(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-07
(45)【発行日】2024-05-15
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/38 20060101AFI20240508BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
F16C33/38
F16C19/06
(21)【出願番号】P 2022135962
(22)【出願日】2022-08-29
【審査請求日】2024-02-27
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】辻村 奈央
(72)【発明者】
【氏名】川村 光生
(72)【発明者】
【氏名】坂口 智也
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-169044(JP,A)
【文献】特開2014-159840(JP,A)
【文献】国際公開第2013/081076(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56,33/30-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の転動体を介して相対回転する内輪及び外輪と、前記転動体を個別に収容した複数のポケットが周方向に間隔を空けて設けられた円環状の保持器と、を備え
た転がり軸受において、
中立位置に位置している前記保持器が前記内輪、外輪及び転動体と接触せずに存在可能な位置を、二次元座標上に無数にプロットすることで得られる散布図の外縁部を繋ぐ線で囲まれた領域を保持器可動領域と定義したとき、この保持器可動領域の最小外接円径Reに対する前記保持器可動領域の最大内接円径Riの比Ri/Reが0.900以下であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
複数の前記ポケットのそれぞれを、周方向寸法が互いに異なる大ポケット又は小ポケットで構成することにより、前記比Ri/Reを0.900以下にした請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記大ポケットは複数設けられ、前記大ポケットをひとつ以上並べた大ポケット群が周方向等間隔で配置されている請求項2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記大ポケットと前記小ポケットの周方向寸法差を0.1mm以上とした請求項2又は3に記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
径方向に対向配置された状態で複数の転動体を介して相対回転する一対の軌道輪(内輪及び外輪)と、複数の転動体を周方向に間隔を空けて保持する環状の保持器と、を備えた転がり軸受において、保持器は、通常、径方向及び周方向に移動可能な状態で内外輪間に組み込まれる。従って、中立位置に位置する保持器は、各軌道輪との間に径方向すきまを形成すると共に、転動体の収容部(ポケット)に収容された転動体との間に径方向すきま及び周方向すきまを形成する。上記の軌道輪と保持器の間の径方向すきまは「案内すきま」と、また、上記のポケットと転動体の間の径方向すきま及び周方向すきまは、それぞれ「ポケット径方向すきま」及び「ポケット周方向すきま」とも称される。
【0003】
転がり軸受の作動時(内輪と外輪の相対回転時)には、保持器とそのポケットに収容された転動体の接触に伴って生じる摩擦力により、高速ホワール現象とも称される、異音、振動、トルクの増大、発熱などの不具合、さらには保持器の破断等の致命的な不具合の発生要因である保持器の高速振れ回り現象が発生することがある。
【0004】
