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特許7482538キノコ栽培廃菌床の加圧熱水抽出物の製造方法、及びラジカル消去剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-02
(45)【発行日】2024-05-14
(54)【発明の名称】キノコ栽培廃菌床の加圧熱水抽出物の製造方法、及びラジカル消去剤
(51)【国際特許分類】
   C12P 1/00 20060101AFI20240507BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20240507BHJP
   B01D 11/02 20060101ALI20240507BHJP
   A61K 36/07 20060101ALI20240507BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20240507BHJP
   C08B 37/00 20060101ALN20240507BHJP
【FI】
C12P1/00 Z
C12N1/14 H
B01D11/02 A
A61K36/07
A61P39/06
C08B37/00 C
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022006266
(22)【出願日】2022-01-19
(65)【公開番号】P2023105440
(43)【公開日】2023-07-31
【審査請求日】2023-10-24
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】313009877
【氏名又は名称】環境エネルギー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】樫村 幸嗣
(72)【発明者】
【氏名】野田 修嗣
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-196818(JP,A)
【文献】特開2006-176765(JP,A)
【文献】特開2008-231319(JP,A)
【文献】特開2005-341882(JP,A)
【文献】特開2021-109865(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2020-0015030(KR,A)
【文献】国際公開第2015/098380(WO,A1)
【文献】Huynh N.D. BAO et al.,Bioresource Technology,2010年,Vol. 101,pp. 6248-6255
【文献】Hongji ZHU et al.,International Journal of Biological Macromolecules,2018年,Vol. 112,pp. 976-984
【文献】Xinling SONG et al.,International Journal of Biological Macromolecules,2020年,Vol. 151,pp. 1267-1276
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シイタケ菌床栽培後の廃菌床の加圧熱水抽出物の製造方法であって、
シイタケ菌床栽培後の廃菌床を、飽和水蒸気圧以上の圧力下で、40℃を超え、かつ171.0℃以下の温度の加圧熱水と接触させて加圧熱水抽出物を抽出する工程Aを含み、
前記シイタケ菌床栽培後の廃菌床は、シイタケの上面栽培後の廃菌床であり、
前記加圧熱水抽出物は、ラジカル消去活性を有する、加圧熱水抽出物の製造方法。
【請求項2】
前記工程Aにおいて、加圧熱水の圧力は0.1~2.5MPaである、請求項1に記載の加圧熱水抽出物の製造方法。
【請求項3】
前記工程Aは、加圧熱水の温度が64℃超、かつ113℃以下の範囲である工程A1、及び加圧熱水の温度が117℃超、かつ169.7℃以下の範囲である工程A2からなる群から選ばれる一つ以上の工程を含む、請求項1又は2に記載の加圧熱水抽出物の製造方法。
