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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-01
(45)【発行日】2024-05-13
(54)【発明の名称】スクロール圧縮機及び冷凍装置
(51)【国際特許分類】
   F04C 18/02 20060101AFI20240502BHJP
【FI】
F04C18/02 311W
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022122728
(22)【出願日】2022-08-01
(65)【公開番号】P2024019938
(43)【公開日】2024-02-14
【審査請求日】2023-05-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新木 康介
(72)【発明者】
【氏名】塚 義友
【審査官】田谷 宗隆
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0340536(US,A1)
【文献】特開2021-193288(JP,A)
【文献】特開2000-110751(JP,A)
【文献】特開2011-111903(JP,A)
【文献】特開2016-079809(JP,A)
【文献】特開2008-050986(JP,A)
【文献】特開2012-097646(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04C 18/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケーシング(20)と、
前記ケーシング(20)に収容され、固定スクロール(60)と旋回スクロール(70)とを有する圧縮機構(40)とを備え、
前記固定スクロール(60)は、固定側鏡板(61)と、該固定側鏡板(61)の外縁に設けられる外周壁(63)と、該外周壁(63)の内側に設けられる渦巻き状の固定側ラップ(62)とを有し、
前記旋回スクロール(70)は、前記固定側ラップ(62)及び前記外周壁(63)の各先端が摺接する旋回側鏡板(71)と、該旋回側鏡板(71)の前面に設けられるとともに前記固定側ラップ(62)と噛み合う渦巻き状の旋回側ラップ(72)とを有し、
前記外周壁(63)における前記旋回側鏡板(71)の前面に対向する対向面(66)には、前記圧縮機構(40)の吐出圧力に相当する高圧の潤滑油が供給される油溝(80)が形成され、
前記油溝(80)は、
前記固定スクロール(60)の周方向に延びる周方向溝部(81)と、
前記固定スクロール(60)の径方向外側に延びるととも、一端が前記周方向溝部(81)と連通する径方向溝部(82)とを有し、
前記径方向溝部(82)の他端は、前記旋回スクロール(70)が傾いていないときに、前記径方向溝部(82)の外部に連通していない
スクロール圧縮機。
【請求項2】
前記旋回スクロール(70)の背面側に配置され、該旋回スクロール(70)との間に背圧空間(90)を形成するとともに、該旋回スクロール(70)側の面に環状のリング溝(56)が形成されるハウジング(50)と、
前記リング溝(56)に収容され、前記旋回スクロール(70)の背面に当接することで前記背圧空間(90)を該リング溝(56)の内周側に形成される第1背圧空間(91)と該リング溝(56)の外周側に形成される第2背圧空間(92)とに区画するシールリング(57)とを更に備え、
前記第1背圧空間(91)の圧力は、前記圧縮機構(40)の吐出圧力に相当し、
前記第2背圧空間(92)の圧力は、前記圧縮機構(40)に吸入される流体の圧力以上であり且つ前記圧縮機構(40)から吐出される流体の圧力より低く、
前記旋回スクロール(70)が傾いたときに、前記径方向溝部(82)は、前記第2背圧空間(92)と連通する
請求項1に記載のスクロール圧縮機。
【請求項3】
前記径方向溝部(82)は、前記周方向溝部(81)の端部に形成される
請求項1又は2に記載のスクロール圧縮機。
【請求項4】
前記対向面(66)における前記径方向溝部(82)の端部から前記旋回スクロール(70)の外縁までの長さであるシール長(L1)が2mm以上である
請求項1又は2に記載のスクロール圧縮機。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のスクロール圧縮機(10)と、
前記スクロール圧縮機(10)で圧縮された冷媒が流れる冷媒回路(1a)とを備える
冷凍装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、スクロール圧縮機及び冷凍装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、固定スクロールと可動スクロール(旋回スクロール)とを有し、両スクロールの間に圧縮室を形成する圧縮機構を備えたスクロール圧縮機が開示されている。
【0003】
特許文献1の圧縮機構は、圧縮室の流体を可動スクロールの背面側に形成される背圧室に供給する導入機構及び補助導入機構を有する。補助導入機構は、圧縮室と背圧室とを連通させる補助導入路と、該圧縮室から背圧室へ向かう流体の流れを許容し且つ背圧室から圧縮室へ向かう流体の流れを禁止する逆止弁とを有する。特許文献1では、圧縮機の起動時や過渡的な運転時において、可動スクロールが転覆することがあり、転覆が発生した場合には、補助導入機構が動作することにより、可動スクロールを転覆状態から回復させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-105642号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1のスクロール圧縮機では、運転条件によっては旋回スクロールの転覆状態の発生を抑制できないことがある。
【0006】