そこで、例えば下記の特許文献1においては、保持器に所定のアンバランス量を与えることで保持器を偏心回転可能とし、回転中の保持器の一部を外輪又は転動体に常時接触させることにより、高速ホワール現象の発生、さらにはこれに起因した異音・振動等の不具合発生を可及的に防止するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載されている、高速ホワール現象の発生を防止するための技術手段(発明)は、保持器の案内方式として内輪案内方式を採用する転がり軸受には適さないとされており(同文献の段落0036を参照)、実質的な適用範囲が、保持器の案内方式として外輪案内方式又は転動体案内方式を採用する転がり軸受に制限されている。また、特許文献1に記載されている技術手段は、回転数の増加に伴い接触部の接触面圧が上昇し易いことから、軸受のピッチ円直径[mm]と回転数[rpm]の積で表されるdmn値が所定値を超えるような高速回転タイプの転がり軸受には適さない、とされている。しかしながら、高速ホワール現象は、特許文献1に記載の技術手段の適用が難しいとされている転がり軸受においても生じ得る。
【0007】
係る実情に鑑み、本発明は、保持器の案内方式や軸受の回転数(dmn値)等に関わらず、転がり軸受全般に広く適用できる、高速ホワール現象の防止手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前述したとおり、保持器は通常、径方向及び周方向に移動可能な状態で内外輪間に組み込まれており、保持器の移動範囲は、案内すきま、ポケット径方向すきま、ポケット周方向すきまのうち最も小さいすきまで制限される。従って、軌道輪と各転動体の位置が決まると、ポケットの配置や形状に基づいて幾何学的に保持器中心が存在できる(保持器が外輪、内輪及び転動体と接触することなく移動できる)領域、つまり「保持器可動領域」を推定することができる。そこで、本発明者らは、種々の条件で動力学解析を行ったところ、高速ホワール現象が発生すると認められる解析条件においては、保持器可動領域の形状が、円形、もしくは円に近似する正多角形となる一方、高速ホワール現象が発生しないと認められる解析条件においては、保持器可動領域の形状が、円形、もしくは円に近似する正多角形から乖離した「いびつな形状」になることが判明した。係る知見を、
図10(a)~(d)及び
図11(a)~(d)に示す解析結果に基づいて説明する。
【0009】
まず、
図10(a)、
図10(c)、
図11(a)及び
図11(c)には、それぞれ、内輪を2.5回転させた瞬間における「保持器可動領域」及び「保持器の中心位置」を示しており、
図10(b)、
図10(d)、
図11(b)及び
図11(d)には、それぞれ、可動領域が
図10(a)、
図10(c)、
図11(a)及び
図11(c)に示すものとなる転がり軸受の内輪が10回転する間の保持器中心の移動軌跡を示している。保持器可動領域の形状が、
図10(a)や
図10(c)に示すような円形、あるいは円形に近似する正多角形である場合、高速ホワール現象が発生し、その結果、
図10(b)及び
図10(d)に示すように保持器中心の移動軌跡を示す線が極めて密になった。これに対し、保持器可動領域の形状が
図11(a)や
図11(c)に示すようないびつな形状である場合、高速ホワール現象は発生せず、その結果、
図11(b)及び
図11(d)に示すように保持器中心の移動軌跡を示す線が極めて粗になった。本発明は、係る知見に基づいて創案されたものである。
【0010】
すなわち、上記の目的を達成するために創案された本発明は、複数の転動体を介して相対回転する内輪及び外輪と、転動体を個別に収容した複数のポケットが周方向に間隔を空けて設けられた保持器と、を備え、保持器が内輪、外輪及び転動体と接触せずに存在可能な位置を、二次元座標上に無数にプロットすることで得られる散布図の外縁部を繋ぐ線で囲まれた領域を保持器可動領域と定義したとき、この保持器可動領域の最小外接円径Reに対する保持器可動領域の最大内接円径Riの比Ri/Reが0.900以下であることを特徴とする。
【0011】