【請求項4】
前記工程Aで得られた加圧熱水抽出物を乾燥する工程Bをさらに含む、請求項1~3のいずれかに記載の加圧熱水抽出物の製造方法。
【請求項5】
ラジカル消去活性を有するラジカル消去剤であって、
前記ラジカル消去剤は、シイタケ菌床栽培後の廃菌床の加圧熱水抽出物を含み、
前記加圧熱水抽出物は、シイタケ菌床栽培後の廃菌床を飽和水蒸気圧以上の圧力下で、40℃を超え、かつ171.0℃以下の温度の加圧熱水と接触させて抽出したものであり、
前記シイタケ菌床栽培後の廃菌床は、シイタケの上面栽培後の廃菌床である、ラジカル消去剤。
【請求項6】
前記加圧熱水の圧力は0.1~2.5MPaである、請求項に記載のラジカル消去剤。
【請求項7】
前記加圧熱水の温度は、64℃超、かつ113℃以下の範囲である条件1、及び117℃超、かつ169.7℃以下の範囲である条件2からなる群から選ばれる一つ以上の条件を満たす、請求項又はに記載のラジカル消去剤。
【請求項8】
前記加圧熱水の温度は、64℃超、かつ113℃以下の範囲であり、2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル(DPPH)ラジカル消去活性IC50が100mg/L以下である、請求項のいずれかに記載のラジカル消去剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラジカル消去活性を有する加圧熱水抽出物を得ることができるキノコ栽培廃菌床の加圧熱水抽出物の製造方法、及びラジカル消去剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、シイタケなどのキノコの菌床栽培後の廃菌床を再利用することが行われている。例えば、特許文献1には、キノコ栽培廃菌床からキノコ成分を抽出する加圧熱水処理方法を利用して堆肥物を製造することが記載されている。
非特許文献1には、廃菌床を堆肥、他のキノコ形成菌の基質、動物飼料、プラスチック代替包装材や建築材料、バイオ燃料、酵素源等として活用することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-176765号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】Mushroom cultivation in the circular economy, Daniel Grimm et al., Applied Microbiology and Biotechnology, 2018, Vol.102,7795-7803
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の発明者らは、従来とは異なる、キノコ栽培廃菌床の新たな利用について検討した。
【0006】
本発明は、キノコ栽培廃菌床の新たな利用として、高いラジカル消去活性を有する加圧熱水抽出物を得ることができるキノコ栽培廃菌床の加圧熱水抽出物の製造方法、及びラジカル消去剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、加圧熱水抽出物の製造方法であって、キノコ菌床栽培後の廃菌床を、飽和水蒸気圧以上の圧力下で、40℃を超える温度の加圧熱水と接触させて加圧熱水抽出物を抽出する工程Aを含み、前記キノコ菌床栽培後の廃菌床は、キノコの上面栽培後の廃菌床であり、前記加圧熱水抽出物は、ラジカル消去活性を有する、加圧熱水抽出物の製造方法に関する。
【0008】
本発明は、ラジカル消去活性を有するラジカル消去剤であって、前記ラジカル消去剤は、キノコ菌床栽培後の廃菌床の加圧熱水抽出物を含み、前記加圧熱水抽出物は、キノコ菌床栽培後の廃菌床を飽和水蒸気圧以上の圧力下で、40℃を超える温度の加圧熱水と接触させて抽出したものであり、前記キノコ菌床栽培後の廃菌床は、キノコの上面栽培後の廃菌床である、ラジカル消去剤に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の加圧熱水抽出物の製造方法によれば、高いラジカル消去活性を有する、加圧熱水抽出物を得ることができる。
