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特許7481856改変抗体及びその製造方法、並びに抗体の熱安定性を向上させる方法
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  • 特許-改変抗体及びその製造方法、並びに抗体の熱安定性を向上させる方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-01
(45)【発行日】2024-05-13
(54)【発明の名称】改変抗体及びその製造方法、並びに抗体の熱安定性を向上させる方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/00 20060101AFI20240502BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20240502BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20240502BHJP
【FI】
C07K16/00 ZNA
C12P21/08
C12N15/13
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020029711
(22)【出願日】2020-02-25
(65)【公開番号】P2021134154
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2023-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】中田 智史
(72)【発明者】
【氏名】井出 信幸
【審査官】大西 隆史
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-030231(JP,A)
【文献】特表2017-531620(JP,A)
【文献】KIM, Dae Young et al.,Protein Engineering, Design & Selection,2012年08月30日,Vol. 25, Issue 10,pp. 581-590,DOI: 10.1093/protein/gzs055
【文献】SAERENS, Dirk et al.,Journal of Molecular Biology,2008年03月21日,Vol. 377, Issue 2,pp. 478-488,DOI: 10.1016/j.jmb.2008.01.022
【文献】KIM, Dae Young et al.,Protein Science,2019年05月,Vol. 28, Issue 5,pp. 881-888,DOI: 10.1002/pro.3595
【文献】HAGIHARA, Yoshihisa and SAERENS, Dirk,Biochimica er Biophysica Acta,2014年11月,Vol. 1844, Issue 11,pp. 2016-2023,DOI: 10.1016/j.bbapap.2014.07.005
【文献】KAWADE, Raiji et al.,Protein Engineering, Design & Selection,2018年05月30日,Vol. 31, Issue 7-8,pp. 243-247,DOI: 10.1093/protein/gzy008
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
C12N 15/00-15/90
C12P 1/00-41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Kabat法に基づく~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの109番目のアミノ酸残基とがシステイン残基とされた重鎖、又は
Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの110番目のアミノ酸残基とがシステイン残基とされた重鎖
を含む、改変抗体。
【請求項2】
前記~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、前記109番目のアミノ酸残基とが、置換によりシステイン残基とされた重鎖を含む請求項1に記載の改変抗体。
【請求項3】
前記8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、記110番目のアミノ酸残基が、置換によりシステイン残基とされた重鎖を含む請求項1に記載の改変抗体。
【請求項4】
Kabat法に基づく9及び10番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基がシステイン残基とされた重鎖を含む請求項1~3のいずれか1項に記載の改変抗体。
【請求項5】
以下の1)~3)のいずれか1つに示されるアミノ酸残基がシステイン残基とされた重鎖を含む請求項1~4のいずれか1項に記載の改変抗体。
1) Kabat法に基づく9番目のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの109番目のアミノ酸残基;
2) Kabat法に基づく9番目のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの110番目のアミノ酸残基;及び
3) Kabat法に基づく10番目のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの110番目のアミノ酸残基
【請求項6】
未改変の抗体に比べて熱安定性が向上した抗体である請求項1~5のいずれか1項に記載の改変抗体。
【請求項7】
哺乳動物に由来する抗体である請求項1~6のいずれか1項に記載の改変抗体。
【請求項8】
前記哺乳動物が、ヒト、マウス、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、ウシ又はウマである請求項7に記載の改変抗体。
【請求項9】
Fab、Fab'、F(ab')2、還元型IgG、IgG、IgA、IgM、IgD又はIgEである請求項1~8のいずれか1項に記載の改変抗体。
【請求項10】
Kabat法に基づく~11番目から選択される少なくとも1つの位置に存在するシステイン残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの109番目の位置に存在するシステイン残基との間にジスルフィド結合が形成されているか、又は
Kabat法に基づく8~11番目から選択される少なくとも1つの位置に存在するシステイン残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの110番目の位置に存在するシステイン残基との間にジスルフィド結合が形成されている、
請求項1~9のいずれか1項に記載の改変抗体。
【請求項11】
Kabat法に基づく80及び171番目のアミノ酸残基がシステイン残基とされた軽鎖をさらに含む請求項1~10のいずれか1項に記載の改変抗体。
【請求項12】
Kabat法に基づく80及び171番目の位置に存在するシステイン残基の間にジスルフィド結合が形成されている請求項11に記載の改変抗体。
【請求項13】
抗体の熱安定性を向上させる方法であって、
抗体の重鎖において、Kabat法に基づく~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの109番目のアミノ酸残基とをシステイン残基とすること、又は
抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの110番目のアミノ酸残基とをシステイン残基とすること
含む、方法。
【請求項14】
