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特許7481683フッ素樹脂の表面改質方法、表面改質されたフッ素樹脂の製造方法、及び接合方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-01
(45)【発行日】2024-05-13
(54)【発明の名称】フッ素樹脂の表面改質方法、表面改質されたフッ素樹脂の製造方法、及び接合方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/12 20060101AFI20240502BHJP
【FI】
C08J7/12 A CEW
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2022540223
(86)(22)【出願日】2021-07-20
(86)【国際出願番号】 JP2021027171
(87)【国際公開番号】W WO2022024882
(87)【国際公開日】2022-02-03
【審査請求日】2022-11-10
(31)【優先権主張番号】P 2020126099
(32)【優先日】2020-07-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】島本 章弘
【審査官】大村 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-307547(JP,A)
【文献】特開平06-279590(JP,A)
【文献】特開2017-043829(JP,A)
【文献】特開2008-075030(JP,A)
【文献】特開2002-146066(JP,A)
【文献】特開平11-147966(JP,A)
【文献】特開2006-249195(JP,A)
【文献】特開2010-156022(JP,A)
【文献】特開平07-247377(JP,A)
【文献】特開平07-185315(JP,A)
【文献】特開2005-336492(JP,A)
【文献】特開2011-208133(JP,A)
【文献】特開平10-315400(JP,A)
【文献】特開平10-060142(JP,A)
【文献】特表平10-506431(JP,A)
【文献】特開平04-370123(JP,A)
【文献】特開2017-019279(JP,A)
【文献】特開2010-185085(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0124766(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 71/04
C08J 7/00-7/02;7/12-7/18
B32B 1/00-43/00
B01J 10/00-12/02;14/00-19/32
H05K 3/10-3/26;3/38-3/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素原子を含む有機化合物に、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射して、前記有機化合物からラジカルを生成する工程と、
前記ラジカルをフッ素樹脂の表面に接触させて、前記表面に親水化層を形成する工程と、を含み、
酸素原子を含む前記有機化合物は、気体として存在するか、または、前記表面上に形成された液膜中に存在することを特徴とする、フッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項2】
前記有機化合物は、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合の少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項1に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項3】
前記有機化合物は、アルコール、ケトン、アルデヒド及びフェノール類からなる群から選択される少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項2に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項4】
前記有機化合物は、炭素数が10以下のアルコール、及び炭素数が10以下のケトンからなる群から選択される少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項3に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項5】
前記有機化合物は、炭素数が2以上4以下のアルコール、及びアセトンからなる群から選択される少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項4に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項6】
前記親水化層は、実質的に、炭素原子、水素原子及び酸素原子から構成される層であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項7】
前記有機化合物は気体であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項8】
前記フッ素樹脂の前記表面に接触させた前記有機化合物に対し、前記紫外光を照射することを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項9】
生成した前記ラジカルを前記フッ素樹脂の前記表面に吹き付けることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項10】
前記紫外光はキセノンエキシマランプによって生成されたものであることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載のフッ素樹脂の表面改質方法。
【請求項11】
フッ素樹脂を表面に有する材料を準備する工程と、
請求項1~5のいずれか一項に記載のフッ素樹脂の表面改質方法により、前記フッ素樹脂の表面を改質する工程と、を含むことを特徴とする、表面改質されたフッ素樹脂の製造方法。
【請求項12】
