IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三友特殊精工株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧

<>
  • 特許-摺動構造 図1
  • 特許-摺動構造 図2
  • 特許-摺動構造 図3
  • 特許-摺動構造 図4
  • 特許-摺動構造 図5
  • 特許-摺動構造 図6
  • 特許-摺動構造 図7
  • 特許-摺動構造 図8
  • 特許-摺動構造 図9
  • 特許-摺動構造 図10
  • 特許-摺動構造 図11
  • 特許-摺動構造 図12
  • 特許-摺動構造 図13
  • 特許-摺動構造 図14
  • 特許-摺動構造 図15
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-01
(45)【発行日】2024-05-13
(54)【発明の名称】摺動構造
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/24 20060101AFI20240502BHJP
   F16C 17/14 20060101ALI20240502BHJP
【FI】
F16C33/24 A
F16C17/14
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2023543921
(86)(22)【出願日】2022-08-23
(86)【国際出願番号】 JP2022031662
(87)【国際公開番号】W WO2023027055
(87)【国際公開日】2023-03-02
【審査請求日】2023-10-23
(31)【優先権主張番号】P 2021138707
(32)【優先日】2021-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)令和4年5月12日「トライボロジー会議2022 春 東京 予稿集」が掲載されたウェブサイトで掲載(2)令和4年5月23日オンラインにおいて開催された「トライボロジー会議2022 春 東京」で発表
(73)【特許権者】
【識別番号】591158195
【氏名又は名称】三友特殊精工株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100110744
【弁理士】
【氏名又は名称】藤川 敬知
(72)【発明者】
【氏名】堀場 夏峰
(72)【発明者】
【氏名】上坂 裕之
【審査官】鈴木 貴晴
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-517165(JP,A)
【文献】特開2019-025498(JP,A)
【文献】実開平6-84021(JP,U)
【文献】特表2002-522593(JP,A)
【文献】特開2010-255682(JP,A)
【文献】特開2000-346059(JP,A)
【文献】特開平8-247150(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 17/00
-17/26
F16C 33/00
-33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動面をそれぞれ有する第1、第2摺動要素を備え、前記各摺動面同士が水層を介して接することにより前記第1、第2摺動要素同士が相対的に摺動する摺動構造であって、
前記第1、第2摺動要素は、母材と、前記母材の表面に前記摺動面としての硬質層とを各々備えると共に、
前記第1、第2摺動要素のうち少なくとも一方の前記硬質層は、ナノシリカ粒子が担持されたナノシリカ層を備え且つ表面に水酸基を有する、摺動構造。
【請求項2】
摺動面をそれぞれ有する第1、第2摺動要素を備え、前記各摺動面同士が水層を介して接することにより前記第1、第2摺動要素同士が相対的に摺動する摺動構造であって、
前記第1、第2摺動要素は、母材と、前記母材の表面に前記摺動面としての硬質層とを各々備えると共に、
前記第1、第2摺動要素のうち少なくとも一方の前記硬質層は、ナノシリカ粒子が担持されたナノシリカ層を備え、
前記ナノシリカ層は、前記硬質層の活性化した水酸基と前記ナノシリカ粒子が有する水酸基との共有結合に関連して前記硬質層に担持されている、摺動構造。
【請求項3】
前記第1、第2摺動要素における両方の前記各硬質層が、前記ナノシリカ層をそれぞれ備える、請求項1又は2に記載の摺動構造。
【請求項4】
前記各硬質層は、ビッカース硬度1000Hv以上である請求項1又は2に記載の摺動構造。
【請求項5】
前記第1、第2摺動要素における少なくとも一方の前記硬質層は、前記母材の表面に形成されたダイヤモンドライクカーボンからなる、請求項に記載の摺動構造。
【請求項6】
前記ダイヤモンドライクカーボンは、シリコンを含有する、請求項に記載の摺動構造。
【請求項7】
前記第1、第2摺動要素における少なくとも一方の前記硬質層は、前記母材の一部である、請求項1又は2に記載の摺動構造。
