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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-01
(45)【発行日】2024-05-13
(54)【発明の名称】アンギュラ玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/38 20060101AFI20240502BHJP
   F16C 19/16 20060101ALI20240502BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20240502BHJP
【FI】
F16C33/38
F16C19/16
F16C33/66 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020014875
(22)【出願日】2020-01-31
(65)【公開番号】P2020173022
(43)【公開日】2020-10-22
【審査請求日】2022-09-20
(31)【優先権主張番号】P 2019075378
(32)【優先日】2019-04-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100154771
【弁理士】
【氏名又は名称】中田 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】竹ヶ鼻 仁
(72)【発明者】
【氏名】古山 峰夫
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-189167(JP,A)
【文献】特開2014-219101(JP,A)
【文献】特開2004-278645(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/38-33/44
F16C 19/16
F16C 33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、これら内輪と外輪の軌道面間に接触角を持って介在する複数の球形の 転動体と、これら複数の転動体を保持し前記外輪の背面側の内径面部である案内面で案内 される環状の保持器とを備えるアンギュラ玉軸受であって、
前記保持器の外径面に、前記外輪の前記軌道面と前記案内面が交わるエッジ部分との接 触を避ける逃がし溝が設けられ、この逃がし溝の幅方向範囲が、前記エッジ部分の軸方向 両側に渡りかつ前記転動体と前記外輪の接触位置を超えない範囲であり、前記保持器の前 記逃がし溝が設けられた幅方向部分とは反対側の幅方向部分の幅を、前記逃がし溝が設け られた幅方向部分よりも狭くしたアンギュラ玉軸受。
【請求項2】
請求項1に記載のアンギュラ玉軸受において、前記保持器に、前記逃がし溝が設けられ たことによる質量減少分に対して、前記保持器の幅方向中心の両側部分の質量バランスの 均等化を図る質量バランス手段を有するアンギュラ玉軸受。
【請求項3】
請求項2に記載のアンギュラ玉軸受において、前記質量バランス手段は、前記保持器の 前記逃がし溝が設けられた幅方向部分とは反対側の幅方向部分の幅を、前記逃がし溝が設 けられた幅方向部分よりも狭くしたことであるアンギュラ玉軸受。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のアンギュラ玉軸受において、前記外輪 の外径面と、前記外輪の内径面における前記軌道面を除く部分とを連通する給油孔が、前 記転動体を中心に背面側の前記外輪に設けられているアンギュラ玉軸受。
【請求項5】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のアンギュラ玉軸受において、前記外輪 の外径面と、前記外輪の内径面における前記軌道面の転動体中心より正面側もしくは前記 軌道面を除く部分と、を連通する給油孔が、前記転動体を中心に正面側の前記外輪に設けられているアンギュラ玉軸受。
【請求項6】
内輪と、外輪と、これら内輪と外輪の軌道面間に接触角を持って介在する複数の球形の 転動体と、これら複数の転動体を保持し前記外輪の背面側の内径面部である案内面で案内 される環状の保持器とを備えるアンギュラ玉軸受であって、
前記保持器の外径面に、前記外輪の前記軌道面と前記案内面が交わるエッジ部分との接 触を避ける逃がし溝が設けられ、この逃がし溝の幅方向範囲が、前記エッジ部分の軸方向 両側に渡りかつ前記転動体と前記外輪の接触位置を超えない範囲であり、