抗体の重鎖において、Kabat法に基づく~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの109番目のアミノ酸残基とをシステイン残基とするか、又はKabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくCH1ドメインの110番目のアミノ酸残基とをシステイン残基とする工程と、
前記工程で得られた改変抗体を回収する工程と
を含む、改変抗体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱安定性が向上した改変抗体及びその製造方法に関する。また、本発明は、抗体の熱安定性を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、抗体のアミノ酸配列を改変することにより、該抗体の熱安定性を向上させる技術が知られている。例えば、特許文献1には、抗体の軽鎖のアミノ酸配列におけるKabat法に基づく80番目及び171番目のアミノ酸残基をシステイン残基に置換することにより、熱安定性が向上した抗体を得たことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】米国特許出願公開第2019/0040119号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、重鎖のアミノ酸配列を改変して熱安定性が向上した新規の抗体及びその製造方法、並びに抗体の熱安定性を向上させる新規の方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基とがシステイン残基とされた重鎖を含む改変抗体を提供する。
【0006】
本発明は、抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基とをシステイン残基とすることを特徴とする、抗体の熱安定性を向上させる方法を提供する。
【0007】
本発明は、抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基とをシステイン残基とする工程と、この工程で得られた改変抗体を回収する工程とを含む、改変抗体の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、改変前の元の抗体に比べて、熱安定性が向上した抗体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】ヒト化抗HER2抗体(Fab)の野生型及びその重鎖変異型(10-110)の抗原に対する親和性をELISA法で分析した結果を示すグラフである。
図2】マウス抗インスリン抗体(Fab)の野生型及びその重鎖変異型(9-109)の抗原に対する親和性をELISA法で分析した結果を示すグラフである。
図3】ウサギ抗CD80抗体(Fab)の野生型及びその重鎖変異型(9-109)の抗原に対する親和性をELISA法で分析した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本実施形態の改変抗体は、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基とがシステイン残基とされた重鎖を含むことを特徴とする。ここで、重鎖における上記のアミノ酸残基をシステイン残基とする前のアミノ酸配列を有する抗体を「未改変の抗体」という。
【0011】
本明細書では、未改変の抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基とをシステイン残基とすることを「重鎖を改変する」又は「重鎖の改変」ともいう。そのような重鎖の改変により、Kabat法に基づく8~11番目から選択される少なくとも1つの位置に存在するシステイン残基と、IMGT法に基づく109及び110番目から選択される少なくとも1つの位置に存在するシステイン残基との間にジスルフィド結合が形成されると考えられる。このジスルフィド結合の形成の結果、本実施形態の改変抗体は、未改変の抗体と比較して熱安定性が向上していると考えられる。このように、本実施形態の改変抗体は、熱安定性が向上するよう人工的に重鎖を改変された抗体である。
【0012】
抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基は可変領域に存在し、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基は定常領域に存在する。本明細書では、重鎖に関して「Kabat法に基づく」とは、重鎖の可変領域のアミノ酸残基の番号付けは、Kabatらによるナンバリング・スキーム(Kabat E.A.ら, Sequences of Proteins of Immunological Interest, 5th ed. Public Health Service, National Institutes of Health, Bethesda, MD(1991), NIH Publication No.91-3242参照)に従うことをいう。また、重鎖に関して「IMGT法に基づく」とは、重鎖の定常領域のアミノ酸残基の番号付けは、LefrancらによるIMGTユニークナンバリング(Lefranc MP.ら, Developmental and Comparative Immunology 29 (2005) 185-203参照)に従うことをいう。
【0013】
本実施形態では、未改変の抗体は、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基、及び、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基のいずれか一方又は両方がシステイン残基ではない重鎖を有する限り、特に限定されない。未改変の抗体の重鎖においてシステイン残基とされるアミノ酸残基は、システイン残基以外のいずれのアミノ酸残基であってもよい。
【0014】
未改変の抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基、又は、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基がシステイン残基である場合、当該システイン残基はそのままにしてよい。Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基及びIMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基のすべてがシステインである抗体は、本実施形態の改変の対象とはならない。
【0015】
未改変の抗体の重鎖における上記のアミノ酸残基をシステイン残基とする方法としては、アミノ酸残基の置換又は挿入が挙げられる。本明細書において「置換」による重鎖の改変は、未改変の抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目から選択される少なくとも1つの位置、及び/又はIMGT法に基づく109及び110番目から選択される少なくとも1つの位置に存在するシステイン残基以外のアミノ酸残基を、システイン残基に替えることをいう。
【0016】
本明細書において「挿入」による重鎖の改変は、未改変の抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目から選択される少なくとも1つの位置、及び/又はIMGT法に基づく109及び110番目から選択される少なくとも1つの位置に存在することとなるようにシステイン残基を新たに追加することをいう。例えば、未改変の抗体の重鎖におけるKabat法に基づく9番目及びIMGT法に基づく109番目のアミノ酸残基を挿入によりシステイン残基とする場合、Kabat法に基づく9番目及び10番目の間と、IMGT法に基づく109番目及び110番目の間のそれぞれにシステイン残基を追加すればよい。
