(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】生体用移送装置
(51)【国際特許分類】
A61M 37/00 20060101AFI20240509BHJP
A61K 35/36 20150101ALI20240509BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20240509BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240509BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20240509BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20240509BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20240509BHJP
C12M 1/26 20060101ALN20240509BHJP
【FI】
A61M37/00 514
A61K35/36
A61P17/00
A61P43/00 105
A61L27/36 100
A61L27/36 300
A61L27/38 100
A61L27/40
C12M1/26
(21)【出願番号】P 2020023725
(22)【出願日】2020-02-14
【審査請求日】2023-01-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】岡本 真一
【審査官】竹下 晋司
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-536433(JP,A)
【文献】国際公開第2019/064653(WO,A1)
【文献】米国特許第05846225(US,A)
【文献】特表2010-532219(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 37/00
A61K 35/36
A61P 17/00
A61P 43/00
A61L 27/36
A61L 27/38
A61L 27/40
C12M 1/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内に対象物を配置するための生体用移送装置であって、
複数の可動ユニット
と、
前記複数の可動ユニットの動きを制御する制御部と、を備え、
前記可動ユニットは、1つの方向に沿って延びる1以上の針状部であって、前記対象物を内部に収容可能な筒状を有する前記針状部を備え、
前記複数の可動ユニットは、前記可動ユニットごとに
独立して、前記針状部の延びる方向に沿って移動可能に構成されており、
前記制御部は、前記複数の可動ユニットのうちの少なくとも一部の移動のタイミングを他の前記可動ユニットとは異ならせる
生体用移送装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記針状部を前記生体に進入させるために前記可動ユニットを前記生体に向けて動かすとき、前記複数の可動ユニットのなかで互いに隣り合う前記可動ユニットの移動の停止のタイミングを互いに異ならせる
請求項1に記載の生体用移送装置。
【請求項3】
前記制御部は、前記針状部を前記生体から引き抜くために前記可動ユニットを前記生体から離す方向に動かすとき、前記複数の可動ユニットのなかで互いに隣り合う前記可動ユニットの移動の開始のタイミングを互いに異ならせる
請求項1または2に記載の生体用移送装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記針状部を前記生体に進入させるために前記可動ユニットを前記生体に向けて動かすとき、各可動ユニットの移動の停止のタイミングを他の前記可動ユニットとは異ならせる
請求項1~3のいずれか一項に記載の生体用移送装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記針状部を前記生体から引き抜くために前記可動ユニットを前記生体から離す方向に動かすとき、各可動ユニットの移動の開始のタイミングを他の前記可動ユニットとは異ならせる
請求項1~4のいずれか一項に記載の生体用移送装置。
【請求項6】
前記制御部はさらに、前記針状部に収容された前記対象物の前記針状部からの放出を制御
し、
前記制御部は、すべての前記可動ユニットの前記針状部の前記生体への進入が完了した後に、各針状部から前記対象物を放出させる
請求項1~5のいずれか一項に記載の生体用移送装置。
【請求項7】
前記制御部はさらに、前記針状部に収容された前記対象物の前記針状部からの放出を制御
し、
前記制御部は、前記可動ユニットごとに、前記針状部の前記生体への進入と、前記針状部からの前記対象物の放出と、前記針状部の前記生体からの引き抜きと、を連続して行わせる
請求項1~5のいずれか一項に記載の生体用移送装置。
【請求項8】
前記複数の可動ユニットが備える前記針状部の総計は5つ以上であり、
前記生体用移送装置において、前記針状部は、1cm
2あたり5つ以上の密度で配置されている
請求項1~7のいずれか一項に記載の生体用移送装置。
【請求項9】
皮膚由来幹細胞を含んだ細胞凝集体である前記対象物を、前記生体内に配置するために用いられる
請求項1~8のいずれか一項に記載の生体用移送装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内への対象物の移送に用いられる生体用移送装置に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞群を生体内へ移植するための技術が開発されている。例えば、毛を作り出す器官である毛包の形成に寄与する細胞群を培養し、この細胞群を皮内へ移植することによって、毛髪を再生させることが試みられている。毛髪の良好な再生のためには、移植された細胞群から、正常な組織構造を有して良好な毛髪の形成能力を有する毛包が生じることが望ましい。そこで、こうした毛包を形成可能な細胞群の製造方法について、様々な研究開発が行われている(例えば、特許文献1~3参照)。
【0003】
さらに、培養された細胞群を、培養容器から生体内へ移すためのデバイスである細胞移植装置の開発も進められている(例えば、特許文献4参照)。細胞移植装置は、針状に尖る筒状の構造体である針状部を備え、針状部の内部へ培養容器から細胞群を取り込む。針状部が皮膚等の移植の対象部位を刺した後、針状部の先端から細胞群が放出されることにより、細胞群が生体内に配置される。複数の針状部を備える細胞移植装置であれば、複数の細胞群をまとめて移植することができるため、移植の効率を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2017/073625号
【文献】国際公開第2012/108069号
【文献】特開2008-29331号公報
