(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】アダプターダイマーの生成抑制方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6806 20180101AFI20240509BHJP
C12Q 1/6855 20180101ALI20240509BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALI20240509BHJP
C40B 40/06 20060101ALI20240509BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20240509BHJP
【FI】
C12Q1/6806 Z
C12Q1/6855 Z
C12Q1/6869 Z
C40B40/06
C12N15/11 Z
(21)【出願番号】P 2023002293
(22)【出願日】2023-01-11
(62)【分割の表示】P 2018247980の分割
【原出願日】2018-12-28
【審査請求日】2023-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】永友 寛一郎
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-165789(JP,A)
【文献】特表2016-535979(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0216253(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アダプターを付加した核酸断片の調製においてアダプターダイマーの生成を抑制する方法であって、以下の工程:
(A)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液に、150mM以上のトリスヒドロキシメチルアミノメタン(TRIS)、トリシン(TRICINE)、ビス-トリシン(BIS-TRICINE)、へペス(HEPES)、モプス(MOPS)、テス(TES)、タプス(TAPS)、ピペス(PIPES)、及びキャプス(CAPS)からなる群より選択される少なくとも1種の緩衝剤を共存させて、該核酸断片の末端処理を行う工程
であって、前記反応液のpHが8.5以上である工程;及び
(B)前記(A)工程により処理された核酸断片とアダプターとを反応させて、該アダプターを付加した核酸断片を調製する工程、
を包含する、アダプターダイマーの生成抑制方法。
【請求項2】
緩衝剤が、トリスヒドロキシメチルアミノメタンである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(A)工程で用いる反応液が、3mMより多い量の2価陽イオンを更に含有する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記2価陽イオンが、マグネシウムイオン及びマンガンイオンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項
3に記載の方法。
【請求項5】
(A)工程で用いる反応液が、T4 DNAポリメラーゼ及びクレノウDNAポリメラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のポリメラーゼを更に含有する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
(A)工程として、核酸断片の末端修復及び核酸断片の末端アデニル化を同一容器内で並行して行う、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれかの方法により得られるアダプターを付加した核酸断片を用いて、核酸ライブラリーを調製する方法。
【請求項8】
核酸ライブラリーが、シーケンサー用に調製されるものである、請求項
7に記載の方法。
【請求項9】
アダプター付加核酸断片を含むライブラリーを調製するためのキットであって、少なくとも以下の反応液:
(a)反応液中終濃度が150mM以上となるトリスヒドロキシメチルアミノメタン(TRIS)、トリシン(TRICINE)、ビス-トリシン(BIS-TRICINE)、へペス(HEPES)、モプス(MOPS)、テス(TES)、タプス(TAPS)、ピペス(PIPES)、及びキャプス(CAPS)からなる群より選択される少なくとも1種の緩衝剤を含有
し、pHが8.5以上となるように調整されている、核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液、
を有する、キット。
【請求項10】
緩衝剤が、トリスヒドロキシメチルアミノメタンである、請求項
9に記載のキット。
【請求項11】
前記(a)反応液中終濃度が3mMより多い量となる2価陽イオンを更に含有する、請求項
9に記載のキット。
【請求項12】
前記2価陽イオンが、マグネシウムイオン、及びマンガンイオンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項
11に記載のキット。
【請求項13】
(b)ポリヌクレオチドキナーゼ及び(c)平滑化のためのポリメラーゼからなる群より選択される少なくとも1種を更に含有する、請求項
9に記載のキット。
【請求項14】
平滑化のためのポリメラーゼが、T4 DNAポリメラーゼ及びクレノウDNAポリメラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のポリメラーゼである、請求項
13に記載のキット。
【請求項15】
ライブラリーの増幅試薬として、ファミリーBに属するDNAポリメラーゼを更に含有する、請求項
9に記載のキット。
【請求項16】
ファミリーBに属するDNAポリメラーゼが、KOD由来のDNAポリメラーゼである、請求項
15に記載のキット。
【請求項17】
シーケンサー用に使用されるものである、請求項
9~
16のいずれかに記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、次世代シークエンサー(シーケンサー)の解析に用いるライブラリー等の調製の場面において、アダプターダイマーの生成を抑制する方法及びキット等に関する。
【背景技術】
【0002】
DNAやRNA等の核酸シーケンス解析の中で、短時間で膨大な塩基配列情報を得ることができる次世代シークエンシング(NGS:next―generationsequencing)技術は急速に進歩している。次世代シーケンシングは、複数個体を同時に配列決定できる高度かつ高速な処理が可能であり、臨床診断や薬剤開発等の医療技術、農業技術や基礎研究などの生命科学分野に貢献する強力な解析技術である。
【0003】
次世代シークエンシングにおいては、フローセルへの結合やプライマー結合部位等として機能し得るアダプター配列を末端に付加した核酸断片から構成されるライブラリーの調製が通常必要とされている。
