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特許7482666フェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-02
(45)【発行日】2024-05-14
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/40 20060101AFI20240507BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240507BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240507BHJP
【FI】
C23C8/40
C22C38/00 302Z
C22C38/60
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020059955
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021155832
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】吉見 敏彦
(72)【発明者】
【氏名】平出 信彦
【審査官】菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/188601(WO,A1)
【文献】特開平08-027600(JP,A)
【文献】特開平10-219500(JP,A)
【文献】特開2011-047041(JP,A)
【文献】特開2012-193392(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/40
C22C 38/00
C22C 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.05%以下、
Ni:0.6%以下、
Cr:10.0~35.0%、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Mo:6.0%以下、
Cu:2.0%以下、
N:0.005~0.035%、
残部Feおよび不純物からなり、
下記式(1)で表されるFV値が0.25以上または-0.25以下である、フェライト系ステンレス鋼。
FV=CCr+CSi+CTi-CFe-CNi-CCu-CNb-CMo ・・・(1)
前記式(1)中、CCr、CSi、CTi、CFe、CNi、CCu、CNbおよびCMoは、それぞれ、酸化皮膜中の全金属元素のカチオン量(原子%)の合計を1としたときの、Cr、Si、Ti、Fe、Ni、Cu、NbおよびMoのカチオン分率である。
【請求項2】
Feの一部に代えて、質量%で、
Al:0.001~0.3%、
Ca:0.0001~0.3%、
B:0.0001~0.1%、
Co:0.001~0.5%、
Mg:0.001~0.5%、
REM:0.001~0.5%
からなる群から選択される1種または2種以上を含有
前記FV値が0.25以上または-0.32~-0.25である、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
Feの一部に代えて、質量%で、
Sn:0.001~0.5%、
V:0.001~0.5%、
W:0.001~0.5%、
Zr:0.001~0.5%、
Hf:0.001~0.5%、
Ta:0.001~0.5%、
Ga:0.001~0.5%、および
Sb:0.001~0.5%からなる群から選択される1種または2種以上を含有
前記FV値が0.25以上または-0.32~-0.25である、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項4】
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.05%以下、
Ni:0.6%以下、
Cr:10.0~35.0%、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Mo:6.0%以下、
Cu:2.0%以下、
N:0.005~0.035%、
残部Feおよび不純物からなるステンレス素材を、pH1.0以下、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上の溶液中に60~120秒浸漬する第1浸漬工程と、
前記第1浸漬工程後の前記ステンレス素材を、pH4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に5~60秒浸漬する第2浸漬工程と、
を含む、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.05%以下、
Ni:0.6%以下、
Cr:10.0~35.0%、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Mo:6.0%以下、
Cu:2.0%以下、
N:0.005~0.035%、
残部Feおよび不純物からなるステンレス素材を、pH4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に60~120秒浸漬する第3浸漬工程と、
前記第3浸漬工程後のステンレス素材を、pH1.0以下、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上の溶液中に5~30秒浸漬する第4浸漬工程と、を含む、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
前記ステンレス素材は、熱間加工後のステンレス鋼または冷間加工後のステンレス鋼である、請求項4または5に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.05%以下、
Ni:0.6%以下、
Cr:10.0~35.0%、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Mo:6.0%以下、
Cu:2.0%以下、
N:0.005~0.035%、
残部Feおよび不純物からなるステンレス素材に、光輝焼鈍を施す光輝焼鈍工程と、
前記光輝焼鈍工程後のステンレス素材を、H4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に5~60秒浸漬する第5浸漬工程と、を含む、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、耐食性、加工性、美麗性等に優れることから外装材、家電、厨房品等、広く用いられている。建材用のステンレス鋼として、フェライト系ステンレス鋼が使用されることが多い。しかし、屋外、特に海浜環境下に曝されたステンレス鋼は、高耐食鋼種であっても塩化物に起因する腐食が発生する場合がある。
【0003】
