(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-02
(45)【発行日】2024-05-14
(54)【発明の名称】水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工ステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 22/24 20060101AFI20240507BHJP
C25F 3/24 20060101ALI20240507BHJP
C23C 22/33 20060101ALI20240507BHJP
C25D 11/38 20060101ALI20240507BHJP
【FI】
C23C22/24
C25F3/24
C23C22/33
C25D11/38 302
(21)【出願番号】P 2023187344
(22)【出願日】2023-11-01
【審査請求日】2023-11-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 表面技術,第74巻,第6号,328-334頁(2023年)、一般社団法人表面技術協会発行に発表
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】515005080
【氏名又は名称】株式会社アサヒメッキ
(73)【特許権者】
【識別番号】307016180
【氏名又は名称】地方独立行政法人鳥取県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100167645
【氏名又は名称】下田 一弘
(72)【発明者】
【氏名】川見 和嘉
(72)【発明者】
【氏名】木下 淳之
(72)【発明者】
【氏名】玉井 博康
(72)【発明者】
【氏名】田中 俊行
(72)【発明者】
【氏名】田村 元紀
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-255039(JP,A)
【文献】国際公開第2019/167885(WO,A1)
【文献】特開2023-070216(JP,A)
【文献】特開2022-029825(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108866618(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00-22/86
C25F 1/00-7/02
C25D 11/00-11/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接加工を施したステンレス鋼を平面研磨及びバフ研磨により溶接カロ正面を機械研磨する機械研磨工程、
溶接力日工面を機械研磨した溶接加工を施したステンレス鋼表面をリン酸及びメタンスルホン酸
のみからなる電解研磨液で電解研磨する電解研磨処理工程、
電解研磨処理された溶接加工を施したステンレス鋼にインコ法により水素バリア性皮膜を形成する水素バリア皮膜形成工程、
とからなる水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法であって、
前記リン酸及びメタンスルホン酸のみからなる電解研磨液が、リン酸濃度が50vol%、メタンスルホン酸濃度が50vol%、液粘度が50.1mPa・s(298K)であり、
前記電解研磨処理工程後の溶接加工を施したステンレス鋼の溶接部のISO25178-6に準拠する算術平均高さSa(nm)が1.5nm以下である
ことを特徴とする水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
前記水素バリア皮膜形成工程が、クロム酸と硫酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、ステンレス鋼表面に酸化クロム皮膜をする形成する皮膜形成工程、
皮膜形成工程で形成された酸化クロム皮膜を、クロム酸とリン酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を硬化する硬化処理工程、
硬化処理工程で硬化した酸化クロム皮膜を不働態化斉Jからなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程、
とからなることを特徴とする請求項1に記載する水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
前記水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の水素透過率が、2.0×10
-14mol/(m
2・s・Pa
0.5)~3.5 ×10
-14mol/(m
2・s・Pa
0.5)であることを特徴とする
請求項1または2のいずれかに記載する水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法。
【請求項4】
前記水素バリア皮膜形成工程により水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の水素バリア皮膜は、相互に連結していない
5~20nmの水素トラップサイトとして機能する空孔が形成されていることを特徴とする
請求項1または2のいずれかに記載する水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工ステンレス鋼の製造方法に関する。特に、湿式処理(ウエットプロセス)により形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は化石燃料の代替エネルギーとして期待されている。水素は金属表面より侵入して脆化させるため、液化水素タンク、水素ステーション等の高圧水素貯蔵輸送における水素脆化が問題となる。さらに、配管や容器部材は溶接加工が施される場合が多く、溶接加工部における水素脆化も問題となる。このため、配管や容器部材、溶接加工部に耐水素脆性を付与することが検討されている。
【0003】
特許文献1には、ステンレス鋼(SUS304)に処理コスト及び設備コストが安価でコスト優位性が高い湿式処理(ウエットプロセス)により形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した耐食性及び耐水素脆性に優れるステンレス鋼並びにその製造方法が開示されている。ただし、ステンレス鋼の溶接加工部について、非溶接加工部と同等の水素バリア機能を有するクロム酸化皮膜で被覆する具体的製造方法は開示されていない。
特許文献2には、処理コスト及び設備コストが安価でコスト優位性が高い湿式処理(ウエットプロセス)によりステンレス鋼の表面に形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した耐食性に優れるステンレス鋼の製造において、不働態化皮膜形成の前処理である電解研磨処理におけるステンレス鋼の表面の平滑性に優れる新たな電解研磨液及び電解研磨方法が開示されている。ただし、ステンレス鋼の溶接加工部について、非溶接加工部と同等の水素バリア機能を有するクロム酸化皮膜で被覆する具体的製造方法は開示されていない。
【0004】
非特許文献1,2には、INCO法を主体とする湿式処理(ウエットプロセス)により形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した水素バリア機能を有するステンレス鋼(SUS304)について開示されている。しかし、一般的なステンレス鋼(SUS304)表面の水素バリア性に関する開示であって、化学プラント設備や配管容器等の大型構造物の環境遮断性を高める皮膜として適用する場合に最も影響を受けやすいと推測される溶接加工部については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6869495号公報
【文献】特許第7029742号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】K. Kawami, B. An, T. Iijima, S. Fukuyama, M. Imaoka, H. Tamai, M. Tamura, A. Kinoshita, T. Tanaka ; Proc. ASME Pressure Vessels Piping Conf. p.93260(Am. Soc. Mech. Eng.,2019).
