IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ジェイテクトの特許一覧

<>
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図1
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図2
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図3
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図4
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図5
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図6
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図7
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図8
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図9
  • 特許-工作機械に関する安定限界解析装置 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】工作機械に関する安定限界解析装置
(51)【国際特許分類】
   B23Q 15/12 20060101AFI20240509BHJP
   G05B 19/404 20060101ALI20240509BHJP
【FI】
B23Q15/12 A
G05B19/404 K
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020087179
(22)【出願日】2020-05-19
(65)【公開番号】P2021181136
(43)【公開日】2021-11-25
【審査請求日】2023-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】110000604
【氏名又は名称】弁理士法人 共立特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松尾 優大
(72)【発明者】
【氏名】橋本 高明
(72)【発明者】
【氏名】久保 詩織
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-74569(JP,A)
【文献】特開2015-188993(JP,A)
【文献】特開2017-138225(JP,A)
【文献】特開2013-220479(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 15/12
G05B 19/18 - 19/46
G06F 30/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の構造体により構成される工作機械において工具により工作物を加工する際の安定限界解析装置であって、
前記複数の構造体のそれぞれを剛体とする剛体要素と前記剛体要素を支持する支持要素とにより構成される剛体モデルを記憶する剛体モデル記憶部と、
前記複数の構造体の一部を対象とし且つ曲げモードを表現可能な弾性体モデルを記憶する弾性体モデル記憶部と、
前記剛体モデルを用いた第一基準に対する第一対象構造体の位置および姿勢の変化に関する第一解析の結果と前記弾性体モデルを用いた第二対象構造体の変形に関する第二解析の結果とに基づいて、前記工作機械に関する安定限界解析を行う解析部と、
を備える、工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項2】
前記弾性体モデルは、有限要素法による変形解析を実行するためのモデルであり、
前記弾性体モデルを用いた前記第二解析は、前記有限要素法による変形解析である、請求項1に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項3】
前記弾性体モデルは、前記第二対象構造体として回転体要素を対象とし、前記回転体要素の回転軸線を通る断面を表現した二次元モデルであり、
前記弾性体モデルを用いた前記第二解析は、二次元座標系における解析である、請求項2に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項4】
前記剛体モデルは、三次元モデルであり、
前記剛体モデルを用いた前記第一解析は、三次元座標系における解析である、請求項3に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項5】
前記剛体モデルを構成する前記支持要素は、バネ要素およびダンパ要素を含む、請求項1-4の何れか1項に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項6】
前記弾性体モデルは、前記複数の構造体のうち、前記工具および前記工具を保持する構造体により構成される工具ユニット、および、前記工作物および前記工作物を保持する構造体により構成される工作物ユニット、のうち少なくとも一方のみを対象とする、請求項1-5の何れか1項に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項7】
前記弾性体モデルは、前記工具と前記工具を保持すると共に前記工具と一体的に回転する工具主軸とを含んで構成される前記工具ユニットを対象とする、請求項6に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項8】