耐食性を高めるための技術として、例えば、特許文献1には、質量%で、Cr:16~35%、Ti:0.05~0.5%、Mo:0~6%(無添加を含む)、Nb:0~1.0%(無添加を含む)、N:0.005~0.025%を含有し、C含有量が0.015%以下に制限されたフェライト系ステンレス鋼の光輝焼鈍鋼板または焼鈍・酸洗鋼板であって、圧延方向に直交する方向における鋼板表面の板幅内明度較差ΔLが5以下に調整されている、帯状外観むらの発生防止能に優れた外装建材用高耐食性ステンレス鋼板が開示されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、Cr:16~35質量%、Ti:0.05~(0.5-10×N)質量%、Al:0.005~0.3質量%、Mo:0~6質量%(無添加を含む)、Nb:0~1.0質量%(無添加を含む)を含有し、N:0.02質量%以下であり、表面に十点平均粗さRzが1~50μmの凹凸を形成して防眩性・意匠性を付与したフェライト系ステンレス鋼板であって、表面には光輝焼鈍を経て生成した不動態皮膜を有しており、その不動態皮膜にはTi濃化層およびAl濃化層が存在し、深さ50μmまでの表層部には窒化物層が存在しない、加工性の良い高耐食性建材用ステンレス鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-129405号公報
【文献】特開平11-61350号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1、2に開示された技術では、塩化物に起因する腐食に対する耐食性については、未だ改善の余地がある。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、塩化物に起因した腐食に対して優れた耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ステンレス鋼の表面に形成した酸化皮膜に含有されるカチオン成分により、その酸化皮膜の保護性能が変化し、さらにその保護性能は、元素によって異なることを知見した。そして、本発明者らは、酸化皮膜中のカチオン組成を制御して、本発明をするに至った。
【0009】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.05%以下、
Ni:0.6%以下、
Cr:10.0~35.0%、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Mo:6.0%以下、
Cu:2.0%以下、
N:0.005~0.035%、
残部Feおよび不純物からなり、
下記式(1)で表されるFV値が0.25以上または-0.25以下である、フェライト系ステンレス鋼。
FV=CCr+CSi+CTi-CFe-CNi-CCu-CNb-CMo ・・・(1)
前記式(1)中、CCr、CSi、CTi、CFe、CNi、CCu、CNbおよびCMoは、それぞれ、酸化皮膜中の全金属元素のカチオン量(原子%)の合計を1としたときの、Cr、Si、Ti、Fe、Ni、Cu、NbおよびMoのカチオン分率である。
[2]
Feの一部に代えて、質量%で、
Al:0.001~0.3%、
Ca:0.0001~0.3%、
B:0.0001~0.1%、
Co:0.001~0.5%、
Mg:0.001~0.5%、および
REM:0.001~0.5%
からなる群から選択される1種または2種以上を含有前記FV値が0.25以上または-0.32~-0.25である、[1]に記載のフェライト系ステンレス鋼。
[3]
Feの一部に代えて、質量%で、
Sn:0.001~0.5%、
V:0.001~0.5%、
W:0.001~0.5%、
Zr:0.001~0.5%、
Hf:0.001~0.5%、
Ta:0.001~0.5%、
Ga:0.001~0.5%、および
Sb:0.001~0.5%からなる群から選択される1種または2種以上を含有前記FV値が0.25以上または-0.32~-0.25である、[1]または[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼。
[4]
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.05%以下、
Ni:0.6%以下、
Cr:10.0~35.0%、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Mo:6.0%以下、
Cu:2.0%以下、
N:0.005~0.035%、
残部Feおよび不純物からなるステンレス素材を、pH1.0以下、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上の溶液中に60~120秒浸漬する第1浸漬工程と、
前記第1浸漬工程後の前記ステンレス素材を、pH4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に5~60秒浸漬する第2浸漬工程と、
を含む、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
[5]
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.05%以下、
Ni:0.6%以下、
Cr:10.0~35.0%、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Mo:6.0%以下、
Cu:2.0%以下、
N:0.005~0.035%、
残部Feおよび不純物からなるステンレス素材を、pH4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に60~120秒浸漬する第3浸漬工程と、
前記第3浸漬工程後のステンレス素材を、pH1.0以下、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上の溶液中に5~30秒浸漬する第4浸漬工程と、を含む、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
[6]
前記ステンレス素材は、熱間加工後のステンレス鋼または冷間加工後のステンレス鋼である、[4]または[5]に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
[7]
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.04%以下、
S:0.05%以下、
Ni:0.6%以下、
Cr:10.0~35.0%、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Mo:6.0%以下、
Cu:2.0%以下、
N:0.005~0.035%、
残部Feおよび不純物からなるステンレス素材に、光輝焼鈍を施す光輝焼鈍工程と、
前記光輝焼鈍工程後のステンレス素材を、pH4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に5~60秒浸漬する第5浸漬工程と、を含む、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。