前記外輪の外径面と、前記外輪の内径面における前記軌道面を除く部分とを連通する給 油孔が、前記転動体を中心に背面側の前記外輪に設けられ、前記保持器の前記逃がし溝の 幅方向範囲に、前記外輪の前記給油孔が設けられているアンギュラ玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、工作機械の主軸の支持や、産業機械、その他高速回転で使用される用途等のアンギュラ玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、転がり軸受の中でもアンギュラ玉軸受は、ラジアル荷重と一方向の大きなアキシアル荷重を負荷でき、高速回転で使用される用途に適した軸受である。
特に、工作機械の主軸に用いるアンギュラ玉軸受には、高精度でかつ加工能率を上げるため、安定して高速回転することが要求され、軽量で遠心力の影響が小さい樹脂保持器が一般的に採用されている。この保持器には内輪案内方式や転動体案内方式があるが、高速回転に適した外輪案内方式が多く使用されている。
【0003】
外輪案内方式の保持器は、一般に、図14に示すように、外輪102の背面側の内径面部である案内面102bで案内される。このような外輪案内方式の保持器104は、高速回転時、遠心力の影響により膨張し、保持器104の外径面が外輪102の軌道面102aと案内面102bが交わるエッジ部分106と接触して摩耗することがある。
【0004】
このような摩耗を避けるために、図16図17に示すように、保持器104の外径面に、前記エッジ部分106と転動体中心位置を含む幅広の逃がし溝105を設けたものが提案されている(例えば、特許文献1)。
この他に、前記エッジ部分106と保持器104の外径面との接触による摩耗を防止し、油の攪拌抵抗を少なくするため、図18図19に示すように、保持器104の外径面に逃がし溝105Aを設け、この逃がし溝105Aの端部を、背面側(図の左側)のポケット端部とエッジ部分106に渡る幅で設けることが提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-189167号公報
【文献】特許第5604896号公報
【文献】特許第5844596号公報
【文献】特開2018-168953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図16図18の例などのように、外径面に逃がし溝105,105Aを設けた保持器104を組み込んだアンギュラ玉軸受において、例えば、図16に矢印aで示すように、保持器104の内径面と内輪101の間に供給された潤滑油は、矢印bで示すように保持器104の内径面からポケット107内を通過し、外輪102へと均一に拡散される。特にエアオイル潤滑の場合では、環境への負荷低減の為、潤滑油の給油量を少量に絞ることがあり、高速回転時、外輪軌道面102a上の接触位置近傍の転がり面や外輪102の案内面102bと接する保持器外径面に局所的に潤滑不足が発生し、面荒れや摩耗に至ることがある。
【0007】
また、従来の逃がし溝105,105Aを設けた保持器104は、軸方向の転動体中心位置に逃がし溝105,105Aが位置するため、保持器柱部104aの断面積はさらに小さくなる。あわせて、工作機械主軸のアンギュラ玉軸受は高精度・高剛性の目的から予圧状態で使用されるが、高速回転や高荷重が伴う厳しい条件の場合、転動体103の進み遅れによる力により、保持器104の変形が大きくなり、保持器柱部104aの周方向の最小断面部が損傷することがある。
なお、進み遅れとは、公転速度が相対的に速い転動体103は、保持器104のポケット107の前方面(進行方向面)に寄り、また公転速度が相対的に遅い転動体は、保持器ポケット107の後方面(進行方向と逆面)に寄ることである。その結果、転動体103は保持器ポケット107と接触し、保持器104に荷重が作用する現象である。
【0008】
この発明は、上記の課題を解消するものであり、その目的は、外輪の案内面と軌道面が交わるエッジ部分と保持器外径面とが接触することによって発生する摩耗を防止しつつ、潤滑油の供給性能を向上させ、保持器柱部の強度低下を抑えることが可能となり、これにより、高速回転や高荷重を伴う厳しい条件でも軸受寿命を高めることができるアンギュラ玉軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明のアンギュラ玉軸受は、内輪と、外輪と、これら内輪と外輪の軌道面間に接触角を持って介在する複数の球形の転動体と、これら複数の転動体を保持し前記外輪の背面側の内径面部である案内面で案内される環状の保持器とを備えるアンギュラ玉軸受であって、
