(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】弾性波デバイス、フィルタおよびマルチプレクサ
(51)【国際特許分類】
H03H 9/25 20060101AFI20240509BHJP
【FI】
H03H9/25 C
(21)【出願番号】P 2020044458
(22)【出願日】2020-03-13
【審査請求日】2023-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000204284
【氏名又は名称】太陽誘電株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087480
【氏名又は名称】片山 修平
(72)【発明者】
【氏名】西村 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】中里 寿春
(72)【発明者】
【氏名】西澤 年雄
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 直樹
【審査官】志津木 康
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-216414(JP,A)
【文献】特開2019-114986(JP,A)
【文献】国際公開第2007/138844(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/043427(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/164209(WO,A1)
【文献】特表2019-503627(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03H3/007-3/10
H03H9/00-9/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持基板と、
前記支持基板上に設けられる圧電層と、
前記圧電層上に設けられ、弾性波を励振する複数の電極指を備える少なくとも一対の櫛歯状電極と、
前記支持基板と前記圧電層との間に設けられ、前記複数の電極指の平均ピッチの2倍以下の厚さであり、前記圧電層の弾性定数の温度係数の符号とは弾性定数の温度係数の符号が反対である温度補償膜と、
前記支持基板と前記温度補償膜との間に設けられ、前記複数の電極指の平均ピッチの2.2倍以上の厚さであり、前記支持基板を伝搬する横波の音速より遅くかつ前記温度補償膜を伝搬する横波の音速より速い横波が伝搬
し、酸化アルミニウムを主成分とする多結晶または非晶質である境界層と、
を備える弾性波デバイス。
【請求項2】
前記温度補償膜を伝搬する横波の音速は前記圧電層を伝搬する横波の音速より遅い請求項1に記載の弾性波デバイス。
【請求項3】
前記温度補償膜の前記支持基板側の面と前記圧電層の前記一対の櫛歯状電極側の面との距離は前記複数の電極指の平均ピッチの2倍以下である請求項1または2に記載の弾性波デバイス。
【請求項4】
前記境界層の厚さは前記複数の電極指の平均ピッチの4.0倍以上である請求項1から3のいずれか一項に記載の弾性波デバイス。
【請求項5】
前記支持基板を伝搬する横波の音速は前記境界層を伝搬する横波の音速の1.1倍以上である請求項1から4のいずれか一項に記載の弾性波デバイス。
【請求項6】
前記境界層を伝搬する横波の音速は前記温度補償膜を伝搬する横波の音速の1.1倍以上である請求項1から5のいずれか一項に記載の弾性波デバイス。
【請求項7】
前記横波はバルク波である請求項1から6のいずれか一項に記載の弾性波デバイス。
【請求項8】
前記温度補償膜と前記圧電層との間に設けられた接合層を備える請求項3に記載の弾性波デバイス。
【請求項9】
前記圧電層は、タンタル酸リチウムまたはニオブ酸リチウムを主成分とする単結晶であり、前記温度補償膜は酸化シリコンを主成分とする多結晶または非晶質であり
、前記支持基板はサファイア基板または炭化シリコン基板である請求項1から8のいずれか一項に記載の弾性波デバイス。
【請求項10】
前記複数の電極指の平均ピッチは、前記少なくとも一対の櫛歯状電極の前記複数の電極指の配列方向における長さを前記複数の電極指の本数で除した数である請求項1から9のいずれか一項に記載の弾性波デバイス。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか一項に記載の弾性波デバイスを備えるフィルタ。