【文献】K. Kawami, A. Kinoshita, H. Yamanaka. Y. Fukuda, H. Enoki, T. Iijima, S. Fukuyama, R. Tsukane, T. Tanaka, T. Fukutani, Y. Suzuki, H. Tamai, T. Ogi, M. Tamura ; Proc. ASME Pressure Vessels Piping Conf. p.80128(Am. Soc. Mech. Eng.,2022).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願発明は、ステンレス鋼の溶接加工部について、非溶接加工部と同等の水素バリア性を有するクロム酸化皮膜で被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明の課題は、以下の態様により解決できる。具体的には、
【0009】
(態様1) 溶接加工を施したステンレス鋼を平面研磨及びバフ研磨により溶接加工面を機械研磨する機械研磨工程、溶接加工面を機械研磨した溶接加工を施したステンレス鋼表面をリン酸及びメタンスルホン酸のみからなる電解研磨液で電解研磨する電解研磨処理工程、電解研磨処理された溶接加工を施したステンレス鋼にインコ法により水素バリア性皮膜を形成する水素バリア皮膜形成工程、とからなる水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法であって、前記リン酸及びメタンスルホン酸のみからなる電解研磨液が、リン酸濃度が50vol%、メタンスルホン酸濃度が50vol%、液粘度が50.1mPa・s(298K)であり、前記電解研磨処理工程後の溶接加工を施したステンレス鋼の溶接部のISO25178-6に準拠する算術平均高さSa(nm)が1.5nm以下であることを特徴とする水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法である。
前記電解研磨処理工程後の溶接加工を施したステンレス鋼の溶接部のISO25178-6に準拠する算術平均高さSa(nm)が1.5nm以下とすることで、水素バリア性皮膜の被覆を均一にできるからである。また、リン酸及びメタンスルホン酸のみからなる電解研磨液は、電解研磨液の粘性を増加させ、電解研磨の効果が高いからである。
【0011】
(態様2) 前記水素バリア皮膜形成工程が、クロム酸と硫酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、ステンレス鋼表面に酸化クロム皮膜をする形成する皮膜形成工程、皮膜形成工程で形成された酸化クロム皮膜を、クロム酸とリン酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を硬化する硬化処理工程、硬化処理工程で硬化した酸化クロム皮膜を不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程、とからなることを特徴とする態様1に記載する水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法である。
【0012】
(態様3) 前記水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の水素透過率が、2.0×10-14mol/(m2・s・Pa0.5)~3.5×10-14mol/(m2・s・Pa0.5)であることを特徴とする態様1または2のいずれかに記載する水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法である。
【0013】
(態様4) 前記水素バリア皮膜形成工程により水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の水素バリア皮膜は、相互に連結していない5~20nmの水素トラップサイトとして機能する空孔が形成されていることを特徴とする態様1または2のいずれかに記載する水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法である。
相互に連結していない5~20nm程度の水素トラップサイトとして機能する空孔が形成されていることにより、空孔界面が水素トラップサイトの役割を担い、水素拡散抑制作用をして水素バリア性を向上するからである。
【発明の効果】
【0014】
