ましい。
【0035】
なお、両方の主面に凸部を備える真空チャックの場合、窒素イオンの注入は、一方の面だけに行なってもよいし、両方の面に行なってもよい。また、一方の主面にだけ凸部を備える真空チャックの場合、凸部を備える主面だけでなく、凸部を備えない主面に窒素イオンを注入してもよい。本発明の表面改質方法は、窒素イオンを注入した面の平面度を維持しつつ、表面の硬度の改善による耐摩耗性の向上を図ることができるため、基板の載置面ではない面に対しても効果があるからである。
【0036】
イオン注入は、イオン注入装置を使用して行なうことができる。イオン注入する時間は、単位時間当たりのイオン注入量によって異なるが、1秒以上900秒以下であることが好ましい。900秒より長い時間イオン注入すると、平面度の維持ができなくなる場合がある。また、加速電圧は、50kV以上200kV以下であることが好ましい。加速電圧が50kVより小さい場合、SiC内部に侵入するイオンが低減する。200kVより大きい場合、SiCの深い領域まで到達するイオンが増大し、結果的に平面度の維持ができなくなる場合がある。また、イオン注入する際の基材の表面温度は、平面度を維持するために、300℃以下に制御することが好ましく、200℃以下に制御することがより好ましい。
【0037】
SiCセラミックスの表面には、自然酸化膜SiO2(Si-O)が数nm~数十nm程度存在する。このSiO2は、SiCの硬度と比較して硬度が小さいため、基板との接触により磨耗すると考えられる。このとき、SiCセラミックスのごく表層にだけNイオンを注入することで、OがNに置換され、または結晶格子内にNが侵入することによって、表層のOが相対的に減少し、または圧縮応力が働くことにより、表層の耐摩耗性が改善すると考えられる。一方、イオン注入によって、SiCセラミックスの深部にまでNが侵入すると、結晶構造が変化する領域が増大し、平面度の維持ができなくなると考えられる。
【0038】
したがって、本発明の真空チャックの表面改質方法は、SiCセラミックスのごく表層にだけ窒素イオンが注入されるように、窒素イオンを注入する工程を制御している。後述する本発明の真空チャックの製造方法における窒素イオンを注入する工程も同様である。本発明の真空チャックの表面改質方法は、このようにSiCセラミックスにより形成された真空チャックの表面を改質することができ、真空チャックの凸部表面の硬度の改善による耐摩耗性の向上と平面度の維持の両立を図ることができる。
【0039】
(基板保持装置の製造方法)
次に、本発明の真空チャックの製造方法を説明する。本発明の真空チャックの製造方法は、凸部の形成の前にイオン注入を行なう方法(製造方法1)と、凸部を形成したあとにイオン注入を行なう方法(製造方法2)に分かれるが、平面度が維持されるようにイオン注入をする点において、同じ特徴を有する。
【0040】
(製造方法1)
図3(a)~(c)は、本発明の製造方法1の真空チャックの製造方法を示す模式図である。まず、
図3(a)に示されるように、SiCセラミックス焼結体またはCVDによって作製されたSiCバルク体により形成されたSiC基材を準備する。いずれのSiC基材であっても、周知の方法で作製することができる。SiC基材の形状も真空チャックの設計に応じて、平板状の円板形状、多角形形状、楕円形状など、どんな形状でもよい。外形加工および通気孔の加工ののち、SiC基材の表面を研磨加工する。研磨加工は、平面度が□20mm当たりのローカルフラットネス(LF)で50nm以下になるように加工することが好ましい。研磨加工は、基板の載置面となる主面だけでなく、両方の主面に対して行なうことが好ましい。
【0041】
次に、
図3(b)に示されるように、SiC基材の少なくとも一方の主面に窒素イオンを注入する。このとき、窒素イオンを注入した表面からの距離が0.1μmの位置における窒素原子の濃度である表面濃度が、1×10
17atoms/cm
3以上であり、表面からの距離が1.0μmの位置における窒素原子の濃度が、表面濃度よりも小さくなるように窒素イオンを注入する。このとき、凸部の表面からの距離が0.05μmの位置における窒素原子の濃度が、1×10
17atoms/cm
3以上であることが好ましく、凸部の表面からの距離が0.02μmの位置における窒素原子の濃度が、1×10
17atoms/cm
3以上であることが好ましく、凸部の表面からの距離が0.1μm未満の領域において、窒素原子の濃度は、1×10
17atoms/cm
3以上であることが好ましい。また、凸部の表面からの距離が1.0μmの位置における窒素原子の濃度は、1×10
17atoms/cm
3未満であることが好ましい。
【0042】
