(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-07
(45)【発行日】2024-05-15
(54)【発明の名称】動力伝達機構及び動力伝達用ワイヤロープ
(51)【国際特許分類】
F16C 1/12 20060101AFI20240508BHJP
D07B 1/06 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
F16C1/12
D07B1/06 Z
(21)【出願番号】P 2022055701
(22)【出願日】2022-03-30
【審査請求日】2022-07-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田牧 清治
(72)【発明者】
【氏名】清水 涼矢
(72)【発明者】
【氏名】大平 昌幸
【審査官】鈴木 貴晴
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-001712(JP,A)
【文献】特開平11-269786(JP,A)
【文献】特開2002-186624(JP,A)
【文献】特開2005-213683(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 1/00- 1/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力伝達用ワイヤロープと管状のガイド部材の組み合わせからなり、前記ワイヤロープは前記管状のガイド部材に導通されて使用される動力伝達機構であって、
前記ワイヤロープは、撚り合わされた複数の素線から形成されるストランドを有し、
前記ストランドは、前記ガイド部材の内周と摺動する摺動部分を有しており、且つ前記摺動部分を含むストランドの外周に、以下の条件(i)を満たすように、
DLC被膜を被覆している、動力伝達機構。
条件(i):前記ワイヤロープの長さ方向に直交する断面で見て、前記摺動部分の任意の1点Pと該ストランドの中心点Cとを半径としたストランドの外周円を設定した際に、該半径を含む直径の長さ方向において、該直径の垂線Aを直径方向に前記Pから中心点Cに向かって、直径の1/5に至るまで移動させたときに、ストランドのうち前記垂線Aが通過した部分に存在するストランドを構成する素線の外周に当たる部分をストランドの外側部分とし、該外側部分から素線同士の接触部およびガイド部材に面していない部分を除いた部分をストランドの最外周部分とし、該ストランドの最外周部分に属する外周表面に
DLC被膜を有する。
【請求項2】
前記
DLC被膜は、前記摺動部分において厚さが0.03μm以上20μm以下である、請求項1に記載の動力伝達機構。
【請求項3】
前記
DLC被膜は、前記摺動部分において、素線の長さ方向に測定した表面粗さRaが3μm以下である、請求項1又は2に記載の動力伝達機構。
【請求項4】
前記動力伝達用ワイヤロープは、直径が0.5mm以上5mm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の動力伝達機構。
【請求項5】
管状のガイド部材と組み合わせて動力伝達機構を構成し、管状のガイド部材に導通されて使用される動力伝達用ワイヤロープであって、
前記ワイヤロープは、撚り合わされた複数の素線から形成されるストランドを有し、
前記ストランドは、前記ガイド部材の内周と摺動する摺動部分を有しており、且つ前記
摺動部分を含むストランドの外周に、以下の条件(i)を満たすように、
DLC被膜を被覆している、動力伝達用ワイヤロープ。
条件(i):前記ワイヤロープの長さ方向に直交する断面で見て、前記摺動部分の任意の1点Pと該ストランドの中心点Cとを半径としたストランドの外周円を設定した際に、該半径を含む直径の長さ方向において、該直径の垂線Aを直径方向に前記Pから中心点Cに向かって、直径の1/5に至るまで移動させたときに、ストランドのうち前記垂線Aが通過した部分に存在するストランドを構成する素線の外周に当たる部分をストランドの外側部分とし、該外側部分から素線同士の接触部およびガイド部材に面していない部分を除いた部分をストランドの最外周部分とし、該ストランドの最外周部分に属する外周表面に
DLC被膜を有する。
【請求項6】
前記
DLC被膜は、前記摺動部分において、厚さが0.03μm以上20μm以下である、
請求項5に記載の動力伝達用ワイヤロープ。
【請求項7】
前記