本願発明によれば、機械研磨およびリン酸及びメタンスルホン酸からなる電解研磨液による電解研磨処理を行うことにより、水素バリア皮膜被覆前の溶接加工を施したステンレス鋼表面の優れた平滑性を実現できる。これにより、溶接加工変質層(酸化スケール)が除去されて均一な水素バリア皮膜が形成される。結果として、水素バリア性に優れる溶接加工を施したステンレス鋼を提供できる。
また、本願発明により水素バリア皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼では、水素バリア皮膜内に相互に連結していない10nm程度の水素トラップサイトとして機能する空孔が形成されている。これにより、空孔界面が水素トラップサイトの役割を担い、水素拡散抑制作用をして水素バリア性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本願発明における機械研磨前後の溶接加工部の外観並びに作製した溶接試験片を示す模式図である。
【
図2】本願発明の溶接加工を施したステンレス鋼への水素バリア性皮膜形成処理のフロー図である。
【
図3】本願発明の水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の水素透過率測定に供した水素透過率測定装置の説明である。
【
図4】本願発明の水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の水素透過率Φの測定結果を示すグラフである。
【
図5】本願発明の水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼のXPSによる深さ方向の元素分布(デプスプロファイル)を示すグラフである。
【
図6】本願発明の水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の皮膜被覆後の非溶接箇所および溶接箇所のXPSワイドスキャンプロファイルである。
【
図7】本願発明の水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の皮膜断面のエネルギー分散型X線分光法(TEM-EDS)による微細構造解析画像である。
【
図8】本願発明の水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の皮膜断面の元素マッピング画像である。
【
図9】本願発明の水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼における水素透過メカニズムの説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本願発明について、実施態様に従って説明する。ただし、以下の説明は、本願発明の理解のためであって、本願発明を限定するものではない。
【0017】
本願発明は、溶接加工を施したステンレス鋼を平面研磨及びバフ研磨により溶接加工面を機械研磨する機械研磨工程、溶接加工面を機械研磨した溶接加工を施したステンレス鋼表面をリン酸及びメタンスルホン酸からなる電解研磨液で電解研磨する電解研磨処理工程、電解研磨処理された溶接加工を施したステンレス鋼にインコ法により水素バリア性皮膜を形成する水素バリア皮膜形成工程、とからなる水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法である。
以下、溶接加工を施したステンレス鋼、機械研磨工程、電解研磨処理工程、水素バリア皮膜形成工程の順に説明する。
【0018】
1.溶接加工を施したステンレス鋼
本願発明の溶接加工施したステンレス鋼に供するステンレス鋼としては、水素を貯蔵する高圧貯蔵容器、水素を輸送する高圧パイプラインに使用されるステンレス鋼を好適に用いることができる。具体的には、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼がある。耐食性や高強度が要求される高圧貯蔵容器や高圧パイプラインには、マルテンサイト系ステンレス鋼(例えば、410C、420、430、440C、440B)、オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、304、304L、321、347、316L)が好適に用いることができる。
【0019】
