(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】高精度歯車の加工方法
(51)【国際特許分類】
B23F 19/00 20060101AFI20240509BHJP
B23P 15/14 20060101ALI20240509BHJP
B24C 1/00 20060101ALI20240509BHJP
B24C 1/06 20060101ALI20240509BHJP
B24C 1/10 20060101ALI20240509BHJP
B24C 7/00 20060101ALI20240509BHJP
B24C 11/00 20060101ALI20240509BHJP
F16H 55/17 20060101ALI20240509BHJP
【FI】
B23F19/00
B23P15/14
B24C1/00 Z
B24C1/06
B24C1/10 D
B24C7/00 Z
B24C11/00 Z
B24C11/00 B
B24C11/00 D
F16H55/17 Z
(21)【出願番号】P 2021110330
(22)【出願日】2021-07-01
【審査請求日】2023-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000154129
【氏名又は名称】株式会社不二製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】弁理士法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 恵二
(72)【発明者】
【氏名】石橋 正三
(72)【発明者】
【氏名】小島 隆
(72)【発明者】
【氏名】山田 庸介
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-40744(JP,A)
【文献】特開2005-34990(JP,A)
【文献】特開2020-168684(JP,A)
【文献】特開2000-257697(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23F 19/00,19/06,19/10,19/12;
B23P 15/14;
B24C 1/00,1/06,1/10,7/00,11/00;
F16H 55/00-55/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯切,及び熱処理を行った後,更に仕上げ加工を行って,JIS B 1702-1:1998で規定するN5級の精度等級以上の精度で,かつ,表面の算術平均粗さRaを0.2μm以下となるように高精度に仕上げられた歯車を処理対象とし,
角を有する不定形な形状の硬質砥粒を弾性体の表面に付着させ,又は弾性体に練り込んでなる弾性研磨材を,前記歯車の歯面に対し略垂直に噴射して,前記歯面に微細な凹凸を形成するブラスト処理と,
前記ブラスト処理後の前記歯面を研磨して,前記凹凸の凸部の頂部を除去して平坦化する研磨処理を行い,
前記歯面に,前記ブラスト処理前に形成されていた凹凸の凹部に比較して開口幅が狭く,かつ,深さが深い凹部であるガウジと,前記ガウジ間に形成された,上端が平坦化された凸部を有する,プラトー構造の表面を形成すると共に,
前記ブラスト処理前の前記歯車の歯面に対し,前記研磨処理後の前記歯車の歯面の算術平均粗さRa,単一ピッチ誤差,累積ピッチ誤差,全歯形誤差,及び全歯すじ誤差の上昇をいずれも30%以下に抑えることを特徴とする高精度歯車の加工方法。
【請求項2】
前記ブラスト処理で使用する前記弾性研磨材の前記弾性体がメディアン径0.1~2.0mmであり,前記砥粒のメディアン径が10~500μmであると共に,前記ブラスト処理における前記弾性研磨材の噴射を,噴射圧力0.2~0.5MPaで行うことを特徴とする請求項1記載の高精度歯車の加工方法。
【請求項3】
前記研磨処理を,砥粒を弾性体の表面に付着させ,又は弾性体に練り込んでなる弾性研磨材を,前記歯面に対し鋭角に噴射する第2ブラスト処理によって行うことを特徴とする請求項1又は2記載の高精度歯車の加工方法。
【請求項4】
前記第2ブラスト処理で使用する前記弾性研磨材の前記弾性体がメディアン径0.1~2.0mmであり,前記砥粒のメディアン径が20μm以下であると共に,前記第2のブラスト処理における前記弾性研磨材の噴射を,噴射圧力0.1~0.3MPaで行うことを特徴とする請求項3記載の高精度歯車の加工方法。
【請求項5】
前記第2ブラスト処理を,歯面に対し20~60°の傾斜角で行うことを特徴とする請求項3又は4記載の高精度歯車の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高精度歯車の加工方法に関し,より詳細には,高い加工精度で仕上げられたものでありながら,歯面に油溜まりとなる凹部と,頂部が平坦化された凸部から成るプラトー構造の表面を有する歯車を得ることを可能とした,高精度歯車の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,電気自動車やロボット産業など多くの先端産業の分野において,歯車に高い静粛性が求められるようになっており,歯車の加工には以前にも増して高い加工精度が要求されている。