DLC被膜は、前記摺動部分において、素線の長さ方向に測定して表面粗さRaが3μm以下である、
請求項5又は6に記載の動力伝達用ワイヤロープ。
【請求項8】
前記動力伝達用ワイヤロープは、直径が0.5mm以上5mm以下である、
請求項5~7のいずれか1項に記載の動力伝達用ワイヤロープ。
【請求項9】
DLC被膜を被覆する前の前記ストランドは油を含浸していない、
請求項5~8のいずれか1項に記載の動力伝達用ワイヤロープ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に制動機構や加速機構に用いられる動力伝達機構、及び制動ブレーキ操作やアクセル操作等に用いられる動力伝達用ワイヤロープに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、サイクリング・ツーリングを趣味とする中高年が増えている。また、自転車は特に都市部において、便利な移動手段である。一方、自転車が関わる事故も目立つようになってきている。道路交通法の改正に伴い、自転車が車道を走ることが多くなったことや、歩行者で混雑する道路幅が狭い場所において、自転車走行中に自動車と接触したり、歩行者と衝突したりすることが問題となっている。
事故を避けるためには適切なブレーキ操作が必須であるが、中高年においては、加齢による判断力、運動能力の低下による操作遅れ等を、若者においては注意力欠如による操作遅れ等、をカバーすることが必要である。
【0003】
ブレーキ操作に限らず、アクセルや変速機操作等、動力伝達用に用いるワイヤは、操作性及び応答性に優れるとともに、長期間にわたり安全に使用できる耐久性が要求される。また、導管内部に導通して使用される場合には、その表面に高い摺動性を有することも求められる。
このような状況下、耐久性及び操作性に優れた長寿命のコントロールケーブルとして、引用文献1には、複数本のワイヤストランドを撚り合わせてなり、ケーブル心部の外周は非金属のコーティング材料で被覆されているケーブルが開示されている。
【0004】
また、高い耐久性と摺動性を有するワイヤーケーブルとして、引用文献2には、芯線材と、前記芯線材の周囲に撚り合わされる複数の側方線材とを備えるワイヤーケーブルであって、前記複数の側方線材のうち少なくとも一つが、その外周に樹脂層を備えるワイヤーケーブルが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平8-120579号公報
【文献】特開2014-214763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自転車走行をより安全に行うためには、自転車のブレーキに用いるワイヤロープの応答性の向上が重要である。本発明は、応答性の向上を達成し得る動力伝達機構を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を進め、動力伝達用ワイヤロープと管状のガイド部材の組み合わせからなり、前記ワイヤロープは前記管状のガイド部材に導通されて使用される動力伝達機構であって、前記ワイヤロープは、撚り合わされた複数の素線から形成されるストランドを有し、前記ストランドの外周に特定の条件を満たすように固体潤滑被膜を被覆することで、応答性の向上を達成できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち本発明は、動力伝達用ワイヤロープと管状のガイド部材の組み合わせからなり
、前記ワイヤロープは前記管状のガイド部材に導通されて使用される動力伝達機構であって、
前記ワイヤロープは、撚り合わされた複数の素線から形成されるストランドを有し、
前記ストランドは、前記ガイド部材の内周と摺動する摺動部分を有しており、且つ前記摺動部分を含むストランドの外周に、以下の条件(i)を満たすように、固体潤滑被膜を被覆している、動力伝達機構、である。
条件(i):前記ワイヤロープの長さ方向に直交する断面で見て、前記摺動部分の任意の1点Pと該ストランドの中心点Cとを半径としたストランドの外周円を設定した際に、該半径を含む直径の長さ方向において、該直径の垂線Aを直径方向に前記Pから中心点Cに向かって、直径の1/5に至るまで移動させたときに、ストランドのうち前記垂線Aが通過した部分に存在するストランドを構成する素線の外周に当たる部分をストランドの外側部分とし、該外側部分から素線同士の接触部およびガイド部材に面していない部分を除いた部分をストランドの最外周部分とし、該ストランドの最外周部分に属する外周表面に固体潤滑被膜を有する。