【0017】
好ましい実施形態では、改変抗体は、未改変の抗体の重鎖を置換により改変して得られた抗体である。すなわち、改変抗体は、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基が、置換によりシステイン残基とされた重鎖を含むことが好ましい。また、改変抗体は、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基が、置換によりシステイン残基とされた重鎖を含むことが好ましい。
【0018】
本実施形態では、未改変の抗体は、いずれの抗原を認識する抗体であってもよい。また、未改変の抗体は、天然のアミノ酸配列を有する抗体(野生型の抗体)であってもよいし、人工的に作出された抗体であってもよい。人工的に作出された抗体は、本実施形態における重鎖の改変以外の手段に基づいてアミノ酸配列が人工的に変更された抗体をいう。そのような抗体としては、例えば、CDRのアミノ酸配列を変更した抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、二重特異性抗体などが挙げられる。
【0019】
好ましい実施形態では、未改変の抗体は、その遺伝子の塩基配列が公知であるか又は該塩基配列を確認可能な抗体である。具体的には、公知のデータベースに抗体遺伝子の塩基配列が開示されている抗体か、又は該抗体を産生するハイブリドーマが入手可能な抗体である。そのようなデータベースとしては、例えばGeneBank、abYsis、IMGTなどが挙げられる。未改変の抗体を産生するハイブリドーマがある場合、抗体遺伝子の塩基配列は、公知の方法により、該ハイブリドーマから抗体遺伝子を取得し、その塩基配列をシーケンシングすることによって得ることができる。
【0020】
未改変の抗体及び本実施形態の改変抗体は、いずれの動物に由来する抗体であってもよい。そのような動物としては哺乳動物が好ましく、例えばヒト、マウス、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、ウシ、ウマなどが挙げられる。それらの中でもヒト、マウス及びウサギが好ましい。
【0021】
未改変の抗体及び本実施形態の改変抗体のクラスは、IgG、IgA、IgM、IgD及びIgEのいずれであってもよいが、好ましくはIgGである。IgGのサブクラスは特に限定されず、IgG1、IgG2、IgG3及びIgG4のいずれであってもよい。本実施形態において、未改変の抗体及び改変抗体の重鎖のサブクラスは、特に限定されない。重鎖のサブクラスは、ヒト由来の場合はγ1、γ2、γ3及びγ4のいずれであってもよいし、マウス由来の場合はγ1、γ2a、γ2b及びγ3のいずれであってもよい。
【0022】
未改変の抗体は、重鎖においてKabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基とを有するかぎり、抗体フラグメントの形態にあってもよい。本実施形態の改変抗体は、重鎖の改変により導入されたシステイン残基を含むかぎり、抗体フラグメントの形態にあってもよい。そのような抗体フラグメントとしては、例えばFab、Fab'、F(ab')2及び還元型IgG (reduced IgG)などが挙げられる。それらの中でも、Fabが特に好ましい。
【0023】
本実施形態では、改変抗体の重鎖は、未改変の抗体の重鎖の全長配列を有してもよいし、未改変の抗体の重鎖の部分配列を有してもよい。例えば、未改変の抗体が完全抗体(例えばIgG)であり、改変抗体が抗体フラグメント(例えばFab)である場合、抗体フラグメントの形態にある改変抗体の重鎖は、未改変の抗体の重鎖の部分配列を有する。
【0024】
上述のように、本実施形態の改変抗体は、未改変の抗体と比較して熱安定性が向上している。抗体の熱安定性は、一般に、熱ストレスに伴って変性した抗体の量又は比率を測定する方法によって評価できる。そのような測定方法自体は当該技術において公知であり、例えば示差走査熱量計(DSC)、CDスペクトル、蛍光スペクトル、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)などによる測定が挙げられる。本実施形態では、改変抗体の熱安定性は、DSCによる測定から得られる情報によって評価されることが好ましい。そのような情報としては、例えばTm(熱容量が最大値であるときの温度)であってもよいし、解析ピーク自体であってもよい。
【0025】
本実施形態では、DSCで測定した改変抗体のTm値は、未改変の抗体のTm値よりも高い。例えば、DSCで測定した改変抗体のTm値は、未改変の抗体のTm値に比べて、少なくとも約1℃高く、好ましくは少なくとも約2℃高く、より好ましくは少なくとも約3℃高い。
【0026】
本実施形態において改変するアミノ酸残基はCDRのアミノ酸残基ではないため、抗体の抗原に対する親和性を実用上問題が生じるほど低下させることはないと考えられる。抗体の抗原に対する親和性は、ELISA法などの免疫学的測定法により評価してもよいし、抗原抗体反応における動力学的パラメータ(結合速度定数、解離速度定数及び解離定数)により評価してもよい。動力学的パラメータは、表面プラズモン共鳴(SPR)技術により取得できる。
【0027】
好ましい実施形態では、改変抗体は、Kabat法に基づく9及び10番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基とがシステイン残基とされた重鎖を含む。そのような改変抗体の中でも、以下の1)~3)のいずれか1つに示されるアミノ酸残基がシステイン残基とされた重鎖を含む改変抗体が特に好ましい。
【0028】
1) Kabat法に基づく9番目のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109番目のアミノ酸残基;
2) Kabat法に基づく9番目のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく110番目のアミノ酸残基;及び
3) Kabat法に基づく10番目のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく110番目のアミノ酸残基。
【0029】
本実施形態では、重鎖だけでなく、軽鎖においても可変領域と定常領域との間にジスルフィド結合が形成されるように改変してもよい。すなわち、本実施形態の改変抗体は、Kabat法に基づく80及び171番目のアミノ酸残基がシステイン残基とされた軽鎖を含んでもよい。そのような軽鎖の改変自体は公知であり、特許文献1に記載されている(参照により、米国特許出願公開第2019/0040119号明細書は本明細書に組み込まれる)。ここで、軽鎖に関して「Kabat法に基づく」とは、軽鎖の可変領域のアミノ酸残基の番号付けは、上記のKabatらによるナンバリング・スキームに従い、軽鎖の定常領域のアミノ酸残基の番号付けは、KabatらによるEUインデックスに従うことをいう。EUインデックスは、Kabatらによる上記文献に記載されている。軽鎖のサブクラスは特に限定されないが、好ましくはκ鎖である。
【0030】
本明細書では、未改変の抗体の軽鎖において、Kabat法に基づく80番目及び171番目のアミノ酸残基をシステイン残基とすることを「軽鎖を改変する」又は「軽鎖の改変」ともいう。本実施形態では、未改変の抗体の軽鎖の改変は、重鎖の改変と同様に、アミノ酸残基の置換又は挿入により行うことができる。このような改変された軽鎖では、Kabat法に基づく80及び171番目の位置に存在するシステイン残基の間にジスルフィド結合が形成されると考えられる。改変された軽鎖及び重鎖を有する本実施形態の改変抗体では、軽鎖及び重鎖のそれぞれにジスルフィド結合が形成されることにより、熱安定性がさらに向上し得る。
【0031】