【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、塩化物に起因した腐食に対して優れた耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法を提供することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しつつ、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、説明は、以下の順序で行う。
<フェライト系ステンレス鋼>
<フェライト系ステンレス鋼の製造方法>
(第1の製造方法)
(第2の製造方法)
(第1の製造方法および第2の製造方法の変形例)
(第3の製造方法)
(第3の製造方法の変形例)
【0012】
<フェライト系ステンレス鋼>
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.150%以下、Si:2.0%以下、Mn:1.0%以下、P:0.04%以下、S:0.05%以下、Ni:0.6%以下、Cr:10.0~35.0%、Ti:0.50%以下、Nb:0.50%以下、Mo:6.0%以下、Cu:2.0%以下、N:0.005~0.035%、残部Feおよび不純物からなり、下記式(1)で表されるFV値が0.25以上または-0.25以下である。
FV=CCr+CSi+CTi-CFe-CNi-CCu-CNb-CMo ・・・(1)
前記式(1)中、CCr、CSi、CTi、CFe、CNi、CCu、CNbおよびCMoは、それぞれ、皮膜最表層中の全金属元素のカチオン量(原子%)の合計を1としたときの、Cr、Si、Ti、Fe、Ni、Cu、NbおよびMoのカチオン分率である。
以下に、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼について詳細に説明する。
【0013】
[鋼の化学成分]
まず、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の化学成分について説明する。なお、成分を示す%は質量%を意味する。
【0014】
C:0.150%以下
Cは、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。そのため、C含有量を0.150%以下とする。C含有量は、好ましくは0.100%以下であり、より好ましくは0.025%以下である。C含有量の下限は特に限定しない。しかしながら、コストの観点から、C含有量は、0.001%以上であることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.003%以上である。
【0015】
Si:2.0%以下
Siは、脱酸剤、脱硫剤として作用する。Si含有量が2.0%を超えて含有されると靭性が低下するので、Si含有量は2.0%以下とする。Si含有量は、好ましくは1.00%以下であり、より好ましくは0.80%以下である。C含有量の下限は特に限定しない。しかしながら、Siが脱酸剤、脱硫剤として十分に作用するには、Si含有量は、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは、0.05%以上である。
【0016】
Mn:1.0%以下
Mnは、脱酸元素として有用であるが、Mnが過剰に含有すると、耐酸化性、耐食性が低下する。そのため、Mn含有量は、1.0%以下とする。Mn含有量は、好ましくは0.8%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。一方、Mn含有量の下限は、特に限定しない。しかしながら、コストの観点から、Mn含有量は、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。
【0017】
P:0.04%以下
Pは、ステンレス鋼中に不可避的に含有される元素である。Pは、加工性や溶接性を劣化させ、また、製造性をも劣化させる元素であるため、その含有量を制限する必要がある。そのため、P含有量を0.04%以下とする。P含有量は、好ましくは0.035%以下であり、より好ましくは0.030%以下である。下限は特に限定しないが、コストの観点から、P含有量は、好ましくは0.005%以上である。
【0018】
S:0.05%以下
Sは熱間加工性、靭性および耐食性を劣化させるため、S含有量を0.05%以下に制限する。S含有量は、好ましくは0.01%以下であり、より好ましくは0.001%以下である。一方、S含有量の下限は特段制限されない。しかし、過度にS含有量を低減させると原料コストと精錬コストが高くなるため、S含有量は、好ましくは0.0003%以上である。
【0019】
Ni:0.6%以下
Niの過剰な含有は、コストの増加に繋がる。よって、Ni含有量を0.6%以下とする。Ni含有量は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。下限は特に限定しないが、Niは耐食性を向上させるため、Ni含有量は、0.01%以上であることが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは0.05%以上である。
【0020】
Cr:10.0~35.0%
Crは、塩化物に対する耐食性および耐酸化性を向上させる。そのため、Cr含有量は、10.0%以上とする。Cr含有量は、好ましくは12.0%以上であり、より好ましくは14.0%以上である。Cr含有量が多いほど、耐酸化性および耐食性は向上するが、加工性、製造性が低下する。そのため、Cr含有量は、35.0%以下とする。Cr含有量は、好ましくは30.00%以下であり、より好ましくは25.00%以下である。
【0021】
Ti:0.50%以下
TiはC、Nを固定してCr炭化物析出による鋭敏化を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。一方、Tiの過剰な含有は、合金コスト増加や靭性の低下、鋼中介在物増加による耐食性低下、製造性低下に繋がる。そのため、Ti含有量を0.50%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。下限は特に限定しないが、Ti含有量が0.005%以上なら耐食性が向上する。そのため、Ti含有量は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。
【0022】
Nb:0.50%以下