前記保持器の外径面に、前記外輪の前記軌道面と前記案内面が交わるエッジ部分との接触を避ける逃がし溝が設けられ、この逃がし溝の幅方向範囲が、前記エッジ部分の軸方向両側に渡りかつ前記転動体と前記外輪の接触位置を超えない範囲であることを特徴とする。
【0010】
この構成によると、外輪案内面と外輪軌道面が交わるエッジ部分と接触する保持器外径面に逃がし溝を設けたため、接触による保持器外径面の摩耗が抑制される。前記逃がし溝を設ける幅方向範囲は、前記エッジ部分の軸方向両側に渡りかつ前記転動体と前記外輪の接触位置を越えない範囲であり、特に潤滑が必要とされる外輪案内面と接する保持器外径面や、外輪案内面と外輪軌道面が交わるエッジ部分から、転動体と外輪の接触位置までの間に限られているため、従来の外輪軌道面の全体幅よりも広く逃がし溝を設けたものと異なり、保持器内径面と内輪との間に供給された潤滑油が、前記逃がし溝を通り、これにより供給される潤滑油量が増加する。また、軸方向の転動体中心位置以外の中で断面積が小さい逃がし溝を設けることにより、保持器柱部の強度低下が抑制され、高速回転や高荷重の厳しい条件において軸受寿命が向上する。
【0011】
前記保持器に、前記逃がし溝が設けられたことによる質量減少分に対して、前記保持器の幅方向中心の両側部分の質量バランスの均等化を図る質量バランス手段を有していてもよい。
保持器に前記質量バランス手段が設けられていると、前記逃がし溝を設けていながら、保持器の挙動が安定する。
なお、前記質量バランス手段は、必ずしも前記両側部分の質量を完全に揃えるものでなくてもよく、質量バランスの崩れを少なくするものであればよい。
【0012】
前記質量バランス手段は、例えば、前記保持器の前記逃がし溝が設けられた幅方向部分とは反対側の幅方向部分の幅を、前記逃がし溝が設けられた幅方向部分よりも狭くした構成であってもよい。
この構成の場合、前記両側部分の質量バランスの均等化を簡単に図ることができる。
【0013】
前記質量バランス手段は、前記保持器の外径面における、前記逃がし溝が設けられた幅方向部分とは反対側の幅方向部分に設けられたバランス用溝であってもよい。
この構成の場合も、前記両側部分の質量バランスの均等化を簡単に図ることができる。また、この構成の場合、前記逃がし溝と前記バランス用溝を対称な断面形状で幅方向中心から同じ距離だけ離れた構成とすることができ、その場合、保持器を左右対称形状することができて、軸受内への保持器の組込みが簡単である。
【0014】
この発明のアンギュラ玉軸受において、前記保持器は、前記外輪の前記背面側の内径面部である案内面で案内されると共に、前記外輪の正面側の内径面部である正面側案内面によっても案内され、前記保持器の外径面に、前記外輪の前記軌道面と前記正面側案内面が交わるエッジ部分との接触を避ける第2の逃がし溝を有するようにしてもよい。
保持器の挙動をより安定させる構成として、保持器を外輪の背面側の案内面と正面側の案内面との両方で案内する構成とする場合がある。このような場合に、外輪の軌道面と正面側案内面が交わるエッジ部分との接触を避ける第2の逃がし溝を設けることで、正面側のエッジ部分における摩耗も防止できる。この場合に、従来のような外輪の軌道面の両側に渡る幅広の逃がし溝を設ける場合に比べて、潤滑性向上の効果が高く、また保持器の剛性面でも優れたものとなる。
【0015】
前記外輪の外径面と、前記外輪の内径面における前記軌道面を除く部分とを連通する給油孔が、前記転動体を中心に背面側の前記外輪に設けられていてもよい。外輪の内径面に連通する給油孔が設けられていると、給油が効果的に行われる。給油孔が外輪の内径面に連通して設けられていても、内径面における軌道面を除く部分に設けられているため、給油孔を転動体が通過することに起因する振動を防止でき、また軸受の長寿命化の面からも好ましい。
また保持器の外径面に前述の逃がし溝を設けると共に外輪に前記給油孔を設ける場合、外輪の給油孔からアンギュラ玉軸受内に潤滑油を供給することで、前記逃がし溝が設けられていることと相まって、案内面と外輪の軌道面、および転動体に潤滑油を円滑に供給することができる。したがって、複雑なハウジング構造および複数の給油経路等が不要となりコスト低減を図ることができる。その他、この給油孔が転動体を中心に正面側(反接触角側)にある場合、予圧が作用している運転中に、この給油孔を転動体が通過することはなく、給油孔が外輪の軌道面内であってもよい。
【0016】
前記保持器の前記逃がし溝の幅方向範囲に、前記外輪の前記給油孔が設けられていてもよい。この場合、外輪の給油孔を保持器の案内面で塞ぐことなく、外輪の給油孔から先ず逃がし溝に潤滑油を供給することができるため、例えば、高速運転時または運転初期等において、保持器の外径面が摩耗することを確実に防止することが可能となる。