【請求項12】
請求項11に記載のフィルタを備えるマルチプレクサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性波デバイス、フィルタおよびマルチプレクサに関し、例えば一対の櫛歯状電極を有する弾性波デバイス、フィルタおよびマルチプレクサに関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォン等の通信機器に用いられる弾性波共振器として、弾性表面波共振器が知られている。弾性表面波共振器を形成する圧電層を支持基板に張り付けることが知られている。圧電層の厚さを弾性表面波の波長以下とすることが知られている(例えば特許文献1)。圧電層と支持基板との間に圧電層より音速の低い低音速膜を設けることが知られている(例えば特許文献2から5)。低音速膜と支持基板との間に圧電層より音速の速い高音速膜(境界層)を設け、高音速膜の厚さを所定の範囲とすることでスプリアスを抑制することが知られている(例えば特許文献2、3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-034363号公報
【文献】特開2015-115870号公報
【文献】国際公開第2013/191122号
【文献】米国特許第10020796号明細書
【文献】国際公開第2017/043427号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献2および3では、支持基板をガラスとし、境界層(高音速膜)を酸化アルミニウムとしてシミュレーションを行っている。これは、支持基板の音速が境界層の音速より遅い場合に相当すると考えられる。しかしながら、支持基板の音速を境界層の音速より速くする場合がある。このような場合におけるスプリアスを抑制する指針については知られていない。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、支持基板を伝搬する横波の音速が境界層を伝搬する横波の音速より速い場合におけるスプリアスを抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、支持基板と、前記支持基板上に設けられる圧電層と、前記圧電層上に設けられ、弾性波を励振する複数の電極指を備える少なくとも一対の櫛歯状電極と、前記支持基板と前記圧電層との間に設けられ、前記複数の電極指の平均ピッチの2倍以下の厚さであり、前記圧電層の弾性定数の温度係数の符号とは弾性定数の温度係数の符号が反対である温度補償膜と、前記支持基板と前記温度補償膜との間に設けられ、前記複数の電極指の平均ピッチの2.2倍以上の厚さであり、前記支持基板を伝搬する横波の音速より遅くかつ前記温度補償膜を伝搬する横波の音速より速い横波が伝搬し、酸化アルミニウムを主成分とする多結晶または非晶質である境界層と、を備える弾性波デバイスである。
【0007】
上記構成において、前記温度補償膜を伝搬する横波の音速は前記圧電層を伝搬する横波の音速より遅い構成とすることができる。
【0008】
上記構成において、前記温度補償膜の前記支持基板側の面と前記圧電層の前記一対の櫛歯状電極側の面との距離は前記複数の電極指の平均ピッチの2倍以下である構成とすることができる。
【0009】
上記構成において、前記境界層の厚さは前記複数の電極指の平均ピッチの4.0倍以上である構成とすることができる。
【0010】
上記構成において、前記支持基板を伝搬する横波の音速は前記境界層を伝搬する横波の音速の1.1倍以上である構成とすることができる。
【0011】
上記構成において、前記境界層を伝搬する横波の音速は前記温度補償膜を伝搬する横波の音速の1.1倍以上である構成とすることができる。
【0012】
上記構成において、前記横波はバルク波である構成とすることができる。
【0013】
上記構成において、前記温度補償膜と前記圧電層との間に設けられた接合層を備える構成とすることができる。
【0014】
上記構成において、前記圧電層は、タンタル酸リチウムまたはニオブ酸リチウムを主成分とする単結晶であり、前記温度補償膜は酸化シリコンを主成分とする多結晶または非晶質であり、前記支持基板はサファイア基板または炭化シリコン基板である構成とすることができる。