NbはC、Nを固定してCr炭化物析出による鋭敏化を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。一方、Nbの過剰な含有は、合金コスト増加や靭性の低下、鋼中介在物増加による耐食性低下、製造性低下に繋がる。そのため、Nb含有量を0.50%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.40%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。下限は特に限定しないが、Nb含有量が0.005%以上であれば耐食性が向上する。そのため、Nb含有量は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。
【0023】
Mo:6.0%以下
Moは高い耐食性向上効果を有するが、非常に高価な元素であり、Mo含有量が過剰であると、製造コストが増大する。また、Moの過剰な含有は、ステンレス鋼の硬質化を招き加工性が劣化する。このため、Mo含有量を6.0%以下とする。Mo含有量は、好ましくは5.0%以下であり、より好ましくは4.0%以下である。下限は特に限定しないが、Mo含有量が0.01%以上であれば耐食性が向上する。そのため、Mo含有量は、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。
【0024】
Cu:2.0%以下
Cuは、耐食性を向上させる。一方、Cuの過剰な含有はコスト増加に繋がる。そのため、Cu含有量を2.0%以下とする。Cu含有量は、好ましくは1.0%以下であり、より好ましくは0.8%以下である。下限は特に限定しないが、Cu含有量が0.01%以上であれば耐食性が向上する。そのためCu含有量は、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.20%以上である。
【0025】
N:0.005~0.035%
Nは、耐孔食性に有用な元素であるが、耐粒界腐食性、加工性を低下させ、耐酸化性および耐食性をも低下させる。そのため、N含有量を低く抑える必要がある。そのため、N含有量を0.035%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0300%以下であり、より好ましくは0.0150%以下である。一方、N含有量を過度に低めることは精練コストを上昇させる。そのため、N含有量を0.005%以上とする。N含有量は、好ましくは0.0050%以上であり、より好ましくは0.0080%以上である。
【0026】
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼では、上述した元素以外の残部は、Feおよび不純物である。しかしながら、上述した各元素以外の他の元素も、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。なお、ここで言う不純物とは、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0027】
以上、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼の基本成分について説明したが、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼は、Feの一部に代えて、Al:0.001~0.3%、Ca:0.001~0.3%、B:0.0001~0.1%、Co:0.001~0.5%、Mg:0.001~0.5%、およびREM:0.001~0.5%からなる群から選択される1種または2種以上を含有することが好ましい。上記元素は、製造性を向上させる元素である。なお、これらの元素は、含有されなくてもよいため、これらの元素の含有量の下限は、0%である。
【0028】
Al:0.001~0.3%
Alは脱酸効果を有する元素である。Alによる脱酸効果を安定して得るためには、Al含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Al含有量は、より好ましくは、0.005%以上である。一方、Alは、Nとともに窒化物を形成しやすく、窒化物が形成されると靭性が大きく低下する。そのため、Al含有量は、好ましくは、0.3%以下である。Al含有量は、より好ましくは、0.2%以下である。
【0029】
Ca:0.0001~0.3%
Caは、脱硫効果を有する元素である。Caによる脱硫効果を安定して得るためには、Ca含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。Ca含有量は、より好ましくは、0.001%以上である。一方、Caが過剰に含有すると、水溶性の介在物CaSが生成して耐食性を低下させる。そのため、Ca含有量は、好ましくは0.3%以下である。Ca含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0030】
B:0.0001~0.1%
Bは、二次加工脆化や熱間加工性劣化を抑制する効果を有する元素である。Bによる上記効果を安定して得るためには、B含有量は、好ましくは0.0001%以上である。B含有量は、より好ましくは0.0005%以上である。一方、B含有量が0.1%を超えると、かえって熱間加工性が劣化する場合がある。そのため、B含有量は、好ましくは、0.1%以下である。B含有量は、より好ましくは0.01%以下である。
【0031】
Co:0.001~0.5%
Coは、二次加工性と靭性を向上させる元素である。Coによる上記効果を安定して得るためには、Co含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Co含有量は、より好ましくは、0.01%以上である。一方、Coは稀少な元素であり高価であるため、Co含有量は、0.5%以下であることが好ましい。Co含有量は、より好ましくは、0.2%以下である。
【0032】
Mg:0.0001~0.5%
Mgは、組織を微細化し、加工性と靭性を向上させる元素である。Mgによる上記効果を安定して得るためには、Mg含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。Mg含有量は、より好ましくは、0.001%以上である。一方、Mgが過剰に含有されると、製造性が低下することがある。そのため、Mg含有量は、好ましくは0.5%以下である。Mg含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0033】
REM:0.001~0.5%
REMは、脱酸効果等を有する元素であり、精練で有用な元素である。REMによる脱酸効果等を安定して得るためには、REM含有量は、0.001%以上を含有することが好ましい。REM含有量は、より好ましくは0.05%以上である。一方、REMが過剰に含有されると、加工性が低下することがある。そのため、REM含有量は、好ましくは0.5%以下である。REM含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
なお、REM(希土類元素)は、Sc、Y、およびLaからLuまでの15元素(ランタノイド)であり、REMは、上記の元素から選択される1種以上である。2種類以上の元素がREMとして含有される場合、REM含有量とは、含有される元素の合計量を言う。