本発明によれば、高いラジカル消去活性を有するラジカル消去剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】一例の加圧熱水処理装置の模式的断面図である。
図2】実施例1~13、比較例1~17の加圧熱水抽出物の2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル(DPPH)ラジカル消去活性IC50の結果を示すグラフである。
図3】実施例14~26の加圧熱水抽出物のDPPHラジカル消去活性IC50の結果を示すグラフである。
図4】実施例5、15及び21の加圧熱水抽出物のフーリエ変換赤外分光法(FTIR)で測定したIRスペクトルである。
図5】実施例14~26の加圧熱水抽出物の三次元蛍光(EEM)測定-PARAFAC解析結果を示すグラフである。
図6】実験例1及び2におけるステンレス製反応器内部の温度推移を示すグラフである。
図7】実験例3におけるステンレス製反応器内部の温度推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
キノコは、通常、全面栽培又は上面栽培で栽培されているが、本発明の発明者らは、驚くことに、キノコの上面栽培後の廃菌床を用いることで、キノコの全面栽培後の廃菌床に比べて、ラジカル消去活性が高い加圧熱水抽出物が得られることを見出し、本発明に至った。
上面栽培は、袋詰めした後に滅菌した菌床にキノコ菌を接種して1次培養後、菌床の上面のみを露出させ、袋と菌床をゴムバンドで固定して袋の内側を一定の水で常に満たした状態に保ち、菌床の上面のみにキノコを発生させる。一方、全面栽培は、袋詰めした後に滅菌した菌床にキノコ菌を接種して1次培養後、脱袋した菌床を浸水槽中にて浸漬して菌床表面に被膜を形成し、その後菌床を浸水槽から取り出し、適宜、散水処理を行い、菌床全面にキノコを発生させる。
キノコの上面栽培後の廃菌床と、キノコの全面栽培後の廃菌床は、外観が明らかに異なるとともに、含水率も異なる。
以下において、特に指摘がない場合は、廃菌床は、キノコの上面栽培後の廃菌床を意味する。
【0012】
本発明において、加圧熱水抽出物の製造方法は、キノコの上面栽培後の廃菌床を、飽和水蒸気圧以上の圧力下で、40℃を超える温度の加圧熱水と接触させて加圧熱水抽出物を抽出する工程Aを含む。ここで、「キノコの上面栽培後の廃菌床を、飽和水蒸気圧以上の圧力下で、40℃を超える温度の加圧熱水と接触させて加圧熱水抽出物を抽出する工程A」とは、連続的に昇温した場合や段階的に昇温した場合のいずれの場合においても、工程Aで抽出した加圧熱水抽出物は、キノコの上面栽培後の廃菌床を飽和水蒸気圧以上の圧力下で、温度が40℃以下の加圧熱水と接触させることで抽出した加圧熱水抽出物を含まないことを意味する。
【0013】
廃菌床は、キノコの上面栽培後の廃菌床であればよく、キノコの種類は特に限定されない。キノコは、白色腐朽菌でもよく、褐色腐朽菌でもよいが、加圧熱水抽出物のラジカル消去活性がより高まる観点から、白色腐朽菌の上面栽培後の廃菌床であることが好ましい。白色腐朽菌としては、特に限定されず、例えば、シイタケ、ナメコ、マイタケ、エリンギ、ヒラタケ、ブナシメジ等が挙げられ、加圧熱水抽出物のラジカル消去活性がより高まる観点から、シイタケ栽培後の廃菌床であることがより好ましい。
【0014】
廃菌床において、キノコの栽培回数(発生回数)は特に限定されず、例えば、1~8回でもよい。菌床の培地基材は、特に限定されず、例えば、木質チップの原料としてナラ、ブナ、シイ、スギ、栄養体としてフスマ、デンプン、米糠、コーンスターチ、炭酸カルシウム、貝化石、貝殻粉末等のいずれでもよい。
【0015】
工程Aにおいて、キノコの上面栽培後の廃菌床を、飽和水蒸気圧以上の圧力下で、温度の40℃より高い加圧熱水と接触させる。このような条件の加圧熱水で廃菌床を処理することで、ラジカル消去活性を有する成分を多く含む加圧熱水抽出物が得られる。加圧熱水の上限は特に限定されないが、例えば、エネルギーコスト低減の観点から、250℃以下であることが好ましい。
【0016】
