IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社日立製作所の特許一覧 ▶ 国立大学法人京都大学の特許一覧

<>
  • 特許-情報システム 図1
  • 特許-情報システム 図2
  • 特許-情報システム 図3
  • 特許-情報システム 図4
  • 特許-情報システム 図5
  • 特許-情報システム 図6
  • 特許-情報システム 図7
  • 特許-情報システム 図8
  • 特許-情報システム 図9
  • 特許-情報システム 図10
  • 特許-情報システム 図11
  • 特許-情報システム 図12
  • 特許-情報システム 図13
  • 特許-情報システム 図14
  • 特許-情報システム 図15
  • 特許-情報システム 図16
  • 特許-情報システム 図17
  • 特許-情報システム 図18
  • 特許-情報システム 図19
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-01
(45)【発行日】2024-05-13
(54)【発明の名称】情報システム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 50/26 20240101AFI20240502BHJP
【FI】
G06Q50/26
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022516790
(86)(22)【出願日】2020-04-24
(86)【国際出願番号】 JP2020017663
(87)【国際公開番号】W WO2021214971
(87)【国際公開日】2021-10-28
【審査請求日】2022-09-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000198
【氏名又は名称】弁理士法人湘洋特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加藤 猛
(72)【発明者】
【氏名】出口 康夫
(72)【発明者】
【氏名】工藤 泰幸
(72)【発明者】
【氏名】宮越 純一
(72)【発明者】
【氏名】三浦 誓士
(72)【発明者】
【氏名】宮越 美沙
(72)【発明者】
【氏名】朝 康博
(72)【発明者】
【氏名】水野 弘之
【審査官】阿部 潤
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-041652(JP,A)
【文献】特開2009-187330(JP,A)
【文献】特開2007-066299(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00 - 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のシステム、及び第2のシステムから成る情報システムであって、
前記第1のシステムは、ネットワークを介して接続された複数のIoH(Internet of Human)デバイスから成り、
前記第2のシステムは、前記第1のシステムを成す前記IoHデバイスと前記ネットワークを介して接続されたサーバ、及びデータベースから成り、
前記第1のシステムは、
前記IoHデバイスによる、前記IoHデバイスのユーザによる個人行為に関する第1のデータ、前記ユーザと他のユーザとの個人間相互作用に関する第2のデータ、及び、前記ユーザとしての個人の集まりである社会集団における現行の制度に関する第3のデータを収集し前記現行の制度の下における前記第1のデータ及び前記第2のデータの少なくとも一方を診断する個人心理診断部と、
前記IoHデバイスによる、前記第1のデータ及び前記第2のデータの少なくとも一方に対する診断結果に基づき、前記個人行為及び前記個人間相互作用の少なくとも一方に介入することにより、前記第1のデータ及び前記第2のデータの少なくとも一方を更新する介入部と、を備え、
前記第2のシステムは、
前記サーバによる、更新された前記第1のデータ、及び前記第2のデータ、並びに前記第3のデータを含む運用データを前記IoHデバイスから収集し、前記運用データに基づいて、前記社会集団の現行の状態が平衡か否かを判定する集団状態診断部と、
前記サーバによる、前記社会集団の現行の状態が平衡ではないと判定された場合に、前記制度の様々な組み合わせをシミュレーションし、様々な前記組み合わせに対して、異なる複数の代表指標それぞれに対応する前記社会集団の価値を試算する予後予想部と、
前記サーバによる、前記社会集団の現行の状態が平衡ではないと判定された場合に前記社会集団における将来の制度に対する複数の選択肢を生成する選択肢生成部と、
前記サーバによる、生成された前記複数の選択肢を前記IoHデバイスに出力し、前記社会集団を成す個人に提示して選択させることによって前記選択肢に対する前記社会集団の合意形成を支援する合意形成部と、
前記サーバによる、前記社会集団によって合意された選択肢に基づき前記社会集団における制度を更新する更新部と、を備え、
前記個人心理診断部は、前記第1のデータ、及び前記第2のデータの少なくとも一方に基づいて、個人の効用的価値及び社会規範的価値を求め、前記効用的価値と前記社会規範的価値の均衡を前記個人行為に対する価値として推定し、前記個人行為に対する価値が所定の基準を逸脱しているか否かを判定し、
前記介入部は、前記個人行為に対する前記価値が前記所定の基準を逸脱していると判定された場合、前記IoHデバイスの前記ユーザに対して前記所定の基準を逸脱しないように促し、
前記選択肢生成部は、前記異なる複数の代表指標を軸とする空間において、前記社会集団の状態が安定すると予想される範囲における前記組み合わせを前記選択肢として生成し、
前記更新部は、前記社会集団によって合意された選択肢に基づき、前記社会集団における前記現行の制度の運用ルールを更新して前記IoHデバイスに通知する
ことを特徴とする情報システム。
【請求項2】
請求項に記載の情報システムであって、
前記介入部は、前記個人心理診断部によって推定された前記個人行為に対する価値が、前記現行の制度の下での規範的基準を逸脱する場合、前記IoHデバイスの前記ユーザに対して前記規範的基準を逸脱しないように促す
ことを特徴とする情報システム。
【請求項3】
請求項1に記載の情報システムであって、
前記介入部は、個人の公平性が現行の前記制度の下での公平性基準を逸脱する場合、前記IoHデバイスの前記ユーザに対して前記公平性基準を逸脱しないように促す
ことを特徴とする情報システム。
【請求項4】
請求項1に記載の情報システムであって、
前記介入部は、前記IoHデバイスの前記ユーザに対して、ディスプレイ、レベルメータ、スピーカ、ライト、バイブレータ、及びディフューザのうちの少なくとも一つをユーザインターフェースとして用い、前記所定の基準を逸脱しないように促す
ことを特徴とする情報システム。
【請求項5】
請求項に記載の情報システムであって、
前記介入部は、前記ディスプレイに前記現行の制度の下での個人行為と他者の個人行為との比較結果を表示することにより、前記所定の基準を逸脱しないように促す
ことを特徴とする情報システム。
【請求項6】
請求項に記載の情報システムであって、
記集団状態診断部は、前記社会集団の将来の状態が平衡か否かを予測し、
前記選択肢生成部は、前記社会集団の将来の状態が平衡ではないと予測された場合、前記社会集団の将来における制度に対する複数の選択肢を生成する
ことを特徴とする情報システム。
【請求項7】
請求項1に記載の情報システムであって、
記個人心理診断部は、記更新部によって前記社会集団における制度が更新されたことによって更新された第3のデータに基づき、更新された前記制度の下において前記個人行為に対する価値が所定の基準を逸脱しているか否かを判定する
ことを特徴とする情報システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報システムに関する。
【背景技術】
【0002】
経済とは、人間社会が自然環境から資源を得て人間の生活に必要な財やサービスを生産、交換、分配、消費する活動である。従来、人間社会にとって望ましい経済システムに向けて、厚生経済学、規範的経済学、比較制度分析等の様々な検討が行われている。
【0003】
経済活動を支える情報システムには、大別すると集中型システムと分散型システムがある。集中型システムは、例えばクラウド・プラットフォームである。分散型システムは、例えば分散ネットワークである。集中型システム及び分散型システムそれぞれに対しては、多くのシステム運用技術が知られている。
【0004】
社会学者のタルコット・パーソンズによれば、社会システムには4つの機能要件(適応、目標達成、統合、及びパターン維持)があり、それらに対応する社会統合のための介入方法には4つの戦略(便益、権力、説得、及び啓蒙)がある。
【0005】