【0015】
上記構成において、前記複数の電極指の平均ピッチは、前記少なくとも一対の櫛歯状電極の前記複数の電極指の配列方向における長さを前記複数の電極指の本数で除した数である構成とすることができる。
【0016】
本発明は、上記弾性波デバイスを備えるフィルタである。
【0017】
本発明は、上記フィルタを備えるマルチプレクサである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、支持基板を伝搬する横波の音速が境界層を伝搬する横波の音速より速い場合におけるスプリアスを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1(a)および
図1(b)は、実施例1における弾性波共振器の平面図および断面図である。
【
図2】
図2(a)から
図2(f)は、シミュレーションにおけるアドミッタンス|Y|の周波数特性を示す図である。
【
図3】
図3(a)から
図3(c)は、シミュレーションにおけるアドミッタンス|Y|の周波数特性を示す図である。
【
図4】
図4(a)から
図4(i)は、シミュレーションにおけるインピーダンスのスミスチャートである。
【
図5】
図5(a)から
図5(d)は、シミュレーションにおける境界層の厚さT1に値する応答を示す図である。
【
図6】
図6(a)および
図6(b)は、それぞれ実施例1の変形例1および2に係る弾性波共振器の断面図である。
【
図7】
図7(a)および
図7(b)は、それぞれ実施例1の変形例3および4に係る弾性波共振器の断面図である。
【
図8】
図8(a)から
図8(c)は、それぞれ実施例1の変形例4から6に係る弾性波共振器の断面図である。
【
図9】
図9(a)は、実施例2に係るフィルタの回路図、
図9(b)は、実施例2の変形例1に係るデュプレクサの回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照し本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0021】
実施例1では弾性波デバイスが弾性波共振器を有する例を説明する。
図1(a)および
図1(b)は、実施例1における弾性波共振器の平面図および断面図である。電極指の配列方向をX方向、電極指の延伸方向をY方向、支持基板および圧電層の積層方向をZ方向とする。X方向、Y方向およびZ方向は、圧電層の結晶方位のX軸方向およびY軸方向とは必ずしも対応しない。圧電層が回転YカットX伝搬基板の場合、X方向は結晶方位のX軸方向となる。
【0022】
図1(a)および
図1(b)に示すように、支持基板10上に圧電層14が設けられている。支持基板10と圧電層14との間に温度補償膜12が設けられている。温度補償膜12と支持基板10との間に境界層11が設けられている。境界層11、温度補償膜12、圧電層14の厚さをそれぞれT1、T2、およびT4とする。厚さとは支持基板10および圧電層14の積層方向であるZ方向における基板、層および膜の長さを指す。
【0023】
圧電層14上に弾性波共振器26が設けられている。弾性波共振器26はIDT22および反射器24を有する。反射器24はIDT22のX方向の両側に設けられている。IDT22および反射器24は、圧電層14上の金属膜16により形成される。
【0024】
IDT22は、対向する一対の櫛歯状電極20を備える。櫛歯状電極20は、複数の電極指18と、複数の電極指18が接続されたバスバー19と、を備える。一対の櫛歯状電極20の電極指18が交差する領域が交差領域25である。交差領域25の長さが開口長である。一対の櫛歯状電極20は、交差領域25の少なくとも一部において電極指18が交互に設けられている。交差領域25において複数の電極指18が主に励振する弾性波は、主にX方向に伝搬する。一対の櫛歯状電極20のうち一方の櫛歯状電極20の電極指18のピッチがほぼ弾性波の波長λとなる。複数の電極指18のピッチ(電極指18の中心間のピッチ)をDとすると、一方の櫛歯状電極20の電極指18のピッチは電極指18の2本分のピッチDとなる。反射器24は、IDT22の電極指18が励振した弾性波(弾性表面波)を反射する。これにより弾性波はIDT22の交差領域25内に閉じ込められる。
【0025】