このようなアダプターを付加した核酸断片の調製において、反応液中のアダプター同士が二量体を形成してアダプターダイマーが生成すると、シーケンス解析の妨げとなる。従って、このようなライブラリー調製においてアダプターダイマーは可能な限り形成されないことが望ましい。これまでに、例えば、ライブラリーを構築するための核酸断片(例えば、DNA断片)の末端をアデニル化(A付加ともいう)し、これに対してアダプターの方は3’末端にdTを有するように設計して、核酸断片へのアダプターの付加反応の特異性を高め、アダプターダイマーの形成を低減する手法が知られている。しかし、この手法によっても、完全にはアダプターダイマーの生成を抑制することはできない。また、アダプターダイマーの生成を抑制してバックグラウンドを減少させるために分解可能なアダプターを用いる方法(特許文献1)が報告されているが、ステムループオリゴヌクレオチドアダプターなどの特殊なアダプターや、分解するための酵素等を必要とするため、使用できるアダプターの構成や種類が限定されてしまう虞があることに加え、煩雑となり得る。そこで、より簡便な新規の更なるアダプターダイマー生成抑制技術が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、アダプター付加核酸断片から構成されるライブラリーの調製等において、アダプターダイマーの生成を抑制するための新規方法及びその方法に用いられるキット等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行ったところ、核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液中の緩衝剤の濃度を高めることで、その後のアダプターダイマーの生成を抑制できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の構成からなる。
[項1] アダプターを付加した核酸断片の調製においてアダプターダイマーの生成を抑制する方法であって、以下の工程:
(A)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液に、100mM以上の緩衝剤を共存させて、該核酸断片の末端処理を行う工程;及び
(B)前記(A)工程により処理された核酸断片とアダプターとを反応させて、該アダプターを付加した核酸断片を調製する工程、
を包含する、アダプターダイマーの生成抑制方法。
[項2] 緩衝剤が、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(TRIS)、トリシン(TRICINE)、ビス-トリシン(BIS-TRICINE)、へペス(HEPES)、モプス(MOPS)、テス(TES)、タプス(TAPS)、ピペス(PIPES)、及びキャプス(CAPS)からなる群より選択される少なくとも1種のグッド緩衝剤である、請求項1に記載の方法。
[項3] 緩衝剤が、トリスヒドロキシメチルアミノメタンである、請求項1又は2に記載の方法。
[項4] (A)工程で用いる反応液のpHが9以上である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
[項5] (A)工程で用いる反応液が、3mMより多い量の2価陽イオンを更に含有する、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
[項6] 前記2価陽イオンが、マグネシウムイオン及びマンガンイオンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項5に記載の方法。
[項7] (A)工程で用いる反応液が、T4 DNAポリメラーゼ及びクレノウDNAポリメラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のポリメラーゼを更に含有する、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
[項8] (A)工程として、核酸断片の末端修復及び核酸断片の末端アデニル化を同一容器内で並行して行う、請求項1~7のいずれかに記載の方法。
[項9] 請求項1~8のいずれかの方法により得られるアダプターを付加した核酸断片を用いて、核酸ライブラリーを調製する方法。
[項10] 核酸ライブラリーが、シーケンサー用に調製されるものである、請求項9に記載の方法。
[項11] アダプター付加核酸断片を含むライブラリーを調製するためのキットであって、少なくとも以下の反応液:
(a)反応液中終濃度が100mM以上となる緩衝剤を含有する、核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液、
を有する、キット。
[項12] 前記(a)反応液のpHが9以上となるように調整されている、請求項11に記載のキット。
[項13] 前記(a)反応液中終濃度が3mMより多い量となる2価陽イオンを更に含有する、請求項11又は12に記載のキット。
[項14] 前記2価陽イオンが、マグネシウムイオン、及びマンガンイオンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項13に記載のキット。
[項15] (b)ポリヌクレオチドキナーゼ及び(c)平滑化のためのポリメラーゼからなる群より選択される少なくとも1種を更に含有する、請求項11~14のいずれかに記載のキット。
[項16] 平滑化のためのポリメラーゼが、T4 DNAポリメラーゼ及びクレノウDNAポリメラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のポリメラーゼである、請求項11~15のいずれかに記載のキット。
[項17] ライブラリーの増幅試薬として、ファミリーBに属するDNAポリメラーゼを更に含有する、請求項11~16のいずれかに記載のキット。
[項18] ファミリーBに属するDNAポリメラーゼが、KOD由来のDNAポリメラーゼである、請求項11~17のいずれかに記載のキット。
[項19] シーケンサー用に使用されるものである、請求項11~18のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、アダプター付加核酸断片から構成されるライブラリー等の調製の場面において、効果的にアダプターダイマーの発生を低減することが可能となる。また、本発明によれば、操作手順等の条件を変える必要や、特殊な前処理を行う必要もなくなり、特殊なアダプターを用意する必要もないため、簡便な手法でアダプターダイマーの生成を抑制できるという点でも有益である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例1において、ライブラリーの分布およびアダプターダイマーを確認した図である。
【
図2】実施例1において、ライブラリーの分布およびアダプターダイマーを確認した図である。
【
図3】実施例2において、ライブラリーの分布およびアダプターダイマーを確認した図である。
【
図4】実施例3において、ライブラリーの分布およびアダプターダイマーを確認した図である。
【