【文献】国際公開第2019/064653号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、細胞群の移植による組織の再生等の効果の発揮のためには、細胞群の生着率が高いことや生体内において細胞群の活性が好適に維持されることが望ましい。移植の際に生体内にて細胞群が配置される深さは、細胞群の生着率や活性に影響を与える因子の1つである。そのため、予定される細胞群の配置深さと、実際に細胞群が配置される深さとの間のずれが小さいことが好ましい。
【0006】
しかしながら、細胞移植装置が備える針状部の数が多いほど、移植の対象部位は、針状部の刺し抜きの際に、細胞移植装置から大きな押圧力や引張力を受ける。また、近接した範囲で刺し抜きされる針状部の数が多いほど、各針状部が刺さる部分は、周囲の他の針状部の刺し抜きによって生じる押圧力や引張力を受ける。生体の皮膚や臓器は柔軟性や弾力性を有するため、上記押圧力や引張力によって、対象部位には伸び縮みが生じる。その結果、針状部の刺さる深さが予定の深さからずれること等に起因して、細胞群の配置される深さの予定からのずれが大きくなる。
【0007】
こうした課題は、細胞移植装置に限らず、固形薬剤等の対象物を生体の組織表面から組織内部へ送り込むための装置において共通する。
本発明は、対象物の配置深さのずれを抑えることのできる生体用移送装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する生体用移送装置は、生体内に対象物を配置するための生体用移送装置であって、複数の可動ユニットを備え、前記可動ユニットは、1つの方向に沿って延びる1以上の針状部であって、前記対象物を内部に収容可能な筒状を有する前記針状部を備え、前記複数の可動ユニットは、前記可動ユニットごとに、前記針状部の延びる方向に沿って移動可能に構成されている。
【0009】
上記構成によれば、生体用移送装置が備える複数の針状部の間で、針状部が生体に刺さるタイミングや、針状部が生体から引き抜かれるタイミングを異ならせることができる。したがって、生体用移送装置が備えるすべての針状部が同時に生体に刺し抜きされる場合と比較して、生体における移植の対象部位が生体用移送装置から一度に受ける力が小さくなり、また、各針状部の刺さる部分がその周囲での針状部の刺し抜きに起因して受ける力も小さくなる。それゆえ、対象部位の伸縮が抑えられるため、対象物の配置される深さが予定の深さからずれることが抑えられる。
【0010】
上記構成において、前記複数の可動ユニットの動きを制御する制御部を備え、前記制御部は、前記針状部を前記生体に進入させるために前記可動ユニットを前記生体に向けて動かすとき、前記複数の可動ユニットのなかで互いに隣り合う前記可動ユニットの移動の停止のタイミングを互いに異ならせてもよい。
【0011】
上記構成によれば、生体用移送装置が備えるすべての針状部が同時に生体に刺さる場合と比較して、移植の対象部位に同時に刺さる針状部の数が少なくなる。その結果、対象部位が生体用移送装置から一度に受ける荷重が小さくなる。また、互いに隣り合う可動ユニットの移動のタイミングが異なるため、近接した範囲で対象部位に同時に刺さる針状部の数が少なくなる。したがって、各針状部の刺さる部分が、その周囲から受ける引張力が的確に小さくなる。それゆえ、対象部位が伸びて窪むことが抑えられるため、針状部の刺さる深さが、予定の深さに対してずれることが抑えられ、すなわち、対象物の配置される深さが予定の深さからずれることが抑えられる。
【0012】
上記構成において、前記複数の可動ユニットの動きを制御する制御部を備え、前記制御部は、前記針状部を前記生体から引き抜くために前記可動ユニットを前記生体から離す方向に動かすとき、前記複数の可動ユニットのなかで互いに隣り合う前記可動ユニットの移動の開始のタイミングを互いに異ならせてもよい。
【0013】
上記構成によれば、生体用移送装置が備えるすべての針状部が同時に生体から引き抜かれる場合と比較して、移植の対象部位から同時に引き抜かれる針状部の数が少なくなる。その結果、対象部位が生体用移送装置から一度に受ける引張力が小さくなる。また、互いに隣り合う可動ユニットの移動のタイミングが異なるため、近接した範囲で対象部位から同時に引き抜かれる針状部の数が少なくなる。したがって、各針状部が刺さる部分が、その周囲から受ける引張力が的確に小さくなる。それゆえ、対象部位が伸びて引き上げられることが抑えられるため、対象部位の内部に配置された対象物が移動してその深さが予定の深さからずれることが抑えられる。
【0014】
上記構成において、前記複数の可動ユニットの動きを制御する制御部を備え、前記制御部は、前記針状部を前記生体に進入させるために前記可動ユニットを前記生体に向けて動かすとき、各可動ユニットの移動の停止のタイミングを他の前記可動ユニットとは異ならせてもよい。
【0015】
上記構成によれば、対象部位に同時に刺さる針状部の数がより少なくなる。その結果、対象部位が生体用移送装置から一度に受ける荷重がより小さくなり、各針状部の刺さる部分が、その周囲から受ける引張力も小さくなる。それゆえ、対象部位が伸びて窪むことがより抑えられるため、針状部の刺さる深さのずれがより抑えられ、すなわち、対象物の配置される深さのずれがより抑えられる。
【0016】
上記構成において、前記複数の可動ユニットの動きを制御する制御部を備え、前記制御部は、前記針状部を前記生体から引き抜くために前記可動ユニットを前記生体から離す方向に動かすとき、各可動ユニットの移動の開始のタイミングを他の前記可動ユニットとは異ならせてもよい。
【0017】
上記構成によれば、対象部位から同時に引き抜かれる針状部の数がより少なくなる。その結果、対象部位が生体用移送装置から一度に受ける引張力がより小さくなり、各針状部の刺さる部分が、その周囲から受ける引張力も小さくなる。それゆえ、対象部位が伸びて引き上げられることがより抑えられるため、対象物の配置される深さのずれがより抑えられる。
【0018】
上記構成において、前記針状部に収容された前記対象物の前記針状部からの放出を制御する制御部を備え、前記制御部は、すべての前記可動ユニットの前記針状部の前記生体への進入が完了した後に、各針状部から前記対象物を放出させてもよい。
【0019】
上記構成によれば、生体用移送装置において、同時に異なる工程が混在して行われること、例えば、1つの可動ユニットにおける針状部の進入工程と他の可動ユニットにおける対象物の配置工程とが同時に行われることが抑えられる。したがって、生体用移送装置の動作が複雑になることが抑えられ、各工程の実施の安定性が高められる。
【0020】
上記構成において、前記複数の可動ユニットの動き、および、前記針状部に収容された前記対象物の前記針状部からの放出を制御する制御部を備え、前記制御部は、前記可動ユニットごとに、前記針状部の前記生体への進入と、前記針状部からの前記対象物の放出と、前記針状部の前記生体からの引き抜きと、を連続して行わせてもよい。
【0021】
上記構成によれば、工程を1種類ずつ行う形態と比較して、すべての対象物の移送の完了までに要する時間の短縮が可能である。
上記構成において、前記複数の可動ユニットが備える前記針状部の総計は5つ以上であり、前記生体用移送装置において、前記針状部は、1cm2あたり5つ以上の密度で配置されていてもよい。
【0022】
上記構成によれば、複数の針状部が近接して配置されているため、複数の可動ユニットに分割して針状部が備えられ、生体への刺し抜きのタイミングが異なるように制御されることによる効果が高く得られる。