【発明の効果】
【0017】
この発明のアンギュラ玉軸受は、内輪と、外輪と、これら内輪と外輪の軌道面間に接触角を持って介在する複数の転動体と、これら複数の転動体を保持し前記外輪の背面側の内径面部である案内面で案内される環状の保持器とを備えるアンギュラ玉軸受であって、前記保持器の外径面に、前記外輪の前記軌道面と前記案内面が交わるエッジ部分との接触を避ける逃がし溝が設けられ、この逃がし溝の幅方向範囲が、前記エッジ部分の軸方向両側に渡りかつ前記転動体と前記外輪の接触位置を超えない範囲であるため、外輪の案内面と軌道面が交わるエッジ部分と保持器外径面が接触することによって発生する摩耗を防止しつつ、潤滑油の供給性能を向上させ、保持器柱部の強度低下を抑えることが可能となり、これにより、高速回転や高荷重を伴う厳しい条件でも軸受寿命を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】この発明の第1の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図2】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図3】同アンギュラ玉軸受の部分断面図、兼、作用説明図である。
図4】この発明の他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図5】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図6】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図7】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図8】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図9】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図10】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図11】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図12】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図13】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図14】従来のアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図15】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図16】従来の他のアンギュラ玉軸受の部分断面図、兼、作用説明図である。
図17】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図18】従来のさらに他のアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図19】同アンギュラ玉軸受の保持器の部分展開図である。
図20】従来のさらに他のアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図21】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図22】同アンギュラ玉軸受の外輪および保持器を部分的に示す図である。
図23】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図24】同アンギュラ玉軸受の外輪および保持器を部分的に示す図である。
図25】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図26】同アンギュラ玉軸受の外輪および保持器を部分的に示す図である。
図27】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図28】同アンギュラ玉軸受の外輪および保持器を部分的に示す図である。
図29】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図30】同アンギュラ玉軸受の外輪および保持器を部分的に示す図である。