請求項1~5のいずれか一項に記載のフッ素樹脂の表面改質方法により改質された前記親水化層に、金属、樹脂又はセラミックからなる群から選択される材料を、一種又は二種以上を含んでなる材料を接合することを特徴とする、接合方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、フッ素樹脂の表面改質方法、表面改質されたフッ素樹脂の製造方法、接合方法、表面改質されたフッ素樹脂を有する材料、及び接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素樹脂は低誘電率・低誘電正接という特長を有することから、近年、回路基板材料としてフッ素樹脂を使用することが着目されている。また、フッ素樹脂は耐薬品性(化学的安定性)や低摩擦係数という特長を有することから、近年、医療用材料としてフッ素樹脂を使用することも着目されている。しかしながら、フッ素樹脂の表面自由エネルギーは著しく低い(すなわち、濡れ性は低い)ために、フッ素樹脂は、他の材料と接着又は接合することが難しいという欠点を有している。このため、従来、フッ素樹脂を他の材料と接着又は接合する際には、フッ素樹脂の表面に親水性の官能基を付与するなどの表面改質を行うことが求められることがある。
【0003】
特許文献1には、フッ素樹脂基板の一つであるPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)基板の表面を、ヘリウムガス存在下のプラズマ処理により親水化する表面改質方法が記載されている。特許文献2には、アンモニアやヒドラジン等の高い反応性を示す反応性気体の雰囲気下で、PTFEフィルムに真空紫外線を照射して、当該照射面に活性水素原子を含む官能基を形成する表面改質方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-46781号公報
【文献】特開平10-168199号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載される方法では、プラズマ処理により、被処理物が電気的なダメージを受けるおそれがある。特許文献2に記載される方法では、反応性気体が処理装置や配管の腐食を引き起こすリスクや、反応性気体が処理装置から漏洩すると人体に悪影響を与えるリスクがある。そして、特許文献1及び特許文献2に記載される方法を行うには、大掛かりな装置が必要となる。
【0006】
上述の問題意識から、被処理物や処理装置等がダメージを受けにくく、人体に悪影響を与えるリスクが小さく、簡易な設備で行うことのできる、フッ素樹脂の表面改質方法、表面改質されたフッ素樹脂の製造方法、接合方法、表面改質されたフッ素樹脂を有する材料、及び接合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究の結果、被処理物や処理装置等がダメージを受けにくく、人体に悪影響を与えるリスクの小さい、フッ素樹脂に親水化層を形成する表面改質方法を創出した。詳細は後述するが、その表面改質方法は、酸素原子を含む有機化合物に、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射して、ラジカルを生成する工程と、前記ラジカルをフッ素樹脂の表面に接触させて、前記表面に親水化層を形成する工程と、を含む。少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射して生成するラジカルは、炭素原子、水素原子及び酸素原子からなるラジカルと、水素ラジカルとである。
少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射する設備は、先行技術文献に記載される方法を行うための装置よりも小さく単純な、すなわち、簡易な設備である。
また、205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射する際、先行技術文献として挙げたような反応性気体を使用しない。
【0008】
本明細書において、フッ素樹脂の表面の親水化とは、当該表面の水分子との親和性を高める処理をいう。フッ素樹脂の親水化層とは、フッ素樹脂の水分子との親和性よりも、水分子との親和性の高いフッ素樹脂の表面層をいう。詳細は後述するが、ラジカル源から生成されたラジカルを使用して、フッ素樹脂の表面にあるフッ素原子を、炭素原子、水素原子及び酸素原子からなる官能基に置換する。置換された官能基は酸素原子を含み極性を有するため、フッ素樹脂表面の親水性が高くなる。
【0009】
前記有機化合物は、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合の少なくとも一つを含んでも構わない。フッ素樹脂の表面に、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合のうち、少なくともいずれかを含む官能基を形成できるから、フッ素樹脂に親水性を付与できる。
【0010】
前記有機化合物は、アルコール、ケトン、アルデヒド及びフェノール類からなる群から選択される少なくとも一つを含んでも構わない。フッ素樹脂の表面に、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合のうち、少なくともいずれかを含む官能基を形成できるから、フッ素樹脂の表面に強い親水性を付与できる。
【0011】
前記有機化合物は、炭素数が10以下のアルコール、及び炭素数が10以下のケトンからなる群から選択される少なくとも一つを含んでも構わない。さらに、前記有機化合物は、炭素数が2以上4以下のアルコールを含んでも構わない。炭素数が2以上4以下のアルコールは、安全性や取扱いの簡便性、さらに入手の容易性や経済性に優れている。また、前記有機化合物は、アセトンを含んでも構わない。アセトンは、入手の容易性や経済性に優れており、蒸気圧が高いため、比較的高濃度の雰囲気を形成しやすい。
【0012】
前記親水化層は、実質的に、炭素原子、水素原子及び酸素原子から構成される層でも構わない。
【0013】
前記有機化合物は気体でも構わない。
【0014】
前記フッ素樹脂の前記表面に接触させた前記有機化合物に対し、前記紫外光を照射しても構わない。これにより、フッ素樹脂の表面に対し比較的広範囲にわたって紫外光を照射できるため、短時間で大きな領域の表面改質を行うことができる。また、被処理物の近傍にてラジカルを生成するため、生成したラジカルの利用効率が高い。
【0015】
生成した前記ラジカルを前記フッ素樹脂の前記表面に吹き付けても構わない。これにより、表面改質が必要な領域のみを選択的に処理できる。また、処理空間全体をラジカル源含有ガスでパージする必要がない。
【0016】
前記紫外光はキセノンエキシマランプによって生成されたものでも構わない。ピーク波長が172nmのキセノンエキシマランプは、前記有機化合物に吸収されやすく、ラジカルを多く形成する。
【0017】