【請求項8】
前記硬質層を構成する前記母材は、セラミックスからなる、請求項に記載の摺動構造。
【請求項9】
前記第1、第2摺動要素における両方の前記各硬質層は、それぞれ前記各母材の一部であり、
前記各硬質層を構成する前記各母材は、セラミックスからなる、請求項に記載の摺動構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動構造に関し、特に水潤滑による摺動構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、水中ポンプの軸受などには、水潤滑によるセラミックスを使用したメカニカルシールが採用されている(例えば、特許文献1等参照。)。特許文献1には、セラミックス材料におけるピンオンディスク試験において、シランカップリング剤を添加することで、セラミックス表面にシロキサン結合の皮膜を形成し水潤滑特性を発揮させる発明が開示されている。
【0003】
また、摺動部材などにコーティング材料として、ダイヤモンドライクカーボン等の硬質炭素膜を利用した技術が提案されている(例えば、特許文献2等参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平01-290577号公報
【文献】特許第6095090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に係る従来技術で使用されるセラミックスは、難加工性であると共に高コストの材料であるという課題がある。また、この従来技術の方法には、水溶液を摩擦面に適量添加させなければならないため、実用上の課題が多く残されている。
【0006】
一方、特許文献2に係る従来技術では、第1の摺動部材におけるドロップレットの平均高さが、第1の摺動部材と第2の摺動部材とを摺動させるときに第2の摺動部材からの荷重によって第1の摺動部材に生じる弾性変形量よりも小さくなるまで、第1の摺動部材と第2の摺動部材とのなじみ処理を液体が存在しない環境下で行うための工数が必要という課題がある。
【0007】
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものであり、簡単な構成で優れた水潤滑摺動特性を発現する摺動構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る摺動構造は、摺動面をそれぞれ有する第1、第2摺動要素を備え、前記各摺動面同士が水層を介して接することにより前記第1、第2摺動要素同士が相対的に摺動する摺動構造であって、前記第1、第2摺動要素は、母材と、前記母材の表面に前記摺動面としての硬質層とを各々備えると共に、前記第1、第2摺動要素のうち少なくとも一方の前記硬質層は、ナノシリカ粒子が担持されたナノシリカ層を備える。
【0009】
また、本発明に係る摺動構造では、前記少なくとも一方の前記硬質層は、表面に水酸基を有する。
【0010】
また、本発明に係る摺動構造では、前記ナノシリカ層は、前記硬質層の活性化した水酸基と前記ナノシリカ粒子が有する水酸基との共有結合に関連して前記硬質層に担持されている。
【0011】
また、本発明に係る摺動構造では、前記第1、第2摺動要素における両方の前記各硬質層が、前記ナノシリカ層をそれぞれ備える。
【0012】
また、本発明に係る摺動構造では、前記各硬質層は、ビッカース硬度1000Hv以上である。
【0013】
また、本発明に係る摺動構造では、前記第1、第2摺動要素における少なくとも一方の前記硬質層は、前記母材の表面に形成されたダイヤモンドライクカーボンからなる。
【0014】
また、本発明に係る摺動構造では、前記ダイヤモンドライクカーボンは、シリコンを含有する。
【0015】
また、本発明に係る摺動構造では、前記第1、第2摺動要素における少なくとも一方の前記硬質層は、前記母材の一部である。
【0016】
また、本発明に係る摺動構造では、前記硬質層を構成する前記母材は、セラミックスからなる。
【0017】
また、本発明に係る摺動構造では、前記第1、第2摺動要素における両方の前記各硬質層は、それぞれ前記各母材の一部であり、前記各硬質層を構成する前記各母材は、セラミックスからなる。
【0018】
本発明に係る摺動構造によれば、ナノシリカ層の表面が水層に覆われ、適切なすべり速度と荷重とが負荷されることで水潤滑特性を発現し、第1、第2摺動要素同士が相対的に低摩擦で摺動する。よって、簡単な構成で優れた水潤滑摺動特性を発現する摺動構造を提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の第1実施形態に係る摺動構造を模式的に示す断面図である。
図2】本発明の第2実施形態に係る摺動構造を模式的に示す断面図である。
図3】本発明の第3実施形態に係る摺動構造を模式的に示す断面図である。
図4】本発明の第4実施形態に係る摺動構造を模式的に示す断面図である。
図5】摩擦摩耗試験の対象である一対の試験片を示す斜視図である。
図6】摩擦摩耗試験に使用する摩擦摩耗試験機及び試験治具を示す断面構造である。
