(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-07
(45)【発行日】2024-05-15
(54)【発明の名称】クランクシャフトおよび舶用エンジン
(51)【国際特許分類】
F16C 3/10 20060101AFI20240508BHJP
【FI】
F16C3/10
(21)【出願番号】P 2020086268
(22)【出願日】2020-05-15
【審査請求日】2023-04-26
(73)【特許権者】
【識別番号】303047034
【氏名又は名称】株式会社ジャパンエンジンコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉川 秀一
(72)【発明者】
【氏名】浅田 直彦
【審査官】鈴木 貴晴
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/179930(WO,A1)
【文献】特開昭50-097758(JP,A)
【文献】特開平10-169655(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 3/00
- 9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クランクジャーナル、クランクピンおよびクランクアームのうち、少なくともクランクジャーナルとクランクアームとを焼嵌めによって結合してなるクランクシャフトであって、
前記クランクアームは、前記クランクジャーナルが挿入される円形状の開口部を有し、
前記開口部の中心軸に沿って前記クランクアームを見たときに、
前記クランクピンの中心軸と前記開口部の中心軸とを結んだ方向を第1方向とし、
前記第1方向に直交する方向を第2方向とし、
前記開口部の中心軸から前記クランクアームの外面までの寸法と、前記開口部の内半径と、の差分を前記開口部周辺の厚みとすると、
前記開口部周辺の厚みのうち、前記第2方向における厚みは、前記第1方向において前記開口部を挟んで前記クランクピンの反対側に位置する部位の厚みよりも大きく、
前記開口部の内半径をRとし、前記開口部周辺の厚みのうち、前記第1方向において前記開口部を挟んで前記クランクピンの反対側に位置する部位の厚みをT1とすると、
T1<R
の関係が満足され、
前記開口部周辺の厚みのうち前記第2方向における厚みをT2とすると、
R<T2
の関係が満足される
ことを特徴とするクランクシャフト。
【請求項2】
請求項1に記載されたクランクシャフトにおいて、
前記クランクアームの外面のうち、前記第1方向において前記クランクピンよりも前記開口部に近接する部位の外面を第1外壁面と呼称すると、該第1外壁面の少なくとも一部は円弧状に形成され、
前記開口部の中心軸は、前記第1外壁面の中心軸に対し、前記第1方向に沿って前記クランクピンから離間する方向にオフセットする
ことを特徴とするクランクシャフト。
【請求項3】
請求項1または2に記載されたクランクシャフトと、前記クランクジャーナルの上半部を回転可能に支持する軸受と、前記クランクピンに連結される連接棒と、前記軸受を収容する台板上に設けられ、前記連接棒を収容する架構と、を備える2ストローク1サイクル機関として構成された舶用エンジンであって、
前記クランクシャフトの中心軸方向に並んで配置され、前記架構内の空間を仕切る隔壁を備え、
前記軸受は、前記舶用エンジンのピストンが上死点に比して下死点に近接した状態にあるときに、前記クランクジャーナルの上半部と、前記隔壁の下端部と、の間のスペースを通じて着脱され
る
ことを特徴とする舶用エンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、クランクシャフト、および、それを備える舶用エンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
クランクピン、クランクアームおよびクランクジャーナルのうち、少なくともクランクアームとクランクジャーナルとを焼嵌めによって結合してなるクランクシャフトは公知である。
【0003】
例えば特許文献1には、いわゆる半組立型のクランクシャフトが開示されている。このクランクシャフトは、クランクピンとクランクアームとを一体化してなるウェブと、そのウェブに焼嵌めされるクランクジャーナル(ジャーナル軸)と、を備えた構成とされている。
