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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】粉液型義歯床用裏装材
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/60 20200101AFI20240509BHJP
   A61K 6/15 20200101ALI20240509BHJP
   A61K 6/35 20200101ALI20240509BHJP
【FI】
A61K6/60
A61K6/15
A61K6/35
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023573869
(86)(22)【出願日】2022-11-17
(86)【国際出願番号】 JP2022042706
(87)【国際公開番号】W WO2023135930
(87)【国際公開日】2023-07-20
【審査請求日】2024-03-19
(31)【優先権主張番号】P 2022003569
(32)【優先日】2022-01-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本田 佳樹
(72)【発明者】
【氏名】品川 裕作
(72)【発明者】
【氏名】山崎 達矢
【審査官】愛清 哲
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-69098(JP,A)
【文献】特開昭60-123515(JP,A)
【文献】特開2004-269454(JP,A)
【文献】特開2014-177419(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0081885(US,A1)
【文献】Reactivity of Benzoyl Peroxide/Amine System as an Initiator for the Free Radical Polymerization of Dental and Orthopaedic Dimethacrylate Monomers: Effect of the Amine and Monomer Chemical Structure,Macromolecules,2006年,39,pp.2072-2080,10.1021/ma0521351
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00- 6/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非架橋樹脂粒子及び有機過酸化物を含む粉材と、ラジカル重合性単量体及び置換基の1つがアリール基である第3級アミン化合物を含む液材と、からなる粉液型義歯床用裏装材において、
前記第3級アミン化合物が下記一般式(1)
【化1】
(式中、Rは、炭素数1~6の炭化水素基又は末端にOH基を有する炭素数1~5の直鎖状ヒドロキシアルキル基である。)
で示される化合物からなり、
前記有機過酸化物が、ベンゾイルパーオキサイドであり、前記一般式(1)で示される化合物が、4-tert-ブチル-N,N-ジメチルアニリンまたは2-[4-(ジメチルアミノ)フェニル]エタン-1-オールである、
ことを特徴とする粉液型義歯床用裏装材。
【請求項2】
前記粉材と前記液材とを混合した混合物における、前記ラジカル重合性単量体100質量部に対する前記非架橋樹脂粒子、前記有機過酸化物及び前記一般式(1)で示される化合物の量の含有量が、夫々、前記非架橋樹脂粒子:30~450質量部、前記有機過酸化物:0.2~10質量部及び前記一般式(1)で示される化合物:0.1~5質量部である、
請求項1に記載の粉液型義歯床用裏装材。
【請求項3】
直接患者の口腔で重合硬化させる直接法用義歯床用裏装材である、
請求項1又は2に記載の粉液型義歯床用裏装材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低発熱であり、且つ硬化開始が早い粉液型義歯床用裏装材に関する。
【背景技術】
【0002】
粉液型の義歯床用裏装材は、長期間の使用により患者の口腔粘膜に適合しなくなった義歯を補修し、再度使用できる状態に修正するための材料である。一般的に、粉液型の義歯床用裏装材は、ラジカル重合性単量体を主成分とした液材と、液材に可溶性の非架橋樹脂を主成分とした粉材から構成され、両者を混合させた後、ラジカル重合開始剤が作用する機構となっている。なお、ラジカル重合開始剤としては、化学重合開始剤(常温レドックス開始剤)、光重合開始剤、熱重合開始剤等が使用可能である。