図7】各試験片においてナノシリカ粒子の担持前後における酸素カウント数の差分を示すグラフである。
図8】実施例1及び比較例1の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。
図9】実施例2及び比較例2の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。
図10】実施例3の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。
図11】実施例4及び実施例5の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。
図12】実施例6の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。
図13】実施例7及び比較例3の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。
図14】実施例8の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。
図15】実施例9の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る摺動構造を具体化した各実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0021】
<第1実施形態>
最初に、本発明の第1実施形態に係る摺動構造1の構成について、図1を参照しつつ説明する。図1は、本発明の第1実施形態に係る摺動構造1を模式的に示す断面図である。
【0022】
摺動構造1は、摺動面をそれぞれ有する第1、第2摺動要素10,20を備え、各摺動面同士が水層30を介して接することにより、第1、第2摺動要素10,20同士が相対的に摺動する摺動構造である。
【0023】
第1、第2摺動要素10,20は、母材11,21と、母材11,21の表面に形成された摺動面として硬質層12,22とを各々有する。
【0024】
母材11,21は、それぞれ鋼材からなり、表面同士を平行にして互いに対向配置される。母材11,21は、例えば、SUS440Cを所定形状に加工して、焼き入れ硬度HRC58に焼き入れを施した物を用いることができる。さらに、母材11,21の互いに対向する表面にラッピング加工を施すことにより、例えば面粗度Ra0.01に仕上げられる。
【0025】
硬質層12,22は、母材11,21において互いに対向する表面にそれぞれ形成された層である。より具体的には、各硬質層12,22は、シリコン含有ダイヤモンドライクカーボン(以下、Si-DLCと称する)コーティングを施すことにより形成される。
【0026】
第1、第2摺動要素10,20における両方の硬質層12,22は、ナノシリカ粒子が担持されたナノシリカ層13,23をそれぞれ備える。
【0027】
ナノシリカ層13,23は、具体的には、まず硬質層12,22にArガスによる大気圧プラズマ処理を施して表面水酸基を活性化させ、この状態で硬質層12,22の表面に水分散コロイダルシリカを塗布して水分散ナノシリカ粒子の表面水酸基を付着させる。そして、乾燥時に硬質層12,22表面の水酸基とナノシリカ粒子表面の水酸基とが脱水縮合して共有結合することにより、各硬質層12,22にナノシリカ粒子が担持されたナノシリカ層13,23が形成される。尚、硬質層12,22表面の水酸基とナノシリカ粒子表面の水酸基とが脱水縮合して共有結合することは、水中摩擦中にナノシリカ粒子が脱落しないための必須条件であるが、初期段階で確実に共有結合が行われていることは必須ではない。第1、第2摺動要素10,20の使用前に、ナノシリカ粒子が脱落することなく各硬質層12,22を覆っている状態が確保されていればよい。また、大気圧プラズマ処理は、Arガスに限らず酸素、窒素等表面水酸基を活性化可能なガスを用いることができる。さらに、表面水酸基を活性化させる方法として、大気圧プラズマ処理の他、紫外線、電子線又はγ線等の照射を行う方法を用いてもよい。
【0028】
水層30は、ナノシリカ層13,23間に介在してナノシリカ層13,23表面を覆う水の層である。ナノシリカ層13,23同士を重ね合わせると、それらの間に水層30が介在する。その後、適切なすべり速度と荷重が負荷されることで水潤滑特性が発現する。
【0029】
<第2実施形態>
次に、本発明の第2実施形態に係る摺動構造2の構成について、図2を参照しつつ説明する。図2は、本発明の第2実施形態に係る摺動構造2を模式的に示す断面図である。尚、上記第1実施形態と同一の構成については同一の符号を付し、それらについての詳細な説明を省略する(他の実施形態の説明も同様とする。)。
【0030】
上記第1実施形態では、第1、第2摺動要素10,20の両方の硬質層12,22にそれぞれナノシリカ層13,23を設ける構成とした。一方、本実施形態では、図2に示すように、第2摺動要素20の硬質層22にのみナノシリカ層23が形成され、第1摺動要素10の硬質層12にはナノシリカ層13が形成されていない。