図5】実施例4において、ライブラリーの分布およびアダプターダイマーを確認した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について実施態様を示しつつ詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本明細書中に記載された非特許文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。また本明細書中の「~」は「以上、以下」を意味し、例えば明細書中で「X~Y」と記載されていれば「X以上、Y以下」を示す。また本明細書中の「及び/又は」は、いずれか一方または両方を意味する。更に、本明細書全体にわたって、単数形の表現は、他を意味するように特に言及しない限り、その複数形の概念も含み得る。本明細書中において使用される用語は、他を意味するように特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味として解釈されるべきである。
【0011】
本発明の実施形態の一つは、アダプターを付加した核酸断片の調製においてアダプターダイマーの生成を抑制する方法であって、以下の工程:
(A)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液に、100mM以上の緩衝剤を共存させて、該核酸断片の末端処理を行う工程;及び
(B)前記(A)工程により処理された核酸断片とアダプターとを反応させて、該アダプターを付加した核酸断片を調製する工程、
を包含する、アダプターダイマーの生成抑制方法であり得る。
【0012】
本実施態様をより簡潔に説明すると、例えば、核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液中に100mM以上の濃度の緩衝剤(例えば、トリスヒドロキシメチルアミノメタン等のグッド緩衝剤)を共存させる方法ということもできる。
【0013】
本発明のアダプターダイマーの生成抑制方法は、例えば、上記のようにして調製されるアダプター付加核酸断片を含むライブラリーの調製(ライブラリーの構築ともいう)において好適に実施され得る。
【0014】
本明細書において、「ライブラリー」とは、核酸又は核酸断片の集合体を意味する。好ましい実施態様では、ライブラリーは、シーケンサー用に調製された様々な核酸断片(例えば、DNA断片)の集まりを意味する。本明細書において、「シーケンサー」とは、核酸の塩基配列を読み取り解析する装置を意味する。特に、大量のシーケンシング反応を高速処理できる装置を次世代シーケンサーと呼ぶ。本発明のアダプターダイマーの生成抑制方法は、このような次世代シーケンサーでのシーケンス解析のために用いられるライブラリーの調製においてとりわけ好適である。次世代シーケンサーでの解析を行うことができる装置としては、例えば、MiSeqシリーズ(イルミナ社)、HiSeqシリーズ(イルミナ社、HiSeq1000、1500、2000、2500等)、Genome Analyzer IIxシリーズ(イルミナ社、GA IIX等)、Genome Seqnencer-FLX(ロシュ社)、Ion Torrentシーケンシングシステム(サーモフィッシャー社)等を挙げることができ、本発明はこのような次世代シーケンサー装置等において実施され得るが、これらに限定されない。
【0015】
本明細書において、「核酸」とは、ヌクレオチド重合体を意味し、一本鎖又は二本鎖のDNA(デオキシリボ核酸)、一本鎖又は二本鎖のRNA(リボ核酸)等であり得るが、これらに限定されない。また、ヌクレオチド重合体は、ポリヌクレオチド及びオリゴヌクレオチドの両方を意味することができ、これらは相互に互換可能に使用され、ヌクレオチド重合体の長さは限定されない。本明細書において「核酸断片」とは、上記のようなヌクレオチド重合体である核酸から切断して得られる任意の断片であり、好ましくはDNA断片又はRNA断片であり、より好ましくはDNA断片である。本発明のアダプターダイマーの生成抑制方法は、任意の核酸又は核酸断片にアダプターを付加する場合に実施され得るが、なかでも、DNA断片又はRNA断片にアダプターを付加する場合に好適に実施され、DNA断片にアダプターを付加する場合に好適に実施され得る。
【0016】
(ライブラリー調製法)
本発明は、シークエンス解析等に用いられる核酸ライブラリー(例えば、DNAライブラリー、RNAライブラリー)の調製において好適に利用され得る。なかでも、次世代シークエンシング(NGS:next―generationsequencing)と呼ばれる、短時間で膨大な核酸情報(例えば、DNA配列情報)を取得できるNGS用の核酸ライブラリーの調製、とりわけNGS用のDNAライブラリーの調製において好適に利用され得る。
【0017】
NGS用のDNAライブラリーの調製は、解析対象とするDNA(例えば、全長DNA)の断片化、断片化したDNAの末端修復及び/又は断片化DNA若しくは末端修復した断片化DNAの末端のアデニル化(これを、「A付加」ともいう)、末端修復及び/又は末端アデニル化を行ったDNA断片へのアダプター配列の付加、並びにアダプターを付加したDNA断片から構成されるライブラリーの核酸増幅を行うことが一般的である。
【0018】
本発明において、解析対象とするDNAは、本発明の効果を奏する限り特に限定されない。例えば、動物又は植物、真菌、細菌、ウイルス等のゲノムDNA等を挙げることができ、具体的には、ヒト等の哺乳動物に由来するゲノムDNA、大腸菌等の細菌(例えば、グラム陰性細菌又はグラム陽性細菌)等のゲノムDNA等を挙げることができるが、特に限定されず、任意のDNAを対象とすることができる。
【0019】
DNAの断片化は、当該分野で公知の任意の方法によりDNA配列を切断することにより行うことができる。例えば、エンドヌクレアーゼ及び/又はエキソヌクレアーゼ等のDNA配列を切断することが公知の任意の酵素を用いた消化による断片化、熱分解や酸・アルカリ分解等によるDNAの断片化、あるいは超音波処理等の物理的方法による断片化等を挙げることができるが、これらに限定されない。好ましくは、超音波処理による断片化又は酵素(例えば、エンドヌクレアーゼ)による断片化である。
【0020】
NGS用のDNAライブラリーの調製では、一般的に、上記のようにして得られる断片化DNAにおける様々な突出末端を平滑化し(これを、「末端修復」ともいう)、DNA断片の3’末端をdATPで選択的に数ヌクレオチド(好ましくは、1ヌクレオチド)伸長させる(これを、「末端アデニル化」ともいう)。その後、末端を平滑化及び/又はアデニル化したDNA断片の3’末端に、dTTP伸長部を有するアダプターを連結する。アダプターのdTTP伸長部の長さは、DNA断片とアダプターとの連結に影響がない限り限定されないが、一般的には、上記のようなdATPによる伸長と同じ長さ、好ましくはdTTPで1ヌクレオチド伸長させた伸長部を有するアダプターである。なお、本明細書では、核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化処理を合わせて「核酸断片の末端処理」又は単に「末端処理」ということがある。
【0021】
本発明の好ましい実施態様では、(a)100mM以上の緩衝剤を含有する、核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液を用いることを大きな特徴の一つとする。好ましくは、上記(a)の末端処理反応液は、100mM以上の緩衝剤を含有し、核酸断片の末端修復及び核酸断片の末端アデニル化を両方行うことができる反応液であり、好ましくは核酸断片の末端修復と、その末端修復された核酸断片の3’末端をアデニル化することができる反応液である。このように、(a)反応液が核酸断片の末端修復及び末端アデニル化を両方行うことができる反応液であれば、両末端処理を同一容器内の同じ反応液で並行して行うことができ、簡便で効率的にDNA断片の末端処理を行うことが可能となる。なお、ここで並行とは、所定時間内に核酸断片の末端修復処理と核酸断片の末端アデニル化処理が同時に又は相前後して行われることを意味し、例えば、所定時間内の初期段階で核酸断片の末端修復処理が進み、その後、所定時間内の途中から終盤にかけて末端修復処理を終えたDNA断片の3’末端のアデニル化処理が進む場合であってもよい。
