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特許7483049二相ステンレス鋼板および二相ステンレス熱延板、ならびに二相ステンレス鋼板の製造方法
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  • 特許-二相ステンレス鋼板および二相ステンレス熱延板、ならびに二相ステンレス鋼板の製造方法 図1
  • 特許-二相ステンレス鋼板および二相ステンレス熱延板、ならびに二相ステンレス鋼板の製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-02
(45)【発行日】2024-05-14
(54)【発明の名称】二相ステンレス鋼板および二相ステンレス熱延板、ならびに二相ステンレス鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240507BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240507BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240507BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240507BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C22C38/58
C22C38/60
C21D9/46 Q
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022565463
(86)(22)【出願日】2021-11-26
(86)【国際出願番号】 JP2021043464
(87)【国際公開番号】W WO2022114145
(87)【国際公開日】2022-06-02
【審査請求日】2023-04-27
(31)【優先権主張番号】P 2020198585
(32)【優先日】2020-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】櫻庭 拓也
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2019-0077724(KR,A)
【文献】特開2018-127685(JP,A)
【文献】特開2009-209448(JP,A)
【文献】特開2013-185231(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/00-11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト相とフェライト相を含有する二相ステンレス鋼板であって、
質量%で、
C:0.080%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:4.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0300%以下、
Ni:1.50~8.00%、
Cr:18.00~28.00%、
Mo:5.00%以下、
Cu:0.05~1.50%、および、
N:0.080~0.320%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
圧延面における圧延方向に垂直な方向であって板厚方向に平行な方向である圧延垂直方向の断面の板厚中心部において、前記圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<111>に対する、前記圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<001>の比である面積比S<001>/S<111>が、0.90~1.10である、二相ステンレス鋼板。
【請求項3】
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.75%以下、
Mn:2.00~4.00%、
P:0.040%以下、
S:0.0200%以下、
Ni:1.50~2.50%、
Cr:18.00~21.50%、
Mo:0.60%以下、
Cu:0.50~1.50%、および、
N:0.150~0.200%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる、請求項1または2に記載の二相ステンレス鋼板。
【請求項4】
Feの一部に変えて、質量%で、
Al:0.003~0.050%、
O:0.0070%以下、
Nb:0.005~0.20%、
Ti:0.005~0.20%、
Co:0.005~0.25%、
V:0.005~0.15%、
Sn:0.005~0.20%、
Sb:0.005~0.20%、
Ga:0.001~0.050%、
Zr:0.005~0.50%、
Ta:0.005~0.100%、および、
B:0.0002~0.0050%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の二相ステンレス鋼板。
【請求項5】
オーステナイト相とフェライト相を含有する二相ステンレス熱延板であって、
質量%で、
C:0.080%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:4.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0300%以下、
Ni:1.50~8.00%、
Cr:18.00~28.00%、
Mo:5.00%以下、
Cu:0.05~1.50%、および、
N:0.080~0.320%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
前記オーステナイト相のビッカース硬さと前記フェライト相のビッカース硬さとの差分が50HV以上、75HV以下である、二相ステンレス熱延板。
【請求項6】
質量%で、
Ni:2.00~8.00%、を含有する、請求項5に記載の二相ステンレス熱延板。
【請求項7】
Feの一部に変えて、質量%で、
Al:0.003~0.050%、
O:0.0070%以下、
Nb:0.005~0.20%、
Ti:0.005~0.20%、
Co:0.005~0.25%、
V:0.005~0.15%、
Sn:0.005~0.20%、
Sb:0.005~0.20%、
Ga:0.001~0.050%、
Zr:0.005~0.50%、
Ta:0.005~0.100%、および、
B:0.0002~0.0050%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、請求項5または6に記載の二相ステンレス熱延板。