加圧熱水と接触させる前に、例えば、加圧熱水抽出物の抽出効果を高める観点から、廃菌床を所定のサイズに切断又は粉砕してもよい。切断又は粉砕後の廃菌床の大きさは特に限定されないが、好ましくは可能な限りエネルギーを消費しないものが望ましい。例えば、数cm以下で、100μm程度以下の粉末が望ましく、具体的には50~100メッシュ程度に分級したものを用いてもよい。なお、廃菌床は、切断又は粉砕する前に乾燥してもよい。
【0017】
工程Aは、ラジカル消去活性が高い加圧熱水抽出物を得やすい観点から、加圧熱水の温度が64℃超、かつ113℃以下の範囲である工程A1、加圧熱水の温度が117℃超、かつ169.7℃以下の範囲である工程A2、及び加圧熱水の温度が169.7℃超、かつ233℃以下の範囲である工程A3からなる群から選ばれる一つ以上の工程を含むことが好ましく、加圧熱水の温度が64℃超、かつ113℃以下の範囲である工程A1を含むことがより好ましい。
【0018】
工程A1において、加圧熱水の温度が64℃超、かつ113℃以下の範囲であることにより、ラジカル消去活性がより高い加圧熱水抽出物を得やすくなる。これは、工程A1において、加圧熱水の温度が64℃超、かつ113℃以下の範囲であることにより、ヘミセルロース分解産物、セルロース分解産物及び菌糸体由来のβ-グルカン分解産物の溶出が少ないリグニン分解物溶出画分が得られやすいためであると推測される。工程A1で得られた加圧熱水抽出物は、ラジカル消去活性が高く、ヘミセルロース分解産物、セルロース分解産物及び菌糸体由来のβ-グルカン分解産物の溶出が少ないことから、バニリン酸、シリンガ酸などの低分子水溶性リグニン分解物の豊富な抗酸化作用を有する機能性素材として好適に用いることができる。工程A1において、加圧熱水抽出物のラジカル消去活性をより高める観点から、加圧熱水の温度は、76℃超、かつ103℃以下であることがより好ましい。
【0019】
工程A2において、加圧熱水の温度が117℃超、かつ169.7℃以下の範囲であることにより、ヘミセルロース分解産物が豊富なリグニン分解物溶出画分が得られやすいと推測される。工程A2で得られた加圧熱水抽出物は、工程A1で得られた加圧熱水抽出物に比べて、DPPHラジカル消去活性は劣るが、これは、工程A2で得られた加圧熱水抽出物がオリゴ糖を主体とするヘミセルロース分解産物を豊富に含むことに起因すると推測される。工程A1で得られた加圧熱水抽出物に比べて、DPPHラジカル消去活性は劣るものの、適度なラジカル消去活性が求められる、オリゴ糖の豊富な機能性素材として好適に用いることができる。工程A2において、加圧熱水抽出物のラジカル消去活性をより高める観点から、加圧熱水の温度は145~150℃であることがより好ましい。
【0020】
工程A3において、加圧熱水の温度が169.7℃超、かつ233℃以下の範囲であることにより、セルロース分解産物及び菌糸体由来のβ-グルカン分解産物が豊富なリグニン分解物溶出画分溶出画分が得られやすいと推測される。工程A3で得られた加圧熱水抽出物は、工程A1で得られた加圧熱水抽出物に比べて、DPPHラジカル消去活性は劣るが、これは、工程A3で得られた加圧熱水抽出物がオリゴ糖を主体とするセルロース分解産物及び菌糸体由来のβ-グルカン分解産物を豊富に含むことに起因すると推測される。工程A3で得られた加圧熱水抽出物は、工程A1で得られた加圧熱水抽出物に比べて、DPPHラジカル消去活性は劣るものの、適度なラジカル消去活性が求められる、β-グルカン分解物の豊富な機能性素材として好適に用いることができる。工程A3において、加圧熱水抽出物のラジカル消去活性をより高める観点から、加圧熱水の温度は215~226℃であることがより好ましい。
【0021】
加圧熱水の圧力は、飽和水蒸気圧以上の圧力であればよく、特に限定されないが、例えば、0.1~2.5MPaであってもよい。
【0022】
工程Aは、密閉耐圧性容器中で、上述した温度及び圧力下で廃菌床を加圧熱水と接触させることで行うことができる。工程Aにおいて、水の使用量は特に限定されないが、例えば、廃菌床の重量に対し、10~100倍重量の加圧熱水を接触させて行うことができる。
【0023】