【0009】
前記固体潤滑被膜は、前記摺動部分において、厚さが0.03μm以上20μm以下であることが好ましく、素線の長さ方向に測定した表面粗さRaが3μm以下であることが好ましく、前記動力伝達用ワイヤロープは、直径が0.5mm以上5mm以下であることが好ましい。
また、前記固体潤滑被膜がDLC被膜であることが好ましい。
【0010】
また、本発明の別の形態は、管状のガイド部材と組み合わせて動力伝達機構を構成し、管状のガイド部材に導通されて使用される動力伝達用ワイヤロープであって、前記ワイヤロープは、撚り合わされた複数の素線から形成されるストランドを有し、前記ストランドは、前記ガイド部材の内周と摺動する摺動部分を有しており、且つ前記摺動部分を含むストランドの外周に、以下の条件(i)を満たすように、固体潤滑被膜を被覆している、動力伝達用ワイヤロープ、である。
条件(i):前記ワイヤロープの長さ方向に直交する断面で見て、前記摺動部分の任意の1点Pと該ストランドの中心点Cとを半径としたストランドの外周円を設定した際に、該半径を含む直径の長さ方向において、該直径の垂線Aを直径方向に前記Pから中心点Cに向かって、直径の1/5に至るまで移動させたときに、ストランドのうち前記垂線Aが通過した部分に存在するストランドを構成する素線の外周に当たる部分をストランドの外側部分とし、該外側部分から素線同士の接触部およびガイド部材に面していない部分を除いた部分をストランドの最外周部分とし、該ストランドの最外周部分に属する外周表面に固体潤滑被膜を有する。
固体潤滑被膜を被覆する前の前記ストランドは油を含浸していないことが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
ガイド部材の内周と摺動するストランドの外周に、条件(i)を満たすように固体潤滑被膜を被覆した動力伝達用ワイヤロープを含む動力伝達機構では、動力伝達用ワイヤロープの応答性が向上する。そのため、当該動力伝達機構を自転車のブレーキワイヤに適用することで、ブレーキの応答性が向上し、また制動力も向上することから、制動距離が短縮する。そのため、自転車による事故防止に貢献できる。また、固体潤滑被膜を被覆した撚り線は、摺動性及び被膜の耐剥離性に優れることから、高い耐久性及び信頼性を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】ガイド部材の内周とストランドとの摺動部分を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態は、動力伝達用ワイヤロープと管状のガイド部材の組み合わせからなる動力伝達機構である。動力伝達機構は、動力伝達が要求される装置で用いられ、操作系の動力伝達機構、制動系の動力伝達機構、加速系の動力伝達機構、ガイド系の動力伝達機構などに用いられ得る。応答性に優れた本実施形態の動力伝達機構は、自転車のブレーキ用として、好適に用いられる。
【0014】
動力伝達用ワイヤロープは、管状のガイド部材の内部に導通された形態で使用される。即ち、動力伝達用ワイヤロープは、その外周がガイド部材の内周と摺動し、摺動部分を有する。本実施形態の動力伝達機構は、後述する動力伝達用ワイヤロープを構成するストランドの外周表面のうち、特定の部分が固体潤滑被膜で被覆されることで、摺動性及び被膜の耐剥離性に優れることから、動力伝達機構を含む動力伝達装置に高い信頼性を付与することができる。
【0015】
ガイド部材の形状は管状であれば特に限定されず、典型的には円筒状であるが、断面が矩形状であってもよく、多角柱状であってもよく、不定形であってもよい。また、その材質も特に限定されず、鋳鉄、鋼、銅合金等の合金、ガラス、及び樹脂から選択される1種又は2種以上からガイド部材が形成されていてもよい。
【0016】
ガイド部材は可撓性を有することが好ましく、ガイド部材は可撓性を有する材料から形成されていてもよく、可撓性を有さない管状材料をガイド部材の長手方向に複数連結させることで、ガイド部材に可撓性を持たせてもよい。
【0017】
ガイド部材の内周表面は、動力伝達用ワイヤロープを構成するストランドの外周表面と摺動する被摺動部材となる。ガイド部材の内周表面は、特に限定されず、鋳鉄、鋼、鋼合金、樹脂などから選択される1種又は2種以上から形成されていてもよい。
【0018】