【請求項8】
質量%で、
C:0.080%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:4.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0300%以下、
Ni:1.50~6.80%、
Cr:18.00~28.00%、
Mo:5.00%以下、
Cu:0.05~1.50%、および
N:0.080~0.320%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなるステンレス素材に熱間圧延を施し、680℃以上の温度で巻き取る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の前記ステンレス素材を500℃以上600℃未満の温度で、1時間以上保持する熱処理を行う熱処理工程と、
前記熱処理工程後の前記ステンレス素材に対し、冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を有する、二相ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項9】
Feの一部に変えて、質量%で、
Al:0.003~0.050%、
O:0.0070%以下、
Nb:0.005~0.20%、
Ti:0.005~0.20%、
Co:0.005~0.25%、
V:0.005~0.15%、
Sn:0.005~0.20%、
Sb:0.005~0.20%、
Ga:0.001~0.050%、
Zr:0.005~0.50%、
Ta:0.005~0.100%、および、
B:0.0002~0.0050%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、請求項8に記載の二相ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼板および二相ステンレス熱延板、ならびに二相ステンレス鋼板の製造方法に関する。本願は、2020年11月30日に、日本に出願された特願2020-198585号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は代表的な耐食材料として各種用途に使用されているが、単に腐食による発銹や穴開きが生じないだけでなく、近年では、施工後における外観上の美麗さが要求される用途への適用が進められている。
【0003】
そのため、例えば、特許文献1には、質量%で、Cr:16~35%、Ti:0.05~0.5%、Mo:0~6%(無添加を含む)、Nb:0~1.0%(無添加を含む)、N:0.005~0.025%を含有し、C含有量が0.015%以下に制限された二相ステンレス鋼の光輝焼鈍鋼板または焼鈍・酸洗鋼板であって、圧延方向に直交する方向における鋼板表面の板幅内明度較差ΔLが5以下に調整されている、帯状外観むらの発生防止能に優れた外装建材用高耐食性ステンレス鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特開2000-129405号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
二相ステンレス鋼板は、オーステナイト系ステンレス鋼板と比較して、耐候性に優れている。しかしながら、従来の二相ステンレス系の薄板は、表面粗さに長周期的なむら(表面うねり)が存在する。表面うねりを有する二相ステンレス鋼板には、この表面うねりに起因した筋模様が視認されることがある。そのため、外観の美麗さが要求される場合、従来の二相ステンレス鋼には改善の余地がある。
【0006】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、外観が美麗な二相ステンレス鋼板および二相ステンレス熱延板ならびに二相ステンレス鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、特定の結晶方位を有するフェライト相の結晶粒が二相ステンレス鋼板に多く存在すると、二相ステンレス鋼板を変形させた場合、例えば、鏡面研磨を行った場合に、当該結晶粒は、他の方位の結晶粒と異なった変形をすることを知見した。そして、本発明者らは、この異なる結晶粒間で生じる異なる変形挙動により、表面うねりが生じることを知見した。そこで、本発明者らは、フェライト相の集合組織をランダムにすることで、表面うねりを抑制させることに想到した。具体的には、二相ステンレス鋼板の製造において、熱延板を低温で長時間焼鈍することで、フェライト相を軟化させて、軟化したフェライト相に優先的にひずみを導入することで、フェライト相の結晶方位の分布を均一にすることに想到した。そして、本発明者らは、鋭意検討を行い、本発明をするに至った。
【0008】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]本発明の一態様に係る二相ステンレス鋼板は、オーステナイト相とフェライト相を含有する二相ステンレス鋼板であって、質量%で、C:0.080%以下、Si:1.00%以下、Mn:4.00%以下、P:0.040%以下、S:0.0300%以下、Ni:1.50~8.00%、Cr:18.00~28.00%、Mo:5.00%以下、Cu:0.05~1.50%、および、N:0.080~0.320%、を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、圧延面における圧延方向に垂直な方向であって板厚方向に平行な方向である圧延垂直方向の断面の板厚中心部において、前記圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<111>に対する、前記圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<001>の比である面積比S<001>/S<111>が、0.90~1.10である。
[2]上記[1]に記載の二相ステンレス鋼板は、圧延方向の表面うねり高さが0.3μm以下であってもよい。
[3]上記[1]または[2]に記載の二相ステンレス鋼板は、質量%で、C:0.030%以下、Si:0.75%以下、Mn:2.00~4.00%、P:0.040%以下、S:0.0200%以下、Ni:1.50~2.50%、
Cr:18.00~21.50%、Mo:0.60%以下、Cu:0.50~1.50%、および、N:0.150~0.200%、を含有し、残部がFeおよび不純物からなっていてもよい。