本発明の表面改質されたフッ素樹脂の製造方法は、フッ素樹脂を表面に有する材料を準備する工程と、酸素原子を含む有機化合物に、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射して、ラジカルを生成する工程と、前記ラジカルを前記材料の前記フッ素樹脂の表面に接触させて、前記表面に親水化層を形成する工程と、を含む。
【0018】
本発明の表面改質されたフッ素樹脂を有する材料は、フッ素樹脂を表面に有する材料と、前記フッ素樹脂の表面の少なくとも一部に、炭素原子、水素原子及び酸素原子からなる官能基で構成される親水化層と、を含む。
【0019】
前記親水化層に、金属、樹脂又はセラミックからなる群から選択される材料を、一種又は二種以上を含んでなる材料を接合しても構わない。金属、樹脂又はセラミックからなる群から選択される材料には、金属、樹脂又はセラミック単体が選択される材料と、金属、樹脂及びセラミックから少なくとも二つの材料が選択される材料と、を含む。また、これらの材料が、二種以上を含んでも構わないので、金属、樹脂又はセラミック単体と、複合材料と、を組み合わせて含んでなる材料を含む。このような材料の例として、金属と、金属及び樹脂の複合材料と、を組み合わせて含んでなる材料が挙げられる。また、材料の接合に際し、前記親水化層に、上記の一種又は二種以上を含んでなる材料を、直接接合しても構わないし、接着剤層を介して接合しても構わない。
【0020】
前記親水化層に接合される前記材料は金属であり、前記フッ素樹脂は回路基板材料であっても構わない。
【発明の効果】
【0021】
これにより、被処理物や処理装置等がダメージを受けにくく、人体に悪影響を与えるリスクの小さく、簡易な設備で行うことのできる、フッ素樹脂の表面改質方法、表面改質されたフッ素樹脂の製造方法、接合方法、表面改質されたフッ素樹脂を有する材料、及び接合体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1A】エタノールを使用して表面改質する直前のフッ素樹脂の断面模式図である。
図1B】エタノールを使用して表面改質した後のフッ素樹脂の断面模式図である。
図2A】アセトンを使用して表面改質する直前のフッ素樹脂の断面模式図である。
図2B】アセトンを使用して表面改質した後のフッ素樹脂の断面模式図である。
図3A】テトラヒドロフランを使用して表面改質する直前のフッ素樹脂の断面模式図である。
図3B】テトラヒドロフランを使用して表面改質した後のフッ素樹脂の断面模式図である。
図4A】エタノールに対する紫外光の吸収スペクトルを表す。
図4B】メタノールに対する紫外光の吸収スペクトルを表す。
図5A】表面改質したフッ素樹脂と銅箔とを接合した接合体の例を示す。
図5B】表面改質したフッ素樹脂と銅箔とを接着剤を介して接合した接合体の例を示す。
図6】表面改質方法の第一実施形態を示す。
図7】表面改質方法の第一実施形態の変形例を示す。
図8】表面改質方法の第二実施形態を示す。
図9】表面改質方法の第三実施形態を示す。
図10A】処理時間0秒のフッ素樹脂のXPSサーベイ分析結果を示すグラフである。
図10B】処理時間60秒のフッ素樹脂のXPSサーベイ分析結果を示すグラフである。
図10C】処理時間120秒のフッ素樹脂のXPSサーベイ分析結果を示すグラフである。
図11A】処理時間0秒のフッ素樹脂のXPSナロー分析結果を表すグラフである。
図11B】処理時間60秒のフッ素樹脂のXPSナロー分析結果を表すグラフである。
図11C】処理時間120秒のフッ素樹脂のXPSナロー分析結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
フッ素樹脂の表面改質方法について、詳細に説明する。なお、本明細書に開示された各図面は、グラフを除き、あくまで模式的に図示されたものである。すなわち、図面上の寸法比と実際の寸法比とは必ずしも一致しておらず、また、各図面間においても寸法比は必ずしも一致していない。
【0024】
[フッ素樹脂の表面改質方法の概要]
フッ素樹脂の表面改質方法は、酸素原子を含む有機化合物に、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光(以下、単に「紫外光」と表記することがある)を照射して、ラジカルを生成する工程と、前記ラジカルをフッ素樹脂の表面に接触させて、前記表面を親水化する工程と、を含む。
【0025】
酸素原子を含む有機化合物に、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光(hν)を照射して、ラジカルを生成する工程を、化学反応式を示しながら説明する。ここでは、酸素原子を含む有機化合物の例として、エタノール(COH)を取り上げる。
【0026】
【化1】
【化2】
【化3】
【0027】
上記(1)~(3)式に示されるように、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光(hν)をエタノールに照射すると、紫外光のエネルギーが原子間の結合を切断し、炭素原子、水素原子及び酸素原子からなるラジカル(「{CHO}ラジカル」又は「{CHO}・」と表記することがある)と、水素ラジカル(「H・」と表記することがある)と、を生成する。ラジカルは、不対電子を持つ原子又は分子である。{CHO}ラジカルは、Cがラジカル化されたものと、Oがラジカル化されたものとを含む。CとOのどちらがラジカル化されるか、及びどの位置のCがラジカル化されるかの違いに因って、上記(1)~(3)式に示した3種類の{CHO}ラジカルが形成される。いずれの{CHO}ラジカルも均等の割合で生成されるとは限らない。
【0028】
なお、上記(1)~(3)式に示された3種類の化学反応式は、不対電子を持つ原子を一つ有する{CHO}ラジカルについて示したものである。紫外光の照射により、不対電子を持つ原子を2つ以上有する{CHO}ラジカルが生成されても構わない。
【0029】
次に、紫外光の照射により生成されたラジカルをフッ素樹脂の表面に接触させて親水化する工程について、図1A及び図1Bを参照しながら説明する。図1Aは、フッ素樹脂10(ここでは、PTFE)が表面改質される直前の様子を示したフッ素樹脂10の断面模式図である。図1Bは、図1Aのフッ素樹脂10を表面改質した後のフッ素樹脂10の断面模式図である。図1A図1Bでは、フッ素樹脂10の表面の化学構造を理解できるように示している。
【0030】
図1Aに示されるように、表面改質前のフッ素樹脂10の表面には、炭素原子(C)に結合したフッ素原子(F)が多く存在する。また、エタノールは紫外光を吸収してラジカル化される。フッ素樹脂10の表面付近には、エタノールから生成された{CHO}ラジカルと、水素ラジカルとが存在する。
【0031】
フッ素樹脂10に含まれるフッ素原子は、炭素原子と結合した状態にある。炭素原子とフッ素原子間の結合エネルギーは485kJ/molと高く、フッ素原子と炭素原子とを熱や光によって切り離すには、非常に大きなエネルギーが必要である。