【0022】
(平滑化のためのポリメラーゼ)
特定の実施形態において、上記のような(a)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液は、平滑化のためのポリメラーゼを含有することが好ましい。平滑化のためのポリメラーゼとは、二本鎖の核酸断片の末端を平滑化できるポリメラーゼである限り特に限定されず、任意の平滑化活性を有するポリメラーゼを用いることができる。例えば、平滑化のためのポリメラーゼは、3’末端を充填できる5’-3’ポリメラーゼ活性及び/又は3’突出を切除できる3’-5’エキソヌクレアーゼ活性を有するポリメラーゼであり、好ましくは、5’-3’ポリメラーゼ活性及び3’-5’エキソヌクレアーゼ活性を両方有するポリメラーゼである。具体的には、平滑化のためのポリメラーゼとして、T4 DNAポリメラーゼ、クレノウDNAポリメラーゼ(KlenowFragmentともいう)等を用いることが好ましく、なかでも、クレノウDNAポリメラーゼを用いることが特に好ましい。これらの平滑化のためのポリメラーゼは、化学的に合成したものを使用してもよいし、遺伝子工学的手法により発現させて得たものを使用してもよいし、市販品も好適に使用することができる。
【0023】
(ヌクレオチドキナーゼ)
特定の実施形態において、上記のような(a)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液は、ヌクレオチドキナーゼを含むことが好ましい。ヌクレオチドキナーゼは、核酸断片(例えば、DNA断片)の5’末端へリン酸を付加できるキナーゼである限り特に限定されず、任意のヌクレオチドキナーゼを用いることができる。例えば、T4ポリヌクレオチドキナーゼ(PNK:polynucleotidekinase)等を用いることが好ましい。これらのヌクレオチドキナーゼは、化学的に合成したものを使用してもよいし、遺伝子工学的手法により発現させて得たものを使用してもよいし、市販品も好適に使用することができる。
【0024】
(他のDNAポリメラーゼ)
特定の実施形態において、本発明に用いる(a)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液は、平滑化のためのポリメラーゼ以外に、他のDNAポリメラーゼを含有することもできる。このような他のDNAポリメラーゼとしては、特に限定されないが、例えば、Taq DNAポリメラーゼやクレノウ断片exo-変異体等を挙げることができる。このようにTaq DNAポリメラーゼ等の他のDNAポリメラーゼを更に含有することにより、末端アデニル化を効率的に行うことができる。Taq DNAポリメラーゼ等の他のDNAポリメラーゼは、野生型であっても変異型であってもよく、野生型Taq DNAポリメラーゼと同等のポリメラーゼ活性を有する限り、遺伝子工学的手法により得られたTaq DNAポリメラーゼ(rTaq DNAポリメラーゼ)等も好適に使用することができる。
【0025】
(2価陽イオン)
特定の実施形態において、本発明に用いる(a)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液は、2価陽イオンを含むことが好ましい。上記の(a)反応液が2価陽イオンを含む場合、その濃度は特に限定されないが、一例として、反応液全体に対して3mMより多い量の2価陽イオンを含むことができ、本発明のアダプターダイマー生成抑制効果をより一層確実に得やすいという観点から、4mM以上の2価陽イオンを含むことが好ましく、5mM以上の2価陽イオンを含むことが更に好ましい。反応液中における2価陽イオン濃度の上限は、本発明の効果を阻害しない限り特に限定されないが、例えば、反応液全体に対して、20mM以下とすることができ、さらには10mM以下とすることができる。このような濃度で2価陽イオンを含有することで、上記(a)反応液中における末端処理を効率的に進めることができ、また、その後のアダプターダイマーの生成をより一層効果的に抑制することが可能となる。
【0026】
本発明で用いる上記のような(a)末端処理反応液が2価陽イオンを含む場合、本発明の効果を奏する限り、任意の2価陽イオンを使用することができる。例えば、2価陽イオンとして、マグネシウムイオン、マンガンイオン等を用いることができ、マグネシウムイオン、マンガンイオンを用いることが好ましく、マグネシウムイオンを用いることがより好ましい。本発明で用いる(a)反応液が2価陽イオンを含む場合、1種類の2価陽イオンを含有してもよいし、2種類以上の2価陽イオンを組み合わせて含有してもよい。これらの2価陽イオンは、化学的に合成したものを使用してもよいし、市販品も好適に用いることができる。
【0027】
(緩衝剤)
本発明は、(a)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液に、100mM以上の緩衝剤を共存させることを大きな特徴の一つとする。本発明では、予想外のことに、核酸断片にアダプターを付加させる反応溶液中においてよりも、そのアダプター付加反応に供する核酸断片を調製する末端処理反応液中の緩衝剤濃度を一定量以上にすることで、その後のアダプター付加反応でのアダプターダイマーの生成を効果的に抑制できることを見出している。ここで用いられる緩衝剤(バッファーともいう)は、上記(a)末端処理反応液に100mM以上の濃度で添加されることで、本発明の効果を奏し得る限り限定されず、pH緩衝能を有する任意の緩衝剤が使用され得る。本発明のアダプターダイマー生成抑制効果がより一層高度に得られ易いという観点から、好ましくは緩衝剤として、グッド緩衝剤を含むことが好ましく、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(TRIS、トリスともいう)、トリシン(TRICINE)、ビス-トリシン(BIS-TRICINE)等のトリス系グッド緩衝剤;へペス(HEPES)、モプス(MOPS)、テス(TES)、タプス(TAPS)、ピペス(PIPES)、及びキャプス(CAPS)等のグッド緩衝剤を用いることが好ましく、トリス系グッド緩衝剤を用いることがより好ましく、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを用いることが特に好ましい。
【0028】
上記(a)反応液中における緩衝剤の濃度は、反応液全体に対して、100mM以上である限り特に限定されないが、150mM以上であることが好ましく、180mM以上であることがより好ましく、なかでも200mM以上であることが特に好ましい。上記(a)末端処理反応液中における緩衝剤の濃度の上限は、本発明の効果を奏する限り特に限定されず、例えば、反応液全体に対して、500mM以下とすることができ、更には300mM以下とすることができ、250mM以下とすることがより好ましい。
【0029】