【0003】
このような高精度化の要求に従い,歯車の加工方法についての見直しが行われている。
【0004】
一例として従来の歯車加工では,
図5(A)に示すように素材を旋削後,ボブ盤などで歯切加工された歯車は,必要に応じて熱処理前にシェービング加工等により歯面形状の修正が行われた後,熱処理され,その後は,仕上げ加工としてハードターニング加工等が行われるのみで,熱処理後の歯面に対する更なる加工が行われないのが一般的である。
【0005】
これに対し,高精度化の要求に応じた近年の歯車加工では,
図5(B)に示すように,熱処理後,ハードターニング加工に続き,更に歯面研削(図中の「歯研」)やギヤホーニング(図中の「ホーニング」)等の歯面に対する加工が実施され,歯面の粗さや寸法精度を更に高精度に加工する工程が実施されるようになっている(非特許文献1参照)。
【0006】
一方,歯車の伝達効率は組み合わさる歯面の潤滑性に左右され,このような潤滑性を向上させるために,歯面をプラトー構造の表面に加工することが有効であることが古くから知られている。
【0007】
ここでプラトー構造の表面とは,一例として
図6(C)に示すように頂部が平坦に均されて相手歯面との接触抵抗を減らした凸部と,油溜まりとして機能する凹部から成る凹凸形状を有する表面であり,このようなプラトー構造の表面は,摺動面の構造として工業的に重要であることから,その評価法がJIS B 0671:2002に規定されている。
【0008】
このようなプラトー構造の表面を歯車の歯面に形成する方法として,後掲の特許文献1は,ブラスト加工により形成する方法を開示する。
【0009】
具体的には,特許文献1では,このようなプラトー構造の表面を形成する方法として,
図7(A)~(C)に示す,下記の3つの方法を提案する。
【0010】
第1の方法は,「歯切り加工」が行われた歯車に対し,鋼球等からなるショットを投射材として投射する「ショットピーニング加工」を実施してディンプルを形成した後に,熱処理として「浸炭処理」を行い,その後,砥粒と粘性流体の混合物の流れ中に歯車を置いて研磨する「砥粒流動加工」によって,ショットピーニングの際にディンプルとディンプルの間に生じた尖端部を除去することでプラトー面を形成する〔
図7(A)〕。
【0011】
第2の方法は,「歯切り加工」が行われた歯車に対し,弾性と粘着性を有するコアの周りに砥粒を付着させた投射材を投射する「鏡面ショットピーニング加工」を実施してディンプルを形成した後,「浸炭処理」を行い,その後,再度「鏡面ショットピーニング加工」を実施して,ディンプルとディンプルの間に生じた尖端部を研磨により除去することでプラトー面を形成する〔
図7(B)〕。
【0012】
第3の方法は,「歯切り加工」が行われた歯車に対し,前述した「ショットピーニング加工」を実施してディンプルを形成した後,「浸炭処理」を行い,その後,前述した「鏡面ショットピーニング加工」を実施して,ショットピーニング加工の際にディンプルとディンプルの間に生じた尖端部を研磨して除去することでプラトー面を形成する〔
図7(C)〕。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【非特許文献】
【0014】
【文献】鍋倉正和,橋谷道明,西村幸久,藤田昌克,▲柳▼瀬吉言,三▲崎▼雅信「自動車用ミッションギヤの生産を支える歯車加工機と精密切削工具」三菱重工技報 VOL,43 NO.3:2006(https://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/433/433041.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前述したように,静粛性の要求から歯車を高精度に加工することが要求される一方,歯車の潤滑には,歯面をプラトー構造の表面とすることが有効であり,高精度の加工状態を維持しながら,歯車の歯面にプラトー構造の表面を形成することができれば,静粛性と潤滑性が両立された歯車を得ることができる。
【0016】
しかし,歯車の歯面を前述したプラトー構造の表面とする加工は,油溜まりとなる凹部を形成して表面を凹凸形状に加工するものであり,このような加工を行えば,歯車の歯面の表面粗さが増大し,また,寸法や形状の変化による加工精度の低下が起こる。
【0017】
特に,前掲の特許文献1に記載の方法では,ボブ盤などによって歯切り加工が終了した後の,鋭利な山と谷が形成された歯面〔
図6(A)〕に対し,鋼球等から成るショットを衝突させる等して谷の部分を広げることにより開口幅の広いディンプルを形成し〔