圧電層14は、例えば単結晶タンタル酸リチウム(LiTaO3)層または単結晶ニオブ酸リチウム(LiNbO3)層であり、例えば回転YカットX伝搬タンタル酸リチウム層または回転YカットX伝搬ニオブ酸リチウム層である。
【0026】
支持基板10は、例えばサファイア基板、シリコン基板または炭化シリコン基板である。サファイア基板は単結晶Al2O3基板であり、シリコン基板は単結晶または多結晶のシリコン基板であり、炭化シリコン基板は多結晶または単結晶のSiC基板である。支持基板10のX方向の線膨張係数は圧電層14のX方向の線膨張係数より小さい。これにより、弾性波共振器の周波数温度依存性を小さくできる。
【0027】
温度補償膜12は、圧電層14の弾性定数の温度係数の符号と反対の符号の弾性定数の温度係数を有する。例えば圧電層14の弾性定数の温度係数は負であり、温度補償膜12の弾性定数の温度係数は正である。温度補償膜12は、例えば無添加または弗素等の添加元素を含む酸化シリコン(SiO2)膜であり、例えばアモルファス層である。これにより、弾性波共振器の周波数温度係数を小さくできる。温度補償膜12が酸化シリコン膜の場合、温度補償膜12を伝搬する横波の音速は圧電層14を伝搬する横波の音速より遅くなる。横波は、例えばバルク波である。
【0028】
境界層11を伝搬する横波の音速は、温度補償膜12を伝搬する横波の音速より速い。これにより、圧電層14および温度補償膜12内に横波が閉じ込められる。さらに、境界層11を伝搬する横波の音速は、支持基板10を伝搬する横波の音速より遅い。境界層11は、例えば多結晶または非晶質であり、酸化アルミニウム膜、窒化シリコン膜または窒化アルミニウム膜である。
【0029】
金属膜16は、例えばAl(アルミニウム)、Cu(銅)またはモリブデン(Mo)を主成分とする膜である。ここで、ある材料を主成分とするとは、意図的または意図せず不純物を含むことを意味し、例えばある材料を50原子%以上含むことであり、80原子%以上含むことである。電極指18と圧電層14との間にTi(チタン)膜またはCr(クロム)膜等の密着膜が設けられていてもよい。密着膜は電極指18より薄い。電極指18を覆うように絶縁膜が設けられていてもよい。絶縁膜は保護膜または温度補償膜として機能する。
【0030】
弾性波の波長λは例えば1μmから6μmである。2本の電極指18を1対としたときの対数は例えば20対から300対である。IDT22のデュティ比は、電極指18の太さを電極指18のピッチで除した値であり、例えば30%から70%である。IDT22の開口長は例えば10λから50λである。
【0031】
表1に各材料のヤング率、ポアソン比、密度および横波の音速を示す。横波の音速Vは、ヤング率E、ポアソン比γおよび密度ρを用い数式1により算出できる。
【数1】
【表1】
【0032】
表1において、LT、Al2O3、SiO2およびSAはそれぞれ単結晶タンタル酸リチウム、多結晶酸化アルミニウム、アモルファス酸化シリコンおよびサファイア(単結晶酸化アルミニウム)である。LN、Si、AlN、SiNおよびSiCは、それぞれ単結晶ニオブ酸リチウム、多結晶シリコン、多結晶窒化アルミニウム、多結晶窒化シリコンおよび多結晶炭化シリコンである。
【0033】
表1のように、タンタル酸リチウム基板およびニオブ酸リチウム基板を圧電層14としたとき、温度補償膜12として酸化シリコン膜を用いると、温度補償膜12を伝搬する横波の音速は圧電層14を伝搬する横波の音速より遅くなる。境界層11として酸化アルミニウム膜、窒化アルミニウム膜または窒化シリコン膜を用いると、境界層11を伝搬する横波の音速は温度補償膜12を伝搬する横波の音速より速くなる。支持基板10としてサファイア基板または炭化シリコン基板を用いると、支持基板10を伝搬する横波の音速は境界層11を伝搬する横波の音速より速くなる。境界層11が酸化アルミニウム膜のときは支持基板10をシリコン基板としても支持基板10を伝搬する横波の音速は境界層11を伝搬する横波の音速より速くなる。
【0034】
以下、各層の機能および各層の厚さの好ましい範囲について考察する。温度補償膜12は弾性波共振器の周波数温度係数を小さくする機能を有する。この機能を有するためにはメイン応答の弾性波のエネルギーが温度補償膜12内にある程度存在することが求められる。弾性表面波のエネルギーが集中する範囲は弾性表面波の種類に依存するものの、典型的には弾性表面波のエネルギーは圧電層14の上面から2λ(λは弾性波の波長)の範囲に集中し、特に圧電層14の上面からλの範囲に集中する。そこで、圧電層14の厚さT4は、好ましくは2λ以下であり、より好ましくはλ以下であり、さらに好ましくは0.6λ以下である。