工程Aで用いる装置は、特に限定されないが、例えば、流通式加圧熱水装置を用いることができる。流通式加圧熱水装置としては、公知の加圧熱水処理装置を用いることができ、例えば、図1に示す加圧熱水処理装置等が挙げられる。加圧熱水処理装置1は、窒素ボンベ2、高圧ポンプ3、反応器4、冷却器5、保圧弁6、バルブ7、熱電対8及びこれらを接続する配管9、オイルバス10、保温用外部ヒーター(図示なし)、計器類(図示なし)、処理液受け13からなる。11は加熱コイルであり、12は水である。反応器の上下端は、例えば、多孔質フィルターで閉じることができる。多孔質フィルターは、特に限定されないが、例えば、2~100μmの範囲の貫通した孔の開いたものであってもよい。多孔質フィルターの材質は、ステンレスなどの金属でもよく、セラミックでもよい。切断又は粉砕後の廃菌床の大きさ等を考慮して最も適した孔の開いたものを選択すればよい。例えば、粉砕、乾燥後の廃菌床が50~100メッシュ程度に分級したものである場合は、平均孔径5μmのガスケットフィルターを用いてもよい。
【0024】
乾燥状態の廃菌床を所定量反応器に充填した後、反応器を配管に接続し、次に、反応器及び周囲配管に保温用外部ヒーターを取り付けた後、系内に窒素ガスを充填し、保安弁で系内圧を所定圧(例えば、0.1~2.5MPa)になるように調整する。次に、高圧ポンプで系内に通水し、オイルバスに浸る位置まで系内水を到達させ、一旦通水を停止する。次に、オイルバスで系内の温度を制御する。温度は、連続的に昇温させてもよく、段階的に昇温させてもよい。昇温時間は、特に限定されないが、目的とする画分の収量を目安に調整することができる。水は水道水でも使用できるが、イオン交換水、蒸留水、フィルター濾過した限外濾過水等のように十分に精製した水を用いることが望ましい。反応器を通過した後の処理液を室温まで冷却したのち、一定時間間隔(例えば、約5分ごと)に加圧熱水の温度が40℃を超える温度帯の処理液(水溶液又は水分散液状態の加圧熱水抽出物)を回収することで、加圧熱水抽出物を得ることができる。工程A1の場合は、64℃超、かつ113℃以下の温度帯の処理液を一定時間間隔(例えば、約5分ごと)で回収し、工程A2の場合は、117℃超、かつ169.7℃以下の温度帯の処理液を一定時間間隔(例えば、約5分ごと)で回収し、工程A3の場合は、169.7℃超、かつ233℃以下の温度帯の処理液を一定時間間隔(例えば、約5分ごと)で回収してもよい。所定の温度で回収した処理液は、単独で加圧熱水抽出物として用いてもよく、2つ以上を混合して加圧熱水抽出物として用いてもよい。
【0025】
加圧熱水抽出物は、コスト及び取扱い性の観点から、水の温度及び圧力を所定範囲に調整したバッチ式装置を用いて行うこともできる。
【0026】
工程Aで得られた水溶液又は水分散液状態の加圧熱水抽出物は、工程Bにおいて、乾燥することで粉末状態にしてもよい。乾燥方法は、特に限定されず、例えば、凍結乾燥、噴霧乾燥等の公知の方法で行うことができる。粉末状態にすることで、保存性が向上し、輸送コストも低減できる。
【0027】
加圧熱水抽出物のラジカル消去活性は、DPPHラジカル消去活性IC50を測定することで確認することができる。加圧熱水抽出物のDPPHラジカル消去活性IC50は、ラジカル消去効果の観点から、250mg/L以下であることが好ましく、240mg/L以下であることがより好ましく、230mg/L以下であることがさらに好ましく、200mg/L以下であることがさらにより好ましく、180mg/L以下であることがさらにより好ましく、160mg/L以下であることがさらにより好ましく、140mg/L以下であることがさらにより好ましく、120mg/L以下であることがさらにより好ましく、100mg/L以下であることが特に好ましい。
【0028】
上記のように得られたキノコの上面栽培後の廃菌床の加圧熱水抽出物は、ラジカル消去剤として用いることができる。当該加圧熱水抽出物は、菌床成分分解物由来成分やキノコ菌糸体由来成分等の数多くの成分を含む混合物であり、元素分析、FT-IR、13C CP/PASS NMR、HP-SEC(分子サイズ分布)、及びTHM-GC/MS等の様々な分析方法を用いても、加圧熱水抽出物の成分を特定することは実際的ではない。
【0029】