【0031】
従って、本実施形態では、第1摺動要素10の硬質層12の表面と第2摺動要素20のナノシリカ層23との間に水層30が形成される構造となっている。
【0032】
<第3実施形態>
次に、本発明の第3実施形態に係る摺動構造3の構成について、図3を参照しつつ説明する。図3は、本発明の第3実施形態に係る摺動構造3を模式的に示す断面図である。
【0033】
本実施形態では、第1摺動要素10の母材11は、上記第1実施形態と同様の鋼材(例えばSUS440C)からなる。一方、第2摺動要素20の母材21は、セラミックス(例えば、窒化ケイ素、炭化ケイ素など)からなり、母材21自体が第1実施形態における硬質層22を兼ねる構造となっている。また、第2摺動要素20の母材21表面にのみナノシリカ層23が形成され、第1摺動要素10の硬質層12にはナノシリカ層13が形成されていない。
【0034】
従って、本実施形態では、第1摺動要素10の硬質層12の表面と第2摺動要素20のナノシリカ層23との間に水層30が形成される構造となっている。
【0035】
<第4実施形態>
次に、本発明の第4実施形態に係る摺動構造4の構成について、図4を参照しつつ説明する。図4は、本発明の第4実施形態に係る摺動構造4を模式的に示す断面図である。
【0036】
本実施形態では、第1摺動要素10の母材11は、セラミックス(例えば、窒化ケイ素、炭化ケイ素など)からなり、母材11自体が第1実施形態における硬質層12を兼ねる構造となっている。また、第1摺動要素10の母材11表面にナノシリカ層13が形成されている。同様に、第2摺動要素20の母材21は、セラミックス(例えば、窒化ケイ素、炭化ケイ素など)からなり、母材21自体が第1実施形態における硬質層22を兼ねる構造となっている。また、第2摺動要素20の母材21表面にナノシリカ層23が形成されている。
【0037】
従って、本実施形態では、第1摺動要素10のナノシリカ層23と第2摺動要素20のナノシリカ層23との間に水層30が形成される構造となっている。
【0038】
<第1~第4実施形態のまとめ>
本発明の第1~第4実施形態に係る摺動構造1~4は、摺動面をそれぞれ有する第1、第2摺動要素10,20を備え、各摺動面同士が水層30を介して接することにより、第1、第2摺動要素10,20同士が相対的に摺動する摺動構造であって、第1、第2摺動要素10,20は、母材11,21と、摺動面として母材11,21の表面に形成された硬質層12,22とを各々備えると共に、第1、第2摺動要素10,20のうち少なくとも一方の硬質層12又は22は、ナノシリカ粒子が担持されたナノシリカ層13又は23を備える。
【0039】
この構成によれば、ナノシリカ層13又は23の表面が水層30に覆われ、適切なすべり速度と荷重とが負荷されることで水潤滑摺動特性を発現し、第1、第2摺動要素10,20同士が相対的に低摩擦で摺動する。よって、簡単な構成で優れた水潤滑特性を発現する摺動構造を提供することができるという効果を奏する。
【0040】
また、ナノシリカ層13又は23を備える硬質層12又は22は、表面に水酸基を有する。また、ナノシリカ層13又は23は、硬質層12又は22の活性化した水酸基とナノシリカ粒子が有する水酸基との共有結合に関連して硬質層12又は22に担持されている。
【0041】
この構成によれば、ナノシリカ粒子が担持されたナノシリカ層13又は23によって水潤滑摺動特性の向上を図ることができる。
【0042】
また、第1実施形態に係る摺動構造1では、第1、第2摺動要素10,20における両方の各硬質層12,22が、ナノシリカ層13,23をそれぞれ備える。
【0043】
この構成によれば、第1、第2摺動要素10,20にそれぞれナノシリカ層13,23が設けられることによって、より一層、水潤滑摺動特性の向上を図ることができる。
【0044】
また、各硬質層12,22は、ビッカース硬度1000Hv以上である。
【0045】
この構成によれば、ビッカース硬度1000Hv以上である硬質層12,22によって、低摩擦の摺動特性を実現することができる。
【0046】
また、第1、第2実施形態に係る摺動構造1,2では、第1、第2摺動要素10,20における少なくとも一方の硬質層12又は22は、母材11,21の表面に形成されたダイヤモンドライクカーボンからなる。特に、ダイヤモンドライクカーボンは、シリコンを含有するものでもよい。
【0047】
この構成によれば、硬質層12又は22は、母材11,21の表面に形成されたダイヤモンドライクカーボンからなるので、低摩擦の摺動特性を確実に実現することができる。
【0048】
また、第3実施形態に係る摺動構造3では、第1、第2摺動要素10,20における少なくとも一方の硬質層12又は22は、母材11又は21の一部である。特に、硬質層12又は22を構成する母材11又は21は、セラミックスからなる。
【0049】
この構成によれば、母材11又は21として十分な硬度を有する材質(例えば、窒化ケイ素又は炭化ケイ素などのセラミックス)を用いた場合、硬質層12又は22を兼ねることができるので、より一層、簡単な構成で優れた水潤滑特性を発現することができる。