特定の好ましい実施形態において、本発明に用いる(a)核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液は、pH7以上であることが好ましい。より一層効果的にアダプターダイマーの生成を抑制できるという観点から、好ましくは、上記(a)反応液は、pH8以上であることが好ましく、pH8.5以上であることがより好ましく、pH9以上であることが特に好ましい。上記(a)反応液のpHの上限は、末端修復反応及び末端アデニル化反応を阻害せず、本発明の効果も阻害しない限り特に限定されないが、一例として、pH12以下とすることができ、さらにはpH10以下とすることができ、pH9.5以下がより好ましい。特に限定はされないが、例えば、上記(a)反応液はpH7~9.5とすることができ、更にはpH7~9とすることも可能であり得る。pHの調整は、当該分野で公知の任意のpH調整剤(例えば、塩酸、水酸化カリウム等)を用いて行ってもよいし、上記の緩衝剤を適宜利用して反応液のpHを上記範囲に調整することもできる。
【0030】
更に、本発明において(b)末端処理を行った核酸断片にアダプターを付加する反応のpHは、本発明の効果を奏しない限り特に限定されず、例えば、pH6~12とすることができる。具体的には、(b)反応液のpHは、pH6.5~10であることが好ましく、pH7~8であることがより好ましい。このようなpHの反応液中でアダプター付加反応を行うことで、より一層本発明の効果が発揮されやすくなり得る。この(b)反応液におけるpH調整も、上記(a)反応液と同様の成分等を利用して適宜調整することができる。
【0031】
(アダプター)
本明細書において、「アダプター」とは、特定の機能を持たせることなどを意図して核酸又は核酸断片の末端に付加されるオリゴヌクレオチドをいう。本発明では、好ましくは、シーケンシングを目的とするライブラリーを構築されるために核酸断片(例えば、DNA断片)に付加されるオリゴヌクレオチドであり、より好ましくは次世代シーケンシング(NGS)を目的とする核酸断片のライブラリーを調製するために核酸断片(好ましくはDNA断片)に付加されるオリゴヌクレオチドである。アダプターの配列及び長さは、特に限定されず、例えば、Y字アダプター、ステムループアダプターなどでもよい。また、アダプターは、平滑末端であり非リン酸化のアダプターであってもよく、3’末端にTオーバーハングおよび5’末端のリン酸基を含むアダプターであってもよい。好ましくは、Tオーバーハングを有するアダプターであり、より好ましくは、Tオーバーハングを有し、且つ5’末端にリン酸基を含むアダプターであり、とりわけ1ヌクレオチドのTオーバーハングを有し、且つ5’末端にリン酸基を含むアダプターである。一般的なアダプターは、ライブラリーを増幅するPCRプライマーが結合する部位、シーケンシングに必要なプライマーが結合する部位、シーケンス解析装置のフローセルに結合する部位、及び/又はインデックス部位等から構成される。インデックス部位は通常6~8塩基の特定の配列であり、シーケンシングにより元とした試料を同定できるため、複数試料を同時に解析するために使用される。本発明には例えば、P5部位、P7部位、SP部位、インデックス部位等の上記のような機能を発揮する塩基配列を含むアダプターを用いることができる。本発明には、このようなアダプターを含み得る市販のアダプターを使用することができ、限定はされないが、例えば、TruSeqDNA Single IndexesSet A(12 Indexes, 24 Samples)(illumina)、TruSeqDNA Single IndexesSet B(12 Indexes, 24 Samples)(illumina)、SeqCapAdapter Kit A(Roche)、SeqCap Adapter Kit B(Roche)などが使用できる。
【0032】
本発明によれば、上記のようなアダプターが、アダプター同士で結合してアダプターの二量体(アダプターダイマー)を形成し、本来意図した核酸断片に結合するアダプターの量が減少したり、或いは、その後のシーケンス解析等において意図しないバックグラウンドを生じさせたりしてしまうことによって最終的に得られるデータ量が減少するのを抑制することができる。本明細書において、アダプターダイマーの生成を抑制するとは、緩衝剤を所定濃度未満(例えば、100mM未満)しか含有しない末端処理反応液を用いた場合に比較して、緩衝剤を所定濃度以上(例えば100mM以上)含有する末端処理反応液を使用した場合に、アダプターのサイズの約2倍に相当する分子量を有する核酸の生成が抑制されることを意味する。このようなアダプターダイマーの生成抑制は、例えば、核酸断片へのアダプターの付加反応後の反応産物を常法に従って電気泳動し、アダプターのサイズの約2倍のサイズの核酸に相当するバンドの有無やその濃淡等で評価をすることができる。
【0033】
(キット)
本発明の更なる実施態様の一つは、アダプター付加核酸断片を含むライブラリーを調製するためのキットであって、少なくとも以下の反応液:
(a)反応液中終濃度が100mM以上となる緩衝剤を含有する、核酸断片の末端修復及び/又は核酸断片の末端アデニル化を行う反応液を有するキット、であり得る。
【0034】
上記実施態様の本発明のキットは、上記(a)に記載の反応液を有する限り、他に任意の成分や試薬、核酸精製のための磁性ビーズやチューブ、チップ、取扱説明書等の付属品を適宜備えてもよく、その態様は特に限定されない。例えば、アダプター付加核酸断片を含むライブラリーを調製するための本発明のキットは、核酸断片の末端修復及び/又は末端アデニル化反応に用いる酵素、緩衝剤を含むキットであり得る。更に、本発明の上記キットには、末端修復及び/又は末端アデニル化処理後、核酸断片にアダプターをライゲーションするライゲーション試薬や、アダプターライゲーション後のライブラリーを核酸増幅するPCR試薬等を含んでもよい。
【0035】
特定の実施態様では、アダプター付加核酸断片を含むライブラリーを調製するための本発明のキットは、(I)末端修復に用いる試薬、(II)末端アデニル化に用いる試薬、(III)アダプター付加に用いる試薬、(IV)アダプター付加後のライブラリー増幅用PCR試薬等を含むことができる。本発明のキットは、上記(I)~(IV)の試薬を全て備えていることが好ましいが、上記(I)~(IV)のいずれか1つ、2つ又は3つの試薬を備えたキットであってもよい。この場合には当該キットに含まれない試薬については、同等の作用を有する他の市販の試薬を組み合わせて使用したり、又は当該作用を有する試薬を用時調製して組み合わせて使用したりすればよい。また、上記(I)~(IV)の試薬は、それぞれ別々に用意された試薬であってもよいし、上記(I)~(IV)のいずれか2つ、3つ又は4つの試薬を一纏めに混合した試薬であってもよい。キットに備える試薬の本数を減らし、利便性を高めることができるという観点から、好ましくは、上記(I)及び(II)の試薬を混合して同一容器内で行えるようにし、核酸断片の(I)末端修復及び(II)末端アデニル化を同時に行える態様が好ましい。本発明の上記キットに用いられ得る上記(I)~(IV)の試薬の具体例と使用方法等を以下に例示する。
【0036】
(末端修復に用いる試薬)