図6(B)〕,その後,表面研磨によって尖端部を除去することで歯面を
図6(C)に示すようなプラトー構造の表面としている(特許文献1の[0019])。
【0018】
その結果,特許文献1に記載の方法でプラトー構造の表面を形成する場合,
図6(C)に示すように比較的開口幅の広いディンプルが形成される結果,最終的に得られる歯面の表面粗さが大きなものとなると共に,寸法精度は低いものとなり,近年の高精度化の要求には対応し得ない。
【0019】
また,特許文献1に記載の方法では,
図6(A),(B)に示すように,鋼球等から成るショットの衝突によって,一部の凸部を押し潰すなどして凹凸の谷の部分(凹部)を大きく拡大してディンプルを形成するものであることから,ディンプルの形成は,歯車の歯面の形状を大きく変化させる。
【0020】
これらの点から,特許文献1に記載の方法ではディンプルの形成を,熱処理(表面硬化処理工程)の前に行うことを必須(特許文献1の請求項5他)としたものと考えられる。
【0021】
すなわち,特許文献1で行っているように大きな塑性変形を伴うディンプルの形成を行うためには,熱処理前の,歯車の母材硬度が低い状態(従って塑性変形し易い状態)で行う必要があると共に,歯車の加工精度を得るためには,ディンプルの形成によって大きく変形した歯面の形状や寸法の変化を,熱処理後に行われるハードターニング〔
図5(A),(B)参照〕等で調整する必要がある。
【0022】
このように,特許文献1に記載の方法では,熱処理前のディンプル形成を必須とするため,必ず歯車の製造工程中に組み込んで実施する必要があり,熱処理と仕上げ加工が既に完了している歯車,例えば,歯車として完成し,一旦,部品等として自動車等に組み込まれた歯車を処理対象とし,この歯車の歯面に事後的にプラトー構造の表面を形成することはできない。
【0023】
このように,特許文献1に記載されている加工方法では,比較的広い開口幅を有するディンプルを形成するものであるため,歯車の歯面にプラトー構造の表面を形成することができたとしても,得られた歯車の歯面は,表面粗さが大きく,かつ,加工精度の低いものとなる。
【0024】
また,特許文献1に記載された加工方法では,熱処理前にディンプルを形成することを必須とすると共に,ディンプル形成により歯面を大きく変形させてしまうことから,熱処理及び高精度の仕上げ加工が行われた歯車,例えば自動車等に一旦部品として組み込まれた歯車に対し,事後的にプラトー構造の潤滑面を形成することもできない。
【0025】
ここで,ブラスト加工により油溜まりとなる凹部を形成する場合,前掲の特許文献1のように比較的開口幅の狭い半円弧状の凹部である「ディンプル」を形成することが一般的に行われてきた。
【0026】
しかしながら,本発明の発明者らは,この点を再度見直し,このような「ディンプル」に比較して開口幅の狭い凹部を形成した場合であっても,凹部の深さが確保されていれば,油溜まりとしての機能を発揮し得るはずであり,必ずしも特許文献1のように開口部の幅の広いディンプルを形成する必要はないのではないかと推察した。さらに,深さが確保された凹部は必要以上に高密度に設ける必要はないと推察した。
【0027】
そして,このような開口幅の狭く深い凹部を低密度に形成することにより歯面に潤滑性を付与することができるのであれば,歯車の歯面に対しより少ない変形量でプラトー構造の表面を形成することができ,前掲の特許文献1のように開口幅の広いディンプルを形成する場合に比較して,表面粗さの増大や,寸法精度の低下を抑制しつつ,プラトー構造の表面の形成を行うことができるはずである。
【0028】
その一方で,熱処理によって硬度が増した歯車に対し,開口幅が狭い凹部を形成するために,開口幅に見合った微小な粒径の砥粒を単純に噴射して衝突させただけでは,砥粒1粒の質量が小さく,衝突エネルギが小さいために,衝突部分に開口幅の狭い凹部を形成できたとしても,深さが深い凹部を形成することができず,油溜まりとしての機能が得られないおそれがあり,このような問題を解消するための工夫が必要となる。
【0029】
この問題を解決する一つの方法として,砥粒を高速で噴射してその衝突エネルギを大きくする方法があるが,そのような能力は全てのブラスト噴射装置に備わっているわけではない。
【0030】
また,開口幅に見合った微小な粒径の砥粒を高速で噴射できたとしても,それが万遍なく歯面に当たると,その一面に渡って深い凹部が隣り合うように高密度で形成されると同時に,凹部と凹部の間にはその深さに対応した高い尖端部が形成される〔
図2(B’)参照〕。
【0031】
その結果,その後の工程において,高密度に形成された尖端部を研磨,除去してできるプラトー構造の歯面は,研磨,除去される体積が大きくなることから,寸法や形状が大きく変化することになる〔
図2(C’)参照〕。
【0032】
しかし,油溜まりとなる深い凹部は,隣り合うほど高密度に設ける必要なく,適当な間隔をおいて低密度に設ければ十分であり,そうすれば,プラトー構造形成後の寸法および形状変化を小さく抑えられる。即ち,深い凹部を低密度に形成する工夫も必要となる。