【0050】
また、第4実施形態に係る摺動構造4では、第1、第2摺動要素10,20における両方の各硬質層12,22は、それぞれ各母材11,21の一部であり、各硬質層12,22を構成する各母材11,21は、セラミックスからなる。
【0051】
この構成によれば、母材11,21として十分な硬度を有する材質(例えば、窒化ケイ素又は炭化ケイ素などのセラミックス)を用いた場合、硬質層12,22を兼ねることができるので、より一層、簡単な構成で優れた水潤滑特性を発現することができる。
【実施例
【0052】
以下、上記各実施形態に関する各実施例について説明する。最初に、各実施例において共通の摩擦摩耗試験の概略について、図5図7を参照しつつ説明する。図5は、摩擦摩耗試験の対象である一対の試験片を示す斜視図である。図6は、摩擦摩耗試験に使用する摩擦摩耗試験機100及び試験治具200を示す断面構造である。図7は、各試験片においてナノシリカ粒子の担持前後における酸素カウント数の差分を示すグラフである。
【0053】
各実施例では、第1~第4実施形態に係る摺動構造1~4を構成する第1摺動要素10及び第2摺動要素20として、図5に示すように、一対の試験片、すなわちリング形状を呈するリング試験片及びディスク形状を呈するディスク試験片を使用して、リングオンディスク試験を実施した。第1摺動要素10としてのリング試験片は、外径16mm、内径11.4mmのリング形状であって、厚みが7mmである。第2摺動要素20としてのディスク試験片は、一辺が20mmの正方形状であって、厚みが4mmである。
【0054】
各実施例の摩擦摩耗試験では、株式会社エー・アンド・ディ製の摩擦摩耗試験機(型式EFM-3-H)を使用した。摩擦摩耗試験機100は、図6に示すように、装置上部に設けられて一対の試験片に下向きの荷重を引加する荷重機構101と、装置下部に設けられて一対の試験片の一方を回転させる回転機構102とを備えて構成される。
【0055】
また、リング試験片(第1摺動要素10)及びディスク試験片(第2摺動要素20)を摩擦摩耗試験機100に取付けるための治具として、試験治具200を使用した。試験治具200は、リング試験片を荷重機構101に取付けるための上側治具201と、ディスク試験片を回転機構102に取付けるための下側治具202とを備える。上側治具201は、荷重機構101との間で鋼球201aを介して姿勢角度が可変であり、リング試験片とディスク試験片とが常に正対するように構成されている。下側治具202は、上面が凹状に形成されており、水を溜めることができる。互いに対向して重ね合わされるリング試験片の表面とディスク試験片の表面とが水面下に没する状態となるように、下側治具202上面の凹状部内に水が供給される。
【0056】
各実施例では、走査電子顕微鏡及びエネルギー分散形X線検出器を用いて、各試験片の酸素量をカウントし、ナノシリカ粒子の担持前後における酸素カウント数の差分を求めた(図7参照)。ナノシリカ層には酸素が存在するが、硬質層には存在しない酸素の量をカウントすることで、ナノシリカ粒子の担持量を推定することができる。硬質層の表面水酸基の量に応じて酸素量のカウント数が変化していることから、上記方法でナノシリカ粒子の担持量を観測できることがわかる。
【0057】
(実施例1)
実施例1に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、硬質層12をSi含有率25%のSi-DLCコーティングとし、ナノシリカ層13をナノシリカ粒径9nm担持とした。同様に、実施例1に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、硬質層22をSi含有率25%のSi-DLCコーティングとし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。
【0058】
試験条件は、すべり速度を12[mm/s]とし、リング試験片としてφ16×φ11.4×7[mm](外径16mm、内径11.4mm、厚み7mmを表す。他の実施例等においても同様。)、ディスク試験片として20×20×4[mm]の試験片をそれぞれ用いて、垂直荷重50Nで60秒荷重後、200Nから4800Nまで200Nごとに30秒荷重、4800Nで60秒待機後、終了とした。
【0059】
(比較例1)
実施例1との比較のため、同一の試験条件で比較例1の摩擦摩耗試験を行った。比較例1に係るリング試験片は、硬質層12をSi含有率25%のSi-DLCコーティングとし、ナノシリカを無担持とした。同様に、比較例1に係るディスク試験片は、硬質層22をSi含有率25%のSi-DLCコーティングとし、ナノシリカを無担持とした。試験条件は、実施例1と同一とした。
【0060】
(実施例1及び比較例1の試験結果)