【0023】
上記構成において、皮膚由来幹細胞を含んだ細胞凝集体である前記対象物を、前記生体内に配置するために用いられてもよい。
上記構成によれば、皮膚領域への細胞群の移植に際して、細胞群の配置される深さが予定の深さからずれることが抑えられる。皮膚領域は複数の層から構成されており、細胞群の配置される深さと細胞群の機能の発現とは密接に関係する。したがって、上記生体用移送装置を、皮膚領域への細胞群の移植に用いることで、細胞群の移植による組織の再生等の効果が的確に発揮されやすくなる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、対象物の配置深さのずれを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】生体用移送装置の一実施形態において、生体用移送装置の一例である細胞移植装置の構成を示す図。
【
図2】一実施形態の細胞移植装置が備える針状部の構造の一例を示す図。
【
図3】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における移植物の収容工程を示す図。
【
図4】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における移植物の収容工程を示す図。
【
図5】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における移植物の収容工程を示す図。
【
図6】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の進入工程を示す図。
【
図7】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の進入工程を示す図。
【
図8】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の進入工程を示す図。
【
図9】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の進入工程を示す図。
【
図10】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の進入工程を示す図。
【
図11】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の進入工程を示す図。
【
図12】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の進入工程を示す図。
【
図13】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における移植物の配置工程を示す図。
【
図14】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における移植物の配置工程を示す図。
【
図15】従来の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の進入工程を示す図。
【
図16】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の引抜工程を示す図。
【
図17】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の引抜工程を示す図。
【
図18】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の引抜工程を示す図。
【
図19】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の引抜工程を示す図。
【
図20】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の引抜工程を示す図。
【
図21】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の引抜工程を示す図。
【
図22】一実施形態の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の引抜工程を示す図。
【
図23】従来の細胞移植装置を用いた移植方法における針状部の引抜工程を示す図。
【
図24】一実施形態の細胞移植装置における可動ユニットの移動の推移を示すタイミングチャート。
【発明を実施するための形態】
【0026】
図1~
図24を参照して、生体用移送装置の一実施形態を説明する。本実施形態の生体用移送装置は、細胞の移植に用いられる細胞移植装置に具体化される。
[移植物]
本実施形態の細胞移植装置は、生体へ移植物を移植するために用いられる。移植の対象領域は、皮内および皮下の少なくとも一方、あるいは、臓器等の組織内である。移植物は、細胞群を含む。この移植される対象である細胞群について説明する。
【0027】
移植対象の細胞群は、複数の細胞を含む。細胞群は、凝集された複数の細胞の集合体であってもよいし、細胞間結合により結合した複数の細胞の集合体であってもよい。あるいは、細胞群は、分散した複数の細胞から構成されてもよい。また、細胞群を構成する細胞は、未分化の細胞であってもよいし、分化が完了した細胞であってもよいし、細胞群は、未分化の細胞と分化した細胞とを含んでいてもよい。細胞群は、例えば、細胞塊(スフェロイド)、原基、組織、器官等である。
【0028】
細胞群は、対象領域に配置されることによって、生体における組織形成に作用する能力を有する。こうした細胞群の一例は、皮膚由来幹細胞を含んだ細胞凝集体である。移植対象の細胞群は、例えば、皮内または皮下に配置されることにより、発毛または育毛に寄与する。こうした細胞群は、毛包器官として機能する能力、毛包器官へ分化する能力、毛包器官の形成を誘導もしくは促進する能力、あるいは、毛包における毛の形成を誘導もしくは促進する能力等を有する。また、細胞群は、色素細胞もしくは色素細胞に分化する幹細胞等のように、毛色の制御に寄与する細胞を含んでいてもよい。
【0029】
具体的には、本実施形態における移植対象の細胞群の一例は、原始的な毛包器官である毛包原基である。毛包原基は、間葉系細胞と上皮系細胞とを含む。毛包器官では、間葉系細胞である毛乳頭細胞が、毛包上皮幹細胞の分化を誘導し、これによって形成された毛球部にて毛母細胞が分裂を繰り返すことにより、毛が形成される。毛包原基は、こうした毛包器官に分化する細胞群である。
【0030】
毛包原基は、例えば、毛乳頭等の間葉組織に由来する間葉系細胞と、バルジ領域や毛球基部等に位置する上皮組織に由来する上皮系細胞とを、所定の条件で混合培養することによって形成される。ただし、毛包原基の製造方法は上述の例に限定されない。また、毛包原基の製造に用いられる間葉系細胞と上皮系細胞との由来も限定されず、これらの細胞は、毛包器官由来の細胞であってもよいし、毛包器官とは異なる器官由来の細胞であってもよいし、多能性幹細胞から誘導された細胞であってもよい。
なお、移植物は、細胞群とともに、細胞群の移植を補助する部材を含んでいてもよい。
【0031】
[細胞移植装置]