本開示の目的は、旋回スクロールが転覆するのを抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の態様は、スクロール圧縮機(10)を対象とする。スクロール圧縮機(10)は、ケーシング(20)と、前記ケーシング(20)に収容され、固定スクロール(60)と旋回スクロール(70)とを有する圧縮機構(40)とを備え、前記固定スクロール(60)は、固定側鏡板(61)と、該固定側鏡板(61)の外縁に設けられる外周壁(63)と、該外周壁(63)の内側に設けられる渦巻き状の固定側ラップ(62)とを有し、前記旋回スクロール(70)は、前記固定側鏡板(61)及び前記外周壁(63)の各先端が摺接する旋回側鏡板(71)と、該旋回側鏡板(71)の前面に設けられるとともに前記固定側ラップ(62)と噛み合う渦巻き状の旋回側ラップ(72)とを有し、前記外周壁(63)における前記旋回側鏡板(71)の前面に対向する対向面(66)には、前記圧縮機構(40)の吐出圧力に相当する高圧の潤滑油が供給される油溝(80)が形成され、前記油溝(80)は、前記固定スクロール(60)の周方向に延びる周方向溝部(81)と、前記固定スクロール(60)の径方向外側に延びるとともに前記周方向溝部(81)と連通する径方向溝部(82)とを有する。
【0008】
ところで、旋回スクロール(70)の挙動が安定しているときは、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との間に形成される隙間は、概ね均一な状態である。これに対し、旋回スクロール(70)の挙動が不安定になると、旋回スクロール(70)が傾くことで旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との隙間は、相対的に狭い部分と広い部分とが生じる。
【0009】
第1の態様では、油溝(80)が径方向溝部(82)を有するので、旋回スクロール(70)が傾き始めたときに、高圧の潤滑油が供給されている径方向溝部(82)の圧力によって、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との間の隙間の距離が狭い部分で、旋回スクロール(70)が固定スクロール(60)を引き離す力が作用する。その際に、径方向溝部(82)は固定スクロール(60)の径方向外側に延びるので、旋回スクロール(70)の重心から遠い位置に高い圧力が作用する。これにより、旋回スクロール(70)を固定スクロール(60)から引き離すモーメントを大きくなり、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との間の隙間を均一な状態に維持することができる。その結果、旋回スクロール(70)の挙動を安定した状態に維持でき、旋回スクロール(70)の転覆状態の発生を抑制できる。
【0010】
第2の態様は、第1の態様において、前記旋回スクロール(70)の背面側に配置され、該旋回スクロール(70)との間に背圧空間(90)を形成するとともに、該旋回スクロール(70)側の面に環状のリング溝(56)が形成されるハウジング(50)と、前記リング溝(56)に収容され、前記旋回スクロール(70)の背面に当接することで前記背圧空間(90)を該リング溝(56)の内周側に形成される第1背圧空間(91)と該リング溝(56)の外周側に形成される第2背圧空間(92)とに区画するシールリング(57)とを更に備え、前記第1背圧空間(91)の圧力は、前記圧縮機構(40)の吐出圧力に相当し、前記第2背圧空間(92)の圧力は、前記圧縮機構(40)に吸入される流体の圧力以上であり且つ前記圧縮機構(40)から吐出される流体の圧力より低く、前記旋回スクロール(70)が傾いたときに、前記径方向溝部(82)は、前記第2背圧空間(92)と連通する。
【0011】
ここで、旋回スクロール(70)の転覆は、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)とを互いに引き離す力に対して、旋回スクロール(70)の背面を押し上げて旋回スクロール(70)を固定スクロール(60)に押し付ける力が相対的に不足することにより発生する。
【0012】
第2態様では、旋回スクロール(70)が傾いたときに、径方向溝部(82)が第2背圧空間(92)と連通するので、旋回スクロール(70)が転覆した場合には、径方向溝部(82)の端部から第2背圧空間(92)へ高圧の潤滑油が供給される。これにより、第2背圧空間(92)の圧力が上昇し、旋回スクロール(70)の背面を押し上げて旋回スクロール(70)を固定スクロール(60)に押し付ける力が増大する。その結果、旋回スクロール(70)の転覆状態を早期に回復できる。
【0013】
第3の態様は、第1又は第2の態様において、前記径方向溝部(82)は、前記周方向溝部(81)の端部に形成される。
【0014】
第3の態様では、径方向溝部(82)が周方向溝部(81)の端部に形成されるので、周方向溝部(81)の端部まで潤滑油を十分に供給できる。
【0015】
第4の態様は、第1~第3のいずれか1つの態様において、前記対向面(66)における前記径方向溝部(82)の端部から前記旋回スクロール(70)の外縁までの長さであるシール長(L1)が2mm以上である。
【0016】
第4の態様では、シール長(L1)が2mm以上あるので、旋回スクロール(70)が安定して動作している状態において、高圧の潤滑油が油溝(80)から漏れ出ることを抑制できる。
【0017】
第5の態様は、第1~第4のいずれか1つのスクロール圧縮機(10)と、前記スクロール圧縮機(10)で圧縮された冷媒が流れる冷媒回路(1a)とを備える冷凍装置である。
【0018】
第5の態様では、旋回スクロール(70)の転覆状態の発生を抑制したスクロール圧縮機(10)を備える冷凍装置(1)を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本実施形態の冷凍装置の構成を示す冷媒回路図である。
図2図2は、スクロール圧縮機の構成を示す縦断面図である。
図3図3は、圧縮機構周辺を拡大した縦断面図である。
図4図4は、固定スクロールの下面図である。
図5図5は、固定スクロールの下面図であって、旋回スクロールの挙動測定におけるセンサの位置を示す説明図である。