【0034】
さらに、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼は、Feの一部に代えて、質量%で、Sn:0.001~0.5%、V:0.001~0.5%、W:0.001~0.5%、Zr:0.001~0.5%、Hf:0.001~0.5%、Ta:0.001~0.5%、Ga:0.001~0.5%、およびSb:0.001~0.5%からなる群から選択される1種または2種以上を含有することが好ましい。これらの元素は、耐食性を向上させる元素である。なお、これらの元素は、含有されなくてもよいため、これらの元素の含有量の下限は、0%である。
【0035】
Sn:0.001~0.5%、
Snは耐食性を向上させる元素である。Snによる耐食性向上効果を安定して得るためには、Sn含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Sn含有量は、より好ましくは0.01%以上である。一方、Snの過剰な含有はコスト増加に繋がる。そのため、Sn含有量は、好ましくは0.5%以下である。Sn含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0036】
V:0.001~0.5%
Vは、炭化物生成元素である。Vが含有されると優先的にV炭化物が生成し、Cr炭化物の生成が抑制される。これにより、Cr炭化物による耐食性低下を抑制できる。更に耐食性を向上させる元素である。上記効果を得るためには、V含有量は、0.001%以上であることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.005%以上である。一方、V含有量が多いと硬質化を招くため、V含有量は、0.5%以下であることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0037】
W:0.001~0.5%
Wは、耐食性を向上させる元素である。Wによる耐食性向上効果を安定して得るためには、W含有量は、0.001%以上であることが好ましい。W含有量は、より好ましくは0.01%以上である。一方、Wが過剰に含有されると、加工性が劣化することがある。そのため、W含有量は、好ましくは0.5%以下である。W含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0038】
Zr:0.001~0.5%
Zrは、耐食性を向上させる元素である。Zrによる耐食性向上効果を安定して得るためには、Zr含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Zr含有量は、より好ましくは0.01%以上である。一方、Zrが過剰に含有されると、加工性が劣化することがある。そのため、Zr含有量は、好ましくは0.5%以下である。Zr含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0039】
Hf:0.001~0.5%
Hfは、耐食性を向上させる元素である。Hfによる上記効果を安定して得るためには、Hf含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Hf含有量は、より好ましくは、0.05%以上である。一方、Hfが過剰に含有されると、加工性が低下することがある。そのため、Hf含有量は、好ましくは0.5%以下である。Hf含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0040】
Ta:0.001~0.5%
Taは介在物の改質により耐食性を向上させる元素である。Taによる上記効果を安定して得るためには、Ta含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Ta含有量は、より好ましくは0.05%以上である。一方、過剰なTaの含有は、常温での延性の低下や靭性の低下を招く場合がある。このため、Ta含有量は、好ましくは、0.5%以下である。Ta含有量は、より好ましくは、0.2%以下である。
【0041】
Ga:0.001~0.5%
Gaは耐食性と耐水素脆化性を向上させる元素である。Gaによる上記効果を安定して得るためには、Ga含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Ga含有量は、より好ましくは0.05%以上である。一方、Ga含有量が0.5%超では、上記効果が飽和し、コスト増に繋がるのみである。そのため、Ga含有量は、好ましくは、0.5%以下である。Ga含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0042】
Sb:0.001~0.5%
Sbは、耐食性を向上させる元素である。Sbによる耐食性向上効果を安定して得るためには、Sb含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.05%以上である。一方、Sbの過剰な含有はコスト増加に繋がる。そのため、Sb含有量は、好ましくは0.5%以下である。Sb含有量は、より好ましくは0.2%以下である。
【0043】
[酸化皮膜]
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼は、表面に酸化皮膜を有する。酸化皮膜において、下記式(1)で表されるFV値が0.25以上または-0.25以下である。
FV=CCr+CSi+CTi-CFe-CNi-CCu-CNb-CMo ・・・(1)
上記式(1)中、CCr、CSi、CTi、CFe、CNi、CCu、CNbおよびCMoは、それぞれ、皮膜最表層中の全金属元素のカチオン量の合計を1としたときの、Cr、Si、Ti、Fe、Ni、Cu、NbおよびMoのカチオン分率である。
【0044】
酸化皮膜におけるCr、Si、Ti、Fe、Ni、Cu、NbおよびMoの含有量に応じて、その酸化皮膜の仕事関数が変化する。そのため、上記元素のカチオン分率が変化すると、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性が変化する。上記式(1)で表されるFV値が0.25以上または-0.25以下であれば、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性が向上する。FV値は、好ましくは、0.28以上または-0.28以下である。
【0045】
ここでいう皮膜最表層とは、酸化皮膜をスパッタリングなどで破壊する前の表面(深さ数nm)であり、FV値を算出するのに用いる金属元素の成分はこの皮膜最表層をオージェ電子分光法で分析して得られた金属元素の成分である。
【0046】
酸化皮膜中のCr、Si、Ti、Fe、Ni、Cu、NbおよびMoの存在状態は、X線光電子分光法により調べることができる。例えば、加速圧10.0keVとし、照射電流10.0nAとした場合、これらの元素の状態は、以下の結合エネルギーでのピークの有無により確認することができる。
【0047】