図31】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図32】同アンギュラ玉軸受の外輪および保持器を部分的に示す図である。
図33】この発明のさらに他の実施形態にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図34】同アンギュラ玉軸受の外輪および保持器を部分的に示す図である。
図35】参考提案例にかかるアンギュラ玉軸受の部分断面図である。
図36】同アンギュラ玉軸受の外輪および保持器を部分的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
この発明の第1の実施形態を図1図3と共に説明する。
このアンギュラ玉軸受は、内輪1と、外輪2と、これら内輪1と外輪2の軌道面1a,2a間に介在する複数の球形の転動体3と、これら複数の転動体3を保持する保持器4とを備える。内輪1の軌道面1aおよび外輪2の軌道面2aは、断面が円弧状であり、接触角θが生じるように形成されている。保持器4は外輪案内形式であり、外輪2の内径面における軌道面2aよりも背面側(接触角θが生じる側)の内径面部分は、案内面2bとなっている。外輪2の軌道面2aよりも正面側(接触角θが生じる側と反対側)の内径面は、カウンターボア2cとされている。内輪1、外輪2、および転動体3は、例えば軸受鋼等の鋼製であり、保持器4は樹脂製である。保持器4は、鋼やその他の金属製であってもよい。
【0020】
保持器4は、外径側から見た展開図の一部を図2に示すように、円環状体の円周方向複数箇所に、前記転動体3を保持するポケット7が一定間隔で形成されている。ポケット7は、例えば半径方向に延びる円筒面状である。保持器4の隣り合うポケット7間の部分は柱部4aとなる。
【0021】
上記基本構成のアンギュラ玉軸受において、保持器4の外径面に、全周に渡る環状の逃がし溝5が設けられている。逃がし溝5は、外輪2の軌道面2aと案内面2bが交わるエッジ部分6との接触を避ける溝であり、この逃がし溝5の幅方向範囲は、前記エッジ部分6の軸方向両側に渡り、かつ片方の縁が転動体3と外輪2の接触位置Pを超えない範囲、つまり無負荷状態で内部すきまがゼロの時に外輪2の軌道面2aに転動体3が接する位置Pまでの範囲である。逃がし溝5のもう片方の縁は、外輪2の案内面2bの幅方向の任意の位置でよく、潤滑性、トルク、保持器強度等を考慮して適宜設計される。
【0022】
この構成のアンギュラ玉軸受によると、外輪2の案内面2bと外輪2の軌道面2aが交わるエッジ部分6に位置する保持器4の外径面に逃がし溝5が設けられているため、エッジ部分6に接触することによる保持器4の外径面の摩耗が抑制される。
また、図16図18に示すような従来の、軌道面2aよりも幅広の逃がし溝105,105Aを設けた保持器104に比べ、逃がし溝5を設ける範囲を、特に潤滑が必要とされる外輪案内面2bと接する保持器外径面や、外輪案内面2bと外輪軌道面2aが交わるエッジ部分6から、転動体3と外輪2の接触角θを成す接触位置Pの位置までの範囲とし、幅狭としたため、潤滑油の供給性においても優れる。すなわち、図3の矢印aで示すように保持器4の内径面と内輪1の外径面との間に供給されたエアオイル等の潤滑油が、逃がし溝5の形成によってポケット内面と転動体3間の潤滑油通過経路長さが短く通過抵抗が小さくなった逃がし溝5の付近に集まり(矢印c参照)、外輪案内面2bと保持器外径面との間に供給される潤滑油量が増加する。
さらに、逃がし溝5の幅が狭いため、図16図18の従来例のような幅広の逃がし溝105,105Aを設けた保持器104に比べて、保持器4の柱部4aの強度低下が抑制される。
このように耐摩耗性、および潤滑性に優れ、かつ強度面でも優れるため、高速回転や高荷重を伴う厳しい条件においても、軸受寿命が向上する。
【0023】
以下、図4以降に、この発明の他の各実施形態を示す。これらの実施形態において、特に説明する事項の他は、図1図3と共に説明した第1の実施形態と同様である。
第1の実施形態において、保持器4に、逃がし溝5が設けられたことによる質量減少分に対して、保持器4の幅方向中心の両側部分4A,4B(図4参照)の質量バランスの均等化を図る質量バランス手段を設けてもよい。
なお、前記質量バランス手段は、必ずしも前記両側部分4A,4Bの質量を完全に揃えるものでなくてもよく、質量バランスの崩れを少なくするものであればよい。
【0024】
4,図5は質量バランス手段を設けた一例を示す。この実施形態は、第1の実施形態において、前記質量バランス手段として、逃がし溝5が設けられた幅方向部分4Aとは反対側の幅方向部分4Bの幅W2を、逃がし溝5が設けられた幅方向部分4Bの幅W1よりも狭くしている。