図6図6は、旋回スクロールの挙動測定の結果を示す図である。
図7図7は、チッピング限界試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
《実施形態》
以下、本開示の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本開示は、以下に示される実施形態に限定されるものではなく、本開示の技術的思想を逸脱しない範囲内で各種の変更が可能である。各図面は、本開示を概念的に説明するためのものであるから、理解容易のために必要に応じて寸法、比または数を誇張または簡略化して表す場合がある。
【0021】
(1)冷凍装置の概要
図1に示すように、スクロール圧縮機(10)は、冷凍装置(1)に設けられる。冷凍装置(1)は、冷媒が充填された冷媒回路(1a)を有する。冷媒回路(1a)は、スクロール圧縮機(10)、放熱器(3)、減圧機構(4)、及び蒸発器(5)を有する。減圧機構(4)は、例えば、膨張弁である。冷媒回路(1a)は、蒸気圧縮式の冷凍サイクルを行う。
【0022】
冷凍装置(1)は、空気調和装置である。空気調和装置は、冷房専用機、暖房専用機、あるいは冷房と暖房とを切り換える空気調和装置であってもよい。この場合、空気調和装置は、冷媒の循環方向を切り換える切換機構(例えば四方切換弁)を有する。冷凍装置(1)は、給湯器、チラーユニット、庫内の空気を冷却する冷却装置などであってもよい。冷却装置は、冷蔵庫、冷凍庫、コンテナなどの内部の空気を冷却する。
【0023】
(2)圧縮機
スクロール圧縮機(10)は、ケーシング(20)と、電動機(30)と、駆動軸(11)と、圧縮機構(40)と、ハウジング(50)とを備える。図2に示すように、ケーシング(20)には、電動機(30)、駆動軸(11)、圧縮機構(40)、及びハウジング(50)が収容される。
【0024】
なお、以下の説明において、「軸方向」とは、駆動軸(11)が延びる方向のことであり、「径方向」とは、駆動軸(11)の軸心に直交する方向のことであり、「周方向」とは、駆動軸(11)の軸心を基準とした周方向である。「径方向内側」とは、駆動軸(11)の軸心に近い側であり、「径方向外側」とは、駆動軸(11)の軸心に遠い側である。
【0025】
(2-1)ケーシング
ケーシング(20)は、縦長の密閉容器によって構成される。ケーシング(20)は、上下方向に延びる円筒状の胴部(20a)と、該胴部(20a)の両端を閉塞する2つの蓋部(20b)を有する。ケーシング(20)の底部には、油溜まり部(21)が設けられる。油溜まり部(21)には、潤滑油が貯留される。ケーシング(20)の上部には、吸入管(12)が接続される。ケーシング(20)の胴部(20a)には、吐出管(13)が接続される。
【0026】
(2-2)電動機
電動機(30)は、ケーシング(20)の中央部に配置される。電動機(30)は、ステータ(31)と、ロータ(32)とを有する。ステータ(31)は、ケーシング(20)の内周面に固定される。ロータ(32)は、ステータ(31)の内側に配置される。ロータ(32)には、駆動軸(11)が貫通する。ロータ(32)は、駆動軸(11)に固定される。
【0027】
(2-3)駆動軸
駆動軸(11)は、ケーシング(20)の中心軸に沿って上下方向に延びる。駆動軸(11)は、主軸部(14)と、偏心部(15)とを有する。
【0028】
偏心部(15)は、主軸部(14)の上端に設けられる。偏心部(15)は、その外径が主軸部(14)の外径よりも小さい。偏心部(15)の軸心は、主軸部(14)の軸心に対して所定距離だけ偏心している。
【0029】
主軸部(14)の上部は、ハウジング(50)を貫通し、該ハウジング(50)の上部軸受(51)に回転可能に支持される。主軸部(14)の下部は、後述する下部軸受(22)に回転可能に支持される。
【0030】
(2-4)圧縮機構
圧縮機構(40)は、ケーシング(20)内の上側に配置される。圧縮機構(40)は、固定スクロール(60)と、旋回スクロール(70)とを備える。固定スクロール(60)は、ハウジング(50)の上面に固定される。旋回スクロール(70)は、固定スクロール(60)とハウジング(50)との間に配置される。旋回スクロール(70)は、固定スクロール(60)に噛み合う。
【0031】
(2-4-1)固定スクロール
固定スクロール(60)は、固定側鏡板(61)と、固定側ラップ(62)と、外周壁(63)とを有する。
【0032】
固定側鏡板(61)は、円板状に形成される。固定側ラップ(62)は、渦巻き状に形成される。固定側ラップ(62)は、固定側鏡板(61)の前面(図2における下面)から下方に突出している。固定側ラップ(62)は、固定側鏡板(61)における外周壁(63)の内側に配置される。
【0033】
外周壁(63)は、略筒状に形成される。外周壁(63)は、固定側鏡板(61)の前面(図2における下面)の外縁から下方に突出する。外周壁(63)は、固定側ラップ(62)の外周側を囲むように設けられる。
【0034】
固定側ラップ(62)の先端面(図2における下面)と外周壁(63)の先端面(図2おける下面)とは、概ね同じ高さに位置している。固定スクロール(60)は、外周壁(63)においてハウジング(50)の上面に固定される。
【0035】
(2-4-2)旋回スクロール
旋回スクロール(70)は、旋回側鏡板(71)と、旋回側ラップ(72)と、ボス部(73)とを有する。旋回側鏡板(71)は円板状に形成される。旋回側鏡板(71)は、固定側鏡板(61)及び外周壁(63)の各先端が摺接する。
【0036】
旋回側ラップ(72)は、渦巻き状に形成される。旋回側ラップ(72)は、旋回側鏡板(71)の前面(図2おける上面)から上方に突出する。旋回側ラップ(72)は、固定側ラップ(62)に噛み合う。
【0037】
ボス部(73)は、旋回側鏡板(71)の背面(図2における下面)の中心部に形成される。ボス部(73)には、駆動軸(11)の偏心部(15)が挿入される。これにより、駆動軸(11)が旋回スクロール(70)に連結される。言い換えると、駆動軸(11)は、圧縮機構(40)に接続される。
【0038】