【0003】
このような粉液型義歯床用裏装材の中でも、直接患者の口腔に挿入、口腔粘膜面との適合を図った後、口腔内で保持したまま重合硬化させて修正する手法で用いられる「直接法」用の義歯床用裏装材については、(1)光照射不要で常温での硬化が可能な所謂常温硬化型であること、及び(2)粉材と液材を混合した際に、直ちに硬化することなく、混合直後は高流動で、ラジカル重合性単量体成分が非架橋樹脂成分に浸透して該成分の膨潤・溶解が進み粘度が上昇して塑性変形する程度の状態となってから硬化が進行して塑性変形しない状態となる、適度な粘度経時変化を示すこと、が求められている。そして、このような要求に応え得るラジカル重合開始剤としては、N,N'-ジメチルアニリン、N,N'-ジエチル-p-トルイジン、N-メチル-N'-β-ヒドロキシエチルアニリン、p-トリルジエタノールアミン等の置換基の1つがアリール基である第3級アミン化合物と、有機過酸化物と、を組み合わせた化学重合開始剤が知られており(特許文献1、2、及び3参照)、中でも、有機過酸化物と組み合わせる上記第3級アミン化合物としては、重合活性が高く、なおかつ低刺激、低臭、さらにラジカル重合性単量体と混合した状態で長期保存できるという理由等から、下記一般式で示されるN,N-ジエチル-p-トルイジン(以下、「PEAT」と略記することもある。)、p-トリルジエタノールアミン(以下、「DEPT」と略記することもある。)が一般的に使用されている(特許文献1~4及び非特許文献1参照)。
【0004】
【化1】
【0005】
【化2】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第号3967488号公報
【文献】国際公開第2002/045660号パンフレット
【文献】国際公開第2018/016602号
【文献】特開2014-223237号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】歯科材料・器機 vol.21 No.1 62-71 2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
有機過酸化物とN,N-ジエチル-p-トルイジン(PEAT)、あるいはp-トリルジエタノールアミン(DEPT)を組み合わせた化学重合触媒を用いた直接法用の粉液型義歯床用裏装材は、上記したような特徴を有する優れたものであるが、患者の高齢化等に伴い、さらなる硬化時間短縮が求められている。すなわち、直接法では、患者の口腔内に挿入して賦形する操作を行ってから硬化が終了するまでの間は、患者は術者の指示する姿勢(例えば噛んだまま、もしくは口を開けたままの状態)で、硬化を待つため、特に筋力の弱まった高齢者では硬化まで一定の姿勢で待つことは非常に負担が大きいといった課題がある。加えて、治療時のラジカル重合に伴う発熱を低くし、患者の治療時の不快感を低減することも同時に求められている。
【0009】
本発明者等は上記の新たな要求に応えるべく、PEATの配合量を増やしてみたところ、ラジカル重合に伴う発熱は増大しないが、硬化時間の短縮が不十分であった。またDEPTの配合量を増やしてみたところ、硬化時間は短縮できるが、ラジカル重合に伴う発熱も増大し、患者の不快感のみならず、場合によっては火傷を引き起こす恐れがあることが判明した。
【0010】
そこで、本発明は、直接法に好適に使用できる粉液型義歯床用裏装材として、賦形操作に必要な塑性変形状態を確保できる粘度の経時変化を示し、更に常温重合可能で且つ重合硬化に伴う発熱を抑制して硬化時間を短縮することができる粉液型の義歯床用裏装材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、非架橋樹脂粒子及び有機過酸化物を含む粉材と、ラジカル重合性単量体及び置換基の1つがアリール基である第3級アミン化合物(以下、「モノアリール3級アミン」ともいう。)を含む液材と、からなる粉液型義歯床用裏装材において、
前記第3級アミン化合物(モノアリール3級アミン)が下記一般式(1)
【0012】
【化3】
【0013】
(式中、Rは、炭素数1~6の炭化水素基又は末端にOH基を有する炭素数1~5の直鎖状ヒドロキシアルキル基である。)
で示される化合物からなる、ことを特徴とする粉液型義歯床用裏装材である。
【0014】