保持器4の両側部分4A,4Bの完成を上記のように構成して質量バランスを図ると、逃がし溝5を偏って設けていながら、保持器4の挙動が安定する。
【0025】
なお、同図に想像線で示すように、保持器4の幅方向の中心から外輪正面側の幅方向部分4Bの厚さを、背面側の軸方向部分4Aよりも厚くしてもよい。
このように厚くすると、保持器4に案内溝5を設けたことによる、案内溝5が設けられていない保持器に対する強度低下を補うことができ、保持器4が変形し難くなる。
上記のように幅を狭くする構成と、厚さを増やす構成とを適宜組み合わせることで、保持器4の柱部4aの強度向上と重量比調節が行える。
【0026】
図6図7に示す実施形態では、第1の実施形態において、前記質量バランス手段として、保持器4の外径面における、逃がし溝5が設けられた幅方向部分4Aとは反対側の幅方向部分4Bにバランス用溝17を設けている。バランス用溝17は、逃がし溝5と左右対称の断面形状であって、保持器4の幅方向の中心に対して、逃がし溝5と同じ距離だけ離れて設けられている。このため、この実施形態における保持器4は左右対称形状であり、表裏逆に使用して図のバランス用溝17を逃がし溝5として使用してもよい。
この構成の場合も、前記両側の軸方向部分4A,4Bの質量バランスの均等化を簡単に図ることができる。また、保持器4が左右対称形状であるため、軸受内への保持器4の組込みが簡単である。
【0027】
図8図9に示す実施形態では、外輪2の軌道面2aの両側の内径面が共に円筒状面であって、内輪1側にカウンターボア1cが設けられている。保持器4は、外輪2の背面側の内径面部である案内面2bと、外輪正面側の内径面部である正面側案内面2dによっても案内される。
保持器4の外径面は、外輪2の軌道面2aと背面側案内面2bが交わるエッジ部分6との接触を避ける逃がし溝5の他に、外輪2の軌道面2aと外輪正面側案内面2dが交わるエッジ部分8との接触を避ける第2の逃がし溝9が設けられている。背面側の逃がし溝5と第2の逃がし溝9とは、この例では互いに対称な断面形状であって、保持器幅方向の中心から同じ距離の位置に設けられている。
【0028】
この実施形態の場合、保持器4が外輪2の両側の案内面2b,2dで案内されるため、保持器4の挙動の安定性に優れる。その反面、前記逃がし溝5,9を設けない場合、軌道面2aと両側の外輪案内面2b,2dとのエッジ部分6,8に接することになって摩耗の課題が大きくなるが、両側のエッジ部分6,8との接触を避ける2つの逃がし溝5,9が設けられているため、保持器4の両側の外径面部の摩耗防止が共に行える。
また、幅狭の逃がし溝5および第2の逃がし溝9が設けられているため、内輪1の外径面に供給された潤滑油が、ポケット内から前記逃がし溝5および第2の逃がし溝9に流れ、潤滑性が向上する。
逃がし溝5と第2の逃がし溝9との2本の溝を設けているが、いずれの溝も幅狭であるため、図16図18の従来例のように幅広の逃がし溝105,105Aを設ける保持器104に比べて、保持器4は強度に優れ、保持器4が変形し難い。
【0029】
図10図11に示す実施形態は、図1に示す第1の実施形態において、保持器4の外径面における両側の縁に傾斜部11が設けられている。傾斜部11の傾斜角度は、例えば、5~10°程度である。
転動体3に小径ボールを使用した場合、軸方向に幅広の保持器4とすることで、保持器4の強度を向上させることができる。その場合、外輪2の内径面と保持器4の外径面が交わる潤滑油の給油性や排油性が課題となるが、傾斜部11,11を設けることにより給油・排油性能が向上する。
【0030】
また、この実施形態の場合、保持器4の逃がし溝5における保持器端側の縁部5aの位置は、ポケット7内面の案内面に最も近い位置7a(図11)から転動体直径の2~15%の範囲(幅L1の範囲)内にある。保持器4の外径面における外輪案内面2bで案内される被案内面の軸方向幅L2は、転動体3の直径の15~30%の範囲とされる。前記被案内面の軸方向幅L2には、前記傾斜部11の幅は含まれず、傾斜部11の上縁から逃がし溝5の縁部5aまでの幅である。逃がし溝5の他方の縁部5bは、第1の実施形態と同様に、外輪2の軌道面2aと案内面2bが交わるエッジ部6よりも幅方向中心側であって、転動体3が外輪2の軌道面2aに接する位置までの間である。逃がし溝5の深さは、転動体3の直径の1~10%とされている。
上記各幅は、この発明の他の各実施形態においても同様に適用できる。
【0031】