本願発明のステンレス鋼の溶接としては、TIG溶接(Tungsten Inert Gas welding)またはプラズマアーク溶接等のGTAW(Gas Tungsten Arc welding)と呼ばれる非消耗電極式のガスシールドアーク溶接を好適に用いることができる。TIG溶接では、非消耗電極と、トーチノズルと、トーチボディとを備えるTIG溶接用トーチを使用し、非消耗電極(-)と被溶接物(+)との間でアークを発生させて、このアークの熱により被溶接物を溶かして溶融池(プール)を形成しながら溶接が行われる。また、溶接中は電極の周囲を囲むトーチノズルからシールドガスを放出し、このシールドガスで大気(空気)を遮断しながら溶接が行われる。TIG溶接用トーチでは、非消耗電極に対する冷却効果によって、この非消耗電極の先端から発生するアークのエリアを小さくし、アークの力が増大するため、深い溶け込みが得られる。
【0020】
2.機械研磨工程
(2-1)平面研磨
平面研磨は、平面研磨装置により溶接加工部を平面研磨加工する。研磨具として硬質ウレタンパッドと酸化セリウム砥粒を含有した研磨液、軟質ウレタンパッドと酸化セリウム砥粒(前記酸化セリウム砥粒よりも平均粒径が小さい酸化セリウム砥粒を用いても良い)を含有した研磨液を用いる。さらに、軟質ウレタンパッドと、一次粒子の平均粒径が20~30nm程度のコロイダルシリカを主成分とする研磨液組成物等を用いることができる。
【0021】
(2-2)バフ研磨
バフ研磨は、布又は不織布の外周面に研磨剤を塗ったものにより磨く方法である。表面状態が粗く不均一であるものを、布若しくは不織布又は研磨剤を代えて数回研磨することで、粗研磨から光沢を出す状態まで研磨できる。
バフの種類は布バフでは、縫いバフ、とじバフ、ばらバフ、バイアスバフ、サイザルバフなどがある。その他のバフとしては、フラップホイール、不織布ホイール、ワイヤーホイールなどがある。これらのバフは、その用途に応じて使用される。ナイロン繊維を起毛したものが好ましい。また、バフ研磨材としては、比較的微粉の研磨材を主成分とし、これと油脂やその他適当な成分からなる媒体とを均一に混合した研磨材料がある。
【0022】
3.電解研磨処理工程
電解研磨処理工程は、溶接加工を施したステンレス鋼表面の酸化皮膜や不純物(非金属介在物)、加工変質層等の表面欠陥を除去または低減して、溶接加工を施したステンレス鋼表面に均一で緻密な水素バリア機能を有するクロム酸化物皮膜を形成する前処理としての役割を担う。特に、溶接加工部の酸化スケール(加工変質層)を完全に取り除くこと役割を担う。
電解研磨処理は、外部電源により、電解研磨液中で、被研磨金属をアノード(陽極)として直流電流を流して、微細な凹凸のある被研磨金属表面の凸部分の溶解により被研磨金属表面を平滑化し光沢化する研磨方法である。バフ研磨などの物理的研磨と異なり加工変質や加工硬化層を作らず、研磨面に不純物や汚染が少ないため研磨面が清浄となるという長所がある。
電解研磨浴における陽極分極曲線(Jacquet曲線)では、電極電位に依存しない一定電流(限界電流)範囲が存在する。この限界電流範囲において、被研磨金属近傍には濃厚な粘性の高い陽極液層(Jacquet層)が形成される。この陽極液層(Jacquet層)は溶出カチオンの拡散を抑制し、これによって研磨が行われると考えられる。すなわち、被研磨金属表面状の凹凸により、粘性液層中の濃度勾配に差異を生じ、拡散電流が影響して凸部に電流が集中するようになり、表面の凹凸が消失して研磨が行われる。
【0023】
(3-1)電解研磨液
本願発明の電解研磨処理は、リン酸及びメタンスルホン酸のみからなるステンレス鋼用電解研磨液であって、前記リン酸濃度が25~50vol%、かつ前記メタンスルホン酸濃度が50~75vol%、であることを特徴とするステンレス鋼用電解研磨液である。すなわち、本願発明の溶接加工を施したステンレス鋼用電解研磨液は、溶媒としての水、溶質としてのリン酸及びメタンスルホン酸のみで構成されている。表2に示すように電解研磨液の溶質を粘性の高い硫酸に代えてメタンスルホン酸とすることで、電解研磨液の粘性を下げることができ、電解研磨処理によるアノード反応に伴い金属表面に発生する気泡の滞留を抑制できるからである。また、電解研磨液を安定化するためのエチレングリコールモノエチルエーテル,エチレングリコールモノブチルエステルやグリセリン等の添加剤を含まないのも、電解液の安定化より、気泡の発生抑制が金属表面の平滑化に効果があるからである。
なお、メタンスルホン酸に代えて、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、p-フェノールスルホン酸、ビニルスルホン酸などの有機スルホン酸を選択することもできる。
【0024】
本願発明の電解液組成としては、リン酸濃度が25~50vol%、かつメタンスルホン酸濃度が50~75vol%の範囲で選択できる。メタンスルホン酸濃度をリン酸濃度より同等以上とすることで、電解研磨液の粘性を低減することができるからである。
【0025】