【0033】
本発明は,このような発明者らの発想の下に成されたもので,高精度に仕上げられた歯車の高精度の加工状態を維持しつつ,歯面に比較的開口幅が狭く深さの深い凹部が低密度に形成されたプラトー構造の潤滑面を形成することのできる,高精度歯車の加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0034】
以下に,課題を解決するための手段を,発明を実施するための形態で使用する符号と共に記載する。この符号は,特許請求の範囲の記載と発明を実施するための形態の記載との対応を明らかにするためのものであり,言うまでもなく,本発明の技術的範囲の解釈に制限的に用いられるものではない。
【0035】
上記目的を達成するための,本発明の高精度歯車の加工方法は,
ボブ盤等による歯切,及び浸炭処理等の熱処理を行った後,更に歯面研磨やギヤホーニング等の仕上げ加工を行って,JIS B 1702-1:1998で規定するN5級の精度等級以上の精度で,かつ,表面の算術平均粗さRaが0.2μm以下となるように高精度に仕上げられた歯車を処理対象とし,
角を有する不定形な形状の,例えばセラミックスやダイヤモンドなどの硬質砥粒を弾性体の表面に付着させ,又は弾性体に練り込んでなる弾性研磨材を,前記歯車の歯面に対し略垂直に噴射して,前記歯面に微細な凹凸を形成するブラスト処理(第1ブラスト処理)と,
前記ブラスト処理(第1ブラスト処理)後の前記歯面を研磨して,前記凹凸の凸部の頂部を除去して平坦化する研磨処理を行い,
前記歯面に,前記ブラスト処理前に形成されていた凹凸の凹部に比較して開口幅が狭く,かつ,深さが深い凹部であるガウジと,前記ガウジ間に形成された,上端が平坦化された凸部を有する,プラトー構造の表面を形成すると共に,
前記ブラスト処理(第1ブラスト処理)前の前記歯車の歯面に対し,前記研磨処理後の前記歯車の歯面の算術平均粗さRa,単一ピッチ誤差fpt,累積ピッチ誤差Fp,全歯形誤差Fα,及び全歯すじ誤差Fβの上昇をいずれも30%以下に抑えたことを特徴とする(請求項1)。
【0036】
ここで,
算術平均粗さRaとは,粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さ(l)だけ抜き取り,この抜き取り部分の平均線から測定曲線までの偏差の絶対値を合計し,更に平均した値であり,JIS B 0601:2001に規定されている。
【0037】
また,JIS B 1702-1:1998における単一ピッチ誤差fpt,累積ピッチ誤差Fp,全歯形誤差Fα,及び全歯すじ誤差Fβとは,それぞれ,以下の通りである。
単一ピッチ誤差fpt:隣り合った同じ側の歯面のピッチ円上における実際のピッチと,理論ピッチとの差。
累積ピッチ誤差Fp:歯車全歯面領域での最大累積ピッチ誤差であり,累積ピッチ誤差曲線の全振幅で表現される。
全歯形誤差Fα:決められた歯形検査範囲で,実歯形を挟む設計歯形線図間の距離。
全歯すじ誤差Fβ:決められた歯すじ検査範囲で,実歯すじを挟む二つの設計歯すじ間の距離。
【0038】
前述のブラスト処理(第1ブラスト処理)は,前記弾性体のメディアン径が0.1~2.0mmであり,前記砥粒のメディアン径が10~500μmである弾性研磨材を使用して,噴射圧力0.2~0.5MPaで行うことができる(請求項2)。
【0039】
また,前記研磨処理を,砥粒を弾性体の表面に付着させ,又は弾性体に練り込んでなる弾性研磨材を,前記歯面に対し鋭角に噴射する第2ブラスト処理によって行うものとしても良い(請求項3)。
【0040】
この場合,前記第2ブラスト処理を,前記弾性体のメディアン径が0.1~2.0mmであり,前記砥粒のメディアン径が20μm以下である弾性研磨材を使用して,噴射圧力0.1~0.3MPaで行うことができる(請求項4)。
【0041】
前記第2ブラスト処理は,好ましくは歯面に対し20~60°,より好ましくは25~35°の傾斜角θで行うことができる(請求項5)。
【発明の効果】
【0042】
以上で説明した本発明の構成により,本発明の高精度歯車の加工方法で加工された歯車は,歯面にプラトー構造の表面が形成されたものでありながら,表面粗さが小さく,かつ,高精度の加工状態で加工されたものであるという,相反する構造を同時に備えたものとすることができた。
【0043】
その結果,本発明の方法で加工された歯車は,高い加工精度で加工されていることにより作動音が小さく静粛性が実現されると共に,プラトー構造の潤滑面が形成されていることで,歯面の潤滑性が向上することで伝達効率を改善することができた。
【0044】
すなわち,本発明の方法では,油溜まりとして形成する凹部を,比較的開口幅が狭く,深さが深い凹部である前述の「ガウジ」として形成したことで,油溜まりとしての機能を確保しつつ,ガウジの低密度な形成により歯面に生じる変形量を小さくすることで,歯車を高精度の加工状態に維持することができる。
【0045】