本発明に使用される核酸断片の末端修復に用いる試薬組成物が含み得る成分としては、100mM以上の緩衝剤の他、例えば、T4ポリヌクレオチドキナーゼ、クレノウDNAポリメラーゼ、マグネシウム、ヌクレオシド三リン酸などが挙げられるが、特に限定されない。この末端修復に用いる試薬を使用して核酸断片の末端修復を行う反応温度としては、特に限定されないが、約20℃~40℃が好ましく、約25℃~30℃がより好ましい。反応時間もまた限定されないが、約5分間から1時間程度反応させることが好ましく、約5~10分間反応させることがより好ましい。マグネシウム濃度としては3mMより多い量の濃度が好ましく、5~10mMの範囲がより好ましい。本試薬が使用時に希釈して用いられるものである場合には、希釈後の反応液中における終濃度が上記範囲となるように調整したものとすればよい。
【0037】
(末端アデニル化に用いる試薬)
本発明に使用される核酸断片又は末端修復後の核酸断片の末端アデニル化に用いる試薬組成物が含み得る成分としては、100mM以上の緩衝剤の他、例えば、TaqDNAポリメラーゼ、クレノウ断片exo-変異体、マグネシウム、ヌクレオシド三リン酸などが挙げられるが、特に限定されない。この末端アデニル化に用いる試薬を使用して末端アデニル化を行う反応温度としては、特に限定されないが、約20~75℃の範囲が好ましく、TaqDNAポリメラーゼを用いる場合は、特に約60~75℃の範囲が好ましい。反応時間もまた限定されないが、約5分間から1時間程度反応させることが好ましく、約5~15分間反応させることがより好ましい。マグネシウム濃度としては3mMより多い量の濃度が好ましく、5~10mMの範囲がより好ましい。本試薬が使用時に希釈して用いられるものである場合には、希釈後の反応液中における終濃度が上記範囲となるように調整したものとすればよい。
【0038】
(末端修復及び末端アデニル化のための混合試薬)
本発明のキットが、末端修復に用いる試薬及び末端アデニル化に用いる試薬の混合試薬の態様の試薬を有する場合には、上記の両試薬で各々説明した成分を適宜含むことができ、反応温度や反応時間等の使用方法も、両方試薬の機能が発揮され得る範囲内で適宜調整して使用すればよい。例えば、この混合試薬は、100mM以上の緩衝剤の他、例えば、T4ポリヌクレオチドキナーゼ、クレノウDNAポリメラーゼ、クレノウ断片exo-変異体、TaqDNAポリメラーゼ、マグネシウム、ヌクレオシド三リン酸などを含み得るが、特に限定されない。この混合試薬を使用して末端修復及び末端アデニル化を並行して行う場合の反応温度としては、特に限定されないが、約20~40℃の範囲が好ましく、TaqDNAポリメラーゼを用いる場合は、前記の約20~40℃での反応後に、約60~75℃の反応を追加して行うことが好ましい。反応時間もまた特に限定されないが、約5分間から1時間程度反応させることが好ましく、約5~15分間反応させることがより好ましい。例えば、先ず約20~40℃で約5~15分間反応させ、次いで、約60~75℃で約1~15分間で追加反応させてもよい。マグネシウム濃度としては3mMより高い以上の濃度が好ましく、5~10mMの範囲がより好ましい。本試薬が使用時に希釈して用いられるものである場合には、希釈後の反応液中における終濃度が上記範囲となるように調整したものとすればよい。
【0039】
(アダプター付加に用いる試薬)
本発明に使用される核酸断片へのアダプターの付加に用いる試薬組成物が含み得る成分としては、例えば、アダプター、緩衝剤、マグネシウム、T4 DNAライゲースなどが挙げられるが、特に限定されない。緩衝剤は、上記(a)末端修復及び/又は末端アデニル化を行う反応液で使用され得る緩衝剤の例として、上記で詳述したものと同様の緩衝剤(例えば、トリスヒドロキシメチルアミノメタン等のグッド緩衝剤)等を適宜選択して用いることができる。
【0040】
アダプターは、目的に応じて任意のアダプターを選択して用いることができる。更に、特定の実施態様では、本発明のキットに備えるアダプター付加に用いる試薬はアダプターを含まず、使用者が使用目的に応じて任意のアダプターを添加して用いる試薬の態様であってもよい。このアダプター付加に用いる試薬を使用して核酸断片にアダプターの付加を行う反応温度としては、特に限定されないが、約4~40℃の範囲が好ましく、約25~30℃がより好ましい。反応時間もまた限定されないが、例えば、約5分間から約24時間反応させればよい。
【0041】
(アダプター付加後のライブラリー増幅用核酸増幅試薬)
本発明に使用されるアダプター付加後の核酸断片のライブラリーの増幅に使用する核酸増幅試薬(例えば、PCR試薬)に用いる試薬組成物が含み得る成分としては、例えば、DNAポリメラーゼ、緩衝剤、マグネシウム、オリゴヌクレオチド、dNTPsなどが挙げられるが、特に限定されない。
このようなアダプター付加後のライブラリーの核酸増幅反応に使用されるDNAポリメラーゼは、特に限定されず、任意のDNAポリメラーゼを使用することができる。より効率よく、アダプター付加核酸断片のライブラリーの核酸増幅を行うことができるという観点から、ファミリーBに属するDNAポリメラーゼを用いることが好ましい。ファミリーBに属するDNAポリメラーゼとしては、サーモコッカス属(Thermococcus)又はパイロコッカス属(Pyrococcus)に由来するポリメラーゼ等の任意のファミリーBに属するDNAポリメラーゼを使用することができるが、なかでも、サーモコッカス・コダカラエンシス(Thermococcus kodakaraensis)由来のDNAポリメラーゼであることが好ましい。サーモコッカス属又はパイロコッカス属に由来するDNAポリメラーゼとは、野生型のサーモコッカス属又はパイロコッカス属の古細菌から単離されたDNAポリメラーゼに限定されず、これらの野生型古細菌から単離されたDNAポリメラーゼのアミノ酸配列に基づいて、遺伝子改変等の手法により得られる変異型DNAポリメラーゼも含む。このようなサーモコッカス属又はパイロコッカス属に由来する変異型DNAポリメラーゼとしては、例えば、KODに由来する変異型KODDNAポリメラーゼ等を挙げることができ、変異型KOD DNAポリメラーゼとして、例えばUKOD(東洋紡株式会社製)等を好適に用いることができる。このような変異型KOD DNAポリメラーゼは、例えば、WO2014/051031パンフレット等に詳述されたアミノ酸変異型のKOD DNAポリメラーゼ等を使用することができる。
【0042】
本発明に用いるアダプター付加後のライブラリー増幅用核酸増幅試薬に含まれ得る緩
衝剤の濃度としては、ライブラリーの核酸増幅を阻害しない限り限定されないが、例えば、約10~200mM程度が好ましく、約20~100mM程度がより好ましい。緩衝剤は、(a)末端修復及び/又は末端アデニル化を行う反応液で使用され得る緩衝剤として、上記で詳述したものと同じ種類の緩衝剤(例えば、トリスヒドロキシメチルアミノメタン等のグッド緩衝剤)を適宜選択して用いることができる。ライブラリー増幅用PCR試薬のpHとしては、その反応を阻害しない限り特に限定されないが、約7.0~9.5程度の範囲が好ましく、約7.5~9.0程度の範囲がより好ましい。また、前記ライブラリー増幅用PCR試薬中には、約1~5mMの濃度でマグネシウムイオンを含むことが好ましく、約1.5~2.5mMの濃度で含むことがより好ましい。更には、KCl等の更なる無機塩類を含んでいてもよい。このような成分を含むことで、より一層効果的にアダプター付加した核酸断片のライブラリーを効率良く増幅することが可能となり得る。
【0043】