社会集団の合意形成を支援する技術としては、ビデオ会議やチャット等によるコミュニケーション支援型、話題抽出や議論分析等によるプロセス支援型、代替案提示やトレードオフ分析等による交渉支援型等が知られている。また、例えば特許文献1には、環境機器の制御において合意形成制御装置により対象者の要望に基づいた制御を行う環境制御システムが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-323526号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
国連が提言している持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)では、貧困や飢餓の撲滅、所得格差や不平等の是正、エネルギの確保と環境の保全、包摂的な雇用や制度等に関する目標を掲げ、誰一人取り残さない持続可能で多様性と包摂性のある社会を目指している。
【0008】
また、日本の内閣府は、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、及び情報社会(Society4.0)に続く、未来社会のコンセプトとして「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society5.0)」を提示している。
【0009】
SDGsに掲げられている格差や不平等、地球温暖化や環境汚染等の社会問題を解決し、持続可能で公正かつ包摂的な社会を実現するためには、公正、公平、善、正義、義務、道徳、倫理等を含む広い意味での社会規範に対する考慮を避けて通ることができない。したがって、社会とIT(Information Technology)との融合の観点、及び人間中心の観点の両者を合わせると、Society5.0では、ITシステムが社会システムの診断、予後予想を行い、その結果に基づいて社会システムへリアルタイムかつダイナミックに規範的な介入を行うことになる。すなわち、情報システムに対して、アプリオリに規範や倫理を組み込む必要がある。
【0010】
ところで、社会システムには運用(行政や司法)と合意形成(立法や政治)の両輪が必要である。哲学者の出口康夫によれば、社会は価値多様体であり、個々人の多様性を保って運用しながら社会秩序を保つためには、継続的に集団の合意形成を行う必要がある。
【0011】
また、昨今の経済活動におけるCSV(Creating Shared Value)やESG(Environment,Social,Governance)の広がりに伴い、合意形成においては経済価値だけでなく、自然や資源に関する環境価値、生活や文化に関する社会価値にも配慮する必要がある。
【0012】
しかしながら、従来の情報システムに関する運用技術は、経済的な効用や経済価値のみの最適化や最大化に留まり、社会規範や倫理、環境や文化等の非経済的な社会価値や環境価値への配慮がなされていない。
【0013】
また、従来の介入技術では、対象者の行動計画を自身が決めるのではなく予め外部から設定されているうえ、従来の合意形成支援技術は、経済システムの運用と乖離しており、経済状況や環境条件の経時的な変化に対する追従性や継続的な合意形成への配慮がなされていない。
【0014】
より具体的には、例えば、特許文献1に記載の合意形成制御装置では、対象者の要望が制御内容に反映されるものの、制御内容を表す合意形成ルールそのものは、対象者の合意に基づくものではなく予め外部から設定されている。
【0015】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、社会システムと情報システムとの協同システムにおいて、経済的な効用だけでなく、社会的な規範や倫理を組み込んで運用するとともに、経済状況や環境条件の変化に応じて多様な社会価値、環境価値、及び経済価値の選択に関する継続的な合意形成を行う技術を提供できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本願は、上記課題の少なくとも一部を解決する手段を複数含んでいるが、その例を挙げるならば、以下の通りである。
【0017】
上記課題を解決するため、本発明の一態様に係る情報システムは、個人行為に関する第1のデータ、個人間相互作用に関する第2のデータ、及び、社会集団における現行の制度に関する第3のデータを収集する収集部と、前記現行の制度の下における前記第1のデータ及び前記第2のデータの少なくとも一方を診断する個人心理診断部と、前記第1のデータ及び前記第2のデータの少なくとも一方に対する診断結果に基づき、前記個人行為及び前記個人間相互作用の少なくとも一方に介入することにより、前記第1のデータ及び前記第2のデータの少なくとも一方を更新する介入部と、を有する第1のシステムと、更新された前記第1のデータ及び前記第2のデータの少なくとも一方、並びに、前記第3のデータに基づいて、前記社会集団における将来の制度に対する複数の選択肢を生成する選択肢生成部と、生成された前記複数の選択肢に対する前記社会集団の合意形成を支援する合意形成部と、前記社会集団によって合意された選択肢に基づき前記社会集団における制度を更新する更新部と、を有する第2のシステムと、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の一態様によれば、社会システムと情報システムとの協同システムにおいて、経済的な効用だけでなく、社会的な規範や倫理を組み込んで運用するとともに、経済状況や環境条件の変化に応じて多様な社会価値、環境価値、及び経済価値の選択に関する継続的な合意形成を行う技術を提供することが可能となる。
【0019】
上記した以外の課題、構成、及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る協同システムの構成例を示す概要図である。
図2図2は、協同システムによる処理の一例を説明するフローチャートである。
図3図3は、ファストシステムの構成例を示す図である。
図4図4は、ファストシステムにおける収集部の処理を説明するための図である。
図5図5は、ファストシステムにおける個人心理診断部の処理を説明するための図である。
図6図6は、ファストシステムにおける介入部の処理を説明するための図である。
図7図7は、スローシステムの構成例を示す図である。
図8図8は、スローシステムにおける収集部及び集団状態診断部の処理を説明するための図である。
図9図9は、スローシステムにおける予後予想部の処理を説明するための図である。
図10図10は、スローシステムにおける選択肢生成部の処理を説明するための図である。
図11図11は、スローシステムにおける合意形成部の処理を説明するための図である。
図12図12は、IoHデバイスのユーザI/Fにおける表示例を示す図である。
図13図13は、IoHデバイスのユーザI/Fにおける表示例を示す図である。
図14図14は、IoHデバイスのユーザI/Fにおける表示例を示す図である。
図15図15は、IoHデバイスにおける、ディスプレイ以外のユーザI/Fの例を示しており、図15(A)はレベルメータの一例、図15(B)はスマートスピーカの一例、図15(C)はスマートライトの一例を示す図である。
図16図16は、サーバのユーザI/Fにおける表示例を示す図である。
図17図17は、IoHデバイスのユーザI/Fにおける他の表示例を示す図である。
図18図18は、IoHデバイスのユーザI/Fにおけるさらに他の表示例を示す図である。
図19図19は、協同システムの適用例を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施の形態を図面に基づいて説明する。なお、本実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。また、以下の実施の形態において、その構成要素(要素ステップ等も含む)は、特に明示した場合及び原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、「Aからなる」、「Aより成る」、「Aを有する」、「Aを含む」と言うときは、特にその要素のみである旨明示した場合等を除き、それ以外の要素を排除するものでないことは言うまでもない。同様に、以下の実施の形態において、構成要素等の形状、位置関係等に言及するときは、特に明示した場合及び原理的に明らかにそうでないと考えられる場合等を除き、実質的にその形状等に近似又は類似するもの等を含むものとする。
【0022】
<本発明の一実施形態に係る協同システム1の構成例>
図1は、本発明の一実施形態に係る協同システム1の一例を示す概要図である。
【0023】
協同システム1は、社会システム10及び情報システム20から成る。また、別の観点では、協同システム1は、ファストシステム31及びスローシステム32から成る。同図においては、ファストシステム31を一点鎖線で示し、スローシステム32を二点鎖線で示している。ファストシステム31は、本発明の第1のシステムに相当する。スローシステム32は、本発明の第2のシステムに相当する。
【0024】