前記弾性体モデルは、前記工作物と前記工作物を保持すると共に前記工作物と一体的に回転する工作物主軸とを含んで構成される前記工作物ユニットを対象とする、請求項6または7に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項9】
前記解析部は、
前記第一解析および前記第二解析に、加工により前記工具および前記工作物に相互に作用する加工力を入力し、
前記第一解析の結果として、前記剛体モデルにおいて前記加工力が前記工具および前記工作物に作用した場合に、前記第一基準に対する前記第一対象構造体の相対変位を出力し、
前記第二解析の結果として、前記弾性体モデルにおいて前記加工力が前記工具に作用した場合に、第二基準に対する前記第二対象構造体の所定位置の絶対変位を出力し、
前記第一対象構造体の相対変位と前記第二対象構造体の前記所定位置の絶対変位とを合成した合成変位を算出することにより、前記工作機械に関する安定限界解析を行う、請求項1-8の何れか1項に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項10】
前記工作機械は、
前記工具と、
前記工具を支持すると共に前記工具と一体的に回転する工具主軸と、
前記工具主軸を回転可能に支持する主軸ハウジングと、
を少なくとも備え、
前記弾性体モデルは、前記複数の構造体のうち、前記工具および前記工具主軸により構成される工具ユニットを対象とし、
前記解析部は、
前記第一解析の結果として、前記第一基準としての前記工作物に対する前記第一対象構造体としての前記主軸ハウジングの相対変位を出力し、
前記第二解析の結果として、前記第二基準としての前記主軸ハウジングに対する前記第二対象構造体の前記所定位置としての前記工具の絶対変位を出力し、
前記合成変位として、前記第一基準としての前記工作物に対する前記工具の相対変位を算出することにより、前記工作機械に関する安定限界解析を行う、請求項9に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項11】
前記工具主軸の回転軸線の方向をZ軸方向と定義し、前記Z軸方向に直交する直交2軸をX軸方向およびY軸方向と定義し、
前記解析部は、
前記X軸方向および前記Y軸方向に関し、前記合成変位を算出することにより、前記工作機械に関する安定限界解析を行う、請求項10に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項12】
前記解析部は、
前記Z軸方向に関し、
前記第一解析の結果として、前記第一基準としての前記工作物に対する前記第一対象構造体としての前記工具主軸の相対変位を出力し、
前記工具主軸の相対変位を用いて、前記工作機械に関する安定限界解析を行う、請求項11に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【請求項13】
前記解析部は、前記工具の回転速度と限界切込量とに関する安定限界線図を出力する、請求項1-12の何れか1項に記載の工作機械に関する安定限界解析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械に関する安定限界解析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工具により工作物を加工する工作機械において、びびり現象の発生を抑制することは、工作物の加工精度を良好にするためには重要である。そこで、工具に対するハンマリング試験等により工作機械の周波数応答特性を把握し、工作機械の安定限界解析を行うことが知られている。安定限界解析の結果に基づいて、安定領域に含まれるような加工条件を決定することにより、びびり現象の発生を抑制することが可能となる。
【0003】
ハンマリング試験等は、工作機械の工具主軸が停止した状態で行われるため、実際の加工時とは異なる状態である。そこで、特許文献1には、工具が装着される付近に振動を検出するセンサを配置し、実際の加工時における当該センサの検出値を用いて安定限界解析の条件を設定することが記載されている。また、特許文献2にも、安定限界解析を行うことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-126837号公報
【文献】特開2007-222981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
安定限界解析結果を用いて、びびり現象の発生を抑制するための対策として、加工条件の変更、各構造体および支持要素の設計変更等がある。安定限界解析するための動特性測定方法にハンマリング試験が挙げられる。ハンマリング試験の測定値や実加工時における工具付近の振動には、工具自身の振動に加えて、工具主軸の振動、その他の工作機械の構造体の振動等、種々の振動成分が含まれている。しかし、ハンマリング試験等の測定値からは、周波数領域における各ピークが工作機械のどの部位を原因とする振動であるかを特定できない。従って、びびり現象の原因となる振動モードを把握できず、適切な対策を講じることは容易ではない。びびり現象の原因となる振動モードを把握するためには、機械モデルベースでの解析等が考えられるが、安定限界解析を行うに当たり、解析時間を短くしつつ、解析条件の設定を容易にすることが求められる。
【0006】
本発明は、安定限界解析結果からびびり現象の発生を抑制するための対策を検討可能な工作機械の安定限界解析装置に関して、解析時間を短くしつつ、解析条件の設定が容易である振動解析モデルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る工作機械に関する安定限界解析装置は、複数の構造体により構成される工作機械において工具により工作物を加工する際の安定限界解析装置であって、前記複数の構造体のそれぞれを剛体とする剛体要素と前記剛体要素を支持する支持要素とにより構成される剛体モデルを記憶する剛体モデル記憶部と、前記複数の構造体の一部を対象とし且つ曲げモードを表現可能な弾性体モデルを記憶する弾性体モデル記憶部と、前記剛体モデルを用いた第一基準に対する第一対象構造体の位置および姿勢の変化に関する第一解析の結果と前記弾性体モデルを用いた第二対象構造体の変形に関する第二解析の結果とに基づいて、前記工作機械に関する安定限界解析を行う解析部とを備える。