本願発明の電解研磨処理工程では、上述した電解研磨液及び電解研磨方法を採用することで、溶接加工を施したステンレス鋼の表面粗さを1.5nm以下に抑えることができるからである(表2参照)。溶接加工を施したステンレス鋼の表面粗さは、後述する水素バリア皮膜形成工程に影響するからである。ここで、「表面粗さ」とは、ISO25178-6に準拠する算術平均高さSa(nm)をいう。
【0026】
(3-2)電解研磨方法
本願発明の電解研磨方法は、上述した電解研磨液を採用した電解研磨方法であり、特許第7029742号公報に開示したパルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理のいずれか一方または双方を採用することができる。
【0027】
4.水素バリア皮膜形成工程
水素バリア皮膜形成工程は、水素バリア機能を担うクロム酸化物皮膜を溶接加工を施したステンレス鋼表面に形成して、溶接加工を施したステンレス鋼に水素バリア性を付与する役割を担う。
水素バリア皮膜形成工程は、クロム酸と硫酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、ステンレス鋼表面にクロム酸化物皮膜をする形成する皮膜形成工程、皮膜形成工程で形成されたクロム酸化物皮膜を、クロム酸とリン酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、クロム酸化物皮膜を硬化する硬化処理工程、硬化処理工程で硬化したクロム酸化物皮膜を不働態化剤からなる処理液に浸漬して、クロム酸化物皮膜を不働態化する不働態化処理工程とからなる
【0028】
(4-1)皮膜形成工程
クロム酸化物皮膜の形成には、クロム酸と硫酸混合溶液中でクロム酸化物皮膜を形成する、いわゆるインコ法(特開昭48-011243号公報参照)を採用する。形成されたクロム酸化物皮膜の厚さは陽極と参照極との電位差で制御する。クロム酸化物皮膜の厚さは、200nmを超えるものであり、好ましくは、250nm~350nmである。
【0029】
クロム酸化物皮膜の形成速度(以下、「皮膜形成速度」という。)を制御することで、皮膜の密着性、均一性を高めて耐食性が低下する原因となる皮膜が薄い部分や皮膜欠損(ピンホール)の発生を抑制できる。
皮膜形成速度は、処理液組成と温度で制御できる。処理液組成としては、硫酸とクロム酸の混合比(クロム酸/硫酸)は、クロム酸15~30wt/v%に対し、硫酸40~50wt/v%が好適である。クロム酸濃度を低減することで、水素バリア機能を担うクロム酸化物皮膜の形成速度を低くすることができ、クロム酸化物皮膜の生成厚みを精密に制御できるからである。処理液温度は、60~90℃である。
皮膜形成速度は、電位速度(mV/sec)で制御することができる。電位速度は、0.002~0.08mV/sec、好ましくは0.005~0.065mV/secである。電位速度が0.002mV/sec未満であるとクロム酸化物皮膜の生成が遅れ生産性が低下するからである。電位速度が0.08mV/secを超えると形成されるクロム酸化物皮膜の厚みが不均一となり、水素バリア性が低下する原因となる塗膜が薄い部分や塗膜欠損(ピンホール)が生じるからである。
処理液中のクロム酸濃度の低減に伴うクロム酸化物皮膜の形成速度を補うために、マンガンイオン(Mn2+)を添加することができる。マンガン塩としては、塩化マンガン(MnCl2)、硫酸マンガン(MnSO4)、硝酸マンガン(Mn(NO3)2)などがあり、これらの中の1種または2種以上を用いることができる。処理液中のマンガンイオン(Mn2+)濃度は、0.5~300mmol/Lが好ましく、5~150mmol/Lがより好ましい。マンガンイオン(Mn2+)濃度が0.5mmol/L未満では、クロム酸化物皮膜の形成を促す効果がなく、マンガンイオン(Mn2+)濃度が300mmol/Lを超えると不溶な部分が残って、クロム酸化物皮膜の形成に影響を及ぼすからである。
【0030】
(4-2)硬化処理工程
硬化処理工程は、溶接加工を施したステンレス鋼表面に形成されたクロム酸化物皮膜を硬化させて強固にする役割を担う。
硬化処理は、皮膜形成工程によりクロム酸化物皮膜が形成された溶接加工を施したステンレス鋼を陰極とし、陰極電解によりクロム酸化物皮膜を硬化させる。皮膜形成工程により形成されたクロム酸化物皮膜は、10~20nmの空孔が1cm2当たり1011個程度分布している。この空孔は、水素バリア性を低下させる原因となるものであり、硬化処理により空孔を封じることができる。また、ルーズな皮膜を強固にすることもできる。
硬化処理液としては、クロム酸とリン酸の混合比(クロム酸/リン酸)は、クロム酸15~30wt/v%に対し、反応促進剤としてリン酸0.2~0.3wt/v%が好適である。電流密度0.2~1.0A/dm2で、5~10min行う。