【0004】
また非特許文献1には、半組立型のクランクシャフトの別例が開示されている。具体的に、この非特許文献1には、クランクアームの外面のうち、クランクジャーナルが挿入される開口部付近の外面を円弧状に形成することと、その外面と開口部とを同軸に配置することが開示されている。
【0005】
前記非特許文献1によれば、径方向における前記開口部周辺の厚みは、略一定に保たれるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】安田益一、坂本勲、辻資彦著「半組立形クランク軸の繰返し曲げ疲れ強さについて」、造船協会論文集、第112号、1962年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、前述の如きクランクシャフトには、トルク伝達に支障を来さないように、焼嵌め部の面圧を高く保つことが求められる。そのためには、例えばクランクアームの開口部と、クランクジャーナルと、の間の焼嵌め代を可能な限り大きく設計することが考えられる。
【0009】
しかしながら、そのように設計した場合、クランクアームの開口部周辺(焼嵌部)に作用する応力が過大となり、クランクシャフトの構成材料の降伏点を超えてしまう虞がある。これに対処するためには、中心軸方向におけるクランクアームの板厚を大きくしたり、径方向における開口部周辺の厚みを大きくしたりすることによって、クランクアームに作用する応力を下げることが考えられる。
【0010】
ところが、中心軸方向における板厚を大きくした場合、クランクシャフトの全長が長くなってしまう。この場合、エンジンの全長も長くなるため、機関室の肥大化を招くことになる。機関室の肥大化は、貨物等の積載スペースを圧迫するため、特に舶用のエンジンには不都合である。
【0011】
一方、径方向における開口部周辺の厚みを大きくした場合、連接棒等、エンジンを構成する他の部材と、クランクアームとの干渉が懸念される。そうした干渉を抑制するためには、エンジンをより高く設計することが求められるため、やはり、機関室の肥大化を招くことになる。前述のように、機関室の肥大化は、特に舶用のエンジンには不都合である。
【0012】
加えて、トルク伝達時にクランクアームが大きく変形してしまっては、クランクジャーナルが主軸受に片当りしてしまい、主軸受メタルの損傷を招く虞がある。そのため、クランクアームの剛性を高め、その変形を小さくするような工夫が求められる。
【0013】
本開示は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、機関室の肥大化を招くことなく、良好なトルク伝達と、主軸受メタルの損傷抑制と、を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示の第1の態様は、クランクジャーナル、クランクピンおよびクランクアームのうち、少なくともクランクジャーナルとクランクアームとを焼嵌めによって結合してなるクランクシャフトに係る。
【0015】
そして、本開示の第1の態様によれば、前記クランクアームは、前記クランクジャーナルが挿入される円形状の開口部を有し、前記開口部の中心軸に沿って前記クランクアームを見たときに、前記クランクピンの中心軸と前記開口部の中心軸とを結んだ方向を第1方向とし、前記第1方向に直交する方向を第2方向とし、前記開口部の中心軸から前記クランクアームの外面までの寸法と、前記開口部の内半径と、の差分を前記開口部周辺の厚みとすると、前記開口部周辺の厚みのうち、前記第2方向における厚みは、前記第1方向において前記開口部を挟んで前記クランクピンの反対側に位置する部位の厚みよりも大きい。
【0016】
前記第1の態様によれば、開口部周辺の厚みのうち、第1方向において開口部を挟んでクランクピンの反対側に位置する部位の厚みを「第1の厚み」と呼称し、第2の方向における厚みを「第2の厚み」と呼称すると、第2の厚みに比して第1の厚みを小さくすることになる。この第1の厚みは、クランクピンが下死点にあるときに、連接棒と接近する部位の厚みに相当する。そのため、クランクアームの焼嵌部に作用する応力が過大とならない範囲内で第1の厚みを小さくすることで、クランクアームと、エンジンを構成する種々の部品のうち、特に連接棒と、の干渉が抑制される。その結果、エンジンをより低く設計することができるようになり、機関室の肥大化を抑制することが可能となる。