イオン注入する時間は、単位時間当たりのイオン注入量によって異なるが、1秒以上900秒以下であることが好ましい。900秒より長い時間イオン注入すると、平面度の維持ができなくなる場合がある。また、加速電圧は、50kV以上200kV以下であることが好ましい。加速電圧が50kVより小さい場合、SiC内部に侵入するイオンが低減する。200kVより大きい場合、SiCの深い領域まで到達するイオンが増大し、結果的に平面度の維持ができなくなる場合がある。また、イオン注入する際の基材の表面温度は、平面度を維持するために、300℃未満に制御することが好ましい。
【0043】
次に、
図3(c)に示されるように、SiC基材の窒素イオンを注入した面に、複数の凸部、外周凸部を形成する。このとき、研磨加工され窒素イオンが注入されたSiC基材の表面が、凸部の上端面となるように凸部を加工、形成する。形成方法としては、ブラスト加工、ミリング加工、レーザ加工等によって形成することが可能である。
【0044】
複数の凸部の配置、形状、突出高さなどは特に限定されず、真空チャックの設計に応じて様々な形態にすることができる。既知の形態またはそれに類似する形態にしてもよい。例えば、配置は、三角格子状、正方格子状、同心円状など規則的な配置のほか、局部的に疎密が生じているような不規則的な配置であってもよい。また、形状は、柱形状、錐形状であればよく、さらに下部よりも上部の断面積が小さくなるような段差付き形状となっていてもよい。また、高さ等は、例えば、突出量は50μm~200μm、凸部径は500μm以下、凸部間隔は8mm以下の範囲としてもよく、吸着する基板等の条件に応じて設計することができる。
【0045】
このようにして、本発明の真空チャックを製造することができる。このように、SiC基材のイオン注入された表層を凸部として残しそれ以外を削ることにより、イオン注入されたことによるSiC基材全体の圧縮応力を抑制できる。そのため、SiC基材の平面精度を損なわずにイオン注入された凸部を備える真空チャックを製造することができる。
【0046】
(製造方法2)
製造方法2は、製造方法1と工程の順序が異なるだけであり、形状、イオン注入の条件等は製造方法1と同一である。したがって、製造方法1と異なる点を説明する。
図4(a)~(c)は、本発明の製造方法2の真空チャックの製造方法を示す模式図である。まず、
図4(a)に示されるように、SiCセラミックス焼結体またはCVDによって作製されたSiCバルク体により形成されたSiC基材を準備する。外形加工および通気孔の加工ののち、SiC基材の表面を研磨加工する。
【0047】
次に、
図4(b)に示されるように、一方の主面に複数の凸部、外周凸部を形成する。このとき、研磨加工されたSiC基材の表面が凸部の上端面となるように凸部を加工、形成する。
【0048】
次に、
図4(c)に示されるように、SiC基材の凸部が形成された主面に窒素イオンを注入する。
【0049】
このようにして、本発明の真空チャックを製造することができる。このように、SiC基材の表面を予め高精度に加工して、その後にSiCセラミックスにイオン注入することにより、SiC基材の平面精度を損なわずにイオン注入された凸部を備える真空チャックを製造することができる。
【0050】
[実施例]
(試験片の製造)
SiC+B4C+CをCIP成形後、2000℃、3時間、常圧焼成したSiC焼結体の試験片を複数準備した。また、CVD法によりSiCを堆積して作製したCVD-SiCバルク体の試験片を複数準備した。寸法は、いずれも径φが50mm、厚さtが5mmである。次に、各試験片の表面粗さRaが0.05μm以下になるように研磨加工した。このとき、平面度はいずれの試験片も□20mm当たりのローカルフラットネス(LF)で50nm以下であった。
【0051】
(窒素注入)
次に、SiC焼結体の試験片3つ、およびCVD-SiCバルク体の試験片3つに窒素イオンを注入した。イオン注入時間は90秒、加速電圧は200kVとした。また、別のSiC焼結体の試験片3つにも窒素イオンを注入した。イオン注入時間は1000秒、加速電圧は200kVとした。90秒イオン注入したSiC焼結体の試験片群を試験片1、90秒イオン注入したCVD-SiCバルク体の試験片群を試験片2、イオン注入していないSiC焼結体の試験片群を試験片3、イオン注入していないCVD-SiCバルク体の試験片群を試験片4、1000秒イオン注入したSiC焼結体の試験片群を試験片5と呼称する。各試験片に対して、イオン濃度測定、摩耗試験、および平面度測定を行なった。
図5は、各試験片の製造条件、および各試験または測定の結果を示す表である。
【0052】
(イオン濃度測定)
各試験片を1つずつ準備し、それぞれ表面からの距離(深さ)が0.1μmの位置および1.0μmにおける窒素原子の濃度をSIMSにより測定した。イオン注入した試験片1、2、および5は、0.1μmの位置における窒素原子の濃度が、それぞれ5×10
18atoms/cm
3、1×10
18atoms/cm
3、および9×10
18atoms/cm
3であった。また、1.0μmの位置における窒素原子の濃度は、それぞれ4×10
16atoms/cm
3、1×10
16atoms/cm
3、および4×10
17atoms/cm