本実施形態の改変抗体の具体例として、ヒト化抗HER2抗体及びウサギ抗CD80抗体のそれぞれの改変抗体について説明する。以下、本実施形態の改変抗体を「重鎖変異型(X-Y)」とも表記する。Xは8、9、10又は11であり、Yは109又は110である。「重鎖変異型(X-Y)」とは、未改変の抗体の重鎖におけるKabat法に基づくX番目のアミノ酸残基と、IMGT法に基づくY番目のアミノ酸残基とがシステイン残基とされた改変抗体を表す。
【0032】
また、Kabat法に基づく80及び171番目のアミノ酸残基がシステイン残基とされた軽鎖を有し、且つ改変されていない重鎖を有する抗体を、以下、「軽鎖変異型(80-171)」とも表記する。さらに、軽鎖変異型(80-171)の軽鎖と、重鎖変異型(X-Y)の重鎖とを有する本実施形態の改変抗体を、以下、「軽鎖・重鎖変異型(80-171/X-Y)」とも表記する。Xは8、9、10又は11であり、Yは109又は110である。「軽鎖・重鎖変異型(80-171/X-Y)」とは、未改変の抗体の重鎖におけるX番目のアミノ酸残基及びY番目のアミノ酸残基がシステイン残基とされ、且つ未改変の抗体の軽鎖における80番目及び171番目のアミノ酸残基がシステイン残基とされた改変抗体を表す。
【0033】
表1に、ヒト化抗HER2抗体の野生型(トラスツズマブ)のFabフラグメントにおける重鎖のアミノ酸配列を示す。表1中、下線部は可変領域を示し、灰色でマーカーした部分はCDRを示し、□で囲まれた残基は、Kabat法に基づく可変領域の8~11番目のアミノ酸残基、及びIMGT法に基づく定常領域の109及び110番目のアミノ酸残基を示す。なお、表1に示されるアミノ酸配列では、定常領域中の□で囲まれた残基は208及び209番目に当たるが、IMGT法では、これらを109及び110番目のアミノ酸残基として番号付ける。
【0034】
【表1】
【0035】
ヒト化抗HER2抗体の重鎖の各CDR及び可変領域のアミノ酸配列は、下記のとおりである。
・重鎖CDR1:DTYIH (配列番号2)
・重鎖CDR2:RIYPTNGYTRYADSVKG (配列番号3)
・重鎖CDR3:WGGDGFYAMDY (配列番号4)
・可変領域:EVQLVESGGGLVQPGGSLRLSCAASGFNIKDTYIHWVRQAPGKGLEWVARIYPTNGYTRYADSVKGRFTISADTSKNTAYLQMNSLRAEDTAVYYCSRWGGDGFYAMDYWGQGTLVTVSS (配列番号5)
【0036】
表2及び3に、ヒト抗HER2抗体の各変異型のFabフラグメントにおける重鎖のアミノ酸配列を示す。表2及び3において、下線部は可変領域を示し、灰色でマーカーした部分はCDRを示し、□で囲まれた残基は、Kabat法に基づく可変領域のX番目のアミノ酸残基、及びIMGT法に基づく定常領域のY番目のアミノ酸残基を示す。
【0037】
【表2】
【0038】
【表3】
【0039】
表4に、ヒト化抗HER2抗体の野生型の重鎖の全長配列を示す。表4において、灰色でマーカーした部分はCDRを示す。
【0040】
【表4】
【0041】
表5に、ヒト化抗HER2抗体の野生型の軽鎖(κ)の全長配列及びその変異型のアミノ酸配列を示す。表5において、下線部は可変領域を示し、灰色でマーカーした部分はCDRを示し、□で囲まれた残基は、Kabat法に基づく80番目及び171番目のアミノ酸残基を示す。
【0042】
【表5】
【0043】
ヒト化抗HER2抗体の軽鎖の各CDR及び可変領域のアミノ酸配列は、下記のとおりである。
・軽鎖CDR1:RASQDVNTAVA (配列番号17)
・軽鎖CDR2:SASFLYS (配列番号18)
・軽鎖CDR3:QQHYTTPPT (配列番号19)
・可変領域:DIQMTQSPSSLSASVGDRVTITCRASQDVNTAVAWYQQKPGKAPKLLIYSASFLYSGVPSRFSGSRSGTDFTLTISSLQPEDFATYYCQQHYTTPPTFGQGTKVEIKRTV (配列番号20)
【0044】
表6に、ウサギ抗CD80抗体の野生型のFabフラグメントにおける重鎖のアミノ酸配列を示す。表6において、下線部は可変領域を示し、灰色でマーカーした部分はCDRを示し、□で囲まれた残基は、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基、及びIMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基を示す。なお、表6に示されるアミノ酸配列では、可変領域中の□で囲まれた残基は7~10番目に当たるが、ウサギ抗体の場合、Kabat法では番号付けが2番から始まるので、□で囲まれた残基は、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基となる。また、表6に示されるアミノ酸配列では、定常領域中の□で囲まれた残基は205及び206番目に当たるが、IMGT法では、これらを109及び110番目のアミノ酸残基として番号付ける。
【0045】
【表6】
【0046】
表7及び8に、ウサギ抗CD80抗体の各変異型のFabフラグメントにおける重鎖のアミノ酸配列を示す。表7及び8において、下線部は可変領域を示し、灰色でマーカーした部分はCDRを示し、□で囲まれた残基は、Kabat法に基づくX番目のアミノ酸残基、及びIMGT法に基づくY番目のアミノ酸残基を示す。Xは8、9、10又は11であり、Yは109又は110である。
【0047】
【表7】
【0048】
【表8】
【0049】
表9に、ウサギ抗CD80抗体の野生型の軽鎖(κ)の全長配列及びその変異型のアミノ酸配列を示す。表9中、下線部は可変領域を示し、灰色でマーカーした部分はCDRを示し、□で囲まれた残基は、Kabat法に基づく80番目及び171番目のアミノ酸残基を示す。なお、表9に示されるアミノ酸配列では、定常領域中の□で囲まれた残基は172番目に当たるが、CDRの長さの関係でKabat法では当該残基は171番目のアミノ酸残基となる。
【0050】
【表9】
【0051】
本実施形態の改変抗体の使用法は、未改変の抗体と特に変わるところはない。改変抗体は、未改変の抗体と同様、種々の試験及び研究、あるいは抗体医薬などに利用できる。また、本実施形態の改変抗体は、当該技術において公知の標識物質などで修飾されてもよい。
【0052】
本実施形態の抗体の熱安定性を向上させる方法(以下、「熱安定性の向上方法」ともいう)では、抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基とをシステイン残基とする。この重鎖の改変により、抗体の熱安定性は未改変の抗体に比べて向上する。すなわち、本実施形態の熱安定性の向上方法により重鎖が改変された抗体は、上記の本実施形態の改変抗体と同じである。
【0053】
本実施形態の熱安定性の向上方法が対象とする抗体は、上記の未改変の抗体と同じである。未改変の抗体の重鎖における上記のアミノ酸残基をシステイン残基とする方法としては、アミノ酸残基の置換又は挿入が挙げられる。アミノ酸残基の置換及び挿入は、DNA組み換え技術及びその他の分子生物学的技術などの公知の方法により行うことができる。例えば、未改変の抗体を産生するハイブリドーマがある場合は、後述の実施例1に示すように、該ハイブリドーマから抽出したRNAを用いて、逆転写反応及びRACE (Rapid Amplification of cDNA ends)法により、軽鎖をコードするポリヌクレオチド及び重鎖をコードするポリヌクレオチドをそれぞれ合成する。重鎖をコードするポリヌクレオチドを、重鎖を改変するためのプライマーを用いてPCR法により増幅することで、改変された重鎖をコードするポリヌクレオチドを取得する。例えば、未改変の抗体の重鎖におけるKabat法に基づく9番目及びIMGT法に基づく109番目のアミノ酸残基をシステイン残基に置換する場合、重鎖をコードするポリヌクレオチドを、それらのアミノ酸残基をシステイン残基に置換するためのプライマーを用いてPCR法により増幅することで、Kabat法に基づく9番目及びIMGT法に基づく109番目の位置にシステイン残基を有する重鎖をコードするポリヌクレオチドが得られる。得られたポリヌクレオチドを、未改変の抗体の軽鎖をコードするポリヌクレオチドと共に、当該技術において公知の発現用ベクターに組み込むことにより、本実施形態の改変抗体をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターが得られる。