図1が示すように、細胞移植装置100は、複数の可動ユニット10と、複数の可動ユニット10を囲む外周部30とを備えている。
【0032】
可動ユニット10は、1以上の針状部21と、針状部21を支持する支持部20とを備えている。針状部21は、1つの方向に沿って延びる筒状を有し、言い換えれば、中空の針形状を有する。針状部21の外形は、その先端部が、生体における皮膚等の移植の対象部位を刺すことの可能な形状を有していれば特に限定されない。針状部21の先端部は、例えば、円筒をその延びる方向に対して斜めに切断した形状を有し、尖っている。
【0033】
支持部20は、針状部21の先端部付近を除く部分を取り囲み、針状部21を支持している。言い換えれば、針状部21の先端部付近は、針状部21の延びる方向に沿って、支持部20の先端面から突き出している。例えば、支持部20が有する孔に針状部21が通されることによって、支持部20に針状部21が組み付けられている。可動ユニット10が複数の針状部21を備える場合には、支持部20は複数の針状部21を一括して支持する。複数の針状部21が1つの支持部20に支持されることで、複数の針状部21と支持部20とが一体となって可動ユニット10を構成している。
【0034】
可動ユニット10は、針状部21の延びる方向に沿って移動可能に構成されている。針状部21および支持部20の材料は特に限定されず、これらは、例えば、樹脂や金属から形成されればよい。
【0035】
細胞移植装置100が備える可動ユニット10の数は、2以上であれば特に限定されない。外周部30は、可動ユニット10の集合体の外側を取り囲んでいる。複数の可動ユニット10の配置は特に限定されず、複数の可動ユニット10は、例えば、正方格子や六方格子等の二次元格子状、同心円状、直線状等に規則的に並んでいてもよいし、不規則に並んでいてもよい。また、互いに隣り合う可動ユニット10において、支持部20の先端面同士は、接していてもよいし、離れていてもよい。
【0036】
複数の可動ユニット10において、各可動ユニット10が備える針状部21の数や配置は、同一であってもよいし、同一でなくてもよい。また、複数の可動ユニット10が並んだ状態において、言い換えれば、複数の可動ユニット10から構成される集合体において、細胞移植装置100が備える複数の針状部21は、規則的に並んでいてもよいし、不規則に並んでいてもよい。
図1においては、細胞移植装置100が6つの可動ユニット10を備え、各可動ユニット10が2つの針状部21を備える形態を例示している。6つの可動ユニット10は、図中において紙面に向かって左側から、可動ユニット10a、可動ユニット10b、可動ユニット10c、可動ユニット10d、可動ユニット10e、可動ユニット10fの順に並ぶ。6つの可動ユニット10から構成される集合体において、針状部21は所定の間隔で並んでいる。
【0037】
移植の効率を高めるためには、複数の可動ユニット10が備える針状部21の総計、すなわち、細胞移植装置100が備える針状部21の総計は、5つ以上であることが好ましい。また、細胞移植装置100において、針状部21は、1cm2あたり5つ以上の密度で配置されていることが好ましい。なお、1つの可動ユニット10が備える針状部21の数は、10以下であることが好ましい。
【0038】
細胞移植装置100は、さらに、駆動部40、吸引加圧部41、および、制御部42を備えている。駆動部40は、複数の可動ユニット10を、可動ユニット10ごとに、針状部21の延びる方向に沿って動かす。詳細には、駆動部40は、可動ユニット10を、当該可動ユニット10の針状部21の先端部が外周部30で囲まれる空間内に位置する状態と、当該可動ユニット10の針状部21の先端部が当該空間から飛び出ている状態との間で、外周部30に対して動かす。言い換えれば、駆動部40は、可動ユニット10を、針状部21の先端部が外周部30の先端部よりも突出しない位置と、針状部21の先端部が外周部30の先端部よりも突出する位置との間で動かす。
【0039】
駆動部40は、モーター等の電子部品を含み、制御部42からの制御信号に応じて、複数の可動ユニット10を互いに独立して、すなわち、各可動ユニット10を別々に動かす。
【0040】
吸引加圧部41は、針状部21への移植物の取り込みと放出とを補助する。吸引加圧部41は、針状部21の内部を吸引することによって、移植物を針状部21の内部に取り込ませ、針状部21の内部を加圧することによって、移植物を針状部21から放出させる。
【0041】
吸引加圧部41は、制御部42からの制御信号に応じて、各可動ユニット10の針状部21の吸引および加圧を行う。吸引加圧部41は、可動ユニット10ごとに別々に、針状部21の吸引および加圧を行ってもよいし、複数の可動ユニット10に対して一括して、これらの可動ユニット10が備える針状部21の吸引および加圧を行ってもよい。吸引加圧部41は、吸引および加圧を可能とするシリンジやポンプ等の機構を含み、針状部21内の吸引および加圧が可能なように、各可動ユニット10に接続されている。
【0042】
制御部42は、駆動部40による各可動ユニット10の移動のタイミングを制御する。また、制御部42は、吸引加圧部41による各可動ユニット10の針状部21の吸引および加圧のタイミング、すなわち、針状部21への移植物の取り込みと放出とのタイミングを制御する。制御部42は、これらの制御のための制御信号を生成する制御回路やメモリを含む。具体的には、制御部42は、各種の処理のうちの少なくとも一部の処理を実行する専用のハードウェアである特定用途向け集積回路(ASIC)を備えてもよい。制御部42は、ASICなどの1つ以上の専用のハードウェア回路、コンピュータプログラムであるソフトウェアに従って動作する1つ以上のプロセッサであるマイクロコンピュータ、あるいは、これらの組み合わせ、を含む回路として構成してもよい。
【0043】
図2を参照して、針状部21の詳細な構造の一例を説明する。針状部21は、針状部21の先端部を含む第1管22と、第1管22よりも大きい流路断面積を有する第2管23とを備えている。第1管22と第2管23との各々は、一定の内径を有する円筒状を有し、針状部21の延びる方向に沿って延びる。第1管22の先端部は、針状部21の先端部を構成し、開口部25を有する。第2管23は、第1管22の基端部に接続されている。第1管22の内部空間と第2管23の内部空間とは互いに連通し、1つの流路を構成している。
【0044】
針状部21は、流路断面積が変わる箇所の付近に、留止部24を備えている。留止部24は、針状部21内の流路の途中で当該流路を横断する。留止部24は、留止部24に対して針状部21の先端側から基端側へ、液状体を通す一方で移植物が通ることを抑える。
【0045】
留止部24は、例えば、複数本の繊維がメッシュ状に配置された構成を有し、第1管22の基端部に被せられている。そして、留止部24が被せられた第1管22の基端部が、第2管23の先端部に挿入されている。移植物の通過を抑えることが可能であれば、留止部24を構成する繊維の本数、材質、配置は特に限定されない。
【0046】
なお、針状部21は、