【0035】
温度補償膜12の下に温度補償膜12より横波の音速が速い境界層11または支持基板10を設ける。これにより、弾性波のメイン応答のエネルギーを圧電層14および温度補償膜12に閉じ込めることがきる。よって、メイン応答の特性が良好となる。しかし、例えばバルク波等の不要波が温度補償膜12と境界層11または支持基板10との界面で反射する。これにより、スプリアス応答が大きくなる。温度補償膜12の厚さT2をλ以下、好ましくは0.6λ以下とすると、不要波の少なくとも一部は温度補償膜12を通過し境界層11に至る。また、メイン応答の弾性波を温度補償膜12および圧電層14に閉じ込めることができる。よって、損失が抑制される。
【0036】
特許文献2および3では、支持基板10を伝搬する横波の音速が境界層11(高音速膜)を伝搬する横波の音速より遅い。このため、温度補償膜12(低音速膜)から境界層11内に伝搬した不要波は境界層11から支持基板10に抜けていく。特許文献2および3では境界層11が薄くなると不要波によるスプリアス応答が抑制されることが記載されている。
【0037】
しかし、支持基板10を伝搬する横波の音速が境界層11の音速より速くなることがある。支持基板10として例えば硬い材料および/または熱伝導率の高い材料を選択すると、支持基板10を伝搬する横波の音速が境界層11を伝搬する横波の音速より速くなる。この場合、不要波が支持基板10と境界層11との界面で反射する。このため、境界層11の厚さT1の好ましい範囲は特許文献2および3とは異なる振る舞いをすると考えられる。
【0038】
[シミュレーション]
そこで、シミュレーションを行った。シミュレーション条件は以下である。
支持基板10:サファイア基板
境界層11:酸化アルミニウム膜
温度補償膜12:酸化シリコン膜、T2=0.1λ
圧電層14:42°回転YカットX伝搬タンタル酸リチウム基板、T4=0.3λ
金属膜16:厚さが0.1λのアルミニウム膜
弾性波の波長:1.5μm
各層を伝搬する横波の音速は以下である。
支持基板10:6881.5m/s
境界層11:4581.8m/s
温度補償膜12:3683.5m/s
圧電層14:3753.5m/s
【0039】
図2(a)から
図3(c)は、シミュレーションにおけるアドミッタンス|Y|の周波数特性を示す図である。
図2(a)から
図3(c)は、それぞれ境界層11の厚さT1を0λ、1λ、1.1λ、1.2λ、3λ、5λ、10λ、30λおよび70λとしたときの周波数に対する弾性波共振器のアドミッタンスの大きさを示す図である。
【0040】
図2(a)から
図3(c)において、2600MHz付近の応答がメイン応答であり、3200MHzから4400MHzの応答が高周波スプリアス応答である。
図2(a)から
図3(d)に示すように、メイン応答は境界層11の厚さT1が大きくなっても劣化しない。一方、スプリアス応答は厚さT1が大きくなると小さくなる。
【0041】
図4(a)から
図4(i)は、シミュレーションにおけるインピーダンスのスミスチャートである。周波数範囲は3100MHzから4600MHzにおける弾性波共振器のインピーダンスを示すスミスチャートである。
図4(a)から
図4(i)に示すように、境界層11の厚さT1が大きくなると高周波スプリアスによるインピーダンスのディスパリティが小さくなる。
【0042】
図5(a)から
図5(d)は、シミュレーションにおける境界層の厚さT1に値する応答を示す図である。
図5(a)は、メイン応答を示し、
図5(b)は、メイン応答の厚さT1が10λ以下を拡大した図である。
図5(c)は、スプリアス応答を示し、
図5(d)は、スプリアス応答の厚さT1が10λ以下を拡大した図である。メイン応答ΔYは、
図2(a)から
図3(c)における2600MHz付近の共振周波数におけるアドミッタンス|Y|と反共振周波数における|Y|との差である。スプリアス応答maxΔYは、
図2(a)から
図3(c)における3200MHzから4600MHzにおける応答のΔYのうち最も大きいΔYである。
【0043】
図5(a)および