ガイド部材の外径、内径ともに、動力伝達機構の用途や、動力伝達用ワイヤロープの径により適宜設定される。一例として自転車のブレーキワイヤに適用される場合、その外径は通常2.5mm~6mm程度であってよく、その内径は通常1mm~2.5mm程度であってよい。
【0019】
動力伝達用ワイヤロープは、撚り合わされた複数の素線から形成されるストランドを有する。
ストランドは、複数の素線(又は線材とも称する)を撚り合わせた撚線であり、芯線材を有してもよく、有さなくてもよい。ストランドを構成する線材は、動力伝達用ワイヤロープに用いることができる線材であれば特に限定されず、ステンレス鋼線材、鉄系線材、銅系合金線材、コバルト系合金線材、ピアノ線、などが挙げられるが、これらに限られない。
【0020】
ストランドの直径は、その用途により適宜設定されるが、例えば0.5mm以上5mm以下であってよい。例えば、動力伝達用ワイヤロープを自転車のブレーキワイヤに適用する場合には、0.5mm以上3mm以下であることが好ましい。その他の用途に適用される場合には、その用途に応じた直径とすればよい。なお、ストランドの直径は、ストランド延伸方向に対する垂直断面において、最も長い径を採用とする。
【0021】
ストランドは、摺動性を良くするために、油分を含有したり、グリスを塗布する場合があるが、効果は持続せず、定期的なメンテナンスによる、油分の添加やグリス塗布が必要となる。また、ストランドにグリスを塗布することにより、自転車のブレーキワイヤの場
合には自転車のフレーム等が汚れるとの問題もある。
本形態の動力伝達用ワイヤロープでは、ストランドに固体潤滑被膜を被覆するので、摺動性を良くするための油分を含有させること、及び/又はグリス塗布はしなくてもよい。
【0022】
本形態の動力伝達用ワイヤロープが有するストランドの数は特に限定されず、ストランド1本であってもよく、3ストランド(ストランド3本)であってもよく、6ストランドであってもよく、8ストランドであってもよい。また、芯ストランドを有していてもよいし、有していなくてもよい。
【0023】
ストランドは、前記ガイド部材の内周と摺動する摺動部分を有しており、且つ前記摺動部分を含むストランドの外周に、以下の条件(i)を満たすように、固体潤滑被膜を被覆している。
条件(i):前記ワイヤロープの長さ方向に直交する断面で見て、前記摺動部分の任意の1点Pと該ストランドの中心点Cとを半径としたストランドの外周円を設定した際に、該半径を含む直径の長さ方向において、該直径の垂線Aを直径方向に前記Pから中心点Cに向かって、直径の1/5に至るまで移動させたときに、ストランドのうち前記垂線Aが通過した部分に存在するストランドを構成する素線の外周に当たる部分をストランドの外側部分とし、該外側部分から素線同士の接触部およびガイド部材に面していない部分を除いた部分をストランドの最外周部分とし、該ストランドの最外周部分に属する外周表面に固体潤滑被膜を有し、好ましくはその20%以上に、より好ましくはその30%以上に、更に好ましくはその50%以上に、特に好ましくはその全体に、固体潤滑被膜を有する。
このことについて、図を用いて説明する。
【0024】
図1は、動力伝達機構10の断面模式図である。管状のガイド部材11には、複数の素線13が撚り合わされてなるストランド12が、複数導通する。
【0025】
ストランド12は、ガイド部材11の内周と摺動する摺動部分を有する。当該摺動部分の拡大模式図を
図2に示す。
図2中、ガイド部材11の内周と摺動する摺動部分の任意の1点をPとし、該ストランドの中心点をCとする。そして、点Pと点Cとを半径としたストランドの外周円12’を、破線で示す。
ここで、点Pと点Cと結ぶ半径を含む直径の長さ方向において、該直径の垂線A-A’(図中一点鎖線で示す)を直径方向に前記Pから中心点Cに向かって、直径の1/5に至るまで移動させる。即ち、垂線A-A’を、A1-A1’からA2-A2’に移動させる。その際に、ストランドのうち前記垂線A-A’が通過した部分、即ちA1-A1’とA2-A2’との間に存在するストランドを構成する素線の外周に当たる部分をストランドの外側部分とし、該外側部分から素線同士の接触部およびガイド部材に面していない部分を除いた部分をストランドの最外周部分とし、該ストランドの最外周部分に属する外周表面に固体潤滑被膜14を有する。
【0026】
このストランドの最外周部分に属する外周表面は、ガイド部材と摺動する摺動部分であり、当該外周表面の少なくとも一部に、好ましくはその20%以上に固体潤滑被膜14を有することで、動力伝達用ワイヤロープの応答性が向上し、また制動力も向上する。