Cr:525~535eV
Si:1615~1625eV
Ti:415~425eV
Fe:700~710eV
Ni:845~855eV
Cu:915~925eV
Nb:165~175eV
Mo:185~195eV
【0048】
全金属元素のカチオン量に対する上記元素のカチオン分率は、オージェ電子分光法を用いて、以下の方法で求めることができる。表面に加工および化学処理を施さず、スパッタなど行わずに、AES(オージェ電子分光分析装置)を用いてカチオン元素のスペクトルを測定し、そのスペクトルの微分ピークの強度値を算出する。その強度値は、「ピーク最大強度値-スペクトルのバックグラウンド値」とする。さらにその強度値を相対感度因子で補正(強度値÷相対感度因子)し、測定されたカチオン元素の合計量を1とした場合の、Cr、Si、Ti、Fe、Ni、Cu、NbおよびMoのカチオン分率を求める。なお、酸化皮膜の表面には異物が吸着することがあり、耐食性に寄与する元素のカチオン量を求める際に阻害要因となることが考えられる。そのため、分析前の試料はアセトンなどの有機溶剤で超音波洗浄するなど、表面の異物を十分に除去する必要がある。また、有機溶剤での洗浄でCなどの異物が十分に除去できない可能性もあるため、Cが50原子%以上検出された場合は、その値は除外し、0.5nm以下の間隔でスパッタし、Cが50原子%未満となった深さ以降の分析値を用いてFV値を計算する。
【0049】
ここまで、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の酸化皮膜について説明した。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼によれば、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性が向上する。
【0050】
なお、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼は、薄板、厚板、線材、棒材等、種々の形状であってよい。
【0051】
<フェライト系ステンレス鋼の製造方法>
(第1の製造方法)
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、製鋼工程、熱間圧延工程、熱延後焼鈍工程、熱延板酸洗工程、冷間圧延工程、冷延後焼鈍工程、冷延板酸洗工程、第1浸漬工程、および、第2浸漬工程を含む。第1浸漬工程および第2浸漬工程以外の工程については、製造条件は特段制限されず、公知の方法を適用することができる。第1の製造方法においては、第1浸漬工程および第2浸漬工程が極めて重要である。以下に、第1浸漬工程および第2浸漬工程を詳細に説明する。
【0052】
[第1浸漬工程]
第1浸漬工程では、上述した化学成分を有する冷延板酸洗工程後のステンレス素材を、pH1.0以下、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上の溶液中に60~120秒浸漬する。これにより、酸化皮膜に存在する、Ti、Fe、Ni、CuおよびNbが溶出し、Si、Cr、Moが濃化する。
【0053】
pH1.0超では、酸化皮膜中のTi、Fe、Ni、CuおよびNbの溶出が不十分となり、Si、CrおよびMoの濃化が十分でないため好ましくない。
【0054】
銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V未満であると、酸化皮膜中のTi、Fe、Ni、CuおよびNbの溶出が不十分となり、Si、CrおよびMoの濃化が十分でないため好ましくない。
【0055】
浸漬時間が60秒未満であると、Ti、Fe、Ni、CuおよびNbの溶出が不十分となり、Si、CrおよびMoの濃化が十分でないため好ましくない。一方、浸漬時間が120秒超であると、CrおよびMoの溶出が過剰となり、CrおよびMoの濃化が十分でないため好ましくない。
【0056】
第1浸漬工程で用いられる溶液は、pHおよび銀塩化銀電極を基準とした電極電位が上記を満足すれば特段制限されない。当該溶液には、例えば、硫酸または硝酸を含有する溶液が用いられる。
冷延板を上記溶液に浸漬するだけでは銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上とならない場合は、溶液に電極を挿入し、外部電源によって、冷延板と電極との間に電圧を印加して、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上にすればよい。
【0057】
[第2浸漬工程]
第2浸漬工程では、第1浸漬工程後のステンレス素材を、pH4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に5~60秒浸漬する。これにより、酸化皮膜に存在する、Moが溶出し、Cr、Si、および、Tiが濃化する。
【0058】
pH4.0未満では、Tiの溶出が過剰となり、Tiの濃化が十分でないため好ましくない。また、pH8.0超では、Feが溶出せずFeの濃化が過剰となり、Cr、Si、および、Tiの濃化が十分でないため、好ましくない。
【0059】
銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V未満であると、Crの溶出が過剰となり、Crの濃化が十分でないため好ましくない。
【0060】
浸漬時間が5秒未満であると、Moの溶出が不十分となり好ましくない。一方、浸漬時間が60秒超であると、Feが溶出せずFeの濃化が過剰となり、Cr、Si、および、Tiの濃化が十分でないため好ましくない。
【0061】
第2浸漬工程で用いられる溶液は、pHおよび銀塩化銀電極を基準とした電極電位が上記を満足すれば特段制限されない。当該溶液には、例えば、0.1mol/Lの硫酸ナトリウム水溶液が用いられる。
冷延板を上記溶液に浸漬するだけでは銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上とならない場合の電位調整は、第1浸漬工程と同様の方法で行えばよい。
【0062】
第1の製造方法により、上記化学成分を含有し、FV値が0.25以上であるフェライト系ステンレス鋼板が得られる。
【0063】
なお、第1浸漬工程と第2浸漬工程との間には、第1浸漬工程後のステンレス素材表面を水洗することが好ましい。これにより、第1浸漬工程でステンレス素材に付着した溶液による第2浸漬工程で用いられる溶液の汚染が防止される。その結果、第2浸漬工程に用いられる溶液の交換頻度が低減し、製造コストが低減する。
【0064】
(第2の製造方法)
第2の本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、製鋼工程、熱間圧延工程、熱延後焼鈍工程、熱延板酸洗工程、冷間圧延工程、冷延後焼鈍工程、冷延板酸洗工程、第3浸漬工程、および、第4浸漬工程を含む。第3浸漬工程および第4浸漬工程以外の工程については、製造条件は特段制限されず、公知の方法を適用することができる。第2の製造方法においては、第3浸漬工程および第4浸漬工程が極めて重要である。以下に、第3浸漬工程および第4浸漬工程を詳細に説明する。