[4]上記[1]~[3]のいずれかに記載の二相ステンレス鋼板は、Feの一部に変えて、質量%で、Al:0.003~0.050%、O:0.0070%以下、Nb:0.005~0.20%、Ti:0.005~0.20%、Co:0.005~0.25%、V:0.005~0.15%、Sn:0.005~0.20%、Sb:0.005~0.20%、Ga:0.001~0.050%、Zr:0.005~0.50%、Ta:0.005~0.100%、および、B:0.0002~0.0050%、からなる群から選択される1種以上を含有していてもよい。
【0009】
[5]本発明の別の態様に係る二相ステンレス熱延板は、オーステナイト相とフェライト相を含有する二相ステンレス熱延板であって、質量%で、C:0.080%以下、Si:1.00%以下、Mn:4.00%以下、P:0.040%以下、S:0.0300%以下、Ni:1.50~8.00%、Cr:18.00~28.00%、Mo:5.00%以下、Cu:0.05~1.50%、および、N:0.080~0.320%、を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、前記オーステナイト相のビッカース硬さと前記フェライト相のビッカース硬さとの差分が50HV以上である。
[6]上記[5]に記載の二相ステンレス熱延板は、Feの一部に変えて、質量%で、Al:0.003~0.050%、O:0.0070%以下、Nb:0.005~0.20%、Ti:0.005~0.20%、Co:0.005~0.25%、V:0.005~0.15%、Sn:0.005~0.20%、Sb:0.005~0.20%、Ga:0.001~0.050%、Zr:0.005~0.50%、Ta:0.005~0.100%、および、B:0.0002~0.0050%、からなる群から選択される1種以上を含有していてもよい。
【0010】
[7]本発明の更に別の態様に係る二相ステンレス鋼板の製造方法は、質量%で、C:0.080%以下、Si:1.00%以下、Mn:4.00%以下、P:0.040%以下、S:0.0300%以下、Ni:1.50~6.80%、Cr:18.00~28.00%、Mo:5.00%以下、Cu:0.05~1.50%、およびN:0.080~0.320%、を含有し、残部がFeおよび不純物からなるステンレス素材に熱間圧延を施し、680℃以上の温度で巻き取る熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程後の前記ステンレス素材を500℃以上600℃未満の温度で、1時間以上保持する熱処理を行う熱処理工程と、前記熱処理工程後のステンレス素材に対し、冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を有する。
[8]上記[7]に記載の二相ステンレス鋼板の製造方法では、前記ステンレス素材が、Feの一部に変えて、質量%で、Al:0.003~0.050%、O:0.0070%以下、Nb:0.005~0.20%、Ti:0.005~0.20%、Co:0.005~0.25%、V:0.005~0.15%、Sn:0.005~0.20%、Sb:0.005~0.20%、Ga:0.001~0.050%、Zr:0.005~0.50%、Ta:0.005~0.100%、および、B:0.0002~0.0050%、からなる群から選択される1種以上を含有していていもよい。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明によれば、外観が美麗な二相ステンレス鋼板および二相ステンレス熱延板ならびに二相ステンレス鋼板の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】SEM-EBSD分析により得られる、圧延垂直方向(TD;transverse direction)におけるフェライト相の逆極点図結晶方位マップの一例を示す図である。
図2】表面うねり高さの測定方法を説明するための粗さ曲線の一例を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<二相ステンレス鋼板>
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、オーステナイト相とフェライト相を含有する二相ステンレス鋼板であって、質量%で、C:0.080%以下、Si:1.00%以下、Mn:4.00%以下、P:0.040%以下、S:0.0300%以下、Ni:1.50~8.00%、Cr:18.00~28.00%、Mo:5.00%以下、Cu:0.05~1.50%、および、N:0.080~0.320%、を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、圧延面における圧延方向に垂直な方向であって板厚方向に平行な方向である圧延垂直方向(TD)の断面の板厚中心部において、圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<111>に対する、圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<001>の比である面積比S<001>/S<111>が、0.90~1.10である。以下に、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板について詳細に説明する。
【0014】
[化学成分]
まず、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の化学成分について説明する。なお、成分を示す%は質量%を意味する。
【0015】
C:0.080%以下
C含有量が0.080%を超えると、Cr炭化物析出により耐食性が低下する。したがってC含有量は少ない方が望ましく、0.080%以下までは許容できる。そのため、C含有量は、0.080%以下とする。耐食性改善の観点から、C含有量は、好ましくは0.030%以下であり、より好ましくは、0.025%以下である。C含有量の下限は特に限定しないが、コストの観点から、C含有量は0.001%以上であることが好ましく、より好ましくは0.007%以上である。
【0016】
Si:1.00%以下
Siは、脱酸剤、脱硫剤として作用する。Si含有量が1.00%を超えると靭性が低下するので、Si含有量は1.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは、0.65%以下である。Siが脱酸剤、脱硫剤として十分に作用するには、Si含有量は0.05%以上であることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは0.30%以上である。
【0017】
Mn:4.00%以下