上記形態の粉液型義歯床用裏装材(以下、「本発明の粉液型義歯床用裏装材」ともいう。)においては、前記粉材と前記液材とを混合した混合物における、前記ラジカル重合性単量体100質量部に対する前記非架橋樹脂粒子、前記有機過酸化物及び前記一般式(1)で示される化合物の量の含有量が、夫々、前記非架橋樹脂粒子:30~450質量部、前記有機過酸化物:0.2~10質量部及び前記一般式(1):0.1~5質量部である、ことが好ましい。
【0015】
また、前記有機過酸化物が、ベンゾイルパーオキサイドであり、前記一般式(1)で示される化合物が、前記一般式(1)におけるRがt-ブチル基である4-tert-ブチル-N,N-ジメチルアニリン又は前記一般式(1)におけるRがヒドロキシエチル基である2-[4-(ジメチルアミノ)フェニル]エタン-1-オールである、ことが特に好ましい。さらに、直接患者の口腔で重合硬化させる直接法用義歯床用裏装材である、ことが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、直接法に好適に使用できる粉液型義歯床用裏装材として、常温重合可能で且つ粘度の経時変化特性を損なうことなく、更に重合硬化に伴う発熱を抑制しつつ、硬化時間が短縮された粉液型の義歯床用裏装材が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.本発明の粉液型義歯床用裏装材の概要
本発明の粉液型義歯床用裏装材は、従来の(直接法用)粉液型義歯床用裏装材と同様に、非架橋樹脂粒子及び有機過酸化物を含む粉材と、ラジカル重合性単量体及びモノアリール3級アミンを含む液材と、からなる。そして、モノアリール3級アミンとして前記一般式(1)で示される化合物を用いた点に特徴を有する。
【0018】
そして、上記特徴、すなわち、有機過酸化物とモノアリール3級アミンとを組み合わせた化学重合開始剤(以下、「有機過酸化物/モノアリール3級アミン系」と表記することもある。)を用いた従来の粉液型義歯床用裏装材において、上記モノアリール3級アミンとして、特定の化合物を用いることにより、前記課題を解決したものである。
【0019】
このような効果が得られた理由は定かではないが、本発明者らは以下のように考えている。
まず、重合時間が短縮されることに関して説明する。本発明の有機過酸化物/モノアリール3級アミン系化学重合開始剤では、まず、前記一般式(1)で示されるモノアリール3級アミンにおいて、窒素原子上の非共有電子対が有機過酸化物に求核反応することでラジカル活性種の中間体が生成される。すなわち、モノアリール3級アミンにおいて、芳香環のp位(4位)に電子供与性の置換基を有する場合、窒素原子上の電子密度が高くなり、求核反応は速やかに進行する。次いで、中間体の窒素原子に置換したアルキル鎖のα位炭素(つまり、前記一般式(1)のメチル基)の水素が引き抜かれることで、ラジカル活性種となる。更に、このように生成された上記ラジカル活性種は、メチル基より炭素数の多い炭化水素鎖が窒素原子に結合したモノアリール3級アミンを用いた場合と比べ、非常に不安定である。このため、本発明の有機過酸化物/モノアリール3級アミン系化学重合開始剤では、速やかに重合反応が開始されるようになったものと考えられる。
次に、ラジカル重合における硬化発熱が比較的低いことに関して説明する。本発明の有機過酸化物/モノアリール3級アミン系化学重合開始剤では、前記一般式(1)で示されるモノアリール3級アミンと有機過酸化物とが反応し、ラジカル活性種が生成される際の反応生成熱が低いためであると考えられる。
【0020】
前記した特徴点を除き、モノアリール3級アミン以外の成分及びその配合量、使用方法等は、上記従来の粉液型義歯床用裏装材と特に変わる点はない。以下、これらの点を含めて本発明の粉液型義歯床用裏装材について説明する。
【0021】
なお、以下、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0022】
2.粉材及び液材
本発明の粉液型義歯床用裏装材は、粉材と液材とからなり、両者を混合することにより(直接法用)義歯床用裏装材を調製して使用する材料である。ここで、粉材は粉末状の剤となる材料であり、その主成分、具体的には、80質量%以上、好ましくは90質量%以上を非架橋樹脂粒子が占めるものである。一方、液材は液体状の剤となる材料であり、その主成分、具体的には、80質量%以上、好ましくは90質量%以上をラジカル重合性単量体が占めるものである。
【0023】
粉材と液材の製造方法は、特に制限無く、たとえば各々所定量の配合成分を計り取り、均一の性状になるまで混合すればよい。また、製造した粉材、液材は各々容器に保存しておけばよく、任意の量に小分けして保存してよい。又、粉材と液材を1回の使用量に量りとり、別々に保管してもよいし、それらを粉材と液材を同一包装に収納された容器に別々に保存してもよい。