上記の比Ri/Reが0.900以下であるということは、保持器可動領域の形状が、円形、あるいは円形に近似する正多角形から乖離したいびつな形状であることを意味する。
そのため、上記構成を有する転がり軸受は、本発明者らの検証結果から、高速ホワール現象の発生を効果的に防止することができる。なお、保持器可動領域の形状をいびつな形状とすることが高速ホワール現象の発生防止に有効である詳細理由を断定することはできないものの、
図11(a)及び
図11(c)に示す解析結果に基づけば、保持器が可動領域のいびつな形状となる位置に変位したときに、高速ホワール現象の駆動力であるポケット面と転動体の間に生じる摩擦力が運動を阻害する方向に働くためであると推察される。言い換えれば、高速ホワール現象を発生させるには、保持器に作用する力の向きが時計の針のように回転し、常に円運動の加速度として働く必要があると考えられ、可動領域の形状をいびつにすればこの作用を妨げることができるものと推察される。
【0012】
また、本発明においては、特許文献1で提案されている技術手段のように保持器の特定の部位が外輪や転動体と常時接触するわけではない。そのため、本発明は、保持器の案内方式に関わらず、様々な転がり軸受に適用することができる。
【0013】
上記構成において、比Ri/Reを0.900以下にするには、例えば、保持器に設けられる複数のポケットのそれぞれを、周方向寸法(周方向の開口寸法)が互いに異なる大ポケット又は小ポケットで構成すれば良い。
【0014】
大ポケットは複数設けることができる。この場合、大ポケットをひとつ以上並べた大ポケット群を周方向等間隔で配置するのが好ましい。例えば転動体個数が10個であるときは、大・大・小・小・小・大・大・小・小・小と配置する。これにより、保持器の質量アンバランスに起因する振動等の問題発生を可及的に防止することができる。
【0015】
大ポケットと小ポケットの周方向寸法差は0.1mm以上とすることができる。つまり、転がり軸受における保持器の高速ホワール現象は、周方向寸法が互いに僅かに異なる大ポケット及び小ポケットを適切に配置するだけで効果的に防止することができる。なお、大ポケットと小ポケットの周方向寸法差は、転動体(ポケット)の総数や軸受サイズ等、種々のパラメータに応じて適宜変更される。
【発明の効果】
【0016】
以上から、本発明によれば、保持器の案内方式や軸受の回転数(dmn値)に関わらず、高速ホワール現象の発生を効果的に防止することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】(a)図は、本発明の実施形態に係る転がり軸受の正面図、(b)図は、同転がり軸受を構成する保持器の部分側面図、(c)図は、(b)図のA-A線矢視概略断面、(d)図は、ポケットに転動体を収容した保持器の部分拡大側面図である。
【
図2】保持器可動領域の求め方を説明するための概念図である。
【
図3】
図1に示す転がり軸受を構成する保持器の可動領域等を示す図である。
【
図4】(a)図は、可動領域の形状が
図3に示すものとなる本実施形態の転がり軸受の内輪が10回転する間の保持器中心の移動軌跡を示す図、(b)図は、内輪が10回転する間の保持器の速度(並進速度)の推移を示す図である。
【
図5】本発明の特徴的構成を有さない比較対象の転がり軸受の保持器可動領域等を示す図である。
【
図6】(a)図は、可動領域の形状が
図5に示すものとなる転がり軸受の内輪が10回転する間の保持器中心の移動軌跡を示す図、(b)図は、内輪が10回転する間の保持器の速度(並進速度)の推移を示す図である。
【
図7】(a)図は、本発明の他の実施形態に係る転がり軸受の保持器可動領域等を示す図、(b)図は、本発明の特徴的構成を有さない比較対象の転がり軸受の保持器可動領域等を示す図である。
【
図8】(a)図は、本発明の他の実施形態に係る転がり軸受の保持器可動領域等を示す図、(b)図は、本発明の特徴的構成を有さない比較対象の転がり軸受の保持器可動領域等を示す図である。
【