【0008】
つまり、本発明においては、解析部は、剛体モデルを用いた第一解析の結果と弾性体モデルを用いた第二解析の結果に基づいて、安定限界解析を行っている。ここで、一般に、工作機械全体の変位解析は、剛体モデルを用いた解析により行うことができる。また、工作機械全体の変位解析は、弾性体モデルを用いた解析によっても行うことができる。
【0009】
しかし、剛体モデルのみでの工作機械全体の変位解析は、全ての構造体を剛体要素として表現した解析である。そのため、曲げモードの影響が大きな構造体が存在する場合には、剛体モデルのみでの工作機械全体の変位解析は、高精度な解析結果を得ることができない。
【0010】
一方、弾性体モデルのみでの工作機械全体の変位解析は、全ての構造体に対して曲げモードを含む解析となるため、高精度な解析結果を得ることができる。しかし、弾性体モデルのみでの工作機械全体の変位解析は、多大な解析時間を要する。さらに、弾性体モデルは、解析条件等の設定が容易ではないため、工作機械全体を弾性体モデルで表現するのは、解析条件の設定においても容易ではない。
【0011】
そこで、本発明においては、構造体の一部のみを弾性体モデルとすることにより、弾性体モデルによる第二解析を行うこととした。そして、安定限界解析においては、剛体モデルによる第一解析の結果と弾性体モデルによる第二解析の結果とを併用している。
【0012】
従って、本発明において、解析部による安定限界解析は、剛体モデルのみを用いた場合に比べて、高精度な解析結果を得ることができる。一方、本発明において、解析部による安定限界解析は、弾性体モデルのみを用いた場合に比べて、解析時間を短くすることができると共に、解析条件の設定も容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】工作機械の一例を示す図である。
図2】安定限界解析装置を示す機能ブロック図である。
図3】工具主軸の回転速度と限界切込量との関係を示す安定限界線図である。
図4】剛体モデルの一例を示す図である。
図5】弾性体モデルの一例を示す図である。
図6】解析部による安定限界解析の処理ブロック図である。
図7】解析部による周波数応答解析の処理ブロック図である。
図8】剛体モデルを用いた第一解析および弾性体モデルを用いた第二解析を適用した場合の周波数応答解析の結果(周波数応答特性)を示すグラフであって、工具と工作物との相対的な振動の周波数と機械的コンプライアンスとの関係を示す。
図9】剛体モデルのみを用いた場合の周波数応答解析の結果を示すグラフである。
図10】弾性体モデルのみを用いた場合の周波数応答解析の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(1.工作機械1の例)
安定限界解析装置の対象である工作機械1は、工具Tと工作物Wとを相対的に移動させることにより、工具Tによって工作物Wの加工を行う装置である。さらに、対象の工作機械1は、工具Tと工作物Wとを相対的に移動させるための複数の構造体により構成される。対象の工作機械1は、例えば、マシニングセンタ、旋盤、フライス盤、歯車加工装置、研削盤等の切削または研削を行う工作機械である。
【0015】
工作機械1の一例について、図1を参照して説明する。本例においては、工作機械1は、工具交換を可能なマシニングセンタを例にあげる。特に、工作機械1としてのマシニングセンタは、ギヤスカイビング加工やホブ加工によって、工作物Wに歯形を加工することができる。さらに、工作機械1としてのマシニングセンタは、横形マシニングセンタを基本構成とする。なお、工作機械1は、上記構成を例にあげるが、立形マシニングセンタ等、他の構成を適用することができる。
【0016】
図1に示すように、工作機械1は、例えば、相互に直交する3つの直進軸(X軸,Y軸,Z軸)を駆動軸として有する。ここで、工具Tの回転軸線(工具主軸の回転軸線に等しい)の方向をZ軸方向と定義し、Z軸方向に直交する2軸をX軸方向およびY軸方向と定義する。図1においては、水平方向をX軸方向とし、鉛直方向をY軸方向とする。さらに、工作機械1は、さらに、工具Tと工作物Wとの相対姿勢を変更するための2つの回転軸(B軸およびCw軸)を駆動軸として有する。また、工作機械1は、工具Tを回転するための回転軸としてのCt軸を有する。
【0017】
つまり、工作機械1は、自由曲面を加工可能な5軸加工機(工具主軸(Ct軸)を考慮すると6軸加工機となる)である。ここで、工作機械1は、B軸(基準状態においてY軸回りの回転軸)およびCw軸(基準状態においてZ軸回りの回転軸)を有する構成に代えて、A軸(基準状態においてX軸回りの回転軸)およびB軸を有する構成としてもよいし、A軸およびCw軸を有する構成としてもよい。また、工作機械1は、ギヤスカイビング加工を可能な専用加工機として、駆動軸数を5軸加工機とは異なる構成を有する工作機械を適用することもできる。
【0018】
工具Tは、工作物Wの加工に用いる回転工具である。工具Tは、例えば、エンドミル、ギヤスカイビングカッタ、ホブカッタ等である。本例において、工具Tは、ギヤスカイビング加工により工作物Wに歯形を創成する際に用いるギヤスカイビングカッタを例に挙げて説明する。
【0019】
工作機械1において、工具Tと工作物Wとを相対的に移動させる構成は、適宜選択可能である。本例では、工作機械1は、工具TをY軸方向およびZ軸方向に直動可能とし、工作物WをX軸方向に直動可能とし、さらに工作物WをB軸回転およびCw軸回転可能とする。また、工具Tは、Ct軸回転可能である。