図12図13に示す実施形態は、図1に示す第1の実施形態において、グリース潤滑でかつシール付きとした例である。外輪2の内径面の両端に設けられたシール取付溝12,12に、内輪1と外輪2の間の軸受空間を封止するシール13,13の外径側端が取付けられている。シール13,13の内径側端は、内輪1の外径面に設けられたシール溝14,14内に嵌まっており、このシール溝14,14の内面とシール13,13との間でラビリンスシールが構成されている。外輪2の軌道面2aと案内面2bとの間には、軌道面2aに沿って浅溝状にグリース溜溝15が設けられ、保持器4の逃がし溝5は、グリース溜溝15の開口縁と外輪案内面2bが交わるエッジ部18との接触を避けるように、第1の実施形態の場合よりも幅広に形成されている。
この構成の場合も、摩耗を防止しつつ、潤滑油の供給性能を向上させ、保持器柱部の強度低下を抑える効果が得られる。
【0032】
ところで、工作機械の主軸をはじめ、高速運転される支持軸受では、アンギュラ玉軸受が広く使用され、その潤滑には、常に新しい油を供給し、長期にわたり安定した潤滑状態を保つことのできるエアオイル潤滑またはオイルミスト潤滑がある。いずれの潤滑方法も、圧縮空気により、微量の潤滑油を軸受に供給し使用される。
図20に示すように、微量の潤滑油を効果的に軸受内部に供給するため、外輪に外径部から内径部に貫通する給油孔50を設けた、外輪給油穴付きエアオイル潤滑高速アンギュラ玉軸受(例えばNTN株式会社製HSEWタイプ)がある(特許文献3,4)。
【0033】
図20(d)に示す従来技術は、高速運転時、潤滑の必要な保持器外径の案内面に直接潤滑油を供給できるメリットがあるものの、回転中に外輪給油孔50を保持器外径の案内面で塞いだり開放したりを繰り返すことになり、軸受内部への潤滑油の安定供給の妨げになる。これを補うため、軸受側面の外輪間座51にも軸受内部に潤滑油を供給する給油口51aを設けるが、一つの軸受に複数の給油経路が必要となり、複雑なハウジング構造および給油のための付帯設備が必要となる。
【0034】
図20(c)のように、外輪軌道面の接触角側に給油孔50を設ける構造は、保持器の案内面と外輪軌道面の転動体との接触位置のいずれも近い位置から潤滑油を供給することができるメリットがある。その反面、給油孔50を転動体52が通過することによる音(振動)、および給油孔50を転動体52が繰り返し通過することによる軸受の長寿命化の妨げ等が懸念される。
【0035】
そこで、保持器の外径面にいずれかの実施形態の逃がし溝を設けると共に、外輪に以下の給油孔を設けるアンギュラ玉軸受を着想した。
<Oリング、環状溝組付けタイプ
給油孔が転動体を中心に背面側(接触角側)>
図22(a)は図21のアンギュラ玉軸受の外輪2の部分平面図であり、図22(b)は同アンギュラ玉軸受の保持器4の部分展開図である。
図21および図22の例では、前述の第1の実施形態と同様に、保持器4の外径面に全周に渡る環状の逃がし溝5が設けられると共に、外輪2の外径面と、外輪2の内径面における軌道面2aを除く部分とを連通する給油孔10が外輪2に設けられている。保持器4の逃がし溝5の軸方向範囲に給油孔10が設けられている。この給油孔10は、外輪2を径方向に貫通する丸孔の貫通孔であり、円周方向の一箇所または複数箇所に設けられている。
【0036】
外輪2の外径面には、給油孔10の位置、給油孔10を挟む両側に、それぞれ円周溝ma,mb,mcが形成されている。両側の円周溝mb,mcにOリング等から成る環状のシール部材Sa,Saが嵌め込まれている。外輪2は、これらシール部材Sa,Saを介して図示外のハウジングの内周面に嵌合される。図示外の給油装置により前記ハウジング内の給油経路、円周溝maおよび給油孔10から、前記逃がし溝5に潤滑油および圧縮空気を供給することで、外輪2の給油孔10を保持器4の案内面で塞ぐことなく、この案内面と外輪2の軌道面2a、および転動体3に直接潤滑油を供給し得る。したがって、複雑なハウジング構造および複数の給油経路等が不要となりコスト低減を図ることができる。また給油孔10が外輪2の内径面における、軌道面2aを除く部分に設けられているため、給油孔を転動体が通過することに起因する振動を防止でき、また軸受の長寿命化を図るうえで好ましい。保持器4の逃がし溝5の幅方向範囲に給油孔10が設けられている場合、外輪2の給油孔10を保持器4の案内面で塞ぐことなく、外輪2の給油孔10から先ず逃がし溝5に潤滑油を供給することができるため、例えば、高速運転時または運転初期等において、保持器4の外径面が摩耗することを確実に防止することが可能となる。
【0037】
<Oリング、給油孔組付けタイプ
給油孔が転動体を中心に背面側(接触角側)>