一方,熱処理によって硬化した歯車の歯面は変形が生じ難い状態となっていることから,1粒あたりの質量が小さい微細な砥粒のみを単独で噴射しても,歯面に深い凹部を形成することができない。
【0046】
しかし,本発明の方法では,砥粒を弾性体の表面に付着させ又は練り込んで成る弾性研磨材を噴射する構成を採用したことで,歯面に砥粒が衝突した際,砥粒には,砥粒の質量だけでなく,弾性体の質量分の衝突エネルギが加算されることで,砥粒の衝突部分の歯面に,開口幅が狭く,かつ,深さの深い凹部を形成できるものとなっている。
【0047】
さらに,弾性研磨材の表面から突き出る砥粒の長さは,寸法にばらつきがある。その結果,長く突き出た砥粒が歯面と衝突すればガウジを形成するが,短く突き出た砥粒が衝突した個所では浅い凹部が形成する。
【0048】
従って,上記弾性研磨材の衝突によるガウジの形成は低密度となり,ガウジに対応して形成される尖端部も少なくなり,プラトー構造形成において研磨,除去する体積も小さくなる〔
図2(B),(C)参照〕。
【0049】
その結果,熱処理を経て高精度に加工された歯車に対しても事後的にプラトー構造の表面を形成することができると共に,プラトー構造の表面を形成した後においても,高精度に加工された元の表面の表面粗さや加工誤差の増大を,30%以下の範囲に抑制することが可能となっている。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【
図1】本発明の高精度歯車の加工方法を含む,歯車の製造工程の説明図。
【
図2】製造工程に従い変化する歯車の歯面の凹凸状態を示した模式図であり,(A)は未処理,(B)は(A)に対し弾性研磨材を使用した本発明のブラスト処理(第1ブラスト処理)を行ったもの(実施例),(C)は(B)を研磨処理(第2ブラスト処理)したもの(実施例),(B’)は(A)を通常の研磨材を高速噴射してブラスト処理したもの(比較例),(C’)は(B’)を研磨処理したもの(比較例)。
【
図3】本発明の方法による各処理方法の説明図であり,(A)はブラスト処理(第1ブラスト処理),(B)は研磨処理(第2ブラスト処理)の説明図。
【
図4】歯車の歯面の歯形方向の粗さ曲線であり(A)は未処理,(B)は本発明の方法(実施例)による処理後。
【
図5】従来の歯車の加工工程の説明図であり,(A)は一般的な歯車の加工工程,(B)は高精度な歯車の加工工程。
【
図6】従来(特許文献1)におけるプラトー構造表面の形成状態の説明図であり,(A)は歯切り後の状態,(B)は歯切り後,ディンプル形成が行われた状態,(C)は研磨によりディンプル間の尖端部が除去された状態。
【
図7】特許文献1に開示された,(A)~(C)3つのプラトー構造表面の形成方法の工程図。
【発明を実施するための形態】
【0051】
次に,本発明の実施形態につき添付図面を参照しながら以下説明する。
【0052】
〔処理対象〕
本発明の高精度歯車の加工方法は,
図1に示すように,浸炭焼き入れや高周波焼入れ等の「熱処理」を行った後,「ハードターニング」,歯面研磨(図中の「歯研」)及び/又はギヤホーニング(図中の「ホーニング」)等の高精度の仕上げ処理が施されて,JIS B 1702-1:1998で規定するN5級の精度等級以上の精度で,かつ,歯面表面の算術平均粗さRaが0.2μm以下の高精度に仕上げられた歯車を処理対象とする。
【0053】
このような歯車を処理対象とするものであれば,本発明の処理方法は,製造工程の最終段階の歯車に対し行うものとしても良く,あるいは,一旦,自動車等の部品として取り付けられ,使用されていた歯車に対し,事後的に本発明の処理方法を実施するものであっても良い。
【0054】
本発明で処理対象とする高精度歯車としては,浸炭焼入鋼,機械構造用炭素鋼,クロムモリブテン鋼の他,歯車の材質として既知の各種材質のものを処理対象とすることができる。
【0055】
前述した精度等級以上で,かつ,前述した表面粗さ以下の高精度歯車は,一例として,
図1に「高精度歯車の加工」として示した工程により製造することができる。
【0056】
図1に示す工程中の「素材」とは,前述した鋼材を個々の歯車の製造に適した大きさに切り出したもので,この素材を,形成する歯車の大凡の外形形状に「旋削」し,その後,ボブ盤等を使用して「歯切」を行う。
【0057】
「歯切」後の状態で歯面に粗さが残る場合,必要に応じて「シェービング」等の加工を行い歯面粗さの改善を行った後,浸炭焼き入れ,高周波焼入れ等の「熱処理」を行う。
【0058】
熱処理後,「ハードターニング」などの加工,歯面研磨(図中の「歯研」)及び/又はギヤホーニング(図中の「ホーニング」)を行うことにより,前述した精度等級以上で,かつ,表面の算術平均粗さRaを0.2μm以下の高精度に仕上げた歯車を得ることができる。
【0059】
このようにして高精度に仕上げられた歯車の歯面の表面断面形状を
図2(A)に示す。
【0060】
図2(A)に示すように,高精度に仕上げられた歯車の歯面は,比較的開口幅の広い凹部が形成されたなだらかな形状の凹凸となっている。