【0020】
工作機械1は、ベッド10と、工作物保持装置20と、工具保持装置30とを備える。ベッド10は、略矩形状等の任意の形状に形成されており、床面に設置される。工作物保持装置20は、工作物Wをベッド10に対して、X軸方向に直動可能とし、B軸回転およびCw軸回転可能とする。工作物保持装置20は、X軸移動テーブル21と、B軸回転テーブル22と、工作物主軸装置23とを主に備える。
【0021】
X軸移動テーブル21は、ベッド10に対してX軸方向に移動可能に設けられる。具体的に、ベッド10には、X軸方向(図1前後方向)へ延びる一対のX軸ガイドレールが設けられ、X軸移動テーブル21は、図示しないリニアモータまたはボールねじ機構によって駆動されることにより、一対のX軸ガイドレールに案内されながらX軸方向へ往復移動する。
【0022】
B軸回転テーブル22は、X軸移動テーブル21の上面に設置され、X軸移動テーブル21と一体的にX軸方向へ往復移動する。また、B軸回転テーブル22は、X軸移動テーブル21に対し、B軸回転可能に設けられる。B軸回転テーブル22には、図示しない回転モータが収納され、B軸回転テーブル22は、回転モータに駆動されることでB軸回転可能となる。
【0023】
工作物主軸装置23は、B軸回転テーブル22に設置され、B軸回転テーブル22と一体的にB軸回転する。工作物主軸装置23は、工作物主軸基台23a、工作物主軸ハウジング23b、および、工作物主軸23cを備える。工作物主軸基台23aは、B軸回転テーブル22の上面に固定されている。
【0024】
工作物主軸ハウジング23bは、工作物主軸基台23aに固定され、B軸中心線に直交するCw軸中心線を中心とする円筒内周面を有する。工作物主軸23cは、工作物主軸ハウジング23bに回転可能に支持される。工作物主軸23cには、工作物Wが着脱可能に保持される。つまり、工作物主軸23cは、工作物Wを工作物主軸ハウジング23bにCw軸回転可能に保持し、工作物Wと一体的に回転する。
【0025】
工作物主軸ハウジング23bの内部には、工作物主軸23cを回転させる回転モータ(図示せず)と、工作物主軸23cの回転角度を検出するエンコーダ等の検出器(図示せず)が設けられる。このように、工作物保持装置20は、工作物Wを、ベッド10に対して、X軸方向へ移動可能とし、且つ、B軸回転およびCw軸回転可能とする。
【0026】
工具保持装置30は、コラム31と、サドル32と、工具主軸装置33とを主に備える。コラム31は、ベッド10に対してZ軸方向に移動可能に設けられる。具体的に、ベッド10には、Z軸方向(図1左右方向)へ延びる一対のZ軸ガイドレールが設けられ、コラム31は、図示しないリニアモータまたはボールねじ機構によって駆動されることにより、一対のZ軸ガイドレールに案内されながらZ軸方向へ往復移動する。
【0027】
サドル32は、コラム31における工作物W側の側面(図1の左側面)であって、Z軸方向に直交する平面に平行な側面に配置される。このコラム31の側面には、Y軸方向(図1の上下方向)へ延びる一対のY軸ガイドレールが設けられ、サドル32は、図示しないリニアモータまたはボールねじ機構に駆動されることで、Y軸方向へ往復移動する。
【0028】
工具主軸装置33は、サドル32に設置されると共に、サドル32と一体的にY軸方向へ移動する。工具主軸装置33は、工具主軸ハウジング33aと、工具主軸33bとを備える。工具主軸ハウジング33aは、サドル32に固定され、Z軸に平行なCt軸中心線を中心とする円筒内周面を有する。工具主軸33bは、工具主軸ハウジング33aに回転可能に支持される。工具主軸33bには、工具Tが着脱可能に保持される。つまり、工具主軸33bは、工具Tを工具主軸ハウジング33aにCt軸回転可能に保持し、工具Tと一体的に回転する。
【0029】
工具主軸ハウジング33aの内部には、工具主軸33bを回転させる工具回転モータ(図示せず)と、工具主軸33bの回転角度を検出するエンコーダ等の検出器(図示せず)とが設けられる。このように、工具保持装置30は、工具Tを、ベッド10に対して、Y軸方向およびZ軸方向に移動可能とし、且つ、Ct軸回転可能に保持する。
【0030】
(2.安定限界解析装置50の構成)
安定限界解析装置50の構成について、図2を参照して説明する。安定限界解析装置50は、上述した工作機械1において工具Tにより工作物Wを加工する際の安定限界を解析する。安定限界解析装置50は、図3に示すような安定限界線図を生成する。
【0031】
安定限界線図は、例えば、工具主軸33bの回転速度(工具Tの回転速度に等しい)と限界切込量との関係を表す線図、または、工作物主軸23cの回転速度(工作物Wの回転速度に等しい)と限界切込量との関係を表す線図等である。本例では、図3に示すように、工具主軸33bが工作物主軸23cよりも曲げ剛性が低いことから、安定限界解析装置50は、工具主軸33bの回転速度と限界切込量との関係を表す安定限界線図を生成する場合を例にあげる。安定限界線図において、限界切込量の上側が不安定領域、下側が安定領域となる。
【0032】
安定限界解析装置50は、剛体モデル記憶部51、弾性体モデル記憶部52、および、解析部53を備える。剛体モデル記憶部51は、解析モデルの1つとして、工作機械1全体を表す剛体モデルM1を記憶する。剛体モデルM1は、工作機械1を構成する複数の構造体のそれぞれを剛体とする剛体要素と、剛体要素を支持する支持要素とにより構成される。
【0033】
弾性体モデル記憶部52は、解析モデルの他の1つとして、工作機械1を構成する複数の構造体の一部を対象とする弾性体モデルM2を記憶する。弾性体モデルM2は、剛体モデルM1と異なり、曲げモードを表現可能なモデルである。例えば、弾性体モデルM2は、有限要素法による変形解析(FEM解析)を実行するためのモデルである。