【0054】
軽鎖をコードするポリヌクレオチド及び重鎖をコードするポリヌクレオチドは、1つの発現ベクターに組み込まれてもよいし、2つの発現ベクターに別個に組み込まれてもよい。発現ベクターの種類は特に限定されず、哺乳動物細胞用発現ベクターであってもよいし、大腸菌用発現ベクターであってもよい。得られた発現ベクターを適当な宿主細胞(例えば哺乳動物細胞又は大腸菌)に形質転換又はトランスフェクションすることにより、改変抗体を得ることができる。
【0055】
未改変の抗体を産生するハイブリドーマがない場合は、例えばKohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法などの公知の方法により、抗体産生ハイブリドーマを作製すればよい。あるいは、所定の抗原で免疫したマウスやウサギなどの動物の末梢血又は脾臓から取得したRNAを用いてもよい。末梢血又は脾臓から取得したRNAを用いる場合は、後述の実施例1に示されるように、該RNAからcDNAを合成し、得られたcDNAからFabファージライブラリを作製してもよい。このライブラリを用いて、ファージディスプレイ法などにより、未改変の抗体としてのFabをコードするポリヌクレオチドを取得できる。得られたポリヌクレオチドを上記のようなPCR法により増幅することで、本実施形態の改変抗体としてのFabをコードするポリヌクレオチドを得ることができる。得られたポリヌクレオチドを、当該技術において公知の発現用ベクターに組み込むことにより、本実施形態の改変抗体のFabフラグメントをコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターが得られる。得られた発現ベクターを適当な宿主細胞に形質転換又はトランスフェクションすることにより、改変抗体のFabフラグメントを得ることができる。
【0056】
従来、抗体のアミノ酸配列に変異を導入することにより、該抗体の抗原に対する親和性を改変させる技術が知られている。しかし、変異の導入によって、抗原に対する親和性が望みどおりに改変されたとしても、同時に抗体の熱安定性が低下する場合がある。抗体の熱安定性は、抗体の保存安定性や耐凝集性と相関することから、抗体医薬の開発における指標の一つとして用いられている。上述のように、本実施形態の改変抗体は、未改変の抗体と同じ抗原に結合し、その抗原に対する親和性も未改変の抗体と同程度である。よって、本実施形態の熱安定性の向上方法を、例えば、変異の導入により、抗原に対する親和性は向上したが、熱安定性が低下した変異抗体に適用すれば、該抗体の抗原に対する親和性を維持したまま、熱安定性を向上することが可能となる。
【0057】
本実施形態の改変抗体の製造方法(以下、「製造方法」ともいう)によれば、上記の本実施形態の改変抗体を得ることができる。本実施形態の製造方法では、まず、抗体の重鎖において、Kabat法に基づく8~11番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目のアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸残基とをシステイン残基とする。本実施形態の製造方法において重鎖を改変される抗体は、上記の未改変の抗体と同じである。未改変の抗体の重鎖における上記のアミノ酸残基をシステイン残基とする方法の詳細は、本実施形態の熱安定性の向上方法について述べたことと同じである。
【0058】
次いで、上記の重鎖の改変により得られた抗体を回収する。例えば、改変抗体を発現する宿主細胞を、適当な可溶化剤を含む溶液に溶解して、該溶液中に改変抗体を遊離させる。上記の宿主細胞が改変抗体を培地中に分泌する場合は、培養上清を回収する。遊離した改変抗体は、アフィニティクロマトグラフィなどの公知の方法により回収できる。例えば、製造した改変抗体がIgGである場合、プロテインA又はGを用いるアフィニティクロマトグラフィにより回収できる。必要に応じて、回収した改変抗体を、ゲルろ過などの公知の方法により精製してもよい。
【0059】
本発明の範囲には、本実施形態の改変抗体又はそのフラグメントをコードする単離且つ精製されたポリヌクレオチドが含まれる。本実施形態の改変抗体のフラグメントをコードする単離且つ精製されたポリヌクレオチドは、Kabat法に基づく8~11番目から選択される少なくとも1つの位置にシステイン残基を含む重鎖の可変領域、及びIMGT法に基づく109及び110番目から選択される少なくとも1つの位置にシステイン残基を含む重鎖の定常領域をコードすることが好ましい。本発明の範囲には、上記のポリヌクレオチドを含むベクターも含まれる。ベクターは、形質転換又はトランスフェクションのために設計されたポリヌクレオチド構築物である。ベクターの種類は特に限定されず、発現ベクター、クローニングベクター、ウィルスベクターなど、当該技術において公知のベクターから適宜選択できる。また、本発明の範囲には、該ベクターを含む宿主細胞も含まれる。宿主細胞の種類は特に限定されず、真核細胞、原核細胞、哺乳動物細胞などから適宜選択できる。
【0060】
上記の熱安定性の向上方法は、公知の医薬組成物の有効成分である抗体に適用することができる。本発明の別の実施形態は、上記の改変抗体を薬理学的有効量で含有する医薬組成物である。例えば、この医薬組成物に含まれる抗体の重鎖は、CDR1:DTYIH (配列番号2)、CDR2:RIYPTNGYTRYADSVKG (配列番号3)及びCDR3:WGGDGFYAMDY (配列番号4)を有する。この抗体の重鎖は、配列番号6~13のいずれかに記載のアミノ酸配列を含んでいてもよい。この抗体の重鎖は、配列番号14のアミノ酸配列を含んでいてもよい。この抗体は、さらに軽鎖を含んでいてもよい。例えば、この抗体の軽鎖は、CDR1:RASQDVNTAVA (配列番号17)、CDR2:SASFLYS (配列番号18)及びCDR3:QQHYTTPPT (配列番号19)を有する。この抗体の軽鎖は、配列番号15又は16のアミノ酸配列を含んでいてもよい。
【0061】
この医薬組成物は、薬学的に許容される添加物を含んでいてもよい。そのような添加物は、当該技術分野において公知の添加物から適宜選択できる。例えば、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、コーティング剤、カプセル基剤、可塑剤、着色剤、溶剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、無痛化剤、基剤、乳化剤、懸濁化剤、矯味剤、甘味剤、吸着剤、溶解補助剤、pH調節剤、増粘剤、等張化剤、分散剤、防腐剤、湿潤剤、着香剤、抗酸化剤などが挙げられる。
【0062】
医薬組成物の製剤形態は特に限定されず、例えば、固形製剤、半固形製剤、液状製剤、注射剤、坐剤など、その他当業者に公知の製剤形態のいずれであってもよい。具体的な剤形としては、例えば錠剤、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、トローチ剤、注射剤、液剤、エリキシル剤、シロップ剤、リモナーデ剤、坐剤、軟膏剤、懸濁剤、乳剤、リニメント剤、ローション剤、経皮吸収型製剤、貼付剤、パップ剤、エアゾール剤などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0063】
本発明の別の実施形態は、上記の医薬組成物を用いた治療方法に関する。本実施形態の治療方法は、患者に対して医薬組成物を投与する工程を含む。
【0064】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0065】