【0017】
その一方で、第1の厚みに比して第2の厚みを大きくすることで、クランクアームの剛性を高め、その変形を抑制することができる。この第2の厚みは、クランクシャフトの中心軸方向の板厚ではなく、その中心軸方向に直交する方向の厚みに相当する。そのため、第2の厚みを相対的に大きくすることで、エンジンひいては機関室の肥大化を抑制しつつ、クランクアームの剛性を高めることができる。クランクアームの剛性を高めることで、トルク伝達時のクランクアームの変形を抑制し、クランクジャーナルと主軸受との片当りを避けることが可能となる。これにより、主軸受メタルの損傷を抑制することができる。
【0018】
このように、前記第1の態様によれば、機関室の肥大化を招くことなく、良好なトルク伝達と、主軸受メタルの損傷抑制と、を実現することができる。
【0019】
また、本開示の第2の態様によれば、前記クランクアームの外面のうち、前記第1方向において前記クランクピンよりも前記開口部に近接する部位の外面を第1外壁面と呼称すると、該第1外壁面の少なくとも一部は円弧状に形成され、前記開口部の中心軸は、前記第1外壁面の中心軸に対し、前記第1方向に沿って前記クランクピンから離間する方向にオフセットする、としてもよい。
【0020】
前記第2の態様によれば、第1外壁面の曲面形状に工夫を凝らさずとも、開口部の中心軸を第1方向に沿ってオフセットさせるだけで、第1の厚みと、第2の厚みと、を相違させることができる。これにより、製造コストの増大を抑制することができる。
【0021】
また、本開示の第3の態様によれば、前記開口部の内半径をRとし、前記開口部周辺の厚みのうち、前記第1方向において前記開口部を挟んで前記クランクピンの反対側に位置する部位の厚みをT1とすると、
T1<R
の関係が満足される、としてもよい。
【0022】
本願発明者らが鋭意検討した結果、得られた知見によれば、前記関係が満足されるようにクランクアームを設計することで、開口部の内半径、ひいてはクランクアームとクランクジャーナルとの焼嵌め代を最低限確保することができる。その結果、より良好なトルク伝達と、主軸受メタルの損傷抑制と、を実現することができるようになる。
【0023】
また、本開示の第4の態様によれば、前記開口部周辺の厚みのうち前記第2方向における厚みをT2とすると、
R<T2
の関係が満足される、としてもよい。
【0024】
本願発明者らが鋭意検討した結果、得られた知見によれば、前記関係が満足されるようにクランクアームを設計することで、クランクアームの剛性を十分に確保することができる。その結果、より良好なトルク伝達と、主軸受メタルの損傷抑制と、を実現することができるようになる。
【0025】
また、本開示の第5の態様は、前記第1から第4の態様のいずれか1つに係るクランクシャフトと、前記クランクジャーナルの上半部を回転可能に支持する軸受と、前記クランクピンに連結される連接棒と、前記軸受を収容する台板上に設けられ、前記連接棒を収容する架構と、を備える2ストローク1サイクル機関として構成された舶用エンジンに係る。
【0026】
そして、本開示の第5の態様によれば、前記舶用エンジンは、前記クランクシャフトの中心軸方向に並んで配置され、前記架構内の空間を仕切る隔壁を備え、前記軸受は、前記舶用エンジンのピストンが上死点に比して下死点に近接した状態にあるときに、前記クランクジャーナルの上半部と、前記隔壁の下端部と、の間のスペースを通じて着脱される、としてもよい。
【0027】
前記第5の態様によれば、クランクピンが上死点に比して下死点に近接した状態にあるとき、クランクアームは、第1の厚みに対応する部位を上方ないし斜め上方に向けた姿勢となる。したがって、第1の厚みを相対的に小さくすることで、クランクジャーナルの上半部と、隔壁の下端部と、の間のスペースを通じて軸受を着脱しようとしたときに、軸受とクランクアームとの干渉を抑制することができる。
【発明の効果】
【0028】