図5(b)に示すように、境界層11の厚さT1を0λから70λとしてもメイン応答ΔYは84dBから85.5dBであり、大きくは変わらない。詳細にみると、厚さT1が1.1λ以下となるとメイン応答ΔYが若干小さくなり、厚さT1が1λ以下となるとメイン応答ΔYはさらに小さくなる。
【0044】
図5(c)および
図5(d)に示すように、境界層11の厚さT1が大きくなるとスプリアス応答maxΔYが小さくなる。
図5(c)に示すように、厚さT1が10λ以下となるとスプリアス応答maxΔYが大きくなり、
図5(d)に示すように厚さT1が1.1以下となると、スプリアス応答maxΔYは急激に大きくなり、20dB以上となる。
【0045】
以上のシミュレーションからスプリアス応答を抑制するためには境界層11を厚くすることが有効であることがわかる。これは、境界層11を厚くすることで、境界層11と支持基板10との界面において反射された不要波が圧電層14に戻ることを抑制できるためと考えられる。この結果は、特許文献2および3におけるシミュレーションの結果とは反対である。このように、支持基板10を伝搬する横波の音速が境界層11を伝搬する横波の音速より速くなると、境界層11の厚さT1に対するスプリアス応答の振る舞いは特許文献2および3とは逆となることがわかった。
【0046】
実施例1によれば、弾性定数の温度係数の符号が圧電層14の弾性定数の温度係数の符号と反対である温度補償膜12の厚さT2を複数の電極指18の平均ピッチの2倍以下(すなわち弾性波の波長λの1倍以下)とする。これにより、不要波は温度補償膜12と境界層11との間の界面を通過し境界層11内に伝搬する。また、メイン応答の弾性波を圧電層14および温度補償膜12内に閉じ込めることができるため、メイン応答を大きくできる。横波の音速が支持基板10を伝搬する横波の音速より遅くかつ温度補償膜12を伝搬する横波の音速より速い境界層11の厚さT1を複数の電極指18の平均ピッチの2.2倍以上(弾性波の波長λの1.1倍以上)とする。これにより、境界層11と支持基板10との間の界面において反射された弾性波が圧電層14内に伝搬することが抑制でき、スプリアス応答を抑制できる。
【0047】
不要波を境界層11に通過させる観点から、温度補償膜12の厚さT2は、電極指18の平均ピッチの1.5倍以下が好ましく、1倍以下がより好ましい。温度補償膜12の温度補償機能を発揮させる観点から、厚さT2は、電極指18の平均ピッチの0.1倍以上が好ましく、0.2倍以上がより好ましい。
【0048】
スプリアス応答を抑制する観点から、境界層11の厚さT1は電極指18の平均ピッチの2.5倍以上が好ましく、3.0倍以上がより好ましく、4.0倍以上がさらに好ましい。境界層11が厚いと境界層11の積層時間が長くなる。よって、境界層11の厚さT1は電極指18の平均ピッチの100倍以下が好ましく、20倍以下がより好ましい。
【0049】
メイン応答の弾性波のエネルギーを温度補償膜12内に存在させる観点から、圧電層14の厚さT4は複数の電極指18の平均ピッチの2倍以下が好ましく、1倍以下がより好ましい。圧電層14を機能させる観点から、圧電層14の厚さT4は複数の電極指18の平均ピッチの0.1倍以上が好ましく、0.2倍以上がより好ましい。
【0050】
弾性表面波のエネルギーが圧電層14の表面からλまでの範囲にほとんど存在する場合には、メイン応答の弾性波を圧電層14および温度補償膜12内に閉じ込め、かつスプリアス応答を抑制する観点から、温度補償膜12の支持基板10側の面と圧電層14の櫛歯状電極20側の面との距離(T2+T4)は複数の電極指18の平均ピッチの2倍以下が好ましく、1.6倍以下がより好ましい。
【0051】
なお、複数の電極指18の平均ピッチは、弾性波共振器26のうちIDT22のX方向の長さを電極指18の本数で除することにより算出できる。
【0052】
温度補償膜12を伝搬する横波の音速は圧電層14を伝搬する横波の音速より速くてもよいが、弾性波が温度補償膜12内に存在しやすくなるため、温度補償膜12を伝搬する横波の音速は圧電層14を伝搬する横波の音速より遅いことが好ましい。これにより、温度補償膜12としてより機能することができる。温度補償膜12を伝搬する横波の音速は圧電層14を伝搬する横波の音速の0.99倍以下が好ましい。温度補償膜12を伝搬する横波の音速が遅すぎると、圧電層14内に弾性波が存在しにくくなる。よって、温度補償膜12を伝搬する横波の音速は圧電層14を伝搬する横波の音速の0.9倍以上が好ましい。