図9】(a)図は、本発明の他の実施形態に係る転がり軸受の保持器可動領域等を示す図、(b)図は、本発明の特徴的構成を有さない比較対象の転がり軸受の保持器可動領域等を示す図である。
【
図10】(a)図は、本発明の検討過程で求めた保持器可動領域等を示す図、(b)図は、可動領域が(a)図に示すものとなる軸受の内輪が10回転する間の保持器中心の移動軌跡を示す図、(c)図は、本発明の検討過程で求めた保持器可動領域等を示す図、(d)図は、可動領域が(c)図に示すものとなる軸受の内輪が10回転する間の保持器中心の移動軌跡を示す図である。
【
図11】(a)図は、本発明の検討過程で求めた保持器可動領域等を示す図、(b)図は、可動領域が(a)図に示すものとなる軸受の内輪が10回転する間の保持器中心の移動軌跡を示す図、(c)図は、本発明の検討過程で求めた保持器可動領域等を示す図、(d)図は、可動領域が(c)図に示すものとなる軸受の内輪が10回転する間の保持器中心の移動軌跡を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。なお、方向性を示すために以下使用する「軸方向」、「径方向」及び「周方向」とは、それぞれ、
図1等に示す転がり軸受1の軸心Oと平行な方向、軸心Oを中心とする円の径方向、及び軸心Oを中心とする円の周方向である。
【0019】
図1(a)は、本発明の実施形態に係る転がり軸受1の正面図、
図1(b)は、転がり軸受1を構成する保持器の部分側面図、
図1(c)は、
図1(b)のA-A線矢視概略断面図、
図1(d)は、ポケットに転動体を収容した保持器の部分拡大側面図である。この転がり軸受1は、軸受鋼(高炭素クロム軸受鋼)等の高剛性の金属材料で形成され、径方向に対向配置された一対の軌道輪(内輪2及び外輪3)と、内輪2の外周面2aに形成された内側軌道面と外輪3の内周面3aに形成された外側軌道面の間に転動自在に介在する複数の転動体(ここでは8個のボール4)と、ボール4を周方向に間隔を空けて保持した円環状の保持器5とを備えた、いわゆる玉軸受である。
【0020】
保持器5は、ボール4の数に対応する複数のポケット6を有し、各ポケット6にボール4が1個ずつ収容されている。各ポケット6の内面(ポケット面)6aは径一定の円筒面に形成されている。図示例の保持器5は、樹脂材料の射出成形品からなる樹脂保持器である。但し、保持器5としては、要求特性等に応じて、樹脂保持器以外の保持器、例えば金属材料を所定形状に削り出すことで得られるもみ抜き保持器、あるいは、所定の環状形態にプレス成形(打ち抜き加工)された一対の保持器素材を結合して得られるプレス保持器、が使用される場合もある。
【0021】
保持器5は、内輪2及び外輪3との間に径方向すきまを、また、ポケット6に収容したボール4との間に周方向すきまをそれぞれ形成するように内輪2と外輪3の間に組み込まれている。すなわち、
図1(a)に示すように、保持器5が中立位置に位置しているとき、対向する内輪2の外周面2aと保持器5の内周面5aの間、及び外輪3の内周面3aと保持器5の外周面5bの間には、それぞれ、「案内すきま」とも称される径方向すきま(第1径方向すきまδ1及び第2径方向すきまδ2)が形成され、また、ボール4とポケット面6aの間には「ポケット周方向すきま」とも称される周方向すきまεが形成される[
図1(d)を参照]。これにより、転がり軸受1は滑らかに作動可能である。図示例の転がり軸受1では、第1径方向すきまδ1よりも第2径方向すきまδ2の方が小さく、第2径方向すきまδ2は、例えば直径値で1.2mmとされる。つまり、外輪3の内周面3aの直径寸法は、保持器5の外周面5bの直径寸法よりも1.2mm大きい。
【0022】
各ポケット6は、周方向寸法(直径寸法)Wのみを互いに異ならせた二種類のポケット、すなわち、直径寸法Wが相対的に大きい大ポケット6A、又は直径寸法Wが相対的に小さい小ポケット6Bの何れかで構成される。ここでは、