(2-4-3)吸入ポート、吐出口
固定スクロール(60)の外周壁(63)には、吸入ポート(64)が形成される。吸入ポート(64)は、固定側ラップ(62)の巻き終わり付近に開口する。吸入ポート(64)には、吸入管(12)の下流端が接続される。
【0039】
固定スクロール(60)の固定側鏡板(61)の中央には、吐出口(65)が形成される。固定スクロール(60)の固定側鏡板(61)の上面には、吐出口(65)が開口する。吐出口(65)から吐出された高圧のガス冷媒は、ケーシング(20)の上部空間(23)に流出し、該上部空間(23)からハウジング(50)に形成された吐出通路(図示省略)を介して下部空間(24)に流出する。
【0040】
(2-4-4)流体室
圧縮機構(40)は、冷媒が流入する流体室(F)を有する。流体室(F)は、固定スクロール(60)と旋回スクロール(70)との間に形成される。旋回スクロール(70)の旋回側ラップ(72)は、固定スクロール(60)の固定側ラップ(62)に噛み合うように配置される。固定側ラップ(62)と旋回側ラップ(72)とが噛み合うことによって、流体室(F)が形成され、該流体室(F)が閉じ切られることで圧縮室(S)が形成される。圧縮室(S)では、ガス冷媒が圧縮される。
【0041】
ここで、固定スクロール(60)の外周壁(63)の先端面(図2おける下面)が、固定スクロール(60)における旋回スクロール(70)の前面に対向する対向面(66)となる。また、旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)の前面(図2における上面)が、旋回スクロール(70)における固定スクロール(60)の先端面に対向する対向面となる。
【0042】
(2-5)ハウジング
ハウジング(50)は、圧縮機構(40)の下方に配置される。詳細には、ハウジング(50)は、旋回スクロール(70)の背面側に配置される。ハウジング(50)は、電動機(30)の上方に配置される。ハウジング(50)と電動機(30)との間には、吐出管(13)の流入端が配置される。
【0043】
ハウジング(50)は、軸方向(上下方向)に延びる円筒状に形成される。ハウジング(50)の上側部分の外径は、該ハウジング(50)の下側部分の外径よりも大きく形成されている。ハウジング(50)の上側部分の内径は、該ハウジング(50)の下側部分の内径よりも大きく形成されている。
【0044】
ハウジング(50)は、環状部(52)と、凹部(53)と、上部軸受(51)とを有する。環状部(52)は、ハウジング(50)の上側に位置する部分である。環状部(52)は、ハウジング(50)の外周部に設けられている。凹部(53)は、ハウジング(50)の上部中央に形成されている。凹部(53)は、下方に窪んだ皿状に形成されている。凹部(53)は、旋回スクロール(70)のボス部(73)を収容するクランク室(54)を形成している。クランク室(54)では、偏心部(15)が偏心回転する。上部軸受(51)は、ハウジング(50)の下側に形成される。具体的には、上部軸受(51)は、凹部(53)の下に形成される。
【0045】
ハウジング(50)は、ケーシング(20)の内部に、圧入によって固定される。具体的には、ハウジング(50)の環状部(52)の外周面が、ケーシング(20)の胴部(20a)の内周面に固定される。環状部(52)の外周面と胴部(20a)の内周面とは、全周に亘って気密状に密着されている。ハウジング(50)は、ケーシング(20)の内部を、圧縮機構(40)が収容される上部空間(23)と電動機(30)が収容される下部空間(24)とに仕切っている。
【0046】
ハウジング(50)の環状部(52)と旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)との間には、背圧空間(90)が形成される。背圧空間(90)は、旋回スクロール(70)を固定スクロール(60)に押し付けるための背圧が作用する空間である。
【0047】
環状部(52)の上面(旋回スクロール(70)側の面)には、円環状のリング溝(56)が形成される。リング溝(56)は、凹部(53)の径方向外側に形成される。リング溝(56)には、円環状のシールリング(57)が収容される。シールリング(57)は、リング溝(56)に嵌め込まれ、旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)の背面に当接して保持される。
【0048】
シールリング(57)は、旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)の背面に当接することで、ハウジング(50)と旋回側鏡板(71)との間の隙間をシールする。言い換えると、シールリング(57)は、背圧空間(90)を、リング溝(56)の内周側に形成される第1背圧空間(91)と、リング溝(56)の外周側に形成される第2背圧空間(92)とに区画する。
【0049】
第1背圧空間(91)は、クランク室(54)によって構成される。ハウジング(50)には、第1背圧空間(91)の底部に開口する排油通路(図示省略)が形成される。この排油通路は、第1背圧空間(91)を下部空間(24)と連通させ、第1背圧空間(91)内の潤滑油を下部空間(24)へ排出する。第2背圧空間(92)は、環状部(52)の上面と旋回スクロール(70)の背面との間に形成される。
【0050】
(2-6)オルダム継手
ハウジング(50)の上部には、オルダム継手(45)が設けられる。図2に示すように、オルダム継手(45)は、第2背圧空間(92)に配置される。オルダム継手(45)は、公転している旋回スクロール(70)が自転することを阻止している。オルダム継手(45)には、キー(46)が設けられる。キー(46)は、旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)の下面側に突出する。旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)の下面には、キー溝(47)が形成される。キー溝(47)には、オルダム継手(45)のキー(46)が摺動可能に嵌合される。