本発明により、簡便かつ効果的にアダプターダイマーを抑制することが可能になり、従来技術と比べて顕著な効果を示すことは明らかである。
【実施例】
【0044】
以下、実施例に基づき、本発明をより具体的に説明する。もっとも、本発明は実施例により特に限定されるものではない。
【0045】
実施例1:緩衝剤濃度によるアダプターダイマー生成抑制効果(物理的断片化サンプル 10ng)
本実施例では、核酸断片の末端修復及び末端アデニル化反応物中の緩衝剤濃度によるアダプターダイマー形成に対する影響を確認する目的で、緩衝剤としてトリスヒドロキシメチルアミノメタンを使用して以下の試験を行った。アダプター付加核酸断片のPCR増幅後のライブラリーの分布をMultiNA(登録商標)(島津製作所)を用いて解析を行った。具体的には、以下の手法により行った。
【0046】
本実施例で用いる核酸断片サンプルは、DNA Shearingシステム(Covaris inc.)で超音波処理により断片化した大腸菌ゲノムDNA10ngを用いた。
この大腸菌ゲノムDNA断片の末端修復及び末端アデニル化反応のために、本実施例で使用した末端修復及び末端アデニル化反応用の混合試薬に含まれる成分とその反応液中の終濃度を以下にしめす。
【0047】
50~250mM Tris-HCl(pH9.0)
10mM 塩化マグネシウム
0.09U/ul T4ポリヌクレオチドキナーゼ
0.02U/μL TaqDNAポリメラーゼ
0.02U/μL T4DNAポリメラーゼ
0.02U/μL クレノウDNAポリメラーゼ
200μM dATP
40μM dTTP
40μM dGTP
40μM dCTP
2mM ATP
【0048】
断片化した大腸菌ゲノムDNAの全量を上記組成となる反応液に添加し、末端修復及び末端アデニル化反応を行った。この反応は、先ず30℃10分間反応させ、次いで65℃5分間反応を行い、大腸菌ゲノムDNA断片の末端修復及び末端アデニル化を実施した。
【0049】
インデックスアダプターはTruSeq DNA Single IndexesSet A(12 Indexes, 24 Samples)(illumina)を用いた。大腸菌ゲノムDNA断片へのアダプターのライゲーションは、Ligationhigh Ver.2(TOYOBO)にT4 DNA Ligase(TOYOBO)を0.2U/μLになるように加えた溶液を、前記末端修復及び末端アデニル化反応後の液と等量混合し、20℃15分間反応して行った。
ライゲーション反応後、Agencourt AMPure XP試薬(Beckman Coulter)を用いて精製をおこなった。手順は取扱説明書にしたがった。
増幅試薬はKOD-Multi & Epi-(登録商標)(TOYOBO)を用い、20cycle増幅した。手順は取扱説明書にしたがった。増幅用のプライマーはKAPAHyperPlus Library PreparationKit(KAPA)付属のLibrary AmplificationPrimer Mix(10X)を用いた。増幅後の産物は、MultiNA(登録商標)(島津製作所)を用いて解析した。
【0050】
MultiNA(登録商標)(島津製作所)の結果を
図1及び
図2に示した。ここで、
図1及び
図2の各レーンが示す条件は以下の通りである。
(
図1の各レーンの説明)
レーン1:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度50mM
レーン2:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度75mM
レーン3:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度100mM
(
図2の各レーンの説明)
レーン1:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度180mM
レーン2:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度220mM
レーン3:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度250mM
【0051】
図1及び
図2の結果から明らかなように、トリスヒドロキシメチルアミノメタン濃度が高くなるにしたがって、120bp付近のバンドが薄くなり、
図1では、レーン1(Tris-HCl 50mM)及びレーン2(Tris-HCl 75mM)と比較して、レーン3(Tris-HCl 100mM)のバンドの発生が明らかに低減していることが分かる。また、
図2に示すように、Tris-HCl濃度が180mM、220mM、250mMと高濃度になるように調整して実施した場合には、殆ど120bp付近のバンドが認められず、濃度が高くなるにつれてバンドがほぼ消失する傾向が認められた。本実施例で用いたアダプターは約60bpであることから、この120bp付近にみられるバンドはアダプターダイマーを示す。従って、本実施例により、末端修復及び末端アデニル化反応を行う溶液中の緩衝剤濃度を100mM以上(とりわけ、180mM以上)に調整することでアダプターダイマーが低減する傾向がみられた。
【0052】
実施例2:緩衝剤濃度によるアダプターダイマー生成抑制効果(100bpDNAラダー 10ng)
上記実施例1と同様に、核酸断片の末端修復及び末端アデニル化反応液中の緩衝剤濃度によるアダプターダイマーの低減効果について、詳細に確認する目的で、緩衝剤としてトリスヒドロキシメチルアミノメタンを使用し、100bpDNAラダーを用いて更なる実験を行った。本実施例もまた、末端処理反応液中のトリスヒドロキシメチルアミノメタン濃度を変えて、末端修復及び末端アデニル化反応を行い、MultiNA(登録商標)(島津製作所)を用いて解析した。
【0053】
本実施例で用いる核酸断片サンプルとして、100bp DNA Ladder(TOYOBO)10ngを用いた。
末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl(pH9.5)は100、200mMの濃度に調整して末端処理反応を実施し、その他は実施例1の方法に従った。また、比較のためKAPAHyper Prep Kit(KapaBiosystems Ltd)を用いてサンプルを調製した。手順は取扱い説明書に従った。
【0054】
MultiNA(登録商標)(島津製作所)の結果を
図3に示した。ここで、
図3の各レーンが示す条件は以下の通りである。
(
図3の各レーンの説明)
レーン1:従来品のKAPA HyperPrep Kit
レーン2:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度100mM
レーン3:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度200mM
【0055】
本実施例で使用したアダプターも約60bpであるため、120bp付近に現れるバンドは、アダプターダイマーが生成されたことを示す。本実施例でも、