社会システム10は、個人行為に関わる第1の階層11、個人間相互作用に関わる第2の階層12、及び、個人の集まりである社会集団の制度に関わる第3の階層13の3階層を有する。社会システム10では、主に、第1の階層11が第2の階層12に影響し、第2の階層12が第3の階層13に影響し、第3の階層13が第1の階層11に影響を与える再帰的なループが形成されている。
【0025】
以下、第1の階層11を個人行為11、第2の階層12を個人間相互作用12、第3の階層13を制度13と称することもある。
【0026】
情報システム20は、個人心理診断部21、介入部22、集団状態診断部23、予後予想部24、選択肢生成部25、及び合意形成部26の各機能ブロックから成る。
【0027】
ファストシステム31には、情報システム20を成す機能ブロックのうち、個人心理診断部21、及び介入部22が属する。
【0028】
個人心理診断部21は、収集部21aを含む。収集部21aは、個人の行為に関する第1のデータ、個人間相互作用に関する第2のデータ、及び社会集団の運用の関する第3のデータを収集する。個人心理診断部21は、収集部21aにより収集された第1~第3のデータに基づき、現行の制度13の下における個人行為11または個人間相互作用12に対する診断を行う。
【0029】
介入部22は、個人心理診断部21による診断結果に基づいて個人行為11又は個人間相互作用12に対して介入する。ここで、介入とは、例えば個人行為11等を改めるように、注意を促す動作等を指す。
【0030】
ファストシステム31は、主に、個人行為11、個人心理診断部21、介入部22、及び個人間相互作用12の順で第1の循環ループを形成し、社会システム10を即応的に運用する。
【0031】
スローシステム32には、情報システム20を成す機能ブロックのうち、集団状態診断部23、予後予想部24、選択肢生成部25、及び合意形成部26が属する。
【0032】
集団状態診断部23は、収集部23aを含む。収集部23aは、ファストシステム31の運用データを収集する。ここで、ファストシステム31の運用データとは、更新された第1のデータ及び第2のデータ、並びに、第3のデータを指す。集団状態診断部23は、ファストシステム31の運用データに基づき、個人の集まりである集団の現行の状態を診断するとともに、集団の将来の状態を予測する。
【0033】
予後予想部24は、集団状態診断部23による診断結果に基づいて予後予想を行う。選択肢生成部25は、予後予想に基づき、将来の制度13としての選択肢を生成する。合意形成部26は、選択肢生成部25によって生成された選択肢を各個人に提示することにより、個人の集まりである社会集団の合意形成を支援する。合意形成部26は、更新部26aを含む。更新部26aは、社会集団によって合意された選択肢に基づいて現行の制度13を更新する。ここで、更新とは、例えば、制度13の一部を変更したり、制度13を全面的に改めたりする動作を指す。
【0034】
スローシステム32は、主に、個人行為11、個人心理診断部21、集団状態診断部23、予後予想部24、選択肢生成部25、合意形成部26、及び制度13の順で熟慮的な第2の循環ループを形成し、社会システム10における制度13を継続的に更新する。
【0035】
なお、図1では、ファストシステム31による第1の循環ループと、スローシステム32による第2の循環ループとを見易くするために実線矢印で示し、他のループは点線矢印で示している。
【0036】
ファストシステム31によれば、従前の合意を反映している現行の制度13に照らして個人行為11または個人間相互作用12に介入することができるので、経済的な効用だけでなく社会的な規範に配慮した社会システム10の運用が可能になる。
【0037】
スローシステム32によれば、現行の制度13の下での社会集団の状態を踏まえて将来の制度の選択肢を提示し、社会集団の合意形成を経てから制度13を更新するので、経済状況や環境条件の比較的大きな変化に対して追従性を高めるとともに、経済だけでなく環境や文化等の多様な社会価値に対して配慮した制度13の更新が可能になる。
【0038】
よって、ファストシステム31とスローシステム32とが協同することにより、社会システム10を規範的に運用することができ、且つ、制度13を持続的に維持、更新することができる。
【0039】
次に、図2は、協同システム1による処理の一例を説明するフローチャートである。
【0040】
該処理は、ユーザからの所定の開始操作に応じて開始され、その後、所定の終了操作が行われるまで、継続的に繰り返される。
【0041】
はじめに、収集部21aが個人行為11に関する第1のデータを収集し、個人心理診断部21が、第1のデータに基づき、個人行為11が所定の基準を逸脱しているか否かを判定する(ステップS1)。ここで、個人行為11が所定の基準を逸脱していないと判定した場合(ステップS1でNO)、個人行為11の診断を繰り返す。
【0042】
反対に、個人行為11が所定の基準を逸脱していると判定した場合(ステップS1でYES)、ファストシステム31及びスローシステム32それぞれで処理が進められる。
【0043】
ファストシステム31では、次に、介入部22が、個人行為11に対する診断結果に基づき、個人間相互作用12に介入する(ステップS2)。この後、処理はステップS1に戻され、介入された個人間相互作用12の影響を受けた個人行為11に対する診断が再帰的に実行される。
【0044】
一方、スローシステム32では、次に、収集部23aがファストシステム31の運用データを収集し、集団状態診断部23が、ファストシステム31の運用データに基づいて集団の状態を診断し、集団の現行の状態が非平衡であるか否かを判定する(ステップS11)。ここで、集団の現行の状態が非平衡ではない、すなわち、集団の現行の状態が平衡であると判定した場合(ステップS11でNO)、処理はステップS1に戻されて、ステップS1以降が繰り返される。
【0045】
反対に、集団の状態が非平衡であると判定された場合(ステップS11でYES)、予後予想部24が、集団状態診断部23の診断結果に基づいて予後予想を行う(ステップS12)。次に、選択肢生成部25が、予後予想に基づき、現行の制度13を将来の制度に更新する際の選択肢を生成する(ステップS13)。次に、合意形成部26が、選択肢生成部25によって生成された選択肢を提示し、選択肢に対する集団の合意形成を支援する(ステップS14)。次に、更新部26aが、集団の合意に基づき、現行の制度13を、合意された選択肢に基づいて更新する(ステップS15)。この後、更新された制度13の下での個人行為11に対する診断が再帰的に実行される。
【0046】
<ファストシステム31の構成例>
次に、図3は、ファストシステム31の構成例を示している。ファストシステム31は、ネットワーク170を介して接続された複数のIoH(Internet of Human)デバイス100~100から構成される。以下、IoHデバイス100~100を個々に区別する必要がない場合、単にIoHデバイス100と称する。また、必要に応じ、個人iが使用しているIoHデバイス100をIoHデバイス100と称する。
【0047】
IoHデバイス100は、スマートフォン、タブレット型コンピュータ等に代表される電子機器の他、時計、眼鏡、衣服等の様々な形態のウェアラブル製品にネットワーク通信機能を付与したものである。
【0048】
IoHデバイス100は、個人iの行為データxを収集する。また、IoHデバイス100は、個人iの特性c、環境εのデータ等も収集する。
【0049】
IoHデバイス100は、ネットワーク170を介してサーバ200及びデータベース270に接続する。
【0050】
IoHデバイス100は、CPU(Central Processing Unit)等から成るプロセッサ110、DRAM(Dynamic Random Access Memory)等から成るメモリ120、HDD(Hard Disc Drive)やSSD(Solid State Drive)等から成るストレージ140、タッチパネル、ディスプレイ等から成るユーザI/F(インターフェース)150、及び、通信モジュール等から成るネットワークI/F160を備える。
【0051】
IoHデバイス100においては、ストレージ140に格納されていた行為データ取得プログラム131、個人心理診断プログラム132、及び介入データ生成プログラム133がメモリ120に読み出され、プロセッサ110によって実行されることにより、情報システム20を成す機能ブロックのうちのファストシステム31に属する収集部21a、個人心理診断部21、及び介入部22が実現される。
【0052】
ここで、複数のIoHデバイス100から成るファストシステム31が、共有リソースを運用する分散協調システムに適用された場合を想定する。
【0053】
個人iは、個人間相互作用12における他者j(≠i)とのコミュニケーションによって相互比較を行いながら、現行の制度13に照らして自身のリソース使用量を決めて価値を得ている。IoHデバイス100においては、収集部21aが個人iの行為データを収集し、個人心理診断部21が個人iの行為データに基づいて個人iの心理を診断し、介入部22が、ユーザI/F150としてのディスプレイの画面表示等によって個人iに介入することにより、共有リソースの利用に関する各個人の集団に対する協調を促すことになる。