【0061】
なお,本発明で処理対象とする高精度歯車の加工工程は,
図1に記載した例に限定されず,例えば,熱処理後に歯面研磨(歯研)を行う場合には,熱処理前のシェービングを省略するものとしても良く,逆に,熱処理前のシェービングを行う場合には,熱処理後の歯面研磨(歯研)を省略する等しても良く,前述した精度等級以上で,かつ,前述した表面粗さ以下の高精度に仕上げることができるものであれば,工程の一部を省略し,あるいは他の工程に置き換えても良い。
【0062】
このように,高精度に仕上げられた歯車に対し,本発明では,後述するように,弾性研磨材を噴射して歯面に凹凸を形成する「ブラスト処理(第1ブラスト処理)」と,該ブラスト処理により形成された凹凸の凸部の尖端を研磨,除去して平坦化する「研磨処理」から成る,本発明の加工方法を実行する。
【0063】
〔ブラスト処理(第1ブラスト処理)〕
前述したように,熱処理後,高精度の仕上げ加工がされた歯車の歯面に対し,歯車の歯面に油溜まりとなる凹部を形成するためのブラスト処理(第1のブラスト処理)が行われる。
【0064】
このブラスト処理(第1ブラスト処理)では,
図3(A)に示すように核となる弾性体の表面に硬質砥粒を付着させ,又は練り込んだ弾性研磨材を,処理対象とする歯車の歯面に対し,噴射方向を略垂直として噴射する。
【0065】
弾性研磨材に使用する弾性体としては,ゴムや熱可塑性樹脂のエラストマーなどであって低弾性率の弾性体,樹脂の発泡体,その他の粘弾性体(例えば破砕した植物の根茎,こんにゃくやゼラチン)等を使用することができる。
【0066】
また,硬質砥粒は,弾性体の表面に付着させる場合は,その粒径のばらつきが大きい方がよい。そうすることによって,弾性体の表面からの硬質砥粒の突き出し長さにばらつきが生じ,突き出し長さの長い硬質砥粒との衝突部分の歯面に開口幅が狭く,かつ,深さが深い凹部(ガウジ)を低密度に形成することができる。一方,硬質砥粒を弾性体に練りこむ場合は,その粒径に大きなばらつきは必要ない。なぜなら,練りこまれた砥粒は弾性体に埋まっているがその深さはランダムなので,粒径のばらつきが小さい場合でも,突き出し量(弾性体の表面からの突き出し長さ)のばらつきは大きくなるため,同様に低密度でガウジを形成することができるからである。尚,硬質砥粒の適切なばらつきの程度は,弾性体の表面に付着する場合も,また,弾性体に練りこむ場合でも,弾性体の直径と硬質砥粒の粒径の組み合わせによって変わる。
【0067】
このような砥粒の材質としては,熱処理後の硬化した歯面に対し前述した凹部を形成することができるよう,アルミナやSiC等のセラミックスやダイヤモンド等の硬質のものを選択する。
【0068】
ここで,歯車の歯面に前述したサイズの硬質砥粒を直接投射する一般的なサンドブラストによっても歯面に凹部を形成することは可能であるが,この場合,砥粒が歯面に衝突した際の衝突エネルギは,砥粒1粒分の質量に応じたものとなることから,形成される凹部は,開口幅に対し深さが浅いものとなり,油溜まりとして十分に機能しない。
【0069】
一方,噴射能力の高いサンドブラスト装置を使用すれば,砥粒の高速噴射が可能となり,衝突エネルギを高くすることで深い凹部(ガウジ)の形成が可能であるが〔
図2(B’)参照〕,高速噴射した砥粒を歯面に万遍なく当てると,ガウジを必要以上に高密度に形成することになり,プラトー構造形成後に歯面に生じる寸法と形状の変化を大きくしてしまう〔
図2(C’)参照〕。
【0070】
これに対し,前述した弾性研磨材を噴射して凹部(ガウジ)を形成する場合,砥粒との衝突部分における歯面には,砥粒の粒径に対応した比較的狭い開口幅を有する凹部が形成される一方,砥粒との衝突部分における歯面には,砥粒の質量と共に,弾性担体を含む弾性研磨材全体の質量が加わって衝突エネルギが集中して加わることで,比較的深い凹部を形成することができる。
【0071】
また,前述したように本発明でブラスト処理(第1ブラスト処理)に使用する弾性研磨材は,前述のように弾性体の表面から突き出る砥粒の長さにはばらつきがあり,その結果,弾性体の表面より長く突き出た砥粒が衝突すれば元の凹部よりも開口幅が狭く深いガウジを形成するが,弾性体の表面より短く突き出た砥粒と衝突した個所では浅い凹部を形成し〔
図2(B)参照〕,結果的に,研磨工程後のガウジの形成密度を低く抑えることができる〔
図2(C)参照〕。
【0072】
このように,本発明で採用するブラスト処理(第1ブラスト処理)では,弾性体は,歯面に対する砥粒の衝突時,砥粒に弾性担体の質量を乗せて砥粒を歯面に押し込むための錘としての機能を有するものであり,かかる観点から,前述の弾性体として,メディアン径0.1~2.0mmものを使用すると共に,このような砥粒と弾性体から成る弾性研磨材を,噴射圧力0.2~0.5MPaで噴射する。
【0073】
これらの条件は,処理対象とする歯車の歯寸法,材質等に基づいて,加工効率を勘案して前述の数値範囲内のものから最適な条件を選ぶことが好ましい。