ストランドの最外周部分に属する外周表面が固体潤滑被膜を有することは、ワイヤロープの断面図を顕微鏡観察することで、確認することができる。
【0027】
固体潤滑被膜は、潤滑性を有する被膜であれば特に限定されないが、無機物質からなる固体潤滑被膜であることが好ましい。
固体潤滑被膜としては、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)被膜、窒化ホウ素(BN)被膜、二硫化モリブデン被膜、二硫化タングステン被膜、グラファイト被膜などがあ
げられるが、フリクションを下げる効果が認められるCrN被膜、金属めっき被膜、TiN被膜、シリカ被膜等も用いることができる。また上記に挙げた成分を主成分とする固体潤滑被膜であってもよい。このうち、DLC被膜であることが、応答性や摺動性の観点から好ましい。
また、固体潤滑被膜は、PTFE、シリコーンなどの樹脂被膜であってもよいが、ガイド管との摺動により樹脂被膜が毛羽立つ、樹脂皮膜が剥がれる、などの場合がある。
【0028】
固体潤滑被膜により被覆された動力伝達用ワイヤロープは、摺動部分において、その表面粗さ(Ra)が3μm以下であることが好ましく、2μm以下であることがより好ましい。下限は特に限定されないが、通常0.03μm以上である。
なお、動力伝達用ワイヤロープの表面粗さは、ストランドを構成する最小単位の1本の素線の外周面を長さ方向にレーザ顕微鏡にて測定した。
表面粗さ(Ra)を上記範囲内とすることで、動き出し荷重が小さくなり、応答性がより向上する。また、低フリクションとなり、摺動性が向上する。
【0029】
表面粗さ(Ra)は、JIS B 0601で規定される、算術平均粗さである。
表面粗さRaを上記範囲とすることは、固体潤滑被膜の表面に対し研磨などの平滑処理を施すことで、達成できる。
【0030】
固体潤滑被膜により被覆された動力伝達用ワイヤロープは、固体潤滑被膜の被膜厚さが0.01μm以上であることが好ましく、0.03μm以上であることが好ましく、0.05μm以上であることがより好ましく、また20μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましい。上記下限以上とすることで耐摩耗性に優れた被膜となり、また上記上限以下とすることで、適度な曲げ剛性を有し且つ被膜の剥離を抑制することができる。なお、固体潤滑被膜の膜厚は、動力伝達用ワイヤロープの断面を顕微鏡観察することで、測定することができる。
【0031】
固体潤滑被膜の形成方法は、ストランドに対して、塗布による被膜形成、含侵による被膜形成、蒸着による被膜形成、スパッタリングによる被膜形成など、公知の被膜形成方法を適用することができる。
【0032】
本実施形態の動力伝達機構は、摺動性に優れる動力伝達用ワイヤロープを用いることから、動力伝達用ワイヤロープとガイド部材との間にグリスなどの潤滑油を保持する必要がない。従って、動力伝達機構は、潤滑油を保持しない形態であってもよい。
【実施例】
【0033】
以下、本発明について、実施例により詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0034】
<動力伝達用ワイヤロープ>
動力伝達用ワイヤロープ(スチール製撚線ワイヤ、φ1.5 mm)に固体潤滑被膜を被覆した。被覆した固体潤滑被膜は、以下の表1のとおりとした。
【0035】
【0036】
なお、比較例2の動力伝達用ワイヤロープは(ポリマー被覆撚線ワイヤロープ)を用いた。
また、実施例のDLC被膜は、以下の方法により被覆した。
【0037】
DLC被膜(実施例1):
動力伝達用ワイヤロープをFCVA(フィルタード カソーディック バキューム アーク)装置内にセットした状態で、装置内を真空排気して減圧した後、基材を加熱した。その後に基材に対してパルスバイアス電圧を-500~-1500Vの範囲で印加した状態で、装置内にアルゴンガスを導入し、アルゴンイオンによりイオンボンバードを行った。
次にFCVA装置内に設置されたスパッタリングユニットを用い、アルゴンガス雰囲気下でワイヤに対してバイアス電圧を-50V~-600Vの範囲に印加した状態で、接着層として厚さ1.0μmのCr層をピストンリング基材上に成膜した。
次にスパッタリングユニットを用い、Cr層上に第一の炭素層を積層した。ワイヤに対してバイアス電圧を-50V~-600Vの範囲内で印加した状態で、カーボンターゲットを用いてアルゴンガス雰囲気下で厚さ0.01μmの第一の炭素層を成膜した。