【0054】
次に、ファストシステム31に属する収集部21a、個人心理診断部21、及び介入部22の処理について詳述する。
【0055】
図4は、収集部21aの処理を説明するための図である。収集部21aは、同図に示されるような環境εの変化に応じて変化する個人iの行為x(ε)を表すデータを個人行為11から収集する。社会規範は個人間の相互承認によって実効化されるものであり、個人iの行為x(ε)は社会規範の影響を受ける。このため、個人iの行為x(ε)は、間接的に個人間相互作用12を反映したものと見做すことができる。
【0056】
次に、図5は、個人心理診断部21の処理を説明するための図である。個人心理診断部21は、個人iの行為x(ε)と制約条件等に基づいて、効用的な価値関数u(x,ε)(実線)、及び社会規範的な価値関数n(x,ε)(破線)を求め、両者の交点を個人iの行為x(ε)に対する価値v(ε)として推定する。以下、効用的な価値関数u(x,ε)を効用関数u(x,ε)、社会規範的な価値関数n(x,ε)を規範関数n(x,ε)と称する。
【0057】
同図に示されるように、効用関数u(x,ε)が環境εに対して右上がりの傾きを持ち、反対に、規範関数n(x,ε)は義務的な制約として右下がりの傾きを示す場合を仮定する。この場合、両者の交点では、利己的な効用関数u(x,ε)と利他的な規範関数n(x,ε)とが均衡する行為x(ε)が選択されることになる。
【0058】
すなわち、2つの関数の交点におけるu(x,ε)=n(x,ε)という方程式、近似的には環境εに対する4つの変数(2つの傾き、及び2つの切片)から成る線形方程式を得ることができる。
【0059】
これらの4つの変数に対して、環境εに対して測定された個人iの行為x(ε)の線形近似関数から定まる2つの定数と、例えば効用関数の上限や規範関数の下限等の2つの制約条件とを与え、線形方程式を解いて4つの変数を求めれば、効用関数u(x,ε)及び規範関数n(x,ε)それぞれを表わす線形近似関数を得ることができる。
【0060】
次に、図6は、介入部22の処理を説明するための図である。同図に実線で示す、環境εに対する個人iの規範的価値n(x,c,r,ε)(=n(x,ε))または公平性f(x,c,r,ε)は時系列に変化し得る。
【0061】
ここで、cは個人iの特性であり、rは現行の制度13の下における運用ルールを明示している。
【0062】
公平性f(x,c,r,ε)は、例えば運用ルールrとして、アダムスによる公平理論に倣うことにすると、公平性fはv(ε)/cを用いて表される。
【0063】
他者の平均をf(=1/(n-1)・Σv(ε)/c)として計算し、f=fであれば公平、f>fであれば利己的、f<fであれば利他的と判断できる。
【0064】
このような観点で、個人iの規範的価値n(x,c,r,ε)または公平性f(x,c,r,ε)を、一点鎖線を中心とする2本の破線で示す現行の運用ルールrと環境εから定まる規範的基準n(r,ε)±σまたは公平性基準f(r,ε)±σと比較する。ここで、n(r,ε)は規範的基準の基準値、f(r,ε)は公平性基準の基準値、σ及びσは許容範囲である。
【0065】
なお、公平性基準の基準値f(r,ε)=他者の平均fとしてもよい。この場合、規範的基準の基準値n(r,ε)は、個人iの公平性f=公平性基準の基準値fが成り立つ場合における個人iの規範的価値n(x,ε)に等しい。なお、基準値f,nは、個人間相互作用12における他者j(≠i)との相互比較に基づいて更新される。
【0066】
同図に示す網掛け領域161は、個人iの規範的価値n(x,c,r,ε)または公平性f(x,c,r,ε)が規範的基準n(r,ε)±σまたは公平性基準f(r,ε)±σから逸脱していることを示す。
【0067】
運用ルールrとして公平性を用いた場合、網掛け領域161では不公平が生じていることになる。このように、個人iの規範的価値n(x,c,r,ε)または公平性f(x,c,r,ε)の基準からの逸脱が見られた場合、IoHデバイス100は、介入部22が介入データ(例えば、ユーザI/F150としてのディスプレイに表示させる画像データ)を生成し、ユーザI/F150を用い、個人iに対して規範的または公平な行為を促すことができる。このような介入を受けたことにより、個人iは自己の行為を見直し、自己責任により習慣化していくことが期待できる。
【0068】
なお、社会規範は個人間の相互承認によるものであり、介入部22による個人行為11に対する介入は、実質的には、介入部22による個人間相互作用12に対する介入と見做すことができる。また、介入部22は、スローシステム32の合意形成部26から個人iの行為形成における傾向を取得して、介入データの生成に利用することができる。
【0069】
許容範囲σまたはσは、複数の個人の行為のばらつきを考慮して定められる。例えば、或る特定の個人iの規範的価値n(x,c,r,ε)または公平性f(x,c,r,ε)が、規範的基準n(r,ε)±σまたは公平性基準f(r,ε)±σに照らして利己的な方へ頻繁に逸脱が見られる場合、該個人iをフリーライダーと見なして介入よりも強い警告を与えるようにしてもよい。また、各個人iがファストシステム31に加入する際に同意をとった上で、度重なる警告に対して個人iの行為が改まらない場合に、該個人iをファストシステム31から排除するようにしてもよい。
【0070】
また、基準を逸脱する個人iの数が所定の閾値を超えている場合には、現状の運用ルールrまたは制度13を改善するべきであると判断し、スローシステム32による第2の循環ループを起動させるようにしてもよい。
【0071】
<ファストシステム31の変形例>
ファストシステム31において効用関数u(x,ε)及び規範関数n(x,ε)を得る他の方法として、個人iの行為x(ε)のデータを機械学習して心理学モデルを構築することにより、効用的な価値スコアと規範的な価値スコアを推定するようにしてもよい。
【0072】
また、心理学の介入実験のメタアナリシスを機械学習によって行うことにより、そこから得られた心理モデルを、介入部22による個人iへの介入に反映させるようにしてもよい。さらに、介入の内容に対する規範的行為の促進結果を機械学習するようにすれば、より効果的な介入を行えるようになる。
【0073】
なお、機械学習のような負荷の大きい計算を行う場合、IoHデバイス100にて計算する代わりに、サーバ200において計算を実施し、計算結果として得られたモデルをネットワーク170を介してIoHデバイス100に送信するようにしてもよい。
【0074】
<ファストシステム31の適用例>
ファストシステム31は、例えば再生可能エネルギを共有リソースと見做して運用する分散協調システムに適用できる。この適用例では、環境εを気温、個人iの行為x(ε)を電力消費量、効用関数u(x,ε)を快適度、規範関数n(x,ε)を節電意識と見做すことができる。そして、快適さと節電とのバランスをとった行為x(ε)の選択によって価値v(ε)を求めることができる。
【0075】
なお、個人iの特性cは、例えば、身体性、住居、同居者数、部屋数、建物構造、空調設備等に依存する。例えば、個人iを世帯として捉えれば、単純には特性cを世帯人数としてよいが、子供、老齢者、障害者等に重み付けを行い、世帯人数を調整してもよい。
【0076】
この適用例では、気温に対する電力消費量が、個人の行為に関する第1のデータに相当する。また、快適度、節電意識、価値、他者との相互比較に基づく公平性等が、個人間相互作用に関する第2のデータに相当する。さらに、各個人の第1のデータや第2のデータから求まる合計、平均、分散等の統計データ、運用に関する再生可能エネルギの総発電量やコスト等が、現行の制度に関する第3のデータに相当する。
【0077】
ファストシステム31では、個人iに対して規範的または公平な行為を促すことにより、個人行為11と個人間相互作用12に基づく社会規範に介入し、結果として第1のデータまたは第2のデータを更新させることが可能となる。
【0078】
この適用例では、各IoHデバイス100は、環境εとしての気温、個人iの行為x(ε)としての電力消費量を収集する。また、共有リソースとしての再生可能エネルギの状態、設備の稼働状態等の運用データが、各IoHデバイス100に送信され、個人間相互作用12による分散協調動作が実行される。これらの個人行為、個人間相互作用、環境、運用に関するデータは、スローシステム32を構成するサーバ200またはデータベース270に送信、格納されて、集団状態診断部23による集団の診断に利用される。こうして、ファストシステム31の社会規範を組み込んだ運用と、スローシステム32の継続的な合意形成が連動して行われる。
【0079】
<スローシステム32の構成例>
次に、図7は、スローシステム32の構成例を示している。スローシステム32は、ネットワーク170を介して各IoHデバイス100が接続するサーバ200及びデータベース270から構成される。