ラジカル消去剤は、抗酸化作用(活性酸素種の発生やその働きの抑制、あるいは活性酸素そのものを取り除く作用のこと)のうちラジカル性の活性酸素種を消去する能力を有しており、例えば、加圧熱水抽出物とラジカルを接触させることで、ラジカル消去剤として機能させることができる。対象となるラジカルとしては、特に限定されず、発生したラジカルのいずれでもよいが、例えば、ヒドロキシラジカル、アルコキシラジカル、ペルオキシラジカル、ヒドロペルオキシラジカル、一酸化窒素、二酸化窒素、スーパーオキシドアニオン等が挙げられる。
【実施例
【0030】
以下実施例により本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0031】
(実験例1)
<廃菌床>
シイタケ(Letina edodes)菌床栽培(全面栽培方式;群馬県上野村きのこセンター、シイタケ菌種H607、栽培回数:1回、菌床培地基材組成:木質としてナラチップ、栄養体として特フスマ、ホミニフィード、貝化石を配合)に用いられ、シイタケを栽培し、子実体を収穫後に廃棄された菌床を用い、粉砕し、気流乾燥機で乾燥後、50~100メッシュ程度に分級した。
<加圧水装置>
加圧水処理には、図1に示した加圧水処理装置を用いた。加圧水処理装置1は、窒素ボンベ2、高圧ポンプ3、反応器4、冷却器5、保圧弁6、バルブ7、熱電対8、及びこれらを接続する配管9、オイルバス10、処理液受け13、保温用外部ヒーター(図示なし)、計器類(図示なし)からなる。11は加熱コイルであり、12は水である。反応器は、両端をガスケットフィルター(平均孔径:5μm)でキャップした流通式パーコレータ型反応器(SUS316、23.5 mm i.d. ×65 mm length, 28 ml)であった。
<廃菌床の加圧熱水処理>
上記の乾燥状態の廃菌床(乾燥廃菌床)9gを正確に秤量し、28mL容のステンレス製反応器に充填した後、これを配管に接続した。次に、反応器及び周囲配管に保温用外部ヒーターを取り付けた後、系内に窒素ガスを充填し、保安弁で系内圧を2.5MPaとした。さらに、オイルバスで系内の温度を制御し、蒸留水を10mL/minの流速で反応器を通過させることで、廃菌床を加圧熱水と接触させた。温度は30~170℃に設定し、70分かけて連続的に昇温した。図6に、実験例1におけるステンレス製反応器内部の温度推移を示した。反応器を通過した後の処理液(抽出物)は冷却したのち5分ごとに回収し、試料番号1~15の加圧熱水抽出物(水溶液又は水分散液)を得た。その後、凍結乾燥することで、試料番号1~15の乾燥状態の加圧熱水抽出物を得た。下記表2に、試料番号1~15に対応する加圧熱水の温度を示した。試料番号1~15は、比較例に該当する。
【0032】
(実験例2)
シイタケ菌床栽培(上面栽培方式;農林業公社しんしろ菌床センター作手より入手、シイタケ菌種H607、栽培回数8回、菌床培地基材組成:木質としてナラチップ、栄養体としてフスマ、デンプン、米糠、コーンスターチ、炭酸カルシウムを配合)に用いられ、シイタケを栽培し、子実体を収穫後に廃棄された菌床を用いた以外は、実験例1と同様にして、試料番号16~30の加圧熱水抽出物を得た。図6に、実験例2におけるステンレス製反応器内部の温度推移を示した。下記表3に、試料番号16~30に対応する加圧熱水の温度を示した。試料番号16~17は、比較例に該当し、試料番号18~30は、実施例に該当する。
【0033】
(実験例3)
オイルバスで系内の温度を2段階で昇温させた以外は、実験例2と同様にして、試料番号31~43の加圧熱水抽出物を得た。昇温は、具体的には、30℃から10分かけて約150℃に昇温させた後、20分間保持し、次いで、35分かけて約230℃までに昇温させた後、30個分間保持した。図7に、実験例3におけるステンレス製反応器内部の温度推移を示した。下記表4に、試料番号31~43に対応する加圧熱水の温度を示した。試料番号31~43は、実施例に該当する。
【0034】