【0032】
ここで、フッ素原子の電気陰性度は4.0、水素原子の電気陰性度は2.2であり、両者は大きく異なる。このため、水素ラジカルは静電引力によりフッ素原子に接近することができ、HF(フッ化水素)を形成することで、フッ素原子と炭素原子の間の結合を切断する。水素原子とフッ素原子の間の結合エネルギーは568kJ/molとさらに高く、また、HFは気体としてフッ素樹脂表面から離れるため、HFの生成反応は不可逆的に進行する。フッ素樹脂10の表面からフッ素を引き抜かれた場所には、{CHO}ラジカル又は水素ラジカルが結合する。結合した後の様子が図1Bに示されている。
【0033】
図1Bでは、6個のフッ素原子が引き抜かれて、そのうち3箇所に水素ラジカルが結合し、残りの3箇所に{CHO}ラジカルが結合した様子を例示しているが、表面にフッ素原子が残留していても構わない。また、水素ラジカルの結合数と{CHO}ラジカルの結合数は同じ数でなくても構わない。例えば、フッ素原子の引き抜かれた場所に全て{CHO}ラジカルが結合しても構わない。フッ素樹脂10の表面において、少なくとも一部には、炭素原子、水素原子及び酸素原子からなる官能基(以下、「{CHO}官能基」ということがある)が存在する。
【0034】
図1B中、(a)に示される{CHO}官能基は、上記(3)式により得られた{CHO}ラジカルがフッ素樹脂と結合することにより形成される。図1B中、(b)に示される{CHO}官能基は、上記(1)式により得られた{CHO}ラジカルがフッ素樹脂と結合することにより形成される。図1B中、(c)に示される{CHO}官能基は、上記(2)式により得られた{CHO}ラジカルがフッ素樹脂と結合することにより形成される。
【0035】
フッ素樹脂と結合した{CHO}官能基は酸素原子を含むため、極性がある。図1B中、(b)及び(c)に示される{CHO}官能基は、それぞれ、末端にヒドロキシ基を有するため、強い親水性を示す。図1B中、(a)に示される{CHO}官能基は、フッ素樹脂との間にエーテル結合を形成するため、ヒドロキシ基ほど強い親水性ではないものの、一定の親水性を示す。このようにして、フッ素樹脂の表面には、水素ラジカル及び{CHO}ラジカルにより、実質的に、炭素原子、水素原子及び酸素原子から構成される親水化層が形成される。本明細書において、「実質的に、炭素原子、水素原子及び酸素原子から構成される」とは、炭素原子、水素原子及び酸素原子以外の原子を意図して含まないことを意味する。つまり、この構成は、意図していない、炭素原子、水素原子及び酸素原子以外の原子を、含んでも構わない。
【0036】
なお、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光(hν)を、水や水蒸気に照射しても、フッ素原子と炭素原子との結合を切断する水素ラジカルを生成する。しかしながら、水や水蒸気の場合には、水素ラジカルと同時にヒドロキシラジカルを生成し、ヒドロキシラジカルは、{CHO}ラジカルと異なり、フッ素の引き抜かれたフッ素樹脂の表面に結合しにくい。よって、水又は水蒸気は、フッ素樹脂の表面を親水化するためのラジカル供給源として使用されにくい。ただし、光が照射される領域に水や水蒸気が含まれていても、ラジカル供給源となる酸素原子を含む有機化合物が存在するならば、上述した親水化層を形成し得る。
【0037】
また、酸素原子を含む有機化合物から{CHO}ラジカルと水素ラジカルとを生成する反応は、反応場の圧力に関係なく進行するので、反応場は、減圧環境や加圧環境といった特殊な環境下とせず、通常、大気圧環境下とすることが多い。さらに、酸素原子を含む有機化合物は、気体、液体及び固体のいずれの状態でも構わない。しかしながら、紫外線の透過率の観点から、紫外線を適切に照射するためには、有機化合物は気体状で供給されることが最も望ましい。有機化合物が液体や固体状態の場合、波長205nm以下の紫外線は当該有機化合物の表層で多く吸収され、被処理物となるフッ素樹脂の表層にまで紫外線を届けることが難しくなる。そのため、フッ素樹脂の表層近傍にラジカルを生成/作用させることがより困難となり、当該表層への親水化層の形成が阻害されてしまう。そのため、酸素原子を含む有機化合物は気体状(ガス状)で供給することが望ましいく、適したガス濃度に調整することで、処理効率を高めることができる。
【0038】
[酸素原子を含む有機化合物]
上記では、酸素原子を含む有機化合物としてエタノールを例に説明したが、エタノール以外の酸素原子を含む有機化合物についても、フッ素樹脂に親水化層を形成できる。
【0039】
図2A図2Bを参照しながら、酸素原子を含む有機化合物として、アセトンを使用した例を説明する。図2Aは、図1Aと同様に、フッ素樹脂10(ここでは、PTFE)が表面改質される直前の様子を示したフッ素樹脂10の断面模式図である。図2Bは、図2Aのフッ素樹脂10を表面改質した後のフッ素樹脂10の断面模式図である。
【0040】
アセトンは紫外光を吸収してラジカル化される。フッ素樹脂10の表面付近には、紫外光がアセトンに照射されて生成された{CHO}ラジカルと、水素ラジカルとが存在する。水素ラジカルは静電引力によりフッ素原子に接近し、HF(フッ化水素)を形成することで、フッ素原子と炭素原子の間の結合を切断する。フッ素樹脂10の表面からフッ素を引き抜かれた場所には、{CHO}ラジカル又は水素ラジカルが結合する。結合した後の様子が図2Bに示されている。
【0041】
フッ素樹脂と結合した{CHO}官能基(図2B中、(d))は酸素原子を含むため、極性がある。アセトンを使用した場合、{CHO}官能基にはカルボニル基を含んでいるため、親水性を示す。このようにして、フッ素樹脂の表面には、水素ラジカル及び{CHO}ラジカルにより、実質的に、炭素原子、水素原子及び酸素原子から構成される親水化層が形成される。
【0042】
図3A図3Bを参照しながら、酸素原子を含む有機化合物として、テトラヒドロフランを使用した例を説明する。図3Aは、図1Aと同様に、フッ素樹脂10(ここでは、PTFE)が表面改質される直前の様子を示したフッ素樹脂10の断面模式図である。図3Bは、図3Aのフッ素樹脂10を表面改質した後のフッ素樹脂10の断面模式図である。
【0043】
テトラヒドロフランは紫外光を吸収してラジカル化される。フッ素樹脂10の表面付近には、紫外光がテトラヒドロフランに照射されて生成された{CHO}ラジカルと、水素ラジカルとが存在する。水素ラジカルは静電引力によりフッ素原子に接近し、HF(フッ化水素)を形成することで、フッ素原子と炭素原子の間の結合を切断する。フッ素樹脂10の表面からフッ素を引き抜かれた場所には、{CHO}ラジカル又は水素ラジカルが結合する。結合した後の様子が図2Bに示されている。