【0080】
サーバ200は、CPU等から成るプロセッサ210、DRAM等から成るメモリ220、HDDやSSD等から成るストレージ240、タッチパネル、ディスプレイ等から成るユーザI/F250、及び、通信モジュール等から成るネットワークI/F260を備える。
【0081】
サーバ200においては、ストレージ240に格納されている運用データ収集プログラム231、集団状態診断プログラム232、予後予想生成プログラム233、選択肢生成プログラム234、合意形成プログラム235、及び制度更新プログラム236がメモリ220に読み出され、プロセッサ210によって実行されることにより、情報システム20を成す機能ブロックのうちのスローシステム32に属する収集部23a、集団状態診断部23、予後予想部24、選択肢生成部25、合意形成部26、及び更新部26aが実現される。
【0082】
上述した例にように、複数のIoHデバイス100から成るファストシステム31が共有リソースの即応的な分散協調システムである場合、サーバ200から成るスローシステム32は、複数のIoHデバイス100に対する熟慮的な集中管理システムとして機能する。集中管理システムとしてのサーバ200は、経済状況や環境条件等の比較的大きな変化に応じて制度13を更新する。
【0083】
サーバ200においては、現行の制度13の下で収集部23aが各IoHデバイス100から運用データを収集し、集団状態診断部23が運用データに基づいて集団の状態を診断し、予後予想部24が様々な予後予想のシナリオを立て、選択肢生成部25がそれらシナリオに基づいて社会集団における将来の制度の選択肢を生成する。さらに、合意形成部26が選択肢を各個人に提示して集団の合意形成を支援し、更新部26aが集団の合意に基づいて現行の制度13を更新する。更新された制度13は、各IoHデバイス100に通知される、これにより、更新された制度13の下で共有リソースが運用される。
【0084】
次に、スローシステム32に属する収集部23a、集団状態診断部23、予後予想部24、選択肢生成部25、及び合意形成部26の処理について詳述する。
【0085】
図8は、収集部23a及び集団状態診断部23の処理を説明するための図である。収集部23aは、各IoHデバイス100から運用データを収集して統計処理することにより同図に示すような集団の状態sの時系列データを得る。集団状態診断部23は、集団の状態sの時系列データの自己共分散または自己相関を求めることにより、集団が平衡状態(定常状態)であるか非平衡状態であるかを診断する。集団状態診断部23により集団の状態sが非平衡であると診断された場合には、現行の制度13を更新することにより安定させる必要があるので、予後予想部24以降の動作が開始される。
【0086】
次に、図9は、予後予想部24の処理を説明するための図である。予後予想部24は、同図に示されるように、制度13(個人に対する運用ルール、設備や稼働等の運用条件)の様々な組合せをシミュレーションし、それぞれの選択肢に対して集団の価値を試算する。社会、環境、経済に関する様々な価値指標群の連関ネットワークを明らかにしたうえで、それらを要約することにより3つの代表指標として社会価値、環境価値、及び経済価値を得る。
【0087】
ただし、社会価値、環境価値、及び経済価値の代わりに、例えば歴史、伝統、慣習、風土、景観等の文化的価値を代表指標として選出してもよい。また、上述した様々な価値を総合的に数値化した幸福度、QoL(Quality of Life)等を代表指標に用いてもよい。なお、代表指標の数は3に限らず任意に増減できるものとする。ただし、代表指標の数を増やし過ぎると選択肢に対する理解が発散する懸念があり、減らし過ぎると指標間のトレードオフやジレンマが理解し難くなる懸念がある。
【0088】
次に、図10は、選択肢生成部25の処理を説明するための図である。予後予想部24によって得られた、様々な選択肢に対する3つ代表指標は、同図に示されるように、三角グラフにプロットすることができる。
【0089】
同図の点pは、集団の現行の状態sに対する価値の位置を示す。網掛け三角形は、多数の選択肢のうち、予後予想部24によるシミュレーションに基づいて集団の状態sが安定すると予想される範囲を示す。選択肢生成部25は、安定範囲(網掛け三角形)内の三方の点a,b,cと、安定領域の内心点dの4点を選択肢として生成する。なお、選択肢生成部25は、介入部22から、個人行為11または個人間相互作用12への介入データを取得し、介入データを参照することにより、各個人iまたは集団の傾向、例えば社会価値、環境価値、または経済価値のいずれを重視しているかを判断し、その判断に基づいて提示する選択肢を選出するようにしてもよい。
【0090】
なお、同図においては、3つの代表指標を三角グラフ上にプロットして可視化したが、三角グラフの代わりに、サンキーダイアグラムや3次元グラフ等を用いでもよい。ただし、3次元グラフを用いる場合、多様な選択肢のプロットが奥行き方向に重なって見えるため工夫を要する。
【0091】
次に、図11は、合意形成部26、及び更新部26aの処理を説明するための図である。合意形成部26は、IoHデバイス100のユーザI/F150を用いて各個人iに投票または選択を行わせることにより、代表的な選択肢a,b,c,dの序列を決定する。序列を決定する方法には、同図に示す多数決ルール、ボルダルールの他、コンドルセの方法、ヤングの方法、AHP(Analytic Hierarchy Process)法等がある。
【0092】
または、選択肢a,b,c,dに対する各個人iそれぞれの価値v(ε)を試算した後、社会厚生基準に基づいて序列を計算するようにしてもよい。この社会厚生基準には、功利主義基準、マクシミン基準、レクシミン基準等がある。
【0093】
社会厚生の観点で考えた場合、多数決ルールや功利主義基準では、低価値しか得られない少数派が尊重されない恐れがある。例えば、ボルダルールでは二者選択の全敗者が生じる選択肢が選ばれず、レクシミン基準では最低価値と評価された選択肢が選ばれないという利点がある。そこで、投票または選択に基づく序列と、社会厚生基準に基づく序列とを併記した選択肢を各個人iに提示することにより、多様性と少数派を尊重する観点が各個人iに与えられ、合意形成に反映される。
【0094】
なお、少数意見の尊重に対して利己的な我がままを主張する個人を説得するためには、何らかの普遍的価値に照らして選択肢を再評価した後に該当者に提示するようにしてもよい。また、スローシステム32に加入する際に全加入者から同意をとってあれば、該当者を合意形成プロセスから外す等の方法を採ることも可能である。
【0095】
合意形成部26は、所定の方法を用いて決定した代表的な選択肢の序列の結果を各個人iのIoHデバイス100にフィードバックする(例えば、ユーザI/F150に表示する)ことにより、代表的な選択肢のいずれかに対する投票または選択を促す。この際に、全員が合意に至り易い選択肢または合意に至るであろう経路を推算して各個人へ妥協案を提示してもよい。
【0096】
また、合意形成部26は、介入部22による個人行為11または個人間相互作用12への介入データを参照することにより、各個人iまたは集団の傾向、例えば利己的または経済重視であるのか、利他的または社会重視及び環境重視であるのか等を把握し、合意に至り易い妥協案を探索してもよい。なお、集団の不安定な状態が継続することを避けるため、例外的に、合意形成部26が合意に達する前に暫定的な選択肢を選択することも可能である。
【0097】
このように、代表的な選択肢に対する投票または選択とフィードバックとを繰り返すことにより、最終的に合意に達した選択肢を得た後、更新部26aは、制度13を更新して、各個人iのIoHデバイス100に新たな制度13を通知する。これにより、集団の合意形成に基づいて更新された制度13が個人行為11及び個人間相互作用12に反映される。
【0098】
なお、集団の合意を得る方法としては、上述したように、代表的な選択肢に対する投票または選択とフィードバックとを繰り返す方法の他、例えば、各個人iから選択肢に対する意見を集めて代表的な意見を表示する方法、KJ法や言語解析によって全員の意見をグルーピングして表示する方法等を利用するようにしてもよい。
【0099】
上述した説明では、スローシステム32では、集団状態診断部23によって集団の状態sが非平衡になったことを機会として、予後予想部24以降が処理を開始するとした。スローシステム32の他の動作として、集団状態診断部23によって集団の状態sが完全に非平衡状態に達する前に、その兆候が表れたことを機会として、集団状態診断部23がその旨を介入部22に通知するようにしてもよい。これにより、スローシステム32によるファストシステム31への介入を強めることができ、集団の状態sが不安定になることを防ぐことができる。
【0100】
また、実際には、スローシステム32をファストシステム31と並列に動作させることで、ファストシステム31から運用データを受け取りながら、予後予想による価値指標の計算と代表的選択肢の抽出を行うことが可能である。