更に第一の炭素層上に、ワイヤに対してパルスバイアス電圧を-500V~-3000Vの範囲内で印加した状態でカーボンターゲットを用いて、アーク電流50~200Aで放電し、厚さ1μmの第二の炭素層を成膜することで、実施例1に係る固体潤滑被膜を得た。
なお、固体潤滑被膜を有する動力伝達用ワイヤロープの任意の位置の断面数カ所の顕微鏡観察を行ったところ、ストランドの最外周部分に属する外周表面のうち20%以上が固体潤滑被膜により被覆されていることが確認できた。
【0038】
DLC被膜(実施例2):
実施例1において、処理時間等の条件を変えることにより、厚さ10μmの第二の炭素膜を成膜することで、実施例2に係る固体潤滑被膜を得た。
なお、固体潤滑被膜を有する動力伝達用ワイヤロープの任意の位置の断面数カ所の顕微鏡観察を行ったところ、ストランドの最外周部分に属する外周表面のうち30%以上が固体潤滑被膜により被覆されていることが確認できた。
【0039】
<応答性の試験>
上記実施例1及び比較例1~2の動力伝達用ワイヤロープを用い、応答性試験を行った。応答性試験は、動力伝達用ワイヤロープを自転車ブレーキワイヤに適用し、行った。
市販の自転車に上記実施例1及び比較例1~2の動力伝達用ワイヤロープをブレーキワイヤに適用した。そして、ブレーキレバー部及び後輪に9カ所等間隔に取り付けたクランク角度センサの出力から、(1)応答時間Tを評価した。なお、応答時間Tは、ブレーキレバーを握り始めてからセンサが出力するまでの時間とし、10回実施した平均値とした。評価結果を表2に示す。
表2から理解できるように、DLC被膜で被覆した実施例1のワイヤロープは、固体潤滑被膜を有さない比較例1のワイヤロープ、及びポリマー被覆された比較例2のワイヤロープと比較して、応答性が向上した。
【0040】
【0041】
<制動力の試験>
上記実施例1及び比較例1の動力伝達用ワイヤロープを用い、制動力の試験を行った。制動力の試験は、動力伝達用ワイヤロープを自転車ブレーキワイヤに適用し、行った。
市販の自転車に上記実施例1及び比較例1の動力伝達用ワイヤロープをブレーキワイヤに適用した。そして、ブレーキレバー部及び後輪に9カ所等間隔に取り付けたクランク角度センサの出力から、ブレーキレバーのひずみと、ブレーキシューの押付け力と、を測定しその傾きから制動力を算出した。この際、比較例1の傾きを1として実施例1の傾きを算出した。傾きが大きいほど、同じ力であってもブレーキシューのひずみが大きく、制動力が高いといえる。評価結果を表3に示す。
表3から理解できるように、DLC被膜で被覆した実施例1のワイヤロープは、固体潤滑被膜を有さない比較例1のワイヤロープと比較して傾きが大きく、制動力が高かった。
【0042】
【0043】
<制動距離試験>
実施例1及び比較例1の動力伝達用ワイヤロープをブレーキワイヤとして適用した上記自転車を実際に走行し、車速25km/hの時点でブレーキをかけ、その後の制動距離を測定した。結果を表4に示す。
表4から理解できるように、DLC被膜で被覆した実施例1のワイヤロープは、自転車のブレーキワイヤに適用することで、実際に自転車を走行した際に、ブレーキの応答性が向上することで制動距離を短縮できることがわかった。
【0044】
【0045】
<摩擦力評価試験>
図3に示すように、支持板26に支持された、曲率半径が異なる3種類の溝(R=30mmの溝21、R=60mmの溝22、R=100mmの溝23)に沿わせたガイド部材(市販のアウターケーブル)内に実施例1及び比較例1の動力伝達用ワイヤロープを導通させた。導通したワイヤロープの一方の端部におもり25を取り付けて、他方の端部を力センサ24で引き、おもりが動き始めた際の荷重を測定し、その後、おもりの摩擦力を差し引くことでワイヤロープの摩擦力を算出した。なお、
図3中ワイヤロープはR=60の溝22に沿わせたアウター部材に動力伝達用ワイヤロープを導通させた状態を示す図である。それぞれの結果を表5に示す。
表5の結果より、DLC被膜で被覆した実施例1のワイヤロープは、ガイド部材に導通された形態において摺動性に優れることがわかった。
【0046】
【符号の説明】
【0047】
10 動力伝達機構
11 ガイド管
12 ストランド
13 素線
14 固体潤滑被膜
20 摩擦力評価試験装置
21 R=30の溝
22 R=60の溝
23 R=100の溝
24 力センサ-
25 おもり
26 支持板