【0065】
[第3浸漬工程]
第3浸漬工程では、上述した化学成分を有する冷延板酸洗工程後のステンレス素材を、pH4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に60~120秒浸漬する。これにより、酸化皮膜に存在する、CrおよびMoが溶出し、Si、Ti、Ni、Cu、NbおよびFeが濃化する。
【0066】
pH4.0未満では、Feの溶解が過剰となり、Feの濃化が十分でないため好ましくない。また、pH8.0超では、CrおよびMoの溶出が不十分でFeの濃化が十分でないため好ましくない。
【0067】
銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V未満であると、CrおよびMoの溶出が不十分となり、Feの濃化が十分でないため好ましくない。
【0068】
浸漬時間が60秒未満であると、CrおよびMoの溶出が不十分となり、Feの濃化が十分でないため好ましくない。一方、浸漬時間が120秒超であると、Si、Tiが過剰に濃化し、Feの濃化が十分でないため好ましくない。
【0069】
第3浸漬工程で用いられる溶液は、pHおよび銀塩化銀電極を基準とした電極電位が上記を満足すれば特段制限されず、例えば、第2浸漬工程で用いられる溶液を用いることができる。
冷延板を上記溶液に浸漬するだけでは銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上とならない場合の電位調整は、第1浸漬工程と同様の方法で行えばよい。
【0070】
[第4浸漬工程]
第4浸漬工程では、第3浸漬工程後のステンレス素材を、pH1.0以下、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上の溶液中に5~30秒浸漬する。これにより、酸化皮膜に存在する、Tiが溶出し、Moが濃化する。
【0071】
pH1.0超では、Fe、Ni、Cu、Nbの溶解が過剰となり、Fe、Ni、Cu、Nbの濃化が十分でないため好ましくない。
【0072】
銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V未満であると、Moの溶解が過剰となり、Moの濃化が十分でないため好ましくない。
【0073】
浸漬時間が5秒未満であると、Tiの溶出が不十分となり、Tiの濃化が十分でないため好ましくない。一方、浸漬時間が30秒超であると、Fe、Ni、CuおよびNbの溶解が過剰となり、Fe、Ni、CuおよびNbの濃化が十分でないため好ましくない。
【0074】
第4浸漬工程で用いられる溶液は、pHおよび銀塩化銀電極を基準とした電極電位が上記を満足すれば特段制限されず、例えば、第1浸漬工程で用いられる溶液を用いることができる。
冷延板を上記溶液に浸漬するだけでは銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.35V以上とならない場合の電位調整は、第1浸漬工程と同様の方法で行えばよい。
【0075】
第2の製造方法により、上記化学成分を含有し、FV値が-0.25以下であるフェライト系ステンレス鋼板が得られる。
【0076】
なお、第3浸漬工程と第4浸漬工程との間には、第3浸漬工程後のステンレス素材表面を水洗することが好ましい。これにより、第4浸漬工程で用いられる溶液が第3浸漬工程でステンレス素材に付着した溶液によって汚染されるのを防止することができる。その結果、第4浸漬工程に用いられる溶液の交換頻度が低減し、製造コストが低減する。
【0077】
(第1の製造方法および第2の製造方法の変形例)
上記の第1の製造方法および第2の製造方法では、第1浸漬工程または第3浸漬工程が冷延板酸洗工程後のステンレス素材に対して実施される場合、すなわち、冷延板又は冷延コイルが製造される場合を説明した。しかしながら、これらの工程は、熱延板酸洗工程後のステンレス素材に対して実施されてもよい。この場合、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性に優れた熱延コイルまたは熱延板が得られる。
【0078】
(第3の製造方法)
第3の本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、製鋼工程、熱間圧延工程、熱延後焼鈍工程、熱延板酸洗工程、冷間圧延工程、光輝焼鈍工程、および、第5浸漬工程を含む。第3の製造方法は、第1の製造方法および第2の製造方法とは、冷間圧延後の焼鈍工程および冷延板酸洗工程を含まず、冷間圧延工程後に光輝焼鈍工程を実施する点で異なる。第3の製造方法において、第5浸漬工程以外の工程については、製造条件は特段制限されず、公知の方法を適用することができる。第3の製造方法においては、第5浸漬工程が極めて重要である。以下に、第5浸漬工程を詳細に説明する。
【0079】
[第5浸漬工程]
第5浸漬工程では、上述した化学成分を有する光輝焼鈍工程後のステンレス素材を、H4.0~8.0、銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上の溶液中に5~60秒浸漬する。光輝焼鈍工程後の酸化皮膜は、CrおよびSiが他の元素に比べて多く存在している。このような光輝焼鈍工程後のステンレス素材に対して上記処理を施すことにより、Moが溶出して、Siがさらに濃化し、さらにTiも濃化する。
【0080】
pH4.0未満では、Crの溶解が過剰となり、Cr、Si、および、Tiの濃化が十分でないため好ましくない。また、pH8.0超では、Feが溶出せずFeが濃化し、Cr、Si、および、Tiの濃化が十分でないため好ましくない。
【0081】
銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V未満であると、Moの溶出が不十分となり好ましくない。
【0082】
浸漬時間が5秒未満であると、Moの溶出が不十分となり好ましくない。一方、浸漬時間が60秒超であると、Crの溶出が過剰となり、Cr、Si、および、Tiの濃化が十分でないため好ましくない。
【0083】
第5浸漬工程で用いられる溶液は、pHおよび銀塩化銀電極を基準とした電極電位が上記を満足すれば特段制限されず、例えば、第2浸漬工程で用いられる溶液を用いることができる。
冷延板を上記溶液に浸漬するだけでは銀塩化銀電極を基準とした電極電位が0.45V以上とならない場合の電位調整は、第1浸漬工程と同様の方法で行えばよい。
【0084】
第3の製造方法により、上記化学成分を含有し、FV値が0.25以上であるフェライト系ステンレス鋼板が得られる。
【0085】
(第3の製造方法の変形例)
上記の第3の製造方法では、第5浸漬工程が冷間圧延工程後のステンレス素材に対して実施される場合、すなわち、冷延板又は冷延コイルが製造される場合を説明した。しかしながら、第5浸漬工程は、熱間圧延工程後のステンレス素材に対して実施されてもよい。この場合、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性に優れた熱延コイルまたは熱延板が得られる。