【0024】
以下に、これら材で使用される各成分及びその配合量について説明する。なお、粉材と液材との混合物が実際に使用される義歯床用裏装材であるため、これら材に含まれる各成分の量は、上記混合物を基準として決定されることから、本明細書においては、上記混合物におけるラジカル重合性単量体の量を基準として各成分の量を説明する。
【0025】
3.非架橋樹脂粒子
非架橋樹脂粒子は、本発明の粉液型義歯床用裏装材において粉材の主成分を構成するものであり、従来の粉液型義歯床用裏装材と同様に、液材の主成分であるラジカル重合性単量体に可溶性を有する非架橋樹脂粒子が使用される。すなわち、粉材と液材を混合した際に、斯様な非架橋樹脂粒子の少なくとも一部が、液材に溶解し、且つ溶解残滓の粒子は膨潤することにより混合物は増粘し、ラジカル重合性単量体の重合性が促進される。併せて、この成分の溶解残滓の粒子は、義歯床用裏装材の硬化体の靱性を高める作用も有する。
【0026】
ここで、ラジカル重合性単量体に溶解性を有する非架橋樹脂粒子とは、23℃のラジカル重合性単量体100質量部に当該非架橋樹脂粒子200質量部を混合して攪拌した際に、ラジカル重合性単量体に該非架橋樹脂粒子が10質量部以上溶解することができるものを言う。
【0027】
このようなラジカル重合性単量体に可溶性の非架橋樹脂粒子を構成する非架橋樹脂としては、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、メチルメタクリレートとエチルメタクリレートの共重合体等の(メタ)アクリレート類、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド類、ポリエステル類、ポリスチレン類等が使用できるが、硬化体が高靱性であるという観点から、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、メチルメタクリレートとエチルメタクリレートの共重合体等の、低級(アルキル鎖の炭素数が4以下)アルキル(メタ)アクリレート系重合性単量体の重合体を使用することが好ましい。
【0028】
これらの非架橋樹脂粒子のMie散乱理論に基づくレーザー回折・散乱式粒子径分布装置を用いて測定した体積%のD50値から得られる平均粒子径は、特に制限されないが、ラジカル重合性単量体へのなじみの良さを考慮すると、200μm以下であることが好ましく、1~100μmであることが特に好ましい。尚、非架橋樹脂粒子の形状は特に限定されず、球状、異形若しくは不定形でもよい。
【0029】
また、好適な非架橋樹脂粒子のGPC(Gel Permeation Chromatography)法による重量平均分子量(標準ポリスチレン換算分子量)は得られる硬化体の機械的強度やラジカル重合性単量体成分への溶解性や膨潤等を勘案すると、3万~200万の範囲であることが好ましく、5万~150万の範囲であることが特に好ましい。
【0030】
これら非架橋樹脂粒子の配合量は、ラジカル重合性単量体100質量部当り、30~450質量部の範囲であることが好ましく、80~350質量部の範囲であることが特に好ましく、130~300質量部の範囲であることが最も好ましい。
【0031】
4.有機過酸化物
本発明の粉液型の義歯床用裏装材で使用される有機過酸化物は、前記一般式(1)で示され化合物と共存することによりラジカルを発生する化学重合開始剤として機能するものであり、ケトンパーオキサイド、パーオキシケタール、ハイドロパーオキサイド、ジアリールパーオキサイド、パーオキシエステル、ジアシルパーオキサイド、パーオキシジカーボネート、ハイドロパーオキサイド等が使用できる。中でも、保存安定性の観点、入手のし易さからハイドロパーオキサイド、ジアシルパーオキサイドが好適である。特に好適な有機過酸化物を具体的に例示すると、ジアシルパーオキサイドではベンゾイルパーオキサイド、2,4-ジクロロベンゾイルパーオキサイド、ラウロイルパーオキサイド等が挙げられ、ハイドロパーオキサイドでは、1,1,3,3-テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド等が挙げられる。
【0032】
これら有機過酸化物の好適な使用量は、用いられる有機過酸化物の種類によって異なるため一概に限定できないが、一般的にはラジカル重合性単量体100質量部に対して、好ましくは0.2~10質量部、より好ましくは0.35~7質量部、さらに好ましくは0.5~5質量部の範囲である。例えばベンゾイルパーオキサイド、1,1,3,3-テトラメチルブチルハイドロパーオキサイドを用いる場合の使用量は、ラジカル重合性単量体100質量部に対して、好ましくは0.2~10質量部、より好ましくは0.4~6質量部、さらに好ましくは0.6~4質量部の範囲である。