図1(c)の0時の位置に配置されたポケット6を大ポケット6Aとし、残り7つのポケット6を小ポケット6Bとしている。例えば、直径寸法9.525mmのボール4を使用する場合、大ポケット6Aの直径寸法wは9.925mmに、また小ポケット6Bの直径寸法は9.725mmに設定する。この場合、大ポケット6Aのポケット面6aとボール4の間に形成される周方向すきま(ポケット周方向すきま)εは直径値で0.4mmとなり、小ポケット6Bのポケット面6aとボール4の間に形成される周方向すきまεは直径値で0.2mmとなる。
【0023】
以上の構成を有する転がり軸受1について、「保持器可動領域」、つまり、保持器5が内輪2、外輪3及びボール4と接触せずに存在可能な位置を二次元座標上に無数にプロットすることで得られる散布図の外縁部を繋ぐ線で囲まれた領域、を求めた。「保持器可動領域」を求めるに当たって必要となる、保持器5がボール4と接触せずに存在可能な位置、の求め方を
図2に示す概念図に基づいて説明する。
【0024】
図2は、保持器5の一部、及び当該保持器5のポケットに収容された二個のボール4を抜き出して示す概念図である。同図中の符号Oは軸受中心を、符号Cは保持器5の中心Cを、符号Bはボール4の中心を、符号Pは保持器5のポケット面(ポケットの内面)上の任意の点をそれぞれ示している。なお、符号Bの下付き文字(添え字)、及び符号Pの下付き文字のうちの左側の文字はボール4の番号を示しており、符号Pの下付き文字のうちの右側の文字は、ポケット面を離散化(メッシュ分割)したときのj番目の点、を示している。
【0025】
[第1工程]
まず、ボール4の中心B
iからこのボール4を収容したポケット6の内面上の任意の点P
i,jに向かうベクトルの大きさ(絶対値d)とボール4の半径Dw/2とを比較し、
・上記絶対値dが半径Dw/2よりも大きい場合は、ポケット6の内面上の点P
i,jはボール4と干渉しない、と判定し、
・上記の絶対値dが半径Dw/2以下である場合は、ポケット6の内面上の点P
i,jはボール4と干渉すると判定する。
以降、これと同様の判定作業を他の点Pに対して実行する。
図2に示す例では、符号B
1で示す中心を持つボール4を収容したポケット6の内面上の点P
1,jや点P
1,j+1はボール4と干渉せず、符号B
2で示す中心を持つボール4を収容したポケット6の内面上の点P
2,jや点P
2,j+1はボール4と干渉する、と言える。
そして、f(i,j)=d-Dw/2としたときに、全てのi,jに対してf(i,j)≧0の関係式が成立すれば、そのときの保持器中心Cの位置は、保持器5がボール4と接触せずに存在可能な保持器可動領域上の点であると判定される。
【0026】
[第2工程]
保持器中心Cの位置、及び保持器の位相を変化させ、上記の第1工程で実行した判定作業と同様の判定作業を実行する。そして、選択した保持器中心Cの位置において一つでも上記の「保持器可動領域上の点」と判定される位相があれば、その選択した保持器中心Cの位置は「保持器可動領域上の点」であると判定する。
【0027】
前述した直径寸法を有するボール4、及びポケット6を有する保持器5を使用する場合の可動領域10の形状は、
図3に示すように、正八角形から多少崩れた形状となり、この可動領域10の最小外接円径Reに対する最大内接円径Riの比(=Ri/Re)は0.853である。一方、これとの比較対象として、保持器5の形状のみを部分的に異ならせた転がり軸受、具体的には計8つ設けられるポケット6の全てを上記の小ポケット6Bで構成した保持器5を組み込んだ転がり軸受1における保持器可動領域を求めた。この場合の保持器可動領域10の形状は、
図5に示すような略正八角形となり、この可動領域10の最小外接円径Reに対する最大内接円径Riの比(=Ri/Re)は0.921である。
【0028】
そして、上述した本実施形態の転がり軸受1、及び比較対象の転がり軸受を同一条件で運転したときに、各保持器の中心がどのような移動軌跡を辿るか、また各保持器の移動速度(並進速度)がどのように推移するかを動力学解析により検証した。
図4(a)及び
図4(b)に、本実施形態の転がり軸受1の内輪2が10回転する間の保持器中心の移動軌跡及び速度(並進速度)の推移を、また、
図6(a)及び