【0044】
フッ素樹脂と結合した{CHO}官能基(図3B中、(e)と(f))は酸素原子を含むため、極性がある。テトラヒドロフランを使用した場合、{CHO}官能基にはエーテル結合を含んでいるため、一定の親水性を示す。このようにして、フッ素樹脂の表面には、水素ラジカル及び{CHO}ラジカルにより、実質的に、炭素原子、水素原子及び酸素原子から構成される親水化層が形成される。
【0045】
以上により、酸素原子を含む有機化合物であれば、当該有機化合物から得られた{CHO}官能基が酸素原子を含むため極性を有し、水素原子及び酸素原子から構成される親水化層を形成し得る。
【0046】
酸素原子を含む有機化合物の中でも、特に、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合の少なくとも一つを含む有機化合物であるとよい。さらに、アルコール、ケトン、アルデヒド及びフェノール類は、好適に使用される。アルコールとフェノール類はヒドロキシ基を含むため、上述したように、フッ素樹脂の表面において強い親水性を示す。ケトンとアルデヒドはカルボニル基を含んでいるため、フッ素樹脂の表面において強い親水性を示す。
【0047】
アルコールについて、メタノール(CHOH)、エタノール(COH)、・・・で示される1価アルコールのみならず、エチレングリコールやグリセリンなどの多価アルコールを使用できる。フェノール類は、芳香族にOH基が結合した物質の総称である。
【0048】
安全性や取扱いの簡便性、さらに入手の容易性や経済性を考慮すれば、アルコールの中では、炭素数が10以下のアルコールが好ましく、特に、炭素数が4以下のアルコールがより好ましい。ケトンの中では、炭素数が10以下のケトンが好ましい。また、炭素数が一つのメタノールは、人体に対して有害な作用を示すことがあるから、ラジカル源には、炭素数が2以上のアルコールがより好ましい。よって、炭素数が2以上4以下のアルコールが好ましい。ケトンの中では、アセトンがより好ましい。
【0049】
酸素原子を含む有機化合物と一緒に、他の材料、例えば、窒素や希ガスなど不活性ガスを供給しても構わない。不活性ガスの中でも、窒素は、入手の容易性や経済性が優れているので好ましい。酸素原子を含む有機化合物と一緒に供給する他の材料には、紫外光を吸収し易いガスを含まない方が好ましいが、少しならば紫外光を吸収し易いガスを含んでいても構わない。紫外光を吸収しやすいガスには、例えば、酸素(O)ガスが挙げられる。紫外光が照射される雰囲気の酸素ガスの濃度は、10000ppm以下であるとよく、好ましくは1000ppm以下であるとよい。
【0050】
[紫外光]
酸素原子を含む有機化合物に照射される紫外光は、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光である。
【0051】
本明細書において使用される、「少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光」とは、205nm以下に発光帯域を有する光である。斯かる光には、例えば、ブロード波長光における最大強度を示すピーク発光波長が205nm以下となる発光スペクトルを示す光や、複数の極大強度(複数のピーク)を示す発光波長を有する場合、そのうちのいずれかのピークが205nm以下の波長範囲に含まれるような発光スペクトルを示す光を含む。また、発光スペクトル内における全積分強度に対して、205nm以下の光が、少なくとも30%以上の積分強度を示す光も、「少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光」に含まれる。
【0052】
図4A図4Bを参照しながら、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を使用する理由について説明する。図4Aは、エタノール(COH)に対する紫外光の吸収スペクトルを表す。図4Bはメタノール(CHOH)に対する紫外光の吸収スペクトルを表す。いずれの酸素原子を含む有機化合物の吸収スペクトルにおいても、分子一個当たりの光の吸収断面積が、概ね1×10-20(cm・molecule-1)付近以上となる波長に基づいて設定されている。これは、本発明者らの鋭意研究の結果、ラジカル源の種類を問わず、分子一個当たりの光の吸収断面積が1×10-20(cm・molecule-1)付近以上である波長の紫外光が、概ね、ラジカル源からラジカルを効率的に生成できる吸収能を有することが、判明したことに基づいている。より好ましくは、分子一個当たりの光の吸収断面積が1×10-19(cm・molecule-1)以上となるように、波長が200nm以下の紫外光にするとよい。
【0053】
図4A及び図4Bではエタノールとメタノールについて示したが、エタノールとメタノール以外の酸素原子を含む有機化合物の場合でも、205nm以下の波長域の光を使用すると、光を吸収しやすく効果的である。
【0054】
[フッ素樹脂]
フッ素樹脂には、上述したPTFEの他に、PFA(パーフルオロアルコキシフッ素樹脂)、ETFE(エチレン・テトラフルオロエチレンコポリマー)、FEP(テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレンコポリマー)、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)など、様々な材料を使用できる。フッ素樹脂は、フッ素樹脂からなる板やフィルムなど、フッ素樹脂単体で構成されるものでも構わないし、母材となる他の材料の表面に設けられた複合体でも構わない。「フッ素樹脂を表面に有する材料」とは、フッ素樹脂単体、及び母材となる材料の少なくとも一部の表面にフッ素樹脂を設けた複合体、の両方を指す。フッ素樹脂の用途は特に限定されない。例えば、フッ素樹脂は回路基板材料として使用されるものでも構わないし、医療用に使用されるものでも構わない。
【0055】
[親水化層の利点]
フッ素樹脂に対し紫外光を使用して{CHO}官能基を有する親水化層を設けることで、フッ素樹脂の表面の濡れ性を大幅に高めること(接触角を大幅に低下させること)ができるようになった。これにより、従来、フッ素樹脂との接合が困難だった材料を、フッ素樹脂と接合できるようになった。紫外光を使用して表面改質されたフッ素樹脂の親水化層に、他の材料を押し付けることで、親水化層の{CHO}官能基と他の部材の表面との間に、共有結合や水素結合等の強い分子間力が発生し、フッ素樹脂と他の部材とを、接着剤等を使用することなく接合できる。他の部材の表面にも、上述した表面改質を行い、{CHO}官能基を付与しても構わない。これにより、接合を強固にできる。押し付ける際に、加熱しても構わない。加熱により共有結合や強い分子間力の形成を促進することができる。場合によっては、接合を強固にするために、接着剤を使用しても構わない。{CHO}官能基と接着剤との間にも共有結合や強い分子間力が発生するため、接着剤を使用した場合にも接合力が向上する。