【0033】
5.ラジカル重合性単量体
液材の主成分となるラジカル重合性単量体としては、従来の粉液型義歯床用裏装材で使用可能なラジカル重合性単量体が特に制限なく使用することができ、重合性のよさ等から、(メタ)アクリレート系重合性単量体が好適に使用される。高い機械的強度と低刺激材料である観点から、分子量が150~700、より好適には180~400のラジカル重合性単量体を含有させるのが好ましい。
【0034】
好適に使用できる(メタ)アクリレート系重合性単量体を例示すれば、2-(メタ)アクリロキシエチルプロピオネート、アセトアセトキシエチル(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート等を挙げることができる。これらの中でも低臭気性、口腔内での低刺激性という理由から、2-(メタ)アクリロキシエチルプロピオネート、アセトアセトキシエチル(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレートを使用することが特に好ましい。
【0035】
6.モノアリール3級アミン
本発明の粉液型義歯床用裏装材では、液材に含まれるモノアリール3級アミン(置換基の1つがアリール基である第3級アミン化合物)として、アミンの2つの水素原子は夫々メチル基に置換し、残りの水素原子が、p位に「炭素数1~6の炭化水素基」又は「末端にOH基を有する炭素数1~5の直鎖状ヒドロキシアルキル基」であるRを有するアリール基が置換した、下記一般式(1)で示される化合物を使用する必要がある。なお、下記一般式(1)で示される化合物は、塩酸、リン酸、酢酸、プロピオン酸等の有機酸などとの塩として配合してもよい。
【0036】
【化4】
【0037】
すなわち、N,N-ジメチルアミノ構造を有さず、窒素原子に結合する2つのメチル基の少なくとも一方がメチル基以外の場合、又は窒素原子に2つのメチル基が結合していても窒素原子に結合するアリール基がp位のみに上記基:Rを有しない場合には、重合発熱を抑制して硬化時間を短縮することができない。
【0038】
前記一般式(1)で示される化合物を具体的に示せば、N,N-ジメチル-p-トルイジン、N,N-ジメチル-4-エチルアニリン、N,N-ジメチル-4-プロピルアニリン、N,N-ジメチル-4-イソプロピルアニリン、N,N-ジメチル-4-ブチルアニリン、N,N-ジメチル-4-イソブチルアニリン、N,N-ジメチル-4-sec-ブチルアニリン、N,N-ジメチル-4-t-ブチルアニリン、N,N-ジメチル-4-ペンチルアニリン、N,N-ジメチル-4-ヘキシルアニリン、[4-(ジメチルアミノ)フェニル]メタノール、2-[4-(ジメチルアミノ)フェニル]エタン-1-オール、3-[4-(ジメチルアミノ)フェニル]プロパン-1-オール、4-[4-(ジメチルアミノ)フェニル]ブタン-1-オール、5-[4-(ジメチルアミノ)フェニル]ペンタン-1-オール等を挙げることができる。
【0039】
なお、上記Rが、炭素数1~6の炭化水素基である場合には、入手の容易さ等の観点から、炭素数1~4のアルキル基であることが好ましく、また、Rが末端にOH基を有する炭素数1~5の直鎖状ヒドロキシアルキル基である場合には、揮発性が少なく保管の安定性が高いという理由から、ヒドロキシエチル基又はヒドロキシプロピル基であることが好ましく、以下に示す4-tert-ブチル-N,N-ジメチルアニリン(以下、「tert-DMBA」と略記することもある。)、または2-[4-(ジメチルアミノ)フェニル]エタン-1-オール{別名:4-(ジメチルアミノ)フェネチルアルコール}(以下、「DAPE」と略記することもある。)であることが特に好ましい。また、前記一般式(1)で示される化合物がtert-DMBAまたはDAPEである場合、前記有機過酸化物としてはベンゾイルパーオキサイドを使用することが好ましい。
【0040】
【化5】
【0041】
前記一般式(1)で示される化合物の使用量はラジカル重合性単量体100質量部に対して通常0.1~5質量部であり、0.2~3質量部、特に0.3~2質量部の範囲であることが好ましい。また、有機過酸化物に対する前記一般式(1)で示される化合物の量は、有機過酸化物に対する質量比で表して、通常は0.03~4であり、好ましくは0.08~2であり、特に好ましくは0.15~1.5である。
【0042】