試料番号1~43の加圧熱水抽出物のDPPHラジカル消去活性を下記のとおりに測定評価し、その結果を下記表2~4、及び図2、3に示した。また、試料番号22(実施例5)、試料番号32(実施例15)及び試料番号38(実施例21)の加圧熱水抽出物をFTIRにて分析し、その結果を図4に示した。また、試料番号31~43(実施例14~26)の加圧熱水抽出物に対して三次元蛍光(EEM)測定-PARAFAC解析を行い、その結果を下記表5及び図5に示した。また、試料番号1~43の加圧熱水抽出物の収率を下記のように算出し、その結果を下記表2~4に示した。凍結乾燥後(乾燥状態)の加圧熱水抽出物をメノウ乳鉢で均一に粉砕した後、DPPHラジカル消去活性及びFTIR分析に用いた。
【0035】
(1)DPPHラジカル消去活性の測定
DPPH(2,2-Diphenyl-1-picrylhydrazyl)は、99.5%エタノールに溶解した。試料は99.5%ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解した。
96穴マイクロプレートの各ウェルに試料溶液20μL、Assay Bufferとして100mMのTris-HCl緩衝液(pH7.4)80μL、0.20mMのDPPH溶液100μLを添加し、混和後、遮光下、25℃で30分間静置した。反応後、プレートリーダーで517nmの吸光度を測定した。下記表1の組成のブランク1、ブランク2、及びブランク3についても、同時に吸光度を測定し、下記の数式1により試料のDPPHラジカル消去率(%)を算出した。
DPPHラジカルを50%消去する濃度(50%阻害濃度:IC50)を算出のため、まず、1,10,100,1000μg/mLの各試料溶液の消去率を測定し、消去率50%を含む濃度域を決定した。次に、この濃度域において50%消去率を含む3濃度と対応する消去率を直線回帰し、求めた回帰式から50%阻害濃度(IC50)を算出した。
【表1】
【数1】
【0036】
(2)フーリエ変換赤外分光法(FTIR)分析
乾燥KBr粉末で150倍に希釈した試料の赤外スペクトルを、フーリエ変換赤外分光光度計(FT/IR-4600 typeA、日本分光社製)を用いて、拡散反射フーリエ変換赤外分光(diffuse reflectance infrared Fourier transforms)法によりIRスペクトルを測定した。測定は、400~4000cm-1波数域で、200スキャン(対照として測定したKBr粉末はスキャン回数を64回に設定した)、解像度4cm-1で行った。
【0037】
(3)三次元蛍光(EEM)測定-PARAFAC解析
水溶液又は水分散状態の試料を0.45μmのセルロースエステル膜でろ過後、4℃で冷蔵保存した試料の溶存有機炭素(DOC)濃度を全有機体炭素測定装置(TOC-V、島津製作所製)で測定し、DOCが1mg/LになるようにMilli-Q水で希釈し、三次元蛍光(EEM)測定に供した。EEM測定は蛍光分光光度計(F7000、日立ハイテックサイエンス製)を使用し、1cmキュベットを用いて5nmの間隔で220-450nmの励起波長と1nmの間隔で250-550nmの蛍光波長をスキャンした。励起及び蛍光スリットの幅はともに5nmに設定した。光電子増倍管(PMT)電圧は700μV、スキャン速度は2400nm/minとした。比較のためのMilli-Q水のEEM測定は実験期間を通して毎回行った。PARAFAC解析は、多変量解析ソフトウェア「3D SpectAlyzeR Ver.1.4(ダイナコム)」を用いて行った。
【0038】
(4)試料の収率
試料の収率は以下のように求めた。
試料の収率(%)=(凍結乾燥後の加圧熱水抽出物の重量/乾燥廃菌床仕込み重量)×100
【0039】
【表2】
【0040】
【表3】
【0041】
【表4】
【0042】
【表5】
【0043】
上記表2~3及び図2~3のデータから分かるように、キノコの上面栽培後の廃菌床を用いた実施例1~26は、キノコの全面栽培後の廃菌床を用いた比較例1~17に比べて、DPPHラジカルを消去するIC50が半分以下となっており、ラジカル活性が高かった。特に、飽和水蒸気圧以上の圧力下で、加圧熱水と接触させて加圧熱水抽出物を抽出する工程Aにおいて、加圧熱水の温度が64℃超、かつ113℃以下の範囲である実施例3~7は、DPPHラジカルを消去するIC50が100mg/L以下であり、ラジカル活性が極めて高かった。
【0044】