【0051】
なお、図示は省略するが、オルダム継手(45)のハウジング(50)側にもキーが設けられており、ハウジング(50)側のキーが、ハウジング(50)のキー溝(図示省略)に摺動可能に嵌合される。
【0052】
(2-7)下部軸受
下部軸受(22)は、駆動軸(11)を回転可能に支持する補助軸受部材である。下部軸受(22)は、駆動軸(11)における圧縮機構(40)と反対側の端部(図2における下端部)を支持する。下部軸受(22)は、ケーシング(20)に収容される。下部軸受(22)は、電動機(30)の下方に配置される。下部軸受(22)は、ケーシング(20)の内周面に固定される。
【0053】
(2-7)給油路
駆動軸(11)の内部には、給油路(16)が形成される。給油路(16)は、駆動軸(11)の下端から上端に亘って上下方向に延びる。駆動軸(11)の下端部には、ポンプ(25)が接続される。ポンプ(25)は、例えば容積式のポンプである。ポンプ(25)の下端部は、油溜まり部(21)に浸漬される。
【0054】
ポンプ(25)は、駆動軸(11)の回転に伴って油溜まり部(21)から潤滑油を吸い上げ、給油路(16)に搬送する。給油路(16)は、油溜まり部(21)の潤滑油を、下部軸受(22)と駆動軸(11)との摺動面、及び上部軸受(51)と駆動軸(11)との摺動面に供給するとともに、ボス部(73)と駆動軸(11)との摺動面に供給する。給油路(16)は、駆動軸(11)の上端面に開口し、潤滑油を駆動軸(11)の上方に供給する。
【0055】
ハウジング(50)の凹部(53)は、旋回スクロール(70)のボス部(73)の内部を介して駆動軸(11)の給油路(16)に連通している。凹部(53)によって形成されるクランク室(54)には、高圧の潤滑油が供給される。これにより、クランク室(54)には、圧縮機構(40)の吐出圧力に相当する高圧が作用する。言い換えると、第1背圧空間(91)の圧力は、圧縮機構(40)の吐出圧力に相当する。
【0056】
(2-8)1次側通路、2次側通路
図4に示すように、固定スクロール(60)の外周壁(63)の下面には、1次側通路(48)が形成される。1次側通路(48)の内端は、外周壁(63)の内周面に開口し、中間圧状態の圧縮室(S)に連通している。
【0057】
旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)の外周部には、2次側通路(49)が形成される。2次側通路(49)は、旋回側鏡板(71)を上下方向に貫通する貫通孔で構成される。2次側通路(49)は、上端が1次側通路(48)の外端部に間欠的に連通し、下端が旋回スクロール(70)とハウジング(50)の間の第2背圧空間(92)に連通する。言い換えると、中間圧状態の圧縮室(S)から中間圧の冷媒が第2背圧空間(92)に間欠的に供給され、第2背圧空間(92)が所定の中間圧力となる。中間圧力は、圧縮機構(40)に吸入される流体(冷媒)の圧力以上であり且つ該圧縮機構(40)から吐出される流体(冷媒)の圧力より低い。
【0058】
(2-9)油通路
ハウジング(50)及び固定スクロール(60)の内部には、油通路(55)が形成される。油通路(55)の流入端は、ハウジング(50)の凹部(53)に連通している。油通路(55)の流出端は、固定スクロール(60)の対向面(66)に開口している。油通路(55)は、凹部(53)内の高圧の潤滑油を、旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)と固定スクロール(60)の外周壁(63)との各対向面に供給する。
【0059】
(2-10)固定側油溝及び可動側油溝
図4に示すように、固定スクロール(60)の外周壁(63)における、旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)に対する対向面(図2における下面)(66)には、固定側油溝(80)が形成される。
【0060】
固定側油溝(80)は、固定側周方向溝部(81)と、固定側径方向溝部(82)とを有する。固定側周方向溝部(81)は、固定スクロール(60)の外周壁(63)の内周面に沿って周方向に延びる。固定側周方向溝部(81)には、油通路(55)が連通する。これにより、固定側周方向溝部(81)には、油通路(55)から圧縮機構(40)の吐出圧力に相当する高圧の潤滑油が供給される。
【0061】
固定側径方向溝部(82)は、径方向外側に延びるとともに固定側周方向溝部(81)と連通する。本実施形態では、固定側径方向溝部(82)は、固定側周方向溝部(81)の一端部(図4における反時計回り方向の端部)に形成される。固定側径方向溝部(82)は、固定側周方向溝部(81)の一端部から固定スクロール(60)の外周側を向くように屈曲して延びる。
【0062】
本実施形態では、固定側径方向溝部(82)は、固定側周方向溝部(81)における旋回スクロール(70)の旋回方向前側の端部に連通する。また、固定側径方向溝部(82)は、固定側周方向溝部(81)における吸入ポート(64)に近い端部に連通する。固定側径方向溝部(82)が固定側周方向溝部(81)の一端部に形成されることにより、固定側周方向溝部(81)の一端部まで潤滑油を十分に供給できる。
【0063】
固定側径方向溝部(82)は、旋回スクロール(70)が転覆して大きく傾いたときに、第2背圧空間(92)と連通する。具体的には、旋回スクロール(70)が転覆すると、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との間の隙間の距離が大きな部分が形成される。この隙間の距離が大きな部分では、潤滑油によるシール機能が失われる。これにより、固定側径方向溝部(82)と第2背圧空間(92)とが連通する。
【0064】
なお、固定側径方向溝部(82)は、固定側周方向溝部(81)の端部以外の中途部分に形成されてもよい。固定側油溝(80)は本開示の油溝に対応し、固定側周方向溝部(81)は本開示の周方向溝部に対応し、固定側径方向溝部(82)は本開示の周方向溝部に対応する。
【0065】