なお、本発明の効果を阻害しない範囲であれば、前記一般式(1)で示される化合物以外のモノアリール3級アミン、たとえばN,N-ジエチル-p-トルイジン、N,N-ジプロピル-p-トルイジン、p-トリルジエタノールアミン、p-トリルジプロパノールアミン等を配合してもよい。
【0043】
7.その他成分
本発明の粉液型の義歯床用裏装材には、前記成分の他にも、本発明の効果を阻害しない範囲で、硬化性の向上のためにピリミジントリオン系重合開始剤として、ピリミジントリオン誘導体と有機金属化合物との組み合わせを配合してもよい。
【0044】
ピリミジントリオン誘導体としては、1-シクロヘキシル-5-メチルピリミジントリオン、1-シクロヘキシル-5-エチルピリミジントリオン、5-ブチル-1-シクロヘキシルピリミジントリオン、5-sec-ブチル-1-シクロヘキシルピリミジントリオン、1-シクロヘキシル-5-ヘキシルピリミジントリオン、1-シクロヘキシル-5-オクチルピリミジントリオン、1,5-ジシクロヘキシルピリミジントリオンが好適に使用できる。また、有機金属化合物としては、アセチルアセトン銅(II)、酢酸銅(II)、オレイン酸銅(II)、アセチルアセトン鉄(II)等が好適に使用できる。
【0045】
ピリミジントリオン誘導体及び有機金属化合物の配合量は、通常、ラジカル重合性単量体100質量部に対して、ピリミジントリオン誘導体:0.0018~0.2質量部、有機金属化合物:0.00002~0.02質量部程度である。
【0046】
なお、通常、ピリミジントリオン誘導体、及び有機金属化合物は粉材に配合される。さらに、ピリミジントリオン誘導体を配合する場合には、有機金属化合物に代えて、又は有機金属化合物とともに、ジラウリルジメチルアンモニウムクロライド又はジラウリルジメチルアンモニウムブロマイド等の有機ハロゲン化合物を、ラジカル重合性単量体100質量部に対して0.1質量部以下の量で液材に配合してもよい。
【0047】
また流動性を改良したり、得られる硬化体の諸物性及び操作性をコントロールしたりするために、無機フィラーおよび/又は有機フィラー(架橋樹脂粒子)を粉材に、エタノール、ジブチルフタレート、ジオクチルフタレート等のアルコール又は可塑剤;ブチルヒドロキシトルエン、メトキシハイドロキノン等の重合禁止剤;4-メトキシ-2-ヒドロキシベンゾフェノン、2-(2-ベンゾトリアゾール)-p-クレゾール等の紫外線吸収剤、2,4-ジフェニル-4-メチル-1-ペンテン等の重合調整剤を液材に、色素、顔料、香料等を粉材または液材に配合することができる。上記無機フィラーおよび有機フィラーを配合する場合、その合計の配合量は、ラジカル重合性単量体100質量部に対して10質量部以下に抑えるのが好ましく、6質量部以下に抑えるのが特に好ましい。
【0048】
8.本発明の粉液型義歯床用裏装材の使用方法
本発明の粉液型義歯床用裏装材は、粉材と液材とを混合して義歯床用裏装材を調製して使用する。このとき、粉材と液材の混合比は、特に制限されるものではなく、各部材に含まれる前記成分の含有量と、前記説明した液材と粉材の混合時のそれぞれの成分の所望される使用量とを勘案して適宜決定すれば良いが、一般には、粉材(g)/液材(ml)=0.3/1~4.5/1が好ましく、粉材(g)/液材(ml)=0.8/1~3.5/1の割合で混合するのが特に好ましく、粉材(g)/液材(ml)=1.3/1~3/1の割合で混合するのが最も好ましい。
【0049】
なお、本明細書中の各成分は、粉材と液材を上記割合で混合した時に各配合量を満たしているように粉材又は液材に配合されていればよい。
【0050】
粉材と液材の混合は、材の包装形態に合わせて適宜粉材と液材を混和し使用すればよいが、その一例としては、使用直前に、ラバーカップ等に所望の量の液材及び粉材を量りとり、練和棒或いはヘラ等を用いて均一なペーストになるまで練和して使用するとよい。
【実施例
【0051】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実験項に制限されるものではない。実施例中に示した、略号、称号については以下の通りである。
【0052】
1.粉材原料
[非架橋樹脂粒子]
・PEMA1:球状ポリエチルメタクリレート粒子(平均粒子径35μm、重量平均分子量50万)
・PEMA2:球状ポリエチルメタクリレート粒子(平均粒子径70μm、重量平均分子量100万)
[有機過酸化物]
・BPO:ベンゾイルパーオキサイド。
【0053】
[その他成分(重合禁止剤)]
・BHT:ブチルヒドロキシトルエン。
【0054】
2.液材原料
[ラジカル重合性単量体]
・HPr:2-(メタ)アクリロキシエチルプロピオネート (分子量186)
・ND:1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート (分子量296)。