図23および図24の例では、外輪2の外径面における、給油孔10の周囲に環状溝mdが設けられ、この環状溝mdにOリング等から成る環状のシール部材Sbが嵌め込まれている。この場合、前述の例よりも円周溝の加工工数、部品点数の低減を図ることが可能となる、その他前述の例と同様の作用効果を奏する。
【0038】
<小径ボール仕様、Oリング、環状溝組付けタイプ
給油孔が転動体を中心に背面側(接触角側)>
図25および図26の例では、前述の小径ボールを使用した例(図10,11)に対し、外輪2に給油孔10が設けられ、保持器4の逃がし溝5の軸方向範囲に給油孔10が設けられている。その他前述のOリング、環状溝組付けタイプのアンギュラ玉軸受と同様の構成となっている。この場合、図10,11と同様の作用効果に加えて図21および図22の例と同様の作用効果を奏する。
【0039】
<小径ボール仕様、Oリング、給油孔組付けタイプ
給油孔が転動体を中心に背面側(接触角側)>
図27および図28の例では、前述の小径ボールを使用した例(図10,11)に対し、外輪2に給油孔10が設けられ、保持器4の逃がし溝5の軸方向範囲に給油孔10が設けられている。その他前述のOリング、給油孔組付けタイプと同様の構成となっている。この場合、図10,11と同様の作用効果に加えて図23および図24の例と同様の作用効果を奏する。
【0040】
<Oリング、環状溝組付けタイプ、保持器外径部逃がし溝両側
給油孔が転動体を中心に背面側(接触角側)>
図29および図30の例では、前述のバランス用溝17を設けた例(図6,7)に対し、外輪2に給油孔10が設けられ、保持器4の逃がし溝5の軸方向範囲に給油孔10が設けられている。その他前述のOリング、環状溝組付けタイプ(図21)と同様の構成となっている。この場合、図6,7と同様の作用効果に加えて図21および図22の例と同様の作用効果を奏する。
【0041】
<Oリング、環状溝組付けタイプ、給油孔が転動体を中心に正面側>
図31および図32の例では、保持器4の外径面に全周に渡る環状の逃がし溝5が設けられると共に、給油孔10が転動体3を中心に外輪2の正面側に設けられている。この給油孔10は、この例では、外輪カウンタボア2cの軸方向範囲で軌道面2aに近接する箇所または、外輪軌道面2a内であっても、この給油孔10が転動体3を中心に正面側(反接触角側)に設けられている。その他前述のOリング、環状溝組付けタイプ(図21)と同様の構成となっている。この場合、高速運転時、潤滑の必要な保持器外径の案内面に対し、転動体3を通過した潤滑油が遅滞なく到達し供給される。
【0042】
<小径ボール仕様、Oリング、環状溝組付けタイプ、給油孔が転動体を中心に正面側>
図33および図34の例では、前述の小径ボールを使用した例(図10,11)に対し、外輪2に給油孔10が設けられ、給油孔10が転動体3を中心に外輪2の正面側に設けられている。この場合にも、高速運転時、潤滑の必要な保持器外径の案内面に対し、転動体3を通過した潤滑油が遅滞なく到達し供給される。
【0043】
<参考提案例>
図35および図36に示すように、保持器4の外径面に、エッジ部分6と転動体中心位置を含む幅広の逃がし溝5Aを設け、さらに前述のOリング、環状溝組付けタイプ(図21)と同様の構成としてもよい。
【0044】
以上、実施形態に基づいてこの発明を実施するための形態を説明したが、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。この発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0045】
1…内輪
1a…軌道面
1b…案内面
1c…カウンターボア
1d…案内面
2…外輪
2a…軌道面
2b…案内面
2c…カウンターボア
2d…案内面
3…転動体
4…保持器
4a…柱部
4A,4B…軸方向部分
5…逃がし溝
5a,5b…幅方向端部
6…エッジ部分
7…ポケット
7a…案内面側に最も近いポケット内面
8…エッジ部分
9…第2の逃がし溝
10…給油孔
11…傾斜部
12…外輪のシール取付溝
13…シール
14…内輪のシール溝
15…グリース溜溝
17…バランス用溝(質量バランス手段)
18…エッジ部分
102…外輪
102a…軌道面
102b…案内面
103…転動体
104…保持器
104a…柱部
105,105A…逃がし溝
106…エッジ部分
107…ポケット
θ…接触角
P…接触位置
W1,W2…保持器の軸方向部分の幅
L1…ポケット内面7aから被案内面の幅
L2…被案内面の幅
図1
図2
図3
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