【0034】
本例では、弾性体モデルM2は、工作機械1の構造体の一部である工具主軸33bおよび工具Tを含む工具ユニットを対象とする。また、弾性体モデルM2は、工具主軸33bのみを対象としてもよい。また、弾性体モデルM2は、上記の他に、工作物主軸23cおよび工作物Wを含む工作物ユニットを対象としてもよい。また、弾性体モデルM2は、工作物主軸23cのみを対象としてもよい。また、弾性体モデルM2は、工具主軸33bや工作物主軸23cの他に、他の構造体を対象とすることもできる。
【0035】
解析部53は、剛体モデルM1および弾性体モデルM2を用いて、工作機械1に関する安定限界解析を行う。ここで、解析部53は、剛体モデルM1のみを用いた解析ではなく、また、弾性体モデルM2のみを用いた解析でもない。つまり、解析部53は、剛体モデルM1による解析結果と弾性体モデルM2による解析結果との両者を利用している。
【0036】
解析部53は、剛体モデルM1を用いた第一解析を行うと共に、弾性体モデルM2を用いた第二解析を行う。第一解析は、工作機械1における第一基準に対する第一対象構造体の位置および姿勢の変化に関する解析である。第二解析は、工作機械1における第二基準に対する第二対象構造体の所定位置の変形に関する解析である。第二解析は、例えば、有限要素法による変形解析である。
【0037】
そして、解析部53は、工作機械1を構成する複数の構造体のうち一部を剛体モデルM1として第一解析を行うと共に、残りの一部を弾性体モデルM2として第二解析を行う。つまり、解析部53は、第一解析と第二解析とを行うことにより、剛体モデルM1および弾性体モデルM2を利用した解析の結果を得ることができる。
【0038】
解析部53は、さらに、第一解析の結果および第二解析の結果に基づいて、工作機械1全体に関する安定限界解析を行う。このように、工作機械1全体に関する安定限界解析においては、剛体モデルM1による第一解析の結果と弾性体モデルM2による第二解析の結果とを併用している。
【0039】
なお、解析部53は、工作物Wと工具Tとの相対移動の複数の軸方向において、全ての軸方向について、第一解析の結果および第二解析の結果に基づいて、工作機械1全体に関する安定限界解析を行うようにしてもよい。この他に、解析部53は、複数の軸方向において、一部の軸方向ついては第一解析の結果および第二解析の結果を用いると共に、残りの軸方向については第一解析の結果のみまたは第二解析の結果のみを用いて、工作機械1全体に関する安定限界解析を行うようにしてもよい。
【0040】
ここで、一般に、工作機械1全体の変位解析は、剛体モデルM1を用いた解析により行うことが可能である。また、工作機械1全体の変位解析は、弾性体モデルM2を用いた解析によっても行うことができる。
【0041】
しかし、剛体モデルM1のみでの工作機械1全体の変位解析は、全ての構造体を剛体要素として表現した解析である。そのため、曲げモードの影響が大きな構造体が存在する場合には、剛体モデルM1のみでの工作機械1全体の変位解析は、高精度な解析結果を得ることができない。
【0042】
一方、弾性体モデルM2のみでの工作機械1全体の変位解析は、全ての構造体に対して曲げモードを含む解析となるため、高精度な解析結果を得ることができる。しかし、弾性体モデルM2のみでの工作機械1全体の変位解析は、多大な解析時間を要する。さらに、弾性体モデルM2は、解析条件等の設定が容易ではないため、工作機械1全体を弾性体モデルM2で表現するのは、解析条件の設定においても容易ではない。
【0043】
これに対して、上述した解析部53による工作機械1全体に関する安定限界解析においては、剛体モデルM1による第一解析の結果と弾性体モデルM2による第二解析の結果とを併用している。従って、解析部53による安定限界解析は、剛体モデルM1のみを用いた場合に比べて、高精度な解析結果を得ることができる。一方、解析部53による安定限界解析は、弾性体モデルM2のみを用いた場合に比べて、解析時間を短くすることができると共に、解析条件の設定も容易となる。
【0044】
(3.剛体モデルM1の例)
剛体モデルM1の一例について図4を参照して説明する。剛体モデルM1は、工作機械1の複数の構造体を剛体要素として表現している。図4における剛体モデルM1は、工作機械1の全ての構造体を剛体要素として表現している。ただし、上述したように、解析部53においては、剛体モデルM1の一部の要素のみを用いた解析となる場合がある。
【0045】
剛体モデルM1は、工作機械1を表す三次元モデルである。剛体モデルM1は、工作機械1を構成する複数の構造体を表す剛体要素と、剛体要素を支持する支持要素とにより構成される。図4において、各剛体要素は、図1に示す工作機械1の各構造体に対応し、各剛体要素には、対応する構造体の符号が付されている。ここで、各剛体要素の形状は、一例であり、必ずしも対応する構造体の形状に合わせた形状でなくてもよい。また、各剛体要素は、対応する構造体の質量、慣性モーメントおよび重心位置に関する情報を含む。
【0046】
支持要素は、剛体要素同士を互いに連結する。支持要素は、バネ要素Sおよびダンパ要素Dを含む。剛体モデルM1において、バネ要素Sおよびダンパ要素Dは、例えば、工作機械1に設けられたリニアガイドや軸受等と対応する位置に配置される。また、バネ要素Sのバネ定数およびダンパ要素Dの減衰係数は、ハンマリング試験等によって得られた振動特性データに基づいて設定される。
【0047】
ここで、図1に示す工作機械1において、サドル32と工具主軸ハウジング33aとは固定されている。従って、図4に示す剛体モデルM1において、サドル32と工具主軸ハウジング33aとは、同一の剛体要素として表している。また、図1に示す工作機械1において、B軸回転テーブル22、工作物主軸基台23a、および、工作物主軸ハウジング23bは、固定されている。従って、図4に示す剛体モデルM1において、B軸回転テーブル22、工作物主軸基台23a、および、工作物主軸ハウジング23bは、同一の剛体要素として表している。