以上説明したように、本開示によれば、機関室の肥大化を招くことなく、良好なトルク伝達と、主軸受メタルの損傷抑制と、を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】
図1は、舶用エンジンの構成を例示する模式図である。
【
図2】
図2は、クランクシャフトの構造を例示する側面図である。
【
図3】
図3は、クランクアームの構造を例示する正面図である。
【
図4】
図4は、クランクアームの構造を例示する側面図である。
【
図5】
図5は、クランクアームの従来例を示す
図3対応図である。
【
図6】
図6は、軸受の取出手順を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、以下の説明は例示である。
図1は、舶用エンジン(以下、単に「エンジン1」ともいう)の構成を例示する模式図である。
【0031】
エンジン1は、複数のシリンダ16を備えた直列多気筒式のディーゼルエンジンである。このエンジン1は、ユニフロー掃気方式の2ストローク1サイクル機関として構成されており、タンカー、コンテナ船、自動車運搬船等、大型の船舶に搭載される。
【0032】
船舶に搭載されたエンジン1は、その船舶を推進させるための主機関として用いられる。そのために、エンジン1の出力軸は、プロペラ軸(不図示)を介して船舶のプロペラ(不図示)に連結されている。エンジン1が運転することにより、その出力がプロペラに伝達されて、船舶が推進するように構成されている。
【0033】
特に、本開示に係るエンジン1は、そのロングストローク化を実現するべく、いわゆるクロスヘッド式の内燃機関として構成されている。すなわち、このエンジン1においては、下方からピストン21を支持するピストン棒22と、クランクシャフト5に連接される連接棒24と、がクロスヘッド25により連結されている。
【0034】
(1)主要構成
以下、エンジン1の要部について説明する。
【0035】
図1に示すように、エンジン1は、下方に位置する台板11と、台板11上に設けられる架構12と、架構12上に設けられるシリンダジャケット13と、を備えている。エンジン1はまた、シリンダジャケット13内に設けられるシリンダ16と、シリンダ16内に設けられるピストン21と、ピストン21の往復移動に連動して回転する出力軸(後述のクランクシャフト5)と、を備えている。
【0036】
台板11は、エンジン1のクランクケースを構成するものであり、クランクシャフト5と、クランクシャフト5のクランクジャーナル51を回転自在に支持する軸受26と、を収容している。クランクシャフト5には、そのクランクアーム53およびクランクピン52を介して連接棒24の下端部が連結されている。
【0037】
架構12は、一対のガイド板28と、連接棒24と、クロスヘッド25と、を収容している。このうち、一対のガイド板28は、ピストン軸方向に沿って設けられた一対の板状部材からなり、エンジン1の幅方向(
図1の紙面左右方向)に間隔を空けて配置されている。連接棒24は、その下端部がクランクシャフト5に連結された状態で、一対のガイド板28の間に配置されている。連接棒24の上端部24aは、クロスヘッド25を介してピストン棒22の下端部に連結されている。
【0038】
具体的に、クロスヘッド25は、一対のガイド板28の間に配置されており、各ガイド板28に沿って上下方向に摺動する。すなわち、一対のガイド板28は、クロスヘッド25の摺動を案内するように構成されている。クロスヘッド25は、クロスヘッドピン29を介してピストン棒22および連接棒24と接続されている。クロスヘッドピン29は、ピストン棒22に対しては一体的に上下動するよう接続されている一方、連接棒24に対しては、連接棒24の上端部24aを支点として、連接棒24を回動させるように接続されている。
【0039】
また、架構12は、該架構12内の空間を仕切る複数の隔壁27を備える。複数の隔壁27は、クランクシャフト5の中心軸方向(
図1の紙面に直交する方向)に並んで配置される。各隔壁27は、クランクシャフト5の中心軸方向に垂直に延びる板状に形成される。内燃機関幅方向(
図1の紙面左右方向)における隔壁27の両端部は、それぞれ、ガイド板28に溶接されている。また、隔壁27の下端部には切欠27aが設けられている。隔壁27の下端部は、クランクシャフト5、特にクランクジャーナル51の上半部に対し、上下方向に間隔を空けて相対する。