【0031】
(4-3)不働態化処理工程
不働態化処理工程は、硬化処理されたクロム酸化物皮膜をさらに緻密化及び緻密化して、クロム酸化物皮膜の水素バリア性を更に向上させる役割を担う。
【0032】
(4-3-1)不働態化処理
不働態化処理は、不働態化させる能力のある酸化剤(以下、「不働態化剤」という。)を含む水溶液中で行う。不働態化剤としては、硝酸、クロム酸、過マンガン酸、モリブデン酸、亜硝酸、硝酸塩(例、硝酸マグネシウム)、クロム酸塩(例、重クロム酸ナトリウム)がある。
また、重クロム酸ナトリウムを添加すると後述する孔食電位が貴となり、耐孔食性が向上する。添加する重クロム酸ナトリウムは1.5~3.5wt%が好適である。
不働態化処理方法としては、(a)硝酸その他強力な酸化剤を含む溶液に浸漬する方法、(b)酸化剤を含む溶液中でのアノード分極による方法、がある。本願発明はウエットプロセスであるため(a)または(b)の方法を採用することができる。この不働態化処理により皮膜形成工程及び硬化処理工程で形成された厚さが100nmを超えるクロム酸化物皮膜の水素バリア性が強化される。
【0033】
(4-3-2)逐次不働態化処理
本願発明の不働態化処理は、不働態化処理工程が少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成され、不働態化処理を逐次的に進めることができる。不働態化剤の構成を変えた少なくとも2以上の独立した不働態化処理を行うことで、皮膜形成工程及び硬化処理工程で形成された厚さが100nmを超えるクロム酸化物皮膜の水素バリア性が向上するからである。
【実施例】
【0034】
次に本願発明の効果を奏する実施態様を実施例として示す。
【0035】
1.ステンレス鋼
本願発明の溶接加工を施したステンレス鋼は、表1に示す化学成分の市販のオーステナイト系ステンレス鋼SUS3042B仕上げ材(以下、「ステンレス鋼」という。)を溶接加工したものである。
【0036】
【0037】
2.溶接加工ステンレス鋼の作製
ステンレス鋼片(40mm×60mm、厚さ0.5mm)をTIG溶接して、溶接加工ステンレス鋼(80mm×60mm、厚さ0.5mm)を作製した。溶接は、直流TIG溶接機によるTIG溶接を採用した。
<溶接条件>
・タングステン電極 Φ1.6mm
・アルゴンガス流量 5L/min
・溶接電流 120A(パルス無)
【0038】
3.機械研磨処理
溶接ステンレス鋼を厚さ0.1mmまで平面研磨およびバフ研磨を行った後、円形状(Φ30mm)に加工し、溶接試験片を作製した。
図1は、機械研磨前の溶接加工部および機械研磨後の溶接加工部の外観並びに作製した溶接試験片を示したものである。
【0039】
4.電解研磨処理
溶接試験片を電解液配合比を変えて電解研磨処理を行った(E1,E2,E3)。なお、電解研磨処理を行わない溶接試験片をT1とした。電解液にはリン酸(H3PO4:純度85mass%)、硫酸(H2SO4:純度85mass%)およびメタンスルホン酸(CH3SO3H:純度98mass%)を使用した。電解液の粘度は振動式粘度計(エー・アンド・デイ製 SV-10)で測定した。
溶接試験片を電解液に343Kで浸漬し、同時に直流20A/dm2で3min陽極電解することで電解研磨処理を行った。
外観目視により金属光沢と曇りの有無を確認した後、走査型プローブ顕微鏡(島津製作所製 SFT-5400)をして、ISO25178-6に準拠して微小領域(5μm×5μm)の算術平均高さSa(nm)を測定した。
電解研磨処理と物性値を表2に示す。
【0040】
【0041】
有機酸(メタンスルホン酸)を配合した電解液は、微小領域の算術平均高さSa(nm)は、5.7nm(E2)、1.5nm(E3)であった。一方、無機酸(硫酸,リン酸)のみからなる電解液のを微小領域の算術平均高さSa(nm)は、12.5nm(E1)であった。
有機酸(メタンスルホン酸)を配合した電解液は、電解研磨処理後の試験片の平滑性が高い。また、リン酸とメタンスルホン酸からなる電解液(E3)が硫酸を配合した電解液(E2)電解研磨処理後の試験片の平滑性が高い。
【0042】
5.水素バリア皮膜形成処理
図2は、本願発明の溶接加工を施したステンレス鋼の水素バリア皮膜形成処理のフローを示す。
リン酸とメタンスルホン酸からなる電解液(E3)で電解研磨処理(
図2(a))を行った溶接試験片を250g/dm
3の酸化クロム(CrO
3)と500g/dm
3の硫酸(H
2SO
4)との混合液に338Kで30min浸漬した(
図2(b))。
次に、溶接試験片を250g/dm