【0048】
また、図1において、工具主軸33bは、工具Tを一体的に保持している。従って、図4に示す剛体モデルM1において、工具主軸33bと工具Tとは、両者の間で変位を許容しないように、固定された剛体要素として表している。また、図1において、工作物主軸23cは、工作物Wを一体的に保持している。従って、図4に示す剛体モデルM1において、工作物主軸23cと工作物Wとは、両者の間で変位を許容しないように、固定された剛体要素として表している。
【0049】
ここで、剛体モデルM1は、第一解析において、第一基準に対する第一対象構造体の相対変位を出力するためのモデルである。例えば、弾性体モデルM2を、工具主軸33bを含む工具ユニットとした場合、剛体モデルM1における第一基準は、工作物Wとし、第一対象構造体は、工具主軸ハウジング33aとする。例えば、弾性体モデルM2を、工作物主軸23cを含む工作物ユニットとした場合、剛体モデルM1における第一基準は、工作物主軸ハウジング23bとし、第一対象構造体は、工具Tとする。
【0050】
例えば、弾性体モデルM2を、工具主軸33bを含む工具ユニットおよび工作物主軸23cを含む工作物ユニットのそれぞれとした場合、剛体モデルM1における第一基準は、工作物主軸ハウジング23bとし、第一対象構造体は、工具主軸ハウジング33aとする。また、弾性体モデルM2を用いない場合には、剛体モデルM1における第一基準は、工作物Wとし、第一対象構造体は、工具主軸33bおよび工具Tを含む工具ユニットとする。
【0051】
(4.弾性体モデルM2の例)
弾性体モデルM2の一例について図5を参照して説明する。弾性体モデルM2は、工作機械1の一部の構造体である第二対象構造体を対象とし、特に曲げモードを有する構造体を対象とする。弾性体モデルM2の対象である第二対象構造体は、例えば、工具主軸33bを含む工具ユニットや、工作物主軸23cを含む工作物ユニット等を対象とする。工具ユニットとは、工具主軸33bと、工具主軸33bに保持される工具Tとを含む。工作物主軸ユニットとは、工作物主軸23cと、工作物主軸23cに保持される工作物Wとを含む。
【0052】
ここで、弾性体モデルM2は、第二解析において、第二基準に対する第二対象構造体の所定位置の絶対変位を出力するためのモデルである。例えば、第二対象構造体が工具主軸33bを含む工具ユニットである場合には、第二基準は、工具主軸ハウジング33aとする。また、第二対象構造体が工作物主軸23cを含む工作物ユニットである場合には、第二基準は、工作物主軸ハウジング23bとする。
【0053】
弾性体モデルM2は、曲げモードを有する構造体を対象とすることが効果的であるため、長尺状の構造体を第二対象構造体とするとよい。一般に、工具主軸33bは、外径に対する軸長の比(L/D)が他の構造体に比べて大きい。従って、弾性体モデルM2は、工具主軸33bを含むようにするとよい。
【0054】
また、弾性体モデルM2は、三次元モデルとしてもよいし、二次元モデルとしてもよい。本例では、弾性体モデルM2は、第二対象構造体として回転体要素を対象とすることにより、回転体要素の回転軸線を通る断面を表現した二次元モデルとすることができる。図5に示すように、X-Z平面における二次元モデルと、Y-Z平面における二次元モデルとを定義する。そして、第二対象構造体が回転体要素である場合には、X-Z平面における二次元モデルと、Y-Z平面における二次元モデルとは、同一のモデルを利用することができる。
【0055】
つまり、弾性体モデルM2は、工具主軸33bを含む工具ユニットであっても、工作物主軸23cを含む工作物ユニットであっても、二次元モデルとすることができる。弾性体モデルを二次元モデルとすることにより、第二解析の解析条件の設定が容易となると共に、第二解析に要する時間も短くできる。
【0056】
(5.解析部53の処理)
(5-1.解析部53による安定限界解析)
解析部53による安定限界解析について、図6を参照して説明する。解析部53は、工具主軸33bを回転させた状態で、平均切取厚さ(切込量)を入力した場合に、工作物Wに対する工具Tの振動振幅を出力することにより、工作機械1全体に関する安定限界解析を行う。つまり、解析部53は、工具主軸33bの回転数および平均切取厚さ(切込量)を変更したときの振動振幅に基づいて、図3に示すような安定限界線図を生成する。
【0057】
図6に示すように、安定限界解析を行う解析部53は、加算器61、減算器62、加工力演算部63、第一解析を行う第一解析部64、第二解析を行う第二解析部65、合成処理部66を備える。加算器61は、平均切取厚さ(指令切取厚さ、指令切込量に相当する)を入力として、工作物Wの1回転前における振動振幅を加算する。減算器62は、平均切取厚さと1回転前の振動振幅との合計値から、現在の工作物Wの振動振幅を減算し、現在の切取厚さを算出する。
【0058】
加工力演算部63は、現在の切取厚さに基づいて、加工力演算を実行することにより、加工により工具Tおよび工作物Wに相互に作用する加工力を算出する。加工力演算部63は、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向のそれぞれの加工力を算出する。
【0059】
第一解析部64および第二解析部65は、当該加工力を用いて、基準に対する対象構造体の相対変位を出力する。第一解析部64は、剛体モデルM1を用いた第一解析を行い、第二解析部65は、弾性体モデルM2を用いた第二解析を行う。
【0060】
ここで、X軸方向およびY軸方向は、工具主軸33bおよび工具Tの回転軸線に直交する方向である。従って、X軸方向およびY軸方向は、工具主軸33bおよび工具Tの曲げモードの影響を大きく受ける方向である。そこで、X軸方向およびY軸方向においては、工具主軸33bおよび工具Tの曲げモードを考慮するために、第一解析と第二解析とを併用する。