【0086】
ここまで、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法を説明した。なお、第1~3の製造方法では、製造されるフェライト系ステンレス鋼は薄板であるが、厚板、棒材および線材にも本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は適用可能である。厚板を製造する場合は、例えば、厚板圧延後に上記第1浸漬工程、第3浸漬工程または第5浸漬工程を行えばよいし、棒材または線材を製造する場合は、例えば、圧延、押し出し加工または引抜加工後に上記第1浸漬工程、第3浸漬工程または第5浸漬工程を行えばよい。そして、第1浸漬工程または第3浸漬工程を行う場合は、これらの工程の後に、それぞれ第2浸漬工程または第4浸漬工程を行えばよい。
【実施例
【0087】
以下に、実施例を示しながら、本発明の実施形態について具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は本発明のあくまでも一例であって、本発明が下記の例に限定されるものではない。
【0088】
(実施例1)
上記の第1の製造方法の効果の確認を行った。まず、表1~8に示す化学成分を有するステンレス鋼の素材を真空誘導溶解炉にて溶製し、鋳造して鋳片を得た。その後、それぞれの鋳片を1200℃に均熱後、熱間鍛造および熱間圧延を行い6mmの熱延板を得た。熱延板を焼鈍、酸洗した後、冷間圧延して1mmの冷延板を得た。冷延板に対し、更に焼鈍、酸洗を実施した。
【0089】
酸洗後の冷延板に対し、表1~8に示す条件の第1浸漬工程および第2浸漬工程を実施してステンレス鋼板を得た。第1浸漬工程と第2浸漬工程との間では、第1浸漬工程後の冷延板表面を水洗した。
【0090】
酸洗工程後の冷延板のカチオン分率および第2浸漬工程後の冷延板のカチオン分率を上述した方法で求め、求められたカチオン分率からFV値を算出した。表1~8に、酸洗工程後の冷延板のカチオン分率および第2浸漬工程後の冷延板のカチオン分率を示す。表1~8に示すFVは、酸洗工程後の冷延板のFV値であり、FVは、第2浸漬工程後の冷延板のFV値である。
【0091】
ステンレス鋼板の耐食性は、以下の方法で評価した。酸洗工程後の冷延板と得られたステンレス鋼のそれぞれから20cm角に切り出したサンプルを水平面に置き、表面にNaClが1mg/dmの面積密度で付着する様に飽和NaCl溶液を霧吹きで噴霧した。噴霧後、サンプルを直ちに相対湿度30%、温度40℃の恒温恒湿槽内に水平に設置し、6時間保定した。6時間保定後、サンプルを相対湿度90%、温度40℃の環境下に6時間保定した。このサイクルを6回繰り返し、外観のさび程度をJIS G 0595:2004に準拠した方法で、0~9のRN(レイティングナンバー)をつける。第2浸漬工程後の冷延板のRNと酸洗工程後の冷延板(酸洗ままの冷延板)のRNとの差ΔRNが1以上の場合は、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性が酸洗ままの冷延板より高く、実環境でも酸洗ままの冷延板より高い耐食性を発揮する。表1に、酸洗工程後の冷延板のRNおよび第2浸漬工程後の冷延板のRN、ならびに第2浸漬工程後の冷延板のRNと酸洗工程後の冷延板のRNとの差ΔRN(RN-RN)を示す。表1~8に示すRNは、酸洗工程後の冷延板についてのRNであり、RNは、第2浸漬工程後の冷延板についてのRNである。
【0092】
【表1】
【0093】
【表2】
【0094】
【表3】
【0095】
【表4】
【0096】
【表5】
【0097】
【表6】
【0098】
【表7】
【0099】
【表8】
【0100】
表1~8に示すように、第1の製造方法で製造されたフェライト系ステンレス鋼は、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性が酸洗ままの冷延板より優れていた。
【0101】
(実施例2)
上記の第2の製造方法の効果の確認を行った。まず、表9に示す化学成分を有するステンレス鋼の素材を真空誘導溶解炉にて溶製し、鋳造して鋳片を得た。その後、それぞれの鋳片を1200℃に均熱後、熱間鍛造および熱間圧延を行い6mmの熱延板を得た。熱延板を焼鈍、酸洗した後、冷間圧延して1mmの冷延板を得た。冷延板に対し、更に焼鈍、酸洗を実施した。
【0102】
酸洗後の冷延板に対し、表10に示す条件の第3浸漬工程および第4浸漬工程を実施してステンレス鋼板を得た。第3浸漬工程と第4浸漬工程との間では、第3浸漬工程後の冷延板表面を水洗した。
【0103】
酸洗工程後の冷延板のカチオン分率および第4浸漬工程後の冷延板のカチオン分率およびFV値を実施例1と同様の方法で算出した。表10に、酸洗工程後の冷延板のカチオン分率および第4浸漬工程後の冷延板のカチオン分率を示す。表10に示すFVは、酸洗工程後の冷延板のFV値であり、FVは、第4浸漬工程後の冷延板のFV値である。
【0104】
ステンレス鋼板の耐食性は、実施例1と同様の方法で評価した。表10に示すRNは、酸洗工程後の冷延板についてのRNであり、RNは、第4浸漬工程後の冷延板についてのRNである。
【0105】
【表9】
【0106】
【表10】
【0107】
表9、10に示すように、第2の製造方法で製造されたフェライト系ステンレス鋼は、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性が優れていた。
【0108】
(実施例3)
上記の第3の製造方法の効果の確認を行った。まず、表11に示す化学成分を有するステンレス鋼の素材を真空誘導溶解炉にて溶製し、鋳造して鋳片を得た。その後、それぞれの鋳片を1200℃に均熱後、熱間鍛造および熱間圧延を行い6mmの熱延板を得た。熱延板を焼鈍、酸洗した後、冷間圧延して1mmの冷延板を得た。冷延板に対し、光輝焼鈍を行った。
【0109】
光輝焼鈍後の冷延板に対し、表12に示す条件の第5浸漬工程を実施してステンレス鋼板を得た。
【0110】
光輝焼鈍後の冷延板のカチオン分率および第5浸漬工程後の冷延板のカチオン分率およびFV値を実施例1と同様の方法で算出した。表12に、光輝焼鈍工程後の冷延板のカチオン分率および第5浸漬工程後の冷延板のカチオン分率を示す。表12に示すFVは、光輝焼鈍工程後の冷延板のFV値であり、FVは、第5浸漬工程後の冷延板のFV値である。
【0111】
ステンレス鋼板の耐食性は、実施例1と同様の方法で評価した。表12に示すRNは、光輝焼鈍工程後の冷延板についてのRNであり、RNは、第5浸漬工程後の冷延板についてのRNである。
【0112】
【表11】
【0113】
【表12】
【0114】
表11、12に示すように、第3の製造方法で製造されたフェライト系ステンレス鋼は、塩化物イオンに起因する腐食に対する耐食性が優れていた。
【0115】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。