【0074】
このように,ブラスト処理(第1ブラスト処理)で弾性研磨材を噴射することにより,未処理の状態では
図2(A)に示す状態にあった歯車の歯面には,
図2(B)に示すように,前記のブラスト処理(第1ブラスト処理)前の歯面に形成されていた凹凸の凹部に比較して,開口幅が狭く,かつ,深さが深い凹部(ガウジ)が形成される。
【0075】
〔研磨処理(第2ブラスト処理)〕
前述したブラスト処理(第1ブラスト処理)により凹凸を形成した歯車の歯面では,
図2(B)を参照して説明したように,開口幅が比較的狭く,かつ,深さの深い凹部(ガウジ)が形成されるが,隣接する凹部(ガウジ)間には,尖鋭な形状を有する凸部が形成される。
【0076】
そのため,本発明の加工方法では,ブラスト処理(第1ブラスト処理)後,研磨処理(第2ブラスト処理)を実施して,この凸部の尖端を研磨,除去して平坦な形状とすることにより,凸部の上端に平坦なプラトー面を形成している。
【0077】
このような研磨方法は特に限定されず,既知の各種の方法で実施可能であるが,本実施形態では,このような研磨方法として,
図3(B)に示すように弾性研磨材を歯面に対し鋭角(θ)で噴射する第2のブラスト加工を行っている。
【0078】
第2のブラスト加工に使用する弾性研磨材も,弾性体の表面に砥粒を付着させ,又は弾性体に砥粒を練り込んだもので,弾性体の材質としては,前述した第1ブラスト処理で使用した弾性研磨材と同様のものが使用可能である。
【0079】
第1ブラスト処理では,弾性体は砥粒を歯面に押し込むための錘としての機能を有するものであったが,第2ブラスト処理に使用する弾性研磨材の弾性体にはこのような錘としての機能はなく,弾性体の寸法に特に制限はなく,各種の寸法の範囲より選択可能である。
【0080】
本実施形態では,第1ブラスト処理と第2ブラスト処理を,共通のブラスト加工装置を使用して実行できるよう,第1ブラスト処理と同様,第2ブラスト処理で使用する弾性研磨材についてもメディアン径が0.1~2.0mmの弾性体を使用した。
【0081】
弾性研磨材に使用する砥粒の材質や形状等は,特に限定されず,歯車の歯面を研磨して凸部の先端を平坦化し得るものであれば既知の各種のものが使用可能である。
【0082】
また,砥粒の粒径についても,第1のブラスト処理で形成された凹凸の凹部を残しつつ,凸部の先端部分を除去して平坦化し得るものであれば特に限定されないが,好ましくは第1のブラスト処理で使用した弾性研磨材の砥粒の粒径よりも小さな粒径の砥粒を使用し,本実施形態では,一例として,メディアン径が20μm以下の砥粒を使用した。
【0083】
なお,
図3では,
図3(B)に図示した研磨処理(第2ブラスト処理)用の弾性研磨材を,
図3(A)に示したブラスト処理(第1ブラスト処理)用の弾性研磨材と同様,弾性体の表面より突き出る砥粒の長さにばらつきのある弾性研磨材として図示したが,研磨処理(第2ブラスト処理)用の弾性研磨材に使用する砥粒は,必ずしも砥粒の突き出し長さにばらつきがあるものを使用する必要はなく,突き出し長さが揃ったもの使用するものとしても良い。
【0084】
以上で説明した弾性研磨材を歯車の歯面に対し鋭角に噴射する。
【0085】
歯面に対する噴射角θ〔
図3(B)参照〕は,好ましくは20°~60°で,より好ましくは25°~35°である。
【0086】
このように,
図3(B)中に矢印で示すように歯面に対し弾性研磨材を鋭角に噴射することで,噴射された弾性研磨材は,歯面に衝突した後,歯面の表面に沿って水平に滑動することで,第1ブラスト処理の際に形成された凹凸の凸部の先端が研磨,除去されて平坦化される。
【0087】
このようにして第2ブラスト処理が行われた後の歯面には,
図2(C)に示すように,開口幅が比較的狭く,深い凹部(ガウジ)が油溜まりとして形成されると共に,隣接する凹部(ガウジ)間には平坦化された頂面(プラトー面)を有する凸部が形成された,プラトー構造の潤滑面を形成することができる。
【0088】
このように,高精度に仕上げられた歯車に対し,本発明の加工方法を適用することで元の歯面の算術平均粗さRa,及び加工精度を大幅に低下させることなく,プラトー構造の潤滑面を形成することが可能である。
【0089】
その結果,高精度の仕上げによる静粛性と,プラトー構造の潤滑面の形成による潤滑性の向上という効果が同時に得られる歯車を得ることができた。
【実施例】
【0090】
本発明の加工方法で高精度歯車の加工を行った試験結果を以下に示す。
【0091】
〔試験の目的〕
本発明の方法で加工された高精度歯車の歯面に形成されたプラトー構造の潤滑面の表面構造を確認すると共に,表面粗さや加工精度の低下が,抑制できていることを確認する。
【0092】
〔試験方法〕
JIS B 1702-1:1998で規定するN5級の加工精度に仕上げ加工された歯車を処理対象として,本発明の加工方法によりプラトー構造の潤滑面を形成した。
【0093】