【0040】
シリンダジャケット13は、内筒としてのシリンダライナ14を支持する。シリンダライナ14の内部には、前述のピストン21が配置されている。このピストン21は、シリンダライナ14の内壁に沿って上下方向に往復移動する。シリンダカバー15は、シリンダライナ14とともにシリンダ16を構成している。
【0041】
また、シリンダカバー15には、不図示の同弁装置によって作動される排気弁18が設けられている。排気弁18は、シリンダライナ14およびシリンダカバー15から構成されるシリンダ16、並びに、ピストン21の頂面とともに燃焼室17を区画している。排気弁18は、その燃焼室17と排気管19との間を開閉するものである。排気管19は、燃焼室17に通じる排気口を有しており、排気弁18は、その排気口を開閉するように構成されている。
【0042】
また、シリンダカバー15には、燃焼室17に燃料を供給するための燃料噴射弁31が設けられている。燃料噴射弁31は、燃焼室17の室内にディーゼル燃料を噴射する。
【0043】
さらに、本実施形態に係るエンジン1は、燃料噴射弁31にディーゼル燃料を圧送する燃料ポンプ32を備えている。
図1に示すように、燃料ポンプ32は、シリンダ16の近傍にレイアウトされており、不図示の燃料噴射管を介して燃料噴射弁31と流体的に接続されている。
【0044】
エンジン1の運転に際しては、燃焼室17の室内に、燃料噴射弁31からディーゼル燃料が供給されるとともに、シリンダジャケット13等を通じて燃焼用気体が供給される。これにより、燃焼室17内においては、ディーゼル燃料が燃焼用気体によって燃焼する。
【0045】
そして、ディーゼル燃料の燃焼により生じたエネルギーによって、ピストン21は、シリンダライナ14に沿って上下方向に往復移動をする。このとき、排気弁18が作動して燃焼室17が開放されると、燃焼によって生じた排ガスが排気管19に押し出される。また、シリンダライナ14に沿ってピストン21が往復移動することで、シリンダジャケット13からシリンダライナ14内へ燃焼用気体が吸い出されて、これをピストン21が押し込むことで、燃焼室17内に燃焼用気体が新たに導入される。このような行程を繰り返すことで、ディーゼル燃料の燃焼と、シリンダ16内の掃気と、が繰り返し実行される。
【0046】
また、燃焼によってピストン21が往復移動をすると、ピストン21とともにピストン棒22が上下方向に往復移動をする。これにより、ピストン棒22に連結されたクロスヘッド25が、上下方向に往復移動をする。このクロスヘッド25は、連接棒24の回動を許容するようになっており、クロスヘッド25との接続部位を支点として、連接棒24を動作させる。連接棒24の動作に伴って、クランクピン52を介してクランクアーム53が回動し、その回動に応じてクランクシャフト5が回転する。こうして、クランクシャフト5は、ピストン21の往復移動を回転運動に変換し、プロペラ軸とともに船舶のプロペラを回転させる。これにより、船舶が推進する。
【0047】
ところで、プロペラを回転させるためのトルクは、前述のように、クランクシャフト5を介して伝達される。トルク伝達の良否は、クランクシャフト5の形状に左右される。しかしながら、クランクシャフト5の形状次第では、エンジン1が搭載される機関室の肥大化を招く虞がある。
【0048】
本願発明者らは、クランクシャフト5の構造に工夫を凝らすことで、機関室の肥大化を招くことなく、良好なトルク伝達を実現するに至った。
【0049】
以下、クランクシャフト5の構造について詳述する。
【0050】
(2)クランクシャフトの構造
図2はクランクシャフト5の構造を例示する側面図である。また、
図3はクランクアーム53の構造を例示する正面図であり、
図4はその側面図である。なお、
図3は、クランクピン52、ひいてはピストン21が上死点に位置する状態に相当する。対して、
図4は、ピストン21が下死点に位置する状態に相当する。
【0051】
図2に示すように、クランクシャフト5は、主たる構成要素として、複数のクランクジャーナル51と、複数のクランクピン52と、複数のクランクアーム53と、を備えている。これらの構成要素は、クランクシャフト5の中心軸(回転軸A1)方向に沿って、クランクジャーナル51、クランクアーム53、クランクピン52およびクランクアーム53の順番を繰り返すように配置されている。