【0056】
フッ素樹脂と接合する他の材料には、例えば、金属、樹脂、セラミック及びそれら(金属、樹脂又はセラミック)を含む複合材料が挙げられる。樹脂には、フッ素樹脂を含む。
フッ素樹脂を回路基板材料として使用する場合には、親水化層に接合する材料として、導電性を有する金属を使用しても構わない。
【0057】
図5Aは、表面改質したフッ素樹脂と銅箔とを接合した接合体の一例を示す。上述の表面改質方法で親水化層を設けたフッ素樹脂フィルム20の上に、銅箔30を積層しプレスする。そうすると、親水化層の{CHO}官能基と、銅箔との間で、強い分子間力が発生し、フッ素樹脂フィルム20と銅箔30とが接合される。これにより得られた接合体50は、回路基板材料として使用できる。なお、フッ素樹脂フィルム20と銅箔30とを高温・高圧下でプレスすると、より接合力が大きくなる。
【0058】
図5Aでは、表面改質したフッ素樹脂フィルム20と銅箔30とを直接接合した接合体の例を示したが、図5Bでは、表面改質したフッ素樹脂と銅箔とを接着剤を介して接合した接合体の例を示す。上述の表面改質方法で親水化層を設けたフッ素樹脂フィルム20の親水化層の上に、フィルム状の接着剤を貼付するか接着剤を塗布するなどして、接着剤層40を形成する。そして、銅箔30の両面に、接着剤層40を形成したフッ素樹脂フィルム20を、接着剤層40を挟むように貼り付ける。これにより、銅箔30をフッ素樹脂フィルム20で挟んだ接合体60が形成される。これにより得られた接合体60は、回路基板材料として使用できる。接着剤を使用して接合するので、高温又は高圧でプレスしなくても、高い接合力を得やすい。接着剤には、低誘電率・低誘電正接のものを使用してもよい。
【0059】
図5A及び図5Bで例示した接合体(50,60)を回路基板材料として使用する場合には、接合体(50,60)は、例えば、高速通信用フレキシブルプリント配線板(FPC)として使用できる。更には、表面改質したフッ素樹脂表面に、銅等の導電性部材をパターン状に形成させるものであっても構わない。
【0060】
[第一実施形態]
図6を参照しながら、表面改質方法の第一実施形態を説明する。
【0061】
紫外光を出射する光源1(ハッチングした領域)を内部に有する処理チャンバ2のステージ3上に、被処理物4を配置する。被処理物4は、板状のフッ素樹脂単体でも構わないし、少なくとも光源1に対向する表面上にフッ素樹脂層を有する材料でも構わない。
【0062】
処理チャンバ2に接続された入側配管8から酸素原子を含む有機化合物(以降、「ラジカル源」ということがある)を含むガス(以降、「ラジカル源含有ガス」ということがある)G1を供給し、出側配管9から処理チャンバ2内の雰囲気ガスG2を排出して、処理チャンバ2内の雰囲気ガスG2を、ラジカル源含有ガスG1に置換(パージ)する。本実施形態では、ラジカル源含有ガスG1は、酸素原子を含む有機化合物のガスの他に、不活性ガスを含んでいる。
【0063】
処理チャンバ2内をラジカル源含有ガスG1でパージした後に、紫外光L1(図中の破線矢印)を出射して、処理チャンバ2内のラジカル源含有ガスG1に光エネルギーを与えて{CHO}ラジカルと水素ラジカルを生成する。水素ラジカルにより、フッ素樹脂の表面からフッ素原子が引き抜かれ、フッ素原子の引き抜かれた表面に{CHO}ラジカルが結合することで、フッ素樹脂の表面に{CHO}官能基を有する親水化層が形成される。
【0064】
本実施形態では、フッ素樹脂の表面に対し比較的広範囲にわたって紫外光を照射できるため、短時間で大きな領域の表面改質を行うことができる。また、被処理物4の近傍にてラジカルを生成するため、生成したラジカルの利用効率が高い。
【0065】
被処理物4の配置について、紫外光L1はラジカル源含有ガスG1に吸収されるため、紫外光L1が被処理物近傍においてラジカルを生成するように、被処理物4が光源1から離れすぎないようにする。また、被処理物4が光源1に接近しすぎると光を吸収するラジカル源含有ガスG1の量が減少するため、被処理物4が光源1に接近しすぎないようにする。つまり、紫外光L1によりラジカルを生成し、生成したラジカルが被処理物4の表面に接触できる程度に、被処理物4を光源1から離間させる。
【0066】
表面改質を行う間、ラジカル源含有ガスG1を処理チャンバ2に供給し続けながら紫外光L1を出射しても構わないし、入側配管8と処理チャンバ2の間、及び出側配管9と処理チャンバ2の間を、それぞれバルブ等で遮断し、ラジカル源含有ガスG1の供給を停止した状態で紫外光L1を出射しても構わない。
【0067】
光源1は、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を放射する光源である。斯かる光源には、ピーク波長が172nmのキセノンエキシマランプ、ピーク波長が193nmのArFエキシマランプ、ピーク波長が146nmのKrエキシマランプ、ピーク波長が185nmの低圧水銀ランプなどが挙げられる。特に、酸素原子を含む有機化合物の各吸収係数から考察すると、ピーク波長193nmの光源よりも、ピーク波長172nmの光源の方が光吸収率は高く、使用する光源として好ましい。例えば、有機化合物としてエタノールを選定する場合、波長193nmの吸収断面積は4.7×10-19cmであるのに対し、波長172nmの吸収断面積は7.1×10-19cmとなり、光吸収率は約1.5倍にまで向上する。
また光源1には、単一波長に近い紫外線を生成可能なエキシマランプを用いることが望ましい。波長205nm以下の光源としてガスレーザ等の光源を検討することも可能だが、レーザ光源の場合は大面積を一様に処理することが困難であり、処理ムラを発生させる要因となる。特に、本用途においてフッ素樹脂の表層を一様に処理する場合は、実用上、レーザ光源の利用は困難である。光源1としてエキシマランプを用いる場合は、特に、大面積を一様に処理することが可能であり、瞬時点灯の特性にも優れていることから、本用途に最も優れた光源である。
【0068】
図7は、第一実施形態の変形例を示す。2つの被処理物(4a,4b)が光源1を挟んで配置されている。2つの被処理物(4a,4b)を同時に表面改質することができる。
図7では、2つの被処理物(4a,4b)が、光源1から互いに等距離になるように配置して表面改質速度の統一を図っている。なお、2つの被処理物(4a,4b)を光源1から等距離に配置しなくても構わない。
【0069】
[第二実施形態]