3の酸化クロム(CrO
3)と2.5g/dm
3のリン酸(H
3PO
4)との混合液に338Kで30min浸漬し、同時に直流1A/dm
2で10min陰極電解した(
図2(c))。
最後に、、溶接試験片を25vol%の硝酸(HNO
3)と2.5mass%の重クロム酸ナトリウム(Na
2Cr
2O
7)との混合液に298Kで15min浸漬した後、50mass%のMg(NO
3)
2水溶液に333Kで360min浸漬した(
図2(d))。
【0043】
6.水素透過率の測定
水素バリア皮膜形成処理をして皮膜を被覆した溶接試験片をJISK7126-1およびISO15105-1に準拠する差圧法によるガス透過度試験方法により水素透過率Φ〔mol/(m2・s・Pa0.5)〕を測定した。
本試験方法による水素透過率(Φ)は、式(1)で評価できる。
Φ=(J・d)/(A・ΔP0.5) (1)
ここで、dは試験片の厚さ、Jは面積Aの試験片の両面間に分圧勾配ΔPがあるときに試験片を透過する水素ガスの単位時間あたりの体積(透過度)である。なお、分圧勾配ΔPの指数が0.5となっているのは、水素透過の律速段階が試験片内の拡散律速である場合、ジーベルトの法則(Sievert’s law)に従って試験片内に存在する水素原子の量が水素ガス分圧の平方根に比例するためである。
【0044】
図3は、金のパッキンを装着した溶接試験片および溶接試験片を装着した水素透過率測定装置の模式図である。
溶接試験片の皮膜被覆面を400kPaの水素ガス雰囲気にし、反対側をポンプで減圧状態とした。溶接試験片を300℃に保持して皮膜被覆面から反対側へ透過した水素ガスをガスクロマトグラフで測定した。
【0045】
図4は、水素透過率Φの測定結果を示すグラフである。皮膜を被覆していない溶接試験片および非溶接試験片の水素透過率Φは、それぞれ2.51×10
-12mol/(m
2・s・Pa
0.5)、2.10×10
-12mol/(m
2・s・Pa
0.5)であり、皮膜を被覆した溶接試験片および非溶接試験片の水素透過率Φは、それぞれ2.02×10
-14mol/(m
2・s・Pa
0.5)、3.50×10
-14mol/(m
2・s・Pa
0.5)であった。皮膜を被覆することで水素透過率Φは1/100に低減した。
これにより、本願発明の機械研磨処理、電解研磨処理および皮膜形成処理を行った溶接加工を施したステンレス鋼は、溶接加工を施さない鋼と同等以上の水素透過率Φを示し、水素バリア性を発揮することが確認できた。
【0046】
7.皮膜構造解析
(7-1)深さ方向の元素分布
電解研磨改質層及び被膜形成層について、X線光電子分光分析装置(アルバック・ファイ社製 Quantera SXM)を用いて深さ方向の元素分布および化合物の結合状態をX線光電子分光分析(XPS)により評価した。XPSの測定条件は、励起X線が単色Al-Kα線、線径が200μm、光電子検出角度が45°、イオンエッチングが4kVのArイオンおよびラスターサイズが2×2mmである。エッチンググレードは23.7nm/min(SiO2換算値)で行った。
【0047】
図5は、XPSによる深さ方向の元素分布(デプスプロファイル)を示すグラフである。それぞれ、(a)皮膜被覆前非溶接箇所、(b)皮膜被覆前溶接箇所、(c)皮膜被覆後非溶接箇所、(d)皮膜被覆後溶接箇所、である。
皮膜被覆前の非溶接箇所(a)と溶接箇所(b)を比較すると、溶接箇所(b)はFeおよびOの濃度が高い領域が拡大しており機械研磨後も溶接による酸化スケールが残存している。一方、皮膜被覆後の非溶接箇所(c)と溶接箇所(d)を比較すると、非溶接箇所(c)および溶接箇所(d)のいずれも表層から290nmまでのCr濃度は、表層から290nmを超える内奥部に比べて10at%程度高く、O濃度も高いことからクロム酸化物で被覆されている。
図6は、皮膜被覆後の非溶接箇所および溶接箇所のXPSワイドスキャンプロファイルである。皮膜被覆後の非溶接箇所および溶接箇所の皮膜組成に差は認められない。溶接の有無に関わらずステンレス鋼表面にクロム酸化物が形成されている。
【0048】
(7-2)深さ方向の微細構造
皮膜皮膚した溶接試験片の非溶接箇所と溶接箇所の断面について、エネルギー分散型X線分光法(TEM-EDS)による微細構造解析を行った。
図7は、界面、中間、表面の観察画像である。
図8は、断面の元素マッピングである。界面には溶接箇所に生じる酸化スケールは認められない。また、溶接箇所における皮膜と基材(SUS304)の界面には多少の凹凸は存在するものの、XPS評価と同様に非溶接箇所と溶接箇所の皮膜組成に差は認められない。
また、皮膜の厚さは、220~300nmである。