比較例として,同様の処理対象に対し,ショットピーニングによるディンプルの形成後,研磨工程を実施してプラトー構造の潤滑面を形成した。
【0094】
実施例及び比較例の処理条件をそれぞれ下記の表1に示す。
【0095】
【0096】
なお,第1ブラスト処理及び第2ブラスト処理共に,弾性研磨材として弾性体に砥粒を練りこんだ構造のものを使用した。
【0097】
また,ブラスト加工装置としては,市販のエア式のブラスト加工装置(不二製作所製)を使用した。
【0098】
〔試験結果〕
未処理の歯車,及び上記の条件で処理した後の実施例及び比較例の歯車の表面状態をそれぞれ下記の表2に示す。
【0099】
また,未処理の歯車の歯面の歯形方向の粗さ曲線を
図4(A)に,実施例の歯車の歯形方向の粗さ曲線を
図4(B)にそれぞれ示す。
【0100】
【0101】
〔考察〕
(1)表面粗さの比較
加工前後の表面粗さパラメータを比較すると,算術平均粗さRaは未処理の数値に対し実施例の数値は僅かに増加(約26%増)を示した程度であり,大きな変化は見られず,本発明の方法によればプラトー構造の潤滑面の形成によっても,表面粗さの増大を抑制できていることが確認された。
【0102】
これに対し,比較例の方法で処理した歯車の歯面では,未処理の状態に比較して,算術平均粗さRaが大幅に増大(640%増)しており,プラトー構造の潤滑面の形成と引き換えに表面粗さが増大していることが確認されており,第1ブラスト処理に,弾性研磨材を使用する本発明の加工方法が,加工精度を維持しつつプラトー構造の潤滑面を形成する上で有効であることが確認された。
【0103】
(2)凹凸形状の比較
実施例の方法で処理された歯車の歯面では,未処理のものに対しスキューネスRskの値がマイナス側に大きく増加(約15倍)していること,また,未処理の表面に対し突出谷部深さRvkが約2.5倍に増大している。
【0104】
これらの数値より,実施例の方法で処理された歯車では,未処理の歯車の歯面に生じていた凹凸の凹部よりも開口幅が狭く深さの深い凹部が形成されていることが判り,このことは,
図4(A)に示した未処理の歯面における粗さ曲線と,
図4(B)に示した実施例の条件で処理した後の歯面の粗さ曲線の比較によっても確認することができる。
【0105】
更に,実施例の歯車では,負荷長さ率Mr1が未処理のものに比較して6割程度の値となっており,突出山部の割合が少なくなっていること(凸部の上端が平坦となっていること),従って,プラトー構造の潤滑面が形成されていることが判る。
【0106】
これに対し比較例の方法で処理された歯車でも,負荷長さ率Mr1の値より,歯面には,凸部の頂部が平坦化されたプラトー構造の潤滑面が形成されていることが推察できるものの,スキューネスRskの値から,比較例の方法で形成された凹部は,本発明のものに比較して開口幅が大きなものとなっており,このような開口幅の大きな凹部の形成が,後述する精度等級の基準となる数値を大幅に上昇(加工精度を低下)させているものと考えられる。
【0107】
また,比較例の方法で形成された凹部は,突出谷部深さRvkの値から実施例の方法で形成された凹部(ガウジ)に比較して深さが浅く,油溜まりとしての機能,従って,歯面の潤滑性についても本発明のものと比較して性能が劣るものと推察される。
【0108】
(3)加工精度の比較
JIS B 1702-1:1998で規定する歯車担体の個別誤差中,単一ピッチ誤差fpt,累積ピッチ誤差Fp,全歯形誤差Fα,全歯すじ誤差Fβについて見ると,実施例の方法で加工された歯車では,未処理のものに比較していずれの数値共に若干の上昇が見られるものの,未処理の状態に対し30%以下の増加率に抑えることができている。
【0109】
従って,例えばN5級として定められている個別誤差の上限値の数値に対し,30%程度,少ない誤差(高い精度)で歯車を仕上げておくことで,本発明の方法でプラトー構造の潤滑面を形成した後においても,処理対象とした歯車の加工精度を,N5級の範囲に維持することが可能となる。
【0110】
事実,本実施例の試験条件では,本発明の方法で処理した後の歯車の誤差(単一ピッチ誤差fpt,累積ピッチ誤差Fp,全歯形誤差Fα,全歯すじ誤差Fβ)は,全てN5級として規定されている上限値の範囲内にあった。
【0111】
この結果から,本発明の方法では,高精度に仕上げられた歯車の加工精度を維持しつつ,プラトー構造の潤滑面を歯面に形成するという,相反する要求に対応し得るものであることが確認できた。
【0112】
これに対し,比較例に記載の方法で加工された歯車では,未処理の状態に比較して,単一ピッチ誤差fpt,累積ピッチ誤差Fp,全歯形誤差Fα,全歯すじ誤差Fβのいずれの数値とも大幅な上昇を示しており,前述した条件での試験結果において,比較例の歯車では,全歯形誤差Fαを除き,その他の誤差は,N5級で規定する上限値を超えるものとなっており,比較例の方法では高精度に仕上げた歯車の加工精度の維持と,プラトー構造の潤滑面の形成を両立させ得るものではなかった。