図2に示した構造に限らず、先端部の開口部25から針状部21の内部に移植物を取り入れて、移植物を針状部21の内部に収容することの可能な筒状の構造を有していればよい。ただし、移植の効率を高めるためには、針状部21は、留止部24のように、取り込んだ移植物を針状部21の内部において先端部の付近に留めるための構成を有していることが好ましい。また、針状部21と支持部20とは一体に形成されていてもよい。
【0047】
[移植方法]
細胞移植装置100を用いた移植物の移植方法を説明する。
まず、移植物の収容工程について説明する。
図3が示すように、移植前において、移植物Cgは、培養容器等のトレイ50に保護液Plと共に保持されている。例えば、
図3が示すように、移植物Cgと保護液Plとは、トレイ50が有する凹部51に入れられている。トレイ50における移植物Cgと保護液Plとの保持態様は、凹部51に移植物Cgと保護液Plとが保持される形態に限らず、例えば、トレイ50が有する平面上に移植物Cgと保護液Plとが配置されていてもよい。また、トレイ50は、培養容器とは異なる容器であって、培養容器からトレイ50に移植物Cgが移されてもよい。
【0048】
保護液Plは、細胞の生存を阻害し難い液体であればよく、また、生体に注入された場合に生体に与える影響の小さい液体であることが好ましい。例えば、保護液Plは、生理食塩水、ワセリンや化粧水等の皮膚を保護する液体、あるいは、これらの液体の混合物である。保護液Plは、栄養成分等の添加成分を含んでいてもよい。また、トレイ50が培養容器であって、移植物Cgがトレイ50にて培養される場合、保護液Plは、細胞の培養のための培地であってもよいし、培地から交換された液体であってもよい。移植物Cgと保護液Plとを含む液状体は、低粘度の流体、あるいは、高粘度の流体であり得る。
【0049】
移植物Cgの取り込みに際しては、トレイ50にて、移植物Cgが保護液Plと共に位置する部分に、針状部21の先端部が向けられる。そして、保護液Plと共に移植物Cgが針状部21の開口部25から、針状部21の内部に取り入れられる。例えば、
図3が示すように、トレイ50の凹部51と針状部21との位置が合わせられた後、
図4が示すように、凹部51に針状部21の先端部が入れられる。そして、吸引加圧部41の作動によって、
図5が示すように、保護液Plと共に移植物Cgが開口部25から針状部21の内部に引き込まれる。
【0050】
ここで、開口部25から針状部21の内部に入った移植物Cgは、保護液Plの流れとともに針状部21の内部の流路を留止部24に向けて移動する。留止部24は保護液Plを通すため、保護液Plは、吸引の流れに従って針状部21内を基端側に向けて流れる。一方、留止部24は移植物Cgを通さないため、移植物Cgは、留止部24よりも先端側に留められる。これにより、針状部21の先端部付近に移植物Cgが収容される。移植物Cgの周囲には保護液Plが位置する。移植物Cgが取り込まれると、吸引は停止される。
【0051】
移植物Cgの取り込みは、細胞移植装置100が備えるすべての針状部21についてまとめて行われることが好ましい。すなわち、各針状部21が同時にトレイ50の移植物Cgに向けられ、各針状部21が同じタイミングで吸引されることにより、各針状部21に移植物Cgが取り込まれることが好ましい。これにより、移植物Cgの取り込みの効率が高められる。なお、移植物Cgの取り込みは、針状部21の先端部が外周部30の先端部よりも突出した状態で行われてもよいし、外周部30の先端部よりも突出していない状態で行われてもよい。各針状部21の先端部の位置が揃っていれば、一括した移植物Cgの取り込みが容易である。
【0052】
続いて、移植の対象部位への針状部21の進入工程について説明する。
図6が示すように、各可動ユニット10の位置が、針状部21の先端部が外周部30で囲まれる空間内に位置する状態とされ、細胞移植装置100が、生体の例えば皮膚である移植の対象部位Skに当接される。すなわち、すべての針状部21の先端部よりも外周部30の先端部が突き出ている状態で、細胞移植装置100が対象部位Skに当接される。これにより、対象部位Skの表面に外周部30の先端部が接し、各針状部21は対象部位Skに刺さっていない状態となる。
【0053】
次に、駆動部40の作動によって、複数の可動ユニット10のうちの1つが、当該可動ユニット10の針状部21の先端部が外周部30よりも突出するように、動かされる。すなわち、1つの可動ユニット10が対象部位Skの表面に向けて動かされ、これにより、当該可動ユニット10の針状部21が対象部位Skに刺さる。
図7は、6つの可動ユニット10のうち、図中において紙面に向かって最も左に位置する可動ユニット10aが動かされて、可動ユニット10aの針状部21が対象部位Skに刺さっている状態を示す。
【0054】
同様に、複数の可動ユニット10が1つずつ動かされて、針状部21が可動ユニット10ごとに順に対象部位Skに刺さる。例えば、図中において紙面に向かって左から右へ、1つずつ可動ユニット10が動かされる。すなわち、可動ユニット10aに続いて、
図8が示すように、可動ユニット10aに隣接する可動ユニット10bが動かされて、可動ユニット10bの針状部21が対象部位Skに刺さる。続いて、
図9、
図10、
図11、
図12が順に示すように、可動ユニット10c、可動ユニット10d、可動ユニット10e、可動ユニット10fの順に、可動ユニット10が動かされて、各可動ユニット10の針状部21が対象部位Skに刺さっていく。
図12が示すように、最後の可動ユニット10fが動かされて可動ユニット10fの針状部21が対象部位Skに刺さることにより、すべての可動ユニット10の針状部21の先端部が外周部30の先端部よりも突出する状態となり、細胞移植装置100のすべての針状部21が対象部位Skに刺さった状態となる。
【0055】
このように、各針状部21における対象部位Skに刺さる長さは、外周部30の先端面を基準として、各針状部21のなかで当該先端面よりも突出する部分の長さに規定される。
【0056】
細胞移植装置100のすべての針状部21が対象部位Skに刺さると、移植物Cgの配置工程が行われる。この配置工程について説明する。
図13が示すように、移植物Cgを収容した針状部21が対象部位Skに刺さっている状態で、吸引加圧部41の作動によって、各針状部21の内部が加圧される。その結果、
図14が示すように、針状部21の内部に収容されている移植物Cgは、保護液Plと共に押し出され、開口部25から出る。これにより、対象部位Skの内部である移植の対象領域に移植物Cgが配置される。
【0057】
針状部21からの移植物Cgの放出は、細胞移植装置100が備えるすべての針状部21についてまとめて行われることが好ましい。すなわち、各針状部21が同じタイミングで加圧されることにより、各針状部21から移植物Cgが放出されることが好ましい。これにより、移植の対象領域への移植物Cgの配置の効率が高められる。
【0058】
ここで、従来の細胞移植装置による進入工程および配置工程との比較により、本実施形態の細胞移植装置100の作用を説明する。
図15が示すように、従来の細胞移植装置110は、各々が独立に動かされる可動ユニットを有さず、すべての針状部21が、同時に対象部位Skに刺さる。その結果、細胞移植装置110から対象部位Skに対して一度にかかる荷重が大きくなる。また、近接した範囲で多くの針状部21が対象部位Skに刺さるため、各針状部21が刺さる部分は、周囲に他の針状部21が刺さることに起因した引張力を周囲の部分から受ける。結果として、対象部位Skが伸びて窪みやすい。そのため、針状部21の刺さる深さが、予定の深さに対してずれやすい。