【0055】
[モノアリール3級アミン]
<特定モノアリール3級アミン:前記一般式(1)で示される化合物>
・DMBA: N,N-ジメチル-4-ブチルアニリン (分子量177)
・tert-DMBA: N,N-ジメチル-4-t-ブチルアニリン (分子量177)
・DAPE: 2-[(4-ジメチルアミノ)フェニル]エタン-1-オール{別名4-(ジメチルアミノ)フェネチルアルコール} (分子量165)
・DAPP: 3-[(4-ジメチルアミノ)フェニル]プロパン-1-オール (分子量179)
<非特定モノアリール3級アミン:前記一般式(1)で示される化合物以外の化合物>
・DMA: N,N-ジメチルアニリン (分子量121)
・DEPT: p-トリルジエタノールアミン (分子量195)
・PEAT: N,N-ジエチル-p-トルイジン (分子量163)。
【0056】
実施例1
非架橋樹脂粒子であるPEMA1:110g及びPEMA2:90gと、有機過酸化物であるBPO:1.2gとを揺動ミキサーを用いて各成分を3時間混合し、粉材を調製すると共に、ラジカル重合性単量体であるHPr:60g及びND:40gと、モノアリール3級アミンとしての前記一般式(1)で示される化合物であるDMBA:1.1g(6.0mmol)と、その他成分(重合禁止剤)としてBHT:0.01gと、を3時間攪拌混合し、液材を調製した。
次いで、得られた粉材と液材とを、粉材(g)/液材(ml)=2/1となるような比率で混合して義歯床用裏装材を調製し、その硬化時間および硬化発熱を、以下に示す方法で評価した。なお、混合物(義歯床用裏装材)中に占める各成分の配合割は、ラジカル重合性単量体(HPr/HPr質量比=60/40の混合物)100質量部に対して、PEMA1:110質量部、PEMA2:90質量部、BPO:1.2質量部、DMBA:1.1質量部(6.0mmol)である。
【0057】
(1)硬化時間の測定
プラスチック製シートを敷いたガラス板上にステンレスリング(内径60mm、外径67mm、高さ2mm)を置き、その中央に熱電対の先端が位置するように配置した。粉材と液材とを、粉材(g)/液材(ml)=2/1の割合でラバーカップ内にいれ、20秒間混和し、混和物をステンレスリング内に流し込み、プラスチック製シート、ガラス板で圧接した。混和開始1分30秒後に37℃の水槽中に置いて混和物の温度測定を開始し、混和開始から最高温度到達までの時間を硬化時間としたところ、4分47秒であった。
なお、臨床上粉液型の義歯床用裏装材の硬化時間は、3分30秒~10分が適している。3分30秒より早いと、粉材と液材を混ぜる操作、義歯にペーストを盛り付ける操作、口腔内での賦形操作、口腔外から取り出しトリミング操作といった義歯補修の一連の操作時間が十分に確保できない。また、10分より遅いと、患者の口腔内に挿入している時間が長く、患者への負担が大きくなるためである。さらに、高齢の患者への負担低減のために硬化までの時間が短い方が好まれる場合があり、その場合は3分30秒~6分が好ましい。
【0058】
(2)硬化発熱の測定
上記の(1)硬化時間での最高温度を硬化発熱としたところ、45℃であった。
なお、義歯床用硬質裏装材を口腔内で直接使う場合、硬化発熱が高いほど患者は発熱による刺激を苦痛と感じることになるため、37~47℃が好ましい。
【0059】
実施例2~4及び比較例1~3
液材を調製する際にラジカル重合性単量体(HPr/HPr質量比=60/40の混合物):100質量部に混合するモノアリール3級アミンの種類及び配合量を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様に粉液型義歯床用裏装材を作製し、硬化時間および硬化発熱を評価した。試験結果を表1に合わせて示した。
【0060】
【表1】
【0061】
実施例1~4は、モノアリール3級アミンとして前記一般式(1)で表される化合物である特定モノアリール3級アミンを用いて、各成分が本発明で示される構成を満足するように配合された例であるが、何れの場合においても、義歯床用裏装材として硬化までの時間が短く、さらに発熱も低いことを示した。
【0062】
これに対し、1~3は、モノアリール3級アミンとして前記一般式(1)で表される化合物に該当しない非特定モノアリール3級アミンを用いた例であり、比較例1は、モノアリール3級アミンの芳香環のp位(4位)に電子供与性の置換基がないため、ラジカル重合の活性が低く、重合硬化しなかった。比較例2は、硬化までの時間が短かったが、硬化発熱が高かった。比較例3は、硬化発熱は低いが、硬化までの時間が比較的長かった。