【0061】
一方、Z軸方向は、工具主軸33bおよび工具Tの回転軸線方向である。そのため、Z軸方向は、工具主軸33bおよび工具Tの曲げモードの影響が、X軸方向およびY軸方向に比べて小さい。そこで、Z軸方向においては、工具主軸33bおよび工具Tの曲げモードを考慮しない解析、すなわち第一解析のみを用いる。
【0062】
第一解析部64が、X軸,Y軸,Z軸方向の合成した加工力を用いて、剛体モデルM1による第一解析を行う。剛体モデルM1は、三次元モデルである。従って、第一解析部64は、三次元座標系における解析である。第一解析においては、剛体モデルM1においてX軸、Y軸およびZ軸方向の合成した加工力が工具Tおよび工作物Wに作用した場合に、第一基準としての工作物Wに対する、第一対象構造体の相対変位を出力する。
【0063】
ここで、X軸方向およびY軸方向においては、第一解析部64における第一対象構造体を、工具主軸ハウジング33aとする。つまり、第一解析部64は、剛体モデルM1において、X軸、Y軸およびZ軸方向の合成した加工力が工具Tおよび工作物Wに作用した場合に、第一基準としての工作物Wに対する、第一対象構造体としての工具主軸ハウジング33aの相対変位を出力する。つまり、X軸方向およびY軸方向においては、第一解析の結果として、工作物Wに対する工具主軸ハウジング33aの位置および姿勢の変化が出力される。
【0064】
そして、弾性体モデルM2は、工具主軸33bおよび工具Tを含む工具主軸ユニットである。つまり、X軸方向およびY軸方向においては、第一解析部64は、剛体モデルM1のうち、弾性体モデルM2としての工具主軸ユニット(33b,T)を除く構造体の相対変位を出力する。X軸方向およびY軸方向において、剛体モデルM1は、第一基準としての工作物Wに対する、第一対象構造体としての工具主軸ハウジング33aの相対変位を出力するためのモデルとして利用される。
【0065】
Z軸方向においては、第一解析部64における第一対象構造体を、工具主軸33bとする。つまり、第一解析部64は、剛体モデルM1において、X軸、Y軸およびZ軸方向の合成した加工力が工具Tおよび工作物Wに作用した場合に、第一基準としての工作物Wに対する、第一対象構造体としての工具主軸33bの相対変位を出力する。ここで、剛体モデルM1において、工具主軸33bの変位は、工具Tの変位に相当する。
【0066】
Z軸方向においては、第一解析の結果として、工作物Wに対する工具主軸33bの位置および姿勢の変化(工具Tの変化に等しい)が出力される。つまり、Z軸方向においては、剛体モデルM1は、第一基準としての工作物Wに対する、第一対象構造体としての工具主軸ユニット(33b,T)の相対変位を出力するためのモデルとして利用される。
【0067】
第二解析部65は、第一解析部64による第一解析と並列に、弾性体モデルM2による第二解析(FEM解析)を行う。弾性体モデルM2は、二次元モデルである。従って、第二解析部65は、二次元座標系における解析である。本例では、弾性体モデルM2は、工具主軸33bおよび工具Tを含む工具主軸ユニットを対象とする。つまり、弾性体モデルM2は、第二基準を工具主軸ハウジング33aとし、第二対象構造体を工具主軸33bおよび工具Tを含む工具主軸ユニット(33b,T)とする。そして、弾性体モデルM2は、工具主軸ハウジング33aに対する工具主軸ユニットにおける所定位置としての工具Tの先端位置(加工位置)の絶対変位を出力するためのモデルとして利用される。
【0068】
詳細には、第二解析部65は、X軸方向の第二解析において、弾性体モデルM2においてX軸方向の加工力が工具Tおよび工作物Wに作用した場合に、第二基準としての工具主軸ハウジング33aに対する、第二対象構造体としての工具主軸33bおよび工具Tを含む工具ユニット(33b,T)の変形状態を出力する。
【0069】
さらに、第二解析部65は、Y軸方向の第二解析において、弾性体モデルM2においてY軸方向の加工力が工具Tおよび工作物Wに作用した場合に、第二基準としての工具主軸ハウジング33aに対する、第二対象構造体としての工具主軸33bおよび工具Tを含む工具ユニット(33b,T)の変形状態を出力する。
【0070】
特に、第二解析部65は、第二解析の結果として、X軸方向およびY軸方向のそれぞれについて、工具主軸ハウジング33aに対して工具主軸33bおよび工具Tが変形した状態において、第二対象構造体の所定位置としての工具Tの先端位置(加工位置)の絶対変位を出力する。なお、第二解析は、Z軸方向については行われない。
【0071】
合成処理部66は、X軸方向およびY軸方向のそれぞれについて、第一解析の結果と第二解析の結果とを合成する。つまり、合成処理部66は、第一解析の結果としての工作物Wに対する工具主軸ハウジング33aの相対変位と、第二解析の結果としての工具主軸ハウジング33aに対する工具Tの絶対変位とを合成する。つまり、X軸方向およびY軸方向において、得られた合成変位は、工作物Wに対する工具Tの相対変位である振動振幅となる。
【0072】
一方、合成処理部66は、Z軸方向については、第一解析の結果のみをそのまま出力する。つまり、Z軸方向において、第一解析の結果が、工作物Wに対する工具Tの相対変位である振動振幅となる。
【0073】
そして、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向のそれぞれの合成変位(工作物Wに対する工具Tの相対変位)を、現在の振動振幅とすると共に、時間遅れ処理部67が時間遅れ処理を実行することにより工作物Wの1回転前の振動振幅を算出し、フィードバックする。
【0074】
上記を繰り返すことにより、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向のそれぞれに関する、工作物Wに対する工具Tの相対変位の時間変化、すなわち、工作物Wに対する工具Tの相対的な振動振幅を出力することができる。