【0059】
生体である対象部位Skの伸びは均一には生じないため、対象部位Skにおける窪みの程度は、針状部21の刺さる位置によってばらつく。そのため、針状部21の刺さる深さのずれは、針状部21ごとに異なるようになるため、従来の細胞移植装置110によっては、針状部21の刺さる深さの補正は困難である。針状部21の刺さる深さにずれが生じると、針状部21の先端部から放出された移植物Cgが配置される深さも、予定の深さからずれる。
【0060】
これに対し、本実施形態の細胞移植装置100においては、複数の針状部21が、複数の可動ユニット10に分割して備えられており、複数の可動ユニット10の針状部21が互いに異なるタイミングで対象部位Skに刺さる。そのため、従来と比較して、対象部位Skに一度に刺さる針状部21の数が少なくなる。その結果、細胞移植装置100から対象部位Skに対して一度にかかる荷重が小さくなり、また、各針状部21が刺さる部分が、その周囲から受ける引張力も小さくなる。それゆえ、対象部位Skが窪むことが抑えられるため、針状部21の刺さる深さが、予定の深さに対してずれることが抑えられる。すなわち、移植物Cgが配置される深さが、予定の深さに対してずれることが抑えられる。さらに、対象部位Skの変形が抑えられることにより、対象部位Skの表面に沿った方向における移植物Cgの配置位置の予定からのずれも抑えられる。
【0061】
また、複数の針状部21の間で、針状部21の刺さる深さのずれにばらつきが生じることが抑えられるため、複数の針状部21によって同一の深さに移植物Cgを配置しようとする場合に、複数の移植物Cgの配置深さにばらつきが生じることも抑えられる。
【0062】
配置工程の次に、対象部位Skからの針状部21の引抜工程が行われる。この引抜工程について説明する。まず、駆動部40の作動により、複数の可動ユニット10のうちの1つが、対象部位Skの表面から離れる方向に動かされる。これにより、当該可動ユニット10の針状部21が対象部位Skから引き抜かれる。可動ユニット10は、針状部21の先端部が外周部30で囲まれる空間内に入る位置まで動かされる。
図16は、6つの可動ユニット10のうち、図中において紙面に向かって最も左に位置する可動ユニット10aが動かされて、可動ユニット10aの針状部21が対象部位Skから引き抜かれた状態を示す。移植物Cgは、対象部位Skの内部に配置されている。
【0063】
同様に、複数の可動ユニット10が1つずつ動かされて、針状部21が可動ユニット10ごとに順に対象部位Skから引き抜かれる。例えば、図中において紙面に向かって左から右へ、1つずつ可動ユニット10が動かされる。すなわち、可動ユニット10aに続いて、
図17が示すように、可動ユニット10aに隣接する可動ユニット10bが動かされて、可動ユニット10bの針状部21が対象部位Skから引き抜かれる。続いて、
図18、
図19、
図20、
図21が順に示すように、可動ユニット10c、可動ユニット10d、可動ユニット10e、可動ユニット10fの順に、可動ユニット10が動かされて、各可動ユニット10の針状部21が対象部位Skから引き抜かれていく。
図21が示すように、最後の可動ユニット10fが動かされて可動ユニット10fの針状部21が対象部位Skから引き抜かれることにより、細胞移植装置100のすべての針状部21が対象部位Skから引き抜かれた状態となる。このとき、すべての可動ユニット10の針状部21の先端部は、外周部30の先端部よりも突出していない。
これにより、
図22が示すように、対象部位Skの内部に移植物Cgが残され、移植物Cgの移植が完了する。
【0064】
ここで、従来の細胞移植装置による引抜工程との比較により、本実施形態の細胞移植装置100の作用を説明する。
図23が示すように、従来の細胞移植装置110は、各々が独立に動かされる可動ユニットを有さないため、すべての針状部21が、同時に対象部位Skから引き抜かれる。その結果、細胞移植装置110から対象部位Skに対して一度に加えられる引張力が大きくなる。また、近接した範囲で多くの針状部21が対象部位Skから抜かれるため、各針状部21が刺さっていた部分は、周囲で他の針状部21が引き抜かれることに起因した引張力を周囲の部分から受ける。結果として、対象部位Skが伸びて細胞移植装置110と共に引き上げられやすい。
【0065】
移植物Cgの配置後に対象部位Skが引き上げられると、対象部位Skの内部で移植物Cgが移動して、移植物Cgの位置する深さが移植物Cgの配置予定の深さからずれやすくなる。対象部位Skにおける伸びの程度は、針状部21の刺さる位置によってばらつくため、従来の細胞移植装置110によっては、移植物Cgの位置する深さのずれを補正することは困難である。
【0066】
これに対し、本実施形態の細胞移植装置100においては、複数の可動ユニット10の針状部21が互いに異なるタイミングで対象部位Skから引き抜かれる。そのため、従来と比較して、対象部位Skから一度に引き抜かれる針状部21の数が少なくなる。その結果、細胞移植装置100から対象部位Skに対して一度に加えられる引張力が小さくなり、また、各針状部21が刺さっていた部分が、その周囲から受ける引張力も小さくなる。それゆえ、対象部位Skが引き上げられることが抑えられるため、配置された移植物Cgが動いてその深さが配置予定の深さに対してずれることが抑えられる。さらに、対象部位Skの変形が抑えられることにより、対象部位Skの表面に沿った方向における移植物Cgの位置のずれも抑えられる。
【0067】
図24は、各可動ユニット10の移動および移植物Cgの放出のタイミングの一例を示す。こうしたタイミングの制御は、制御部42によって行われる。
図24における実線は、対象部位Skの深さ方向における各可動ユニット10の針状部21の先端の位置の推移を示し、minは対象部位Skの表面と対向する位置、maxは対象部位Skに最も深く刺さった位置を示す。針状部21の先端がminの位置にあるとき、針状部21の先端部は、外周部30の先端部よりも突出しておらず、対象部位Skに刺さっていない。針状部21の先端がmaxの位置にあるとき、針状部21の先端部は外周部30の先端部よりも突出し、対象部位Skに刺さっている。maxの位置で針状部21が移植物Cgを放出することにより、移植物Cgが所望の深さに配置されるように、可動ユニット10の移動量や針状部21の長さが設定されている。
【0068】
図24が示すように、細胞移植装置100が対象部位Sk上に配置されると、タイミングt1で可動ユニット10aの移動が開始され、可動ユニット10aの針状部21が対象部位Skへの進入を開始する。可動ユニット10aの針状部21がmaxの位置まで進入したタイミングt2で、可動ユニット10aの移動は停止される一方、可動ユニット10bの移動が開始され、可動ユニット10bの針状部21が対象部位Skへの進入を開始する。同様に、移動中の可動ユニット10の針状部21がmaxの位置まで進入して当該可動ユニット10の移動が停止されるタイミングで、その隣の可動ユニット10の移動が開始される。すなわち、タイミングt3で可動ユニット10cが、タイミングt4で可動ユニット10dが、タイミングt5で可動ユニット10eが、タイミングt6で可動ユニット10fが、隣の可動ユニット10の停止と共に移動を開始する。