【0052】
クランクシャフト5は、クランクジャーナル51、クランクピン52およびクランクアーム53のうち、少なくともクランクジャーナル51とクランクアーム53とを焼嵌めによって結合してなる。すなわち、クランクシャフト5は、半組立型または全組立型のクランクシャフトとして構成される。
【0053】
ここで、半組立型のクランクシャフトとは、クランクピンとクランクアームとを一体の部品として製造し、その部品にクランクジャーナルを焼嵌めすることで組み立てられるものをいう。
【0054】
一方、全組立型のクランクシャフトとは、クランクジャーナルとクランクピンとクランクアームとを独立した部品として製造し、各部品を焼嵌めによって結合させたものをいう。
【0055】
特に、
図2に示すクランクシャフト5は、クランクピン52とクランクアーム53とからなる一体の鋼品と、クランクジャーナル51と、を焼嵌めによって結合させた半組立型のクランクシャフトとして構成されている。焼嵌めによって結合させた部位は、
図2の符号Rsを参照されたい。
【0056】
ここで、クランクジャーナル51は、円筒状に形成されている。クランクジャーナル51は、前述のプロペラ軸と同軸の回転軸A1を有する。
図2に示すように、回転軸A1方向におけるクランクジャーナル51の端部は、クランクアーム53の開口部53aに挿入されて焼嵌されようになっている。
【0057】
また、
図1に示した軸受26は、主軸受を構成する金属製の部材(いわゆる、「主軸受メタル」)であって、クランクジャーナル51の上半部(特に、クランクジャーナル51における非焼嵌部の上半部)を回転可能に支持している。軸受26がクランクジャーナル51を支持することで、クランクシャフト5は、クランクジャーナル51の回転軸A1まわりに自転可能となる。
【0058】
また、クランクピン52は、クランクジャーナル51と同様に円筒状に形成されている。クランクピン52は、クランクジャーナル51の回転軸A1に対し平行に延び、かつ該回転軸A1に対してオフセットさせた中心軸A2を有する。前述の連接棒24は、このクランクピン52に連結されている。クランクピン52は、連接棒24から動力を受けて、クランクシャフト5全体を自転させる。
【0059】
また、クランクアーム53は、前述の回転軸A1に直交する板状に形成されている。クランクアーム53は、クランクジャーナル51が挿入される円形状の開口部53aを有する。この開口部53aの中心軸A3は、クランクジャーナル51の回転軸A1に一致する。クランクアーム53は、クランクジャーナル51とクランクピン52とを接続し、クランクジャーナル51およびクランクピン52とともにクランク機構を構成する。
【0060】
以下、開口部53aの中心軸A3に沿ってクランクアーム53を見たとき、換言すれば、
図3に示すようにクランクアーム53を正面視したときに、クランクピン52の中心軸A2と開口部53aの中心軸A3とを結んだ方向を第1方向とし、その第1方向に直交する方向を第2方向とする。また、
図4に示すようにクランクアーム53を側面視したときに、開口部53aの中心軸A3に沿って延びる方向を第3方向とする。
【0061】
具体的に、第1方向は、
図3の紙面上下方向に相当する。第2方向は、
図3の紙面左右方向に相当する。第3方向は、
図3の紙面を貫く方向に相当する。以下、第1方向のうち、クランクピン52の中心軸A2から開口部53aの中心軸A3へ向かう方向を「下方」と呼称し、その反対方向を「上方」と呼称する場合がある。
【0062】
図3に示すように、クランクシャフト5に係る径方向の外方(換言すれば、
図3の紙面に沿って回転軸A1から離間する方向)に面するクランクアーム53の外面53bは、第2方向の寸法に比して、第1方向の寸法が長く形成される。
【0063】
そして、クランクアーム53の外面53bのうち、第1方向においてクランクピン52よりも開口部53aに近接する部位の外面を第1外壁面53cと呼称すると、この第1外壁面53cの少なくとも一部は、下方に向かって膨出した円弧状に形成される。
【0064】