【0053】
境界層11を伝搬する横波の音速は、温度補償膜12を伝搬する横波の音速の1.1倍以上が好ましく、1.2倍以上がより好ましい。また、境界層11を伝搬する横波の音速は圧電層14を伝搬する横波の音速より大きいことが好ましい。境界層11を伝搬する横波の音速が速すぎると、不要波が境界層11と温度補償膜12との界面で反射されてしまう。この観点から境界層11を伝搬する横波の音速は温度補償膜12を伝搬する横波の音速の2.0倍以下が好ましく、1.5倍以下がより好ましい。
【0054】
支持基板10を伝搬する横波の音速は境界層11を伝搬する横波の音速の1.1倍以上が好ましく、1.2倍以上がより好ましい。支持基板10を伝搬する横波の音速は境界層11を伝搬する横波の音速の2.0倍以下が好ましい。
【0055】
圧電層14は、タンタル酸リチウムまたはニオブ酸リチウムを主成分とする単結晶であり、温度補償膜12は酸化シリコンを主成分とする多結晶または非晶質であり、境界層11は酸化アルミニウムを主成分とする多結晶または非晶質であり、支持基板10はサファイア基板または炭化シリコン基板である。これにより、シミュレーションのように、スプリアス応答を抑制できる。なお、ある材料を主成分とするとは、意図的または意図せず不純物を含むことを意味し、例えばある材料を50原子%以上含むことであり、80原子%以上含むことである。
【0056】
[実施例1の変形例1]
図6(a)は、実施例1の変形例1に係る弾性波共振器の断面図である。
図6(a)に示すように、圧電層14と温度補償膜12との間の接合層13が設けられている。接合層13は、圧電層14と温度補償膜12とを接合する。圧電層14と温度補償膜12とを直接接合させることが難しい場合、接合層13を設けてもよい。接合層13は、例えば、酸化アルミニウム膜、シリコン膜、窒化アルミニウム膜、窒化シリコン膜または炭化シリコン膜である。接合層13の厚さT3は、圧電層14および温度補償膜12の機能を損なわない観点から、20nm以下が好ましく、10nm以下がより好ましい。接合層13としての機能を損なわない観点から、厚さT3は、1nm以上が好ましく、2nm以上がより好ましい。メイン応答の弾性波を圧電層14に閉じ込める観点から、接合層13を伝搬する横波の音速は温度補償膜12を伝搬する横波の音速より速いことが好ましい。その他の構成は実施例1と同じであり説明を省略する。
【0057】
[実施例1の変形例2]
図6(b)は、実施例1の変形例2に係る弾性波共振器の断面図である。
図6(b)に示すように、境界層11は積層された複数の境界層11aから11bを含んでいる。境界層11aから11bを伝搬する横波の音速は、温度補償膜12を伝搬する横波の音速より速く、かつ支持基板10を伝搬する横波の音速より遅い。境界層11の厚さT1は複数の境界層11aから11bの厚さT1aからT1bの合計である。その他の構成は実施例1の変形例1と同じであり説明を省略する。実施例1の変形例2のように、境界層11は異なる材料からなり積層された複数の境界層11aから11bを含んでもよい。
【0058】
[実施例1の変形例3]
図7(a)は、実施例1の変形例3に係る弾性波共振器の断面図である。
図7(a)に示すように、支持基板10と境界層11との界面15aは規則的な凹凸面である。界面15aの算術平均粗さRaは例えば0.02μm以上である。その他の界面は平坦面である。不要波が界面15aにおいて散乱されるためスプリアス応答をより抑制できる。この場合、境界層11の厚さT1は境界層11の平均の厚さとなる。その他の構成は実施例1の変形例1と同じであり説明を省略する。
【0059】
[実施例1の変形例4]
図7(b)は、実施例1の変形例4に係る弾性波共振器の断面図である。
図7(b)に示すように、支持基板10の下面15cは規則的な凹凸面である。下面15cの算術平均粗さRaは例えば0.02μm以上である。その他の界面は平坦面である。その他の構成は実施例1の変形例1と同じであり説明を省略する。
【0060】
[実施例1の変形例5]
図8(a)は、実施例1の変形例5に係る弾性波共振器の断面図である。