Mnは、比較的安価な元素でありながら、ステンレス鋼板中のオーステナイト相の量を増加させ、さらに窒素の固溶度を上げることで、Cr窒化物の析出を抑制する効果がある。一方で、過剰に含有すると耐食性劣化の原因となる。そのため、Mn含有量は、4.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは、2.50%以下である。Mn含有量は、好ましくは、0.74%以上であり、より好ましくは、0.85%以上であり、より一層好ましくは、2.00%以上である。
【0018】
P:0.040%以下
Pは、ステンレス鋼板中に不可避的に含有される元素であるが、熱間加工性を劣化させるため、P含有量は0.040%以下とする。P含有量は、好ましくは、0.035%以下である。P含有量の下限は特に限定しないが、コストの観点から、P含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
【0019】
S:0.0300%以下
SはPと同様にステンレス鋼板中に不可避的に含有される元素であるが、熱間加工性、靭性、耐食性を劣化させる。そのため、S含有量は0.0300%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0200%以下である。S含有量の下限は特に限定しないが、コストの観点から、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。S含有量は、より好ましくは0.0005%以上である。
【0020】
Ni:1.50~8.00%
Niは、本発明においてはステンレス鋼板の意匠性を向上させる元素である。Ni含有量が過少の場合、熱延板におけるオーステナイト相中の固溶Niが低減し軟質化するため、後述の熱延板におけるオーステナイト相のビッカース硬さとフェライト相のビッカース硬さとの差分が50HV以上を満足しない。従って、Ni含有量が過少の場合、本発明においては、冷間加工後の鋼板において、後述の「圧延面における圧延方向に垂直な方向であって板厚方向に平行な方向である圧延垂直方向の断面の板厚中心部における、前記圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<111>に対する、前記圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<001>の比である面積比S<001>/S<111>が、0.90~1.10」を充足しない。すなわち、Ni含有量が過少の場合、圧延方向の表面うねり高さが0.3μm以下とならないため、表面うねり高さが小さく制御された意匠性向上の効果が得られない。このため、Ni含有量は、1.50%以上である。Ni含有量は、好ましくは、2.00%以上である。一方で、Ni含有量が過剰であると、コストが大きくなるだけでなく、オーステナイト相が過多となり熱間加工性が低下する。このため、Ni含有量は、8.00%以下である。Ni含有量は、好ましくは、6.90%以下であり、より好ましくは、6.80%以下であり、より一層好ましくは、2.50%以下である。
【0021】
Cr:18.00~28.00%
Crはステンレス鋼板の耐食性を向上させる元素である。耐食性の観点から、Cr含有量は18.00%以上である。Cr含有量は、好ましくは、20.50%以上であり、さらに好ましくは21.00%以上である。一方、Crはフェライト相を増加させる元素でもあり、ステンレス鋼板がCrを過剰に含有するとフェライト相が過多となり、靭性が劣化する。このためCr含有量は28.00%以下とする。Cr含有量は、好ましくは、24.50%以下であり、より好ましくは、21.50%以下である。
【0022】
Mo:5.00%以下
MoはCrを超える高い耐食性向上効果を有するが、非常に高価な元素であり、Mo含有量が過剰であると、製造コストが増大する。また、Mo含有量が過剰であるとステンレス鋼板の硬質化を招き加工性が劣化する。このため、Mo含有量は5.00%以下とする。Mo含有量は、好ましくは、3.00%以下であり、より好ましくは、2.95%以下であり、より一層好ましくは、0.60%以下である。Moが有する耐食性向上効果は、Mo含有量が0.01%未満では、その添加効果に乏しいため、Mo含有量は、例えば、0.01%以上とする。Mo含有量は、好ましくは、0.05%以上が好ましく、より好ましくは0.20%以上である。
【0023】
Cu:0.05~1.50%
Cuは、Niと同様に低pH環境でのステンレス鋼板の溶解を抑制する元素である。ただし、ステンレス鋼板がCuを過剰に含有する場合、熱間加工性が著しく損なわれるため、Cu含有量は1.50%以下とする。Cu含有量は、好ましくは、1.40%以下である。一方、上記効果は、Cu含有量が0.05%未満では得られない。したがって、Cu含有量は、0.05%以上とする。Cu含有量は、好ましくは、0.60%以上であり、より好ましくは0.70%以上である。
【0024】
N:0.080~0.320%
Nは耐食性を著しく高め、オーステナイト相量を高める元素である。この効果を得るためには、N含有量は、0.080%以上である。N含有量は、好ましくは、0.150%以上であり、より好ましくは、0.155%以上である。一方、N含有量が0.320%を超えると鋼中に窒化物を形成して耐食性や靭性を低下させるため、N含有量は0.320%以下とする。N含有量は、好ましくは、0.200%以下である。
【0025】
本発明の二相ステンレス鋼板では、上述した元素以外の残部は、Feおよび不純物である。しかしながら、上述した各元素以外の他の元素も、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。なお、ここで言う不純物とは、本発明に係る二相ステンレス鋼板を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0026】
以上、本発明の一実施形態に係る二相ステンレス鋼板の基本成分について説明したが、本発明一実施形態に係る二相ステンレス鋼板ではその他にも以下に述べる元素を、Feの一部に代えて、適宜含有させることができる。なお、以下の元素は、含有されなくてもよいため、これらの元素の含有量の下限は、0%である。
【0027】
Al:0.003~0.050%
Alは強力な脱酸作用を持つ元素である。Alによる脱酸作用には、Al含有量は、0.003%以上であることが好ましい。Al含有量は、より好ましくは、0.005%以上である。一方、AlはNとともに窒化物を形成しやすく、窒化物が形成されると靭性が大きく低下する。そのため、Al含有量は0.050%以下であることが好ましい。Al含有量は、より好ましくは、0.040%以下である。
【0028】
O:0.0070%以下