【0069】
これにより、可動ユニット10fの針状部21がmaxの位置まで進入したタイミングt7で、すべての可動ユニット10の針状部21の対象部位Skへの進入が完了した状態となる。続いて、タイミングt8で、各針状部21内の加圧が行われることにより、各針状部21から移植物Cgが放出されて、対象部位Skの内部に移植物Cgが配置される。
【0070】
その後、タイミングt9で、可動ユニット10aの移動が開始され、可動ユニット10aの針状部21の対象部位Skからの引き抜きが開始される。可動ユニット10aの針状部21がminの位置まで引き上げられたタイミングt10で、可動ユニット10aの移動は停止される一方、可動ユニット10bの移動が開始され、可動ユニット10bの針状部21の引き抜きが開始される。同様に、移動中の可動ユニット10の針状部21がminの位置まで引き上げられて当該可動ユニット10の移動が停止されるタイミングで、その隣の可動ユニット10の移動が開始される。すなわち、タイミングt11で可動ユニット10cが、タイミングt12で可動ユニット10dが、タイミングt13で可動ユニット10eが、タイミングt14で可動ユニット10fが、隣の可動ユニット10の停止と共に移動を開始する。
【0071】
可動ユニット10fの針状部21がminの位置まで引き上げられたタイミングt15で、すべての可動ユニット10について針状部21の対象部位Skからの引き抜きが完了した状態となり、移植物Cgの移植が完了する。
【0072】
以上のように、1つの可動ユニット10の移動が停止されたタイミングで次の可動ユニット10の移動が開始されるため、1つの可動ユニット10の移動が停止した後に間隔をあけて次の可動ユニット10の移動が開始される場合と比較して、すべての可動ユニット10の移動に要する時間の短縮が可能である。したがって、移植の効率が高められる。
【0073】
また、すべての可動ユニット10の針状部21について進入工程が完了した後に、すべての可動ユニット10の針状部21について配置工程が一括して行われ、その完了後に、各可動ユニット10の針状部21の引抜工程が行われる。したがって、細胞移植装置100が実施している工程は、常に、進入工程か配置工程か引抜工程かの1種類であり、同時に異なる工程が混在すること、例えば、1つの可動ユニット10の進入工程と他の可動ユニット10の配置工程とが同時に実施されることは起こらない。したがって、細胞移植装置100の動作が複雑になることが抑えられ、各工程の実施の安定性が高められる。また、例えば、すべての針状部21についての進入工程や配置工程の後に、これらの工程が的確に完了したかの確認の工程を挟むことも容易である。
【0074】
なお、複数の可動ユニット10の移動のタイミングは、上記例に限られない。上記においては、複数の可動ユニット10が端部から順に動かされる形態を例示したが、可動ユニット10の移動の順番は特に限定されない。例えば、複数の可動ユニット10が同心円状や格子状のように二次元に配列されている場合、配列の中央部から縁部へ向けた順番、あるいは、縁部から中央部に向けた順番で、可動ユニット10が動かされてもよい。あるいは、可動ユニット10が動かされる順番は可動ユニット10の配列に対してランダムであってもよい。また、針状部21の進入工程と引抜工程とで、可動ユニット10が動かされる順番は異なっていてもよい。
【0075】
また、進入工程と引抜工程との各々において、1つの可動ユニット10の移動が完了した後に間隔をあけて次の可動ユニット10の移動が開始されてもよいし、1つの可動ユニット10の移動が完了する前に次の可動ユニット10の移動が開始されてもよい。
【0076】
また、すべての可動ユニット10の移動のタイミングが互いに異なっていなくてもよい。すなわち、複数の可動ユニット10の移動は1つずつ行われなくてもよい。複数の可動ユニット10の一部の移動のタイミングが他と異なっていれば、本実施形態の細胞移植装置100と同数の針状部21を備えてすべての針状部21が同時に対象部位Skに刺し抜きされる従来の細胞移植装置と比較して、移植物Cgの配置深さのずれを抑えることはできる。
【0077】
複数の可動ユニット10のなかで、一部の可動ユニット10が同時に動かされる場合、同時に動かされる可動ユニット10が互いに離れているほど、対象部位Skにおいて各針状部21の刺さる部分が周囲から受ける引張力が小さくなる。したがって、移植物Cgの配置深さのずれが小さくなる。
【0078】
こうした観点から、互いに隣り合う可動ユニット10は、互いに異なるタイミングで動かされることが好ましい。また、同一のタイミングで動かされる可動ユニット10において、最も近接している針状部21間は、4mm以上離れていることが好ましい。もしくは、可動ユニット10において複数の針状部21が規則的に配列されている場合には、同一のタイミングで動かされる可動ユニット10にて最も近接している針状部21間の距離は、可動ユニット10における針状部21の配列間隔の3倍以上であることが好ましい。
【0079】
また、細胞移植装置100は、互いに異なる可動ユニット10に対し、進入工程と配置工程と引抜工程とのうちの異なる工程を同時に実施してもよい。例えば、可動ユニット10ごとに、進入工程と配置工程と引抜工程とが連続して行われ、この一連の工程の開始のタイミングが、可動ユニット10ごとに異なってもよい。すなわち、複数の可動ユニット10について順に進入工程が開始され、進入工程が完了した可動ユニット10から順に配置工程が行われ、配置工程が完了した可動ユニット10から順に引抜工程が行われてもよい。可動ユニット10ごとに進入工程と配置工程と引抜工程とが連続して行われる形態であれば、先の
図24に示したように工程を1種類ずつ行う形態と比較して、すべての移植物Cgの移植の完了までに要する時間の短縮が可能である。
【0080】
以上、上記実施形態によれば、以下に列挙する効果が得られる。
(1)複数の可動ユニット10が、可動ユニット10ごとに、針状部21の延びる方向に沿って移動可能に構成されている。上記構成によれば、細胞移植装置100が備える複数の針状部21の間で、針状部21が生体に刺さるタイミングや、針状部21が生体から引き抜かれるタイミングを異ならせることができる。したがって、すべての針状部21が同時に生体に刺し抜きされる場合と比較して、生体における移植の対象部位Skが細胞移植装置100から一度に受ける力が小さくなり、また、各針状部21の刺さる部分がその周囲での針状部の刺し抜きに起因して受ける力も小さくなる。それゆえ、対象部位の伸縮が抑えられるため、移植物Cgの配置される深さが予定の深さからずれることが抑えられる。
【0081】