また、表2~3のデータから分かるように、64℃超、かつ113℃以下の範囲の加圧熱水で抽出した試料番号20~24(実施例3~7)の加圧熱水抽出物(ヘミセルロース分解産物、セルロース分解産物及び菌糸体由来のβ-グルカン分解産物の溶出が少ないリグニン分解物溶出画分と推定される)の合計収率は6.6%であった。117℃超、かつ169.7℃以下の範囲の加圧熱水で抽出した試料番号31~36(実施例14~19)の加圧熱水抽出物(ヘミセルロース分解産物が豊富なリグニン分解物溶出画分と推定される)の合計収率は13.3%であった。169.7℃超、かつ233℃以下の範囲の加圧熱水で抽出した試料番号37~43(実施例20~26)の加圧熱水抽出物(セルロース分解産物及び菌糸体由来のβ-グルカン分解産物が豊富なリグニン分解物溶出画分溶出画分と推定される)の合計収率は23.9%であった。これらの結果は飽和蒸気圧以上の蒸気圧下で昇温処理により難溶性のリグニン、ヘミセルロース、グルカンが順次、効率よく抽出されていることを示唆している。
【0045】
図4のIRスペクトルにおいて、1720cm-1付近のピークは、カルボキシ基のC=O伸縮を伴うグアイアシル環(リグニンの構成単位のひとつ)振動を意味し、1510cm-1付近のピークはベンゼン環振動を意味し、1260cm-1付近のピークは、カルボキシ基のC-O伸縮、フェノールC-O-H変角、及びカルボキシ基のC=O伸縮を伴うグアイアシル環振動を意味し、900cm-1付近のピークは、セルロースのC-H変角、糖単位のβ-構造(グリコシド結合のC-O-C伸縮)を意味する。
70~120℃の範囲の加圧熱水で抽出した実施例5の加圧熱水抽出物で検出された1260cm-1付近のピークは、C=O伸縮を伴うグアイアシル環(リグニンの構成単位のひとつ)振動を意味する。
145~170℃の範囲の加圧熱水で抽出した実施例15及び205~235℃の範囲の加圧熱水で抽出した実施例21の加圧熱水抽出物で検出された1260cm-1付近のピークは1720cm-1付近のピークとの連動性もみられることから、C=O伸縮を伴うグアイアシル環振動以外にヘミセルロース分解産物、セルロース分解産物およびβ-グルカン分解産物由来のCOOHの影響も示唆される。ピーク強度は、実施例15の方が高い。
900cm-1付近のピークはβ-グルカン(木質由来セルロース、菌糸体由来β-グルカン)により生じるオリゴ糖のグリコシド結合のC-O-C伸縮に起因しており、リグニンに関係する1510cm-1(ベンゼン環振動)付近のピーク強度と900cm-1のピーク強度との比(1510cm-1付近のピーク強度/900cm-1のピーク強度)が、実施例5(1.20)>実施例15(0.93)>実施例21(0.79)であったことから、この順に芳香族成分が減り、糖成分が増えたと推察される。実施例5、実施例15、及び実施例21の順にラジカル消去活性が減少していることから、糖成分が加圧熱水抽出物のラジカル消去活性を阻害すると推察される。
【0046】
上記表4から分かるように、実施例14~26の加圧熱水抽出物は、表4示す励起波長(excitation)および蛍光波長(emission)を持つ5つの成分に分離される。図5に、実施例14~26の加圧熱水抽出物における成分C3のスコア(蛍光成分濃度に対応する量)を示した。成分C3はチロオシン、フェニルアラニンあるいは微生物によって生成された低分子の芳香化合物に帰属される蛍光特性を有する画分であることから、リグニン-炭水化物複合体(LCC)に富んだ画分であると推察される。LCCの抗酸化活性はオリゴ糖の共存により阻害される(International Journal of Biological Macromolecules 2019, Vol139, 21-29)ことから、β-グルカン分解産物以外にLCCとオリゴ糖に富んだ画分であることを示唆している。
【符号の説明】
【0047】
1 加圧熱水処理装置1
2 窒素ボンベ
3 高圧ポンプ
4 反応器
5 冷却器
6 保圧弁
7 バルブ
8 熱電対
9 配管
10 オイルバス
11 加熱コイル
12 水
13 処理液受け
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7