Oは、鋼中に過剰に存在すると酸化物を生成し、靭性を低下させる。このため、O含有量は、0.0070%以下であることが好ましい。O含有量は、より好ましくは、0.0050%以下である。O含有量の下限は特に限定しないが、コストの観点から、O含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。O含有量は、0.001%以上であってもよい。
【0029】
Nb:0.005~0.20%
NbはC、Nを固定してCr炭化物析出による耐食性低下を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。Nb含有量が0.005%以上であれば、その効果が発現するため、Nb含有量は、0.005%以上であることが好ましい。Nb含有量は、0.01%以上であってもよい。一方、Nb含有量が0.20%を超えると、固溶強化によりα相が硬質化し加工性を低下させる場合があるため、Nb含有量は、0.20%以下であることが好ましい。Nb含有量は、0.18%以下であってもよい。
【0030】
Ti:0.005~0.20%
TiはC、Nを固定してCr炭化物析出による鋭敏化を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。Ti含有量が0.005%以上であれば、その効果が発現するため、Ti含有量は、0.005%以上であることが好ましい。Ti含有量は、0.01%以上であってもよい。一方、Ti含有量が0.20%を超えると、フェライト相の硬質化を招き、靱性を低下させ、さらにTi系析出物により表面粗さの低下を招く場合がある。そのため、Ti含有量は、0.20%以下であることが好ましい。Ti含有量は、0.18%以下であってもよい
【0031】
Co:0.005~0.25%
CoはCr炭化物の析出を抑制し、耐食性の低下を抑制する。Co含有量が0.005%以上であれば、Coが上記効果を奏するため、Co含有量は、0.005%以上であることが好ましい。Co含有量は、0.01%以上であってもよい。一方、Coは稀少な元素であり高価であるため、Co含有量は、0.25%以下であることが好ましい。Co含有量は、0.20%以下であってもよい。
【0032】
V:0.005~0.15%
Vは強力な炭化物生成元素である。このため、高温域で炭化物を形成しやすいVが含有されると、Cr炭化物の析出が抑制され、耐食性低下を抑制できる。V含有量が0.005%以上であれば、Vが上記効果を奏するため、V含有量は、0.005%以上であることが好ましい。V含有量は、0.01%以上であってもよい一方、V含有量が多いと硬質化を招くため、V含有量は、0.15%以下であることが好ましい。V含有量は0.12%以下であってもよい。
【0033】
Sn:0.005~0.20%、Sb:0.005~0.20%
SnおよびSbは耐食性を向上させる元素であるが、フェライト相の固溶強化元素でもある。このため、Sn、Sbのそれぞれの含有量は、それぞれ0.20%以下であることが好ましい。Sn、Sbのそれぞれの含有量は、より好ましくは0.10%以下である。SnまたはSbのいずれかの含有量が0.005%以上の場合、耐食性を向上させる効果が発揮されるため、Sn、Sbのそれぞれの含有量は、好ましくは、0.005%以上である。Sn、Sbのそれぞれの含有量は、より好ましくは0.030%以上である。
【0034】
Ga:0.001~0.050%
Gaは耐食性向上に寄与する元素である。Ga含有量が0.001%以上であれば、耐食性向上効果が発現するため、Ga含有量は、0.001%以上であることが好ましい。Ga含有量は、0.005%以上であってもよい。一方、Ga含有量が0.050%超では、耐食性向上効果が飽和し、コスト増につながるのみである。そのため、Ga含有量は、好ましくは、0.050%以下である。Ga含有量は、0.040%以下であってもよい。
【0035】
Zr:0.005~0.50%
Zrは耐食性向上に寄与する元素である。Zr含有量が0.005%以上であれば、耐食性向上効果が発現するため、Zr含有量は、0.005%以上であることが好ましい。Zr含有量は、0.01%以上であってもよい。一方、Zr含有量が0.50%超では、効果が飽和する。そnため、Zr含有量は、好ましくは、0.50%以下である。Zr含有量は、0.40%以下であってもよい。
【0036】
Ta:0.005~0.100%
Taは介在物の改質により耐食性を向上させる元素である。Ta含有量が0.005%以上であれば、上記効果が発揮される。そのため、Ta含有量は、0.005%以上であることが好ましい。Ta含有量は、0.01%以上であってもよい。一方、Ta含有量が0.100%超では、常温での延性の低下や靭性の低下を招く場合がある。このため、Ta含有量は、好ましくは、0.100%以下である。Ta含有量は、より好ましくは、0.050%以下である。
【0037】
B:0.0002~0.0050%
Bは二次加工脆化や熱間加工性劣化を抑制する効果を奏する元素である。また、Bは、耐食性には影響を与えない元素である。B含有量が0.0002%以上であれば、Bが上記効果を奏するため、B含有量は、0.0002%以上であることが好ましい。B含有量は、0.0005%以上であってもよい。一方、B含有量が0.0050%を超えると、かえって熱間加工性が劣化する場合があるので、B含有量は、0.0050%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0022%以下、より一層好ましくは0.0020%以下である。
【0038】
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、上記の化学成分を有するが、C:0.030%以下、Si:0.75%以下、Mn:2.00~4.00%、P:0.040%以下、S:0.0200%以下、Ni:1.50~2.50%、Cr:20.50~21.50%、Mo:0.60%以下、Cu:0.50~1.50%、および、N:0.150~0.200%、を含有することがさらに好ましい。二相ステンレス鋼板が当該化学成分を有することで、より耐食性に優れたものとなる。
【0039】
[組織]
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、圧延垂直方向の断面の板厚中心部において、圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<111>に対する、圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<001>の比である面積比S<001>/S<111>が、0.90~1.10である。
【0040】