3であり、それぞれ0.1μmの位置における窒素原子の濃度よりも小さかった。また、イオン注入していない試験片3および4は、0.1μmおよび1.0μmの位置における窒素原子の濃度は、いずれも1×10
17atoms/cm
3未満であった。
図5のイオン濃度は、各試験片の0.1μmの位置における窒素原子の濃度を示している。
【0053】
(摩耗試験)
次に、別の各試験片を1つずつ準備し、JIS-R 1613に準拠したピンオンディスク摩擦摩耗試験を、評価機(CSM Instruments社製、Tribometer)を用いて行なった。試験条件は、温度:室温、荷重:10N、摺動速度:0.1m/s、回転数:64rpm、ピン:SiC焼結体とした。また、評価は、摺動距離:100m/500m/1000mでのディスクの比磨耗量を測定し、比摩耗量が5×10-8m2/N以下だと良(〇)、それより大きいと不良(×)と評価した。イオン注入した試験片1、2、および5は、摺動距離1000mでのディスクの比磨耗量は良であった。これに対し、イオン注入していない試験片3および4は、摺動距離500mでのディスクの比磨耗量は良であったが、摺動距離1000mでのディスクの比磨耗量は不良であった。これにより、SiCセラミックスに窒素イオンを注入すると、耐摩耗性が向上することが確かめられた。
【0054】
(平面度測定)
次に、さらに別の試験片1、2、および5に対して、イオン注入の前後の平面度の変化を調べた。試験片1および2は、イオン注入の前後で平面度の変化はなかった。試験片5は、□20mm当たりのローカルフラットネス(LF)が120nmとなった。試験片5は平面度の変化があったため、不適と判断した。したがって、イオン注入する条件によるが、長時間イオン注入をすると平面度が保てない場合があることが確かめられた。なお、試験片3および4は、イオン注入していないので、平面度の変化は測定していない。
【0055】
図5に示されるように、適度にイオン注入された試験片1および2は、耐摩耗性が向上されると共に、イオン注入によっても平面度が維持されていた。また、イオン注入されていない試験片3および4は、イオン注入された試験片と比較して耐摩耗性が劣っていた。また、長時間イオン注入した試験片5は、耐摩耗性は向上していたものの、平面度が維持されなかった。
【0056】
これは、試験片5において表面からの距離(深さ)が0.1μmの位置における窒素原子の濃度が大きすぎるために結晶格子の膨張が生じ、その結果平面度が大きく変化したと推定される。よって、平面度(LF)を120nmより小さくするには、0.1μmの位置における窒素原子の濃度を9×1018atoms/cm3より小さくすることがより好ましい。
【0057】
また、表面からの距離(深さ)と窒素原子濃度の減衰割合として、深さ1.0μmの位置の濃度と深さ0.1μmの位置の濃度との比は試験片1が0.008、試験片2が0.01に対し、試験片5は0.044と内部までイオン濃度が高くなっていることが深さ方向の歪の緩和が十分になされず平面度が悪化した理由と推定される。
【0058】
(真空チャックの耐久性)
次に、上記製造方法1の製造方法により、炭化珪素の焼結体からなり、イオン注入をした真空チャックを作製した。まず、径φ200mm、厚さt5.0mmの略円板形状の炭化珪素の焼結体からなる基材を作製した。次に、基材の表面を平面度が□20mm当たりのローカルフラットネス(LF)で50nmとなるように研磨加工した。次に、基材の上面に窒素イオンを注入した。イオン注入時間は90秒、加速電圧は200kVとした。イオン注入の前後で、基材の表面の平面度に変化はなかった。そして、イオン注入した面に複数の凸部および複数の凸部を取り囲む外周凸部を形成した。各凸部は、径φ0.2mm、高さ100μmで、各凸部間の間隔は3.5mmの三角格子上に形成した。また、外周部に幅0.5mm、高さ100μmの複数の凸部を取り囲む略円環状のリブを形成し、中央部に貫通孔を設けて、真空チャックを作製した。
【0059】
作製した真空チャックを半導体露光プロセスに供用して評価したところ、凸部の高さが10nm変化するまでの製品寿命が、同一の大きさ、形状でイオン注入をしていない従来品との比較において3倍になった。
【0060】
以上の結果により、本発明の真空チャック、真空チャックの表面改質方法、および真空チャックの製造方法は、イオン注入によって耐摩耗性が向上されると共に、イオン注入によっても平面度が維持されることが分かった。
【0061】
本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の思想と範囲に含まれる様々な変形及び均等物に及ぶことはいうまでもない。また、各図面に示された構成要素の構造、形状、数、位置、大きさ等は説明の便宜上のものであり、適宜変更しうる。
【符号の説明】
【0062】
10 基材
15、16 主面
18 通気孔
20 凸部
21 凸部の上端面
27 外周凸部
28 外周凸部の上端面
100 真空チャック
W 基板