本実施形態では、第1外壁面53cは、クランクアーム53の外面53bのうち、開口部53aの中心軸A3と同じ高さに位置する部位から下方に位置する部位にかけての外面に相当する。本実施形態に係る第1外壁面53cは、その全体が円弧状に形成される。
【0065】
図3に示すように、開口部53aの中心軸A3は、第1外壁面53cの中心軸A4に対し、第1方向に沿ってクランクピン52から離間する方向(下方)にオフセットするようになっている。
【0066】
ここで、開口部53aの中心軸A3に沿ってクランクアーム53を見たときに、開口部53aの中心軸A3からクランクアーム53の外面53bまでの寸法と、開口部53aの内半径と、の差分を開口部53a周辺の厚みとすると、その開口部53a周辺の厚みのうち、第2方向における厚みは、第1方向において開口部53aを挟んでクランクピン52の反対側に位置する部位(換言すれば、第1方向において開口部53aの下方、特に開口部53aの中心軸A3の真下に位置する部位)の厚みよりも大きい。以下、後者の厚み(第1方向に関連した厚み)を「第1の厚み」と呼称し、前者の厚み(第2方向に関連した厚み)を「第2の厚み」と呼称する。
【0067】
具体的に、第1の厚みをT1とし、第2の厚みをT2とすると、
T1<T2 …(A)
の関係が満足される。言い換えると、第1の厚みT1は、第1方向に沿って見たときの第1外壁面53cの幅に相当し、第2の厚みT2は、第2方向に沿って見たときの第1外壁面53cの幅に相当する。
【0068】
一方、
図3に示すように、本実施形態に係るクランクアーム53の場合、開口部53aの中心軸A3は、第1外壁面53cの中心軸A4に対して下方にオフセットするように構成されている。このように構成することで、第2の厚みT2は略一定に保たれつつ、第1の厚みT1は縮小されて、前記(A)の関係が満足されることになる。なお、開口部53aの中心軸Aのオフセット量は、第1の厚みT1から第2の厚みT2を減算してなる差分に等しい。
【0069】
さらに、開口部53aの内半径をRとすると、
T1<R …(B)
R<T2 …(C)
の関係が満足される。すなわち、第1の厚みT1は、開口部53aの内半径Rよりも小さい。対して、第2の厚みT2は、開口部53aの内半径Rよりも大きい。
【0070】
また、
図4に示すように、第3方向においてクランクジャーナル51に面する側面を表面53dと呼称し、クランクピン52に面する側面を裏面53eと呼称すると、その裏面53eには切欠53fが設けられている。
【0071】
詳しくは、本実施形態に係る切欠53fは、開口部53aよりも下方に配置されており、裏面53eの下端に至るまで形成されている。この切欠53fは、第1方向に沿って下方に向かうにつれて、第3方向に沿って裏面53e側から表面53dに向かうように傾斜した傾斜面をなす。
【0072】
図4の鎖線に例示したように、クランクアーム53に設けた切欠53fは、クランクピン52、ひいてはピストン21が下死点にあるときに、連接棒24の上端部24aと間隔を空けて相対するようになっている。切欠53fを設けることで、前記上端部24aとの間隔をより長く確保することができ、ひいては、クランクアーム53と連接棒24との干渉を抑制することができる。
【0073】
(3)軸受の着脱について
図6は、軸受26の取出手順を説明する図である。まず、
図4に戻ると、同図に示すように、軸受26は、隔壁27の下端部に設けた切欠27aと、クランクジャーナル51の上半部と、の間のスペースSに配置されるようになっている。
【0074】
図6に示すように、軸受26は、エンジン1のピストン21が上死点に比して下死点に近接した状態にあるときに、チェンブロック61,62によって吊り上げられて取り外される。その際、軸受26は、クランクアーム53のうち、特に第1の厚みT1に対応する部位の直上方を通過することになる。
【0075】
(4)クランクアームの構造について
図5は、クランクアーム53の従来例を示す
図3対応図である。
図5に示すように、従来のクランクアーム53’の場合、クランクジャーナルが挿入されるべき開口部53a’の中心軸A3’は、円弧状に形成された第1外壁面53c’の中心軸A4’と同軸になるように構成されていた。このように構成した場合、開口部53a’周辺の厚みは、略一定となる。すなわち、開口部53a’周辺の厚みのうち、第1の厚みT1と同様に定義された厚みをT1’とし、第2の厚みT2と同様に定義された厚みをT2’とすると、従来のクランクアーム53’は