ここで、図1を参照して、圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<111>および圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<001>の算出方法を説明する。図1は、SEM-EBSD(Scaning Electron Microscope-Electron BackScatter Diffraction Pattern;走査電子顕微鏡-電子線後方散乱回折)分析により得られる、圧延垂直方向におけるフェライト相の逆極点図結晶方位マップの一例を示す図である。
【0041】
板幅中央の位置で切断して得られる圧延垂直方向断面の板厚中心部において、観察倍率を1000倍としてSEM像を3視野以上取得する。ここで、板厚中心部とは、鋼板の板厚をtとしたときに、鋼板表面から板厚方向に2t/5~3t/5の範囲を言う。それぞれのSEM像について、測定間隔を1μmとして測定点の結晶方位を分析する。結晶方位測定の対象は、算出された結晶方位の確からしさを示す指数であるCI値(Confidence Index)が0.1以上の結晶粒に対して実施する。そして、圧延垂直方向に対する<111>方向の方位差が15°以内である集合組織を圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織とする。また、圧延垂直方向に対する<001>方向の方位差が15°以内である集合組織を圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織とする。これらと同様に、圧延垂直方向に<101>方向が配向したフェライト相の集合組織および圧延垂直方向に<411>方向が配向したフェライト相の集合組織を定める。これにより、例えば、図1に示すような逆極点図結晶方位マップ(IPF(Inverse Pole Figure)マップ)が得られる。
【0042】
得られたIPFマップから、圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の円相当径および圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の円相当径からそれぞれの集合組織の面積を算出する。各集合組織の面積は、画像解析で行う。各集合組織の面積から、<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の合計の面積および<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の合計の面積を算出する。算出されたそれぞれの方向の結晶粒の合計の面積を用いて、一つの視野全体の面積に対する、圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S’<111>および圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S’<001>を算出し、面積比S’<001>/S’<111>を算出する。取得したSEM像の各視野について面積比S’<001>/S’<111>を算出し、これらの平均値を面積比S<001>/S<111>とする。
一般に、オーステナイト相の粒径は数μm程度であり、フェライト相の粒径は10μm程度である。そのため、1000倍の観察倍率で取得されたSEM像には、上記面積比S<001>/S<111>を集合組織のランダム化の程度の目安とすることができる程度に十分な結晶粒が写し出されていると言える。
【0043】
面積比S<001>/S<111>が0.90未満であると、フェライト相の集合組織は、圧延垂直方向に<111>方向が強く配向していることを示す。また、面積比S<001>/S<111>が1.10超であると、フェライト相の集合組織は、圧延垂直方向に<001>方向が強く配向していることを示す。TD(圧延垂直方向)に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織またはTD(圧延垂直方向)に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織である鋼板が変形すると、これらの結晶粒が、他の集合組織と異なる挙動の変形をする。これにより、鋼板表面にうねりが生じる。その結果、鋼板表面に筋模様が発生する。したがって、面積比S<001>/S<111>は0.90~1.10である。面積比S<001>/S<111>は、0.92以上、または1.00以上であってもよい。また、面積比S<001>/S<111>は、1.00以下、または1.08以下であってもよい。
【0044】
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、圧延方向の表面うねり高さRが0.3μm以下であることが好ましい。ここで、図2を参照して、圧延方向の表面うねり高さRを説明する。図2は、表面うねり高さの測定方法を説明するための粗さ曲線の一例を示すグラフ図である。圧延方向の表面うねり高さRは、表面粗さ測定機を使用して、圧延方向10mmの長さについて、測定間隔0.02mmとして、JIS B 0601:2013に準拠して算出される。表面うねり高さRは、JIS B 0601:2013に記載された最大高さうねりWzに対応する。圧延方向の表面うねり高さRの測定位置は、板の中央位置とする。
【0045】
圧延方向の表面うねり高さRが0.3μm以下であれば、ステンレス鋼板の外観に筋模様が視認されにくい、より一層外観美麗なものとなる。よって、表面うねり高さRは、0.3μm以下であることが好ましい。より好ましくは、引張応力を付与して16%のひずみを付与したステンレス鋼板の圧延方向の表面うねり高さRが1.8μm以下であることが好ましい。引張応力を付与して16%のひずみを付与したステンレス鋼板の圧延方向の表面うねり高さRが1.8μm以下であれば、実使用のためにステンレス鋼板を加工した場合にも、筋模様がより一層視認されにくくなる。
【0046】
本発明に係る二相ステンレス鋼板の製造方法の詳細は後述するが、本発明に係る二相ステンレス鋼板は、所定の処理を施して製造されたステンレス熱延板に冷間圧延を施して製造される。本発明に係る二相ステンレス鋼板の製造途中で製造されるステンレス熱延板のオーステナイト相のビッカース硬さHVγとフェライト相のビッカース硬さHVαとの差分ΔHV(=HVγ-HVα)は、50HV以上、好ましくは60HV以上、より好ましくは65HV以上、又は70HV以上である。ΔHVの上限は、特段制限されない。ΔHVは、例えば、65HV以下であってもよいし、70HV以下であってもよいし、75HV以下であってもよい。オーステナイト相のビッカース硬さHVγおよびフェライト相のビッカース硬さHVαは、JIS Z 2244:2009に準拠して、荷重を0.01kgfとして測定する。板厚中心部にてオーステナイト相およびフェライト相それぞれについて5点測定し、それぞれの平均値を代表値とする。
【0047】