参考例
マウス抗体、ヒト化抗体及びウサギ抗体のそれぞれの三次元構造データから、重鎖において可変領域と定常領域とが近接する部位にあるアミノ酸残基を各領域から見出し、それらのアミノ酸残基間の距離をソフトウェアにより算出した。
【0066】
(1) 可変領域と定常領域との間で近接するアミノ酸残基
マウス抗インスリン抗体及びウサギ抗CD80抗体のそれぞれの重鎖のアミノ酸配列をDiscovery Studio 2017 R2に入力し、自動ホモロジーモデリング機能により重鎖の三次元構造データを得た。そして、各抗体の重鎖の立体構造を視覚化した。また、ヒト化抗HER2抗体(トラスツズマブ)の三次元構造データをProtein Data Bank(PDB)よりダウンロードし、該データをDiscovery Studio 2017 R2に入力して重鎖の立体構造を視覚化した。その結果、いずれの抗体の重鎖においても、可変領域の8~11番目のアミノ酸残基を含む部分と、定常領域の108~111番目のアミノ酸残基を含む部分とが近接していることが分かった。
【0067】
(2) 近接するアミノ酸残基間の距離
可変領域の8~11番目の各アミノ酸残基のα炭素と、定常領域の108~111番目の各アミノ酸残基とのα炭素との間の距離(Å)を、三次元構造データに基づいてDiscovery Studio 2017 R2により算出した。結果を表10~12に示す。
【0068】
【表10】
【0069】
【表11】
【0070】
【表12】
【0071】
表10~12中に太枠で示したように、いずれの抗体の重鎖においても、Kabat法に基づく8~11番目の各アミノ酸残基と、IMGT法に基づく109及び110番目の各アミノ酸残基とがより近接していることがわかった。
【0072】
実施例1: 改変抗体の作製
ヒト化抗体、マウス抗体及びウサギ抗体のそれぞれについて、可変領域と定常領域との間でジスルフィド結合が形成されるように、上記の参考例で特定したアミノ酸残基をシステイン残基に置換して改変抗体を作製した。
【0073】
(1) 各抗体の遺伝子の取得
(1.1) ヒト化抗体の遺伝子の取得
ジェンスクリプトジャパン株式会社にヒト化抗HER2モノクローナル抗体(トラスツズマブ)の遺伝子の合成を委託して、ヒト化抗HER2抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。
【0074】
(1.2) マウス抗体の遺伝子の取得
以下のようにして、マウス抗インスリン抗体の遺伝子を取得した。
[試薬]
ISOGEN(株式会社ニッポンジーン)
SMARTer(登録商標)RACE 5'/3'キット(clontech社)
10x A-attachment mix(東洋紡株式会社)
pcDNA(商標)3.4 TOPO(登録商標)TAクローニングキット(Thermo Fisher社)
Competent high DH5α(東洋紡株式会社)
QIAprep Spin Miniprepキット(QIAGEN社)
KOD plus neo(東洋紡株式会社)
Ligation high ver.2(東洋紡株式会社)
【0075】
(i) 抗体産生ハイブリドーマからのトータルRNAの抽出
ヒトインスリンを抗原に用いて、Kohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法により、マウス抗ヒトインスリン抗体を産生するハイブリドーマを作製した。このハイブリドーマの培養物(10 mL)を1000 rpmで5分間遠心処理した後、上清を除去した。得られた細胞をISOGEN(1mL)で溶解し、室温で5分静置した。ここに、クロロホルム(200μL)を添加し、15秒間撹拌した後、室温で3分間静置した。そして、これを12000×Gで10分間、4℃にて遠心処理して、RNAを含む水相(500μL)を回収した。回収した水相にイソプロパノール(500μL)を添加して混合した。得られた混合物を室温で5分間静置した後、12000×Gで10分間、4℃にて遠心処理した。上清を除去して、得られた沈殿物(トータルRNA)に70%エタノール(1mL)を添加し、7500×Gで10分間、4℃にて遠心処理した。上清を除去し、RNAを風乾させ、RNaseフリーの水(20μL)に溶解した。
【0076】
(ii) cDNAの合成
上記(i)で得られた各トータルRNAを用いて、以下の組成のRNAサンプルを調製した。
[RNAサンプル]
トータルRNA (500 ng/μL) 1μL
RTプライマー 1μL
脱イオン水 1.75μL
合計 3.75μL
【0077】
調製したRNAサンプルを72℃にて3分間加熱した後、42℃にて2分間インキュベートした。そして、RNAサンプルに12μM SMARTerIIAオリゴヌクレオチド(1μL)を添加してcDNA合成用サンプルを調製した。このcDNA合成用サンプルを用いて、以下の組成の逆転写反応液を調製した。
[逆転写反応液]
5x First-Strandバッファー 2μL
20 mM DTT 1μL
10 mM dNTP mix 1μL
RNAaseインヒビター 0.25μL
SMARTScribe RT(100 U/μL) 1μL
cDNA合成用サンプル 4.75μL
合計 10μL
【0078】
調製した逆転写反応液を42℃にて90分間反応させた。そして、反応液を70℃にて10分間加熱し、トリシン-EDTA(50μL)を添加した。得られた溶液をcDNAサンプルとして用いて、以下の組成の5'RACE反応液を調製した。
[5'RACE反応液]
10x PCRバッファー 5μL
dNTP mix 5μL
25 mM Mg2SO4 3.5μL
cDNAサンプル 2.5μL
10x Universal Primer Mix 5μL
3'-プライマー 1μL
KOD plus neo (1 U/μL) 1μL
精製水 27μL
合計 50μL
【0079】
調製した5'RACE反応液を下記の反応条件でRACE反応に付した。下記の「t」は、軽鎖については90秒であり、重鎖については150秒である。
[反応条件]
94℃で2分、
98℃で10秒、50℃で30秒、及び68℃でt秒を30サイクル、及び
68℃で3分。
【0080】
上記の反応で得られた5’RACE産物を用いて、以下の組成の溶液を調製した。該溶液を60℃にて30分間反応させて、5’RACE産物の末端にアデニンを付加した。
5’RACE産物 9μL
10x A-attachment mix 1μL
合計 10μL
【0081】
得られたアデニン付加産物及びpcDNA(商標)3.4 TOPO(登録商標)TAクローニングキットを用いて、以下の組成のTAクローニング反応液を調製した。該反応液を室温にて10分間インキュベートして、アデニン付加産物をpCDNA3.4にクローニングした。
[TAクローニング反応液]
アデニン付加産物 4μL
salt solution 1μL
pCDNA3.4 1μL
合計 6μL
【0082】
(iii) トランスフォーメーション、プラスミド抽出及びシーケンスの確認
上記(ii)で得られたTAクローニングサンプル(3μL)をDH5α(30μL)に添加して、氷上で30分静置した後、混合物を42℃にて45秒間加熱してヒートショックを行った。再度、氷上で2分静置した後、全量をアンピシリン含有LBプレートに塗布した。該プレートを37℃にて16時間インキュベートした。プレート上のシングルコロニーをアンピシリン含有LB液体培地中に取り、37℃にて16時間振とう培養(250 rpm)した。培養物を5000×Gで5分間遠心処理して、大腸菌の形質転換体を回収した。回収した大腸菌からQIAprep Spin Miniprepキットを用いてプラスミドを抽出した。具体的な操作は、該キットに添付のマニュアルに従って行った。得られたプラスミドの塩基配列を、pCDNA3.4ベクタープライマーを用いて確認した。以上より、マウス抗インスリン抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。