図8を参照しながら、表面改質方法の第二実施形態について説明する。以下に説明する以外の事項は、第一実施形態と同様に実施できる。図8では、酸素原子を含む有機化合物を含有する液(以下、「ラジカル源含有液」ということがある)5が被処理物4を覆うように供給されている。例えば、常温常圧下で酸素原子を含む有機化合物が液体である場合には、被処理物4にラジカル源含有液5を注いで被処理物4の表面を濡らすか、被処理物4上にラジカル源含有液5からなる液膜を形成する。本実施形態において、ラジカル源含有液5は、被処理物4と光源1との間を満たすように供給されている。処理チャンバ2の内において、光源1の点灯前に、不図示の供給ノズルから被処理物4の上にラジカル源含有液5を供給しても構わない。または、処理チャンバ2の外において、ラジカル源含有液5を被処理物4の上に供給し、濡らした(または、液膜を形成した)被処理物4を処理チャンバ2の中に搬入しても構わない。ここで、処理チャンバ2内は、雰囲気ガスとして窒素ガスや希ガス等の不活性ガスが充填されると好ましい。また、ラジカル源含有液5は、被処理物4と光源1との間を満たしていなくても構わない。
【0070】
上述したように、酸素原子を含む有機化合物は固体でも構わない。酸素原子を含む有機化合物が固体である場合には、被処理物4の上に当該固体を配置しても構わない。ただし、当該固体は、紫外光が当該固体を透過しフッ素樹脂の表面に到達できる厚みを有することが求められる。斯かる固体の厚みは材料によって異なるが、例えば、0.1mm以下であるとよい。
【0071】
固体の酸素原子を含む有機化合物には、フェノール等の常温常圧下で固体として存在するラジカル源、炭素数の多いアルコールを含むラジカル源、低温又は高圧下では固体として存在するラジカル源(処理チャンバ内を低温又は高圧環境にすることを前提とする)、石鹸や油脂等を加えてゲル化したアルコール等が考えられる。
【0072】
[第三実施形態]
表面改質方法の第三実施形態につき、図9を参照しながら説明する。以下に説明する以外の事項は、第一実施形態及び第二実施形態と同様に実施できる。図9において、ガスG3はラジカル源含有ガスである。ラジカル源含有ガスG3が流れる配管6の外に配置された光源1から、配管6内を通過するラジカル源含有ガスG3に向かって紫外光L1を照射して、ラジカル源含有ガスG3に含まれるラジカル源に光エネルギーを与えて、{CHO}ラジカル及び水素ラジカルを生成する。そして、{CHO}ラジカル及び水素ラジカルを含むガスを配管6の先端7から被処理物4の表面に向けて吹きつける。フッ素樹脂の表面に水素ラジカル及び{CHO}ラジカルが接触すると、被処理物4の表面のフッ素原子が{CHO}官能基に置換され、親水化層が形成される。本実施形態では、被処理物4と配管6の先端7との間隔を保ちつつ、被処理物4と先端7を相対移動させることで、表面改質が必要な領域のみを選択的に処理できる。また、本実施形態では、チャンバ等で囲われた処理空間全体をラジカル源含有ガスG3でパージしなくてもよい。
【0073】
本実施形態において、光源1が複数の配管6に挟まれる配置であるが、この配置に限られない。例えば、一つの配管の内壁に接することなく、当該配管の中央に光源1が挿入されるような配置でも構わないし、複数の光源が、一つ又は複数の配管を取り囲むような配置でも構わない。さらに、本実施形態において、光源1が配管6の先端7の近傍に配置されているが、光源1が先端7から離れた配管6に配置されても構わない。本実施形態は、酸素原子を含む有機化合物が流体であるときに使用できる。
【0074】
以上で第一実施形態、第二実施形態及び第三実施形態を説明した。しかしながら、本発明は、上記した各実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、上記の各実施形態に種々の変更又は改良を加えたりすることができる。また、第一実施形態と第三実施形態とを組み合わせて、被処理物の表面に接触させる前に前記ラジカル源に前記紫外光を照射すること、被処理物の表面にラジカル源(酸素原子を含む有機化合物)を接触させた後に紫外光を照射することの両方を行ってもよい。これにより、ラジカルの生成効率を高めることができる。
【実施例
【0075】
[実施例1]
上記第一実施形態(図6)の表面改質方法で、フッ素樹脂の表面改質を行った。被処理物4として淀川ヒューテック株式会社製のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)を準備し、処理チャンバ2内に、光源1から1mmの間隔を空けて配置した。光源1には、ピーク波長172nmのキセノンエキシマランプを使用した。光源1の表面での放射照度は43mW/cmである。
【0076】
ラジカル源として99.5vol%濃度の酸素原子を含む有機化合物(ラジカル源)を20mL準備し、ラジカル源中に窒素ガスを2L/minで送り込み、バブリングすることで、窒素ガスにラジカル源の蒸気を含むラジカル源含有ガスG1を作製した。作製したラジカル源含有ガスG1を、処理チャンバ2内に送り込んだ。ラジカル源にはエタノールを使用した。
【0077】
ラジカル源含有ガスG1を送り込むことで、処理チャンバ2内に元々存在していた空気等の雰囲気ガスを処理チャンバ2から排出した。処理チャンバ2の出口には、不図示の酸素濃度計(株式会社イチネンジコー製のJKO-25 Ver.3)を接続している。ラジカル源含有ガスG1の送り込みを開始してから濃度計の酸素ガス濃度がほぼ0%を示すようになると、処理チャンバ2内の雰囲気ガスがラジカル源含有ガスG1に概ね置換されたと判断し、紫外光ランプを点灯しPTFEの表面改質を行った。
【0078】
表面改質の処理時間(紫外光の照射時間)を0秒、60秒、120秒で異ならせたそれぞれについて被処理物の水接触角を接触角計(協和界面化学株式会社製のDMs-401)によって計測した。処理時間が0秒の場合は、未処理の被処理物(PTFEの表面)の水接触角を表す。水接触角の計測は、接触角計の測定結果から楕円のカーブフィッティング法により接触角を算出して行った。この接触角の算出を、同一の被処理物4の表面3箇所それぞれにおいて行い、3箇所で計測した水接触角を平均することにより、最終的な水接触角を求めた。他の水接触角の計測条件については、JIS R 3257「基板ガラス表面のぬれ性試験方法」に準拠した。計測結果を表1に表す。
【0079】
[実施例2]
ラジカル源にIPA(イソプロピルアルコール)を使用した。それ以外の条件(窒素ガスの流量、照射条件、計測条件等)は、実施例1と同じである。計測結果を表1に表す。
【0080】
[実施例3]
ラジカル源にアセトンを使用した。それ以外の条件(窒素ガスの流量、照射条件、計測条件等)は、実施例1と同じである。計測結果を表1に表す。
【0081】
[実施例4]
ラジカル源にテトラヒドロフランを使用した。それ以外の条件(窒素ガスの流量、照射条件、計測条件等)は、実施例1と同じである。計測結果を表1に表す。