(2)制御部42が、針状部21を生体に進入させるために可動ユニット10を生体に向けて動かすとき、複数の可動ユニット10のなかで互いに隣り合う可動ユニット10の移動の停止のタイミングを互いに異ならせる。上記構成によれば、すべての針状部21が同時に生体に刺さる場合と比較して、対象部位Skに同時に刺さる針状部21の数が少なくなる。その結果、対象部位Skが細胞移植装置100から一度に受ける荷重が小さくなる。また、互いに隣り合う可動ユニット10の移動のタイミングが異なるため、近接した範囲で対象部位Skに同時に刺さる針状部21の数が少なくなる。したがって、各針状部21の刺さる部分が、その周囲から受ける引張力が的確に小さくなる。それゆえ、対象部位Skが伸びて窪むことが抑えられるため、針状部21の刺さる深さが、予定の深さに対してずれることが抑えられ、すなわち、移植物Cgの配置される深さが予定の深さからずれることが抑えられる。
【0082】
(3)制御部42は、針状部21を生体から引き抜くために可動ユニット10を生体から離す方向に動かすとき、複数の可動ユニット10のなかで互いに隣り合う可動ユニット10の移動の開始のタイミングを互いに異ならせる。上記構成によれば、すべての針状部21が同時に生体から引き抜かれる場合と比較して、対象部位Skから同時に引き抜かれる針状部21の数が少なくなる。その結果、対象部位Skが細胞移植装置100から一度に受ける引張力が小さくなる。また、互いに隣り合う可動ユニット10の移動のタイミングが異なるため、近接した範囲で対象部位Skから同時に引き抜かれる針状部21の数が少なくなる。したがって、各針状部21の刺さる部分が、その周囲から受ける引張力が的確に小さくなる。それゆえ、対象部位Skが伸びて引き上げられることが抑えられるため、対象部位Skの内部に配置された移植物Cgが移動してその深さが予定の深さからずれることが抑えられる。
【0083】
(4)制御部42は、針状部21を生体に進入させるために可動ユニット10を生体に向けて動かすとき、各可動ユニット10の移動の停止のタイミングを他の可動ユニット10とは異ならせる。上記構成によれば、複数の可動ユニット10が1つずつ動かされるため、対象部位Skに同時に刺さる針状部21の数がより少なくなる。その結果、対象部位Skが細胞移植装置100から一度に受ける荷重がより小さくなり、各針状部21の刺さる部分が、その周囲から受ける引張力も小さくなる。それゆえ、対象部位Skが伸びて窪むことがより抑えられるため、針状部21の刺さる深さのずれがより抑えられ、すなわち、移植物Cgの配置される深さのずれがより抑えられる。
【0084】
(5)制御部42は、針状部21を生体から引き抜くために可動ユニット10を動かすとき、各可動ユニット10の移動の開始のタイミングを他の可動ユニット10とは異ならせる。上記構成によれば、複数の可動ユニット10が1つずつ動かされるため、対象部位Skから同時に引き抜かれる針状部21の数がより少なくなる。その結果、対象部位Skが細胞移植装置100から一度に受ける引張力がより小さくなり、各針状部21の刺さる部分が、その周囲から受ける引張力も小さくなる。それゆえ、対象部位Skが伸びて引き上げられることがより抑えられるため、移植物Cgの配置される深さのずれがより抑えられる。
【0085】
(6)制御部42は、吸引加圧部41による吸引のタイミングを制御することにより、すべての可動ユニット10の針状部21の生体への進入が完了した後に、各針状部21から移植物Cgを放出させる。上記構成によれば、細胞移植装置100において、同時に異なる工程が混在して行われることが抑えられる。したがって、細胞移植装置100の動作が複雑になることが抑えられ、各工程の実施の安定性が高められる。
【0086】
(7)制御部42は、駆動部40および吸引加圧部41の制御により、可動ユニット10ごとに、針状部21の生体への進入と、針状部21からの移植物Cgの放出と、針状部21の生体からの引き抜きとを連続して行わせる。上記構成によれば、細胞移植装置100が工程を1種類ずつ行う形態と比較して、すべての移植物Cgの移植の完了までに要する時間の短縮が可能である。
【0087】
(8)複数の可動ユニット10が備える針状部21の総計は5つ以上であり、細胞移植装置100において、針状部21は、1cm2あたり5つ以上の密度で配置されている。上記構成によれば、複数の針状部21が近接して配置されているため、複数の可動ユニット10に分割して針状部21が備えられ、生体への針状部21の刺し抜きのタイミングが異なるように制御されることによる上記の各効果が高く得られる。
【0088】
(9)移植物Cgが、皮膚由来幹細胞を含んだ細胞凝集体であると、皮膚領域への細胞群の移植に際して、細胞群の配置される深さが予定の深さからずれることが抑えられる。皮膚領域は複数の層から構成されており、細胞群の配置される深さと細胞群の機能の発現とは密接に関係する。したがって、細胞移植装置100を、皮膚領域への細胞群の移植に用いることで、細胞群の移植による組織の再生等の効果が的確に発揮されやすくなる。また、細胞群の移植が発毛や育毛を目的とする場合、多くの細胞群を移植することが求められる場合が多い。こうした細胞群の移植に細胞移植装置100が用いられることで、細胞の移植の効率が大きく高められるとともに、細胞群の機能の発現により発毛や育毛の効果が好適に得られる。
【0089】
[変形例]
上記実施形態は、以下のように変更して実施することが可能である。
・複数の可動ユニット10の移動のタイミングは、進入工程と引抜工程との少なくとも一方で異なっていればよい。すなわち、進入工程と引抜工程とのいずれかにおいては、細胞移植装置100の備える針状部21が同時に対象部位に対して移動してもよい。進入工程と引抜工程との少なくとも一方で複数の可動ユニット10の移動のタイミングが異なっていれば、進入工程と引抜工程との双方ですべての針状部21が同時に刺し抜きされる従来の細胞移植装置と比較して、移植物Cgの配置深さのずれを抑えることはできる。
【0090】
・複数の可動ユニット10において、可動ユニット10の移動量や針状部21の長さは一定でなくてもよい。例えば、対象部位の表面が頭皮のように曲がっていることにより、針状部21の初期位置から、移植物Cgが配置される予定の深さまでの距離が、複数の針状部21において一定ではないとき、一部の可動ユニット10の移動量を他と異ならせることで、各針状部21を移植物Cgの配置される予定の深さまで進入させてもよい。さらに、移植物Cgが配置される予定の深さ、すなわち、針状部21の刺さる予定の深さは、複数の針状部21において一定でなくてもよい。
【0091】
・外周部30は、複数の可動ユニット10の外周の全周を囲んでいなくてもよい。外周部30は、例えば対象部位に接することにより、可動ユニット10の移動に際しての基準位置を規定可能に構成されていればよい。
【0092】
・移植対象の細胞群は、発毛または育毛に寄与する細胞群でなくてもよく、生体内に配置されることによって、所望の効果を発揮する細胞群であればよい。例えば、移植対象の細胞群は、皮膚における皺の解消や保湿状態の改善等、美容用途での効果を発揮する細胞群であってもよい。さらに、生体用移送装置が生体内へ移送する対象物は、細胞群に限らず、薬剤等の固形物であってもよい。
【符号の説明】
【0093】
Cg…移植物、Pl…保護液、Sk…対象部位、10,10a,10b,10c,10d,10e,10f…可動ユニット、20…支持部、21…針状部、22…第1管、23…第2管、24…留止部、25…開口部、30…外周部、40…駆動部、41…吸引加圧部、42…制御部、50…トレイ、51…凹部、100,110…細胞移植装置。