【0101】
これにより、事前に予め様々な制度や運用ルールrを評価しておくことができ、それらを更新する必要が生じた場合に速やかに合意形成にまで処理を進めることができる。
【0102】
スローシステム32の変形例として、経済状況や環境条件の大きな変化ではなく比較的小さな変化に対して追従性を高めるため、合意形成部26が合意形成を省略して予め決定した方針に基づいて選択肢を選択し、更新部26aが制度13を更新するようにしてもよい。この方針は、スローシステム32に加入する際に加入者の同意を得たものとする。
【0103】
<スローシステム32の適用例>
上述したように、ファストシステム31を再生可能エネルギを共有リソースと見做して運用する分散協調システムに適用した場合、スローシステム32は、コスト等の経済状況や日射量や水量等の環境条件の比較的大きな変化に対して分散協調システム(ファストシステム31)の運用ルールrを更新する集中管理システムに適用できる。
【0104】
この場合、集団の状態sが住民全体の総電力消費量または気温εで規格化した総電力消費量に相当し、社会価値が地域経済循環率(地域活性度)と住民の節電快適度との合成指標に相当し、環境価値が再生可能エネルギ自給率に相当し、経済価値がエネルギコストの逆数に相当する。
【0105】
また、代表的な選択肢a,b,cが予後予想の安定範囲内での社会、環境、経済の重視に相当し、選択肢dが中庸であり、それらの中から住民の合意形成によって新たな制度、すなわち運用ルールrが選ばれる。
【0106】
例えば図10に示された三角グラフを用いて説明すると、運用ルールrとしての経済価値重視の選択肢cは、再生可能エネルギ以外のエネルギも利用することにより電力料金をなるべく抑えようとするものである。よって、節電に関する規範的基準n(r,ε)または公平性基準f(r,ε)は、現状の集団の状態sを表す選択肢pと比べて若干緩くなる。
【0107】
環境価値重視の選択肢bは、再生可能エネルギ自給率をなるべく高めようとするものである。よって、環境重視の選択肢bが選択された場合、経済価値重視の選択肢cに比べて電力料金が上がる。また、運用ルールrとして規範的基準n(r,ε)または公平性基準f(r,ε)が現状の集団の状態sを表す選択肢pよりさらに節電を厳しく促すものになる。
【0108】
社会価値重視の選択肢aは、再生可能エネルギの自給による地域活性度の向上と住民の快適度のバランスをとろうとするものである。よって、経済価値重視の選択肢cに比べて電力料金が上がるものの、節電に関する基準は選択肢cと同様に緩くなる。
【0109】
運用ルールrとしての代表的な選択肢a,b,c,dは、収集部23aによって収集された第1のデータ、第2のデータ、及び第3のデータに基づき、集団状態の診断、及び予後予想を経て選択肢生成部25により生成され、合意形成部26によって選択肢a,b,c,dのいずれかに対する社会集団としての合意形成が支援される。
【0110】
そして、選択肢a,b,c,dのうち、最終的に合意されたものが運用ルールrとなって新たにファストシステム31に適用される。この結果、社会集団としての運用状況が変化して第3のデータが更新されることになる。具体的には、例えば、再生可能エネルギの発電に関する天候の変化や災害、発電設備のメンテナンスや障害、再生可能エネルギ以外の電力料金の改定等が発生した場合には、運用ルールrが更新され、第3のデータが大きく変わることになる。
【0111】
<IoHデバイス100のユーザI/F150における表示例>
次に、ファストシステム31を分散協調システムに適用し、スローシステム32を分散協調システムの運用ルールrを更新する集中管理システムに適用した場合における、IoHデバイス100のユーザI/F150にディスプレイを採用した場合の画面表示について、図12図14を参照して説明する。
【0112】
図12は、分散協調システム(ファストシステム31)の介入部22が個人行為11に対して介入する際に、IoHデバイス100のユーザI/F150に表示される画面の表示例を示している。
【0113】
同図の場合、画面左側の表示領域151には、個人iの電力消費量x(ε)の推移を示す実線の曲線151a、及び再生可能エネルギ全体の総発電量の推移を示す破線の曲線151bが表示されている。画面右側の表示領域152には、気温εで規格化した公平性の基準f(r)の許容範囲を示す破線の直線152a、及び気温εで規格化した個人iの公平性f(v,c,r)の推移を示す実線の曲線152bが表示されている。個人の公平性f及び基準fは、f=fであれば公平であり、f>fであれば利己的であり、f<fであれば利他的ということを表わす。
【0114】
各個人iは、この画面表示を見ることにより、自身の電力消費量x(ε)の推移が総発電量の推移に対してずれていることや、自身の公平性fが他者jとの相互比較に基づく公平性基準f(r)の範囲から逸脱していること等を認識できる。よって、各個人iに対して規範的で公平な電力消費行動を促すことができる。
【0115】
なお、各個人iの公平性f(v,c,r)の代わりに規範的価値n(x,c,r)を表示するようにしてもよい。また、個人行為11に対して介入するための画面に、利他的な公平性fを持つ個人を節電度のランキングとして表示したり、社会規範が相互承認により実効化されることに基づいて他者からの「いいね」、「残念」等の評価を表示したりするようにしてもよい。
【0116】
図13は、集中管理システム(スローシステム32)の合意形成部26が選択肢に対する社会集団の合意形成を支援する際にIoHデバイス100のユーザI/F150に表示される画面の表示例を示している。
【0117】
同図の場合、画面の左側には、社会価値、経済価値、及び環境価値を頂点とする三角グラフ153が表示され、三角グラフ153には、現状の集団の状態sを表す選択肢pと代表的な選択肢a,b,c,dに対応する価値がプロットされている。画面右側の領域154には、代表的選択肢a,b,c,dに対する前回の集団全員の選択を集計した序列と、社会厚生基準に基づく序列、社会厚生基準に基づく序列、個人iの前回の選択結果と今回の選択内容が示されている。
【0118】
合意形成部26による処理において、個人iが前回の自身の選択結果と全員の選択結果や社会厚生基準とを比較して学習することにより、個人iの意思に合意形成と社会厚生が促される。そして、個人iは、自身が許容可能であるとともに全員が合意に達するであろうと思われる序列を、今回の意思決定としてプルダウンメニューボタン155を操作して選択する。そして、各個人iが同様の操作を行うことにより、次第に集団としての合意が形成されることになる。
【0119】
なお、三角グラフ153の代わりに、サンキーダイアグラムや3次元グラフを表示したり、社会価値、経済価値、及び環境価値の数値または相対値を表示したりするようにしてもよい。また、選択肢に関する幾つかの序列を示す代わりに、それぞれの選択肢に対する多数意見や少数意見を表示したり、合意に至り易い妥協案をリコメンドとして表示したりするようにしてもよい。
【0120】
図14は、集中管理システム(スローシステム32)の合意形成部26によって社会集団の合意が得られた後にIoHデバイス100のユーザI/F150に表示される画面の表示例を示している。
【0121】
同図の場合、画面の左側には、社会価値、経済価値、及び環境価値を頂点とする三角グラフ156が表示され、三角グラフ156には、合意された選択肢dが他の選択肢よりも強調して大きく表示されている。
【0122】
画面の右上領域157には、代表的選択肢a,b,c,dに対する様々な選択ルールや社会厚生基準に基づく序列が示されている。同図の例では、多数決ルール、ボルダルール、功利主義基準、レクシミン基準の何れにおいても、選択肢dが最上位にあるか、または最上位の選択肢に対して準推移性の関係または無差別関係にあることから、選択肢dに対して社会集団が合意したことを示している。
【0123】
画面の右下領域158には、更新部26aによって更新された新たな制度13としての運用ルールの目標が表示されている。同図の例では、経済価値に対応して再生可能エネルギ0%の場合に対する電力料金比、環境価値に対応して再生可能エネルギ自給率、社会価値に対応して地域活性度(地域経済循環率)と再生可能エネルギ不足時の(十分供給されている時と比べた)快適度(の比)が示されている。
【0124】
このように、制度13、すなわち、運用ルールが更新された後は、分散協調システムが再生可能エネルギ及び他のエネルギを各個人iに供給しつつ、個人iの電力消費行動に対して社会規範または公平性に関する介入を行い、社会集団全体としてルールに則った運用を行うことになる。
【0125】
次に、図15は、ディスプレイ以外のユーザI/F150の例を示している。同図(A)は、ユーザI/F150としてのレベルメータの一例を示している。該レベルメータでは、例えば、メータの中央値を公平性基準、網掛け部分を利己的な逸脱領域と定義して、公平性基準に対する個人iの公平性の値を示すことができる。