ΔHVが50HV以上であれば、後工程、例えば、冷間圧延工程、調質圧延工程、または、実使用のための加工工程等でフェライト相に優先的にひずみが導入される。その結果、ステンレス鋼板の上記面積比S<001>/S<111>が0.90~1.10となる。その結果、鋼板表面にうねりが抑制され、鋼板表面に筋模様の発生が抑制される。ΔHVが65以上であれば、熱延板のオーステナイト相及びフェライト相の硬度差が大きいため、冷延時に軟質相の粒径が細分化される。これにより結晶方位の変形能の差がより出にくくなり、実使用のためにステンレス鋼板を加工した場合にも、筋模様がより一層視認されにくくなる。
【0048】
[板厚]
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の板厚は、例えば、0.30mm以上2.00mm以下である。二相ステンレス鋼板の板厚は、0.50mm以上、または0.80mm以上であってもよい。また、二相ステンレス鋼板の板厚は、1.80mm以下、または1.50mm以下であってもよい。このような範囲であれば、筋模様の抑制効果がより顕著に得られ、美麗な外観の二相ステンレス鋼板を得ることができる。
【0049】
<二相ステンレス鋼板の製造方法>
続いて、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の製造方法の一例を説明する。
【0050】
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の製造方法は、上記の化学成分を有するステンレス素材に熱間圧延を施し、680℃以上の温度で巻き取る熱間圧延工程と、熱間圧延工程後のステンレス素材を500℃以上600℃未満の温度で、1時間以上保持する熱処理を行う熱処理工程と、熱処理工程後の冷間圧延工程を有する。本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、例えば、製鋼工程、上記熱間圧延工程、上記熱処理工程、熱延板酸洗工程、上記冷間圧延工程、冷延後熱処理工程、冷延板酸洗工程、を順に実施することで製造される。熱間圧延工程および熱処理工程以外の工程については、製造条件は特段制限されず、公知の方法を適用することができる。以下に、熱間圧延工程、熱処理工程および冷間圧延工程について説明する。
【0051】
[熱間圧延工程]
本工程では、上述した化学成分を有するステンレス素材に熱間圧延を施し、680℃以上の温度で巻き取る。熱間圧延に供するステンレス素材としては、例えば、連続鋳造により得られたステンレス鋼片等を用いればよい。
【0052】
熱間圧延前にステンレス素材を1150~1250℃に加熱することが好ましい。加熱温度が1150℃未満であると、熱間圧延中に耳割れが生じる場合がある。一方、加熱温度が1250℃超であると、加熱炉内で鋼片が変形したり、熱延時に疵が生じやすくなる場合がある。
【0053】
上記加熱後、ステンレス素材を熱間圧延する。圧下率は、50%以下であることが好ましい。圧下率が50%より大きいと、圧延方向毎の組織形状の差異が助長され、圧延方向によらず均一な破面性状を得られない場合がある。
【0054】
熱間圧延は、複数パス行ってもよく、複数パス行う場合は、1パス当たりの圧下率は50%以下とする。
【0055】
圧延後のステンレス素材の巻取り温度は680℃以上である。フェライト相とオーステナイト相では、フェライト相の方が先に回復、再結晶が起こる。ステンレス素材の巻取り温度を高くすることで、巻取り時にフェライト相の回復が起こり、また、フェライト相の一部で再結晶が起こる。巻取り温度が680℃未満であると、巻取り時にフェライト相が十分に回復しない。よって、巻き取り温度は680℃以上とする。巻取り温度は、好ましくは700℃以上である。一方、巻き取り温度は、750℃以下であることが好ましい。巻取り温度が750℃以下であれば、オーステナイト相の回復、再結晶をより一層抑制することができる。
【0056】
[熱処理工程]
本工程では、熱間圧延工程後のステンレス素材を500℃以上600℃未満の温度で、1時間以上保持する熱処理を行う。
【0057】
熱処理温度は500℃以上600℃未満である。熱処理温度が500℃未満であると、フェライト相の回復および再結晶が十分ではなく、フェライト相が軟質化しない。フェライト相が軟質化しない場合、後工程の冷間圧延工程でフェライト相へ優先的にひずみが導入されず、フェライト相は、結晶方位がランダム化されていない配向性を有する組織となる。よって、熱処理温度は、500℃以上である。熱処理温度は、好ましくは、550℃以上である。一方、熱処理温度が600℃以上であると、オーステナイト相も軟質化し、フェライト相は、結晶方位がランダム化されていない配向性を有する組織となる。よって、熱処理温度は、600℃未満とする。好ましくは585℃以下である。
【0058】
熱処理時間は、1時間以上である。熱処理時間が1時間未満であると、フェライト相の回復および再結晶が十分ではなく、フェライト相が軟質化しない。フェライト相が軟質化しない場合、後工程の冷間圧延工程でフェライト相へ優先的にひずみが導入されず、フェライト相は、結晶方位がランダム化されていない配向性を有する組織となる。よって、熱処理時間は、1時間以上とする。一方、熱処理時間の上限は特段制限されない。しかしながら、結晶粒粗大化の点から、熱処理時間は、2時間以下であることが好ましい。
【0059】
熱処理工程までの製造工程により、オーステナイト相のビッカース硬さHVγとフェライト相のビッカース硬さHVαとの差分ΔHV(=HVγ-HVα)が、50HV以上である熱延板が製造される。
【0060】
[冷間圧延工程]
本工程では、上記熱処理工程後のステンレス素材(本実施形態に係る熱延板)に冷間圧延を施す。冷間圧延条件は、特段制限されず、公知の条件でよい。例えば、冷間圧延は1パスであってもよいし、複数パスであってもよい。累積冷間圧下率は、30~80%とすることができ、冷間圧延温度は、例えば、室温以上200℃以下とすることができる。
【0061】
冷間圧延が施されるステンレス素材は、熱処理工程後に酸洗処理が施されたステンレス素材であってもよい。
【0062】
冷間圧延工程により、熱処理工程によって軟質化したフェライト相に多量の圧延ひずみが導入される。これによりフェライト相の種々の結晶方位を有する結晶粒が生成し、フェライト相の集合組織がランダム化する。その結果、鋼板表面にうねりが抑制され、鋼板表面に筋模様の発生が抑制される。
【0063】