図8は、実施例1及び比較例1の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。図8のグラフにおいて、縦軸が摩擦係数、横軸が面間接触圧力を示している(図9図12も同様である。)。図8に示されるように、摺動時の面間接触圧力は、実施例1では少なくとも48.5MPa以上であり、比較例1では24MPaであった。ここで、面間接触圧力(単位MPa)は、垂直荷重(単位N)をリング試験片とディスク試験片との接触面積(約100平方ミリメートル)で除して求められる値である。また、低摩擦摺動時の摩擦係数は、比較例1に比べて実施例1の方が小さく、低摩擦であることが示されている。以上の結果より、ナノシリカ層が水潤滑摺動の改善に重要であることが示されている。尚、本明細書において、低摩擦摺動とは摩擦係数0.1以下で摺動することを意味している。
【0061】
(実施例2)
実施例2に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、硬質層12をSi含有率0%のDLCコーティング(水素アモルファスカーボン、以下「a-C:H」と称する)とし、ナノシリカ層13をナノシリカ粒径9nm担持とした。同様に、実施例2に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、硬質層22をSi含有率0%のDLCコーティング(a-C:H)とし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。
【0062】
試験条件は、すべり速度を12[mm/s]、リング試験片としてφ16×φ11.4×7[mm]、ディスク試験片として20×20×4[mm]の試験片をそれぞれ用いて、垂直荷重50Nで60秒荷重後、200Nから4800Nまで200Nごとに30秒荷重、4800Nで60秒待機後、終了とした。
【0063】
(比較例2)
比較例2に係るリング試験片は、硬質層12無し(母材SUS440C)とし、ナノシリカ層13をナノシリカ粒径9nm担持とした。同様に、比較例2に係るディスク試験片は、硬質層22無し(母材SUS440C)とし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。試験条件は、実施例2と同一とした。
【0064】
(実施例2及び比較例2の試験結果)
図9は、実施例2及び比較例2の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。すなわち、図9のグラフは、ナノシリカ粒子を担持する硬質層のうち、実施例2の「a-C:H」と、比較例2のビッカース硬度Hv653(一般的な値)の「SUS440C」とを比較したデータを示すものである。実施例2及び比較例2では、両摺動面(硬質層12,22)にシリカを担持している。実施例2の「a-C:H」では、低摩擦摺動時の面間接触圧力は少なくとも48.5MPa以上であるが、比較例2の「SUS440C」の場合、低摩擦を発現することはできなかった。以上より、硬質層12,22の硬度が水潤滑摺動の改善に重要であることが示されている。
【0065】
(実施例3)
実施例3は、上記第2実施形態の効果を確認するための試験である。実施例3に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、硬質層12をSi含有率0%のDLCコーティング(a-C:H)とし、ナノシリカを無担持とした。実施例2に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、硬質層22をSi含有率25%のDLCコーティングとし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。
【0066】
試験条件は、すべり速度を12[mm/s]とし、リング試験片としてφ16×φ11.4×7[mm]、ディスク試験片として20×20×4[mm]の試験片をそれぞれ用いて、垂直荷重50Nで60秒荷重後、200Nから4800Nまで200Nごとに30秒荷重、4800Nで60秒待機後、終了とした。
【0067】
(実施例3の試験結果)
図10は、実施例3の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。リング試験片は硬質層12がa-C:Hでシリカ無担持、ディスク試験片の硬質層22はSi-DLC25%で9nmのナノシリカ粒子が担持されている。図10に示すように、低摩擦摺動時の面間接触圧力は少なくとも48.5MPa以上であった。実施例3の結果より、シリカ担持が片面(硬質層22)のみでも低摩擦が発現することが示されている。
【0068】
(実施例4)
実施例4は、上記第3実施形態の作用効果の確認を目的とする試験である。実施例4に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、硬質層12をSi含有率0%のDLCコーティング(a-C:H)とし、ナノシリカを無担持とした。実施例4に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、母材21(硬質層22を兼ねる)を窒化ケイ素とし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。
【0069】