図6(b)に、比較対象の転がり軸受の内輪が10回転する間の保持器中心の移動軌跡及び速度(並進速度)の推移をそれぞれ示す。
【0029】
図4(a)と
図6(a)を対比すると、本実施形態の転がり軸受1よりも比較対象の転がり軸受の方が、保持器の移動軌跡を示す線が遥かに密になっている。また、
図4(b)と
図6(b)を対比すると、本実施形態の転がり軸受1では、その運転開始後、時間が経過するにつれて保持器5の並進速度がゼロに収束するように徐々に低下しているのに対し、比較対象の転がり軸受では、その運転開始後、所定時間が経過した段階で保持器の並進速度が急激に高速化し、かつその高速化した状態が継続している。この解析結果から、本実施形態の転がり軸受1においては保持器5の高速ホワール現象が発生しないと認められるのに対し、比較対象の転がり軸受においては保持器の高速ホワール現象が発生すると認められる。
【0030】
また、ポケット6の総数を12、20又は31とした保持器を用いる転がり軸受についても、保持器可動領域10の形状によって高速ホワール現象が発生するか否かを検証した。具体的には、以下示す(1)~(6)の転がり軸受のそれぞれについて保持器可動領域10を求め、保持器可動領域10の最小外接円径Reに対する保持器可動領域10の最大内接円径Riの比Ri/Reを算出した。下記(1)~(6)の転がり軸受における保持器可動領域10、並びに上記の比を、
図7(a)、
図7(b)、
図8(a)、
図8(b)、
図9(a)及び
図9(b)にそれぞれ示す。
(1)ポケットの総数を12とした樹脂保持器のうち、2つのポケットを大ポケットとし、残余のポケットを小ポケットとした転がり軸受。
(2)ポケットの総数を12とした樹脂保持器のうち、1つのポケットのみを大ポケットとし、残余のポケットを小ポケットとした転がり軸受。
(3)ポケットの総数を20とした樹脂保持器のうち、4つのポケットを大ポケットとし、残余のポケットを小ポケットとした転がり軸受。
(4)ポケットの総数を20とした樹脂保持器のうち、3つのポケットを大ポケットとし、残余のポケットを小ポケットとした転がり軸受。
(5)ポケットの総数を31とした樹脂保持器のうち、8つのポケットを大ポケットとし、残余のポケットを小ポケットとした転がり軸受。
(6)ポケットの総数を31とした樹脂保持器のうち、5つのポケットを大ポケットとし、残余のポケットを小ポケットとした転がり軸受。
【0031】
そして、保持器可動領域10の形状が
図7(a)、
図7(b)、
図8(a)、
図8(b)、
図9(a)及び
図9(b)に示すものとなった上記の各転がり軸受について動力学解析を行った。各転がり軸受における保持器中心の移動軌跡等に関する図示は省略するが、保持器可動領域10の形状が
図7(a)、
図8(a)及び
図9(a)に示すものとなった転がり軸受においては保持器の高速ホワール現象が発生しないと認められたのに対し、保持器可動領域10の形状が
図7(b)、
図8(b)及び
図9(b)に示すものとなった転がり軸受においては保持器の高速ホワール現象が発生すると認められた。
【0032】
以上から、保持器可動領域10の最小外接円径Reに対する保持器可動領域10の最大内接円径Riの比Ri/Reを0.900以下、すなわち、保持器可動領域10の形状を、円形、あるいは円形に近似する正多角形から乖離した「いびつな形状」とすれば、保持器5の高速ホワール現象の発生を効果的に防止することができると考えられる。また、係る効果は、保持器5に設けられる複数のポケット6のそれぞれを、周方向寸法が相対的に大きい大ポケット6A、あるいは周方向寸法が相対的に小さい小ポケット6Bで構成する(一部のポケットを、周方向寸法Wが残余のポケットの周方向寸法Wよりも大きいもので構成する)だけで享受することができる。そのため、本発明は、保持器5の案内方式や軸受の回転数(dmn値)等に関わらず転がり軸受全般に広く適用でき、その結果、高速ホワール現象の発生が防止されて異音・振動等が発生し難い静粛な転がり軸受1を実現することが可能となる。
【0033】