以上、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の製造方法について説明した。上記により、圧延垂直方向断面の板厚中心部において、圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<111>に対する、圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<001>の比である面積比S<001>/S<111>が、0.90~1.10である、二相ステンレス鋼板が製造される。本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、そのフェライト相の集合組織がランダムであるため、二相ステンレス鋼板の圧延方向の表面うねり高さが抑制される。その結果、視認できる程度の筋模様の発生を抑制することが可能となる。
【実施例
【0064】
以下に、実施例を示しながら、本発明の実施形態について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明のあくまでも一例であって、本発明が、下記の例に限定されるものではない。
【0065】
表1に示す化学成分を有するステンレス素材に対し、圧下率70%で熱間圧延し、表2に示す巻取り温度で圧延後のステンレス素材を巻き取った。次いで、表2に示す熱処理温度および熱処理時間で熱処理工程を実施して熱延板を製造した。その後、製造した熱延板のそれぞれに対して、圧下率80%、室温で冷間圧延を行い、ステンレス鋼板を作製した。なお、表1中の「-」は、意図的に添加していないことを示す。
【0066】
【表1】
【0067】
製造した熱延板のオーステナイト相のビッカース硬さHVγおよびフェライト相のビッカース硬さHVαを、JIS Z 2244:2009に準拠して、荷重を0.01kgfとして測定した。板厚中心部にてオーステナイト相およびフェライト相それぞれについて5点測定し、それぞれの平均値を代表値とした。
【0068】
また、板幅中央の位置で切断した圧延垂直方向断面の板厚中心部において、圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<111>に対する、圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S<001>の比である面積比S<001>/S<111>を以下の方法で算出した。圧延垂直方向断面の板厚中心部において、観察倍率を1000倍としてSEM像を3視野取得し、それぞれのSEM像について、測定間隔を1μmとして測定点の結晶方位を分析した。隣接する測定点における結晶方位の方位差が15°以内である場合、同一の集合組織であるとした。圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の円相当径および圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の円相当径からそれぞれの集合組織の面積を算出した。各集合組織について、算出された円相当径から面積を算出し、圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の合計の面積および圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の合計の面積を算出した。算出されたそれぞれの集合組織の合計の面積を用いて、視野全体の面積に対する圧延垂直方向に<111>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S’<111>および圧延垂直方向に<001>方向が配向したフェライト相の集合組織の面積率S’<001>を算出し、面積比S’<001>/S’<111>を算出した。取得したSEM像の各視野について面積比S’<001>/S’<111>を算出し、これらの平均値を面積比S<001>/S<111>とした。
【0069】
製造した二相ステンレス鋼の圧延方向の表面うねり高さRを以下の方法で測定した。JIS B 0601:2013に準拠して、表面粗さ測定機(株式会社ミツトヨ製、SV-3000CNC)を用い、二相ステンレス鋼板の中央位置における圧延垂直方向10mmの長さについて、測定間隔0.02mmとして、ステンレス鋼板表面の粗さ曲線を得、圧延方向の表面うねり高さRを測定した。
また、製造したステンレス鋼板の圧延方向に引張応力を加え、16%のひずみを付与した後のステンレス鋼板について、鋼板の中央位置において、圧延方向の表面うねり高さRを測定した。
【0070】
外観評価は目視観察で行った。具体的には、作製したステンレス鋼板、および、実使用の加工の一例を模擬し、円筒パンチによる張り出しの加工を行った後のステンレス鋼板の表面を鏡面研磨し、鏡面研磨された表面を様々な方向から観察し、筋模様の有無を確認した。そして、上記加工を行った後のステンレス鋼板に筋模様が観察されなかった場合、外観は極めて良好(A)であると評価し、16%のひずみを付与する前のステンレス鋼板に筋模様が観察されなかった場合、外観は良好(B)であると評価し、16%のひずみを付与する前のステンレス鋼板に筋模様が観察された場合、外観は不良(C)であると評価した。
表2に評価結果を示す。なお、表2中、Rε=0は、ひずみを付与していないステンレス鋼板の圧延方向の表面うねり高さを示し、Rε=16は、圧延方向に引張応力を加え、16%のひずみを付与した後のステンレス鋼板の圧延方向の表面うねり高さを示す。また、表2中の下線を引いた値は、本発明の範囲外であることを示す。
【0071】
【表2】
【0072】
得られた各鋼板の化学組成は、それぞれのステンレス素材の化学組成と実質的に同一であった。また、得られた熱延板およびステンレス鋼板をSEM観察したところ、いずれの鋼板も二相ステンレス鋼板であった。
【0073】
表2に示すように、熱間圧延工程の巻取り温度が680℃以上であり、熱処理工程の熱処理温度が500以上600℃未満であり、熱処理時間が1時間以上である条件で製造された熱延板は、ΔHVが50以上であった。また、ΔHVが50以上の熱延板を冷間圧延して得られたステンレス鋼板(表2においては、「冷延板」と記す。)は、面積比S<001>/S<111>が、0.90~1.10であった。面積比S<001>/S<111>が、0.90~1,10である二相ステンレス鋼板は、圧延方向の表面うねり高さRε=0が0.3μm以下であり、また、圧延方向の表面うねり高さRε=16も小さい値であった。そして、面積比S<001>/S<111>が0.90~1,10である二相ステンレス鋼板は、外観評価結果は良好であった。
また、No.1の例及びNo.2の例では、熱延板のΔHVが65以上であり、外観評価の結果は極めて良好(A)であった。これは、熱延板のΔHVが大きかったため、冷延時に軟質相の粒径が細分化され、これにより結晶方位の変形能の差がより出にくくなったためであると考えられる。
【0074】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
図1
図2