試験条件は、すべり速度を12[mm/s]とし、リング試験片としてφ16×φ11.4×7[mm]、ディスク試験片として20×20×4[mm]の試験片をそれぞれ用いて、垂直荷重50Nで60秒荷重後、200Nから4800Nまで200Nごとに30秒荷重、4800Nで60秒待機後、終了とした。
【0070】
(実施例5)
実施例5は、実施例4と同様に、上記第3実施形態の作用効果の確認を目的とする試験である。実施例5に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、硬質層12をSi含有率0%のDLCコーティング(a-C:H)とし、ナノシリカを無担持とした。実施例5に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、母材21(硬質層22を兼ねる)を炭化ケイ素とし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。試験条件は、実施例4と同一とした。
【0071】
(実施例4及び実施例5の試験結果)
図11は、実施例4及び実施例5の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。図11は母材21が窒化ケイ素又は炭化ケイ素の場合のリングオンディスク試験における摩擦試験結果である。図11に示すように、低摩擦摺動時の面間接触圧力は少なくとも48.5MPa以上であった。硬質層22は必ずしもDLC等の硬質膜をコーティングする必要はなく、母材21が十分な硬度を有していれば硬質層22を兼用可能であることが示された。
【0072】
(実施例6)
実施例6に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、硬質層12をSi含有率25%のDLCコーティングとし、ナノシリカ層13をナノシリカ粒径9nm担持とした。実施例6に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、硬質層22をSi含有率25%のDLCコーティングとし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。
【0073】
試験条件は、すべり速度を100[mm/s]とし、リング試験片としてφ16×φ11.4×7[mm]、ディスク試験片として20×20×4[mm]の試験片をそれぞれ用いて、垂直荷重50Nで60秒荷重後、200Nから4800Nまで200Nごとに30秒荷重、4800Nで60秒待機後、終了とした。
【0074】
(実施例6の試験結果)
図12は、実施例6の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。すべり速度を100[mm/s]に変更したリングオンディスク試験における摩擦試験結果である。図12に示すように、低摩擦摺動時の面間接触圧力は少なくとも48.5[MPa]以上である。実施例6により、すべり速度が100[mm/s]においても低摩擦摺動が維持されることが示された。
【0075】
(実施例7)
実施例7は、上記第4実施形態の作用効果の確認を目的とする試験である。実施例7に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、母材11が炭化ケイ素セラミックスからなり、母材11自体が硬質層12を兼ねる構造とし、ナノシリカ層13をナノシリカ粒径9nm担持とした。実施例7に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、リング試験片と同様に、母材21が炭化ケイ素セラミックスからなり、母材21自体が硬質層22を兼ねる構造とし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。
【0076】
試験条件は、すべり速度を300[mm/s]とし、リング試験片としてφ16×φ11.4×7[mm]、ディスク試験片として20×20×4[mm]の試験片をそれぞれ用いて、垂直荷重50Nで60秒荷重後、200Nから200Nごとに30秒荷重、1080Nで摩擦係数が上昇して試験を終了した。
【0077】
(比較例3)
実施例7との比較のため、同一の試験条件で比較例3の摩擦摩耗試験を行った。比較例3に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、母材11が炭化ケイ素セラミックスからなり、母材11自体が硬質層12を兼ねる構造とし、ナノシリカを無担持とした。実施例7に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、リング試験片と同様に、母材21が炭化ケイ素セラミックスからなり、母材21自体が硬質層22を兼ねる構造とし、ナノシリカを無担持とした。垂直荷重50Nで60秒荷重後、200Nから200Nごとに30秒荷重、400Nで摩擦係数が上昇して試験を終了した。
【0078】
(実施例7及び比較例3の試験結果)