図8(a)に示すように、支持基板10と境界層11の界面15aおよび境界層11と温度補償膜12との界面15bは規則的な凹凸面である。界面15bの凹凸は例えば界面15aの凹凸に追従している。界面15aおよび15bの算術平均粗さRaは例えば0.02μm以上である。その他の界面は平坦面である。不要波が界面15aおよび15bで乱反射されるためスプリアス応答をより抑制できる。この場合、境界層11の厚さT1は境界層11の平均の厚さとなり、温度補償膜12の厚さT2は温度補償膜12の平均の厚さとなる。その他の構成は実施例1の変形例1と同じであり説明を省略する。
【0061】
[実施例1の変形例6]
図8(b)は、実施例1の変形例6に係る弾性波共振器の断面図である。
図8(b)に示すように、境界層11と温度補償膜12との界面15bは規則的な凹凸面である。界面15bの算術平均粗さRaは例えば0.02μm以上である。その他の界面は平坦面である。不要波が界面15bにおいて散乱されるためスプリアス応答をより抑制できる。この場合、温度補償膜12の厚さT2は温度補償膜12の平均の厚さとなる。その他の構成は実施例1の変形例1と同じであり説明を省略する。
【0062】
[実施例1の変形例7]
図8(c)は、実施例1の変形例7に係る弾性波共振器の断面図である。
図8(c)に示すように、支持基板10と境界層11との界面15aは不規則的な(すなわちランダムな)粗面である。界面15aの算術平均粗さRaは例えば0.02μm以上である。その他の界面は平坦面である。その他の構成は実施例1の変形例1と同じであり説明を省略する。実施例1の変形例4から6において規則的な凹凸面に代わりに不規則的な粗面でもよい。
【0063】
実施例1の変形例3から6のように、各層の界面および支持基板10の下面の少なくとも1つの面は規則的な凹凸面でもよい。実施例1の変形例7のように、各層の界面および支持基板10の下面の少なくとも1つの面は不規則的な粗面でもよい。実施例1の変形例3から7では、凹凸面または粗面において不要波が散乱されるためスプリアス応答を抑制できる。各層の界面が平坦面でない場合、各層の厚さは各層の平均の厚さとなる。実施例1に規則的な凹凸面または不規則的な粗面を設けてもよい。
【0064】
実施例1およびその変形例において、一対の櫛歯状電極20が主に励振する弾性波がSH(Shear Horizontal)波であるとき、不要波としてバルク波が励振しやすい。圧電層14が36°以上かつ48°以下回転Yカットタンタル酸リチウム層のとき、SH波が励振される。よって、このとき、境界層11を設けることが好ましい。一対の櫛歯状電極20が主に励振する弾性波は、SH波に限らず例えばLamb波であってもよい。
【実施例2】
【0065】
図9(a)は、実施例2に係るフィルタの回路図である。
図9(a)に示すように、入力端子Tinと出力端子Toutとの間に、1または複数の直列共振器S1からS3が直列に接続されている。入力端子Tinと出力端子Toutとの間に、1または複数の並列共振器P1およびP2が並列に接続されている。1または複数の直列共振器S1からS3および1または複数の並列共振器P1およびP2の少なくとも1つに実施例1の弾性波共振器を用いることができる。ラダー型フィルタの共振器の個数等は適宜設定できる。フィルタは、多重モード型フィルタでもよい。
【0066】
[実施例2の変形例1]
図9(b)は、実施例2の変形例1に係るデュプレクサの回路図である。
図9(b)に示すように、共通端子Antと送信端子Txとの間に送信フィルタ40が接続されている。共通端子Antと受信端子Rxとの間に受信フィルタ42が接続されている。送信フィルタ40は、送信端子Txから入力された高周波信号のうち送信帯域の信号を送信信号として共通端子Antに通過させ、他の周波数の信号を抑圧する。受信フィルタ42は、共通端子Antから入力された高周波信号のうち受信帯域の信号を受信信号として受信端子Rxに通過させ、他の周波数の信号を抑圧する。送信フィルタ40および受信フィルタ42の少なくとも一方を実施例2のフィルタとすることができる。
【0067】
マルチプレクサとしてデュプレクサを例に説明したがトリプレクサまたはクワッドプレクサでもよい。
【0068】
以上、本発明の実施例について詳述したが、本発明はかかる特定の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0069】
10 支持基板
11 境界層
12 温度補償膜
13 接合層
14 圧電層
16 金属膜
18 電極指
20 櫛歯状電極
22 IDT
26 弾性波共振器
40 送信フィルタ
42 受信フィルタ