【0075】
さらに、解析部53は、合成処理部66により出力された、X軸方向、Y軸方向、Z軸方向の振動振幅を用いて、工作機械1全体に関する安定限界線図を生成する。つまり、解析部53は、X軸方向およびY軸方向において剛体モデルM1および弾性体モデルM2を併用して得られた振動振幅と、Z軸方向において剛体モデルM1のみを用いて得られた振動振幅とに基づいて、工作機械1全体に関する安定限界線図を生成する。従って、高精度な安定限界解析結果を用いることにより、びびり現象の発生を抑制するための効果的な対策を検討可能となる。
【0076】
さらに、振動解析モデルには、弾性体モデルM2が含まれている。仮に、工作機械1全体を弾性体モデルで表現するのは、解析条件の設定において容易ではない。しかし、第二解析における弾性体モデルM2は、工作機械1における一部の構造体のみを対象としているため、弾性体モデルM2を用いるとしても、解析条件の設定を容易とすることができ、解析時間を短時間にすることができる。
【0077】
(5-2.解析部53による周波数応答解析)
解析部53は、上述した安定限界解析に加えて、周波数応答解析を行うこともできる。周波数応答解析は、安定限界解析とは独立して行われる解析であって、工作物Wに対する工具Tの振動の周波数と機械的コンプライアンスとの関係を出力する解析である。そして、周波数応答解析による対象モデルは、上述した安定限界解析において適用した第一解析と第二解析とを併用した場合における振動解析モデルである。
【0078】
解析部53による周波数応答解析について、図7図8を参照して説明する。図7に示すように、周波数応答解析において、例えばスイープ信号等の時間領域の加振力を、振動解析モデル(図7の破線で囲む範囲)に対する入力信号とする。入力信号としての加振力は、X軸方向、Y軸方向、Z軸方向のそれぞれを有する。そして、振動解析モデルは、X軸方向、Y軸方向、Z軸方向のそれぞれの振動振幅を出力信号として出力する。
【0079】
周波数応答解析を行う解析部53は、第一解析を行う第一解析部71、第二解析を行う第二解析部72、合成処理部73、入力フーリエ変換部74、出力フーリエ変換部75、周波数応答特性演算部76を備える。ここで、第一解析部71、第二解析部72、合成処理部73は、上述した安定限界解析を行う解析部53における第一解析部64、第二解析部65、合成処理部66と実質的に同様の処理を行う。
【0080】
つまり、出力される振動振幅は、工作物Wに対する工具Tの振動振幅となる。そして、出力される振動振幅は、X軸方向およびY軸方向については剛体モデルM1および弾性体モデルM2を併用して得られた振動振幅であって、Z軸方向については剛体モデルM1のみを用いて得られた振動振幅である。
【0081】
入力信号および出力信号は、時間領域における信号であるため、入力フーリエ変換部74および出力フーリエ変換部75が、入力信号および出力信号に対して、周波数領域に変換する処理を行う。周波数応答特性演算部76は、変換された入力信号および出力信号に基づいて、振動解析モデル(71,72,73)の周波数応答特性を演算する。つまり、周波数応答特性は、周波数領域において、振動振幅を加振力で除した機械的コンプライアンスである。つまり、周波数応答特性は、振動の周波数(Hz)と機械的コンプライアンス(m/N)との関係である。上述した振動解析モデルによる周波数応答特性は、図8に示すようになる。
【0082】
比較のため、対象の振動解析モデルを剛体モデルM1とした場合における周波数応答特性を図9に示す。図9に示すように、低周波域における機械的コンプライアンスが高い値を示すのに対して、高周波域における機械的コンプライアンスが低い値を示す。また、対象の振動解析モデルを弾性体モデルM2とした場合における周波数応答特性を図10に示す。図10に示すように、低周波域における機械的コンプライアンスは周波数に対する変動が小さいのに対して、高周波域における機械的コンプライアンスは周波数に対する変動が大きい。
【0083】
つまり、図8に示す振動解析モデルの周波数応答特性は、概ね、図9に示す剛体モデルM1のみの周波数応答特性と図10に示す弾性体モデルM2のみの周波数応答特性とを合成した関係となる。
【0084】
つまり、図8に示す周波数応答特性は、剛体モデルM1による第一解析により工作機械1全体としての特性が考慮され、且つ、弾性体モデルM2による第二解析により曲げモードの影響の大きな構造体についての特性が考慮された結果となる。従って、第一解析と第二解析とを併用することにより、高精度な周波数応答特性を有することが分かる。
【0085】
また、図8に示す周波数応答特性は、ハンマリング試験による周波数応答特性(図示せず)と比較しても、近似した結果となることが分かった。この点からも、剛体モデルM1と弾性体モデルM2を併用した振動解析モデルは、高精度な周波数応答特性を有することが分かった。そして、周波数応答解析の結果より、上述した安定限界解析の結果が、高精度であると言える。
【符号の説明】
【0086】
1:工作機械、 10:ベッド、 20:工作物保持装置、 21:X軸移動テーブル、 22:B軸回転テーブル、 23:工作物主軸装置、 23a:工作物主軸基台、 23b:工作物主軸ハウジング、 23c:工作物主軸、 30:工具保持装置、 31:コラム、 32:サドル、 33:工具主軸装置、 33a:工具主軸ハウジング、 33b:工具主軸、 50:安定限界解析装置、 51:剛体モデル記憶部、 52:弾性体モデル記憶部、 53:解析部、 64,71:第一解析部、 65,72:第二解析部、 66,73:合成処理部、 M1:剛体モデル、 M2:弾性体モデル、 T:工具、 W:工作物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10