図13は、実施例7及び比較例3の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。図13のグラフにおいて、縦軸が摩擦係数、横軸が面間接触圧力を示している。図13に示されるように、摺動時の面間接触圧力は、実施例7ではステップ荷重で10MPaに達しているのに対し、比較例3では4MPaであった。また、実施例7における最小摩擦係数は、0.01を下回る0.001以下を示しており、超低摩擦摺動状態を実現した。尚、本明細書において、超低摩擦摺動とは摩擦係数0.01以下で摺動することを意味している。
【0079】
(実施例8)
実施例8は、上記実施例7において、すべり距離1000mで安定して超低摩擦が維持されることの確認を目的とする試験である。実施例8に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、母材11が炭化ケイ素セラミックスからなり、母材11自体が硬質層12を兼ねる構造とし、ナノシリカ層13をナノシリカ粒径9nm担持とした。実施例7に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、リング試験片と同様に、母材21が炭化ケイ素セラミックスからなり、母材21自体が硬質層22を兼ねる構造とし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。
【0080】
試験条件は、すべり速度を300[mm/s]とし、リング試験片としてφ16×φ11.4×7[mm]、ディスク試験片として20×20×4[mm]の試験片をそれぞれ用いて、垂直荷重50Nで60秒荷重後、100Nから500Nまで100Nごとに30秒荷重、500Nで定荷重、すべり距離が1000mになるまで摺動した。
【0081】
(実施例8の試験結果)
図14は、実施例8の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフであり、左縦軸が面間接触圧力を、右縦軸が摩擦係数、横軸がすべり距離を表している。実施例8では、図14に示すように、面間接触圧力5MPaですべり距離1000mまで、摩擦係数が0.01を下回る0.002前後であり、超低摩擦を維持したまま摺動することが示された。
【0082】
(実施例9)
実施例9に係るリング試験片(第1摺動要素10)は、硬質層12をSi含有率50%のDLCコーティングとし、ナノシリカ層13をナノシリカ粒径9nm担持とした。実施例8に係るディスク試験片(第2摺動要素20)は、硬質層22をSi含有率50%のDLCコーティングとし、ナノシリカ層23をナノシリカ粒径9nm担持とした。
【0083】
試験条件は、すべり速度を300[mm/s]とし、リング試験片としてφ16×φ11.4×7[mm]、ディスク試験片として20×20×4[mm]の試験片をそれぞれ用いて、垂直荷重50Nで60秒荷重後、200Nから200Nごとに30秒荷重、1200Nで摩擦係数が上昇して試験終了した。
【0084】
(実施例9の試験結果)
図15は、実施例9の摩擦摩耗試験の結果を示すグラフである。実施例9では、図15に示すように、面間接触圧力1~12[MPa]において、摩擦係数が0.01を大きく下回っている。よって、摩擦係数が0.01を下回る超低摩擦摺動が実現されることが示された。
【0085】
<変形例>
本発明は、上述した各実施形態や各実施例に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々に変更を施すことが可能である。例えば、上記各実施例では、第1摺動要素10及び第2摺動要素20として、それぞれリング試験片及びディスク試験片を用いる構成としたがこれには限られない。例えば、第1摺動要素10及び第2摺動要素20として、大径円筒部材と小径円筒部材とを用い、大径円筒部材の内周面と小径円筒部材の外周面との間で水潤滑摺動する構成としてもよい。或いは、第1摺動要素10及び第2摺動要素20として、共に平坦な摺動面を有する一対の平板状又はブロック状の部材を用いて、平坦な摺動面同士の間で水潤滑摺動する構成としてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0086】
摺動面をそれぞれ有する第1、第2摺動要素を備え、各摺動面同士が水層を介して接することにより第1、第2摺動要素同士が相対的に摺動するあらゆる摺動構造や、それを含むデバイスに利用可能である。例えば、ピストンリングとシリンダ等の流体機器のシール部、滑り軸受、回転軸のメカニカルシールなどの摺動構造や、これらの摺動構造を用いる車両、工作機械など種々の分野で利用可能である。
【符号の説明】
【0087】
1 摺動構造(第1実施形態)
2 摺動構造(第2実施形態)
3 摺動構造(第3実施形態)
4 摺動構造(第4実施形態)
10 第1摺動要素
11 母材
12 硬質層
13 ナノシリカ層
20 第2摺動要素
21 母材
22 硬質層
23 ナノシリカ層
30 水層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15