【0082】
[実施例5]
被処理物4としてニチアス株式会社製のPFA(パーフルフオロアルコキシアルカン)を使用し、ラジカル源に、エタノールを使用した。それ以外の条件(窒素ガスの流量、照射条件、計測条件等)は、実施例1と同じである。計測結果を表1に表す。
【0083】
[実施例6]
ラジカル源にIPA(イソプロピルアルコール)を使用した。それ以外の条件(窒素ガスの流量、照射条件、計測条件等)は、実施例5と同じである。計測結果を表1に表す。
【0084】
[実施例7]
ラジカル源にアセトンを使用した。それ以外の条件(窒素ガスの流量、照射条件、計測条件等)は、実施例5と同じである。計測結果を表1に表す。
【0085】
[実施例8]
ラジカル源にテトラヒドロフランを使用した。それ以外の条件(窒素ガスの流量、照射条件、計測条件等)は、実施例5と同じである。計測結果を表1に表す。
【0086】
[比較例]
酸素原子を含む有機化合物を含まないガスの例として、窒素ガスのみを2L/minで送り込み、窒素ガスの雰囲気下で上述の紫外光を照射した結果を比較例として、表1に示す。比較例1は、被処理物4として淀川ヒューテック株式会社製のPTFEを使用しており、比較例2は、被処理物4としてニチアス株式会社製のPFAを使用している。その他の条件は、実施例と同じである。
【0087】
【表1】
【0088】
上の表から、表面改質の処理時間(紫外光の照射時間)が増加するとともに接触角が低下し、親水化が進んだことがわかる。特にエタノール(実施例1,5)を使用した場合には、親水化が顕著に進んだことがわかる。
【0089】
[XPSによる分析]
上記第一実施形態(図6)の表面改質方法で、表面改質を行ったフッ素樹脂の表面をXPS(X線光電子分光)で分析した。XPSには、アルバック・ファイ株式会社製のPHI Quantera SXMを使用した。本分析の表面改質方法では、酸素原子を含む有機化合物としてエタノールを使用し、被処理物4として淀川ヒューテック株式会社製のPTFEを使用している。
【0090】
図10A図10Cは、上述の表面改質方法に基づいたフッ素樹脂の表面の、XPSによるサーベイ分析(ワイドスキャン分析)の結果を表すグラフである。図10Aは、表面改質の処理時間0秒における(未処理の)フッ素樹脂表面の分析結果である。図10Bは、表面改質の処理時間60秒におけるフッ素樹脂表面の分析結果である。図10Cは、表面改質の処理時間120秒におけるフッ素樹脂表面の分析結果である。いずれのグラフも、横軸に結合エネルギー、縦軸に測定した光電子スペクトルの強度(単位:c/s)を表す。
【0091】
図10Aに示されるように、未処理のフッ素樹脂表面から、主に、F原子のピーク(図中、「F」で示す。以下同様)とC原子のピーク(図中、「C」で示す。以下同様)が検出された。未処理のフッ素樹脂表面の単位体積における各原子の原子百分率は、C:32.9at%、F:67.1at%であった。図10Bに示されるように、処理時間60秒のフッ素樹脂表面から、主に、F原子のピークと、C原子のピークと、O原子のピーク(図中、「O」で示す。以下同様)が検出された。処理時間60秒のフッ素樹脂表面の単位体積における各原子の原子百分率は、C:51.4at%、O:5.4at%、F:43.2at%であった。図10Cに示されるように、処理時間120秒のフッ素樹脂表面から、主に、C原子のピークと、O原子のピークが検出された。処理時間120秒のフッ素樹脂表面の単位体積における各原子の原子百分率は、C:77.2at%、O:18.6at%、F:4.2at%であった。よって、フッ素樹脂表面において、表面改質時間の増加とともに、フッ素の検出量が低下し、炭素と酸素の検出量が増加したことが確認された。なお、水素原子はXPSでは検出し難いため、検出対象から外している。
【0092】
XPSは、通常4~5nmの検出深さを有する。そのため、フッ素樹脂の最表面では、計測結果よりもさらにフッ素の検出量が低下し、炭素と酸素の検出量が増加していると考えられる。なお、ラジカル源含有ガスG1に含まれる窒素ガスの成分は、フッ素樹脂表面からほとんど検出されていない。
【0093】
図11A図11Cは、上述の表面改質方法に基づいたフッ素樹脂の表面の、C1sのピーク位置付近のXPSナロースキャン分析の結果を表すグラフである。図11Aは、処理時間0秒における(未処理の)フッ素樹脂表面の分析結果である。図11Bは、処理時間60秒におけるフッ素樹脂表面の分析結果である。図11Cは、処理時間120秒におけるフッ素樹脂表面の分析結果である。いずれのグラフも、横軸に結合エネルギー(単位:eV)、縦軸に測定した光電子の強度(単位:c/s)を表す。
【0094】
図11Aから、処理時間0秒(未処理)では、292eVを中心としたピーク(図中、「CF」と表示)や、294eVを中心としたピーク(図中、「CF」と表示)や、289eVを中心としたピーク(図中、「CHF」と表示)がみられる。これらの結果より、フッ素樹脂の表面にはC-F結合が多いことを表す。処理時間60秒では、CF結合の292eVのピークが低下し、284eVを中心としたC-H結合のピーク(図中、「CH」と表示)、286eVを中心としたC-OH結合のピーク(図中、「C-OH」と表示)および287eVを中心としたC=O結合のピーク(図中、「C=O」と表示)が見られるようになっている。処理時間120秒では、さらに、C-F結合のピークが見えなくなり、CH結合、C-OH結合およびC=O結合が増える傾向が強くなる。つまり、表面改質時間の増加とともに、フッ素樹脂の表面において、C-F結合の数が低減するのに対し、C-H結合及びC-O結合の数が増加することが確認された。なお、主反応によりC-OHが生成されるところ、雰囲気に微量に含まれる酸素や水蒸気によって、一部のC-OHが酸化されてC=O結合が生成していると考えられる。
【0095】
このように、フッ素樹脂表面の、C1sのピーク位置付近のXPSナロースキャン分析の結果から、フッ素樹脂表面にC-H結合のピーク、又は、C-OH結合のピーク、又は、C=O結合のピーク等が確認される場合に、フッ素樹脂とは異なる親水化層が、フッ素樹脂表面に形成されたと判断することができる。
【符号の説明】
【0096】
1 :光源
2 :処理チャンバ
3 :ステージ
4 :被処理物
5 :ラジカル源含有液
6 :配管
7 :先端
8 :入側配管
9 :出側配管
10 :フッ素樹脂
20 :フッ素樹脂フィルム
30 :銅箔
40 :接着剤層
50,60:接合体
G1 :ラジカル源含有ガス
G2 :雰囲気ガス
G3 :ラジカル源含有ガス
L1 :紫外光
図1A
図1B
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6
図7
図8
図9
図10A
図10B
図10C
図11A
図11B
図11C