図3の結果から明らかなように、末端修復及び/又は末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度が100mMの場合に現れた120bp付近のバンドは薄く、プライマーダイマーの生成が抑制されていることが確認された。また、このTris-HCl濃度200mMで実施した場合には、120bp付近のバンドはほぼ消失していることが目視で確認され、100mMで実施した場合や従来のKAPAHyper Prep Kitを使用した場合よりも遥かに高度にアダプターダイマーの生成を抑制できていることが確認された。
【0056】
実施例3:緩衝剤濃度によるアダプターダイマー生成抑制効果(物理的断片化サンプル 1ng)
上記実施例1と同様に、核酸断片の末端修復及び末端アデニル化反応液中の緩衝剤濃度によるアダプターダイマーの低減効果について、詳細に確認する目的で、緩衝剤としてトリスヒドロキシメチルアミノメタンを使用し、大腸菌ゲノム1ngを用いて更なる実験を行った。本実施例もまた、末端処理反応液中のトリスヒドロキシメチルアミノメタン濃度を変えて、末端修復及び末端アデニル化反応を行い、MultiNA(登録商標)(島津製作所)を用いて解析した。
【0057】
本実施例で用いる核酸断片サンプルとして、DNA Shearingシステム(Covaris inc.)で超音波処理により断片化した大腸菌ゲノムDNA1ngを用いた。
末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl(pH9.5)は100、180、250、300mMの濃度実施し、PCR増幅は30サイクルでおこなった。
【0058】
MultiNA(登録商標)(島津製作所)の結果を
図4に示した。ここで、
図4の各レーンが示す条件は以下の通りである。
(
図4の各レーンの説明)
レーン1:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度100mM
レーン2:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度180mM
レーン3:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度250mM
レーン4:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度300mM
【0059】
図4の結果から明らかなように、末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度が100mM以上で120bp付近のバンドが薄くなり、Tris-HCl濃度が180mM以上になるとアダプターダイマーがほぼ完全に消失していることが確認された。
【0060】
なお別途、Tris-HCl(pH9.5)をアダプター付加のためのライゲーション反応試薬組成に加えて、アダプター付加反応における緩衝剤濃度を増量して評価を行った(反応液中終濃度200mM)。ところがこの場合、予想外のことに、アダプターダイマーの増加傾向が確認された。このことから、核酸断片とアダプターとの付加反応ではなく、末端修復及び末端アデニル化反応をTris-HCl(pH9.5)が効率化することで、その後のアダプターダイマーの低減に働く可能性が示唆された。
【0061】
実施例4:緩衝剤濃度によるアダプターダイマー生成抑制効果(酵素断片化サンプル10ng)
上記実施例1と同様に、核酸断片の末端修復及び末端アデニル化反応液中の緩衝剤濃度によるアダプターダイマーの低減効果について、詳細に確認する目的で、緩衝剤としてトリスヒドロキシメチルアミノメタンを使用し、ヒトゲノム10ngを用いて更なる実験を行った。本実施例もまた、トリスヒドロキシメチルアミノメタン濃度を変えて、末端修復及び末端アデニル化反応を行い、MultiNA(登録商標)(島津製作所)を用いて解析した。
【0062】
本実施例で用いる核酸断片サンプルとして、KAPA Frag(Kapa Biosystems Ltd)で酵素分解により断片化したヒトゲノムDNA 1ngを用いた。断片化は取扱い説明書に従った。
末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度は180mMとし、pHをpH9.5あるいはpH8.5に調整して実施した。その他は実施例1の方法に従った。
【0063】
MultiNA(登録商標)(島津製作所)の結果を
図5に示した。ここで、
図5の各レーンが示す条件は以下の通りである。
(
図5の各レーンの説明)
レーン1:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度180mM、pH9.5かつ塩化マグネシウム濃度5mM、
レーン2:末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度180mM、pH8.5かつ塩化マグネシウム濃度5mM。
【0064】
図5の結果から明らかなように、pH8.5よりも9.5で実施した場合に、120bp付近のアダプターダイマーが低減していることが確認された。
【0065】
なお別途、塩化マグネシウム濃度を3mMに変更した以外は、上記レーン1と実質的に同じ条件で評価を行った。その結果、pH9.5でも塩化マグネシウムの濃度を3mMにした場合は120bp付近のアダプターダイマーを示すバンドがやや濃くなり、アダプターダイマー低減効果は低いことが確認された。
【0066】
実施例5:NGS結果の確認
実施例1の組成で調製したライブラリーがNGS解析に使用できるか確認する目的で以下の実験を実施した。
【0067】
サンプルとして、KAPA Frag(KapaBiosystems Ltd)で酵素分解により断片化した大腸菌ゲノムDNA 1ngを用いた。断片化は取扱い説明書に従った。ライブラリーの増幅は12サイクルで実施した。末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度200mMで実施し、他は実施例1の方法に従った。
また、比較のためKAPA HyperPrep Kit(Kapa BiosystemsLtd)を用いてサンプルを調製した。手順は取扱い説明書に従った。
MiSeq(illumina)でMiSeq Reagent Kit v2(300Cycles) (illumina)を用いてNGSを実施した。手順は取扱い説明書に従った。解析はCLCGenomics Workbench (CLCbio)を用い、各サンプル40万リードに揃えて解析した。手順は取扱い説明書に従った。
【0068】
解析結果の例を表1に示す。
【表1】
表中の番号は、以下に示す通りである。
1:実施例1の組成の試薬を使用し、末端修復及び末端アデニル化反応液中のTris-HCl濃度200mMで実施した場合の結果。
2:KAPA Hyper Prep Kitを使用した場合の結果。
同一サンプルをインプットした場合、本発明の実施例1の組成は、KAPA Hyper Prep Kitよりも良好なマッピング率を示し、エラー率(正確性)はほぼ同等の結果を示した。この結果から、本発明により、従来品と同等以上の性能を示し得ることが確認された。従って、本発明の方法及びキットは、次世代シーケンシング等での解析のために十分使用できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明は、簡便な手法でありながら、アダプターダイマー生成の低減に効果的である。従って、本発明により、次世代シークエンサー等での解析に際して、質の高いデータ収集を可能にする。本発明は、研究用途のみならず臨床診断や環境検査等にも利用できる。