【0083】
(1.3) ウサギ抗体の遺伝子の取得
CD80で免疫したウサギの末梢血からリンパ球を取得し、該リンパ球からmRNAを抽出してcDNAを合成した。得られたcDNAを、抗体遺伝子をクローニングするための公知のプライマーを用いて増幅し、Fabファージライブラリを作製した。得られたライブラリを用いて、公知のFabファージディスプレイ法及びバイオパニング(Lang IM, Barbas CF 3rd, Schleef RR., Recombinant rabbit Fab with binding activity to type-1 plasminogen activator inhibitor derived from a phage-display library against human alpha-granules, (1996) Gene 172(2):295-8及びPhilippa M. O'Brien, Robert Aitken, Antibody Phage Display, (2002) Methods in Molecular Biology Volume No. 178参照)により、ウサギ抗CD80抗体のFabクローンを得た。取得したウサギ抗CD80抗体のFabクローンの遺伝子を、ウサギ抗体のFc領域をコードする遺伝子を含むプラスミドDNAに組み込んで、ウサギ抗CD80抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。
【0084】
(2) 各抗体の変異型の遺伝子の取得
(2.1) プライマーの設計及びPCR
各抗体の遺伝子の塩基配列に基づいて、重鎖における可変領域の9番目又は10番目のアミノ酸残基と、定常領域の109番目又は110番目のアミノ酸残基をシステイン残基に置換するためのプライマーを設計した。また、各抗体に特許文献1に記載の軽鎖への変異をさらに導入するため、各抗体の軽鎖における可変領域の80番目のアミノ酸残基及び定常領域の171番目のアミノ酸残基をシステイン残基に置換するためのプライマーを設計した。
【0085】
各抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを鋳型として用いて、以下の組成のPCR反応液を調製した。
[PCR反応液]
10x PCRバッファー 5μL
25 mM Mg2SO4 3μL
2mM dNTP mix 5μL
フォワードプライマー 1μL
リバースプライマー 1μL
プラスミドDNA (40 ng/μL) 0.5μL
KOD plus neo (1U/μL) 1μL
精製水 33.5μL
合計 50μL
【0086】
調製したPCR反応液を下記の反応条件でPCR反応に付した。
[反応条件]
98℃で2分、
98℃で10秒、54℃で30秒、及び68℃で4分を30サイクル、及び
68℃で3分。
【0087】
得られたPCR産物(50μL)に2μLのDpnI(10 U/μL)を添加して、PCR産物を断片化した。DpnI処理済みPCR産物を用いて、以下の組成のライゲーション反応液を調製した。該反応液を16℃にて1時間インキュベートして、ライゲーション反応を行った。
[ライゲーション反応液]
DpnI処理済みPCR産物 2μL
Ligation high ver.2 5μL
T4ポリヌクレオチドキナーゼ 1μL
精製水 7μL
合計 15μL
【0088】
(2.2) トランスフォーメーション、プラスミドDNA抽出及びシーケンスの確認
ライゲーション反応後の溶液(3μL)をDH5α(30μL)に添加して、上記(1.2)(iii)と同様にして、大腸菌の形質転換体を得た。得られた大腸菌からQIAprep Spin Miniprepキットを用いてプラスミドDNAを抽出した。得られた各プラスミドDNAの塩基配列を、pCDNA3.4ベクタープライマーを用いて確認した。以下、これらのプラスミドDNAを、哺乳動物細胞発現用プラスミドとして用いた。
【0089】
(3) 哺乳動物細胞での発現
[試薬]
Expi293(商標)細胞(Invitrogen社)
Expi293(商標) Expression培地(Invitrogen社)
ExpiFectamine(商標)293トランスフェクションキット(Invitrogen社)
【0090】
(3.1) トランスフェクション
Expi293細胞は、5%CO2雰囲気下、37℃にて振とう培養(150 rpm)して増殖させた。サンプル数に応じた数の30 mLの細胞培養物(3.0 x 106 cells/mL)を準備した。各抗体の野生型及び変異型をコードするプラスミドDNAを用いて、以下の組成のDNA溶液を調製し、5分間静置した。
[DNA溶液]
軽鎖プラスミド溶液 15μgに相当する量(μL)
重鎖プラスミド溶液 15μgに相当する量(μL)
Opti-MEM(商標) 適量(mL)
合計 1.5 mL
【0091】
以下の組成のトランスフェクション試薬を調製し、5分間静置した。
ExpiFectamine試薬 80μL
プラスミド溶液 1420μL
合計 1.5 mL
【0092】
調製したDNA溶液及びトランスフェクション試薬を混合して、20分間静置した。得られた混合液(3mL)を細胞培養物(30 mL)に添加して、5%CO2雰囲気下、37℃にて20時間振とう培養(150 rpm)した。20時間後、各培養物に、ExpiFectamine(商標)トランスフェクションエンハンサー1及び2をそれぞれ150μL及び1.5 mLを添加して、5%CO2雰囲気下、37℃にて6日間振とう培養(150 rpm)した。
【0093】
(3.2) 抗体の回収及び精製
各細胞培養物を3000 rpmで5分間遠心処理して、培養上清を回収した。培養上清には、トランスフェクションされたExpi293(商標)細胞から分泌された各抗体が含まれる。得られた培養上清を再度、15000×Gで10分間遠心処理して、上清を回収した。得られた上清をHiTrap Protein A HPカラム(GEヘルスケア社)を用いて精製した。得られた溶液を、Superdex 200 Increase 10/300 GLカラム(GEヘルスケア社)を用いてさらに精製して、抗体溶液を取得した。精製についての具体的な操作は、各カラムの添付文書に従って行った。
【0094】
(4) 結果
ヒト化抗HER2抗体の野生型(トラスツズマブ)と、その改変抗体として重鎖変異型(9-109)、重鎖変異型(10-110)及び軽鎖・重鎖変異型(80-171/10-110)を得た。ヒト化抗HER2抗体の野生型は、配列番号1で表されるアミノ酸配列を含む重鎖を有する。ヒト化抗HER2抗体の重鎖変異型(9-109)及び重鎖変異型(10-110)は、それぞれ配列番号8及び11で表されるアミノ酸配列を含む重鎖を有する。ヒト化抗HER2抗体の軽鎖・重鎖変異型(80-171/10-110)は、配列番号11で表されるアミノ酸配列を含む重鎖、及び配列番号16で表されるアミノ酸配列を含む軽鎖を有する。
【0095】
ウサギ抗CD80抗体の野生型と、その改変抗体として重鎖変異型(9-109)、重鎖変異型(9-110)、重鎖変異型(10-110)、軽鎖・重鎖変異型(80-171/9-109)及び軽鎖・重鎖変異型(80-171/9-110)を得た。ウサギ抗CD80抗体の野生型は、配列番号21で表されるアミノ酸配列を含む重鎖を有する。ウサギ抗CD80抗体の重鎖変異型(9-109)、重鎖変異型(9-110)及び重鎖変異型(10-110)は、それぞれ配列番号24、25及び27で表されるアミノ酸配列を含む重鎖を有する。ウサギ抗CD80抗体の軽鎖・重鎖変異型(80-171/9-109)は、配列番号24で表されるアミノ酸配列を含む重鎖、及び配列番号31で表されるアミノ酸配列を含む軽鎖を有する。ウサギ抗CD80抗体の軽鎖・重鎖変異型(80-171/9-110)は、配列番号25で表されるアミノ酸配列を含む重鎖、及び配列番号31で表されるアミノ酸配列を含む軽鎖を有する。
【0096】