図4に示すように、旋回スクロール(70)における固定スクロール(60)に対する対向面には、旋回側油溝(85)が形成される。旋回側油溝(85)は、旋回側周方向溝部(86)と、旋回側径方向溝部(87)とを有する。旋回側周方向溝部(86)は、旋回側ラップ(72)の外周面に沿って周方向に延びる。
【0066】
旋回側径方向溝部(87)は、径方向に延びて旋回側周方向溝部(86)の一端部(図4における反時計回り方向の端部)に連通する。旋回側径方向溝部(87)は、旋回側周方向溝部(86)の一端部から旋回スクロール(70)の中心側を向くように屈曲して延びる。言い換えると、旋回側径方向溝部(87)は、旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)を径方向内側に延び、その内側端部が流体室(F)に連通可能となっている。
【0067】
旋回側油溝(85)の内側端部は、旋回スクロール(70)の偏心回転に伴い、固定側油溝(80)及び流体室(F)との連通状態が切り替わる。これにより、固定側油溝(80)の高圧の潤滑油を、圧縮室(S)、固定スクロール(60)及び旋回スクロール(70)の対向面、キー溝(47)等に供給される。
【0068】
図4に示すように、固定スクロール(60)における旋回スクロール(70)に対する対向面(66)において、固定側径方向溝部の外端部(径方向外側の端部)から旋回スクロール(70)の外縁までの長さであるシール長(L1)は、2mm以上である。本実施形態では、シール長(L1)は、2mmである。これにより、旋回スクロール(70)が安定して動作している場合(旋回スクロール(70)が転覆していない場合)において、高圧の潤滑油が固定側油溝(80)から漏れ出ることを抑制できる。
【0069】
(3)運転動作
スクロール圧縮機(10)の運転動作について説明する。
【0070】
図2において、電動機(30)を作動させると、駆動軸(11)が回転駆動する。旋回スクロール(70)は、駆動軸(11)の回転に伴って旋回運動する。ここで、旋回スクロール(70)は、オルダム継手(45)によって自転が阻止されているので、駆動軸(11)の軸心を中心に偏心回転を行う。
【0071】
旋回スクロール(70)が旋回運動すると、吸入管(12)を介して吸入ポート(64)に流入したガス冷媒が圧縮室(S)で圧縮される。具体的には、旋回スクロール(70)が旋回すると、吸入ポート(64)から最外周側の流体室(F)にガス冷媒が徐々に吸入され、その後該流体室(F)が閉じ切られて圧縮室(S)が区画される。更に駆動軸(11)が回転すると、最外周側の圧縮室(S)の容積が縮小するとともに、該圧縮室(S)が徐々に吐出口(65)側へ近づく。
【0072】
この際、駆動軸(11)が回転して旋回スクロール(70)が旋回することに伴って、1次側通路(48)と2次側通路(49)とが連通する。これにより、圧縮室(S)の圧縮途中のガス冷媒が1次側通路(48)及び2次側通路(49)を順に通過し、第2背圧空間(92)へ導入され始める。この状態から、旋回スクロール(70)が更に旋回すると、2次側通路(49)に対する1次側通路(48)の開口面積が最大となる。これにより、第2背圧空間(92)が所定の目標圧力に維持され、旋回スクロール(70)の旋回側鏡板(71)の背面に所定の押し付け力が作用する。ここでいう押し付け力は、旋回スクロール(70)の背面を押し上げて旋回スクロール(70)を固定スクロール(60)に押し付ける力のことである。この状態から、旋回スクロール(70)が更に旋回すると、1次側通路(48)と2次側通路(49)とが互いに遮断され、第2背圧空間(92)へのガス冷媒の導入動作が終了する。
【0073】
この後、更に駆動軸(11)が回転して旋回スクロール(70)が旋回すると、中心寄りの圧縮室(S)が吐出口(65)と連通する。圧縮室(S)で圧縮された高圧のガス冷媒は、吐出口(65)から吐出され、ケーシング(20)の上部空間(23)に流入する。上部空間(23)のガス冷媒は、ハウジング(50)に形成された吐出通路(図示省略)を経由して下部空間(24)に流出する。下部空間(24)の高圧のガス冷媒は、吐出管(13)を介して、ケーシング(20)の外部へ吐出される。
【0074】
(4)給油動作
次に、スクロール圧縮機(10)の潤滑油の給油動作について説明する。
【0075】
駆動軸(11)の回転に伴い、油溜まり部(21)の高圧の潤滑油は、ポンプ(25)によって吸い上げられて駆動軸(11)の給油路(16)を上方へ流れ、駆動軸(11)の偏心部(15)の上端の開口から旋回スクロール(70)のボス部(73)の内部へ流出する。
【0076】
ボス部(73)に供給された潤滑油は、駆動軸(11)の偏心部(15)とボス部(73)との隙間を介してハウジング(50)の凹部(53)へ流出する。これにより、ハウジング(50)の凹部(53)(第1背圧空間(91))は、圧縮機構(40)の吐出圧力に相当する高圧となる。第1背圧空間(91)の高圧及び第2背圧空間(92)の中間圧によって、旋回スクロール(70)が固定スクロール(60)に押し付けられる。
【0077】
凹部(53)に溜まった高圧の潤滑油は、油通路(55)を介して固定側油溝(80)へ流出する。油通路(55)から流入した潤滑油は、固定側周方向溝部(81)を周方向に流れて両端部まで達した後、その一端部において固定側径方向溝部(82)に流入する。固定側径方向溝部(82)に流入した潤滑油は、径方向外側へ流れる。これにより、固定側油溝(80)には、圧縮機構(40)の吐出圧力に相当する高圧の潤滑油が供給される。固定側油溝(80)に流入した高圧の潤滑油は、固定スクロール(60)と旋回スクロール(70)との摺動面に供給された後、油溜まり部(21)に戻される。
【0078】
ここで、スクロール圧縮機(10)の運転時における通常状態では、圧縮室(S)の内圧によって、旋回スクロール(70)には、固定スクロール(60)から離れようとする離反力(互いに離反する力)が作用する。一方で、旋回スクロール(70)は、第1背圧空間(91)の高圧及び第2背圧空間(92)の中間圧によって、固定スクロール(60)側へ押し付けられる。このように、スクロール圧縮機(10)の通常状態では、旋回スクロール(70)に対して作用する離反力と押し付け力とが互いに釣り合うことにより、旋回スクロール(70)の挙動が安定する。旋回スクロール(70)の挙動が安定した状態では、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との間の隙間は概ね均一な状態になり、圧縮室(S)の気密性が確保される。