【0126】
同図(B)は、ユーザI/F150としてのスマートスピーカの一例を示している。該スマートスピーカでは、例えば、出力する音の高低、強度、和音、メロディー等により、公平性基準に対する個人iの公平性を表すことができる。なお、公平性基準に対して個人iの公平性が逸脱した場合にのみ、アラーム音や注意音声等を出力するようにしてもよい。
【0127】
同図(C)は、ユーザI/F150としてのスマートライトを一例示している。該スマートライトでは、例えば、公平性基準に対する個人iの公平性を、発光の色、強度、変化等によりすことができる。なお、公平性基準に対して個人iの公平性が逸脱した場合にのみ、点滅や閃光を出力するようにしてもよい。
【0128】
上述したレベルメータ、スマートスピーカ、スマートライトは、家電や照明等の電力センサや操作リモコン、環境の温湿度や空気清浄度等のセンサ、人の体温、脈拍、身体活動等のセンサを兼ねることができる。
【0129】
なお、図示は省略するが、ユーザI/F150として、バイブレータ(振動機)やディフューザ(芳香器)を採用し、振動の強度や周期、香りの種類により、公平性基準に対する個人iの公平性を表すようにしてもよい。
【0130】
上述したように、ユーザI/F150により、各個人iに対して自己の公平性や公平性基準からの逸脱を認識させることにより、個人iに規範的な行動を促すことができる。これにより、ファストシステム31を安定的に運用することが可能となる。
【0131】
<サーバ200のユーザI/F250における表示例>
次に、ファストシステム31を分散協調システムに適用し、スローシステム32を分散協調システムの運用ルールrを更新する集中管理システムに適用した場合における、サーバ200のユーザI/F250における画面表示について説明する。
【0132】
図16は、サーバ200のユーザI/F250に表示される画面の表示例を示している。
【0133】
同図の場合、画面左上領域251には、ファストシステム31としての分散協調システムにおける再生可能エネルギの供給量の現在までの推移(太実線)、及び今後の予想(太破線)、並びに、需要量(消費量)の現在までの推移(細実線)、及び今後の予想(細破線)を表示している。同図の例では、一例として、需要予想が供給予想を上回る場合を表示している。
【0134】
画面左下領域252には、ファストシステム31としての分散協調システムにおける集団全体の公平性基準からの逸脱度の現在までの推移(実線)及び今後の予想(点線)を表示している。同図の例における逸脱度は、各個人iそれぞれの逸脱度の絶対値の総和であり、逸脱度が大きくなるほど集団の状態が不安定であることを表わす。
【0135】
画面右上領域253には、スローシステム32として集中管理システムによる合意形成の現在までの履歴を、社会価値、環境価値、及び経済価値を頂点とする三角グラフ上に表示している。白丸は現時点で合意されている選択肢、すなわち現行の制度13の位置を表わしている。同図の例では、集団の合意が、経済重視から環境重視、社会重視へ移った後、現時点では三角形の内心へ近づいている場合を表している。
【0136】
画面右下領域254には、現行の制度13の下で運用されているファストシステム31としての分散協調システムにおける社会、環境、及び経済それぞれの価値の相対的な指標値の現在までの推移(実線)、及び今後の予想(点線)を表示している。一点鎖線は、三角グラフにおける内心d(図10)の指標値に対応している。社会、環境、及び経済の3つの価値は様々な指標群の代表指標であるため一概には言えないが、ここでは、電力の供給が需要を十分上回っている間は生活の質やエネルギ自給率が変わらないため、3つの価値がほぼ変化しないが、需要予想が供給予想を上回ると社会価値や環境価値が下がり、相対的に経済価値が上がる場合を示している。
【0137】
サーバ200では、運用データの収集、集団状態の診断、予後予想の生成、選択肢の生成、合意形成の支援、及び制度の更新からなる第2の循環ループが継続的に実行されている。
【0138】
ユーザI/F250では、第2の循環ループにおける各処理の状態を介して俯瞰的に監視することができる。また、ユーザI/F250では、例えば、電力の需要予想が供給予想を上回る場合や、災害や故障等のために予め定めておいた緊急運用ルールを適用する場合や、メンテナンスのための運用モードに切り替える場合等には、スローシステム32として集中管理システムの管理者が所定の指示操作を入力することができる。
【0139】
なお、図16の例では、分かり易さのために、需要予想が供給予想を上回るような異常事態を示したが、通常は供給量が需要量を上回っている間の余剰電力を蓄電、蓄熱、揚水等に回し、それらの貯蔵電力によって供給量が低下した際に不足電力を補うため、需給バランスは保たれている。
【0140】
次に、図17は、集中管理システム(スローシステム32)の合意形成部26による合意形成支援の際にIoHデバイス100のユーザI/F150に表示される画面の他の表示例を示している。
【0141】
同図の場合、画面左側には、三角グラフにおける社会価値、環境価値、及び経済価値の3つの頂点、並びに、その内心をそれぞれカラートライアングルのR,G,B,Wに対応させた色度図261が表示されている。また、画面右側には、社会価値(カラートライアングルのRに対応)と環境価値(同Gに対応)、及び経済価値(同Bに対応)から成るカラートライアングル262が表示され、その上に現状の集団の状態pと代表的な選択肢a,bがプロットされている。さらに、画面右側には、選択肢a,bにそれぞれ対応する操作ボタン263,264が設けられている。操作ボタン263,264の表示色は、カラートライアングル262における選択肢a,bの点の色と同じであり、同図の場合、操作ボタン263はオレンジ色、操作ボタン264は黄緑色で表示される。
【0142】
IoHデバイス100のユーザである各個人iは、操作ボタン263,264の表示色により、直感的にカラートライアングル262における選択肢a,bの位置づけを理解できる。そして、各個人iは、操作ボタン263または操作ボタン264を操作することにより、選択肢aまたは選択肢bを選択することができる。
【0143】
なお、例えばカラートライアングル262の上にプロットした選択肢a,bの明度をそれぞれの相対的な支持の多さに応じて変更してもよい。そのようにすれば、選択肢a,bのどちらが多数に支持されているのかを各個人iに認識させることが可能となる。
【0144】
次に、図18は、集中管理システム(スローシステム32)の合意形成部26による合意形成支援の際にIoHデバイス100のユーザI/F150に表示される画面のさらに他の表示例を示している。
【0145】
同図の場合、社会価値、環境価値、及び経済価値を頂点とする三角グラフの代わりに、社会価値、環境価値、及び経済価値それぞれを短期的価値と長期的価値とに分け、六角形のレーダーチャートを用いている。画面左側のレーダーチャート271には、選択肢aの価値(実線)、及び現状pの価値(点線)を示し、画面右側のレーダーチャート272には選択肢bの価値(実線)、及び現状pの価値(点線)を示している。
【0146】
また、画面下側には、選択肢a,bにそれぞれ対応する操作ボタン273,274が設けられている。IoHデバイス100のユーザである各個人iは、レーダーチャート271,272の形状により選択肢a,bの特性を理解することができる。そして、各個人iは、操作ボタン273または操作ボタン274を操作することにより、選択肢aまたは選択肢bを選択することができる。
【0147】
なお、例えばレーダーチャート271,272の実線の太さや、操作ボタン273,274の彩度や明度を、相対的な指示の多さに応じて変更してもよい。そのようにすれば、選択肢a,bのどちらが多数に支持されているのかを各個人iに認識させることが可能となる。
【0148】
<協同システム1の適用例>
次に、図19は、本実施形態に係る協同システム1を適用した、地域コミュニティや協同組合等における協同システム401の構成例を示している。
【0149】
協同システム401は、再生可能エネルギ供給システム402と、IoHデバイス100(不図示)を備え、再生可能エネルギを消費する住民及び協同組合員403と、サーバ200(不図示)を備える再生可能エネルギ供給システム402の役員及び事務局404とが、送配電網及び通信網から成るネットワーク405を介して接続されている。
【0150】
再生可能エネルギ供給システム402のエネルギ供給源は、太陽光、水力、バイオマス、風力、小水力等であり、マイクログリッドを構成している。
【0151】
住民及び協同組合員403は、家庭、事務所や工場等の企業、学校や公民館等の公共施設、バスや車等の交通手段等であり、協同システム401に参加してファストシステムの自律的な運用ルールの下で再生可能エネルギを消費している。
【0152】
役員及び・事務局404は、サーバ200を用いて再生可能エネルギ供給システム402を監視しており、メンテナンスや緊急時には役員及び事務局404が対応する。