溶接箇所および非溶接箇所には皮膜中に10nm程度のボイドが存在するものの連結していない。
【0049】
8.水素透過メカニズム
図9は、、本願発明の皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼における水素透過メカニズムの説明図である。
皮膜(酸化クロム)表面に吸着した水素ガス分子は原子水素に解離される。解離された水素原子は皮膜(酸化クロム)および基材(SUS304)に拡散する。拡散した水素原子は低水素分圧側の表面で再結合して水素分子として放出される。
本願発明の皮膜は非晶質の酸化クロムで構成されており(非特許文献1、2参照)、水素原子の拡散は、皮膜中に存在する空孔界面により阻害され、皮膜中に多くの空孔界面があることで、界面での原子の移動や拡散に一定の抑制効果がもたらされる推測できる。
一方で、本願発明の皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼では、水素透過率は1/100に低減しており、水素ガス分子が直接侵入できるピンホール欠陥は存在しないことが認められる。水素バリア性皮膜は全面に均一に被覆されている。
【0050】
さらに、本願発明の皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼では、溶接部に酸化スケールは認められず、本願発明の電解研磨処理により溶接部の酸化スケールは完全に除去されている。これにより、皮膜被覆前の溶接箇所の平滑性が高められ、均一な皮膜の被覆が実現できる。結果として、溶接箇所においても非溶接箇所と同等以上の水素バリア性を実現できる。
【0051】
9.まとめ
(9-1)電解研磨液の粘性を増加させることで、被処理物(溶接試験片など)表面の平滑性が向上する。リン酸(50vol%)とメタンスルホン酸(50vol%)からなる電解液(E3)の使用により、表面粗さ(Sa)は1.5nmとなり、電解研磨処理なし(T1)19nmに比べて低下した。また、硫酸を含む電解液(E1,E2)を使用した場合の表面粗さ(Sa)12.5nm(E1)、5.7nm(E2)に比べても低下している。
(9-2)溶接試験片に水素バリア皮膜を被覆することで、水素透過率(Φ)は、2.02×10-14mol/(m2・s・Pa0.5)となり、皮膜形成がない溶接試験片の水素透過率(Φ)2.51×10-12mol/(m2・s・Pa0.5)の1/100に低減し、水素バリア性を有することが確認できる。また、非溶接試験片の水素透過率(Φ)3.50×10-14mol/(m2・s・Pa0.5)と同等以上であり、溶接加工を施したステンレス鋼においてもステンレス鋼と同等以上の水素バリア性を有することが確認できる。
(9-3)XPS解析により、被覆皮膜の厚さは290nmで、バルク材より10at%程度クロム含有量が増え、水素バリア皮膜形成処理によりクロム酸化物皮膜が形成されている。また、EDS分析から元素(Cr,O)分布に偏析はない。
(9-4)断面TEM観察から水素バリア性を有するクロム酸化物皮膜の厚さは、220nm~300nmで、皮膜内には10nm程度の空孔が認められる。この空孔は相互に連結していない。このような空孔が多数あることで、空孔界面が水素トラップサイトの役割を担い、水素拡散抑制作用をする。これにより、水素バリア性を有する。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本願発明により、水素バリア性に優れる溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法を提供できる。
【要約】 (修正有)
【課題】溶接加工部が非溶接加工部と同等の水素バリア性を有する溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法を提供する。
【解決手段】溶接加工を施したステンレス鋼の溶接加工面を機械研磨する工程、前記ステンレス鋼表面をリン酸及びメタンスルホン酸からなる電解研磨液で電解研磨する工程、電解研磨処理されたステンレス鋼にインコ法により水素バリア性皮膜を形成する工程、とからなる水素バリア性皮膜を被覆した溶接加工を施したステンレス鋼の製造方法である。電解研磨処理工程後のステンレス鋼の溶接部のISO25178-6に準拠する算術平均高さS
a(nm)が1.5nm以下である。前記水素バリア皮膜は、相互に連結していない10nm程度の水素トラップサイトとして機能する空孔が形成されている。溶接加工を施したステンレス鋼の水素透過率が、2.0×10
-14~3.5×10
-14mol/(m
2・s・Pa
0.5)である。
【選択図】
図2