【0079】
しかし、圧縮室(S)の圧力状態や旋回スクロール(70)に作用する遠心力などの様々な要因によって、旋回スクロール(70)に対して作用する離反力と押し付け力との釣り合いが崩れ、旋回スクロール(70)が不安定な挙動を示す場合がある。このような不安定な挙動を示す場合、旋回スクロール(70)が傾いて固定スクロール(60)から部分的に離反する状態(いわゆる転覆状態)となる。
【0080】
上記のように旋回スクロール(70)が不安定な挙動を示すのは、例えば、圧縮室(S)の圧力状態が変化することに伴って、旋回側鏡板(71)上の複数の領域で、旋回スクロール(70)に作用する離反力に差が生じる。これにより、旋回スクロール(70)に対して作用する離反力と押し付け力との釣り合いが部分的に崩れる場合である。このような場合には、旋回スクロール(70)が傾き、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との間の隙間において相対的に狭い部分と広い部分とが形成される。
【0081】
本実施形態では、固定側径方向溝部(82)に高圧の潤滑油が供給されるので、旋回スクロール(70)が傾き始めたときに、固定側径方向溝部(82)の高圧によって、上記隙間における狭い部分に離反力が作用する。その際、固定側径方向溝部(82)は径方向外側に延びるので、旋回スクロール(70)の重心から遠い位置に高圧が作用することとなる。これにより、旋回スクロール(70)から固定スクロール(60)を引き離すモーメントを大きくでき、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)の間の隙間を均一な状態に維持することができる。その結果、旋回スクロール(70)の挙動を安定した状態に維持でき、旋回スクロール(70)の転覆状態の発生を抑制できる。
【0082】
また、第2背圧空間(92)に導入される冷媒の圧力が所定の目標圧力よりも低くなった場合には、旋回スクロール(70)に作用する押し付け力が離反力に対して相対的に不足することにより、旋回スクロール(70)に作用する離反力と押し付け力との釣り合いが崩れる。そのため。旋回スクロール(70)の挙動が不安定になり、旋回スクロール(70)が転覆してしまうことがある。
【0083】
これに対し、本実施形態では、旋回スクロール(70)が転覆して傾いたときに、固定側径方向溝部(82)が第2背圧空間(92)と連通するので、固定側径方向溝部(82)の外端部から第2背圧空間(92)へ高圧の潤滑油が供給される。これにより、第2背圧空間(92)の圧力が上昇し、旋回スクロール(70)の背面に作用する押し付け力が増大する。その結果、旋回スクロール(70)の転覆状態を早期に回復できる。加えて、この際、旋回スクロール(70)の旋回運動に伴って、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)の各対向面(摺動面)の間の潤滑油が掻き出されて、第2背圧空間(92)に供給される。これにより、第2背圧空間(92)へ高圧の潤滑油が供給されるので、旋回スクロール(70)の背面に作用する押し付け力が増大し、旋回スクロール(70)の転覆状態を早期に回復できる。
【0084】
(5)旋回スクロールの挙動測定
次に、旋回スクロール(70)の挙動測定について、図5及び図6を参照しながら説明する。
【0085】
本測定では、本実施形態の固定側径方向溝部(82)が形成されていない従来のスクロール圧縮機(10)の運転中における旋回スクロール(70)の挙動を測定した。詳細には、圧縮機構(40)の固定スクロール(60)の外周壁(63)に複数の距離センサを取り付けることにより、旋回スクロール(70)の変位を測定した。言い換えると、本測定では、スクロール圧縮機(10)の運転中において、各センサ位置での固定スクロール(60)と旋回スクロール(70)との間の隙間の大きさ(変位)を測定した。
【0086】
本測定では、図5に示す点A、点B、点Cの3箇所に距離センサを配置した。各センサ位置での測定結果を図6に示す。図6において、点Aでの測定結果を実線で示し、点Bでの測定結果を一点鎖線で示し、点Cでの測定結果を破線で示す。
【0087】
図6におけるクランク角が135degから220degの範囲に着目すると、この範囲における点Aではその変位が急激に減少するとともに、点Bではその変位が急激に増加している。これより、この範囲における旋回スクロール(70)は、点A付近では固定スクロール(60)に急に近づくとともに、点B付近では固定スクロール(60)から急に離れる動きをしていると言える。
【0088】
クランク角114deg付近で圧縮室(S)から冷媒ガスが吐出されるので、この吐出に伴って圧縮室(S)内の圧力関係が変化し、この変化に起因してクランク角が135deg付近で点A及び点Bにおける旋回スクロール(70)に作用する離反力のバランスが崩れ、各位置での隙間の大きさが変化した(言い換えると、旋回スクロール(70)の傾き方が変化した)と考えられる。これより、クランク角135deg付近が旋回スクロール(70)の転覆の開始タイミングであり、このとき、点A付近では旋回スクロール(70)が固定スクロール(60)に近づいていることがわかる。
【0089】
そして、図6におけるクランク角が220deg付近から、点Aではその変位が緩やかに増加するとともに、点Bではその変位が緩やかに減少している。その後、点A及び点Bともに各変位の変動幅が小さくなっている。これより、クランク角が220deg付近を越えると旋回スクロール(70)の転覆状態が回復していることがわかる。
【0090】