マウス抗インスリン抗体の野生型と、その改変抗体として重鎖変異型(9-109)、重鎖変異型(10-110)、軽鎖・重鎖変異型(80-171/9-109)及び軽鎖・重鎖変異型(80-171/10-110)を得た。マウス抗インスリン抗体の重鎖変異型(9-109)は、野生型抗体の重鎖におけるKabat法に基づく可変領域の9番目のアミノ酸残基、及びIMGT法に基づく定常領域の109番目のアミノ酸残基がシステイン残基に置換された抗体である。マウス抗インスリン抗体の重鎖変異型(10-110)は、野生型抗体の重鎖におけるKabat法に基づく可変領域の10番目のアミノ酸残基、及びIMGT法に基づく定常領域の110番目のアミノ酸残基がシステイン残基に置換された抗体である。マウス抗インスリン抗体の軽鎖・重鎖変異型(80-171/10-110)は、野生型抗体の重鎖におけるKabat法に基づく可変領域の9番目のアミノ酸残基、及びIMGT法に基づく定常領域の109番目のアミノ酸残基がシステイン残基に置換され、且つ野生型抗体の軽鎖におけるKabat法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基、及び定常領域の171番目のアミノ酸残基がシステイン残基に置換された抗体である。
【0097】
実施例2: 改変抗体の熱安定性
実施例1で作製した各抗体の野生型及びそれらの改変抗体の熱安定性を検討した。
【0098】
(1) 熱安定性の測定
実施例1で得た各抗体から常法によりFabフラグメントを得た。各抗体のFabフラグメントを含む溶液の溶媒をゲルろ過により、示差走査熱量計(DSC)での測定に用いるバッファー(リン酸緩生理食塩水:PBS)に置換した。ゲルろ過の条件は下記のとおりである。
【0099】
[ゲルろ過の条件]
バッファー:PBS (pH 7.4)
使用したカラム:Superdex 200 Increase 10/300 (GEヘルスケア社)
カラム体積(CV):24 mL
サンプル体積:500μL
流速:1.0 mL/min
溶出量:1.5 CV
フラクション体積:500μL
【0100】
各抗体のFabフラグメントを含むフラクションをPBSで希釈して、サンプル(終濃度5μM)を調製した。MicroCal PEAQ-DSC (Malvern Instruments Ltd社)を用いて、各抗体のFabフラグメントのTm値を測定した。測定条件は下記のとおりである。
【0101】
[DSC測定条件]
サンプル量:400μL
測定範囲:30℃~100℃
昇温速度:1℃/分
【0102】
(2) 結果
DSC測定により取得した各抗体のTm値を、以下の表13~15に示す。表中、「ΔTm(℃)」は、各変異型のTm値と野生型のTm値との差である。
【0103】
【表13】
【0104】
【表14】
【0105】
【表15】
【0106】
表13~15に示されるように、ヒト化抗体、マウス抗体及びウサギ抗体のいずれの改変抗体においても、各抗体の野生型に比べて、Tm値が約2~4℃高くなった。よって、本実施形態の改変抗体は、元の抗体と比べて、熱安定性が向上した抗体であることが示された。また、軽鎖・重鎖変異型のTm値は、野生型に比べて5℃以上高くなった。このことから、重鎖だけでなく、軽鎖にもジスルフィド結合が形成されるように改変することで、熱安定性がさらに向上できることが示された。
【0107】
実施例3: 改変抗体の凝集性
ヒト化抗HER2抗体の野生型及びその改変抗体の凝集性を検討した。改変抗体として、実施例1で作製した軽鎖・重鎖変異型(80-171/10-110)と、実施例1の軽鎖改変用プライマーセットを用いて作製した軽鎖変異型(80-171)とを用いた。
【0108】
(1) 拡散係数の測定
各抗体を含む溶液の溶媒をゲルろ過によりPBS(pH 7.4)に置換した。各抗体を含むフラクションをPBSで希釈して、サンプル(終濃度12.5~100μM)を調製した。ゼータサイザーナノZSP(Malvern社)を用いて、動的光散乱(DLS)法により、25℃で各抗体の拡散係数を測定した。DLSの測定結果から、x軸に抗体濃度を、y軸に拡散係数(μm2/s)をプロットした。プロットしたデータの回帰直線を最小二乗法により算出して、回帰直線の傾き及び切片を取得した。最小二乗法では、Σ{yk - (axk+b)}2の値が最小となるa及びbを求めた。
【0109】
(2) 熱安定性の測定
各抗体を含む溶液の溶媒をゲルろ過によりPBS(pH 7.4)に置換した。各抗体を含むフラクションをPBSで希釈して、サンプル(終濃度5μM)を調製した。MicroCal PEAQ-DSC (Malvern Instruments Ltd社)を用いて、各抗体のTm値を測定した。ゲルろ過及びDSC測定の条件は、実施例1で述べた条件と同じであった。
【0110】
(3) 結果
各抗体の回帰直線の式を、以下の表16に示す。表中、「ΔTm(℃)」は、各変異型のTm値と野生型のTm値との差である。また、「凝集性」は、野生型の抗体に対する各変異型の凝集性の変化を、回帰直線の傾きの値に基づいて評価した結果を示す。
【0111】
【表16】
【0112】
抗体濃度と拡散係数をプロットしたグラフにおける回帰直線では、傾きの値が0に近いほど、溶液中の抗体がより分散していることを意味することが知られている。表16からわかるように、軽鎖変異型(80-171)の凝集性は、野生型に比べてほとんど変化しないが、軽鎖・重鎖変異型(80-171/10-110)の凝集性は、野生型よりも改善していた。この結果より、重鎖及び軽鎖の両方を改変することにより、凝集性を改善できることが示唆された。
【0113】
実施例4: 改変抗体の抗原に対する親和性
実施例1で作製した各抗体の野生型及びそれらの変異型の抗原に対する親和性を、ELISA法により検討した。
【0114】
(1) ELISA法による測定
(1.1) 抗原及び検出用抗体
ヒト抗HER2抗体の抗原として、HER2タンパク質(R&D Systems社、カタログ番号:1129-ER)を用いた。マウス抗インスリン抗体の抗原として、ヒューマリンR注100単位(イーライリリー社)を用いた。ウサギ抗CD80抗体の抗原として、CD80タンパク質(R&D Systems社、カタログ番号:140-B1)を用いた。検出用抗体として、ヒト化抗HER2抗体(Fab)の野生型及びその重鎖変異型(10-110)と、マウス抗インスリン抗体(Fab)の野生型及びその重鎖変異型(9-109)と、ウサギ抗CD80抗体(Fab)の野生型及びその重鎖変異型(9-109)を用いた。これらの検出用抗体(Fab)には、ヒスチジンタグが付加されていた。各検出用抗体を1% BSA含有PBSで段階的に希釈して、濃度の異なる複数のFab溶液を得た。
【0115】
(1.2) 測定
各抗原をPBS(pH 7.4)で希釈して、各抗原の溶液を調製した。各抗原の溶液をMaxiSorp(商標)平底プレート(Thermo Fisher社)のウェルに添加し、4℃にて一晩静置した。抗原溶液を除去し、ブロッキング溶液(1% BSA含有PBS)を各ウェルに添加してブロッキングした。ブロッキング溶液を除去した後、各Fab溶液を各ウェルに100μLずつ添加して、抗原抗体反応を室温で1時間行った。Fab溶液を除去し、各ウェルに洗浄液(1% BSA含有PBS)を添加してウェルを洗浄した。洗浄後、HRP標識抗His Tag抗体(Bethyl Laboratories, Inc.、カタログ番号:A190-114P)の溶液を添加して、抗原抗体反応を室温で行った。抗体溶液を除去し、各ウェルに洗浄液(1% BSA含有PBS)を添加してウェルを洗浄した。洗浄後、ABST基質(Thermo Fisher社)の溶液を各ウェルに添加し、450 nmでの吸光度を測定した。結果を図1~3に示す。
【0116】
(2) 結果
図1~3に示されるように、ヒト化抗体、マウス抗体及びウサギ抗体のいずれの改変抗体においても、抗原に対する親和性は、各抗体の野生型とほぼ同じであった。
図1
図2
図3
【配列表】
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