T1’=T2’ …(4)
の関係を満足することになる。従来例において、クランクアーム53’の剛性を高めるためには、例えば、厚みT1’およびT2’を従来よりも長く設計することが考えられる。
【0076】
しかしながら、そのように設計した場合、連接棒24等、エンジン1を構成する他の部材と、クランクアーム53’との干渉が懸念される。そうした干渉を抑制するためには、エンジン1をより高く設計することが求められるため、機関室の肥大化を招くことになる。機関室の肥大化は、特に舶用のエンジン1には不都合である。
【0077】
対して、本実施形態によれば、開口部53a周辺の厚みのうち、第2の厚みT2に比して第1の厚みT1を小さくすることで、長手方向(第1方向)におけるクランクアーム53の寸法を短くすることができる。
図4に例示したように、第1の厚みT1は、クランクピン52が下死点にあるときに、連接棒24と接近する部位の厚みに相当する。そのため、第1の厚みT1を相対的に小さくすることで、クランクアーム53と、エンジン1を構成する種々の部品のうち、特に連接棒24と、の干渉が抑制される。その結果、エンジン1をより低く設計することができるようになり、機関室の肥大化を抑制することが可能となる。
【0078】
その一方で、第1の厚みT1に比して第2の厚みT2を大きくすることで、クランクアーム53の剛性を高め、その変形を抑制することができる。この第2の厚みT2は、クランクシャフト5の中心軸方向(回転軸A1に沿った方向)の板厚ではなく、その中心軸方向に直交する方向(具体的には第2方向)の厚みに相当する。そのため、第2の厚みT2を相対的に大きくすることで、エンジン1ひいては機関室の肥大化を抑制しつつ、クランクアーム53の剛性を高めることができる。クランクアーム53の剛性を高めることで、トルク伝達時のクランクアーム53の変形を抑制し、クランクジャーナル51と軸受け26との間の片当りを避けることが可能となる。これにより、軸受26の損傷を抑制することができる。
【0079】
このように、本実施形態によれば、機関室の肥大化を招くことなく、良好なトルク伝達と、軸受26の損傷抑制と、を実現することができる。
【0080】
また、
図3に例示したように、第1外壁面53cの曲面形状に工夫を凝らさずとも、開口部53aの中心軸A4を第1方向に沿ってオフセットさせるだけで、第1の厚みT1と、第2の厚みT2と、を相違させることができる。これにより、製造コストの増大を抑制することができる。
【0081】
また、本願発明者らが鋭意検討した結果、得られた知見によれば、前記関係(B)が満足されるようにクランクアーム53を設計することで、開口部53aの内半径R、ひいてはクランクアーム53とクランクジャーナル51との焼嵌め代Rsを最低限確保することができる。その結果、より良好なトルク伝達を実現することができるようになる。
【0082】
また、本願発明者らがさらに鋭意検討した結果、得られた知見によれば、前記関係(C)が満足されるようにクランクアーム53を設計することで、クランクアーム53の剛性を十分に確保することができる。その結果、より良好なトルク伝達を実現することができるようになる。
【0083】
また、
図4および
図6に例示したように、クランクピン52が上死点に比して下死点に近接した状態にあるとき、クランクアーム53は、第1の厚みT1に対応する部位を上方ないし斜め上方に向けた姿勢となる。したがって、第1の厚みT1を相対的に小さくすることで、クランクジャーナル51の上半部と、隔壁27の下端部(切欠27a)と、の間のスペースSを通じて軸受26を着脱しようとしたときに、軸受26とクランクアーム53との干渉を抑制することができる。
【符号の説明】
【0084】
1 舶用エンジン
11 台板
12 架構
24 連接棒
26 軸受
27 隔壁
5 クランクシャフト
51 クランクジャーナル
52 クランクピン
53 クランクアーム
53a 開口部
53b クランクアームの外面
53c 第1外壁面
A1 クランクジャーナルの中心軸
A2 クランクピンの中心軸
A3 開口部の中心軸
A4 第1外壁面の中心軸
R 開口部の内半径
T1 第1の厚み
T2 第2の厚み