【0153】
協同システム401においては、住民及び協同組合員403が利用するIoHデバイス100により、共有リソースである再生可能エネルギを運用するファストシステム31としての分散協調システムが実現される。また、役員及び事務局404に設けられたサーバ200により、経済状況や環境変化に対して分散協調システムの運用ルールを更新するスローシステム32としての集中管理システムが実現される。
【0154】
<協同システム1の他の適用例>
以上の説明では、ファストシステム31を分散システム、スローシステム32を集中システムに適用したが、ファストシステム31及びスローシステム32の適用例はこれらに限らない。
【0155】
例えば、IoHデバイス100またはIoTデバイスを行為データや運用データのセンシング機能に当て、ファストシステム31及びスローシステム32の両方を集中システムで構成することも可能である。逆に、スローシステム32の機能の一部、例えば行為データまたは運用データの前処理をファストシステム31に移管することにより、集中システムから分散システム寄りに構成することもできる。
【0156】
どのようなシステム構成を採用するかについては、協同システム1に要求される規模、処理速度、柔軟性、頑健性、拡張性等に応じて設計すればよい。
【0157】
なお、本実施形態のように、ファストシステム31とスローシステム32とを協同させず、両者を独立に構成することも可能ではあるが、両者の間には相互に関係性があるため、本実施形態の協同システム1のように、両者を協同させることが有用である。これは、社会システム10が個人行為に関わる第1の階層11、個人間相互作用に関わる第2の階層12、及び集団の制度に関わる第3の階層13から成ること、そして、社会システム10には運用(行政)と合意形成(政治)の両輪が必要であることからも自明である。
【0158】
以上の説明では、共有リソースとして再生可能エネルギを挙げたが、他の共有リソースとして農地、水利、山林、漁獲、資源等がある。また、カーシェアリング、オンデマンドバス等のモビリティや、コワーキング、ワークシェアリング、協同組合等の労働に関するシェアリング・エコノミも対象となる。さらに公平、公正な経済取引や、二酸化炭素やごみの排出量の割り当て等にも拡張することができる。格差や不平等、資源や環境等の社会課題には、経済的な効用だけでなく社会的な規範や倫理、道徳が関わっており、本実施形態の協同システム1は、それらの社会課題を解決するために幅広く適用され得る。
【0159】
<まとめ>
社会学者のニクラス・ルーマンの社会システム理論によれば、社会システムとは、個人間のコミュニケーションの循環的なネットワークから成るオートポイエーシス(自己産出)・システムである。本実施形態の協同システム1では、社会システム10と情報システム20との循環的なコミュニケーション・ネットワークを構成することになる。
【0160】
哲学者のジョセフ・ヒースの社会規範理論によれば、社会規範(ルール、倫理、道徳)は人間の模倣同調的性向に基づく個人間の相互の期待と承認の構造により実効化される。本実施形態の協同システム1では、社会システム10の個人間の相互作用に情報システム20が規範的に介入することになる。
【0161】
経済学者の青木昌彦の比較制度分析によれば、社会制度とは、個人の集団に関する信念と、それに基づく個人の戦略的行動と、それらが集まって生成する集団の均衡と、それがシンボル化された要約表現すなわち制度と、それからコーディネートされる個人の信念という循環ループから成る自己維持的システムである。本実施形態の協同システム1では、個人と集団の循環ループの間に情報システムが介在することになる。
【0162】
システム工学者の猪原健弘の合意形成学によれば、合意形成とは、多数決や最大公約数による社会統合ではなく、多様性や差異を認めて関係づけて調和させる社会編集と捉えるべきである。本実施形態の協同システム1では、情報システムが合意形成における社会編集機能を支援することになる。
【0163】
なお、システム論の観点から、生命組織は、細胞→組織→器官→生物→群れ→エコシステムというように、下層から上層の秩序が創発することにより階層構造を成している。二重継承理論によると、人間は生物学的な進化と文化的な進化の相互作用による産物であり、ゲノムとミームの共進化として捉えられる。これらのことから、本実施形態の協同システム1では、階層構造を成すことになる。
【0164】
行動経済学者のダニエル・カーネマンによれば、人間の思考システムは直感的、自動的なファストシステムと意識的、熟慮的なスローシステムとの二重プロセスから成る。これを受けて、哲学者のジョセフ・ヒースは、政治や経済において、直感や感情に基づくファスト・ポリティクスに抗して、理性と熟慮に基づくスロー・ポリティクスを提言している。したがって、本実施形態の協同システム1では、ファストシステム31による運用システムと、スローシステム32による合意形成システムという二重の階層を構成することになる。
【0165】
本実施形態の協同システム1によれば、ファストシステム31による第1の循環ループにより自動的な運用が行われ、スローシステム32による第2の循環ループにより熟慮的な合意形成が行われる。そして、ファストシステム31が経済や環境の日々の変動に対して追従して即応的な運用を行い、スローシステム32が比較的大きな変化に対して継続的な合意形成を行い、両者が並行して運用を行うことで多様な状況に適応できる。
【0166】
また、本実施形態の協同システム1によれば、ファストシステム31により、従前の合意を反映している現行の制度13に照らして個人行為11または個人間相互作用12に介入することにより、経済的な効用だけでなく社会的な規範へ配慮した運用が可能になる。また、スローシステム32により、現行の制度13の下での集団の状態を踏まえて制度の選択肢を提示することにより、経済だけでなく環境や文化等の多様な社会価値に対する合意形成が可能になる。
【0167】
なお、協同システム1には、社会システム10と情報システム20の協同と、ファストシステム31とスローシステム32との協同という両方の意味が込められている。これらの二つの協同により、社会システム10を規範的に運用し、破綻することなく持続することが可能となる。
【0168】
以上、本発明に係る実施形態及び変形例の説明を行ってきたが、本発明は、上記した実施形態の一例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施形態の一例は、本発明を分かり易くするために詳細に説明したものであり、本発明は、ここで説明した全ての構成を備えるものに限定されない。また、ある実施形態の一例の構成の一部を他の一例の構成に置き換えることが可能である。また、ある実施形態の一例の構成に他の一例の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の一例の構成の一部について、他の構成の追加、削除、置換をすることもできる。また、上記の各構成、機能、処理部、処理手段等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現してもよい。また、図中の制御線や情報線は、説明上必要と考えられるものを示しており、全てを示しているとは限らない。ほとんど全ての構成が相互に接続されていると考えてもよい。
【0169】
また、上記の協同システムの構成は、処理内容に応じて、さらに多くの構成要素に分類することもできる。また、1つの構成要素がさらに多くの処理を実行するように分類することもできる。
【符号の説明】
【0170】
1・・・協同システム、10・・・社会システム、11・・・第1の階層(個人行為)、12・・・第2の階層(個人間相互作用)、13・・・第3の階層(制度)、20・・・情報システム、21・・・個人心理診断部、21a・・・収集部、22・・・介入部、23・・・集団状態診断部、23a・・・収集部、24・・・予後予想部、25・・・選択肢生成部、26・・・合意形成部、26a・・・更新部、31・・・ファストシステム、32・・・スローシステム、100・・・IoHデバイス、110・・・プロセッサ、120・・・メモリ、131・・・行為データ取得プログラム、132・・・個人心理診断プログラム、133・・・介入データ生成プログラム、140・・・ストレージ、150・・・ユーザI/F、170・・・ネットワーク、200・・・サーバ、210・・・プロセッサ、220・・・メモリ、231・・・運用データ収集プログラム、232・・・集団状態診断プログラム、233・・・予後予想生成プログラム、234・・・選択肢生成プログラム、235・・・合意形成プログラム、236・・・制度更新プログラム、240・・・ストレージ、250・・・ユーザI/F、270・・・データベース、401・・・協同システム、402・・・再生可能エネルギ供給システム、403・・・住民・協同組合員、404・・・役員・事務局、405・・・ネットワーク
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19