なお、保持器5に大ポケット6Aを複数設ける転がり軸受1[例えば、上記(1)(3)及び(5)の転がり軸受]においては、大ポケット6Aをひとつ以上並べた大ポケット群を周方向等間隔で配置するのが好ましい。例えばボール4(ポケット6)の総数が10個である場合は、大・大・小・小・小・大・大・小・小・小の順にポケット6を配置する。これにより、保持器5の質量アンバランスに起因する振動等の問題発生を可及的に防止することができる。
【0034】
以上、本発明の実施形態に係る転がり軸受1について説明したが、本発明の実施の形態はこれに限定されるわけではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更を施すことができる。
【0035】
例えば、転がり軸受1を構成する転動体には、ボール4に替えてころ(円筒ころ、針状ころ等)を用いることも可能である。すなわち、本発明は、玉軸受のみならず、円筒ころ軸受や針状ころ軸受等のころ軸受にも適用可能である。また、保持器5に設けられるポケット6の形状は、
図1(b)に示すような平面視円形に形成される以外に、例えば周方向に沿って長軸が配置された楕円状に形成される場合もある。また、単列軸受のみならず複列軸受にも適用可能である。
【0036】
以上で説明したとおり、本発明は、転がり軸受1を構成する保持器5の高速ホワール現象の発生を効果的に防止し得るものであることから、高速ホワール現象が発生し易い用途等で使用される転がり軸受に特に好ましく適用することができる。
【0037】
例えば、工作機械の主軸や宇宙機器のリアクションホイールを支持するための玉軸受は、使用時に比較的大きな軸方向の予圧を受けている。具体的には、運転中に受ける径方向荷重Frと軸方向荷重Faの比(=Fr/Fa)が3以下である場合が多く、このような場合には高速ホワール現象が特に発生し易い。これは、発明を完成させるに至った際の検証(解析)結果から、転動体の周方向での配置間隔が一定になるほど高速ホワール現象が発生し易いためである。逆に言えば、玉軸受に作用する径方向荷重が軸方向荷重に比べて格段に大きい場合(例えば、上記の比Fr/Faが3を超える場合)には、各転動体(ボール)に進み遅れが生じて転動体の配置間隔が不均一になるため、高速ホワール現象が発生しにくくなる。従って、工作機械の主軸や宇宙機器のリアクションホイールの支持軸受等、下記の式(1)が成立する用途で使用される玉軸受には、本発明を特に好適に適用することができる。
【0038】
【0039】
また、保持器の理論回転数をNc(rpm)、ポケット周方向すきまをc(mm)、保持器質量をm(kg)、軸受内の平均転動体荷重をQ(N)としたとき、下記の式(2)が成立するときには高速ホワール現象が発生し易い。すなわち、下記の式(2)が成立する運転状況では、保持器の遠心力により転動体が外輪の軌道面(外側軌道面)に対して滑り難いため、転動体の等配状態が崩れにくい。従って、本発明は、下記の式(2)が成立する状況で運転される転がり軸受に好適に適用することができる。
【0040】
【0041】
なお、上記の式(2)における、保持器理論回転数Ncは、内輪回転数をNi(rpm)、外輪回転数をNe(rpm)、転動体径をDw(mm)、転動体のピッチ円直径をdp(mm)、軌道面に対する転動体の接触角をα(rad)としたとき、以下の式(3)によって算出することができる。
【0042】
【0043】
以上、本発明に係る転がり軸受1について説明したが、本発明は以上で説明した実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは言うまでもない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、及び範囲内のすべての変更を含む。
【符号の説明】
【0044】
1 転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 ボール(転動体)
5 保持器
6 ポケット
6a ポケット面
10 保持器可動領域
Re 最小外接円径
Ri 最大内接円径