本実施形態では、上記旋回スクロール(70)の挙動測定の結果から、固定スクロール(60)における点A付近に径方向外側に延びる固定側径方向溝部(82)を設けた。固定スクロール(60)における点Aに近い位置に固定側径方向溝部(82)を設けることにより、旋回スクロール(70)の重心から遠い位置に高圧が作用する。これにより、旋回スクロール(70)の転覆が開始するタイミングで、旋回スクロール(70)から固定スクロール(60)を引き離すモーメントを大きくでき、旋回スクロール(70)が固定スクロール(60)に近づくことが抑制される。これにより、旋回スクロール(70)の傾きの挙動を小さくでき、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)の間の隙間を均一な状態に維持することができる。その結果、旋回スクロール(70)の転覆状態の発生を抑制できる。
【0091】
(6)チッピング限界試験
次に、チッピング限界試験について、図7を参照しながら説明する。
【0092】
チッピング限界試験では、第2背圧空間(92)を低圧(圧縮機構(40)の吸入圧力に相当する圧力)にすることで旋回スクロール(70)を意図的に転覆状態にした後、圧縮機構(40)の低圧と高圧との差が小さくなるように高圧を調整することで旋回スクロール(70)の転覆状態を回復させる。図7は、各回転数において旋回スクロール(70)が転覆状態から回復したときの高圧Hpと低圧Lpとの比Pr(Hp/Lp)を記録したグラフである。
【0093】
なお、図7において、固定側径方向溝部(82)が形成されていない従来のスクロール圧縮機(10)での試験結果を丸印で示し、固定側径方向溝部(82)が形成された本実施形態のスクロール圧縮機(10)での試験結果を三角印で示す。
【0094】
図7に示すように、20rps以上の回転数において、本実施形態のスクロール圧縮機(10)は、従来のスクロール圧縮機(10)よりもPrの値が小さい。これは、本実施形態のスクロール圧縮機(10)は、従来のスクロール圧縮機(10)よりも高圧と低圧との差が小さい状態で転覆状態から回復したことを示す。これより、本実施形態のスクロール圧縮機(10)は、従来のスクロール圧縮機(10)よりも早く転覆状態から回復できることが確認された。
【0095】
(7)特徴
(7-1)特徴1
固定側油溝(80)は、固定スクロール(60)の径方向外側に延びるとともに固定側周方向溝部(81)と連通する固定側径方向溝部(82)を有する。
【0096】
このため、旋回スクロール(70)が傾き始めたときに、高圧の潤滑油が供給されている固定側径方向溝部(82)の圧力によって、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との間の隙間の距離が狭い部分で、旋回スクロール(70)が固定スクロール(60)を引き離す力が作用する。その際に、固定側径方向溝部(82)は固定スクロール(60)の径方向外側に延びるので、旋回スクロール(70)の重心から遠い位置に高い圧力が作用する。これにより、旋回スクロール(70)を固定スクロール(60)から引き離すモーメントを大きくなり、旋回スクロール(70)と固定スクロール(60)との間の隙間を均一な状態に維持することができる。その結果、旋回スクロール(70)の挙動を安定した状態に維持でき、旋回スクロール(70)の転覆状態の発生を抑制できる。
【0097】
(7-2)特徴2
旋回スクロール(70)が傾いたときに、固定側径方向溝部(82)は、第2背圧空間(92)と連通する。
【0098】
このため、旋回スクロール(70)が転覆した場合には、固定側径方向溝部(82)の端部から第2背圧空間(92)へ高圧の潤滑油が供給される。これにより、第2背圧空間(92)の圧力が上昇し、旋回スクロール(70)の背面を押し上げて旋回スクロール(70)を固定スクロール(60)に押し付ける力が増大する。その結果、旋回スクロール(70)の転覆状態を早期に回復できる。
【0099】
(7-3)特徴3
固定側径方向溝部(82)は、固定側周方向溝部(81)の端部に形成される。このため、固定側周方向溝部(81)の端部まで潤滑油を十分に供給できる。
【0100】
(7-4)特徴4
固定スクロール(60)の対向面(66)における前記径方向溝部(82)の端部から旋回スクロール(70)の外縁までの長さであるシール長(L1)が2mm以上である。
【0101】
このため、旋回スクロール(70)が安定して動作している状態において、高圧の潤滑油が油溝(80)から漏れ出ることを抑制できる。
【0102】
(7-5)特徴5
冷凍装置(1)は、本実施形態のスクロール圧縮機(10)と、該スクロール圧縮機(10)で圧縮された冷媒が流れる冷媒回路(1a)とを備える。
【0103】
このため、旋回スクロール(70)の転覆状態の発生を抑制したスクロール圧縮機(10)を備える冷凍装置(1)を提供できる。
【0104】
以上、実施形態および変形例を説明したが、特許請求の範囲の趣旨および範囲から逸脱することなく、形態や詳細の多様な変更が可能なことが理解されるであろう。また、以上の実施形態、変形例、その他の実施形態に係る要素を適宜組み合わせたり、置換したりしてもよい。
【0105】
以上に述べた「第1」、「第2」、「第3」…という記載は、これらの記載が付与された語句を区別するために用いられており、その語句の数や順序までも限定するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0106】
以上説明したように、本開示は、スクロール圧縮機および冷凍装置について有用である。
【符号の説明】
【0107】
1 冷凍装置
1a 冷媒回路
10 スクロール圧縮機
20 ケーシング
40 圧縮機構
50 ハウジング
56 リング溝
57 シールリング
60 固定スクロール
61 固定側鏡板
62 固定側ラップ
63 外周壁
66 対向面
70 旋回スクロール
71 旋回側鏡板
72 旋回側ラップ
80 固定側油溝(油溝)
81 固定側周方向溝部(周方向溝部)
82 固定側径方向溝部(径方向溝部)
90 背圧空間
91 第1背圧空間
92 第2背圧空間
L1 シール長
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7